岩 﨑 尚 人
ø.はじめに 2019 年春,天皇の崩御を伴うことなく,元号が平成から令和に変わっ た。1 週間を超える服喪期間とともに,昭和から平成へと移行したことを 知っている世代の者にとっては,何とも厳かさの感じられない時代の転換 であった。しかし,その重厚さがないことを我慢すれば 2020 年,令和初 の年始は,「オリンピック・イヤー」と騒がれ,明るく賑やかで,順調な 滑り出しであった。 ところが,アジア圏の旧正月のスタートとともに新型コロナ感染症が世 界規模で広がり始めて,騒がしさだけが一層激しくなった。感染源である 中国武漢市で拡大した感染症は国境を越えて海や山を越えると,瞬く間に 世界中に広がった。わずか 5 週間後の 3 月 11 日には,WHO(世界保健機 構)が「感染症の世界的な大流行(パンデミック)」を宣言することになっ た。 以来,世界の感染者数は増加し続け,間もなく 1 年を過ぎようとする今 に至っても収束の気配すらみえていない。一時落ち着いたように思われた 状況も,夏のバカンス以降欧州で感染者数の急増傾向が続いている。日本 でも初冬になって感染者数が増え,経済活動はもちろん,日常生活にまで に多大な影響を与えている。驚くことに,2020 年年末には 1 日当たり 1,000 人を超えた。これまでに,世界中の国々の首都やそれに準ずる大都 市が次々とロックダウン(都市封鎖)を繰返し,4 年に一度必ず開催され単位:100万ドル 20,000,000 18,000,000 16,000,000 14,000,000 12,000,000 10,000,000 8,000,000 6,000,000 4,000,000 2,000,000 0 1990 年 1995 年 1996 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 2015 年 2016 年 2017 年 2018 年 2019 年 図表 1 世界貿易総額の推移 (1990-2018) 出所:ジェトロ世界貿易マトリクス てきたオリンピック・パラリンピックの開催日程も延期されるなど,前代 未聞の出来事が起こった。この騒動のために,「ニュー・ノーマル(新し い日常)」の時代のスタートが喧伝されている。もっともパンデミックが 始まるかなり前から,他我を問わず,新しい時代到来の兆しを感じとって いたことも事実である。 経済成長を享受してきた昭和から景気低迷が続いた平成に移行した時も, 日本は「新しい日常」を体験した。もちろん,元号が変わらずとも長い年 月の間には,幾度も新しい日常を経験してきたはずである。どのような新 しい日常であっても,それは人々の生活,企業行動,社会構造,政治体制 などに変化をもたらし,その度に変革や革新が求められてきた。直近で言 えば,平成とともに新しい日常をスタートさせた日本は,30 年に亘る長 期的不況の中でさまざまに手を打ってきた。その成果が如何なるものであ ったかについては,即答できないとしても,その間に変革や革新,挑戦を 怠っていたとすれば,われわれはすでにṫ死の状態に追い込まれていたに 違いない。ところが,2020 年 1 月に始まった変化は,これまで自身が体 験してきたいかなる社会変化よりも大きく,「社会的地殻変動」と呼ぶに ふさわしいと思われる。 この地殻変動のエネルギーを創出しようとしている要因の一つは,20 世紀最後の 10 年を目前に起こった東西冷戦終結と同時に本格化した「グ ローバリゼーションの進展」である。以来,表面的には,イデオロギーベ ースの対立は少なくなり,経済活動が地球規模に広がっていった。依然と して経済格差などは消滅していないが,グローバリゼーションの進展によ って多くの国々の間で,経済取引,人的交流,政治的交流が頻繁に行われ るようになったし,新しい国家連合体や国家間アライアンスが構築されて きた。 地殻変動を起こしたもう一つの要因は,1990 年代に本格化した「情報 通信技術とネットワークの進化」である。1990 年に ARPA ネット1)が解 散したことで,米国でインターネットの商用サービスが解禁となった。日 本でもその 3 年後の 1993 年にインターネットの商用利用が許可され,パ ソコンネットワークとインターネットの接続が始まった2)。1995 年の阪神 淡路大震災の際インターネットが有用であったことを認められると,利用 者数は一挙に急増した。「インターネット元年」といわれたその年から, 利用者は年々伸張して数年を待たずに日本国内での普及率が 50% を超え た。その後,インターネットを活用した様々なサービスが提供されるよう になった。提供されるサービスが増えれば増える程,利便性も大いに高ま った。そして,2007 年に米アップル社が発売したスマートフォン, iPhone の登場によって高度な「ネット社会」が到来したのである。 「グローバリゼーションの進展」,「情報通信技術とネットワークの進化」 がシンクロナイズして,より大きな地殻変動をもたらすエネルギーが創出 された。その中で変動をいっそう大きなものとしたのは,誰もが想定して
単位:100万ドル 20,000,000 18,000,000 16,000,000 14,000,000 12,000,000 10,000,000 8,000,000 6,000,000 4,000,000 2,000,000 0 1990 年 1995 年 1996 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 2015 年 2016 年 2017 年 2018 年 2019 年 図表 1 世界貿易総額の推移 (1990-2018) 出所:ジェトロ世界貿易マトリクス てきたオリンピック・パラリンピックの開催日程も延期されるなど,前代 未聞の出来事が起こった。この騒動のために,「ニュー・ノーマル(新し い日常)」の時代のスタートが喧伝されている。もっともパンデミックが 始まるかなり前から,他我を問わず,新しい時代到来の兆しを感じとって いたことも事実である。 経済成長を享受してきた昭和から景気低迷が続いた平成に移行した時も, 日本は「新しい日常」を体験した。もちろん,元号が変わらずとも長い年 月の間には,幾度も新しい日常を経験してきたはずである。どのような新 しい日常であっても,それは人々の生活,企業行動,社会構造,政治体制 などに変化をもたらし,その度に変革や革新が求められてきた。直近で言 えば,平成とともに新しい日常をスタートさせた日本は,30 年に亘る長 期的不況の中でさまざまに手を打ってきた。その成果が如何なるものであ ったかについては,即答できないとしても,その間に変革や革新,挑戦を 怠っていたとすれば,われわれはすでにṫ死の状態に追い込まれていたに 違いない。ところが,2020 年 1 月に始まった変化は,これまで自身が体 験してきたいかなる社会変化よりも大きく,「社会的地殻変動」と呼ぶに ふさわしいと思われる。 この地殻変動のエネルギーを創出しようとしている要因の一つは,20 世紀最後の 10 年を目前に起こった東西冷戦終結と同時に本格化した「グ ローバリゼーションの進展」である。以来,表面的には,イデオロギーベ ースの対立は少なくなり,経済活動が地球規模に広がっていった。依然と して経済格差などは消滅していないが,グローバリゼーションの進展によ って多くの国々の間で,経済取引,人的交流,政治的交流が頻繁に行われ るようになったし,新しい国家連合体や国家間アライアンスが構築されて きた。 地殻変動を起こしたもう一つの要因は,1990 年代に本格化した「情報 通信技術とネットワークの進化」である。1990 年に ARPA ネット1)が解 散したことで,米国でインターネットの商用サービスが解禁となった。日 本でもその 3 年後の 1993 年にインターネットの商用利用が許可され,パ ソコンネットワークとインターネットの接続が始まった2)。1995 年の阪神 淡路大震災の際インターネットが有用であったことを認められると,利用 者数は一挙に急増した。「インターネット元年」といわれたその年から, 利用者は年々伸張して数年を待たずに日本国内での普及率が 50% を超え た。その後,インターネットを活用した様々なサービスが提供されるよう になった。提供されるサービスが増えれば増える程,利便性も大いに高ま った。そして,2007 年に米アップル社が発売したスマートフォン, iPhone の登場によって高度な「ネット社会」が到来したのである。 「グローバリゼーションの進展」,「情報通信技術とネットワークの進化」 がシンクロナイズして,より大きな地殻変動をもたらすエネルギーが創出 された。その中で変動をいっそう大きなものとしたのは,誰もが想定して
単位:% 100.0 90.0 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 図表 2 インターネットの普及率 (1997-2010) 出所:総務省「通信利用動向調査」(各年版) 累計 日別 死者 回復者 その他の感染者 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 万人 1月 4月 7月 10月 図表 3 新型コロナの世界感染者数推移(2020 年 1 月-11 月) 出所:REUTERS グラフィックス https://graphics.reuters.com/CHINA-HEALTH-MAP-LJA/0100B5FZ3S1/index.html いなかった,あるいは多くの専門家だけは想定していた出来事であった。 地球規模に広がった COVID-19(新型コロナ感染症)によるパンデミックで ある。以来 1 年以上の時が過ぎようとしている現在にあっても,世界的な パンデミックに効果的な治療薬は未だ研究途上にあり3),感染拡大が終息 する気配はみられない。むしろ 2021 年初めには,感染者数約 1 億人,死 者数約 200 万人となり,犠牲者の数は日々増加しつつある。 各国政府の対応や対策はさまざまであるが,いわゆる「ビフォー・コロ ナ」状態に戻った国や地域はほとんどみられない4)。今後,われわれが以 前のような日常生活を送ることが可能になるのかどうかも疑問である。ど ちらかといえば否定的であろう。少なくとも,わが国のメディアや政権は, ポジティブには捉えていないようである。4 月から 6 月の四半期ベースで GDP が年率 30% 減となった経済状況を少しでも回復させるために危険な カンフル剤を投入したが5),その一方で,「アフター・コロナ」,「ウィズ・ コロナ」や「ニュー・ノーマル」といった言葉は「これまでとは違った生 活が始まる」ことを想起させる。繰り返しにはなるが,今次の新しい日常 への歩みは,これ以前に始まっていたと考えられる。 地球規模の「自然災害やパンデミックの脅威」が,「グローバリゼーシ ョンの進展」と「情報通信技術とネットワークの進化」によって社会構造 の変化を加速度的に速め,表出化させる契機になっただけのようにも思わ れる。換言すれば,2020 年 1 月こそが,未曽有の指数関数的社会変化の 時代へのゲートであったということである。 ここでは,日本企業の行動変化,革新や変革をキーワードに,「グロー バリゼーションの進展」と「情報通信技術とネットワークの進化」,「自然 災害やパンデミックの脅威」という 3 つの要因が収束して創出されるエネ ルギーによって到来する指数関数的社会変化前夜の情景を振返っておくこ とにしたい。
単位:% 100.0 90.0 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 図表 2 インターネットの普及率 (1997-2010) 出所:総務省「通信利用動向調査」(各年版) 累計 日別 死者 回復者 その他の感染者 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 万人 1月 4月 7月 10月 図表 3 新型コロナの世界感染者数推移(2020 年 1 月-11 月) 出所:REUTERS グラフィックス https://graphics.reuters.com/CHINA-HEALTH-MAP-LJA/0100B5FZ3S1/index.html いなかった,あるいは多くの専門家だけは想定していた出来事であった。 地球規模に広がった COVID-19(新型コロナ感染症)によるパンデミックで ある。以来 1 年以上の時が過ぎようとしている現在にあっても,世界的な パンデミックに効果的な治療薬は未だ研究途上にあり3),感染拡大が終息 する気配はみられない。むしろ 2021 年初めには,感染者数約 1 億人,死 者数約 200 万人となり,犠牲者の数は日々増加しつつある。 各国政府の対応や対策はさまざまであるが,いわゆる「ビフォー・コロ ナ」状態に戻った国や地域はほとんどみられない4)。今後,われわれが以 前のような日常生活を送ることが可能になるのかどうかも疑問である。ど ちらかといえば否定的であろう。少なくとも,わが国のメディアや政権は, ポジティブには捉えていないようである。4 月から 6 月の四半期ベースで GDP が年率 30% 減となった経済状況を少しでも回復させるために危険な カンフル剤を投入したが5),その一方で,「アフター・コロナ」,「ウィズ・ コロナ」や「ニュー・ノーマル」といった言葉は「これまでとは違った生 活が始まる」ことを想起させる。繰り返しにはなるが,今次の新しい日常 への歩みは,これ以前に始まっていたと考えられる。 地球規模の「自然災害やパンデミックの脅威」が,「グローバリゼーシ ョンの進展」と「情報通信技術とネットワークの進化」によって社会構造 の変化を加速度的に速め,表出化させる契機になっただけのようにも思わ れる。換言すれば,2020 年 1 月こそが,未曽有の指数関数的社会変化の 時代へのゲートであったということである。 ここでは,日本企業の行動変化,革新や変革をキーワードに,「グロー バリゼーションの進展」と「情報通信技術とネットワークの進化」,「自然 災害やパンデミックの脅威」という 3 つの要因が収束して創出されるエネ ルギーによって到来する指数関数的社会変化前夜の情景を振返っておくこ とにしたい。
図表 4 半導体産業の勢力図 出所:semi comportall 2019 1986 年 1 位 NEC 日本 2 位 日立 日本 3 位 東芝 日本 4 位 モトローラ 米国 5 位 TI 米国 6 位 フィリップス オランダ 7 位 富士通 日本 8 位 松下電器 日本 9 位 三菱電機 日本 10 位 インテル 米国 2019 年 1 位 インテル 米国 2 位 サムスン電子 韓国 3 位 TSMC 台湾 4 位 SK ハイニックス 韓国 5 位 マイクロン 米国 6 位 ブロードコム 米国 7 位 クアルコム 米国 8 位 ニヴィディア 米国 9 位 TI 米国 10 位 HiSillcon 中国 図表 5 為替相場 (1972~1990) 出所:日本銀行(東京市場 ドル・円 スポット 17 時時点/月中平均) 単位:円 350 300 250 200 150 100 50 0 1973 年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年 1990年 ù.グローバリゼーションの進展 指数関数的社会変化をもたらすであろう要因の一つは,「グローバリゼ ーションの進展」であり,それが創出するエネルギーである。 (1)国際化の時代 企業活動をベースに考えてみると,「グローバリゼーションの進展」の 最初のフェーズは,1970 年代半ばに始まる「国際化の時代」である。 第一次オイルショック後,減量経営を確立して,1980 年代を通じて国 際的に事業を広げ世界経済をリードしてきたのは,日本の大企業であった。 同時代,半導体製造ランキングのトップ 10 社の半数以上を日本企業が占 めていたし,自動車産業でも米国を抜き世界市場シェアの半分以上を日本 メーカーが占有していた。当時最先端技術産業であったコンピュータ業界 でも,ハードウエアでは米国企業にḮ色なく,技術面でも品質面でも日本 企業は競争優位を構築していた。多くの日本企業が戦後の高度経済成長を 実現する中で慣行となった「終身雇用,年功序列,企業内労働組合」の三 種の神器に象徴される日本的経営は,1980 年代を通して世界の名だたる 企業から賞賛を受けると同時に,多くの経済学者や経営学者がその特質に こそ成功の秘訣があるとして,さまざまな視点から分析を行い理論を展開 した6)。 確かに,この時代の家電製品や自動車など工業製品のうち,世界市場で 人気を集めていたのは「メイド・イン・ジャパン」であった。当時日本メ ーカーの生産拠点のほとんどは日本国内にあり,海外で一貫生産工場を構 える企業はわずかであったから,製品は正真正銘本物の日本製であった7)。 日本メーカーが海外生産拠点の開設に本格的に取り組むようになったのは, 1986 年 11 月のプラザ合意以降である。相対的に円安ドル高傾向の為替相 場によって慢性的な貿易赤字に陥っていた米国主導の為替誘導によって, それまで 1USD = 235 円で推移してきた交換レートが一年後には一挙に 1USD = 150 円までになった8)。そのため,本格的な海外進出を進めてい
図表 4 半導体産業の勢力図 出所:semi comportall 2019 1986 年 1 位 NEC 日本 2 位 日立 日本 3 位 東芝 日本 4 位 モトローラ 米国 5 位 TI 米国 6 位 フィリップス オランダ 7 位 富士通 日本 8 位 松下電器 日本 9 位 三菱電機 日本 10 位 インテル 米国 2019 年 1 位 インテル 米国 2 位 サムスン電子 韓国 3 位 TSMC 台湾 4 位 SK ハイニックス 韓国 5 位 マイクロン 米国 6 位 ブロードコム 米国 7 位 クアルコム 米国 8 位 ニヴィディア 米国 9 位 TI 米国 10 位 HiSillcon 中国 図表 5 為替相場 (1972~1990) 出所:日本銀行(東京市場 ドル・円 スポット 17 時時点/月中平均) 単位:円 350 300 250 200 150 100 50 0 1973 年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年 1987年 1988年 1989年 1990年 ù.グローバリゼーションの進展 指数関数的社会変化をもたらすであろう要因の一つは,「グローバリゼ ーションの進展」であり,それが創出するエネルギーである。 (1)国際化の時代 企業活動をベースに考えてみると,「グローバリゼーションの進展」の 最初のフェーズは,1970 年代半ばに始まる「国際化の時代」である。 第一次オイルショック後,減量経営を確立して,1980 年代を通じて国 際的に事業を広げ世界経済をリードしてきたのは,日本の大企業であった。 同時代,半導体製造ランキングのトップ 10 社の半数以上を日本企業が占 めていたし,自動車産業でも米国を抜き世界市場シェアの半分以上を日本 メーカーが占有していた。当時最先端技術産業であったコンピュータ業界 でも,ハードウエアでは米国企業にḮ色なく,技術面でも品質面でも日本 企業は競争優位を構築していた。多くの日本企業が戦後の高度経済成長を 実現する中で慣行となった「終身雇用,年功序列,企業内労働組合」の三 種の神器に象徴される日本的経営は,1980 年代を通して世界の名だたる 企業から賞賛を受けると同時に,多くの経済学者や経営学者がその特質に こそ成功の秘訣があるとして,さまざまな視点から分析を行い理論を展開 した6)。 確かに,この時代の家電製品や自動車など工業製品のうち,世界市場で 人気を集めていたのは「メイド・イン・ジャパン」であった。当時日本メ ーカーの生産拠点のほとんどは日本国内にあり,海外で一貫生産工場を構 える企業はわずかであったから,製品は正真正銘本物の日本製であった7)。 日本メーカーが海外生産拠点の開設に本格的に取り組むようになったのは, 1986 年 11 月のプラザ合意以降である。相対的に円安ドル高傾向の為替相 場によって慢性的な貿易赤字に陥っていた米国主導の為替誘導によって, それまで 1USD = 235 円で推移してきた交換レートが一年後には一挙に 1USD = 150 円までになった8)。そのため,本格的な海外進出を進めてい
単位:% 単位:10億円 600,000 500,000 400,000 300,000 200,000 100,000 0 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 図表 6 日本の実質 GDP と成長率(1980 年~2011 年)
出所:World Economic Outlook Database, October 2020
なかった日本企業も,生産拠点や R&D拠点の海外移転を強いられるよう になったのである。 (2)グローバリゼーション黎明期 急拡大する内需,減量経営,それに伴う余剰生産物の輸出によって経済 成長を実現し,「21 世紀は日本の世紀になる」とまでいわれ期待された日 本経済であったが,1990 年代初頭のバブル経済崩壊と同時に,一挙にそ のパワーを減退させることになった。それまで放っていた輝きは失われ, 世界市場での日本企業の優位性が損なわれた。それに対して,1980 年代 には経済的に日本の強さに押され気味で負け組になっていた欧米先進国が 政治的にも経済的にも強さを取り戻した。1990 年代から 2000 年代前半に かけて旧東欧社会との統合などさまざまな苦難やコンフリクトを経験しな がらも,EU 発足,通貨統合などを実現して,欧州は世界第二位の巨大市 場を形成してその勢力を強め成長してきた。 他方,アジア地域でも,急速な経済成長を達成した「アジアの四小龍」 として知られる韓国・台湾・香港・シンガポールの NIEs 諸国9)を筆頭に, タイやマレーシアなど ASEAN 諸国もグローバル経済をݗ引する「中進 国」として力を発揮するようになった。もっとも,1997 年タイに端を発 するアジア金融危機によって,それら国々の目論見も一時的に頓挫するこ とになったものの,その後見事に復活を遂げている。この金融危機を招く ことなった原因も,急速に進んだ経済のボーダーレス化にあった。世界的 に金融緩和が進んだ結果,地球規模で投機資金が移動することが可能にな り,一国一地域,-政府の経済力や思惑だけで経済活動をコントロールす ることはもはや困難になったのである。 しかも 21 世紀になると,人口 14 億人の中国を筆頭に,12 億人を抱え るインド,2 億人のブラジル,1.5 億人のロシアといった BRICs 諸国が, 巨大な自国市場と自国内に豊富な資源を武器にして,グローバル経済の表 舞台で活躍するようになった。それまで日米欧の先進国を中心として展開 してきた三極体制から,2000 年以降,経済の中心が地球規模に点在する
多中心的国際経済構造(Multi Centered Global Ecosystem: MCGE)へと変化し始
めたのである。 MCGE の一つのコアに台頭してきた中国は,90 年代後半から 10 年以上 にわたって「世界の工場」と呼ばれ,年率 10% を超える高度経済成長を 続けてきた。2001 年の WTO への加盟を機にして市場を開放すると,一 躍世界経済のݗ引車としての役割を果たすようになった。2008 年の北京 オリンピック,そして 2010 年の上海万国博覧会と先進国への登龍門とも いうべきイベントを成功させ,経済基盤を盤石なものにしてきた。しかも, 2008 年のリーマンショックの時も欧米諸国が厳しい経済状況に追い込ま れたのとは対照的に,その影響が比較的軽微であったこともあって成長ス ピードこそ鈍化したもののプラスの経済成長を続けてきた。2010 年代に
単位:% 単位:10億円 600,000 500,000 400,000 300,000 200,000 100,000 0 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 図表 6 日本の実質 GDP と成長率(1980 年~2011 年)
出所:World Economic Outlook Database, October 2020
なかった日本企業も,生産拠点や R&D拠点の海外移転を強いられるよう になったのである。 (2)グローバリゼーション黎明期 急拡大する内需,減量経営,それに伴う余剰生産物の輸出によって経済 成長を実現し,「21 世紀は日本の世紀になる」とまでいわれ期待された日 本経済であったが,1990 年代初頭のバブル経済崩壊と同時に,一挙にそ のパワーを減退させることになった。それまで放っていた輝きは失われ, 世界市場での日本企業の優位性が損なわれた。それに対して,1980 年代 には経済的に日本の強さに押され気味で負け組になっていた欧米先進国が 政治的にも経済的にも強さを取り戻した。1990 年代から 2000 年代前半に かけて旧東欧社会との統合などさまざまな苦難やコンフリクトを経験しな がらも,EU 発足,通貨統合などを実現して,欧州は世界第二位の巨大市 場を形成してその勢力を強め成長してきた。 他方,アジア地域でも,急速な経済成長を達成した「アジアの四小龍」 として知られる韓国・台湾・香港・シンガポールの NIEs 諸国9)を筆頭に, タイやマレーシアなど ASEAN 諸国もグローバル経済をݗ引する「中進 国」として力を発揮するようになった。もっとも,1997 年タイに端を発 するアジア金融危機によって,それら国々の目論見も一時的に頓挫するこ とになったものの,その後見事に復活を遂げている。この金融危機を招く ことなった原因も,急速に進んだ経済のボーダーレス化にあった。世界的 に金融緩和が進んだ結果,地球規模で投機資金が移動することが可能にな り,一国一地域,-政府の経済力や思惑だけで経済活動をコントロールす ることはもはや困難になったのである。 しかも 21 世紀になると,人口 14 億人の中国を筆頭に,12 億人を抱え るインド,2 億人のブラジル,1.5 億人のロシアといった BRICs 諸国が, 巨大な自国市場と自国内に豊富な資源を武器にして,グローバル経済の表 舞台で活躍するようになった。それまで日米欧の先進国を中心として展開 してきた三極体制から,2000 年以降,経済の中心が地球規模に点在する
多中心的国際経済構造(Multi Centered Global Ecosystem: MCGE)へと変化し始
めたのである。 MCGE の一つのコアに台頭してきた中国は,90 年代後半から 10 年以上 にわたって「世界の工場」と呼ばれ,年率 10% を超える高度経済成長を 続けてきた。2001 年の WTO への加盟を機にして市場を開放すると,一 躍世界経済のݗ引車としての役割を果たすようになった。2008 年の北京 オリンピック,そして 2010 年の上海万国博覧会と先進国への登龍門とも いうべきイベントを成功させ,経済基盤を盤石なものにしてきた。しかも, 2008 年のリーマンショックの時も欧米諸国が厳しい経済状況に追い込ま れたのとは対照的に,その影響が比較的軽微であったこともあって成長ス ピードこそ鈍化したもののプラスの経済成長を続けてきた。2010 年代に
単位:% 単位:10億円 600,000 500,000 400,000 300,000 200,000 100,000 0 6 4 2 0 -2 -4 -6 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 図表 7 2005 年から 2012 年までの経済成長率推移
出所:World Economic Outlook Database, October 2020 なって,習近平政権の下で経済力に裏打ちされた政治的パワーも強化し, 「一帯一路」構想実現をスローガンに開発途上国とも手を組み存在感を強 めている。 また,「2000 年問題」を機に ICT 大国に向けて着実に歩みを進めてきた インドが購買力平価換算で,米国,中国,日本に次ぐ世界第 4 位の経済大 国にまで成長してきた。少子高齢化が急速に進む先進諸国や,一人っ子政 策を展開してきた中国と比較して若年人口の比率が高く,将来にわたって 人口増を見込むことができるインドは,旺盛な消費需要,拡大する貿易・ 直接投資のチャンスなどの点で,近い将来には経済成長が最も期待される 市場である。もっとも,インフラの未整備や経済的格差がもたらす大量な 貧困層,農村部の未発達や労働関連法の未整備,医療・環境などを巡る社 会的諸問題などの解決すべき課題が少なくないのも事実である。 (3)グローバリゼーションの深化 2007 年半ばのサブプライムローン問題に端を発する米リーマンブラザ ース社の破綻と大手コングロマリット AGI 社の経営悪化から連鎖的に実 体経済に拡散したリーマンショックと,その後世界中に広がった金融危機 と景気後退の傷が癒えない中で,東日本大震災と原発問題が日本を,そし て債務危機が欧州を襲った。世界経済をݗ引してきた先進諸国がさらなる 打撃を与えられたのである。とりわけ,わが国の国際的立ち位置は微妙に なりつつある。少子高齢化率世界トップに立ったわが国は,2010 年,10 倍以上の人口を抱え経済成長を続けてきた中国に GDP で追い抜かれた。 今日ではその差が 2 倍以上に広がっている。 その上,わが国の国民一人当たり所得ランキングも大幅に後退している。 1989 年には, GDP 世界第二位,一人当たり GDP でも世界三位を誇って いた日本の経済力は,2000 年にシンガポールに抜かれてアジア・ナンバ ーワンの座から転落すると,OECD 全体の平均よりも低くなってしまった。 しかも,リーマンショック直前まで 20,000 円に届く勢いで上向いていた 株価は一時 7,000 円までに急降下し,ほとんどの企業が業績の下方修正を 余儀なくされた。2012 年以降になって,経済状況が徐々に回復基調に戻 り,今日では株価も 25,000 円台を越えるようになったものの10),国内で は経済格差が広がり,貧困児童の比率も高まりつつある。かつてのような 経済的力強さは全く感じられない。欧州でもギリシャ金融危機をはじめと して,EU 全体の体制が思いのほか脆弱であったことが露呈し,2011 年末 に発表された世界経済見直しではユーロ経済圏の成長率が 0.2% に過ぎず, 先進国経済の厳しい実態を露呈することになった。 こうして長きにわたって世界経済をݗ引してきた欧米先進諸国は,ニュ ーミレニアム(新千年紀)になってわずか 10 年余で経済的パワーを減退さ
せた。それに対して,「低開発国(Lesser Developed Countries)」乃至は「発展
単位:% 単位:10億円 600,000 500,000 400,000 300,000 200,000 100,000 0 6 4 2 0 -2 -4 -6 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 図表 7 2005 年から 2012 年までの経済成長率推移
出所:World Economic Outlook Database, October 2020 なって,習近平政権の下で経済力に裏打ちされた政治的パワーも強化し, 「一帯一路」構想実現をスローガンに開発途上国とも手を組み存在感を強 めている。 また,「2000 年問題」を機に ICT 大国に向けて着実に歩みを進めてきた インドが購買力平価換算で,米国,中国,日本に次ぐ世界第 4 位の経済大 国にまで成長してきた。少子高齢化が急速に進む先進諸国や,一人っ子政 策を展開してきた中国と比較して若年人口の比率が高く,将来にわたって 人口増を見込むことができるインドは,旺盛な消費需要,拡大する貿易・ 直接投資のチャンスなどの点で,近い将来には経済成長が最も期待される 市場である。もっとも,インフラの未整備や経済的格差がもたらす大量な 貧困層,農村部の未発達や労働関連法の未整備,医療・環境などを巡る社 会的諸問題などの解決すべき課題が少なくないのも事実である。 (3)グローバリゼーションの深化 2007 年半ばのサブプライムローン問題に端を発する米リーマンブラザ ース社の破綻と大手コングロマリット AGI 社の経営悪化から連鎖的に実 体経済に拡散したリーマンショックと,その後世界中に広がった金融危機 と景気後退の傷が癒えない中で,東日本大震災と原発問題が日本を,そし て債務危機が欧州を襲った。世界経済をݗ引してきた先進諸国がさらなる 打撃を与えられたのである。とりわけ,わが国の国際的立ち位置は微妙に なりつつある。少子高齢化率世界トップに立ったわが国は,2010 年,10 倍以上の人口を抱え経済成長を続けてきた中国に GDP で追い抜かれた。 今日ではその差が 2 倍以上に広がっている。 その上,わが国の国民一人当たり所得ランキングも大幅に後退している。 1989 年には, GDP 世界第二位,一人当たり GDP でも世界三位を誇って いた日本の経済力は,2000 年にシンガポールに抜かれてアジア・ナンバ ーワンの座から転落すると,OECD 全体の平均よりも低くなってしまった。 しかも,リーマンショック直前まで 20,000 円に届く勢いで上向いていた 株価は一時 7,000 円までに急降下し,ほとんどの企業が業績の下方修正を 余儀なくされた。2012 年以降になって,経済状況が徐々に回復基調に戻 り,今日では株価も 25,000 円台を越えるようになったものの10),国内で は経済格差が広がり,貧困児童の比率も高まりつつある。かつてのような 経済的力強さは全く感じられない。欧州でもギリシャ金融危機をはじめと して,EU 全体の体制が思いのほか脆弱であったことが露呈し,2011 年末 に発表された世界経済見直しではユーロ経済圏の成長率が 0.2% に過ぎず, 先進国経済の厳しい実態を露呈することになった。 こうして長きにわたって世界経済をݗ引してきた欧米先進諸国は,ニュ ーミレニアム(新千年紀)になってわずか 10 年余で経済的パワーを減退さ
せた。それに対して,「低開発国(Lesser Developed Countries)」乃至は「発展
国際的舞台での発言力を高めるようになった。例えば,FTA(自由貿易協 定)や EPA(経済連携協定)などの協議の中で,ASEAN 諸国や韓国をはじ めとしたアジア新興国や,チリ,ブラジル,オーストラリア,南アフリカ などの南半球の国々が重要な役割を演じるようにもなりつつある。その意 味では,経済社会のグローバリゼーションが進展するにつれて,従来の世 界のパワー・バランスの崩壊や覇権交代といった経済態勢の変化がみられ るようになった。 (4)過渡期のグローバリゼーション グローバリゼーションの進化によって世界経済が自由貿易をめざし, MCGE に向けて秩序形成が実現しつつあった 2016 年,グローバリゼーシ ョンの進展を妨げる懸念が顕在化した。グローバリゼーションの先導者で ある米国での出来事である。移民制限や保護主義的な経済政策を打ち出し たトランプ大統領の誕生である。事前の予想に反して女性初の大統領を目 指すヒラリー・クリントン候補に勝利したトランプ大統領は,公約である 「偉大なるアメリカを作る」を実現するために,「自国主義」に徹底的にこ だわった政策を打ち出した。その公約が実際に守られたかどうかへのコメ ントは留保する。また,その是非は㙽も角,4 年の在任期間中に従来の常 識では考えられないような出来事が,国際関係においても,また米国の国 内政治においても頻発したことは事実である。最終的にバイデン氏の勝利 となったが,2020 年 11 月の大統領選でトランプ氏が勝利すれば,ますま す世界経済・政治に対して悪影響が増すことも懸念されていた。2021 年 1 月 20 日までホワイトハウスの主は,依然トランプ大統領であったし,最 期の最期まで抵抗を示した11)。 もう一つの懸念は,欧州での出来事である。2019 年 12 月実施された英 国総選挙の結果,EU からの離脱を推進するボリス・ジョンソン首相率い る政権与党を国民が支持したことである。「人・もの・金」の自由な域内 移動をいち早く実現した欧州で,民意がグローバリゼーションに反対を唱 えた。これまで時間をかけて進展してきた欧州統合の流れが,民主主義の 手続きを経て断ち切られたのである。実質的な離脱までには幾分時間があ るが,離脱が実現すると関税が生じる可能性もあり,英国に生産拠点を置 く外国企業にとっては大きなリスク要因である。また,海外を生産拠点と してきた英国企業もサプライチェーンを含めた再編が必要となる。 直近で起きているこれら二つの出来事は,今後のグローバリゼーション の動向に不透明感を与えている。しかも結果がどうであれ,国内に大きな 「分断」をもたらした米国と英国が,国際社会の中でどのような言動をと っていくかは,今後の「グローバリゼーションの進展」に少なからぬ影響 を与えることは確かである。 その意味でも,「グローバリゼーションの進展」が創出するエネルギー が,われわれの社会に多大な変化を迫る可能性が高いといえるのである。 ú.情報通信技術とネットワークの進化 グローバリゼーションの進展の一方で,この 30 年間に世界の社会的構 造変化を引き起こしたもう一つの要因は,情報通信技術(ICT)の進歩と,そ れに伴って高度化したさまざまな機器や情報インフラ,そして AI(Artificial Intelligence)の登場など「情報通信技術とネットワークの進化」である。 (1)IT 革命とネットバブルの崩壊 1980 年代半ば以降デジタル化が急速に進む中で,半導体の高集積化に よるメモリー量の増大と CPU の処理速度の高速化によって処理能力が高 度になった。そして,1990 年代になるまでに情報ネットワークの基盤が 産業ベースでも確立しつつあった。当時,それは一種のブームにもなり,
バズワードである「SIS(Strategic Information System)」という言葉まで生まれ
国際的舞台での発言力を高めるようになった。例えば,FTA(自由貿易協 定)や EPA(経済連携協定)などの協議の中で,ASEAN 諸国や韓国をはじ めとしたアジア新興国や,チリ,ブラジル,オーストラリア,南アフリカ などの南半球の国々が重要な役割を演じるようにもなりつつある。その意 味では,経済社会のグローバリゼーションが進展するにつれて,従来の世 界のパワー・バランスの崩壊や覇権交代といった経済態勢の変化がみられ るようになった。 (4)過渡期のグローバリゼーション グローバリゼーションの進化によって世界経済が自由貿易をめざし, MCGE に向けて秩序形成が実現しつつあった 2016 年,グローバリゼーシ ョンの進展を妨げる懸念が顕在化した。グローバリゼーションの先導者で ある米国での出来事である。移民制限や保護主義的な経済政策を打ち出し たトランプ大統領の誕生である。事前の予想に反して女性初の大統領を目 指すヒラリー・クリントン候補に勝利したトランプ大統領は,公約である 「偉大なるアメリカを作る」を実現するために,「自国主義」に徹底的にこ だわった政策を打ち出した。その公約が実際に守られたかどうかへのコメ ントは留保する。また,その是非は㙽も角,4 年の在任期間中に従来の常 識では考えられないような出来事が,国際関係においても,また米国の国 内政治においても頻発したことは事実である。最終的にバイデン氏の勝利 となったが,2020 年 11 月の大統領選でトランプ氏が勝利すれば,ますま す世界経済・政治に対して悪影響が増すことも懸念されていた。2021 年 1 月 20 日までホワイトハウスの主は,依然トランプ大統領であったし,最 期の最期まで抵抗を示した11)。 もう一つの懸念は,欧州での出来事である。2019 年 12 月実施された英 国総選挙の結果,EU からの離脱を推進するボリス・ジョンソン首相率い る政権与党を国民が支持したことである。「人・もの・金」の自由な域内 移動をいち早く実現した欧州で,民意がグローバリゼーションに反対を唱 えた。これまで時間をかけて進展してきた欧州統合の流れが,民主主義の 手続きを経て断ち切られたのである。実質的な離脱までには幾分時間があ るが,離脱が実現すると関税が生じる可能性もあり,英国に生産拠点を置 く外国企業にとっては大きなリスク要因である。また,海外を生産拠点と してきた英国企業もサプライチェーンを含めた再編が必要となる。 直近で起きているこれら二つの出来事は,今後のグローバリゼーション の動向に不透明感を与えている。しかも結果がどうであれ,国内に大きな 「分断」をもたらした米国と英国が,国際社会の中でどのような言動をと っていくかは,今後の「グローバリゼーションの進展」に少なからぬ影響 を与えることは確かである。 その意味でも,「グローバリゼーションの進展」が創出するエネルギー が,われわれの社会に多大な変化を迫る可能性が高いといえるのである。 ú.情報通信技術とネットワークの進化 グローバリゼーションの進展の一方で,この 30 年間に世界の社会的構 造変化を引き起こしたもう一つの要因は,情報通信技術(ICT)の進歩と,そ れに伴って高度化したさまざまな機器や情報インフラ,そして AI(Artificial Intelligence)の登場など「情報通信技術とネットワークの進化」である。 (1)IT 革命とネットバブルの崩壊 1980 年代半ば以降デジタル化が急速に進む中で,半導体の高集積化に よるメモリー量の増大と CPU の処理速度の高速化によって処理能力が高 度になった。そして,1990 年代になるまでに情報ネットワークの基盤が 産業ベースでも確立しつつあった。当時,それは一種のブームにもなり,
バズワードである「SIS(Strategic Information System)」という言葉まで生まれ
かね)」が「四大経営資源(人・もの・かね・情報)」に格上げされた。 また,90 年代初頭にはパーソナル・コンピュータ(PC)が先進国を中心 に一般市場にも出回るようになり,直販体制のビジネスモデルを展開した 米 DELL 社の登場などで PC の価格破壊が起こり,消費市場での PC のコ モディティ化が一挙に進んだ。同時に,1965 年米インテル社の創業者ム ーア(Moore, G. E.)が提唱した法則がより顕著になった結果,あらゆる情報 関連機器の価格は,その性能と反比例して年率 30~40% 程度で下落し続 けていた。いわゆる「チープ革命」である12)。 さらに米国でインターネットの民生化が認められると,一般市場でもそ れが急速に広がりをみせるようになった。1995 年,わが国でもインター ネ ッ ト が 本 格 的 に ス タ ー ト す る。米 マ イ ク ロ ソ フ ト 社 が 発 売 し た 「Windows95」が追い風となって普及率も大幅に伸長した。2 年後の 1997 年にはわずか 9.2% に過ぎなかった普及率は,パソコンの高性能化と低価 格化に加えて,ISDN や光ケーブルなどの通信インフラが国家政策の後ろ 盾の下で短期間に改善された。その結果,2005 年までには約 70% になっ ている13)。 こうして商用ベースでの利用が可能になって市場に普及すると,米国を 中心に 1990 年代後半までにインターネットを活用した新規ビジネスを披 瀝するさまざまな IT 企業が次々と登場し,その事業実態や業績に関係な く投資対象となった。黎明期に登場して株式市場に活況をもたらしたネッ ト企業の多くは,投資家にとってあたかも「金の卵を産む雌鳥」の如くで, 現実化していないビジネスでも投資をἤり,スタートアップ企業の巨額な 資金調達を可能にした。急拡大の様相を呈していたインターネット市場は, それほどまでに投資家にとっては魅力的なものであったのである。しかし, すべてのスタートアップ企業が金の卵を産むわけではない。2000 年にな ると,事業実体を伴わない多くの企業が市場からの撤退を余儀なくされた。 その結果,IT バブルが弾け,世界経済は不況に転じてしまった。いわゆ る,「ネットバブルの崩壊」である。いうまでもなく,一部の堅実な企業 は生き残った。その代表的な企業こそ,「GAFA」と呼ばれるプラットフ ォーム企業群である14)。 因みに,新ビジネスの規模が小さく IT バブル崩壊の影響が米国ほど大 きくなかった日本では,当時インターネットが普及する一方で,「ガラケ ー」と呼ばれる携帯電話(フィーチャーフォン)の普及率が 90% を超え一 大勢力となっていた。「ガラパゴス現象」と椰楡されることの多い日本製 携帯電話である。情報通信は NTT ドコモ社が 1999 年に開発した「i モー ド」が高い利便性で人気を博して,若者層を中心に一挙に広がり生活必需 品としての地位を確立していた。わが国では,インターネットと携帯電話 という二つの情報デバイスが別々に進化を遂げていた。その点では,PDA
(Personal Digital Assistant)15)が一般的でインターネットと通信デバイスが共進
化してきたグローバルスタンダードと異なった,やや歪な形で日本のネッ ト社会は進化していたといえる。 (2)進化するインターネット社会 ともあれ,IT バブル崩壊を乗り切り不動の地位を確立するようになっ たのが,「GAFA」である。情報検索サービス会社として起業した米グー グル社(Google),1970 年代半ばに創業された IT 業界の老舗企業であるア ップル社(Apple),ソーシャルネットワークサービス(SNS)として起業した フェイスブック社(Facebook),オンライン書店として起業したアマゾン社 (Amazon)の 4 社である。いずれの企業も,創業間もないスタートアップ期 に起業した事業を核にして,莫大な時価総額を手にしたアントレプレナー がトップマネジメントとして成長に導いた企業である。これら企業は起業 当初展開してきたコアビジネスこそ異なるが,コアテクノロジーは ICT であり,それをベースに独自のビジネスモデルを考案して巨額の利益を生 み出し,M&Aを駆使することで事業ドメインを拡大しながら成長を確保
かね)」が「四大経営資源(人・もの・かね・情報)」に格上げされた。 また,90 年代初頭にはパーソナル・コンピュータ(PC)が先進国を中心 に一般市場にも出回るようになり,直販体制のビジネスモデルを展開した 米 DELL 社の登場などで PC の価格破壊が起こり,消費市場での PC のコ モディティ化が一挙に進んだ。同時に,1965 年米インテル社の創業者ム ーア(Moore, G. E.)が提唱した法則がより顕著になった結果,あらゆる情報 関連機器の価格は,その性能と反比例して年率 30~40% 程度で下落し続 けていた。いわゆる「チープ革命」である12)。 さらに米国でインターネットの民生化が認められると,一般市場でもそ れが急速に広がりをみせるようになった。1995 年,わが国でもインター ネ ッ ト が 本 格 的 に ス タ ー ト す る。米 マ イ ク ロ ソ フ ト 社 が 発 売 し た 「Windows95」が追い風となって普及率も大幅に伸長した。2 年後の 1997 年にはわずか 9.2% に過ぎなかった普及率は,パソコンの高性能化と低価 格化に加えて,ISDN や光ケーブルなどの通信インフラが国家政策の後ろ 盾の下で短期間に改善された。その結果,2005 年までには約 70% になっ ている13)。 こうして商用ベースでの利用が可能になって市場に普及すると,米国を 中心に 1990 年代後半までにインターネットを活用した新規ビジネスを披 瀝するさまざまな IT 企業が次々と登場し,その事業実態や業績に関係な く投資対象となった。黎明期に登場して株式市場に活況をもたらしたネッ ト企業の多くは,投資家にとってあたかも「金の卵を産む雌鳥」の如くで, 現実化していないビジネスでも投資をἤり,スタートアップ企業の巨額な 資金調達を可能にした。急拡大の様相を呈していたインターネット市場は, それほどまでに投資家にとっては魅力的なものであったのである。しかし, すべてのスタートアップ企業が金の卵を産むわけではない。2000 年にな ると,事業実体を伴わない多くの企業が市場からの撤退を余儀なくされた。 その結果,IT バブルが弾け,世界経済は不況に転じてしまった。いわゆ る,「ネットバブルの崩壊」である。いうまでもなく,一部の堅実な企業 は生き残った。その代表的な企業こそ,「GAFA」と呼ばれるプラットフ ォーム企業群である14)。 因みに,新ビジネスの規模が小さく IT バブル崩壊の影響が米国ほど大 きくなかった日本では,当時インターネットが普及する一方で,「ガラケ ー」と呼ばれる携帯電話(フィーチャーフォン)の普及率が 90% を超え一 大勢力となっていた。「ガラパゴス現象」と椰楡されることの多い日本製 携帯電話である。情報通信は NTT ドコモ社が 1999 年に開発した「i モー ド」が高い利便性で人気を博して,若者層を中心に一挙に広がり生活必需 品としての地位を確立していた。わが国では,インターネットと携帯電話 という二つの情報デバイスが別々に進化を遂げていた。その点では,PDA
(Personal Digital Assistant)15)が一般的でインターネットと通信デバイスが共進
化してきたグローバルスタンダードと異なった,やや歪な形で日本のネッ ト社会は進化していたといえる。 (2)進化するインターネット社会 ともあれ,IT バブル崩壊を乗り切り不動の地位を確立するようになっ たのが,「GAFA」である。情報検索サービス会社として起業した米グー グル社(Google),1970 年代半ばに創業された IT 業界の老舗企業であるア ップル社(Apple),ソーシャルネットワークサービス(SNS)として起業した フェイスブック社(Facebook),オンライン書店として起業したアマゾン社 (Amazon)の 4 社である。いずれの企業も,創業間もないスタートアップ期 に起業した事業を核にして,莫大な時価総額を手にしたアントレプレナー がトップマネジメントとして成長に導いた企業である。これら企業は起業 当初展開してきたコアビジネスこそ異なるが,コアテクノロジーは ICT であり,それをベースに独自のビジネスモデルを考案して巨額の利益を生 み出し,M&Aを駆使することで事業ドメインを拡大しながら成長を確保
百万ドル 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 0 2015 2016
google amazon facebook apple microsoft
2017 2018 2019 図表 8 GAFA の業績比較(売上高推移) 出所:各社 Anual Report より作成 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 2000 2003 2006 2009 2012 2015 2018 2020 Microsoft Amazon Google Apple Facebook 図表 9 GAFAM の企業規模(時価総額) 出所:https://note.com/shunkonya/n/n35fd8e9682ee してきた。今日,これら企業の時価総額の合計はおよそ 560 兆円で,英国 の国家予算に匹敵すると言われている16)。 「プラットフォーム・ビジネス」17)と呼ばれるビジネスモデルは,今や GAFA を中心に巨大市場となり,ネット社会の進化スピードをさらに加速 させることになった。それに拍車をかけたのは,IT 老舗企業のアップル 社が米国市場を皮切りに上市したスマートフォン iPhone である。スマー トフォン(スマホ)の登場は,携帯電話と PC という二つの情報デバイス の機能を一体化したことによって,いわゆる「ユビキタス・コンピューテ ィング18)」を体現することになった。アップル社は年に一度のハードウエ アのモデルチェンジと,専用 OS である iOS のバージョンアップを頻繁に 行うことによって機能を強化すると同時に,専用で動く数多くのアプリケ ーション(アプリ)を提供することによってスマホ市場という新しいマー ケットを創造したのである。 翌 2008 年から世界市場で販売されて前代未聞のヒット商品となった iPhone は,ファブレスメーカーのアップル社に大きな収益をもたらした のは当然であるが,それを利用するユーザーにとっても計り知れない便益 を与えた。その上,多くの IT 企業にビジネスチャンスを与えることにな ったことはいうまでもない。ただし,iPhone のアプリや,それに装備さ れる機器やアクセサリーを提供する全てのメーカーは,アップル社との厳 密な契約に縛られ,同社のデファクト・スタンダード戦略の下に傅くこと が求められた。 これに対抗したのが情報検索エンジンの雄のグーグル社である。2007 年にオープンソースのスマホ専用 OS,「Android(アンドロイド)」を開発 し,翌年にはそれを搭載したスマホを発売した19)。自国市場にもかかわら ず米国企業に市場を奪われ,時としてその下請け企業の存在に甘んじてい なければならなかった,中国の小米科技社(シャオミ)や華為社(ファーウ エイ),韓国のサムソン社や LG 社,そして日本メーカーのソニー社など がオープンソースのアンドロイド陣営に参集した。結果的に,2020 年段 階でスマホの OS 市場に新参者が参入する伱間はなく,「iOS vs Android」 の二強の戦いとなっている。 急速に普及したスマホは,万民にインターネット利用のチャンスを与え
百万ドル 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 0 2015 2016
google amazon facebook apple microsoft
2017 2018 2019 図表 8 GAFA の業績比較(売上高推移) 出所:各社 Anual Report より作成 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 2000 2003 2006 2009 2012 2015 2018 2020 Microsoft Amazon Google Apple Facebook 図表 9 GAFAM の企業規模(時価総額) 出所:https://note.com/shunkonya/n/n35fd8e9682ee してきた。今日,これら企業の時価総額の合計はおよそ 560 兆円で,英国 の国家予算に匹敵すると言われている16)。 「プラットフォーム・ビジネス」17)と呼ばれるビジネスモデルは,今や GAFA を中心に巨大市場となり,ネット社会の進化スピードをさらに加速 させることになった。それに拍車をかけたのは,IT 老舗企業のアップル 社が米国市場を皮切りに上市したスマートフォン iPhone である。スマー トフォン(スマホ)の登場は,携帯電話と PC という二つの情報デバイス の機能を一体化したことによって,いわゆる「ユビキタス・コンピューテ ィング18)」を体現することになった。アップル社は年に一度のハードウエ アのモデルチェンジと,専用 OS である iOS のバージョンアップを頻繁に 行うことによって機能を強化すると同時に,専用で動く数多くのアプリケ ーション(アプリ)を提供することによってスマホ市場という新しいマー ケットを創造したのである。 翌 2008 年から世界市場で販売されて前代未聞のヒット商品となった iPhone は,ファブレスメーカーのアップル社に大きな収益をもたらした のは当然であるが,それを利用するユーザーにとっても計り知れない便益 を与えた。その上,多くの IT 企業にビジネスチャンスを与えることにな ったことはいうまでもない。ただし,iPhone のアプリや,それに装備さ れる機器やアクセサリーを提供する全てのメーカーは,アップル社との厳 密な契約に縛られ,同社のデファクト・スタンダード戦略の下に傅くこと が求められた。 これに対抗したのが情報検索エンジンの雄のグーグル社である。2007 年にオープンソースのスマホ専用 OS,「Android(アンドロイド)」を開発 し,翌年にはそれを搭載したスマホを発売した19)。自国市場にもかかわら ず米国企業に市場を奪われ,時としてその下請け企業の存在に甘んじてい なければならなかった,中国の小米科技社(シャオミ)や華為社(ファーウ エイ),韓国のサムソン社や LG 社,そして日本メーカーのソニー社など がオープンソースのアンドロイド陣営に参集した。結果的に,2020 年段 階でスマホの OS 市場に新参者が参入する伱間はなく,「iOS vs Android」 の二強の戦いとなっている。 急速に普及したスマホは,万民にインターネット利用のチャンスを与え
2020年1~10月 2019年 2018年 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% iOS 27.70 その他 0.63 iOS 25.85 その他1.71 iOS 24.04 その他3.70 Android 71.67 Android 72.43 Android 72.27 図表 10 スマホ用 OS の世界シェア (2019) 出所:Statcounter 社データから作成 Huawei 17.6% Apple 13.9% Xiaomi 9.2% OPPO 8.3% Others 29.4% Samsung 21.6% 図表 11 スマホメーカー別市場シェアトップ 5
出所:IDC Quarterly Mobile Phone Tracker, Q4 2019, January 30, 2020 による作成
るツールであり,極めて利便性の高いコミュニケーション・ツールである。 情報へのアクセスはもちろんのこと,経済取引をも多様なものとして, B2C,B2B,C2C の関係や,生産者と消費者,生産者と生産者の関係を多 元的なものとした。また,それに乗じて,SNS が人と人との共同作業や コミュニケーションの幅と深さに大きな変化をもたらした。われわれの日 常生活や社会活動を制限してきた時間的・空間的な制約条件を打ち破り, コミュニケーション革命を実現したともいえる。 こうして進化を遂げる情報ネットワークを米ジャーナリストのフリード マン(Freedman T. L.)は,「フラットな世界のプラットフォーム」と呼び, それが引き起こした変化を次のようにいう20)。 「フラットな世界のプラットフォームは,パソコン,光ファイバー,ワ ークフロー・ソフトの発達といったものが集束して生まれた。その集束は 誰も予測しなかった。(中略)世界中の人々が,ある日突然,個人として グローバル化する絶大な力を持っていると気づいた。世界中の個人が競い 合っているのを,これまで以上に意識しなければならなくなり,しかもた だ競い合うのではなく,協力する機会もまた飛躍的に増えた21)。」 スマホというデバイスを含めた情報インフラの進化は,さまざまなサー ビスを生み出し市場構造を変えてきたことはいうまでもない。そして,そ の進化がこれからも継続していくことは確実である。例えば,魅力的なサ イトを立ち上げ一人でも多くの人を集客し,できるだけ長くそこに留まっ てもらうことを目的としたインターネットの活用から,不特定多数の人々 が参加しサービスの受動的な享受者ではなく,能動的な表現者,サービス の提供者となることができるようになったのも,あるいは,個人情報保護 に抵触することなくビッグデータとして情報を収集・分析することによっ て,従来では不可能であった方法でマーケティング活動が行われるように なったのも,多くの人々がスマホを所有しネットにアクセスするようにな ったからである。さらに情報インフラの進化は,スマートシティ構想によ って街を変え,ドローンによる配送や SCM などロジスティックスの常識 を変え,電子マネーの登場によって資本市場を変え,ギグエコノミー22)や リモート・オフィスのように働き方までも変えている。 こうした流れについていけない企業があるとすれば,それは即刻市場か
2020年1~10月 2019年 2018年 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% iOS 27.70 その他 0.63 iOS 25.85 その他1.71 iOS 24.04 その他3.70 Android 71.67 Android 72.43 Android 72.27 図表 10 スマホ用 OS の世界シェア (2019) 出所:Statcounter 社データから作成 Huawei 17.6% Apple 13.9% Xiaomi 9.2% OPPO 8.3% Others 29.4% Samsung 21.6% 図表 11 スマホメーカー別市場シェアトップ 5
出所:IDC Quarterly Mobile Phone Tracker, Q4 2019, January 30, 2020 による作成
るツールであり,極めて利便性の高いコミュニケーション・ツールである。 情報へのアクセスはもちろんのこと,経済取引をも多様なものとして, B2C,B2B,C2C の関係や,生産者と消費者,生産者と生産者の関係を多 元的なものとした。また,それに乗じて,SNS が人と人との共同作業や コミュニケーションの幅と深さに大きな変化をもたらした。われわれの日 常生活や社会活動を制限してきた時間的・空間的な制約条件を打ち破り, コミュニケーション革命を実現したともいえる。 こうして進化を遂げる情報ネットワークを米ジャーナリストのフリード マン(Freedman T. L.)は,「フラットな世界のプラットフォーム」と呼び, それが引き起こした変化を次のようにいう20)。 「フラットな世界のプラットフォームは,パソコン,光ファイバー,ワ ークフロー・ソフトの発達といったものが集束して生まれた。その集束は 誰も予測しなかった。(中略)世界中の人々が,ある日突然,個人として グローバル化する絶大な力を持っていると気づいた。世界中の個人が競い 合っているのを,これまで以上に意識しなければならなくなり,しかもた だ競い合うのではなく,協力する機会もまた飛躍的に増えた21)。」 スマホというデバイスを含めた情報インフラの進化は,さまざまなサー ビスを生み出し市場構造を変えてきたことはいうまでもない。そして,そ の進化がこれからも継続していくことは確実である。例えば,魅力的なサ イトを立ち上げ一人でも多くの人を集客し,できるだけ長くそこに留まっ てもらうことを目的としたインターネットの活用から,不特定多数の人々 が参加しサービスの受動的な享受者ではなく,能動的な表現者,サービス の提供者となることができるようになったのも,あるいは,個人情報保護 に抵触することなくビッグデータとして情報を収集・分析することによっ て,従来では不可能であった方法でマーケティング活動が行われるように なったのも,多くの人々がスマホを所有しネットにアクセスするようにな ったからである。さらに情報インフラの進化は,スマートシティ構想によ って街を変え,ドローンによる配送や SCM などロジスティックスの常識 を変え,電子マネーの登場によって資本市場を変え,ギグエコノミー22)や リモート・オフィスのように働き方までも変えている。 こうした流れについていけない企業があるとすれば,それは即刻市場か
らの退出を求められることにもなる。また,かつてはデジタル・デバイド と呼ばれ,多少の不便を受ける弱者として社会から守られていた個人も, もはや守られることを期待することはできなくなりつつある。それどころ か,そうした人々は社会と隔絶されるか,あるいは放っておかれ,そして 仮に 3 世代以上当該技術の進歩から遅れてしまうと,キャッチアップする チャンスすら与えられないかもしれない。 (3)指数関数的変化の到来
さらに,ICT の進化は,人工知能(Artificial Intelligence: AI)を社会の表舞
台に登場させた。自動学習力をもつ AI は,データを取りこむことによっ て,認識能力や判断能力を自動的に向上させることが可能である。パター ン認識など,コンピュータが最も苦手としていた分野の能力を飛躍的に向 上させることができるようになった。また,自動学習には「ディープラー ニング(深層学習)」と呼ばれる「ニューラルネットワーク(神経系ネットワ ーク)」という機械学習の手法が用いられるようになった。しかも,IT デ バイスの進化と普及に伴って,ビッグデータが容易に入手できるようにな ったことから,それを用いることで,A I の能力が大幅に向上した23)。と いうのも,機械は人間や他の動物のように経験から類推する力がないので, まれにしか現れないさまざまなパターンを含む大量のデータから,対応す べき対象の多様性を学習させる必要があるからである24)。 その能力の高さは,2016 年 3 月,囲碁ソフトの「AlphaGo(アルファゴ ー)」が囲碁の世界チャンピオンであった韓国のイ・セドルに勝利したこ とで一般にも広く知られるようになった。「僕は AI が人間を打ち負かす まで到達していないことを示したいと思う25)」と語っていたチャンピオン を,アルファゴーが 4 勝 1 敗で破った。他方,かつてコンピュータの力が 及ばないと考えられてきた音楽や美術といった芸術の世界にも,AI は踏 み込んでいる。要するに,創造的な仕事は人間のみに許されたものであり, まして機械であるコンピュータにそれを処理することはできないと言い伝 えられてきた常識は,今や伝説になってしまった。 発明家で未来学者であるカーツワイル(Ray Kurzweil)は,「人間が生み出 したテクノロジーの変化の速度は加速していて,その威力は指数関数的な 速度で拡大している。(中略)変化の軌跡を注意深く見守っていないと, まったく思いもよらぬ結果になる26)」と警鐘を鳴らし,2040 年の「シン ギュラリティ(技術的特異点)」の到来を予知している。確かに,機械の能 力が人間を上回り,機械が人間を支配するかどうかについては疑問が残る し27),シンギュラリティに対して否定的な意見を述べる研究者も少なくな いことも事実である。 しかしながら,「グローバリゼーションの進展」と同様に,「情報通信技 術とネットワークの進化」は大きなエネルギーを創出し,われわれの社会 を指数関数的に変化させる可能性があることについては確信がある。 û.自然災害やパンデミックの脅威 人類史上いかなる事象よりも,「グローバリゼーションの進展」と「情 報通信技術とネットワークの進化」がスピーディに進展,進化してきたこ とは確かであろう。しかも,これらの進展・進化は,人類にとって概ねプ ラスの側面が大きかったといえる。もちろん,全くマイナスの影響がなか ったというつもりはないし,場合によってはそうならない方がよかったと いう事柄もあるかもしれない。 これら二つの要因に加えて,社会環境や社会構造,そして企業活動や人 類に対する変化エネルギーを創出するもう一つの要因が「自然災害とパン デミックの脅威」である。そのプラスの側面を明示することは難しいが, 人命が危機に晒されるなどマイナスの側面は少なくない。しかも,自然災 害は時や場所を特定せずに発生する上に,それを予期することが難しいこ とから,犠牲にならなかった人々は「ただ運が良かった」だけだともいえ