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情報処理的心理学の最近の発展について : 1979〜

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(1)

情報処理的心理学の最近の発展について : 1979〜

88年に出版された20冊の本から

その他のタイトル Developments of Studies on Human Information Processing in this Decade : Review of Twenty Influential Books

著者 雨宮 俊彦

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 20

号 2

ページ 87‑113

発行年 1989‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00022633

(2)

研究ノート

情報処理的心理学の最近の発展について

‑1979‑88

年に出版された

20

冊の本から一一 雨

Developments of Studies on Human Information Processing in this  Decade : Review of Twenty Influential Books. 

Toshihiko AMEMIYA 

Abstract 

Twenty influential or important books on human information processing, publish ed from 1979 to 1988 are reviewed.  In  these books, one overall trend and two  interesting new  orientations can be noted:ie, depature from the influences of  old type AI  and the sophistication of concepts on human information processing,  and emergences of biologicat and environmental orientations.  Biological orien tations are seen,  in the emergence of pararell distributed processing or con nectionist model, and increasing studies of behaviospatial aspects of cogni tion,  such as motor actions, mental models,  mental  space, etc.  Environmental  orientations are evident,  in the studies of NeoGibsonian school and applied  cognitive science. 

Itis argued that,  further developments and the convergence of these two ori entations, in the studies on human information processing, can bring us the  new scientific perspective of human mind. 

Key words: Human Information Processing, Cognitive Science, Computational Neuroscience,  Kinesiology,  Semantics,  Ecological  Psychology,  Human‑Computer Interaction,  Cognitive  Ergonomics 

抄 録

情報処理的心理学の領域で,

1979

年から

1988

年の

10

年間に出版された本のなかから,影響力の大き ぃ,重要なもの

20

冊が選ばれて,論評された。全体として,古いタイプの人工知能の影響から,より 洗練された情報処理の考えへの発展の傾向が明らかであり,特に,生物学的リアリティー獲得と,環 境との相互作用の具体的分析の,二つの新しい方向性の出現が着目される。前者は,並列分散処理あ るいはコネクショニズムといったモデルの出現と,運動行為やメンタル・モデル,メンタル・スペー スなど,認知の行動・空間的側面の研究の増加にうかがえる。後者は,新ギプソン学派や応用認知科 学の研究に明らかである。情報処理的心理学における,この二つの方向の研究のさらなる発展と結合 によって,人間の心への新しい科学的見方が成立することが期待される。

キーワード:情報処理心理学,認知科学,計算神経科学,運動学,意味論,生態学的心理学,人間・

計算機相互作用,認知人間工学

‑ 87 ‑

(3)

関西大学『社会学部紀要』第

20

巻第

2

偏 見 と 欠 落

本ノートは,

P.H. Lindsay D. A. Norman

"Human Information  Processing" 

Academic Press (1977) 

(邦訳は, 「情報処理心理学入門 I•Il• 皿」の三分冊でサイエンス社か ら出ている)への注釈として書かれたものである。この本は,心理学の基礎的,生理的なところ から社会心理学まで,情報処理の観点から解説している。情報処理からの観点から心理学を概観 したテキストとしては,現在も,これに代わるものはない。しかし,当然ながら,

1970

年代半ば 以降の研究については,扱われていない。本ノートは,それ以後の発展についての読書案内であ る 。

1979

年から,

1988

年までの

10

年間に出版された本のなかから,新しくかつ重要な考えや知見 を代表していると思われるものを,

20

冊選んで解説した。

これは,少々無謀な試みである。まともなセンスがあれば,偏っていないとか,大きな欠落が ないなどとは,とても言えない。そこで,評者自身の偏見と欠落について,まず述べておくのが いいかもしれない。

偏見は二つある。一つは,自然科学と技術の発展が,科学としての心理学の確立に決定的だと 考えていること。もう一つは,科学としての心理学が確立されるとするならば,それは,人間の 心を,生物学的リアリティーに基づきながら,文化に依存したものとして位置づけるものだろう という予想である。この辺の問題をいろいろ議論しだすと,きりがない。ごく簡単に述べよう。

心理学は,自然科学と技術から,いろんな影響を受けてきている。

一つは,モデルとして。 これには, 「自然科学は現象を量として測定しそれを数学的に操作す る 。 したがって心理学も科学たるためには, 心的現象を量として測定できなければならない。」

とか,「自然科学では,公共的な事実しかデータとされない。 したがって, 心的現象のような私 的な現象でなく,外的・公共的に観察可能な行動のみを対象としなくてはならない。」といった,

何をいかに研究するかの指針や,構成主義における諸要素の結合の法則としての化学,精神分析 におけるエネルギー保存則,ゲシュタルト心理学における場の電磁気学それに,認知心理学の処 理の流れ図におけるコンビュータモデルといった,理論構築の見本などがある。これらは,研究 遂行上の規律として,また,発見のための補助線として有効であり,心理学に貴重な様々の概念 や道具をもたらした。しかし,科学的心理学として,精密化,一般化しようとする試みのなか で,ナンセンスに到達することが多かった。心という複雑な現象の科学を確立するには,立脚す る地盤が,一面的で狭すぎたためだろう。フロイトからラィヒにいたる心的エネルギー説,スキ ナーの行動学,ハルの公理系,ケーラーの心理物理同型論,等々。死屍累々といった感じであ る。認知心理学における,人間の情報処理の流れ図(あるいは箱モデル)の場合も,ノイマン型 のコンビュータのオペレーティングシステムをモデルにしたものだが,フィルターの位置や処理 の箱の特性をより詳細に特定しようとする研究のなかで,流れ図の描像は,逆に,次第にぽんや

‑ 88 ‑

(4)

りしたものになっていった。

もう一つが,技術発展のもたらす現象への解像力と視野の増大である。

30

年くらい前までの心 理学研究では,せいぜいが時計と電球ぐらいて,技術発展の恩恵はあまり受けなかった。様変わ りが生じたのは,コンピュークの発達と普及によってである。多変量解析や実験の刺激作成と制 御,それに,種々の計測技術,シミュレーションなど,コンビュータがあって,初めて可能にな った。今日の心理学の理論と心理学者の議論は,ひと昔まえよりはるかに精密になっているが,

これには,コンピュークという技術発展がもたらした,心的現象への解像力の増大によるところ が大きいだろう。

三番目が,自然科学や技術の学問の心理学への侵入である。我々の世代の心理学者は,動物行 動学,社会生物学,神経科学,コンビュータ科学などの,心理学の領域への猛烈な侵入を経験し つつある。これも,

10

年くらい前までにはなかったことである。

以上を要するに,現在,自然科学と技術の心理学への影響は,新しい段階をむかえつつあると いって良いだろう。モデルといった間接的な影響ではなく,侵入と技術による解像力の増大とい った,直接的な影響への変化である。これが,心理学に何をもたらすかは,まだ,はっきりと は,見えていない。こういう傾向を,人間の心という聖域を,自然科学的な物として,また,技 術的操作の対象として,踏みにじるものとして反発し,ヒューマニスティック・サイコロジーあ るいは現象学的心理学へと向かう心理学者も多い。たしかに粗雑な心のとらえかたに基づく研究 が多かったし,今でもある程度そうだが,これは少々退嬰的な考え方である。実際, 8 0 年代にな ってから,心への自然科学と技術からの接近はより洗練されたものになってきており,人間の心 の位置づけに関して,興味ある描像を結びつつあるようにも思える。

さて,人間の心の位置づけだが, K .   R .  Popper は,人間の心を,宇宙における最大の奇跡だ と言っている。こういう,進化的観点からすれば,人間の心が,身体と神経系といった生物学的 リアリティーに基盤を置いていないとか,文化といった人間の段階で初めて現れた出来事とも関 係がないといったことは,およそ考えにくい。心身問題への解答として, K .   R .  Popper の三元 論が正しいかどうかは別として(三元論については, K . R .  Popper 

J. Eccles (1977)

「自我と 脳上・下」思索社を参照のこと),人間の心を,身体と神経系という生物学的リアリティーと文 化とを,繋ぐものとして位置づけるのは,妥当なことではないだろうか。これについては,以前 に論じた(雨宮

(1984)

「心理学研究のあり方によせて一ーポパーの三元論に基づく心理学再構築 の試み一」未発表資料, および, 雨宮

(1986)

「人間科学としての人間工学」関西大学社会学 部紀要

17

巻 ,

2

号 ,

pp.89114)

。本ノートで論じたいのは,先述した自然科学と技術の心理学 への直接的影響がもたらしつつあるものと,三元論的な心の位置づけとの関連である。この問題 については ']I の読書案内の後の 1 I I で論ずることにしよう。次は,欠落の確認である。

欠落は,数え切れない。主に追跡したのは,おおまかに認知科学と総称される諸研究だが(認 知科学の概略については, 雨宮・清水

(1989)

「コンビュータと認知科学」三上編『情報処理論

‑ 89 ‑

(5)

関西大学『社会学部紀要」第

20

巻第

2

I

』培風館所収に簡単に述べた。),評者の専門は,知覚,運動,応用認知なので,そのあたりは やや詳しい知識があるが,他はざっとの知識しかない。また,組織的な情報検索をしたわけでは なく,図書館,書店でのプラウジングや知人との情報交換など,自分のアンテナに引っ掛かって きたもので重要と思うものを選んだわけだから,ビックアップできたのはごく一部で,偏見によ る欠落や偏りも多いだろう。さらに,語学や文化圏の問題として,一群の重要な研究成果が,一 般には,届いてこないということもある。それや,これやで,以下にとりあげたのは,偏見と欠 落のフィルクーを通して得られたサンプルでしかない。これが,全体像を反映しているとは言い がたい。というより,全体というのは,過去の解釈と将来の見通しに依存して,それぞれ違った 像を結ぶようなものだろう。ここでの,サンプルがどんな像を結んでいるのか,どんな見通しが うかがえるのかについては,最後に述ぺることにして,まず,

20

冊の本の紹介を述ぺることにし よう。

順序は,

P.H.Lindsay D. E. Norman (1977)

の章立てにおおよそ従った。運動行為と 応用認知は, 新しく追加したが, 認知発達・教育と社会的相互作用についてはふれられなかっ た。紹介する本は,できるだけ日本で手に入りやすいものにした。邦訳がある場合は,邦訳の書 名のみを記した。ただし,出版年は,もとの本が出版された年を記した。

I I .   読 書 案 内

1. 

全 般

① 『認知革命—知の科学の誕生と展開ー一』 Howard

Gardner

産業図書

(1985)

認知科学が哲学,心理学,人工知能,言語学,人類学,神経科学の六分野の交錯として,非常 に幅広い視野で描かれている。実験心理学的側面は弱く,マン・コンビュータ・インクフェース など応用認知科学の問題も扱われていないが,哲学や文化人類学など文化系的方面に詳しい。文 章はこなれており,啓蒙書としての程度は高く,内容も信頼できる。教養として,認知科学がど んなものか,概観をつかみたい人にはお勧めの本。

次の本では,

1980

年代に入る前の情報処理的心理学を一つのパラダイムとして,その基礎を形 成している諸前提や行動主義との関係,諸分野からの影響などが,より,実験心理学的立場から 丹念に整理されている。

『認知心理学と人間の情報処理 I• II•fil 』 R.

Lachman, J. L. Lachman & E. C. Butterfield 

サイエンス社

(1979)

『ことばの理論学習の理論ービアジェとチョムスキーの論争上・下』

ロワイヨーモン人間科学センクー編思索社

(1979)

人間の言語運用能力を生得的で自律的(モジュール的)とみなすチョムスキーと,一般的な認知

‑ 90 ‑

(6)

能力の基盤のうえに習得されるものだとするピアジェとの,それぞれの門弟やシンパやらをひき つれての論争の記録。人間の認知の, 生得

.vs.

習得,モジュール

.vs.

一般, は基本的問題で あり,それをめぐってのオールスクー・キャストの論争が面白くないはずがない。ここでは, ビ アジェの老齢もあってか,統語論の論理的分析にたてこもりながら,学習機構と意味論の明示的 理論の欠如を指摘する,チョムスキーの方が,少しばかり勢いが良いようである。しかし, 8 0 年 代に入ると,並列分散処理モデルなどの学習機構の研究,意味論のモデル研究が進展することに なる。現時点で同じ論争をしたなら,チョムスキーの議論のいくつかの失効していることが明ら かになるであろう。

ピアジェとチョムスキーの本は,多くの翻訳がある。ビアジェは,文章がまずく,翻訳にも問 題があるのがある。チョムスキーの書くものは,ムーナンも言うように,非常にテクニカルなも のが中心だが, 変に攻撃的で, その場限りの効果をねらおうとするところがある(『二十世紀の 言語学』

G.Mounin

白水社

(1972))

。すくなくとも評者には, 楽しく読めない。

本書にうかがえるように,両者のアプローチは対照的である。ピアジェは認知に対する視野拡 大を,チョムスキーは認知理論の厳格さの規律をもたらし,現代の認知研究のバックボーンとな っている。しかし,評者の考えでは,チョムスキーは,言語学における度重なる論争と理論の改 訂によって,現代言語学の縦糸のひとつとなっているが, ビアジェの洞察とビジョンには,現代 の認知研究にまだ同化されていない部分がある。

⑧ 「認知科学の展望』

D.

A .  

Norman

編 産 業 図 書

(1981)

⑧ 『認知科学の基底』佐伯拌編産業図書

(1986)

1979

年に開かれた,第

1

回認知科学学会会議の招待論文を中心に,まとめられた論文集。

Sirnon,Newell

らの古典的記号処理派から

Winograd

の解釈学への傾斜まで,同じ情報処理と 言っても,その立場はじつに様々である。 8 0 年代にはいってからの,認知科学の多様化を予見し ていて,興味深い。『認知科学の基底』におさめられた,

Dennet

による「計算主義を巡る論理 地図—東極からのながめ一ー」は, 1984年に書かれた面白い読み物。現在の認知科学の多様化 の源流をたどろうとする向きには,⑧の二冊は必読。

また,読書案内を行っている評者が好意的でない, 古典的記号処理派の考え, 「認知とは逐次 的記号計算なり」というテーゼを正面から述べた本に

r

認知科学の計算理論』

Z.W. Pylyshyn

産業図書

(1984)

がある。この立場の論客では

Simon

が,人間の認知から,経済行動,進化,人工物のデザイン まで,幅の広い,より有益な議論を展開している。

『システムの科学』

H.

A .  

Simon

パーソナルメディア

(1981)

④ 

"Parallel Distributed Processing : Explorations in the Microstructure of Cognition" 

vol.  1,  2 D. E. Rurnelhart & J. L. McClelland MIT Press (1986) 

‑ 91  ‑

(7)

関西大学『社会学部紀要」第

20

巻第

2

並列分散処理,コネクショニズム,ニューラルコンピューティングなど様々に呼ばれている,従 来の逐次的記号処理とは対蹄的な,認知へのアプローチの復活と流行のきっかけとなった本(産 業図書から,モデル紹介の部分を中心に, 本書の半分くらいの部分の邦訳が『

PDP

モ デ ル 一 認知科学とニューロン回路網の探索ーー』の書名で出版されている。)並列分散処理の必要性,

モデルの基本,モデルの形式的扱い,心理学の問題への適用,神経科学的検討の五部,合計

1158

ページの包括的大著で,この立場に立つ研究者にとってはバイブル。パクーン認知から英語単語 の綴りと発音の対応の学習,文法習得,表象の想起,など様々な心理学的問題への適用が試みら れている。

14

章の「図式と逐次的思考」の章での議論は,心理学における並列分散処理モデルの 意味を考える上で重要である。

このグループから,続いて出された本に,

"Explorations in Parallel Distributed  Processing" J. 

L .  M

cClelland & D. E. Rumelhart  MIT Press (1988)' 

がある。これは,④の実践編で,

IBM

コンパチパソコンで実行できる

PDP

のプログラムが付 いている。ソースコードは,簡易 C 言語で書かれている。

雑誌論文は,最近非常に増えてきた。並列分散処理あるいは,コネクショニズムの心理学的位 置づけについては,次の討論が参考になる。

''On the Proper Treatment of Connectionism" P. Smolensky et al.  Behavioral and Brain Sciences (1988)  vol.  11,  No. 1,  pp.  174. 

日本語で読める文献としては,

「コネクショニズムの展望

(I) (V)

」情報処理

1988,  No. 7,  9,  11. 

概略と将来の展望を手短に得るのに適している。今後の展望として,

(I)で言う構造的コネ

クショニズムと

(V)

で指摘されている環境との相互作用は重要である。評者の考えでは,構造 的コネクショニズムの方向は,よりマクロな視点から⑥のミンスキーが素描する「心の社会説」

に合流する可能性がある。また,環境との相互作用は,⑥や⑳の応用認知的研究と⑧の新ギプソ ン学派が,探究の道を開きつつあると言える。

「ニューラルネットワーク情報処理一ーコネクショニズム入門,あるいは柔らかな記号に向けて 一 』 麻 生 英 樹 産 業 図 書

(1988)

テクニカルな点まで含めて,ひととおりフォローするのに良い。

『ニューロコンビュータ』日本経済新聞社編 日本経済新聞社

(1988)

産業がらみの,気楽なルポルクージュ。よく取材している。

⑥ 

"Society of Mind" M. Minsky  Simon & Shuster (1987) 

人工知能のパイオニアの一人

Minsky

が , 心を複数の

Agents

(動作者)のネットワーク的 相互作用としてとらえる考えを展開した本(産業図書から,

1989

年の後半に,邦訳が出版される

‑ 92 ‑

(8)

予定)。各項目

1

ページで,絵も多く読みやすいが, 内容は相当に高度である。 ビアジェとフロ イトが,自説の先駆者として,たっぷり言及されている。情動に関する

MentalProtoSpecial ist

の考えから, 自我の機能的分析,記憶の

K

ー結線説,精神発達の理論,ジョークとユーモアの 認知的機能,等々,広い範囲にわたり,アイデアが満載。まだ実証的裏付けのない部分が多い が,鋭い洞察を示している部分も多く,副題に将来の心理学とつけていいかもしれない。ただ,

悪い意味でも心理学的あるいは人工知能的で,人間の脳の内側だけでものを考えていて,環境の 分析と環境との相互作用の重要性の認識は不十分である。

日本語で読める, Minsky の論文には,⑧におさめられた「 K 結線—記憶についての一つの 理論」, 「ジョークと認知的無意識の論理」現代思想

1986 2

月号

pp.5883. 

などがある。ま た,気楽に読める評伝として

『心をもつ機械一ーミンスキーと人工知能_』

J.Bernstein

岩波書店

(1982)

が出ている。

⑥ 

"The Psychology of Everyday Things" D. A. Norman  Basic Books (1988) 

認知心理学の観点から,主に機器の操作について,検討した本。多くの写真とエビソードを交 えていて読みやすい。

Gibson

の提唱したアフォーダンス概念,

JohnsonLaird

の提唱したメ

ンタルモデル概念,短期記憶の容量限界,誤りの機構,課題構造の分析など,認知心理学の成果 をうまく機器の操作の問題に適用している。デザインについてもかなりの勉強ぶりで,引用文献 等も的確。

UserCentered Design

7

原則*もよく考えられている。本書で述べられている,

知識は頭の中だけでなく,環境の中にもあるというテーゼは,従来の心理学,人工知能の枠を越 えるものとして,非常に重要である。本書は,この方向の研究の先鞭をつけたにすぎない。

*羅列すると,

1. 

頭の中の知識と環境の中の知識の両方を上手に利用せよ。

2. 

課題の構造を単純なものにせよ。(深く,かつ,選択肢の多い課題構造を避ける。)

3. 

見えるようにせよ:実行と評価の淵の橋渡しとして。(適切なアフォーダンスを与えたり結果の視党的フィ ードバックなどによって。)

4. 

適正なマッヒ゜ング。(表示と適正な操作,操作と得られる結果などの。)

5. 

自然のものであれ,人工的なものであれ,制約の威力を利用せよ。

6. 

誤りにそなえたデザインを心掛けよ。

7. 

以上がうまく適用できないような場合は,とにかく,標準化すること。

これは,ァップル社の

HumanInterface Guideline

10

原則と,かなり似ている。

"Human Interface Guidelines:  The Apple Desktop Interface" Apple Computer Inc.  Addison Weseley (1987). 

同様に,羅列すると,

1. 

現実世界からの比喩。(ユーザーに解釈や操作の妥当な見当づけが可能なように。)

2. 

直接操作。(ユーザーの個々の操作に, コンピュータが一々眼に見える反応を示す。)

3. 

〔記憾&タイプ〕ではなく〔見て&指す〕の原則。(コマンドラインはプロ向き。)

4. 

一貫性。(アプリケーション間での操作が一貫していて学習が転移可能なこと。)

‑ 93 ‑

(9)

関西大学「社会学部紀要』第

20

巻第

2

5.  WYSIWYG [What You See Is  What You Get] 

(画面に見えるままの結果。)

6. 

ユーザーによるコントロール。(ユーザーの自由な能動的操作を妨げないこと。)

7. 

フィードバックと対話。(状態の即時フィードバックと対話の積み重ねによる作業。)

8. 

寛容性。(操作は可能な限り可逆的に。そうでないときは,注意を与えよ。)

9. 

知覚的安定性。(メニューバーなど見慣れたラマンドマークによる安定性の幻覚を。)

10. 

統合された美しさ。(見えと内容が対応し,画面がすっきりして魅力的なこと。)

『認知科学の発展』日本認知科学会編 講談社サイエンティフィク

(1988)

日本における認知科学研究のレポート。戸田氏による感情のアージ理論

(Minsky

Mental ProtoSpecialist

とかなり重なっている)や波多野氏による算盤技能の研究,漢字の研究など

が.ュニークなところである。三人囚人問題に関する直銀的確率判断の問題も,述べられてい る。冒頭で,戸田会長は,日本の若い認知科学者が,アメリカの研究ばかりに眼を向けている.

と苦言を呈しているが,今のところ,アメリカで重要な新しい展開が起きているのだからしかた がない。新ギプソン学派の仕事や運動行為研究など,早急に輸入されるべきである。フランス風 の国粋主義は,知的衰弱の兆候である。問題は,日本の研究者の研究が,師匠伝来の職人芸的た こつぼ的になりがちで,議論や共同作業などの相互作用的ダイナミズムに乏しいことである。科 学研究で職人芸的側面は必要条件と言えるが,基盤が揺らいでいる領域での研究を進めたり,新 しいパラダイムが生み出されるためには,活発な議論や共同研究によるダイナミズムが必要であ る。制度や文化風土が背景にはあり,簡単には片づかない問題だが日本認知科学会やヒューマン インタフェース研究会などは,稔実的な異種交配を促すきっかけとなりうるかもしれない。

2. 

視 知 覚

⑧  『生態学的視覚論—ヒトの知覚世界を探る一』 J.

I. Gibson

サイエンス社

(1979) Gibson

の遺作。知覚心理学への

Gibson

の貢献は,

Gestalt

学派のそれに匹敵する。刺激の 全体構造を重視するという点では,両者は共通している。

Gibson

の新しい点は,形態知覚では なく空間知覚を規定する環境からの視覚刺激の詳細な分析を行ったこと,そして,知覚と運動を 分離しないで,運動する観察者への流動する視覚刺激を分析したり,アフォーダンスといった振 念を提唱したことである。本書は,遺作のためか,議論がくどくて一部かったるい感じもする が,図が多く直観的で分かりやすく,新しいアイデアの種が一杯入っている。これは,生物的運 動や出来事の知覚,運動の知覚制御,運動制御における生体力学的制約の利用,といった,環境 と身体との関連で知覚と運動をとらえようとする,新ギプソン学派に受け継がれている。新ギプ ソン学派については,

LawrenceErlbaum Associates

から,

Resourcesfor Ecological Psy chology

のシリーズが,数冊出されている。知覚関係では,以下のものがある。

"Persistence and Change" H. W. Warren & 

R .  

E. Shaw ed.  (1985) 

"Event Cognition: An Ecological Perspective"  V. McCabe G. J. Balzano ed.  (1986) 

(10)

また,次の論文は,知覚・運動にかんする新ギプソン学派の考えを概観するのに有益。

"The Ecological Approach to PerceivingActing: A Pictorial Essay" 

M. T. Turvey & C. Carello Acta Psychologia (1986) vol.  63,  pp. 133155. 

日本語で読める,新ギプソン学派に関する論文や本は,まだない。

⑨ 『ビジョン一一視覚の計算理論と脳内表現ーー』

D.Marr

産業図書

(1982)

Gestalt

学派から

Gibson

にいたる知覚心理学の蓄積を踏まえ,脳科学の展開を受け,コンビ ュークビジョンの立場でなされた,視知覚の統合的理論の試み。視知覚の過程を,ゼロ交差によ る符号化から,対象中心座標における対象の三次元モデルの導出にいたるまで,ひととうり素描 している。アプローチの特徴は,視覚系が解くべき問題の計算論的な厳密な定式化を重要視し最 優先で研究したことである。問題を解くアルゴリズム,アルゴリズムのハードウェア的実現は,

その後の問題になる。

Marr

の素描には不完全な部分が多く残っており,仮説にも誤りがあるか もしれないが,彼の行った統合は,視知覚研究を科学として離陸させる路線を敷き,視知覚研究 を

Marr

以前と以後に分けるようなものになるかも知れない。 ここでは, 幅広い知識のうえに 立った大胆で的確な洞察と,厳密な分析,そして,実験的検証がスリリングで希有な結合を形成 している。本書は,ある種の先駆的範例として心理学のような複雑な現象を対象とする領域で,

科学的研究の確立を模索する人には,必読の書である。

⑧,⑨の名著以外に,知覚心理学の面白い読み物として,以下の三冊がお勧め。

『視覚の文法一ーゲシュクルト知覚論ー~』 G.

Kanizsa

サイエンス社

(1979)

主観的輪郭,透明視,同化と対比など,形態知覚に関して,興味深い紙上デモンストレーショ ンが見られる。ゲシュクルト学派の現代版。

『シーイング:錯視‑脳と心のメカニズム」

J.P.Frisby 

誠信書房

(1979)

Marr

の研究の影響を受けて書かれた一般向きの本。種々の錯視図形や多義図形,付録の眼鏡 による様々な立体視の図,周波数依存的図形残効など,楽しくて,ためになる図がいっぱい掲載 されている。大脳皮質視覚野のハイパーコラム構造についての解説もある。

"Visual Perception: Physiology, Psychology and Ecology" V. Bruce & P. Green  Lawrence Erlbaum Associates (1985) 

眼の生理学から始まり,⑧の

Gibson

と⑨の

Marr,

それに,新ギプソン学派の研究まで,視 知覚について,わかりやすくまとめられた好著。

3. 

音 楽 認 知

⑩  『音楽と認知』 波 多 野 誼 余 夫 編 東 京 大 学 出 版 会

(1987)

1 9 8 0年代に入って,音楽の認知的研究が活発になってきた。本書は,そういった動きをとりあ

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(11)

関西大学『社会学部紀要」第

20

巻第

2

えず知ろうとするのに役立つ。楽譜の読解を前提としていて,素養のない心理学者には難しいと ころもあるが,旋律やリズム,音のグルービングなど,調性音楽について,かなり細かい認知的 研究がされている。さらに,広い範囲で,音楽経験の問題を心理学的に扱ったものとして,

Deutsh

の編集した大著がある。

『音楽心理学上・下』

D.Deutsh

編 音 楽 の 友 社

(1982)

4. 

連 動 行 為

心理学では,姿勢の維持,歩行,手作業などの運動行為の研究は,常に周辺的な位置に置かれ てきた。行動主義では,レバー押しやペッキングなどの運動行為自体は,自明なものとみなさ れ,その生起頻度のみが問題とされた。行動主義の内実は,行動の科学と言うより,学習の心理 学(ごく単純なモデルを前提とした)といったものだった。その後の認知心理学や認知科学で は,表象が中心テーマとなり,運動行為研究は,文字通りの周辺となった。しかし,この辺境の 地では,

1970

年の後半くらいから,面白い動きが見られるようになった。

⑪ 

"Human Motor Behavior : An Introduction" J. A. S. Kelso ed.  Lawrence Erlbaum Associates.  (1982) 

この本の前半は,運動研究への情報処理的アプローチの紹介である。

1971

年に

Adams

によ って提出され,情報処理的運動研究のさきがけとなった,運動学習の

ClosedLoop

説から,

Motor Program

Schema

概念,

Component

分析など,それぞれの代表的研究者によって 手際よく解説されている。後半は補足的問題提起といったところで,ロシアの生理学者

N.Ber nstein

が提起した運動制御の問題が

(Bernstein

問題と言われる),新ギプソン派の論客

Turvey

らによってとりあげられている。これは,ごく簡単に言うと,中枢神経による情報処理の結果と しての指令を,個々の筋肉が単に遂行するだけだと考えると,環境に適合的な運動行為を遂行す るためには,環境からの負荷や他の筋肉の状態の変化など中枢神経には時々刻々,処理不可能な ほど多量の計算が必要になってしまうという指摘である。これを

Turvey

らは, 行為のための 情報処理を環境内での運動の遂行と分離して考える,情報処理的アプローチの不適切さを示すも のと考える

(Marr

なら,中枢神経系が解くべき問題が計算論的に正確に定式化されていない と,ちょうど逆方向から,考えるところである)。ここでの

Turvey

らの解答は,スケッチ程度 だが,行為のための情報処理は,中枢神経系の外でも行われているとし,

Bernstein

から

Gibson

へと架橋し,下位中枢での神経制御の他に,身体の力学的制約条件,環境の制約条件の役割を重 視するという方向をうちだした。

⑪で,

Turvey

らが紹介した,

N.Bernstein

1967

年の著書は, 重要性が広く認められるよう になり,各章ごとに現在の研究進展状況の報告と議論が,もとの本の倍くらいの分量に付け加え

られ,復刻された。

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