明
治
前
期
に
お
け
る
﹁信
教
の
自
由
﹂
の
獲
得
と
受
容
︱
浄
土
宗
政
を
中
心
と
し
て
︱
林
田
康
順
一 は じ め に ︱ 問 題 の 所 在 ︱ 明 治 前 期 は 、 浄 土 宗 を は じ め と す る 仏 教 界 に と っ て 、 未 曽 有 の 困 難 な 時 代 で あ っ た 。 政 府 に よ る 神 道 ・ 仏 教 の 分 離 、 仏 教 軽 視 政 策 に よ っ て 廃 仏 毀 釈 と い う 暴 挙 が 引 き 起 こ さ れ る な ど 、 仏 教 界 は 、 め ま ぐ る し く 変 わ る 政 府 の 機 構 に 厳 し く 管 理 ・ 統 制 さ れ 、 そ の 政 策 に 幾 度 と な く 翻 弄 さ れ な が ら も 、 地 道 に 抵 抗 を 重 ね た 。 そ の 結 果 、 明 治 五 年 に は 、 神 仏 合 併 大 教 院 が 誕 生 し た 。 し か し 、 そ の 実 態 は 神 主 仏 従 大 教 院 と い う あ り さ ま で あ っ た 。 そ し て 、 合 併 大 教 院 の 崩 壊 後 、 浄 土 宗 大 教 院 を は じ め 各 宗 独 立 し た 大 教 院 が 、 明 治 八 年 に 開 設 さ れ 、 明 治 十 八 年 に 及 ん だ 。 と こ ろ で 、 当 該 時 期 の 浄 土 宗 史 を 概 説 し た 主 要 な 著 書 ・ 論 文 と し て 九 書(1) が 挙 げ ら れ 、 そ こ に 記 載 さ れ る 主 要 事 項 の 有 無 を 比 較 し て み る と 注 目 す べ き こ と が 分 か る 。 す な わ ち 明 治 八 年 九 月 四 日 の ﹃ 浄 土 宗 大 ・ 中 教 院 事 務 章 程 ・ 規 則 ・ 職 制 ﹄ の 通 達 、 同 十 一 月 二 七 日 の ﹁ 信 教 ノ 自 由 ﹂ の 口 達 、 同 十 二 月 の ﹃ 浄 土 宗 教 会 規 則 並 施 設 方 法 ﹄ の 制 定 経 緯 お よ び そ の 通 達 、 明 治 九 年 三 月 の ﹃ 浄 土 宗 鎮 西 派 規 則 ﹄ の 制 定 経 緯 に つ い て 九 書 す べ て が 、 な ん ら 触 れ る こ と が な く 、 ま た 、 明 治 十 八 年 五 月 十 日 の 浄 土 宗 大 教 院 廃 止 に つ い て も 一 書 の み が 、 協 議 の 末 の 決 定 事 項 の 一 つ と し て 羅 列 し て い る に す ぎ な い 点 で あ る 。 さ ら に 、 当 該 時 期 の 浄 土 宗 史 の 主 要 年 表 と し て 挙 げ ら れ る 五 書(2) に つ い て も そ の 有 無 を 探 っ て み る と 、 大 教 院 廃 止 こ そ 多 く の も の に 記 載 が あ る の に 対 し 、 そ れ 以 外 は 、 年 表 に 記 載 の あ る も の さ え 少 な く 、 ﹃ 浄 土 宗 教 会 規 則 ﹄ の 制 定 経 緯 お よ び そ の 通 達 、 ﹃浄 土 宗 鎮 西 派 規 則 ﹄ の 制 定 経 緯 な ど は 、 一 切 触 れ ら れ て い な い の で あ る 。 ま た 管 見 で あ る が 、 そ の 他 の 先 学 に も こ う し た 事 項 を 取 り 上 げ た 論 考 は 見 い だ せ な い 。 し か し 、 こ う し た 一 連 の 事 項 は 信 教 の 自 由 の 獲 得 と 受 容 と い う 視 点 か 印 度 學 佛 教 學 研 究 第 四 十 三 巻 第 一 号 平 成 六 年 十 二 月-189-明 治 前 期 に お け る ﹁ 信 教 の 自 由 ﹂ の 獲 得 と 受 容 ( 林 田 ) ら み た 場 合 、 明 治 時 代 の 浄 土 宗 、 い や 仏 教 界 を 考 え る 上 に 非 常 に 重 要 な タ ー ニ ン グ ポ イ ン ト と 考 え ら れ る 。 そ こ で 、 こ う し た 激 動 す る 時 代 の 明 治 政 府 の 宗 教 政 策 と 浄 土 宗 を は じ め と す る 仏 教 各 宗 の 大 教 院 時 代 の 動 向 に つ い て 、 僧 侶 や 一 般 国 民 が 有 し た 信 教 の 自 由 の 発 現 形 態 は い か な る 変 遷 を 経 た の か 、 さ ら に 、 そ れ が 明 治 八 年 十 一 月 の ﹁ 信 教 ノ 自 由 ﹂ の 口 達 を 契 機 に し て ど の よ う に 改 変 し 、 仏 教 界 で は い か に 受 容 さ れ て き た の か に つ い て 検 討 し た い 。 な お 紙 面 の 制 約 上 、 本 稿 で は そ の 要 点 の み を 指 摘 し 、 詳 細 は 別 稿 を 期 す こ と と し た い 。 二 序 論︱ 信 教 の 自 由︱ 日 本 国 憲 法 の 信 教 の 自 由 に つ い て 教 化 者 (僧 侶 な ど ) と 受 容 者 (信 者 ) と が 、 そ れ ぞ れ に 必 要 と す る 積 極 的 信 教 の 自 由 の 発 現 形 態 を 次 の 十 種 に 細 分 化 す る こ と が で き る と 思 わ れ る 。 そ の 両 者 に 必 要 な も の と し て ① 信 仰 を 持 つ 自 由 、 ② 信 仰 を 告 白 す る 自 由 の 二 種 、 教 化 者 に 必 要 な も の と し て ③ 宗 教 上 の 儀 式 を す る 自 由 、 ⑤ 布 教 を す る 自 由 、 ⑧ 宗 教 上 の 集 会 を 行 う ・ 結 社 を 作 る 自 由 、 ⑩ 宗 教 団 体 の 自 律 的 運 営 の 四 種 、 受 容 者 に 必 要 な も の と し て ④ 宗 教 上 の 儀 式 に 参 加 す る 自 由 、 ⑥ 布 教 を 受 け る 自 由 、 ⑦ 布 教 を 受 け 容 れ る 自 由 、 ⑨ 宗 教 上 の 集 会 ・ 結 社 に 参 加 す る 自 由 の 四 種 で あ る 。 三 本 論︱ ﹁ 信 教 の 自 由 ﹂ の 獲 得 と 受 容︱ 明 治 初 年 か ら 浄 土 宗 大 教 院 が 崩 壊 す る 明 治 十 八 年 ま で を 信 教 の 自 由 の 視 点 か ら 四 期 に 分 け 、 そ の 分 類 の 理 由 を 明 ら か に し 、 各 時 期 に 政 府 に 認 め ら れ た 積 極 的 信 教 の 自 由 の 発 現 形 態 は ど こ ま で な の か を 推 定 し 、 そ の 受 容 と 意 義 を 考 察 す る 。 1 仏 教 軽 視 政 策 時 代 (明 治 元 年 ∼ 五 年 三 月 ) 廃 仏毀 釈 へ の 態 度 、 仏 教 寺 院 の 公 的 管 轄 機 関 の 欠 如 な ど 、 こ の 時 期 の 政 策 を 検 討 す る と 、 政 府 は 、 積 極 的 信 教 の 自 由 の 発 現 形 態 の 中 、 信 仰 を 持 つ 自 由 ・ 信 仰 を 告 白 す る 自 由 と い っ た 自 己 の 内 心 に 留 ま り 得 る 自 由 の み を 認 め て い る に す ぎ な い と 思 わ れ る 。 2 神 仏 合 併 ( 神 主 仏 従 ) 大 教 院 時 代 (五 年 四 月 ∼ 八 年 四 月 ) 教 導 職 制 度 の 導 入 、 神 仏 合 併 大 教 院 の 設 立 な ど 、 こ の 時 期 の 政 策 を 検 討 す る と 、 第 一 期 の 信 教 の 自 由 と 比 較 し て 、 そ の 実 質 は む し ろ 狭 め ら れ た と 考 え ら れ る 。 な ぜ な ら 大 教 院 な ど で 強 行 さ れ た 信 仰 対 象 と し て の 本 尊 を 神 道 の 本 尊 に す り 替 え て し ま っ た こ と 、 教 化 者 と し て の 僧 侶 が 、 三 条 の 教 則 ・ 十 一 兼 題 ・ 十 七 兼 題 と い う 神 道 に 基 づ い た 布 教 し か 許 さ れ ず 、 そ の 講 案 を 提 出 せ し め ら れ た こ と な ど は 、 自 己 の 内 心 に 留 ま り 得 る 自 由 さ え も 認 め ら れ な く な っ た と 捉 え ら れ る か ら で あ る 。 3 浄 土 宗 大 教 院 時 代Ⅰ (八 年 五 月 ∼ 十 七 年 七 月 )
-190-こ の 時 期 は 、 ﹁ 信 教 ノ 自 由 ﹂ の 口 達 を 契 機 に し て 、 各 宗 に 自 由 な 布 教 活 動 が 認 め ら れ た こ と に 注 目 す べ き で あ る 。 法 令 な ど に 伺 え る 政 府 の 意 図 と し て は 、 あ く ま で も 三 条 の 教 則 は 遵 守 せ ね ば な ら な い も の で あ っ た が 、 浄 土 宗 で 実 際 に 制 定 さ れ た 各 種 の 規 則 を み る と 、 そ う し た 法 令 に 表 面 的 に は 従 い つ つ も 、 ほ と ん ど そ の 影 響 は 見 ら れ ず 、 浄 土 宗 義 に も と つ い て 制 定 さ れ た も の と み て よ い と 思 わ れ る 。 そ れ が ﹃ 浄 土 宗 大 教 院 規 則 ﹄ の 本 尊 の 規 定 で あ り 、 ﹃ 浄 土 宗 教 会 規 則 ﹄ 中 ﹁ 浄 土 宗 教 会 制 規 ﹂ の 信 条 お よ び ﹁ 浄 土 宗 教 会 施 設 方 法 ﹂ の 誓 約 の 規 定 で あ り 、 宗 義 に も と つ く ﹁ 学 科 正 則 ﹂ を 規 定 し 、 宗 義 を 広 め る ﹁ 説 教 ﹂ の 重 視 を 説 い た ﹃ 浄 土 宗 鎮 西 派 規 則 ﹄ で あ る 。 か つ て 伊 藤 唯 真 氏 が 、 明 治 仏 教 徒 の 著 作 を 検 討 し 明 治 十 年 頃 を 契 機 と し て 、 そ の 内 容 が 、 ﹁ 防 禦 扶 宗 ﹂ か ら ﹁﹁ 顕 正 一 新 ﹂ へ 、 つ ま り ﹁ 危 機 的 緊 張 か ら 発 展 へ の 緊 張 へ と 推 移 し て 行 く(3) ﹂ と 述 べ ら れ て い る が 、 仏 教 徒 を し て そ う し た 意 識 変 革 を も た ら し め た の が 、 ﹁ 信 教 ノ 自 由 ﹂ の 口 達 に 裏 付 け ら れ た 、 そ の 獲 得 の 自 負 と 信 仰 へ の 自 信 と 言 え る 。 こ の 第 三 期 を 信 教 の 自 由 の 視 点 か ら み る と 、 そ の 自 由 は 格 段 に 広 が っ た 。 つ ま り 、 自 己 の 内 心 に 留 ま り 得 る こ と が 可 能 な 自 由 以 外 に も 、 前 述 の 各 種 規 則 に 記 載 の あ る 在 家 ・ 出 家 用 の ﹁ 法 式 ﹂ の 制 定 と い っ た 儀 式 を す る 自 由 、 各 寺 院 に お い て 宗 義 に 基 づ く 説 教 を 月 三 度 義 務 づ け る な ど の 布 教 活 動 の 自 由 、 そ れ ら に 付 随 す る 集 会 ・ 結 社 の 自 由 も 認 め ら れ た と 考 え ら れ る 。 4 浄 土 宗 大 教 院 時 代 Ⅱ (十 七 年 八 月 ∼ 十 八 年 五 月 ) こ の 時 期 は 、 人 事 権 も 各 宗 の 管 轄 に お か れ た こ と に 注 目 す る 必 要 が あ る 。 つ ま り 、 神 道 の 布 教 を 第 一 義 と し て 生 ま れ た 教 導 職 、 大 教 院 の 廃 止 に よ っ て 、 宗 教 団 体 の 自 律 的 運 営 が 認 め ら れ 、 神 道 国 教 化 政 策 の 殻 が よ う や く 取 れ た こ と に な る 。 こ こ に 至 っ て 教 化 者 と し て の 僧 侶 に 必 要 な 積 極 的 信 教 の 自 由 の 権 利 が ほ ぼ 獲 得 さ れ 、 そ の 派 生 と し て 受 容 者 と し て の 信 者 に 特 有 な 権 利 も 充 足 さ れ る こ と と な り 、 近 代 浄 土 宗 、 ひ い て は 仏 教 教 団 発 展 へ の 基 盤 が 固 め ら れ る の で あ る 。 1 ① 岩 崎 敲 玄 氏 ﹃ 浄 土 宗 史 要 ﹄ ( 明 治 四 三 年 ) ② 大 島 泰 信 氏 ﹃ 浄 土 宗 史 ﹄ ( 大 正 三 年 ) ③ 藤 本 了 泰 氏 ﹁ 明 治 時 代 の 浄 土 宗 ﹂ (﹁ 現 代 仏 教 ﹂ 一 〇 五 号 ) (昭 和 八 年 ) ④ 恵 谷 隆 戒 氏 ﹃ 略 述 浄 土 宗 史 ﹄ ( 昭 和 九 年 ) ⑤ 恵 谷 隆 戒 氏 ﹃ 概 説 浄 土 宗 史 ﹄ (昭 和 十 一 年 ) ⑥ 香 月 乗 光 氏 ・ 伊 藤 唯 真 氏 ﹃ 日 本 の 宗 教 二 ・ 浄 土 宗 ﹄ (昭 和 三 六 年 ) ⑦ 成 田 俊 治 氏 、 伊 藤 唯 真 氏 、 平 祐 史 氏 ﹃ 浄 土 宗 史 ﹄ (昭 和 四 十 年 ) ⑧ 大 橋 俊 雄 氏 ﹁ 浄 土 宗 近 代 百 年 の あ ゆ み ﹂ ( ﹃浄 土 宗 近 代 百 年 史 年 表 ﹄ ) (昭 和 六 二 年 ) ⑨ ﹃ 浄 土 宗 布 教 伝 道 史 ﹄ (平 成 五 年 ) 2 ① 越 智 専 明 氏 ﹃ 浄 土 宗 年 譜 ﹄ ( 明 治 三 一 年 ) ② 伊 藤 祐 晃 氏 ﹁新 編 浄 土 宗 年 表 ﹂ (﹃ 通 俗 浄 土 宗 学 講 座 ﹄ 上 篇 ) (大 正 十 五 年 ) ③ 藤 本 了 泰 氏 ﹃ 浄 土 宗 大 年 表 ﹄ ( 昭 和 十 六 年 ) ④ ﹁ 浄 土 宗 略 年 表 ﹂ (﹃ 浄 土 宗 大 辞 典 ﹄ ) ( 昭 和 五 七 年 ) ⑤ 大 橋 俊 雄 氏 ﹃ 浄 土 宗 近 代 百 ' 年 史 年 表 ﹄ ( 昭 和 六 二 年 ) 3 伊 藤 唯 真 氏 ﹁ 明 治 仏 教 徒 の 危 機 意 識 と 学 問 ∼ 福 田 行 誡 上 人 を め ぐ っ て ∼ ﹂ ( ﹃ 仏 教 論 叢 ﹄ 第 三 号 七 七 頁 ) (昭 和 二 九 年 ) ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 明 治 、 信 教 の 自 由 、 浄 土 宗 、 大 教 院 、 教 会 ( 大 正 大 学 綜 合 仏 教 研 究 所 研 究 員 ・ 浄 土 宗 総 合 研 究 所 研 究 員 ) 明 治 前 期 に お け る ﹁ 信 教 の 自 由 ﹂ の 獲 得 と 受 容 (林 田 )