近 代 日 本 に お け る 徳 冨 蘆 花 文 学 の メ デ ィ ア 的 展
文 開
学 研 究 科 博 士 課 程 後 期 課 程 国 文 学 専 攻 二
〇 一 六 年 度
三 六
〇
一
番
平
石
岳
目
凡
次
例 序 章
「 蘆 花 文 学
」 に
/ か ら 見 え る も の
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・ 1 第
Ⅰ 部
〈 話 題
〉 の な か の 小 説――
社 員 作 家 の 方 法 第 一 章
欠 落 と 生 き る こ と――
「 砂 上 の 文 字
」「 夏 の 月
」 を め ぐ っ て
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・ 7
第 一 節
「 主 婦
」 の 役 割
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・ 7
第 二 節
天 然 痘 と い う 病
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・ 1 2
第 三 節
讃 美 歌 の 力 量
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・ 1 6 第 二 章
申 し 子 を め ぐ る
〈 風 景
〉――
「 漁 師 の 娘
」 と 文 壇
・ 画 壇
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・ 2 3
第 一 節
蘆 花 と 画 壇
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・ 2 3
第 二 節
申 し 子 の
〈 風 景
〉
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・ 2 7 第 三 節
「 博 覧 会 的 風 景
」
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・ 3 0 第 三 章
〈 西 郷
〉 へ の 弾 劾――
「 灰 燼
」 と 西 南 戦 争 戦 記
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・ 3 6 第 一 節
「 可 愛 が 嶽
」 か ら の 脱
落
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・ 3 7 第 二 節
「 疫 病 神
」 か
「 福 神 様
」 か
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・ 4 0
第 三 節
上 田 家 の 弾 劾
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・ 4 4 第 四 章
「 白 痴
」 と の 距 離――
紀 行 と 報 道 と
「 除 夜 物 語
」・
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・ 5 3 第 一 節
信 州 旅 行 と そ の 周
辺
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・ 5 3 第 二 節
語 り だ す
「 叔 父
」 と 鉄 道 事 故
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・ 5 7
第 三 節
踏 切 番 と
「 白 痴
」
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・ 6 1 第
Ⅱ 部
わ た し た ち の
〈 蘆 花
〉――
受 容 と 再 創 造 の 諸 相 第 五 章
「 僕
」 た ち の
「 自 伝
」 へ――
「 思 出 の 記
」 の 方 法 と 受 容 空 間
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・ 7 2 第 一 節
「 凡 人
」 が 語 る 物
語
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・ 7 3
第 二 節
「 青 年
」 た ち の 物
語
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・ 7 6
第 三 節
書 き 残 さ れ る 物
語
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・ 8 0 第 六 章
独 立 す る 物 語――
「 黒 潮
」 の メ デ ィ ア ミ ッ ク ス
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・ 8 9 第 一 節
『 黒 潮 第 一 篇
』 と
「 黒 潮
」 初 演
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・ 9 0
第 二 節
「 傍 筋
」 へ の 傾 斜 と 成 敗――
初 演 の 構 成
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・ 9 3
第 三 節
そ の 後 の
「 黒 潮
」
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・ 9 8 第 七 章
男 た ち の 悲 劇――
川 村 花 菱 と 軍 人 た ち の
「 不 如 帰
」
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・ 1 1 1 第 一 節
片 岡 中 将 の 悲 劇――
親 子 愛 と 軍 人
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・ 1 1 2
第 二 節
千 々 岩 の
〈 戦 い
〉――
卑 劣 な 軍 人 の 物 語
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・ 1 1 6
第 三 節
軍 人 を 描 く
/ 演 じ る と い う こ と
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・ 1 2 2 第 八 章
蘆 花 を 編 む――
没 後 テ キ ス ト の
〈 権 利
〉 と 出 版 流 通
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・ 1 3 2
第 一 節
没 後 全 集 と い う 商
品
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・ 1 3 3
第 二 節
蘆 花 で つ な が る――
『 落 穂
』 に 注 目 し て
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・ 1 3 6
第 三 節
愛 子
、 岩 波 書 店 へ――
テ キ ス ト の
〈 正 し さ
〉 を 求 め て
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・ 1 4 0 終 章
「 蘆 花 文 学
」 の 輪
郭
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・ 1 5 1
参 考 文 献 一 覧
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・ 1 5 4 附 録
蘆 花 原 作 劇 上 演 年 表
( 明 治 三 五 年
~ 昭 和 二
〇 年
)
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・ 1 8 7 初 出 一 覧
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・ 2 0 2
凡 例
一
、 引 用 に 際 し
、 旧 字 は 新 字 に 改 め
、 振 り 仮 名
、 傍 点
、 傍 線 等 は 適 宜 省 略 し た
。 ま た 引 用 文 中 の
/ は
、 本 文 で は 改 行 さ れ て い る こ と を 示 し
、 稿 者 が 強 調 し た い 部 分 に は 傍 線 を 引 い た
。 一
、 文 学 作 品 や 記 事 の タ イ ト ル は
「
」、 雑 誌
・ 新 聞
・ 書 名 は
『
』 で 記 し た
。 一
、 引 用 に 際 し て 誤 字
・ 誤 植 と 思 わ れ る 箇 所 は
「 マ マ
」 と 並 記 し た
。 一
、「 富
」 と
「 冨
」 の 表 記 に つ い て は
、 引 用 資 料 等 で 用 い ら れ る も の に 従 い
、 統 一 は 行 わ な か っ た が
、 稿 者 は
「 徳 冨 蘆 花
」「 徳 富 蘇 峰
」「 徳 富 家
」 と 表 記 し た
。 一
、 図 版 資 料 を 掲 示 す る 際 は
、【 図
Ⅰ
】 の よ う に 示 し
、 文 中 に 組 み 込 ん だ も の と 対 応 さ せ た
。 一
、 注 の 番 号 は
、「
( 1
)」 の よ う に ア ラ ビ ア 数 字 を 用 い て 付 し
、 各 章 ご と に 数 字 を 振 り 直 し た
。 一
、 取 り 上 げ る 作 品 や 資 料 の 性 質 上
、 今 日 で は 不 適 切 か つ 差 別 的 な 表 現 が 頻 出 す る が
、 作 品 の 時 代 性 を 鑑 み
、 表 現 を 改 め る こ と は 行 わ な か っ た
。 一
、 敬 称 は 省 略 し た
。
1
序 章
「 蘆 花 文 学
」 に
/ か ら 見 え る も の 本
論 文 は
、 明 治 二
〇 年 代 か ら 昭 和 初 期 ま で 活 動 し た 蘆 花 徳 冨 健 次 郎 の 文 学 を
、 近 代 日 本 の 多 種 多 様 な メ デ ィ ア
・ 表 現 媒 体 と の 関 係 か ら 考 察 し た も の で あ る
。 近 代 日 本 に お い て
、 蘆 花 が 明 治 三
〇 年 代 に 流 行 作 家 と な り
、 国 語 読 本
・ 教 科 書 に 多 く の 作 品 が 掲 載 さ れ
、 昭 和 三
〇 年 代 ご ろ ま で
「 蘆 花 文 学
」 が 様 々 な 形 で 受 容 さ れ て い た こ と に つ い て は 数 多 く の 証 言 が あ る
( 1
)
。 し か し 近 年
、 蘆 花 の 多 く の 作 品 は ほ と ん ど 読 者 を 獲 得 で き て お ら ず
、 さ ら に
「 不 如 帰
」 や
『 自 然 と 人 生
』 と い っ た 限 ら れ た 作 品 に 調 査
・ 研 究 が 集 中 し
、 蘆 花 と い う 作 家
、 あ る い は そ の 文 学 の 包 括 的 検 討 が 行 わ れ て い な い と い う 研 究 史 上 の 概 括 が な さ れ て い る
( 2
)
。 近 年 の 近 代 文 学 研 究 に お い て
、 研 究 さ れ る 作 家 に 偏 り が 生 じ て い る こ と は 度 々 指 摘 さ れ て い る
。 し か し
、 蘆 花 の よ う な
、 現 在 で は あ ま り 読 者 を 獲 得 で き て い な い 作 家 と そ の 文 学 を 研 究 す る こ と は
、 む し ろ 近 代 日 本 と い う 時 代 を 捉 え る た め の 欠 か せ な い 視 座 を 与 え て く れ る は ず で あ る
。 な ぜ 蘆 花 作 品 が か つ て 多 く の 読 者 を 獲 得 し
、 そ し て 近 年 ほ と ん ど 読 ま れ な く な っ て し ま っ た の か
。 こ こ か ら 稿 者 は
、 蘆 花 作 品 が 執 筆 発 表 さ れ
、 流 通 し て い く メ デ ィ ア の 特 質 や
、 受 容 さ れ た そ れ ぞ れ の 時 代 と 強 く 結 び つ い て い た の で は な い か と 推 測 し た
。 近 代 日 本 に お い て 様 々 に 広 が っ て い き
、 時 に 作 者 蘆 花 の 手 か ら 離 れ て い く
「 蘆 花 文 学
」 の メ デ ィ ア 的 展 開 を 検 討 す る こ と は
、 近 代 日 本 特 有 の
、 限 定 さ れ た 時 代 に 行 わ れ
、 生 じ て い た
、 文 学 の 方 法 や 想 像 力 を 突 き と め る 手 立 て に な る と 考 え た
。 現 在 か ら 読 む
「 面 白 さ
」 に 拘 泥 す る こ と な く
、 作 品 発 表 当 時 の 人 々 が 体 感 し た
「 面 白 さ
」、 そ し て 個 々 の 作 品 を 再 び
「 面 白 く
」 物 語 化 す る 人 々 の 想 像 力 を 明 ら か に す る こ と は
、 人 文 知 の 蓄 積 と し て 意 義 の あ る こ と で あ り
、 稿 者 個 人 の 興 味 で も あ る
。 こ の よ う な 構 想 の も と
、 本 論 文 第
Ⅰ 部 で は
、 民 友 社 社 員 作 家
( 3
)
期 に お け る
、 蘆 花 の 短 編 小 説 に 注 目 し た
。 明 治 二 二 年 に 実 兄 徳 富 蘇 峰 の 主 宰 す る 民 友 社 に 入 社 し
、 翻 訳 や 小 欄 執 筆 に 従 事 す る 蘆 花 の 社 員 作 家 時 代 は
、「 不 如
2
帰
」 の 連 載 ま で
、 蘇 峰 や 周 り の 社 員 に 劣 等 感 を 持 ち 続 け
、 自 己 の 殻 に 閉 じ こ も り 仕 事 に 強 い 誇 り を 持 て な か っ た 時 期 と し て 知 ら れ て い る
。 佐 藤 勝 が
「 自 立 し た 一 人 の 文 学 者 と い う よ り は
、 兄 の 経 営 す る 民 友 社 に め し か か え ら れ た 一 介 の 文 章 家
・ 雑 文 書 き
( 4
)
」 だ っ た と い い
、 瀬 沼 茂 樹 が
「 十 年 間 に 発 表 し た 文 章 は お び た ゞ し い 数 に の ぼ り な が ら
、 そ れ は い わ ば 民 友 社 員 と し て の 文 章 で あ り
、 ま だ 彼 の 作 家 と し て の 面 目 を 世 に 問 う よ う な も の で は な い
( 5
)
」 と い う よ う に
、 流 行 作 家 前 夜 の 文 筆 活 動 は
「 雑 文 時 代
( 6
)
」 と こ れ ま で 片 づ け ら れ て き た
。 社 員 期 蘆 花 の 文 筆 活 動 の 主 な 舞 台 は
『 家 庭 雑 誌
』 と
『 国 民 新 聞
』 で あ る が
、 そ の な か に は 確 か に 蘇 峰 や 編 集 部 か ら の 指 示 で 執 筆 し た と 思 わ れ る も の も 少 な く な い
。 さ ら に
、 中 野 好 夫 が
「 蘆 花 の 短 編 に
、 佳 作 は ま ず な い
( 7
)
」 と 宣 言 し た こ と が 示 す よ う に
、 社 員 期 の 文 筆 活 動 の 検 討 は こ れ ま で 長 編 小 説 や 紀 行 文
・ 美 文 に 偏 っ て き た
。 し か し こ の 雌 伏 の 時 代 に
、 蘆 花 は 好 む と 好 ま ざ る と に か か わ ら ず
、 民 友 社 系 メ デ ィ ア に 向 き 合 い 続 け
、 そ の な か で 文 学 の 方 法 に つ い て 熟 考 し 試 み を 重 ね て い た
。 そ こ で 第
Ⅰ 部 は
、『 国 民 新 聞
』『 家 庭 雑 誌
』 に 発 表 さ れ た 短 編 小 説 を 取 り 上 げ
、 同 時 代 の 報 道 や 風 潮 を 巧 み に 取 り 入 れ な が ら
、 発 表 紙 誌 を 意 識 し た 蘆 花 の 方 法 や 作 品 の テ ー マ を 検 討 し た
。 メ デ ィ ア に よ っ て 様 々 に 伝 え ら れ る そ れ ぞ れ の 時 代 の
〈 話 題
〉 の な か で
、 蘆 花 は ど の よ う な 形 で 社 会 と 接 点 を 持 ち
、 小 説 を 書 い て い っ た の か を 考 察 し た
。 第 一 章 で は
、 蘆 花 が 多 く の 記 事 を 執 筆 し た
『 家 庭 雑 誌
』 の な か か ら
、 研 究 史 で も ほ ぼ 黙 殺 さ れ て き た
「 砂 上 の 文 字
」「 夏 の 月
」 の 二 作 品 を 取 り 上 げ た
。 こ の 二 作 品 で は
、 と も に
「 家 庭
ホ ー ム
」 を 築 い て い な い 女 性 が 自 身 の 過 去 を 語 っ て い る
。 し か し そ れ ぞ れ の 語 り 手 は
、 満 た さ れ た
「 家 庭
」 を 築 け な い こ と を 単 に 嘆 い て い な い
。 む し ろ そ の
「 家 庭
」 に お け る 女 性 の 役 割 に 縛 ら れ ず
、「 家 庭
」 を 築 け な い と い う 欠 落 の ま ま に 生 き よ う と す る 意 志 を そ の 語 り の な か に 込 め て い た
。 こ の よ う な 分 析 か ら
、『 家 庭 雑 誌
』 で 唱 え ら れ た
「 主 婦
」 と 病 の 関 係 な ど の
〈 話 題
〉 を 取 り 入 れ な が ら も
、 そ の メ デ ィ ア の 論 調 や 報 道 姿 勢 に 収 斂 す る こ と の な い
、 後 年 の 蘆 花 の 作 家 的 特 質 が 見 出 せ る 物 語 で も あ っ た こ と を 明 ら か に し た
。
3
第 二 章 で は
、『 家 庭 雑 誌
』 に 掲 載 さ れ た
「 漁 師 の 娘
」 を 取 り 上 げ
、 作 中 の
〈 風 景
〉 の 描 き 方 が
、 当 時 の 日 本 洋 画 壇 で
〈 話 題
〉 と な っ て い た 外 光 派
・ 白 馬 会 の 方 法 と 呼 応 し た 部 分 が あ る こ と を 指 摘 し た
。 蘆 花 が 当 時 写 生 に 熱 中 し た こ と を 確 認 し た う え で
、「 申 し 子
」 と し て 登 場 す る 娘
・ お 光 の 持 つ 特 異 性 を
、 他 の 人 々 と は 異 な る
〈 風 景
〉 へ の 視 線 だ と 分 析 し
、 改 稿 箇 所 を 挙 げ な が ら そ の 方 法 を 検 討 し た
。 第 三 章 で は
、『 国 民 新 聞
』 に 掲 載 さ れ た
「 灰 燼
」 作 中 の
〈 西 郷 隆 盛
〉 の 機 能 を
、 西 南 戦 争 終 結 以 降 に 数 多 く 出 版 さ れ た 戦 記 類 な ど と の 比 較 か ら 検 討 し た
。 作 中 で は
、〈 西 郷
〉 を
「 疫 病 神
」「 福 神 様
」 と 相 反 す る 呼 称 で 呼 ぶ 村 人
、〈 西 郷
〉 へ の 情 熱 を 唱 え な が ら 故 郷 に 逃 げ 帰 る 青 年
、 私 欲 の た め に
〈 西 郷
〉 を 利 用 す る 人 物 な ど が 描 か れ て い る
。 同 時 代 に お け る
、 上 野 公 園 西 郷 隆 盛 像 落 成 へ の 反 応
、『 国 民 新 聞
』 に お け る
〈 西 郷
〉 の 語 ら れ 方 な ど も 参 照 し な が ら
、 自 ら の 思 惑
・ 欲 望 を
〈 西 郷
〉 に 託 し て し ま う よ う な 同 時 代 的 な 風 潮 を 蘆 花 が 見 取 り
、 作 品 の 方 法 と し て 用 い た 可 能 性 を 指 摘 し た
。 第 四 章 で は
、『 国 民 新 聞
』 に 掲 載 さ れ た
「 除 夜 物 語
」 を 取 り 上 げ
、 作 中 舞 台 と な っ て い る 信 州 へ の 取 材 旅 行 と そ の 成 果 を ま ず 確 認 し た
。 加 え て
、 作 中 の 鉄 道 事 故 の 危 機 が
、 い ま だ 世 間 の
〈 話 題
〉 と な っ て い た 箒 川 鉄 橋 汽 車 転 落 事 故 を 想 起 さ せ る も の で あ る こ と を 指 摘 し
、 当 時 過 剰 と も 思 え る 献 身 的 態 度 が 踏 切 番 と い う 職 業 に 求 め ら れ て い た こ と を 明 ら か に し た
。 そ の う え で
、 酒 飲 み の 踏 切 番 と
「 白 痴
」 少 年 の 交 情 を 描 い た
「 除 夜 物 語
」 が
、 当 時 の キ リ ス ト 者 に よ る
「 白 痴 教 育
」 の 紹 介
・ 言 説 を 語 り に 取 り 込 み な が ら
、「 白 痴
」 を そ の よ う な 文 脈 で 理 解 し
、 語 っ て し ま お う と す る
〈 物 語
〉 の 欲 望 の 現 場 を 描 い た 作 品 だ と 分 析 し た
。 こ の よ う な 検 討 を 通 し て
、 社 員 作 家 期 の 蘆 花 の 文 筆 活 動 が
、 発 表 さ れ る 媒 体 や 時 代 と 強 く 結 び つ い て い た こ と が 明 ら か に な っ た が
、そ の 過 程 で 明 治 三
〇 年 代 後 半 か ら 大 正 期 の 蘆 花 の 作 家 的 評 価 を 参 照 す る と
、蘆 花 が〈 政 治 小 説
〉 や
〈 立 志 小 説
〉 の 書 き 手 で あ り
、「 真 面 目
」 な 作 家 と し て も 言 及 さ れ る こ と が 多 い こ と が わ か っ た
( 8
)
。 し か し こ の よ う な 蘆 花 評 価 は 大 正 後 期 か ら は 激 減 し
、〈 通 俗
〉 と い う 評 価
、 作 家 イ メ ー ジ が 大 半 を 占 め る よ う に な
4
る
。 そ の 際 に ほ と ん ど と い っ て い い ほ ど 挙 げ ら れ る の が
「 不 如 帰
」 で あ る
。 そ こ で 稿 者 は 本 論 文 第
Ⅱ 部 に て
、 蘆 花 の
〈 通 俗
〉 と い う 評 価
、 イ メ ー ジ が 広 ま っ て い く な か で
、 後 年
「 代 表 作
」 と し て 挙 げ ら れ て い く 長 編 小 説 や 蘆 花 テ キ ス ト が
、 演 劇
・ 活 動 写 真 な ど の 二 次 的 創 作 や 出 版 シ ス テ ム に お い て
、 い か に 再 創 造
・ 再 編 成 さ れ 人 々 に 届 け ら れ た の か を 調 査 し た
。「 蘆 花 文 学
」 は
、 あ る い は 蘆 花 と い う 作 家 は そ れ ぞ れ の 時 代 で ど の よ う に 読 ま れ
、 求 め ら れ
、 つ く ら れ て い っ た の か
。 他 者 に よ る 再 創 造 を 含 め た 諸 相 か ら は
、 現 在 か ら 窺 い し れ な い 文 学 を め ぐ る 様 々 な 力 学 が 働 い て い た
。 第 五 章 で は
、 後 年 に 作 者 蘆 花 の 自 伝 的 作 品 と し て 主 に 読 ま れ て い く
「 思 出 の 記
」 を
、『 国 民 新 聞
』 に 掲 載 さ れ た 読 者 か ら の 投 書 や 同 時 代 評 を 補 助 線 と し て 検 討 し た
。 作 中 の
「 僕
」( 菊 池 慎 太 郎
) が
、 過 去 の 自 身 を 類 型 的 な
「 青 年
」 だ っ た と 語 り
、 し き り に
「 凡 人
」 と 自 己 規 定 す る こ と を
、 同 時 代 の
〈 偉 人 伝
〉 ブ ー ム と の 関 係 か ら 考 察 す る と
、 こ れ ま で 見 過 ご さ れ て き た 作 品 の 方 法 や
、 か つ て あ っ た 読 者 た ち の 読 み が 明 ら か に な っ た
。 さ ら に
、 新 聞 連 載 時 の 表 現 や 単 行 本 化 に 際 し て の 改 稿
、 エ ピ グ ラ フ な ど に 注 目 す る こ と で 作 品 の 成 立 過 程 を 窺 い な が ら も
、 蘆 花 が そ の 執 筆 過 程 で
、「 僕
」 の 物 語 に お い て 何 が 重 要 な の か を 見 定 め よ う と し て い く 痕 跡 も 浮 か び 上 が ら せ た
。 第 六 章 で は
、 当 時 の 文 壇 に お い て 求 め ら れ て い た
「 政 治 小 説
」 と し て
、 徳 富 兄 弟 が つ く り あ げ た
「 黒 潮
」 が
、 メ デ ィ ア ミ ッ ク ス に お い て ど の よ う に 変 容 し て い っ た の か を 調 査 し た
。「 不 如 帰
」の ヒ ッ ト 後 に 新 派 劇 化 さ れ た
「 黒 潮
」 の 物 語 は
、 メ ロ ド ラ マ 的 な 原 作 の
「 傍 筋
」 を 中 心 に し て 構 成 さ れ
、 独 自 の 展 開 も 設 け ら れ た
。 こ の 構 成 は 以 降 の
「 黒 潮
」 群 に お け る フ ォ ー マ ッ ト と な り
、 そ こ に は 作 り 手 の 思 惑 や
、 当 時 の 流 行 が 色 濃 く 投 影 さ れ て い た が
、 そ れ は 同 時 に
「 政 治 小 説
」 と し て の 原 作 へ の 期 待 感 や 作 品 の 可 能 性 を 失 わ せ て も い た
。「 黒 潮
」 の メ デ ィ ア ミ ッ ク ス は
、 蘆 花 と い う 作 家 が ど の よ う に 求 め ら れ て い た の か を 示 し て お り
、 特 定 の 作 家 の 名 を 冠 し た 物 語 へ
、 人 々 が ど の よ う な 欲 望 を 向 け る の か を あ ら わ し た も の で も あ っ た
。
5
第 七 章 で は
、 蘆 花 の 死
( 昭 和 二 年 九 月
) か ら 約 一 年 後 に 脚 色 上 演 さ れ た
、 川 村 花 菱 脚 本
「 不 如 帰
」 劇 を 取 り 上 げ た
。 新 派 の 一 大 興 行 と し て 上 演 さ れ た こ の
「 不 如 帰
」 劇 は
、 そ れ ま で 広 く 流 通 し て い た 原 作 や 柳 川 春 葉 版 と は 大 き く 異 な る 展 開 が 設 け ら れ て い た
。 特 に
、 片 岡 中 将 と 千 々 岩 と い う 二 人 の 軍 人 に 新 た な 解 釈 が 行 わ れ 物 語 が 再 構 築 さ れ て お り
、 花 菱 は
、 軍 人 と い う 職 業 ゆ え に 苦 し む 男 た ち
、 と い う サ ブ テ ー マ を 物 語 に 書 き 込 ん で い た
。 そ れ は
、 軍 人 の 品 性 を 問 う 当 時 の 風 潮 と も 連 動 し て お り
、 作 者 の 手 を 離 れ た 物 語 が 特 定 の 時 代 と 結 び 付 き
、 再 創 造 さ れ た 現 象 と し て も 特 徴 的 な も の だ っ た
。 第 八 章 で は
、 蘆 花 の 死 か ら 昭 和 一
〇 年 代 に か け て
、 蘆 花 を め ぐ る 様 々 な テ キ ス ト の 編 集
、 校 訂
、 宣 伝
、 刊 行
、 流 通 に 際 し て
、 ど の よ う な 動 き や 現 象 が あ っ た の か を
、 テ キ ス ト を め ぐ る
〈 権 利
〉 を 中 心 に 考 察 し た
。 没 後 全 集
『 蘆 花 全 集
』 や そ の 後 の 岩 波 書 店 版 に お け る
、 版 権 獲 得 の 動 き や 商 業 戦 略 に は
、 円 本 時 代 の 論 理 が 強 く 働 い て い た こ と が わ か っ た
。 し か し そ の な か で
、 著 作 権 継 承 者 と な っ た 遺 妻
・ 愛 子 の 動 向 に 注 目 す る と
、 自 ら を 中 心 に 据 え た 読 者 共 同 体 を 志 向 し た り
、商 業 ベ ー ス で は 顧 み ら れ な く な っ て い く よ う な 蘆 花 テ キ ス ト の〈 正 し さ
〉 を 求 め て い っ た り し た こ と も 見 え て き た
。 以 上
、 本 論 文 の 意 図
・ 構 成 と 各 部 各 章 の 概 略 を 述 べ て き た が
、 第
Ⅰ 部 と 第
Ⅱ 部
、 さ ら に 各 章 に お い て も
、 対 象 と な る
「 蘆 花 文 学
」 な る も の は そ れ ぞ れ に 大 き く 性 質 が 異 な る
。 そ の た め 分 析 方 法 も
、 テ キ ス ト に 蘆 花 の 方 法 意 識 を 強 く 読 み 取 る も の か ら
、 蘆 花 の 手 を 離 れ た が ゆ え に 大 き く 変 容 し て い く 作 品 の 様 相 を
、 長 い ス パ ン で 見 通 し た も の も あ る
。 そ れ ゆ え
、 方 法 論 的 な 統 一 が な さ れ て い な い と い う 批 判 は 免 れ な い だ ろ う
。 し か し 重 要 な の は
、 近 代 日 本 に お い て こ れ ら の テ キ ス ト や 物 語 が
、〈 蘆 花 徳 冨 健 次 郎
〉 と い う ひ と り の 作 家 名 を 付 さ れ て 受 容 さ れ て い っ た と い う 事 実 で あ る
。 こ の 事 実 を 重 視 し た 本 論 文 は
、 蘆 花 研 究 史 上 だ け で な く
、 近 代 文 学
・ 文 化 研 究 に お い て ど の よ う な 意 義 を 持 つ の か
。 そ れ は 各 部 各 章 で の 分 析 の 後 に
、 終 章 で 述 べ る こ と に な る
。
6
( 注
1) 勝 本 清 一 郎
「 文 壇 的 遺 産 の 再 批 判
( 三
) 徳 富 蘆 花 論
」(
『 新 潮
』第
二 六 年 第 五 号
昭 和 四 年 五 月
)、 荒 正 人「 負 け 犬
」(
『 近 代 文 学
』 第 一 巻 第 七 号
昭 和 二 一 年 一
〇 月
)、 吉 田 精 一
『 自 然 主 義 の 研 究
』 上 巻
( 東 京 堂
昭 和 三
〇 年 一 一 月 三
〇 日
)、 夏 目 武 子
「 教 科 書 に 掲 載 さ れ た 蘆 花 の 作 品
」(
『 文 学 と 教 育
』 第 一 五 九 号
平 成 四 年 七 月
)、 藤 井 淑 禎
『 不 如 帰 の 時 代―
水 底 の 漱 石 と 青 年 た ち
』( 名 古 屋 大 学 出 版 会
平 成 二 年 三 月 三 一 日
) な ど を 参 照
。
(
2) 吉 田 正 信
「 蘆 花 研 究 雑 感
」(
『 日 本 文 学
』 第 三 四 巻 第 四 号
昭 和 六
〇 年 四 月
)、 峯 岸 英 雄
「 徳 冨 蘆 花
( 研 究 動 向
)」
(『 昭 和 文 学 研 究
』 第 二 一 集
平 成 二 年 七 月
)、 吉 田 正 信
「 蘆 花
・ 民 友 社
」(
『 文 学
・ 語 学
』 第 一 五 三 号 平 成 八 年 一 二 月
) 参 照
。
(
3) 蘆 花 は 明 治 二 二 年 に 民 友 社 に 入 社 し
、 基 本 的 に 月 給 制 で あ っ た が
、 三
〇 年 九 月 ご ろ か ら は 原 稿 料
・ 印 税 が 社 か ら の 中 心 的 な 報 酬 と な っ た
。 厳 密 な 意 味 で
「 社 員
」 で あ っ た 時 期 を 断 定 す る の は 難 し い が
、 三 五 年 ま で 蘆 花 の ほ と ん ど の 著 作 は 民 友 社 系 で 発 表
、 刊 行 さ れ て い る た め
、 明 治 二 二 年 か ら 三 五 年 を 広 い 意 味 で の
「 社 員 時 代
」 と し
、 こ の 時 期 の 蘆 花 を
「 社 員 作 家
」 と し て お き た い
。
(
4) 佐 藤 勝
「 蘆 花 と 社 会 主 義
」(
『 日 本 文 学
』 第 七 巻 第 一 二 号
昭 和 三 二 年 一 二 月
)
(
5) 瀬 沼 茂 樹
「 作 品 解 説
」( 伊 藤 整 ほ か 編
『 徳 冨 蘆 花 集
』 日 本 現 代 文 学 全 集 1 7
講 談 社
昭 和 五 五 年 五 月 二 六 日
)
(
6) 前 田 河 広 一 郎
『 蘆 花 の 芸 術
』 興 風 館
昭 和 一 八 年 一 一 月 二
〇 日
(
7) 中 野 好 夫
『 蘆 花 徳 冨 健 次 郎
』 第 二 部
筑 摩 書 房
昭 和 四 八 年 三 月 二 五 日
(
8) 岩 城 準 太 郎
『 明 治 文 学 史
』 初 版
( 育 英 舎
明 治 三 九 年 一 二 月 一 六 日
)、 真 多 楼
「 反 見 為 者
」(
『 帝 国 文 学
』 第 一 三 巻 第 一 号
明 治 四
〇 年 一 月
) な ど 参 照
。
7
第
Ⅰ 部
〈 話 題
〉 の な か の 小 説――
社 員 作 家 の 方 法 第
一 章
欠 落 と 生 き る こ と――
「 砂 上 の 文 字
」「 夏 の 月
」 を め ぐ っ て 蘆
花 が 明 治 二 二 年 か ら 三 五 年 ま で 在 籍 し た 民 友 社 と い う 組 織 に つ い て は
、 文 学
・ ジ ャ ー ナ リ ズ ム
・ 思 想 史 に お け る 研 究 が 近 年 も 継 続 し て 行 わ れ て い る
( 1
)
。 そ の な か で
、 同 じ く
〈 民 友 社 派
〉 と し て グ ル ー ピ ン グ さ れ る 国 木 田 独 歩 に つ い て は
、 民 友 社 史 論
・ ジ ャ ー ナ リ ズ ム と の 関 係 を 踏 ま え た 論 考 も
、 近 年 に な っ て 多 数 発 表 さ れ て い る
( 2
)
。 し か し
、 民 友 社 の ト ッ プ か つ 実 兄 の 徳 富 蘇 峰 と の 確 執 が 作 家 史 に お い て 大 き く 取 り 上 げ ら れ る な か
、 組 織 の 一 員
、 社 員 作 家 と い う 観 点 か ら
、 蘆 花 作 品 を 個 別 に 検 討 す る こ と は 未 だ 行 わ れ て い な い
。 だ が
、 流 行 作 家 と な り 個 人 的 な 嗜 好 や 資 質 を 強 く 発 揮 す る 以 前 に
、 民 友 社 系 メ デ ィ ア で 社 員 と し て 試 み た 方 法 を 確 か め て お く こ と は
、 蘆 花 の 文 筆 活 動 を 総 括 的 に 検 討 す る 際 に 新 た な 視 座 を 与 え る は ず で あ る
。 そ こ で 本 章 で は
、『 家 庭 雑 誌
』 の 方 針 や 報 道 姿 勢
、 そ こ で 唱 え ら れ た
「 家 庭
」 や
「 主 婦
」 の あ り 方 を 確 認 し な が ら
、 蘆 花 が
『 家 庭 雑 誌
』 に 発 表 し た
「 砂 上 の 文 字
」 と
「 夏 の 月
」 と い う 二 作 品 に 注 目 し た い
。 あ る 女 性 が 自 身 の 過 去 の 体 験 を 語 る
〈 女 語 り
〉 の 形 式 を と る こ の 二 作 品 は
、『 家 庭 雑 誌
』 の 報 道
・ 論 調 を 採 り 入 れ な が ら も
、 そ れ に 収 斂 す る こ と の な い 物 語 と し て 誌 上 に あ ら わ れ て お り
、 蘆 花 の 作 家 と し て の 出 発 期 を 窺 う う え で
、 注 目 す べ き も の で あ っ た
。 第
一 節
「 主 婦
」 の 役 割 ま ず
、蘆
花 の『 家 庭 雑 誌
』 に お け る 文 筆 活 動 を 概 観 す る
。明
治 二 五 年 九 月 か ら 三 一 年 八 月 ま で 刊 行 さ れ た『 家 庭 雑 誌
』 全 一 一 九 号 の 内
、 蘆 花 の 文 章 は 半 分 以 上 に あ た る 六 九 号 に 執 筆 発 表 さ れ て お り
( 3
)
、 そ れ ぞ れ の 文 章 の 体
8
裁
・ 内 容 は 以 下 の よ う に 分 類 で き る
。
Ⅰ 外 国 の 偉 人 の 母
・ 妻
、 あ る い は 女 性 の 偉 人 に 関 す る 文 章
Ⅱ 外 国 文 学 の 翻 訳
Ⅲ 創 作 小 説
・ 物 語
Ⅳ 談 話
・ 随 筆
・ 紀 行
Ⅰ は
「 欧 州 諸 国 王 家 の 片 影
」( 第 二 五
~ 三
〇 号
明 治 二 七 年 三
~ 五 月
)、
「 ビ ス マ ア ク 夫 人
」( 第 四 七 号
明 治 二 八 年 二 月
) な ど で
、 後 に 蘆 花 生 編
『
世 界 古 今
名 婦 鑑
』( 民 友 社
明 治 三 一 年 四 月 一 九 日
) に 多 く が 収 録 さ れ る こ と に な る
。
Ⅱ は オ リ ー ブ
・ シ ュ ラ イ ネ ル の
「 白 薔 薇
」( 第 一 三 号
明 治 二 六 年 九 月
)、 ア ル フ ォ ン ス
・ ド ー デ ー の
「 誤 解
」( 第 一 一 二 号
明 治 三 一 年 一 月
) な ど で あ る
。
Ⅲ は 特 に 本 章 で 取 り 上 げ る
「 砂 上 の 文 字
」「 夏 の 月
」 や
、 第 二 章 で 取 り 上 げ る
「 漁 師 の 娘
」( 第 九 四 号
明 治 三
〇 年 一 月
) な ど が 挙 げ ら れ る
。 分 量 的 に も 蘆 花 は
「 史 談
」「 談 叢
」 欄 で の 執 筆 が 中 心 で
Ⅰ に 数 え ら れ る も の が 多 く
、 こ れ ら は 明 ら か に 編 集 部 の 指 示
、 あ る い は 掲 載 誌 を 意 識 し た も の で あ り
、 英 語 の 得 意 な 蘆 花 の 仕 事 と し て 割 り 振 ら れ た と 推 測 で き る
( 4
)
。 ま ず
、『 家 庭 雑 誌
』 と の 関 わ り を 考 え る う え で 重 要 な の は
Ⅰ の 諸 篇 だ ろ う
。 こ こ で 蘆 花 は
、 各 国 の 女 王
、 王 女
、 皇 后 や ナ イ チ ン ゲ ー ル と い っ た 女 性 た ち と と も に
、 ビ ス マ ル ク の 妻
、 ヴ ィ ク ト ル
・ ユ ー ゴ ー の 母
(「 ユ ー ゴ の 少 年
」 第 八
、 九 号
明 治 二 六 年 四
、 五 月
)、 レ フ
・ ト ル ス ト イ の 妻
(「 ト ル ス ト イ 家 の 家 庭 教 育
」 第 一 一
〇
、 一 一 一 号
明 治 三
〇 年 一 一
、 一 二 月
) と い っ た 女 性 た ち に 注 目 し て い る
。 た だ
、 著 名 と な っ た 男 性 を 育 て
、 あ る い は 支 え る
「 家 庭
」 経 営 の 手 腕 を 讃 え る こ の よ う な 女 性 た ち の 紹 介 は 蘆 花 だ け が 行 っ て い た わ け で は な く
、 大 隈 重 信 の 母 に 着 目 し た 蘇 峰 生
「 賢 母
」( 第 四 六 号
明 治 二 八 年 一 月
) や
、 中 野 三 鷹 訳 述
「 わ し ん と ん の 妻
」( 第 七 九
、 八
〇
、 八 二 号
明 治 二 九 年 六
、 七 月
) な ど
、 雑 誌 全 体 の 大 き な 方 針 と し て 行 わ れ て い た
。 つ ま り
『 家 庭 雑 誌
』 で は
、 国 家 の 統 治 や 国 を ま た ぐ 社 会 的 事 業 を 為 し た 女 性 と 同 列 に
、 一 家 族 の
「 家 庭
」 を 経 営 し た 女 性 も
9
「 鑑
」 と し て 顕 彰 し て お り
、 そ れ に 蘆 花 も 大 き く 関 わ っ て い た の で あ る
。 こ の 妻 や 母 た ち が 担 う
「 家 庭
」 は
、HOME
の 訳 語 と し て 明 治 二
〇 年 代 か ら 雑 誌 新 聞 に 登 場 し
、 夫 婦 と そ の 子 と い う 単 位 を 重 視 す る こ と で 新 し い 血 縁 集 団 の 価 値 観 を 提 示 し た 語
・ 概 念 で あ り
( 5
)
〝THEHOMEJOURNAL
〟 を 英 タ イ ト ル と し て 表 紙 に 掲 げ た
『 家 庭 雑 誌
』 の 創 刊 号
( 明 治 二 五 年 九 月
) に は
、 次 の よ う な 目 標 が 示 さ れ た
。 世 界 の 開 化 に 後 れ た る 日 本 社 会 は 長 足 の 進 歩 を な さ ヾ る べ か ら ざ る な り
、 世 界 の 文 明 に 遺 さ れ た る 日 本 人 民 は 異 常 の 生 長 を な さ ヾ る べ か ら ざ る な り
。( 中 略
) 科 学 的 改 革 は 当 に 個 人 的 に な さ れ ざ る べ か ら ず
、 当 に 平 民 的 に な さ れ ざ る べ か ら ず
。 而 し て 個 人 的 若 く は 平 民 的 改 革 は 家 庭 改 革 に あ ら ず や
。 文 明 的 な
「 家 庭
」 概 念 を 広 く 世 に 広 め
、 同 時 に そ の
「 改 革
」 を 目 指 し た の が
『 家 庭 雑 誌
』 で あ り
、 同 じ く 民 友 社 系 の 総 合 雑 誌
『 国 民 之 友
』 が 主 に 男 性 知 識 人 を 想 定 読 者 と し て い た こ と と は 対 照 的 に
、『 家 庭 雑 誌
』 の 記 事 は
「 家 庭 婦 人 の 啓 蒙 と 育 児 の 助 成 の た め の も の
( 6
)
」 が 中 心 だ っ た
。 こ の
『 家 庭 雑 誌
』 の 基 本 的 性 格 を 踏 ま え た う え で 確 認 し た い の は
、 誌 上 で 唱 え ら れ た
「 家 庭
」 や
「 主 婦
」 と 病 の 関 係 で あ る
。 た と え ば
「 健 康
、 衛 生 附
、 看 護 の 心 得
」( 第 一 九 号
明 治 二 六 年 一 二 月
) で は
、「 一 家 の 主 婦 た る 人 な ど は
、 別 し て 一 通 り 衛 生 の 道 理 を も 合 点 し
、 一 家 老 幼 の 無 病 息 災
」 の た め に
「 病 気 せ ぬ 工 夫
」 こ そ が 大 事 だ と 説 く
。「 病 気 が 一 家 の 呪 詛 た る を 知 る 人 は
、 宜 し く 衛 生 の 知 識
、 看 護 の 仕 業 を 心 得
」 る べ き で
、「 妙 法 様 の 水 の 初 穂 や
、 不 動 様 の 胡 麻 の 灰
」 と い っ た 民 間 信 仰 で
「 病 気 平 癒 を 祈 る
」 こ と は
「 沙 汰 の 限 り
」 な の だ と 力 説 し た
。「 健 全 な る 身 体
、 健 全 な る 家 庭
」( 第 三
〇 号
明 治 二 七 年 五 月
) で も
、 身 体 の
「 健 全
」 は
「 百 福 の 基 ひ
」 で あ る か ら
「 一 家 を 治 む る も の
」 は こ れ を 用 心 す る べ き だ と 説 い た
。 こ の よ う に
「 家 政
」 欄 を 設 け た
『 家 庭 雑 誌
』 に は
、 健 康 衛 生 に 関 す る 実 用 的 な 記 事 や 心 構 え が ほ ぼ 毎 号 の よ う に 掲 載 さ れ て お り
、「 主 婦
」 が
「 家 庭
」 の 構 成 員 の 身 体 を
「 健 全
」 に 保 つ 必 要 性 が 繰 り 返 し 説 か れ て い た
。 そ の 際
、「 主 婦
」 に と っ て 大 切 な の は 民 間 信 仰 に 頼 る よ う な 姿 勢 で は な く
、 科 学 的 文 明 的 な
「 道 理
」「 知 識
」 で あ
10
り
、 そ の
「 知 識
」 の 提 供 源 と し て
『 家 庭 雑 誌
』 は 機 能 し て い た の で あ る
。 上 野 千 鶴 子 が
『 家 庭 雑 誌
』 誌 上 で
「 家 庭
」 に 付 加 さ れ る 主 な 語 と し て
「 幸 福
」「 快 楽
」「 健 全
」 を 挙 げ て い る
( 7
)
よ う に
、「 知 識
」 に よ っ て 欠 け る こ と の な い 満 た さ れ た
「 家 庭
」 を 経 営 す る こ と が
「 主 婦
」 に 求 め ら れ た 役 割 だ っ た
。 そ れ で は
、 こ れ を 踏 ま え て ま ず
「 砂 上 の 文 字
」 に つ い て 考 え て い き た い
。
「 砂 上 の 文 字
」 は
、 あ る 女 性
「 妾
」 が 自 身 の
「 記 臆
」 に つ い て 語 る 一 人 称 小 説 で あ る
。 五 年 前 の 一 九 歳 の 頃
、
「 妾
」 は 海 村 に 仮 寓 し
、 人 々 と 語 ら い 周 囲 の 自 然 に 慰 め ら れ な が ら 平 穏 な 日 々 を 送 っ て い た
。 あ る 日 東 京 か ら 許 嫁 の 従 兄 が 見 舞 い が て ら 訪 問 し
、「 妾
」 と の 婚 姻
、 将 来 の こ と を 真 剣 に 語 り
、 心 を 通 わ せ る
。 だ が 最 後 に
「 妾
」 が 語 っ た の は
、 従 兄 と
「 妾
」 の 仲 を や っ か む 少 年 た ち が 従 兄 と 海 中 で 揉 み 合 っ た 結 果
、 従 兄 が 行 方 不 明 に な っ た こ と だ っ た
。 こ の 作 品 は
、『 家 庭 雑 誌
』 第 三 一
、 三 四
、 三 五 号
( 明 治 二 七 年 六
、 七
、 八 月
) に
「 上
」「 中
」「 下
」 で 発 表 さ れ た も の の
、 後 の 作 品 集 な ど に 収 録 さ れ る こ と は な く
、 前 田 河 広 一 郎 が
「 あ ま り ぱ ツ と し な い 小 説 へ の 試 み
( 8
)
」 と 片 づ け て い る よ う に
、 研 究 史 で も ほ と ん ど 注 目 さ れ て こ な か っ た
。 し か し こ の 物 語 を
『 家 庭 雑 誌
』 誌 上 で 捉 え た 場 合
、 掲 載 誌 を 意 識 し た 蘆 花 の 方 法 と
、 そ の 特 質 が 浮 か び 上 が っ て く る
。 こ の
「 砂 上 の 文 字
」 と
『 家 庭 雑 誌
』 と の 関 係 性 を 捉 え る 際
、「 不 図 し た る 病
」 が 長 引 い た た め
「 医 師 の 勧 に 任 せ て 相 州 の 海 辺
」 に 赴 い た と い う
「 妾
」 の あ り 方 に 目 を 向 け た い
。「 妾
」 は
「 清 き 海 辺 の 空 気 を 吸 ひ
、 海 水 に 浴 し て
、 薬 剤 の 足 ら ざ る 所 を 補
」 う と い う 目 的 を 持 っ て 海 村 に 赴 く
。 よ く 知 ら れ て い る よ う に
、 民 間 レ ベ ル で 海 水 浴 が 広 ま っ た の は 明 治 二
〇 年 代 の こ と
( 9
)
だ が
、『 家 庭 雑 誌
』 に お い て も た と え ば
「 家 庭 衛 生
海 水 浴
」( 第 九 号 明 治 二 六 年 五 月
)、
「 海 水 浴 を 如 何 に し て 面 白 く 過 さ ん 乎
」( 第 一 二 号
明 治 二 六 年 八 月
)、
「 海 浜 の 快 楽
」( 第 三
〇
~ 三 五 号
明 治 二 七 年 五
~ 八 月
) な ど
、 初 夏 や 盛 夏 の 定 番 記 事 と し て 海 水 浴 が 取 り 上 げ ら れ た
。 こ こ で 重 要 な の は
、 海 水 浴 が 行 楽 か つ 準 医 療 的 行 為 と し て み な さ れ
、 語 ら れ て い た こ と で あ る
。「 海 水 浴 を 如 何 に し て 面 白 く 過 さ ん 乎
」 で は
、 二 三 週 間 以 上 で な い と 海 水 浴 は
「 功 な し
」 と
「 医 者
」 が 述 べ て い る
、 と い う
11
前 置 き が 行 わ れ て い る
。 六 月 か ら 八 月 に か け て 発 表 さ れ た
「 砂 上 の 文 字
」 も
、 こ の よ う な 医 療
・ 行 楽 と し て の 海 水 浴 の 文 脈 に 沿 っ て 描 か れ
/ 読 ま れ た は ず で あ る
。 先 に 触 れ た よ う に
、「 家 庭
」 に と っ て 病 は 何 よ り も 避 け な け れ ば な ら な い も の で あ り
、「 打 ち 棄 て 置 く 病 な ら ざ る
」 た め に
「 医 師
」 の 助 言 に 従 っ て 海 村 に 仮 寓 し
、 そ こ に 訪 ね て き た 従 兄 と 心 を 通 わ せ る
「 妾
」 の あ り 方 は
、「 知 識
」 に 従 い
「 健 全
」 な 身 体 を 持 っ た う え で
「 主 婦
」 と な る 女 性 の 姿 を 予 感 さ せ る も の だ っ た ろ う
。 し か し 最 後 に
「 妾
」 が 語 っ た の は
、 従 兄 が 海 中 で 行 方 不 明 に な っ た と い う 悲 劇 で あ っ た
。 憂 あ る 毎 に
、 妾 は 常 に 彼 浜 辺 に 行 き て
、 彼 の 洗 ひ 消 せ る 砂 の 上 に 向 ひ て 文 字 の 痕 を 求 む
。 あ ゝ 是 れ 空 し き 事 な り
、 妾 も よ く 之 を 知 る
。 妾 よ く 之 を 知 る
、 而 し て 妾 は 猶 斯 く 為 さ ヾ る 能 は ず
。 否 々 妾 が 生 命 此 世 に あ ら ん 限 り は
、 年 又 年 妾 は 行 き て 彼 浜 辺 に 行 き て 消 え に し 文 字 の 痕 を 問 は む
。 今 年 の 夏 も
、 明 年 も
、 塵 の 浮 世 に う た ゝ ね の 夢 の 醒 め な む 時 ま で は
。
「 妾
」 は
、『 家 庭 雑 誌
』 が 標 榜 し た よ う な
「 主 婦
」 像 に 反 す る わ け で は な い の に
「 主 婦
」 に は な れ な い
。 む し ろ
「 妾
」 は
、 作 中 冒 頭 と 終 盤 で
「 然 れ ど 彼 記 臆
!
」 と 繰 り 返 す よ う に
、「 空 し き 事
」 だ と 知 り つ つ も 過 去 の
「 記 臆
」 の な か に 生 き て い る の だ
。 そ の 際
「 妾
」 を
「 記 臆
」 に 引 き 留 め 続 け る の は
、 従 兄 が
「 妾
」 と の ひ と と き の な か で 海 岸 に 書 き つ け て い た
、 と あ る 和 歌 で あ っ た
。 東 京 に 帰 ろ う と す る 従 兄 と
「 妾
」 は
、「 近 き ほ と り に は 漁 人 の 小 舟 漕 ぎ 行 く 櫓 声 吚 唖 と し て
、 節 面 白 き 滄 浪
ふ な う た
の 一 曲 二 曲 夕 べ の 渚 に 満 ち 渡
」 る な か で
、 以 下 の よ う に 別 れ を 惜 し ん だ
。 久 し く 黙 し 居 た る 従 兄 は
、 傍 に 落 ち 散 り し 美 し き 貝 の 殻 も て 砂 の 上 に 斯 く 書 き つ け ぬ
、( 彼 は 歌 を 作 る 能 は ざ り き
、 彼 は 多 く の 歌 を 知 ら ざ り き
)
/ 世 の 中 は 常 に も か も な 渚 漕 ぐ
/ 海 士 の 小 舟 の つ な で か な し も
/ ア ヽ 是 れ 実 に 妾 が 心 な り き
。「 常 に も か も な
!
」「 常 に も か も な
!
」 ア ヽ 是 れ 真 に 妾 が 心 な り き
。 こ こ で 用 い ら れ て い る 和 歌 は
、「 小 倉 百 人 一 首
」 九 三 番
、 鎌 倉 右 大 臣
( 源 実 朝
) 作 の 羈 旅 歌 で あ る
。 渚 に た だ よ
12
う 小 舟 の 海 士 が
、 綱 手 を ひ く 様 子 が い と お し く
、 世 の 中 が い つ ま で も 変 わ ら な い で い て ほ し い
、 と い う の が 大 意 だ が
( 1 0
)
、「 妾
」 は こ の 歌 に よ っ て 従 兄 へ の 思 い を 強 く す る
。 従 兄 は
「 漁 人 の 小 舟
」 が 見 え る 海 岸 で 語 ら っ て い る と い う 状 況 か ら
、「 妾
」 と の 時 間 が い つ ま で も 続 い て ほ し い こ と を 歌 に 託 し た の で あ る
。こ の「
記 臆
」 に よ っ て
、
「 妾
」 は 消 え て し ま っ た
「 砂 上 の 文 字
」 を な ぞ り 過 去 の
「 夢
」 に 浸 っ て い る
。
『 家 庭 雑 誌
』 は
「 結 婚 前 よ り も
、 結 婚 後 こ そ 最 も 緊 要 な る に あ ら ず や
」(
「 新 婚 者 へ の 戒 め
」 第 二 三 号
明 治 二 七 年 二 月
) な ど と 説 く よ う に
、 結 婚 前 の プ ロ セ ス よ り も 結 婚 後 の 夫 婦 や 親 子 の あ り 方 を 重 視 し て い た
。 男 女 が 結 婚 せ ず に
「 社 交 上 の 関 係 に 止 む る
」 こ と や
「 ひ と り 身 に て 暮 す
」 こ と は
「 自 然 に そ む く
」「 奇 説
」( 秀 香 女 史
「 結 婚 後 の 幸 福
」 第 一 五 号
明 治 二 六 年 一
〇 月
) で あ り
、 満 た さ れ た
「 家 庭
」 の な か で 役 割 を 果 た す こ と が
、 女 性 に と っ て の
「 自 然
」 だ と 述 べ た
。「 妾
」 の 語 り の な か で も
「 読 者 若 し 妾 に 向 ひ て
、 御 身 已 に 嫁 せ し や と 否 と 問 は ヾ
」 と あ る よ う に
、 結 婚 し
「 家 庭
」 を 築 い た か ど う か を
、「 読 者
」 が 知 り た が っ て い る の だ と
「 妾
」 は 気 づ い て い る
。 し か し
、「 妾 を し て 長 く 幸 福 を 語 り 短 く 悲 哀 を 語 ら し め よ
」 と
「 妾
」 が 語、 り た が っ た
、
、
、
、 の、 は
、 か つ て あ っ た 従 兄 と の
「 幸 福
」 な
「 記 臆
」 な の で あ る
。 他 の 男 性 の 下 で
「 家 庭
」 を 築 く こ と は
「 妾
」 に と っ て 優 先 さ れ て い な い の だ
。「 砂 上 の 文 字
」 に 描 か れ て い た の は
、 悲 劇 に よ っ て 生 じ た 欠 落 を 埋 め
、 あ る い は 乗 り 越 え て
「 家 庭
」 を 築 こ う と す る の で は な く
、 か つ て あ っ た
「 幸 福
」 に 浸 り 続 け
、 互 換 不 可 能 な パ ー ト ナ ー の 欠 落 を 抱 え 持 っ た ま ま 生 き て い こ う と す る 女 性 の 姿 な の で あ る
。 頭 で は
「 空 し
」 い と わ か り つ つ も
、 欠 落 と と も に 生 き る
。「 家 庭
」 の 意 義 を 唱 え 続 け た
『 家 庭 雑 誌
』 の な か で
、 こ の
「 妾
」 の よ う な 女 性 の 意 志 を 描 く こ と を 蘆 花 は 試 み て い た
。 そ れ は 約 三 年 後 の
『 家 庭 雑 誌
』 に 発 表 さ れ た
「 夏 の 月
」 を 参 照 す る こ と で
、 さ ら に 明 ら か に な っ て く る
。 第
二 節
天 然 痘 と い う 病