伊豆池代マンガン鉱床について
著者 増井 靖也
雑誌名 地学しずはた
巻 16
ページ 45‑49
発行年 1958‑03‑15
出版者 静岡大学地学研究グループ
URL http://doi.org/10.14945/00006019
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伊 豆 池 代 マ ン ガ ン 鉱 床 に つ い て
増 井 靖 也来
調査地域は 賀茂君俗崎町中川大字池代で、 itB!t部落倒 ~I.こ近修する 1 K."l 2 の範囲である.池
代鉱山は、この調査抱域町北部にある@
鉱山に行〈には. 剤担ーから松崎迄陸路氏は海防を釈明1..‑.桧崎からパスで地代にむかい、 ~~ "
から現場迄は徒曹による.沼津一松崎間11..パスで4時品工船で4時間半.松崎一地代間はパス で30分 で 晶 弘 池 代 制 蕗 か ら 鉱山 規 描 邸主、持草川に沿って林道を登り徒歩で1.5分で遣する
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ことができる.林道はトラックの交通も可慢である。鈎11はこの林道に近修しているので.掘石。搬出には極め
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便 利 で あ ゐ後 教 育 学 部 四 年
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3也代鉱山附近の~買図
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年に停車川に沿う林道が 開発されたとき、路頭を見出い地代鉱山開発の暗所となっb持草川西側の林道にそって開発した部#を谷坑と名っ・け主ら探鉱がすすみ梓草川水前下に場:捕 が下がったとき排水ができなくて.相当量の鉱石を残して中止した。次いで持草川東部の峯抗に 主力をそぞき
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現在に至っていゐ事極地域附;frt:t.,.持草川をはさんで、東部に
609m
、西部に536.7m
の 山 跡 . 互 に 対 立 l...持草1 1 1
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に似た急復認である.こ0JIIf!近で?主、川町東岸に数価。谷川│が発遣しているが.西岸問主谷町発遣を見なも、
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図書照〉この地域の地質t:t.,.湯ケ島層群で.安山岩質集塊治・祖苗鷲賀両陣石安山岩・宝武智質安山岩・
角蝶蝶灰岩・安山岩貿集塊熔岩より成っている。調査地物南部は、安山恭賀集塊岩が勇勢であり.
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郵は安山岩質祭塊熔岩・角線凝灰岩が勇勢である。この聞に盤面前賀両鰍石安山岩熔岩と玄武 岩質安山岩がはさまれている。〈第1凶〉これら白岩石全体が緑背色に変色されていて.プロピライト化作用が明らかである。
粗面岩賀両向指安山岩熔岩と玄武法質安山岩山不接合をして重なる執層が見られるが.本鉱 山の鉱石は、この様暦の中に怪胎している。とり諜居は..N5~10'・ E 、 20・-30・ N. 及びそ れに近い宕司傾斜を示L.障に近い大
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、。円機を含み.円践の大きなものは.直径が2 m小さに於ては.安山岩質岩石で 楼灰岩質岩石は見れない。
こり機層の中には"",坑側 から員化石Bar
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ミ サメの歯化石Carchar
odon meg‑galodon Qxyrhina plicat‑
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を産出する.豆、器坑 の京都に磯患の下盤につい て、傾斜方向に、厚さしかし.円雌
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百品位30刊以上 匡 ヨ 角 時 凝 灰 岩W O 2 I 安 山 告 熔 岩
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螺第 2 図 〈 鉱 床 織 式 図 〉
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O.lm...l.5mのレソズ状。石灰岩1!'堆積している均九とり石灰岩から、 lepidocyclina spを産する。
鉱床の上盤
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丸谷坑・媒執洪に角襖撮灰岩で.緩 泥 石化作用で、漫膏緑色をしていてもろい。下街丸谷坑では租函岩賀商輝石安山岩熔舟.準坑では、玄武岩質安UJj告である.これらの下穫 岩石11、鉄分/::liんだ鉱液により交代されて諦盤化されている・この赤豊富11.峯坑では3田町 1
Om. 谷坑では O.lm- 1. 5 皿の厚さである.谷坑申請司1í1~積層白境は、はっきりしているが.
轟 坑 で 広 範 が は っ き り せ ず、磯層の下部も藷都化している.この藷司置はマンガγをほとん
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告 んでおらず、鉄分でしめられている。本鉱床のマγガン鉱石町大部ゅは円織りまわり叫漫集している。砂中にも見られる爪量も少
〈品位も落ちる。【第2図に槙該国を示す
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峯杭に於ては.上権個帯こ鉱石がfT<分布しているが.谷坑に於ては鉱石町怪胎は上盤側に事いとか、 下盤側 t~*いということはなく、 世帯府全体 U好布
している.
鉱石はすべて二酸化マγガγで.
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1乙黒色ないu
罷脅色のにぶい生属光択を示L..一般に軟〈針で傷がつき、条痕は黒色である。鉱石は大きく 2つに分けて考えられる. 1つは、セソイ状 鉱石町黒色不透明で、はなはだ柔〈、指測で破砕できるも町である。もう 1司1.撤色ないし鼎 菅色不透明。鉱石で.セγィ状飲石よりも硬<.本鉱山由主要鉱石kなっているものである。セ ソイ状。鉱石
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工、円線の下部に限って産出すと匂地代鉱山の地質・鉱床白検買を概略のベた抗現在再続途上にあるeため.依床の全貌が明らか になるまでに11.なおしばら〈の歳月を要するであろう.
今迄に知られた所からこの舷時羽成因について考察を進めてみる。
本鉱床
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え吉村樽圭ののべられたいわゆる 「ピリ、ヵ型マンガγ鉱床」であって、安山岩賢治石 を下盤広 角礁摂灰岩を上智として書状ι
なり、その鉱石は理閉じマγガンである。日、';;κ
:;、 現 在 附 ら 杭 な っ た データーを選択して成因考察埴要と恩われるzい を 掴 し て みb
@鉱床が層状であること。
@鉱石カ弘幸〈円磯のまわりに集っていること.
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下棺が赤穂していること。J守ptl
@鉱石に伴って化石を産出すること.
@上径はなんら¢帯植
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質作用をうけていないこと。以上の資料から次のような過程が考えられる。磯層はその卓から産出する化石によって.互燥 の大きさとそり円麿の様子治喝、践し糖産における堆樹担である。鉱床町下擦が貴司型化して、上
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盤が勲変質を受けていないことIi..上盤生成前に鉱液が様膚に進入したと考えられる。けれども 機層。堆積完了後に鉱液がこの中に
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りとんできたものならば.機麿申中町比較的弱賀商l.f P
ち 礁周の石造部分に鉱石カト→唖に舞ってよいはずであるい互マンガγ成分の沈入札問調町的であ るならば平行鉱留の形を取るであろう。しかし本鉱床に於いては鉱石が様層全体に分布して.そ の間に平行鉱床り性質か且られず.円傑町周囲叫吸って鉱床治湯布しているので.様層の堆積中 に休みなく鉱液1;'流出していたことを物語っている.こ司点から本紙沫は繰層と同氏灼に生成L たもりと者えられるから.鉱液は端医温泉町状態であったと推定する。向.本研究に当って懇切守事な御指導を下さった竹内.蚊島、土、持先生.7iび簸多の便宜を はかられた舷山当局に対して深樹申上げるも目である。
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序朝 比 奈 村 育 羽 根 附 近 の 超 塩 基 性 岩 U
亡伴 う 炭 酸 堤 鉱 物 に つ い て
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静岡市街の西側を流れる安倍川川原由梯中に淡偶色町民E留置買岩慨が見出きれ、
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既に静岡大学地学教室町誇 見によって気付かれてドた。との糊丹耐え輔君~III村口坂本{叫11 1村鰍(2)ιヶ島村(3b鯛脇村膏掘削
。超塩ま性婦中の岩塊である。
筆者はそ町内、朝民家村背羽根の超塩進性紫中に存在せる
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建設塩鉱物について、調査研究を行 ったのでその結果を昭和32年度4業研究として報告する。、.;ミ 土 木 綿 獅 究 に 当7て 制 大 学 地 学 教 室 町 飯 島 階 層 激 疫 を 蜘 望 月 鵬 棚、竹内正反動 教授より、懇切なる御指導を費すたのでここに銘記して厚〈御札申し上げる次第である。
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朝比療村腎羽根に於け石炭酸盤矯石は、瀬戸
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黒層群中の滝沢届を買〈超塩基性岩体内にある。附近の掩沢層は産量号、頁紫土り成りこの中に宣犠E草寺化せるオリープ錯