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水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討 :  漁業地理学と漁業経済学の回顧より

著者 前田 竜孝

雑誌名 人文論究

巻 69

号 2

ページ 67‑88

発行年 2019‑09‑20

URL http://hdl.handle.net/10236/00028186

(2)

水産物流通の地域的研究 に関する方法論の検討

──漁業地理学と漁業経済学の回顧より──

前 田 竜 孝

Ⅰ は じ め に

水産物は一般に特定の漁場で漁獲された後,漁港で水揚げされる。その後,

集荷,選別されたものが様々な輸送手段によって消費地の卸売市場や小売店へ と輸送される。それらは店頭に並べられたり,飲食店で調理されたりすること で消費者まで届けられる。水産物は漁場から消費地まで移動することによって 初めて経済的な価値を持つ商材である(1)。したがって,水産物流通は漁業を 経済活動として成立させるために不可欠な空間的現象といえる。

ただし,水産物を流通させるにはその商品特性と漁業の産業特性に応じてい くつかの制約がある。まず,多くが生鮮食品として食される水産物は時間の経 過とともに劣化し腐敗・変質・損傷しやすい(岡本

1961 : 28-29)。このため,

流通過程では鮮度保持を目的とした設備の整備と生産地から消費地までの迅速 な配送が求められる。次に,漁獲される魚種は漁場ごとに多様性がある。しか も魚種の消費傾向は食文化に応じて地域差がある(Hayashi 2003;中村

2009 a, 2012, 2014, 2018;林 2011, 2013 a)。ゆえに,仲卸業者や流通業者は特定

の水産物を消費されやすい地域に的確に配送しなければならない。加えて,水 産物はそれぞれ大きさが異なり規格化が難しい(圓丸

2019)。生産段階でも,

────────────

⑴ この他にも,「おかずとり」と一般にいわれる自家消費,親族や近隣住民への贈与 など金銭の授受を介さない流通も存在する。

67

(3)

日々の海況の変化によって漁獲量が不規則に変動する上,小規模な生産地が多 く点在しているという問題がある(濱田

1998)。

こうした諸問題を克服し,消費者へ水産物を安定供給するために,各地で新 たな技術革新や流通システムの導入が図られている。そこでは,各地域におけ る主要な漁獲物や漁業種類などに応じた対策が講じられる。その結果,地域ご とに多様な流通システムが形成される。ここにおいて,具体的な地域を設定 し,当該地域の自然的,社会経済的な状況を勘案して水産物の流通システムを 分析する,いわゆる地域的研究が有効となる。

これまで水産物流通の地域的研究は,漁業地理学と漁業経済学において主要 な調査手法として採用されてきた。ただし,その方法論に関しては,山内

(2005)と林(2013 c)が分析視角の分類に基づく展望をして久しい。現在,

日本の漁業は生産量の低迷や漁業者数の減少,輸入水産物の増大に伴う一部の 国産水産物価格の停滞など多数の問題を抱える。さらに

2018

年には漁業法が 戦後初めて抜本的に改正され,漁業地域をめぐる環境の変化が今後より一層進 むと考えられる(e.g. 加瀬

2019)。そうした状況の下,各地の流通の実態を明

らかにしてきた両分野の研究を,漁業を取り巻く社会情勢の変化を踏まえた上 で回顧し,新たな方法論を展望することは重要であると考える。

本稿の構成は以下の通りである。Ⅱでは,漁業地理学にて流通研究が始まっ た経緯を振り返る。Ⅲでは,1980年代以降,漁業地理学の流通研究を主導し た篠原秀一と林紀代美の研究を取り上げ,彼らがどのように新たな方法論を確 立したのかを明らかにする。Ⅳでは,漁業経済学における水産物流通の地域的 研究を取り上げる。生産地,卸売業者,加工業者,小売業者という流通段階ご とに研究を概観し,方法論の特徴について考察する。Ⅴでは,両分野の成果を 受け,水産物流通の地域的研究の新たなアプローチを展望する。最後にⅥで は,本稿をまとめた上で今後の課題を提示する。

68 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(4)

Ⅱ 漁業地理学における流通研究の始まり

第二次世界大戦後の漁業地理学における流通研究を回顧すると,漁港研究が これに強く影響を及ぼしてきたことがわかる。1950年代から

1960

年代にか けては,戦後復興が進展するにつれて沖合漁業と遠洋漁業の漁獲量が急増し,

これらを基幹的な漁業とする複数の大規模漁港が発展した(土井

1967)。そし

て,漁港が漁船の根拠地と産業の中心地として位置づけられる(大崎

1967)

にしたがって,漁港の発展の歴史が論じられるようになった。このように,漁 港を漁業の経済的発展に当たっての重要な施設と位置づけ(Coull 1986;篠原

1992),漁業の近代化に果たした漁港の役割と諸機能を考察したのが漁港研究

であった(田中

1980)。

例えば古川(1959)は,神奈川県三崎漁港が当漁港を根拠地としない漁船 と労働力の集中によって発展したことを明らかにした。土井(1959)は中国 地方から九州北部に点在する以西底曳網漁業の根拠地の経済的発展と衰退の歴 史を,漁場と市場との地理的関係性,漁港施設の充実,各漁港の雇用・経営形 態と関連づけて論じた。また,土井(1968)は日本を代表するマグロ水揚地 である三崎漁港,焼津漁港,清水漁港を比較し,発展過程の差異を生み出した 要因として国内でのマグロ市場の動向と各漁港の自然的,社会経済的な状況を 挙げた。他にも,楠原(1966)が石巻漁港の発展の背景として,戦後の漁業 政策,地元資本による漁業への積極的な投資と競争の激化,さらに漁業者の移 住や漁民階層の分化があったことを指摘した。

漁港の経済的な発展過程が考察されたのと同じ時期,藪内(1960)は漁港 が特定の地域に集積する要因を漁業の経済的な発展段階から検討した。この中 で藪内は,漁港の機能として以下の

3

点を挙げた。すなわち,①漁船の根拠 地としての機能,②漁獲物の水揚地としての機能,③漁獲物に価格をつけた上 で消費者に配給する市場としての機能である。このうち,②と③はこれまでほ とんど言及されてこなかった水産物流通を念頭に置いた機能といえる。本論文 69 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(5)

は,漁港研究を受けて構想されたというよりも,藪内が専門としてきた工業地 理学からの影響が大きかったと思われる(2)。しかし本論文が発表されて以降,

これを参照して流通研究が複数行われた事実は見逃せない(e.g. 相沢

1977)。

本論文が,漁港研究から水産物流通研究へと派生的に展開するのに重要な役割 を果たしたと筆者は考える。

その後,次第に漁港の有する水揚げ地としての機能と市場としての機能も考 察されるようになった。この中で,漁港を漁獲活動,流通活動,消費活動それ ぞれに影響を与える「漁場と消費地の結節点」(楠原

1966 ; Coull 1972)と捉

える新しい見方が現れた。漁港が水産物の生産から消費に至る様々な活動と,

それらが行われる空間に深く関係し,漁業に関わる地域の経済発展を支える重 要な生産手段の一部として位置づけられたのである(田中

1980, 1982)。この

観点に基づく研究として,楠原直樹による一連の研究は際立っている。楠原

(1961)は八戸漁港,塩釜漁港,銚子漁港のサンマの出荷現象が,漁期と市場 との位置関係の違いに応じて異なることを明らかにした。また楠原(1962,

1964, 1976)は,冷凍庫,加工場といった漁港施設が流通構造にどのような

影響を及ぼすのかを神奈川県三崎漁港と静岡県清水港において分析した。

ただし,水産物流通に影響を与えるのは漁港施設に限定されない。流通に関 わる諸機関も当然作用する。例えば楠原(1971, 1972)は,長崎県五島列島 で漁協の主導により成立した共同販売体制をまとめ,島内各地から漁獲物を集 荷し,それらを島外へと出荷している状況を示した。また,田中(1972)と 田坂(1979, 1981)は水産物の水揚げから消費地への出荷までを担う卸売業 者や仲卸業者といった商業資本の役割と,彼らと漁業者との経済的な関係性を 検証した。漁港を漁場と消費地との結節点とみなす新たな観点の登場によっ て,漁業地理学の研究対象は漁港の発達史から水産物の流通システムへと広が った。結果として,漁港施設,各種団体,漁港で働く人々が,どのように漁場

(川上)から消費地(川下)にまで影響を与えるのかが検討された。水産物流

────────────

⑵ 藪内は本論文で45の文献を参照しているが,このうち漁港研究の成果は古川

(1959)と土井(1959)の2つのみであった。

70 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(6)

通が漁港を中心とした空間構造として把握されたのであった。

戦後の漁業地理学においては,当初,日本各地の漁業地域で生じた近代化の 過程に注目したいわば「漁港発達史」が数多く示された。各地が戦前・戦中の 漁業の停滞からいかに復興したのかが明らかにされており,貴重な資料的価値 を有していると考える。しかし,この時期に漁港研究が盛んに行われたのは,

漁業の経済的発展を受けて新たな分野として研究者の関心が集中したためとも 考えられる。実際,漁業地理学を専門とする研究者の関心も,漁業の経済的側 面から文化的側面に至るまで多岐にわたった(藪内・大島

1976 a, 1976 b)。

一方で,研究間のつながりや研究潮流が意識されることは少なく,方法論に関 する統合的な議論もあまり行われなった。

Ⅲ 漁業地理学における流通研究の理論的展開

1

.水産業空間の構想

戦後から

1970

年代にかけては,漁港研究から派生するかたちで流通研究が 取り組まれ,多数の成果が蓄積された。一方で,その過程では理論化・定式化 に向けた動きはほとんどみられなかった。わずかに漁港の機能に注目した類型 化 が な さ れ た の み で あ っ た(藪 内

1960;大 崎 1967;長 谷 川 1969;島 田 1977)。

こうした中,篠原秀一がモデル図の作成を通じて,水産業に関わる空間全体 を構造的に把握する分析視角を提示した(3)。はじめに,篠原は漁業の近代化 が一部の大漁港への水揚げ機能の特化によって達成されたことを,漁業経済学 と漁業地理学のレビューより明らかにした。その上で,漁業が近代化した過程 の考察に当たっては水揚げ量の豊富な大漁港に焦点を当てるべきであると主張 した(Shinohara 1994)。そして,まき網漁業の発展とそれに伴う水揚げ量の

────────────

⑶ この他,水産物流通構造の理論化に向けた取り組みとして,社会地理学から影響を 受けた中村(1984, 1985, 1986, 2009 b)による水産物行商人の行動圏に関する研 究が挙げられる。

71 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(7)

増大を経験した茨城県波崎漁港と千葉県銚子漁港(4)を事例に,漁港が日本の 漁船漁業の近代化においてどのような役割を果たしたのかを考察した。

篠原(1988)は,波崎漁港において漁獲量が増大した背景には

1970

年代の 大中まき網漁船団の生産性の向上と,魚市場や冷凍冷蔵工場,加工場,流通施 設といった漁港施設の整備があったことを明らかにした。他方,銚子漁港にお ける水揚げの増大の要因として,篠原(1989)では水揚げに最適な港湾の整 備と漁船設備の近代化を,篠原(1995)では加工施設や冷蔵・冷凍施設の整 備を挙げた。これらは,藪内(1960)が示した漁港の機能のうち,漁船の根 拠地としての機能と漁獲物の水揚地としての機能に注目した研究に位置づけら れる。漁港の発達史が検討された漁港研究からの影響が色濃くみられる。

一方で,篠原は漁港のもうひとつの機能,すなわち市場としての機能にも注 目した。篠原(1991)は,銚子漁港に水揚げされた鮮魚や,冷凍・加工施設 に持ちこまれた原料魚が消費地へ配送されるまでの流通経路を明らかにした。

また篠原(1994)は,銚子漁港に水揚げする近海まき網漁船の本拠地の分布 を分析した。本拠地ごとの水揚げ量と水揚げ金額の年次変化と季節変化の検討 により,銚子漁港における鮮魚の集荷圏が示された。これらでは水産物流通に 関わる空間構造を集出荷空間と称し,漁港を核にした流通システムを構造的に 把握している。

以上のように,篠原は漁港が水揚げ量の増大と地域漁業の経済的な発展に果 たした役割を考察した。ただし,篠原は漁港が水揚げに最適な施設として整備 されていく歴史的過程を記述しただけではない。漁港を水産物が水揚げされ消 費地へ配送されるための結節点として捉え,水産物の集出荷空間を提示した。

篠原は漁船漁業の近代化と漁港との間にある経済的な関係性を実証したのであ った。

篠原は主に銚子漁港での研究成果を受け,水産業に関わる空間構造の理論化 を図った。これが世界の近代漁業をモデル化した

Coull(1993)を改良し,

────────────

⑷ 調査に至るまでの経緯は篠原(2013)に詳しい。

72 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(8)

水揚げ漁港,水産物の集荷・加工,水産物仲卸業者,他港からの原料魚の仕入 れなどを考慮して作成された「水産業空間」(5)である(Shinohara 1994)。水 産業空間は,水産物の流通経路に沿って

3

つの空間から構成される。沿岸域 から遠洋海域までの水産物の漁獲空間,漁港を中心とした水揚げ・加工空間,

さらに消費空間である。そして,中心には水域と陸域をつなぐように漁港が据 えられている(図

1)。篠原は,水産業空間によって漁業に関わる諸空間が水

産物流通を介して漁港と常に関係を有している点を強調し,漁業の近代化に果 たした漁港の役割の重要性を示した。

水産業空間は当初,大漁港を念頭に置いて作成されたが,後年,小規模な漁 港を介した流通システムの分析にも援用された(佐藤ほか

2000;市川ほか 2012)。大小様々な規模の流通に応用可能な汎用性の高いモデルといえる。水

────────────

⑸ Shinohara(1994 : 123)は a basic model of the structure of modern fisheries’

space と表記している。

1 水産業空間

Shinohara(1994)より引用 73 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(9)

産業空間の提示は,1950年代以降に取り組まれてきた漁港研究の蓄積を発展 させる形で理論化しており,漁業地理学における重要な成果であった。

2.水産業空間の批判的検討

1990

年代後半以降は,林紀代美が水産業空間を一連の研究で応用した。そ の中で,林はこれを批判的に検討し理論的な深化を図った。林ははじめに統計 資料と仲卸業者の資料の解析,さらに聞き取り調査を通じて,フグの水揚げが 盛んな下関漁港南風泊分港を中心とする流通システムを考察した(林

1998)。

そして,水産業空間は大規模な水揚げ港だけでなく,中小規模の漁港で水揚げ された水産物の流通にも応用可能という結論を導いた。一方で,篠原が取り上 げなかった論点も指摘した。それが,流通に果たす養殖業者と産地仲買人の役 割であった。天然フグに限らず養殖フグも水揚げされる南風泊分港では,大量 に集荷されたフグが迅速に水揚げ・加工され全国へと出荷される。これらの作 業には,水揚げを担う養殖業者と,水揚げされたフグを加工・出荷する仲卸業 者が積極的に関与する。水産物が漁場から漁港を経由して消費地へと移動する 過程では,多様な業者が個々の経営戦略に基づいて活動している。林は彼らの 活動にも焦点を当てることで,流通システムの動態的な側面を明らかにしよう としたのであった。

その後,林は水産業空間への評価と批判を明確にする。林は,水産業空間の 提示によって,「漁港を核として(中略)空間内の構成要素の配置,関係」(林

2001 : 492)を描けるようになった点を評価した。一方で,「空間を発生させ

空間全体を一体化する流通の活動主体の行動やその重要性」(林

2001 : 492)

が示されていない点には課題があるとし,水産物流通の動態的な側面の解明に 向けては,流通という地理的な現象を生成する流通関連主体の行動的側面も検 討するべきであると論じた。この観点から,林(2001)は下関漁港・商港の フグ流通における仲卸業者の活動を,林(2003)は中国から輸入されるフグ の流通における養殖業者と仲卸業者の活動を考察した。特に,北海道産シシャ モの販売促進活動を取り上げた林(2008)は,漁業者から仲卸業者,加工業 74 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(10)

者,飲食・小売業者までの活動の実態と,流通における主体間関係の重要性

(林

2013 c, 2015)を明らかにした。林の一連の研究は,あくまでも流通シス

テムや流通経路の分析に重点を置いている。しかし,同時に流通に関連する経 済主体の活動を分析することで,流通システムがどのように形成され維持され ているのかという流通のダイナミズムまで論じた。この点において筆者は篠原 の研究を発展的に継承した重要な成果であったと考える(6)

林が

2000

年代前半に水産業空間を議論して以降,流通研究は停滞する。農 産物流通の地理学的研究で盛んに行われた食料の生産から流通,加工,消費を 一つの体系として捉えるフードシステム研究(e.g. 荒木

1995, 2002)の方法

(7)が取り入れられたり(塚本

2013;阿部 2005;砂田 2016),水産物流通が

果たす消費者への社会的効果が検討されたり(林

2007, 2013 b)したのみで

あった。これらでは漁港研究や水産業空間へ言及されず,流通研究の動向を踏 まえた新たな議論もなされなかった。

ところで冒頭で紹介したように,漁業経済学でも地域的研究は中心的な調査 手法として採用されてきた。しかも,バブル崩壊以降水産業が経済的に低迷 し,関連企業の経営戦略や産地の維持に向けた施策の実態解明が重要になるに つれて活発化している。そこで,次章では漁業経済学での流通研究を取り上 げ,方法論の特徴を検討する。

Ⅳ 漁業経済学における水産物流通の地域的研究

1

.戦後の流通研究の特徴

漁業経済学においては,婁(1994)が戦後の流通研究の方法論をまとめて いる。婁は清水港(岡本

1951)や淡路島(岡本 1952)での水産物流通に関す

────────────

⑹ 労働者の行為主体性への注目は,地理学においてはすでに労働の地理学が取り組ん でいる(中澤2012, 2015)。今後は社会地理学的な方法論も積極的に取り入れる必 要がある。

⑺ フードシステム論の理論的動向は,欧米と日本の農業を取り巻く政策的状況を踏ま えて今後の農業地域研究を展望した伊藤(2003)に詳しい。

75 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(11)

る調査結果や,流通機構の構造的な特徴についての考察(廣吉

1983)などを

参照し,1950年代から

1980

年代にかけて各地の流通機構の実態とその存立 要件が主に検討されたと指摘した。

一方で,婁(1994)はこれらの研究が「主体的な 側 面 を 取 り 扱 う 視 点」

(p.21)を欠いていたとの見解も示した。そして,流通機構の展開に果たす経 済主体の役割に注目する,いわゆる「機能論」的な研究を紹介し(e.g. 倉田

1976),これを積極的に評価した。ただし,機能論的研究では各主体の役割の

みに焦点が当てられ,水産物が流通する上で不可欠な主体間の関係性には言及 されていなかったとし,婁は彼らの間で展開される経営的な「競争」と「交 渉」を研究対象に据えることが重要であると主張した(8)

2000

年以降,ここで示された漁業者組織,卸売業者,小売業者の経営活動 の分析が漁業経済学の主要な方法論となっていった。背景には,流通環境が激 しく変化する中,各地で実施された様々な経営戦略の有効性について検討が求 められるという社会状況があったと思われる。以下,主に

2000

年以降の流通 研究を取り上げ,産地,加工業者,仲卸業者,小売業者と流通段階ごとに研究 を分類し,方法論の特徴をみていく。

2

.産地における取り組みに関する研究

産地の取り組みについては,漁協や漁業者組織が主導する施策が主な対象と された。特に水産物の高付加価値化は,相対的な魚価の低迷がバブル崩壊と輸 入水産物の日本市場への流入,養殖魚の普及に起因して続く中(小野

1999 : 23-24),重要な論点として取り上げられた。

高付加価値化に向けた代表的な施策として水産物のブランド化(以下,ブラ ンド化)が挙げられる。ブランド化は,1990年代に大分県の関サバと関アジ が市場で高評価を得て地域の漁業経営が改善したことを契機に全国へ広まった とされる(小川

1999;波積 2002 : 160-161)。漁業経済学においては,ブラン

────────────

⑻ 理論研究は取引コストの分析へと展開し,婁(2009)においては精緻なモデル図 が示された。

76 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(12)

ド化によって地域漁業が活性化するための条件(竹ノ内

2004)や地域経済へ

の波及効果が検討されてきた。近年では,東村・加藤(2012)と東村(2015)

が消費者へのアンケート調査を実施し,消費者を意識したブランド形成の重要 性を検証した。他にも,波積(2007)はブランド化が消費者に生産地への訪 問を促し,これに付随して地域イメージの向上にも貢献すると指摘した。この ように,ブランド化は個別の魚種や商品の経済的な価値とともに,産地の経済 的・文化的な価値も向上させる実践として位置づけられている。

水産物の高付加価値化については,ブランド化以外にも鮮度の保持による達 成も目指されている。望月・倉田(2010)は,京丹後地域で漁獲されたズワ イガニが身入りや大きさ,足の長さなどによって

50

段階に選別されているこ と,鮮度保持装置を各漁船に搭載し,漁獲してからセリ直前までに鮮度を落と さず保管していることを報告した。大串(2015)は,北海道日本海側の

3

つ の漁業地域において,各経営体が魚価低迷に船上での活〆の徹底や札幌市場へ の直接出荷で対応していると報告した。

また,流通経路を改変して需要の高い地域へ出荷することも,魚価の向上に 向けた重要な戦略のひとつである。1990年代後半に韓国が

IMF

体制下で市 場開放を行った結果,食消費が多様化しタチウオの消費量が伸張したが,山本

(2006)はこれを受けて和歌山県箕島町で進められた韓国への輸出の実態を明 らかにした。また,小田・廣田(2013)は大分県のタチウオ漁業を事例に,

1997

年より漁協が主導して始まった福岡県中央卸売市場への出荷の経営的効 果と,漁獲量が低迷して以降の制度的な問題点を考察した。

産地における流通研究では,漁業者や漁協,行政,消費者などが流通にどの ような役割を果たすのかが明らかにされた。新たな取り組みの導入・実施と彼 らの経営活動との関係性が,各地域で漁獲される水産物や主要な漁業種類を踏 まえて検討されており漁業地理学との共通点もみられる。

3.加工業者・仲卸業者の取り組みに関する研究

加工業者の基本的な機能は,産地から集荷した水産物に加工を施して,一次 77 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(13)

産品になかった新たな価値を付与した後,卸売市場や消費地へと発送すること である。水産物消費量の減少が顕著な日本において(秋谷

2007),加工業者が

消費者の受容しやすいような加工品を開発することは水産業の経済的発展に向 けて重要となる。このように,流通段階で欠かせない存在の加工業者につい て,原料の調達方法(辻

2008;三木 2015)と小売業者への拡販戦略が主に考

察されている。廣田(2001)は

1980

年代から

1990

年代にかけて塩釜地区の 練製品加工業者が行った首都圏への販売促進活動を取り上げ,各業者による商 品開発と市場対応の実態を明らかにした。また,工藤(2001)は

1960

年代以 降の霞ヶ浦湖岸における水産加工業者の原料調達方法と販売戦略について漁獲 動向と併せて考察した。廣田(2008, 2011)は,1990年代以降に急激に発展 した中国でのナマコ消費と加工業者の経営対応について考察している。加工業 者は流通システムの中でも生産地と消費地を結ぶ存在であるため,常に生産動 向と消費傾向の変化を把握しつつ経営を展開する必要がある。漁業経済学で は,加工業者の経営特性を踏まえた上で,各業者がいかにして川上・川下双方 の状況を受けて流通戦略を実施しているかを明らかにしてきた。この点では,

フードシステム研究との方法論的な共通性もみられる。

卸売業者については,各業者の経営維持が論点となっている。水産物の卸売 市場流通では,卸売市場法の度重なる改正を受けて市場内流通の形骸化が進 み,場外流通を主軸とした自由競争取引が活性化している。流通環境が変化す る中で,卸売業者は従来の経営モデルからの変革が求められている。こうした 状況の下,漁業経済学では

2000

年ごろより,グループ企業の統合整理による 人 件 費 の 削 減(山 本

2000;常 2000),地 元 仲 卸 と の 経 営 統 合(山 本・平

2016),産地からの直荷引きの強化(山本・亀田 2010)といった経営対応が

報告された。卸売業者間での競争が激化するにつれて,水産物の取引に関する 動向よりも業務内容の変化を経営学的な観点から考察する傾向がある。

4.小売業者の取り組みに関する研究

小売業に関しては,水産物直売所(以下,直売所)の開設が地域経済へ与え 78 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(14)

る効果が長年にわたり検証されている(e.g. 乾

1996)。直売所に関する研究は

現 在 も 続 い て お り(日 高

2002 : 95-118;乾 2003;田 中 2013;徳 田 ほ か

2011),小売活動に女性が果たす役割(副島 2008;中道 2008)や雇用創出の

効果(鳥居

2011)といった新たなテーマもみられるようになった。ただし,

直売所での小売活動は基本的に漁業者や漁業者組織が担っており,自らで漁獲 した水産物を漁港やその周辺で販売する小規模な商売という性格が強い。仕入 れ金額と販売金額の差を計算したり,新たな販売戦略が実施されたりすること は少なく,生産活動の延長ともいえよう。

直売所の研究が進められてきたのに対して,スーパーや量販店など小売業者 を対象とする研究は近年までほとんど行われなかった(山本・北野

2017 : 15)。佐野(2017 : 3)は理由として,①小売業者が営利企業であり,情報の

秘匿性が高いため踏み込んだ調査や客観的・定量的な調査ができないという調 査手法上の問題,②小売業者の価格形成力が弱い卸売市場流通が健全な時代で は,調査の必要性がなかったという流通状況を取り巻く時代背景,③「漁業」

に関わる経済活動を研究するという漁業経済学が有する課題の

3

つを挙げた。

ただし前節でみたように,漁業経済学では

2000

年頃より加工業者と卸売業者 の経営戦略について研究されてきた。必ずしも小売業者を研究するための調査 手法を有していないわけでも,研究対象から小売業者が除外されてきたわけで もない。したがって,佐野が挙げた中の②を原因として小売業者に関して調査 されなかったと考えるのが妥当であろう。

これは,卸売市場流通の形骸化と小売主導の価格形成が顕在化した

2010

年 代以降,徐々に小売業者の経営戦略が研究されていることからも伺える。日高

(2014)は大手小売チェーンによる水産物の直接販売の実態と地域漁業への影 響を報告している。他にも,ローカルスーパーによる仕入れ・販売戦略に関す る特集(佐野

2017;久賀 2017;馬場 2017;副島 2017)が漁業経済研究誌上

で組まれた。水産物流通を取り巻く経済環境が変化するにつれて研究対象も拡 大しているのである。

以上のように,漁業経済学における水産物流通の地域的研究では,流通段階 79 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(15)

ごとの流通・経営戦略が明らかにされてきた。近年,フードシステム研究を援 用し,流通システムを一体として捉える研究も行われている。例えば,卸売業 者による消費動向を意識した集出荷戦略(中原

2009)や,消費サイドと生産

サイドの情報交換を基盤としたマーケティング戦略(原田ほか

2016)に関す

る研究がこれに該当する。地域漁業が漁獲量の低迷や労働力不足により衰退す る中,生産拡大を目指すよりも,いかにして水産物の消費を促し,漁業経営を 維持させるかが水産業全体の課題となっている。分析視角も流通段階ごとの経 営戦略の考察から,生産・加工・販売・消費までを一体として捉え各段階を関 連づける新たな方法へと変化する兆しがみられる。

Ⅴ 流通システムと諸主体の活動との相互関係に注目した方法論

ここまで漁業地理学と漁業経済学における水産物流通の地域的研究を概観し た。両分野では,特定の地域や漁港,市場での流通経路,あるいは関連業者の 経営活動に焦点を当て流通システムを解明するという研究目的が共通してい た。一方で,以下のような方法論的な差異もみられた。

漁業地理学では,2000年代前半に林紀代美が流通に関連する主体の活動に 注目する方法を導入したものの,中心的な課題は特定の漁港を核とした流通シ ステムの構造的な把握であった。彼らの活動はあくまでも流通システムの一要 素に位置づけられた。一方,漁業経済学では,流通経路に沿った主体間の関係 性に注目した研究が近年わずかにみられるが,主要な方法は流通段階ごとの経 営活動・戦略の分析であり,各主体がいかなる経営維持を図っているのかが論 点となっている。以上より,漁業地理学は水産物が流通する経路の空間的な広 がりの把握から,漁業経済学は流通環境への各主体の経営対応の考察から,特 定地域の流通システムの特徴を解明するという違いがあるといえる。

しかし,近年,大手小売店が新たな販路を開拓し独自の流通経路を形成した

り(日高

2014),生産者組織が常態化する魚価低迷の克服を目指して産地加工

体制を充実させたり(原田ほか

2016)するように,流通をめぐる環境は個々

80 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(16)

の経営戦略を通じて変化するし,同時に地域を取り巻く流通環境に応じて各主 体は経営戦略を変化させる。すなわち,流通システムは地域を取り巻く社会経 済的環境と各主体の経営活動との相互作用の中で形成されるのである。したが って,水産物流通の地域的研究においては,流通システムを変化し続けるもの とみなし,その変化が引き起こされる漁業地域をめぐる様々な現象と各主体の 活動との相互作用を考察する必要があると筆者は考える。その際,漁業地理学 と漁業経済学が採用してきた方法論を組み合わせて,事例地域における流通現 象を詳細に検討することが有効となるだろう。

以上の方法論を応用するに当たっては,漁業経済学者の濱田武士による流通 研究が参考になる(濱田

2016)。濱田は市場経済が深まるにつれて,流通に関

わる活動が没個性的に捉えられる傾向があると指摘した。しかし,漁獲された 水産物が市場を経由して消費者の元に届くには,平準的に捉えられがちなこれ らの活動が不可欠であるとして,その重要性に目を向けるべきと主張した。す なわち,濱田は一見均質的で個性的に見えない各主体の活動こそが,近代的な 水産物流通を支える重要な要素となっていると考えたわけである。

濱田はこうした考えの下,流通段階ごとの活動内容を詳述し,それぞれの特 徴を明らかにした。同時に,各種統計資料の分析により,漁業を取り巻く経済 的状況の歴史的な変化も提示した。その結果,濱田は社会経済的状況に沿って 流通に関わる活動が時代ごとに変化してきた過程を描くことに加えて,各主体 の経済戦略とその中の創意工夫を提示することにも成功した。濱田による調査 方法は,ダイナミックに変化する水産物流通の理解を目指す新たな地域的研究 のアプローチになりうると考える。

Ⅵ お わ り に

本稿では,水産物流通の地域的研究に関する戦後の漁業地理学と漁業経済学 での動向を概観し,両分野の方法論の特徴を考察した。漁業地理学において は,戦後直後の漁業の経済的発展により活発化した漁港研究から影響を受けて 81 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

(17)

始まった。そして,漁港を結節点とする方法論の出現,水産業空間の提示,さ らに水産業空間の批判的検討と流通関連業者の活動への注目というように,新 たな方法論が次々と生み出された。一方で,漁業経済学では,婁(1994)が 流通に関係する主体に注目する方法論を提起して以降,これが定着した。

2000

年代に入ると,漁業を取り巻く社会経済的な状況が厳しさを増す中,流 通段階ごとの経営維持に向けた戦略に注目が集まり,地域的研究が取り組まれ た。

以上のような両分野の方法論の差異を明らかにした上で,最後に流通システ ムと各主体の活動の相互作用に注目する方法を提案した。各地における水産物 流通は,取り巻く社会的,経済的,自然的な要素から影響を受けて形成される ため極めて固有性が強い。こうした流通システムを規定する原理を導き出すた めに,流通活動と地域を取り巻く社会経済的環境並びに自然環境との相互作用 を検討する方法には有効性が認められるだろう。

世界的な動向をみると,水産業は養殖業を主力として成長産業となってい る。生産量が増加するにつれて,国際的な水産物の取引も盛んに行われている

(e.g. Fabinyi 2016)。日本でも,水産物の輸出量を高める政策が整備され始め ており,取引を通じて日本の漁業地域と海外の消費地との関係も一層深まると 考えられる。流通をめぐる状況が変化していく中,今後は貿易や輸出・輸入政 策という現代的な課題にも考察対象を広げていく必要がある。この過程では,

綿密なフィールドワークと資料調査を基礎的な手法に据えつつ,新たな方法論 の開発・実践が不可欠となるだろう。新たな流通システムが地域へ導入された 影響の分析については,今後各地での調査を通じて取り組んでいきたい。

謝辞

本稿の作成に当たっては,関西学院大学文学研究科地理学地域文化学領域の田和正 孝先生をはじめ同領域の先生方に様々なご指摘をいただきました。感謝申し上げま す。

82 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討

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──大学院文学研究科研究員──

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参照

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