川崎医療短期大学紀要
2 5
号 :103‑1062 0 0 5
103臨床工学技士の呼吸療法業務における現況及び問題に関する考察
高山 綾 只 田 中 直 子 尺 小 野 淳 一
2The Current I s s u e s o f C l i n i c a l E n g i n e e r i n g ' s D u t i e s f o r t h e R e s p i r a t o r y Management Aya TAKAYAMA1・2, Naoko TANAKA 汽andJ u n i c h i ON0 2
キーワード: 臨床工学技士,呼吸療法業務,インシデント,安全管理
概 要
臨床工学技士法が施行され,既に二万人以上の臨床工学技士が誕生しているが,まだ歴史も浅く認知度は低い状況であ る.しかし,医療事故などが大きく取上げられる昨今,臨床工学技士による安全管理が求められるようになった.人工呼 吸器を中心とした呼吸療法業務においても同様である.
臨床工学技士の呼吸療法業務には,人工呼吸器を中心とする
ME
機器の保守管理や臨床サービスなどがあるが,実際に これらの業務に関与する臨床工学技士数は少なく十分ではない.川崎医科大学附属病院では
2 0 0 1
年から安全管理と機器の効率的運用を目的に人工呼吸器中央管理システムを禅入し,そ の結果,当病院のインシデント報告の分析から安全性の向上に有効であったとの結果が得られた.しかし,人為的エラー を減少させるためには継続的なME
教育の実施など今後の課題も多い.そのためには各自のレベルアップだけでなく,臨 床工学技士を取巻〈法や制度の見直しも必要である.1 .
は じ め に1 9 8 8
年4
月に臨床工学技士法が施行されてから,1 7
年が経過した.2 0 0 5
年4
月現在,2 0 , 0 5 4
名の臨床工学 技士( C l i n i c a l E n g i n e e r : C E )
が誕生し,病院や医療 機器メーカー,教育現場などで活躍している.臨床工 学技士の業務は生命維持管理装置の操作及び保守点検 を行うこととなっており,大きく「血液浄化」「人工心 肺」「呼吸治療」「手術室・ICU
業務」「その他治療業務」「保守点検関連業務」等に分類されている刈
臨床工学技士は他の医療職種に比べて歴史も浅く,
未だに認知度が低い状況ではあるが,昨今,社会的な 問題に取上げられている医療事故やインシデント報告 などから,医療現場での臨床工学技士による安全管理 の重要性が求められるようになった.特に,人工呼吸 器を中心とした安全上の問題は社会的にも大きく取上 げられている.そこで本稿では,病院における呼吸療
(平 成
1 7
年1 0
月1 8
日受理)1川崎医療短期大学 臨床工学科, 2川崎医科大学附属病院 医療機器 管埋センター
'Department of Medical Engineering, Kawasaki College of Allied Health Professions
'Medical Engineering Center, Kawasaki Medical School Hospital
法に関与する臨床工学技士の現況及び問題点について,
川崎医科大学附属病院でのインシデン ト分析の結果も 踏まえながら検討したので報告する.
2 .
呼吸療法に関与する臨床工学技士の現況について臨床工学技士の呼吸療法業務としては,人工呼 吸器 を中心とした呼吸療法に関する
M E
機器の点検(日常・ 定期・故障点検など)をはじめ,購入から運用・廃棄•更 新までのライフサイクル全般までの保守管理,臨床技 術提供,M E
教育活動などがある.(1) わが国における人工呼吸器の保守管理の現況
(初日本臨床工学技士会の会員に対する調査(図
1)
2)によると,実際に呼吸療法を業務とする臨床工学技士 は全体の
2 5
%程度という結果であった.ICU
や保守点 検,機器管理の中にも人工呼吸器を担当するものは含 まれていると思われるが,その他の業務に比べて呼吸 療法は配置順位が低い現状であった.呼吸療法につい ては2 0 0 1
年調査と2 0 0 3
年調査においてもほとんど変化 がなく,臨床工学技士業務にはその他の治療業務が追 加されたり増加して, 多種多様化していることが窺える(図
2 ) .
現在,安全管理についての問題が大き〈取上げられ ることが多く,医療現場においてはなおさら強く求め
104 高山 綾•田中直子・小野淳一
保守点検機器管理 高気圧治療 ICU 手術室 人工心肺 呼吸治療
血液浄化
゜
500 5031146
(n=2306複数回答) (%) 100
1000 1500 2000 図1 臨床工学技士の業務内容 (2001年/複数回答)
((tJ:)日本臨床工学技士会調査結 果2)より一部改変引用)
その他治療業務 保守点検機器管理 高気圧治療 ICU 手術室
人工心肺 呼吸治療 血液浄化
(人)
1148
(n=l944複数回答)
記載なし58
0 500 1000 1500 (人)
図2 臨床工学技士の業務内容 (2003年/複数回答)
((初日本臨床工学技士会 調査結 果2)より一部改変引用)
られている
.特に人工呼吸管理中の事故は,人工呼吸器が生命維持管理装置であるために, しばしば致命的 になる.そのため,安全管理対策として臨床工学技士 による人工呼吸器の保守管理が必要であり,実際に帥 日本医療機能評価機構の審査時の評価項目にも取上げ られてられている .
実際の人工呼吸器の保守管理実施者について
,全日本国立医療労働組合が 2 0 0 3 年に国公立病院 ・ 療養所に 対して実施した調査によると, 6 4 . 5 %が看護師, 4 6 . 8
%が臨床工学技士によ
って行われているという結果であった(図
3).また,わが国では高度な人工呼吸管理 が要求される
集中治療室 ( I n t e n s i v eCare Unit : ICU ) においても,臨床工学技士が人工呼吸器の保守管理に 関与する施設は 5 5 %に過ぎず,本来,保守管理の業務 に関与する臨床工学技士の数が少ないのが現状である
3)( 図 4) .
(2) 川崎医科大学附属病院における人工呼吸管理の安
全対策
川崎医科大学附属病院では,従来,部署ごとに人工 呼吸器の保守管理を行ってきた .集中治療室と救命救
80 60 40 20
゜
図3 人工呼吸器の保守管理実施者 (国公立病院 ・診療所62施設)
(2003年全日本国立医療労働組合による調査より)
(%) 100
80 60 40 20
゜
64.5%
46.8%
医師 看護師 臨床工学技士 その他
86.6%
54.6%
4.1%
二
医師 看護師 臨床工学技士 その他 図 4 ICUにおける人工呼吸器の保守管理実施者
(日本集中治療医学会認定97施設) (2000年日本呼吸療法医学 会 調査3)より)
急センターの 2
部署においては専任の臨床工学技士が従事していたが,その他の部署においては医師と看護 師のみで行っていた . しかし,安全対策と効率的運用 を目的に 2 0 0 1
年7
月より,臨床工学技士による人工呼吸器の全面的中央管理システムを導入し,医療機器管 理センター ( M E センター)において人工呼吸器を一 括管理し各部署に貸し出す方法をとった.
3 . 川 崎 医 科 大 学 附 属 病 院 に お け る 人 工 呼 吸 器 中 央 管 理 シ ス テ ム の 評 価
(1)
インシデント報告の分析
この中央管理システムの導入評価について, 2 0 0 0 年 9 月から導入されたインシデント報告から分析を試み た.システム導入前後で人工呼吸器に関連するインシ デント報告件数を比較すると,導入前の 1 0 ヶ月間は 7 9 件,導入後の 1 0 ヶ月間は 2 4 件であった
4,5)•この結果から臨床工学技士の関与によりインシデン
トが減少したことがわかる .
臨 床 工 学 技 士 の 呼 吸 療 法 業 務 に お け る 現 況 と 問 題 105
また,川崎医科大学附属病院におけるインシデント しており,特に臨床工学技士による中央管理システム 報告については, 2 0 0 0 年 9 月の導入から 2 0 0 4 年 1 0 月ま の導入後からは整備不良や故障などの機械的エラーに での約 4 年間の報告総数は 9 1 2 6 件である . ME 機器に よるインシデントの割合が減少した.しかし,設定間 関するものは 5 7 6件
(報告総数の6.3%
)であり,この違いや設定ミスなどの人為的エラーによるインシデン
うち 1 7 2 件(報告総数の 1 . 9%
)が人工呼吸器に関連するものであった. M E 機器に関するインシデント報告 のうち約 3 0 %が人工呼吸器に関するものであり,内容 としては加湿器に関するトラブル,設定間違い,機器
管理上の問題,患者回路リーク,呼吸管理中のトラブ ル,機器の故障設定ミス,設定ずれ,整備不良など がある(図 5 ) ( 表 1 ) .
(2)
分 析 結 果
これらのインシデント報告を分析すると,加湿器,
設定違い
,
管理,回路リーク,呼吸管理中のトラブル,
故障の上位 6 項目が人工呼吸器に関するインシデント
全体の82% (累積比率)を占めているこ とがわか
った(図
6 ) . そこで,この 6 項目のインシデントの発生原 因を,機械的な要因によるものと人為的な要因による ものに分類し,経年変化を分析した(図 7).その結果,
全体的に人工呼吸器に関するイ ンシデン
ト件数は減少
(件) 40
30 イ ン シ デン 20
は
卜 10□
ハイリスク,レペル2□
レベル0,レベル](調査期間:2000/9 /20‑2004/10/31)
゜
傘 虚 ジ 怜 ぶ / 公禽※~•ぶ冷汐 り 介 恙 多・ ゞ
¥・恐喜 拿 虐 化
介 介 禾 ①. 寸 登9 遠惑 ◎ ヽ
図5 川崎医 科 大 学 附属病院における人工呼吸器に関するインシデン ト(報告総 数172件)
(%)
100 0 0 0 8 6 4
累梢比率
20
(調査期間:2000/9 /20‑2004/10/31)
93.0 96.5 100.0 88.4
82.0 ~
75.0 65.7 55.8
~
41.3
21.5
n ,
l l l
〇 . .
漆.心ぶ 科.念
念 攣 玲 / r
ゃ
斎 念釆 紫 、ヽ 勾` ^ ◎'.,̲午科喜虐
咽卜条 楽、恙森
. 添 化図6 川崎医 科 大 学 附属病 院 に お ける人工 呼吸器のインシデント内容 の累積比率
(件) 80 70 60 イ ン 50 シ デン 40
卜
件 30日 60 数
20 10
゜
口 機 械 的 エ ラ ー
□
人為的エラー2 2
36 19 19
2 3 4 (年) 1 : 2000年9月20日〜2001年8月30日
2 : 2001年9月01日〜2002年8月30日 3 : 2002年9月01日〜2003年8月30日 4 : 2003年9月01日〜2004年10月31日
(報告総数160:機 械 的 エ ラ ー26件 , 人 為 的 エ ラ ー134件)
図7 川 崎 医 科 大 学 附属病院における人工呼吸器に関するインシデン トの原因
表1 川崎医 科大学 附 属 病 院 イ ン シ デ ン ト 報 告書の 提 出 基準 (患 者 へ の 影 靭 レ ベ ル)
レベル5:事故が死因となった場合(医療事故報告)
レベル4:事故による障害が一生続く場合(医療事故報告)
レペル3:事 故 の た め に 治 療 の必 要 性 が 生 じ た 楊 合 (医療事故報告)
レベル2:事 故 に よ り 何 ら か の 軽 度 の 実 害 が あ っ た
レベル1:事 故 に よ り 患 者へ の 実 害 は な かっ た が, 何 ら か の 影 翌 を 与 え た 可 能 性 が あ る レベル0:間 違 っ た こ と は 発 生 し た が , 患 者 に は 実 施 さ れ な か っ た
レ ベ ル ハ イ リ ス ク : レ ベ ル0で は あ る が , 実 施 さ れ れ ば レ ベ ル4 5が予 想 さ れ る その他:間違いが起こり得る状況に気づいたり, 目 撃 し た が 影 響 レ ベ ル を 特 定 で き な い 場 合
*一 部 抜 粋
106 高山 綾•田中直子・小野淳一~
トは逆に一部増加している傾向であった.
4 . 考
察臨床工学 技士は生命維持管理装置の保守管理が業務 の一部であるにもかかわらず,その代表的機器である 人工呼吸器の保守管理に実際に関与していない施設が 多いという背景には,法的な規制や
ME
機器の保守管 理に対する社会的な認識の低さなどの要因があると思 われる.また,臨床工学技士の業務,特に呼吸・循環・ 代謝などの臨床技術提供業務は専門性が強いため,経 験年数の高い臨床工学技士は,担当業務以外は従事で きないという場合も多い.これからは,臨床工学技士 としての各専門業務にこだわらず,各自が積極的に様々 な業務に取り組むことも施設によっては必要であると 思われる.そして,安全管理対策を目的に人工呼吸器中央管理 システムを導入している施設も増加傾向にはあるが,
川崎医科大学附属病院におけるイ ンシデント報告件数 の分析からも明らかなように,安全性の向上に一定の 効果はあるものの操作間違いや見落としのような人為 的エラーを減少させるには経験と継続的な教育など長 い時間が必要である.オリジナルの簡易マニュアルの 作成や各種点検におけるチェック リストの作成と活用,
ME
勉強会の実施など安全に関する啓発活動を継続的 に行うことが重要であろう.さらに呼吸療法業務の中で,特に臨床技術提供業務 は一過性の業務ではなく患者中心の連続性のある業務 のため,他職種とのチーム医療が欠かせない.しかし 臨床工学技士自身の自已研鑽や努力のみでは全てにお いて限界があり,業務指針による業務の制限や卒後教 育制度の未整備などから,臨床工学技士としての十分 な専門性がチーム医療の中において発揮できない環境 である豆
また,臨床工学技士の各専門認定資格の一つである
3
学会 (日本胸部外科学会, 日本呼吸器学 会,日本麻 酔学会)合同呼吸療法認定士は, 日本全体の呼吸療法 のレベルアップを目的としたものであるが,気管内挿 管や気管内吸引処置,動脈血採血など患者に対して医 療行為ができる米国の呼吸療法士とは大きく異なるも のであり6),同じ学会認定資格ではあるが,わが国の呼 吸療法士は医師の指示があっても呼吸療法に必要な医 療行為はできない.資格取得の有無も専門性評価の対 象になっていないことが残念である.5 .
ま と め臨床工学技士は,
ME
機器の保守管理を業務とする ことが明記された唯一の医療職である.呼吸療法にお いても人工呼吸器を始めとする関連ME
機器を,安全 性と信頼性の高い状態で臨床現場に提供できるように「保守管理」しなければならないか,国内の現況から も未だに不十分な状況であると思われる. しかし実際 には,病院内でのインシデント報告等から臨床工学技 士による中央管理は安全性の確保に有効であったとい う結果がある.臨床工学技士自身のレベルアップは当 然のことであるが,臨床現場に従事する臨床工学技士 数を増加させるためには,臨床工学技士を取巻く法や 制度の整備など課題も多く ,関係組織の努力や国家レ ベルの取り組みにも期待したい.
最後に,様々な課題はあるものの臨床工学技士は他 の医療従事者とともにチーム医療の一翼をにない,呼 吸療法における安全管理の向上及び質の向上と確保に 努めていくべきであると考える.
6.
謝 辞本論文の要旨は,第
55
回日本病院学会(名古屋)に おいて発表した.また,今回の論文投稿にあたりご指導ご鞭撻いただ きました, 川崎 医 療 短 期 大 学 臨 床 工 学 科 左 利 厚 生 先 生には心より御礼申し上げます.
7 .
文 献1)厚生労働省健康政策局医事課:臨床工学技士業務指針,昭 和63年9月13日.
2)(社)日本臨床工学技士会 :臨床工学技士実態調査の結果報 告, 日本臨床工学技士会誌,
1 9
: 129‑136,2 0 0 3
.3 )
日本呼吸療法医学会コメディカル推進委員会:わが国のICU
における人工呼吸器の保守管理体制の現状ーアンケート調 査を元に一,人工呼吸,18(1)
: 5 3
‑57 , 2 0 0 1 .
4)青木郁香,藤原綾,福田充宏:人工呼吸器に関するリスク マネージメント,日本臨床救急医学会誌,
5
(5
) :5 3 0
‑53 7 ,
2002.5)青木郁香:人工呼吸器に関連するイ ンシデントと臨床工学 技士の役割,Clinical