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ソビエトにおける中等教育改革 : リガチョフ報告の分析を中心として

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(1)Title. ソビエトにおける中等教育改革 : リガチョフ報告の分析を中心として. Author(s). 桑原, 清. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 39(2): 1-14. Issue Date. 1989-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5103. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . ソ ビエ トにおける中等教育改革 -- リガチョフ報告の分析を中心として --. 桑. 原. 清. 次 目 はじめに 1, 「 4年改革」 の規定要因 8 1, 「 84年改革」 における労働・職業教育 2, 改革の背景, 規定要因 n, 「 84年改革」 に対する批判とリガチョフ報告 1, 「 84年改革」 の実施過程における批判と問題点 1) 普通教育学校における職業資格取得の義務化 2) 職業学校における普通中等教育の保障 2, 「 84年改革」 の修正とリガチョフ報告 1) 普通中等学校における二重の任務からの解放 2) 職業教育制度の改編をめぐって おわりに. は じ め に. ゴルバチョフは, 党書記長就任後 (1 9 8 5年3月) , ソビエトの政治, 経済, 文化等の全分野で, ペ レストロイカ (立て直し)を推進してきた, グラスノスチ(公開) , ウスカレーニエ(加速化) が, ソ ビエト社会のおかれている状況を切りひらき, 発展させるペ レス トロイカの中心概念として, 登 場してきた. 教育の分野においても, 19 8 6年秋頃から新聞雑誌等でも, 現状の教育状況, 文部省お よび教育科学アカデミーに対する批判や進歩的, 革新的な試みの紹介が掲載されるようになっ た. 翌1 98 7年には, これらの批判がいっそう拡大し, それに対する反批判も行われ, 論争的な問題へと 発展していった. そのような中で, つい数年前の19 4年に決定された教育改革 (以下,「 8 8 4年改革」) に対するかなり厳しい批判的な論調, その否定もしくは修正の見解が現れてきた. 決定的な転換点 となつたのは, 19 88年2月1 7一1 8日に開催された党中央委員会総会 でのリ ガチョフ報告であっ た. 概括的には, 以下のことが指摘された. 1) ペ レス トロイカの状況にあって, 教育改革はその要 求に応えていない. 根本的変革ではなく, 改良である, 2) 課題の遂行に対して, 改革の構想が外 1に の他 各階梯の教育 個 延的な方法に拠っている. 3) 徹底的な民主化が構想されていない. , , 別施設の問題も指摘されている. ソ ビエトでは, 初等中等教育については, 1 9 84年4月の 「普通教 育学校と職業学校の改革の基本方針」 87年3月の 「ソ ビエ トにおける高 , 高等教育につ いては, 19 等教育と中等専門教育のペレストロイカの基本方針」 が党と政府の決定と して出されているが ゴ , ルバチョフ政権誕生以前の決定である前者に対する評価にリガチョフ報告の主要な力点がかかわっ )その中で 最も重要な問題として報告が強調しているものの一つは 中等教育 ていたのである.2 , ,.

(3) . 桑 原. 清. における普通教育と労働, 職業教育の問題である. 8 4年改革」 の諸決定によって, 中等教育のあり方の基本が定立したが, それを覆す措置がこの 「 中央委員会総会の報告, 決定で定められたのである. リガチョフ報告と 「 8 4年改革」 の相違点は, 労働, 職業教育の分野においては, 主として次の2点にあるといえよう. 第1は, 普通教育学校( 11 年制学校) における生徒の職業資格取得の義務化の廃止であり, 第2は, 職業学校を制度として普 通教育学校の基礎の上におく, ということである. その理由は, 前者については, 大多数の学校は 複雑で将来性のある職業を若者に教える上で, 依拠すべき施設も要員も時間ももっていないし, ま た単純な職種で行われている職業教育は生徒たちに興味を呼び起こしていない, それ故, 当然のこ とながら圧倒的多数の生徒たちは自分たちの将来の進路を学校で習得した職業と結びつけていない からである, そして, 普通教育学校から国民経済のための労働者要員の養成を大量に行うという義 務を取り去り, 最も高い質の普通教育と労働教育を青年に保障するということにその潜在的力量を 集中させる可能性を普通教育学校に与えることが必要というわけなのである. 後者については次の通りである. 生産が常に変化していること, 短期間で労働者の再教育の実施 と技能資格の向上を迫る一つの部門から他の部門への要員の移動, さらに自己教育, 通信・夜間制 教育および自主管理への積極的参加のために必要な文化水準に対する要求, 等が生産の場で現実に あり, それらは科学の基礎を十分深く習得することに基づいてのみ可能であるから, 職業学校は普 } 通教育学校を基礎にしてたてられなければならないということである.3 上述の二つの提案は, 「 8 4年改革」 で提起, 実施きれているものからみると, 「逆行」 「後退」 と 理解されるかもしれない. この改革提案, 決定は, 当然のことながら, 「 8 4年改革」 との断絶性と ともに連続性をも持っている. 本稿の課題は, ペ レストロイカの渦中にある, ソ ビエ トの中等教育 改革の実施過程の分析である. その中心的位置を占めるリガチョフ報告 (以下, 「 8 8年改革」) を軸 に, 分析, 検討を進めてゆく,. 1. 「 84年改革」 の規定要因 1. 「 8 4年改革」 における労働・職業教育 労働・職業教育の分野における 「 8 4年改革」 の主要な点は, 第1に, 普通教育学校の卒業までに, 生徒に対して職業資格取得を義務づけたこと, 第2に’ 職業技術学校を 「中等職業技術学校」 に改 組し, 普通教育を充実させて, 高等教育機関の入学に必要な条件 -- 中等教育終了証明 -- を保 障すること, であった, 198 4年4月12日ソ連邦最高会議決定 『普通教育学校および職業学校の改革 4 } の基本方針』 は, 「すべての青少年が職業教育を受ける体制への移行を実現すること」(第3項) , 「それは一定の職種の習得と所定の手続きによって行われる資格試験に合格することで完了する」 }と述べ 普通教育学校における職業資格取得を卒業の条件とした また職業,技術学 5 (第2 1項) , , 校にかんしては6項で, 「今日存在しているさま ざまなタイ プの職業・技術学校は, 入学者の教育 水準に応 じて, 職種や教育の形態, 修業年限の違うしかるべきコースをもつ単一の教育機関, 『中 等職業技術学校』 :に改組される. 第9学年終了者は中等職業技術学校で原則として3年間学習し, 6 )と規定され 「中等職業技術学校」 への一本化と高等 職業を取得し, 普通中等教育を終 了する.」 , 教育機関の入学のために必要な 「中等教育終了証明」 の保障が行われることとなった, ・学年の第1段階と10-1 普通教育学校における職業教育は, 8-9 1学年の第2段階から成り立っ ている. 第1段階では, ある専門分野の職業教育 -- 一つの部門や生産の同系統職種 グルー プに 2.

(4) . ソビエトにおける中等教育改革. 共通な問題の学習, たとえば, 工作機械に携わる職種では, 材料学, 製図. , 許容誤差・据え付けの 読み取り, 計測, 電気工学等が学習される. 第2段階では, 普通教育学校の生徒の準備教育がそれ に基づいて行われる職種目録に入っている具体的職種のうちの一つについて学習が行われる, その ) 結果, 生徒は4年間で一定の職種についての初歩的な技能資格を獲得することになるのである.7 また, 労働・職業教育関連科目の時間数の増加も著しい, 「労働および職業教育」 は, 8-9学 1学年で4時間である.「社会的有用労働・生産的労働」 は, 年で1時間(週)の増加で3時間,1 0-1 8-1 1学年で年間5 5週として年間1 05時間) 0時間から週3時間 (8-9学年, 3 0-1 1学 , 4時間 (1 年, 同140時間) で約2-3倍となっている, 「生産実習」 の期間も各学年平均7 4日と2 .4日から1 8 ) 倍になって いる. 中等職業技術学校に対する第9学年修了者の入学の数と比率を, 基本的に約2 )生徒の労働,職業教育のために 企業の学習工場や職場 い 倍に増大させることも決定された.9 , , くつかの学校が共同利用する学習・生産コンビナート, 学校付属のまたは共同利用の学習作業場等 に生徒を参加させることも強調されている. さらに, 学校はそれぞれ 「協力企業」 を持つことが義 務づけられ, 「協力企業」 は生徒の労働教育の組織, さらに必要な物的資材を供給すること等が任 務となった, ともあれ, ここでは普通教育学校における労働教育の強化と職業学校における普通教 育の強化が, 普通教育学校と職業学校の 「接近」 および 「統合」 という理念の下に提起されたので 0 ) ある,1. 2. 改革の背景, 規定要因. 「 84年改革」 における上述の労働・職業教育の 「改善」 , 「強化」 を惹き起こした要因はいかなる ものだっ たのであろうか, 後期中等教育の卒業生の高等教育機関への進学は, およそ1 /6であって, 8才時に進路選択をやり直さなければならない, 職場への定着が悪く, 転職が多 多くの青年が17・1 い. 学校で習得してきた専門と異なる職種で働く者も多い. 労働意欲や規律意識が低い青年労働者 がいる, これらの生産, 企業の側からののぞましくない背景には, 1) 職業教育をま ったく受けな いで卒業する青年たちが増加している, 2) 職業への意識的態度を形成せずに教育施設に進学する 青年が多い, 3) 生徒の職業・進路選択の際の教師, 学校の影響力が弱く, 職業指導の改善が求め られる状況がある, 4) 経済・社会的要求と教育システム, 青年の職業指導・進路選択との矛盾等 があげられる.u)つまり, 労働を嫌い, 忌避することがなく, 生産を支える能力, 意識をもった労 働者を育成しなければならないということが, 規定要因としてあったのである.. ロ. 「 8 4年改革」 に対する批判とリガチョフ報告 1, 「 84年改革」 の実施過程における批判と問題点 1) 普通教育学校における職業資格取得の義務化 1 2 )またその成果も現れていないような198 198 4年の教育改革の実施がやっと行われはじめ, 7年に は, 普通教育学校と職業学校の任務をめぐっての批判が起こってきた. 社会学者のフィ リッポフは, 8 4年改革」 が1958年の学校改革と同じ過ちを再び繰り返しているという批判を加えた, 批判の要 「 点は,普通教育学校は,科学の深く確固とした基礎知識を与えるという本来の主要課題を果せなかっ た以上, 必然的に, 職業学校の機能をも同時に果せるものではないということである, そして, 加 速化された生産設備投資, 全面的経済計算制の定着, 独立採算制, 企業の独立財政活動, 労働生産 性の成長, その報酬の上昇, 新しい働き手への需要の減少が, 近い将来見られ, 生産現場では高資 3.

(5) . 桑 原. 清. 格の専門家や広い専門領域を持つ労働者しか残らないであろう. このような状況下において, 学校 で表面的な専門準備教育しか受けなかった若者が, 職業技術学校出身者たちと競争できるようにな るだろうかと疑問を呈した. さらに, 若い労働世代の養成を目的意識的に行うところとして, その 活動形態・方法の改善を条件としながら, 職業技術学校を位置づけ, 普通教育学校は自分のことを. 3 )つ ま り 普 通 教 育 学 校 も職 業 学 校 も そ れ ぞ れ の や っ て い て か ま わ な い と し て い る,1 任務を果すこ , と を 第 一 と して, 二 重 の 任 務 を 担う べ き で はな い と い う の であ っ た.. そして, 教育史家の ドネプローフも, 「 8 4年改革」 は 「 58年改革」 の一連の主観主義の命題 は退 けたにしろ, 多くの点ではその非現実性が確認された基本構想を繰り返したものであり, 普通中等 学校の枠内で普通教育と職業教育を一緒にし, 同時に生徒の職業準備教育の任務を協力企業に課す ことを再び試みたものであると述べ, このやり方では巨大な物的出費にもかかわらず, かつてと同 )フィ 4 様に, 最小限の経済的および教育的効果しかもたらさないと批判的立 場を明らかにした.1 リッポフと同じく ドネ プローフも普通教育学校における職業教育のレベル, 成果に協力企業でさえ も利益を感じておらず, そのようなものに財政支出することを望むはずもないと厳しく批判したの であ る.. 上述の批判において共通認識となっていることは, 普通教育学校に職業教育を義務として導入し たことによって, 本来的には職業教育の質的な基盤となるはずの普通教育水準が低下するというも の であ る, こ の こ と は, リ ガチ ョ フ 報 告 に お い て, より 明 確 に 表 現 さ れ て い る,. 第1は, 「 84年改革」 が中等職業技術学校への振り分けをかなり増加させたことにより, 1 1年制 学校への9学年生の進学は, この4年間で15%も減少し, このような方向が, 労働者養成の水準の 質に対する要求がますます高まっている今日の社会的・経済的現実に矛盾しているということであ る. 第2は, 知識の質の重視の強調である. 今年度の初めに270 00人の大学とテフニクムの1年生 に行った国家学力試験で, 大学生で25%, 中等専門学校の学生で4 5%が問題をこなせなかった, ま 5 )このように た, イワノフ建築工科大学では1年生の7 0%以上が数学の試験問題を解けなかっ た,1 , 中等普通教育と実際の教育水準とのギャッ プは小さくはないのである, 普通教育水準の低下が, ソ ビエト国家, 社会をあげて進めているペレストロイカの進捗に決定的 な影響を及ぼすならば, 早急に方針転換すること, つまり, 普通教育学校における職業資格取得の 義務を廃止することは当然のこととなろう. 2) 職業学校における普通中等教育の保障 職業教育の分野への普通教育的要素の拡大と生徒に対する中等教育修了証明の付与を柱とした 「 8 4年改革」 であったが, いくつかの点において問題の指摘, 批判が起こってきた. ソ連邦教育科 学アカデミー職業教育学研究所長のマフムー トフは, 8月1 8日付『ゴムソモールスカヤ・プラウダ』 で, 人間的要因がペ レストロイカに大きな影響を与え, そしてそれが学校の今日的問題状況に依存 しているという認識から, 学校, とりわけ, 職業技術学校の問題点について言及している. 第1に, 専門に対応する普通教育科目の独自の要目がないままに, 普通中等教育を導入したこと の弊害についてである. 学校の要目には物理, 数学, 化学, 歴史等についての時代おくれになった 教材が詰め込まれている. 教科書は学習される職業と結びついていないし, 一般的に, 技術, 技術 学と結合してもいない, すなわち, 大多数の場合, ポリテフニ ズムは 「名前」 だけとなっている, そして, 教科 プランの 「多科目性」(普通教育学校上級学年の12科目に対して22科目) が教科の習 得という点で弱点をもっている. 第2に, 普通中等教育の義務的導入がもたらしたものについてである, それは, 学習における点 4.

(6) . ソ ビエ トにおける中等教育改革. 数主義 (合格点に達していなくても合格と判定する) を惹き起こし, さらにそのことが生徒の学習 意欲の減退に結びついた, つまり, どんなに勉強しようと, いかに悪い成績で卒業しようと, 中等 教育修了証書と技能資格が与えられるであろうからである, そして, すべての中等教育施設での普 通中等教育の 「統一的水準」 にかんする改革の要請 (一つの要目, 教科書が想定されている) は, 6 }このように批判した後に 職業技術学校が生産の要請に真に応えるべ 空想的で非論理的である.1 , く立て直されねばならないとして, その方向を示した, 9月12日付け 『プラウ ダ』 で, ロシア共和国職業技術教育国家委員会議長のカズナチェイエフは, 職業技術学校における熟練労働者養成の質にかんする企業の経営担当者の側からの不満が正当であ るという認識から, その原因の主要なものとして, 「 8 4年改革」 によって職業技術学校が統一的水 準の中等教育を保証しなければならなかったことをあげている. 短い期間 での職業準備教育と普通 中等教育の並存が可能であるかどうかは, 改革案の審議の際にも疑問を惹き起こした問題である. 職業準備教育の強化は, 当然, 補充の時間を必要とし, 学習量を増大させ, 普通教育科目が圧迫さ れることになる,そして教師たちは生徒の知識の評価に対して「リベラル」に対応せざるをえなかっ た‘ これが新聞, 雑誌等における職業技術学校の普通教育の知識が 「にせもの」 であるという主張 7 )ここでもまた 「統一的水準」 の機械的導入の問題性が事実をも に根拠を与えることになる,1 っ , て 指摘 さ れ たの で あ る,. そして, 「 84年改革」 の 「統一的水準」 の一つの実体的目標 である職業技術学校が中等教育終了 証書を発行することについては, 副次的な問題であり, 社会にとって必要で重要なことは 「偽りの」 終了証書ではなく, 本物の知識と技能をもった真面目な働き手を得ることであると述べ, 夜間の労 働青年学校やテフニクムの役割を強化すべきであるとした, いわゆる平等的措置の現実的保証は, その他の措置をもって補うことが現段階では現実的, 合理的であるという判断であろう. 2. 「 8 4年改革」 の修正とリガチョフ報告 1) 中等学校における二重の任務からの解放 ①. 「労働教育」 をめぐって. 「 8 4年改革」 の批判と同時に修正措置も提起されている. マフムー トフは, 『国民教育』 誌にお い て, 1987年 の 教 育 改革 論 議 を 紹 介 し, 論 評 をく わ え て い る, マ フ ム ー トフ は, 前 述 の フ ィ リ ッ ポ. フの見解に対して次のように紹介し, 同時に批判も行った. フィ リッポフは, 普通教育学校は同時 に職業学校ではありえず, それに職業ではなく, 深く確実な科学の基礎知識を与えさせることが必 8 )さらに以下のように論を展開し 要だとして, 教授・学習と生産的労働の結合に反対していると.1 た,農村の学校や学校工場での経験を踏まえると,普通教育学校の上級学年生は単純労働者職 ・種(1 等級程度の) を習得することが可能であり, 必要な場合には彼らは熟練労働者の等級を職業技術学 校 か 企業 に お い て, 3 - 6 ヵ 月 で 取 得 す る こ と が で き る, こ こ で は, 習 得 が学 校 で配 分 さ れ る600. 時間の範囲内で可能な単純職種のミニマムをもつ必要がある. さらに, 職業技術学校の教育を一般 的労働技能ではなく, 職業的技能の形成から始めるために, 普通教育学校の労働教育の充実が必要 9 ) で ある.1. フィ リッ ポフが提起している最大の問題である普通教育学校にお ける二重の任務の解放をマフ ムー トフは, けっきょく, 職業技術教育を整備して残す方向で解決しようとした, 「この状況から の脱出は, フィ リ ッポフ教授が考えているように, 再び, 普通教育学校を生産的労働のないままに 0 )こと に は な い と 述 べ ま た ソ ビエ トの 学 校 改 革 で は目 的 が あ て 自 主 性 の 育 成 と いう す る」2 っ , , ,. 課題が, 生産的労働に生徒を引き入れる要求と結びついており, 少年たちはそのことを必要として.

(7) . 桑, 原. 清. い る と も 述 べ て い る.つ ま り, マ フ ム ー トフ は, 生 産 的 労 働 へ の 生 徒 の 関 与 を, 労 働 がも っ て い る. ・ 訓育的意義を評価して, ,それをなくすべきではないという立場を表明したのである , しか しな がら, フ ィ リ ッ ポフ は, 必 ず し も そ の よう に 批 判 さ れる 見 解 を と っ て い た わ け で はな い.. 彼は, 最後の段落で, 次のようにも述べている, 「私見では, 若い労働世代の準備教育を職業技術 学校で行うことがもっとも目的に適っている, しかしながら, その際, それらの活動の形態や方法 を変えたり, 立て直したりしながらである. そして, 普通教育学校は, 自分のことをやっていて構 わないのである, 労働教授・学習は, ここでは, 総合技術的知識, 経済的知識, 労働習熟や技能を 2 1 )この主張から見ると . 発展させなけれ ばならな い,」 , 普通教育学校における生産的労働の排除を 考えているとは判断すること .ができない.彼が強調したかったことは,具体的な職業の習得にあたっ て, 「生産的労働」 が学習者個人の発達にとってア プリオリに肯定的に寄与するものではないとい うことであろう● . 職業技術学校の活動形態・方法の立て直しが必要であり, 普通教育学校が自分の こと を や っ て,いて 構 わ な い と いう 主 張 は, こ の よう●な こ と を 前 提 認 識 と して いる か ら と 思 え る,. 両者の主張は, 「労働」 教育 (教授・学習) の重要さの言及という点では共通しているようにも 思えるが, 「普通教育と職業教育の統合」 .下 , 普通教育学校における労働的要素の拡大という理念の 8 4年改革」 で実施された 「職業資格取得の義務」 を貫いている思想についての理解においては に「 異なりを見せているのである, 普通教育学校における職業教育は, その性格からして必ずしも発達 的ではなく, それが普通教育学校の基本的任務と矛盾するが故に, 義務とするには重大な問題があ る, こ れ が, フ ィ リ ッ ポ フ の 問 題 提 起 な の で はな い だ ろ う か,. また, 哲学者のトゥルチェンコは, 生徒の教授・学習と生産的労働との結合, 全面的発達の問題 が満足すべきものではないと考えている学校の指導者がかなり存在するという状況にあって÷・多く の学者たちが労働教育分野における矛盾を解明し, 問題を提起する代わりに, さらにはソビエト学 校には生産的労働は必要ないということを証明するようになったと述べている, その例として, 心 )この問 理学者のペ トローフスキー, 教授法学者の ダヴィ ー ドフなどに痛烈な批判を加えている22 「生産的労働と教育との結合」 「労働 題の検討は後に行うが, ソ ビエ ト教育学の基本テーゼである・ 教育」 の理解をめぐって, 著名な学者たちの見解が一致しておらず, また従来の・「理解」 に対する ニ ュ ア ン ス の相 違 が顕 在 化 して き た の か も し れ な い,. ②. 中等教育改革案をめぐって. マ フ ム ー トフ に よ れ ば,1987年 に 提 案 さ れ た二 つ の 中 等 教 育 改 革 案 を 検 討 して い る. 第 1 は エム・. 1 0 ポースニコフ教授のものであり, 第2はエス トニアの教育学者のものである, 前者は, 中等学校( と 美育 体育が大衆的 は て必要ではなく 大部分の青年に 中等普通教育 科学的知識 年制) っ , , , , , 2 3 )ポ スニコフは 現代 な8 (9) 年制学校の基本的内容でなけ ればならないというものである. ÷ , .『教科』 もしくはいわゆる 『科学の基礎』 の学校の主要な矛盾を 「その大衆的性格と労働的志向は, 2 4 ) の 学 習 と いう 古 く さ く な っ た エ リ ー ト的 ・ ギム ナ ジア 的 原 理 と 結 び つ い て い な い」 と い う こ と の. 中に見ている, 彼の提案の本質は次のことにある. 最初の8-9年間, すべての子どもは統一的な 大衆的学校で学び, 科学の基礎は学 ばない, その後, 大多数は職業技術学校とテフニクムに進む. そこで彼らは, 職業の習得にとって必要な普通教育科目だけを学習する, 大衆的学校の卒業生の少 数部分が大学の管轄下に入る. そこで2年間科学の基礎の知識を与えられ, そして大学に登録され る, つまり, 現代の若者には 「算数の知識」 と 「科学についての一般的観念」 があれば, 十分とい う こと にな・る. マ フ ム ー トフ は, こ れ ら に 対 して, 以 下 の 点 か ら批 判 を 加 え た. ① 自 然 お よ び 社 会 につ い て の 知 6.

(8) . ソビエトにおける中等教育改革. 識は, 科学的世界観, 人間の知的・情緒的発達, 生活・人間に対する態度, 労働と教育の継続に対 する準備の基礎である, ②ますます大量の知識が生産力に変わっている生産の自動化とロボッ ト化 の時代においては, それらの役割は著しく増大している, それ故, 学校は, 当該科学の本質を構成 し, そして幾世紀も変わっていない,.科学の基本命題, 法則, 原理を生徒に意識的に獲得させるこ とに努めなければならない. それらなしには, 人間は教育を継続し, 職業を敏速におさめ, 社会生 活において積極的となることができない, ③科学の基礎の学習を訓育と発達の課題に従属させるこ とが必要である. ④ポースニコフが15才の卒業生に対して, 科学にかんする一般的観念を基礎にし て与えることを望んでいる文化水準は, はなはだ低いものとなろう, ⑤数学は課題解決過程で強固 になる生徒の思惟, その知能の発達の最も強力な手段となる. ⑥学校から科学的知識を取り除くこ とは, 実際的に社会制度としての学校を閉鎖し, 廃止することを意味する, そして, 学校改革の基 本方針の観点からみて, ポースニコフの提案は, 科学的知識の場所が学校にはない, 生産的労働も ない, 職業教育皆学もない, 統一的水準もない, 普通教育学校と職業学校の近接化と統合もない, そ れ故, ま っ たく 改 革 で はな い と 断 じて いる.. エストニアの提案は, 次の通りである. 民族学校は12年制, ロシア語による教育の学校は11年. 9年制学校がすべての者にとって義務であり, その後に一部の生徒は分化された教授・学習が予定 されている中等学校の上級学年で学習を継続し, その他の部分は職業学校 (ペー・テー・ウーとテ フニクム) に進む, 教授・学習の内容は5学年から分化される. 教科プランにおける科目数は, 自 然科学と人文科学科目の分野の統合によって削減される, 現行の量の6 0一7 0%の水準の教材は, 国 のすべての学校にとって義務的である, これが普通教育の統一的水準である, 教授要目の3 0ヤ40% は生徒の選択コースに割り当てられる, そのうちの一部が発展学習, たとえば数学, 物理, 文学の 補充 コー ス の ため に考 え ら れ て い る, 生 徒 に よ っ て 選 択 さ れ たコ ー ス は必 修 と な る. 選 択 科 目 の そ. の他の部分は, 自由選択と決められている, つまり, 生徒はそれを選択することができるが, 必修 ではない, このようにして, 生徒の能力と暗好, その創造的思考, 美的趣き等の発達に方向づけら れた自由なコース選択のための条件がつくられる. 基幹的な9年制学校において, 4つの学系, す なわち人文, 物理・数学, 応用, 自然 (生物学, その他) の学系をもつことが考えられている. マ フム ー トフ は, こ の エ ス トニ ア 案 に 対 して, 全 体 と して 肯 定 的 な 評 価 を 与 え て いる が, 同 時 に,. 人文主義的傾向が強い,教科 プランの代案の一つには生徒の生産的労働がまったく除外されている, 教科プランに生徒の訓育の問題が反映されていない, 個々の科目の釣り合いがない, ことなども指 5 ) 摘 して いる,2. 以上の二つの提案を検討した後に, マフムートフは, 自身の見解をまとめている. 初等学校では, 知識, 労働, 知的活動に対する関心の育成, すなわち学習および執行・創造活動の技能を育て, 交 際の倫理, 自然の感情を教えることに配慮することが重要である. 教科は以前と同様に総合的 (博 物学タイ プの) でありうる, 中等学年では労働訓育が強化される, 5-7学年における労働教授・ 学習は, 8-9学年における職業前準備教育に移行する, 基本的配慮は, 労働の訓育的影響, 年少 者の能力・関心の発揮と発達, 一般労働的・総合技術的技能の完成, 職業指導に向けられる, 「科 学の基礎」 というような教科は, 立て直されるべきであり, 別な構造を見つけるべきである, ロシ ア語は基本的に文学教材の中で, 数学は総合的性格 (代数, 幾何, プロ グラミングとアル ゴリズム, 統計の基礎) をもって学習され, そして自然科学的知識 (物理, 化学, 生物) は, 一つの科目に統 合されうる, 生徒は, 科学的概念の体系を獲得する, 世界観と一般的文化の形成は, 美的教科 (音 楽, 唱歌, 図画, 美学と倫理) , 「地理学」(歴史, 地理学, 地誌学等) によって促進される. 外国 語は, 地誌と外国文学の教材の中で学習される. 体育とスポーツは, 最も能力のある生徒の競技記 7.

(9) . 桑 原. 清. 録の達成を目指すのではなく, 生徒各人の健康の増強と身体的発達を目的とする. あらゆるタイ プの学校 (民族, 特別, 農村等の) での児童の統一的水準の普通準備教育をもった 9年制学校を基礎学校と考える. ここでは, 自由選択, 好きな科目の発展学習のための可能性 が予 0学年に進む, 定されている. 9学年の後に, ほとんどの子どもたち が職業学校に進み, 少数の者 が1 1学年) は, 基本的に大学のための生徒を養成する, ここでは科学 0一1 普通教育学校の上級学年 (1 6 } の基礎のより深い学習 が必要となる,2 84年改革」 における中等 教育政策の失敗, 問題点の指摘と改革の基本 また, 19 88年1月には, 「 84年改革」 以降の問題は, 方向をめぐって, ドネ プローフと ペ トローフスキー が論陣を張った, 「 中等教育皆学を大学における教授・学習への準備教育, いわゆる大学入学可能証明と人為的に結び つけたこと,そして知識水準をどこかの大学まで何がなんでも引き上げようとしていることにある. しかし, 機会均等のスロー ガンでこの試みを開花させよう といかに試みようと, 経験と研究は学校 0%である) 大学入学可能証明に到達し 0-5 の卒業生のほんの一部しか (他の社会主義諸国では, 2 ないということを示している. 世界的な学校統計でさえも実際の状況を隠してはいない. 故あって, 教師たちは, 全員就学のことを 「全般的・義務・中等・懲罰」 と呼んでいるのである. 世界では, 後期中等教育ま での教育が生徒にとって義務であるというのは, ほとんどない, すべての学校を大 学に結 びつけるという幻想をけっき ょく拒否する場合にだけ, この 「中等 ▼ 義務・自己欺臓」 を克 7 )ソ ビエ ト社会がおかれている現実を踏まえな がら 彼らは 「 8 4年改革」 の 服することができる.2 , 「非現実性」 に批判を加えたのである. ・基礎・普 上述のような現実認識から, 中等教育制度改革を提案している, 二階梯からなる義務、 通,中等教育 (たとえば, 4十5年の9年制) とそれ以後の教育である. 第1のコースは, 学校の 10一11学 年 で あ っ て, 志 望 に よ っ て 分 化 さ れ る, た と え ば, エ ス トニ ア 案 に よ れ ばそ れ は 4 つ に 分. 化する. 人文系, 物理・数学系, 化学・生物学系, 技術・経済系である. これらの学年は, 採用さ れた傾斜に応じて職業準備教育 (プログラマー, 実験助手, 幼稚園教諭, 等を養成する) をも与え るであろう, これらの学年での課業 は, 「漏斗」 原理で立てられるかもしれない, つ まり, 化学・ 生物学系の10学年の1学期には, 生徒にとってはいったい理科のどの分野が彼により近いのか, ま だはっきりしないかもしれない, 選択科目は彼が自分の位置を決定することを手助けする. 2学期 から選択科目は, 選択による必修科目に代わられる (もしくは, 補充される) , 11学年の二つの学 将来の化学者 性に依存するが 期には, 基本的準備教育とならんで, 学校の具体的可能 , 医者, 畜 , 産家, 農学者のための専門系列の授業も可能である. その専門領域とは関係なく, 社会系列の科目, 文芸および芸術, 体育, 外国語の発展学習 が教授要目に含まれなければならない. 地方の条件を考 慮して, 10一11学年は基礎学校と一緒でも, 分離しても (多くの国々 のように) 存在しうる, 基礎 学校から第3の階梯の学校への移行の際には,専門領域科目にかんする入学試験が必要と思われる」 11学年修了の後には, 卒業生は大学, もしくはテフニクム, もしくは専門による仕事へと進みうる, 基礎学校の卒業生は, 第2のコース -- テフニクム, 医学校, 師範学校, 中等職業技術学校へ 進学すること -- を選択することができる. つまり, 対応する大学への進学のための知識の基礎 をも与える, より深い職業教育を志向した教育機関へ進学することもできるのである, 第3のコースは, 様々な教育年限の, 様々なタイ プの職業学校である. このコースを選択した生 徒は, 校外生制度や夜間教育もしくは通信教育の助けを借りて, 大学入学可能証明を得ることがで きる, 夜間学校と通信制学校 は, その際, 学校の上級学年および中等職業技術学校と同等の機関と な らな け れ ばな ら な い,. これらのモデルによって,社会はすべての青年に義務的基礎的中等教育を与えることができるし, 8.

(10) . ソビエトにおける中等教育改革. 広範な職業教育皆学を保障し, 希望者すべてに大学入学可能証明を得るための条件を造りだすこと がで きる と して いる.. では, 義務的基礎的中等学校における共通および分化は, どのように考えられているのだろうか , 6-7学年までは, 共通の教授要目ミニマムを維持しながら, 選択科目としてのみ分化は意味を持 つが, それから先は選択必修科目を導入することになる, 教育階梯を進むにつれて 選択必修科目 , の学習の時間数をふやすべきであるが, 選択科目の系統や正規の時間外の補習授業の組織は 生徒 , 8 )ドネ プロ ー フ と ペ トロ ー フ ス キ ー は I9 にと っ て の 専 門 領 域 の 変 更 の 可 能 性 を 保 障 す る,2 , 87年 の. 中等教育改革論議を踏まえて, このような論を開陳したのであった, 2) 職業教育制度の改編をめぐって 前述したマフムートフ, カズナチェイエフ等の職業技術教育関係者の側か らの改善提案は 刻々 , と変化してゆく経済, 生産の要請に対応する熟練労働者を養成するために いかにその体制をつく , り上げてゆくべきかという認識を前提においている, 第1は, そのような労働者の養成が二重の任 務を請け負っている職業技術学校では不可能であり, かといって普通教育的要素の重要さが増大し てきている現在においては, 普通教育を無視することができないという問題状況をどうするかとい うことである. 普通教育科目の量を削減した後, 職業技術学校の教科 ブランと教授要目を立て直す ことの必要性が言われる, それらのうちのいくつかを選択科目に移し その他の科目を学校の専門 , 領域に応じて分化する, たとえば, 若干の人文学科目を総合的科目に統合し 専門科目の実習との , 提携を強化する. つまり, 専門領域が裁縫な らば, 美学とデザイ ンにより多くの注意を払い 農業 , 学校では生物学, 数値 プログラム制御工作機械の調整工については数学と物理等に多くの注意が払 9 )また一般技術科目数の半減も考え られている 教材のかな われるという次第である,2 りの部分を, . 物理 (「技術物理」 と呼ぶことも可能) 化学 数学に移し 社会科と経済知識の基礎と の統合も行 , , , 3 0 ) う. すなわち, 普通教育科目等の数を削減, 統合したり, それらを専門科目と統合することによ 1 ) り, 「多科目性」 を克服し, 養成の質を向上させることができると考えたのである,3 第2は, 熟練労働者養成施設である職業技術学校における普通教育と職業技術教育の現実的矛盾 の制度的解決についてである. ソ連邦職業技術教育国家委員会議長の ドゥマチョーフは 職業技術 , 学校における熟練労働者の養成の質は, 科学技術進歩の要請から本質的に遅れており 職業技術学 , 校の根本的なペレストロイカが必要であるとして, その主要な点について言及した. 1) 生徒およ び職業技術学校そのものの定員構成を大きく変えること 2) 職業技術学校をすべて必要な権限 , , 2 } 資金をもつ熟練労働者養成および再教育の国家制度に変えることである.3 1) については, 「 84年改革」 によって生じた点数主義, 「偽りの」 中等教育修了証明の発行 学 , 習の詰め込みの激化, 職業準備教育水準の低下等を繰り返さないためには 中等普通教育学校の卒 , 業生を基礎にして- 科学の基本の知識をもち, また比較的短期間に最も複雑な職種 (まず第一に最 新技術を操作する) をマスターすることができる熟練労働者の養成制度に職業技術教育制度が移行 する こと が必 要 であ る と 述 べ て いる,.こ こ に 展 望 を 見 い だ して い る の で あ る リ ガチ ョ フ 報 告 は . ,. その必要性について, 生産が常に変化していること, 要員の他分野への移動 短期間での労働者の , 再教育と技能資格の向上, また自己教育や通信・夜間制度を受けること 自主管理への積極的参加 , に必要な文化水準に対する要求が存在する状況において これらが科学の基礎を十分習得すること , に基づいてのみ可能であるとしている. そして, 発達した工業国の熟練労働者は 今日では通常 , , 中等教育を基礎にして養成されており, ソ ビエトでも中等学校の卒業生で70万人にものぼる者が職 業技術学校に入学して いて, このことが後に労働の質の高さを達成せしめていると述べ ドゥマ ,.

(11) . 桑. 原. 清. チョーフと同一線上に位置づいている. 2) は, 国民経済に対する熟練労働者要員の需要の充足が職業技術教育制度に委ねられている状 況にあって, その教育施設の発展および技術的設備が種々の省庁に一手に任せられているというこ との問題性についてである. このことのために, 熟練労働者養成における不合理 (多くの学校が多 0の職種の労働者を, 少数ではあるものの, 同じ市や地区のいく 専門領域となり, 最も単純な10-2 つかの職業技術学校で平行して養成すること を余儀なくされている) , 教育的考慮の欠如 (学校の 建設予定地の決定の際に, 省と企業はすでにある学習上の基礎を考慮していない, 国の他の地域で 0%しか定員を 青年がいて, 学校が労働者の需要をかなり満たしていないのに, 幾百の学校は20-3 充 足 して いな い.) と い う 状 況 も 起 こ っ て い る の で あ っ た. こ れ ら の 問 題 を 解 決 す る た め に も, ①. 職業技術学校の専門化, ②職業技術学校の領域・部門別施設, または部門間施設への改編, が必要 であ ると 強調 して い る.. 第3は, 職業技術学校とそれを後援する義務を負っている協力企業との関係の問題である. 今日 機能している 「協力企業規定」 では, 協力企業が学校を建設, 設備投資し, 資材供給を行う権利を もつことが明記されているが, しかし同時に, これは企業がその裁量に応じて, 付与きれた権利を 行使するかしないかを容認するのである. これを 「義務」 としなければならないという要求が出て 3 }また 経済計算制 自己資金化への省・企業の移行という状況にあって この要求は切実 くる.3 , , , なものとなっている. さらに, 財政支出をめぐって, 進んだ提案もなされている. 職業技術学校の 発展のために, 幾十の省庁に対して支出される資金, 物的資材および設備を, ソ連邦 ゴス プラン,. ソ連邦閣僚会議資材・技術供給国家委員会, ソ連邦農業機械製作国家委員会が, 職業技術教育制度 のための特別用途として, ソ連邦職業技術国家委員会またはソ連邦構成共和国の職業技術教育国家 委員会に支出することが必要である. ここか ら省に代わって, 職業技術学校の建設と注文主の役割 を演じなけれ ばならな い地方ソ ビエトに資金が手渡されることになり, 資金が他のことに使用され 4 } る の が防 げる と い う の で あ る.3. 職業教育が抱えている問題を, 1) 教科 プラン・教授要目等のいわゆる教育内容の改善, 2) 制 84年改革」 度自体の改善, 3) 財政的裏付けの強化, という点から, 改革方向・措置を提起し, 「 以来の職業教育の現場における 「混乱」「停滞」 を解決しようとしたのである. 88年改革」 と労働教育 3)「 リ ガチョフ報告において, ソビエ トの学校は, 統一的, 労働的, 総合技術的であるが, 実際には, 198 8年 原則が硬直化し, 形式的になっていることが指摘された, トゥルチェ ンコは, 『教員新聞』( 6日) 紙上で, 最近の 「生産的労働と教授・学習の結合」 原理をめぐる論調に警告を発してい 6月1 る. 生活そのものの論理は, 生産と労働の方向へソビエト学校を度々転換させたが, この歩みがお ずおずとまた部分的であるため, 本質的に肯定的成果を与えていない, その成果は, 学校における 労働の将来の見込みのなさの 「論拠」 として活用されてもいる. 2月の党中央委員会総会における 生産的労働と職業教育の卑俗化に対する正当な批判を 「生産的労働と教授・学習の結合原理の放棄 3 5 )とみなす向きがある 労働愛 物事に対する責任ある態度の欠落は ソ ビエ・ トの生 の呼びかけ」 . , , 主要なブレーキとなる 真面目な生産的労働と学習を日常的に交替して行う 産・社会問題の解決の . ことは, 精神生理学的リフレッシュによって教授・学習の質を高めるばかりでなく, 学習・労働・ 87年論文 『教 生活に対する意識的態度の育成の最も重要な手段ともなる. トゥルチェ ンコの論を19 育制度の科学的・生産的潜在力の活用の諸問題』 にしたがって, 検討してみよう. 0以上の著作物, パ ン 00以上の修士・博士論文, 100 0年代の初めまでに, 労働教育にかんする3 8 10.

(12) . ソ ビエ トにおける中等教育改革. フレッ トが出版されたが, 学校は生徒の労働形成の理論と方法をもってはいなかった. ソ連邦教育 科学アカデミー・アカデミークのパテイ ショーフが正当にも述べたように, 学術機関の処方箸勧告 は, 学術用語法の確かな形式や豊かさにもかかわらず, 日常の実戦の枠内を出ることがなかった. 教育科学の 「空転」 の根本原因は↓ 指導の中枢にある学者たちによって示される方法論的立場の欠 陥である.・創造的探究の代わりに, 彼らは物事の慣性的傾向に順応し, またそれを正当化する, た とえば198 2一8 3年に行った調査では, 学校の指導者の圧倒的多数 (9 5%) は生産的労働と教授・学 習の結合の問題, 生徒の全面的発達の問題が満足には解決されていないと考えていたのに対し, 若 干の国民教育機関の活動家たちは, ソビエト学校は労働・総合技術学校であったし÷ 今もそ・ うであ るという一般的命題を引用しながら, あらゆる批判を拒否した, 労働教育の分野における矛盾を解 明し, 問題を提起する代わりに, 多くの学者は, まさに学校の学習が生産的労働であるかのように, さらにソビエト学校には生産的労働は必要でないということ ・を証明しはじめた, このように説明した後, トゥルチェンコは著名な学者の批判を行った, ① 「学習, すなわち, 知 識の目的志向的, 系統的な獲得は学齢期の人間の仕事であり, 労働, すなわち, 社会的生産への参 加はおとなの問題である,」(ソ連邦教育科学アカデミー副総裁, フリ プコーワ編の単行本) , ② 「こ の言葉の正しい意味で, わが国の子どもたちは, 労働に従事してはいない, そして共通の問題への 寄与に応じて彼らの能力について述べるのは, また時期尚早である, われわれは彼ら(子どもたち) に生産的労働を期待しないが, しかし彼らにすっかり許されている家族の世話や家事を助 けること への積極的参加を期待する根拠はある.」(ソ連邦教育科学アカデミー・アカデミ ーク, ペ トローフ スキー) ,.③ 「肉体労働, 食物を手にいれる必要から子どもを解放することは, 文化の大きな到達 点である,」(スボートスキー) , ④「ダヴィ ー ドフは,17才未満の少年を職業・労働活動か ら解放し, それを学習と代えることを, あたかも人格の全面的発達を促進する肯定的現象と見なしてる,」 そ して, 「このような立場がマ ルク ス. ・レーニン主義の方法論と矛盾することを理解するのは, 難し 6 〉 いこと で はな い」 と 断罪 した の であ る.3. ①については前後の文脈から判断しても, 問題になりえない, 3-7才の子どもは1日, 2 4時間 遊んでいるわけではなく, 絵をかいたり, 物を造っ たりする, 「彼は個々の勉強や頼まれ仕事 (学 習でも労働でも, これは差し当たり彼にとって自主的な形態の活動ではない. すなわち…”・〔①が 3 7 )というのが本文なの である 社会一般通念を繰り返したに 続く〕) をやり遂げることができる」 , すぎない一 ②についても, ここの内容は年齢的特性, 年齢に応じた方法のことを扱っており, 「も 3 8 )と続くのであ ちろん, 彼の年齢を考慮して, われわれは彼らに生産的労働を期待しないが……」 る, ③については肉体労働等から子どもを解放したことによって, 「子どもにほんものの子ども時 3 9 )という歴史的事実を述べたにすぎないのである ④につ い て も ソ ビ エ トで は子 ど 代を与えた」 , , もの発達の新しい時代の形成が行われており, つまり8年制義務教育から10年制義務教育への移行 0 ) という現実の状 によって, 職業・労働活動から少年を解放し, その分学習に代えられている4 , 況 を 述べ た にす ぎな い.・し た が っ て,, トゥ ル チ ェ ン コ の 批 判 は当 を え て はい な い. う して 彼 は, こ の よう な 強引 な 読 み 取・ り を し:た の で あ ろ う か 、と ころ で, ど・. 中等および高等教育. 機関の生徒が, 最初の学年から最新の労働用具の考案, ; 、製作, そして最先端の技術学や労働組織の 形態の研究に直接参加する時だけ, 何十年か先の科学と生産の発展の展望に対して生徒を導ける先 4 1 ) 見的な性格の教育を保障することができる・ , と述べている, 年齢の低い時期を含めて, 生産的労 働に参加する中から, 教育のもっている 「科学的・生産的潜在力」 を高めてゆくことが, 彼の 「労 働教育論」 なのである. それ故, 生産的労働から離れた論を展開する者に対しては, 批判的意識が 働くのであろう, 問題は, 様々な程度の熟練労働が存在し, しばらくの間, それらが現存する社会 11.

(13) . 桑 原. 清. において, 生徒の興味, 関心に応じた発達的な労働教育を如何につくりあ げてゆくかということに な る であ ろう,. また中央委員会総会で指摘された普通教育学校における職業準備教育の状況 は, 条件もなく, 要 員もおらず, 学習生産コン ビナート網の発展にもかかわらず, 生徒の個人的関心, 傾向に十分考慮 することに 成功してはいないで, その結果, 彼らの多くは獲得した専門領域の仕事についていない 状況にある, そうした中で, 第1に, 労働活動を訓育と教授・学習 の方法とする, 第2に, 生徒の 社会的有用労働を一般労働および初歩的な経済準備教育の重要な一歩として位置づける↓ ネガティ ブな実践を根拠にして, 社会的有用労働と職業準備教育の廃止の問題 が提起されるが, これらをう 2 まく組織することが必要という判 断をソ連邦教育科学アカ デミーは下したのである.4)ア トゥート フとチャーリエフ は, 普通教育学校は職業技術教育制度と協力して職業教育皆学を進めながら,.普 3} 通中等教育の実現を行うと述べ~ それらの 「接近」 を志向している,4 8年改革」 を一般的に・「労働教育」 という観点から見れば, 労働教育における科学的 8 つ まり, 「 知識の比重の増大, それに比しての訓育的側面の相対的重視ということ ができよう〆. お わ り に. ;総合技術教育の いて原理的なものとなっている労働教育, リ ガチョフ報告は, ソ ビエト教育にお・ 8 4年改革」 で実施された普通教育学校における生徒の職業資格取得の義 重要さを強調している. 「 「効率化」 という点か 務化の廃止は, いったい労働教育の 「後退」 にあたるのか, それとも否か.i できないも ら見れば, 普通教育水準の低下, 労働教育に対する無関心・不熱心さは看過することの・ 84年改革」 のであり, 普通教育学校の本来の任務に戻ることは, 当然の帰結となろう, ところで, 「 ′ 職業資格をもた どのようなものなのであろうか と評価された根拠は 適切 正当 れが 」「 」 「 でそ , ないで入職する者が多いことに対する 「経済的理由」 ,.肉体労働を嫌う ことに対する訓育的理由が ある. しかし, 前者にかんしては, 相対的に低い技能資格を義務づけることとそのことによる損害 とを利益較量した場合, どちらが経済的か明らかであろう. また後者にかんしては, 社会の現状を 各人が判断して, 肉体労働について何らかの観念をもったということであり, 訓育によってそれを 「解決」 しようとすることは, 教育の役割の課題評価にはならないだろうか, または発想が 「逆転」 4 }「 8 4年改革」 のこの措置を労働教育の知的発達の役割との関連にお いて してはいない だろうか,4 見ても,必ずしも説得的なものとはなってはいない,労働教育が進歩的であるためには,現代科学・ 技術の原理, 要素が知的発達を促進させるべくそれに入り込んでく ることが条件であ, って, けっし リガチ フ報告における義務 そうすると があるからではない 」 労働行為・活動 ョ いわゆる 「 て, . , 化の廃止は, 「後退」 ということにはならない, では,職業学校を普通教育学校の基礎の上に制度として位置づけることについてはどう だろうか, 現代技術・生産の要求する高度の熟練労働者を養成するためには, 高い水準の普通教育が不可欠と いう論理である‘ その際, 発達した工業国での熟練労働者養成は, 中等教育を基礎としてし る と い う認識である, しかしながら, 発達した工業国において, 熟練労働者の技能が中等教育, 実体的に rに は普通教育に支えられているという評価は, それらの国の教育制度の一面的評価, 「過大評価」 つ な が らな い だろ う か. そ れ に は他 の 要 因 が あ る の で はな い か. た と え ば 日 本 に お い て は, 日 本 的. 労務管理, 企業内教育等の要因を抜きに考えることができないのである, ともあれブ 普通教育の重 視という点は確認できよう, 12.

(14) . ソ ビエ トにおける中等教育改革. また, こういった制度的位置づ けは, 現実的には可能性があるのだろうか, 前述の中等叡育改革 案では, 9学年までを基礎教育とし, その後, 3つのコースに分かれ, テフニクムや中等職業技術 学校, 種々の教育年限の職業学校もそれに接続する. マフムートフやカ ズナチェイエフは 普通教 , 育科目の統合, 分化という方向 で職業学校の改編を位置づけている, リガチョフの提案を実現する ためには, 普通中等教育を支える教師の質, 教育方法の抜本的改善÷ 教科書の改良等の措置が必要 となるであろう. もし, この通り実施しようとすれば, かなりの困難が伴うが 労働教育との関連 , で言え ば, 職業教育における普通教育的要素の増大と労働・生産実習の相対的減少を示唆して いる 5 ) もの で はな い だろう か,4. 中等教育改革, とりわけ, 普通教育と職業教育の改革は, 大学進学のための条件の平等化の問題 を内包している, 職業学校 -- できない者, 普通教育学校 -- できる者という レッテル 評価は , , そう簡単にとれそうもない, 科学的知識の重視, 個性化, 特別学校の増加等の 「能力主義」 的方向 を強調する一方で, 平等化も行わなければならない. ペ レス トロイカの時代の教育改革は 資本主 , 義とは異なった方法で, 実施せざるをえないのである.. 1) 《ロpaB亘a》 ,18重eBPa江H1988r,. 1 8 8年3月例会) における嶺井明子氏 (当時文部省, 現筑波大学) の報告。 2) ソ連教育研究会 ( 9 1988r 3) 《npaB頁a》 . ,18 .中eBPanH. 4) 川野辺敏編著, シリー ズ 世界の教育 改革11 ,『ソ ビエ トの教育改革』,明治図書,1985年, 107ペー ジ. 5) 同上,120ペー ジ. 6) 同上,110ペ ー ジ 7) 《 lnRo鵬 , 9 ,npoH8BoAcTBo》 , , ,1986r , 瓶11,c , TaM 州e 1 8 2 9 9 8 7 N r o , , , Q, , ,. 8) 岩崎正吾, 「ソ連の後期中等教育における普通教育と職業教育の結合・連関について」(国立 教育研 『中等教育の制度再編の動向』 所収) 1 究所内中等教育制度研究会, 8 8年3月,1 7 8ページ, , 9. 9) 川野辺敏, 同上, 100ペー ジ. 10 ) 同上, 110ペー ジ 『 11 ) 関 啓子, 「教育のペ レス トロイ カ」 , 日ソ経済調査資料』, 1987年10月, 10~12ペー ジ, 「 『 12 ) 84年改革」 で導入 が提起さ れた 生産の基礎・職業の選択』 が1987年度 (9月 から) 実施 さ れるよ うにな っ た。 13 ) 《yqHT釧わORagra8eTa》,7 anpe順 1987r, ) 艇paB頁a》 14 1 l o日月 1987r , ,11 15) Tab ・…e , ,18 重eBPa瀕”1988r 16) 《Koハ . ooMo属bo { . a”npaB亘a》 , ,18 a6 yoTa1987r. 17 ) 艇paB亘a》1MmMRI987 , 18 ) 《日apoAHoeo6pa8oBa細e》,1987r. 35 , . , NQ12 ,o ) TaM me,c.41. 19 20 ) TaM 釈e,o 42 , ,. 21 ) 《yqHTe=bcRaRra8eTa》 , ,7 anpe亙” 1987r ‘n 6 22 ) B.日, TypqeHR0,‘ cno亘baoBaHMR日ayqHo ー - nPo l I BBO亘cTB9HH0ronOTeHq p0 貫eM鼠; l l a顧 c HOT鉢皿 ’ 06pa3oBa日“〆,《np06鵬MM pa8B“TMRHayq日。 ‐ 06paaOBaTenbHoronoTe日叩a亙a》 ,日。BOOM6Mp似 1987. , 170 c . . 13.

(15) . 桑 原. 清. 23 ) 《日apoAme06pa30Ba日鵬》,1987 ,NQ12,c.35. 36 24 ) Ta.お く e . , ,c 39 25) Tap ・’ Ke . , ,c 1 4 26) Tab o t*e ,, , ・ ・効,10 月HBaP月 1988r 27) 《匿8BecT ◆ 28) TaM, Ke , 6 1987r . ) 艇paBAa》 29 ,12ce日T” p耳. . 1987r . 30) 《Ko n fo酬o韮boKa”nPaB式a》 ,18 aBrycTa 6p残 1987r 1 2 只 T c e 日 . 31) 《叩aBAa》 ,. ) TaM刀 32 K9 29 AeKa6pgl987 . 33) TaD”Ke,29 頁e×a6p騨 1987r . ・ 34 ) Tan馴を ( e,12 oeHT冗6p慮 1987r . 35 ) TaM, 1987r Ke 29 頁e 〈 ・ a6pg. , 36) B・日 170 1 く 0 . Typqe日 . ,yRa3,c . 36 . 37 ) noRpeA, A. xpl . . . =KOBO凸 ,c , M 1979r , M“pReTCTBa. 86 TaHH= . . . 38 ) A B neTpoBc旧蹟.j ,c , . RaceMenHoroBoom・ ,1981r ,M. leT .=,Ta試T .. 4 5 1981a,c M. 39) E B,Gy60Tcmm,30江。To韓BeKAeToTBa . . , , , 40) TaM *e 5 . . ,o. 41) B.日,TypqeHRq yKaa .,c160 ・ 20~21, 《 G 42 ) OBeTCRaRne共arorlma》,1988r, . ,o ,NQ4 43) TaD 28 , *e . . , ,c ,NQ5 ,1988c. 1 1988年2月) をめ ぐっ て」 44 ) 袴田茂樹, 「人材育成路 線の転換 ( , , 楠3, , V0 , NIRA政策 研 究,1988 『ソ 連経済の中 長期 分析』, 50ペー ジ。 1988年8月) 検討さ れている 改革案は, ドネ プローフ, ペ トロー フスキ ー の改革 45 ) ちなみに, 現在 ( 案と同一線上 にある。. 補. 記. 1(′ 1 .. . , ・・. ,. 本論文作成にあたり, 所伸一氏 (北海道大学教育学部) より, 資料面での御配慮および貴重な御教示をいた だいた, ここに記して謝意を表したい. (本学講師. 札幌分校). . ,. ・ .. 14. ・.

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参照

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