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Vol.19 , No.2(1971)054蔡 沢洙「韓国仏教の伝統的学習教育科程について」

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Academic year: 2021

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韓 国 仏 教 の 伝 統 的 学 習 教 育 科 程 に つ い て ( 察 ) 二 六 八

古 来 よ り 韓 国 仏 教 に お け る 伝 統 的 な 学 習 教 育 の 役 割 を 果 し て 来 た 機 構 を 講 堂 、 或 は 講 院 と 称 し 、 こ の 講 院 で の 学 習 科 程 は ﹁ 理 繹 ﹂ と 呼 ば れ る が 、 こ こ で 必 修 の 経 論 を 学 習 し な が ら 所 定 の 科 程 を 経 る 事 を ﹁ 履 歴 を 見 る ﹂ と も 言 わ れ る 。 で は 先 ず こ の 理 繹 、の 成 立 過 程 を 歴 史 的 に 考 察 し て み る こ と に す る 。 三 七 二 年 に 初 め て 仏 教 が 伝 来 さ れ て 以 来 、 仏 教 が 全 盛 を 極 め た 新 羅 末 期 の 八 ○ ○ 年 代 頃 ま で に は 、 階 ・ 唐 を 通 じ て 大 乗 ・ 小 乗 の 各 宗 教 理 が ほ ぼ あ ま す 所 な く 輸 入 さ れ て 、 浬 葉 宗 ・ 律 宗 ・ 華 厳 宗 ・ 法 性 宗 ・ 神 印 宗 ・ 総 持 宗 が 成 立 し 、 こ の 外 に も 成 立 次 第 は 明 ら か で な い が 、 浄 土 宗 ・ 地 論 宗 ・ 摂 論 宗 二 二 論 宗 ・ 小 乗 宗 な ど も 行 な わ れ た 跡 が 認 め ら れ る 。 そ し て 八 〇 九 年 に 新 羅 の 道 儀 禅 師 が 馬 祖 の 嗣 法 で あ る 西 堂 智 蔵 の 心 法 を 受 け 、 そ の 法 脈 を 伝 へ て よ り 、 高 麗 初 期 の 九 三 五 年 ま で に 禅 の 九 山 門 が 成 立 し 、 又 、 一 一 一 〇 年 に は 大 覚 国 師 に よ つ て 天 台 宗 が 開 宗 さ れ る に 及 ん で 、 当 時 の 始 興 宗 ( 浬 繋 宗 ) ・ 南 山 宗 (律 宗 ) ・ 華 厳 宗 ・ 中 道 宗 ( 法 性 宗 ) ・ 慈 恩 宗 ( 法 相 宗 ) を 五 教 と し 、 禅 の 九 山 を 合 し た 曹 渓 宗 と 天 台 宗 を 二 宗 と す る 五 教 両 宗 の 呼 称 が 使 わ れ た 。 九 五 八 年 に 国 家 の 人 材 を 登 用 す る 科 挙 法 が 制 定 さ れ 、 文 科 に 準 じ て 僧 科 も 創 設 さ れ た が 、 一 〇 九 〇 年 頃 よ り こ の 制 度 が 整 備 さ れ て 子 ・ 午 ・ 卯 ・ 酉 年 に あ た る 三 年 毎 の 式 年 に は 各 宗 で 行 な わ れ る 宗 選 ( 叢 林 選 ) と 、 宗 選 で 選 抜 さ れ た 者 が 応 試 す る 大 選 が 行 な わ れ 、 五 教 各 宗 か ら の 者 は 教 宗 大 選 、 曹 渓 天 台 両 宗 か ら の 者 は 禅 宗 大 選 を 受 け 、 合 格 し た 者 に は 大 選 と 呼 ぶ 初 級 の 法 階 が 与 へ ら れ た 。 そ の 法 階 も 禅 宗 法 階 目 大 選 ← 大 徳 ← 大 師 ← 重 大 師 ← 三 重 大 師 ← 禅 師 ← 大 禅 師 教 宗 法 階 醤 大 選 ← 大 徳 ← 大 師 ← 重 大 師 ← 三 重 大 師 ← 首 座 ← 僧 統 と 区 別 さ れ 、 三 重 大 師 以 上 の 法 階 の 僧 は 王 よ り 王 師 、 又 は 国 師 と し て の 資 格 を 有 す る と の 官 諾 を 受 け た 。 こ の よ う に 仏 教 全 体 を 禅 と 教 に 二 大 別 す る こ と が 行 な わ れ た の で あ る 。 高 麗 中 期 に 至 り 漸 次 衰 微 を た ど り つ つ あ つ た 仏 教 を 中 興 し た の は 普 照 国 師 知 訥 ( 二 五 八-三 三 〇 ) で あ る が 、 知 訥 は 六 祖 慧 能 を 遠 師 、 大 慧 宗 某 を 近 友 な り と し て 曹 渓 宗 風 の 再 振

(2)

-757-を 標 榜 し た 。 そ し て 定 慧 結 社 を 行 ひ て 頓 悟 漸 修 を 旨 と し 、 僧 俗 を 指 導 す る に あ た つ て は ﹃ 金 剛 経 ﹄ ﹃ 六 祖 壇 経 ﹄ ﹃ 華 厳 論 ﹄ ﹃ 大 慧 語 録 ﹄ を 以 つ て 啓 発 し な が ら ﹃ 誠 初 心 学 人 門 ﹄ ﹃ 法 集 別 行 録 節 要 ﹄ ﹃ 円 頓 成 仏 論 ﹄ ﹃ 看 話 決 疑 論 ﹄ な ど を 著 し た の で 、 そ れ か ら は 禅 門 一 般 で こ れ ら の 書 と 、 修 定 を 説 い た ﹃ 樗 厳 経 ﹄ と ﹃ 禅 要 ﹄ ﹃ 都 序 ﹄ ﹃ 縞 門 警 訓 ﹄ 等 が 主 に 用 ひ ら れ 、 そ の 後 、 知 訥 の 法 孫 で あ る 慧 謳 が 古 則 の 集 大 成 で あ る ﹃ 禅 門 拮 頚 ﹄ を 編 し 、 高 麗 末 期 に 野 雲 が ﹃ 自 警 文 ﹄ を 製 す る に 至 り 、 如 上 の 経 論 と 諸 禅 書 が 朝 鮮 の 申 期 頃 ま で 禅 宗 に 於 け る 必 修 書 目 と さ れ た 。 儒 教 を 国 是 と し て 建 国 さ れ た 朝 鮮 で は 極 度 に 仏 教 を 抑 圧 す る 政 策 を 取 り 、 そ の 初 期 に 於 い て 数 次 に 亘 り 各 宗 の 寺 院 数 を 激 減 さ せ 、 僧 侶 数 を 制 限 し 、 財 産 を 没 収 す る な ど の 排 仏 を 行 な つ た が 、 遂 に は 強 引 な 仏 教 宗 派 の 廃 合 を 断 行 し て 従 来 の 十 二 宗 が 禅 ・ 教 の 二 宗 に 統 合 さ せ ら れ る に 至 つ た 。 そ れ で も な ほ 中 期 頃 ま で に は 禅 宗 と 教 宗 が 各 々 そ の 内 に 自 己 宗 派 の 色 彩 を 明 確 に 発 揮 し 、 そ の 門 威 を 宣 揚 し 来 た つ た の で あ る が 、 清 虚 ・ 洒 漠 等 の 禅 宗 僧 侶 が 大 い に 活 躍 し た 壬 辰 ( 一 五 九 二 ) の 大 乱 後 に は 、 教 宗 の 各 派 は 全 く 影 を 絶 ち 、 禅 宗 も 曹 渓 宗 で あ る 清 虚 門 下 の 系 統 が 大 勢 を 占 め る よ う に な り 、 仏 教 全 体 が 禅 宗 一 色 と な つ て し ま つ た 。 そ れ に つ れ て 今 ま で 不 立 文 字 の 宗 旨 を 掲 げ て 経 論 の 学 習 を 重 視 し な か つ た 禅 宗 の 僧 侶 た ち も 禅 書 は も と よ り 教 宗 の 所 依 で あ つ た 華 厳 ・ 法 華 ・ 円 覚 ・ 起 信 等 の 経 論 を も 講 ず る よ う に な り 、 月 潭 雪 霧 ( 一 六 三 二-一 七 〇 四 ) の 如 く 、 禅 宗 の 僧 侶 で あ り な が ら 一 生 を 講 経 を 業 と す る 宗 匠 が 輩 ・出 し た 。 そ し て 禅 宗 に 近 い 華 厳 宗 の ﹃ 華 厳 経 ﹄ ﹃ 円 覚 経 ﹄ と 元 暁 の ﹃ 発 心 修 行 章 ﹄ 、 天 台 宗 の ﹃ 法 華 経 ﹄ 等 を も 禅 宗 の 学 習 科 目 と し て 取 入 れ 、 そ れ ま で に は な か つ た 学 習 順 序 も 沙 弥 の 時 に 初 発 心 自 警 文 を 習 ひ 律 身 の 法 を 知 り 、 書 状 ・ 都 序 ・ 禅 要 ・ 節 要 の 四 集 に 依 つ て 看 経 す る 支 度 を 整 へ 、 樗 厳 ・ 金 剛 ・ 起 信 ・ 円 覚 の 四 教 を 研 究 し 、 更 に は 大 教 の 華 厳 と 法 華 、 格 外 の 伝 燈 と 拮 頗 を 経 て 修 学 を 畢 ・ へ る と い う 先 後 の 次 第 が 定 ぬ ら れ る に 至 つ て 漸 く 韓 国 仏 教 に お け る 必 修 す べ き 学 習 科 程 と し て 今 日 ま で 伝 承 さ れ て い る 理 繹 の 制 度 が 組 織 的 に 確 立 さ れ た 。 先 ず 出 家 得 道 を 志 し た 者 は 約 二 年 間 、 行 者 と し て 千 手 経 ・ 心 経 ・ 諦 呪 な ど の 日 常 勧 行 に 関 す る 礼 経 文 を お ぽ え て か ら 沙 弥 十 戒 を 受 け る 。 又 、 菩 薩 戒 山 林 と 呼 ば れ る 授 戒 会 に で 大 乗 菩 薩 戒 を 受 け て ﹃ 沙 弥 律 義 要 略 ﹄ ﹃ 梵 網 経 ﹄ を 学 び 、 講 院 に 入 つ て 学 人 と な る 。 沙 弥 科 の ﹃ 誠 初 心 学 人 文 ﹄ ﹃ 発 心 修 行 章 ﹄ ﹃ 自 警 文 ﹄ ﹃ 縞 門 警 訓 ﹄ と 、 四 集 科 の 大 慧 宗 某 ﹃ 書 状 ﹄ 圭 峰 宗 密 ﹃ 禅 源 諸 詮 集 都 序 ﹄ 高 峰 原 妙 ﹃ 禅 要 ﹄ 知 訥 ﹃ 法 集 別 行 録 節 要 並 入 私 記 ﹄ は 、 各 書 に 亘 つ て 註 解 を ほ ど こ し て い る 朝 鮮 の 蓮 潭 有 一 と 仁 韓 国 仏 教 の 伝 統 的 学 習 教 育 科 程 に つ い て ( 察 ) 二 六 九

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-758-韓 国 仏 教 の 伝 統 的 学 習 教 育 科 程 に つ い て (察 ) 二 七 〇 岳 義 沼 の 両 私 記 を 主 に 参 考 し な が ら 、 中 講 (副 講 ) と 呼 ば .れ る 上 級 科 の 学 人 に よ つ て 懇 切 な 講 義 を 受 け 、 毎 日 に 学 ん だ 分 は 何 十 遍 と な く 懸 吐 素 読 を 繰 返 す こ と に よ り 暗 記 し 、 や が て 自 ず と 直 観 的 な 読 解 力 を 会 得 す る 方 法 が 取 ら れ 、 こ れ を ﹁ 文 理 に 通 ず る ﹂ と 言 う 。 こ の よ う に し て 漢 文 の 素 養 と 教 理 の 大 要 を 得 て か ら 四 教 科 に 進 み 、 祖 室 と 呼 ば れ る 講 主 に 参 じ て 経 論 の 研 究 が 始 め ら れ る 。 ﹃ 樗 厳 経 ﹄ は 経 文 に 宋 の 戒 環 の 要 解 二 十 巻 を 会 編 さ せ た 十 巻 本 を 教 科 書 と し て 用 ひ 、 こ れ に 戒 環 疏 の 不 備 を 補 つ た 高 麗 の 普 幻 の ﹃ 環 解 捌 補 記 ﹄ と 蓮 潭 ・ 仁 岳 私 記 が 参 考 書 と し て 主 に 併 用 さ れ る 。 ﹃ 起 信 論 ﹄ は 本 文 に 唐 の 法 蔵 の 述 疏 五 巻 と 宗 密 の 録 疏 注 四 巻 と 宋 の 子 藩 の 筆 削 記 二 十 巻 を 配 対 し た ﹃ 大 乗 起 信 論 疏 筆 削 記 会 編 ﹄ 四 巻 本 を 教 科 書 と し 、 元 暁 の 海 東 疏 と 蓮 潭 私 記 、 仁 岳 蛇 足 を 主 に 参 考 す る 。 ﹃ 金 剛 経 ﹄ は 経 文 に 讐 林 傅 翁 の 賛 一 巻 、 六 祖 慧 能 の 口 訣 一 巻 、 圭 峰 宗 密 の 纂 要 二 巻 、 . 冶 父 道 川 の 頽 三 巻 、 予 章 宗 鏡 の 提 綱 一 巻 、 滴 虚 得 通 の 説 誼 二 巻 を 会 編 さ せ た ﹃ 金 剛 般 若 波 羅 密 経 五 家 解 ﹄ 二 巻 本 を 教 科 書 に 、 長 水 子 藩 の 刊 定 記 と 蓮 潭 ・ 仁 岳 私 記 を 主 に 参 考 す る 。 ﹃ 円 覚 経 ﹄ は 経 文 に 宗 密 の 略 疏 二 巻 と 略 砂 六 巻 を 会 編 さ せ た ﹃ 大 方 広 円 覚 修 多 羅 了 義 経 略 疏 砂 ﹄ 六 巻 本 を 教 科 書 に 、 蓮 潭 ・ 仁 岳 私 記 を 参 考 す る 。 大 教 科 の ﹃ 華 厳 経 ﹄ は 懸 談 二 二 賢 十 地 の 三 課 に 分 け ら れ 、 経 文 に 清 涼 澄 観 の 釧 を 会 編 さ せ た ﹃ 大 方 広 仏 華 厳 経 随 疏 演 義 砂 ﹄ 八 十 巻 本 を 教 科 書 に 、 玄 談 会 玄 記 四 十 巻 と 蓮 潭 ・ 仁 岳 私 記 が 主 に 参 考 さ れ る 。 随 意 科 で は 戒 環 の 要 解 を 会 編 さ せ た ﹃ 大 乗 妙 法 蓮 華 経 ﹄ 七 巻 本 ﹃ 景 徳 伝 燈 録 ﹄ 三 十 巻 と ﹃ 禅 門 拮 頚 ﹄ 三 十 巻 を 教 科 書 に 、 高 麗 の 覚 雲 の 説 話 三 十 巻 と 朝 鮮 の 白 披 亘 瑛 の 私 記 五 巻 が 主 に 参 考 さ れ る 。 こ の 履 修 期 間 は 沙 弥 科 一 年 、 四 集 科 二 年 、 四 教 科 四 年 、 大 教 ・ 随 意 科 三 年 と 約 十 年 間 を 要 す る の が 普 通 で あ る 。 特 に 注 目 す べ き は ﹁ 論 講 ﹂ と 呼 ば れ る 四 教 科 以 上 で の 徹 底 し た 予 習 制 度 の 学 習 法 で あ る 。 各 科 の 課 目 別 に 円 坐 し て 講 筒 と 呼 ば れ る 笠 竹 を 振 り 、 一 番 を 引 き 当 て た 学 人 を 中 講 、 二 番 を 発 起 と 定 め 、 先 ず 中 講 が 大 意 を 総 判 し た 後 に 発 起 は 前 日 の 予 習 に 基 き 随 文 釈 義 し 、 互 ひ に 質 問 と 意 見 が 交 さ れ る 。 論 講 が 終 る と 問 講 の た め 一 同 は 講 主 に 参 じ 、 中 講 が 代 表 し て 覆 講 し な が ら 教 示 を 受 け 疑 点 を 解 決 す る 。 中 講 ・ 発 起 の 任 が い つ あ た る や も 知 れ ず 、 た め に 毎 日 の 予 習 研 究 は 常 に 真 剣 に 行 な わ れ る 。 し か し 伝 統 的 に 規 選 さ れ た 疏 砂 に 限 定 さ れ て 他 の 諸 疏 が 広 く 渉 猟 さ れ ず 狭 義 に 陥 る 憾 み が あ り 、 訓 詰 注 釈 に 偏 し て 史 的 考 察 が お ろ そ か で あ つ た 。 近 来 に な つ て 制 度 と 内 容 の 改 革 が 要 請 さ れ 、 期 間 の 短 縮 、 講 義 方 式 の 改 善 、 一 般 教 養 科 目 の 採 択 な ど が く み 入 れ ら れ て お り 、 こ こ に も 時 代 の 波 を 思 わ せ る も の が あ る が 、 こ の 理 繹 科 程 の 学 習 制 度 こ そ 韓 国 仏 教 の 教 学 を 伝 統 的 に 支 え て 来 た 基 盤 で あ る と 言 へ よ う 。

参照

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