利害状況の三つの相とその視覚的表現1
ー ゼ ロ ・ サ ム 、 プ ラ ス ・ サ ム 、 デ イ ッ フ ァ レ ン ス ・ サ ム
名 嘉 憲 夫
I. はじめに
人間の社会生活においては様々な 利害の交差状況 もしくは 利害状況"が発生するが、
意識的であれ無意識的であれ、それをどう性格づけるかは重要な問題の一つである。個々の具 体的な利害状況、したがってその解決方法も多種多様である。しかしながら、現実の多種多様 な利害状況と人々が実際に用いている多様な解決方法にもかかわらず、多くの人々は、相変わ らず「対立する利益」「共通する利益」といった単純なカテゴリーを組み合わせた思考フレーム で対応しているように見える。もちろん、現実には「白でもなく黒でもない。灰色もある」と か「友人でなければ敵というわけではない。中立的立場もある」「対立するなかにも共通の利益 がある」というふうに、複雑さの度合いを高めて分析することも多々ある。しかし、たとえ見 方の複雑さを高めたとしても、「参照基準」が「対立する利益」「共通する利益」といったカテ ゴリーに依っていることを必ずしも否定していることにはならない。利害状況をどう性格付け るかによって、利害問題の解決の方法(様式)、したがって解決の結果も変わってくることを考 えると、利害状況の性格づけに関する思考フレームの問題は、深く検討するに値する重要な問 題の一つといえよう。
利害状況の性格をどう視覚的に表現するかは、その理論的理解とともに重要であるが、紛争 解決研究の分野では、これまでそれは常識的な範囲に止まり、十分な注意が払われてこなかっ た。また、交渉や紛争解決研究の分野におけるゲーム論的概念の 援用 に関しても、ゼロ・
サム(零和)、ノンゼロ・サム(非零和)、プラス・サム(正和)などの概念は多用されるもの の、それ以外の概念の彫琢の可能性にはほとんど注意が払われてこなかった。これらの概念を 今一度整理し直し、それを視覚的に表現するという課題を解く必要がある。
本稿では、まず利害状況を考える場合の前提としての「資源複合」の概念について論じ、次 に「利害の三つの相」に関してフィッシャーその他の提起と幾つかのゲーム論の概念を参考に して検討する。2さらに、トーマスの 紛争解決の心理的志向座標"を発展させた紛争解決モー ド座標を提案し、利害状況の三つの相の視覚的表現を目指す。最後に、利害状況の三相図を念 頭に於いて、2000年7月にキャンプデービッドで行われた中東和平交渉の過程を検討して見た い。こうしたことよって、人々が利害状況の性格付けに関するダイナミックな理解を持つこと
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が出来、紛争状況の解決をよりスムーズに行えるようにするのが、本稿の目的である。
II . "資源複合
利害状況"というのは、人々が何らかの 資源 をめぐって相互作用する過程から生まれ る。この場合の 資源"は、土地、石油、鉱物、食料、建造物、機器といった単に物質的なも のに限らない。地位、権利や名誉といった 社会的な資源"に関するものから、愛情や友清な ど 心理的な資源 に関することがらまで含む。心理的ことがらに関しては、普通 資源 と いう表硯を使わない。しかし 心理的な資源 とは、何らかの記号的過程によって形成された 頭脳及び身体における神経細胞の電気的・化学物質的な構造と機能の全体 と考えることが出 来る。別の表現で言えば、身体内における 電気的・科学物質的な情報パターン のすべてを、
心理的資源 としてここでは考えている。3
一方、既に述べた 社会的資源 の実態は、外在化し共有化された記号によって人々の間で 形成された 意味 (情報のまとまり)として理解しうる。たとえば、夜行貝はA国の人間に とってはただの貝に過ぎないが、B国の人々にとっては社会的威信を表すシンボルとなりうる。
また、その社会的威信そのものが、ある種の行為や物財に対して人々が意味付与した結果とし て生成した現象である。
このように「資源」を概念的に区別でぎる三つの種類に分けたが、現実には「資源」は何ら かの「物質/エネルギー+情報+時間」の複合体として存在する。つまり、変換可能なものと しての物質およびエネルギーが何らかの情報を持ち、それが時間的経過のなかに存在するので ある。4「資源」のこのような広い理解は、資源問題をめぐる人々の解決のオプションを広げる。
たとえば、ある人Aが別の人Bからリンゴをもらったとする。AさんはBさんに「ありがとう」
と言う。もし二人の関係が継続するとするなら、おそら <Bさんは未来のある時点でAさんに なんらかの形でお返しをするであろう。しかし当面は、「ありがとう」という音声記号によって 表された 情報 (この場合は、 Bさんの 感謝の気持ち )によって、 Bさんは Aさんにお返 しをする。つまり、ここでは リンゴ と 情報 が一時的に交換されている。また、「時間」
が貴重な資源であることは、我々の誰もが知っている。今日もらった出始めのリンゴと二週間 後の最盛期のリンゴの価値が異なることも常識である。今、手元にある現金と十日後のリスク に対して支払われる同じ額の現金も価値が異なる。外見上は同じに見える自動車も、減価償却 ということを考慮すれば現在と一年後では資源としての価値が異なってくる。
ここでまとめて言うと、人間が生きて生活していくうえで必要な諸々の物資、サービス(エ ネルギー支出)、情報を、ここでは「資源」として表現した。そしてそれらの「資源」は、概念 的には区別しうるが、現実には「資源複合」として存在する。ただ実際的な理由から、「資源複 合」のそれぞれの要素を、財と呼んだり、サービス(エネルギーの支出)と呼んだり、情報資
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利害状況の三つの相とその視覚的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム"‑
源と呼んだり、時間資源と呼んだりするのである。
何らかの資源複合の創造と交換、分配をめぐって人々が接触するのが、 利害の交差状況 で ある。しかし、人間の社会的生活過程の全体とほぽ重なるような 利害の交差状況 という理 解に対して、普通 利害状況 というのは、もう少し狭く、人々が何らかの具体的な財の獲得 をめぐって相互作用する特定の状況を表す。いずれにせよ、人間の生活が時間の経過のなかで 何らかの物財やサービス(エネルギー)、情報をめぐって相互作用する過程であることには変わ りない。ただ、利害に関する問題を広く解釈するか、狭く解釈するかの違いだけである。した がって、ここでは単に 利害状況 という表現を使うことにしたい。
ここで重要なことは、ある一定の 利害状況"においてある 資源 をめぐって人々が争う 時、ただ単に目に見える財やサービスをめぐって争っているわけではないということである。た とえばエルサレムは、人間を別にすればその物理的構成(土と植物、動物、建物、その他の人 工物)や気候的構成(温度、湿度、光、匂い)は中東の他の都市とさほど代わりはない。しか し、長い歴史の中でイスラエル人とパレスチナ人がそのわずか数平方キロメートルの土地に 付 与した意味 もしくはその土地から 生成する情報 というのは、他の都市では代替えするこ とは出来ない。エルサレムという土地に立つ時、イスラエル人とパレスチナ人のいずれもが、
様々な身体的反応を伴う強い感情や思考の湧出を経験するであろう。その土地を保持する者に は、高い社会的威信が与えられ、その威信はまた他の種類の社会的資源を生み出す源泉となり うる。
しかしながら、エルサレムという一定の土地の 情報的側面 は、実は人々の頭脳及び身体 のなかに蓄積された 電気的・神経伝達物質的パターン"と様々な歴史的建築物や象徴記号の 視覚的印象(光波)、人々の話し声や動物の鳴き声(音波)、教会で焚かれる香や食べ物(匂い 分子)などの相互作用から生まれる全体的なエネルギーパターンとも考えることが出来る。 歴 史的に形成された意味 というのは、人々が様々な 記号 を使って間主観的に形成する あ る一定の身体的・社会的状態 であるが、それは同時に音波や光波、電磁波、匂い分子などに よって伝えられる ある一定の物理的エネルギーパターン でもある。したがって、我々が 利 害状況 について考える時、実際は 資源複合 として存在するある 物的(エネルギー的)・
情報的状態 について考える必要があり、 利害状況の性格付け"を考えるにあたっても、その 物的(エネルギー的)・情報的状態 の全体について考えているということをまず念頭に置く 必要がある。
このように「情報」という概念を導入することによって、資源をめぐる利害状況という意味 をより深く理解することが出来る。これまでの交渉研究や紛争解決研究では、資源問題の「社 会的側面」を「象徴的価値」であるとか「心理的側面」「人間的側面」といった表現で大雑把に 理解することが、多かった。したがって、時には目に見える物質資源の問題に比べると、重要
ではあるが実際にはより副次的な「感情の問題」とか「面子の問題」というように扱うことも あった。しかしながら、利害状況について考える場合、資源問題をより広く理解し、 物的(エ ネルギー的)・情報的状態 の全体の利害状況の性格について考える必要がある。次に、利害状 況の性格付けについて見てみよう。
III. 利 益 の 三 つ の 相 、 利 害 状 況 の 三 つ の 相
紛争解決の分野におけるゲーム論の概念を援用したアプローチの貢献は、人々の間に生成す る 社会的意味 としての 利害状況 の性格付けを、「利得構造」として示したことにある。
それによって、雑多で多種多様な利害状況が、「ゼロ・サム」(もしくは「定和」 fixed‑sum)、
「ノンゼロ・サム」、「プラス・サム」などの概念に依って、明瞭な形で性格付けられるように なった。実際、ある学生は「ゼロ・サム」や「プラス・サム」という言葉、したがって概念を 初めて知った時の感激を、クラスの感想に書いている。この学生は、日常生活の様々な場面で 経験する利害状況の性格を、それまではただ漠然と理解していたにすぎなかったが、上記の概 念によって今やそれらを明瞭に理解することが出来るようになったのである。
交渉研究の分野では、「ゼロ・サム的利害の対立を、プラス・サム的ウィン・ウィン解決に転 化する」という表現は、常套句になっている表交渉について書かれた本には、必ずといってい いほど「囚人のデイレンマ」とか「ミニ・マックスの原理」とかが書かれている。しかしなが ら、従来の交渉研究の分野におけるゲーム論の概念の援用には、幾つかの問題があるように思 える。まず第一に、常兵句になった「ゼロ・サム的利害の対立をプラス・サムに転化する」と いう表現のなかに、ある種の概念的曖昧さがある。なぜなら、仮に「プラス・サム的解決」を、
交渉者達が分け合うべき価値や収益の総額の増大による解決"とするなら、たとえ全体量が増 大したとしても、「分配の問題」が消え去るということはないのだから。増えた全体量をどう分 配するかの問題は、常に付きまとう。つまり、ゼロ・サム的分配の問題は、決して「プラス・
サム的統合」によって消滅したわけではなく、実際はただ形を変えて別の次元の分配の問題に なったに過ぎないのである。
このことを、1978年のシナイ半島の返還をめぐるイスラエルとエジプトの交渉を参考にして 考えてみる。当初、シナイ半島の領土をめぐってエジプトの「立場」とイスラエルの「立場」
は、真っ向から対立した。一方は領土を返せという、他方は返さないという。典型的なゼロ・
サム的利害対立である。フィッシャーその他によれば、イスラエルの真の関心(「利益」)は安 全保障にあり、エジプトの真の関心(「利益」)は主権の回復にある。6したがって、イスラエル ががシナイ半島を返還するかわりに、エジプトは半島を非軍事化するという案で、双方の真の 利益が満たされる。つまり、双方の 真の利益 を見つけ出すことによって、一見妥協不可能 な両者の要求が同時に実現されるというわけである。交渉に関する通俗書では、このシナイ半
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利害状況の—:つの相とその視貨的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、“デイッファレンス・サム" ‑ 島をめぐるイスラエルとエジプトの合意を、「ゼロ・サム的対立を、双方が満足するプラス・サ ム的ウィン・ウィン解決」として良く挙げる。
しかしながら、フィッシャーその他と通俗書のいずれの理解も、概念的に不十分である。イ スラエルの「安全保障」とエジプトの「主権回復」という 真の利益"が、満たされたとして も、実際のシナイ半島をめぐる国境線をどこに引くかというゼロ・サム的な 対立する利益 の問題は残り、うまく解決されなければならない。つまり、現実の土地の面積は限られている のだから、それをどう分けるかという「比率」の問題は依然としてで残るのである。
交渉研究の分野におけるゲーム論概念の援用に関するもう一つの問題は、ゼロ・サムやプラ ス・サムに対して、 異なった利益 を表す概念が無いことである。たとえば、前記のシナイ 半島をめぐるイスラエルーエジプト交渉を例に取れば、「安全保障」と「主権回復」の交換と いう 異なった利益 の側面を表す用語が無い。したがって、利害状況の性格をより深く分析 する為には、何か新しい用語を作る必要があるように思える。この 異なった利益 を表す言 葉を、とりあえず「ディッファレンス・サム」として表現しておきたい。経済学の標準的理論 によれば、異なった効用は「足すこと」が出来ないので、「サム」という表現には誤解を招く 恐れがある。厳密には、「異質集積」 (differenceaggregate)と呼ぶべきかもしれない。しか
しながら、ゼロ・サム、プラス・サムといった表現との比較上分かりやすいので、ここでは
「ディッファレンス・アグリゲーション」の意味で「ディッファレンス・サム」という用語を 使うことにしたい。
第三の問題は、利害状況の「主観的性格付け」と「客観的利得状況」の関係が、はっきりし ないことである。たとえば、「ゼロ・サム的利害状況」とは、客観的利得構造であろうが、同 時にそれは、利害状況を「ゼロ・サム的に対立する利益」と性格付ける「主観的な判断」でも あろう。なぜなら、いかなる利害状況においても「対立する利益」と同時に何らかの「共通す る利益」を発見することは可能であろうから。利害状況とは、行為者がある資源をめぐって他 の行為者と相互作用する時に 生成する社会的意味 であり、それは、それぞれの行為者が 利 害状況を性格付ける主観的判断 と 実際の利得構造の性格 の両方を含む。このように利得 構造の客観的構造とそれの主観的判断は相互に関係し合っているが、それらを相対的に区別す
る必要があるのではないか。
これらの問題を考えるにあたって、フィッシャーその他からビントが得られた。彼らは、「利 益」 (interests)の三つの種類を挙げる。これらは、対立する利益 (theopposed interests)、 異なる補完的な利益 (the differing but complementary interests)、共通する利益 (the shared interests)である。7この三つの種類の利益の区別は、理論的に重要であるが、残念な がら、彼らはこのテーマをそれ以上発展させなかった。
これらの疑問に対する一つの解決法は、フィッシャーその他の提案した「利益の三つの種類」
を「利益の三つの相」 (threeaspects of interests)として理解し、利害状況の主観的判断を 表す用語とすることである。他方、利害状況の実際の「利得構造」の性格を、「利害状況の三つ の相」 (threeaspects of the interested situation)として理解し、利得の和の性格として表現 する。こうすることによって、紛争当事者達が、 利害の交差状況 を性格付ける主観的判断と 実際の利得構造の性格が相互に作用しながら、ある固有の 利害状況 をダイナミックに形成
していく過程を理解することが出来る。
これを分かりやすく言うと、以下のようになる。いかなる利害状況にも、 対立する利益 、 異なった利益 、 共通する利益 の三つの側面がある。他の行為者とのある資源をめぐる開題 を、行為者は頭の中で「両者の共通の利益は何か、異なった利益は何か、対立する利益は何か」
と考える。他の行為者との現実の相互作用の過程で、利害状況の性格が主要には ゼロ・サム 的""プラス・サム的 もしくは ディッファレンス・サム的"という意味をもって生成してく るのである。別の表現で言えば、現実のいかなる利害状況もまた、ゼロ・サム的側面、プラス・
サム的側面、デイッファレンス・サム的側面の三つの相を持っている。たとえば、利害状況が
「ゼロ・サム的利得構造」と性格付けられるのは、当事者達が利害状況の対立的側面だけを見、
そのように意味付与して相互作用するなかで生成した結果である。
既に見たイスラエルーエジプト交渉を例に取れば、問題は、シナイ半島を誰が領土として所 有するか、もしくはシナイ半島をどう分割するかというゼロ・サム的利害状況の解決のように みえる。実際、当初はそのように問題が認知され、双方ともそのように相互作用を行った。し かし、そのなかにある「安全保障」と「主権の回復」という 異なった利益 (デイッファレン ス・サム的側面)、そして戦争状態を終わらせるという 共通の利益 (プラス・サム的側面)
をそれぞれが懃矧し、またそのように利害状況を性格付けるように相互作用することによって、
利害のデイッファレンス・サム的側面やプラス・サム的側面が現実化されるのである。実際、
イスラエルとエジプトは、戦争状態を終わらせることによって双方とも軍事支出を削減し、そ の分を経済や福祉に向けることが出来るといった点や緊張の緩和によって対外投資を引き寄せ たり、同際的評価を上げるといった 共通の利益 も持っていた。しかし、その 共通の利益 を利害の プラス・サム的側面 として双方が認知し、実際にそのように相互作用しなければ、
プラス・サム的利害状況は生成しないのである。
利益や利害状況の三つの相の問題を、つぎのセクションで別の面から検討してみる。
N. 資 源 問 題 を 考 え る 三 つ の 要 素 ( 比 率 、 量 、 質 ) 及 び 時 間
紛争は、人々が何らかの資源をめぐって対立的に相互作用する時に起こる。それは、ある利 害状況の「分配的側面」だけを認知し、抗争的に(つまり相互否定的に)相互作用する時に生 成する社会的意味及び社会的関係である。したがって、「資源問題を考える三つの要素」につい
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利害状況の三つの相とその視覚的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム"‑
て理解することは、紛争を建設的に解決する第一歩である。それらは、「比率」、「量」、「質」の 三つである。同時にそれらを規定する「時間」の問題も重要である。以下、順に説明していき たい。
「比率」の面は、「分配的」側面、つまり、まさにパイをどう分けるかという側面である。行 為者Aがパイの70%、Bが30%取るか、もしくはAが40%、Bが60%取るかの側面である。
この資源の分配の比率をめぐって 奪い合う ところから紛争が生まれる。この分配的側面は、
資源問題の「ゼロ・サム的」側面といえる。もちろん先に延べたように、この場合の資源とい うのは物的なものに止まらず、社会的資源や心理的資源も含む。
交渉について書かれた標準的文献は、資源の分配的側面だけを見るのではなく、パイの全体 の量を大きくしようと提起する。つまり、資源の「量」に関する側面である。この「全体量」
に関する面を、ここでは資源問題の「プラス・サム」的側面と定義したい。なぜなら、 AとB のもともとの予想された利得よりも、全体量を増やすことによって得られたそれぞれの利得の 和が、常にプラスになると考えられるからである。(逆に言えば、AとBの利得の合計が常にプ ラスとなる状態を、ここでは「プラス・サム的」と定義し、それによって資源問題の「量的側 面」を表すこととする。)
しかしながら、資源問題の「比率」と「量」の側面だけでは十分ではない。「質」の面もあ る。Aはパイの中身のジャムの部分が好きだが、Bは縁の焼けた部分が好きであるというのは、
パイの異なった「質」の部分を指している。レイヤーケーキの喩えを使えば、ケーキの上のク リームの部分と下のスポンジの部分の違いともいえる。フィッシャーその他の表現を使えば、
これが「異なった利益」の部分であろう。「異なった利益」は、しばしば補完的でもある。この
「異なった利益」を「真の関心」 (realconcerns)もしくは「必要」 (needs)として見つけ出す ところに、紛争解決の糸口が生まれる。
従来の交渉研究の著作は、この「異なった利益」の部分を表す概念を明確に提示しなかった。
この「異なった利益」の部分を、ここでは資源問題の「デイッファレンス・サム的側面」と定 義したい。既に述べたように経済学の標準理論では質的に違いのある部分や質の違う効用の利 得は足すことが出来ないので、厳密に言えば「サム(和)」ではない。しかしながら、利得の和 が常にゼロになる「ゼロ・サム」でもなく、常にプラスになる「プラス・サム」でもない 異 なった利益"同士の関係を「ディッファレンス・サム」と表現することによって、利害状況の 性格をより深く理解することが出来る。
最後に考えるべき側面は、「時間」の側面である。分配的な利害の対立を、全体量を増やすこ とによっても、お互いの真の関心や必要にしたがって質的に解決することも出来ない場合、「時 間」の側面を考える必要がある。今日の今、解決するか、もしくは数時間後、数日後、数年後 に解決するかを考えるのである。資源問題の横軸とも言える「空間的」な分配や増大、選択で
解決できない場合は、「時間的」な縦軸に沿って解決するのである。(「パイの増大」といった場 合、当然、時間の経過にそってパイの全体量が増えるという事態も含む。)日中平和条約の締結 の際、尖閣列島の問題の解決にこの手法が取られた。この領土問題の解決を他の案件から切り 離し、「未来の世代に任せる」ことにしたのである。
以上をまとめて言うと次のようになる。紛争状況における資源問題を考えるにあたって、そ の「比率」「全体量」「質」の三つの要素及び「時間」を検討する必要がある。前三者をそれぞ れ利害状況の「ゼロ・サム的側面」「プラス・サム的側面」「デイッファレンス・サム的側面J
と規定し、その三つの側面と時間の面を組み合わせることによって、解決の糸口をつかむこと が出来る。我々は利害状況の「ゼロ・サム的側面」を、「対立する利益」として認知し、「プラ ス・サム的側面」を「共通の利益」として認知する。「デイッファレンス・サム的側面」は、「異 なった利益」として理解することが出来る。別の表現を使えば、我々の頭の中にある利益の三 つの相、つまり「対立する利益」、「異なった利益」、「共通する利益」のカテゴリーのうちの「対 立する利益」のみが焦点を当てられ、実際に他の行為者と否定的に相互作用する時、「ゼロ・サ ム的」利害状況(利得)が生成するといえる。
それでは、このように理解された利害状況をどのように視覚的に表現することができるか。
次にそれを行ってみよう。
V. 利 害 状 況 の 三 つ の 相 の 視 覚 的 表 現
ゼロ・サム、プラス・サムといった利害状況の性格をどう視覚的に表現するかは、その理論 的な理解と同じくらい重要である。それは、紛争状況にある人々が、利害状況に関する理論的 内容を直感的に理解し、共通の認識フレームを持っための手助けになる。利害状況を視覚化す る一つの方法は、そのものずばりパイのような図を使って表現することであろう。このタイプ では、よく引用される佐久間賢の図が優れている(図ー 1、図ー2、図ー3を見よ)。これらの 図では、ゼロ・サム的利害状況における交渉、プラス・サム的利害状況による交渉、そしてゼ ロ・サムをプラス・サムに転換する交渉の内容が、良く示されている。しかし、これらには 異 なった利益 に相当する デイッファレンス・サム の部分が無いので、きわめて単純なモデ ルになっている。
図ー4、図ー5、図ー6が、筆者によるゼロ・サム、デイッファレンス・サム、プラス・サム の利害状況の表現である。これらの図では、それぞれの利害状況と利益の三つの相の関係が分 かりやすく示されている。
利害状況を視覚化するもう一つの方法は、二次元の座標を使うことである。図ー7と図ー8 は、ヒュー・ミアルによって図式化されたゼロ・サム的利害状況とノンゼロ・サム的利害状況 である。E国とI国の選好を効用として表現し、それらの効用の関係をいわば 客観主義的 に
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利害状況の三つの相とその視梵的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム"‑
表現している。つまり図ー7においては、 E国と1国の効用が対立的であり、一方の効用の増 加は他方の効用の低下につながるという関係が表現されている。これは経済学に長けた学生に とっては、分かりやすい表現であろう。図ー8では、 E国と1国の 異なった利益 がノンゼ ロ・サム的利害状況として表されている。ミアルの説明では、この図は次のことを示している。
もし当事者の利害が分化するならば紛争解決が可能なこと、領土をめぐる紛争は、主権に対す るE国のニーズと安全保証に対する1国のニーズに分化され、それらの効用曲線は二つの平面 で表され、二つの効用が交わって最大の効用となる一点が存在する。8
図ー 1ゼロ・サム交渉(交渉者Yの譲歩)
X Y
パイの拡大部分
図ー2プラス・サム交渉、代替案によるパイの拡大(ウィン・ウィン交渉)
y2>yl
図ー3 ゼロ・サムをプラス・サムヘ転換する
*(図ー1、図ー2、図ー3の出所:佐久間賢「国際ビジネスと交渉力』、 p.124,p.125, p.127.)
`
図ー 4 図ー5 図ー 6ゼロ・サム的利害状況 ディッファレンス・サム的利害状況 プラス・サム的利害状況
しかしながら、これらの図の難点は、効用の概念を良く知らない者にとってはわかりにくい ことである。またこの図によれば、紛争解決というのは、対立する利益状況のなかに当事者達 が苦心して異なった利益を見つけ出し、共通する利益を創り出していく過程ではなく、効用曲 線の最大均衡点を見つけるための経済学の問題のような印象を受ける。ゲーム論経済学におけ るナッシュ解、ライファ解、ブレイスウェイト解などの図解表現も同じ発想に基づいている。9
しかし、紛争状況の本質は、かつて危機交渉の専門家である M.ハマーが指摘したように、ま さに人々が非合理的であることにある。10人々が自分達の欲求を効用曲線として理解し、それ らの効用曲線の均衡点を求めるように行動するとすれば、紛争は起きない。効用曲線の均衡点 を求めるといった考えは、ある一定の競争状態(例えば、市場におけるような状態)を前提と している。一方、現実の紛争は、自らの面子とアイデンテイティを守ろうとする人々が、何ら かのパワーを持って、様々な解決策を試しながら要求を実現しようとする 力 と 認知的過 程 の相乗作用の場である。したがって、変数の 種類 (タイプ)は、ただ効用の一種類だけ でなく、それ以外の種類も加味する必要がある。現実の紛争の解決というのは、 解"(solution) ではなく、 解明し、解消することによる解決"(resolution)なのだから。こうした紛争解決 の主体的理解は、たとえば南北朝鮮の問題に関する金大中大統領の言葉、「統ーはできるもので はなく、つくるものである」という表現に端的に表されている。これらのことを考慮すると、図
‑8は、ノンゼロ・サム的利害状況を理解する手助けにはなるが、紛争のリアリティを直感的 に理解するには不十分であるように思える。
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利 害 状 況 の 三 つ の 相 と そ の 視 覚 的 表 現 ー ゼ ロ ・ サ ム 、 プ ラ ス ・ サ ム 、 デ イ ッ フ ァ レ ン ス ・ サ ム " ‑ 効用
E国の効用 1国の効用
E国の支配 領土の支配権
図ー7利害をめぐるゼロ=サム紛争
E、1両国双方にとっての 効用の最大値
の国 用 E効
1国の 効用
. .
I国の安全保障
図ー8利害をめぐる非ゼロ=サム紛争
*(図ー7、図ー8の出所:ヒュー・ミアル「紛争の平和的解決に関する比較研究」 p.115,p.116)
利害状況の同じ座標による表現でも、効用曲線といった 客観主義的表現"ではなく、いわ ば 間主観的な表現 で表す方法がある。紛争解決や交渉は、きわめて実践的な過程であるか ら、人々が向き合っている相互作用している状態を直感的に理解できるような図解表現は、よ り効果的といえる。この点において、 K.トーマスの提案した「紛争解決の処理指向」(conflict‑ handling orientation)の二次元的表硯は参考になる。これは、紛争当事者の「自己利益を満た
そうとする関心」(主張性)と「相手利益を満たそうとする関心」(協調性)をそれぞれY軸と
x軸に取り、両方の関心の組み合わせによって、五つの紛争処理指向を表現しようとするもの である。これらの処理指向は、競合(支配)、共有(妥協)、便宜(譲歩)、回避(無視)、協働
(統合)の五つである(図ー 9)。さらにトーマスによれば、競合一共有一便宜の線の方向は、分 配的側面を表し、回避ー共有ー協働の方向は、統合的側面を表している。11
トーマスの「五つの紛争処理指向」の図は、すでに紛争解決研究者や実践家の間では共有財 産になった感があり、明白な長所から幅広く利用されている。しかしながら、そのモデルは、
基本的には「心理学的モデル」である。つまり、ある紛争当事者Aの「自己利益への関心」と
「相手利益への関心」の二つの心理的指向を二つの次元で表したものである。したがって、当事 者の相互作用という紛争の本質的な性格を表現するには、不十分であり改良が必要であろう。
自己利益への関心 I競合(支配) 協働(統合)
主張性 天
回避(無視) 便宜(譲歩)
非主張性
L
非協調性 協調性
相手利益への関心
図ー 9 五つの紛争処理指向
(図ー9の出所:Kenneth Thomas (1976) "Conflict and Conflict Management", p.900, p.903)
トーマスの「紛争処理指向」に社会的交換の原理とコミュニケーション形態の考察を加え、
相互作用論的モデルとして再定式化したのが、筆者の「紛争解決様式(モード)の理念型」で ある(図ー 10)。ここでは、紛争当事者 Aの自己利益への関心(主張性)と相手利益への関心
(協調性)、紛争当事者Bの自己利益への関心(主張性)と相手利益への関心(協調性)が、そ れぞれX軸とY軸に逆にして置かれ、その相互作用の結果として、紛争解決の解決モードが表 現される。その五つの解決モードは、抗争的解決、交渉的解決、協調的解決、仮想的解決、協 働的解決である。もちろん、これらは理念型つまりある基準を採用した時の 純粋型 であり、
実際の紛争の解決には様々な要素が絡み合って、複数の解決方法が同時に試みられたり、時間 を追って異なった解決様式が使われたりするであるが。
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利害状況の三つの相とその視覚的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム"‑
(Bの協調性:高い)
Aの主張性:高い 抗 争 的 解 決
(論争、押し付け)
協 働 的 解 決
(討議、問題解決)
交 渉 的 解 決
(交渉、妥協)
Aの主張性:低い
(Bの協調性:低い) 仮 想 的 解 決
(独話、回避)
協 調 的 解 決
(対話、便宜)
(Bの主張性:低い) (Bの主張性:高い)
Aの協調性:低い Aの協調性:高い 図ー10 紛争解決の様式(モード)の理念型(当事者Aの側から見たもの)
上記の座標の上に、分配的方向と統合的方向にそって、利害状況の三つの相を順に重ねあわ せていったのが図ー11、図ー12。図ー13である。この図の利点は、紛争解決のモードと利害 状況の三つの相の関係が良く分かることである。当事者AとBの二人が、資源の分配に関して 抗争的に解決するか、妥協的にか、協調的にかという方向に沿って、押し合っている。斜線の xの部分がゼロ・サム的利害対立の部分である。
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図ー 11 ゼロ・サム的利害状況
図ー12 プラス・サム的利害状況
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図ー13 ディッファレンス・サム的利害状況
図ー14 利害状況の三つの相(ゼロ・サム、プラス・サム、ディッファレンス・サム)と第三の基準 34
利害状況の二こつの相とその視覚的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム..‑
だが、それでは解決がつかないので、利得の全体量を拡大する協働的解決に向かう必要があ る。斜線yの部分が、プラス・サムの部分である。しかしながら、プラス・サム的に全体の価 値を増やしても、それぞれにとっての重要な関心である異なった利益の部分は残る。その ディッファレンス・サムの部分が、斜線zlとz2で示されている。さらに、図ー14では、紛争 解決にあたっての「第三の基準」が、第三の次元で示されている。この「第三の基準」とは、
紛争解決にあたって当事者Aの基準でも当事者Bの基準でもない双方が納得する何らかの外的 基準のことを言う。フィッシャーその他はこれを「客観的基準」 12と呼んでいるが、何が客観 的かは分からないので、筆者は単にこれを「第三の基準」と呼んでいる。この第三の基準は、
個別的には、法律や慣習であったり、第三者の公平な判断基準である。より一般的には、上位 の目標や紛争当事者以外の第三者の利益を含む 長期的、全体的、包括的な 解決方法という 基準を示す。こういった基準によって、現在行われている紛争の解決が、一時的、談合的な利 害調整に終わること無く、より長期的で全体的、包括的な解決に向かうために役立っているか
を判断するためである。
以上のように、これらの図では、利害状況の三つの相と紛争解決のモードの関係が、重層的 で動的に表現されている。これらの図と先のパイの図を組み合わせることによって、理解は いっそう進むであろう。したがって、各図の右側にパイ図を加えてある。
VI. 利 害 状 況 の 三 相 図 を 念 頭 に お い た 中 東 和 平 プ ロ セ ス の 理 解
では、上記の利害状況の三相図を念頭において、中東和平交渉について考えてみよう。パレ スチナをめぐる最終的地位交渉は、 1993年9月の「パレスチナ暫定自治協定」(オスロ合意)
によるカ・ザ地区と西岸の一部における5年間の暫定自治を経て、 2000年7月にクリントン大統 領の仲介でイスラエルのバラク首相とパレスチナ解放機構のアラファルト議長の間で始まった。
しかし、合意まで後一歩と言われながら、エルサレムの帰属問題で両者とも譲らず、 9月28日 のシャロン元国防相(当時)のアルアクサ・モスクヘの強行訪問に反発するパレスチナ民衆の 蜂起(インティファーダ)によって、交渉は完全に中断してしまった。
和平交渉の争点は、大きく分けて三つある。「領土」、「難民帰還問題」、そして「聖地の帰属」
である。一見するとそれぞれに典型的なゼロ・サム問題である。1967年の第三次中東戦争の占 領地である西岸をどう分割するか、 4回に渡る中東戦争によって生まれた300万人ともいわれ る難民とその子孫の帰還をどうするか(もし難民が故郷に帰るとすれば、そこに現在すんでい る住民は出なければならない)、両者が自らの首都として譲らないエルサレムをどちらの帰属に するのか。図ー15を見れば分かるように、ヨルダン川西岸地区の全域とエルサレム市街の両方 において、イスラエル人入植地とパレスチナ人居住地が複雑に入り組んで併存している現状に おいて、一方が領土を得れば他方はどうすれば良いのか。
一 現 在 の 市 域
―‑1967年の境界
ーバレスチナ人居住区
~ イスラエル収用地
C:Z)収用予定地
z 8
﹂. ‑ A
地区︵バレスチナの完全な自治区︶置B
地区
︵パ レス チナ には 行政 権の み︒ 治安 はイ スラ エル の管 理下 に︶
=
エル サレ ム
図ー15 ヨルダン川西岸地区及びエルサレム市街
(出所:朝日新聞2000年9月3日、朝刊 p.15)
特に解決困難なのは、最後のエルサレムの主権問題であった。当初、イスラエル政府とパレ スチナ自治政府ともエルサレムを「永遠の不可分の首都」と主張し、真っ向から対立した。言 うまでもなくこの問題の難しさは、エルサレムが物理的に目に見える都市というだけではない、
聖地 として社会的に意味付けされた目に見えない都市であることである。特に問題となって いる旧市街は、キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒のそれぞれの居住区が隣接し、しか も古代ユダヤ王国の神殿の外壁である「嘆きの壁」とムハマッドが昇天した「岩のドーム」が 同じ場所にあって重なり合っている。したがってこの問題に関しては、イスラエル側とパレス チナ側の双方の宗教と民族のアイデンテイティが絡み、両者がそれぞれの固有の歴史認識にも とづいた主権の正当性を主張して、一歩も譲らない状態が長く続いた。この状態は、まさに図
‑11で示されたゼロ・サム的利害状況の対立といえる。エルサレムという領土をめぐって、双 方が向かい合い奪い合っている。一方がエルサレムを得れば、他方はそれを失う。この激しい ゼロ・サム的利害状況の対立を結果的に解決できなかったがゆえに、和平交渉は失敗してし まった。
しかしながら、交渉がまったく無益であったわけではなく、その過程で様々な 共通する利 益 と 異なった利益 が認知され、妥協案として検討された。中東和平に関するニューズ・
ウイーク日本語版記事とその他の新聞記事、特に「米政府の仲介案」の内容を参考にして、そ
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利害状況の二つの相とその視覚的表現ーゼロ・サム、プラス・サム、 ディッファレンス・サム"‑
れを検討してみよう。13まず、図ー11のように表現された抗争的なゼロ・サム的利害状況の対 立にあって、イスラエルとパレスチナ自治政府は、双方にとっての 共通の利益 を実現する ために図ー12のような協働的解決を目指す。この場合の 共通する利益 とは、パレスチナを めぐる「紛争を決定的に終わらせること」である。特に2000年9月以降においては、 300人以 上の死者と 2000人に上る負傷者を出した内戦状態を終わらせることは、双方の緊急の課題で あった。さらに和平の結果、米国を含む西欧諸国から経済援助を引き出すことも、両者の共通 の利益になりうる。また、個人的なレベルにおいては、バラクとアラファルトにとって、和平 の成功を通してそれぞれの政権基盤を固め、国家の団結を高めることが出来るという意味でも、
まさに「同じボート」に乗っていたといえる。(すでに明らかになっているように、和平交渉の 失敗によってバラクは政権を失い、国民は分裂した。一方アラファルトは、パレスチナ民衆の 支持に応えることが出来ず、自治政府に多大な経済的損失をもたらしただけでなく、西欧諸国 の不信も買うことになった。14結果的に、イスラエルとパレスチナの両方にとって、 1993年以 来築き上げてきた「和平ムード」は失われ、力と暴力による対決の時代に逆戻りしてしまった。)
上に述べたような 共通の利益 の認知は、交渉そのものを成功させようという動機を強め る点において重要である。しかし、それだけでは十分ではない。交渉の成否は、図ー13に示さ れたように、どれだけ具体的にお互いの 真の利益 もしくは 異なった利益 を満足させる ことの出来る代案を作り出すことが出来るかにかかっている。この点において、興味深い妥憧 案が提出された。それを幾つか挙げてみる。
エルサレム問題に関して
・一部のアラブ人居住区にパレスチナ側の主権を認める代りに、ユダヤ人居住区はイスラ エルに帰属する。
・東エルサレムは、アル・クドス(アラビア語でエルサレムの意)としてパレスチナの首 都となる。一方、エルサレムはイスラエルの首都で、米政府は東と西のエルサレムにそ れぞれ大使館を置く。
・「聖地部分」は宗教的権利に配慮し、相互尊重に基づく特別な形式とする。(現在でもイ スラエル政府は、アルアクサ・モスク周辺の実質的な管理権をイスラム教の宗教指導者 に任せている。)
領土に関して
・イスラエルは、西岸にあるユダヤ人の入植地の一部を併合し、代りに、パレスチナ側は ガザ地区と西岸を結ぶ道路を獲得する。
・パレスチナ国家の国境沿いに国際警備部隊を配備し、イスラエルの安全保障を確保する。
難民に関して
・パレスチナの要求するイスラエルの「難民問題への道義的責任」については、イスラエ ル側は「難民に対する共感の声明」を盛り込む。
• 原則として難民の「帰還する権利」を認め、イスラエルは離散家族の一部受け入れなど の人道的措置を取るが、残りに関しては「国際機関の補償」によって難民の将来を援助 する。15
実際の代案はもっと詳しいものであろうが、報道された限りにおいては以上の基本案が出さ れている。イスラエルの最もこだわる「安全保障」とパレスチナ側の最重要課題である「難民 問題」に注意が払われ、エルサレム1日市街の管轄権についても現時点におけるリーズナブルな 解決案のように見える。しかしながらここに至って、最後のぎりぎりのゼロ・サム的問題の一 つである聖地の 帰属 を、双方とも解決することが出来なかった。たとえば、「嘆きの壁」を どちらの 帰属 にするのかである。現実の石の壁はおそらく未来永劫に渡ってそこにあり、
それを動かしたり撤去して、その土地の部分を別の用途に使ったり販売したりするわけではな い。聖墳墓教会の場合のように、異なった教派の間で現状維持の協定さえ結べば、石壁に生え ている草一本、剥がれた石片まで共同で管理することも出来る。したがって、この場合 帰属 の問題は、純粋に抽象的な 意味付けの問題 もしくは 情報の側面 の問題ということにな る。ひるがえって 情報 というのは、誰かが所有したり消費すれば、必ず他の人間は所有し たり消費したり出来ないというものではない。 意味付けに関する情報 の所有や使用は、必ず しもゼロ・サム的になる必要はなく、それぞれの当事者が別々にいわば重層的に行うことも出 来る。同じ市街を一方は「アル・クドス」と呼び、他方は「エルサレム」と呼んでもかまわな いのである。「帰属」と「アクセス」を分けることもまた可能であろう。「管理」と「所有」を 別にしてもよい。また一部から提案されたように、エルサレムを「神の主権」の下にあるとす ることもできるのである。こういった意味においては、まさにR.フィッシャーが言ったように
「和平というのは、[何らかの 情報 の書かれた]一片の紙切れではない。エルサレム市街の 管理に関して、イスラエル人とパレスチナ人が共同で出来ることがたくさんある」のである。16
いずれにせよ、これらの点に関して2000年秋の段階では、イスラエルとパレスチナ側は合 意に達することは出米なかった。 共通の利益 の認知があり、 異なった真の利益 を実現す るための様々な代案が提起され双方に受け入れられたにもかかわらず、一部の 相反する利益 の解決においては合意に至らなかった。こうした点を考慮すれば、すべての問題を一挙に解決
しようとするよりも、クリントン大統領の提案した (1)エルサレム問題の解決を1, 2年ほど 先送りし、 (2)ユダヤ教やイスラム教の聖地のある神殿の丘の管理権問題を15年間棚上げに するという妥協案(つまり「時間の要素」を活用すること)が、現実的であったように思われ
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