1.は じ め に GPS を搭載して車輌の進行方向を誘導するガイダン スの技術は欧米を中心に普及が進んでいる。この技術は 作業時の作業幅の重複部分を最小にする事により,農薬, 肥料,燃料等の資材費削減が行える事からコスト削減の 有効なツールとして積極的な投資が行われている。ま た,その位置情報を活用し,オートステアリング(自動 操舵),スプレーヤーのセクションコントロール,育成状 況のセンシング,可変散布等様々なアプリケーションが 広まっている。 2.トプコンの農用事業 ト プ コ ン は 世 界 で も 数 少 な い 精 密 GNSS(Global Navigation Satellite System:全地球航法衛星システム) の技術を自社で所有する日本本社のメーカーであり,そ の位置情報を用いた建設機械向けの 3D 自動制御システ ムの開発にいち早く取り組み,現在では高いシェアを 持っている。トプコンではその技術を農業向けのアプリ ケーションとして転用すべく 2006 年にオーストラリア の農業システムの開発会社を買収し,農業事業に参入し た。現在ではその会社の農業に関するノウハウとトプコ ンのセンサー及び制御技術を融合した製品を全世界に向 け販売している。 3.高精度な制御 高精度にトラクタのコントロールを行う為には,まず 位置の基準となる GNSS の精度を上げる必要がある。現 在一般的に使用されている「GPS ガイダンスシステム」 は D(ディファレンシャル)-GPS と言う手法で数 10 cm 精度を保っている(図 1)。D-GPS は MTSAT(MSAS) という静止衛星からの補正情報を受信する事で一般的な カーナビ等に比べ精度の向上を図っている。 さらにその精度を上げる方法として RTK(リアルタ イムキネマティック)-GPS と言う測位手法がある。こ の技術は測量や土木の業界でも使用されている技術でそ の精度は数 cm の精度を保っている。RTK-GNSS は高 精度な GNSS 受信機を使用すると共に,D-GPS 同様に補 正情報を使用する事で精度を向上させているが,RTK の場合その補正情報の配信方法に 2 つの手法がある。 RTK-GNSS における補正情報の配信 ⑴ 無線を使用した RTK-GNSS(図 2) 現地の正確な座標が判っている場所に GNSS の固定 局を設置し,その情報を補正情報として無線機を使用し
布施浩一朗
(ふせ こういちろう) 1966 年 5 月生 1995 年株式会社ソキア(現株式会社ソ キア・トプコン)入社,2009 年株式会 社トプコンに出向。 現在,スマートインフラカンパニー機 器開発技術部シニアエキスパート E-mail:[email protected]Keywords:GNSS, GPS, tractor, variable rate fertilization, nutrition sensor, GIS, mapping
キーワード:GNSS,GPS,トラクタ,可変施肥,生育センサー,GIS,マッピ ング
Tsuyoshi YOSHIDA, Koichiro FUSE
TOPCON’s GNSS Guidance Technology for Agricultural Vehicle
トプコンの農用車両ガイダンス技術
特 集
吉田 剛
(よしだ つよし) 1965 年 1 月生 1988 年東京光学機械株式会社(現株式 会社トプコン)入社,国内営業部,事業 企画部,経営企画部を経て, 現在,スマートインフラカンパニー新 規事業推進部 主査 E-mail:[email protected] 図 1 ディファレンシャル測位て発信する。トラクタ側ではこの情報を無線機で受信し, 計算を行う事で数 cm の測位精度を実現する。固定局用 GNSS や無線機など初期投資は必要だがランニングコス トはほぼ不要となる。 ⑵ ネットワーク型 RTK-GNSS(図 3) 全国に設置されている国土地理院の電子基準点を使用 して補正データの配信サービスを行っている民間企業が あり,そこから携帯電話の通信網を通じて補正情報を購 入し RTK を行う手法。一般的に VRS(Virtual Reference Station)と呼ばれる事が多い。自身で GPS の固定局を 設置する必要は無いので初期コストはあまりかからない が,使用に関してはランニングコスト(データ使用料, 通信費など)が必要となって来る。また,サービスの範 囲も携帯電話の通信網のエリアに限られる。 現在ユーザーはこれらの配信方法を自身の運用体系に 合わせて選択し活用しているが,日本では将来的に新し い測位衛星インフラが準備されている。 ⑶ 準天頂衛星システム(QZSS:Quasi-Zenith Satel-lite System) 日本では独自の測位衛星の打ち上げを計画しており, 現在 1 機が試験運用されている。この測位衛星は日本の 上空天頂付近に位置するように軌道が配置され,2018 年 運用を目途に追加で 3 機の打ち上げが予定されている。 この準天頂衛星には「補強信号」と言われる精度を上げ る為の補正信号の配信が予定されている。この補強信号 により RTK 並みの精度で測位が行われれば,ユーザー の使用環境は大きく変わってくる物と思われる。 さらにトプコンでは,準天頂衛星システムから発信さ れている「試験用補強信号」の農業用オートステアリン グシステムへの適用実験を実施した。この実用化実験に ついては,後章で詳しく説明する。 マルチ GNSS について 測位衛星はアメリカの GPS だけではなくロシアの GLONASS,EU の Galileo 等も運用されており,これら の測位衛星を総称して GNSS と呼んでいる。衛星によ る測位は受信する衛星の数が多い程安定した測位が行え る事から,近年では GPS と GLONASS のハイブリッド 型の RTK が主流となってきている。図 4 は 2013 年 5 月 30 日の帯広地区の衛星状況のグラフだが,午後 1 時 から 3 時までの間 GPS のみでは 4 衛星となり RTK 測 位が厳しい状態となっている。一方 GPS+GLONASS のマルチ GNSS の場合,最低でも 8 衛星となる。マルチ GNSS の場合特に時間を意識せず作業を行う事が出来る 事から,農業分野においても GNSS が主流になって来る と思われる。 4.トプコンの農業向けシステム ⑴ GNSS ライトバーガイダンスシステム「System 110」 視認性の良い着脱式ライトバーとディスプレイに GPS/GLONASS のハイブリッドアンテナを組み合わせ たガイダンスシステム(図 5)。ライトバーは本体から取 り外し,最も視認性の良い位置へ取り付ける事で,作業 図 4 衛星配置個数グラフ 図 3 ネットワーク型 RTK-GNSS 測位 図 2 RTK-GNSS 測位
中に視線を外す事無く作業を行う事ができる。また,操 作ボタンは独立しているので手探りでボタン操作を行う 事が出来る堅牢性の高いガイダンスシステムである。 現在北海道を中心に普及が進んでいるガイダンスシス テムであるが,走行のガイド以外の機能はあまり活用さ れていない。System110 はガイド以外に様々な機能を 有するガイダンスシステムである。 a.マッピング機能 ガイダンスを行う際にボタンを押すと,指定された作 業機の幅に合わせて走行した部分を塗り潰す機能があ る。この機能を使用すれば,代掻き時の作業場所を確認 したり,変形圃場におけるトラクタの走行ルートを検討 したりする事が可能となる。この塗り潰された情報は USB メモリにより PDF もしくはシェイプ形式※1にて 出力され,パソコン上での確認や印刷ができる。 b.リアルタイム可変施肥機能 System110 にオプションソフトと生育センサーを組 み合わせる事により,作物の育成状況に合わせた可変追 肥を行う事ができる。生育センサー「CropSpec」(図 6) は 2 波長のレーザーを作物に照射し,跳ね返って来た レーザーの光量から作物内部の窒素量を推定するセン サー。トラクタのキャノピー上に 2 つ設置すれば左右で 十数 m のエリアを計測する事が出来る。自分で射出し たレーザーを使用するので太陽等の外乱光に影響を受け ないだけで無く,夜間でも計測する事が出来る。セン サー値を作物の生育ステージに合わせた追肥に必要とさ れる窒素量に換算する為の検量線が必要となり,国内の 小麦に関する処方箋は北海道大学と北海道立十勝農業試 験場との共同研究により作成している。 2012 年度にこのセンサーを使用し,可変施肥を行った 圃場のうち 5 軒 7 圃場において状況を調査した。収量: 平均 109.7 %,蛋白の均一化:調査圃場全てで向上,減肥 効果:調査圃場平均 6,535 円 /ha,ha 当たりの増収額平 均 78,687 円と良い結果となった。 また,可変施肥を行った際に記録された育成状況は育 成 Map として記録されている(図 7)。この育成 Map は 土壌の肥沃度と非常に相関性が高いと予測される事か ら,この育成 Map を使用し土壌サンプリングの場所を 特定したり,翌年度の基肥散布の参考データとして使用 したりする事が可能と考えられる。現在,北海道立十勝 農業試験場と北海道大学とで基肥散布の為の共同研究を 進めている。 つまり,ガイダンスシステムは単に真っすぐ走る事だ けではなく,農作業を行う上で有効なデータ活用ができ るシステムであると言えるだろう。 ⑵ オートステアリングシステム「System150」 ガイダンスで設定したラインからの離れ量を計算し, その差分を戻す様にハンドルを自動で回転させるシステ ムを「オートステアリングシステム」と呼んでいる。ト プコンのオートステアリングシステム「System150」(図 8)が使用する GNSS アンテナには電子コンパスと IMU (Inertial Measurement Unit)が内蔵されている。一つ のユニット内で位置と姿勢の計測を行うので,取り付け ※1シェイプ形式:地理情報システム(GIS)で標準的に用いられる ファイル形式。 図 5 System110 図 6 レーザー式生育センサー「CropSpec」 図 7 生育マップ(色が濃い所の育成が良い)
時の誤差を最小に防ぐ事が出来る。また,他の農機へ付 け替えを行う際にもアンテナ部を移動させるだけで良い ので簡便な作業を行う事が出来る。ハンドル本体にモー ターを内蔵した,電子ハンドル AES-25 はダイレクトに ハンドルの回転軸を制御するので,レスポンスの良い高 精度な制御を行う事が出来る。 オートステアリングシステムの精度検証 オートステアリングは GNSS の位置情報と車体の姿 勢情報の計算結果から作成された制御信号をハンドルに 取り付けられたモーターに送る事で制御される。トプコ ンでは農研機構の生物系特定産業技術研究支援センター (略称:生研センター)においてオートステアリングシス テム System150 を用い,トラクタの牽引棒のピボット 位置の精度検証を実施している。1.1 km/h の低速域か ら 10.8 km/h の高速域における直線状の走行経路との偏 差は RMS※2で 26 mm となり,コンクリート舗装の上で はあるが良好な値が確認できている。 オートステアリングの安全面 System150 は自動操舵中に人がハンドルを切るとマ ニュアルに切り替わる機能がある。トプコンではこの機 能が確実に働くか? 逆に公道走行時に勝手に自動操舵 に切り変わらないかの任意鑑定を生研センターにて実施 している。結果自動から手動への切り替えも適切な操舵 力で切り替わる事が確認されると共に,適切な操作を行 わない限り勝手に自動操舵へ切り替わらない事も確認さ れた。 また AES-25 は,外部にモーター部分(回転部分)が 無い事からモーターに袖を引きこまれる心配が無いとい うメリットもある。 走行情報の活用 一般的にオートステアリングを行う際には RTK を用 いる場合が多い。RTK を用いれば高精度な水平方向の 位置情報だけではなく,高精度な高さデータを記録する 事が可能になる。例えば防除作業を行う時にオートステ アリングを使用すれば,圃場の 3 次元データを同時に記 録する事が出来ると言う事である。オートステアリング システムは単なる農作業のツールとしてだけではなく, 圃場の標高情報を可視化するツールとして圃場管理の一 助になり,農地整備の基礎データとしても使用できる(図 9)。 また,オートステアリングの技術の延長上には現在研 究が盛んに進んでいるロボットトラクタの技術がある。 最近では有人トラクタとロボットトラクタの 2 台で作業 を行う「協調作業」という実用化に近い技術の研究も進 んでおり,大いに期待が持てる状況である。 高精度の位置情報を活用できる環境が整ってきてお り,この技術は日本農業の発展に様々な形で寄与できる 物と考える。 ⑶ 準天頂衛星を利用したオートステアリングシステ ムへの適用実験 トプコンでは,平成 22 年から平成 24 年にかけて,準 天頂衛星の補強信号をつかった測位方法の開発と農機 オートステアリングシステムへの適用実験を行った。こ の章では,この実用化研究について説明する。なお,こ の研究は,文部科学省地球観測技術等調査研究委託事業 による業務として行ったものである。 a.従来方式の RTK 環境の問題点 衛星測位でセンチメートルレベルの測位精度を利用す るためには,受信した衛星からの信号から誤差要因を除 去するための補正情報が不可欠である。現在利用されて いる高精度測位では,何らかの通信手段によって補正情 報を送る方法が利用されている。実際には,携帯電話の 通信網や業務用無線機が利用されており,通信や無線機 購入にかかるコストが必要となる。また,無線の場合補 正情報を生成するための受信機が必要となるので更に設 備投資が必要となる。また,地上無線は地形や建物,さ らに電波の到達距離の制限があり,電波の到達圏外では, 使用できないという問題点もある。静止衛星を使った
※2RMS(Root Mean Square):平均二乗偏差,二乗平均平方根のこ
とであり,統計値や確率変数の散らばり具合を表す数値。
図 9 オートステアで取得した圃場の標高マップ 図 8 System150
ディファレンシャル GPS の分野では,農機上の受信機 のみで衛星から同時に補正情報を受信し,精度向上を図 ることができる MSAS を利用したシステムもある。こ の場合,上記の無線装置や補正情報生成用受信機を準備 する必要がないため,低コストでの利用が可能になる。 しかしながら,MSAS を利用した場合,精度の向上はサ ブメートルレベルであり,精度的に使用範囲が限定され てしまう。 トプコンでは,この研究で農機上の受信機 1 台で測位 を行うことが可能で,MSAS よりも高精度な,走行精度 約 30 cm 以下が達成できる測位システムの開発を目標 とした。 b.準天頂衛星システムを利用した測位 準天頂衛星システムでは,GPS 補強情報として,GPS 測位の精度を向上させる情報を送信しており,この情報 は 2 つの周波数で放送されている。それらは,L1SAIF 信号と LEX 信号と呼ばれている。このうち,L1SAIF 信号は,MSAS で使用されている補正情報の拡張版であ り,MSAS よりも信頼性や日本域の状況に特化したもの であるが,主としてサブメートル精度をターゲットとし た補正情報である。一方の LEX 信号は,センチメート ル級の精度を達成するための補正情報用テスト信号であ る。 今回トプコンでは,上記の LEX 信号の情報の中で, 一般に公開されている JAXA 形式の補正情報を使用し, 実用化実験を行った。
測位計算には Precise Point Positioning(PPP)と呼ば れる測位手法を用いた。通常の GPS 測位は,各衛星の タイミング信号から衛星までの距離を測定し,それを利 用して地上の位置を計算する方法が使われている。この 場合,タイミング信号の測定限界が 3 m 程度の誤差があ ることから,求められる座標精度は,10 m 程度となる。 これに対し,タイミング信号を載せている搬送波の変化 (ドップラー)は,数ミリメートルの精度で測定できるこ とがわかっている。このデータが利用できれば,理論上, センチメートルレベルの座標精度で測位を行うことが可 能である。 c.PPP よる測位精度と農機オートステアへの適用 実際に,PPP 方式の測位計算ソフトを作成し,その精 度評価を行った。72 時間分の結果から既知点に対する PPP 測位座標の統計量としては,以下の通りとなった。 高さ方向が平面方向に比べて 2 倍程度劣化している が,これは通常の GPS 測位でも見られる一般的な傾向 ものである。 次に上記の PPP 測位ソフトにより出力された測位結 果を弊社のオートステアリングシステム「System150」 に導入し,実際に農機のオートステアを実行した。その 結果を図 10 に示す。 平均離れ量 8 cm,標準偏差で 3 cm と,農機向け低コ スト・高精度オートステアリングシステムの測位データ ソースとして十分に利用可能である事が判明した。 図 10 設計路線(A-B ライン)との離れ量 0.065 East North RMS −0.058 (単位:m) 0.000 平均値 0.049 0.032 Up 0.099