1.はじめに
近年市場のグローバル化,通信・交通手段 の飛躍的発達などに伴い,渉外的な知的財産 紛争が著しく増加し,多彩化しているように みえる。知的財産権をめぐる渉外的紛争の解 決において,従来属地主義の原則に根拠を求 めて,結論を導くのが通常であった。確かに,
属地主義という原則は,比較法的にみても,
知的財産に関して広く認められてきたといえ る。わが国の実務においてもこれまで必ずし も厳密な検討を経ることなく感覚的に当然の 前提として受容されてきただけに,根拠とし て説得性を持つようにも思われてきた。しか し,知的財産法における属地主義原則が長い 歴史に耐え,確定した内容を持つ自明の原則 として認められてきたかというと必ずしもそ うではない。わが国が知的財産法につき主と して継受したドイツにおいてさえも,20 世 紀の前半の数十年間においては,今日強調さ れるような知的所有権法における属地主義原 則の中心的な役割が一般的に承認されていた わけでは決してなかった,といわれる1。た とえば,わが国において特許の効力は付与国 の領土内にのみ及ぶという内容を属地主義原 則が含む点については,おそらく一致できる であろう。しかし,それ以上どのような内容 が導かれるのか,そこから導かれる原則がど のような性質を持つものとして位置づけられ
るのか2,そのような原則が認められる根拠 は一体何であるか3,その原則が実定法上の 原則なのかどうか4,などについては,論者 によって異なることが多い。少なくともこの 原則が,多義性を有し,曖昧な点を含むだけ に,場面に応じた種々の検討や分析,分類が 必要になる5。
国際裁判管轄権についてもかつては特許を はじめ登録を必要とする知的財産権について は,属地主義が援用され,外国の権利につい ては国際裁判管轄権を否定する見解が少なく なかった6。また,権利自体の有効性が争わ れる場合には,現在でもこのような見解が支 持されているが,しかし,知的財産の侵害訴 訟に関しては,それが外国の権利に関してい ても属地主義を根拠にこれを否定する見解は 有力ではない7。ただ侵害訴訟において侵害 が主張されている権利につき無効の抗弁が出 されることも少なくなく,この場合に,侵害 訴訟を提起されている裁判所がどのような条 件で,どのようにその問題を判断することが できるのかについては争いがあり,「民事及 び商事における裁判管轄権及び判決の執行に 関するハーグ条約草案」の検討の際にも議論 のあったところである。また,日本に住所を 有しない被告を相手方とする侵害訴訟の場合 に,不法行為地を管轄原因にしなければなら ないことが多いが,この場合に,不法行為地 をどのように捉えるか,原告がどのような事 実をどの範囲で証明すれば足りるのか,子会 社の行為に親会社をどのような条件でどの範 囲で巻き込むことができるのかなどの問題が
日本における知的財産紛争の 国際裁判管轄権
―最近の判例における展開を中心に―
木棚照一
** 早稲田大学法学学術院教授,比較法研究所 所長
生じる。厳格な実質法的意義の属地主義を前 提とすれば,知的財産が領土的に効力を及ぼ している領域内で不法行為となるようなすべ ての行動が行われていることを要件とするこ とにもなりうるのである。国際裁判管轄権に ついては属地主義が問題とならないというわ けではない。
本稿では,これらの問題を主としてわが国 の判例にあらわれた限りで検討してみたいと 考える。最近では政府の戦略としての知的財 産の創出,保護・活用の強化や司法制度改革 の一環として,知的財産紛争に関する裁判制 度の改善がされ,裁判の専門化,迅速化がは かられてきている。しかし,少なくとも過渡 的には,こうした知的財産権訴訟の専門化,
迅速化に伴う問題点も考えられる。そのよう な状況の中で,下級審判例の是正や統一のた めに,知的財産権事件に関する最高裁判所の 積極的介入の傾向がみられ,本稿で予定する 考察によい材料を提供している8。
2.知的財産紛争の国際裁判管轄権
¸ 日本における国際裁判管轄権について の考え方
日本においては国際裁判管轄権に関する制 定法上の規定が欠如しており,条理に基づく べきとする管轄配分説と土地管轄規定から逆 推知すべきとする説に分かれていた。また,
管轄配分説に立つとしても,国際裁判管轄権 と国内土地管轄規定との関係をどのように見 るべきかについて学説・判例が分かれていた。
そのような状況の中で,最高裁昭和 56 年 10 月 16 日第二小法廷判決,民集 35 巻7号 1224 頁(マレーシア航空事件判決)は,「当事者 間の公平,裁判の適正・迅速を期するという 理念により条理にしたがって決定するのが相 当」とした上で,具体的には「わが国の民訴 法の国内の土地管轄に関する規定,たとえば,
被告の住所(民訴法2条),法人その他の団 体の事務所又は営業所(同4条)その他民訴
法の規定する裁判籍のいずれかがわが国にあ るときは,これらに関する訴訟事件につき,
被告をわが国の裁判籍に服させるのが右条理 に適うものということができる」と判示した9。
これは,マレーシアの国内便にマレーシア 国内の営業所で航空券を購入して搭乗した日 本人が当該航空機の墜落によって死亡した場 合に,その遺族が旧民事訴訟法4条3項(現 4条5項)により営業所が日本国内にあるこ とを理由に,マレーシア航空に対して日本の 裁判所で損害賠償請求を求めた事例に関する。
東京地裁をはじめとする下級審裁判所は,こ の判例を民事訴訟法上の土地管轄規定により 裁判籍がわが国内の裁判所に認められれば,
当事者間の公平,裁判の適正・迅速の観点か ら国際裁判管轄権を否定すべき特段の事情が ない限り,国際裁判管轄権を肯定すべきとす るものと解し,基本的に踏襲してきた。その 後,このような「特段の事情論」は,最高裁 平成9年 11 月 11 日第三小法廷判決,民集 51 巻 10 号 4005 頁(ドイツ車買付け預託金返還 請求事件判決)によって最高裁でも明確に採 用され,現在では「特段の事情論」が判例・
学説の主流となるに至った10。
しかし,まず,当該事件について民事訴訟 法の土地管轄規定に照らして被告がわが国の 国内に裁判籍を有するかどうかを問い,それ が肯定される場合に,つぎに,国際裁判管轄 を否定すべき特段の事情があるかどうかを問 う二段階の判断過程については問題点も指摘 されている。とりわけ,平成9年判決の事例 で現れているように,第二段階としての特段 の事情の判断の肥大化と裁量性が問題になり,
予測を困難にするおそれがある。これを回避 するために,第一段階の土地管轄規定をより 詳細に分析し,細分化する必要はないか,第 二段階についても,たんに「当事者間の公平,
裁判の適正・迅速」という抽象的な概念だけ ではなく,より具体的な判断基準を定立する ことができないか,などの問題がある。しか し,実務上使い易いということもあってか,
その後に出された判決はほとんど特段の事情 論に基づいている。それでは知的財産権に関 する事件についてはどうであろうか。
¹ 工業所有権に関する訴訟の国際裁判管 轄権
知的財産における属地主義の原則は,国際 裁判管轄権については工業所有権自体の効力 を争う場合における登録国への専属管轄の根 拠として挙げられることがある。わが国の判 例が当然の前提とするだけではなく,特許権,
商標権等登録を要する知的財産権自体の有 効・無効について登録国の専属管轄とする考 えは,民事及び商事事件に関する裁判管轄及 び裁判の承認及び執行に関するブリュッセ ル・ルガノ条約 16 条4項や 1999 年 10 月の ハーグ国際私法会議における民事及び商事事 件に関する裁判管轄及び外国判決についての 準備草案 12 条4項などでも見られたところ である11。このような場合にも工業所有権の 属地主義の原則が持ち出されることがある。
確かに,工業所有権の客体が無体物であり,
これに絶対的支配権を認めるためには客体の 特定が必要になるという特殊な側面があると はいえ,これは,不動産物権に関する専属管 轄と類似した要請,すなわち,絶対的支配権 に関する権利関係の明確化の要請に基づくも のとみることができる。たとえば,特許権の 移転登録請求については,取消を求める会社 に従業員として勤務していた時にした発明に 関する日本及び米国の特許を会社に侵害され たとして会社に特許権の返還請求,謝罪広告 を求めた事案があった。東京地裁平成 15 年 8月 26 日判決(東京地裁平成 15 年(ワ)第 14128 号)は,この事案において,原告の米 国特許の移転登録請求について「米国特許権 の登録に係る訴えは,専ら同国における特許 権の帰属の問題であって,我が国の裁判所の 国際裁判管轄を認める余地はない」としてい る。これは,特許権の移転登録が登録国の専 属的管轄に服すべきことを当然の前提として わが国の国際裁判管轄権を否定したものであ
る。一方,著作権については著作権の効力を 争う場合における国際裁判管轄権について後 述のウルトラマン事件の最高裁判所判決から も明らかなようにそのように考えられていな い。
他方,米国特許権に基づく差止請求権不存 在確認請求事件において,東京地裁平成 15 年 10 月 16 日判決(東京地裁平成 14 年(ワ)
第 1943 号,サンゴ化石粉体事件判決)は,
特段の事情論に基づいてわが国の裁判管轄権 を肯定した。つまり,特許権の属地主義につ きBBS事件における最高裁判決の定義を引 用して「特許権の実体法上の効果に関するも のであって」国際裁判管轄権に関するもので はないとして特許権の属地主義を根拠とした 被告の主張をしりぞけたうえで,被告の普通 裁判籍がわが国に存在し,かつ,わが国にお いて裁判を行うことが当事者間の公平,裁判 の適正・迅速の理念に反するような特段の事 情も存しないとしたのである。この判決も,
特許権の成立を否定し,特許権を無効とする ことを求める訴訟が登録国の専属管轄に属す るものであることを当然の前提としているが,
差止請求訴訟において特許の無効の抗弁を主 張して争うことを許容しているとしても,こ の場合における特許の無効判断は,訴訟当事 者間でのみ効力を有するにすぎず,対世的効 力を有するものではないから,このような抗 弁を許容していることが登録国以外の国に国 際裁判管轄権を否定する理由とならないとす る。属地主義を理由とする国際裁判管轄権の 制限をできる限り少なくしようとする配慮が みられる判決といえよう。
工業所有権侵害訴訟における権利無効の抗 弁が可能かどうかについては,わが国におい ては以前,これは特許庁による無効審判に拠 らねばならず,裁判所は侵害訴訟において先 決問題として特許権の無効の判断はなしえず,
無効の抗弁は主張できないとする見解が有力 であった12。しかし,これには,近年このよ うな抗弁の主張を認める学説も有力になり13,
最高裁平成 12 年4月 11 日第三小法廷判決,
民集 54 巻4号 1368 頁(キルビー事件判決)
は,無効原因が存在することが明らかな特許 権に基づく損害賠償等の請求は,権利の濫用 に当たり許されない,とした原審の判断を支 持している14。したがって,工業所有権侵害 訴訟に国際裁判管轄権が認められる以上,当 該工業所有権を無効と主張する抗弁が出され たとしても,侵害訴訟が係属する日本の裁判 所が無効の抗弁の適否を判断することになる と思われる。その場合であっても,前述のサ ンゴ化石粉体事件第一審判決の立場からすれ ば,これを理由に工業所有権侵害訴訟を登録 国の専属管轄と主張すべきではないことにな る。
これに対して工業所有権侵害訴訟を専属管 轄化しようとする議論がある。近年ハーグ国 際私法会議における民事及び商事事件に関す る裁判管轄及び外国判決についての準備草案 での議論でもそのような提案が問題とされて いたし,日本においても産業界を中心にその ような意見が有力に主張された。しかし,日 本においては外国における外国特許権の侵害 訴訟について被告の住所が内国に存在する場 合に国際裁判管轄権を肯定したとみられる東 京地裁昭和 28 年(1953 年)6月 12 日判決,
下級民集4巻6号 847 頁(満州国特許事件判 決)がある。また,最高裁平成 14 年(2002 年)9月 26 日第一小法廷判決,民集 56 巻 7 号 1551 頁(FM信号復調装置事件判決)も米 国特許権の侵害に基づく差止・損害賠償請求 を求める訴訟であったが,これも被告の住所 が内国に存在することから管轄を認めている。
これらは必ずしも管轄権につき当事者間で徹 底的に争ってはいないのであるが,先例とし て一応引用することはできるであろう。サン ゴ化石粉体事件第一審判決は,被告が属地主 義を根拠として国際裁判管轄を争ったにもか かわらず,わが国の国際裁判管轄権を肯定し ている点でより明確に先例として引用できる。
º 著作権に関する訴訟の国際裁判管轄権
わが国に住所を有しない外国人に対する外国 における外国著作権侵害に関する訴訟の国際 裁判管轄権について判示した判例として,最 高裁平成 13 年6月8日第二小法廷判決,民 集 55 巻4号 727 頁(ウルトラマン事件判決)
がある。第一審(東京地裁平成 10 年 11 月 17 日)判決と原審(東京高裁平成 12 年3月 16 日)判決は,ともに,一応の証拠調べによっ て不法行為の存在が一定程度以上の確かさを もって認められる場合に限り不法行為地の国 際裁判管轄を認めることができるとし,被上 告人に日本を除く地域の独占的利用権が一応 認められるとして不法行為による管轄を否定 し,仮にこれらの請求に国際裁判管轄が認め られるとしても,上告人はタイで本件訴訟を 争っており権利保護の法的手段は確保されて おり,日本国内に事務所等を有さず営業活動 を行っていない被告に応訴を強いることは,
被告に著しく過大な負担を課することになる から,わが国の裁判管轄権を否定する特段の 事情がある,とした15。しかし,最高裁は,
原告の上告受理申立てを認めて,国際裁判管 轄を認め,原判決を破棄し,第一審判決を取 り消して第一審裁判所へ差し戻した16。
不法行為の裁判籍の証明事項について最高 裁は,「わが国の民訴法の不法行為地の裁判 籍の規定に依拠してわが国の裁判所の国際裁 判管轄権を肯定するためには,原則として,
被告がわが国においてした行為により原告の 法益について損害を生じたとの客観的事実が 証明されれば足りる。」と判示した。日本で は従来多数説・下級審判例は一応の証明説を 採り,自由な証明による心証形成によって得 られる一応の確信が有れば足りるとしていた が,請求原因事実と管轄原因事実の証明の程 度における区別や確信の程度についての基準 の不明確性が指摘されていた。ウルトラマン 事件で最高裁は,原則として,被告がわが国 においてした行為により原告の法益について 損害が生じたとの客観的事実関係が証明され れば足りる,とした。つまり,原審が違法性
阻却事由等のないことを含めて不法行為の管 轄原因事実と判断していたのに対し,管轄審 理の対象をそのような客観的事実に限定し,
違法性阻却事由に関する事実を管轄原因事実 より明確に除外した。また,不法行為につい ても被告(被上告人)が日本国外から警告書 を日本国内に到達させたことによって原告 (上告人)の業務が妨害されたとして認めた。
本件では,被告の警告書送付行為は,主とし て香港ないしタイ王国で行われている。しか し,被告がわが国に向けて意図的になした行 為を「わが国においてした行為」とみて,この ような行為によって原告の法益に損害が生じ ていると認定している。
また,請求の客観的併合について,国内土 地管轄規定(民訴法7条本文)は請求間の関 連性を要件としないために国際裁判管轄を肯 定するための要件として関連性を不要とする 見解もあったが,請求間の合理的関連性を要 求する見解が従来から有力であった17。これ は,国内土地管轄と国際裁判管轄の相違を考 慮し,国際裁判管轄の場合に被告に証拠の便 宜等の観点から何ら関連のない事件の訴訟ま で応訴を余儀なくするのは酷であるから等の 理由からである。ウルトラマン事件で最高裁 は,併合される両請求間の密接な関連性を必 要とする見解を採用した。そして,当該事案 では「いずれも本件著作物の著作権の帰属な いしその独占的利用権の有無をめぐる紛争と して,実質的に争点を同じくし,密接な関係 がある」と判断した。この判例で言う密接な 関連性が従来基準とされてきた合理的関連性 と同一の基準を意味するものかどうかは,必 ずしも明確ではない。ここでは,「実質的に 争点を同じく」する場合を例示するにとどま る。従来の下級審判例等で基準とされてきた 合理的関連性は,争点の実質的同一性のほか,
請求の基礎の同一性を挙げてきた。この点は,
今後の判例の展開に待たなければならない点 が残るが,「密接な」という文言に特別の意味 を含めては居らず,従来の基準を言い換えて
表現したにすぎないように思われる。いずれ にせよ,この判決は,客観的併合によりタイ 王国における著作権の帰属および独占的利用 権の有無を含めて日本の裁判所の国際裁判管 轄権を肯定している。この点は,マックス・
プランク知的財産法研究所の管轄規則提案 12 条aの1項3号で著作権等登録を要しな い知的財産権の有効性や帰属についても判決 が対世的効力を有すべき締約国の裁判所に専 属管轄を認めているのとは異なっている。
わが国に住所も主たる営業所を有さない外 国法人に対する外国における外国著作権侵害 に対し差止及び損害賠償の請求をした訴訟の 国際裁判管轄権については,東京地裁平成 14 年 11 月 18 日判決,判例タイムズ 1115 号 277 頁(鉄人 28 号事件判決)は,差止の国際 裁判管轄については,不法行為地がアメリカ 合衆国内にあり,不法行為の裁判籍がわが国 に有るということはできず,損害賠償につい ても同様であるとした18。不法行為地に損害 発生地も含まれると解されているが,この損 害は物理的損害で経済的損害まで含まれない とされており,不法行為の国際裁判管轄は否 定されたものといえる。また損害賠償金支払 の義務履行地が日本の原告の住所にあるとす る原告の主張は形式的に民事訴訟法5条1号 によって認められると解しても,「被告の予 測可能性,被告の経済活動の本拠地等を考慮 すると」,「当事者の公平,裁判の適正・迅速 を期するという理念に著しく反する」と特段 の事情があり,認められないとしている。
» 親会社に対する特許侵害訴訟の国際裁 判管轄権
日本の子会社に対する特許侵害訴訟におい て親会社を引き込むための要件が問題となっ た判例として東京地裁平成 13 年5月 14 日判 決,判例時報 1754 号 148 頁(上野製薬事件判 決)が挙げられる。わが国において眼圧降下 剤に関する特許発明の専用実施権を有する原 告Xが多国籍企業の外国親会社により日本子 会社と共同して日本特許権を侵害されたと主
張したが,共同不法行為地を日本国内に認め なかった事例である19。裁判所は,外国親会 社の個々の関連する行為が日本国内における 独立した不法行為または共同不法行為となる ことを要求した。
確かに,親子会社はそれぞれ法人権を異に する以上親会社が日本の会社と親子関係にあ ると主張するだけで子会社に対して提起され た訴訟に巻き込まれるのは妥当とはいえない。
しかし,この判決によると,外国親会社の外 国における日本特許侵害に向けられた行為を 管轄原因事実とみないことになる。これでは,
特許権所有者である親会社の有する当該薬品 製造に関する資料を提出させ,特許権を侵害 する事実を原告が証明することを著しく困難 にする。化学薬品会社に代表される巨大多国 籍企業は,研究開発は親会社が行い,その成 果も全て親会社に蓄積されていて,子会社に は製品に関する技術資料の重要な部分は知ら されておらず,単に販売に関する制限的な権 限が与えられているにすぎないのが通常であ る。この判決によると,特許権侵害について は,親会社が対処することが多いのに,他人 の特許侵害で訴えられる場合には,親会社が 日本国内で独立した不法行為となるような行 為を行っていないと主張すれば,被告となる のを回避することができ,原告からすれば,
特許侵害の事実を証明することが困難になる のである。
このような類型の事例における特許侵害の 不法行為に関する管轄原因の基礎となる事実 の証明としては厳格すぎるのではあるまいか。
また,少なくとも親会社の製品販売政策に基 づいて子会社が行動していると推定すること ができる一定の間接事実があり,親会社が子 会社の営業行為により経済的利益を受けてい る以上,親会社に対する国際裁判管轄を肯定 すべきではないかと思われる。この点につい ては,解決論としては,主観的併合(民訴法 38 条)の裁判籍に基づく国際裁判管轄権20や 法人格否認の法理の適用21などを検討してい
くことが必要であると思われる。
3.結びに代えて
以上,日本における知的財産訴訟の国際裁 判管轄権に関する判例を中心に考察した。
まず,特許権等の登録を要する知的財産権 の成否,有効・無効,登録自体に関する事項 については,登録国の専属管轄とすることを 当然の前提としている。しかし,著作権につ いては,その成否,帰属,有効性を含めて,
外国の著作権についても日本の裁判所が国際 裁判管轄権を有するものとみている。
つぎに,外国の特許権等の侵害訴訟に関し ては,かつては,属地主義の原則や特許独立 の原則を理由にして,日本の国際裁判管轄権 を否定しようとする有力な学説も見られたが,
現在では,これを肯定するのが通説的見解に なっている。従来満州特許事件に関する東京 地裁昭和 28 年6月 12 日判決やFM信号復調 装置事件に関する最高裁平成 14 年9月 26 日 第一小法廷判決のように外国特許権の侵害に 関する国際裁判管轄を肯定したとみられる判 決があったが,被告が国際裁判管轄権につき 徹底的に争った事件に関するものではなかっ た。それに対して,サンゴ化石粉体事件に関 する東京地裁平成 15 年 10 月 16 日判決は,特 許権の属地主義を根拠として国際裁判管轄権 を否定すべきとする被告の主張をしりぞけて 国際裁判管轄権を肯定しているのが注目され る。特許侵害訴訟における特許無効の抗弁の 主張を認め,侵害訴訟に国際裁判管轄権を有 する裁判所は,「当該特許が無効とされるこ とが確実に予見される」場合に限るかどうか は議論があるもののこれを判断することがで きるとする見解が有力になっている。このよ うに侵害訴訟の中で無効の抗弁を判断するこ とができるとみても,それを理由として侵害 訴訟の国際裁判管轄権を専属管轄とみる判例 は見当たらない。特許侵害訴訟につき属地主 義を根拠に国際裁判管轄権を否定した判決は,
外国の親会社の関連行為がそれ自体独立した 不法行為または共同不法行為となることを要 求した上野製薬事件に関する東京地裁平成 13 年 5 月 14 日判決のほか見当たらない。
また,著作権侵害に関する国際裁判管轄権 に関しては,原告が管轄原因事実として証明 すべき事実を原則として被告がわが国におい てした行為により原告の法益につき損害が生 じたとの客観的事実関係が証明されれば足り るとして,違法性阻却事由に関する事実を明 確に除外したウルトラマン事件に関する最高 裁平成 13 年6月8日第二小法廷判決がある。
従来の下級審判決が,管轄原因事実の証明に つき違法阻却事由に関する事実を含めて,不 法行為に関する要件事実の全体について一応 の証明を要求してきたのを変更したのである。
管轄原因事実について不法行為地については 柔軟に理解されている。
化学薬品特許の侵害につき日本の子会社だ けではなく外国の親会社についてもどのよう な要件のもとで国際裁判管轄権が認められる べきか。上野製薬事件判決は,この点につき 重要な問題点を含むものとして注目する必要 がある。少なくとも子会社が親会社の決定し た方針に基づきその指揮の下で行動している と推認できる事実があり,親会社が子会社の 営業活動により経済的利益を受けていること が証明されれば,主観的併合による国際裁判 管轄権を認めたとしても,「特段の事情」あ りとして国際裁判管轄権を否定すべきでない であろう22。
注
1 Vgl. Arnulf Weigel, Gerichtsbarkeit, inter- nationale Zuständigkeit und Territorialitäts- Prinzip im deutschen gewerblichen Rechts- schutz (1973) S.81.
2 実質法上の原則か,抵触法上の原則か,そ の双方を含むとしたらそれらの関係はどうな るのかが問題になる。
3 たとえば,木棚照一「知的財産法の統一と 国際私法」国際私法年報3号189頁以下参照。
4 出口耕自・判例紹介,コピーライト 2003
年1月号 26頁以下の主張は,属地主義を実 定法上の原則としては否定するものと思われ る。ただ,属地主義に領域限定という意味を 認めると,国際私法は不要とする見解の方が 説得的であるとされる点については飛躍があ るように思われる。領域限定の意味を認めた としても,それにどのような意味を認めるか によって異なり,侵害訴訟の裁判管轄を登録 国の専属とみない限り,国際私法原則は必要 になるからである。その場合に,権利の内容 や法規の性質から出発する方が説得的である というのであれば,その説明が不可欠になる。
5 属地主義の種々の場面における適用問題を インターネットを巡る問題を含めて論じたも のとして,小泉直樹「いわゆる属地主義につ いて―知的財産法と国際私法の間」上智法 学45巻1号1頁以下がある。
6 日本については,高部真規子「特許侵害訴 訟と国際裁判管轄権」中山信弘編『知的財産 法と現代社会― 牧野利秋判事退官記念』
(信山社,1999年)128頁,ヨーロッパにお ける状況について木棚照一『国際工業所有権 法の研究』(日本評論社,1989年)146頁以 下参照。
7 茶園成樹「外国特許権侵害事件の国際裁判 管轄権」日本工業所為有権法学会年報 21号 59頁,高部・前掲論文129頁参照。
8 たとえば,後述の二つの最高裁判決につい ては,次のようにいうことができる。つまり,
ウルトラマン事件に関する最高裁判決は,不 法行為に関する管轄権について被告に免責事 由がないことまで一応の証明を要求した下級 審判決を是正したものとみることができ,
FM信号復調装置事件(カードリーダ事件と も呼ばれる)に関する最高裁判決は,外国特 許権の侵害に関する問題を法例で定める準拠 法の問題が生じる余地がないとした高裁判決 を是正したものとみることができる。
9 この事件は,マレーシア国内のY(マレー シア航空)の営業所でYと国内旅客運送契約 を締結した日本人乗客が,ペナンからクア ラ・ルンプール行きのYの航空機に搭乗中に 航空機が墜落して死亡した場合に日本在住の 死亡した日本人の妻子が原告(X)となって Yに損害賠償請求を行った事例に関する。本 件判例研究としては,山田鐐一・民商法雑誌 88 巻1号 101 頁,澤木敬郎・判例タイムズ 651号 42頁,松岡博・法学教室 86号 106頁等 多数存在する。
10 本件は,千葉市で中古車販売を営む日本法 人Xがドイツに 20年以上居住する日本人Y
に対して 1987年 12月にフランクフルトで締 結した欧州各地からの自動車の買付け,預託 金の管理,代金の支払等の業務を委託するこ とを内容とする契約に基づいて自動車買付資 金として送金した 9,000万円余の預託金の返 還を請求した事例である。判例研究としては,
道垣内正人・ジュリスト 1133号 213頁,竹下 守夫=村上正子・判例タイムズ 979号 19頁,
海老沢美広・ジュリスト 1135号 288頁等があ る。
11 この点につき考察したものとして,たとえ ば,渡辺惺之「国際的な特許侵害訴訟の裁判 管轄は専属化すべきか?―ハーグ条約準備 草案の提起した問題」知財研フォーラム 44 号2頁以下参照。
12 吉藤幸耕著・熊谷健一補訂『特許法概説
〔 第 13 版 〕』( 有 斐 閣 , 1998 年 ) 480 頁 , 高 部・前掲論文135頁等参照。
13 たとえば,辰巳直彦「特許侵害訴訟におけ る特許発明の技術的範囲と裁判所の権限―
特許発明の技術的範囲の拡大と減縮」日本工 業所有権法学会年報 17号 20頁以下,また,
国際裁判管轄権についてこの点を肯定するも のとして,たとえば,茶園・前掲論文 75頁 参照。
14 この事件は,原告Xが被告Yの有する半導 体装置に関する特許侵害による損害賠償債務 の不存在の確認を求めた事例である。なお,
Yの特許発明は,原出願から分割出願された ものであるが,原出願については,「公知の 発明に基づいて容易に発明することができ る」として,拒絶査定が確定していた。本件 については,田村善之・ジュリスト 1202号 270頁,高部真規子・ジュリスト 1188号 79頁 等がある。この判決に近接して,知的財産研 究所から『特許の無効と侵害に関する調査研 究報告書』(平成12年3月)が出されている。
15 第一審判決については,中野俊一郎・ジュ リスト 1179号 311頁,上北武男・知的財産管 理 50 巻 8 号 1247 頁 , 松 本 直 樹 ・ 判 例 時 報 1700号 215頁等の判例研究があり,第二審判 決については,道垣内正人・著作権判例百選 [第三版](別冊ジュリスト 157号)234頁の解 説等がある。
16 この判決の判例研究としては,渡邊惺之・
ジュリスト1223号 106頁,田倉整・発明98巻 12号 111頁,木棚照一・私法判例リマークス 25号146頁等がある。
17 たとえば,木棚照一・松岡博・渡辺惺之
『国際私法概論[第三版補訂版]』(有斐閣,
2000年)258頁以下(渡辺)参照。
18 この判決の評釈については,たとえば,樋 爪誠・ジュリスト1244号299頁がある。
19 判例研究としては,たとえば,渡邊惺之・
L&T18号 20頁,道垣内正人・中山信弘他編
『特許法判決百選〔第3版〕』(2004年)206 頁がある。
20 江泉芳信「アメリカ合衆国判例にみる親子 会社の裁判管轄問題」島田征夫・江泉芳信・
清水章雄編『変動する国際社会と法―土井 輝生先生古希記念』(敬文堂,1996年)3頁 得に 32頁以下参照。一般的には,渡辺惺之
「判例にみる共同訴訟の国際裁判管轄」『二十 一世紀の法と政治―大阪大学法学部創立50 周年記念論文集』(有斐閣,2002年)393頁 以下,櫻田嘉章「主観的併合による裁判管轄 権」高桑昭・道垣内正人『国際民事訴訟法
(財産関係)』(青林書院,2002年)127頁以 下参照。
21 田中美穂「多国籍企業に対する統一体とし ての責任追及―実質法,抵触法及び規律管 轄の観点から」近大法学 48巻1号 106頁以下 参照。もっとも,この事例では,被告製品発 売から1年ほど経過した後,被告製品に薬害 が生じることが指摘され,被告は原告と和解 してライセンス契約を締結することで全面的 に解決された。
22 国際裁判管轄につき主観的併合を認めるか どうか,どのような条件で認めるかに関する 判例・学説については,櫻田・前掲論文 128 頁以下参照。