学 位 論 文 題 名
博 士 ( 水 産 学 ) 川 合 祐 史
糸状菌Aspergillus niger の産生する抗酸化物質に関する研究
学位論文内容の要旨
トコフェロールを含めて天然物由来の抗酸化剤は、BHAやBHTなどの 化学合成抗酸化剤より抗酸化効果が小さく、安定性も低いことが大きな 欠点である。そこで、トコフェ由ールよりも効果の優れた合成抗酸化剤 並みの効果を有する抗酸化性天然物あるいはトコフェロールの機能を大 幅 に 向 上 さ せ る よ う な 相 乗 剤 の 探 索 が 精 力 的 に 行 わ れて い る。
本研究では、糸状菌の抗酸化物質産生機能の食品への応用を目的とし て、抗酸化物質を産生する糸状菌の検索と同定を行うとともに、抗酸化 物質産生菌として分離したAspergillus niger群糸状菌によって産生さ れる主要抗酸化物質について検討した。
まず、抗酸化物質産生糸状菌を検索するため、32の食品検体から48株 の糸状菌を分離し、それらの菌株をMYPG液体培地で培養した後、培養 物の酢酸エチル抽出物のりノール酸に対する抗酸化性をスクリーニング したところ、44株に抗酸化性を認め、中でも乾燥椎茸から分離した菌株 A‑12の抽出物が最も強い抗酸化カを示した。この菌株は、その形態学的 特徴から、Aspergillusnigerに同定でき、Asper gillusniger ATCC 90831株としてAmerican Type Culture Collectionに寄託・登録された。
次に、この抗酸化物質産生菌Aspergillus niger ATCC 90831株の培 養濾液の酢酸エチル抽出物から、調製薄層クロマトグラフイー、逆相高 速液体クロマトグラフイー(HPLC)などによって主要抗酸化物質として 物質Jを 単離した。この抗酸化物質Jの構造は、質量分析およびNMRな
どの情報を総合的に検討して、3,6,7.9.テトラヒドロキシ‑8‑メトキシ‑4‑
メ チル フェ ナレ ン‑1‑オ ン(TMMP) と推 定し た。本 物質 は、 各種デ ータ ベース検索の結果、新規物質と判断された。
TMMPのり ノー ル酸に 対す る200ppm添 加系の抗酸化カは、ロ・トコフェ ロ ー ル200ppm添 加 系 の 約1/4で あ っ た が 、TMMPと ト コ フェ ロ ー ル のそ れ ぞれ20 0ppm混合添加系では相乗効果を発揮し、特にぶ・トコフェロー ルを主成分とするイーミックス‑Dよりもば・トコフェロールとの相乗性に 優 れ て い た 。 ま た 、180℃ で6時 間 加熱処 理し たTMMPのり ノー ル酸 に対 す る抗 酸化 カは 、熱安 定性 の低 いトコ フェロール類とは対照的に、非加 熱TMMPの 抗 酸 化 カ の4.8倍 に上 昇 し 、a‑ト コ フ ェ ロ ー ル以 上 の 抗 酸化 カ を 示 し た 。 さ ら に こ の 加 熱 処 理TMMPは 非 加 熱TMMPよ り も ト コ フ ェ ロ ール との 相乗 効果が 大き く、 さらほ アスコルビン酸パルミテートのト コフェロールに対する相乗効果をも上回った。
さら に、Aspergillus niger ATCC 90831株と 同じAspergillusロiger 群 に属 する 糸状 菌の中 で、Aspergillus niger IF0 31125株 が極め て強 い 抗酸 化物 質産 生機能 を示 すこ とを見 出し、この菌株によって産生され る抗酸化物質の機能についても検討した。
Aspergillus niger 'IF0 31125株のYG液体培地による培養濾液から酢 酸 エチ ルによる中性抽出画分から逆相HPLCによって分取した主要な7ピー ク 成分 (No.l〜7)は、いずれもりノール酸に対する過酸化物生成抑制、
フ ェノ ール 試薬 の還元 およ びDPPHのラ ジカル消去の効果を有し、それら の中でもN 0.2の成分が各指標において優れていた。
No.2成分 のり ノール 酸に 対す る200ppm添加系の抗酸化カは、 .トコ フ ェロ ール2 00 ppm添 加系 の約2/3であ った 。また 、No.2成 分は、 トコ フ ェロ ール 類と それぞ れ2 00ppmの 混合 添加 系にお いて は相 乗効果 は認 め ら れ な か っ た が 、 ア ス コル ビ ン 酸パル ミテ ート とのそ れぞ れ200ppm 混 合添 加系 にお いては 約2.8倍 の酸 化誘 導期 の延長 が認 めら れた。No.l
〜7の各ピ ーク 成分 は、 紫外. 可視 吸収スベクトルおよびGibbs試薬によ る呈色反応からアウラスベ凸ンなどのナフト・ア・ピロン類が主成分と推 定された。
Aspergillus niger ATCC 90831株 、IF0 31125株 の 両菌 株 から 、本 研究で分離した抗酸化物質は、ともにFolin. Ciocalteuのフェノール試薬 の 還元 性を 持ち 、フェ ノー ル性 化合物としての水素供与体あるぃは電子 供 与体 とし て、 油脂の 自動 酸化 において生成されるラジカルを捕捉する 機 能 を 保 有 し て お り 、 そ れ が 主 要 な 抗 酸 化 機 構 と 考 え ら れ る 。 As per gil lusロiger ATCC 90831株 によ って産 生さ れるTMMPは、そ れ 自体 の抗 酸化 カより も、 トコ フェロール類との相乗効果に優れている 点 が特 徴で あり 、一方 、Aspergillus niger IF0 31125株に よって産生 さ れる 抗酸 化物 質(ピ ークNo.2)は、トコフェロールとの相乗効果は見 ら れ な い が 、 そ れ 自 体 に よる 抗酸 化カはTMMPより も強 い点が 特徴 であ る 。IF0 31125株 か ら はTMMPに 相 当 す る 物 質 の 産 生 も 認め ら れ、 これ と ともに、No.2と同時に分離されたNo.l〜7の類縁物質群は、As pergil‑
1us niger IF0 31125株 の代謝 産物 とし ての 抗酸化 機能 に大 きく寄与す るものと推察される。
両 菌 株 に よ る 抗 酸 化 物 質の 効果 は加熱 に対 して も低 下せず 、む しろ TMMPは 加熱 によ って効 果が 著し く向上することが観察された。紫外・可 視 吸 収 ス ベ ク ト ル な ど か らTMMPの 構造が 加熱 によ って 変化す るこ とが 推察された。
As per gil lus niger群糸状菌を固体基質に培養した場合、菌株、基質の 種 類 に よ っ て 生 成 す る 抗 酸化 物質 のプロ フイ ール が異 なり、TMMPやナ フ トピ ロン 類を はじめ とす る抗 酸化物質の産生によって抗酸化機能が発 揮 され るこ とに 加えて 、糸 状菌 による酸化生成物の分解作用も考えられ た。
本研 究で は、AIspergnJusnjぴrに属 する2菌株の 抗酸 化機 能としての 抗 酸化 物質 産生 につい て検 討を 行ったが、単離された抗酸化物質以外に も 、抗 酸化 活性 、水素 供与 性あ るいは電子供与性を有する多数の化合物 が 共存 する こと を抽出 ・分 画の 過程で観察した。これらの物質は、単独 で はさ ほど 抗酸 化カを 示さ ない が、いくっかの物質が共存する粗画分の 場 合に は比 較的 強カな 抗酸 化カ を示すことがあった。種々の抗酸化機能 を 持っ た物 質が 共存し 、相 互作 用する場合には優れた抗酸化機能を発揮
するものと考えられ、実際に抗酸化剤として使用するに当たっては、各 物質の機能をもとに組成を処方し、抗酸化剤をデザインすることが重要 である。
学位論文審査の要旨 主査 教授 信濃晴雄 副査 教授 羽田野六男 副査 教授 猪上徳雄
学 位 論 文 題 名
糸状菌Aspergillus niger の産生する抗酸化物質に関する研究
本 研 究 で は 、 糸 状 菌 の 抗 酸 化 物 質 産 生 機 能 の 食 品 へ の 応 用 を 目 的 と し て 、 抗 酸 化 物 質 を 産 生 す る 糸 状 菌 の 検 索 と 同 定 を 行 い 、 そ の 培 養 に よ っ て 得 ら れ た 抗 酸 化 物 質 の 構 造 と 機 能 特 性 に つ い て 検 討 す る と と も に 、 既 知 の Aspergillus niger群 糸 状 菌 に よ っ て 産 生 さ れ る 主 要 抗 酸 化 物 質 の 構 造 と 機 能 に つ い て も 比 較 検 討 し て い る 。
ま ず 、 抗 酸 化 物 質 産 生 糸 状 菌 を 検 索 す る た め 、32の 食 品 検 体 か ら48株 の 糸 状 菌 を 分 離 し 、 そ れ ら の 菌 株 を MYPG液 体 培 地 で 培 養 し た 後 、 培 養 物 の 酢 酸 エ チ ル 抽 出 物 の ル ノ ー ル 酸 に 対 す る 抗 酸 化 性 を ス ク リ ー ニ ン グ し た と こ ろ 、44株 に 抗 酸 化 性 を 認 め 、 中 で も 乾 燥 椎 茸 か ら 分 離 し た 菌 株 A‑12の 抽 出 物 が 最 も 強 い 抗 酸 化 カ を 示 す こ と を 確 認 し て い る 。 こ の 菌 株 は 、 そ の 形 態 学 的 特 徴 か ら 、Aspergillus nigerに 同 定 で き 、 現 在As per gillus niger ATCC 90831株 と し てAmericaniType Culture Collectionに 寄 託 ・ 登 録 さ れ て い る 。
次 に 、 こ の 抗 酸 化 物 質 産 生 菌 Aspergillus niger ATCC 90831株 の 培 養 濾 液 の 酢 酸 エ チ レ 抽 出 物 か ら 、 調 製 薄 層 ク ロ マ ト グ ラ フ イ ー 、 逆 相 高 速 液 体 ク 口 マ ト グ ラ フ イ ー(HPLC) な ど に よ っ て 主 要 抗 酸 化 物 質 と し て 物 質J を 単 離 し た 。 こ の 抗 酸 化 物 質Jの 構 造 は 、 質 量 分 析 お よ び NMRな ど の 情 報 を 総合 的 に 検討 し て 、3,6,7.9、 テト ラ ヒ ドロ キ シ ,8 ‑メト キ シ‑4‑メ チル フ ェ ナ レ ン .1 ‑オ ン(TMMP) と 推 定 し た 。 本 物 質 は 、 各 種 デ ー タ ベ ー ス 検 索 の 結 果 、 新 規 物 質 と 判 断 し て い る が 、 こ の 成 果 は 新 し い 知 見 と し て 評 価 で き る 。 TMMPの り ノ ー ル 酸 に 対 す る200ppm添 加 系 の 抗 酸 化 カ は 、a・ ト コ フ ェ ロ ー ル200ppm添 加 系 の 約 1/4で あ っ た が 、 TMMPと ト コ フ ェ ロ ー ル の そ れ ぞ れ200ppm混 合 添 加 系 で は 相 乗 効 果 を 発 揮 し 、 特 に ぶ ・ ト コ フ ェ ロ ー ル を 主 成 分 と す る イ ー ミ ッ ク ス‑Dよ り もa‑ト コ フ ェ ロ ー ル と の 相 乗 性 に 優 れ て い た 。 ま た 、180℃ で 6時 間 加 熱 処 理 し た TMMPの り ノ ー ル 酸 に 対 す る 抗 酸 化 カ は 、 熱 安 定 性 の 低 い ト コ フ ェ ロ ー ル 類 と は 対 照 的 に 、 非 加 熱TMMPの
抗酸 化カ の4.8倍に 上昇し、a.トコフ ェロール以 上の抗酸化 カを示した 。 さ ら に こ の 加 熱 処 理TMMPは 非 加 熱TMMPよ り も ト コ フ ェ ロ ー ル と の相 乗 効果 が大 きく、さら にアスコル ビン酸パル ミテートの トコフェロ ー少に対 する 相乗 効果をも上 回る結果を 確認してい るが、特異 的な相乗効 果と耐熱 性を 有す ることから 考えられる 加熱加工食 品に対する 応用など、 興味ある 結果 であ る。なお、 この結果は 紫外・可視 吸収スベク トルなどか らTMMPの 構造が加熱によって変化することを推察させた。
さらに、As per gillusロiger ATCC 90831株と同じAs per gillus niger 群に 属 する 糸 状菌 の 中で 、AIsperぎj‖usnjgerIF031125株 が極 め て強い 抗酸 化物 質産生機能 を示すこと を見出し、 この菌株に よって産生 される抗 酸化物質の機能にうぃても検討した。
Asper曾j川 ‖snj曾erIF031125株 のyG液体培地培 養濾液から 酢酸エチル に よ る 中 性 抽 出 画 分 か ら 逆 相HPLCに よ っ て分 取 した 主 要な7ピー ク 成分
(No.1〜7)は、 いずれもりノール酸に対する抗酸化効果を有し、それらの 中でもNo.2の成分が最も優れていることをみている。
No.2成分 のりノー少酸に対する200ppm添加系の抗酸化カは、a.トコフェ ロ ー ル200ppm添 加 系 の 約2/3で、 ま た、No.2成 分は 、TMMPと は 異 なル トコ フ ェロ ー ル類 と のそ れ ぞれ200ppmの 混 合添 加 系に お いて は 相 乗効果 が認められ ないことを観察している。No.1〜7の各ピーク成分は、紫外・可 視吸収スベ クトルおよ びGibbs試薬 による呈色 反応からアウラスベロンなど のナ フト .ア・ピロ ン類が主成 分と推定し ており、ま た、TMMPに相当す る 物質 の産 生も認めて いる。これ らの結果は この種糸状 菌の代謝機 能が同一
」種であっ ても極めて多様であり、今後の研究の方向付けに大きく寄与する ものとして評価できよう。
Asper雪jJJusnjgerATCC90831株 、IF031125株 の 両 菌 株 か ら 、 本 研 究で分離し た抗酸化物質は、ともにFolin.Ciocalteuのフェノール試薬の還 元性 を持 ち、フェノ ール性化合 物としての 水素供与体 あるいは電 子供与体 とし て、 油脂の自動 酸化におい て生成され るラジカル を捕捉する 機能を保 有しており、それが主要な抗酸化機構と考えている。
ま た、両菌 株の抗酸化 物質産生プ ロフイール の検討の結 果、単離さ れた 抗酸 化物 質以外にも 、水素供与 性を有する 多数の化合 物を観察し ており、
これ らの 種々の抗酸 化機能を持 った物質が 共存し、相 互作用する 場合には 優れ た抗 酸化効果を 発揮するも のと考えら れ、実際に 抗酸化剤と して使用 する に当 たっては、 各物質の機 能をもとに 組成を処方 し、抗酸化 剤をデザ インすることの重要性を指摘している。
以 上の本研 究で得られ た成果は、 古くて新し い課題であ る食品の酸 化防 止の 分野 に貢献する ところ大き く、また、 微生物機能 開発の面で も新しい 方途 を示 唆するもの として高く 評価できる 。よって審 査員一同は 申請者が 博士 ( 水産 学 )の 学 位を 受 ける に 十分 な 資質 を 有す る も のと 認 定し た。