の構築と実践的検証
協同学習の観点を中心に
平 上 久 美 子
ま え が き
私は看護専門学校を卒業して外科病棟看護師として勤めはじめ、看護師として13 年、その後、大学で看護師教育に従事してきた。看護教師として17年である。
この間、一貫して考え続けたこと、そして時が経つにつれて強く感じるようになっ たことがある。それは、医療・看護界におけるパラダイムシフトの必要性について である。これからの医療は病院を前提とした医師中心の医療活動から、病院ばかり でなく地域や家庭も含めたより広い現場を前提とした対象者中心のケア活動への移 行が必要であるという思いである。前者を医療モデル、後者をケアモデルと呼べ ば、医療・看護界における医療モデルからケアモデルへのパラダイムシフトは必然で あり、これからの看護師にはケアモデルに沿ったチームケアの中核で専門役割を担 えるだけの知識・技能・態度の獲得が必要となると確信した。加えて、これからの 現場で活躍できる看護師は、対象者のケアは当然ながら、共に働く仲間の心身の健 康も、さらには自分自身の心身の健康も気遣い、すべての人々が幸福感を抱ける健 康支援活動に積極的な関与が求められる。医療・看護界は医療モデルからケアモデ ルへと変化すべきであり、病院に縛られず、暮らしの場に溶け込み、人々とともに創 造的に活動できる看護師の養成が必要と考えるに至った。
大学で看護師養成教育に従事していた当時は、精神看護学領域に所属していた。
精神科は一般科とは異なる文化や風土があることは医療・看護界では周知のことで ある。その違いが何に起因するものか、精神看護学に携わった当初は明確ではな かった。しかし、医療・看護界に巻き起こりつつある医療モデルからケアモデルへ のパラダイムシフトを理解したいま、その違いを明確に把握できた。それは一般科 は従来の医療モデルに沿った医療活動が、精神科はケアモデルに沿った医療活動が 展開している、ということである。ケアモデルに沿った、精神科における医療活動 は、まさにこれからの医療界が求めている医療・看護活動の場である。そこでは、
支援を必要とする人々ばかりでなく、医師も看護師も含めたすべての関係者が、相 互に連携・協力しながら、その人なりの人生、暮らしを創り出す努力を行っている。
この精神科を看護教師の観点から見たとき、精神看護学実習もケアモデルに沿っ た学生への関わりがなされているのではないかと推察した。精神科における実習指 導者の支援の実態を観察するなかで、その思いは確信となった。実習指導者から見 た精神看護学実習の場を、ぜひ解明したいと考えたのが、本論文の出発点である。
本論文に掲載した研究2において、精神科における学習支援のあり様は、ケアモ デルから予想された構造になっており、学生は誰も排除されることなく、大きな学 びを得ているという可能性を見いだした。そうであれば、看護学士課程教育におい
てもケアモデルにそった教育を展開することが、学士課程教育の一貫性の観点から も有効であるという判断にいたった。
一方で、初年次教育を中心とした学士課程教育の改革が叫ばれており、勤務して いた大学においてもカリキュラムや授業方法などの見直しが進んでいた。2010年代 はじめのことである。そのなかで出会った協同学習が、先に示したケアモデルと符 合することに気づき、その後の学士課程教育を計画・実践する際の基盤的な考えと なった。当時の教育界はアクティブラーニングが推奨され始めた頃であり、その理 論的、技法的な支柱と位置づけられる協同学習との出会いは、感動だった。どうし たらケアモデルにそった教育が展開できるのか、試行錯誤の葛藤状況にあった私の 眼の前に、すでに教育界で実現されている協同モデルが現れたのだから。それは、
医療・看護界における医療モデルからケアモデルへのパラダイムシフトと、教育界に おける競争モデルから協同モデルへのパラダイムシフトは、その中核に同じ課題を持 つ、相似形であるという発見でもあった。
それ以後、看護学実習も含めた看護学士課程教育全体を協同モデルの観点から捉 え、これからの医療・看護界に求められる、現場で活躍できる看護師の養成に効果 的な学習支援システムの構築を目指した研究を展開することになった。
本論文は、上記の背景に基づき、筆者が展開してきた、これまでの研究の集大成 である。まだまだ道半ばの感は否めないが、大学院博士後期課程を修了するにあた り、学位論文としてまとめ、今後の研究の基盤としたい。関係する多くの皆さまの ご意見、ご批判、ご指導を心からお願いする次第である。
も く じ
まえがき i もくじ ⅲ
第1章 看護基礎教育の現状と展望 ̶̶̶̶̶̶̶ 1 第1節 激動社会における看護への期待 1 1.不確定な社会
2.看護師に対する期待
第2節 看護基礎教育の基本的な考え方 3 1.学士課程における看護基礎教育の必要性
2.看護学士課程教育の目的 3.看護学士課程教育の実態 4.モデルとなる医療現場
5.我が国における看護学士課程教育の基本的な考え方
第3節 学士課程教育の現状理解 7 1.学士課程の現状
2.学生の現状 3.教師の現状
第4節 看護学士課程教育の期待と課題 12 1.教育内容の増加と変化
2.看護学士課程教育に求められている変革 3.大学院教育に耐えられる人材育成
第2章 協同による看護学士課程教育の改革 ̶̶̶̶̶̶̶ 15 第1節 協同学習による学士課程教育の改善 15 1.協同学習の定義と基本要素
2.協同学習の効果
第2節 協同の学習観と教育パラダイム 17 1.協同の学習観
2.教育パラダイム
第3節 看護学士課程教育における協同学習の意義 20 1.医療パラダイムと教育パラダイム
2.チーム医療従事者に求められる協同の精神
3.協同の精神を基盤とした学生生活
第3章 本研究の目的と方法 ̶̶̶̶̶̶̶ 25 第1節 現代社会におけるパラダイムシフト 25 1.教育界について
2.医療・看護界について
3.パラダイムシフトの先にあるフラットモデルの提唱
第2節 問題の所在と研究目的 30 第3節 論文の構成 33 第4節 研究の方法 37 1.面接によるデータ収集の方法
2.修正版グラウンデッド=セオリー=アプローチ(M-GTA)
3.質的統合法(KJ法)
4.質的記述的研究
5.質的研究における真実性の確保
第5節 倫理的配慮 42
第4章 看護学生の特徴と有効な学習支援モデル ̶̶̶̶̶̶̶ 45 第1節 看護学生の特徴と有効な支援のあり方(研究1) 45 目的
方法 結果 考察
第2節 精神看護学実習における学習支援の構造(研究2) 55 目的
方法 結果 考察
第5章 学習支援システムに依拠した学内教育 ̶̶̶̶̶̶̶ 69 第1節 学習支援システムの提案 69 1.学習支援モデルを基盤とした看護学士課程における学習支援システム 2.学習支援システムにおける学内教育
第2節 初年次教育での基盤づくり(研究3) 72 目的
科目「教養演習」の実際 方法
結果 考察
第3節 初年次教育を活用した2年次看護学科目(研究4) 83 目的
TBLの概要 方法 結果 考察
第6章 看護学士課程教育を支える主体的活動 ̶̶̶̶̶̶̶101 第1節 学生によるコミュニティづくり(研究5) 101 目的
「語り場」活動の概要 方法
結果 考察
第2節 大学職員による学生支援(研究6) 109 目的
方法 結果 考察
第7章 総合考察 ̶̶̶̶̶̶̶119 第1節 問題意識のまとめ 119 第2節 新しい知見 120 1.看護学生の特徴と求められる支援の構造
2.学習支援モデルにつなぐ学内教育 3.看護学士課程教育を支える主体的活動
第3節 学習支援システムの提案 123 1.学習支援システムの特徴
2.学習支援システムの意義と効果 3.学習支援システムの活用・展開 4.残された課題
第4節 全体のまとめ 132 引用文献 135 謝辞
第1章 看護基礎教育の現状と展望
第1節 激動社会における看護師への期待 1.不確定な社会
ソレンティノとロニー(2000)が予見したとおり、21世紀はまさに不確定な時代 と言える。通信革命を含む科学技術の急激な発展はポスト情報化、AI社会と言われ る段階に至り、それに伴う国際化により、これまで人類が経験したこともない不確 定な社会が生み出されている。その結果、曖昧な状況が増幅し、人々は未来を明確 に見通すことのできない状況に生きている。この事態をいかに克服するか。人類が 取り組むべき最も大きな課題のひとつである。昨今の政治社会においてポピュリズ ムや民族主義が台頭してきたことも、社会の不確定性の増大と深く関わっている。
情報化社会において、人々は世界中で起きていることを瞬時に知ることができる が、弊害もある。情報過多により、何が正しく、より適切なのか判断するまもな く、事態が展開する。それに伴い不確定性は増す。これまでに経験したことのない 不確定性が増大した日常を安寧に暮らし、豊かな生活を実現できる社会を、私たち はともに創っていく必要がある。
この不確定な現在社会に暮らす全ての人々が平和で幸せに暮らすために、持続可 能な社会の実現に向けた地球規模の取り組みが始まっており(United Nations,
2015;環境省,2017;外務省,2019)、教育はその重要な鍵の一つとして推奨さ れている(文部科学省,2013)。人種や年齢、性別、さらには障がいの有無や健康 状態などに関係なく、人類のみならず地球全体の繁栄のため、社会や一人ひとりが どうあるべきか、解決すべき課題が明らかになりつつある。
このような現代社会を基盤とする医療・看護界も、状況は同じである。医学・看 護学の急激な発展に伴い、医療・看護の高度化や複雑化、多様化はかつてないほど に速まっている。そのなかで看護師は日々の過酷な業務を遂行しながら、同時に、
最新の情報を適切に修得し、日常業務に取り入れながら、絶え間ない業務改善が求 められている。複雑化・多様化は、看護師が活動対象とする地域や人々にも起きて おり、その対応も看護師に求められている。
2.看護師に対する期待
社会の変化に伴い、医療・看護界では、時代的・社会的な問題が山積している。
なかでも人口や疾病の構造の変化、人々からの期待の高まり、公的財源の逼迫など に関連して、医療パラダイムに大きなシフトが求められている。この医療におけるパ
ラダイムシフトは、これまでの医師、もしくは医療専門職主導による診断と治療中 心の医療から、対象者●1本人の選択と意思が最大限尊重され、多職種が連携して対 象 者 とそ の 家 族 の Q O L を 高 め る 医 療 へ の 移 行 と 表 現 さ れ る ( 厚 生 労 働 省 , 2017)。本論文では前者を「医療モデル」、後者を「ケアモデル」と呼ぶ。詳細に ついては、第3章「第1節 問題の所在と研究目的」(p. 23)で述べる。
この状況下にあって、看護師に対して、これまで以上に大きな期待が寄せられてい る。例えば厚生労働省(2017)は「看護師は、多様かつ複雑な患者の医療・生活ニー ズに寄り添い、多職種と連携しながら対象者のケアを中心的に担うとともに、補助 的な医療行為を行うなど医師の補完的役割を担い、今後の我が国の医療では極めて 大きな役割を担い得る」と指摘している。特に、これまでの病院中心の医療に対し て、地域や家庭生活における医療が増えている昨今、対象者の多様性・複雑性に対 応した看護を創造するといった(厚生労働省、2019)、これまでにない役割が看護 師には求められている。新旧の日本看護協会会長は、サポートを必要とする多くの 人々を、医療と生活の両方の視点を持って支えることができるのは看護職をおいて ないことを明言している(坂本,2016;福井,2019)。また、日本看護協会
(2015)が掲げている看護の将来ビジョンには「医療と生活をつなぎ、いのち・暮 らし・尊厳をまもり支える看護」が謳われている。そこでは、看護師が自ら変革す べき内容が具体的に述べられており、2025年までの達成が求められている。その内 容は、井上(2000)が述べている「地域に視野を広げた複雑な専門職としての高度 で幅広い能力が求められ、今、又、責任と役割の範囲が拡大している」との指摘と も一環している。これは、わが国の医療に求められている変革の方向性、すなわち 医療モデルからケアモデルへの移行とも一致している。
加えて、医療・看護界で喫緊に解決すべき課題として、恒常化している医療従事者 の過重労働(日本医療労働組合連合会,2017)や、医療従事者像・医療像の再構 築、人材育成のあり方の再検討などが指摘されている(厚生労働省,2015a,
2017;日本看護協会,2016b)。日本看護協会(2015)も、将来ビジョンのなか で、労働環境の整備や人材の確保など、質を高めながらも持続可能な看護提供体制 について、活動の方向性を述べている。つまり「医療を提供する側も疲弊すること なく、専門性を高め、住民・患者と協働しながら環境の変化に対応していく」(厚 生労働省,2017)看護師であることや、そのような看護師を養成する時代といえ る。
医療・看護界におけるパラダイムシフトが進むなか、これからの現場で活躍でき る看護師に求められている役割が明確になっており、看護師に対する期待はいまま で以上に大きなものがある。
これまでの医療モデルに組み込まれた看護活動では、対象者は病院における「患者」に限
1
定されることが多かった。これからの医療界においては、病院における「患者」のみなら ず、地域や家庭で暮らす人々も医療の対象となる。本来、看護の対象は疾病の有無にとどま らず、すべての人である(ナイチンゲール,2011;ヘンダーソン,1995;日本看護協会,
2003)。「患者」という人は一人もいないというトラベルビー(1974)の考えに立ち、本 論文では、看護師による看護活動を受ける人々を「対象者」と呼ぶ。
第2節 看護基礎教育の基本的な考え方
社会の変化や医療・看護界の変化により、看護師養成教育も大きな変化が求めら れている。ここでは、看護師国家試験受験資格の取得を目指した教育、すなわち
「看護基礎教育」に限定して、我が国における看護師養成教育の基本的な考え方を 整理する。
1. 学士課程における看護基礎教育の必要性
看護基礎教育は、それぞれの時代や社会が求める看護もしくは看護師のあり方と ともに大きく変化してきた。その方向性として野口(2018)は、看護師教育は、地 位や役割に依拠する医師中心の教育内容から、看護師の自律や専門性の発展と相 まって、医師と看護師のみならず、対象者や家族も含めた関係者間の相互行為やコ ミュニケーションに基軸を移しつつある、と述べている。これは医療者主導の医療 モデルから、対象者中心のケアモデルへの移行といえる。
同時に、これからの時代に求められる新しい看護基礎教育を実現するためには、
これまでの専門学校を中心とした教育から、4年制大学での教育への移行が必要で ある。その理由は、医学や看護学の発展に伴う学習量の増大(松下・岡部,2009)
による時間不足だけではない。今後とも変化する対象者のニーズに対応するには、
看護専門職としての知識とスキルの詰め込みではなく、不確定社会で柔軟に発展し 続けられる人としての豊かさや、卒業後も自己研鑽により能力を高められる専門職 としての基盤を、看護基礎教育の段階で養成することが求められるからである。つ まり、医療現場が求める看護技術の習得を目指した単なる職業教育から、医療現場 に必要とされる看護技術を看護学に沿って考え実践する能力の修得を目指した専門 職教育への変更が求められている(松下・岡部,2009)。
このような看護学に依拠した専門職教育は、現時点において、学士課程教育以外 では不可能である。日本看護協会(2018)の調査によれば、専門学校の教師自ら、
①専門学校で組まれている3年間の現行カリキュラムで看護基礎教育の目的を達成す ることは困難であり(教育時間の限界)、②専門学校ではこれからの対象者や地域 基盤型システムへの対応、つまり「すべての看護師が、複雑な状況にある患者に対 応できる高い能力(日本看護協会, 2018)」を修得させる看護師養成は難しく(教 育内容の限界)、③専門学校の教師は荷重な業務状況から就業継続の意向が低下し ている(看護教師の限界)、などのことが明らかになっている。これらの限界から も看護基礎教育の4年制大学化が推し進められている。
2. 看護学士課程教育の目的
本論文では4年制大学での看護基礎教育を「看護学士課程教育」と呼ぶ。現在、
看護学士課程を有している大学は2019年度で272大学にのぼる(旺文社 教育情報セ
ンター,2019)。これは3.5大学に1つの看護学士課程があることになる。1991年 まで11大学にしか看護学士課程がなかったことを考えれば、急激な変化である。
ここで問題となるのが看護学士課程教育で養成すべき看護師像である。この点に 関して、漸く、厚生労働省(2019)と文部科学省(2017)が、お互いの情報を共有 しながら、それぞれ検討を進めている。しかし未だ、大学において養成すべき看護 師像、看護師に期待される資質や能力などの具体は明示されておらず、大学ごとに教 育目的として明確化することを求めているのが現状である。
一方で、先に述べた日本看護協会(2015)の「看護の将来ビジョン」に描かれて いる大きな方向性は関係者に共有されている。例えば、文部科学省(2017)は、生 涯を通して、看護師に求められる基本的な資質・能力を「保健・医療・福祉等の分 野において、人々の健康で幸福な生活の実現に向けて貢献できる看護系人材」とし ている。これは「看護の将来ビジョン」と内容において重なるものあり、看護学士 課程で身に付けておくべき必須の看護実践能力を「看護学教育モデル・コア・カリ キュラム」として提示している。なお「看護の将来ビジョン」でいう「人々」には、
看護師自らも含まれるのであるが、厚生労働省(2017)の明示する「医療を提供す る側も疲弊することなく」の視点は抜け落ちがちであるため、看護師の心身の健康 問題は深刻なのである。
3. 看護学士課程教育の実態
看護基礎教育は看護学士課程に大きく舵を切ってきたが、残念ながら、期待され る教育効果を十分に達成できているとは言えない。例えば、現場の看護管理者等の 86%が「看護師に求められる能力は高くなっている」と回答した一方で、52.4%が
「新卒看護師の卒業時の看護実践能力は低下」と回答した調査結果がある(日本看 護協会,2018)。それを裏付けるように、2014年度の新卒看護師を対象にした調査
(日本看護協会,2018)では、チェック対象になっている99項目の看護技術のうち
「1人で出来る」と70%以上が答えた項目はわずか2項目であった。この結果か ら、高度に細分化された「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」に示された教 育内容を旧態依然とした教師中心の教育で育成することは、成功していないといわ ざるを得ない。
働き方改革が法定化され(厚生労働省,2018a)、国が大きく動いている現在、
看護界でも働き方改革が重要な議論の対象となっている。不規則な長時間労働を強 いられる看護師の働き方を改革するためには、まずは、優秀な看護師の確保が最優 先される。ここでいう優秀な看護師とは、必要な看護スキルを修得していると同時 に、チームの一員としてどんな人とでもすぐにチームを組んで医療・ケア共同体●2 を構成でき、自らが健康モデルとなりながら、対象者と共により良い人生を創造で きる看護師をさす。すなわち、看護師としての専門知識や技能を兼ね備え、なおかつ
後述する精神科医療における「治療共同体」と区別するため、また、従来の対象者本人
2
やその家族を含まない「医療チーム」とも区別するため、精神科にとどまらず、同様の機能 をケアモデルにおいて果たすコミュニティを、本研究では「医療・ケア共同体」とする。
対象者・家族を含み、同僚看護師や多職種と連携・協力できる看護師である。本論 文で言う「これからの現場で活躍できる看護師」である。
近年、このような看護師養成の必要性が叫ばれている背景には、社会の大きな変 化がある。社会構造や疾病構造の変化に併せて、国の指針としても(厚生労働省,
2019;文部科学省,2017,2019)、医療・看護現場や看護学士課程教育の関係者 からも(池西,2019;日本看護協会,2017;中西,2015)明確な声として挙げら れてきている。しかしながら、議論が先行し、具体的な実践や研究は始まったばか りである。これに関する詳細は本章第4節(p. 12)で述べる。
4. モデルとなる医療現場
先に指摘した「これからの現場で活躍できる看護師」の養成とは、これまでの看 護基礎教育の延長上にはなく、新しく創る必要がある。幸いなことに、これからの 現場で活躍できる看護師に必要とされる、主体性や協調性を育む看護学士課程教育 にとってモデルとなる医療現場が既に存在する。それは、疾患やケアに関して未知 の領域であった精神科医療や認知症ケアの現場、人々の生活に密着した(時には、
他者には理解し難い文化がある家族やイエに入りこみながら)地域のなかで活動す る訪問看護の現場などである。これらの現場では、実生活から乖離した医療モデル は使えない。医療・看護界にいま求められているケアモデルでしか対応できない。
ここでは、治療共同体をベースに取り組まれてきた精神科医療の現場を例として取 り上げる。治療共同体とは、英国のマックスウェル・ジョーンズらによって開始さ れた、病棟を1つのコミュニティとみなす治療的アプローチである。精神分析理論 や行動科学がその基盤となっている。従来の医療モデルとは根本的に異なり、その 中心は、対象者と医療スタッフの対話によるコミュニティ=ミーティングである。医 療スタッフは、医師・看護師だけでなく、関わるすべての職種・部門が含まれ、全 員参加型のアプローチである(武井,2005;高野,2017)。多くの精神科病棟では このアプローチが色濃く、看護学実習において学生が共同体の一員に位置付けられ やすい所以である。この治療的アプローチは、対象者自らが生活と身体に責任を持 ち、自らの尊厳を大切にし、活動のなかで生まれるさまざまな人間的交流が貴重な 学習のチャンスとなり、生活全体が治療に向けて組織された、生活学習場面になる
(武井,2005)。つまり、個人の責任と存在を尊重されながら、共同体メンバーと の協同によって、自らの治療と生活の自律を目指す様相は、第2章(p.15)で述べる 協同学習との共通点が非常に多い。
このような状況では、医療者は対象者の語りに耳を傾けながら共に考え、より良 い支援を模索し続けるのである。その取り組みは病棟内の治療的支援活動に留まら ず、地域生活における支援システムの構築と取り組みにおいても活かされている。症 状があっても悠々と暮らす対象者と、巻き込まれながらも生き生きと支援している 看護師の姿は、専門書やテキストとは接点がない世界であることが指摘されている
(斎藤・村上,2016)。アプローチはさらに進み、医療モデル、つまり職種のヒエ ラルキーに依らず、対話を中核にしたチームアプローチである「オープンダイアロー グ」が世界的に注目されおり(von Peter, Aderhold, Cubellis, Bergström, Stastny,
Seikkula, & Puras, 2019;セイックラ・アーンキル・髙橋・竹端・高木,2016;斎 藤,2015)、ここでも対話と人間的交流の重視という、ケアモデルと協同学習に共 通する現場であることが確認できる。
また、国内外の精神科医療は、魔女狩りや狐憑きなどにはじまる精神疾患や精神 病者への差別・偏見、過酷な治療や処遇から、劇的とも言える変化があったことは 周知のことである。この歴史を経て、精神医学の限界と、医療者の視点だけに頼れ ないことが明確化してきた結果、精神科医療では治癒よりもQOLや人権、対象者と その家族の意思決定、生活環境や社会生活能力などが重要とされてきた。精神科医 の箒木(2017)は、精神科医療の現場では、答えの出ない「不確かさの中で事態や 情況を持ちこたえ、不思議さや疑いの中にいる能力●3」が重要であることを指摘し ている。これは、不確定な社会において、答えのない状況に向き合い対処する、こ れからの看護師に求められる能力と同じである。箒木(2017)はさらに、現代教育 にもこの視点、つまり、答えのない問題に挑戦し続けることが重要であるにもかか わらず、失われていることにも言及している。そして、この問題の所在を、既に解答 を持ち、解答からの逸脱を切り捨てる教師側にあるとして、試験突破が学習の最終 目標と化している現代教育を非難している。これは教育界における競争モデルに対 する非難と通底している(第2章2節, p. 17)。精神科医療の場は、これからの看 護活動の場としても教育の場としても、つまり医療・看護教育の場として十分なモデ ルなのである。
これからの現場で活躍できる看護師は、対象者の生活に密着したなかで、対象者 を尊重し、看護者でさえ理解できない世界を、対象者自身に教えてもらいながら、
共にやっていくしかない。これらの医療・看護現場では、必然的に、これからの医 療・看護に求められている看護学士課程教育の原型になると判断できる。
5. 我が国における看護学士課程教育の基本的な考え方
これまで見てきたように、社会の変化や、医療・看護界の変化に伴い、これから の現場で活躍できる看護師の養成として、看護学士課程教育の果たす役割はこれま で以上に大きくなる。そこでは、多様で複雑な背景を持つ看護学生を対象として、
単なる看護知識や看護技術の修得に留まらず、医療・ケア共同体の一員として主体的 かつ協調的に活動できる看護師の養成が求められている。
多くの大学に共通する看護学士課程教育の主軸は、より高度な看護教育システム の構築や、社会からの要望に応えるために、より多くの知識や高い技術の修得に集 中している。これは無論間違いではない。この方法で時代が求める看護師養成が、
これまではされてきた。
箒木(2018)の提唱しているネガティブ・ケイパビリティである。「どうにも答えの出な
3
い、どうにも対処しようのない事態に耐える力」あるいは「性急に証明や理由を求めずに、
不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」とされている。箒木(2018)は、
この裏返しの能力、ポジティブ・ケイパビリティに対して、問題の表層をのみを捉えて、的確 かつ迅速に物事を処理し、解決法や処理法がない状況に対しては逃げ出すしかない、として 警鐘を鳴らしている。
しかしながら、時代も社会も大きく変化したいま、看護学士課程教育は抜本的な 教育改革が求められている。高等教育のユニバーサル化に象徴されるように、入学 する看護学生も多様な背景をもつ現状である。彼らを対象に、教師中心の一方向的 な教育だけでは、これからの現場で活躍できる看護師の養成は難しい。看護師とし ての基本的な知識と技能を身に付けた上で、主体的で協調的に活動できる能力を育 成することは困難を極める。
これからの社会で求められる、現場で活躍できる看護師とは「先を見通すことの 難しい時代において、生涯を通じて不断に学び、考え、予想外の事態を乗り越えな がら、自らの人生を切り拓き、より良い社会づくりに貢献していくことができる 人」(斎藤,2017)といえる。すべての人が平和で幸せに暮らせる、持続可能な
「人間尊重社会」の実現に貢献できる看護師である。彼らは、自らも健康で幸せな 人生を切り拓きながら変化成長し続けられる、協同実践力(安永,2019a,b)のあ る看護師とも表現できる。したがって、これからの現場で活躍できる看護師の養成 には、協同学習による教育が適することが考えられる。
協同学習は学びの場における力動性を重視する。つまり、学生同士の相互作用の みならず、学生と教師や、学生と職員の相互作用も視野にいれている。さらには学習 の場を構成する人的環境に加え、物理的環境の影響も重視する。従って、協同学習 の観点から看護基礎教育の現場を理解することは、学びの場における環境全体の力 動的な相互作用をひもといていく作業(寶田,2003)といえる。この視点を重視し た協同学習は、ケアモデルに沿った、これからの看護現場で活躍できる看護師養成 を考える際に極めて有効である。
そ こ で 本 論 文 で は 、 協 同 学 習 の 理 論 と 技 法 に 基 づ き ( 日 本 協 同 教 育 学 会 , 2019)、これからの時代に求められる看護学士課程教育のあり方を検討する。協同 学習により、看護学士課程教育は日本看護協会(2015)が示した「看護の将来ビ ジョン」の達成に向け、大きな一歩を踏み出せると期待している。
なお、協同学習については第2章(p. 15)に、協同学習と看護基礎教育の関連に ついては第4章(p. 43)に、詳細な記述を譲る。
第3節 学士課程教育の現状理解
本論文では、多様な看護師養成機関のなかでも看護学士課程教育を検討対象とす る。そこで本節では、看護師養成教育に限定せず、学士課程教育一般についての現状 理解を整理し、本論文の基盤とする。看護学士課程教育も共通した基盤を持つと理 解している。
1. 学士課程の現状
(1) ユニバーサル=アクセス
2018年度の大学進学率(過年度卒含む)は53.3%であり(文部科学省,2018)、
トロウ(2000)のいうユニバーサル段階にあり、高等教育に学ぶ学生の多様性が進
んでいる(山本,2003)。そのため、高等教育は、誰もがいつでも自らの選択によ り学ぶことのできる「ユニバーサル=アクセス」に備える必要がある。看護学士課程 教育もまた例外ではない。
(2) 職業指導の義務化
大学設置基準では職業指導の義務化も明示されている。そこには次の記述があ る。「学生が卒業後自らの資質を向上させ、社会的及び職業的自立を図るために必 要な能力を教育課程の実施及び構成補導を通じて培うことができるよう、大学内の 組織間の有機的な連関を図り、適切な体制を整えること」(文部科学省,2009)で ある。学生を21世紀型市民として育成し、大学は社会との接続を強化し(日本私立 大学連盟,2012)、学生を職業社会へスムーズに移行させていく役割を担っている
(半澤,2011)。専門分野に関する教育だけではなく、社会人基礎力(経済産業 省,2013,2018)や学士力(文部科学省,2008)などの汎用的能力の獲得が学士 課程教育で重視されている。これに関連して、すでに溝上(2009)や清水・三保
(2013)から、ボランティアやアルバイト、友人との交流を含む正課外活動と、学 生の学びや成長との関係が指摘されている。
(3)学士課程における学習支援
学士課程教育は、理念的には、成人学習理論(たとえば、クラントン,1992)を 前提として構成される。自律/自立した成人学習者を前提とした教育に適応できるよ うに、さまざまな学習支援が成されている。その基本は、教師決定型学習から学生 決定型学習へ、そして最終的には学生教師の相互決定型学習への移行を支援するこ とが中心となる。この学習支援は、服部(2003)が指摘するように、科目内容の学 習だけを切り離さず、学生の社会化と個性化にも深くかかわることを前提としてい る。それゆえ、この支援は、教師だけでできるものではなく、大学職員との職種の 垣根を超えた協同が必要となる。
ユニバーサル=アクセス時代を迎えた現在の大学は、従来のエリート育成から全て の人を対象とした教育、多様な学生を理解しながら、学びを通して変化成長を促 し、社会へスムーズに送り出す教育が求められている。したがって、学生を大学に迎 え、支援する教師や職員は、時代の変化とともに、その資質能力や特性が変化する 学生について、理解し続けることが不可欠となる。学生の姿は、今後も変化し続 け、全て理解し尽くすことはできないが、ここでは、看護学生に限らず、現在の学士 課程に学ぶ一般的な学生の特性を以下にまとめる。
2.学生の現状
(1) 青年期としての基盤的な特性
対人援助職において長く支持されてきた考え方としてエリクソンの漸成的発達理 論(エリクソン,2011)がある。彼は青年期を精神的健康に大きく影響するアイデ ンティティの確立段階と捉えている。周囲との関係性の中で揺らぎやすく(服部,
2004;舟島,2005)、自分らしさを見つけなければいけないという圧力にさらされ
ているしんどさや、「みんな仲良く」という友だち幻想の重圧(菅野,2008)に苦 しんでいるとも言える。発達課題に関係して、自己意識のアンバランスさが特徴的で
(梶田,1988;服部,2004)、身体的・心理的・社会的バランスを崩しやすい状態 にある(舟島,2005)。
(2) 青年期としての現代的な特性
本論文では、上記(1)に示すエリクソンの発達段階説を否定するものではない。し かし、社会構造の変化やそれに伴う家族のありようの変化などからも、それだけで は説明できない学生の姿の変化がある。1990年代後半から見られる報告について、
以下にまとめる。なお、本論文における「現代の学生」とは、このような報告が見 られる1990年代後半からの学生を指すものとする。
① 踏み込み合わない希薄な関係
現代の学生は関係が希薄であること(白井,2006)や、内面の開示を避け、互い を傷つけ合わないように気遣うなどのコミュニケーション傾向が指摘されている
(岡田,1993,2011;廣實,2002;白井,2006)。
また形式的・表面的な対人関係以上に関係が深まると不安を生じ、自己開示やお 互いに立ち入らないことを望む「ふれ合い恐怖的心性」傾向(岡田,2012;伊藤・
村瀬・吉住・村上,2008;石原,2009;廣實,2002)が報告されている。表面的 にはわかりにくいが、「友だちを傷つけないように気を遣っている」と回答する学 生が78.6%という調査結果(ベネッセ教育総合研究所,2012)もあり、お互いに立 ち入れないハリネズミのような友人な関係(谷田川,2013)と表現される。
さらに、約20%の学生が大学内に悩みを相談できる友だちがいないこと(ベネッ セ教育総合研究所,2016)や、15%の学生が休み時間を1人で過ごし、彼らの中に は、それを苦痛と感じたり、何をしていいかわからない学生が存在すること(大 谷,2007)が報告されている。このような学生が、学業不振なども関係して、大学 からのドロップアウト予備軍学生であることが指摘されている(山田,2013;谷田 川,2013)。逆に言えば、仲間と言える友人の存在は大学とのつながりを意味し、
大学生活への適応を促すと考えられる。
以上のことから、学士課程教育では、他者とつながり協同するアクティブラーニ ングが推奨されているにもかかわらず、支援の必要な学生ほど、互いにつながり協同 できる仲間や、居場所を持てないまま、学業にも生活にも適応できず一人で悩みを 抱えている姿が浮かび上がる。ちなみに、大学生活での「友だちと知り合ったきっ かけは、1年生のときの授業」とする学生が約60%であることから(ベネッセ教育 総合研究所,2012)、1年次の正課活動の重要性が示唆される。
② 抑うつ的な一面
現在の学生は、グローバル化、多様化、IT化の進む社会に生き、自分らしさを見 つけなければいけないという圧力にさらされている(三浦,2005)。学業のみなら ずボランティアやサークル、アルバイトに活動的な反面、実際はアイデンティティ拡 散やスチューデントアパシーとは違う「自分が自分であれないユニバーシティブ
ルー」の状態にある(溝上,2004,2009)。これはエリクソンのアイデンティティ 発達論では説明ができない現代学生特有の憂うつな心理現象と指摘されている(溝 上,2009;奥田,2009)。溝上(2004)は、このような学生の一面を、社会の変 化に伴う大学と学生の変化として報告している。この傾向は日本に限ったことでは なく、世界的な傾向とも一致している。(Tiffany, Miguel, Martha, Osvelia, &
Jeannette, 2012;Steptoe, Tsuda, Tanaka, & Wardle,2007)。つまり、社会 の変化は、医療・看護界や教育界との関連同様に、大学や学生のありようにも波及 しているといえる。
③ 深刻で複雑な精神的な一面
大学として対応困難な学生のケースも増えている。わが国で増え続けている摂食 障害(中井2006)や、10〜20代の高い自殺率(厚生労働省,2016)、精神疾患や 引きこもり(八島・岡平・成・香川・原・林・小林・中井,2012)、不登校の増加
(大谷,2007)、発達障害(日本学生支援機構,2014)、殆ど明らかになっていな い機能不全家族の課題(岩永ら,2007;向,2013)などを代表例としてあげること ができる。さらに、このような状況が報告されているにもかかわらず、悩めない学 生や悩みを抱えながら相談しない・できないことが現代学生の課題に挙げられてい る(木村,2014)。つまり、学生の精神面における深刻さの一面は、大学側が意図 的にキャッチしようとしなければ、教師や職員にはわからない(つながらない)の である。
④ 従順だが主体性や自信が低い一面
現代の学生は教師に従順で、まじめで、学業を重視し(岩田,2015)、主体性を 欠き「生徒化」を望んでいる(ベネッセ教育総合研究所,2016)。新立(2010)
は、大学が主導した学生生活を受け入れることは、大学生活をやり過ごす対処法と なっていると報告している。さらに、自尊感情や自己効力感の低さも指摘されてい る(窪田・辺見・樫・宗像,2009;小川・中根,2011)。学生のこのような一面に よって、学生も教師も、権威的で一方向的な教師主導の教育に流れやすくなっている と言える。学士課程教育に強く推奨されているアクティブラーニングとは逆向きの教 育である。
⑤ 学習意欲の低下
高等教育のユニバーサル化に伴い、高校からの流れに乗って進学した学生は、学 習に対する意欲が低い(溝上,1996)。これは、現代青少年は試行錯誤に取り組む 意欲が低いという指摘(文部科学省,2007)からも予測される。学生の生き方や生 活などが学業成績に深く関係しており(溝上,2002)、学習意欲の低下は学生に とっても深刻な課題となっている。つまり、学生は学習を「じぶんごと」として意 味付けられず、自らの人生と関連付けられないままに学士課程に存在していることが 推測され、学びの場の再構築が課題であることが示唆される。
⑥ 成長を望む一面
学生に関する報告は、ネガティブな面が抽出されがちだが、学生を多角的に理解 し、ポジティブな側面にも注目する必要がある。学生自身は、決して表面的な関係 に納得し、良しとしているのではなく、本音で対話し、成長したいと悩んでいる。
その一例として、学生自身も、高校までは受動的であったことを自覚し、大学で の要請に応えて主体的な学生になろうと努力・葛藤していることも報告されている
(保坂,2015)。学生自身が、友人関係の希薄さに悩み(川崎,2007)、表面的 な関係に納得していない(岡田,1999)。言いたいことが言い合え、利害関係なく 付き合える友人を求め、自分を向上させる友人関係を望んでいるのである(和田,
1996)。ちなみに、高校生でも友人にありのままの自分を開示し、本音で言い合 い、理解し合える関係を理想としている(西村・長野,2012)。
上記に述べたことを統合すると、学びの場としての大学の構造や教師・職員のあ り方に、学生の成長・発展が関わっていることが浮かび上がる。発展を望み、歩み 始めた学生ではあるが、大学は未知の世界であり、入学時点では、何をどうして良 いかわからない状況なのである。成長・発展を望む⑥の姿は、上記④の特性とは一 見矛盾するようにも見えるが、未知の世界や自らに対する不安の裏返しとも考えら れる。上記の特徴からは、安全や安心の保証とともに、場の意味を伝え、学生や教 師や職員がそれぞれの役割や目標を共有しあうことから始める必要性がわかる。さ かのぼれば、高校時代から、そのことを見越した教育が必要であることも推測でき るが、高大接続に関する課題は、本研究では言及しない。
学士課程教育を考える際、上に示した学生の諸特性を認識しておくことは大切で ある。しかし、学生だけに問題の所在や解決の糸口があると考えることは間違いで ある。なぜなら、上記のように、学習は学生と教師の相互作用で成立するものであ り、学生を教育する教師についても課題は多いのである。次項に、課題を含む学士 課程における看護教師の現状を整理する。
3. 教師の現状
本章第2節「1.学士課程における看護基礎教育の必要性」(p. 4)において、専 門学校に勤務する看護教師の限界を述べた。しかし、看護基礎教育における教師の 問題は、勤務先を大学に変更しただけで即座に解決できるものではない。むしろ大 学化に伴い、大学教師に求められる能力を十分に獲得できていない看護教師の存在 が問題視されている(大池,2017)。当然ながら看護学士課程教育を考える際、看 護教師の質についても検討する必要がある。
専門学校や大学などの所属にかかわらず、看護教師は有能でまじめである。また、
多くの看護教師は、医師主導の医療モデルに沿った看護基礎教育を受けており、医 療モデルに依拠した教育に対する従来の考え方や方法を継承している。従って、彼ら による看護基礎教育は、医療モデルに適応的な看護師を養成する傾向が強いと推測 され、学びの場は必然的に教師主導の教育になりやすいと思われる。つまり、これ
からの医療現場に必要とされるケアモデルに則って活躍できる看護師養成にはつな がりにくいと推察される。
また、看護教師の多くは、看護の実務経験は豊かであるが、教育に関しては十分 な教育・訓練の機会が少なく(厚生労働省,2010b)、教育に対する自信がもてな い状況にある(大池,2017)。看護専門学校における看護教師の場合、その要件は 5年の実務経験に加えて、8-12ヶ月の教員養成講習会の修了となっている(厚生労 働省,2015b,2018b)。この講習会は、教育に関する幅広い内容を短期間で習得 する必要があり「詰め込み教育」の弊害が指摘されている(伊部,2010)。結果と して、自信を持って継続的に看護基礎教育に携わっていける教師の養成にはつながっ ていない。さらに深刻な状況として、この教員養成講習会すら修了しないまま就業 して い る 看 護 教 師 が 約 2 0 % い る と い う 実 態 が 報 告 さ れて い る ( 厚 生 労 働 省 , 2010b)。このような状況では、文部科学省(2017)が求める、看護基礎教育にお ける研究能力を含む看護実践能力の育成は難しい。
一方、大学における看護教師の場合は、研究業績や学位が必要であるが、実務経 験は優先されない。看護教師に求められている課題は「看護実践能力」と「教育実 践能力」とのバランスのとれた質向上であり、その両立の困難さは看護師養成に携 わる看護師らの認識として明らかにされている(藤川,2011;日本看護系大学協議 会,2013)。看護教師の育成における特有の課題である。
このような実態に自覚的な看護教師の多くは、教育実践の改善に向け、日々努力 している。実際、多くの課題を抱えながらも、継続して教育経験を積み、成熟する 過程などが報告されている(田中・比嘉・山田,2017;井本・金子,2018;鈴木・
金子・入江・森川・松本・林・小野﨑,2019)。
しかしながら、ケアモデルに沿った、これからの現場において活躍できる看護師 の養成に関しては手探り状態であり、教師個々による探索的な取り組みが始まった ばかりである。それだけに、これからの看護師養成を実践するにふさわしい教育の 理論と方法を、多くの看護教師が求めている。
その中にあって、彼らが注目しているものとして、協同学習の理論と方法を指摘で きる。協同学習についての詳細は第2章で述べるが、その有効性が実証されている 効果的な教育の理論であり方法である(バークレイ・クロス・メジャー,2009; ジョ ンソン・ジョンソン・ホルベック,1998)。協同的なグループ活動を中心とした授 業づくりは、ケアモデルに沿った看護実践力の養成に効果的であるとの判断から、
協同学習に対して大きな期待が寄せられている(牧野,2010;緒方,2013;鮫島,
2018;池西,2019)。実際、全国で開催されている協同学習に関するセミナーや ワークショップには多くの看護教師が参加している。
第4節 看護学士課程教育の期待と課題
看護師不足の状況をみると、いま現在、即戦力となる看護師の養成が解決すべき 喫緊の課題となっていることも否めない。しかし一方で、持続可能な社会を実現す るという観点を重視すると、先に述べた、これからの現場で活躍できる看護師の養
成こそが重要となる。それは、単なる看護師の資格取得を目指す養成教育ではな い。対象者の多様性・複雑性に対応した看護を創造するといった(厚生労働省、
2019)、これまでにない役割を果たしうる看護師の養成である。長期的に見れば、
これからの現場で活躍できる看護師の養成こそ、看護師不足の解消にもつながる、
根本的な問題の解決法といえる。
では、これから現場で活躍できる看護師の養成にむけて看護学士課程教育はどう あるべきなのか。それは、健康で幸せな自らの人生を歩める、資格を持つ専門職と して生きる人であり、その基礎づくりとしての教育である。社会のなかで発展してい ける看護師としての基盤づくり、ともいえる。このような看護師の養成が看護学士 課程には期待されている(日本看護協会,2017;松下・岡部,2009)。
以下、看護基礎教育における問題点と、看護学士課程が期待されている理由につ てまとめる。
1. 教育内容の増加と変化
看護基礎教育は、看護師資格の取得後、さらに変化成長できる看護師の養成を目 的としている。単なる資格取得に留まらない。医学と看護学の発展に伴い、学習内 容は増加の一途をたどっている。また、社会の急激な変化により、先行きの見えな い不確定な状況にも柔軟に対処でき、専門職として活躍できる人格の育成が、現在 の看護学士課程教育には求められている。これは、看護の専門性のみを教育すれば 良いということではなく、豊かで健康な人として活動できる看護師の養成が必要と いうことを指す。そのためにも、正課の授業に加え、ボランティアやサークル、アル バイトなどの正課外の活動も考慮した教育が必要となる。この点からも、現在の専 門学校等の看護師養成所では実現が難しく、4年制大学における看護学士課程教育 が期待される理由にもなっている。
2. 看護学士課程教育に求められている変革
先にも指摘したように、現場で求められる看護師としての能力と、新人看護師の 能力に、大きなギャップが存在する(日本看護協会,2018)。この現状を打破する ためにも、現在の看護学士課程教育において主流を占めている教師中心の一方向的 な教育を見直す必要がある。このことは、日本における看護基礎教育の牽引者らか らも、すでに強い指摘がなされている(中西,2015;池西,2019)。進化し続ける 現場で必要となる知識と技術を、全ての看護師に同じレベルで一様に詰め込む考え 方や方法は決して現在の学生に適しているとは言えない。画一型・一斉型教育の限 界は教育学者(苫野,2014)からも指摘されている。これからの看護学士課程教育 は、学生が主体となって学び続けられる場を提供し、これからの現場で活躍できる 看護師の養成を実現すべきである。
本論文では、看護学士課程において、これからの現場で活躍できる看護師の養成 において、協同学習の果たす役割に大きな期待を寄せている。
3. 大学院教育に耐えられる人材育成
看護師のキャリア形成として、高度な看護を学び、実践できる人材として、学士課 程を越えた教育が求められている。看護学に関する学位(修士号、博士号)、認定 看護師、専門看護師、さらには診療業務の一部を担うことができる特定看護師な ど、卒後教育の延長線はほぼ大学院教育のレベルに達している。実際、看護の学士 課程の急増と相まって、修士課程や博士課程もここ20年で約10倍の269課程に増 え、博士号や修士号を持つ看護師は着実に増えている(杉田,2018)。看護師資格 取得後、さらに自らの人生を看護師として切り拓いていくには、大学院教育に進ん で行ける基盤づくりが必要となる。
以上の議論より、これからの看護学士課程教育に対する期待は大きいが、課題も ある。特に、看護学士課程における教育のあり方である。現在の看護学士課程教育 は、卒業後の就職先を総合病院とする前提によって、医師を頂点とする医療モデルを 前提とした教育が主流を占めている。このような教育は、これからの現場で活躍で きる看護師の養成には不十分で、不向きである。対象者中心のケアモデルを前提と した教育こそが求められている。
この点に関して、本論文では、看護学士課程教育を検討する際に、第3章で述べ る「フラットモデル」を提唱し、議論の中核に据える。教育界においても、医療界 と同様、大きなパラダイムシフトが起きている。それはまさに、医療・看護界で起 きている「医療モデル」から「ケアモデル」への移行と符合している。教育界では
「競争モデル」から「協同モデル」への移行と捉えることができる。協同モデルを 基盤とする協同学習には協同モデルに沿った教育を実現するための理論と技法があ る。次章(第2章)においては協同学習について整理するとともに、この観点から 看護学士課程教育を検討する。
本論文では、看護学士課程教育における学習支援システムの構築をめざした質 的・実践的研究を展開する。その際、高等教育においても、その実践と有効性が報 告されている協同学習に依拠する。そこで、本章では高等教育における協同学習に ついて先行研究をまず吟味する。そのうえで、協同学習の観点から看護学士課程教 育の改革の方向性を示す。
第1節 協同学習による学士課程教育の改善
協同学習の世界的な権威であるJohnson兄弟らが “Cooperative Learning Returns to College” というタイトルの論文を発表したのが1998年であった
(Johnson, Johnson, & Smith, 1998)。その背景には、1970年代以降、下火になっ ていた学士課程教育における協同学習の実践と研究が再び脚光を受け始め、学士課 程教育においても協同学習の有効性が実証されたことによる(Astin, 2008)。
わが国においても学士課程教育を活性化する方法として協同学習の活用が提唱さ れている(杉江・関田・安永・三宅,2004)。その後、中教審答申(文部科学省,
2012)においてアクティブラーニングが推奨されたこともあり、日本の高等教育に おいて協同学習に対する関心が一挙に高まり、注目を集める存在となった。
なお、協同学習に関する理論的な論考は、数多くの専門書に詳しい説明がある
(バークレイ・クロス・メジャー,2009; ジョンソン・ジョンソン・ホルベック,
1998; Kagan, 1999)。特に、日本協同教育学会(2019)が編集した「日本の協同 学習」には、詳細な理論的な考察や、日本における協同学習の研究や実践の歴史が 紹介されている。その他にも杉江(1999,2004)や関田(2017)の展望論文も参 考になる。なお、高等教育を対象とした協同教育に関する論考として、安永による 一連の研究が報告されている(安永,2009,2012,2015,2016a,2018,
2019a,b;安永・須藤,2014)。協同学習に関する本論文の論考はこれらの文献 を参考にした。
1. 協同学習の定義と基本要素
協同学習は、協同を学習指導の原理とするさまざまな理論的な論考と実践的な創 意工夫に対する包括的な名称である(安永,2009)。協同学習には効果的な学習技 法も数多くある。しかし、協同学習は単なる技法の集大成ではなく、教育の理論で ある。協同学習では、協同という集団がもたらす動機づけによって学生の学習成績