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歴史の衝撃 : 『アブサロム,アブサロム!』におけ るクエンティン・コンプソンの場合

著者 山下 昇

雑誌名 主流

号 48

ページ 64‑74

発行年 1987‑02‑20

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014982

(2)

歴史の衝撃

一一一『アブサロム,アブサロム!jにおける ク エ ン テ ィ ン ・ コ ン プ ソ ン の 場 合 一 一

山 下 昇

ウィリアム・フォークナー (WilliamF aulkner 1897‑1962)の『アプサ ロム,アブサロム!.l(Absalom, Absalom!  1936) 1は,サトベン家の物語と,

これを語る4人の語り手の物語である.どちらの物語がこの作品のより中心 的な主題であるか,に関Lては論者によって意見が異なるが,歴史認識のプ ロセスという観点から言えば,語り手,なかんずくクエンティン・コンブソ ンの場合が最重要であろう.

クエンテインは,小説の前半部分(第1章一第5章)においては, ミス・

ローザと彼の父親コンプソン氏の双方の語りを聞き,後半部分(第6章 第 9章)に至って,前半部分における自己の経験の意味を問い直すために,シュ リーヴ・マッキャノンという,もう 1人の語り手の助けをかりで,自ら語る のである、その語りを通じて,彼はサトベン家の物語に象徴されるアメリカ 南部の歴史と自分の運命について固有の認識を得るのである.その際,単な る聞き手から語り手になるという彼の姿勢の変化をもたらした要因,即ち第 5章と第6章との間に起こっているヘンリー・サトペンとの出会い,に特に 注目すべきである.この出来事がなぜ、クエンテインにとって重要なのか,又 この、事件が彼の歴史認識のプロセスにどのように作用しているのかを辿るの が小論の目的である.

クエンティン・コンブソンとへンリ)・サトベンの出会いのエピソード

(3)

は,

r

アブサロム!jの最後の章,第9章の362ベ←ジに始まり,小説の終わ り近い373ページに 2人の対話がイタリックで12行示されているのみであ る. しかしその場面の直後のクエンティンの反応,

r

決して, もう決して心 が安まることはないんだ.

(373)という絶望的な独自と,

r

僕は20歳だが,

すでに死んだたくさんの人たちよりず、っと年上だ

J

(377)というセリフにう かがえるように,彼にとってこの出来事はただごとではないのである.

過去のある体験をもとにして,自分の経験の総和を点検し,その意味を問 うという,この小説の後半部分におけるクエンティンの営為は,単に過去の 体験を追体験しているだけではない.過去の体験を新しく生き直すのである.

クエンティンはシュリーヴと対話し,シュリーヴと一体になって語り,物語 の中の人物になりきることによって,物語の意味を,自己の経験の意味をさ

ぐるのである.

へンリーというサトベン家の歴史の生き証人と出会うまでは,クエンティ ンにとって,サトベン家の物語は,

r

彼 が20年間に自然に身につけてきたも のであり,…ジェファソンの町の80年間の遺産の一部

J

(11)ではあるが,

何の意味もない「口伝えの物語

J

(00), 

r

昔話と語り草

J

(303)であった.

何度もくりかえし,

r

聞き過ぎた

J

(207)というほど耳にしてきたにもかか わらず,その話はクエンティンにとっては無意味で、あった.登場人物も,

r

ジュ

ディス,ボン,ヘンリー,サトベンという名前はそろっているが,何かが欠 けていて,化学式のようである.…適当に集めてみるが何もおこらない

J

(101)  という無機的なものである.

しかもその核心の部分は「一種の真空状態

J

(361)であり,

r

J

(303,  随所)である.あるいはそれは r[サトベンという〕名前がなくても同じで あるような男の経験についての話

J

(247)であり,

[サトベンという男の〕

明解で単純な個人史のシノプシスの繰り返し

J

(263)でしかなかった.小説 の前半,ヘンリーとの出会い以前に,この物語が語られるのを受け身的に聞 いているうちはこうした事態は変わらない.

(4)

ヘンリーとの出会いは単に過去の亡霊との遭遇で、はない.ヘンリーは,自 分の兄であり友人であり同時に妹の婚約者であるチャールズ・ボ、ンを殺害し た人物である.そしてそのへンリーのボン殺しによってサトペン家の没落の 運命は決定的になったのであった.このようなへンリーの立場に,コンプソ ン家の長男として,妹キャデイーの処女喪失に象徴されるような一家の退廃 と没落におしつぶされそうになっているクエンテインは多くの共通点を見い だす.このクエンティンが,没落するコンプソン家の長男として『響きと怒 り~(The So dand the Fury 1929)において最も強い関心を抱くのが,妹キャ デイーの結婚であり, wアブサロム!.!のへンリーも同様である,双方の物 語において妹の結婚は一家の命運にかかわる重大事である2

突如として彼の日の前に現れたこの人物,しかも死ぬためにその家に戻っ てきて,病気で横たわっているヘンリー老人が,自らと同様な立場にいて,

同様な問題に苦悩したことを学んだクエンテインが,へンリーの人生に自己 の人生を重ね合わせることは自然な成り行きである.このようにして,この 出会いによってへンリーの運命が,クエンティンにとって自己の運命のモデ ルとしてとらえられるのである.すると当然のことながら,それまで無意味 にしか思えなかったサトペン家の物語が,現実の歴史左して,自分の問題と しで,クエンテインの強い関心の対象となるのである.

その積極的な関心が,無意味な「昔話と語り草の断片」を,

r

聞いて,ふ

るいにかけ,誤ったものを捨て,正しいと思われるものを残し,予測に合致 するものをあてはめて

J

(316),物語を再創造すること,即ち「機織り機で 自分のパターンにしたがって敷物を織り出す

J

(127)ことを可能にしたので ある.ヘンリーとの出会い以前,聞くという行為に甘んじているうちは見い だしえなかった物語の意味を,ヘンリーとの出会いを決定的な糸口として,

語るという積極的な行為をとることによって,クエンティンは見いだしてゆ く.

(5)

『アブサロム!j後半部分の始まり,第6章は, 1910年1月ハーヴァード 大学寮においてクエンティンとシュリーヴが,サトベン家の物語を再構築し ようとする場面でスタートする.クエンティンの机の上にはサトベン屋敷の 焼失とミス・ローザの死を知らせるコンプソン氏からの手紙が聞かれたまま になっている.この手紙に触発されて,クエンテインは半年前のミシシァピ での経験を回想し,その意味を聞い直すのである.その根っこのところにあ るのがヘンリーとの出会いだが,そこへ至るまでのミス・ローザとの出会い から得たもの,父親コンプソン氏の語りや氏との生活のなかで経験したこと の意味を,クエンティンは整理しながら追及していく.

そもそも彼を手紙(厳密にいえばノート,書き付け)で呼び出し,当事者 の一人としてサトベン家の物語を語り,更には彼を相棒としてサトベン屋敷 訪問に伴い,ヘンリーとの出会いという決定的な事態を招いたのが, ミス・

ローザであったクエンティンにとってミス・ローザ、の語りの内容自体は 特別に目新しいものではないが,この老女のサトベン家の物語に対する激し い情熱と,自分がなぜ、聞き手に(あるいはエスコート役に)選ばれたのかと いうことに彼は興味を抱く.ある出来事に巻き込まれた人間の当事者として の執念を,クエンティンはミス .[Iーザの語りの中に見いだすが,同時に,

自分が聞き手として選ばれたのは,コンプソン家がサトベン家と密接につな がっていたからであることを知らされる.特に彼の祖父コンブソン将軍の存 在がなければ,サトベン家の繁栄と,それとは裏腹にミス・ローザにまで及 んだコールフィールド家の災難は,無かったかも知れないという話の展開に,

自分にもコンブソン家の一員としてその責任の一端があるのではなかろうか という疑念を,クエンティンは抱く.

ミス・ローザはサトベン家の物語の自分流のヴァージョンを彼に語って聞 かせるのみならず,クエンティンを物語そのものの中へ,歴史の流れの中へ

(6)

68  歴史の衝撃

引きずり込むのである4 第5章の彼女の語りを聞いたあとで,ミス・ロー ザとクエンテインはサトベン屋敷を訪れ,クライティ,ジム・ボンドという サトベン家の歴史の末えいたちに会い,行方不明になっていたへンリー・サ

トペンに出会い,言葉さえ交わすのである.ところが,とのことは第5章あ るいは第6章で描き出されるのではなくて,小説の最終章まで明らかにされ ないのである.クエンティンにサトベン家の物語の意味を聞い直させる根本 動機を与えたこの出来事がこのような扱いをうけているのは,単に謎解きの 緊張を持続させるという,小説技法上の理由からだけではない.クエンティ ンの心の一番深い所にこの出来事が食い込んだために,容易に明らかにされ えないのだ;という主題上の理由からでもある.

又, ミス・ローザの死を告げるコンブソン氏の手紙は, もう一つの情報,

即ちサトベン屋敷の焼失によってクライテイ,ヘンリーというサトベン家の 歴史の生き証人たちの死一一ーを伝えて,サトベン家の歴史の終えんをクエン ティンに感じさせるとともに,白痴の混血人物ジム・ボンドがサトベン家の 唯一の生き残りであるという事実によって,サトペン家の歴史に象徴される 南部の歴史の行方にたいするベシミスティックな認識を彼に与えている.

『アブサロム!jの後半部分においてクエンティンは,前半部分における ミス・ローザとの経験の意味を追及する一方で、,もう一方の重要な経験,コ ンプソン氏との経験を反すうする.コンプソン氏は語りを通じて,いかにコ ンプソン家とサトベン家が親しい関係にあったかということを彼に知らせる のだが,とりわけニつの出来事を通じてクエンティンはそのことを実感する.

その一つが,第4章で父が彼に示したジュディスの手紙と祖母の関係であり,

他の一つが,以前に父とうずら狩りに行って見つけだしたサドベン家の5つ の墓石と祖父との関係である.これらはいづれも,第6章以前の過去のこと であるが,第6章になって回想され,クエンティンによる意味追及の重要な

(7)

歴史の衝撃 69 

ステップとなっている.

第6章の207ページで言及されるジュディスの手紙は,第4章の129‑132 ページでクエンティンが父から示されたもので,チャールズ・ボンがジュ ディスに宛てたものとされている.その手紙をジュディスはクエンティンの 祖母に託し,それが半世紀を経て父コンプソン氏の手元にあり,それを更に

クエンティンが日にしているという いわくつきの一次資料である

その手紙のなかに,コンプソン氏は悲劇的な運命論者としてのボンの姿を 読み取り,語っている.クエンティンも父親のそのような解釈に影響され,

コンプソン家の長男としての自分の立場や悩みと絡めて,悲劇的な運命に翻 弄される人物としてのボン像を形成してゆく. しかし,エリザベス・ミュー レンフェルドがいみじくも指摘しているように6 彼らはこの手紙の積極面 を読み落としている. もしこの手紙が本当にボンの手になるものであるとす れば,便せんの透かしゃストーヴ磨き粉への言及に見受けられるように,戦 いのさなかにあっても彼はユーモアを忘れず,ジュディスに対する深い断固 とした愛情を示している.そして,

I

あなたと僕は,奇妙にも,生きるべく 運命づけられている人々のなかに含まれていると僕は今信じています

J

(132) 

というボンの予言を裏付けるかのように,その手紙はジュディスの手に渡り,

時を経ても失われることなく,クエンティンの目前にあるのだ.このことは,

ボンやジュディスという人物の実在性,歴史の現前性として,クエンティン に少なからぬインパクトを与えたに違いない. しかしどうやらクエンテイン はこの手紙を読み誤っているのみならず,それほど重要視していないようで,

第6章の回想の際にも単に言及するにとどまっている.

一方,同じく第6章で187‑215ページで語られる墓石は,クエンテインが

「子供時代から何度も出くわしたもの

J

(212)であったが,単なる 5つの墓 石 5つの名前にすぎなかった.ところが,この墓石の場面を,第6章で強 い関心をもって思い返してみると 5人の人物一一エレン・サトペン, トマ ス・サトベン,チャールズ・ボンはもとより,サン・ヴァレリー・ボンやジェ

(8)

70 

ディス・サトベンたち,と祖父(や祖母)の直接的な関わりの深さを再認識 させられるのである.

前半部分第

1

章と第

5

章においてミス・ローザによって,第

2

3

, 

4

章 においてコンプソン氏によって,祖父,祖母がサトペン家と親しい間柄だっ たことを,クエンティンは聞かされていた.祖父はサトベンの唯一の友人で あって,サトベン釈放の際の身元引き受け人になったり,綿花の種を貸して やったり,サトペンとエレンの結婚式に列席するなどして,サトベンがジェ ファソンの町で地位を築くうえで重要な局面において手助けしている.これ にたいしてサトペンも自分の生涯について他の者には明かさないようなこと を祖父に話している.祖母も祖父とともにサトベンとエレンの婚礼に出席し ているし,先述した通り,ジュディスの手紙を託されるほど親しくしていた のである.

更に,クエンティンが目にした墓石5つのうち2つは祖父がジュディスか ら資金を預かつて建てたものであり,サトベン亡き後,ジュディスやサン・

ヴァレリー・ボンの相談相手として親しくつきあったのだという事実に,彼 は今更ながらサトベン家の人の人々とコンプソン家の一員としての自分の関 わりの深さを思い知らされる.それ故,墓石に刻まれた単なる記号(名前) を契機として,サン・ヴァレリー・ボシの苦難の人生やジュディス・サトベ ンの献身的な生き方を数ページにわたって反すうするのである.

墓石およびその上に彫られた名前は,第三者にとっては全く無意味なもの で,コンプソン氏が言うように,

r

なにか引っ掻き跡のある石の固まり

J

(127)  にすぎない. しかしその引っ掻き跡である文字の背後にあるものを読み取る ならば,それはまぎれもなく人の一生であるもともと南部は彩しい死者 に取り巻かれた土地である.クエンティン自身が,

r

子供時代から死者や亡

霊に取り巻かれた共和国, 43年も経ったのに頑固な亡霊が充満している廃屋」

(12)と形容される存在である,と作者が描写しているように,南部では墓 石は歴史のシンボルである.事態の進み行きのなかでクエンティンはこれら

(9)

の墓石に書かれた名前の背後にある実人生の重みを感じ取らずにいられな かったのである.

このように, ミシシッピで積み重ねられた,サトペン家の物語と自分との つながりの深さという漠然とした感覚と,ヘンリーとの出会いという決定的 な体験をもってクエンティンはハ)ヴァードへやってきて,ここでそのミシ シッピ経験とへンリーとの出会いを反すうするのだが,その過程でサトベン 家の物語の意味が彼にとって明らかにされてゆくのである.又,コンブソン 氏の手紙によってミス・ローザの死とサトベン屋敷の焼失が告げられること によって,クエンテインにとってサトベン家の物語は永遠に心から消すこと のできない鮮やかな記憶となり,その意味の追及を彼に不断に要求してくる のである.

その結果クエンテインがサトベン家の物語に読み取ったものは,サトベン の人生や考えに顕著に見られるような,愛と人間性の欠如,ヘンリーやボン の生き方のような運命に対する人間の無力さ,南部の歴史の根本にある白人 による黒人の虐待p 最後の生き残りが白痴の黒人ジ、ム・ボ、ンドであることに 象徴されるような異種族混交による力の衰退などである.

小説の最後の部分でシュリーヴが郷捻する「南部の人はそうしていつまで も生きつづけてゆくんだね…いまにジム・ボンドのようなものが西半球を支 配し

. . . 2

3

千年もすると,僕もアフリカの王様の腰から産まれたことにな るんだろう

J

(377‑8)という言葉は,クエンティンの南部の歴史に対する 悲観的なヴィジョンを上書きすることになる.従って,

I

なぜ、きみは南部を 憎んでいるんだJ (378)というシュリーヴの間いに対して,

I

僕は南部を憎 んではいなしリ (378)という彼の答えは,自己の存在基盤を否定することが できない苦しい弁護である.

クエンテインはシュリーヴとの共同の語りという形式をとって,ボンとへ

(10)

ンリーが兄弟であること (266),ヘンリーがボンとジュディスの結婚を許す ことができない理由が,ボンの黒人の血にあること (356)など,次々と重 大な秘密の要素を明らかにしてゆき,サトベン家の物語の根源に迫ってゆく.

第7章においてクエンティンが感じているように,謎が解けてくるにした がって,あるいはシュリーヴが第8章で比開設として示すところのジグソー・

パズル (313)の完成が近付くにつれて,その意味はクエンティンを圧倒し てくる.このように彼を追い詰めてゆくサトベン家の物語の意味するところ は,歴史のなかの個人の位置である.

「過去に死んだすべての人たちが,彼の内部に伝えるものを遺してゆき,

披がちゃんとそれをやるかどうか見張って待っているんだ

J

(220),とクエ ンティンの父がサトベンのイノセンスについて言及しながら述べているよう に,人は好むと好まざるとにかかわらず歴史(過去,伝統)に捕えられてい る.特に南部のような社会ではその力は圧倒的である.

多分なにごとでも一遍きりでおしまいということはないんだ.一遍きり でおしまいということはなくて,石が沈んだ あとの水面上のさざ波のよ うに波及してゆくんだ. (261) 

というような歴史の力を,具体的な人物たちの重い生を通して,彼自身の個 人的な問題と絡めて,クエンティンは逃れられない運命として受け止めるの である.

しかしこのようなクエンティンの認識の当否については議論の余地があ る.フォークナー自身もクエンテインの解釈は最も誤ったものの一つだと指 摘しているし8 先のミューレンフェルドは,ボンのジュディスへの手紙を 例にとって,クエンティンがこれを読み誤っていることと,積極面を読み落 としていることを指摘し,彼の物語解釈は悲嘆にくれたもので無駄なほねお

(11)

りでさえあると述べている9 同様に,ダンカン・アスウェルは,クエンテイ ンに限らず語り手たちは,サトペンの物語の事実を暖味にして,読者がその 重要性を読み取るのを妨げていると非難している10

確かに,特にクエンテインの場合,自己の経験の意味を読み取るという行 為に熱中し,自分の悩みや立場にひきつけて考えすぎているために,悲観的 な解釈に陥っていると言えよう.クリアンス・ブルックスが主張しているよ うに,ジュディスやクライティやヘンリーの生き方のなかに愛と献身の強さ という積極的なものを見つけだすことも可能なのだから11

だが,カール・ロリソンがクエンティンの方法は,人間の心や情熱に接近 し,事の本質に迫る芸術的想像力によるロマンチック・ヒストリーなのだと 擁護しているように12 クエンティンは,語るという行為によって, 50年前 に生きた人たちの固定された生を,再び動かす,生き返らせる,ということ によって,それらの人々の生にもう一度意味を与え,かっ自分の人生に意義 を見いだそうとしているのだ.

彼の獲得した悲劇的なヴイジョン及び『響きと怒り

J

において自殺をとげ てしまう彼の生の行く末をみると,クエンテインのこの試みは必ずしも成功 していない. しかし読者は,

r

アブサロム!.1におけるクエンティンの試み の意義と限界を読むことを通して,自らのロマンチック・ヒストリーを構成 することが可能となる.その点から言えば『アブサロム!.1におけるフォー クナーの意図は成功しているといえるであろう.

1 William Faulkner, Absalom, Absalom! (New York: Random House, 1964) 以下

『アブサロム!jと略する.なお,本文中の引用は同書からとし,括弧内にページ 数を記す.

2 この二作品の主題上の関連については拙論

r r

響きと怒りから fアブサロム,

アブサロム!jへ,

r

アプサロム,アブサロム!jから『響きと怒り

J

へ一一クエ ンティン・コンプソン物語一一

J

(夙Jff学院短期大学英文学会 Shukugawa Studies  in Linguistics and Literature No. 2 1978)を参照されたい.

3 アブサロム!jの原型となった「エヴァンジ、ェリン

J

(Evangeline" 1931)で

(12)

74 

も,語り手の「私」がドンに電報で呼び出されることによって物語が始まる.

4 遠藤芳江氏は

r r

アブサロム,アブサロム!jのローザの語りにみられる神話的 世界の意味

J

(同志社大学英文学会『主流j41 1980)のなかで, ミス・ロー ザの語りは,クエンテインの「神話」を引き出すための道具だてになっていること を解明している.

5 コンプソン氏もクエンテインも,この手紙がボンのものであるということを前提 にして語っているのだが,この手紙には「日付も挨拶も署名もなく

J

(129), 1865  年に南北戦争の戦場で恋人宛に書かれたものであることは確かだが,ボンがジュ ディスに宛てて書いたものだという確実な証拠はない. (だが,否定する理由もな い.)この手紙の一次資料としての信ぴょう性に関する議論は,フィクションの方 法という別次元の問題を提起している.

6 Elisabeth  Muhlenfeld, "We have waited  long enough Judith  Sutpen and  Charles Bon" (Elisabeth Muhlenfeld, ed., William Faulkners'Absalom, Absalom!",  New York & London: Garland Publishing, Inc., 1984), p.  185. 

7 こ の 円lっ掻き跡

J

を遺すというイメージはフォークテーにとって作家として原 初的なものである.藤平育子氏はIkukoFujihira,From Voice to Silence: Writ.  ing in Absalom, Absalom!," Studies iπ English Literature, English Number 1984 (The  English Literary Society of Japan), p.  90で 『 征 服 さ れ ざ る 人 々j (The Unvan.  quished 1938)のシーリア・クックと f尼僧への鎮魂歌j(Requiem for a Nun 1951)  のセシリア・ファーマーの例を示しながらこのことを説明している.

8 Frederick L. Gwynn Joseph L. Blotner (eds.), F

αulkner in  the  Universiか‑

Class  Conferencω at  the  Universiかofrgzπia,1957‑1958 (Charlottesville, Vir‑ ginia: The University of Virginia Press, 1959), p.  274 

9 Elisabeth  Muhlenfeld, 'We have waited  long  enough':  Judith  Sutpen and  Charles Bon," pp. 185‑6 

10  Duncan Aswell,The Puzzling Design of  Absalom, Absalom!" (William Faulk‑

er'sAbsalom,Absalom!''), pp. 93‑107. 

11  Cleanth Brooks, William Faulkner.The Yoknapatawpha Country (New Haven and  London: Yale University Press, 1963), pp. 295‑324. 

12  Carl E. Rollyson, Jr, "Absalom, Absalom!: The Novel as Historiography" (Wil‑ liam FaulknerγAbsalom, Absalom!"), p. 163 

参照

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