• 検索結果がありません。

都市化と都市生活様式

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "都市化と都市生活様式"

Copied!
22
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

27

都市化と都市生活様式

成  瀬  龍  夫

1 都市生活様式に関する従来の諸説  都市生活様式(urban way of life)に関する経済学的もしくは社会学的規定 としては,主に以下のようなものがあげられる。  (1)都市の入間関係(パーソナリティ)視点による規定  (2)都市における消費様式,とりわけ共同消費様式視点からの規定  (3)都市における共同業務の処理様式視点からの規定  鰯 都市における階級配置視点からの規定  都市の人間関係視点による生活様式の規定としては,ジンメルに始まりアメ リカ都市社会学に至る社会学的系譜をあげることができる。ジンメルは,彼の 「大都市と精神生活』において,「大都市の生活様式」の特質を貨幣経済と経 済的分業の関連で把握し,大都市の住民の精神的特質について没感情的非人格 的な態度や事物への無関心,高度な経済的分業に伴う個人の人格的萎縮といっ        た人間関係の疎外現象を把握しようとした。アメリカ都市社会学は,1920年代 以降今日までL.ワースを先頭にこうしたジンメル的視点に立って都市の人間 関係把握を軸とする都市生活様式の規定を展開するに至っている。  労働者階級の共同消費条件を中心に都市生活様式を把握する試みは,わが国       う の宮本憲一やフランスのM.カステルなどによって展開されてきた。都市生活 様式を都市労働者の消費生活条件や消費問題視点から把握しようとすることは, 1)G.Simmel, Die Grossst註dte und das Geistesleben,1903.邦訳「大都市と心的生  活」鈴木広編『都市化の社会学[増補]』誠信書房,1965年。 2)宮本憲一「社会資本論』有斐閣,1967年,および『都市経済論』筑摩書房,1980年。  M. Castells, Urban Qestiσn,1978.山田操訳『都市問題』恒星社厚生閣,1984年。

(2)

19世紀以来都市労働者の消費生活を貧困問題の視点から研究してきた経済学の オーソドックスな方法であるが,ただし経済学における都市生活様式に関する 研究は,その関心を消費の地域的条件とりわけ都市の共同消費をめぐる問題に 集中してきた点において,労働者の消費問題や生活問題に対する一般的な研究 とは区別される。  都市はまた,地域社会の共同業務の処理様式の点で農村と対比されるいくつ かの本質的な特徴を有してし)る。この点から,農村的生活様式の特質を生活手 段の自給と共同業務の非専門的相互扶助心血金銭的な処理様式にもとめ,都市 については,共同業務の専門的分業的金銭的処理様式をその特質であるとする       の 生活様式の規定もなされてきた。  階級配置視点からの都市生活様式の規定は,今世紀とくに第2次大戦後の都 市化の新たな段階をめぐる議論と関連している。今世紀に入ってから都市の郊 外化(suburbanization)現象が進展するようになり,第2次大戦後はとりわ け大規模となった。こうした郊外化の進展を背景に,アメリカでは郊外生活が 「新しい生活様式」として非労働者的もしくは中流階級的な地域生活様式を形 成するものであると主張されるに至った。H. J.ガンスやB・バーガー等による 階級配置視点からの都市生活様式の規定は,こうした没階級的な郊外生活様式        の 論に対する批判として展開されたものである。  以上のごとく,これまでの都市生活様式に関する社会科学的な研究は,都市 に特有の人間関係とそれを生み出す都市の社会経済的基盤,都市に集住する労 働者の労働力再生産を地域的に条件づける共同費関係,および都市における居 住形態をはじめとする諸階級の区別性などに注目して,またそれらは大概農村 の伝統的な生活様式や人間関係との対比のもとで展開されてきたといってよい であろう。 3) 倉沢進「都市的生活様式論序説」磯村英一編『現代都市の社会学』鹿島出版,1977  年。 4) H.J. Gans, Urbanism and suburbanism as way of life. ln Readings in Urban  Sociology, R. E. Pahl, ed., 1968. B. Berger, Myths of American suburbia. ln  ibid.

(3)

       都市化と都市生活様式  29  以上のような従来研究に関して,小論がここで論じようと考えているのは, 以下の問題である。  第1に,ジンメルは,人聞疎外を生み出す大都市の基盤を貨幣経済と経済的 分業の高度化にもとめた。しかし資本主義三都市においてはそれらに加えて大 工業の原理のあらゆる生活部面における導入や浸透をみる必要があろう。ジン メルニワース的な都市生活様式・人間関係論は,都市に特有の人問の疎外現象 を把握する点では重要な意義をもつものであるが,同時にまた都市が大工業の 原理にもとつく住民の新しいパーソナリティや社会的結合を発展させる側面を 見落としたところに限界を有するといわなければならない。  第2に,従来共同消費をめぐって個人消費と共同消費の概念的区別や,都市 問題における共同消費問題の重要性をめぐって,いくつかの相異なる理解が交 錯してきた。個入消費に対する共同消費の概念的な相対的独自性および都市問 題認識における共同消費の位置づけについてあらためて検討してみる必要があ る。  第3に,都.市化や都市発達の歴史的諸段階を考慮にいれるならば,都市生活 様式の規定は資本主義一般の規定だけでは十分ではない。19世紀の工業都市毅 階と20世紀のメトロポリス(=巨大都市)形成や郊外化の段階では都市生活様 式の内容や性格は大きく異なっている。したがって,都市化や都市発達の諸段 階に対応した都市生活様式の発達や変化が考察されなければならない。 H 資本蓄積と都市化の諸段階  都市化の原因や都市発達の段階的区分については,従来住民入口の増加や運 輸交通手段の発達および生産方法の技術革新といった諸要素による説明がなさ れてきた。しかし,経済理論的な見地からいえば,資本主義のもとで都市化の 過程を主導する独立変数は資本の蓄積運動であって,人口の変動や交通手段の 発達は資本蓄積の従属変数としての位置を占めるものにすぎない。したがって, 都市化や都市発達の諸段階は資本蓄積の歴史的諸段階との基本的関連において 把握されなければならない。

(4)

 30 彦根論叢第242号  そうした資本蓄積の歴史諸段階に応じた段階区分を行なえば,資本主義にお ける都市発達は,まずその第1段階として資本の原始的蓄積期における商業都 市形成の毅階,第2段階として産業革命および産業資本の確立・発展期におけ る工業都市形成の段階,第3段階として資本主義の独占殺階への移行とともに       ラ 展開されてくるメトロポリス形成の段階,をあげることができよう。  都市化の段階把握において重要なのは,19世紀の産業資本主義段階の都市化 は工業都市形成を中心にみていくことができるのに対して,20世紀の独占毅階 においては,都市化の過程,性格が大きく異なってくることである。20世紀に おける都市化の現象や都市化を促す要因は,19世紀の工業都市形成と違いもっ と複雑な性格や特徴を帯びている。たとえば,独占段階の都市化,とりわけメ トロポリス形成は独占的大企業の本社機能や中央集権的国家行政機構の大都市 集中の傾向と結びついているし,また大量生産・大量消費都市の形成として新 しい産業構造や経済的性格をもっている。都市に集積される労働力,労働者に しても,工業都市における工場労働者の集積からさらに「新しいプロレタリア ート」として「ホワイト・カラー」「サラリーマン」層の大量集積という特徴 をもつようになる。さらにまた,都市の空間的構造は,高層建築物や住宅の工 業的大量生産,大規模な住宅団地開発,モータリゼーションなど,19世紀とは 大きく異なるハードウェア・テクノロジーを建設基盤とするようになる。した がって,産業資本主義段階の工業都市形成と独占段階の都市化とのあいだには きわめて重大な相違があること,またそうした相違が19世紀の都市生活様式と 5)都市化の諸殺階を資本蓄積の諸三階との関連で区分しょうとする試みは,近年ゴー  ドンによって「商業都市(‘Commercial City’)」「工業都市(‘lndustrial City’)」「企  業都市(℃orporate City’)」の3段階区部分,ヒルによって「商業都市(‘Mercantile  City’)」「工業都市(‘lndustrial City’)都市」「メトロポリタン都市(‘Metropolitan  City’)」の3段階区分,などがなされている。それらにおいても,原蓄期の「商業都  市」,産業革命以降の「工業都市」,独占段階以降の「メトロポリス」形成や「脱工業  都市」化という,大筋共通した都市発達の3段階がとらえられている。   D.M. Gordon, Capitalist development and the history of American cities. ln  Marxism and the Metropolis, W. K.Tabb and L. Sawers ed., 1984, p.23. R. C.  Hill, Capital accumulation and urbanization in the United States. Comp. Urb.  Res. 4: 39−60,

(5)

       都市化と都市生活様式  31 20世紀のそれとの重要な違いを生み出していることをふまえなければならない。  ところで都市化や都市発達の諸段階は資本の蓄積運動とどのような原理的関 連をもっているであろうか。  B.ペリーは,「集中的な大工業都市が発達したのは,互いに独立し,専門化 した分野を,頻繁に集約的に結びつけるために必要な交通と通信の費用を節約       ゆ し,近接性を高めるたあであった」と指摘しているが,資本蓄積の視点からみて もっとも基本的な都市化の契機をなし都市化を促進する原理をなすのは,「集 積の利益」と呼ばれる社会的空間と協業との費用的関係,つまり生産諸要素が 一定地域空間へ集中されることによって生み出される費用節約の原理である。 交通と通信の費用節約のほかに,さらに資本にとって都市化は「労働者を安い       ア  費用で雇用」するためにも必要である。資本主義における都市化のなかでとく に古典的な工業都市化の経済的メカニズムを貫いているのは,こうした集中に よる費用(輸送費,通信費,労働力費)節約の原理である。  しかし,独占段階の都市化は,都市化を促す費用原理の面でも工業都市形成 とは異なった内容を有するようになる。独占段階の都市化過程は,根底には集 中による費用節約の論理がたえず作用しながらも,集中が同時に費用の上昇要 因へと転化し,そのために逆に分散による費用節約の論理も強く作用するよう になるからである。独占段階の都市化過程が,集中とともに分散としていわゆ る「郊外化」や「脱工業都市化」の現象を伴って展開されてくるのも,これと 関連している。  費用論的視点から,「脱工業都市化」の現象を貫くのは,工業都市形成のア ンチテーゼとしての分散による費用節約の論理である。こうした分散による費 用節約の論理にもとつく脱工業化が進行するようになる事情としては,とくに 以下の点が重要であろう。 6)B.」.L. Berry, the Human Consequences of Urbanization,1973.伊藤達雄訳『都  市化の人間的諸結果』鹿島出版会,1976年,45ページ。 7)E.Mingione, Social Conlflict and City,1981・藤田弘夫訳『都市と社会紛争』新泉  社,1985年,38ページ。

(6)

 第1は,過度の集中および投機活動によって都市部の地代,地価が不断に上 昇することである。地代と地価の上昇は,企業の立地費用を上昇させて,経営 採算条件を不利にさせる。このために企業の生産立地は,地代や地価の相対的 に低い郊外や地方都市への分散志向が強まってくる。  第2は,都市における労働力再生産費の上昇である。都市における労働者の 生計費の不断の上昇とそれを償うための実質賃金の上昇,また都市問題と労働 者の階級闘争の激化による企業の社会的負担の増大は,労働力コストの面で企 業の負担を重くさせる。したがって,この点からもより安価な労働力をもとめ て分散の傾向が強まることとなる。  さらに第3に,こうした分散による費用負担軽減の可能性が,交通通信手段 の新しい技術的発達によって拡大ざれることである。交通通信手段の発達は, 「地理的空聞の束縛性を軽減する効果」をもち,国土や地域空間における都市 の中心性を弱める側面をもつ。したがって,交通通信手段の発達は,企業生産       ヨラ 立地の地理的空間の束縛性を減少させ,分散を容易にさせ’ていくのである。  しかし,いうまでもなく,「脱工業都市化」は背景により複雑な社会経済的 内容をもつものであって,必ずしも費用論理だけに解消しうるものではない。 たとえば,「脱工業都市化」の一環をなす「郊外化」は,必ずしも分散による 資本の労務費の低廉化からだけとらえられるわけではなく,そこには,都市の 建設資本や不動産資本,交通資本の開発投資戦略や,都市内部の密集した労働 者居住地を解体し郊外に分散させて労働者階級の運動を緩和させようとする都 市社会政策の傾向などがからみあっている。したがって,「脱工業都市化」は, 資本主義の独占毅階における都市野州の激化による生産費用上昇と資本蓄積条 件の悪化,階級闘争の激化と社会的危機の増大という問題を背景として,資本 がそれらに対応して資本蓄積条件の回復と社会的危機の緩和を.はかろうとする 新たな地域再編過程とみなすことができる。 8)B.J. L. Berry,伊藤訳,前掲,59−60A’ 一・ジ。

(7)

都市化と都市生活様式  33 皿 資本主義的都市生活様式の特徴  1.都市における家族と生活手殺  都市生活様式とは,簡単にいえば都市における家族と生活手段の結合様式の ことである。資本主義的な都市生活様式の主な特徴としては,さしあたり以下 のような点が指摘される。  (1)家族の小規模性,労働力の再生産単位としての家族  ② 生活手段の非自給すなわち生活手段供給の社会的分業と交換への全面的   依存  (3>個人消費と共同消費の分離,個人的消費手段の私的商品化と共同的消費   手段の公的行政サービス化  (4)賃労働者階級の労働力再生産における共同消費手段の基礎的な必要性  ⑤ 職住の分離すなわち労働と生活の空闇的時間的分離  (6)生産空聞と生活空間の分離,共同消費手段による生活空間の規定  (7}生活手段における情報手脚の重要性,「情報社会」としての都市  都市の家族は,農村家族のような生産・労働単位ではなく,消費=労働力再 生産の単位である。都市住民のなかで生産手段も生活手段も持たない労働者は 自らの労働力を野州化しなければならないが,労働者家族の機能はそれによっ て商品としての労働力を再生産することが中心となる。また都市の賃労働者家 族は一代完結型の家族である。農村家族のように子が家督を受け継いでその代 りに老親の扶養責任を負うといった要扶養組織としての機能をもたない。その 結果家族の世帯規模は少暦数となり,労働力の再生産を営む上で必要最小限 の大きさとして夫婦と子供のみの「核家族」形態が普通となる。また単身者世 帯が多数存在するようになることも,都市における家族形態の特質の一つであ る。  さらに都市の家族の重要な特質として,都市の大工業は,労働者家族から性 と年齢を選ばず可能な限り多数の労働力を引き出す。労働者家族の成員が社会 的生産へこのように参加することは,彼等の個人的な自由や人格的独立性を高

(8)

める作用をもつ。したがって都市の賃労働者家族は,農村の「家」のような家 父長的支配や封鎖性をもたず,「自由な個人」を前提とした家族としての性格 をもつことになる。  都市では,生活手段の供給が商品形態による個人的消費手段の供給と社会的 公共的な形態での共同消費手段の供給とに分化し,こうした私的個人的な商品 消費と社会的公共的な共同消費の分化と発達が資本主義の都市生活様式の基本 的特徴の一つでもある。農村と異なり自らの生活手段を自給する条件を持たな い都市の住民は,その供給を社会的な分業と交換に全面的に依存せざるをえな い。食料や衣料,家具等の消費生活手段は商品として供給され,都市住民はそ れらの私的個別的な消費を通じて生活を営む。都市家族の家計消費は,消費す る生活手段が大工業製品から手工業製品や農業生産物に至るまで多様な内容を もつとともに,非自給と商品消費への依存のために貨幣的生計費は農村よりも 一般に割高となる。都市ではこうした生活手段商品の大半は地域的にも非自給 とならざるをえず,域外からの供給に大きく依存するが,しかし,都市が地域社        らう 会として独臼に供給しなければならないものもある。飲料水,ガスや電気など の燃料・エネルギー源,バス・鉄道等の交通施設,学校教育施設,社会福祉施 設,病院,公衆衛生や清掃の施設などが,都市家族の私的個別的な労働力再生 産を支える社会的共同的な条件として必要とされる。それらは通常都市の公共 団体(自治体)による行政サービスや公営企業サービスの形態で供給される。 都市住民の家庭生活は,こうした公共的な施設やサービスの網の目のなかに包 まれている。ただし,都市で供給される共同消費手段の種類や範囲,形態はつ ねに固定されたものではなく,それらは,資本主義の発達と都市化の諸段階, 国家的全国的なレベルにおける社会保障制度や公共的サービスの発展の度合, 9)鈴木栄太郎は,かつて都市の行政機関が処理しなければならないものとして①治安  ②消防⑧社会保障④教育⑤産業⑥衛生(病院,塵芥,くず尿,清掃)⑦住宅⑧交通⑨  都市計画,をあげ,以上のうち①∼⑤はどんな集落社会にも必要であるが,⑥以下は  その集落社会がある程度以上に都市に成長した段階で必要になるとした(『都市社会  学原理』有斐閣,1957年,427−428ページ)。ただし,すでにわが国でもそうである  が,国家行政におけるナショナル・ミニマムが発達してくると,小村落といえども⑥  以下について行政機関の広範な関与がなされる状況になってくる。

(9)

       都市化と都市生活様式  37 全なかたちでしか家族をもちえない入口が絶えず大量に生み出されている。こ うした人々は,通常都市のなかで労働者階級の最下層として「受給貧民」層を 形成する。都市は救貧行政の発祥の地であるが,現代においても都市における 救貧問題の重要性は変わっていない。家族を失ったりあるいは低所得の老人層 は,多くの場合自らで郊外に移住する能力をもっていない。こうした老人層は 都心に取り残されるので,現代の大都市の都心部は,いわゆるインナー・シテ ィ問題として農山村の人口過疎地に肩を並べる入口高齢化地域となる。  さらにあげなければならないのは,都市では住民人口の多数を占める労働者 家族が潜在的な意味において解体状況に置かれていることである。労働者家族 は,エンゲルスが「主婦が工場で働くことは,必然的に家族を解体させてしま う」(「イギリスにおける労働者階級の状態』)とのべたように,家族のなかで 主婦が家庭外の就労に出かけなければならなくなると,家族生活を支える家事 労働や育児労働を十分担うことが出来なくなる。こうした状況に対して労働者 家族が家族の公然たる解体や崩壊に陥入るのを避けるためには,家事や育児等 の家族生活機能の弱まをり社会的に補完することが絶対的に必要とされる。都 市における賃労働者階級の社会的共同消費手段に対する大きなニーズの一つは ここから生じる。  都市ではまたいくつかの特徴的な要因や理由によって生計費が高くなり,住 民は家計の不安や困難にさらされる。それらの要因をあげると,第1に,すで にのべたように都市住民の個人的消費は商品消費に全面的に依存せざるをえな いが,そのことが,食料等の一定の自給可能性を持つ農村住民に比べて貨幣的 生計費を高くさせることである。第2は,都市は地代と地価の不断の騰貴によ って,住宅費がきわめて高水準になることである。大多数の都市住民にとって, 家賃の負担や住宅の購入費用は家計を圧迫する最大の要因となる。第3は,育 児費や教育費の負担が都市の家族には特別重くのしかかってくることである。 育児費は都市の労働者夫婦がまだ若くて所得の少ないときに必要となる大きな 負担であるが,教育費は子供達の学校教育や労働者本人の職業的訓練のために 長期間にわたって家計にかぶさってくる。

(10)

 38 彦根論叢第242号  以上のような都市の生計費水準の高さは,換言すれば農村に比べて都市住民 の労働力再生産費が大幅に高くなること,あるいは労働者の労働力価値が大き くなることを示している。このために,生計費水準の高さは都市地域の労働者 の賃金水準にも反映し,都市地域と農村地域とのあいだには大都市を頂点とし, 農村の山村・へき地を底点とする賃金・生計費水準の地域的階層差が形成され ることになる。大都市ほど労働者の賃金水準は高いが,同時に都市では生計費 の騰貴に賃金が追いつかない状況もしばしば起こりうる。  都市住民の労働力再生産を支える共同消費手段についても,人口の急速な膨 張やスプロール化に比較してその供給は絶えず立ち後れ不足する傾向をもつ。 このような立ち後れや不足が発生するのは,都市の人口増加や空間的拡張があ まりにも急激かつ無政府的に進行するために共同消費手段の建設がたえず事後 的になってしまうことや,共同消費手段供給の事業主体となる都市自治体の財 政能力がその需要の膨張に追いつかないこと,あるいは社会的政治的な要因と して,都市の公共設営が資本の生産基盤に優先的に振り向けられ住民の生活基 盤への投資があとまわしにされること,などによるためである。  3.都市生活様式と都市的人間関係  ジンメルが都市の人間疎外の基盤として把握した貨幣経済と経済的分業の高 度化は,資本主義の都市生活がますます商品・貨幣関係に包摂されていく傾向 をあらわしている。社会的分業の高度化は住民相互の依存性の増大を意味する が,資本主義のもとでこの相互依存を成り立たせるものは直接的な人間交流で はなくて非人格的な交換,すなわち商品・貨幣関係である。ジンメル的視点は, 以上のごとく商品化と金銭化とによって疎外されたパーソナリティの場として       ユ  の都市を把握したものといってよいであろう。 11) 「個人主義・打算性・表面性・匿名性・非人格性・適応性,あるいはジンメルの指  齢する私秘密などアーバン・パーソナリティと一般にいわれている都市住民の意識型  態は,つまるところ商品の論理が入格の論理にとってかわり,さまざまな表現形態を  とって顕現したものにほかならない。」(島崎稔・北川隆吉編著『現代日本の都市社  会』三一書房,1962年,221−222ページ)。

(11)

       都市化と都市生活様式  35 さらにまた都市における共同消費手段をめぐる階級的なニーズや運動の状況な どによって変化する。都市の諸階級のあいだでの共同消費手段に対する関心や ニーズも一様ではない。共同消費手段に対して階級的にもっとも強くかつ広範 囲なニーズをもつのは,それなくしては家族的な労働力再生産が決定的に困難 になってしまう賃労働者階級である。  都市における土地空聞利用の特質は,生産空間と生活空間とが未分離な農村 と対比した場合,種々の機能的な土地空間の分離が発達していることである。 工場・オフィス等の生産施設をはじめ商業施設,行政施設,住宅施設がそれぞ れ都市内で分かれて集積され,空聞的なゾーンを形成している。だが,こうし た都市の土地空間の機能的分離の発達するようになったのは,都市化の一定最 階における都市計画の登場,すなわち都市における土地利用や施設配置に関す るて意識的な計画性が導入されるようになってからである。19世紀の「工場と 鉄道と貧民街」(マンフォード)を構成要素とした工業都市の段階では,都市 はまず工場を中核とする生産空間としてあらわれ,労働者の居住地区はまった くその附属物のようなものでしかなかった。生産空聞と生活空間の分離の発達 は,上水道,下水道等による公衆衛生の改善や都市の生活空間の中核として学 校教育施設をはじめとする社会的な共同消費手段が建設されるようになってき てからといえる。       10)  「都市はもともと,その発生の起源からしでi青報社会であった」といわれる が,全面的な社会的分業と交換に依存する都市の生活においては,こうした分 業と交換を媒介するものとして情報,情報手段が必要である。都市の住民は, 日常の衣食住のための生活手段情報や住宅情報,通勤・通学のための交通・気 象清報,教育・文化情報,スポーツ・娯楽情報,政治・行政情報,雇用・職業 情報等,生活のあらゆる部面で適当な情報の収集と利用を行うことなしには効 果的効率的な生活を営むことが出来ない。都市では,情報そのものがもっとも 基本的な生活手段の一つである。したがって,都市では情報の生産や加工,伝 10)上田篤・榎並公雄・高口恭行『フィールドノート都市の生活空聞』NHKブック  ス,1970年,199ページ。

(12)

 36 彦根論叢第242号 達などが産業の一大分野を形成するとともに,新聞や雑誌,ラジオ,テレビな どの情報メディアは都市住民のあいだにもつとも大量的な普及性をもつ生活手 段となる。  2.都市生活様式と都市問題  都市生活様式は,都市に特有の社会品題や生活聞題を内包している。いわゆ る「都市問題」(urban question)とは,こうした都市に特有の住民・労働者 の生活の貧困問題の総称である。都市では,およそ次のような点が住民生活を 社会問題化させる恒當的要因となる。  (1)人品の密集性と混雑,騒音や空気の汚染,居住環境の劣悪性  ② 家族の解体と家族生活機能の低下,家族の崩壊  (3>物価および生計費の騰貴による生活の経済的圧迫  (4)社会的共同消費手段の不足と整備の立遅れ  19世紀の工業都市化は,農村から大量に引き寄せた労働者に対して住宅や生 活環境についておよそ何の準備もないような状況から始まった。その結果いか に貧困で悲惨な都市労働者の生活状態が出現したかは,F.エンゲルスの『イ ギリスにおける労働者階級の状態』(1844年目が克明に描いたところであった。 19世紀末から20世紀になって,資本主義諸国の都市生活環境は公衆衛生をはじ めいくつかの面で著しく改善されるようになった。しかし,それでもなお都市 問題は現代においても多くの点で本質的に変わらず,変わったとしてもその直 接的要因や形態が変わっただけにすぎない。たとえば工業都市の工場の煤煙に よる空気の汚染や機械の騒音は,現代都市では自動車の排気ガスによる汚染や 騒音に取って代られたにすぎない。居住区の密集性や混雑は現代もなくなって いないし,それに加えて,現代は通勤ラッシュや自動車による交通渋滞がある。 混雑や汚染は,大量入口と大量生産・大量:消費に立脚する現代の都市では,よ り大量かつより広域的な現象をとるようになっているといってよい。  家族の解体と崩壊も,都市問題の主要な内容の一つである。都市では寡婦や 離婚者,欠損家族,1入ぐらしの高齢者といったもはや家族をもたないか不完

(13)

       都市化と都市生活様式  39  しかし,都市は人間疎外の側面ばかりでなく,同時に人間の人格的発達や社 会的結合を発展させる新たな基盤をつくり出したといわなければならない。機 械綱大工業の原理に立脚した資本主義の都市は,次のような点において住民の 新しい進歩的なパーソナリティを生み出す場となる。都市の大工業は,すでに のべたように成人男子ばかりでなく婦人や若年者の社会的生産への参加を促す が,このことは家族成員の自主性と独立性を高め,個人の入格的独立性の発達 や家族内の平等主義的な人間関係の創出を促すことになる。また職場や地域で 都市住民の社会的接触が多様性を持つことは,住民の社会的な感性を発達させ 生活欲望水準を高める。さらにまた,機械制大工業の生産・労働過程の規則的 な反復性は,職域と学校の時間的秩序を中心に都市生活全体に時間的律動性や        ユの 同期性をもたらすが,そのことによって都市住民は規律性や時間的正確性とい ったパーソナリティを与えられる。ジンメルがのべた都市生活の正確性,計算 可能性,精密性などは,必ずしも人間疎外の要因としてだけでなく,都市にお ける人間の新しい入格的能力的発達の要因や条件を意回するものといえる。  以上のような入格的独立性や社会的感性と欲望水準の高さ,規律性,正確性, 計算能力などが,しばしば「生活の設計」や「意欲的消費」「生活合理主義」 などといった表現であらわされる都市住民のパーソナリティ形成や都市生活者       ゆとしての主体形成の一般的な基礎を成しているといってよい。さらにまた都市 住民の生活は,商品・貨幣関係にすべて覆い尽くされてしまうわけではない。 非貨幣・商品的な共同消費に対するニーズ,職業的階級的利害にもとつく意識 や公共的政治的意識の発達と集団組織の形成(職業団体,協同組合,労働組合, 政党など)もまた都市住民のパーソナリティ形成における重要な要素を成して いる。  パーソナリティ視点から,都市はあらためて次のように規定出来よう。  大工業の原理による住民の進歩的なパーソナリティ創出の場としての都市。  商品化・金銭化による疎外されたパーソナリティの場としての都市。 12)鈴木栄太郎,前掲,386−387Ao 一ジ。島崎稔・北川隆吉編著,同上,187ページ。 13) 島崎稔・北川隆吉編著,同上,231ページ。

(14)

40 彦根論叢第242号  共同的階級的な利害と集団形成によるパーソナリティの回復・発達の場とし ての都市。 IV 都市生活様式と共同消費  都市生活様式に関する従来の諸説は,共同消費の問題になんらかの重要性を 認めてきたが,その位置づけや重視の仕方は必ずしも一様ではない。ここで は,従来の議論と関連させつつ共同消費に関する一定の理論的整理を行ってみ よう。  都市生活様式と共同消費の関係をめぐる今日の代表的な議論としては,まず 共同消費を都市的生活様式における,あるいは都市問題におけるもっとも中心 的問題とみなすカステルやロジュキンなど,フランスの構造主義的マルクス主 義者の見解があげられる。  ロジュキンによれば,資本主義社会構成体は,生産の一般的諸条件の一つと して集団的消費手段の空聞的集積を発達させ,こうした集団的消費手段の空間 的集積による生活様式の特徴が,資本主義的都市を特徴づける最大の要素とし て把握される。  「生産諸手段や交換諸手段(銀行,商業)の集積は,中世都市でも生産,商 業活動がきわめて制限された規模においてではあるが寄せ集められていたかぎ りでは,なんら資本主義都市に固有の特徴ではない。資本主義都市を特徴づけ るものは,一方で一つの生活様式,新しい社会的諸欲求,したがってく都市文 明〉の段階を次第に作りだす〈集団的消費手段〉の集積の増大であり,他方で はますます経済発展の決定的要因となりつつあるく資本と労働力〉の再生産手       ユの 段の全体の特殊な集積様式である」。  カステルの基本的見地は,資本主義的都市を労働力の集住単位とみなすこと である。彼によれば,「都市的なもの」は労働力の集団的再生産と同義なもの, 14)C.G. Pickvance, ed., Urban Sociology,1977.山田操・吉原直樹・鰺坂学訳『都市  社会学一新しい理論展望一』恒星社厚生閣,1982年,第五章「資本主義的都市化に関難  するマルクス主義理論の寄与」(J.ロジュキン)を参照,191−192ページ。

(15)

       都市化と都市生活様式  41 「都市的単位」は「資本主義的生産様式における労働力の集団的再生産の単       15) 位」としてとらえられる。  他方,それらに対して,イタリアのミンジオーネは,共同消費といえども消 費は生産過程から自律性をもちえないこと,個人消費と共同消費の科学的区分 自体が疑問であること,共同消費に関する理論は,「階級のニーズについて都 市の社会過程を考察する」ために役立つものであって,都市問題や都市の一般 的定義をそれに歪固化できないとし,都市聞題と共同消費過程を同一視するカ         16) スチル達を批判する。  以上の議論は,いくつかの検討すべき問題を含んでいる。  まず第1に,共同消費の概念は,果してミンジオーネが疑問とするような個 人消費と区別できない非実体的非科学的概念であろうか。共同消費の概念は, たとえばマルクスが『経済学批判要綱』において展開した「一般的な生産の諸 条件」に関する諸規定のなかから導くことができる。マルクスは,そこにおい て,「糊入の社会的なものとして措定された諸欲望,すなわち社会における個 々別々の個人としてではなくて,他の個人と共同して消費し欲求するところの       17) 諸欲望一その消費様式はことの性質上社会的なものである一」とのべてお り,個々別々の個人としての欲望充足を意味する個人消費と,他の個人と共同 して消費し欲望を充足する共同消費とを明確に区別している。  では,次に,この共同消費の素材的内容や個入消費と区別される性格,特徴 はどのように把握されるであろうか。  共同消費手段の分類や目録の作成は,R.E.パールや宮本をはじめ多くの人 々によってなされ,共同消費の性格については,カステルやロジュキン,宮本 などによって考察されてきた。それらをふまえれば,共同消費の性格,とりわ け共同消費の個人消費に対する区別的な特徴は,以下のような共同消費手段の 15)M.Castells,山田訳,前掲,396ページ。 16)E.Mingione,藤田訳,前掲,74−77ページQ 17)K.Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Okonomie.高木幸二郎監訳『経  済学批判要綱 皿」大月書店,469ページ。

(16)

 42 彦根論叢第242号 担商品性および公共性の問題,共同消費手段の空間的構造性の問題,そして共 同消費手段のもつ消費の組織性の問題,に集約されるといってよかろう。  第1に,共同消費手段の建設・管理が民間資本によらず,公共機関にゆだね られるのは,一般にその建設費用が巨額なものになること,利用者の中心が低 所得の住民であるためにサービス供給は無料や低料金とならざるをえず不採算 的となること,さらにまた住民に供給されるサービスは一定以上の量と質を維 持する必要があり,商品サービスのごとく市場メカニズムによって供給の量や 質を調整出来ないこと,である。共同消費手段には,個人的消費手段に較べて こうした基本的に商品化されにくい社会的性格がある。ただし,共同消費手段 を非商品性の側面だけで把握したり,商品性の有無だけで共同消費と個人消費 の区別を行なうのは妥当でない。資本主義のもとでは,共同消費手段の商品化 は決して異例な現象ではない。資本主義の独占毅階になると,公共サービスの 有料化や共同消費手段の建設や供給を企業的に行なう形態,さらには民間資本 による純営利的な形態も登場してくる。共同消費手段も,それが一度商品化さ れてしまえば,商品形態にある個人消費手毅と同様に市場法則によって必然的 となる諸特徴,すなわち価格づけによる使用価値の画一的な規格化やランクづ       18) け,使用価値の非持続性などをもたざるをえない。          第2に,カステルは,都市における「消費諸過程は共同消費施設を基点」に して組織化と集中化がすすむ傾向をもつことを指摘したが,個人消費手段にな い共同消費手段のもっとも重要な特徴は,地域社会内でこうした消費の組織性 と集中性をもつことおよび共同消費手段の配置が住民の居住空間構造や都市構 造を規定する性格をもつことである。共同消費手毅が都市空聞構造を規定する 性格をもつのは,それが空間的ひろがりと場所的固定性をもち,しかもワンセ ット(飲料水における浄水場一水道管一家庭配水設備)で建設される必要性に 18)商品化された出入的消費手毅に対する集団的消費手段の非商品的な特性に関しては  ロジュキンの考察を参照。C. G. Pickvance, ed.,山田他訳,前掲,193−194ページ。 19)M.カステル「都市社会学と都市政治」奥田道大・広田康生編訳『都市の理論のた  めに』多賀出版,1983年,所収,を参照。

(17)

       都市化と都市生活様式  43 拠っているが,個人的消費手段は,それ自身でそうした地域の空間構造を規定 する性格をもたない。共同消費は,それ自体個入による消費の社会的な結合と いう性格を有するが,同時にまた共同消費は私的商品消費にゆだねられている 無数の非組織的な個人消費の地域社会における集合点,ネットワークや相互関 連性を創りだし,個入消費を社会的に調整し,個人消費の質に影響を与える 一一スとえば,学校教育と家庭教育の関係や保育所保育と家庭保育の関係 位置を占めている。ただし,これもまた,資本主義のもとでは,共同消費手段 が非組織的な個人消費の単なる補完的機能を果たす地位におしさげられること も決してまれではない(わが国の今日の学校教育の受験勉強主義や進学予備校 化といった現象)。  さて,都市への大量の労働力の集積とその再生産条件としての共同消費手段 の集積は,単にミンジオーネのいうような社会階級のニーズにかかわる問題だ けではなく,むしろカステルやロジュキンの指摘するように資本主義の都市形 成と都市問題の性格を規定する主要な要素の一つと考えるべきであろう。しか しながら,資本主義の都市における生産機能や商業機能の集積は,中世のそれ らとはやはり基本的に性格の異なったものであるといわなければならない。し たがって,資本主義三都市の一般的定義は,すでにふれたように資本蓄積過程 の全体的考察から導かれるべきものであって,都市への労働力と共同消費手段 の集積過程の問題だけから規定されるものではないといえよう。 V 郊外生活様式について  「20世紀のもっとも驚くべき重要な社会現象の1つは,合衆国の大都市周辺 部における郊外の成長と拡大である。郊外は,今世紀初めの限られた相対的に まれな社会形態の状況から工業と商業の投資の主要な成長軸へと発展し,郊外        の 化は9000万アメリカ人にとって一つの生活様式になった。」  第2次大戦前の「生活様式としての都市化」(‘urbanism as a way of life’) 20) P.J. Ashton, Urbanization and the dynamics of suburban development under  capitalism. In Maxism and the Metropolis, op. cit., p.54.

(18)

論に続いて,戦後の1960・70年代のアメリカ合衆国で展開されたのは「生活様 式としての郊外化」(‘suburbanism as a way of life’)論である。合衆国にお けるこうした郊外生活様式論の展開は,合衆国ですでに1920年代のモータリ ゼーションとともに進展し始めていた郊外化現象が戦後になって大規模にすす むようになったことを背景としている。合衆国のみならず,戦後のわが国など においても大規模な住宅団地やニュータウンの建設によって郊外化が進展し, 都市住民の多数が郊外に居住し,都心の職場に通勤する生活様式をもつに至っ た。  したがって,ここでは,都市生活様式の考察の一環としてこうした郊外化 の進展によって形成された生活様式の新たな性格と特徴について検討してみよ う。  合衆国における郊外生活様式論は,郊外居住者の生活を都市の新中間層の 「新しい生活様式」を象徴するものとして展開されてきた。バーガーによれ ば,郊外生活(suburbia)の特徴としていわれてきたことはおよそ次のように  21) なる。  (1)設計や基本構造において変化が少なくかつ持家の住宅団地。  (2)居住者は若くて教育歴があり,職場で将来の地位を約束された「新中間   階級」と呼ばれる集団である(エンジニア,中間管理職層,青年法律家,   セールスマン,教師,公務員など)。  (3)家庭内の女性も教育歴が高く,彼女達のもっとも強い生活関心は子育て   と教育である。  {4>コミュニティのなかに古い世代が存在しないことや伝統にとらわれる必   要のないことから,郊外生活者の社会生活(隣人関係,協会やクラブ,地   域の公共的出来事などへの参加)はきわめて活発である。  (5)郊外居住者の社会生活は彼等の連帯性や同質性(親の年齢と子の年齢の   類似性,仕事と所得水準の類似性,住宅条件の類似性)によって強められ 21) B.Berger, op. cit., pp.122−126.

(19)

       都市化と都市生活様式  45   ている。郊外は,居住者を「非階級的」なあるいは単一階級のような状態   にする‘‘第2のメルティング・ポット”である。  {6}男性のいない昼間の郊外は「女性社会」である。若い母親は両親の干渉   がなく,伝統にとらわれずに子育てに取組む。郊外生活における育児案内   の最高の権威は,スポック博士の『育児書』(lnfant Care)とゲゼルの   『入生最初の5年間』(The First Five Years of Life)である。  (7)郊外居住者は宗教への復帰が顕著である。  〔8}政治的には保守化(かつては民主党いまでは共和党へ投票)する。  ⑨ 父親は,「通勤者」として都心へ通うが,そのために子供との対話が少   なくなり,子育ての負担は母親に集中して重くなる。  合衆国における議論は,以上のごとく郊外生活様式は都市新中間層の生活様 式を表現するものであり,あるいは郊外は「階級差をきわめてあいまいにする    ラ 場所」(リースマン)であるとして,没階級的な地域生活様式の形成を強調し てきた。  以上のような議論に対してまず指摘されなければならないのは,「郊外化」 のモデルや「郊外生活」の現象的内容が,大都市周辺部のいわゆる「新中間階        ラ 級」的なそれにかなり片寄って取りあげられてきたことであろう。「郊外化」 や「郊外生活」といってもその実体はかなり多様である。「郊外化」の種類に は,いわゆる「ベッド・タウン」だけでなく工業的商業的なものもあり,大都 市周辺部だけでなく,小さな町の外廷的拡大もある。住宅団地には,持家だけ でなく,しばしば大量の借家形態も含まれる。郊外居住者もホワイト・カラー 層だけではない。むしろ第2早大戦後の郊外化は,中低所得水準のサラリーマ ン層やブルー・カラー層の都心から郊外への大量移動を含むものである。サラ リーマン層を20世紀の産業構造の変化と都市化の過程で生み出された「新しい         の プロレタリアート」(クラカウアー)とみなすならば,彼等の郊外生活様式は 22)D.Riesman, Abundance for What?1964.加藤秀俊訳『何のための豊かさ』みす  ず書房,1968年,52ページ。 23) B.Berger, op. cit., pp.130−131. 24)S.クラカウアー,神崎厳訳『サラリーマン』法政大学出版局,1979年。

(20)

46 彦根論叢第242号

没階級的というよりも,この「新しいプロレタリアート」の地域生活様式をあ らわすものとしてとらえられる。実際に,地域生活様式としての郊外生活様式 それ自体には,都市住民の特定階級や特定階層だけを受け入れ,それ以外を排 除する絶対的境界線のようなものは存在しないといってよい。したがって,第 2次大戦後の郊外化過程で一般労働者大衆が大量に郊外に移動し,‘‘労働者階 級の郊外”を形成したり,郊外居住者の中心部隊となるに至ったことも異例な 現象ではない。  しかし,他方で,大都市周辺部の大規模な住宅団地開発によって生み出され た郊外生活様式が,従来注目されてきたようにその住宅形式や通勤問題,家族 関係と女性の役割,共同消費とコミュニティ形成などの諸点において,都市生 活様式のなかで新たな意義をもつバリエーションを生み出すものであったこと も否定しえない。  第1に,郊外生活様式は,住宅形式からみれば,なによりも住宅の工業的大 量生産時代の産物である。規格化され画一化された住宅の大規模な団地開発は まずなによりも民間資本による商品としての住宅の大量生産・大量消費の組織 化の過程をあらわすものである。とはいえ,大規模な住宅団地形成は,資本の 住宅商品の大量生産の場としてだけでなく,公共部門もまたしばしば住宅供給 の役割を担って参加する。これは,都市の住宅問題や都市労働者階級の公共住 宅の大量建設要求の増大に対して国家や都市自治体が社会政策的対応をせざる をえなくなってきたからである。郊外生活様式は,このような住宅大量生産 の時代における住宅の商品化と公共化の相対立した傾向を大規模に反映してい る。  第2に,郊外生活様式は,家族の労働時間と生活時間の関係に重要な変化を 引き起こした。郊外化は,都市勤労住民の職住分離である。したがって郊外化 は,その居住者にとって「通勤」(commuting)といったかたちによる労働時 間の延長と生活時間の短縮を引き起こす。この結果生じるに至ったもっとも顕 著な家族関係の変化一このこともまた郊外生活様式の重要な特徴の1つ は,アメリカ合衆国でまず広範に観察されたように,通勤者たる夫の子育てへ

(21)

      都市化と都市生活様式  47 の参加が弱まり,母親の子育ての負担がいちぢるしく加重されるに至ったとい う傾向である。  第3に,住宅形式や居住環境など多くの点で居住者の個人消費の内容や条件 の均質性を特徴とする団地生活では,地域内や地域周辺の共同消費の条件(学 校,保育所,病院,公園,道路交通手段など)が,こうした個人消費の質を左 右する重要な要素となる。すなわち,個人消費の条件や質は共同消費の条件や 質に大きく依存する。郊外生活様式は,こうした個入消費の共同消費への依存 性がもっとも強く明瞭にあらわれる地域生活様式であるといってよいであろう。 それゆえに,こうした地域では,共同消費の確保や改善をめぐる問題が,住民 のコミュニティ活動や政治活動のもっとも重要な地域社会的材料を提供するこ とにもなる。  第4に,郊外生活様式は,女性の状態についていくつかの注目すべき変化を もたらした。生活時問からいって「定時制住民」たる通勤者一男性に代わって, 女性が「全日制住民」としてコミュニティの諸活動の日常的担い手の役割を果 たすことになった。子育てや共同消費ニーズでの生活要求の共通性や,古い家 族関係や地縁的関係による束縛のないことから,郊外ではとりわけ若い主婦層 の子育て・教育活動やコミュニティ活動,消費組合運動などへの参加が活発と なる傾向が出て来る。  19世紀以来郊外は「逃げ場」であり,永いあいだ空間的にも社会階層的にも 都市から分けられた「隔離社会」「選ばれた人々に捧げられた緑の特殊区域」     らう であった。郊外生活の「神話」,すなわち快適で没階級的な新中聞層の生活様 式といったイメージは,貧困と劣悪な住宅・生活環境,居住区の階級的人種的 差別といったまさしく都市問題の裏返しのイメージとして生み出されて来たも のにほかならない。しかし,郊外生活様式は,都市生活様式と異なった何か別 の地域生活様式ではなく,都市生活様式のバリエーションにすぎない。二つの 生活様式は互いに混ざりあい,「郊外においても母都市においても,大量生産, 25)LMumford, The City in History,1961.生田勉訳『歴史の都市明日の都市』新  潮社,1969年,400ページ。

(22)

大量消費,大量娯楽が,標準化され歪められた同種の環境をつくり」出すこと     になる。郊外生活様式は,都市問題を解消するかにみえて,実際には都市問題 の新たなバリエーション(郊外地域における人口急増と共同消費施設の不足, 通勤難,母親の子育て不安など)を生み出すものにすぎないといってよいであ ろう。 26)L.Mumf()rd,同上,402ページ。

参照

関連したドキュメント

以上のような背景の中で、本研究は計画に基づく戦

The local civil servant who works as a volunteer is also called for more as activity in a broad sense for the area.. The local civil servants who carry out such local

都市中心拠点である赤羽駅周辺に近接する地区 にふさわしい、多様で良質な中高層の都市型住

所 属 八王子市 都市計画部長 立川市 まちづくり部長 武蔵野市 都市整備部長 三鷹市 都市再生部長 青梅市 都市整備部長 府中市 都市整備部長 昭島市 都市計画部長

 チェンマイとはタイ語で「新しい城壁都市」を意味する。 「都市」の歴史は マンラーイ王がピン川沿いに建設した

自動車や鉄道などの運輸機関は、大都市東京の

専門は社会地理学。都市の多様性に関心 があり、阪神間をフィールドに、海外や国内の

都における国際推進体制を強化し、C40 ※1 や ICLEI ※2