― 119 ― 日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第45巻・2019年度(2020年 3 月) 日本教育方法学会編
『教育方法48-中等教育の課題に
教育方法学はどう取り組むか-』
船越 勝(和歌山大学) 『教育方法』誌は,日本教育方法学会の機関誌で あり,学会創設以来,学会大会の成果を基礎に,新 たにテーマを設定して編集を行い,出版社により市 販することで学会の研究成果を広く社会に還元させ ていくことをめざした刊行物である。今号で48号を 数え,既に半世紀近い歴史を持っている。 ところで,今号のテーマは「中等教育の課題に教 育方法学はどう取り組むか」である。代表理事の子 安潤氏によると,中等教育が特集されるのは初めて のことだという。また,氏によれば,このように中 等教育がテーマに選ばれたのは,「現在の教育改革 の焦点が中等教育にある」という状況認識に基づい ているからである。では,今号の中等教育をテーマ にした教育方法学研究からの諸論考は,中等教育を めぐる課題に対してどのような問題提起をしている のであろうか。 1.中等教育改革の争点と教育実践 第Ⅰ部は,4つの論考が収録されている。松下佳 代氏は,中等教育は「初等教育と高等教育の間にあ る学校教育の段階であり,発達的には思春期にあっ て自立と個性化が行われる時期」だとした学校階梯 論と発達論の視点からの定義をまず初めに述べた上 で,中等教育は<職業教育と普通教育><平等主義 と能力主義><義務教育としての中学校と義務制で はないが就学を半ば強制的に期待されている高等学 校>という3つの位相において,いわば「三重に引 き裂かれている 」 とする教育社会学者の志水宏吉氏 の中等教育についての所論を紹介している。こうし た中等教育の特徴と性格は,この間の教育改革を通 して少しずつ変化してきているが,基本的には「現 在も維持されている」という。 松下氏は,このように中等教育の現状と課題をと らえた上で,現在の教育改革の焦点になっている 2007年の改正学校教育法で規定された「学力の3要 素」,2017・18年版学習指導要領における「資質・ 能力の3つの柱」,カリキュラムデザインセンター (CCR)のフレームワークによる「4次元の教育」 の3つを比較・分析して,その問題点を克服する「資 質・能力の三重モデル」を提起している。また,学 力と資質・能力を比較して,学力が<過去から現在 へ>の方向性を持ち,教科という<境界設定>を前 提にしているのに対して,資質・能力は<未来から 現在へ>という方向性を持ち,教科横断的と言われ るように<境界横断>を志向しているという。現在 の教育改革をめぐっては,上記のような様々な概念 が提起され,いささか理論的にも実践的にも混乱の 様相を示しているが,松下氏の鮮やかな整理は,精 緻な議論を行っていくために必要な概念装置の整備 と言えよう。 他方,岩間徹氏・大野栄三氏と藤瀬泰司氏の2つ の論考は,いずれも教科教育研究からの問題提起で ある。前者はイギリスの Advancing Physics を初 めとした高校の理科授業における探究実験の導入の 試みの紹介であり,後者は主権者育成をめざした中 等公民学習の授業開発の事例を単元「国際問題につ いて考える 」 を中心に報告したものである。 また,「探究学習における教育評価のあり方」を 論じた二宮衆一氏は,「知識やスキルの有無を評価 する従来のペーパーテストのような方法では,知識 やスキルを総合的に使い,問題解決を行う探究活動 の成果を評価することは難しい 」 と指摘して,京都 の堀川高校の「JUMP 論文ルーブリック」等の試み を紹介しつつ,「探究学習の評価」から「探究学習 のための評価」への転換の必要性を提起した。 以上の4つの論考は,十分な紹介はできなかった が,いずれも教育方法学における中等教育研究の新 しい問題提起であり,興味深く読ませて頂いた。し かし,同時に気になる点もあった。それは,4つの 論考に取り上げられている高校を初めとした実践事 例は,教育改革におけるメインストリームに位置す る学校が中心になっているのではないかという疑い である。そのように考えるのは,一例を挙げると, 先に松下氏が紹介した志水宏吉氏の中等教育は<平 等主義と能力主義>に引き裂かれているという指摘 は1989年の論文からであり,この間の教育改革に よって,とりわけ高校においては平等主義は形骸化 し,大きく能力主義の側に舵を切っているのではな いかと思われるのである。つまり,高校によって, 生徒の学力レベルも学習意欲も生活背景も違うし, カリキュラムも教科書も全く異なるという現実があ― 120 ― るのである。だとするのであれば,大きな差異の存 在が予想される中等学校や中等教育において,どこ まで研究の普遍性が担保されるのかが問われてくる のではないか。 2.マイノリティの視点から見えてくる階層化され た中等教育像 第Ⅱ部は,「子どもの多様性と中等教育実践の課 題」をテーマに,4つの論考が収録されているが, 子どもの多様性と銘打たれているように,いずれも 現代社会のなかでは様々な困難を抱えているマイノ リティの視点から,彼ら/彼女らにとって中等学校 がどのような存在であり,制度としての中等教育が どのように見えてくるかが問われている。具体的に は,白石陽一氏は生活困難を背景にした教育差別を 受けてきた子ども,金井香里氏はニューカマーの子 どもなどエスニック・マイノリティ,永田麻詠氏は LGBT などのセクシャル・マイノリティ,望月未希 氏は四分の一の生徒が転退学していく進路多様高校 の実践がそれぞれ取り上げられている。周知の通り, 1990年代のバブル崩壊以降,日本の社会は階層分化 が進行し,規制緩和による非正規雇用の増加などに よって格差化や貧困化が急速に進んでいった。さら に,このような階級・階層だけでなく,能力主義, レイス,エスニシティ,ジェンダー,セクシャリティ, 障害などによる 「 差異の政治」が行われ,階層化・ 序列化された社会になっていった。また,こうした 社会の変化に対応して,高校の多様化政策が進めら れ,中等教育学校や義務教育学校の新設,県立中学 校の設置などを通して中学校もまた多様化が試みら れ,選別と配分が行われるという仕組みが整備され ていったのである。このように見てくると,第Ⅰ部 が先に指摘したように,教育改革のメインストリー ムから見た中等教育論であるのに対して,第Ⅱ部は いわば「弱者」,「底辺」から見た中等教育論となっ ており,好対照をなしているが,中等教育を論じる 時は少なくともこうした「差異化された現実」を前 提にする必要があるだろう。 こうした認識は,中等教育の定義や制度役割をど うとらえるかという問題にも関わってくる。白石氏 は,竹内常一氏の見解を参照して,「中等教育とは 初等教育の単なる『延長』ではなく,思春期統合と いう課題に応えるものである」と指摘している。こ こでいう思春期統合とは,意味を斟酌して説明する と,自らが生きるに値する世界の発見とアイデン ティティの選択と形成ということである。つまり, 普遍主義的な色彩の強い「自立と個性化」というよ りも,様々な「政治」のなかで行われる世界づくり とアイデンティティの選択と形成が中等教育の制度 役割としては重要なのではないか。また,このよう に考えていくと,①中等教育として集約されている が,中学校と高校の制度役割の違い,②それを前提 とした中学校と高校の教育実践論の違い,③中等教 育でめざす資質・能力とそのための教科内容論の全 体像,などについても明らかにしていくことが求め られているのだろう。 3.教育方法学研究のさらなる広がりへの視座 最後に,この間継続的に積み重ねられてきた第Ⅲ 部の教育方法学の研究動向では,幼児教育と高等教 育が取り上げられた。小学校から高等学校までの授 業やカリキュラムについての研究が多い教育方法学 研究において,学会大会での研究発表にも見られる が,幼児教育や高等教育の研究が不可欠な位置を占 め,学問としての研究分野の広がりを確認すること ができて興味深い。とりわけ,今日の教育改革が大 学入試改革など高等教育改革が起点となり,そこへ 向けて,2017・18年の学習指導要領が幼稚園から高 等学校まで資質・能力の育成で一貫させた時に,ま さに時期を得た形で幼児教育と高等教育が取り上げ られたことは象徴的ですらあった。この2つの論考 に刺激を受けて,両分野のさらなる研究の発展を期 待したい。 (A5判 総152頁 図書文化 2019年 本体2,000円)