定住
1.5 世代の継承語と日本語の関係及びその評価
中島 和子(トロント大学 名誉教授) キーワード:定住1.5 世代、二世児研究、継承中国語、2 言語相互依存説、 バイリテラシー、対話型評価 1.はじめに―対象児と本研究の意義 中国残留孤児・中国残留婦人(1972)、インドシナ難民受け入れ(1978)、「出入国管 理及び難民認定法」の改訂(1989)で日系人就労者の受け入れが始まり、CLD児の教 育問題が取り上げられるようになってすでに40年近くになる。この間、少人数を対象と したケーススタディは別として、実際に言語能力の評価を踏まえた実態調査は極めて少 ない。大規模調査としてまず思い出されるのは、1999年から2004年にかけて国立国語 研究所が行った「児童生徒に対する日本語教育に関する国際的研究」である。全国8県 の小学校29校、中学校4校の協力を得て、ポルトガル語系、スペイン語系、中国語系、 ベトナム語系の小中学生242名を対象に2言語調査、教師意識調査、保護者意識調査を したものである。私自身この調査に関与した関係上、現在と比較して当時の状況を思い 返してみると、まず念頭に浮かぶのが当時の対象児がほとんど一世児であったことであ る。親の移動に伴って学齢期の途中で来日した子どもで、日本生まれの二世児や幼児期 に来日した、いわゆる定住1.5世代と呼ばれる子どもはごく稀な存在であった。 もともと継承語教育の分野では一世児、二世児、三世児によって2言語の意味論的棲 み分けが起こり、教育内容ががらりと変わることが指摘されているが、現実には1~3 世児が混在するのが普通である。ところが本研究の対象児はほとんどが定住1.5世代と 言われる日本生まれの二世児と幼児期に来日した児童であった。つまり多少の例外はあ るものの、本研究の母集団は中国残留婦人と中国出身ニューカマーとの組み合わせの家 族で、ほぼ全員が地域共通語を共有する中国最北端の黒竜江省の農村部出身であり、本 研究の対象児はそのような背景の家に生まれた定住1.5世代が中心である。 私の個人的観察によると本研究の対象となった母集団は次のような特徴を持っている。 1)中国帰国者の場合入国前または来日後に日本国籍を取得することが多く、日本定 住の覚悟で来日し、いずれは帰国というチョイスを持たない家族が多い (高橋 2007)。 2)半数以上が日本語名を持ち、外見からも日本人児童と区別がつきにくいため、 多 言語・多文化背景を持つCLD児に対する支援の必要性が顕在化しにくい。 3)来日経緯が基本的に帰国者であるため親戚縁者が集住はしていても、民族コミュ ニティとしての意識が低く、中国語に特化した外国人学校も意図的に中国語を使 用する託児所も本調査では浮上して来なかった。4)例えばペルー系やブラジル系の民族集団と比べて、中国語・中国文化を謳歌する 民族集団としてのバイタリティが弱く、かと言って言葉の壁のため日本人グルー プからも阻害される、いわばどっちつかずの立場に置かれたグループという印象 を受けた。このような状況における親のアイデンティティが、子どものアイデン ティティの形成にどのような影響を与えるかは大きな課題である。 5)アンケート調査の結果を見ると、「中国帰国者」という社会的立場に置かれなが ら日本語ができず中国語しか分からない母親と、中国人でありながら日本語が出 来る父親というちぐはぐな組み合わせが多い。実際の家庭内の言語使用では、「日 中混合」が最も多く、したがって子どもも「日中混合」というケースが大多数を 占めていた。 以上のような環境下、日本の公立小学校に通う日本生まれあるいは幼児期に来日した 中国帰国児童は、どのような課題を抱えているのであろうか。下の引用は地域の保育園 を経て小学1年生になった6歳児T君の会話テストの一部である(下線は筆者)。 教師:「…お父さん日本語も中国語もぺらぺらやねんな。…T君も両方しゃべれるの? …素晴らしい。先生もうらやましい。…」 T君:「…あのー、***(注:民族クラブの部屋)でもなー…中国しゃべってるけど な…あの、学校ではぼくしゃべったあかんねん。」 教師:「なんで?」 T君:「日本人やもん。」 教師:「え、なんてなんて、もっかいゆって」 T君:「日本人は…あのー、日本しゃべらなあかんからな(うん)、小学校ではな(う ん)日本しゃべってんねん」 T君の国籍は分からないが、明らかに自分は日本人であるから学校では、「民族クラ ブの部屋」は別として、日本語を話しているということである。では、家ではどうかと 言うと、これに続くやりとりで家では中国語を使うと言っている。実は、T君を含む1 年生17名に同じ会話テストを実施したが、中国語の力が弱くてテストが受けられなかっ た児童が2人いた。T君は実はその1人である。アンケート調査によると、両親の学歴は 中学卒、家庭言語は親が日中混合、子どもは日本語、中国語の本は家に1〜5冊という状 況であった。子ども本人から得た情報と保護者アンケートの結果がちぐはぐになること はよくあるが、中国語テストの結果から察すると、すでに中国語から日本語へのシフト が進んでいるようである。このやりとりで明らかなように、中国語の力は教師に過大評 価され、多分家では日本語の力が親に過大評価されているのではないかと推測される。 6歳のT君には自分の中国語の実力を判断する力もないし、また現実は違うのだ、中国 語も日本語も本当はできないのだと教師や親に訴える力もない。T君は、このような建
前と現実の乖離をどんな不安感、圧迫感、孤独感を持って耐えているのであろうか。ア ンケート調査によると家庭言語が「日中混合」ということである。ここで混合型言語使 用自体を問題視するわけではないが、親子がきちんと話し合う言葉がない、という事実 は重要視する必要がある。学校で起こったさまざまな出来事を親に話したくとも通じる 言葉がなく、また学校では家庭の問題をとことんまで話す日本語力もないという状況で はないかと想像する。実際は日本語しか話せないのであるが、その日本語が不十分で取 り出し授業が必要という状況であるため、どちらの言語に対しても自信が持てず、した がって自分の居場所も見つからないというのが現実の姿であろう。 実はこのような事例に遭遇したのは初めてではない。愛知県東浦市の某小学校の調査 で出会った1年生の男児であるが、休み時間にポツーンと1人離れているので、「みんな (ブラジル人)と遊ばないの?」と聞くと、「ブラジル語ができないから」と言う。「じ ゃ、日本人と遊んだら?」と言うと、日本語ができないから遊べないと言う。ブラジル 人家庭に生まれた「ブラジル人であること」と、自分が(片言の)「日本語しか話せな いこと」がどうしても辻褄が合わず、自らを阻害された状況に追い込み、居場所が見つ からなくなっているケースであった。外見も言葉・文化も明らかに異なるブラジル人の 事例とは異なり、本研究の対象児は親自体が複雑なアイデンティティを持っている可能 性の高い中国帰国者である。外見では区別がつきにくいため、問題がより複雑なのでは ないかと推察される。 本研究の対象は、定住化が進むなか日本育ちで、日本にしか根がなく、帰るところを 持たない二世児が中心である。中国語がまさに消えていくプロセスの渦中にある小学校 1年と3年に焦点を当てたものである。実際に中国語と日本語の言語能力を調べ、現時点 での2言語の実態を正確に記述しようとした点で、本研究は画期的な取り組みである。 日本がまさに必要としている定住1.5世代の言語習得研究として貴重なものと言える。 さらにこのような社会的環境下にある中国系児童生徒の場合は、カミンズ(2011) が主張するように、バイリンガル教育理論に加えて、社会学的視点に立って、越境に伴 う親子の世代間摩擦、日本語習得と継承語保持との関係、学力の獲得、民族アイデンテ ィティとの関係などを分析する必要がある。この意味で、社会学的立場から跡づけた米 国の「二世児研究」から得られる知見にまず目を向けてみよう。 2.米国の二世児研究における1.5 世代の定義 米国の二世児研究の金字塔と言われる「移民児童生徒の縦断的研究」(Portes & Rumbaut, 2000)1 によると、「二世児」とは米国生まれ、米国育ちで両親または片
1 「移民児童生徒の縦断的研究」(The Children of Immigrants Longitudinal Study) は、マイ
アミとサンディエゴの移住二世児 5,262 人(中学 2 年・3 年生)を対象としたものである。学校数 49 校、対象児出身国 77 カ国、そのうちメキシコ、フィリピン、キューバ、ベトナム出身生徒が 40%を占める。第一回の面接調査は 1992 年、2 回目の保護者も含む面接調査は 3 年後の 1995-96 に行った。中学後半から高校卒業までを跡づけた大規模な縦断的研究である。
親が外国生まれであり、米国に定住して将来米国社会の担い手になるものと定義され ている。共同研究者であるRumbaut(2006)は当人の出生地、入国年齢、親の出生 地という3 要因をもとに、表1のような6つの分類を試みている。(1)18 歳以上で来 米したものを1 世、(2)13 歳から 17 歳を 1.25 世、(3)就学年齢の 6 歳から 12 歳を 1.5 世、(4)就学前の 5 歳以下を 1.75 世、(5)両親外国生まれ、当人米国生まれを二 世、(6)片親米国生まれで当人米国生まれを 2.5 世としている。このうち現地で最初 から教育を受ける(4)の 1.75 世は二世に近く、母国の言語文化を内面化したあとで 越境した(2)は一世児に近いという。そして(3)から(6)を統括して「1.5 世代」 と呼んでいる2。 表1 出生地・入国年齢による世代の類型化(Rumbaut, 2006, pp.91-92; 関口 2008, p.82 より一部抽出) (1) (2) (3) (4) (5) (6) 外国生まれ 18 歳以上 外国生まれ 13 歳〜17 歳 外国生まれ 6 歳〜12 歳 外国生まれ 5 歳以下 居住地生まれ 両親外国生まれ 居住地生まれ 片親外国生まれ 1世 1.25 世 1.5 世 1.75 世 二世 2.5 世 本研究の対象児は表 1 の(4)と(5)に相当する子どもたちである。調査 I と II を通じて1 年生は(4)が 2 名、(5)が 7 名、3 年生は全員が(5)である。つまり本 研究は「1.5 世代」の中でも特に言語形成期前半の小学校 1~3 年生児に焦点を当てた 研究と言える。 3.米国の二世児研究による越境と文化の変容 米国の二世児研究によると、文化変容(acculturation)は、(a)不調和な文化変容、 (b)調和した文化変容、(c)選択的文化変容、の 3 つに分類できるという。この中 最も望ましいのが(c)で、最も大きな禍根を残すのが(a)であり、その 決め手とな るのがヒューマン・キャピタル(Human Capital, HC)であるという。HC とは、例 えば学歴、職業の専門性、経済力、現地語力などを意味する。もう1 つの大きな要因 は、継承語喪失のスピードと現地語習得との関係にあるという。まず本研究ともっと も関係が深い(a)と(c)を対比してみると、つぎのようになる。 2 Rumbaut自身、キューバと東南アジアからの移民児童生徒の研究で、英語習得と同時に継承語を 喪失してモノリンガルの英語話者になるという点を強調するために、(3)から(6)を統括して「1.5 世代」という用語を使っている(1994, p.350)。「1.5世代」は、米国の英語の作文教育でも注目さ れている概念である。米国生まれ、米国育ちでありながら英語がまともに書けないことを問題視し て い る 。 例 :Harklau, L. ( 2003 ) . Generation 1.5 Students and College Writing. ERIC
Clearinghouse on Languages and Linguistics, Washington, DC.
(a)不調和な文化変容(dissonant acculturation) 学校言語である英語や米国のしきたりや行動様式を習得する速度が、親の文化・継 承語保持をはるかに越えると、不調和な文化変容が起こる。特に親のHC が低く、英 語力も低い場合は、子どもの助けなしに新しい居住地の社会生活を処することが難し いため、日常生活の上で子どもの英語力に頼らざるを得ない状況に陥る。こうなると、 親子の役割が逆転し、親の権威とコントロールが失われる。その結果、子どもは親の 言語や行動を恥じるようになり、親の母語の習得(つまり継承語)に対する意欲も失 うため、深刻な親子関係の亀裂が起こる。結果として子どもは現地語(つまり、米国の 場合は英語)のモノリンガルになる。 しかし現地語自体も伸び悩み、小学校低学年で 学力にマイナスの影響が現れ、 結果としてダブルリミテッドになる傾向が強い。そし て思春期を迎えるころには、ギャングの仲間入りをしたり麻薬にはまったりして学校 を中退、いわゆる「下降方向の同化」(downward assimilation)が起こる(pp.52-55)。 (c)選択的文化変容(selective acculturation) 選択的文化適応とは、同族集団が存在する地域に何らかの支援機関3がある場合、親 の言語と価値観をある程度保持しつつ、現地語・現地文化を習得することが可能になる。 継承語を維持しながら、時間をかけて現地文化へのシフトが起こる場合は、親子の摩擦 が生じる割合が少なく、友人仲間にも同じ背景の子どもがいるため、現地語と継承語の 両方に堪能な高度バイリンガルが育つ可能性が高い。高度バイリンガルは、高校卒業率 が高く、自尊感情をしっかりと持ち、将来の教育や職業に対する期待や夢が大きいケー スが多い。また親子の摩擦も少ない(p.126)。 要するに、継承語・継承文化を抹殺してまで現地の学校言語・学校文化への適応を急激 かつ急速に強いられる状況は、定住二世児にとって大きなマイナスだということである。 むしろ家族と友人とのつながりを保ちつつ、継承語・継承文化保持に対するさまざまな 支援を受けながら徐々に文化変容をしていくことが、文化的にも言語的にもより実りの 多い結果をもたらすという。そして世代間の連携、つまり親子のコミュニケーションの 重要性について次のように述べている。 「選択的文化変容」は、高度のバイリンがリズムと密接な関係があり、また高い 自尊感情、将来の教育や職業選択への期待、高度な学力の獲得とも関係している。 (中略)自国のものを失わずにホスト国の言語・文化を習得した子どもは、新し い世界での自らの居場所づくりにおいてもその理解においても優れている。(中 略)「選択的文化変容」は、社会の主流派である同年齢の英語母語話者に受け入 れてもらうために自らの過去を断ち切ろうとする者にはない、文化適応に必要不 3 支援機関とは、例えば、意図的に継承語が使用されている託児所、継承語を育てるための幼稚園 や教育プログラム、現地校の教科学習支援、 職業訓練と斡旋などを指していると推測される。
可欠な世代間の連携を創り出すのである(p.54)。 以上の2つの文化適応タイプを踏まえて、本研究の対象児の状況を改めて振り返って みると、 大多数が(a)「不調和な文化変容」を強いられる状況にあること、そして(c) 「選択的文化変容」と推測されたケースはたった1名に過ぎないことが分かる。この1 名は親が大学卒業者でHCがかなり高い。就学前教育に関しても、ほぼ全員が地域の保 育園であったのに対し、1人だけ幼稚園に通園していたというケースである。 4.対象児の継承語の喪失と現地語習得との関係 ここでまず手元にある中国語・日本語の評価データに基づいて言語調査の概要を、2 言語の関係に焦点を当ててまとめると次のような結果になる4。 (1) 調査Ⅰ 3年生(9名) 中国語のテストが全く実施不能なケースが4名(44.4%)、会話テストを受けることが できたのが4名(44.4%)、読書力テストまでこなせたのが1名(10.1%)である。つまり 半数近くが3年生の時点で中国語を話す力を失い、日本語モノリンガルにシフトしてい たということである。日本語の会話力と語彙力はほぼ年齢相応レベルの80%を達成、学 年レベルの読みテキストが読めたのが5名(55.6%)、学年を下げたのが4名(44.4%)で、 読書力が学年相応に達していない児童が半数以上を占めていた。つまり中国語は明らか に喪失の過程にあり、日本語の習得が年齢相応のレベルに達しなかったのが半数近くい たということである5。 (2) 調査Ⅱ 1年生(17名) 中国語の会話力が高かったのが6名(35.3%)、簡単な会話がこなせたのが9名(52.9%)、 会話不能が2名(11.8%)であった。読み書きは全員ゼロであったが、小学校1年の時 点では半数以上が中国語の会話力をまだ持っていたということである。日本語の方は、 学年レベルのテキストが読めたのが10名(58.8%)、レベルを下げたのが7名(42.2%)、 そのうち4名は幼稚園レベルまで下げた。つまり1年生の段階では、35%近くが継承中国 語の会話力を保持していたが、65%近くが喪失の傾向にあるのに対して、日本語の習得 が学年レベルに近づいているのが60%近くで、40%はすでに遅れをとっているという状 況であった。 以上を総括すると、日本語習得、特に会話力に関しては、保育園から小学校3年の間 4 詳しい調査結果については、本報告のそれぞれ該当の章を参照のこと。 5 このグループの日本生まれの子ども6 名について、 友沢はアンケートの結果をまとめてつぎの ような観察をしている。「家庭内言語は全体的に中国語使用が少なく、日本語使用にシフトしてい る。(親の)中国語能力ありの児童の家庭は日中混合に、中国語能力なしの場合は日本語使用の傾 向が顕著」(真嶋ほか2011)
に順調に進んでいるが、中国語の会話力はすでに失われている児童が過半数を占め、1 年生に上がるまでに「日本語モノリンガル」になる傾向を示している。読み書きまでで きるバイリテラル育成という観点から見ると、1~3年の段階で中国語の文字学習がなさ れていないため、バイリテラルになる可能性は極めて低い。家庭ではすでに親子のコミ ュニケーションに必要な共通言語としての中国語が失われつつあり、今後の情緒面、社 会面、認知面の健全な発達が危ぶまれる状況にある。 米国の「二世児研究」では、現地語習得を早めようとする学校側の態度の弊害を指摘 している。二世児が英語を超スピードで習得することを教師も学校当局も過度に期待す る傾向がある。そのことが悲惨な痛ましい状況を引き起こすことに留意すべきであり、 そのような過酷な経験が長びくと、子どもの成長にマイナスの影響を与える「不調和な 文化変容」のケースになると、次のように述べている(Portes & Rumbaut, 2000)。
第一に自尊感情が低下し、疎外感が高まる。第二に母語を流暢に話す力を失う。 面 接 し た 対 象 児 の 1 人 は 、 学 校 で 自 己 認 識 (self-identity ) と 自 己 喪 失 (disorientation)の霧の中に追いやられ、(不完全な)外国語を話さなければな らないという屈辱感を味わう(stigmatization)。(中略)このような状態が継続 すると「不調和な文化変容」のケースとなり、英語習得が不十分であるにも関わ らず、親とはコミュニケーションがとれなくなり、またコミュニケーションをと ろうとする意欲も失うのである。(pp.129-130) 継承語は子どものメンタルパワーの発揚にも、また自己啓発とも密接な関係があるた め、継承語が剥奪されることが長期にわたってマイナスの影響があることは当然であろ う。継承語が弱まることによって親子間の交流の質が下がること、また親の言語・文化 を現地のそれよりも劣るものと捉え、その担い手である親に対して否定的評価をして自 ら親との距離を開いてしまうことも深刻な問題である。また複数言語に触れて育つ子ど もの2言語は、別個に存在するのではなく、共有面があって1つの言語で学んだことがも う1つ の 言 語 の 言 語 習 得 に も ま た 教 科 学 習 に も 役 に 立 つ と い う 2言 語 相 互 依 存 説 (Cummins, 2001)の立場から見ても、中国語の喪失が日本語の習得と年齢相応の学 力の獲得にマイナスの影響を与えることは明らかである。また幼児から小学年低学年は 文字習得の適齢期であり、日本語に先駆けて継承語の文字を習得しないと一生禍根を残 す可能性が強い。根の浅い第二言語のリテラシーは、機能的リテラシーの域に留まるこ とが多いからである。 世界的に見て、継承語喪失と現地語習得との関係を無視して現地語習得のみを早めよ うとする移民受け入れ国は少なくない。日本の外国人児童生徒対策もまさにその例であ り、残念ながら典型的なモノリンガル型と言わざるを得ない。ただ同じ日本国内でも歴 史的経緯を経て母語・継承語の重要性に対する理解がより深い地域がある(安野2010, pp.116-119)。 本研究の対象となった学校も、まさにその一つであり、今後本研究の調
査結果を踏まえて、小学校低学年児に対する対策と指導の点でモデル的な存在になるこ とが期待される。
5.望まれる家庭と学校との連携
では、継承語喪失と現地語習得の関係から生じる負の要因を回避するには、学校・家 庭・地域はどうすればいいのであろうか。Portes & Rumbaut(2000, pp.129-131) は、 継承語を無視した「文化変容強行軍」に代わる方法として、英語の流暢度を高めるかた わらバイリンがリズム獲得に向けた保護者の継承語保持努力を学校がサポートするこ とだと言っている。継承語は家庭を中心に、現地語は学校を中心に、そして学校が家庭 の努力をサポートする形で取り組むことは、2言語を加算的に育てるために必要不可欠 な基本的な姿勢と言える。では、2言語で読み書きまでできるバイリテラル育成を目指 した家庭、学校、地域のあり方とは具体的にどのようなものであろうか。以下日本の実 情に合わせて家庭、学校、地域のあり方を考察したものである。 (1) 共有すべき知識 まず最も大事なのは、継承語を保持伸長することがいかに重要かということについて 学校・家庭・地域が共通の理解を持つことである。日本のようなモノリンガルの社会で は、継承語の重要性に関する知識も、また複数言語の習得に関する基礎的な知識も共有 されていない。このため必要な情報を広める保護者への啓蒙運動がまず必要である。世 界を見回すと、継承語の重要性を訴えるさまざまな啓蒙活動が行われている。例えば、 どうして母語を家で使うべきかその理由を6つ(最近は8つ)に分かりやすくまとめてい るTIF(Transmission in the Family)6というウエールズ語の啓蒙運動、継承語の本の
読み聞かせの重要性を親に示したカナダのトロント教育委員会作成のDVD7、家庭言語 保持のリソースを集めたライアソン大学教授Roma Chumak-Horbatschのホームペー ジ8などである。日本でも地域の特徴を踏まえたこのようなインターネット上でアクセ ス可能なポータルサイトが待たれるところである。 (2) 家庭でできること 家では親が子どもとの対話の時間を最大限に増やし、親が自信を持って使えることば を徹底して使うことである。自然にまかせるのではなく、意図的な継承語使用が必要で ある。現在もっとも多い「日中混合」は、地域の努力(例えば、継承語支援プログラム) によってそれぞれの言語できちんと話さざるを得ない機会を増やすことが必要である。 また言語使用に関して親の態度が食い違うことがよくあるが、両親とも、中国語も日本 6 家庭でのウエールズ語使用を助産婦、健康管理に関わる職員を通して奨励する運動。 http://www.twfcymru.com/English/parents/Pages/publications.aspx(2012.5.30 取得)
7 Your Home Language: Foundation for Success(トロント教育委員会 2006) 8 http://www.ryerson.ca/mylanguage/ (2012.5.30 取得)
語も大事という両言語を重要視するバランスのとれた姿勢・ビリーフを共有することが 子どもの2言語の発達にとって重要であることが分かっている(中島2010)。 さらに、バイリテラルを育てるためには中国語の本に触れるチャンスをつくって本に 親しませる必要がある。この場合、親から子どもへの本の読み聞かせが極めて重要であ る。また読んだあとで楽しく話し合うことも大事である。日常会話では遭遇しない読み 言葉特有の語彙や言い回しは、このような親子の対話の中で何度も繰り返えされること によって定着し、それが本を読むときに役立つからである。さらに文字に興味が出たと ころで、日本語の文字よりも先に中国語の読み書きの初歩を教える必要がある。中国語 の読みの力は日本語の読みの力の習得の大きな支えになるし、文字を書くということは、 書いたものを通して自分自身の評価が視覚化され、それが誇り、アイデンティティの高 揚につながる。早くから中国語も日本語も読める子、書ける子としてのアイデンティテ ィを育てることが重要である。 (3) 学校ですべきこと K小学校のように中国帰国児童が集中している学校と、多言語、多国籍の子どもが集 まっている学校では、できることが異なる。K小学校のように中国帰国児童の多い学校 では、中国語の読み書きの初歩指導もカリキュラムに加えるべきであろう。もっとも理 想的な形は、中国語を教えるのではなく、教科の一部を中国語を使って教えることであ る。例えばカナダ中西部にある継承語イマージョンプログラムである(鈴木2012)。カ ミンズは、現地語で学習する時間とその成果には相関関係がないと言っている。つまり、 二世児を学校で日本語漬けにしたからと言って日本語がそれだけ上達するわけではな く、逆に在校時間に中国語を使った授業を入れたとしてもそのために日本語力が下がる わけではない、ということである。むしろ学習の一部で中国語を使うことによって、中 国語も大事なんだ、学校で使ってもいい言葉なんだという継承語に対する「価値の吊り 上げ」に繫がる。また中国語を通して得た既習知識が日本語での学習に役立つばかりで なく、自尊感情を高め、親子のコミュニケ―ションの質を高め、結果として保護者も児 童もエンパワーされることになるのである。 通常の日本語による教科授業の中で、教科との関連で中国語を使用する場を増やすこ とも大切である。例えば、作文を書くときに中国語で考えてから日本語で書くことを勧 めるとか、グループ活動でまず中国語で話し合ってから日本語で発表するとか、プロジ ェクトなどで中国語と日本語両言語を使って発表をするとかである。さらに中国語がで きるということが誇りにつながるように、通称アイデンティティテキストと呼ばれるア イデンティティを高めるための創作作文プロジェクトを導入するのもよい。中国語と日 本語で書いた作品をインターネット上で公開することによって、親の出身地の親戚縁者 にまで見てもらうことができ、継承語の有用性を体験する、いいきっかけになる。カミ ンズは、さまざまな種類の作文を「多量に書くことが教科学習言語を受け身ではなく積
極的に使いこなす自律学習の力を養う上でも極めて重要になる」と言っている(2011, p.94)。 (4) 地域ですべきこと 1.5 世代の中国語を育てるためには、地域に中国語を使う託児所、保育園が必要不 可欠である。世界各地にこのような継承語保持伸長を目指した試みがあり、実際に効 果を挙げている例も多い(例えば、嘉納・嘉本 2006)。さらに学齢期の子どもを対象 とした地域で中国語支援プログラムを立ち上げ、中国語の本に親しませ、読み聞かせ をして中国語のリテラシーの基礎づくりをする必要がある。またコミュニティのバイ タリティを高めるために既存のさまざまな文化行事も貴重である。さらに中国語のリ テラシー環境を高めるために中国語の(絵)本や印刷物を集めることも必要であろう。 将来に向けて 2 点大事なことがある。意識の高い地域のボランティアを動員して、 (1)中国語力の査定と(2)言語障害を持つ子どものケアをすることである。(1)は テスターのトレーニングを受けて、学校との協力のもと入学・編入時に中国語の力を 診断、その後定期的に中国語力の伸びをモニターしてその情報を家庭、学校、地域で 共有することである。(2)は言語障害を持つ子どもの対策である。この分野では 2 言 語が分かる専門家を必要としているが、そのような専門家が日本にはまだいないこと から、当面の対処法としてパラプロフェッショナルのトレーニングを受けた保護者ボ ランティアを養成するということである(例:Kohnert et al., 2005)。 6.必要な対話型評価 前節で中国語力の査定の必要性について述べたが、このためには編入時の診断・評価 と、その後の中国語・日本語の伸び(あるいは後退)のモニターとの両方に使える評価 ツールが必要である。本調査の対象児の2言語習得状況で分かるように、個人差が非常 に大きいため、グループテストや一斉テストや標準テストが使えず、個別に面談テスト をしてそれぞれの言語背景(例:現年齢、滞在年数、入国年生)や言語環境(例:家庭 使用言語パタン)によってその結果を解釈して指導に繋げる必要がある。 K 小学校の定住二世児のように、心理的にさまざまな問題を抱えている子どもの言 語能力の診断・評価には、どのような配慮が必要なのであろうか。日本語でも中国語 でも日々言語力不足のため屈辱感を味わわせられている児童である。どちらの言語に も自信が持てず、授業中なかなか口を開こうとせず、日常会話はある程度流暢にこな せても知的内容の濃い会話を持続することは極めて難しいという状況である。カミン ズは「学業不振をマイノリティの子どもの側の問題として正当化する従来の評価形態 に代わって、マイノリティを擁護する立場(advocacy)に立った評価が追求されるべ きである」(Cummins 2001, p.223)と言っているが、あくまでも子どもの味方にな って子どもの力を引き出し、評価自体が子どもの思考力と高め、言語能力を強め、自
尊感情を高めるものを目指すべきであろう。そのためには、テスターとの対話を通し て子どもの考えや思いを引き出すスキャフォルディングつきの「対話型評価」が必要 である。 (1) 本研究で使用した評価法 実際に本研究で使用した評価法は、「言語的マイノリティの子どもの会話力と読書力 調査のためのフローチャート(試案)」である(中島・櫻井 2010)。OBC 会話テスト (中島2011)の一部に、B-DRA-J(読書力テスト)と聴解テストを加えたもので、5 つのサブテストからなる。 (1)導入会話、(2)語彙テスト、(3)基礎・対話・認知 タスク、(4)聴解タスク、(5)読書力タスクである。一年生はこれを 3 回に分けて行 い、三年生には(4)を除いたものを使用した。 読書力テストとは、読書行動(どの ように読むか)、読解力(どのぐらい理解したか)、読書習慣(どのぐらい読む習慣が あるか)の3 面から読む力を評価するものである。 中国語には OBC と B-DRA-C(中 国語版)を使用、B-DRA-C は、本研究グループが実情に合わせて開発したものであ る。最近「対話型」であるということを強調するため、B-DRA-J/C を「対話型読書 力評価」(2012)と改名した。 (2)「対話型読書力評価」(2012) 前節で述べたように、学校教師や地域のボランティアが使用する場合、留意すべき点 がいくつかある。まず対話の相手をするテスターが威圧的な存在であってはならない。 あくまでも子どもに対する興味と関心を持ってさまざまな問いかけをしてくれる仲介 者(facilitator) の役に徹する必要がある。大事なことは、このような対話空間の中で 子ども自身が相手に容認されたと感じることであり、認められた、まともに相手にして もらった、という充足感が子どもの自信につながり、学習に対する前向きの態度を培う のである。またじっくり子どもの答を待つことも必要である。本調査の結果分かったこ とは、文字判読でも、音読でも、内容理解でも、母語話者児童よりも何倍もの時間が必 要だということである。答えの正否は別として、じっくり考えて応答できたという体験 が子どもに達成感を与える。この間仲介者は間違いを指摘したり、訂正したりせず、子 どもが言わんとするところを察して、あくまでも内容に焦点を当てた対話に徹すること である。要するに、仲介者の役割は相手のレベルに応じてさまざまなスキャフォルディ ングをしながら、対話を通して子どもに考えさせ、普段は言葉にならない思いや考えを 引き出すことである。一人では理解できなかったテキストの内容も、テスターとのやり とりを通して新しい気づきや理解に繋がり、その理解をテスターに前向きに受け止めて もらうことによって、自尊精神が高められ、かつ「自分も読めるんだ」という「読み手」 としての自信に繫がるのである。また音読、内容の再話などを通して多面的に言語を使 うことによって、読みの力だけでなく会話力、語彙力も同時に伸びることが期待される。 評価の結果をどう関係者に知らせ、情報を共有するかということについては、現在模
索中である。保護者には、保護者を励ます形の「講評」という形で結果を伝え、できれ ば録画したテストの一部を見る機会を設けるとよい。我が子の力が年々伸びていること を視覚的に見て、納得することができるからである。教師には、子どもが躓くところを 観察して、指導の指針になる詳しい報告が望ましい。 本研究で使用した評価法を振り返ってみると、まず子どもたちが生き生きと参加し、 その問題点がある程度解明できたという点で、定住二世児にかなり適したものと言え そうである。しかし、同時に、このようなパーフォーマンスアセスメント、ダイナミ ックアセスメントと言われるテスト形式が共通に持っている課題も明らかになった。 その第1 は、対象児自身の力というよりはテスターの助けを得て構築された力の評価 であること。第2 は、テスト中に変化しつつある力の評価であることである。伝統的 な言語能力評価法では、テスト中に学習者側の変化や伸びが起こらないことが前提に なっており(妥当性)、またテスト間に変化が起こることはあってはならないという考 えに基づいてテストが作られている(信頼度)。このような既存の評価のあり方を踏ま えつつ、言語マイノリティである定住二世児を生き生きとさせる擁護型の評価のあり 方の開発を目指してよりよい評価方法を模索する努力を継続することが肝要であろう。 7.おわりに―今後の課題 本章は、3 年間の本研究プロジェクトの節目として、米国を中心に成果をあげてい る「二世児研究」の知見を踏まえて、当研究プロジェクトの対象児が抱える問題を振 り返り、K 小学校の定住二世児のために保護者、学校、地域ができること、すべきこ とに加えて、かれらが必要とする言語能力評価のあり方について考察したものである。 この課題は K 小学校に留まるものではない。本研究のような実態の解明を踏まえて、 日本が抱えるマイノリティ言語児童全体の国の政策の改善につながることを望んでや まない。 引用文献 安野勝美(2010)「大阪の在日朝鮮人教育・民族学級の営みをニューカマーの子どもた ちにつなげてーアイデンティティ・言葉・仲間・・・」<招待発表>「大阪府およ び兵庫県外国人児童・生徒の母国語教育」 『母語・継承語・バイリンガル教育(MHB) 研究会』第6号 pp. 116-119. 嘉納もも・嘉本伊都子(2005)「トロント日系コミュニティにおけるエスニック文化継 承:「池端ナーサリー」の位置づけ」『京都女子大学現代社会研究』88、pp.109-123. カミンズ、J.(2011)「マイノリティ言語児童・生徒の学力を支える言語心理的・社 会学的基盤」『マイノリティを支える教育』(カミンズ著・中島和子訳著、慶應 義塾大学出版会)pp. 85-115. カミンズ・J.(2011)「バイリンガル児の母語—なぜ教育上重要か」『マイノリティを支 える教育』(カミンズ著・中島和子訳著、慶應義塾大学出版会)pp. 62-84. 鈴木崇夫(2012)「カナダ公教育における言語的マイノリティ児童対象のプログラム評 価 ―アルバータ州英語/継承語(中国語)パーシャル・イマージョンを例として」 2012年度母語・継承語・バイリンガル教育研究会年次大会(2012年8月6日桜美林大 学四谷キャンパス)
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