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1980年代の教育改革とアメリカ社会科 : 「コア」をめぐる動きを中心に

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社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第3号1991 (pp. 1 - 8 )

1980年代 の教育改革とアメリカ社会科

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1980's Educational Reform and Social Studies in the United States of America

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1 アメリカにおける1980年代教育改革の特徴 1.1 教育改革論議高揚の要因 周知のとおり,アメリカの80年代の教育改革論議は, (危機に立つ国家JO)の発表を契機に高揚の時代を迎 えた。本報告書の刊行に前後して,全米レベルのもの が30,州レベルのものが250以上も提出され(已 教育 改革論議が全国規模で展開された。この論議高揚の背 景には,少なくとも次の二つの要因があったと考えら れる(3)。 第1の要因は,学生・生徒の学力の著しい低下の事 実と,その原因としてのカリュラムの質的劣化の認識 である。しばしばその根拠に「進学適性テスト」(SA T)の得点の全国的な低下傾向の実態があげられてい る(‰そして,学力低下の原因は,現行カリキュラ ムの質的劣化ではないかと,多くの報告書で指摘した のである。たとえば,『危機に立つ国家』は,「中等学 校カリキュラムは均質化され,薄められ,拡散されて, もはや中心的ねらいのはっきりしないものになってし まった。事実,カリキュラムはキャフェテリア型にな り,食前のアペタイザーや食後のデザートが主食と誤 解されている。」(5)と皮肉ごっている。そして当書では, アカデミックな科目の必修を減らし,生徒の興味に応 じると称して,非アカデミックな科目を増加させたこ とが,学力の低下につながったのだと結論づけている。 第2の要因は,アメリカの経済力'と国際的地位の相 対的低下の事実と,それに対する危機意識であった。 「日本の経済侵略」に対するアメリカ国民の危機意識 は,教育改革論議を高揚させるのに十分な契機となっ たのである。長い間世界の強者としてアメリカが占め てきた地位が崩壊の危機にあるという意識は,国民に とって衝撃であり,深い焦燥感を誘うものであったこ とが推測できる。 この二つの要因,すなわち学力低下と経済力の低下 は,その回復の手段の一つを公立学校の教育課程に求 めたのである(6‰これが,80年代の教育改革論議の 全体的な構図ではないだろうか。 このような構図の中で,社会科のカリキュラムはど −1− のように対応したのか。本小論では,この問題に対し, 社会科の「コア」「コア・コース」厂コア・コンテン ツ」「コア・カリキュラム」といった新しい意味合い で登場した諸概念の整理を試み,事実の一段面を明ら かにしようとした。すなわち,教育改革論議の中心に 位置づく「コア」に,社会科カリキュラムはどのよう に対応したかを検討した。 1。2 教育改革の基本理念 社会科のカリキュラムを検討する前に,まず教育改 革の全体像を示す。 80年代の改革の対象は,「カリキュ ラム,教授法,テスト,職員の給料とその増加,’リー ’ダーシップ,コミュニティーへの援助など」(7)多岐に わたっている。しかし,教育改革の目的は一致してい る。すなわち,厂卓越」(excellence)と「平等」 (equality)の「双子の目標」の達成であった(8)。 両者の目標は,各時期々でウェイトのかけ方をかえな がらも,一貫して追求されてきた目標であった。今回 の教育改革では,両者の目標の同時達成が意図されて おり,またその点が過去の改革と違った特質であると 指摘されている。 たとえば『危機に立つ国家』では, ,この点につい て次のように記述している。「公正さ(平等)と質の 高い(卓越)学校教育という二つの目標は,ともーにわ が国の経済と社会に対して,深い,実際的な意味をも つものであって,原則上も,実際上も,一方を他方の 下に置くわけにはいかない。」(9)と。このように80年 代の改革の目標は,「双子の目標」の達成であり,ま たそのために,「卓越」へのウェイトを高め,「平等」 と肩を並べて,「すべての生徒に,質の高い教育」を 用意することが必要であった。これが80年代の教育改 革の基本理念であろう。 しかし,現象的には教育の質,すなわち卓越性が平 等陛よりもクローズアップされすぎているという側面 も否定できない(1°)。 80年代の改革が,厂エクセレン ス」という言葉で象徴されていることは事実である。 たとえば,次のパッソウの示した教育改革論議の整理

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にも,「エクセレンス(教育の」 質の向上)にウェイト がかかった改革であることが端的に示されている(11)。 <パ○教育基準を高めることッソウの示した改革の特徴>    。 ○ハイ・スクール卒業やカレッジ入学のためにより 高度な必修科目を設けること ○“ソフト な教科を除去し,すべての生徒に対す る共通のコア・カリキュラムを要求すること ○数学・科学・外国語に関する必修科目を増加する こと ○より頻繁なテストの評価を行うことにより教育基 準を強化すること ○授業時間数・授業日数を増加すること これらの特徴が,すべて「エクセレンス」にかかわ ることは一目瞭然である。そして,この教育の質の向 上のために設定されたものが「コア・カリキュラム」 であったことが読み取れる。すなわち,80年代の改革 で重視されたカリキュラムとは,匚すべての生徒が共 通に学習する」コア・カリキュラムであった。 1930∼ 40年代にかけて,コア・カリキュラムといわれる教育 課程が出現し脚光を浴びたが,今回の改革でも異なっ た意味でコア・カリキュラムが注目されたのである。 ある点から見れば,平等性の追求と矛盾した面もあり, 「双子の目標」達成と深く関わっている面もある。そ こでどのようなものであったのか,改革論議の過程で出現したこのカを検してみたリキュラムい。と 1。3 教育改革報告書に見られる「コア・カリキュ ラム」 コア・カリキュラムの意味には,次のようなものが あると言われている(¨‰すなわち,「第1は,構造 的にみてcore (核)となるコースを設けているカリ キュラム“コアをもつカリキュラム”の意味である。 第2は,コアをもつカリキュラムにおいて核をなるコー スのプログラム,つまり“コアとしてのカリキュラム” の意味である。そして第3は,カリキュラムの核であ るがゆえに学習者が共通に学習すべきコース,選択科 目に対する必修コースの意味である。」この定義では, 三つの段階は構造的に示され,第1から第3へと向かっ てカリキュラムが組織されていくという意味合いがあ る。しかし,今回の改革で問題にされたコア・カリキュ ラムの流れは,・第3からスタートして,第2,1へと 動いているのでないだろうか。このことを,以下の二 つの代表的な報告書(『危機に立つ国家』,『ハイ・ スクール』)を通して検討してみたい。 ①『危機に立つ国家』 当報告書は,前述の通り80年代の改革の指導書であ る。したがって当書で示されたコア・カリキュラム論 は,少なからず他の報告書に影響を及ぼしていると思 われる。(危機に立て)国家』は,教育改革の具体策を 五つの分野で行っている。すなわち,「教育内容」 「教育の基準と期待」「授業時間」「教師」「指導性 と財政援助」である。この中で,カリキュラム論と密 接に関係するのは,「教育内容」であり,次のような 勧告が示されている(13‰ 「 ̄われわれは州および,各自治体の高校の卒業要件 を強化するよう提案する。生徒は卒業免状を取得し ようと思えば,少なくとも5つの新しい教科の基礎 をしっかり固めておく必要がある。そのためには高 校4年間に次のカリキュラムを履修しなければなら ない。(a)国語4年間, (b)数学3年間,((壜里科3年間, (d)社会科3年間,(e)コンピューター科学1年半。大 学進学者は,これに加えて,高校で2年間の外国学 習がつよく要請される。」 この勧告は,60年代から70年代にかけての中等カリ キュラムへの批判からなされている。 60∼70年代にか けての丁教育の人間化」の時期には,過度の自由選択 科目を含む中心のないカリキュラムが多くみられた。 この中心のないカリキュラムは「スモーガスボード・ カリキュラム」と呼ばれている(14)。「スモーガスボー ド」とは,スカンジナビア式の前菜めことであり,メ インデッシュがないことを皮肉ってこのような呼ばれ た。要するに,中心のないカリキュラムを批判し,中 心(「コア」)をもつカリキュラム,すなわちコア・ カリキュラムの必要性を提案したのである。カリキュ ラム内に「コア」となる部分を設定し,カリキュラム 全体を引き締めて質の高いものにするのが,「危機に 立つ国家」の勧告の主旨である。そして当報告書では, そのカリキュラムの必修化をか強く要求したのである。 『危機に立つ国家』では,前述の通り全生徒必修の 教科は五つの「新しい基礎教科」(ニューベイシック ス)である。生徒は,この五つの「コア」となる教科 を学ぶことによって,卒業後の成功が可能であると, 考えたのである。いわば,アカデミックな基礎教科の 重視のために,コア・カリキュラムが考案されたので あった。ただ当報告書では,「コア」の具体的な内容 についての記述は見られない。たとえば,コア・カリ キュラムの社会科が,従来のものとどこが違うのかに ついては言及されていない。 ②『ハイスクール』 当報告書は,タイトルの示すように,ハイスクール に関する改革の提言であるが,「コア・カリキュラム」 に関して体系的な記述が見られる。本書で,ボイヤー は,「すべての生徒に質の高い教育を提供する」ため −2−

(3)

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単位

ボイアーにとって「コア」とは,上記の各科目自体 であった。それらの科目が,「人類の一員としての歴 史一時点におけるわれわれすべてに共通の恕眠経吭 および伝統(17」)に他ならないと考えたからである。 そのため,この匚コア」は,すべての生徒が合衆国市 民となるために当然履修しなければならない必修科目 あった。また,ボイアーは「コア」について次のよう に説明している(1‰ 「共通の思想,経験,および伝統は…(略)・・一大 部分が伝統的な学問教科に基づいており,ともに想 像力を伸ばすカリキュラムのコアを構成し,すべて の生徒にとって適切なものであると思う。したがっ て,われわれは,高校は,すべての生徒がレすべて の人々に共通するこれらの重要な経験に基づいた学 習のコアを通して,人類の遺産と現時の世界との相 互の依存性について学習することを援助するよう勧 告する。」 コア・カリキュラムで学習される内容は,換言すれ ば「合衆国の国家的遺産,伝統」であった。そして 「コア」の共通学習の時間数は,学年が下であるほど 多く,学年が上がるにつれて選択科目を増加すべきで あるとしている(19)。 また「コア」相互の関連も強調されている。ボイヤー は,「コア・カリキュラムの内容はその特定分野の領 域を超えて,より大きなより高次元な事項にまで触れ なければならない(20」)と述べ,生徒の知識がパラパ ラなものではなく,総合的なものでなければならない ことを主張する。そのために,卒業研究が生徒に卒業 履修科目として課せられたのである。つまり生徒は, 卒業研究を通して,いろいろな学問分野で獲得した知 識を総合することができるのである。 −3− さらに,『危機に立つ国家』では一切触れられてい なかった匚歴史」「公民」というような具体的な教科 内容にまで『ハイスクール』では言及している。前記 のカリキュラム表からも明らかなように匚歴史」は, 「言語」とならんで,ボイヤーのカリキュラムでは特 に重視されている。そして厂歴史」は,匚米国史」 匚西欧文明」「西欧以外の文明」の三領域に分けられ る。これらの三領域を設定した理由について,次のよ うに述べている(21)。 「われわれは,すべての高校生が国家を形成してき た人々,思想および出来事に特別重点を置いて合衆 国史の学習により国家的遺産について深く理解する よう勧告する。」「われわれは,すべての生徒が, 西欧文明の勉強を通して国家的遺産や伝統の根源に ついて学習するよう勧告する。」厂すべての生徒が, 西欧以外の国について深く掘り下げた勉強を通して, 人間の経験の関連性や他文化の豊富さを発見するよ う勧告する。」 匚公民」については,次のようにその設定理由につ いて述べている(2 2)。 匚われわれは,すべての生徒が,民主主義の思想の 歴史やわが国の政治機構あるいは今日直面している 政治的,社会的問題に焦点を当てて,アメリカの 『現代社会』一伝統的に公民とよばれているものー の科目を選択するよう勧告する。」 匚歴史」匚公民」があって「 ̄地理」がないのは奇異 な感じさえする。しかしながら,上記の厂歴史」「公 民」設定の理由からも明らかなように,それは国家の 遺産や伝統を重視するがゆえにのことである6つまり 「歴史」匚公民」を通して,アメリカの市民を育成し ようとしたのである。 アカデミックな教科の設定と,必修科目の増大を指 摘している点では,『危機に立つ国家』とボイヤーの 報告書は非常に似通っている。そしてボイヤーの報告 書に,80年代の教育改革の典型的な方向を読み取るこ とができる。 80年代の匚コア・カリキュラム」の特徴 は,「コモン・コア・カリキュラム」または,厂コモ ン・カリキュラム」の主張であった。それは,アメリ カ人が共有すべき共通(コモン)の知識の「コア」と して言語や歴史を選択し,さらに,それらをカリキュ ラムの匚コア」として位置付けようとする動きであっ たのである。 1。4 厂コモン・コア・カリキュラム」の主張 コモン・コア・カリキュラムム(CommonCore Curriculun)という言葉が, 1980年代の教育改革で は多く用いられる。これは,カリキュラムのコアであ

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る が ゆ え に 生 徒 が 共 通 に履 修 す べ き科 目 を 内 包 し て い る,と い う 意 味 か ら こ う 呼 ば れ る の で あ る。 と こ ろ で , こ の 「 コ ア・カ リ キ ュ ラ ム 」 に お け る 「共 通 カ リ キ ュ ラ ム」 と い う 意 味 は, か な り 以 前 か ら 使 用 さ れ た も ので あ っ た(2 3)。 そ し て ア メ リカ で は主 に, そ れ ば 中 等 カ リ キ ュ ラ ム に お い て 使 用 さ れた も の で あ っ た。 戦 後 日 本 の 新 教 育 運 動 に お い て 一 貫 し て 匚コ ア・ カ リ キュ ラ ム」 の推 進 を 主 張 し た 梅 根 悟 も ,こ の 「 コ ア・カ リ キ ュ ラ ム」 に お け る 厂共 通 カ リ キ ュ ラ ム」 と い う 意 味 を 見 落 と し た わ け で は な か っ た 。 梅 根 は,こ の 「 共 通 カ リキ ュ ラ ム」 を 個 別 カ リ キ ュ ラ ム と 対 比 さ せ, さ ら に生 活 のカ リ キ ュ ラ ムを 知 識 カ リ キ ュ ラ ムを 対 比 さ せ る こ と で , 次 の よ う な 学 校 カ リ キ ュ ラ ム論 を 展 開 し て い る(20 。 厂生 活 カ リ キ ュ ラ ムと そ の周辺 と して の知 識 カ リキ ュ ラ ム, 共 通 カ リ キ ュ ラ ムと 個 別 カ リ キュ ラ ム, こ の二 つ の対 比 を 合 わせ て 初 め て 学 校 カ リ キ ュ ラ ム の構 造 が で きあ が る わけ で あ り ま す 。 」 梅 根 は, 新 教 育 時 代 の 「 コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム」 す な わ ち 生 活 経 験 中 心 の 厂コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム」 を 主 張 し た 人 物 で あ る。 し た が っ て 梅 根 に と って 匚コ ア」 と は, 一 義 的 に は 生 活 経 験 的 な も の と い う こ と が で き る。 し か し , 彼 が 共 通 必 修 科 目 を も 「 コ ア 」 と 呼 ん で い た の で あ る。 そ し て , そ れ を 「 二 つ の コ ア 」 と 呼 ん で い る(25) こ こ か ら1980 年 代 の 教 育 改 革 の中 で 主 張 さ れ た 「 コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム 」 と 新 教 育 運 動 の 中 で 主 張 さ れ た 厂コ ア・ カ リ キ ュ ラ ム」 と は, 全 く 対 立 的 な 性 格 の も の で は な く , 似 た 性 格 も兼 ね 備 え て い る と い う こ と を 指 摘 で き る 。 そ し て, そ の両 者 の似 た 部 分 が , 「共 通 カ リ キ ュ ラ ム」 と い う 意 味 で あ る。 こ の 梅 根 の主 張 を 図 で 示 す と す れ ば 次 の よ う に な ろ う。 生 活 知 識 共通 生活 ・共通 知識・ 共通 個 別 生活 ・個別 知識・ 個別 梅 根 の 「 コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム」 は, 上 記 の 図 で は, 生 活 ・ 共 通 「 コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム 」 で あ っ た 。 一 方 1980 年 代 の教 育 改 革 , と り わ け ポ イ ヤ ー の報 告 書 『 八 イ ス ク ー ル』 で し め さ れ た 「 コ ア・ カ リ キュ ラ ム」 は, 知 識 ・ 共 通 「 コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム」 で あ っ た 。 も ち ろ ん, 梅 根 が 知 識 や 個 別 を , ま た ボ イ ヤ ー が 生 活 や 個 別 の 問 題 を そ れ ぞ れ 軽 視 し た わけ で は な か った。 む しろ, 彼 ら は そ の 関 係 こ そ 重 視 し よ う と し て い る。 80年 代 の 教 育 改 革 , と り わけ そ こ 懲 議 論 さ れ た カ リ キ ュ ラ ム論 は, ア メ リカ のカ リ キュ ラ ム史 の中 にし か っ − 4− り と 根 を 下 ろ し て い る 。 つ ま り ,80 年 代 の 教 育 改 革 期 の カ リ キ ュ ラ ム 論 は , ア メ リ カ の カ リ キ ュ ラ ム 史 に お い て 常 に 議 論 の 対 象 と な っ て き た 諸 問 題 を 繰 り 返 し 議 論 し て い る の で あ る 。 ( 唐 木 清 志 ) 【 注 】

(1) National Commission on E χcellence in Education., A Nation at Risk: The Imperative

for Educational Reform, W ashingt on. D C: U S. Government Printing Office, 1983. ( 橋 爪 貞 雄 訳 『 危 機 に 立 つ 国 家 一 日 本 教 育 へ の 挑 戦 』  黎 明 書 房, 1984 年 )

(2 ) Chris Pipho. ,“The Excellence Movement: On Ice for the Summer? ” , PHI DELTA KAPP-AN, June, 1985, p.169. (3 ) 例 え ば 今 村 は 教 育 改 革 論 議 高 揚 の 要 因 と し て , ① 均 等 化 を 推 進 し て き た 公 立 学 校 へ の 批 判 , ② 匚強 い ア メ リ カ 」 の か げ り へ の 不 安 の 二 点 を あ げ て い る 。 ( 今 村 令 子 『 教 育 は 「 国 家 」 を 救 え る か 』 東 信 堂 , 1987 年, pp.106 ―112) 。 (4 ) B oyer ,E oL. ,High School: A Report on Secondary Education in America, New York:

Harper and Row, 1983. ( ア ー ネ ス ト ・ L ・ ボ イ ヤ ー 『 ア メ リ カ の 教 育 改 革 − ハ イ 戈 ク ー ル 新 生 の12 の 鍵 』 天 城 勲 他 訳  リ ク ル ー ト, 1984 年, p.450) な お ア メ リ カ に は , 大 学 入 試 検 査 が 二 種 類 あ る 。 一 つ は SA T で あ り , 一 つ は A CT r ア メ リ カ 大 学 入 試 プ ロ グ ラ ム 」 で あ る 。 前 者 は 言 語 と 数 字 か ら な り , 後 者 は 英 語 ・ 数 学 ・ 社 会 科 ・ 理 科 か ら な る 。 ( pp. 44 -45) (5 ) (1 ) 訳 書y P.52C (6 ) 松 浦 良 充 「1980 年 代 ア メ リ カ 教 育 改 革 論 議 の ゆ く え 」 ( 現 代 ア メ リ カ 教 育 研 究 会 編 『 特 色 を 求 め る ア メ リ カ 教 育 の 挑 戦 』  教 育 開 発 研 究 所, 1990 年 , p.3 . )

(7) Newmann, F. M., Educational Reform and Social Studies: Implications of Six

Repo-rts. ERIC Clearinghouse for Social Studies/ Social Science Education Boulder, C olo: Soci-a1 Science Education Comsortium, Inc,

Boul-der, Colo, 1985, p 工(ED252489)

(8 ) 今 村 玲 子 『 永 遠 の 「 双 子 の 目 標 」 」  東 信 堂 , 1990 年 , p.398 . (9 ) (1 ) 訳 書, pp.41 ―420 ま た , カ ッ コ 内 は 筆 者 。 (10 ) 例 え ば 川 口 は, 1980 年 代 の 教 育 改 革 の 共 通 の 目 的 は , 「 優 秀 性 」 の 追 求 で あ る と 位 置 づ け て い る o

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(川口彰義「アメリカの80年代の教育改革(その1)」 愛知県立大学文学部論集(児童教育学科編)第35号, p.37.) また平原も,多くの改革論が教育における優秀性 の追求に焦点をしぼっていることを指摘している。 (平原春好刊教育法 Na52,「アメリカにおける最近の教育改革 p.740 ) 」季

(11) Passow, A.H., Reforming Schools in the 1980s:A Critical Review of the National

Repo-rts, ERIC Clearinghouse on Urban Education, 1984, p.37. CED242859) (12)高山次嘉「コア・カリキュラム」(大森照夫他 編『社会科教育指導用語辞典』教育出版, 1986年, pp.16―170 ) (13)(1)訳書, pp.62―630 (14)同上書, p.H2o (15) (4)訳書, p.139c (16)同上。 (17)(4)同書, p.ll70 (18)同上。 (19)同上書, p.l610 (20)同上書, p.137。 (21)同上書, pp.123―1260 (22)同上書, pp.127―128。 (23)梅根悟『梅根悟教育著作集6』(明治図書, 1977年), pp. 183-207。 (24(25))同上書,同上書, p.205o p.204o 2 アメリカ社会科と「コア」 2.1.社会科のカリキュラムでの「コア」の設宇の動き 前節で, 1980年代のカリキュラムの全般的な特徴に ついて通観し,「エクセレンス」→「共通必修」→ 「コア・カリキュラム」の設定,といった一連の流れ がとらえられることを示した。この流れの中で,社会 科カリキュラムの改革も試行されたと思われるが,実 態はどのようなものであったのか。 80年代の社会科カリキュラムの全般的特徴について は,86年度の州レベルの調査から概要を知ることがで きる(1)。この調査結果によれば,社会科カリキュラ ムは依然多種多様なものであるが,「カリキュラムの 規範化」,すなわち社会科の歴史コースの必修化や州 教育委員会のカリキュラム作成における権限強化,卒 業認定のための共通学力テストの実施等が見られると している(‰たとえば,州カリキュラム・スペシャ リストのアンケートでは,そのための具体策として 「幼稚園から12学年までの社会科の学習成果/達成度 −5− としで コモン・コア"の設定」の実施を全体の%以 上が行っていると回答している(3)。 こうしたことか ら,なんらかの形で社会科カリキュラムについて80年 代に改革が行われたこと,乃至は改革が目指されたこ とが理解できる。 そこで,このことを検討するために本研究では,E

RIC (Educational Resources Information (Ce n-t er)のデータベースを利用した(4)。当データベース には「社会科」(Social Studies)に関する報告書,著 作等, 8,000件あまりの文献データが収集されている。 その中で「コア」の概念を中心に据えたデータがおよ そ33件取り出せた。この33自体の数は,全体のデータ 数からすればそれほど多いもではないが,33件にはあ る程度の傾向が見られた。すなわち, 1980年以前のデー タはわずか7件であり,80年代の26件のデータの多く が1983年前後に提出されたものであった。これは, 『危機に立つ国家』等の諸報告書の刊行に触発されて 社会科が対応した結果であり,社会科の必修内容とし てコア・コースを設定しようとしていることのひとつ の証左と解釈できるのではないだろうか。 もちろん,26件のデータのそれぞれには,過去のカ リキュラム編成の独自の歴史があるため内容は一様で はない。しかし,中等教育カリキュラムの改革論議の 流れに乗ったものもあり,前節の図式に従えば「知識・ 共通」を求めたカリキュラムが示されている。 2。2.社会科の「コア」とは何か? 匚コア」の定義に関して,いくつかのデータの事例 を検討してみたい。 ①ユタ州の事例 当州は, 1981年に示したコ,ス・オブ・スタディを, 85年に改訂している(5≒85年のコース・オブ・スタ

ディには,『CORE CURRICULUM FOR SOCI-AL STUDIES』というタイトルが明記されており, 80年代の教育改革論議の影響を直接に受けて社会科カ リキュラムを改訂したものである。 当州のコア・カリキュラムの匚コア」は学力低下の 実態に対応し,共通必修とその達成評価を求める文脈 にある。 厂州教育委員会は中等教育における全般的指 導と基準の設定を行おうとしている。第7,8学年の 生徒は最低必修単位12単位を履修し,第9学年から第 12学年の間に,最低24単位を履修しなければならない。 しかしながら,実際はさらに多くの単位を履修するだ ろう。コア・コースの生徒の習得についての公式の評 価は,第8, 10, 12学年終わりかその間に行われる。 コア教科の教授は,他方教育委員会の責務である。こ の規定は, 1988年に卒業する生徒にも適用される。」

(6)

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共通コア ・言語技術(2)  ・数学(2) ・理科(2)    ・社会科1.5) ・美術(1.5)   ・健康(1.5) ・プレ職業調査(1) ・情報処理技能(各教科乃至独立して) 選択 ・外国語 選択(1.5) 地方学区 選択科(省略)目 <第9 −12学年のハイスクールの計画;24単位必修> 共通コア ・言語技術(3)  ・数学(2) ・理科(2)    ・社会科(3) ・美術(1.5)   ・健康(2) ・職業教育81) ・情報処理技能(各教科乃至独立して)

択(9.5)

(省

略)

これらのうち,社会科に関してのみ当州のカリキュ ラムを図示すれば下図のようになる(7)○ ' また,このようにカリキュラムは系統的に組織され, 各学年段階,各コースごとにさらに細かく,たとえば 次表のように学力目標・学習内容が設定されている(8)。

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⑤二

BASICCORE -<K-3学年のコース内容とKのコアの基準>− コース内容:生徒は自分および自分とそれぞれの 家族,学校,近隣社会,地域社会との関係を学習 する。すなわち,異なる文化や環境での諸個人と 集団,労働の世界,自然資源の活用と保全,地域 社会の政治と地域の歴史が中心になる。加えて, 地球の大きさ,形,大陸,大洋,気候,方角,宇 宙との関係を学習する。すべての社会科の学習経 験は,聞く,話す,読む,書く,そして市民とし ての技能を発達させる。 Kのコアの基準 基準6000−01 生徒は社会科の学習を進めるため の聞く,話す,考える技術が使用 できることを証明する。 目標:Kでは6000−05までコアが設定されている。 6000−0101  集団討議に参加する。 6000−0102  集団演技に参加する。 6000−0104  簡単な指示に従う。 以下,各学年,各コースごとにかなり綿密に到達度 目標が記述されているが,これらは学習の最低基準と なる。そして,その基準の到達評価が実施されること になる。 このようにして,当州カリキュラムでは,「知識・ 共通」型「コア」が設置されている。「コア」に関連 して,「社会科のコア・カリキュラムにおける学習の もっとも共通の原理として受け取られているものの一 つは,統合の重要性(integration),すなわち孤立し た事実の単なる習得以上の概念とプロセスの理解を主 眼とすることである。(9」)と記述されているが,基本 的には統合によって設定された「コア」としての学際 的な概念の習得を第一目標にしている。もちろん,原 理的には社会科のコア・カリキュラムは,知識習得以 上の次のような諸点の意義から組織されていると指摘 されている。すなわち,「1.より高いレベルの思考 力とプロセスの技能。2.市民的資質の実践と原理。 3.基礎的アメリカの価値。 4.経済的リテラシー。 5.アメリカの民主主義。 6.地球的意識と地理的技 能。」が,コア・カリキュラムによって達成される と(I°)。しかしながら,筆者にはその証左がなく,む しろ当州のコア・カリキュラムは,80年代の教育改革 論議を直接反映したものとして,今後の推移を検討す べきではないかと考える。 ところで,社会科カリキュラムでの「コア」の設定 が見られる州段階のものとして,他に先のデータでは ニューヨーク州があげられる(11)o当州も,ほぼユタ 州と同様の流れの中にあり,「共通学習」による概念 −6−

(7)

の達成評価の必要上「コア」を設定している。 ②いくつかのデータにみられる「コア」のタイプ ユタ州ほど,体系的に匚コア」設定に関して十分な ものは先のデータの中にはなかった。しかし,各学区, 各学校,さらには各研究者の厂コア」のとらえ方の示 されているものが多数あるので,以下で2つのタイプ 分けをA.経験してみた「コア」とするタイプい。 このタイプは,先の分類に従えば厂生活・共通」夕 イプである。 80年代の改革の中心は匚すべての児童・ 生徒が共通して学習するカリキュラムの組織化」であ るため,前節の分類で示された匚生活・個別」「 ̄知識・ 個別」タイプのカリキュラムは,33件のデータの中に は明確には見受けられなかった。もちろん,アメリカ の社会科は,表現上はバランスが保たれているように なっているので,この点は筆者の判断による。 経験を匚コア」にするタイプの中でも,道徳的発達 を促進する意義から匚コア」を設定したものとして, たとえばFieldston Lower Schoolの実践が興味をひ く。ニューヨークにある当私立小学校の社会科での 厂コア」は日本でいう総合学習であり,データの中で は初等教育に限定した唯一のものであった(12)。 当学校の匚コア」については,図1.がその性格を よく物語っている(13)。「コア」については次のよう な説明がある。 匚3∼6学年では,1年を通じて一つ の社会研究的なテーマを継続的に学習する。 これは, 一つのトピックスをいろいろな読みもの,とりわけ歴 史的なフィクションなどを読みながら,深く学習する ためである。子どもたちはあるデータに基づいて工作 や美術も楽しみながら,何週間にもわたって作業を行 う。」このことからも理解できるように,当校の厂コ ア」は,ある学年の一年間に学習される匚テーマ」 「たとえば,図は6学年の匚移民の経験」の例)を意 味している。いわば「大単元」の一種として,多教科 の活動を含む学習として「コア・カリキュラム」が考 えられている。なお,教科ごとの学習活動は並行して 行われている。先のユタ州の「コア」が「共通知識」 (common core of knowledge)であるのに対して,

当校の「コア」け共通経験」(common core of ex-perience)である。すべての生徒が厂共通の生活・ 学習経験」を行うことによって,道徳的・倫理的発達 を進展させるように意図されているのである。 ところで,日常生活に関連した厂共通経験」を「 ̄コ ア」にしたタイプのカリキュラムは,かつての日本の 戦後初期の「 ̄コア・カリキュラム」と類似している。 このようなタイプの事例として,その他にオマハ公立 学校の「基本学習」に対する「コア・ブロック」(多 −

1.

6 

6学

年の

コア

民族による学校構成のため,言語と社会科を融合した 学習を組織)の設定なども同一線上にあるのではない だろうか(14)。 なお,匚共通学習」=「コア」とするカリキュラム の中には,教育内容として匚アメリカの文化遺産・伝 統B.知識を厂」を「コア」にすコア」にするタイるものも見られる(15)。 このタイプの典型は,先のボイヤーやユタ州の例で ある。しかし,この中には,社会科学に共通な学際的 概念を匚コア」にするかつての「新社会科」の発展上 に位置づくニューヨーク州のタイプや社会科を構成す る科目のうち匚歴史」を匚コア」にしていると見られ るカリフオリニア州のタイプなど(16),異なる形態が 見られる。また,教科との結合まで想定して「コア」 を設定しょうとするタイプもある。そのため,学力低 下に対応した匚すべての生徒が共通して学習するカリ キュラム」のあり方については,いまだ教科レベルで は論議の最中ではないだろうか。 以上,隕られたデータの一部を利用して「コア」設 定の動きと実態について少し紹介したが,次のように 現状を整理するそとができると思われる。すなわち, 厂中等教育段階の生徒の基礎学力の低下」に対応して 「すべての生徒の学ぶべき基礎・基本」の内容として 「コア」を設定しようとしているが,どのレベルで 「コア」を確定し,カリキュラム化するかについては, 7−

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多 様な タイプ があるとい うことであ るO 簡 単 に こ の ことを図示 す れば,次 のよう になる。 学 力 低 下 ヽ ↓・ カ リ キ ュ ラ ム の必 修 化 コ ↓ ア ・ コ ー ス の / 共 通 知 識 = コ ア ・ 学 際 的 概 念 中 心 ・ 各 科 目 の 知 識 中 心 etc. 設 定 丶 共 通 経 験 = コ ア ・ テ ー マ中 心 ・ 伝 統 的 経 験 中 心 etc. 2。 3. 今 後 の 課 題 『 危 機 に立 つ 国 家 の 刊 行 前 後 よ り, 「基礎 に もど れ」 (Back To Basics) の ス ロ ー ガ ン の も と で 中 等 カ リ キ ュ ラ ムで の必 修 化 と学 力 試 験 の実 施 が 活 発 化 し, ま た そ れ に と も な い 厂コ ア」 を 設 定 す る 動 きが 顕 著 で あ る こ と に言 及 し た。 し か し, か な ら ず し も 「 コ ア 」 と は 何 か・に 関 し て , 社 会 科 教 育 に お い て は明 確 の一 致点 の な い こ と を示 し た 。 あ る 意 味 で は 当 然 で あ る。 少 な く と も, そ れ ぞ れ の州 は 独 自 の カ リ キ ュ ラ ム論 を 原 則 的 に は過 去 展 開 し て き た。 そ の た め, 政 策 的 な 意 義 も 込 め た80 年 代 の 教 育 改 革論 議 に よ って,一 様 なカ リキ ュ ラ ムを 設 定 す る こ と は 考え に く い。 ま た,80 年 代 の 教 育 改 革 論 議 は, 上 か ら行 わ れ た 側 面 も 強 く, こ れ に 対 し て 社 会 科 を 改 革 し よ う と す る り ー ダー 的 役 割 の 人 物 も 今 の と こ ろ 見 当 た ら な い。 む し ろ , 批 判 的 に 「 コ ア」 設 定 の動 き を と ら え る論 考 の 中 に, 「 コ ア 」 の意 義 を し っ か り と らえ て い る も の が 見 ら れ る(1≒ カ リ キ ュ ラ ム は, 時 代 的 に 変 化 す る に し て も, 社 会 科 の ス コ ープ (学 習 範 囲 ) と シ ー ク エ ン ス (学 習 順 序 ) は, 学 習 者 と の 関 連 で 位 置 付 け ら れ な け れ ば な ら な い 。 と こ ろ が , 今 回 の改 革 論 議 の 結 果 は, ま だ 見 極 め き れ な い 段 階 に あ る。 そ の た め, 今 後 の 展 開 を 注 意 深 く 探 る必 要 を 痛 感 し て い る。 ま た , 本 小 論 で は, 過 去 の コ ア ・ カ リ キ ュ ラ ム と の 関 連 に つ い て も検 討 で き な か っ た。 歴 史 的 変 遷 の 中 で , 今 回 の 「’コ ア」 設 定 が ど の よ う な 意 義 を 持 っ て い る の か は, 今 後 の 検 討 課 題 で あ る。 ( 江 口 勇 治 ) 【 注 】

(1) Council of State Social Studies Specialist; Social Studies Education:K-12 National Sur-vey, 1986. (ED289800) (2 ) 当 調 査 に つ い て , 筆 者 はす で に 整 理 し て い る の − 8 − で 次 の も のを 参 照 し て 欲 し い。 拙 稿 ; 「 諸 外 国 に お け る実 情 と改 革 の 方 向 ・ ア メ リカ 」 (『社 会科 教育J Nol 289, 明 治 図 書, 1986) 。        ・ C 3 ) National Survey, p. 73.

(4) ERIC と は, ア メ リカ 教 育 局(U. S. Office of Education) の設 立 し た 教 育 学 関 係 の デ ー タ ベ ー スで あ り, 筑 波 大 学 で は当 デ ー タ の す べ て が 収集 さ れ て い る。 な お, 注 の最 後 に 付 し た 番 号 は, 当 デ ー タ ベ ー スのRIE の集 録 番 号 で あ る 。

(5) Utha State Office of Edu.; Core Curricu-lum for Social Studies Education K-12, 1985. (ED258850)

(6 ) 本 小 論 で は ,同 上 の他 に 次 の デ ー タを 使用 し た。 Utha State Office of Edu. ;Elememtary Core Curriculum Standards:K-3, 1987, p.4. (ED280 575 )

(7) ibid., p.17. (8) ibid., p.F-1. (9) ibid., p.F-3. (10) ibid.,p.F-3.

(11) New York State Edu. Dept.;New York Curriculum, Mandated Tests and Corguence, 1988. (ED295948)

(12) Kuhmer, Lis, Ed.;SociaI Studies Core Curriculum in Fieldston Lower School, 1983. (ED233930)

(13) ibid., p.35.

(14) Hairston, Louise; Getting To The Core of Education in The Omaha Punlic School Sy-stem, 1983. (ED284913)

(15) Hunter, Kathleen; Heritage Education in the Social Studies, 1988. (ED300292)

(16 ) カ リ フ ォ ル ニ ア 州 の歴 史 重 視 の カ リ キ ュ ラ ム に つ い て は, 溝 上 泰 「 歴 史 教 育 内 容 構 成 と 歴 史 の国 際 化 一多 国 史 と 自 国 史 」 ( 『 社 会 科 教 育 論 叢 』 , 第37 集 ,1990 ) を 参 照 し た。

(17 ) た と え ば, Newman, Fred M,;Educational Reform and Social Studies:Implications of Six Reports, 1985.。(ED252489) ※ 本 小 論 は, 1990 年 度 の 第40 回 日 本 社 会 科 教育 学 会 全 国大 会 で の 自 由 研 究 発 表 ( 発 表 者 は江 口, 唐木 の他 に, 筑波 大 学 研 究 生 ・ 杉 田 孝 之 ) に基 づ い て い るO 第 2 節 の 社 会 科 の詳 細 に つ い て は, 当 日(1990. 10.27) 配 布 の 資 料 を 御 参 照 頂 き た い。

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