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源隆国『安養集』の研究(四)

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安養集巻第四 35   仏迎来不来 ( 253)群疑論六に云う( 『大正蔵』四七、 六七頁下~六八頁中) 、「問う。 『観無量寿経』の九 品往生には、みな阿弥陀仏の本願による来迎があるのに、中品下生にだけ聖衆来迎が説か れていないのはなぜか。答え。下品人でも来迎を得るのだから、中品人もみな来迎を得ら れるはずである。述べられていないのは、訳者が書き落としたか、あるいは省略されたか である。ただし一説には、中品人は菩提心を発さないから、来迎が得られなくても本願に は相違しないと言われる。本願には、菩提心を発した者を迎えると誓われているからであ る。 『 薬 師 経 』( 玄 奘 訳『 薬 師 如 来 本 願 経 』、 『 大 正 蔵 』 一 四、 四 〇 六 頁 中 等 ) に、 薬 師 仏 が 八菩薩を遣わして行者を極楽へと導くと説かれるのは、阿弥陀仏が来迎されないからであ る。 そ れ が こ の 中 品 人 に 当 た る。 ま た『 菩 薩 処 胎 経 』( 巻 三、 『 大 正 蔵 』 一 二、 一 〇 二 八 頁 上)に説かれる懈慢国に生まれる者も、至心に発願しないために来迎を得られない。それ に対して『無量寿経』の三輩は、みな無上菩提心を発すので、すべて来迎を得られるので ある」 (要約)と。 ( 254) 無 量 寿 論 釈 第 三 に 云 ふ( 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 巻 三、 古 逸 )、 「 ま た 次 に 迎 来 多 少 を 明かさば、上品上生は、無量寿仏および二菩薩と、無数の化仏、百千比丘、声聞大衆、無 量諸天等来る。上品中生は、 無量寿仏および二菩薩と、 無量大衆眷属および千化仏等来る。 仏の中に無数と言はず、大衆の中に称類を別せざるは、これはこれ上上に及ばざるゆゑん なり。上品下生は、無量寿仏および二菩薩、諸眷属と五百化仏等なり。化仏は五百を上中 よりも減ず。中品上生は、無量寿仏、諸比丘とともに眷属等来る。化仏は来たりて衆生を 引かず。…… (ここで文章が途切れている。詳細は【現代語訳】で述べる。……筆者註) ……真より化を十方世界に起こし、如来、三輩九品を引接す。化すなはち真なるをもって 不来不去なるも、機に随ひ物に応じて往あり還あり。前経は化の体すなはち真なるによっ

源隆国『安養集』の研究(四)

  

 

て、 来去なしと説き、 観経は真より化を流すによって、 往還あることを現ず。人(人=又?) 西方のある釈に言ふ、 〈実に仏ありて、彼の西方よりしてここに至り、手を授けて迎接し、 また仏、彼の衆生を引いて浄土に往生せしむることあることなし。ただこれ如来の慈悲本 願 功 徳 種 子 の 増 上 縁 力 を も っ て、 諸 の 衆 生 を し て 仏 と 縁 あ ら し め、 仏 を 念 じ、 福 を 修 し、 十六観を作し、諸功徳の力をもって因縁として、因(因=自?)心に阿弥陀仏来迎し、行 者、仏に随って往くことを変現せしむ〉と。彼仏遣来すと言ふは、これ実には遣せず。た だこれ功徳の種子と、所化の生と、時機正しく合して、仏の来迎を見せしむ。ゆゑに彼遣 す と 言 ふ も、 実 に は 遣 せ ず。 阿 弥 陀 仏 の 悲 願 の 功 徳 は、 湛 然 常 寂 に し て、 無 去 無 来 な り。 衆生の識心、諸仏の本願功徳の勝力にて、自心変化し、去(+来?)あって行人を迎摂す ることを、往生することありと見る。これ自心の相(+分?)にして、化(化=他?)に 開(開=関?)って化するにあらざるなり。ゆゑに前経には不来不去と説くは、仏の功徳 に約して説くなり。観経の有来有去は、 衆生の心相に約して説くなり。またある釈に言ふ、 〈如来は機に応じて、またまた変現し、諸の化身を十方に現化して、往生の衆生を迎接す〉 と。彼の諸(+化仏?)は鏡智の大悲より流現す。ゆゑに彼仏、 化を遣して来迎すと言ふ。 しかも化を遣して迎ふこと、摩尼珠・天鼓の思なくして事を成すがごとし。しかも所現の 化に往来あれども、不来と言ふは、これ或は真に約してこの説を作さん。前にすでに釈し をはんぬ」と。 【現代語訳】智光『無量寿経論釈』巻三に云う、 「また次に来迎の聖衆の多少を明かす。上 品上生は、無量寿仏と二菩薩、無数の化仏 ・ 百千比丘 ・ 声聞大衆 ・ 無量諸天等が来迎する。 上品中生は、無量寿仏と二菩薩、無量大衆眷属・千の化仏等が来迎する。仏は無数とは言 は ず、 大 衆 の 種 類 を 別 け て い な い が、 そ こ が 上 品 上 生 に 及 ば な い 所 で あ る。 上 品 下 生 は、 無量寿仏と二菩薩、諸眷属・五百化仏等が来迎する。化仏の数は上品中生よりも五百少な い。中品上生は、無量寿仏と諸比丘・眷属等が来迎する。化仏は来迎しない。 ( …… こ こ で 文 章 が 断 絶 し て い る。 次 の 文 は、 本 引 文 の 末 尾 ま で、 懐 感『 群 疑 論 』 巻 二( 『 大 正 蔵 』 四 七、 三 七 頁 下 ~ 三 八 頁 上 ) に 一 致 す る。 智 光 が 化 仏 不 来 迎 の 理 由 を 求 め て、 『 群 疑 論 』 を 引 用 し た の も し れ な い が、 あ る い は こ の 部 分 に 欠 落 が あ っ て、 実 は『 安 養 集 』 が『 群 疑 論 』 を 引 用 し て い た 可 能 性 も あ る。 『 群 疑 論 』 は、 『 金 剛 般 若 経 』 や『 維 摩 経 』 に は 如 来 は 不 来 不 去 で あ る と 説 く の に、 『 観 無 量 寿 経 』 に 仏 の 来 迎 を 説 く の は な ぜ か と 問 い、 次のように答えている。……筆者註)   如来が真如より立ち上がって、十方世界に向かって化(教化の活動)を起こし、三輩九 品人を救われる。その化は、真如の立場から見ると不来不去であるけれども、衆生の機根 に 応 じ て 往 還 を 現 わ さ れ る の で あ る。 『 金 剛 般 若 経 』 等 は 化 の 体 が 真 で あ る と い う 立 場 か ら不来不去と説き、 『観無量寿経』は真より化を起こして、往還を現されるのである。

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  ま た 西 方 の 論 師 は 次 の よ う に 言 う。 〈 仏 が 西 方 よ り 娑 婆 に 来 て 手 を 差 し 伸 べ て 迎 接 す る と説かれたり、あるいは仏は衆生の手を引いて浄土に往生させるなどということはないと 説かれたりする。それは、如来が慈悲心より発された本願の功徳種子の増上縁の力によっ て、 多くの衆生に、 仏と縁を結ばせ、 仏を念じさせ、 福を修めさせ、 十六観を行じさせて、 それらの功徳の力を因縁として、行者の心に阿弥陀仏の来迎の相や、自身が仏に随って往 生する姿を現出させることを言うのである〉と。阿弥陀仏が遣来すると説かれるが、実体 として遣来するのではない。本願の功徳の種子と、それを修めた衆生の心とがぴったりと 符合して、仏の来迎を見せてくださるのである。だから遣来すると説かれるけれども、実 体としては遣来しないのである。阿弥陀仏の大悲の誓願の功徳は、寂滅不動であり、行っ たり来たりするものではない。衆生の心が仏の本願の功徳の力によって動かされ、来迎や 往生の相を見るのである。これは衆生の自分の心の相分(客観的側面)であり、他者に関 わるものではない。だから『金剛般若経』等に不来不去と言うのは、仏の功徳の側から説 くのである。 『観無量寿経』に有来有去と言うのは、衆生の心の相の側から説くのである。   ま た 一 説 に は、 〈 如 来 は 衆 生 の 機 根 に 応 じ て 変 現 し、 多 く の 化 身 を 十 方 世 界 に 現 し て、 往生の衆生を迎接される〉と言う。その化身は、 大円鏡智の大悲より現されたものである。 だから阿弥陀仏が化仏を遣して来迎すると説かれるのである。しかもその来迎は、摩尼珠 や天鼓と同様、 意図せずにおのずからなされることである。往来するのに不来と言うのは、 真如の側から説かれたためであろう。すでに述べた通りである」と。 ( 255)群疑論第七に云う( 『大正蔵』四七、 七一頁上~中) 、「問う。 『観仏三昧海経』 (巻五、 『 大 正 蔵 』 一 五、 六 六 九 頁 上 ~ 中 ) に、 〈 父 を 殺 し、 母 を 傷 つ け る な ど し た 罪 人 は、 臨 終 の 時、地獄の犬が変化した黄金の車と、地獄の炎が変化した美女とに迎えられる。罪人はそ れを見て嬉しくなり、 喜んで乗り込むと、 鉄斧を持った美女に身を切り刻まれる〉と言い、 ま た、 〈 四 波 羅 夷 罪 を 犯 し、 仏 法 を 謗 る な ど し た 者 は、 死 の 瞬 間、 痛 み に 狂 い、 汚 物 に ま みれる。すると地獄の鬼が現れて、それを極楽の情景に変化させる。地獄の罪人のうめき 声 が 讃 歌 の よ う に 聞 こ え、 そ の 声 に 欺 さ れ て 地 獄 か ら の 迎 え の 蓮 台 に 乗 り 込 む 〉 と 言 う。 今日私を迎えに来る蓮華が、 地獄の火蓮でないかどうか、 どうしたら分かるのか。 答え。 行 ・ 相・語・仏の四つのことによって地獄の火車でないと判断できる。第一の行、すなわち生 前 の 行 い と は、 『 観 仏 三 昧 海 経 』 の 罪 人 は、 四 波 羅 夷 罪 を 犯 し、 懺 悔 す る こ と な く、 善 師 に も 遇 わ な か っ た の で、 地 獄 の 火 華 を 見 る。 『 観 無 量 寿 経 』 の 下 品 人 も 同 じ く 罪 人 で あ る が、臨終に善師に遇い、至心に念仏することによって罪を滅し、極楽の蓮華に迎えられる のである。大いに異なる。第二に相、 すなわち臨終の状態とは、 『観仏三昧海経』の罪人は、 死 の 瞬 間、 痛 み に 狂 い、 汚 物 に ま み れ る。 『 観 無 量 寿 経 』 の 下 品 人 は、 念 仏 に よ っ て 身 心 共に安らかで、悪想は消滅し、ただ浄土の菩薩を見て妙香を聞く。よって違いを見分けら れ よ う。 第 三 に 語、 す な わ ち 呼 び か け ら れ る 言 葉 と は、 『 観 仏 三 昧 海 経 』 の 罪 人 は、 地 獄 の 罪 人 の う め き 声 を 讃 歌 の よ う に 聞 く。 『 観 無 量 寿 経 』 の 下 品 人 は、 称 名 に よ っ て 罪 が 滅 し た か ら 迎 え に 来 た と い う 声 を 聞 く。 第 四 に 仏 と は、 『 観 仏 三 昧 海 経 』 の 罪 人 は、 地 獄 の 炎が変化した美女に迎えられ、黄金の車に乗り込むと、鉄斧を持った美女に身を切り刻ま れ る。 『 観 無 量 寿 経 』 の 下 品 人 の 前 に は、 阿 弥 陀 仏 が 遣 わ さ れ た 化 仏・ 化 観 世 音 菩 薩・ 化 大 勢 至 菩 薩 が 現 れ る。 以 上 四 つ の こ と に よ っ て、 極 楽 か ら の 蓮 華 が 来 迎 が、 『 観 仏 三 昧 海 経』に言う地獄の火車とは異なることが分かるだろう」 (要約)と。 ( 256) 浄 土 五 会 讃 法 照 に 云 う( 『 浄 土 五 会 念 仏 略 法 事 儀 讃 』、 『 大 正 蔵 』 四 七、 四 八 〇 頁 下) 、「浄土の池は平らかに   瑠璃の地面は輝いて   弥陀は念仏勧めらる   自ら必ず迎える と」 (要約)と。 ( 257) 無 量 寿 経 上 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 一 二、 二 六 八 頁 上 ~ 中 )、 「 も し も 私 が 仏 の 悟 り を 完 成 することができたとしても、その時、あらゆる世界の人々の中に、菩提心を発し、諸の功 徳を修めて、誠心誠意、私の世界に生まれたいと願う者がいて、その者が命終わろうとす る時に、多くの菩薩たちを従えて彼の元に現れることができないならば、私は決して仏の 位には就かない」 (要約)と。 ( 258) 同 経 連 義 述 文 賛 中 に 云 う( 憬 興、 『 大 正 蔵 』 三 七、 一 五 二 頁 上 )、 「 経 の、 〈 設 我 得 仏 〉 より〈不取正覚〉までは、中品人の救いを誓う。菩提心を発す者を迎えると誓われたので あるから、発心しない者を迎えなくとも、本願に違うことはない」 (要約)と。 【考察】   『安養集』巻四の十三論題は、七門の第四「感果」に属し、すべての項目が『観無量寿 経』九品往生段の教説に関連する。臨終来迎から往生極楽までの過程や、九品往生人の行 位などを論ずる項目が集められている。   『観無量寿経』九品往生段は、十世紀の貴族社会に流布した臨終来迎信仰の拠り所であ り、十世紀に興起する比叡山天台宗における浄土教教理研究は、臨終来迎信仰への対応を 目的とするものであった。その先駆に位置する良源 (九一二 ︱ 九八五) 『九品往生義』 は、 『観 無量寿経』九品往生段を註釈して、臨終に聖衆来迎を感得するための方法を示した書であ ると言える。それに続く禅瑜 (九一三 ︱ 九九〇) 『阿弥陀新十疑』 や千観 (九一八 ︱ 九八三) 『十願発心記』等、十世紀の著述にも同様の意図が看取される。彼らは、 「臨終十念の称名 念仏によって無始以来の罪業が滅せられ、来迎を得て極楽に往生することができる」とい う見解を提示している。

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  源信は、その見解に対する批判の意を込めて『往生要集』を著し、阿弥陀念仏を単なる 滅罪法ではなく、大乗菩薩道の実践として意味づけるための教理を組織した。 『往生要集』 に提示された念仏の中心は、菩提心を発して阿弥陀仏の色身を観想することであり、それ に堪えられない悪人に対しては称名念仏を勧めている。源信は、往生のためには臨終正念 の現前による臨終来迎の感得が必須であると言い、行者をその境地に導く「臨終行儀」の 実践として、五念門と自往生観からなる「十事勧念」の方法を提示している。臨終来迎信 仰への対応は、 『往生要集』においても主要な課題であったことが知られるのである。   『 安 養 集 』 は 当 然 そ れ を 踏 ま え て い る が、 『 往 生 要 集 』 が 論 じ 尽 く し た 臨 終 行 儀 の 諸 問 題 な ど に は 触 れ て い な い。 本 巻 に 掲 げ ら れ た 十 三 論 題 の 中、 『 往 生 要 集 』 の 論 述 を 継 承 す る と 見 ら れ る の は、 「 39 開 遅 速 」「 41 量 」「 43 生 多 少 」「 45 輩 九 品 異 同 」「 46 品 往 生 階 級 」「 47 輩 九 品 階 位 」 の 六 項 目 で あ る。 加 え て 本 巻 に は、 良 源『 九 品 往 生 義 』 の 論 述 を 承 け た と 思 わ れ る 項 目 が い く つ か あ る。 「 36 品 所 乗 異 」「 40 道 時 異 」「 41 量」 「 45 三輩九品異同」 「 46 九品往生階級」 「 47 三輩九品階位」である。 『観無量寿経』九 品 往 生 段 を 出 拠 と す る 本 巻 諸 項 目 の 編 集 に あ た っ て は、 『 九 品 往 生 義 』 も 参 照 さ れ た こ と がうかがわれるのである。よってそれらの項目では、 『往生要集』に加えて、 『九品往生義』 との関係についても検討したい。   本 項「 35 迎 来 不 来 」 に は、 臨 終 来 迎 の 有 無 に 関 連 す る 要 文 が 掲 げ ら れ て い る。 『 往 生 要集』大文第二「欣求浄土」の第一「臨終来迎楽」の項には、聖衆来迎の様相を紹介して い る が、 来 迎 衆 の 九 品 に よ る 差 異 な ど の 問 題 に つ い て は 議 論 さ れ て い な い。 『 安 養 集 』 は ここに六文を挙げて、 『往生要集』が扱わなかった問題を提示しているのである。   その冒頭( 253)『群疑論』は、 『観無量寿経』中品下生段に臨終来迎が説かれていないこ と の 理 由 を 問 い、 答 え て、 略 さ れ て い る だ け で 本 来 は あ る と い う 説 と、 『 観 無 量 寿 経 』 中 品人は菩提心を発さなかったから来迎が得られなかったのであるという説とを挙げるもの で あ る。 『 往 生 要 集 』 が 扱 わ な か っ た 問 題 で あ る が、 こ こ に 懐 感 が 引 用 し た『 薬 師 経 』 の 文は、迦才『浄土論』巻中( 『大正蔵』四七、 九四頁中)に、極楽への往生を勧める経論を 列挙する中に引用され、そのことを源信は『往生要集』大文第三「極楽証拠」の第一「対 十方」の項に取り上げている。源信はあくまでも『薬師経』の文を、往生極楽を勧める教 説として紹介したのであり、阿弥陀仏の来迎を得られない中品人を救う教説であるとする 『群疑論』 の見解には言及していない。 『安養集』 は、 『往生要集』 の引文を手がかりとして、 源信とは違った観点で『薬師経』の文を評価する見解をここに紹介しているのである。   ( 254)智光『無量寿経論釈』は、九品往生の各段における来迎衆の相違について述べた 文である。やはり 『往生要集』 には論ぜられなかった問題である。上上品から順に述べて、 中上品で終わっている。おそらくこれ以下にも文章が続いていたはずであり、筆写の段階 で 脱 落 が あ っ た も の と 思 わ れ る。 そ の 後 に 続 く 文 は、 『 群 疑 論 』 巻 二 の 文 で あ り、 智 光 が 引 用 し た も の か、 あ る い は 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 の 文 に 続 い て、 『 安 養 集 』 が 掲 げ た 要 文 であるのかはわからない。内容は、 『般若経』の不来不去の立場と、 『観無量寿経』の来迎 の教説とを会通するもので、これも『往生要集』には論ぜられなかった問題である。   ( 255)『 群 疑 論 』 は、 『 観 仏 三 昧 海 経 』 に 説 く 火 車 来 迎 と、 『 観 無 量 寿 経 』 の 聖 衆 来 迎 と を区別する方法を示したもので、 この文は、 『往生要集』大文第六「別時念仏」の第二「臨 終行儀」の末尾に依用されている。臨終行者の不安を取り除くことを目的として、源信が 自 ら 問 い を 発 し、 『 群 疑 論 』 を 引 い て 答 え と し て い る。 た だ し 本 引 文 に よ る と、 源 信 の 問 い を 含 む 問 答 の 全 体 が『 群 疑 論 』 に 依 る も の で あ る こ と が わ か る。 そ れ は と も か く、 『 安 養 集 』 の 編 者 が、 『 往 生 要 集 』 の 隅 々 ま で も 精 査 し て、 関 連 資 料 の 収 集 に 当 た っ た こ と を うかがわせる要文である。   ( 256)『 浄 土 五 会 念 仏 略 法 事 儀 讃 』 は、 念 仏 に よ っ て 臨 終 来 迎 が 得 ら れ る こ と を 説 く 文 で あ る。 す で に 巻 二「 18 仏 利 益 」 の 項 に 述 べ た が、 『 往 生 要 集 』 に は『 浄 土 五 会 念 仏 略 法事儀讃』 が引用されていない。また源信は 「念仏利益」 の中に臨終来迎を挙げていない。 そ れ ら の こ と を 指 摘 す る 意 図 を も っ て、 『 安 養 集 』 は こ こ に『 浄 土 五 会 念 仏 略 法 事 儀 讃 』 の文を挙げたものと思われる。   ( 257)『無量寿経』は、臨終来迎を誓った第十九願の文、 ( 258)憬興『無量寿経連義述文 賛』はその釈文である。 『往生要集』には、 『無量寿経』第十九願への言及が二箇所に見ら れる。その一つは、大文第三「極楽証拠」の第二「対兜率」の項において、兜率よりも極 楽を勧める理由の一つとして、阿弥陀仏の本願に来迎が誓われていることを挙げる所であ り、もう一つは、大文第六「別時念仏」の第二「臨終行儀」に、臨終の十事勧念を説く中 に、 来 迎 を 誓 っ た 本 願 を 念 ぜ よ と 説 く 所 で あ る。 ( 257) は、 そ れ ら の 論 述 の 出 拠 と し て 挙 げられたものである。また( 258)に提示された、中品人は発心しなかったから来迎が説か れないという見解は、 ( 253)『群疑論』が挙げた一説に符合するもので、第十九願がその根 拠となることを指摘する要文であると言える。 36   九品所乗異 ( 259) 群 疑 論 七 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 七 一 頁 中 ~ 下 )、 「 問 う。 九 品 人 に は 修 行 の 優 劣 に よって、来迎衆の数や蓮華開敷までの時間、蓮華台の荘厳などに差別がある。しかるに上 品下生と下品下生の蓮台が、 同じく〈金華〉であるのはなぜか。答え。三つの見解がある。

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  源信は、その見解に対する批判の意を込めて『往生要集』を著し、阿弥陀念仏を単なる 滅罪法ではなく、大乗菩薩道の実践として意味づけるための教理を組織した。 『往生要集』 に提示された念仏の中心は、菩提心を発して阿弥陀仏の色身を観想することであり、それ に堪えられない悪人に対しては称名念仏を勧めている。源信は、往生のためには臨終正念 の現前による臨終来迎の感得が必須であると言い、行者をその境地に導く「臨終行儀」の 実践として、五念門と自往生観からなる「十事勧念」の方法を提示している。臨終来迎信 仰への対応は、 『往生要集』においても主要な課題であったことが知られるのである。   『 安 養 集 』 は 当 然 そ れ を 踏 ま え て い る が、 『 往 生 要 集 』 が 論 じ 尽 く し た 臨 終 行 儀 の 諸 問 題 な ど に は 触 れ て い な い。 本 巻 に 掲 げ ら れ た 十 三 論 題 の 中、 『 往 生 要 集 』 の 論 述 を 継 承 す る と 見 ら れ る の は、 「 39 開 遅 速 」「 41 量 」「 43 生 多 少 」「 45 輩 九 品 異 同 」「 46 品 往 生 階 級 」「 47 輩 九 品 階 位 」 の 六 項 目 で あ る。 加 え て 本 巻 に は、 良 源『 九 品 往 生 義 』 の 論 述 を 承 け た と 思 わ れ る 項 目 が い く つ か あ る。 「 36 品 所 乗 異 」「 40 道 時 異 」「 41 量」 「 45 三輩九品異同」 「 46 九品往生階級」 「 47 三輩九品階位」である。 『観無量寿経』九 品 往 生 段 を 出 拠 と す る 本 巻 諸 項 目 の 編 集 に あ た っ て は、 『 九 品 往 生 義 』 も 参 照 さ れ た こ と がうかがわれるのである。よってそれらの項目では、 『往生要集』に加えて、 『九品往生義』 との関係についても検討したい。   本 項「 35 迎 来 不 来 」 に は、 臨 終 来 迎 の 有 無 に 関 連 す る 要 文 が 掲 げ ら れ て い る。 『 往 生 要集』大文第二「欣求浄土」の第一「臨終来迎楽」の項には、聖衆来迎の様相を紹介して い る が、 来 迎 衆 の 九 品 に よ る 差 異 な ど の 問 題 に つ い て は 議 論 さ れ て い な い。 『 安 養 集 』 は ここに六文を挙げて、 『往生要集』が扱わなかった問題を提示しているのである。   その冒頭( 253)『群疑論』は、 『観無量寿経』中品下生段に臨終来迎が説かれていないこ と の 理 由 を 問 い、 答 え て、 略 さ れ て い る だ け で 本 来 は あ る と い う 説 と、 『 観 無 量 寿 経 』 中 品人は菩提心を発さなかったから来迎が得られなかったのであるという説とを挙げるもの で あ る。 『 往 生 要 集 』 が 扱 わ な か っ た 問 題 で あ る が、 こ こ に 懐 感 が 引 用 し た『 薬 師 経 』 の 文は、迦才『浄土論』巻中( 『大正蔵』四七、 九四頁中)に、極楽への往生を勧める経論を 列挙する中に引用され、そのことを源信は『往生要集』大文第三「極楽証拠」の第一「対 十方」の項に取り上げている。源信はあくまでも『薬師経』の文を、往生極楽を勧める教 説として紹介したのであり、阿弥陀仏の来迎を得られない中品人を救う教説であるとする 『群疑論』 の見解には言及していない。 『安養集』 は、 『往生要集』 の引文を手がかりとして、 源信とは違った観点で『薬師経』の文を評価する見解をここに紹介しているのである。   ( 254)智光『無量寿経論釈』は、九品往生の各段における来迎衆の相違について述べた 文である。やはり 『往生要集』 には論ぜられなかった問題である。上上品から順に述べて、 中上品で終わっている。おそらくこれ以下にも文章が続いていたはずであり、筆写の段階 で 脱 落 が あ っ た も の と 思 わ れ る。 そ の 後 に 続 く 文 は、 『 群 疑 論 』 巻 二 の 文 で あ り、 智 光 が 引 用 し た も の か、 あ る い は 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 の 文 に 続 い て、 『 安 養 集 』 が 掲 げ た 要 文 であるのかはわからない。内容は、 『般若経』の不来不去の立場と、 『観無量寿経』の来迎 の教説とを会通するもので、これも『往生要集』には論ぜられなかった問題である。   ( 255)『 群 疑 論 』 は、 『 観 仏 三 昧 海 経 』 に 説 く 火 車 来 迎 と、 『 観 無 量 寿 経 』 の 聖 衆 来 迎 と を区別する方法を示したもので、 この文は、 『往生要集』大文第六「別時念仏」の第二「臨 終行儀」の末尾に依用されている。臨終行者の不安を取り除くことを目的として、源信が 自 ら 問 い を 発 し、 『 群 疑 論 』 を 引 い て 答 え と し て い る。 た だ し 本 引 文 に よ る と、 源 信 の 問 い を 含 む 問 答 の 全 体 が『 群 疑 論 』 に 依 る も の で あ る こ と が わ か る。 そ れ は と も か く、 『 安 養 集 』 の 編 者 が、 『 往 生 要 集 』 の 隅 々 ま で も 精 査 し て、 関 連 資 料 の 収 集 に 当 た っ た こ と を うかがわせる要文である。   ( 256)『 浄 土 五 会 念 仏 略 法 事 儀 讃 』 は、 念 仏 に よ っ て 臨 終 来 迎 が 得 ら れ る こ と を 説 く 文 で あ る。 す で に 巻 二「 18 仏 利 益 」 の 項 に 述 べ た が、 『 往 生 要 集 』 に は『 浄 土 五 会 念 仏 略 法事儀讃』 が引用されていない。また源信は 「念仏利益」 の中に臨終来迎を挙げていない。 そ れ ら の こ と を 指 摘 す る 意 図 を も っ て、 『 安 養 集 』 は こ こ に『 浄 土 五 会 念 仏 略 法 事 儀 讃 』 の文を挙げたものと思われる。   ( 257)『無量寿経』は、臨終来迎を誓った第十九願の文、 ( 258)憬興『無量寿経連義述文 賛』はその釈文である。 『往生要集』には、 『無量寿経』第十九願への言及が二箇所に見ら れる。その一つは、大文第三「極楽証拠」の第二「対兜率」の項において、兜率よりも極 楽を勧める理由の一つとして、阿弥陀仏の本願に来迎が誓われていることを挙げる所であ り、もう一つは、大文第六「別時念仏」の第二「臨終行儀」に、臨終の十事勧念を説く中 に、 来 迎 を 誓 っ た 本 願 を 念 ぜ よ と 説 く 所 で あ る。 ( 257) は、 そ れ ら の 論 述 の 出 拠 と し て 挙 げられたものである。また( 258)に提示された、中品人は発心しなかったから来迎が説か れないという見解は、 ( 253)『群疑論』が挙げた一説に符合するもので、第十九願がその根 拠となることを指摘する要文であると言える。 36   九品所乗異 ( 259) 群 疑 論 七 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 七 一 頁 中 ~ 下 )、 「 問 う。 九 品 人 に は 修 行 の 優 劣 に よって、来迎衆の数や蓮華開敷までの時間、蓮華台の荘厳などに差別がある。しかるに上 品下生と下品下生の蓮台が、 同じく〈金華〉であるのはなぜか。答え。三つの見解がある。

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第 一 の 説 に は、 下 品 下 生 人 が 見 る の は、 自 ら が 乗 る 花 で は な く 迎 え の 仏 が 乗 る 花 で あ り、 彼は罪障のために仏を見ることができず、仏座も明らかには見えず、それが日輪のように 見えると説かれるのであると言う。第二の説には、下品下生人は罪障のために来迎を感見 できず、ただ金蓮に引かれて往生するのであると言う。第三の説には、同じ金華ではある が、大小勝劣麁妙の違いがあると言う」 (要約)と。 ( 260) 無 量 寿 論 釈 第 三 に 云 ふ( 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 巻 三、 古 逸 )、 「 ま た 次 に 所 持 の 勝 劣 を明かさば、上品上生は、観音菩薩、金剛台を執る。上品中生は、紫金台を持つ。上品下 生は、金蓮華を持つ。中品上生は、蓮華台に坐す。中品中生は、七宝の蓮華を持つ。中品 下生は、経中には了せず。まさ有にして脱すべし。下品上生は、命終に宝蓮華に乗る。下 品中生は、諸天の華に順ふ。下品下生は、命終に金華の日輪のごとくなるを見る」と。 【現代語訳】智光『無量寿経論釈』巻三に云う、 「次に所持する蓮華の勝劣を明かす。上品 上生では、観音菩薩が金剛台を手に持つ。上品中生では、紫金台を持つ。上品下生は、金 蓮 華 を 持 つ。 中 品 上 生 は、 蓮 華 台 に 坐 る。 中 品 中 生 は、 七 宝 の 蓮 華 を 持 つ。 中 品 下 生 は、 経には書かれていない。脱落したのであろう。下品上生は、命終に宝蓮華に乗る。下品中 生は、諸天の華のようである。下品下生は、命終に金華が日輪のように見える」と。 【考察】   本 項「 36 品 所 乗 異 」 に は、 来 迎 の 蓮 台 の 九 品 に よ る 差 別 に つ い て 議 論 す る た め の 要 文が集められている。 『往生要集』には論ぜられなかった問題である。   一 方『 九 品 往 生 義 』 で は、 中 品 中 生 の 釈( 『 仏 全 』 二 四、 二 四 一 頁 下 ) に、 上 品 と 中 品 の蓮台の相違について問い、上品人は菩提心が熟したために金蓮台が迎え、中品上生人は 持戒のゆえに一色の蓮台が、中品中生人は修因不定のために七宝の蓮台が迎えると答える 記述が見え、これが「九品所乗異」という論題名の由来であると思われる。ただし本項に は『九品往生義』の論述の出拠と目されるような要文は挙げられていない。   ( 259)『 群 疑 論 』 は、 上 品 上 生 人 を 迎 え る 金 蓮 華 と、 下 品 下 生 人 が 見 る 金 蓮 華 の 違 い に ついて論ぜられた文であり、そのような議論は『往生要集』にも『九品往生義』にも見ら れない。 ( 260)『無量寿経論釈』は、九品蓮台の相違を挙げた文で、やはり『往生要集』に も『九品往生義』にも言及されていない。   本 項 は、 『 九 品 往 生 義 』 よ り 抽 出 し た 問 題 に よ っ て 設 け ら れ、 そ の 論 義 に 備 え て、 良 源 や源信が言及しなかった要文を集めた項目であると言える。 37   中陰有無 ( 261) 群 疑 論 二 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 四 〇 頁 下 ~ 四 一 頁 中 )、 「 問 う。 穢 土 に 受 生 す る 者 には必ず中陰がある。娑婆から浄土への往生にも中陰があるのか。答え。二説ある。一説 には、中陰はないと言う。此土で命終し、蓮華座の中に生まれるので、死と生陰とが連続 するからであると言う。この説は正しくない。私見によると、蓮華に坐すのは娑婆でのこ とであり、それは浄土の生陰ではない。浄土の生は、彼の宝池に至ってはじめて得られる ものである。浄土は有色の世界であるから、中陰の伝識があって後に浄土の生陰を得るの である。   問う。中陰があると言うならば、浄土の宝池に至ってはじめて華中に入ると考えるべき であろう。なぜ娑婆で華中に入るのか。答え。往生人は福徳が勝れているので、娑婆で中 陰の華に入ることができるのである。浄土に趣く過程が中陰、宝池に至れば生陰である。   問う。浄土の中陰は着衣の状態であるのか。答え。経の文証はないが、着衣だと思われ る。 『 倶 舎 論 』( 巻 九、 『 大 正 蔵 』 二 九、 四 六 頁 上 ) に、 欲 界 の 中 陰 は 無 衣 だ が 色 界 の 中 陰 は着衣であると言う。浄土は色界よりも勝れているので、着衣であろう。   問う。 浄土の中陰ではどのような体勢をとるのか。 答え。 生天の中陰は頭が上で足が下、 地獄は頭が下で足が上、人間・餓鬼・畜生は鳥が飛ぶように水平の体勢をとる。浄土の中 陰は頭が上で足が下である。蓮華の中に坐るという形である。一説には、生天の際は立ち 姿であり、浄土の中陰は坐っていると言う。   問 う。 浄 土 に 趣 く 中 陰 の 間、 十 万 億 の 仏 土 に お い て 食 事 は ど の よ う に す る の か。 答 え。 欲界の中陰では香を食する。浄土の受生まではあっという間なので、食事をする必要もな いが、十万億の仏土を過ぎる間、空中で仏土の香気を食するのである」 (要約)と。 ( 262)無量寿経下( 『大正蔵』一二、 二七二頁中~下)に、中輩の者を説いて云う、 「彼が命 を終えようとする時、無量寿仏が聖衆と共に化身を現される。その姿は真実の仏そのもの である。彼は化仏に随って極楽に往生する」 (要約)と。 ( 263)同経連義述文賛下に云う(憬興、 『大正蔵』三七、 一五九頁中~下) 、「経の、 〈其人臨 終〉 より 〈現其人前〉 までは、 第二に死有の相が現れることを言う。 経の、 〈即随化仏往生其国〉 は、これは第三に中有に浄土に趣くことを言う」 (要約)と。 ( 264) 同 経 述 義 記 中 に 云 ふ 寂 法 師 ( 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中、 古 逸 )、 「 問 ふ。 見 仏・ 来 迎等は何の位にあるや。未だ死せざる時となすや、すでに死したる時となすや。答ふ。こ れまさに終はらんとして、未だすでに死せざる時にあり。命終の位に三種あり。一に明了 心は、通じて善・悪・無記の心を起こす。二に自体愛はただ有覆無記心を起こす。三には 最後不明了心は、ただ異熟無記心あるのみ。この中、見仏・来迎等のことは、すなはち第

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一明了心の位にあり。或はこれすでに死して、中有に趣く時に、欲色の業を転じて、彼に 往生する者は、 まさに中有を受けて彼の処に住すべきがゆゑに。観経に了するがごときは、 〈 自 ら そ の 身 を 見 れ ば、 金 剛 の 台 に 乗 り、 仏 の 後 に 随 従 し て、 弾 指 の 頃 の ご と く に、 彼 国 に往生す〉と。台に乗りて彼に往くは中有にあらず。これ何ぞ中有たらん。行の疾く通ず るがゆゑに。彼此は十万億を隔つといへども、 弾指の頃のごとくに、 よく彼に至るなり」 と。 【 現 代 語 訳 】 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中 に 云 う、 「 問 う。 見 仏・ 来 迎 等 は 何 の 位 で あ る か。 死有の前か、 死有の後か。 答え。 死有の直前である。 命終の位に三種ある。 一は明了心。 これは善 ・ 悪 ・ 無記の心を起こす。二は自体愛。これは有覆無記心(煩悩を伴う無記の心) を 起 こ す。 三 に は 最 後 不 明 了 心。 こ れ は 異 熟 無 記 心( 善 悪 の 業 に 報 い て 起 こ る 無 記 の 心 ) を起こす。この中、見仏来迎等のことは、第一の明了心の位で感得する。あるいは死有の 後、中有に趣く時に、欲界・色界の業を転じて往生する者は、中有を受けてそこに住しな ければならないだろう。ただし『観無量寿経』に、 〈自分の身を見れば、金剛の台に乗り、 仏の後に随従して、あっという間に極楽に往生する〉と説かれるように、蓮台に乗って極 楽に往く間は中有ではない。これ ほ ど速疾に往生できるのだから、 中有であるはずがない。 娑婆と極楽とは十万億仏土の隔たりがあるが、あっという間に到着するのである」と。 ( 265)観経疏 誾 下に云ふ(道誾『観経疏』巻下、 古逸) 、「問ふ。この華台に乗りて往生する 時、これ中蘊たるや、これ生蘊たるや。答ふ。これ生にして中にあらず。下の中品上生の 中に説く、 〈自ら己身を見れば、 蓮華台に坐し、 仏のために礼をなす。未だ頭を挙げざる頃 に、すなはち極楽世界に往生することを得〉と。往生の身を捨てず、すなはち浄土の身な り」と。 【現代語訳】道誾『観経疏』巻下に云う、 「問う。蓮華台に乗って往生する時は、中有か生 有 か。 答 え。 生 有 で あ る。 中 有 で は な い。 次 の 中 品 上 生 の 文 中 に、 〈 自 分 の 身 を 見 れ ば、 蓮華台に坐り、仏に礼拝している。その頭を挙げる前に、即座に極楽世界に往生すること ができる〉と言う。往生の身を捨てることなく、そのまま浄土の身となるのである」と。 【考察】   本 項「 37 陰 有 無 」 に は、 娑 婆 か ら 極 楽 へ の 往 生 の 過 程 に 中 陰( 中 有 ) が あ る の か ど う か と い う 議 論 に 関 連 す る 要 文 が 集 め ら れ て い る。 『 往 生 要 集 』 を は じ め、 先 行 の 比 叡 山 の典籍中には取り上げられなかった問題である。   ( 261)『 群 疑 論 』 は、 中 陰 が あ る と い う 立 場 で あ る。 ( 262)『 無 量 寿 経 』( 263)『 無 量 寿 経 連義述文賛』は、下巻中輩の文とその釈文であるが、憬興も中有があると考えていること がわかる。   ( 264)義寂『無量寿経述義記』は、自ら罪業を滅して往生する者には中有があるけれど も、蓮台に乗って極楽に趣く間を中有とするのではないと言う。   ( 265)道誾『観経疏』も、蓮台に乗っている間は中有ではなく、生有であると言う。   『安養集』は『往生要集』等が扱わなかった問題をここに提示したのである。所掲の要 文を通観すると、唯識教学への言及が多く見受けられることから、本項は法相宗との対論 を意識して設けられた論題であったことが推察される。 38   命終心三性五受分別 ( 266) 観 経 疏 誾 下 に 云 ふ( 道 誾『 観 経 疏 』 巻 下、 古 逸 )、 「 問 ふ。 九 品 往 生 人 の 命 終・ 受 生 は、これ何等の心なるや。答ふ。九品往生浄土の人の、受生命終は、みな悉くこれそれ方 便 善 心 な り。 問 ふ。 い か ん が こ の 命 終 心 は、 こ れ 方 便 善 心 な る を 知 る こ と を 得 る。 答 ふ。 中・上二輩は、みな終に臨む時、仏を見、僧を覩、および正法を聞きて命終す。ゆゑに知 んぬ、 これ方便善心にして命終する人なり。中品上生の人の往生の中に説くがごとし、 〈蓮 華台に坐し、 長跪合掌し、 仏のために礼を作す〉と。この心はこれ方便善心なり。類をもっ て知る、九品受生の心も、またこれ方便善心なることを。此土の受生命終の異熟無記心と は同じからず」と。 【現代語訳】道誾『観経疏』巻下に云う、 「問う。九品往生人の命終・受生は、どのような 心の状態であるのか。答え。九品往生浄土人の受生・命終は、みな方便善心である。   問 う。 命 終 心 が 方 便 善 心 で あ る こ と は、 ど う し て わ か る の か。 答 え。 中 品・ 上 品 人 は、 みな臨終に仏や僧を見、正法を聞いて命終する。だから方便善心の状態で命終すると言え る。 中 品 上 生 の 人 の 往 生 を 説 く 中 に、 〈 蓮 華 台 に 坐 し、 長 跪 合 掌 し て、 仏 に 礼 拝 す る 〉 と 説かれる通りである。この心は方便善心である。そこから類推して、九品往生人の受生の 心も、みな方便善心であることが知られる。娑婆の受生・命終が、異熟無記心であるのと は異なる」と。 無 量 寿 経 述 義 記 寂 法 師 中 に 云 ふ( 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中、 古 逸 )、 中 陰 有 無 の 中 に こ れ を 摂むるがごとし。 【現代語訳】義寂『無量寿経述義記』巻中に云う、 「 37中陰有無」の項( 264)に掲げた通りである。 ( 267) 群 疑 論 五 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 五 七 頁 下 )、 「 問 う。 諸 論 に、 命 終・ 受 生 は 捨 受 ( 憂 受・ 喜 受・ 苦 受・ 楽 受・ 捨 受 の 五 受 の 中、 憂・ 喜・ 苦・ 楽 の い ず れ で も な い 感 受 ) で あると言う。しかるに『観無量寿経』に、歓喜踊躍等と説かれるのは、喜受が強いと思わ れるが、いかがか。答え。一説には穢土の受生には聖衆来迎がないので捨受であるが、浄

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一明了心の位にあり。或はこれすでに死して、中有に趣く時に、欲色の業を転じて、彼に 往生する者は、 まさに中有を受けて彼の処に住すべきがゆゑに。観経に了するがごときは、 〈 自 ら そ の 身 を 見 れ ば、 金 剛 の 台 に 乗 り、 仏 の 後 に 随 従 し て、 弾 指 の 頃 の ご と く に、 彼 国 に往生す〉と。台に乗りて彼に往くは中有にあらず。これ何ぞ中有たらん。行の疾く通ず るがゆゑに。彼此は十万億を隔つといへども、 弾指の頃のごとくに、 よく彼に至るなり」 と。 【 現 代 語 訳 】 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中 に 云 う、 「 問 う。 見 仏・ 来 迎 等 は 何 の 位 で あ る か。 死有の前か、 死有の後か。 答え。 死有の直前である。 命終の位に三種ある。 一は明了心。 これは善 ・ 悪 ・ 無記の心を起こす。二は自体愛。これは有覆無記心(煩悩を伴う無記の心) を 起 こ す。 三 に は 最 後 不 明 了 心。 こ れ は 異 熟 無 記 心( 善 悪 の 業 に 報 い て 起 こ る 無 記 の 心 ) を起こす。この中、見仏来迎等のことは、第一の明了心の位で感得する。あるいは死有の 後、中有に趣く時に、欲界・色界の業を転じて往生する者は、中有を受けてそこに住しな ければならないだろう。ただし『観無量寿経』に、 〈自分の身を見れば、金剛の台に乗り、 仏の後に随従して、あっという間に極楽に往生する〉と説かれるように、蓮台に乗って極 楽に往く間は中有ではない。これ ほ ど速疾に往生できるのだから、 中有であるはずがない。 娑婆と極楽とは十万億仏土の隔たりがあるが、あっという間に到着するのである」と。 ( 265)観経疏 誾 下に云ふ(道誾『観経疏』巻下、 古逸) 、「問ふ。この華台に乗りて往生する 時、これ中蘊たるや、これ生蘊たるや。答ふ。これ生にして中にあらず。下の中品上生の 中に説く、 〈自ら己身を見れば、 蓮華台に坐し、 仏のために礼をなす。未だ頭を挙げざる頃 に、すなはち極楽世界に往生することを得〉と。往生の身を捨てず、すなはち浄土の身な り」と。 【現代語訳】道誾『観経疏』巻下に云う、 「問う。蓮華台に乗って往生する時は、中有か生 有 か。 答 え。 生 有 で あ る。 中 有 で は な い。 次 の 中 品 上 生 の 文 中 に、 〈 自 分 の 身 を 見 れ ば、 蓮華台に坐り、仏に礼拝している。その頭を挙げる前に、即座に極楽世界に往生すること ができる〉と言う。往生の身を捨てることなく、そのまま浄土の身となるのである」と。 【考察】   本 項「 37 陰 有 無 」 に は、 娑 婆 か ら 極 楽 へ の 往 生 の 過 程 に 中 陰( 中 有 ) が あ る の か ど う か と い う 議 論 に 関 連 す る 要 文 が 集 め ら れ て い る。 『 往 生 要 集 』 を は じ め、 先 行 の 比 叡 山 の典籍中には取り上げられなかった問題である。   ( 261)『 群 疑 論 』 は、 中 陰 が あ る と い う 立 場 で あ る。 ( 262)『 無 量 寿 経 』( 263)『 無 量 寿 経 連義述文賛』は、下巻中輩の文とその釈文であるが、憬興も中有があると考えていること がわかる。   ( 264)義寂『無量寿経述義記』は、自ら罪業を滅して往生する者には中有があるけれど も、蓮台に乗って極楽に趣く間を中有とするのではないと言う。   ( 265)道誾『観経疏』も、蓮台に乗っている間は中有ではなく、生有であると言う。   『安養集』は『往生要集』等が扱わなかった問題をここに提示したのである。所掲の要 文を通観すると、唯識教学への言及が多く見受けられることから、本項は法相宗との対論 を意識して設けられた論題であったことが推察される。 38   命終心三性五受分別 ( 266) 観 経 疏 誾 下 に 云 ふ( 道 誾『 観 経 疏 』 巻 下、 古 逸 )、 「 問 ふ。 九 品 往 生 人 の 命 終・ 受 生 は、これ何等の心なるや。答ふ。九品往生浄土の人の、受生命終は、みな悉くこれそれ方 便 善 心 な り。 問 ふ。 い か ん が こ の 命 終 心 は、 こ れ 方 便 善 心 な る を 知 る こ と を 得 る。 答 ふ。 中・上二輩は、みな終に臨む時、仏を見、僧を覩、および正法を聞きて命終す。ゆゑに知 んぬ、 これ方便善心にして命終する人なり。中品上生の人の往生の中に説くがごとし、 〈蓮 華台に坐し、 長跪合掌し、 仏のために礼を作す〉と。この心はこれ方便善心なり。類をもっ て知る、九品受生の心も、またこれ方便善心なることを。此土の受生命終の異熟無記心と は同じからず」と。 【現代語訳】道誾『観経疏』巻下に云う、 「問う。九品往生人の命終・受生は、どのような 心の状態であるのか。答え。九品往生浄土人の受生・命終は、みな方便善心である。   問 う。 命 終 心 が 方 便 善 心 で あ る こ と は、 ど う し て わ か る の か。 答 え。 中 品・ 上 品 人 は、 みな臨終に仏や僧を見、正法を聞いて命終する。だから方便善心の状態で命終すると言え る。 中 品 上 生 の 人 の 往 生 を 説 く 中 に、 〈 蓮 華 台 に 坐 し、 長 跪 合 掌 し て、 仏 に 礼 拝 す る 〉 と 説かれる通りである。この心は方便善心である。そこから類推して、九品往生人の受生の 心も、みな方便善心であることが知られる。娑婆の受生・命終が、異熟無記心であるのと は異なる」と。 無 量 寿 経 述 義 記 寂 法 師 中 に 云 ふ( 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中、 古 逸 )、 中 陰 有 無 の 中 に こ れ を 摂むるがごとし。 【現代語訳】義寂『無量寿経述義記』巻中に云う、 「 37中陰有無」の項( 264)に掲げた通りである。 ( 267) 群 疑 論 五 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 五 七 頁 下 )、 「 問 う。 諸 論 に、 命 終・ 受 生 は 捨 受 ( 憂 受・ 喜 受・ 苦 受・ 楽 受・ 捨 受 の 五 受 の 中、 憂・ 喜・ 苦・ 楽 の い ず れ で も な い 感 受 ) で あると言う。しかるに『観無量寿経』に、歓喜踊躍等と説かれるのは、喜受が強いと思わ れるが、いかがか。答え。一説には穢土の受生には聖衆来迎がないので捨受であるが、浄

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土の受生は来迎があるので喜受であると言う。また一説には、往生浄土の際も捨受の状態 で命終すると言う。喜受では命を捨てられない。歓喜踊躍は命終に臨む心であり、命終の 瞬間ではないと言う」 (要約)と。 ( 268) 無 量 寿 経 義 疏 法 位 下 に 云 ふ( 法 位『 無 量 寿 経 義 疏 』 巻 下、 古 逸 )、 「 初 は 本 有 の 修 因、 二に〈其人〉の下は、死有の善相、三に〈即随〉の下は、中有の所趣、四に〈住不退〉の 下は、生有の獲益なり」と。 【現代語訳】法位『無量寿経義疏』巻下に云う、 「第一は本有の修因を明かす。第二に〈其 人〉の下は、死有の善相を明かす。第三に〈即随〉の下は、中有の状態で極楽に趣くこと を明かす。第四に〈住不退〉の下は、極楽での生有の得益である」と。 ( 269) 観 経 記 下 に 云 ふ 龍 興 ( 龍 興『 観 経 記 』 巻 下、 古 逸 )、 「 得 果 を 明 か す 中、 命 終 の 後、 金蓮華を見、乃至すなはち往生す等とは、これ何時の中に、蓮華を見るものか。もし文相 に着さば、命終すでにをはり、中有生の時、金蓮華を見、生有の時浄にして、すなはち極 楽に生まる」と。 【現代語訳】龍興『観経記』巻下に云う、 「得果を明かす中、命終の後に金蓮華を見て、即 座に往生すると説くが、これはいつ蓮華を見るものか。経文によるならば、命終の後、中 有の時に金蓮華を見、生有の時に浄化されて極楽に生まれると言える」と。 【考察】   本項「 38 命終心三性五受分別」には、 九品往生人の命終心が、 三性(善 ・ 悪 ・ 無記)五受 ( 憂 受・ 喜 受・ 苦 受・ 楽 受・ 捨 受 ) の ど れ に 当 た る か を 論 じ た 要 文 が 集 め ら れ て い る。 前 項同様『往生要集』等には取り上げられなかった問題である。   ( 266)道誾『観経疏』は、方便善心の状態で命終・受生すると言う。   そ の 文 に 続 い て『 安 養 集 』 は、 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 に 触 れ、 前 項「 37 陰 有 無 」 所引の文( 264)の参照を求めている。そこには、命終の時に心が明了であれば善・悪・無 記の心を起こすが、自体愛(有覆無記心)を起こしたり、心が不明了ならば異熟無記心を 起こしたりすると述べられている。   ( 267)『 群 疑 論 』 に は、 九 品 往 生 人 の 命 終・ 受 生 の 心 は 捨 受 か 喜 受 か と 問 い、 答 え て、 一説には喜受、一説には捨受であると言う。   ( 268) 法 位『 無 量 寿 経 義 疏 』 に は、 「 死 有 の 善 相 」 と い う 言 葉 が あ る の で、 命 終 の 心 は 善であると見ていたと考えられる。   ( 269)龍興『観経記』には、命終の後、中有の時に金蓮華を見ると言い、また浄土での 生有の時は浄心であると言うので、死有(命終)の心は無記、生有(受生)の心は善であ ると考えていたことが推察される。   ( 268)( 269) の 論 述 は、 命 終 心 の 分 別 を 問 う 論 題 の 趣 旨 に 必 ず し も 合 致 し な い よ う に も 見受けられるが、 本項が、 前項「 37 中陰有無」と一連の問題を扱う項目であると考えれば、 理 解 が 可 能 で あ る。 『 安 養 集 』 は こ こ に 源 信 等 が 扱 わ な か っ た 問 題 と し て、 臨 終 か ら 往 生 までの心の状態を論ずる二つの論題を設けたのである。本項所掲の要文にも唯識教学への 言及が目立つことから、やはり法相宗との対論が想定されていたと考えるべきであろう。 39   華開遅速 ( 270) 観 経 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 一 二、 三 四 四 頁 下 ~ 三 四 六 頁 上 略 抄 )、 「 上 品 上 生 人 は、 往 生 す る と 阿 弥 陀 仏 や 諸 菩 薩 の 色 身 の 完 全 な 姿 を 見、 光 明 宝 林 の 説 法 を 聞 く。 上 品 中 生 人 の 乗った蓮華のつぼみは、一夜を経て開く。上品下生人の蓮華は、一日一夜を経て開く。中 品上生人の蓮華は、往生の後すみやかに開く。中品中生人の蓮華は、七日を経て開く。中 品下生人は、七日を経て観音・勢至の説法に遇って喜ぶ。下品上生人の蓮華は、七七日を 経て開く。下品中生人の蓮華は、六劫を経て開く。下品下生人は、蓮華の中で十二大劫を 過ごして、はじめて花が開く」 (要約)と。 ( 271)観経義疏 恵遠 に云う (浄影 『観経義疏』 末、 『大正蔵』 三七、 一八四頁上) 、「上輩の三人は、 往生の時が異なる。上上は浄土に至って日時を経ず即座に華が開く。上中は一夜を経て開 く。 上 下 は 一 日 一 夜 を 経 て 開 く。 中 輩 の 三 人 も 異 な る。 中 上 は 浄 土 に 至 っ て 即 座 に 開 く。 上上と同じである。なぜかと言うと、中上は小乗の聖人であり、無漏の浄心を持つからで ある。中中は七日を経て開く。中下は経文に明記されないが、往生の後七日を経て菩薩に 遇い法を聞く。下輩の三人も別々である。下上は七七日を経て開く。下中は罪業が重いの で、六劫を経て開く。下下は罪障極めて重く、十二大劫を経て開く。蓮華の中に居る間に 心を鍛え清めて、はじめて法を聞く資格が得られるのである」 (要約)と。 ( 272) 観 経 正 宗 分 散 善 義 に 上 品 上 生 を 釈 し て 云 う( 善 導、 『 大 正 蔵 』 三 七、 二 七 四 頁 上 )、 「〈生彼国〉以下は、金蓮台が浄土に到着すると、華中に留められることがないということ を明かす」 (要約)と。 ( 273) 群 疑 論 七 に 云 う( 『 大 正 蔵 』 四 七、 七 二 頁 上 ~ 中 )、 「 問 う。 浄 土 に お い て 蓮 華 の 中 に 留められるのは、 罪障のためか、 あるいは勝れた功徳によってか。答え。下品下生段には、 十 二 大 劫 を 経 て 蓮 華 が 開 き、 観 音 勢 至 が 諸 法 実 相 滅 罪 の 法 を 説 く と 言 う。 こ れ に よ っ て、 罪障のために華開が遅れることがわかる。   問う。ではなぜ華中において罪障による苦報を感じないのか。答え。菩提心を発し念仏

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して罪を滅したために、 罪業は微細となり、 苦の報を引かないのである。念仏の功徳によっ て浄土の身を感得し、苦果を感ずることがなくなり、また仏の本願力によって苦果が現れ な い。 た だ し 少 し の 罪 が 残 っ て い る の で、 華 開 を 妨 げ る の で あ る。 『 無 量 寿 経 』 に は、 仏 の不思議智等を疑うことによって、胎宮に生まれ、苦はないけれども、五百年の間華中に 幽閉されると言う。これも同様、華開を妨げるだけの罪であり、苦報を招く ほ どではない のである」 (要約)と。 ( 274) 無 量 寿 論 釈 第 三 に 云 ふ( 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 巻 三、 古 逸 )、 「 ま た 次 に 華 開 の 遅 速 を明かさば、上品上生は、生じをはりてすなはち開く。上品中生は、宿を経てすなはち開 く。上品下生は、一日一夜。中上は 尋 つい で開く。中中は七日、中下もまた七日。下上は七七 日 、 下 中 は 六 劫 、 下 下 は 十 二 大 劫 。〈 尋 開 〉 と は 、 二 日 三 日 尋 ね を は り て 開 く を 得 。 何 を もっ てしかるを知るとならば、上下は日夜、中中は七日。ゆゑに知んぬ、中上はおのずから上 下と中中との間にあることを。また中中と中下と、ともに七日と言ふは、これまたまさに 遅速あるべし。或は第七日の朝と夕との異あり、或は八日九日なるも未だ二七に至らざる が ゆ ゑ に、 大 数 を も っ て 同 じ く 七 と 言 ふ。 大 経 の 中 に 言 ふ、 〈 中 下 の 二 輩 は 並 び に 疑 心 生 ず る に よ っ て の ゆ ゑ に、 五 百 歳 に 至 る ま で 見 仏 聞 法 等 を せ ず 〉 と。 こ の 経 の 胎 生 と 同 じ。 観門とは同じからず。乃至広説」と。 【現代語訳】智光『無量寿経論釈』巻三に云う、 「次に蓮華開敷の遅速を明かす。上品上生 は、往生してすぐに蓮華が開く。上品中生は、一夜を経て開く。上品下生は、一日一夜で 開く。中上は間もなく開く。中中は七日、中下もまた七日で開く。下上は七七日、下中は 六 劫、 下 下 は 十 二 大 劫 で 開 く。 〈 尋 開 〉 と は、 二 日 三 日 し て か ら 開 く こ と を 言 う。 な ぜ か と言うと、上下が一日一夜、中中は七日だからである。よって中上がその中間であること が知られよう。また中中と中下と、ともに七日と言うが、これにも当然遅速がある。第七 日の朝と夕の違いであるとか、あるいは八日・九日かかるけれでも二七日はかからないの で、概略一七日と言ったなどと考えられる。 『大阿弥陀経』には、 〈中下二輩は疑心を生じ た こ と に よ っ て 五 百 年 の 間 見 仏 聞 法 等 が で き な い 〉 と 説 か れ る。 『 無 量 寿 経 』 の 胎 生 と 同 じである。 『観無量寿経』の教説とは異なる。以下略」と。 ( 275) 無 量 寿 経 述 義 記 中 に 云 う( 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中、 古 逸 )、 「 中 品 下 生 中 乃 至 華開遅速とは、生じて七日を経、観世音および大勢至に遇ふ。文中略するがゆゑに華開の 言 な し。 理 と し て 現 に こ れ あ る べ し。 中 中 品 と 遅 速 同 じ な る は、 経 時 は 同 じ と い へ ど も、 所見は異なるがゆゑに。謂く、彼は仏を見、此は菩薩を見る」と。 【現代語訳】 義寂 『無量寿経述義記』 巻中に云う、 「中品下生 …中略… 華開の遅速を論ずると、 ここには往生して七日を経た後、観世音と大勢至に遇うと言う。文に省略があるために華 開の文言がないが、理として当然あるべきである。中中品と遅速が同じなのは、時間は同 じでも、 見るものが異なるからである。中中品は仏を見、 中下品は菩薩を見ると説かれる」 と。 ( 276) 浄 土 論 中 に 十 住 毘 婆 沙 を 引 い て 云 う( 迦 才『 浄 土 論 』 巻 中、 『 大 正 蔵 』 四 七、 九 五 頁 下) 、「善根植えた人でさえ   疑心起こせば華は閉ず   信心清浄なる人は   蓮華開いて仏を 見る」 (要約)と。 【考察】   本 項「 39 開 遅 速 」 に は、 往 生 人 を 乗 せ た 蓮 華 の つ ぼ み が、 極 楽 に 到 着 し て か ら 華 を 開くまでの時間に、九品によって長短の差異があることを論ずるための要文が集められて いる。   『往生要集』では、大文第二「欣求浄土」の第二「蓮華初開」に、蓮華開敷の時に往生 人が歓喜する様子が描かれているが、そこには華開までの時間の九品による差異について の議論はなされていない。   ただし大文第十「問答料簡」には、この問題に関連する議論が散見する。まず第一「極 楽 依 正 」 の 第 八 問 答 に、 『 観 無 量 寿 経 』 の 九 品 往 生 人 が 華 中 で 長 い 時 間 を 過 ご す こ と を 問 題視し、はたしてそれで極楽と呼べるのかと問う。答えとして『無量寿経』巻下所説の疑 城の胎宮と同じく、その間に苦を受けることがないので、極楽と言うことに不都合はない 等と言う。次に「問答料簡」の第五「臨終念相」の第十一問答に、堕地獄の罪が減ぜられ た 例 と し て、 『 無 量 寿 経 』 所 説 の 疑 城 の 胎 宮 や、 『 観 無 量 寿 経 』 下 品 段 所 説 の 七 七 日・ 六 劫・ 十 二 劫 の 胎 生 を 挙 げ て い る。 さ ら に「 問 答 料 簡 」 の 第 八「 信 毀 因 縁 」 の 第 四 問 答 に、 疑 惑 の 者 は 往 生 で き な い の か と 問 い、 答 え て、 『 無 量 寿 経 』 よ り 疑 城 の 胎 宮 を 説 く 文 を 引 用して、往生は可能であると言う。   本 項「 華 開 遅 速 」 は、 そ れ ら の 論 述 を 継 承 す る も の で あ る が、 『 無 量 寿 経 』 所 説 の 疑 城 の胎宮については、 『安養集』は、 別に巻四に「 45 三輩九品異同」 、 巻七に「 66 四生分別」 の 項 を 設 け て、 詳 細 な 議 論 を 展 開 す る た め の 要 文 を 列 挙 し て い る。 本 項「 華 開 遅 速 」 で は、 『観無量寿経』九品往生段の教説に限定して、関連の要文七文を挙げているのである。   そ の 冒 頭( 270)『 観 無 量 寿 経 』 は、 本 論 題 の 出 拠 の 経 文 で、 華 開 ま で の 時 間 を 説 く 部 分 だけを抽出している。   ( 271)浄影『観経義疏』はその釈文で、上品下生よりも中品上生が速いこと、中品下生 に時間が説かれていないこと、下品人が長く華中に留められる理由などについての見解が 簡単に述べられている。本項における問題の所在を指摘する文であると言える。

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して罪を滅したために、 罪業は微細となり、 苦の報を引かないのである。念仏の功徳によっ て浄土の身を感得し、苦果を感ずることがなくなり、また仏の本願力によって苦果が現れ な い。 た だ し 少 し の 罪 が 残 っ て い る の で、 華 開 を 妨 げ る の で あ る。 『 無 量 寿 経 』 に は、 仏 の不思議智等を疑うことによって、胎宮に生まれ、苦はないけれども、五百年の間華中に 幽閉されると言う。これも同様、華開を妨げるだけの罪であり、苦報を招く ほ どではない のである」 (要約)と。 ( 274) 無 量 寿 論 釈 第 三 に 云 ふ( 智 光『 無 量 寿 経 論 釈 』 巻 三、 古 逸 )、 「 ま た 次 に 華 開 の 遅 速 を明かさば、上品上生は、生じをはりてすなはち開く。上品中生は、宿を経てすなはち開 く。上品下生は、一日一夜。中上は 尋 つい で開く。中中は七日、中下もまた七日。下上は七七 日 、 下 中 は 六 劫 、 下 下 は 十 二 大 劫 。〈 尋 開 〉 と は 、 二 日 三 日 尋 ね を は り て 開 く を 得 。 何 を もっ てしかるを知るとならば、上下は日夜、中中は七日。ゆゑに知んぬ、中上はおのずから上 下と中中との間にあることを。また中中と中下と、ともに七日と言ふは、これまたまさに 遅速あるべし。或は第七日の朝と夕との異あり、或は八日九日なるも未だ二七に至らざる が ゆ ゑ に、 大 数 を も っ て 同 じ く 七 と 言 ふ。 大 経 の 中 に 言 ふ、 〈 中 下 の 二 輩 は 並 び に 疑 心 生 ず る に よ っ て の ゆ ゑ に、 五 百 歳 に 至 る ま で 見 仏 聞 法 等 を せ ず 〉 と。 こ の 経 の 胎 生 と 同 じ。 観門とは同じからず。乃至広説」と。 【現代語訳】智光『無量寿経論釈』巻三に云う、 「次に蓮華開敷の遅速を明かす。上品上生 は、往生してすぐに蓮華が開く。上品中生は、一夜を経て開く。上品下生は、一日一夜で 開く。中上は間もなく開く。中中は七日、中下もまた七日で開く。下上は七七日、下中は 六 劫、 下 下 は 十 二 大 劫 で 開 く。 〈 尋 開 〉 と は、 二 日 三 日 し て か ら 開 く こ と を 言 う。 な ぜ か と言うと、上下が一日一夜、中中は七日だからである。よって中上がその中間であること が知られよう。また中中と中下と、ともに七日と言うが、これにも当然遅速がある。第七 日の朝と夕の違いであるとか、あるいは八日・九日かかるけれでも二七日はかからないの で、概略一七日と言ったなどと考えられる。 『大阿弥陀経』には、 〈中下二輩は疑心を生じ た こ と に よ っ て 五 百 年 の 間 見 仏 聞 法 等 が で き な い 〉 と 説 か れ る。 『 無 量 寿 経 』 の 胎 生 と 同 じである。 『観無量寿経』の教説とは異なる。以下略」と。 ( 275) 無 量 寿 経 述 義 記 中 に 云 う( 義 寂『 無 量 寿 経 述 義 記 』 巻 中、 古 逸 )、 「 中 品 下 生 中 乃 至 華開遅速とは、生じて七日を経、観世音および大勢至に遇ふ。文中略するがゆゑに華開の 言 な し。 理 と し て 現 に こ れ あ る べ し。 中 中 品 と 遅 速 同 じ な る は、 経 時 は 同 じ と い へ ど も、 所見は異なるがゆゑに。謂く、彼は仏を見、此は菩薩を見る」と。 【現代語訳】 義寂 『無量寿経述義記』 巻中に云う、 「中品下生 …中略… 華開の遅速を論ずると、 ここには往生して七日を経た後、観世音と大勢至に遇うと言う。文に省略があるために華 開の文言がないが、理として当然あるべきである。中中品と遅速が同じなのは、時間は同 じでも、 見るものが異なるからである。中中品は仏を見、 中下品は菩薩を見ると説かれる」 と。 ( 276) 浄 土 論 中 に 十 住 毘 婆 沙 を 引 い て 云 う( 迦 才『 浄 土 論 』 巻 中、 『 大 正 蔵 』 四 七、 九 五 頁 下) 、「善根植えた人でさえ   疑心起こせば華は閉ず   信心清浄なる人は   蓮華開いて仏を 見る」 (要約)と。 【考察】   本 項「 39 開 遅 速 」 に は、 往 生 人 を 乗 せ た 蓮 華 の つ ぼ み が、 極 楽 に 到 着 し て か ら 華 を 開くまでの時間に、九品によって長短の差異があることを論ずるための要文が集められて いる。   『往生要集』では、大文第二「欣求浄土」の第二「蓮華初開」に、蓮華開敷の時に往生 人が歓喜する様子が描かれているが、そこには華開までの時間の九品による差異について の議論はなされていない。   ただし大文第十「問答料簡」には、この問題に関連する議論が散見する。まず第一「極 楽 依 正 」 の 第 八 問 答 に、 『 観 無 量 寿 経 』 の 九 品 往 生 人 が 華 中 で 長 い 時 間 を 過 ご す こ と を 問 題視し、はたしてそれで極楽と呼べるのかと問う。答えとして『無量寿経』巻下所説の疑 城の胎宮と同じく、その間に苦を受けることがないので、極楽と言うことに不都合はない 等と言う。次に「問答料簡」の第五「臨終念相」の第十一問答に、堕地獄の罪が減ぜられ た 例 と し て、 『 無 量 寿 経 』 所 説 の 疑 城 の 胎 宮 や、 『 観 無 量 寿 経 』 下 品 段 所 説 の 七 七 日・ 六 劫・ 十 二 劫 の 胎 生 を 挙 げ て い る。 さ ら に「 問 答 料 簡 」 の 第 八「 信 毀 因 縁 」 の 第 四 問 答 に、 疑 惑 の 者 は 往 生 で き な い の か と 問 い、 答 え て、 『 無 量 寿 経 』 よ り 疑 城 の 胎 宮 を 説 く 文 を 引 用して、往生は可能であると言う。   本 項「 華 開 遅 速 」 は、 そ れ ら の 論 述 を 継 承 す る も の で あ る が、 『 無 量 寿 経 』 所 説 の 疑 城 の胎宮については、 『安養集』は、 別に巻四に「 45 三輩九品異同」 、 巻七に「 66 四生分別」 の 項 を 設 け て、 詳 細 な 議 論 を 展 開 す る た め の 要 文 を 列 挙 し て い る。 本 項「 華 開 遅 速 」 で は、 『観無量寿経』九品往生段の教説に限定して、関連の要文七文を挙げているのである。   そ の 冒 頭( 270)『 観 無 量 寿 経 』 は、 本 論 題 の 出 拠 の 経 文 で、 華 開 ま で の 時 間 を 説 く 部 分 だけを抽出している。   ( 271)浄影『観経義疏』はその釈文で、上品下生よりも中品上生が速いこと、中品下生 に時間が説かれていないこと、下品人が長く華中に留められる理由などについての見解が 簡単に述べられている。本項における問題の所在を指摘する文であると言える。

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大曲 貴夫 国立国際医療研究センター病院 早川 佳代子 国立国際医療研究センター病院 松永 展明 国立国際医療研究センター病院 伊藤 雄介

奥村 綱雄 教授 金融論、マクロ経済学、計量経済学 木崎 翠 教授 中国経済、中国企業システム、政府と市場 佐藤 清隆 教授 為替レート、国際金融の実証研究.

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を