教 育 ジ ャーナ リズ ム史 研 究 の動 向 と課 題
ノ』、 熊 イ申 一 1.は じ め に 本 稿 は、 現在 、私 が 取 り組 ん で い る教 育 ジ ャ ーナ リズ ム史研 究 の動 向 と課 題 につ いて ま とめ た もので あ る。 これ まで 、教 育 学 や教 育 史研 究 の 中で 、教育 関係雑 誌 や新 聞 を使 用 した研究 は、 数 多 く行 わ れ て きた 。 しか し、雑 誌 や新 聞 は 、 部 分 的 に使 わ れ 、雑 誌 や新 聞 その ものを 対 象 と した研 究 は、雑 誌 や新 聞 の所 蔵 が分 散 され て い る こと もあ り、 ま た、 史料 収 集 や分 析 に多大 な 時 間 を要 す るた め、 な か なか 思 うよ う に進 ま な い状 況 に置 か れ て きた 。最 近 にな り、 よ うや く 研 究 が進 む につ れ、 その重 要 性 が研 究者 の 間 で も指 摘 され る よ うにな って きた 。 そ こで 、本 小 論 で は、近 年 、進 め られ て き た教育 ジ ャ ーナ リ ズ ム史研 究 の動 向 と課 題 につ いて整 理 して み た い。 2.教 育 ジ ャ ー ナ リズ ム 史 研 究 の 嚆 矢 管 見 に入 る限 り、 教 育 ジ ャーナ リズ ムを取 り げ た研 究 が は じま った の は、1928(昭 和3)年 に刊 行 され た海 後 宗 臣 氏 に よ る 「文 部 省雑 誌 解 題 」(r明 治 文化 全 集 』第18巻 雑誌 篇)が 最 初 で あ る。 これ は 、吉 野 作造 氏 を 中心 と した 明治 文 化研 究 会 の所 産 の一 部 で あ り、 同研 究 会 が収 集 した雑 誌 や新 聞 は、 明治 新 聞雑 誌 文 庫 と して 保 存 され 、 早 くか ら雑 誌 や新 聞 に注 目 して い た こ とが窺 え る。 ま た、 教育 雑 誌 を概 観 した論 文 が は じめ て発 表 され たの は、 ジ ャー ナ リス ト為 藤 五 郎氏 の 「教 育 雑 誌 の現 勢 ・そ の編輯 」(r綜 合 ヂ ャ ーナ リズ ム講 座 』 内外 社1931年)と 思 われ る。 この論 文 は、 当 時 の教 育雑 誌 の趨 勢 に 一7一 つ い て触 れ た貴 重 な論 稿 で あ る。 そ の他 、戦前 、 発表 され た もの と して 、 佐 藤 浩 氏 の 「教 育雑 誌 展 望 」(r書 物展 望 』第4巻 第2 号 書 物 展望 社1934年)や 古 川原 氏 のr教 育 雑 誌 よ り見 た る 明治 時 代 の時 局教 育 」(『教 育 思 潮 研 究 』第12巻 第4号 目黒書 店1939年)な どが散 見 で きる。 3.木 戸 若 雄 氏 と教 育 ジ ャーナ リズム 研 究 戦 後 、 教 育 ジ ャ ーナ リズ ムを対 象 と した本 格 的 な研究 がは じま った のは 、1960年 代 に入 って か らで あ る。 た しか に、1956(昭 和31)年1月 か ら7月 に か け て、今 井 鑑 三 氏 が発 表 した 「教 育 雑 誌 の 歴 史(一)∼(六)」(r実 践 国語 』17巻183号 ∼189 号 穂 波 出版 社)な どの紹 介 が あ る が、 多 岐 に わ た る教育 雑 誌 を取 り上 げ、 解説 を付 した研 究 は 、木 戸 若雄 氏 を また ね ば な らな い だ ろ う。 木 戸 氏 は、1960(昭 和35)年10月 発行 の雑誌r学 校 経 営 』 に発 表 して以来 、 明治 ・大 正 ・昭和 期 に わ た る教 育雑 誌 を取 り上 げ て紹 介 し、 これ ら の蓄 積 を踏 まえ て 、1962(昭 和37)年 、 『明治 の教 育 ジ ャーナ リズ ム』(近代 日本 社)を 刊行 し た。 以後 、 木 戸 氏 が亡 くな って か らr大 正 時代 の教 育 ジ ャーナ リズ ム』(玉川 大学 出版部1985 年)並 び にr昭 和 の教 育 ジ ャーナ リズム』(大 空 社1990年)が それ ぞれ刊 行 され た。 しか し、木 戸 氏 の諸研 究 は、 いず れ も、 創刊 号 を 中心 と し た もの に と どま り、 そ の後 の雑誌 の特 徴 が不 明 な点 が多 い な どの 問題 はあ る もの の 、先 駆 的 な 役 割 を果 た した と いえ るだ ろ う。 ま た、 この 時期 に発足 した民 間教育 史 料 研 究会 が 、 民 間 か ら発 行 さ れ た教 育 雑 誌 を発 掘 し、 研 究 を は じめた こ と も注 目 され る。 その成 果 の 一部 は、中内敏夫氏 の 「大正 ・昭和の教育雑誌」 (r思 想 』第467号 岩 波 書 店1963年)やr民 間教育 史 研 究 事典 』(評 論 社1975年)な どで 知 る こ とが で き る。 さ らに 、1960年 代 後半 にな る と、 注 目す べ き 研 究 書 が 現 れ た。 ひ とつ は、1968(昭 和43)年 に刊 行 され た佐 藤 秀夫 氏 に よ るr明 治 前期 文 部 省刊 行 雑 誌 目録 』(国 立 教育 研 究所)で あ る。 も う ひ とつ は、1972(昭 和47)年 に 出 され た京都 大 学 の本 山幸 彦氏 らに よ るr明 治 教育 世 論 の研 究 』 上 ・下(福 村 出版)で あ る。 佐 藤氏 の研 究 は 、わ が 国最 初 の教 育 雑誌 で あ るr文 部省 雑誌 』 の 実証 的研 究 と して 高 く評 価 され てお り、本 山 氏 らの共 同研 究 は、 明 治期 に お ける教 育 世論 形 成 史 を 明 らか に した もの と して注 目 され た。 4.個 別 雑 誌 の復 刻 ・複 刻 ブ ーム と解 説 ・ 解 題 1970年 代以 降 、個 別 雑 誌 の復 刻 ・複 刻 が相 次 い だ。 なか には、 解 題 や解 説 も付 け な い もの も 多 く現 れ たが 、個 別 雑 誌 の復 刻 ・復刻 ブ ー ム に と もな い研 究 が 進 ん だ 。 例 え ば 、 中 野 光 氏 の 「「学 習 研 究 」 の 歴 史 的 な意 義 」(r学 習研 究 』 1977年7月)を は じめ 、久 木幸 男 氏 の 「近代 日 本 の教 育 と 『教 育 時論 』」 「明 治戦 間期 の 『教 育 時 論 』」 「日露戦 争 前 後 のr教 育 時論 』」 「明治 末 期 のr教 育 時論 』」 「創 刊一 千 号 前 後 のr教 育 時 論 』」(r教 育 時論 』復刻 版 雄松 堂書 店1980年 12月 ∼84年5月)、 同氏 の 「解 説r教 育 報 知』 と 日下部 三之 介 」(r教 育 報 知 』復 刻 版 ゆ ま に書 房1986年)、 上 沼八 郎 氏 の 「解 題r国 家 教育 』 と伊 沢 修 二 」(r国 家 教 育 』 別 巻1ゆ ま に書 房 1986年)、 同氏 他rr大 日本 教育 会雑 誌 』解 説 」 (r帝 国 教育 』総 目次 ・解 説 上 』雄 松堂1989年) な ど枚 挙 に暇 が な い。 5.教 育 ジ ャ ーナ リズム 史 研 究 会 の発 足 と 目次 集 成 の 刊 行 この よ うな個 別雑 誌 の復 刻 ・複刻 作 業 が進 む 中、 桜美 林 大 学 の榑 松 か ほ る氏 は 、 菅原 亮芳 氏 と私 を誘 い 、教 育 ジ ャ ーナ リズ ム史研 究 会 を 開 き 、 日本 図書 セ ンタ ーの協 力 を得 て 、戦 前 に刊 行 されて い た教 育 関 係雑 誌 の 目次 を 復 刻 す る と い う仕 事(『 教育 関 係雑 誌 目次 集 成 』全4期 全 121巻1986年 ∼94年)を は じめ た。 原 則 と し て、 す で に復 刻 され た雑 誌 を 除 き 、所 蔵 が確 か な101誌 を選 び 、 目次 を復 刻 し、 各誌 の解 題 な らび に各誌 の所 蔵索 引 や執 筆 索 引 を付 した。 こ の仕 事 は、 そ の後 の教 育 学 や教 育 史研 究 に活 か され、 目次 集成 は、多 くの研究 者 た ちに使 わ れ、 研 究 が積 み 重 ね られ る よ うに な った 。 ま た、 私 た ちは 、共 同研 究 を重 ね 、戦 前 の教 育 ジ ャー ナ リズ ムの推 移 を桜 美 林 大 学 や立 教 大 学 の紀 要 な どで発 表 した。 一 方 、90年 代 に入 ってか らも、 下 村 哲夫 氏 「解 説 ・解 題 」(復 刻r日 本 教育 』別 巻 エ ムテ ィ出版1991年)を は じめ、 拙稿r雑 誌r教 育学 術界 』解 説 』(大空 社1991年)やr雑 誌r小 学 校 』解 説 』(大 空 社1995年)な ど個 別 雑 誌 の研 究 書 も刊 行 され た 。 6.現 在 の 研 究動 向 1990年 代 に入 る と、 戦前 に刊 行 され て い た 教 育 関係雑 誌 の研 究 に加 え 、戦 後 刊行 され た教 育 関係 雑 誌 を取 り上 げた研 究 が始 ま った。 この ひ とつ の大 きな理 由 は、 ア メ リカ合 衆 国 メ リー ラ ン ド大 学 マ ッケ ル デ ィン図書 館 東 亜 図書 部 に 所 蔵 され て い るプ ラ ンゲ ・コ レ ク シ ョ ンの整 理 が進 み、 閲覧 が で き る よ う にな った ことが あ げ られ よ う。 これ に よ り、 占領 下 に刊 行 され た教 育 関係 雑誌 や新 聞 を研 究対 象 にす る こ とが 可 能 にな った こ とで あ る。 1984年 以 降 、シ カゴ大 学 東 ア ジア 図書館 日本 部 長 で あ る奥 泉栄 三 郎 氏 は 、 明星 大 学戦 後 教 育 一g一
史 研 究 セ ンタ ーの紀 要 を通 じて 、 同 コ レ クシ ョ ンに所蔵 され てい る教 育 関 係雑 誌 の 目次 を紹 介 して きた が 、私 は、 同 コ レク シ ョ ンに所 蔵 され て いな い雑 誌 も含 め て 、敗 戦 直後 に刊行 され た 教 育 関係 雑 誌 の全 貌 を 明 らか に しよ う と試 みて い る。 私 は、 そ の成 果 の一 部 を、本 学 の研 究 紀 要 や 「家政 研 究」誌 上 で取 り上 げ ると同時 に、個 別雑 誌 の紹 介 を 同人 誌 「か わ ら版 」(近代 日本 教 育 史料 研 究 会)の 中で 行 って き た。 また、 昨 年 、梶 村 光 郎 氏(琉 球 大学)に よ る 「解 説 『国語 創造 』につ いて 」(『国語 創造 別冊 』 緑 陰書 房1999年)や 「解 説 『教 育 新 聞』 につ いて 」(復 刻版r教 育 新 聞』 緑 陰書 房1999年) も公 刊 され 、戦後 刊 行 され た個 別 雑 誌 の研 究 も 進 め られ て い る こ と も付 け加 え て お きた い。 7.今 後 の 課 題 以 上 の よ うな経 過 を経 て 、戦 前 ・戦 後 初期 の 教 育 ジ ャ ー ナ リズ ム史 研 究 が 進 め られ て きた 。 今 後 、 これ らの研 究 を深 化 させ る と同時 に、読 者 層 の研 究 や、 十 分 に進 め られ て いな い受 験情 報誌 を は じめ、地 方 か ら発行 され て い た雑 誌 や 校 友会 ・同窓 会雑 誌 な どを視 野 に入 れ た研 究 も 進 め られ て い くだ ろ う。 私 も、 これ ま で の研 究 を踏 まえ て 、今 後 、近 現 代 日本 の教育 ジ ャーナ リズ ム 史 研 究 を ま と め て い き た い と考 え て い る。 9