日記「函館紀行」元治元年四月十一日に関した森中 章光メモ
著者 吉田 曠二
雑誌名 新島研究
号 103
ページ 200‑201
発行年 2012‑02‑28
権利 同志社大学同志社社史資料センター
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013050
− 200 − − 201 − 今年8月の新島研究会で「時危うくして偉人を思う─徳富蘇峰と森中章
光先生」と題して研究報告をした直後、森中さんから21年前に頂いた英文 の A Sketch of the Life of Joseph Hardy Neesima, By Jerome D. Davis
(1890)を紐解いてみた。その時、偶然、写真の様な森中さん自筆のメモが 22頁と23頁の間に貼り込んであるのを見つけた。森中さんが新島資料の切 取りしたという事になっていたのであるが、寡黙な森中さんは私に何も言 われなかったが、自分の書いたそのメモを誰かがいつか見つけるだろと期 待することもなく、自分の参考に書き残されたものと考えている。
そのメモには新島の「函館紀行」元治元年4月11日の行に続けて、「原本
(日記のこと:筆者)はこの次の記事切取らる。察するに鍬崎の悪風俗など 記され、後年、先生没後何人かこの箇所を切取りたるものと想像される」
と記入してある。私はこのメモから日記を切取ったのは森中さんでないと 確信した次第であり、これで森中切取り犯人説が解消されると大いに期待 される。
日記「函館紀行」元治元年四月十一日に 関した森中章光メモ
吉 田 曠 二
コラム
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