博士(水産科学)鈴木勝也 学位論文題名
物理モデルを用いた魚群行動特性の 定 量 的 評 価 に 関 す る 研 究
学位論文内容の要旨
【背景と目的】
漁獲 対象と なる 有用 水産 魚類 の大 半は,大規模な魚群を形成する.魚群の行動は,魚 種 や成 長段階 によ って 様々 に特 徴づ けられ,魚群に対する刺激の強さや種類に対しても そ の反 応行動 は大 きく 異な る. この ような魚種や刺激の違いによって現れる魚群の行動 特 性は ,漁獲 時の 魚群 の入 網お よぴ 逃避過程に密接に関与し,漁獲結果に対して大きた 影 響を 及ばす .し たが って ,対 象魚 群の行動特性の違いにっいて詳しく把握し,適切に 評 価す ること は, 水産 資源 量調 査に おける定量採集手法や選択的漁獲手法の確立におい て 急務 となっ てい る, サン プリ ング ギアや漁具による魚群の採集・漁獲過程の予測に大 きく貢献しうる有用な知見となる.
そこ で本研 究で は, 魚群 全体 をシ ステムとして考え,魚群中の個体の行動決定要素の カ 学構 造を物 理モ デル に基 づぃ て推 定することにより,魚群の行動特性を多面的かつ定 量 的に 評価す る手 法を 提案 する .そ して,水産業において有用な海産魚類数種における 魚 群行 動特性 を評 価し ,各 魚種 の魚 群行動の差異がどのような要素に起因しているのか を,物理モデルによって明らかにすることを目的とする.
魚 群 行動 に対 して 特に 強い 影響 を及 ばす 物理 環境 要因 である 光刺 激の 影響 を理 解す る ため に,魚 群行 動に 密接 に関 与す る感覚刺激とされる,視覚と側線感覚刺激が抑制さ れ た時 の魚群 行動 にお ける シス テム の構造を明らかにする.これによって,魚群行動に おける視覚と側線感覚の役割にっいて検討する・
さら に,各 魚種 にお いて 定量 評価 された魚群行動特性が採集・漁獲過程にどのように 関 与し ている かと いう 点に っい て, 魚群行動モデルを用いたシミュレーションスタディ を通して解明する.対象魚は,我が国の重要な水産資源であるマサバScomber japonicus, ス ケ ト ウ ダ ラTheragra chalcogramma,シ ロザ ケOncorhynchus keta, チカHypomesus japonicusとした・
【モ デル 】
モ デル の基 本的 な考 え方 は, 魚群 の行 動を 質点系 の運 動方 程式 で記 述するものであ る. この モデ ルは,魚群中の各個体の行動様式を決定する要素が,個体に作用するカの ―220−
線 形結 合で 表わ せるも のと 仮定している.そして,これらのカの大きさを規定するモデ ル 式内 の未 知パ ラメー タを 推定することで,様々な条件下での空間内の魚群行動様式を 定 量的 に把 握し て比較 検討 する こと がで きる .個 体の 位置ベクトルをxわ速度ベクトル をviと する と, 個体数Nf尾 で構 成さ れる 魚群 中の 各個 体の 行動 は, 次の 運動方 程式 で 記述される.
珊 み (f) 〓 厩 ¢ , . 碗 ,n,X2・ V2 … ,XNf,VNf) 十60) (1.1) 厩= Fi十F2十Fヨ O=1,2,…,Nf)
ここ で, 朋は 魚群を 構成 する個体の平均質量,疋は個体の運動要因を個体に作用する 外 カと して 表現 したも ので ある ・6は, 門だ けでは 表現 し尽くせない運動要因で,ここ で はこ れを 外乱 とする .関 数疋 は, 個体 が単 独で 遊泳 するための前方推進力Fil,個体 が 魚群 中の 他個 体から 受け るカFi2,そし て, 個体 が障 害物から受けるカFi3の線形結合 で 与え られ ると 仮定す る. 関数Filには 前方 推進カ の強 さに関するパラメータロ,関数 Fz2には個体問距離を保持しようとするカ(距離保持力)に関するパラメータkbと.,他 個 体に 対し て速 度ベク トル を揃えようとするカ(遊泳同調力)の強さに関するパラメー タ 脇, 関数Fi3に は, 障害 物から受けるカの強さに関するパラメータkが含まれている.
こ のモ デル に, 水槽実 験か ら得られた魚群を構成する各個体の位置の時系列データを代 入 する こと によ り,こ れら のカ の強 さに 関す る未 知パ ラメ ータ を推 定す ること がで き る.
【水槽実験】
魚 群中の 各個 体の 位置 座標 を取 得す るた めに ,実 験水 槽内 の魚群 行動 撮影 を行 なっ た. 供試魚 に平 均体 長10.6 cmの チカ, 同13.9 cmの マサ バ, 同6.1 cmの スケ トウ ダラ 幼魚,同7.2 cmのシロザケ幼魚を使用した.魚の遊泳行動は2次元に制限するものとし,
実験 魚の体 高に よっ て水 深を10〜15 cmの範 囲で 調節 した.実験水槽内の魚群の遊泳行 動を,上方からデジタルビデオカメラで撮影した.
魚 群の形 成と 維持 にお ける個体間相互作用は,主に視覚および側線感覚刺激の連鎖反 応に よって 実現 され る. しかし,これらの感覚器官が魚群形成にどのような役割を果た しているのかにっいては,未だ不明な点が多い.そこで,次のような実験条件を設定し,
これ らの感 覚器 官が 魚群 の形成維持に果たす役割にっいて評価する.視覚刺激を制限す る条 件とし て, 明・ 暗の2段 階の 光環境 ,側 線感 覚刺 激を制限する条件として正常個体 のグ ループ と側 線器 官を 麻痺 させ た個 体の グル ープ ,魚群を構成する個体数の3っの条 件 を 変 化 さ せ た . 暗 環 境 下 に 韜 け る 撮 影 時 に , 赤 外 線 ラ イ ト を 用 い た ・
【パラメータ推定による魚群行動評価】
全ての魚種において,明環境下における正常個体では,前方推進カロ゛および遊泳同調 力脇゛が支配的であった(*はパラメータの標準化処理を表わす).特にチカとマサバで はロ゛く脇゛となり,強い個体間相互作用に支配されていることが示された.暗環境下にお いて 遊泳 同調 カに 強い 支配性が表れたのは,マサバの正常個体のみであった.全ての魚
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種およぴ実験条件において協゛およびん゛は小さく,魚群行動におけるこれらのカの支配 性は低いと考えられた.
遊 泳同 調カ の作 用強 度分 布を調べるために,前方,側方,後方の個体に対する遊泳同 調力kcl,kc2,kc3を定義し,これらのカにっいてパラメータ推定を行なった.その結果,
マサ バに おい て作 用強 度の 指向性に顕著な特徴が表れた.明環境下における側線閉塞個 体に おい て遊 泳同 調カ の作 用強度が,前方と側方に対して同程度の強さであったのに対 し, 明環 境下 およ び暗 環境 下における側線正常個体では,前方に対して強い作用強度を 示し た. これ は視 覚刺 激お よぴ 側線 刺激 による 他個 体認 識範 囲に 明確 な差 異が ある こ と, 明環 境下 にお いて も側 線刺激による遊泳同調を強く行なっていることを表わしてい る. そし て, マサ バは 低照 度下においても,他個体との強い遊泳同調を行なうことが出 来ることを示唆する,
【シミュレ―ションによる魚群行動評価】
障害 物に 遭遇 した 際の 魚群の制御機能にっいて検討するため,魚群の進行方向に対す る 障害 物の 角度 を変 化さ せてそれぞれシミュレーションを行なった.そして,障害物遭 遇 後に 魚群 から 分離 した 個体率 屬を 算定 した .明 環境 下で の屬 は, 側線 正常 個体 ,側 線 閉塞 個体 とも に全 ての 角度に っい て2%以 下で あり ,魚群の制御機能が高いことを示 し た. 一方 暗環 境下 では ,魚群 の進 行方 向に 対す る障 害物 の角 度が 直角 に近 いほ ど屬 は高くなり,角度が小さくなるにっれて,島は低くなり魚群の分離が発生し難くなった.
こ れは ,側 線閉 塞個 休で 特に顕著であり,85°以上の角度を持って障害物に遭遇した時 には,30%以上の個体が魚群から分離した,
この とき ,暗 環境 下に おけるマサバの正常個体では,遊泳同調カが比較的強い支配性 を示していたが,明環境下ではロ゛く脇゛であったのに対し,暗環境下ではロ.冫島゛であっ た .こ の前 方推 進カ と遊 泳同調カの支配性の逆転現象は,視覚の阻害によってもたらさ れたものと考えられるが,ロ゛冫kc゛という各パラメータの支配性の関係は,魚群が障害物 に 対し て直 角に 近い 角度 でアプローチした時,個体固有の行動に対する他個体との相互 作 用 が , 魚 群 を 維 持 す る の に 十 分 で な い こ と を 示 す ー っ の 指 標 と な る .
本研 究で は, 魚群 の遊 泳行動から各個体の固有の運動および個体間相互作用,そして 障害物 から の作 用の カ学 構造を物理モデルを用いて定量化することにより,魚種の違い による 魚群 の行 動特 性を 評価する方法を提案した.そして,感覚刺激の制限が魚群の運 動にど のよ うな 変化 をも たらすのかを明確に示した.また,それらの結果を適用したシ ミ ュ レ ー シ ョ ン に よ り , 採 集 ・ 漁 獲 過 程 の 理 解 に っ な げ る 可 能 性 を 示 し た .
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学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
助教授 宮 教 授 桜 教 授 山 助教授 益 助教授 高
下 和 士 井 泰 憲 本勝 太郎 田 玲 爾 木 力
学 位 論 文 題 名
物理 モデル を用いた 魚群行動特性の 定 量 的 評 価 に 関 す る 研 究
魚 種 や 刺 激 の 違 い に よ っ て 現 れ る 魚 群 の 行 動 特 性 の 差 異 は 、 漁 獲時 の 魚 群 の入 網 お よ び 逃 避 過 程 に 密 接 に 関 与 し 、 漁 獲 結 果 に 対 し て 大 き な 影 響 を 及 ば す 。し た が っ て、 対 象 魚 群 の 行 動 特 性 の 違 い に つ い て 詳 し く 把 握 し 、 適 切 に 評 価 す る こ と は、 サ ン プ リン グ ギ ア や 漁 具 に よ る 魚 群 の 採 集 ・ 漁 獲 過 程 ( キ ャ プ チ ャ プ ロ セ ス ) の 予 測に 大 き く 貢献 し う る 有 用 な 知 見 と な る 。 そ こ で 本 研 究 で は 、 物 理 モ デ ル に 基 づ ぃ て 水 産業 に お い て有 用 な 海 産 魚 類 数 種 に お け る 魚 群 行 動 特 性 を 評 価 し 、 各 魚 種 の 魚 群 行 動 の 差異 が ど の よう な 要 素 に 起 因 し て い る の か を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た 。 ま た 、 魚 群行 動 に 対 して 特 に 強 い 影 響 を 及 ば す 物 理 環 境 要 因 で あ る 光 刺 激 の 影 響 を 理 解 す る た め に、 魚 群 行 動に お け る 視 覚 と 側 線 感 覚 の 役 割 に つ い て 検 討 し た 。 さ ら に 、 各 魚 種 に お い て定 量 評 価 され た 魚 群 行 動 特 性 が キ ャ プ チ ャ プ ロ セ ス に ど の よ う に 関 与 し て い る か と い う点 に つ い て、 魚 群 行 動 モ デ ル を 用 い た シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ス タ デ ィ を 通 し て 検 討 し た 。 対象 魚 は 、 我が 国 の 重 要 な 水 産 資 源 で あ り 、 生 活 空 間 や 遊 泳 型 の異 な る 、マ サ バScomber japonicus、ス ケ ト ウダラTher・曾口出口をDゲロ所朋ロ、シロザケく功CD碵朋CカWぬ細、チカ」めpDmPぷ鮒丿印D門fCWの 4魚種とした。
i:急謹萱勤!三園童塗物聖量Tル
魚群をーつのシステムと見なし、その行動に内在するカ学的構造(内部構造)を定量的 に評価する方法を提案した。本モデルは、三宮ら(1993)の魚群行動に関する物理モデル をべースとしている。本手法により、魚群行動における個体の行動決定要素がどのよう な作用で構成されているのかを数値化し、魚群行動特性を多面的に評価することが可能 となった。
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2:丞産壷恩麁麺4種Q夐聾萱懃鑓蛙
水産有用魚類4種にっいて魚群行動評価を行った。その結果、全ての魚種で一定の遊 泳速度を保とうとするカ(前方推進力)と、他個体に対して速度ベクトルを揃えようと するカ(遊泳同調力)が支配的となり、これらのカの相対関係が魚群行動を特徴づけて いることが示唆された。マサバでは各カの支配性が互いに最も高く、個体の速度と魚群 の速度を共に一定に保持する作用が強かったことから、マサバ魚群は移動に適した魚群 行動特性を持っと考えられた。それに対し、スケトウダラでは各カの支配性は他魚種と 比較して互いに最も低かったことから、スケトウダラ魚群は比較的移動に適さない魚群 行動特性を持っと考えられた。
!:急鑒萱動Eおける 童圭倒鍵鏖糞撞籃
水産有用魚類4種について、魚群行動における視覚と側線感覚機能の定量的評価を行 った。その結果、全ての魚種において、視覚と側線感覚刺激の個体間相互作用への関与 が示唆された。チカ、スケトウダラ、シロザケは、暗環境下において魚群の形成をほと んど行わず、これらの魚種における個体聞相互作用は、視覚に大きく依存していること が示唆された。その一方でマサバは、暗環境下においても極性の強い魚群を形成維持す ることができ、側線感覚刺激による遊泳同調能カが、他魚種と比較して非常に高いこと が示された。
また、視覚と側線感覚刺激による個体間相互作用は、それぞれ他個体との相対位置に よってその作用強度分布が大きく異なることが明らかとなった。明環境下において側線 閉塞された魚群は、前方と側方にいる他個体に対して同程度の作用強度で遊泳を同調さ せていた。一方、暗環境下における正常個体からなる魚群は、前方にいる他個体に対し て強い遊泳の同調を行っていた。このことから、視覚刺激による個体問相互作用は、前 方と側方にいる他個体に対して広い範囲で弱く、側線感覚刺激による個体間相互作用 は、前方にいる他個体に対して狭い範囲で強く働いていることが分かった。そして、こ の傾向はマサバにおいて特に顕著であった。
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一連の魚群行動評価から得られたモデルパラメータに基づく数値シミュレーション により、個体固有の前方推進作用と、他個体との相互作用の相対的な作用強度が、魚群 の速度や形状の安定性にどのように関与しているのか評価した。さらに、キャプチャプ ロセスの予測への応用として、壁面状構造物に対する魚群の行動についてのシミュレー ションを行い、壁面に遭遇した魚群が分離する度合いを定量的に評価することが出来 た。そして、壁面に遭遇する角度によって魚群の分裂する度合いが変化することが分か り、魚群の視覚刺激や側線感覚刺激の受容状態によって、その結果が大きく変化するこ とが明らかとなった。
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本研究では物理モデルを用いて魚群の行動特性を定量評価することを可能とした。こ れらの結果は、過去の各魚種の行動学的知見ともよく一致した。スケトウダラ、シロザ ケ、チカの魚群形成維持は、視覚に依存していることが示唆された。ー方、マサバの魚 群形成維持は側線感覚への依存度が比較的高いことが示された。これらの成果は、周辺 の物理環境要因の違いがキャプチャプロセスにどのように影響するのかを、魚種ごとに その違いを明らかにする上で有用な知見となる。
本研究は、遊泳型や生活様式の異なる水産有用魚類4種の、各魚群システムの内部構 造を明らかにした。また、それらの結果を踏まえて、数値シミュレーションを用いてキ ヤプチャプロセスを推定する新しい手法を提示した。これらの成果は、採集具を用いた 定量採集手法の開発や、選択的漁獲手法の開発に大きく貢献するものと評価できる。審 査員一同は、本論文が博士(水産科学)の学位を授与される資格のあるものと判定した。
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