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四川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚 姻 慣 習 「西番」社会の紐帯

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四川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚 姻 慣 習

西番」社会の紐帯

は じめ に

1.冤 寧 県 和 愛 郷 廟 頂 倦の 概 況 2.廟 頂 墨 の親 族 集 団 と婚 姻

3.婚 約,結 婚,同 居,分 家 の プ ロセ ス お わ りに

は じめ に

本 稿 は 。 四 川 省 西 南 の 山 間 部 で 強 固 な 自集 団 意 識 を も っ て 暮 ら し続 け る ル ズ ・チ ベ ッ ト族 につ い て,集 団 の 根 幹 を 形 成 す る 婚 姻 慣 習 の 視 点 か ら彼 らが ど の よ う に 集 団 を維 持 して きた の か 分 析 す る もの で あ る 。

ル ズ ・チ ベ ッ ト族(以 下 ル ズ と記 す)は,四 川 省 西 部 に居 住 す る,か つ て 「西 番 Φ」 と総 称 さ れ た チ ベ ッ ト族 諸 集 団 の 一 つ で あ る(図1>。 自 称 を ル ズ と い い,漢 語 で は 「里 汝 」 あ る い は 「呂 蘇 」 と記 す 。 ル ズ 語 は,四 川 チ ベ ッ ト族 支 系 の ア ル ス語 の 一 つ に 分 類 され る(21。居 住 地 は雅 聾 江 中流 域 の 海 抜 高 度3000メ ー トル 前 後 の 険 しい 峡 谷 地 帯 で,交 通 の 不 便 さか ら改 革 開 放 後 も経 済 的 発 展 に 出 遅 れ た地 域 で あ る 。 行 政 上 は 九龍 県 の 烏 拉 渓 郷

や煙 袋 郷,冤 寧 県 の 和 愛 郷,木 里 県 な どに 分 布 す る。

「西 番 」と よ ば れ た 四 川 チ ベ ッ ト族 は,歴 史 的 に幾 つ もの 集 団 が 移 動 や 融 合 を繰 り返 した 「蔵 郵 走廊 」 地 区 に 数 百 年 に わ た っ て イ族 や 漢 族 と共 住 し て き た。 しか し四 川 チ ベ ッ トの 各 支 系 集 団 は,厳 しい 自然 環 境 の なか で 強 い 自集 団 意 識 を も っ て 閉鎖 的 に 生 きて きた め に,複 数 の 民 族 が 共 住 す る 地 域 に あ っ て も,原 則 と して 異 な る 民 族 の み な らず チ ベ ッ ト族 の 他 の 支 系 と

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図1〕 四 川 チ ベ ッ ト族 の 分 布

1 2

アム ド

カム 821 7

8

ア ー ル ゴ ン ノ ヤ バ

45 15 3 ギ ヤ ロ ン 1"10 9

ミニ ヤ ノ ク

15

4 白馬 12 1Q ナ ム イ 15

5

ク イ リ ャ ン r"

ii シ シ ン 2

6

ア ル ス ー

u 12 チ ュ 15

も ほ とん ど通 婚 す る こ とが な か っ た 。

事 例 と した 和 愛 郷 廟 頂 墨 は,ル ズ ・チ ベ ッ ト族 が 最 も集 中 し,伝 来 の 習 俗 が よ く残 され た典 型 的 な 集 落 と して し ら れ て お り,80年 代 に 中 国 西 南 民 族 学 会 な どに よ っ て 詳 細 な調 査 が 実 施 され た。 筆 者 は2001年9月 に こ こ を訪 れ,聞 き取 り調 査 を行 っ た 。 改 革 開 放 後 の 国 家 の 諸政 策 は辺 境 とい わ

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚 姻慣 習

れ た 土 地 に く らす 少 数 民 族 に も大 き な影 響 を 与 え た。 な か で も際 立 っ て い る の は,出 稼 ぎや 移 住 と い っ た 形 態 で 進 ん だ 人 々の 移 動 で あ る。 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の場 合 も例 外 で は な く,80年 代 に入 る と人 々は 「豊か さ」 をも と め て 一 斉 に 出 稼 ぎに で た 。 そ して こ の20年 余 りの 問 に 出稼 ぎ は 長期 化 し, 数 年 間 ほ とん ど帰 郷 し な い若 者 も増 え,ム ラ の 過 疎 化 や 老 齢 化,一 家 を あ げ て の 移 住 を 促 して い る。 また 一 方 で,人 の 移 動 は様 々 な モ ノや 価 値 観 を 地 元 に も た ら し,人 々の 生 活 環 境 や 意 識 を変 え て い る。

本 稿 で は,ル ズ ・チ ベ ッ ト族 と い う集 団 を 形 成 す る要 素 の 一 つ で あ る婚 姻 慣 習 の 変 化 を 通 して,改 革 開 放 後 の社 会 の 大 き な変 化 の な か で 彼 らが ど の よ うな 選 択 を し よ う と し た の か 考 察 す る。

1.冤 寧県和愛郷廟頂塗の概況

(1)和愛 郷 の 概 況

四 川 省 和 冤寧 県 濾 寧 区和 愛 郷 は,四 川 省 西 南 部 の 雅 磐 江 沿 岸 の 峡 谷 地 帯 に 位 置 す る 。 海 抜 高 度 約1500〜3500メ ー トルで,懸 崖 絶 壁 と険 しい 山 々 に よ って 周 囲 か ら隔 絶 さ れ,沿 線 道 路 に面 した 臨 江 村 以 外 の 行 政 村 はみ な 傾 斜 の 険 しい 山腹 に 位 置 して い る。 そ の た め現 在 も村 に 公 路 が 通 じて お ら ず,人 や 物 資 の 往 来 は 人力 や 馬,螺 馬 で 山道 を数 時 間 登 る ほ か は な い 。

和 愛 郷sは,総 人 口2818人,総 戸 数652戸 で,漢,チ ベ ッ ト,イ の3民 族 が 暮 らす 多 民 族 地 域 で あ る 。 郷 内 は,臨 江 ・大 甲 ・和 愛 ・廟 頂 ・星 火 ・ 拉 姑 薩 の6つ の 行 政 村 と27の 村 民 小 組 か ら な る(表1)。2000年 の 統 計 で は,漢 族 が1.724人 で61.2%,チ ベ ッ ト族 が591人 で21.0%,イ 族 が503 人 で17.8%を 占 め る 。1988年 に は 少 数 民 族 が 総 人 口 の26%を 超 え た こ と か ら和 愛 藏 族 民 族 郷 と して認 定 さ れ,郷 長 は チ ベ ッ ト族 か ら選 ば れ て い る 。

3民 族 は,互 い の 言 語 を理 解 し.漢 語 を 共通 言 語 と して 日常 的 に 往 来 し て い るが.こ れ ま で 互 い に婚 姻 関係 を 結 ぶ こ とは ほ とん ど なか っ た 。 彼 ら

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表1】 和愛 郷 の概 況 村名 組数

高 度(m)

民族

人 口(人)

農民

耕 地(畝)

経済作物

年 収L

戸数

人 口

水田

順位

臨江

4 1500

373 79 333 505 79

養蚕

3

大 甲 4

513 120 427 285 210

養蚕

1

和愛

4 'll

517 121 456 657 38

養蚕

2

廟頂

4 3300

386 79 365 449

花椒

4

星火

6 漢.弊, 558 130 389 988

花微

5

拉姑薩

5 蔵.鼻, 538 114 512 1373

花椒

6

総計

27 643 2482 4257 327

1養 蚕 は438担

.1100張,総 生 産 高95527元(2000年),サ ン シ ョ ウ は28000斤,こ の ほ か ク ル ミや リ ン ゴ を 栽 培 。

2郷 の 平 均 収 入 は1533元(2003年)

。 藏 族 や 郵(イ)族 は 副 業 と し て 貝 母 や 天 麻 な どの 漢 方 薬 材,松 茸 を採 集,湖 南 や 湖 北,広 東 に 出 稼 ぎ に 行 く。 ヤ ク や 綿 羊 を 飼 う。

[出 所]2001年 現 地 で の 聞 き取 り に よ り作 成

は原 則 と して民 族 ご とに 集 落 を形 成 して い る 。 漢 族 は,人 口の 約77.8%が 海 抜2000m以 下 の 臨 江 ・大 甲 ・和 愛 の3村 に集 中 し,最 も海 抜 高 度 の 高 い 廟 頂 村 に はチ ベ ッ ト族 が 住 む。 星 火 村 は イ 族 と漢 族 が3:7で,拉 姑 薩 村 は イ 族 とチ ベ ッ ト族 が1:1の 割 合 で暮 らす が,各 民 族 は村 内 で は 小 組(墾) ご とに ま と まっ て 住 み 分 け て い る 。

和 愛 郷 の チ ベ ッ ト族 は,廟 頂 塗 の ル ズ と烏 拉 墾 の ナ ム イ に 大 別 さ れ る 。 両 者 は そ れ ぞ れ 固 有 の 言 語 を もち,リ ル の 言 語 は 「新 客 話 ⊥ ナ ム イ は 「老 客 話 」 と も よば れ る 。 人 民 共 和 国 成 立 以 前 は ナ ム イ語 が 主 流 で あ っ た が,

次 第 に ル ズ が 勢 力 を 持 つ よ うに な り,ナ ム イ語 に は か な りの リ ル語 が 含 ま れ る よ うに な っ た。 元 来,風 俗 習 慣 や 宗 教 に も違 い が あ っ た が,長 期 に わ た っ て 隣 接 して 暮 ら して きた た め に 互 い に言 語 を 理 解 で き る だ け で は な く,婚 姻 関係 も結 ぶ よ う に な っ た 。

漢 族 は,清 ・雍 正5年(1727)に 清 軍 が 越 西 や 冤寧 一 帯 の西 番 を制 圧 し た 後 に 大 量 に この 一 帯 に 移 住 して きた 。 和 愛 郷 の 漢 族 は,四 川 の 峨 眉 県 や

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の婚 姻慣 習

貴 州,湖 北 か ら来 て ほ ぼ6,7代,約 百 数 十 年 を 経 て い る。 祖 先 を 中 原 の 出 身 と し,従 軍 や 辺 境 防 衛,逃 亡 な ど の 理 由 で こ の 地 に至 り,す で に200 年 を経 て い る。 イ族 は最 も後 発 の 集 団 で,こ の 百 年 余 りの 間 に移 っ て 来 た 。 頭 人 に率 い られ た 武 闘 集 団 で あ り,武 力 に よ っ て 次 々 と先 住 民 か ら土 地 や 人,家 畜 を 奪 っ た 。 チ ベ ッ ト族 と漢 族 は連 携 し て こ れ に対 抗 した が ほ とん

ど効 果 が な く.一 家 をあ げ て 逃 亡 す る者 が 少 な くな か っ た とい う。

経 済 的 に は,郷 全 体 が 河 川 に よ っ て 沿線 道 路 の 反 対 側 に分 断 さ れ て い る た め 郷 政 府 所 在 地 の 和 愛 村 に さ え も車 の 通 行 可 能 な 道 路 が 通 じて お らず, 改 革 開 放 後 の 経 済 発 展 に 出 遅 れ た 。 郷 の 一 人 当 た りの 平 均 年 収 は1553元 に す ぎな い(2000)。 また 山 腹 の チ ベ ッ ト族,イ 族 の村 で は改 革 開 放 後 に 奨 励 され た経 済 作 物 の サ ン シ ョ ウ栽 培 が あ ま り順 調 で は な く,収 入 源 は 出 稼 ぎに 頼 る しか な い 。 そ の た め 平 均 年 収 は約800元 に す ぎず,養 蚕 に よ る 現 金収 入 を もつ 麓 の 漢 族 の3村 との 経 済 的 格 差 は 少 な くな い 。

また 出 稼 ぎ は,農 閑 期 を利 用 した 短 期 の 漢 方 薬 材 採 取 以 外 に,若 者 の 多 くが 広 東 や 深III,湖 南,湖 北 の 都 市 に 半 年 か らほ ぼ1年 に わ た っ て 出 て 行 く よ うに な っ た た め,山 腹 の 村 で は 老 齢 化 が 進 ん で い る。 さ らに こ の10 年 余 りの 間 に 山 腹 の 住 民 は 次 々 に 山 を 下 り,河 煽 の 臨 江 村 や 冤寧 県 県 城, 濾 沽,西 昌,礼 州 な ど に 移 って い っ た 。2000年 まで に,す で に廟 頂 村 を 中 心 に34戸 が 山 の村 を離 れ,移 住 先 で 商 店 を 開 い た り,土 地 を請 け 負 っ て 農 業 を した り して い る。

(2)廟 頂 塗 の 概 況

廟 頂 村 は,ル ズ語 で は ラ ピチ ジ フ(洛 比 区 覚 夫)と い う。 総 戸 数90戸, 総 人 口493人(2000年)で,平 均 海抜 高 度2000メ ー トル 前 後 の 山腹 斜 面 に 拉 烏(1組)23戸 ・122人,羅 干(2組)18戸 ・78人,洛 比 却 覚(3組) 17戸 ・73人,廟 頂(4組)32戸 ・130人 の4つ の 組(塗)が 点 在 す る。 拉 烏 の 王(「 孫 根 」)家 と廟 頂 の伍 家(「 納 巴 と牙 都 」)が 大 姓 で,こ れ 以 外 は 主 に 人 民 共 和 国 成 立 後 に 移 住 して き た 集 団 で あ る 。 王 家(4代)と 伍 家(13

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代 以 上)は 通 婚 関係 にあ る が,元 来 は異 な る支 系 で,前 者 は ナ ム イ,後 者 は ル ズ で あ る。 周 辺 に は,ナ ム イは 青 納 納 約 夫,ル ズ は拉 姑 沙,沙 夫 に居 住 して お り,そ れ ぞ れ 同 じ支 系 内 で 婚 姻 を結 ん で きた が,近 い距 離 に住 ん で い た 両 者 は や が て 通 婚 す る よ うに な っ た 。

廟 頂 墨 は,ル ズ語 で ドツチ ジ フ(「 独 次 却 覚 夫 」)と い う 。伝 承 で は,3 人 の 兄 弟 が こ の 地 を 開 き,20世 紀 の 初 め に は13代 を経 て い る 。 長 男 の 納 斉,次 男 の 納 巴,三 男 の 南 雫 辛 に 分 か れ,さ らに10数 の 小 グ ル ー プ を作 る 。 納 斉(漢 姓 は 陳)は,納 斉(1戸,以 下 現 存 戸 数),莫 約(7)・ 所 多(2)・

迷 賭(0)・ 愛 力(0),納 巴(漢 姓 は伍,9戸)は,亜 瓦(1),南 干,南 ヤ 辛 は,亜 塔,恰 米(2),作 科(1),加 都(1),字 僚(2),尼 曼(0)に 分 か れ る。

か つ て 集 団 の 秩 序 は,頭 人 会議 と慣 習 法 に よ っ て維 持 さ れ て きた 。 頭 人 とは,各 家 庭 の 家 長 の 中 か ら選 ばれ た 最 も世 代 が 上 で 最 年 長 の 族 長 で あ る。

頭 人 会 議 は 不 定 期 で,何 か 問題 が 起 きた 時 に組 を構 成 す る3集 団 の 頭 人 が 集 ま っ て協 議 した。 代 々行 わ れ て きた慣 習 法(村 規 民 約)の 内 容 は,主 以 下 の3点 で あ る 。

第1は 山 に 関す る も の。 集 落 所 有 の 山で は 乱 伐 して は な ら な い 。 毎 年3 月6日 か ら封 山(山 で の 伐 採 を禁 ず る)を 始 め る。 こ の 日 は ル ズの 最 大 の 祭 りで,山 神 を祀 る 「シプ ム」 を 行 う。 住 民 は ラマ と と も に 山 上 に上 り, 神 樹 の 前 で 柏 樹 を燃 や して 山神 を祀 り,電 が ふ らな い よ う に 祈 る。 ま た こ

の 日か ら山 で 勝 手 に 木 材 や 竹 を切 り出 して は な らな い 。 こ れ を破 れ ば そ の 年 の 収 穫 は 不 調 に な る 。 違 反 者 は収 穫 の 損 失 を償 わ な くて は な ら な い 。 金 の あ る者 は 金 で,無 い 者 は 井 戸 掘 りや 道 路 修 理 な どの 労 働 で 償 う。

第2は 結 婚 に 関 す る もの 。 ル ズ の 習 慣 で は幼 時 に 父母 の 命 令 で 婚 約 し.

10代 で 結 婚 式 を あ げ,数 年 後 に 同居 を 始 め る。 結 婚 対 象 は 母 方 の 兄 弟 姉 妹 の 子 供 が 最 もよ い と さ れ た 。 一 般 に新 夫 婦 は3月6日 の 山 神 祭 りの 日 に組 の 集 会 で 披 露 して 同 居 を 始 め る。 また 父 母 が い っ た ん婚 約 を決 め た ら,他 の 異 性 と関 係 を も っ て は な ら な い 。

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚姻 慣 習

第3は 治 安 に 関 す る も の 。 窃 盗 の場 合 は,体 罰,賠 償.教 育 な どの 方 法 で 改心 させ る 。 ま た 住 民 の1人 が 外 地 で 殺 人,放 火,窃 盗 な どの 事 件 を起 こ した 時 に は,事 件 をお こ した 土 地 の慣 習 法 に 従 っ て処 罰 を受 け,さ らに 本 人 は そ の土 地 を追 い 出 さ れ,外 地 で 暮 ら さ な け れ ば な ら な い 。 特 に殺 人 の 場 合 は,故 郷 の 住 民 が 金 を 出 し合 っ て そ の 土 地 の 慣 習 法 に の っ と っ た 命 の 代 価 を償 う。

慣 習 法 は,主 に 山,婚 姻,治 安 に 関 す る もの で あ る。 この うち 治 安 は, 人 民 共 和 国 成 立 後 は慣 習 法 を 参 考 に し な が ら,原 則 と し て 現 行 法 に の っ と っ て 裁 か れ る。 しか し 山 と 婚 姻 に 関 す る 慣 習 法 は,依 然 と して 住 民 に と っ て 大 き な 意 味 を も っ て い る。 封 山 は 生 産 活 動 に 大 き くか か わ っ て お り,現 在 も厳 し く守 られ て い る 。3月6日 の 山 の 神 祭 りは,組 全 体 の 最 も 重 要 な 活 動 で あ る。 婚 姻 に 関 して は,第2章 で 詳 述 す る よ う に 人 民 共 和 国 下 で 婚 姻 法 が 制 定,改 正 さ れ た が,近 年 ま で 当 地 で は実 際 の 結 婚 は 従 来 の 婚 姻 慣 習 に従 っ て 進 め られ た 。

近 年,廟 頂 墨 が 直 面 して い る 大 きな 問 題 は,過 疎 化 で あ る。 登 記 上 は総 戸 数32戸 で あ る が,実 際 に居 住 して い る の は2000年 で 約20戸 に 減 少 し て い る 。 当地 は,村 内 で 海 抜 高 度 が 最 も高 い 山 頂 近 くの斜 面 に位 置 し,か つ て は 外 敵 か らの 防 御 に 優 れ た 土 地 で あ った 。 しか しそ れ は 麓 か らの 往 来 が 極 め て 不 便 で,将 来 的 に も改 善 され に くい 地 形 で あ る こ と を意 味 して い る。 そ の た め 改 革 開 放 後 の 経 済 的 発 展 に 大 き く出 遅 れ て し まい,1990年 以 降,多 くの若 者 が 西 昌 や 成 都,冤 寧,木 里,九 龍 の 県 城 や 重 慶 な どへ 出 稼 ぎ に 出 る よ うに な っ た 。 彼 らの 出 稼 ぎは,鉱 山 や 道 路 工 事 な ど の 肉 体 労 働 が 主 で,概 して 労 働 条 件 が 劣 悪 で 低 賃 金 で あ る 。 さ らに 近 年 は 出 稼 ぎで ま と まっ た 金 を 貯 め た 後 に経 済 的 に好 転 す る見 込 み の な い 廟 頂 を 出 て 沿線 の 臨 江 村 に 移 っ て い く者 も増 え て い る。 臨 江 村 の 沿 道 に は30戸 余 りの 小 規 模 商 店 が 軒 を 並 べ て い るが,廟 頂 村 か らの 移 住 者 に よ る 店 が 最 も多 い 。 そ の 結 果,山 腹 の 集 落 で は空 き家 が 増 え,過 疎 化 や 老 齢 化 が 進 ん で い る。

(8)

2.廟 頂 墨 の 親 族 集 団 と婚 姻

廟 頂 塗 に は,先 住 の 納 巴家9戸,莫 約 家7戸,納 斉 家1戸 と,4代 を 経 た 後 発 の 亜 都 家3戸 が 居 住 す る 。 た だ し納 巴 の9戸 の う ち4戸 はす で に 村 を 離 れ て い る 。 以 下 は,2001年9月 の 現 地 調 査 時 に 廟 頂 塗 に 残 っ て い た 戸 主 に 対 して 行 っ た 婚 姻 に 関 す る 聞 き取 り調 査 の 記 録 で あ る(表2)。

q)「 納 巴 」

納 巴 は,最 古 の 一 族 で,漢 式 の 族 名 は伍 で あ る。 伝 承 に よ れ ば,西 蔵 か ら10の 大 支 系 と と も に こ の 地 に 移 っ て 来 た 。 現 在 は9戸 で20数 名,2人 の 老 人 が 頭 人 と して そ れ ぞ れ 亜 瓦6戸 と南 干3戸 を 率 い る。 各 戸 の 家 長 は,亜 瓦 は正 品(五 男 の 息 子),正 清(長 男 の 息 子),正 国(四 男 の 息 子) , 玉 剛(次 男 の 息 子),正 福,玉 発 で,南 十 は 徳 元,徳 強(と もに 正 品 の息 子) と国 強 で あ る。 伍 正 品 の 父(大 伍 と記 す)に は5人 の 息 子 が い た が ,長 男 は 貧 困 を 理 由 に 県 城 に移 住 した 。 次 男 は ラ マ に な っ て 西 蔵 に行 っ た 。 人民 共 和 国 成 立 前 ま で は,一 家 に3人 以 上 の 男 子 が い た場 合 は ラマ を1人 だす の が 慣 例 で あ っ た か らで あ る 。 長 女 は 他 村 の ル ズ に嫁 い だ 。 三 男 の 家 は.

息 子 の 世 代 が 当地 に い る。 四 男 は解 放 軍 の 兵 士 に な っ て 早 くに村 を出 た。

そ の 長 女 は 塩 源 県 の 役 所 で働 き,次 女 は 死 亡,三 女 は教 師 に な っ て 県 城 に い る。 「納 巴 」 で は,結 婚 は原 則 と して 親 が 相 手 を 決 め る。

事 例1:亜 瓦 のErlunJiapin(漢 名 は伍 正 品,68歳 ・男 性)は,大 伍 の 五 男 の 息 子 で,4人 の 息 子 と2人 の 娘 が い る。 当地 の 伍 家 で は 最 多 の 家 族 数 を もつ 。 長 男(47歳)は,母 の 兄 の娘(同 村 の 拉 烏 爆)と 幼 時 に 婚 約,16 歳 で 結 婚 式 をあ げ,18歳 か ら同 居,3年 後 に 分 家 。 三 男(37歳)は,母 弟 の 娘(同 組)と14歳 で 婚 約,16歳 で 式 を あ げ,20歳 で 同 居 し,2年 分 家 。4番 目は 長 女(35歳)で,長 男 の 妻 の 弟 と幼 時 に 婚 約,18歳 で 式 を 行 い,21歳 で 同 居 。 長 男 と長 女 の 結 婚 は,相 手 方 も姉 弟 で あ る(「 換 親 」)。

四 男(33歳)は,同 組 の 楊 家 の 娘 と10代 で婚 約,式 を あ げ,数 年 後 に 同 居,

(9)

四 川 ルズ ・チベ ッ ト族 の婚 姻 慣 習

2年 後 に 分 家 。 次 女(30歳)は,青 納 郷 出 身(ナ ム イ)の 娘 と16歳 で 婚 約, 18歳 で 結 婚19歳 で 同 居 した 。

上 記 の5組 は,み な80年 代 以 降 の 婚 姻 で,最 近 の は90年 代 で あ る 。 と もに 幼 時 あ る い は10代 で 婚 約,結 婚 式 を あ げ,20代 前 半 に 同 居 して い る。

祖 父 世 代 よ り上 だ け で は な く,本 人 お よ び子 供 の 世 代 に い た る まで ほ とん どの結 婚 に お い て,相 手 は 親 が 選 ん で きめ た 。 この よ うな 婚 姻 は,以 下 で 述 べ る よ う に広 く集 落 全 体 に み ら れ る。 人 民 共 和 国 の 婚 姻 法 は50年 代 に 発 布 され,80年 代 に 改 正 され たが,廟 頂 の ル ズ は 結 婚 と離 婚 の 自 由,法 定 婚 姻 年 齢 な ど を 定 め た婚 姻 法 に 関 係 な く,現 在 も彼 ら の慣 習 法 に よ って 婚 姻 を行 う。 彼 らに よれ ば,婚 姻 法 は 漢 族 の 法 律 な の だ と い う。

た だ しEL家 に も例 外 が あ る 。 次 男(42歳)で あ る 。 次 男 は,20代 で 自 ら西 昌 の 鉄 鉱 山 で 働 くこ と を希 望 して 出稼 ぎ に い き,そ こ で 知 り合 っ た 他 郷 の チ ベ ッ ト族 女 性 と 自 由 恋 愛 で結 婚 し,子 供2人 と と も に 西 昌 で 暮 ら し て い る 。 外 部 にで て 外 と の接 点 が 多 くな る と と も に様 々 な価 値 観 の 影 響 を う け て,婚 姻 に も少 しず つ 変 化 が お きて い る。

事 例2:伍 玉 剛 家 。 伍 玉 剛(68歳)は,大 伍 の 次 男 の 息 子 で,50年 代 に 村 長 に な り,80年 に 退 職 。 玉 剛 は60年 代 初 め,25歳 の 時 に 同 じ組 の 妻(72 歳)と 自由 恋 愛 をへ て結 婚 し,即 同 居 した 。 父 は ラマ で あ っ た 。3人 の 息 子 の う ち1人 は ラ マ に な る と い う当 時 の慣 例 に な ら って,弟 が 生 まれ た と きに ラマ に な る こ とが 決 まっ た 。 父 の2人 の 姉 妹 も親 が 決 め た 母 方 の 男性 と結 婚 した 。

次 男 の 国 成(38歳)は,中 学 卒 業 後,友 人 と村 を 出 て 商 い を した 。 雲 南 の 茶 葉 や 薬 草 な ど を甘 孜 や 冤 寧 県 等 に 運 ん で3〜4倍 の 値 で 転 売 し利 益 を 得 た 。 そ の後,鉱 山の 民 工 隊 を組 織 して 老 板 に な り,塩 源 の 金 鉱 で 働 い た 。 99年 に よ び 戻 され て 村 長 に な っ た。 妻(34歳,同 村 出 身)は 中学 時 代 の 友 人 の妹 で,自 由恋 愛 を経 て25歳 で 結 婚 。 兄(40歳)と 妹2人(36歳 と32 歳)は,塩 源 県 城 で 公 務 員 や 商 売 を して い る。 兄(40歳)は 未 婚,妹 た ち は ル ズ あ る い は ナ ム イ の 相 手 と 自由 恋 愛 で 結 婚 。 村 に残 っ た 弟(30歳)も

(10)

自 由 恋 愛 で 結 婚 し,両 親 と同 居 して い る。

事 例3:王 徳 発 家 。 烏 拉4出 身 の ナ ム イ王 某 と廟 頂 塗 の ル ズ伍 某 との 結 婚 で あ る 。 両 家 はす で に10代 に わ た っ て 婚 姻 関 係 を結 ん で い る。 王 徳 発 (57歳,男 性)は,66年 か ら86年 まで 廟 頂 墜 の 支 部 書 記 を務 め た 老 幹 部 で あ る 。 王 家 は 隣組 の 拉 烏 墨 か ら移 っ て き て 四 代,約 百 年 を経 る 。 妻 は舅 舅(母 方 の 兄弟)の 娘 で あ る 。14歳 の 時 に濾 寧 製 糸 工 場 か ら冤寧 県 文 芸 工 作 団 に 選 ばれ,64年 に は 四 川 省 代 表 と して 北 京 で 「全 国 少 数 民 族 彙 演 」 で 歌 舞 を披 露,全 国 的 に知 られ た歌 手 と な る 。 王 が19歳,妻 が18歳 で 知 り 合 い,婚 約 と結 婚 は 同 時 で あ っ た 。 王 に は幼 時 に婚 約 した 相 手 が い たが, 病 弱 で あ っ た た め に 王 が 結 婚 を 望 まず 破 談 に し た。60年 代 で は 珍 し い 恋 愛 結 婚 で あ る 。 王 が 政 府 の 幹 部 で あ っ た こ とが,婚 姻 法 に 基 づ く恋 愛 結 婚 を 可 能 に した と思 わ れ る。

長 男(36歳)は,妻(35歳5代 離 れ た 母 方 の娘)と5歳 で 婚 約,19歳 で 結 婚,20歳 で 同 居,2年 後 に 分 家 。 次 男(34歳)は,妻(34歳,6代 れ た母 方 の 娘)と3歳 で婚 約,18歳 で 結 婚,21歳 で 同 居,4年 後 に分 家 。 三 男(28歳)は,妻(27歳,6代 離 れ た 母 方 の 娘)と20代 の 初 め に 自 由 恋 愛,父 母 の 同 意 を得 て 婚 約 と結 婚 は 同 時 だ っ た。 三 男 に は幼 時 に婚 約 し た相 手 が い た が,女 性 が 上 級 の学 校 に行 っ た た め に破 談 と な っ た 。 長 男, 次 男,三 男 の 妻 は み な 母 方 の娘 で あ る。 また 長 男,次 男 は伝 統 的 な婚 姻 形 態 に な らっ て お り,幼 時 に 婚 約,10代 に結 婚.1〜3年 後 に 同居 して い る。

しか し四 男(23歳)は,幼 時 に 婚 約 をせ ず,康 定 の 中専 に 進 学 した 。 現 在 も ま だ 婚 約 して い な い。 五 男(17歳)は 小 学 校 卒 で 農 民 で あ るが.ま 婚 約 して い な い 。 王 家 に は,伝 統 的 な 婚 姻 と新 し い婚 姻 の 形 が み られ る。

三 男 は,伝 統 的 な 婚 姻 習 慣 に の っ と って 幼 時 に婚 約 した が,相 手 の 進 学 の た め に破 談 とな り,最 終 的 に は 自 由 恋 愛 で 結 婚 した。 この よ う に 従 来 の 婚 姻 慣 習 の 変 化 は1980年 代 初 期 か ら現 れ て い る。 理 由 は 女 性 側 の 上 級 学 校 へ の進 学 で あ る が.進 学 は,以 後 も変 化 の典 型 的 な理 由 と して しば しば あ げ られ る 。 さ らに90年 代 後 半 か ら は,自 由 恋 愛 を 経 た 本 人 の 意 思 で 決 め

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚姻 慣 習

る結 婚 が 目立 ち始 め た 。

事 例4:伍 明 発 家 。 伍 明 発(62歳)は,黒 教 の シ ャー マ ン 「ヘ パ(黒p/t)」

で あ る 。 彼 に よれ ば,ル ズ は チ ベ ッ トを出 て 四 川 に到 達 し,木 里,九 冤 寧(廟 頂)に 分 か れ て 定 住 した が,廟 頂 で は す で に18代,約500年 を経

る と い う。 民 国 時 代 に は 貧 困 を 理 由 に廟 頂 か ら一 部 が さ ら に 木里 に 移 り住 ん だ た め,木 里 に は 現 在 も親 戚 が い る。 妻 は 清 那 郷 出 身 で,10代 以 上 離 れ た 母 方 の 娘 で あ る 。5歳(1942年)の 時 に両 親 が 婚 約 を 決 め,14歳 で 結 婚 式 を あ げ,2年 後 に 同居 を始 め た 。 姉2人 は両 親 の 決 め た 同 郷 の拉 姑 薩 村 と清 那 郷 に嫁 い だ 。3人 の 息 子 が い る。 長 男(25歳 の 時 に死 亡)は,九 県 に 出稼 ぎ に 行 っ た 時 に 知 り合 っ た ル ズ と 自 由恋 愛 で 結 婚 。 次 男(26歳) は 幼 時 に 婚 約 した が,性 格 が あ わ な い た め ま だ結 婚 して い な い 。 三 男(20 歳)は19歳 の 時 に 双 方 の 両 親 が 婚 約 を 決 め,本 人 た ち も同 意 した 。 妻(18 歳)は 木 里 県 保 波 郷 出 身 の ル ズ。20歳 で 結 婚 し,同 時 に 分 家 して 同 居 。

事 例5:伍 明 方 家 。 伍 明 方(64歳 ヘ パ)は,母 の 兄 弟 の 娘(拉 姑 薩 村) と幼 時 に 婚 約,20歳 で 結 婚,23歳 で 同居 。5女2男 。 長 女(38歳)は 巴 塘 人 と結 婚 。長 男(35際)は 拉 姑 薩村 小 学 校 の 教 師,妻 は 同 村 の 遠 い 親 戚 で, 自由 恋 愛 で 結 婚 した 。 次 女(33歳)は 中 学 校 卒 業 後,西 昌 で 個 人 商 店 を 開 き.西 昌 の 市 工 商 局 で 働 くチ ベ ッ ト人 と 自由 恋 愛 で 結 婚 。 次 男(30歳)は 中学 校 卒 業 後,参 軍,冤 寧 県 法 院 で 働 く。 未 婚 約 。 三 女(28歳)は 城 関 鎮 和 尚 村 の チ ベ ッ ト族 と 自 由恋 愛 で 結 婚 。 四 女(26歳)は 小 学 校 教 師,未 婚 約 。 五 女(22歳)は シ ャ ン グ リ ラの 歌 舞 団 の 団 員 。 当家 は,子 供 の 世 代 は 7人 の 兄 弟 姉 妹 全 員 が 故 郷 を 出 て お り,う ち5人 は教 員 や 公 務 員,商 売 人 で 都 市 戸 籍 を もつ 。 子 供 の 世代 はみ な 自分 の意 思 で 結 婚 相 手 を 選 ん だ。

事 例6:伍 応 福 家 。 伍 応 福(76歳 ヘ パ)は,父 方 の 姉 妹 の 娘 と51年 に 結 婚 して 同 時 に 同居 。 長 男 の 妻 は 同組 出 身,次 男 の 妻 は 木 里 県 保 波 出 身。

父 は 母 方 の 兄 弟 の 娘 と結 婚,祖 父 も2代 経 た母 方 の 兄 弟 の 娘 と結 婚 。

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(2)「莫 約 」

莫 約 」 は,7戸 。 父 の 兄 弟 の 息 子 の 後 代 で あ る。 伍 新 玉,学 成(新 の 父 の 弟),新 林(学 成 の 息 子),徳 強(父 の 兄),文 甫(納 斉,父 の 兄 の 息 子), 文 強(文 甫 の 弟),新 福 。

事 例7:伍 文 甫 家 。 伍 文 甫(37歳,小 学5年 まで)は,房 名 は 納 斉,文 甫 は母 の 兄 の 娘 で あ る妻(同 組 出 身)と5歳 で 婚 約,18歳 で 婚 約,25歳 同 居,5.6年 後 に 分 家 。 父 は,父 の 姉 の 娘 と結 婚 。2人 の 姉 と4人 の 弟 が い る。 二 弟(33歳)は3代 隔 た っ た 母 方 の 娘(30歳)と7歳 で 婚 約,23 歳 で 結 婚.26歳 で 同 居,4年 後 に 分 家 。 三 弟(30歳)は 母 の 兄 の 娘(32歳)

と25歳 で 婚 約,結 婚 と 同 時 に 同 居,妻 側 が 嫁 入 りを望 ま な か っ た た め に 婿 入 り し,そ の 後 分 家 した 。 四 弟(29歳)は 未 婚,参 軍 後 に除 隊 し,甘 孜 州 建 委 で 勤 務 。 上 の姉(42歳)は 清 那 郷 の 父 方 の 遠 い 親 戚 に嫁 ぎ,下 の 姉(40 歳)は 甘 孜 州 団 委 に 勤 め る。

文 甫 家 の 婚 姻 は,80年 代 に 入 っ て 変 わ り始 め た 。 二 弟 まで の 婚 姻 は,10 代 まで に 婚 約,結 婚 後 数 年 た っ て か ら同 居,対 象 は 母 方 の 娘 と従 来 の 型 式

を踏 襲 して い る が,改 革 開 放 後 の80年 代 に は い っ て 適 齢 期 を迎 え た 四 弟 以 降 は.父 母 が 主 導 す る 婚 約 は行 っ て い な い 。 文 甫 に は13.9,7,4歳

2女2男 が お り,学 校 に通 っ て い る が,1人 も婚 約 して い な い 。 事 例8:伍 新 玉 家 。 伍 新 玉(50歳)は,も と拉 姑 薩 組 の組 長 。 妻 は5代 離 れ た 母 方 の 娘 で 同 組 出 身 。12歳 で 婚 約,18歳 で 結 婚,20歳 で 同 居 。 息 子2人 と娘2人 が い る 。 長 男(28歳)は 同 組 出 身 の 妻 と15歳 で 婚 約,19 歳 で 結 婚20歳 で 同居 。 次 男(24歳)は,自 由 恋 愛 を へ て23歳 で 結 婚 と 同 時 に 同 居,3年 後 に 分 家 。 三女(20歳)は 冤 寧 師 範 学 校 在 学 中 で,ま だ 婚 約 して い な い。 四 女(17歳)も 中学 を 卒 業 した ば か りで,婚 約 して い な い 。 新 玉 の 妹(40歳 代)は,父 母 の 決 め た里 庄 の ル ズ に嫁 い だ 。

文 甫 家 は 次 男(24歳)か ら従 来 の 結 婚 と違 っ て きて い る。 結 婚 相 手 は 親 が 決 め る の で は な く 自分 で 選 び,婚 約 か ら結 婚 同 居 に至 る まで 年 数 を か け な い 。 価 値 観 の 変化 が 本 人 に み られ る だ け で は な く,親 の世 代 もそ れ を

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚 姻慣 習

受 け 入 れ て い る。90年 代 後 半 以 降,特 に若 者 が 外 部 に 出 る機 会 が ふ え て お り,若 い 世 代 は 農 業 以 外 の 生 業 手 段 を 得 て 経 済 的 に も 独 立 で き る環 境 に な っ て い る 。 次 男 の場 合 は,96年 か ら2年 間参 軍 して 車 の 運 転 技 術 を習 得 し,帰 郷 後 車 を買 っ て サ ン シ ョウや クル ミを運 ん で 売 買 し,や が て 山 を 下 りて 河 襯 の 沿 線 に 移 住 した 。 幹 線 道 路 沿 い の 臨 江 へ の 移 住 は90年 代 後 半 か ら増 え て い る。 山 上 の 村 へ の 交 通 の 不 便 さ は容 易 に解 決 で き る もの で は な く,住 民 は 次 々 と 故 郷 に見 切 りをつ け て 山 を お りて い る 。

(3)「亜 都 」

亜 都 は 廟 頂 村 に き て4代,約 百 年 を経 た,後 発 の 集 団 で あ る。1組3戸 (伍成 国,成 発,成 徳),2組2戸(成 読,文 章),3組1戸(文 発),4組 1戸 で あ わ せ て7戸 あ る 。

事 例9:伍 文 発 家 。 伍 文 発(49歳)は,妻(38歳)と 出稼 ぎ先 の 城 関 で 知 り合 い,自 由 恋 愛 で 結 婚 。 親 戚 関 係 は な い 。 兄(60数 歳)は 冤 寧 県 里 庄 区 に 婿 入 り した 。 妻 は 母 の 兄 弟 の 娘 で,幼 時 に婚 約 。 次 兄(55歳)は 木里 裡 波 出 身,4代 離 れ た 親 戚 の 娘 と 自由 恋 愛 。 弟(43歳)は,西 昌 師 範 学 校 を 卒 業 して村 の 小 学 校 教 師 を して い る 。 同 村 出 身 で4代 離 れ た親 戚 の 娘 と 自 由 恋 愛 。 文 発 に は16,15,13歳 の3人 の息 子 が い る が,婚 約 して い る者 は い な い 。 亜 都 の 一 族 は 後 発 グ ル ー プ で あ る た め か,結 婚 対 象 を ル ズ に 限 っ て は い る が,代 々近 隣 の 同 一 集 団 との 間 で 繰 り返 さ れ て き た 当 地 の 婚 姻 慣 習 か ら は比 較 的 自 由 で,結 婚 に は本 人 の 意 思 が 尊 重 さ れ て い る。

以 上,2003年9月 に現 地 で 調 査 した54の 婚 姻 事 例 は,廟 頂 ル ズが 近 年 まで な お 旧 来 の婚 姻 慣 習 を 根 強 く行 って きた こ と を 明 らか に して い る(表 2)。 ル ズ に は,幼 児 に婚 約,10代 で 結 婚,数 年 後 に 同 居 す る とい う婚 姻 慣 習 が あ る 。 親 は子 供 の 婚 姻 に対 して 強 い 決 定権 を もっ て お り,本 人が 幼 い 時 に 父母 が 結 婚 相 手 を選 ん で 婚 約 を 交 わ す 「開 娃 娃 親 」 の 慣 習 が あ る。54 例 の うち40例(約75%)が こ の よ う な父 母 の 決 め た 結 婚 で あ る 。 事 例 の 最 年 少 は33歳 で,90年 代 初 め まで 旧 来 の 婚 姻 形 式 が 行 わ れ て い た こ と が

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わ か る 。

結 婚 対 象 の 選 択 は,第1に ル ズ か ナ ム イで あ る こ と。54例 中2例 を 除 い て ほ と ん どが そ う で あ り,集 落 を離 れ て 出 稼 ぎに 行 っ て もそ の ま ま 街 に 住 む こ と に な って も婚 姻 対 象 は ル ズや ナ ム イか ら選 ぶ 。 そ の た め 婚 姻 圏 は ほ とん ど が 同 組 内,同 村 内,周 辺 の 拉 姑 薩 村 や 青 納 郷,あ る い は 少 し離 れ た 木 里 県 保 波 郷 や 九 龍 県 子 耳 郷 な どル ズ,ナ ム イの 居 住 地 に 集 中 して い る。

第2に 妻 は母 方 の 兄 弟 の 娘 か ら,逆 に夫 は 父 方 の 姉 妹 の 息 子 か ら優 先 的 に選 ぶ 。 ル ズ は概 し て経 済 的 に豊 か で は な か っ た た め に,経 済 的 道 徳 的 援 助 を時 に は 母 方 の 兄 弟 に も とめ な け れ ば な らな か っ た 。 母 方 の 娘 か ら妻 を 選 ぶ こ と は約20例 に み ら れ,「 老 親 」 と して 代 々繰 り返 さ れ て きた 。 特 に

8例 は 舅 舅(母 の 兄 弟)の 娘 で,近 い 親 類 に よ る交 叉 イ トコ 婚 で あ る。

しか し90年 代 に 入 っ て,若 い 世 代 の な か に は 従 来 の 婚 姻 慣 習 に は縛 ら れ な い 者 が 出 て き た 。 他 の チ ベ ッ ト支 系 を 結 婚 対 象 と して 自分 の 意 思 で 選 び,結 婚 即 同 居 と い う形 式 を と る。 た だ し漢 族 な ど他 民 族 との 結 婚 は,ま だ 廟 頂 塗 で は み られ な い 。 変化 の 背 景 に は,若 い 世 代 が 外 部 で 稼 ぐ機 会 を 得 て 経 済 力 をつ け て きた こ と,外 部 との 往 来 が 盛 ん に な っ て 外 の情 報 が 入 り,様 々 な 価 値 観 を知 る よ う に な っ た こ と な どが 考 え られ る。 従 来 の 婚 姻 慣 習 は,同 一 民 族 集 団 圏 の なか で 自給 的 に生 存 して い く こ と を前 提 と し,

低 い経 済 生 活 の な か で 母 方 兄 弟 の社 会 的 経 済 的 バ ッ クア ッ プ を あ て に した も の で あ る とい え る。 そ の た め 若 者 が 農 業 以 外 で 収 入 を得 て,活 動 範 囲 を 集 落 以 外 に もつ よ う に な る と旧 来 の 慣 習 の 意 味 は 当 然 弱 ま っ て い っ た。 た だ し現 在 も親 の 意 見 は 重 視 さ れ て お り,そ の 同意 は 必 須 で あ る 。 しか し親 自身 が 社 会 の 急 激 な 変 化 に もは や 自分 達 の 世 代 は つ い て い け な い こ と を感 じて お り,次 世 代 の 考 え方 や 行 為 を容 認 す る よ う に な っ て い る。

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四 川 ル ズ ・チベ ッ ト族 の 婚姻 慣 習

3.婚 約,結 婚,同 居,分 家 の プ ロ セ ス

(1)婚 約 ・結 婚 ・同 居 の プ ロ セ ス と 意 味

ル ズ の 婚 姻 慣 習 で は,婚 約 と結 婚 は19歳 以 前 に行 う。 幼 時 の 婚 約 は,家 同士 で 従 来 繰 り返 さ れ て き た 関 係 を深 め,相 互 扶 助 の 結 び つ き を 強 め て い

く。2003年 の 現 地 で の 聞 き取 りに よ れ ば,そ の 大 まか な プ ロセ ス は事 例1 の よ うで あ る。

事 例1:WZ(60歳 代)は,幼 時(1960年 代)に 婚 約 して12歳 で 結 婚 15歳 で 同 居 した 。 結 婚 式 は,ま ず ラマ が 式 の 日時 を 占 っ て 決 め る。 新 婦 側 は娘 を 送 り出す 儀 式.新 郎 側 は 新 婦 を迎 え る儀 式 を 行 う。 紹 介 者 で あ る 母 の 妹 に は,新 郎 側 が 酒10数 斤 と現 金10数 元,布 を 送 る。 紹 介 者 が 新 婦 を 新 郎 側 に 送 り届 け る。 新 郎 側 は新 居 と生 活 用 品 を準 備 し,経 済 生 活 に 責 任 を もつ 。 新 婦 側 は,自 分 の 衣 服 を 準 備 す る 。

婚 礼 は3日 間行 わ れ る 。1日 目は 「送 親 」,新 婦 側 が 新 婦 を迎 え に来 た 新 郎 側 を もて なす 。 男 性 側 の 迎 え は,ラ マ の 占 い に よ り人 や 日 に ち を 決 め る。

早 朝,新 郎 側 は馬 で 迎 え に 行 く。 新 婦 側 は,到 着 した迎 え に水 を か け る 「洒 水 」 儀 式 を 行 い,約 束 の成 立 を示 す 。 新 郎 が 部 屋 に入 る と,新 婦 の 両 親 が 新 郎 に い くつ か の 難 題 を だ す 。 そ の 日 は,新 婦 側 で 宴 席 が 開か れ,親 戚 友

人 が き て歌 い 踊 る。 新 郎 側 一 行 も泊 ま る。

2日 目,ラ マ に経 文 を読 ん で も らい,磧 頭 と出 発 の 時 間 を決 め る 。 一 般 に は,新 婦 は 朝 日が 昇 る時 に 嫁 ぎ先 に 入 る こ とに な っ て い る。 出 発 に あ た り,新 婦 は 神 に 向 か っ て 硫 頭 し,灯 か り を と もす 。 柏 香 を 燃 や し,「 尖 石 頭4,」(家 神)に 酒 をふ りか け て祈 る 。 新 婦 一 行 は,舅 舅(母 方 の 兄 弟)や

父 の 兄 弟 姉 妹 自 分 の 姉 妹,新 婦 と同 年 齢 の 女 友 達 な ど12人 が つ き従 う。

新 郎 家 に到 着 した ら,新 郎 と新 婦 は まず 初 め に 尖 石 頭 に 祈 りを あ げ る。

屋 内 に 入 る 時 に は,ラ マ が ホ ラ 貝 を吹 き 「ヤ ン ク」(祝 い の 言 葉)を 唱 え る 。 主 人 は 新 婦 側 一 行 に 酒 を さ さげ,「 ヤ ラ ゴ ジマ とポ ジニ ポ ガ 」(婚 礼 故 事)

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を 語 る。 部 屋 に 入 る と,タ ンバ(5本 の 色 違 い の 布)を 新 郎 と新 婦 の 身 体 に か け る。 男 性 側 は 宴 席 を準 備 し,夜 は 「跳 鍋 庄 」 をお ど る。

3日 目,客 を 送 り出す 。 新 婦 は ラマ が 選 ん だ 日 に実 家 に も どる 。WZは 3日 後 だ っ た 。 以 後,同 居 まで の3年 間,双 方 が 行 き来 して 互 い の 家 の 農 作 業 を 手伝 う。 春 節 時 に は,男 性 が 酒 や 飴.豚 肉,食 糧 な ど を もっ て 妻 宅

を訪 ね る 。 妻 も同 様 に夫 宅 を訪 れ る が,贈 答 品 は男 性 側 が 多 い 。 一 般 に ,同 居 は男性側 が まず 申 し出て.本 人達が望 み.同 意 してか ら, ラマ が 同 居 開始 の 日時 を 決 め る。 結 婚 式 を あ げ て 同居 す る ま で に,春 節 な どの 祝 日 にお 土 産 を も っ て 妻 の 実 家 を訪 れ,農 繁 期 に は 手 伝 い に い く。 数 年 後,互 い が 同 意 した うえ で 男 性 側 が 同居 を 申 し入 れ る。3月6日 は 同 居 開 始 の 日 と さ れ る 。 こ の 日 は,村 人 全 員 が ラマ に念 経 して も らい なが ら山 上 で 山 の 神 を祀 り,住 民 会 議 が 行 わ れ る重 要 な 日で あ る。 新 郎 は 山 の神 祭 りの 時 に新 婦 を と も な っ て 一 緒 に 参 加 し,新 し い 家 族 を 山 の 神 と 集 落 の 人 々に 認 め て も ら う。 山 の 神 祭 りが 終 わ っ た ら妻 は 新 郎 の 家 に 戻 っ て,家 神 を 祀 り,同 居 を始 め る 。 同居 開 始 に あ た っ て は特 に儀 式 は な い が,親 や 友 人 を招 い て 食 事 を 出 す 。 同 居 後 は,妻 は正 月2日 目に 実 家 に も どる 。 事 例2は,近 年 の 新 しい 結 婚 式 で あ る 。10代 まで に 行 う幼 時 期 の 婚 約, 結 婚 式 の 数 年 後 に よ うや く同 居 す る とい う従 来 の 形 式 で は な く,結 婚 と 同 居 を 同時 に 行 う。

事 例2:WG(34歳)は,25歳 の 時 に 友 人 の妹 と結 婚 。 事 前 の婚 約 式 は な か っ た が,新 婦 側 の 一 族 の 許 可 を 得 て 結 納 金 を納 め,4日 間 の婚 礼 を,

1日 目は 新 婦 側,2〜4日 は新 郎 側 で 行 っ た 。

結 納 〕 ① 「倒 酒 」(新 婦 側 の 一 族 に酒 を つ い で.結 婚 へ の 同 意 を え る):

一・甕 の 酒(50〜100kg)を 新 婦 側 に送 り,新 婦 の 父 や 兄 弟,母 方 の 兄 弟 に 酒 をつ ぐ。 新 郎 の 酒 を受 け取 る こ とで 結 婚 の 同 意 を表 す 。

② 結 納 金 と 式 の 日取 り を 決 め る:双 方 の 話 し あ い で 結 納 金 を5000〜

6000元 と し,結 婚 式 の 日 に ち をヘ パ に 決 め て も ら う。 仲 介 者 に 結 納 金 を 持 っ て い っ て も ら う。 結 納 金 で 新 婦 の 衣 服,耳 飾 りや 指 輪 な どの 飾 り物 を

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四 川 ル ズ ・チベ ッ ト族 の婚 姻 慣 習

整 え る。 結 納 金 は 新 郎 の 収 入 に よ っ て 新 婦 側 か ら要 求 さ れ る。 弟 は3000 元 で あ っ た。

結 婚 式 〕1日 目午 前,新 婦 側 で 正 式 の結 婚 式 「辮 酒 」 を行 う。 新 郎 側 は, 早 朝,新 郎 と そ の 兄 弟,父 の 姉 妹 の 息 子 な どの 親 戚7〜10人 が 新 婦 を迎 え に行 く。 新 婦 の 家 に 入 る時,同 じ世 代 の 新 婦 側 の 親 戚 か ら水 を か け られ る 。 転 ん だ り順 調 に 入 れ な か っ た 場 合,新 婦 側 は新 郎 側 が この 習 慣 を 受 け入 れ

る こ とが で きな か っ た とみ な す 。 昼 か ら夜 に か け て 新 婦 の 女 友 達 が 新 郎 側 一 行 を酒 食 や 歌,踊 りで もて なす 。

2日 目午 前,新 郎 側 の 迎 え は新 婦 お よ び そ の 近 い親 族 と と もに 新 郎 の 家 に も ど る。 途 中 で 新 郎 側 の接 待 が 良 くな い場 合 は,新 婦 は新 郎 の 家 につ い た 時 に馬 を 下 りな い こ と もあ る。 そ の 場 合 に は 人 を 介 して 酒 を さ さ げ て 謝 り,馬 か ら下 りて も ら う。 新 郎 の 家 につ い た ら,ま ず2人 で屋 上 の 尖 石 を 拝 し,屋 内 で ヘ パ が 経 文 を 唱 え る 中 で,家 神 を拝 す る 。 新 郎 側 は,新 婦 側

一 行 を 第 一 日 目に 新 婦 側 が 行 っ た と 同様 に もて なす 。

3日 目,新 婦 側 一 行 を 送 り出す た め に ウ シ2頭 とヤ ギ4匹 をつ ぶ して も て なす 。 そ の 後,新 婦 側 一 行 は も ど る。 新 婦 はそ の 日か ら同 居 。4日 目, 新 郎 家 は 手 伝 っ て くれ た 村 人 お よび 友 人 親 戚 に酒 食 を だ して 御 礼 す る 。 新 郎 側 は,式 費 用 と して約2万 元 使 っ た。

事 例1と2の 違 い は,前 者 が1960年 代,後 者 が1990年 代 に行 わ れ た も の で,約30年 の 時 間 差 が あ る こ と,ま た 前 者 は文 化 大 革 命 前 で 従 来 の 結 婚 の 事 例 で あ る の に対 して,後 者 は 市 場 経 済 を背 景 に 変 化 し,新 しい 部 分 が み られ る こ とで あ る。

最 も大 き く異 な る の は,事 例1が 親 の 決 め た相 手 と,幼 児 期 の 婚 約,結 婚 式,数 年 後 の 同居 とい う従 来 の 慣 習 をふ ん で い るの に 対 して,事 例2は 本 人 ど う しの 意 思 で 相 手 を 決 め,結 婚 後 す ぐに 同 居 した こ と,す な わ ち結 婚 に 関 わ る こ と は 本 人 が 成 人 に達 した 後 に行 わ れ て い る こ と で あ る 。 換 言 す れ ば,か つ て10代 の 半 ば か ら後 半 にか け て 行 わ れ た 結 婚 式 は,結 婚 とい う よ りは,む しろ 一 人 前 に な っ た こ と を そ れ ぞ れ の 家 が 集 団 社 会 に 公 開 し,

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認 め て も ら う成 人 式 に類 した 意 味 を も っ て い る。 そ こ で 同 居 開 始 も3月6 日の 集 落 全 体 の 最 も重 要 な 山神 祭 りの 日を借 りて 集 団 に 公 開 され,認 め て も ら う。 結 婚 が 個 人 の 通 過 儀 礼 で あ り,ま た 集 団 に どの よ うに組 み こ ま れ て い くの か を 明 確 に示 した 儀 礼 と して 処 理 され て い る 。

こ れ に対 して 事 例2の 結 婚 は,個 人 にお け る結 婚 の 意 味 が 明確 で あ る 。 す な わ ち結 婚 は,同 居 して 後 代 を 残 す こ とに 意 味 が あ る 。 よ っ て 個 人 の 意 思 に よっ て 相 手 を 選 択 し,結 婚 即 同 居 は 当然 の こ と で あ る。 事 例2に お い て も儀 礼 の 細 部 に は,嫁 迎 え時 の 「酒 水 」 や 「敬 酒 」 の よ う に従 来 の 形 が 残 さ れ て い る。 しか し事 例1と2に は,結 婚 に お け る 個 人 を どの よ う に考 え るか とい う意 味 に お い て 非 常 に大 きな 変 化 が お き て い る 。

(2)分 家 と親 の 扶 養

事 例1:伍 正 品 家 で は.長 男 は 結 婚 して3年 後 の78年 に 分 家 。 文 化 大 革 命 中 で あ っ た た め 家 は 自分 で 建 て,生 活 用 具 一 式 だ け を揃 え た 。 耕 地 は, 82年 の 人 民 公 社 時 に男 女 年 齢 を 問 わ ず 一 人 当 た り1畝 の 畑 が 分 配 され,原 則 と して 配 分 さ れ た 耕 地 と開 墾 した 分 を4人 の息 子 と親 で5等 分 した 。

三 男 は,改 革 開 放 後 の80年 代 後 半 に 分 家 。 家 屋 は 親 が 住 ん で い た もの を も らい,親 は3000元 で も う一 軒 購 入 し,そ こ に 弟 達 と と も に移 っ た 。2 畝 の 土 地,ウ シ1頭 と馬1匹,ヤ ギ10匹,ブ タ1頭,生 活 用 具 を分 け て も らっ た 。 家庭 経 済 の状 況 は,ト ウモ ロ コ シ1畝 で600〜700斤,ジ ャガ イ モ1畝 で4000〜5000斤 を収 穫,す べ て 自家 用 。 現 金 収 入 は,サ ン シ ョ ウ 50〜60株 を 植 え て 年 間 約2000元,年 に1〜2か 月 道 路 工 事 の 出 稼 ぎに 出 て1000〜1500元,あ わせ て3000〜3500元 。1年 間 に 米2000斤 を消 費 す る 。 ジ ャ ガ イ モ5斤=米1斤,ト ウ モ ロ コ シ1斤=米6両 で 交 換 す る 。 主 な 支 出 は,米 や 塩,茶 葉 な どの 食 費,冠 婚 葬 祭 費,3人 の 子 供 の 教 育 費 が そ れ ぞ れ ほ ぼ3分 の1ず つ を しめ る。 教 育 費 の 負 担 は か な り大 き い。

事 例2:王 徳 洪(57歳)家 に は5人 の 息 子 が い る。 長 男(36歳87年 婚88年 分 家),次 男(34歳88年 結 婚,91年 分 家),三 男(28歳98年

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四 川 ル ズ ・チ ベ ッ ト族 の 婚 姻慣 習

結 婚,03年 分 家),四 男(23歳)は 康 定 で 勉 強 中 で 農 業 以 外 の 職 業 につ く 予 定,五 男(17歳)は 小 学 校 卒 業 後,農 業 を して 親 と同 居 。 分 家 は 兄 弟均 等 分 割 が 原 則 。 王 家 で は,長 男 か ら順 に結 婚 して 分 家 し た。4男 は村 を 出 て 都 市 戸 籍 に な っ て い る 。 原 則 と して4男 以 外 の4人 の 息 子 と親 で5分 す る。 息 子 に は,分 家 時 に家 屋1軒 と鍋2個 や 食 器 な どの 生 活 用 具 を分 け, 末 の5男 が 親 と同 居 し,も と の 家 屋 と尖 石 を引 き継 ぐ。 家 畜 は1戸 あ た り ヤ ク2頭,ラ バ あ る い は ウ シ1頭,ブ タ2匹,耕 地 は1人 当 た り1畝 。

現 在,父 は ヤ ク7頭,ラ バ1頭,ウ シ2頭,ブ タ6頭,ヤ ギ6匹,畑5 畝,サ ン シ ョウ 栽 培 で 年 間1000元 。 サ ン シ ョウ は政 府 の 奨 励 政 策 で 種 苗

を無 償 で 貰 い,81年 か ら栽 培 。 長 男 は ヤ ク5頭,ヤ ギ4匹,ブ タ1頭,畑 は4畝 ヤ ク は 乳 を と り,毛 で コー トを作 る。97年 に張 家 河 擶 で 小 さ な雑 貨 店 を開 い た 。 一 家 で 故 郷 を 離 れ て 麓 の 河 辺 の 沿 線 に移 っ た 。 畑 の 農 作 業 は 父 と末 子 の 一 家 が 行 い,長 男 家 に必 要 な分 だ け 渡 して,後 は親 が 取 る。

次 男 は ヤ ク7頭,ラ バ1頭,ブ タ6頭,畑7畝 毎 年4〜6月 の2か 月 間 漢 方 薬 材 や キ ノ コ類 を と りに 行 く。3男 は分 家 した ば か りで 畑6畝

畑 で は,ト ウモ ロ コ シ と ジ ャ ガ イモ を ほ ぼ 半 々で 栽 培 す る。 食 事 は,農 閑 期 は1日2食,朝 食 は淋 油 茶 と糟 杷(コ ム ギ とチ ン クー 麦 。燕 麦 で 作 る), 夕 食 は トウ モ ロ コ シ飯 か ソバ(あ る い は トウ モ ロ コ シ)慎 慎,ジ ャ ガ イ モ と カ ボ チ ャ,四 季 豆 を煮 込 ん だ も の な ど。

事 例3:伍 明 発(62歳)家 に は3人 の 息 子 が い たが,長 男 は 死 亡 し,妻 は 再 婚 。 次 男(26歳)は 婚 約 した が 性 格 が あ わず,未 婚 の ま ま親 と 同 居 。 出 稼 ぎ に は い っ て お らず,現 金 収 入 は サ ン シ ョウ50斤 を売 って 約450元 3男(20歳)は,20歳 で 結 婚 し,同 時 に分 家,耕 地 は 次 男 と3男 に5畝 ず つ,ヤ ク とヤ ギ は 分 け ず,3男 に は さ らに ブ タ4頭 と ウ シ2頭 を分 け た 。 分 家 の た め の 家 屋 は経 済 的 理 由 で 用 意 で きず,親 の 家 の2問 を与 え た 。

事 例4:伍 新 玉(50歳)家 に は.息 子2人 と娘2人 が い る 。 長 男(28歳) は結 婚 後3年 た っ た2000年 に分 家,家 屋 と耕 地3畝 ラバ1頭 とブ タ1頭, ヤ ギ2匹 を も ら っ た が,ム ラ を 出 て 張 家 河 擶 に す み,車 を 買 っ て サ ン シ ョ

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ウ や ク ル ミ を売 買 。 家 畜 はす べ て 売 り,畑 は親 に 委 託 。 次 男(24歳)は , 16か ら18歳 ま で 新 彊 の 汽 車 兵 団 に配 属 され た 後,帰 郷 して 車 を買 い ,兄

と同 様 の 商 売 を した 。 結 婚 して す ぐに 分 家 。 耕 地4畝 ラ バ1頭 ,ブ タ3 頭,ヤ ギ10匹,サ ンシ ョ ウ40元(約500元)を も ら っ た。 新 車 を 買 っ て

さ ら に商 売 す る予 定 。

事 例5:伍 新 洪 家 は,2女4男 。 財 産 は4人 の 兄 弟 と親 で 分 け るが,4 男 は 参 軍 後 に 甘 孜 州 建 委 で 仕 事 を して い る た め 分 割 しなか っ た 。 耕 地 は3 畝 ず つ,3男 は女 性 側 が 嫁 入 り を望 ま な か っ た た め に 畑 の み 分 割 して婿 入

り した 。 家 畜 は 均 等 に ブ タ1頭 とヤ ギ2匹 ず つ を 分 け た 。 長 男(37歳)は, 現 在,畑6畝,ラ バ1頭,ヤ ク2頭,ブ タ12頭,ヤ ギ11匹 を所 有 し,サ

ン シ ョウ30斤 を 収 穫 して 約500元,農 閑 期 に は 友 人 と 九龍 県 に 出 稼 ぎに 行 き,虫 草 な どの 漢 方 薬 材 や キ ノ コ類 を採 取 して2004年 は 約1000元 の収 入 が あ っ た。 しか し昨 年 は ほ とん ど収 入 が な か っ た 。

事 例6:伍 玉 剛(68歳,も と村 長)家 は,3男2女 。2人 の 妹(36,32 歳)と 長 男(40歳)は 塩 源 県 で 働 い て い る 。 財 産 は 親 と 次男(38歳),3 男(30歳)で 分 け た 。 耕 地 は1戸 あ た り3畝,次 男 は 中 学 卒 業 後 に金 鉱 で 働 き.雲 南 に い っ て 商 売 した 。 村 に よび も ど さ れ て 母 屋 の横 に家 屋 を 建 て, 分 家 した 。 ヤ ク5頭 とブ タ4頭 を も ち,サ ン シ ョウ で約1500元,村 長 の給 料 が 年 に600元,商 売 の 収 入 もあ る 。 経 済 状 況 は組 内 で も豊 か な ほ う で, 家 畜 は 不 要 だ とい う。

以 上,分 家 に つ い て は,兄 弟 に よ る財 産 の 均 等 分 割,末 子 が 親 と 同居 す る とい う従 来 の慣 習 が ほ ぼ そ の ま ま続 け られ て い る 。 しか し集 落 を 出 て街 に 定 住 す る よ う に な っ た 者 につ い て は,分 配 して い な い 。 財 産 の 細 か い 分 割 は 経 済 水 準 の 低 下 を 意 味 す る し,街 に 出 た もの に とっ て 山 間 の 財 産 は ほ と ん ど価 値 が な い か らで あ る。

分 家 の 儀 式 は,一 族 の 年 長 者 や 親 戚 が 並 び,さ ら に 集 落(組)の 各 戸 か ら男 性 の 代 表 が1人 ず つ 参 列 す る。 組 の 全 戸 が 分 家 の 立 ち 会 い 人 に な る こ とで,財 産 を均 等 に 分 配 した と い う保 証 を与 え,新 しい 家 庭 の 独 立 と集 落

参照

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