114 日本看護倫理学会誌 VOL.7 NO.1 2015
■ 日本看護倫理学会第7回年次大会 教育講演 3
看護実践に活かす「臨床倫理」の考え方:
「臨床倫理」支援体制の構築
Clinical ethics in nursing: construction of clinical ethics support
板井孝壱郎
◉宮崎大学大学院医学獣医学総合研究科生命・医療倫理学分野 教授 宮崎大学医学部附属病院中央診療部門 臨床倫理部 部長(併任)
近年、伝統的な「医の倫理」をめぐる状況は大きく 変貌し、生命科学研究や新薬開発、医師主導型臨床研 究等における「研究倫理」の問題、そして終末期医療 における延命治療の差し控え・中止や、遺伝子診断等 をめぐる「臨床倫理」の重要性がますます注目される ようになってきた。安全管理業務や医療の質向上な ど、病院機能評価をはじめとする医療マネジメントを 考える上でも、今や「倫理」は欠かせない時代である。
もはや、ただひたすらに「患者のために」というモラ ル意識や善意から、医療従事者が 粉骨砕身、懸命に 身を捧ぐ という姿勢だけでは対応しきれない「倫理 的問題」が頻発している。
宮崎大学医学部にも1993年から臨床研究プロト コールを審査する「医の倫理委員会(Research Ethics Committee)」は設置されていたが、それとは別に、
2012年4月 よ り 附 属 病 院 に「臨 床 倫 理 委 員 会
(Clinical Ethics Committee)」を 新 設 し、 同 年6月
「臨床倫理コンサルテーション」の仕組みも公式に立 ち上げた。さらに同年9月、附属病院中央診療部門の ひとつとして「臨床倫理部」を創設した。「臨床倫理 部」の前身となる倫理コンサルテーション・ルーム
【喫茶☆りんり】の取り組みは、2002年9月から始め ていたが、現場医師の多くは治療方針に関する「迷 い」、特に倫理的法的妥当性に関する「不安」から倫理 コンサルテーション依頼をすることが多く、また、自 分たち医師の考え方が社会で通用する「常識」なのか について疑問を持つケースも見られた。その一方で、
看護師やその他の医療従事者は、医師と患者さん、ま たはそのご家族との「板ばさみ」になって、「患者の権 利擁護者」としてどのように行動すべきかという苦悩 を抱えるようになり、医師の見解と患者さんやご家族 の気持ちとの双方に一定の説得力がある場合、看護ス
タッフの倫理的ジレンマは、よりいっそう深いものと なる傾向にある。
確かに日本国内でも、終末期医療に関する様々なガ イドラインが、厚生労働省や日本医師会のみならず、
各学会レベルでも提示されるようになった。しかし、
そうした「文書」を一読しただけでは、法的・倫理的 トレーニングを受けていないと「抽象的すぎてよくわ からない」という事態も起こっている。しかもこうし たガイドラインは頻繁に改訂される。ところが、現場 の医療スタッフたちは、こうしたガイドラインを読ん でいる暇がないくらい多忙さを極めている一方で、
「知らなかった」では済まされないと言われてしまう。
そして結局、「もちろん『倫理』は大事だとは思うけれ ど、でも臨床現場ではどう活かせば良いのか、わから ない…」と思い悩むようになり、さらに日々の仕事を こなすのに精一杯という忙しさの中で、「何かおかし い気はするのだけれど、でも、そんな気持ちに目を向 ける余裕もないし、そんなことしたら自分が倒れてし まう」という精神的にも限界に近い状態の医療スタッ フも決して少なくない。
こうした状況の中で、医療専門職に求められる倫理 性ということを考えるにあたり、現場スタッフ個々人 の「高潔なる人格性」ということに期待するだけでは、
臨床現場における倫理問題に対処することはできな い。そればかりか、むしろ真面目で責任感の強い医療 スタッフほど、倫理問題を独りで抱え込んでしまい自 分だけで解決しようとする結果、バーン・アウト(燃 え尽き)させてしまうことにも結び付きかねない。確 かに「共感的姿勢で善意から患者に接する」という医 療専門職の「モラル(道徳性)」は重要なことではあ る。けれども、同時にそこには大きな 落とし穴 が あることに留意しなくてはならない。実際には、ひと
日本看護倫理学会誌 VOL.7 NO.1 2015 115 りひとりの医療専門職が「患者さんのために高潔なる
人格性を高め、献身的・自己犠牲的に努力する」こと を過度に要求する「倫理」こそが、かえって責任感の ある医療スタッフほど倫理的問題を自分独りで解決し ようと抱え込み、「独善」に陥る傾向性を助長するリ スクを高めてしまう。
平成20年2月に公表された日本医師会「医師の職業 倫理指針」にも、延命治療の差し控え及び中止に関わ る臨床決断を行うにあたっては、「医師は一人で決定 してはならない」と記されている。この点に関して
は、平成19年5月の厚生労働省「終末期医療の決定プ
ロセスに関するガイドライン」においても、終末期に おける延命治療等の開始・変更・中止を行うにあたっ ては、医療者は一人で決めるのではなく、「医療・ケ アチーム」で検討すること、また病棟では対応できな い事案については、当該施設の倫理委員会にての検討 を申請すること等、組織的にアプローチすることが明 記されている。
一刻一秒を争うような救命救急の現場はもちろんで あるが、どの「現場」においても、担当医をはじめ医
療チームは、深い倫理的悩みに直面する。そうした時 に、個人の道徳的努力のみを過度に求める「倫理」で は、かえって責任感のある医療従事者ほど、倫理的問 題を自分独りで解決しようと抱え込み、時にはバー ン・アウト(燃え尽き症候群)にまで追い込んでしま う。そうならないためにも、「複数の医師及び看護師 等が連携して対応を決めていくことのできる体制の確 立」が不可欠である。
医療スタッフへの「倫理サポート」のシステム構築 を伴った組織的対応がとられることなく、もし「倫理 原則」だけが抽象的に振りかざされるならば、それは 医療現場に混乱をもたらすだけでなく、倫理的感受性 の高い看護師等の現場スタッフがバーン・アウトして しまう。医療従事者が「独善」に陥ることなく「チー ム」でアプローチし、また患者さんやご家族の揺れ動 く心理に寄り添える「体制づくり」を進めること、そ の役割の一翼を担うのが「臨床倫理コンサルテーショ ン」であり、またこうした活動を統括することが、組 織としての「臨床倫理部」のミッションである。