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2019年度第1回研究会「記憶と記録と (地元学の視点から)」
定藤博子*
1. はじめに−研究会開催の背景
2019年7月19日,鹿児島国際大学附置地域総合研究所共同研究プロジェクトにおける筆者の研究「鹿児
島の歴史とマネジメント」に関する研究会を鹿児島国際大学にて開催した。研究会のテーマは「記憶と記録と (地元学の視点から)」とし,講師にはNHKエンタープライズのエグゼクティブ・ディレクター神
部恭久氏と入来麓伝統的建造物群保存地区(以下,伝建地区)保存会会長の長坂正雄氏をお招きした。本 学経済学部経営学科のアイリッシュ・ジェフリー教授が担当の「まちづくり概論」を第一の研究会会場とし,その後昼休みと3限, 4限を利用してアフターセッションを行った。アイリッシュ教授はMBC(南日
本放送)で番組制作を行うなど,神部氏と同じく 「記録」を担うご経験があることから,司会として当研 究会に参加いただいた。本研究会の目的は「記憶」と「記録」について現代の記録者の立場から問い直すことであり,発展的課 題としては歴史学と地域創生の関係性を問うことである。
「記憶」と「記録」は当プロジェクトにおける筆者の研究課題のテーマである。これらはピエール・ノ ラの『記憶の場』'で扱われたテーマである。ノラは「集合的記憶」「記録」「記念」の関係性を問い,文化
や心性にも注目した社会史の可能性を広げ, 国家やコミュニティのアイデンティティの構築要素としての 歴史認識を提示した2。歴史学におけるこのアプローチは注目を集め,現在でも「記憶の場」に関する多 くの議論が行われている。歴史学だけでなく,地域活性化にもこの議論をいかす研究も行われ始めた。例えば,馬場(2017)は, 「集合的記憶を想起させる伝説地=「記憶の場」を,市民の地域アイデンティティ 形成に大きく貢献していく文化財(地域資源) として保存・活用されていくべきもの」 (馬場, 2017, 45
より引用) としてとらえ,東京都内の事例を用いて考察した3。
「集合的記憶」「記録」「記念」は「オーセンテイシティ (正統性)」4の獲得に大きな役割を果たしている と思われる。筆者は2018年度から霧島国際音楽祭の発展経緯について研究を行っている。当音楽祭は2019 年に40回を迎えたクラシック音楽の夏期音楽祭である。この音楽祭のように,鹿児島(日本)に存在しな
キーワード:記憶,記録,地元学, フィールドワーク
*本学経済学部講師
ノラ, ピエール/谷川稔訳(2002) 『記憶の場」全3巻岩波書店。 (原著PierreNora(1984) "Leslieuxdememoire".) 松本彰(2004) 「<書評〉ピエール・ノラ編(谷川稔監訳) 『記憶の場」」『史林」87巻2号274‑280頁にも同様の指摘が見受けられる。
馬場憲‑(2017)「「伝説地」の文化財保護をめぐる動向と新たな取り組みについて−「記憶の場」の保存による地域アイデンティ ティ形成の視点から−」 『現代福祉研究」 17巻45‑62頁。
宮本直美(2011) 「日本における音楽祭の変遷とオーセンテイシティ」 『社会学評謝第62巻第3号, 375‑391頁。
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かつた文化を根付かせるには「オーセンテイシティ」の獲得が必要である。筆者は当音楽祭を事例に「オー
センテイシティ」の獲得過程を考察した。端的に表せば,有志で始めた音楽祭であるが,徐々に鹿児島の 人々が望み,参加するようになり,行政がそれを支え,企業がマネジメントするようになった経緯を明ら
かにしたのである。この研究自身が「記憶の場」と深く関わる作業であった。筆者がこれにあたり使用した資料(史料)は
まさに「集合的記憶」であり,筆者自身の研究作業の中に当音楽祭に関わる人々によるナラテイブ・アプ ローチ(個別の物語の創生と再生)の過程を垣間見たのである。この研究は「オーセンテイシティ」の獲得と「記憶」と「記録」の関係性を明示的に問う研究ではない。しかし,下記に述べる問題意識のもとで,
後の研究のためにも, 「記憶」と「記録」についての研究会を開催した。
研究作業中に出てきた問題意識は, 「オーセンテイシティ」の獲得と, 「記憶」と「記録」との関係性に
向けられる。すなわち, 「オーセンテイシティ」は,人々の体験・記憶の統合と取捨選択によって形成さ れる。言い換えると,経験をいかに「残し」「語るか」というストーリーテラーが, これの獲得に重要な
役割を果たす。霧島国際音楽祭の場合, この役割を果たすのが,友の会の会報誌5である。 もちろん,本 誌はナラテイブ・アプローチが目的ではない。その時々の思い出や苦労話をまとめているのである。しか し,だからこそ「集合的記憶」であり,霧島国際音楽祭のアイデンティティの形成に非常に重要だと思わ れた。きて, 当音楽祭のように外国の文化イベントが日本(鹿児島)に根付く一方,本来当然行われるべき,
すなわち「オーセンテイシティ」が認められている鹿児島の文化イベントは存続の危機に陥っている。例 えば,地域や家庭で行われていた子供の成長を祝うための祭りもその一つである。定藤ゼミでは2018年度
から鹿児島県薩摩川内市の入来麓武家屋敷群にてフィールドワーク(以下, FW)を実施しているが, こ
こでも少子高齢化により, ざまざまな祭り等のイベントが失われたり,存続が難しくなったりしている。発展的課題である地域の活性化のためにも, まずはアイデンティティの明確化と「オーセンティシティ」
について考える必要があろう。そのためには現状の把握と共に「記憶」と「記録」を問い直す作業が必要 である。本研究会はその作業場の一つになることを目指した。
この作業を進めるにあたり,本研究会第一部では「記憶」と「記録」をテーマにしつつ, 「地元学」6の 視点を取り入れた。これはアイリッシュ教授からの提案であった。 「地元学」は「地元にすでにあるモノ からその地域の魅力をとらえなおす」ためのフレームワークとして利用した。
2.研究会報告
「記憶」と「記録」から地域の魅力を考察するため,映像の記録・編集のご経験をお持ちの神部恭久氏 と入来麓武家屋敷群で伝建地区の保存や地域のイベントを行う長坂正雄氏を講師としてお迎えした。長坂 氏は入来麓について熟知するほか,すでに行われなくなった過去のさまざまなイベントについても記憶さ
れている。また,多方面からの気づきを得るため, 「まちづくり概論」に参加する学生にも議論に加わっ
てもらった。研究会ではまず定藤ゼミ生が入来麓武家屋敷群での自分たちの活動を紹介した。また入来麓について,
長坂氏からご説明いただいた。次に,定藤ゼミ生が記録・編集した入来麓の映像を2本上映した。映像を
5 例えば,霧島国際音楽祭鹿児島友の会(2017) 『霧島国際音楽祭鹿児島友の会創立30周年記念誌きりとも30年のあゆみ』,
2018年6月発行『霧島国際音楽祭鹿児島友の会ニュース2018 きりともvol.31」である。
6 吉本哲郎(2008) 『地元学をはじめよう」岩波書店。結城登美雄(2009) 『地元学からの出発この土地を生きた人びとの声に 耳を傾ける」農山漁村文化協会。
見た後,講師と共に入来麓について議論し,最後に神部氏から地域の見方について講演いただいた。
【定藤ゼミの研究活動紹介】
定藤ゼミは入来でFWを行っているが, 2019年5月26日に入来麓武家屋敷群で行われた「梅日和」とい うイベントに参加した。ゼミ生たちの「気づき」としては,予想していたより子どもが多いが,運営は高 齢者が担っているということであった。また, 「梅日和」では,地域の課題を「楽しく解決するためのイ ベント」の重要性にも興味を持つに至った。具体的にいうと,入来麓では高齢化の中で,神社の庭などに
ある梅ちぎりの負担が増大し,梅の実が落ちて道が汚れるなどの地域の課題が発生していた。これに対し,
梅ちぎりを「梅日和」というイベントにした。これによって,子どもから大人までが参加し,梅をちぎる ようになった。事前学習によって, イベントの為のイベントではなく,課題解決手段としてのイベントの 社会的役割を書籍で研究していたが, 「梅日和」はまさにその事例として当てはまったのである。また,
城跡(山城跡)は歴史的な史跡としての魅力のほか,昆虫や山歩きの楽しさなど,人によって魅力を見つ けられる場所であることも発見した。今後, 8月には,長坂氏とともに記憶の再生プロジェクト7である
「てっさ (手戦)」というかつてはお盆に行われていた「遊び」に参加する。
【長坂氏による入来麓武家屋敷群の紹介】
入来麓武家屋敷群は薩摩川内市にあり,鹿児島市から車で1時間程度の場所にある。中世から江戸時代 にかけて造られた武家屋敷群,石垣が残る。2003年に重要伝統的建造物群保存地区, 2019年には日本遺産 に認定された。旧増田家住宅や茅葺門,馬場が残る町の部分のほかに,清色城場跡という山城の城跡があ る。少子高齢化が進むが,活性化に取り組んでいる。定藤ゼミだけでなく,鹿児島県内の大学や他県の研 究者や学生が調査・研究に訪れる場所でもある。
【 映像1 :入来麓武家屋敷群でのインタビュー映像】
最初は観光案内所で歴史を感じられる入来麓の魅力が語られた。次に鹿児島市に住む外国人が交通の便 の悪さや宿泊施設の必要性を訴えた。最後に入来麓武家屋敷群で飲食店を営む夫婦が登場し,過度に経済 的な競争を強いる「都市」ではない入来麓の魅力が語られた。
【 映像2:清色城跡(以下, 山城)散策の映像】
山城は周囲から見ると小高い森という雰囲気であるが, 中に入ると急斜面も多く,上り下りに大学生が 苦労する場面が映し出きれた。また,史跡が残っているが説明はないことで,逆に遺跡から往時の建物を 想像する楽しさが紹介された。山城を降りた後は,学生が入来麓の石垣に興味を持つ様子が映された。
これらを見た後,講師と共に学生が,入来麓の魅力と改善点について議論した。以下,魅力と改善点に ついての意見の一部である。
【魅力・興味を持った点】
・入来麓の方々の考え方が素晴らしい。
・石垣の石はどこから持ってきたのか?
・山城の全体像を知りたい。
7 プロジェクトがあるわけでなく,入来麓での自然発生的取組である。
・入来麓の土壌とそれにあった作物は何か?
・門の跡の大きさは?
・生態系は?
・映像の中に出てきた穴のあいた石(井戸?)は,本当は何なのか?ジブリみたい。
・山登り一ロープをつたうくらいが楽しそう。
【改善について 】
・城跡にどんな建物があったか, イメージ図があると良い。
・城跡への道の整備をする。
・交通の便が悪い。
・山城が魅力的な場所であると気が付かない。 (何も知らない人からするとただの山にぽっかり空いた 広場のように感じてしまう。)
・山城の地形全体を模型にしてみる。−ジオラマの作成
・宿泊施設を整える。
以上のように, さまざまな意見が出された。山城の道案内のためのロープには賛否両論があった。山城 は本来,敵の侵入を防ぐために, わざと迷いやすい複雑な造りになっていた。それがロープを張ってしま うことで,本来の「迷う」姿はなくなってしまう。一方, ロープだけだと観光客にとっては危険な場合も
あると指摘きれた。しかし,現在のロープだけの方が, 「険しそうだけど楽しそう」という意見も聞かれた。
安全対策と共に山城の魅力をいかに残すかが今後の課題となった。
学生や神部氏が入来麓で石垣に注目したこと,ジオラマの作成, 山城の整備など,長坂氏にとっても今
後の活動にいかせそうな意見が出され,有意義な時間となった。最後に,神部氏から,地域の「見方」についてお話しいただいた。長坂氏が地元からの視点とすれば,
神部氏は外部からの視点である。
さまざまな地域に入るときには, まず下調べから始める。事実として存在するものと同時に,それら に対する世間の評価も調べることが重要である。十分に調べたのち,現地に入ったら,世間の評価と
自分が得た印象の「ギャップ」を見つける。歩き回り,見た目の違いに気づくほか, 自ら体験する,
人に話を聞くことによって,そのギャップについて,考察する。これによって,その地域の「おもし
ろき」に気が付き, 自らの言葉でその「おもしろき」を表現できるようになる。研究会の第一部は以上で終了した。その後, アフターセッションでは,南九州市の石切場や鹿児島の抱 える空き家問題について議論を行った。
3, まとめにかえて
報道による記録,すなわち新聞や雑誌は歴史学でも同時代文献として史料として扱われる。これも集合
的記憶の一つである。事前の打ち合わせの中で,神部氏は「記録」と「表現」について,以下のようにま
とめられていたので,今回の研究会のまとめにかえて,紹介したい。【記録とは何か 】
ここで「記録とは何か」を考えてみたい。一般に人類が残した最も古い「記録」は,洞窟壁画だとされ
る。2018年2月SCIENSEに発表された論文によれば,最も古い洞窟壁画はスペインにあるもので6万4千年前, ネアンデルタール人によって残されたものであることがわかったという8°描かれていたのは, 「動
物の群れや手形,彫刻,点や円盤幾何学模様など」とのことで,赤と黒の顔料が使われているという。さて,最大の関心事は「なんのためにそのようなものを描いたのか」だと思うが,今,それは問わない。
今考えたいことは,初期人類による壁画と,現生人類による書籍や映像との共通点とは何か,である。な
ぜならそれが「記録」の本質に迫る作業なのではないかと思うからだ。私の結論はこうだ。 『記録とは「媒体」と「表現」の2つを構成要素とする。 「媒体」とは物質であり,
物理化学的な意味での物質そのもの。 「表現」とは意味であり文脈, 「表現」は作者の意図の有無にかかわ らず伝達してしまう性質をもつ。』
【表現とは何か 】
では「記録」の構成要素である「表現」とはなにか。6万年前, ネアンテルタール人の生活の近くには 動物の群れがあったに違いない。記録者はその「事実」を「表現」したのだが,限りある洞窟の壁面に動 物の群れのどの部分を切り取り, どの角度から描くのかは,記録者の「記憶」によるところが大きいはず である。例えば,書籍におけるノンフィクションの場合でも, どういう場面から書き始めるのか,場面を 言葉でどう表現するのかを決める過程では著者は「記憶」を頼りにするはずだ。
映像で「表現」するドキュメンタリーの場合はどうか。 ドキュメンタリーにおける映像とは本来ディレ クターが見た「記憶」そのものだ。限りある画面と時間の中で, 自分が見た「記憶」をしかるべき順番に 並べて編集するのである。
記録者が「事実」を「表現」に置き換える時, 「記憶」の再編集を経るのである。
「事実」を記録者の「記憶」によって再編集したものが, 「記録」における「表現」である。異論もある かもしれないが, これが私の立脚点だ。
今まさに報道の現場で「記憶」や「記録」に携わっている神部氏の「記憶」と「表現」のとらえ方は個 人の視点でありながら, 「集合的記憶」の形成過程である。
今年度は「集合的記憶」の形成,消滅,そして復活と「オーセンテイシティ」について,入来麓武家屋 敷群で考察を続ける予定である。入来麓ではほかにもさまざまな行事が行われており,すべての検証には 至っていないが, これまでの観察から, 日常的に行っていたイベントが,大変緩やかではあるが,組織的 にマネジメントされることによって,存続しているという一面が浮かび上がった。つまり,過去には地元 の有志が特に取り決めもなく, また外部にアピールすることなく行っていたイベントが現在ではある程度 の取り決めのもとで行われている。今後は入来麓の人口など社会的変容とも関連付けて,本研究を進めた
いo
8 AFP通信によるAFPBBNews (AFPBroadBandNews)日本語サイトより。 「世界最古の洞窟壁画, ネアンデルタール人の複 雑な感性示す」 (2018年3月31日付)httpsy/www.ambb.com/articles/‑/3166282(2019年7月3旧最終アクセス)。なお,本記事は 米科学誌サイエンス(Science)に掲載された論文を使用している。この論文の詳細は以下のとおりである。D.L.HoHmann,C、D・
Standish,MGarcia‑Diez,P.B.Pettitt,J.A.Mnton,J.Znhao,J.J.AlcoleaPGonzalez,P・Cantalejo‑Duarte,H.CoUado,R.deBalbin, M.Lorblanchet,J.Ramos‑Mufioz,G.‑Ch.Weniger,A.W.GPike(2018) "U‑ThdatingofcarbonatecrustsrevealsNeandertal originoflberiancaveart'',Science.Vol.359,Issue6378,pp.912‑915.https://science・sciencemag.org/content/359/6378/912(2019 年7月31日最終アクセス)。
4.謝辞
本研究にあたり,快くご協力くださいましたNHKエンタープライズのエグゼクティブ.ディレクター
神部恭久氏,入来麓伝統的建造物群保存地区保存会会長の長坂正雄氏,入来麓武家屋敷群の皆様,そして 本学経済学部経営学科のアイリッシュ・ジェフリー教授に心より感謝申し上げます。なお,本研究は令和元年度鹿児島国際大学附置地域総合研究所共同研究プロジェクトの研究助成を受け て実施したものである。