大戦以後の英國銀行業 : 貸出減少の傾向とそれを めぐる問題
著者 森川 太郎
雑誌名 關西大學經済論集
巻 創立70周年特集号
ページ 205‑225
発行年 1955‑11‑04
URL http://hdl.handle.net/10112/15706
大 戦 以 後 の 英 国 銀 行 業
︵ 痺
J I I )│
R
出減少の傾向とそれをめぐる問題
I( 1 )
伝統を誇る英国の銀行業も︑その近年の状態を第二次大戦前のそれに比較すると︑その間相当顕著な変化を来
していることが覗われる︒或る論者はその変化を︑英国銀行業の趨勢的変化︵器
c臣
c h a i r
品
g )と見るようである
( 2 )
が︑それには少しく問題があるであろう︒蓋し過去二十数年の間に於ける変化には︑明かに戦時及び戦後の異常
な経済状態に基く一時的若しくは過渡的な変化が︑含まれているであろうからである︒しかし同時に趨勢的変化
の存することも亦︑否定せられ得ないのであって︑小稿に於ける考察の重点は︑寧ろこのような趨勢的変化︑そ
因みに最近我国に於て厘々用いられる﹃金融の正常化﹄なる語についても︑同様な問題の存することが考えら
れる︒即ち所謂金融の正常化とは︑銀行業について抑も何を意味するのであるか︒云うまでもなくそれは単純に︑ れに関連する問題及びその経済的意義等に置かれる︒
銀 行 勘 定 の 推 移
大 戦 以 後 の 英 國 銀 行 業
森
JII
太
郎
代まで約百年間の英国銀行業に於ける変化は︑主として構逍的
( s t r
u c t u
r a l )
即ち銀行の合同︑ 合併であったが︑
( 3 )
その後に於ける変化はセに経営の方法と態度に於ける変化
( i n
m e t h o d a n
d i n
a t t i t u d e )
であったと云われる︒尤も
近年に於ても特殊金融の部面に於て︑店ドの新機関︵主に政府出資又は支援に依る︶の設定等が見られたが︑それは
こ
4で問題とする変化に︑とり立てさムう程の影響を及ぼしていないと考えてよいであろう︒
先づロンドン F 形交換所加盟一ぷ翠行のセ要勘定に於ける変化を︑数字に依つて見る︒
行 几
f
ヒ
百 余
に 癌
し ︑
預 金
店 は
五 大
銀 行
が 総
銀 行
預 金
偽 の
約 七
0 9
︑ の銀行業に於て庄倒的勢力を有している状態は︑ で い る の で あ る ︒ 我国銀行業の状態が戦前の状態に復帰すると云うことではないであろう︒我国の銀行業が戦時及び戦後の異常的 要
囚 に
依 つ
て ︑
深刻な影響を受けたことは勿論であるが︑
一九二八年及び一九
︱ ︱
銀 行
が 約
八 0
劣 の
割 合
を 示
し て
い る
︶ ︒
現実にあらわれたその変化には︑
一 九
・ ・ o
年
一二
録
それ等の影響と共
に︑経済構追︑制度的要因等の変化に基く趨勢的若しくは構追的変化が含まれている筈である︒従って銀行裳の
如何なる状態が︑今日及び今後に於けるその﹃正常な状態﹄であるかは︑簡単にこれを云うを得ないであろう︒
こ
4に英国銀行業の変化を取上げようとする問題意識の底には︑斯くの如き我国の問題に対する関心が自ら潜ん
尚当面の問題についてが
1 1
々の考察を比較的単純ならしめる事実の存することを︑予め注意して置こう︒それは
戦争前後の二十数年を通じ︑英国の銀行組織︵即ち制度的要因︶には殆ど変化がなかったと云うことである︒即
ちロンドン所化の一一交換所加盟銀行︑そのうちとりわけ有名な五大銀行が︑全国に亘る支店網を張り︑英本国
戦後も戦前と変つていない︵支店微は五大銀行八千一云
E余 ︑
第
1表
Bank Assets and Liabilities* (£ m.) 大戦以後の英J国鑑行業(豪II)I ! Liquid assets
I
Year, Total aMt ocanelly Bills Treasury Invest‑ Advan‑
deposits Cash and disco‑ deposit Total ments ces
I
shnoortit ce unted receipts1928 I
I
1. 109 加 164 261 632264601
I
9601938 2,253 237 152. 264 653 966 1945 1 4,832 515 227 285 1,717 2,744 1,204 801 11幽947
I I s
5,
,6
98
35
44502 99 432 480 679103 11,,526808 S3.,100
粋
1 11,,442873 1,980 206 1948 6,200 501 485 741 1,397 3,124 1,478 1,378 1凶9 6,202 532 571 1,109 793 3,005 1,512 1,523 1950 6,368 540 592 1,408 456 2,996 1,528 1,644 1951 6,332 531 598 972 102 2,203 1,965 1,931 1952 I 6, 細 l,f9 529 ~.248 2,326 2,148 1,749 1953 6,695 5位 501 1,417 2,460 2,275 1,707 1954 6,94,1 571 498 1.313 2,382 2,353 1,897* 11 London Clearing Banks各年末の合計。 1928年ー1945の数字は Central Statistical Office, Annual Abstract of Statistics, No. 8, 1946一口のそれ
は BardaysBank Review, Vol. XXX, No. 2に依る。
年の変化が相対的に如何に異るかを見る為 銀行の預金︑流動資産︑貸出に於ける年 重点があるのである︒ で
あ り
︑
この点に近年論議せられる問題の ことは銀行の資産構成に於ける重要な変化 表にはあらわれていない︒しかし勿論この 有高の増加があるのであるが︑そのことは 加が小であることの半面には︑政府証券保 相対的に小であることである︒貸出高の増 と ︑ 八年の数字は戦前の或る時期︵二 0
年 代
及 び
三
0 年代︶の状態を︑それぞれ代表的に示す
意 味
で あ
る ︵
第 一
表 ︶
︒
於ける(‑)預金高の増加が顕著であるこ
︵二︶所謂流動資産の増加が相対的に
大 で
あ る
こ と
︑ 及
び ・
( ‑
︱ ‑
︶ 貸
出 高
の 増
加 が
表に依つて知られることは︑大戦以後に
io1
;
朽 2表
National Income and Bank AccountsI
Year National Index (1938=100) mcome*Niantcoionmael I Total I Liquid assets I Advances
(£m.) deposits
1928 4,339 85 I 76 97 99
1938 5,132 100 I 100 100 100
1945 8,837 172
i
214 420 83 1946 8,662 169I
!
252 475 1011947 9,250 180 263 4ぅ9 125 1948 10,216 199 I 275 478 148
1949 10,926ヽ 213 275 460 158 1950 11,515 224 283 459 170 1951 12,676 247 281 337 200 1952 13,653 266 287 356 181 1953 H,796 288 297 377 177
1954 308 365 196
* Statistical Year Book, United Nations, 1953及 び 阿 1954に依る。
意 味 を 考 え る 上 に ︑
( 4 )
る か
ら で
あ る
︒
を掲げる︒蓋し国民所得の変化は︑銀行勘定変化の めに一九三八年を一
00
とする上記三項目の各年の
その一九三八年を基準とする指数を併記した第二表
一の拠り処を提供すると思われ
註
( 1
)
こ4
で 銀 行 業 と は 英 請 の ぼ
n
k i
n g
! J . , i l r
る語と
して用いている︒
( 2
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n g
n ,
S o
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首
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J o u r
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S e p t .
19 51 ,
pp
.
5 4 4
ー
61 .
( 3
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5 k i
n g
S y s t
e m ,
e d .
b y
B•H.B2
k h a r
t , N
e w
Y o r k
,
195 4, pp.
77 9, S M . 尚この書に於て︑こ4
に引用する
U n i t
e d
K i
n g
d o
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0
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G r e a
B r
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i t a i na n
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I r e l
a n d
の章は
J .
E .
W a
d s
w o
r t
h
の執筆にか4
る ︒ (4 ) 勿論表に示された貨幣麟は︑これを物価変動を
除去した実質価値に換算して︑各項目の相対的査
化を見ることが一層適切であると思われた︒小稿
変化を指数であらわし︑尚各年の国民所得の高及び
大 戦 以 援 の 英 国 銀 行 業
︵ 森
J I I )AR
o u
n t s )
とに大別せられる︒
それが定期預金の比率の高い我国銀行預金の構成
を用意する途
L
に於ても一応これを試みたのであるが︑d e f l a t o r として適当と思惟せられる指数を求める時間的余裕
を欠いだ為めに︑差当つてはその企てを成就することができなかった︒
知られる始く英国株式銀行の預金は︑当座勘定
( C u r r e n t
A c
sit
unts)8
と預金及びその他勘定(~召
an d O t he r
当座勘定が我国普通銀行に於ける当座預金に当るものであり︑預金及びその他勘定が通知預金その他の貯蓄的
諸預金を含むものであることは︑云うまでもないであろう︒戦前に於ては総預金高の中で︑
る比率が凡そ五
0ー五五%の程度であるのが通常とせられ︑
と︑著しい対照をなすと云われていた︒戦争以来この当座預金の比率は如何に変化したであろうか︒又それらの
国民所得に対する比率︑及び総預金高の国民所得に対する比率は︑如何なる動きを示しているか︒これ等の点を
第三表に依つて見る︒ この当座預金の占め
先づ目につく変化は総預金中に於ける当座預金の比率が︑著しく高まつていることである︒即ちそれは一九四
五年に六七•五疹に達し、最近梢々低下したが尚六四・六劣の割合を示している。と同時に当座預金の国民所得
に対する比率も一九三八年に於ける二四・三彦が︑四六年には四四・一劣と総預金中の比率よりも一層高い増加
率を示したが︑その後減少の傾向に転じ︑五三年には二九・ニ斧となっている︒
預 金 構 成 の 変 化
第 3 表
Changes in Bank Deposits( £
m.) Current Deposit and Current accounts As ,, of National income Year accounts other as% ofCurrent
j
Total accounts total deposits accounts depasits , —- ‑‑ ‑‑‑‑ ‑ ● ‑ ‑1928 39.4 .
1938 1,249 1, 匹 55.4 24.3 43.9 1945 3,264 1,568 67.5 邸.9 54.7 1946 3,823 1,862 67.2 44.1 65.6 1947 3,962 1,972 66.8 42.8 64.2 1948 "4,159 2,041 67.1 40.7 60.7 1949 4,161 2,041 67.1 38.1 56.8 1950 4,262 2,106 66.9 37.0 55.S 1951 4,290 2,0位 67.8 33.8 50.0 1952 4,232 2,228 65.5 31.0 47.3 1953 4,327
I
2,368 64.6 29.2 45.21954 4, 螂 2,456 64.6
つ 事
実 と
し て
︑
一九三二年以降実行せられた低金利政
当座預金の利子を全廃し︑預金勘定に対する利子の限
度を
0•五彦とした(三二年に姶まる低金利時代以請に於 度い︒即ちー九四五年ロンドン手形交換所加盟銀行は 策︑特に四五年に於けるそれの強化との関連を重視し 因をなしたであろう︒しかしここでは一層具体性を有 於ける何等かの支払慣習の変化等も︑それぞれその一 争支出に基く産業社会の流動性増加︑非常事態の下に たのであろうか︒恐らくその原因は単純ではなく︑戦 当座預金比率のこのような変化は︑抑も何に起因し ることを物語っている︒ 云うまでもなく当座預金は︑ 一般に支払資金として
該当する預金である︒従ってそれの国民所得に対する
比率の増加は︑所得流通速度の低下を意味し︑表はそ
れが戦争以来著しく低下し︑最近再び上昇の傾向にあ 保有をられる預金︑ケインズの所謂
g邑 ・
d e p o
s i t s
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大 戦 以 撃 の 英 閾 鐵 行 羹
︵ 癒 川
︶
次に総預金高の国民所得に対する割合も亦︑戦争以後増加し︑
斧となったが︑その後漸減の傾向となり︑五三年には四五・二%と略々戦前の割合に近づいている︒総預金高は
預金勘定、即ちケインズの云う息
W旦窃-deposits~ 当る預金を含み︑云わば貨幣の総在高︑
M(,M 1 + M )
を
意味する︒斯かる総預金高は︑ケインズ的見方に於ては︑所得の大いさと直接の関連を有たず︑寧ろ利子率の函
数であるとせられる︒その意味に於ては︑それの変化を国民所得の変化に対比して見ることに︑特別の意味なし
と云われるかも知れない︒けれども仮りにそうであるとしても︑利子率の低下に伴う流動性選好の増大は単にこ
れを総預金の絶対額に於ける変化について見るよりも︑総預金高と国民所得との対比に於て見る方が︑ る関係も亦︑注目せられなければならない︒
一九三八年の四三・九%が四六年には六四・ニ バンク・レートは同年及び五二年に引上げが行われた
ては︑ロンドソの預金利子はバンク・レートの二%下に定められるのが慣警的であったと云われる︶︒一 層
拠 り
このように預金勘定の
利子が極度に低下すると︑企業及び個人にとつて︑当分不必要と思われる当座勘定の残高を預金勘定に移す刺戟
︵1︶
が殆ど失われるであろう︒即ち問題の期間に於て金利の著しい低下と共に︑総預金中に於ける当座預金の割合が
増加した所以が自ら察せられ得るのであって︑斯かる当座預金の増加が亦︑他方国民所得との対照に於て︑所得
流通速度の低下を結果したものと思われる︒
英国の金利政策は一九五一年を期として転換せられ︑
が︑これに伴つて市中金利も亦上昇に転じ︑一九五三年の終りに於ては︑予告期間二十一日の通知預金に対する
( 2 )
利子は一・七五斧になった︒最近に於ける当座預金比率の漸減傾向が︑このような市中金利の上昇に平行してい
211
︑貸 で 投
'' ,
資 産 構 成 の 変 化
( 2 ) B .
H .
B e
c k h a
r t ,
o p. g .
` pp. 7
器ー
4.
五 0
%
二0
%
どころのある観察となるであろう︒結果は明かに︑利子率低下と流動性選好増大との間に︑相当密接な相関の存
註
( 1
W . )
M .
D a c e
y ,
Th e B r i t i
s h 誓
i n 品 g
Mechani目2•Lg
d o n ,
1
95 2, pp.
1 1 ` 星
1怠 .
賢産構成に於ける変化が︑何よりも流動資産の著しい増加と貸出高の著減に見られることは︑既にこれを一言
した︒今その状態を明かならしめる為に︑現金︑流動資産︑投資及び貸出金の高を︑それぞれ総預金高に対する
比率としてあらわせば︑第四表が得られる︒
嵐々称えられる始く︑戦前︵少くとも一九二
0年代では︶︑英国株式銀行の典型的な資産構成は︑各資産が総預金
~紬に対して略々次の如き比率を有つものとせられた。
一︑流動資産
(L
iq
ui
A
d屡 ほ
︶
店
(h
<g
tm en ts )
出
( A d v
a n c e
s )
することを示しているのである︒
三 0%
然るに表に見られる変化の第一は︑現金の比率︑即ち銀行信用の基礎である現金準備率が︑
一 九
四 六
年 以
降 ︑
但しこの中には預金高に対する約ー 0 % の 現 金 ︵ 鑓 貨 ︑ 銀 行 券 ︑ イ ン グ ラ ン ド 銀 行 預 金 ︶ が 含 ま れ る ︒
第
4表
Changesin Bank Assets....
大
戦 以 餞 の 英 国 銀 行 業 (
J棄
II)' " ' " ' ‑ ‑ ‑
As ,t of total deposits Year
—―丁―---
Cash 1 Liquid assets Investments Advances 1928 12.1 37.0 15.2 56.2 1938 10.5 29.0 28.5 42.9 1945 10.7 56.8 24.9 16.6 1946 8.8 54.5 25.1 17.2 1947 8.5 51.6 25.0 20.3 1948 8.1 50.4 23.8 22.2 1949 8.6 48.5 24.4 24.6 1950 8.5 47.0 24.0 25.8 1951 8.4 34.8 31.0 30.5 1952 8.5 36.0 邸.3 27.1 1953 8.1 36.7 34.0 25.5 1954 8.2 34.3 33.9 27.3一九四五年には総預金高の五六・八髯に達し 0 %前後に維持されていたが︑大戦に入ってから急激
並 び に 大 蔵 省 預 金 証 券
つ2 )
(T
困
su
ry
D e p o s i t R e c e i p t s )
が 含 ま れ る ︵ 第 一 表 参 照 ︶ ︒ こ
の 流 動 資 産 は ︑
に 膨
脹 し
︑
一 九
二
0 年及び三 0 年代には凡そ標準の ール・ローン及び割引手形︑ の
外 に
︑
がない︒即ち従来の公表せられた現金準備率は︑銀行の
ウインドー•ドレッシン9
作為的な店頭装飾を多分に含んでいたが︑
を廃することにしたので︑その後実質的な八%余の準備
( 1 )
率がそのま
4に発表せられているのであると云われる︒
貨幣市場資産
(M ge y M ar ke t
A s
魯g )
であるコ 次に流動資産の増加であるが︑所謂流動資産には現金 するに当らないであろう︒ そうであるとすればこの現金準備率の低下は別に問題と 年︑銀行はイングランド銀行の指示に従い︑この店頭装飾
一 九
四 六
していることである︒しかしこの変化には実質的な意味 従 来 の 一 0 ー︱二劣から八斧を少し上まわる程度に低下
る ︒ れ
る ︒ こ
4で先に触れたように︑貸出の減少について︑銀行統計の表面にあらわれていない今︱つの要因︑即ち政府
証券保有高の増加に注意を払わねばならない︒元来銀行の保有する政府証券は︑第一表に於ける銀行資産の三つ
の 項
目 に
含 ま
れ る
︒
は割引手形
( B i l
l s
Di sc o g t
区︶の中に含まれる︒第二は戦時政策として一九四
0年から発行を見た大蔵省預金証
( 3 )
券であるが︑これは五一年九月発行を停止されたので︑五二年二月以降銀行勘定からは消滅している︒第三は短
期及び長期の政府公債
( 9
v e r n
m e n t
' s B
o n d s
) ︑
そこで問題はこれ等の政府証券が︑割引手形及び投資の高のうちにそれぞれ占める割合︑
ぶ竺
0 年代に於ては︑割引手形中に於ける大蔵省証券と商業手形との割合は︑大体五〇髯づ
4であったと
つ て
い る
︒
た︒その後漸減の傾向を示しているが︑尚五
0年末に於て四七
・ O
*
の割合を占め︑五一年以降漸く三五%前後
流動資産増加の半面は︑当然投資及び貸出の減少となる︒ところが投資は戦前から戦後の一九五 0 年にかけて
略々二五痴の水準に推移し︑その後三一ー三四斧と若千増加している︒従って戦時及び戦後に於ける流動資産の
増加は、殆ど専ら貸出の減少と相表裏する結果となり、貸出の比率は一九四五年に於て一六•六斧まで低下し、
戦後幾分回復の傾向に向つているけれども︑尚五 0 年に於て二五・八彦︑五四年に於て二七・三彦の程度に止ま
に 下
つ て
い る
︒
即ち第一は貨幣市場で取引せられる大蔵省証券
( T
r g
y
s 日
B i l l s )
で あ
り ︑
政府保証債等であって︑
及びその変化であ これは銀行勘定で
これは云うまでもなく投資の項目に含ま
大 戦 以 後 の 英 国 銀 行 業
︵ 森 川
︶
称せられるが︑戦時戦後を通じての政府債の巨大な増加は︑銀行に於ける大蔵省証券及び政府公債の保有高を著
しく増加せしめたであろう︒
投行の各大部分が︑
一 九
五
0年に於て︑割引手形のうちその約九三・八%は大蔵省証券であり︑投資の
うちその約九四・七%は政府公債が占めていたと云われる︒これに大蔵省預金証券を加えると︑流動資産並びに
( 4 )
いづれも政府証券から成つていたことが推知せられ得よう︒即ち戦争以後に於ける貸出の比
平の著しい低下は︑結局︑銀行に於ける政府証券保有高激増の半面に外ならないことが自ら知り得られる︒
要言すれば︑政府証券の著増と貸出︵一般産業への︶の著減とが︑戦前に対比しての︑銀行の資産構成に於ける
既に一九三
0年代初期の大不況時以来その傾向が見られた
が︑大戦に依つて未曽有の程度に進められ︑近年若干緩和の方向に向いながら︑現在尚二
0年代の状態に比べて
は︑極めて著しい変化を示している︒即ちこ
4にこの変化が︑銀行の資産構成に於ける最も注目すぺき趨勢的変
( 5 )
化と︑見られる所以が存するのである︒
註
(1 )
W.M•
D a c e y , o p . c i t . , p .
96
( 2
)
銀行の流動資産
( L i q u i d A s s e t s )
に対して投費及び貸出はこれを牧益資産︵円
E巳
E[A畠
eg ) と呼ぶのが通例であ
る︒又貨幣市湯費産とは所謂
mo ne m y ar ke t で取引せられる資産の意であって︑銀行勘定に於けるコール・マ*
1及び割引手形を指す。大蔵省預金証券(T•D.R)
は銀行に割当で発行せられた期饂六ヶ月(後に五ヶ月、七ヶ月の
ものも発行せらる︶の低利政府証券︑イソグラソド銀行での割引及び政府賃の応募には用いられ得るが︑それ以外の 麟渡は許されない︒従ってその流動性は大蔵省証券より若干劣るものとせられ︑銀行は費産の配列に於てこれを
B i l l s D i s c o u n t e d
と
I n v
g
tm
g
t sとの中間に置いた︒しかしこれが流動費産の一に加えられていることは︑第一表に見る如
くである。尚T•D.R
の特質、特に大識省証券との異阿、その発行方法等については
W.M•
D a c e y , o p . c i t . , p p .
最も直要な変化である︒ そしてこのような変化は︑
215
引締め政策ー銀行の自発的な︑或いは政府の政策に従ってのーー止に某くものでないことが︑注意せられなければ たづ英国に於ける継続的な貸出減少の原因であるが︑
四 貸 出 減 少 の 趨 勢
これについては︑ それが銀行の側に於ける何等かの貸出
166‑,7•
183
参照
︒ (3 )
W.M•
Da ce y,
0
p .
c i t . ,
p .
18 5.
( 4 )
H .
G . J oh n s on , op
c i
t .,
p p .
5 4 7
ー
8.
尚ジョンソンは現金も亦イングランド銀行債務であり︑その見返りには政府 証券があるのであるから︑銀行の現金在高は間接の政府証券保有を意味すると云う︒又ウアズウォースは現金がそう であると共に︑コール・マネーも︑大部分割引業者に依る政府証券の保有に利用されているのであるから︑これ亦銀
行にとつては間接の政府証券保有であると述ぺている
(B•H .
B e c k h a r t , o p c i t . . , p p .
785ー
6)
︒斯く見ると銀行の賽
産は︑貸出を除き︑その大部分が直披又は間接の政府債務から成ることになる︒
(5
.ージョンソンは︵一︶総預金高の噌加︑︵二︶銀行流動性の噌大︑︵三︶預金に対する政府債保有の割合の噌加︑及 び︵四︶私的企業に対する費山の割合の減少を︑銀行勘定に於ける四つの趨勢的変化と見ている
( H .
G. Jo hn so n
̀
o p . c i t . , p p .
5 4 4
ー6)
︒
k に見た如く︑英国に於ける銀行の貸出は︑
に低ドしている︒
一 九
二
0
年代の五
01
五五痴から︑戦争以来二
0ーニ五彩の程度
( 1 )
アメリカ及びカナダに於ても︑近年同じ様に銀行貸出の減少する傾向が見られると云う︒斯<
て貸出減少の趨勢的傾向が語られるのであるが︑若しこのような傾向が一般的であるとするならば︑それは銀行
業並びに経済一般の動向に対して何事を物語るであろうか︒近年銀行の貸出過大が問題とせられている我国の状
態 に
1 1 1
心い合せて︑この問題は特に吾々の関心を惹くのである︒
大 戦 以 後 の 英 国 銀 行 業
︵ 森 川
︶
ならない︒銀行の政策は戦前から寧ろ貸出緩和の方向にあったのであり︑消費者信用並びに商工業に対する中期
信用
(t er m l o a n )
りと見られるのであって︑ 従って原因は何よりも貸出に対する産業側の需要の減少にあ
例えばセイヤーズは﹃銀行貸出に対する需要の趨勢的減少
t h e de ma nd fo r b an k l o a n s" )
﹄ を
也 祖
蹄 四
し ︑
そ の
原 因
と し
て (
‑ )
企 業
の 統
合 ︑
の減少︑︵三︶特殊金融機関の増加と証券市場の発達︑
( 2 )
げ て
い る
︒
︵二︶銀行信用に特に依存する企業
は︑他方に於ける政府証券の著増との関連が充分明かにせられていない︒戦時・戦後に於ける巨額の政府証券発
行は︑貸出需要の減少と何等かの関連を有たないであろうか︒ジョンソンは貸出需要の趨勢的減少
( S
R u
百・ f a l l )
の 原
因 と
し て
︑
︵二︶経済に於ける政府領域
(g ov er nm en t
( 3 )
︵三︶流動性増加と長期金利下落の効果の三を挙げる︒︵二︶に挙示せられた要因は︑
吋する政府領域の相対的増加と云うだけでは︑その意味必しも明確でなく︑又そのこと
4銀行に於ける政府証券
保打高増加との関係も︑明かにされているとは云い難い︒
斯く考えて英国に於ける銀行貸出減少の傾向は︑何よりも政府証券増加と貸出需要減少との問の因果的関連の
うちに︑問題点のあることが察せられる︒即ち戦時・戦後を通じての︑借入財源に依る政府支出の巨大な増加が 政府証券増加に対応する原因を示唆するのであるかも知れない︒ しかし単に経済の私的領域︵百
iv at e器 ct or )
に
S2 t o
r )
の 相
対 的
増 加
︑ (‑︶企業金融の方法に於ける諸種の構造的変化︑ けれどもそれだけで 貸出減少の原因についてのこのような説明は︑ それ自体必しも誤りではないであろう︒ ︵四︶小売取引に於ける現金支払の増加︑の四項目を挙 の近を新たに開いた程である︒
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その最大の原囚であると云い得るであろう︒政府支出の増加は︑云うまでもなく︑政府に依る国民生産物の買入
分の増加︑又は︵並びに︶政府による直接の雇傭︵必ずしも生産目的の為めではなくても︶の増加を意味する︒そのこ
とが一方企業の流動性を高めて︑その銀行信用への依存を減少せしめ︑他方企業及び個人の貯蓄増加をもたらし
て銀行預金の増加に作用し︵貯蓄の或る部分は政府証券又は産薬証券への直捺拉査にも用いられるであろうが︶︑銀行をし
て政府証券の保有に向わしめる循環的過程は︑近年の金融理論に依つて既に明かである︒戦時に於ける政府の戦
争行材調達︑軍隊及び戦争要貝の雇傭は︑国民経済の堪え得る最高限度にまで達するであろう︒これに依つて人
人の所得は増すが︑平面個人的消抒は厳重な統制に依つて規制せられるであろうから︑貯蓄は累積的に増加し︑
従つて預金の増加︑銀行の政府証券保有増加を結果する︒斯くて戦争中を通じ︑銀行に於ける大蔵省預金証券の
増加む回は︑預金培加邸に略々匹敵し︑貨幣市場資産︑投汽︑貸出の合計高はその間殆ど増加を示さなかったと云
( 4 )
っ
tる ︒
1
オそれ故に︑銀行の汽産構成に於ける同様な変化は︑勿論より低い程度に於てゞあるが︑第一次大戦の前後にも
見られた︒けれどもその変化は︑平和回復後︑経済の平常化と共に逆の傾向となり︑次第に戦前の状態に近づい
たのである︒従つて第二次大戦に依つて生じた急角度の貸出減少︑政府証券増加も︑これをそのま
4永続的な傾
と見ることは卿か早計であろう︒第一表及び第四表に於て見られる如く︑ 貸出は
( 5 )