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学級における教師と生徒の教育的関係に関する研究-<教える-学ぶ>関係が成立する構造に注目して-

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Academic year: 2021

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(1)学級における教師と生徒の教育的関係に関する研究 一く教える一学ぶ〉関係が成立する構造に注目して一 @」」 去凸  父 ’、. 去コミュニケーション コース. 当  口 M07017F 皿1.論文構成. I.問題の所在.  本研究の目的は、現代の学級において〈教. 序 章. える一学ぶ〉関係が成立する構造を解明す. 第1章 第2章 第3章. ることである。.  広田(2002)によれば、r現代は、教え る側が『教える』という権力を正当化する イデオロギーを喪失し、学ぶ側が優位な関 係へと変化している。それゆえに、一方で は学ぶ側にすりよった学校論や教育関係論 が流行し、他方では社会からの些事にわた る要求をそのまま全部引き受けて、学校が. 終 章. 本研究の目的 学級の歴史 社会構造変化と子どもの変容 〈教える一学ぶ〉関係 学級における<教える一学ぶ>関 係が成立する構造. 血.論文概要.  本研究では、学級の中での大人と子ども 関係である教師と生徒の教育的関係、その 中でも、〈教える一学ぶ〉関係に焦点をあて、. 混迷してしまっている。」というのである。. 学校教育の主軸をなす、r教える」、r学ぶ」. 社会が変貌し、個性の尊重や選択の自由が 優先される情報・消費社会の現代において は、学校教育も市民に提供するサービスの 一つに過ぎないと思われているようである。  クラスでの一斉教授の授業形式が中心に 行われている日本の学校において、教師の 優位性は社会全体が学校の意味を保障し、 子どもが学校内でも学校外でも、その生活 の中で大人に対する振る舞いを暗黙のうち に身につけていたおかげで成り立っていた と思われる。この優位性により、授業中、 子どもは教師の話を聞く姿勢を保っていた のだろう。現在、自分の欲求を満たすこと に価値を求める傾向をもつ子どもにとって、 社会の真理や知識よりも、rいま現在の楽し. ということを追求した。学校において起こ るさまざまな病理の解決は社会・文化シス テム全体の再編成と切りはなすことができ ないとしたら、教師と生徒が向き合うだけ では何も変わらないということになる。  そこで、情報・消費型社会の渦中にある 現在の学校、特に、学級に焦点をあて、成 立困難な状態にある〈教える一学ぶ〉関係 成立の可能性を探求するため、第1章では 学級の成立の歴史と一斉教授法のつながり を明らかにし、自明視されている学級につ. み」の方が優先され、それを与えられない と一時もがまんできない。教師もまた「お. パラダイム)、(自己選択パラダイム)とい. もしろい」「楽しい」授業を提供してくれる 消費の対象となっている。.  このように、教える側に優位がなく、r教 える」という権力が正当化されない状況の 中では、学級における教師と生徒の間で、 〈教える一学ぶ〉関係の成立は困難ではな いだろうか。. いて間い直した。.  第2章では、農耕型、工業型、情報・消 費型などの社会構造変化と子どもの変容に ついて〈ミメーシス・パラダイム〉、(開発. う3つのパラダイムで子どもの変容を考察 した。産業の近代化とともに、地域共同体 から引き離されて、学校の中に囲い込まれ た「子ども」は、情報化と消費生活化の進 行とともに、再びr小さな大人」として、 現れてきて、大人と同じように、情報行動 や消費生活を送るようになった。ただし、 かっての地域社会で一人前として、その役. 一6一.

(2) 割を与えられたr小さな村人」が復活した. ける、教師1人に対し、生徒40人の一斉. というわけでは決してない。. 教授では実現不可能なことではないだろう か。学級の少人数化、個別化、小中高の学 習内容の見直し、学校にできることとでき ないことの明瞭化などの変革が必要である。  学校と家族の人間関係が、いろいろな点 で異質であるということの自覚や承認が徹 底されていないことが、日本流学級制であ る生活共同体型の問題点であると考えられ る。学校のなかで、学級家族になり、生活 と学習が同居している状態では、子どもは プライバシーが重視されないことへの苛立 ちを噴出させてしまうのではないだろうか。 まして、多様化する子どもが一つの規律に 従うことなど到底できないことではないだ ろうか。学習と生活の分離がなされないと、 r学ぶ」ための動機が、学級の生活共同体 における人間関係に左右され、不安定に変 化し崩れていく可能性があると考えられる。 情報・消費型社会の現在には、日本流学級 制を欧米のように、学習機能型へと変革す る必要性があるのではないだろうか。そし て、年々、多様化する子どもの実態を考察 し、(教える一学ぶ〉関係の成立可能性をフ レキシブルに探求することが必要であろう。  また、日本の学校教育の目的は何なのか、 情報・消費社会の中に生きる現在の子ども にとって、必要最小限の学校教育とは何な のかを間い直すことが必要であると思われ.  第3章では私的欲望を無限に膨らませた 「消費人」としての「小さな大人」が出現. した学級でく教える一学ぶ〉関係が成立可 能なのかを考察した。現在の情報・消費型 社会において〈教える一学ぶ〉関係が成立 する構造を探求するために、「教えること」、. r学ぶこと」の意味を考察し、教師と生徒 の教育的関係の変容により困難になってい るく教える一学ぶ〉関係の組み直しについ て考察を行った。近代社会の学校教育にお いては、教師が教えたら、生徒は学ぶもの だと思われてきたが、それは、生徒が学ぶ 振りをしていただけで、情報・消費社会に 生きている子どもは、学ぶ振りをすること もなく、学びたくないものは学ばないとい うことを即座に選択できる傾向性をもって いる。つまり、教える側の権威は被教育者 側の承認なしでは成立せず、r学ばない」と いう選択肢が横行している状態になってい る。く教える一学ぶ〉関係の組み直しのため、. 広田の「多様な選択支」、高橋の「大人にな ることの物語」、丸山の「他者性、アイデン ティティ、教育コロニアリズム」、宮澤のr教. 育的無意識、ナナメの関係」、中井のr贈与 ゲーム、役割ゲーム、エロスゲーム」、内田. のr教育サービスを消費する主体、売り渡 す未来の私」をキーワードに考察した。ど の説も〈教える一学ぶ〉関係という教育的 関係の成立の可能性の困難さを明らかにし ているが、これで、く教える一学ぶ〉関係が. 成立するという結論が出ていない。現在の 学級において、〈教える一学ぶ〉関係を成立 させる可能性は探求し続ける課題であると. る。.  現状では、自我が肥大したr小さな大人」 が興味関心をもち、r学び」をエロスゲーム に転換できるときに、やっと、r小さな大人」 が学ぶ役割である生徒を演じるのだと考え、. 考えられる。 】V.結語.  く教える一学ぶ〉の教育的関係は非対称 性でないと成立しないであろう。しかし、 現在の子どもは消費主体として大人の前に 現れ、今を面白く、かっ楽しく生きること のサービスを要求し、学ばなくても未来に. 教える者である教師は淡々と教える役割を 演じることにより、そして、届きえていな いかもしれない他者、理解しきれていない かもしれない他者として学習者を見るとい うr教育的まなざし」によって、〈教える一 学ぶ〉関係の成立の可能性が見出せると期 待していきたい。. 不安を感じない存在となっている。く教える. 主任指導教員 杉尾 宏 指導教員   大関達也. 一学ぶ〉の教育的関係の成立は、学級にお. 一7一.

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