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(1)論文の構成

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氏 名 伊藤 尚子 学 位 の 種 類 博士(社会学)

報 告 番 号 甲第 563 号 学 位 授 与 年 月 日 2021 年 3 月 31 日

学 位 授 与 の 要 件 学位規則(昭和28年4月1日文部省令第9号) 第4条第 1 項該当

学 位 論 文 題 目 分散居住地域におけるマイノリティの老いとケア

――在日コリアン高齢者を事例に 審 査 委 員 (主査) 前田 泰樹

水上 徹男 野呂 芳明 小倉 康嗣

木下 康仁(聖路加国際大学大学院 看護学研究科特命教授)

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Ⅰ.論文の内容の要旨

(1)論文の構成

本論文は、10 章から構成されている。第 1 章では、分散居住地域で暮らす在 日コリアン高齢者の経験を、通所介護施設「いこいのマダン」というケアの「場」

から明らかにするという、本論の問いが提示されている。第 2 章では、先行研 究と本研究の視点が、第 3 章では、在日コリアン社会の歴史が示されている。

第 4 章では、第 2 世代による 2003 年の「いこいのマダン」創設の経緯が明らか にされ、第 5 章では、その「いこいのマダン」で生じてきた変化が、フィール ドワークにもとづいて記述されている。第 6,7 章は、介護者のインタビュー、第 8,9 章は、高齢者のインタビューから成る。第 6 章では、 「いこいのマダン」創 設時からかかわる第 2 世代介護者の語りから、介護者の経験と、介護施設の「場」

の意味づけが明らかにされる。第 7 章では、第 3 世代、第 4 世代介護者の語り から、介護者が行う傾聴というケアの中で、集合的記憶が形成されたことが示 されている。第 8 章では、第 1 世代、第 2 世代高齢者の語りから、高齢者が介 護施設を故郷として意味づけていたことが示される。第 9 章では、第 2 世代高 齢者の語りから、高齢者が、介護施設においてエスニック・アイデンティティ を見出してきたことが描かれている。第 10 章では、これまでに提示されたイン タビューにもとづく知見が整理され、本論文の意義が示されている。

(2)論文の内容要旨

本論文は、通所介護施設「いこいのマダン」において 2007 年から継続されて いるフィールドワークにもとづいて、分散居住地域で暮らす在日コリアン高齢 者が、どのような老いを迎えているのかを明らかにしたものである。 「いこいの マダン」は、2003 年に名古屋に開設された通所介護施設で、利用者は主に在日 コリアン高齢者である。

第 1 章では、著者が 2007 年にボランティアとして「いこいのマダン」に関わ り始めた経緯が記述されている。そこで著者が経験したのは、日本の通所介護 施設では感じられない、在日コリアン高齢者の「明るさ」であり、 「強さ」であ った。ここから、著者は、この「明るさ」や「強さ」の背景を明らかにするべ く、 「いこいのマダン」というケアの「場」の事例を通して、分散居住地域で暮 らす在日コリアン高齢者は、どのような老いを迎えているのか、という本論文 の問いを立てる。

この問いに答えるために、第 2 章では、在日コリアン高齢者研究を中心に先

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行研究を概観し、福祉研究を中心としてなされてきた研究群に対して、社会学 的な視点を導入する必要性を提示する。その上で、本論文の分析の視点として、

「世代継承性と集合的記憶」、「故郷」、「ケアの場」という3つの概念が導入さ れている。

第 3 章では、 「いこいのマダン」が置かれている中京地域の状況を理解するた めに、在日コリアンの歴史が概観されている。これらの分散居住地域は、集住 地域と比較して、エスニックビジネスが成立しにくい状況にある。 「いこいのマ ダン」のある地区においても、第 1 世代高齢者の語りから過去には朝鮮人街が 存在していたことが伺われるが、現在は朝鮮人街も衰退し、分散居住地域特有 の困難を抱えていることが示唆される。

第 4 章では、第 1 世代の高齢化にともなって生じた介護課題への対応が迫ら れる中で、日本において導入された介護保険制度のもとで、通所介護施設「い こいのマダン」が 2003 年に創設された経緯が明らかにされている。立ち上げに かかわったのは、第 1 世代の親を持つ在日コリアン第 2 世代である。第 2 世代 は、自らの親が高齢化する中で、初めて高齢者介護の問題に直面した。日本に おいて困難な位置にあった第 1 世代への介護は、多様な価値観をもつ第 2 世代 のネットワークを介して、介護保険制度の中でのエスニックビジネスとして展 開されることになった。こうしてエスニック共同体と日本の福祉制度を媒介す る場所として、双方の文脈に立脚して立ち上げられたのが「いこいのマダン」

であった。

著者によって 2007 年に開始された「いこいのマダン」でのフィールドワーク は、本論文が提出された 2020 年現在まで続けられている。第 5 章では、そのフ ィールドワークによって得られた資料を用いて、 「いこいのマダン」で生じた変 化を、 「使用言語及び習慣の変化」 「介護プログラムの変化」 「高齢者に提供され る食事の変化」という、3 つの側面から描いている。

本論文の後半部の第 6,7 章は、介護者のインタビュー、第 8,9 章は、高齢者の インタビューから構成されている。第 6 章では、 「いこいのマダン」創設時から かかわる第 2 世代の A さんの語りが分析される。朝鮮半島の家族の情報から切 り離されていた A さんにとって、第 1 世代が、自らと朝鮮半島をつなぐ存在だ った。A さんは、自らの父親をはじめ第 1 世代高齢者のための場所として「い こいのマダン」を作ってきた。A さんの語りにおいては、自らが受けた差別の 経験に、第 1 世代が受けてきた差別の経験が重ね合わされており、このように して、世代を超えた「記憶の場」が作られることになってきたのである。

続く第 7 章では、 「いこいのマダン」ではたらく第 3 世代(B さん、 C さん) 、

第 4 世代(D さん)の介護者の語りから、在日コリアン高齢者介護が、若者世

代にとってどのような意味を持つのかが、分析される。第 3 世代、第 4 世代の

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若い介護者は、介護業務の一つである「傾聴」という形で、高齢者の過去の記 憶を聞くことになる。そうした若者は、介護業務を通じて、初めて高齢者から 在日コリアンの生きた経験を聞く機会を得ることになったのである。後続世代 にとって、 「いこいのマダン」は、在日コリアン高齢者からの経験の伝達の機会 を提供するものだった。

第 8,9 章は、 「いこいのマダン」を利用する高齢者の語りが分析される。第 8 章で登場するのは、エスニック・コミニュティとのかかわりを持ち、同胞から の情報提供を受け、 「いこいのマダン」を利用するようになった利用者たち(E さん、F さん、G さん)である。第 1 世代である E さん、F さんは、政治的な 背景から幼少期の思い出のある故郷を失ったため、想像の故郷を「いこいのマ ダン」に見出していた。第 2 世代である G さんは、朝鮮半島に見いだせなかっ た故郷の代替として、親世代の故郷を理想郷として想像し、その場の意味を「い こいのマダン」に重ねていた。

続く第 9 章に登場するのは、地方都市で通名を使いながら生活してきた在日 コリアン第 2 世(H さん、I さん)である。エスニック・コミュニティに所属せ ず、分散居住地域に居住する在日コリアンは、高齢期になって介護保険が適用 されるようになってから、 「いこいのマダン」を利用するようになり、そこで朝 鮮人アイデンティティを見出していくことになる。利用者たちは、そこで朝鮮 人文化を学び、後続世代との接触によって、集合的記憶の中に自己を置くこと ができた。 「いこいのマダン」は、高齢期においてエスニック・アイデンティテ ィの取戻しを生じさせる「場」としての役割を担っていたのである。

終章となる第 10 章では、これまで提示されてきた知見が、 「世代継承性と集 合的記憶」 、 「故郷」 、 「ケアの場」という 3 つの視点から考察されている。分散 居住地域で暮らすエスニック・マイノリティにとって、通所介護施設のような ケアの場が、 「集合的記憶」を作り上げていく場を担いうる、というのが、本論 文の重要な知見である。通所介護施設では、 「傾聴」のようなケアの技術を通じ て、在日コリアン高齢者が持つ記憶が伝達され、世代間の継承を促していた。

こうした通所介護施設には、単に介護する/される関係を超えた、意味づけ

がなされている。ケアを受ける高齢者からすれば、第 1 世代にとっては、かつ

て経験し、失われてしまった朝鮮半島の故郷の代わりとして、また、第 2 世代

にとっては、記憶のない朝鮮半島の故郷の代わりとして、あらたな故郷を創造

する試みでもあった。朝鮮半島の文化を介護に生かすことを目的として第 2 世

代によって作られた「いこいのマダン」は、そのような意味での「故郷」が重

ね合わされていく場でもあったのである。また、ケアを提供する若者世代から

しても、 「いこいのマダン」は、在日コリアン高齢者から在日コリアンとしての

記憶を受け取る場であった。 「ケアの場」としての「いこいのマダン」は、ケア

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の享受の関係を通じて、在日コリアンとしての記憶の共同想起が行われる場で もあったのである。ここで想起される「集合的記憶」は、在日コリアンとして のエスニック・アイデンティティの揺らぎを修正する方向に働いていた。ここ には、通所介護施設を「記憶の場」としなければ、自らの在り方を維持するこ とが難しい、分散居住地域を生きる在日コリアン固有の困難を見ることができ る。

本論文の問いとして掲げられた、分散居住地域で暮らす在日コリアンが持つ

「明るさ」、「強さ」は、これまで見てきたような、通所介護施設「いこいのマ

ダン」が持つ、固有の特性に由来している。在日コリアンとしての多様な記憶

を集積するべく作られた「集合的記憶」の「場」は、それぞれが自らの存在を

開示し、日常で経験してきた困難を語り分かちあうことを可能にする場でもあ

った。この「場」が、朝鮮人として日本で生きていくための土台となる文化を

作り、記憶を継承していく役割を果たしていたこと、これこそが、 「いこいのマ

ダン」という一つの通所介護施設が、 「明るさ」と「強さ」を備えた場となって

いた理由である。本論文は、そのように結論づけている。

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Ⅱ.論文審査の結果の要旨

(1)論文の特徴

本論文には、大きく 2 つの特徴がある。一つは、本論文が、2007 年から開始 された非常に長期に渡るフィールドワークの成果として描かれたエスノグラフ ィーであることである。そして、もう一つは、フィールドとなった通所介護施 設「いこいのマダン」が、非常に多様な文脈が交錯する中で成立した極めて特 異な固有性を持った場である、ということである。

本論文の執筆作業は、通所介護施設で出会った在日コリアンの「明るさ」と いう、最初に受け取った衝撃を、著者が引き受けるところから始まっている。

この「明るさ」の理由を明らかにするためには、 「いこいのマダン」が置かれて いる多様な文脈を解きほぐしながら、それらの文脈の交差する場として、描き きる必要があった。著者は、分散居住地域である中京地域の在日コリアンの歴 史と、日本において介護保健制度が導入されてきた文脈とが交差する場で、 「い こいのマダン」の創設の経緯を描いている。

その上で、著者は、ケアの場である通所介護施設が、 「集合的記憶」を作り上 げていく場でもあり、エスニック・アイデンティティを取り戻していく場にも なっているという、この論文の主要な知見を提示している。こうした多様な文 脈が交差する重層性のもとでこそ、被差別経験を重ね合わせることが、通所介 護施設を、世代を超えた記憶の場とするのだし、ケアの場での「傾聴」のよう な技術が、世代を超えて記憶を継承することを可能にもするのである。

こうした重層性をたたえた一つの場が、豊かな世界を作り出している。その 一つの可能性を描ききったことは、本論の大きな意義である。

(2)論文の評価

本論文は、予備審査、本審査による度重なる修正要求を受けて、大幅に改稿・

改善されたものであり、公聴会および審査委員会においては、本論文が完成稿 へとたどり着いたこと自体が、著者の長期に渡るフィールドワークの労ととと もに、高い評価を得たものである。

本論文の肯定的な評価については、その主要な特徴に即して、次のように述

べることができる。第一に、 「いこいのマダン」という多様な文脈が交差する固

有の場を描ききったことは、高く評価できる。第一義的には、通所介護施設と

いうケアの場におけるケアの享受の関係が持つダイナミズムを描いていること

になるのだが、高齢者へのケアが分散居住地域における在日コリアンにとって

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の問題であったことが重ね合わされるとき、ケアの享受の関係に加えて「集合 的記憶」の場としての豊かな世界が浮かび上がってくる。まずは福祉社会学や 保健医療社会学の文脈で評価される価値を持った作品であるが、これらの領域 を超えた社会学的意義を持ちうるものと言える。

第二に、こうした記述が、長期に渡るフィールドワークにもとづいてなされ ていることが、高く評価できる。本論文は、 「いこいのマダン」で経験した「明 るさ」と「強さ」という最初の衝撃を、率直にフィールドから問いとして受け 取り、フィールドワークの中で感受してきたことが結実した結果にほかならな い。そうしたフィールドワークの継続は、著者自身の看護師としての実務経験 や、韓国留学による語学力などにも依拠しつつも、フィールドから受け取った 初発の問いに向きあって記述を重ねたことにより、社会学的なエスノグラフィ ーとして評価しうるものになっている。

さらに、特筆すべきことだが、このように固有の世界を丁寧に描いたからこ そ、本論文は、他で起こりうることを想起させる力を持ったものになっている。

このことは公聴会の場において、本論文の記述に触発された語りが複数の参加 者によって語られたことによっても示されている。

他方で、本論文には、経験的記述の構成に関して、いくつかの問題も指摘さ れている。第一に、ライフストーリーの方法論から考えた場合に、語られた語 りを支える記述の不足がある。 「いこいのマダン」は、実際に饒舌に語るかどう かにかかわらず、生き方としての語りが生成する場として理解できる。語りと しての生が表現しにくい場で、「集合的記憶」にふれることによって、あるい は調査者が介在することで、語ることができるようになっていくダイナミズム が、調査者自身がフィールドワークによって知り得た文脈とともに、より有機 的に記述することができたはずである。

第二に、個々の記述がおかれている文脈については、より精緻に切り分けて 記述ができたのではないか、という指摘がある。それぞれの多様な経験の記憶 が集まって集合的記憶が立ち上がるところに分析のポイントがあるはずだが、

それにもかかわらず、当事者たちの経験の同一性を前提としていると読まれか ねない記述が見られた。また、分散居住地域で起こることとして記述された論 点については、在日コリアン全体においても問題になりうることが含まれてい るのでは、という疑義もあった。どこまでがどのような意味で、在日コリアン 全体にかかわるもので、どこからが特に分散居住地域の問題なのか、という点 は、文脈の記述をより精緻にすることで、明瞭に示し得たことであろう。

さらに、本論文に対して、公聴会の場で、今後に期待される課題が提起され

ていたことを付言しておく。一つには、 「いこいのマダン」が日本の介護保険制

度など複数の文脈のもとで成立したものである以上、本論文でも触れられた介

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護保険制度の改正などの影響のもとでどのように維持されていくことができる のか、という問いがある。もう一つには、通所介護施設に通うことが難しくな った在日コリアン高齢者たちの問題をどう考えるか、という問いが提起された。

以上のように、本論文に対して指摘された論点は、今後の著者の研究活動の

中で向き合っていくことが期待されるものであるが、同時にこうした論点自体

が、 「いこいのマダン」という世界を、一つの可能性として描ききった本論文に

よって、開かれた問いでもある。その意味で、本論文の価値を損なうものでは

ない。本審査委員会は、今後の課題を含めた本論文の価値と申請者の可能性と

を高く評価し、全員一致で申請者への博士号授与を可とするものと判断する。

参照

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