富山 大 学教 養 部紀要 C人 文 . 社会科 学 篇l, 1 7くい 5 5 ‑8 0, 1 9 8 4 .
新 産業都 市に関 する大分と熊本地域の事例研 究
撞 木 健 次
T he c ase ‑study of O hita an d K u m a m oto regi ons
o n th eindustrial cit y and p a rk
K e nji K ats u r agi +
串 Depa rtm e nt of En vir o n me ntal Scie n c e s,College of L ibe r al Arts,Toya ma Univ., Toya m a
l . はじめ に
新 産 業 都 市および 工業 整 備 特 別地域に係る計 画事 業は, 19 6 卜19 7 5年 度に わ た る第 一 次 基 本 計 軌 1 97 6 ‑1 98 0年 度に わ た る第二次 基 本 計 画につ い で, 19 81年 度に始 まる第三次 基 本 計 画が, 現 在, 1 98 5年 度に むけて進 展 中であるo 国土審 議 会 地 方 産 業 開発特 別 委月 食で は, 1 9 75年 以 降の 日本 経 済の産 業 構 造の著 しい変 化に伴っ て登 場 した rテ クノポ リス構 乱 および r経 済のサ ー ビ ス化 . ソ フト化 という 現 段 階に おいて, 第 拘次 全 国紙 合 開 発 計 画の策 定 を 控 え, 新 鹿. 工特 制 度の問題 点 を 洗い直 し, 今 後の開 発 政 策の検 討 を重ね て
いるo こ の稿は, 筆 者が, 1 98 0年 以 来 従 事 した富 山. 高 岡地区 産 業都市 建 設 計 画 事 業の稔 括 的 調 査 く射 水 地 域研究 会 r新 港 建 設と乾 馴 ヒが射 水 地 域に 及した変容に関する実 証 的研
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乳 l との関 連 も あっ て, 九州 大 学に内地研 修 中に行っ た 九州の三つの地区 伏分, 不 知 火有明大 牟 軌 延 岡地 区l の事 例研究 を 踏 まえて, 過去2 0年に 及ぶ新産 業 都 市 計 画 をめぐ る問題 状況の変 化, 特に, くI C アイランドl との関 連につ いての 意義 を 試 論 的に提示し たものであるo 軌 引照 および参 考にした文 献 資料につ い て は, 稿 末に一 括 して記 載 して おいたo
2 . 新産 業 都市 計画の根拠と意義
19 55 ‑‑1 9 60年は, 我が国の経 済 開 発に お け る 地域の フレ ー ムをどう 設 定 する かをめぐっ
て, 大 き く 揺れた時期であっ たo 19 60年 末, 池田内 閣のもと で決 着 をみた 咽 民 所得 倍 増 計 画A は, 経済の高 度 成 長 を 支 える国土開 発につ い て太 平 洋ベ ルト地帯 構 想 を 基 軸に お い たo た ゾ, 全 国の所 得 格 差の是正 という 重 要 性の認 識から, 計 画の後 期に おいて, 後 進地 域の重 視 を折り込むこと が付 け加 え られ ていたo だ が, その当 時, 地方 自 治体は 工業 開発
へと動 き 出 し, 東 京 湾および瀬戸内 海での埋 立 て計 画が進 展 し, その 一 部で はすで に着工 さ れ ていたo 民 間 資 本 も また, 集 積 利 益 を求め てコ ン ビナ ー トの設 計工事 を 進め, そうこ 川 こ の成 果は 1 98 4年 中に トヨ タ財 団研究成 果 出 版助成 を受け て 刊行さ れ るQ
桂 木 健 次
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うしている間に, ス ケ ー ル メリットが高 度 成 長と いう 経 済 環 境の中で出はじめ る, とい っ た状 況があり, 太 平 洋ベ ルト 地 帯に 工場 群が集中 してい っ た.
肝倍 増 計 軌 は, こう した 立地 状 況に基づく 太 平 洋ベ ルト地帯 構 想 を 取り 入 れ たもので はあっ た が, それ につ いて は, 九州 . 四 国 . 北 陸 . 東 北 . 北 海 道の地方 自 治 体からの反擬 が強 く 出き れ, 建 設 省 も また, こ の構 想に対 する批 判 的 な 見 解 を示 し, 経 済 企 画 庁の総 合 開発 局 を 中 心にして, 1 9 6 2年に 町全 国 絶 食 開 発 計 画皿 く旧金糸釦 として取りまと め ら れ たo こ の計 画 手 法は, かつての国土総 合 開 発 法 く19 503Fl に おける特 定 地 域 開 発 計 画の考え方 を 受 け 継いでいる と言われて お り, 所 得 倍 増 計 画に盛 ら れた r太 平 洋ベ ルト地帯 構 軌 と 思 想 を 異にするもので, 全国的に開発 を 拡 げて, 九 ブロ ック ご と に計 画 を 樹立していく も
のとしたo これ は, 太 平 洋ベ ルト地 帯 構 想‑ の後 進 諸 県からの非 難 を 緩 和 して, r地域 格 差の是正J を正面に打 ち 出 すこと によっ て, 政 府 部 内の開 発 計 面 へ の統 一 性 を 図りなが ら, 所 得 倍 増 計 画が目 論ん だ r公 共 投 資の効 率 仙 を 満 足さ せよ うとする妥 協の産 物であ
く21 る.
同 計 画で は, 地 域 格 差 解 消の開 発 戦 略として,
r過密地域J r整 備地域J および今 後の開
発 を 要 する r開 発 地 軌 の三 つに 地域 概 念 を 分 けて お り, 後 進 地 域ブロ ック は r開 発 地 軌 と名づ け られ て,
r大 都 市の外 部 経 済の集 積の利 益 を 享 受 することが薄い J と言 う 状 況 規 定 を 行っ ているo そ して, こ の地 域‑ の開 発 戦 略として, く1 慨 成 大 都 市と幹 線 交 通 路 で結ばれ, 行 政 機 能 . 金 融および卸 売 り 機能, 高 度の文 化および教 育 機能を集中 的に持つ
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よ う な 大 規 模の中 心 都 市 を 育 成 する.
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ほ 校地条件に恵 まれ た地 区に臨 海 性 装 置工業 を 誘 致 すること で, 工業 集 積が可 能 な 大 規 模
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の工業 都 市 を 育 成 するo
く3洛ブロ ッ クごとの中 心 都 市と工 業 都 市と が相 互に相 乗 効 果 を もつ ことを もっ て軸とし, その他の地 方ブロ ッ ク に おける中 心 都 市 . 工業 都 市 . 観 光 都 市 等と有 機 的に連 絡さ せ, 棉 互に影 響さ せ る と同 時に, 周 辺 農 林 漁 業に好 影 響 を及し ながら, 連 鎖 反 応 的に 発展さ せ て 行 く, と さ れ たo こ の r開発地軌 と呼ば れ る後 進地城に対 する国の具 体 的ア クシ ョ ンと
して, 旧全 線と同 時に,
F低 開 発 地 域工業 促 進 軌 く19 6 1 .1 11 および F新 産 業 都 市 建 設 促 進 法J く1 9 62.51 が成立したのである.
後 者 く新 産 都射 に関 して は, 当初, 大分 と岡 山 県 南く水割 の ニ ケ所 を 指 定 する考 え 方であっ たo その 当 時 すで に, 大分鶴崎 地 区に は富士製 鉄 く後日新日鉄に合 併さ るl, 水 島 地 区に は川 崎 製 鉄が 立地 中であっ た. しかし, 新 鹿 都 候 補地 は全 国4 4 に達 し, その中か ら, こ の両 地 区 を 例 外とする太 平 洋ベ ルト 地 帯 以外からの地 区に重 点 的にしぼっ て指 定 す ること になっ たo 結 果として は, 表1 の と おりの1 3 地区となり, 日本 海 側から 更に, 秋田 と中 海く島根 . 鳥 取 が追 加 指 定されたu と は言 う もの の, 当 時に お いても なお,
r太 平
く2I 毎日新 聞 社 rエ コノ ミス トJ, 1 9 81.61 2 3 お よ び 7.7号に お け る r証 言 .. 高 度 成長 期の日本Jo
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新 産 業 都 市に関 する大分 と熊 本地 域の事 例研究
表1 新 産 業 都 市の概 要
根 拠 法 新 産 業 都 市 建 設 促 進 法 く昭3 7 法 1 1 7l
地 区 名
道央, 八戸, 仙 台軌 常磐 郡 山 新潟, 松本諏 訪, 富山高札 岡 山 県 南, 徳 乱 束予, 大 分, 日向 延 岡, 不 知 火有明大卒札 秋 田湾, 中海 計1 5地 区
地 区 の 内 定
昭 和3 8年7 月1 2 日り3地 区1 昭 和4 0年6 B.1 日く1 地 区フく秋剛 昭 和4 1年7 月2 9 日く1 地 区lく中 海l
地 域 の 指 定
昭 和3 9年1月3 0 日く5地 区Iく岡 山県 嵐 大 分, 日向 延 岡, 徳 鼠 東刊 昭 和3 9年3月3 日く5地 区lく松 本 諏訪, 新潟, 常磐君批 仙 台 鳳 八戸
.l 昭 和3 9年4 月4 日く3地 区1く富山高軌 道 央, 不 知 火有明 大 牟卸 昭 和4 0年1 1月1 日く1地 区lく秋田l
昭 和4 1年1 1月1 6 日く1地 区1く中海l
区 域 面 積 1 5地 区計 2 7,7 4 1 kmz 対全国比 7 .5% 基 本計画の承 認
昭 和3 9年1 2月2 5 日く1 3地 区l 昭 和4 0年2 月2 8 日く1 地 区lく秋田樗l 昭和4 1年3 月2 日く1 地 区j 仲海う 亡出典 鳩企庁 F総 合 開発行政の歩み止く1 9 7 5. 3I
洋ベルト地帯 構 想J 諭は 地域 開 発 政 策の構 想として政 府 部 内に残 り, 政 治 問題としても,
太 平 洋ベ ルト地帯 側の各 候 補 地 区 を 納得せしめえ ない状 態のま まに, 新 鹿 都 市 法に対 する ま き 返 しが行わ れ て, 1 9 64年7 月に F工業 整 備 特 別 地域 整 備 促 進 法Jが公 布 施 行された.
は1 こ の工特 法に指 定 を 受 けた地 域は全て, 太 平 洋ベ ルト地 帯の6 ケ所である く表2l o
表2 工業 整 備 特 別地域の概 要
根 拠 法 工 業 整 備 棒 別 地 域 促 進 法く昭3 9 法1 4 6j 地 区 名 鹿臥 束駿河 湾, 東 三 河, 播磨, 備 後, 周南 計6地 区 地 区 の 指 定 昭 和3 9年9月1 5 日
区 域の指 定 変 更
昭 和3 9年9 月1 5 日く6地 区 指 定1
昭 和4 0年3 月1 2 日くう ち4 地 区の区 域変更1く注1l 昭 和4 0年1 1月1 日くう ち1 地 区の区 域 変 更lく注2l 区 域 面 積 7 ,5 6 4 km2 対 全国比 2.1%
基 本 計 画の承 認
昭 和4 0年2 月2 7 日く6地 区の計 画 承 認l
昭 和4 0年1 0月1 6 日く区 域 変 更のあつ た 1 地 区の計 画 変 更の承 認1く注3l 昭 和4 0年1 2月1 0 日く区 域変更のあつ た 3 地 区の計画 変 更の承 認うく注4l く注1 0 東駿河湾, 播 磨, 備 後, 周 南地区
C21播 磨地区 61東駿河湾地区 ゆ 播磨, 備 後, 周 南地区
亡出 則 経 企庁 F総 合 開 発 行政の歩みAく1 9 7 5. 3j t31 rエ コノ ミストJ 1 98 1. 6. 2 3, p .8 8‑8 9.
桂 木 健 次
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新 鹿 都 市 法は, その建 設 目 的として, 大都 市に おける人口と産 業の過 度 集 中の防止, 地 域 格 差の是正 と ともに, 雇 用の安 定 を 図る た め に, r産 業の立地 条 件 . 都市 施 設の整備に よ り, その地 方の開 発の中 核となる新 産 業 都 市J の建 設 を 促 進 する, と 唱 わ れて い るo 新 鹿 都 市の計 画事 業は,
r拠 点 開 発J として, 後 進地域 く旧全 線での r開 発地域Jl に大 規 模 な工業 都 市 を 建 設 することを 目的にして いるo その意 味で は, 工樽 法の目 的が太 平 洋ベ
ルト 地 帯の工業立 地条 件に優れ, かつ工業が 比較 的に開 発さ れ ていて, 投 資効 率 効 果 も 高
いと認められ る 地域 を 対 象にして,
r工業の基 盤となる施 設 等の 一 層の整備J と r工業 発 展の促 進J に お かれていたこと と は, 基 本 的に異 質の開 発 政 策であっ たo だ が, 後 進地域
の計 画 的 な 開 発 構 想は, 建 設 省の 訂昭 和38年 亡19 63j 度 建 設白書J にみ られ るよ うに, r局 部 的 な地域の計 画J に限 定 するこ とな く, r外 部 経 済の集 積の利 益J を 享 受し やすい ように, く1J 各地方に おける r外 部 経 済の集積 を もつ中 心 都 市J の育 成, く2ン当 該 地 方の各地 域とその都 市との連 絡, く31 国土の 二大 中 枢である京 浜 . 阪神 両 大都 市地域との連 絡 を 容 易 にする, という施 策との 一 体 性 を 持た さ せよ うとするものであっ たo そ う した意 味で は, 旧全 稔の枠 組み に沿っ た内容になっ て はい る が,
r太 平 洋ベ ルト地 帯 構 想J とも 連 結 した ところも ある.
3 . 新 産業都市建設の全 国的動向
以 上のように, 政 府の 二つ の開 発 政 策の枠 組みを 妥 協さ せ たのが新 産 . 工特 制 度と言え る. こ の こと は後に触 れる大分 地区の事 例で典 型 的にあ らわれて いる. 当地区は, 当 初か ら地区 指 定の内 定されて いた ところ である が, 水 島地区 く岡 山 県 南l とな らん で, 太 平 洋
ベルト地 帯に 立 地しているo 他の地区がベ ルト地帯 をはずれ て いることを 見るな らば, モ
デル地 区と さ れ る大分 地区の検 討はきわ め て重 要となる. こ の こと は さ て おき, 新 産 都 市 計 画 事 業は, 地 方の工業 拠 点 建 設による所 得の地 域 格 差 を是正ないし 縮 少 することを 意 図 するものである が, 計 画 事 業の進 捗は, こうした事 業 目 的 をど れ程 実 現しうるものであっ た であろうかo ひ とま ず, 同 計 画 事 業の スタ ー トから2 0年 間の全 国 的 な実 績 を 総 括 評 価 し, その 一 般 的 な 問題 点 を 指 摘 して おきたいo
くり エ業 用 地の造 成と企 業の立地
新鹿 都 市 計 画 地 区は, 長 野 県の松 本 諏 訪 を 除 くと, 全て が海に摸 し, 主として港 湾 を核 とする臨 海工業 用 地の造 成, そこへ の基 礎 素 材 型の産 業 く鉄 鋼. アルミ製 錬. 石油 化 学 等l を 中 心とする 工場の集 積立地という 構 想 を掲 げて出発 したo たしか に, 1 96 0 ‑ 19 73年の高 度 成 長の波にの っ て, 新 鹿 都 地 区 も, こ の全 国 的 な立 地 ブ ー ム の中で, その全 国比を1 1. 5% ラ インに維 持 してきたo 工特地域の方は全て太 平 洋ベル ト地帯に位 置 し, 19 7 0年に か けて, その全 国 比 を 大 巾に高め て, 臨 海 型コ ン ビナ ー ト 形成の立 地メリッ トが 比較 的に高 く 作用した.
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