【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
Patchedは、細胞の増殖と分化をコントロールする12回膜貫通型蛋白質である。もとも
とはモルフォゲンとして知られるヘッジホッグ(Hedgehog)のレセプターとしてショウジ ョウバエにて同定された。今日まで細胞外リガンドであるヘッジホッグを受容する細胞外 ループの機能が世界的に注目を浴び、この領域の機能不全によりショウジョウバエの胚性 致死や形態形成異常を引き起こされることが報告されている。
ショウジョウバエ Patched の哺乳類ホモログ Patched1 は、Sonic hedgehog(Shh)の受 容体として機能する。哺乳動物Patched1は、ショウジョウバエと同様、形態形成に必須の 役割を果たす。一方,ヒト Patched は脳腫瘍や乳癌、基底細胞ヒフ癌の発症を抑制する癌 抑制遺伝子産物としても報告されている。興味深いことに、ヒトPatched1の発がん性突然 変異は、リガンドの受容に必要な細胞外ループで見られるだけでなく,細胞内領域、特にC 末端に位置する第7細胞質ドメインにも見出されることが報告された。しかし、Patched1 第7細胞質ドメインの機能はこれまでほとんど解析されていなかった。
そこで本申請論文では、全く未開拓な哺乳動物Patched1第7細胞質ドメインの機能に焦 点を絞り、Patched1の新たな制御機構についてオリジナルなアプローチの展開を目指した。
Patched細胞質ドメインは長らく閑視されてきたが、本研究を契機として、このドメインを
介した驚くべきダイナミズムの存在が明らかとなってきた。
2 研究の方法と結果
哺乳動物Patched1第7細胞質ドメインの機能にアプローチするため、以下の解析を行い、
Patched1第7細胞質ドメインに関する以下の知見を得た。
(1) ヒト、並びにマウスPatched1細胞質ドメインの共通抗原を標的に抗原ペプチドを合 成し、これを免疫することで細胞内在性Patched1を検出することが可能な抗ペプチ ド抗血清を新しく確立した。さらに、抗原反応の特異性について詳細な検討を加え た。
(2) Patched1細胞質ドメインに対する上記抗体を用いて,ヒト、及びマウス培養細胞を 対象にウエスタンブロット解析を行った結果,細胞内在性Patched1細胞質ドメイン の切断フラグメントが核分画に生じうることを証明した。
(3) Patched1 細胞質ドメインに対する抗体を用いて,Shh 感受性マウス株化細胞
C3H10T1/2を免疫蛍光法により染色し,内在性 Patched の細胞質ドメインが核内に
局在しうることを新しく見いだした。
(4) 内在性Patched1細胞質ドメインフラグメントの核局在は、株化細胞だけではなく,
初代培養細胞においても認められることを明らかにした。
(5) Patched1細胞質ドメインに結合するヒトHeLa 細胞由来タンパク質を質量分析によ り網羅的に同定し、多くの新規Patched1細胞質ドメイン結合タンパク質候補を同定 した。
(6) Patched1細胞質ドメイン結合タンパク質候補の中に、ユビキチン化修飾に関連する タンパク質が高い頻度で現れることを見出し、実際にECS型ユビキチンリガーゼを 構成するサブユニット群:ZYG11B, TCEB1, TCEB2, CUL2が全てPatched1 細胞質ド メインと複合体形成しうることを実験的に証明した。
(7) C3H10T1/2細胞に発現する ECS型ユビキチンリガーゼ構成サブユニットをノックダ ウンすることにより,Sonic Hedgehog添加により誘導される骨芽細胞分化が抑制さ れることを新しく見出した。
(8) Patched1 細胞質ドメイン結合タンパク質候補に、転写因子の核移行を制御する
AKIP1を見出した。さらに、AKIP1 をノックダウンすることにより,Patched1 細胞
質ドメインの核局在性が失われること、ならびにPatched1下流の転写因子Gli1の 局在調節にAKIP1が関与しうることを新しく明らかにした。
以上の実験結果は,哺乳動物Patched1細胞質ドメインを介した新しい細胞機能の調節機構 が存在していることを強く示唆している。
3 審査の結果
今回の研究から、これまでその機能的な意義がほとんど報告されていなかった Patched1 細胞質ドメインの新しい役割が浮かび上がってきた。特に、第7細胞質ドメインが、複数 のユビキチンリガーゼが集積する足場を形成しうることを示した実験の意義は大きい。さ らに、Patched1 細胞質ドメインがプロセシングを受けて細胞膜から遊離し、核内移行しう ることを証明した。12回膜貫通型レセプタータンパク質細胞質ドメインのプロセシング
と核移行、さらにユビキチン化酵素群と協調した転写活性化のメカニズムは、線虫 TRA 経 路で報告されていたが,哺乳動物を含む高等脊椎動物群では初めてとなる画期的な知見と 考えられる。
更には,未だ未発表の成果ではあるが,Patched1 細胞質ドメインが核移行する分子メカ にズムにまで踏み込んだことは大きな成果である。これらの成果は、Patched1 を介した細 胞分化とがん化のメジカニズムを解明する上で,大きな貢献をなすものであり、高く評価 される。
本論文の内容の一部は,すでに査読付き国際英文学術雑誌(Mol. Cell. Biochem.誌、及
びPLoS One誌)に、それぞれ筆頭著者、及び第二著者として受理・出版されている。よっ
て,本論文は博士(理学)の学位に十分値すると判定した。
4 最終試験の結果
本学の学位規則および生命科学専攻内の申し合わせに従って、試験および試問を行った。
公開の場で論文内容の審査会を行い、生命科学専攻教員による質疑応答を行った。また、
論文審査委員により本論文および関連分野の試問を行った。その結果、専門分野及び外国 語についても十分な学力を有することを認め、合格と判定した。