九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
寺﨑英樹著『スペイン語文法シリーズ2 語形変化・
語形成』東京 大学書林 2019年
山村, ひろみ
Faculty of Languages and Cultures, Kyushu University
http://hdl.handle.net/2324/4402941
出版情報:ロマンス語研究. 52, pp.55-58, 2021-05-01. 日本ロマンス語学会 バージョン:
権利関係:
書評
寺崎英樹著『スペイン語文法シリーズ 2 語形変化・語形成』
東 京 大 学 書 林 2019 年
山 村 ひ ろ み
本書は2017年より刊行されている寺崎英樹氏による「スペイン語文法シリーズ」の第2 巻にあたるものである。第1巻は『発音・文字』である。「刊行のことば」によれば、同シ
リーズは初級段階を終えたスペイン語学習者のみならず、スペイン語の教育・研究に携わっ ている人、また、広くスペイン語に関心を持つ一般の人を対象に、スペイン語の基本的知識 の整理とその上の段階の知識を提供することを目的とするとあるが、本書はまさにその期 待を裏切らない良督である。しかし、評者は、本書は、特に、スペイン語を専門に研究して いる若い学徒にこそ薦められるべきだと思う。というのも、本書は21世紀に入ってから盛 んな出版活動を行っているスペイン王立学士院 (RealAcademia Espafiola、以下RAE)の理 論的枠組みや説明を分かりやすく紹介しているだけでなく、それらに対して極めて妥当な 批判も加えており、将来スペイン語の研究者を目指す人たちにとって、「研究とは、研究者 とは何か」を示すひとつの指針となっているからである。そのような本書の主たる構成は、
次のとおりである。
I.語形変化 1.形態論とその単位、 2.派生と屈折、 3.名詞の語形変化、 4.形容詞の語形変化 5.動詞の語形変化、 6.規則動詞の活用、 7.不規則動詞の活用
II.語形成 8.語形成とその方法、 9.接辞付加、 10.複合、 11.語連接、 12.その他の語形成 法、 13.借用
上の構成が示すように、本書は大きく「語形変化」と「語形成」の2部からなっているが、
その章立てからは本書が大変オーソドックスな形態論の書であることが分かるだろう。こ れは、「本シリーズの根底にあるのは言語事実に基づく記述言語学的な立場であり、ある特 定の文法理論に偏ることなく、またスペイン語学特有の枠だけにとらわれず、英語や特に日 本語との対照という視点もできるだけ取り入れる」という「スペイン語文法シリーズ」の方 針を反映したものと言える。とはいえ、もちろん本書には、スペイン語の形態論に対する著 者独自の考えもいろいろ開陳されている。なかでも、評者がとりわけ注目したのは、以下に
示すものである。
まず、「5.2.動詞の形態構造」 (pp.32‑37)である。ここで著者は、スペイン語の動詞はその 語彙的意味を担う語根(raiz)と文法的意味を担う変化語尾(desinencia)からなり、変化語尾は さらに幹母音(VT=vocaltematica)、法・時制形態素(TM=tiempoy modo)及び人称・数形態素 (PN=personayn血 ero)に分けられるが、これらの形態素は必ずしも動詞の活用形には現れな いと述べている。また、そのような動詞の活用形に現れない形態素は、活用形に現れた他の 形態素と激合したと考えることもできるが、著者によれば、現在ではそのような融合は認め ず、常に一律の構造を仮定しゼロ形態(0)を立てるのが有力で RAE& ASALE (2009)もその ような立場を取っていると言う。しかし、そのような研究傾向に対し、著者は、理論的な統 ーという観点からは融合よりもゼロ形態を認める方が有利ではあるが、その一方で、すべて の時制形式に対して変化語尾 VT,TM, PNの形態素を仮定すると記述が冗長になり、例え ば、現在形のTMをすべてゼロ形態と仮定すると、それは結局TMとVTが融合していると 主張するのと同じことになると批判する。そして、著者は、「時制により TMはVTに融合 することがある」 (p.33)、「一方VTは母音のTMまたはPNが直接後続するとゼロに変異す る」 (p.33)という独自の見解を提示しているのである。評者には、この著者の見方の方がス ペイン語動詞の活用形の実態を踏まえたより柔軟で簡潔なものに見える。
次に評者が注目したのは、複合語の認定の問題、とりわけ、複合語と句の境界を扱った箇 所(pp.112‑117)である。一般に複合語は、それを構成するひとつの音節に強勢があり正書法 上l語として書かれる固有複合語(compuestopropio)、2語(まれに3語以上)が並置あるいは ハイフンで結合されそれぞれの構成素に強勢がある連辞的複合語(compuestosintagmatico)、 2語以上が統語的な句を構成している統語的複合語(compuestosintactico)の3種類に分けら れるが、著者はこの分類の妥当性、特に、連辞的複合語と統語的複合語については問題があ ると言う。その理由は、著者によれば、複合語はその名称が示すとおり語の一種であるにも 関わらず、一般に複合語として扱われているものの中には、語というよりはむしろ句と見な した方がよいものが含まれているからである。そこで、著者は語を特徴づける要件のうち複 合語と特に関わりのあると思われる(a)アクセント的単一性、 (b)潜在的休止の不介在、 (c)語 末の屈折、 (d)構成素の不可分性という 4つを取り上げ、固有複合語の aguanieve(みぞれ)、
sacacorchos (コルク抜き)、連辞的複合語の chino-japones (中• Hの)、 cochecama(寝台車)、統 語的複合語のescaleramecanica(エスカレーター)、 maquinade coser(ミシン)のそれぞれがこ の4つの要件をどれだけ満たしているのかを具体的に検証・対比した。その結果、固有複合
語の2つは4つの要件のいずれも完全に満たすことから完全に語と見なされるが、それ以 外の形式については必ずしも語とは見なせないと結論づけた。そして、最終的に著者は、固 有複合語の aguanieve,sacacorchosは従来どおり複合語と見なされるが、連辞的複合語のう ちchino‑japonesは並置複合語とし、残りの連辞的複合語の cachecama、統語的複合語の escalera mecanica, maquina de coserは語と句の境界にあって語彙的単位をなす「語連接」と再 分類したのである。この「語連接」(著者によるスペイン語訳はcomplejode palabras, enlace de palabras, lexia compleja)というのはあまり耳にしない用語であるが、著者によると、先に
あげた「語連接」の例のうち、 escaleramec紐icaとmaquinade coserは RAE& ASALE (2009:
§1.lOb)が名詞慣用句 (locuci6nnominal)と呼んでいるものの主要部分にほぼ相当すると言 う。一方、著者は、慣用句 (locuci6n)とは語彙化された語群 (grupode palabras lexicalizadas) の こ と で 、 そ れ が 統 語 的 な 句 と 区 別 さ れ る 際 に 重 視 さ れ る の は そ の 意 味 的 な 合 成 性 (composicionalidad)だと言う。つまり、その合成性の程度が高いものほど統語的な句、低いも のほど慣用句と見なされるわけである。しかしながら、上でも見たように、本書はRAEと は異なり、「複合語についても語連接についても意味を基準としない」 (p.117)。それゆえ、
著者は、 RAEが名詞慣用句としている escaleramec紐ica,maquina de coserを語連接という 別の種類に分類したのである。ここにもRAEとは異なる著者独特の一貫した見方が垣間見
られる。
ところで、本書がスペイン語の多様性にも目を配っている点も決して見過ごせない。その ような意味で、評者は特に「5.5.ボス語法に対する動詞の変化語尾」 (pp.40‑41)、「9.接辞付 加」 (pp.69‑111)に注目した。とりわけ、「5.5.ボス語法に対する動詞の変化語尾」では、ボス 語法の歴史的由来から現在における地理的バリエーションまでが要領よくまとめられてい るため、中南米における動詞パラダイムを確認する際にはぜひ参照したい。また、
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.接辞 付加」で説明されているさまざまな接辞の地理的バリエーションは、スペイン語の研究者の みならず、スペイン語で書かれた文学作品の研究者、また、スペイン語学習者が発するさまざまな質問に対応しなければならないスペイン語教師にとって大いに役立つはずである。
さらに、評者にとって意外にも興味深かったのは、各章の終わりに置かれた<参考>であ る。この<参考>は当該の章で触れた内容に関係する一種のコラムとも言えるものなのだが、
その短さにも関わらず、そこで述べられていることからは著者の研究者としての懐の深さ と衿持が如実に伝わってくる。例えば、<参考l>(pp.15‑16)には「生成文法における形態論J というタイトルがつけられており、同文法における形態論の扱いがその歴史的変遷ととも
に簡潔に説明されている。周知のとおり、著者は生成文法に与する研究者ではないが、一旦 決めたテーマに関しては、自身が専門としない学派の文献にまで目を通すという姿勢は多 くの研究者が見習うべきものであろう。また、<参考3>(pp.42‑43)の「形態論の分析の3モ デル」では、主たる形態論の理論モデルが要領よくまとめられているので、形態論に初めて 接する者にとってはよきガイドとなろう。さらに、<参考4>(p.49)の「単純過去の名称」
では、著者のスペイン語の時制体系に対するスタンスが明確に述べられている。このように、
本書ではその小さなコラムにまで、著者のスペイン語およびスペイン語の形態論に対する 真摯な思いが込められているのである。
以上のように、本書の内容はいずれも著者の長年の研究およびその卓越した知見に裏打 ちされたもので、スペイン語学習者、スペイン語研究者のみならず、言語研究に携わる人す べてに大変参考になるものである。本書がなるべく多くの人に読まれることを期待する次 第である。
引用文献:
RAE & ASALE (Real Academia Espanola & Asociaci6n de Academias de la Lengua Espanola) (2009) Nueva gramatica de la lengua espanola. Madrid: Espasa.
寺崎英樹 (2017)『スペイン語文法シリーズ1発音・文字』,大学書林.