学校の危機管理における「適切な判断・対応」に関する一考察
―学級担任が心得ておきたい留意点―
粉 川 克 彦
*Considerations in School Crisis Management about Appropriate Judgment and Correspondence:A Class Teacher ask Points to keep in Mind
Katsuhiko KOGAWA 学校の事件・事故は後を絶つことがなく、危機管理はますます重要な教育課題となっている。文 部科学省を始め各教育委員会では、様々な危機管理マニュアルを作成し周知・徹底を図っているが、 それらの中に共通して使われているキーワードが「適切な判断・対応」である。本研究ノートでは、 それらの危機管理マニュアルと筆者の経験知を踏まえ、リスクマネジメントとクライシスマネジメ ントにおける「適切な判断・対応」につながる留意点について、主として学級担任の立場から考察 することとした。院生たちが今後直面するであろう「いざという時」に、少しでも役に立てるよう、 より機能的、実践的な観点から留意点をまとめることとした。 研究ノート 1 はじめに 学校は、児童生徒の命と心身を守る場所であり、 誰もが安心して学び、生活する中で自らの成長と 自己実現を図ることが保障されていなければなら ない。しかし、そうした願いに反し、本来安全で あるべき学校の事件・事故は後を絶つことがなく、 その内容も社会や生活環境の変化に伴い、複雑化、 多様化、そして深刻化している。東日本大震災で は、甚大な被害に対し「想定外」という言葉が頻 繁に使われたが、現在の学校が直面している危機 には、従来では考えもしなかったような事態が 次々と起こり、何が起きても不思議でないような 「想定内」の範囲が拡大しているように思えてな らない。また、一旦、学校において事件、事故が 発生すると、その対応の是非が厳しく問われる現 状がある。初期対応のまずさから児童生徒の心身 に大きな障害を残してしまったり、保護者との信 頼関係が損なわれ、訴訟にまで発展したりする ケースも少なくない。そうしたことによる学校批 判は、連日のように全国各地で報道され、世間の 関心を集め、学校や教職員に対する目は厳しさを 増している。各学校においても事の大小は違えど も、多かれ少なかれ解決すべきトラブル案件を抱 えている。こうした学校危機への対応は、多くの 教育課題が山積する学校にとって最優先の課題で あることは明白である。 危機管理の定義として文部科学省(2006)では、 「人々の生命や心身等に危害をもたらす様々な危 険が防止され、万が一、事件・事故が発生した場 合には、被害を最小限にするために適切かつ迅速 に対処すること」としている。2009 年には、学 校保健安全法が施行され、各学校における学校安 全計画及び危機管理マニュアルの策定と、訓練の 実施等が義務化された。(表1) 表1 学校保健安全法 29 条 (危険等発生時対処要領の作成等) 第二九条 学校においては、児童生徒等の安全 の確保を図るため、当該学校の実情に応じて、 危険等発生時において当該学校の職員がとる べき措置の具体的内容及び手順を定めた対処 要領(次項において「危険等発生時対処要領」 という。)を作成するものとする。 2 校長は、危険等発生時対処要領の職員に対 する周知、訓練の実施その他の危険等発生時 において職員が適切に対処するために必要な 措置を講ずるものとする。 3 学校においては、事故等により児童生徒等
に危害が生じた場合において、当該児童生徒 等及び当該事故等により心理的外傷その他の 心身の健康に対する影響を受けた児童生徒等 その他の関係者の心身の健康を回復させるた め、これらの者に対して必要な支援を行うも のとする。この場合においては、第十条の規 定を準用する。 文部科学省では、各学校における危機管理マ ニュアル作成のための参考資料として、「学校へ の不審者侵入時の危機管理マニュアル」(2002)、 「学校の危機管理マニュアル~子どもを犯罪から 守るために~」(2007)、「学校防災マニュアル(地 震・津波被害)作成の手引き」(2012)を作成し、 周知・徹底を図ってきた。さらに、2018 年 2 月 に「学校の危機管理マニュアル作成の手引」を作 成し、各学校に対し学校や地域の実情に応じた危 機管理マニュアルの見直しを行い活用するよう啓 発している。 各教育委員会においても、それぞれ独自の危機 管理マニュアルを作成し、各学校に対する指導の 充実を図っているが、こうした文部科学省や各教 育委員会作成のマニュアルには必ず共通のキー ワードが繰り返し使われている。それが、「適切 な判断・対応」等の教職員一人一人が学校危機へ の確かな対応能力を身に付けることを指摘する言 葉である。しかし、事件・事故は、ある日突然発 生し、不意を突かれるものである。「災害は忘れ た頃にやってくる」のことわざのように、平穏な 日常生活を突如として脅かす。それだけに誰しも が慌て、混乱し、瞬時に冷静な判断をすることは 大変難しい。事件であれ、事故であれ、災害であ れ、事が大きければ大きいほど、不安とともに緊 張の度合いは高まり、「適切な判断・対応」に迷 うことは、多くの教職員が経験してきたことだろ う。文部科学省の「危機管理マニュアル作成の手 引き」(2018) には、事故等の発生時の対応の基 本として、「組織として機動的に対応できる体制 を整えておくとともに、傷病者を発見した場合に は、臆せず躊躇せず迅速かつ適切な手当てができ るよう、日頃から全ての職員がその手順について 理解し、身に付けておくことが大切です。」と示 されている。 では、「適切な判断・対応」とは何だろうか。 それは、リスクマネジメントにおいては、未然防 止のための最善の措置を施すことであり、クライ シスマネジメントでは、被害を最小限に止める措 置を施すことであるが、すべては「状況に応じて」 が前提であり型通りにはいかない。 例えば、体育授業や学校生活で発生する事故に ついては、ある程度は危険性を想定し、環境整備 や安全指導等の発生のリスクを最小限に留めるリ スクマネジメントができる。 また、いじめ、児童生徒間暴力、児童虐待等は、 時間的な経過の中で、その兆候を把握し、未然防 止や初期段階での対策を講じられる可能性があ る。 しかし、学校内外における不審者や犯罪等につ いては、登下校や日常生活も含め、時間的にも空 間的にも、余りにも広範囲なため予測は難しい。 学校だけの対応は不可能で、警察を始め関係諸機 関、家庭、地域との連携が必須である。 自然災害については、台風等による大雨、暴風 等への対応は、気象庁発表の情報等により早めの 対策は図れるものの、地震、津波に関しては、全 く予知情報は期待できない。 つまり、教職員一人一人が対応しなければなら ない危機は、リスクマネジメントの度合いもまち まちで、事前情報や訓練によって、ある程度準備 を整えられるものと、想定してはいるものの何の 前触れもなく直面するものがあるわけである。保 護者や地域からのクレームもこれらに類する。 学校保健安全法で定められたとおり、学校にお いては、児童生徒の安全を確保するため、危機発 生時にとるべき措置の具体的な内容と手順を定 め、それらを教職員各自に周知し、定期的な訓練 によって対処法を身につけなければならない。し かし、実際には、どの学校でも学校安全計画を作 成し、基本的な危機管理マニュアルを作成しては いるものの、研修機会は限られている。それらを 周知・徹底させ、いかなる場合にも「適切に判断・ 対応」できるよう努めてはいるものの、その能力 は経験年数や意識によっても大きく異なる。各マ ニュアルの膨大な内容を鑑みても、そのすべてを 習得することは不可能である。何よりも、知識と しては理解していても、それを実行できるかどう かは別問題である。実際の危機に遭遇した時の心 理的な動揺や緊張感は、想像以上であろうし、発 生時にマニュアルを確認する余裕などあるはずも ない。苦しむ児童生徒や不安な様子の児童生徒を
81 前にして教職員としての冷静さを保つことの難し さは誰しもが経験していることかも知れない。教 職員は警察官や消防士のような危機対応の専門家 ではないが、多くの児童生徒の命を預かる立場と して、常に危機発生に備え、高い危機管理意識を 保持していくことは当然の使命である。 これまでの危機事例を鑑みると、何といっても 事件・事故が発生した時の初期対応(クライシス マネジメント)の是非が、その後に重大な影響を 及ぼす。高階(2001)は、「学校や企業などで何 か事件が発生した場合、事件そのものも重大であ るが、むしろ学校や企業などの対応の仕方が問題 視される傾向が強い」と指摘している。さらに具 体的に言えば、常に児童生徒と向き合っている学 級担任が、事件・事故に遭遇した時に、真っ先に 何を思い浮かべ、どんな行動を取れるかが重要な ポイントになるのである。 そこで、本研究ノートでは、様々な危機管理マ ニュアルと筆者の経験知を踏まえ、リスクマネジ メントと、クライシスマネジメントにおける留意 点について、主として学級担任の立場から考察す ることとした。今後、院生たちが、学校現場で直 面するであろう「いざと言う時」に、その留意点 が知識として思い浮かび、適切な判断や対応に少 しでも役に立てることを願いながら詳細且つ具体 的なポイントを指摘してみたい。文部科学省や各 教育委員会からも多くの危機管理マニュアルが発 行・配布され、各学校でも独自のマニュアル作成 がされている中、主な対応例は概要版として網羅 されている。そこで、それらの内容を踏まえた上 で、教職大学院における「学校危機管理論」を担 当する実務家教員として、実際の危機場面で必要 になると思われる事柄について、より機能的、実 践的な観点から留意点をまとめることとした。 2 リスクマネジメントとクライシスマネジメン ト まず、リスクマネジメントとクライシスマネジ メントの定義を確認しておきたい。文部科学省 (2003) では、以下のとおりとしている。 【リスクマネジメント(事前の危機管理)】 「事件・事故の発生を極力未然に防ぐことを中心 とした危機管理である。ここでは、早期に危険を 発見し、その危険を確実に除去することに重点が 置かれる。」 【クライシスマネジメント(事後の危機管理)】 「万が一事件・事故が発生した場合に、適切かつ 迅速に対処し、被害を最小限に抑えること、さら にはその再発の防止と通常の生活の再開に向けた 対策を講じることを中心とした危機管理である。」 しかし、文部科学省発行の最新マニュアルであ る「学校の危機管理マニュアル作成の手引」(2018) においては、「リスクマネジメント」、「クライシ スマネジメント」という用語を使っておらす、対 応を以下の三つの段階に分けて記載している。 ・事前の危機管理(事故等の発生を予防する観 点から、体制整備や点検、避難訓練について) ・個別の危機管理(事故等が発生した際に被害 を最小限に抑える観点から、様々な事故等へ の具体的な対応について) ・事後の危機管理 (緊急的な対応が一定程度終 わり、復旧・復興する観点から、引渡しや心 のケア、調査、報告について) これは、事後の危機管理が発生直後の緊急的な 図1 危機管理の2つの側面(学校における防犯教室等実践事例集 2006 文部科学省) リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト と 、 ク ラ イ シ ス マ ネ ジ メ ン ト に お け る 留 意 点 に つ い て 、 主 と し て 学 級 担 任 の 立 場 か ら 考 察 す る こ と と し た 。 今 後 、 院 生 た ち が 、 学 校 現 場 で 直 面 す る で あ ろ う 「 い ざ と 言 う 時 」 に 、 そ の 留 意 点 が 知 識 と し て 思 い 浮 か び 、 適 切 な 判 断 や 対 応 に 少 し で も 役 に 立 て る こ と を 願 い な が ら 詳 細 且 つ 具 体 的 な ポ イ ン ト を 指 摘 し て み た い 。 文 部 科 学 省 や 各 教 育 委 員 会 か ら も 多 く の 危 機 管 理 マ ニ ュ ア ル が 発 行 ・ 配 布 さ れ 、 各 学 校 で も 独 自 の マ ニ ュ ア ル 作 成 が さ れ て い る 中 、 主 な 対 応 例 は 概 要 版 と し て 網 羅 さ れ て い る 。そ こ で 、そ れ ら の 内 容 を 踏 ま え た 上 で 、教 職 大 学 院 に お け る「 学 校 危 機 管 理 論 」 を 担 当 す る 実 務 家 教 員 と し て 、実 際 の 危 機 場 面 で 必 要 に な る と 思 わ れ る 事 柄 に つ い て 、 よ り 機 能 的 、 実 践 的 な 観 点 か ら 留 意 点 を ま と め る こ と と し た 。 2 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト と ク ラ イ シ ス マ ネ ジ メ ン ト ま ず 、 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト と ク ラ イ シ ス マ ネ ジ メ ン ト の 定 義 を 確 認 し て お き た い 。 文 部 科 学 省 で は 、 以 下 の と お り と し て い る 。 【 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト ( 事 前 の 危 機 管 理 )】 「 事 件 ・ 事 故 の 発 生 を 極 力 未 然 に 防 ぐ こ と を 中 心 と し た 危 機 管 理 で あ る 。 こ こ で は 、 早 期 に 危 険 を 発 見 し 、 そ の 危 険 を 確 実 に 除 去 す る こ と に 重 点 が 置 か れ る 。」 【 ク ラ イ シ ス マ ネ ジ メ ン ト ( 事 後 の 危 機 管 理 )】 「 万 が 一 事 件 ・ 事 故 が 発 生 し た 場 合 に 、 適 切 か つ 迅 速 に 対 処 し 、 被 害 を 最 小 限 に 抑 え る こ と 、 さ ら に は そ の 再 発 の 防 止 と 通 常 の 生 活 の 再 開 に 向 け た 対 策 を 講 じ る こ と を 中 心 と し た 危 機 管 理 で あ る 。」 図 1 危 機 管 理 の 2 つ の 側 面 し か し 、 文 部 科 学 省 発 行 の 最 新 マ ニ ュ ア ル で あ る 「 学 校 の 危 機 管 理 マ ニ ュ ア ル 作 成 の 手 引 」( ) に お い て は 、「 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト 」、「 ク ラ イ シ ス マ ネ ジ メ ン ト 」 と い う 用 語 を 使 っ て お ら す 、 対 応 を 以 下 の 三 つ の 段 階 に 分 け て 記 載 し て い る 。 ・ 事 前 の 危 機 管 理 ( 事 故 等 の 発 生 を 予 防 す る 観 点 か ら 、 体 制 整 備 や 点 検 、 避 難 訓 練 に つ い て ) ・ 個 別 の 危 機 管 理 ( 事 故 等 が 発 生 し た 際 に 被 害 を 最 小 限 に 抑 え る 観 点 か ら 、 様 々 な
対応と、それが一定程度終わり、多少の時間的経 過の後に対応していかなければならない観点に分 けることによって、より詳細で、実用的なマニュ アルになるように留意したからと考えられる。 本研究ノートの事後の危機管理については、発 生直後の緊急的な対応に焦点化した上でクライシ スマネジメントと表記している。 3 リスクマネジメントの留意点 文部科学省では、「学校の危機管理マニュアル 作成の手引」(2018)において、事前の危機管理 の項目として①体制整備②点検③避難訓練④教職 員研修⑤安全教育をあげ、詳細に解説している。 これらの内容を教職員に周知・徹底し、日頃から 継続的に実践し、教職員の危機管理意識を保持、 深化させていくことが何よりも重要であることは 言うまでもない。 さらに、ハインリッヒ(ハーバート・ウィリア ム・ハインリッヒ)は、1929 年にいわゆる「ハ インリッヒの法則」を発表し、1件の重大な事故・ 災害の背景には 29 件の軽微な事故・災害があり、 その背後には 300 件の「ヒヤリ」としたり、「ハッ」 したりした出来事(いわゆるヒヤリ・ハット)が あることを示し、現在なお、危機管理の重要な視 点として注目をされている。 そこで、筆者は、これらの危機管理の基本を前 提としながら、特に学級担任等が留意すべき事柄 について以下の4点にまとめてみた。 (1)情報共有 ①教職員間の情報共有 「何か変だ」「気になる」「いつもと様子が違う」 「あの子どういう子?」等、日頃の学校生活の中 で教職員が気になった事柄を口に出して周囲の教 職員と共有する習慣を身につけたい。教職員個々 の経験や感性による気づきや、いわゆる第六感と 言えるものだが、教職員の過去の「ヒヤリ・ハッ ト」の経験や、様々な教訓に基づき、日常の学校 生活の中でふと感じる気づきや第六感が、事件・ 事故の未然防止につながるケースは決して少なく ない。危機管理能力に長けた教師は、そうした兆 候を敏感に察知し、早期に手をうつことができる。 特に経験豊富なベテラン教職員は経験知を生かし て一般的にそうした感知能力が優れている。 次に重要なのが、察知した情報を、例え明確な 根拠がなくとも、周囲の教職員に話し、情報を共 有することである。それにより、児童生徒の問題 でも、安全管理の面でも、健康に関することでも、 複数の教職員が情報を共有することにより、それ ぞれの視点で多面的に注意喚起することができ る。 例えば、いじめ対策として、静岡県いじめ対策 マニュアル (2013) では、「子どもの家庭環境や友 人関係、生活の様子、問題行動、発達障害等の情 報を教職員間で共有し、子どもの実態等を配慮し た組織的な指導・支援体制を整える。」としている。 いじめは、水面下で進行し、教師が把握できたと きには、かなり深刻化しているケースも少なくな い。特に最近はSNSの普及により、LINE等 でつながった児童生徒間の交流や人間関係がいじ めの温床になりやすいことが社会問題になってい るが、目に見えにくいためにその把握は大変難し い。最悪のケースであるいじめ自殺の発生や不登 校に陥ったことにより初めて学校が気づくことさ えある。学校が組織として万全の体制でいじめ撲 滅に取り組んでいても、いじめの早期発見には苦 慮する現実がある。少しでも早く、発見、対応し ていくためには、教職員間の情報共有はなくては ならないものである。 また、いわゆる学級崩壊(学級がうまく機能し ない状況)についても、情報共有は重要なポイン トとなる。学級担任にとって、児童生徒の誰もが 安心して生活できるための学級経営は、学校生活 の基盤としてどの学級担任も心血を注いで取り組 む。それだけに、学級がうまくいかない状況とい うのは学級担任にとって大変辛いことであると同 時に、周囲には相談しづらい現実がある。まして やベテラン教師にとっては、プライドもあり、ま すます言い出しにくい。 平成 14 年に埼玉県教育委員会が行った調査(本 調査では「学級がうまく機能しない状況」と表記 している。)によると、学級がうまく機能しない 状況にあるとした件数は全体が 150 件で、その内 訳は以下のとおりである。
この結果から、学級がうまく機能しない状況に ある学級担任の年齢は、若手に偏らず、40 歳代、 50 歳代の中堅、ベテラン層にも多いことがわか る。つまり、学級経営上の悩みを相談しにくい中 堅、ベテラン層にも、いわゆる学級崩壊のリスク は高く、相談しづらいだけに深刻化する可能性が 高いといえる。 いわゆる学級崩壊は、一旦その状態に陥ってし まうと、同じ学級担任のまま状況が改善された事 例はないといわれるほどクライシスマネジメント の困難な危機である。それだけにリスクマネジメ ントとしての情報共有は欠かせない要因となる。 年齢や経験、立場に関わらず、何でも相談できる 風通しのよい学年、学校の雰囲気こそが、「困っ ている」と「様子がおかしい」の情報共有につな がり、早期対応を可能にする。いわゆる学級崩壊 は、学校への期待と信頼を根底から揺るがす重大 危機であるため、いじめ同様、何よりも未然防止、 早期発見・対応が求められる。 さらに、いわゆる学級崩壊が現実のものとなっ てしまった場合の対応の重要ポイントは、「事実 を隠さない」「ありのままを伝える」ことである。 その対象は、教職員は勿論のこと、保護者も同様 である。実際の学校生活を参観してもらい、「学 校が困っている」ことを伝え、保護者と課題を共 有することである。学級担任にとっては、自身の 力量不足をさらけ出すような辛い思いであろう。 しかし、早期対応の機会を逃し、事態が深刻化す ると、もはや同じ学級担任では解決できず担任交 代という最悪の状況に陥る可能性が高い。教職員、 保護者による情報共有は組織での解決を図る重要 なポイントである。 ②保護者との情報共有 子どもの気になる表われ(体調、言動、表情) を察知した場合には、教職員間での情報共有と同 時に、タイミングを見計らった上で保護者と情報 共有することが大切である。タイミングを見計 らってというのは、迅速に対応しなければならな い場合と、ある程度の経過観察した上で対応する 場合があるからである。 緊急性の高いものは、当然のことながらけがや 病気等、心身の異常に関するもので、養護教諭等 との連携のもと、迅速に対応しなければならない。 一方、経過観察が必要なものは、いじめや不登 校に関わる悩み、学習や友だち関係の悩み、家庭 生活での悩み等があるが、これらについては、担 任としてある程度の期間、経過観察をし、他の教 職員の情報とも合わせて事実を確認した上で保護 者に相談する方が効果的な場合が多い。ただし、 児童虐待の可能性がある場合においては、スクー ルカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等 の専門スタッフとの連携のもと、慎重かつ適切な 対応をしなければならない。当然児童虐待を受け たと思われる場合には、都道府県、市町村の福祉 事務所や児童相談所への通告義務もある。 ③地域との情報共有 学校保健安全法第 30 条でも、地域の関係諸機 関との連携について、「学校においては、児童生 徒等の安全の確保を図るため、児童生徒等の保護 者との連携を図るとともに、当該学校が所在する 地域の実情に応じて、当該地域を管轄する警察署 その他の関係機関、地域の安全を確保するための 活動を行う団体その他の関係団体、当該地域の住 民その他の関係者との連携を図るよう努めるもの とする。」と定めている。実際に、地域の諸団体 表2 学級がうまく機能しない状況にあるとした件数(150)の内訳 ①学級担任の性別 女性 102 人 男性 48 人 ②学級担任の年齢 20 歳代 30 歳代 40 歳代 50 歳代 24 人 31 人 67 人 28 人 ③学年別(学級) 1年 2年 3年 4年 5年 6年 17 人 14 人 21 人 21 人 43 人 34 人
による防犯パトロール(見守り隊)、交通安全指導、 子ども 110 番の家等、学校と地域とが連携し、児 童生徒の安心・安全を守る活動は年々充実してき ている。さらには、特に不審者対策として、静岡 県警が県内のガス会社と協定を結んだ見守り活動 や、ランニングを楽しみながらの見守り活動であ る「しずおかランニングパトロール」などが始動 するなど「ながら見守り」の活動も広がっている。 防災においても、阪神淡路大震災や東日本大震災 以後、各地域の防災体制は、行政との連携・協働 のもとで整備が急がれている。 そうした中で今後も特に留意したいのが、学校 と地域との情報共有(課題共有)である。学校と 地域の関係団体との連絡体制を整備し、緊急時に も速やかに情報共有できる体制を整えておきた い。 学区内での不審者出没の際のパトロール、大雨・ 暴風・雷等による登下校の見守り、交通事故危険 個所での交通安全指導等、地域の方々の見守りは 児童生徒にとって何よりも心強い。学校は開かれ た学校づくりを今後もより一層推進し、「心配な こと」「困っていること」「人手が足りないこと」 の情報を積極的、かつ率直に地域に伝えることに 留意すべきであろう。例えば、何者かによって校 内が荒らされたようなケースでも、多くの地域住 民がその事実を認識し、学校の様子を気にかけて くださることがどれほど大きな防犯効果になって いるか図り知れない。どの学校でも窓口は管理職 が中心であるが、今後は管理職に限らず、「地域 学校協働本部」の趣旨に基づき、地域連携担当教 員や、各分掌担当者らも積極的に関係団体と連絡・ 調整ができるような開かれた体制づくりに努めた い。 (2)情報収集と記録 いじめや不登校、問題行動等に係る、児童生徒 の情報収集と記録の蓄積は、教職員の基本的な児 童生徒理解の習慣として身に付けたい。その際、 いつ、どこで、誰が、誰と、何を、どのように等、 事実を明確に記録しておくことである。特にいじ めについては、些細な兆候や気づき、あるいは、 児童生徒からの訴えであっても、大したことでは ないと安易に判断せず、複数の教職員との情報共 有や、然るべき組織の手順に従って情報が共有さ れなければならない。いじめに関する教職員の認 識の温度差は依然として大きい。いじめかどうか の判断は個人ではなく組織でする性格のものであ る。いじめの早期発見、未然防止については、丁 寧過ぎるくらいの対応が必要であろう。そして、 集約された複数の情報や記録によって、該当者へ の聴き取り調査や、場合によっては、緊急のアン ケート調査の実施も必要となる。 問題行動の場合は、学校が把握した時系列での 情報収集・整理が重要となる。児童生徒間暴力、 非行、万引き等、保護者の理解と連携を図ったり、 必要に応じて関係諸機関の協力を求めたりする場 合においてもまず必要なのが事実の記録である。 主観を入れず、把握した事実を端的に、明確に記 録しておくことである。 (3)チーム学校の視点 平成 27 年 12 月の中央教育審議会答申「チーム としての学校の在り方と今後の改善方策」では、 「チームとしての学校」が求められる背景として 次のように述べている。「社会や経済の変化に伴 い、子供や家庭、地域社会も変容し、生徒指導や 特別支援教育等に関わる課題が複雑化・多様化し ており、学校や教員だけでは、十分に解決するこ とができない課題も増えている。中略、以上のよ うな状況に対応していくためには、個々の教員が 個別に教育活動に取り組むのではなく、校長の リーダーシップの下、学校のマネジメントを強化 し、組織として教育活動に取り組む体制を創り上 げるとともに、必要な指導体制を整備することが 必要である。その上で、生徒指導や特別支援教育 等を充実していくために、学校や教員が心理や福 祉等の専門家(専門スタッフ)や専門機関と連携・ 分担する体制を整備し、学校の機能を強化してい くことが重要である。このような「チームとして の学校」の体制を整備することによって、教職員 一人一人が、自らの専門性を発揮するとともに、 専門スタッフ等の参画を得て、課題の解決に求め られる専門性や経験を補い、子供たちの教育活動 を充実していくことが期待できる。」 教員をバックアップする専門スタッフとして、 スクールカウンセラーやスクールソーシャルワー カーの配置が進んでいる。静岡県教育委員会でも 「ハートフルサポート充実事業」と称して「スクー ルカウンセラー等活用事業」及び「スクールソー シャルワーカー活用事業」のさらなる拡充を図っ
ている。従来の校内の専門職であった事務職員、 養護教諭、栄養教諭等と共に、こうした専門スタッ フの積極的な活用による機能強化が重要な視点と なる。筆者もスクールソーシャルワーカーの参画 を得たケース会議で、その専門性の大きさを実感 してきた。例えば、不登校児童の対策においても、 生徒指導主任を中心とした従来のケース会議で は、児童の状況等の情報共有はできてもなかなか その先の進展を図る手立てが見つからず苦慮して いた。しかし、スクールソーシャルワーカーの参 画により、毎回のケース会議では、必ずアセスメ ントシートが示される中、その情報が追加、修正 され、スクールソーシャルワーカーから、家庭へ のアプローチの仕方、関係諸機関との連携の方法 や可能性、時間的な見通し等、限られた時間の中 で、必ず方針が決定され、各々の役割が明確になっ た。「これからもみんなで見守っていきましょう」 という曖昧な方針ではなく、「誰が、いつまでに、 何をするか」が決まり、具体策が明確になったこ とは大きな成果であった。 また、子どもたちの傷病に関することや、環境 衛生に関することは、学校医及び学校薬剤師との 連携が欠かせない。インフルエンザや嘔吐下痢症 などの感染症が集団発生した場合など、まずは、 養護教諭等が学校医に報告、相談し、専門的な見 地からのアドバイスに基づき適切な対応をしてい かなければならない。 (4)その他、リスクマネジメントの基本的な構 え ①教育活動を実施する上で、真っ先に考えるべ きは児童生徒の「安全」である。 ②整理、整頓は環境整備の基本である。乱れた 教室で事件、事故が発生しやすいことを経験 から感じてきた。学級担任の教室経営は、何 を大切にすべきかの価値が無言のうちに児童 生徒に伝わるものであり、時には、直接の注 意喚起よりも教育効果が高い場合もある。特 別教室、運動場、体育館等、教室以外の活動 場所も安全点検時だけでなく、日頃から教師 の目が行き届くように努めたい。 ③教師の体験と予備実験の大切さ 指導をする教師が体験をしたことのない活動 は、まず教師自身がやってみて安全面の留意 事項を確認することである。体育実技、図工 の製作活動、理科の予備実験、校外活動等、 実際に体験した中での安全面の留意事項に対 する気づきを大切にしたい。 ④危機管理研修と訓練の繰り返し 火災、地震、津波を想定した避難訓練、心肺 蘇生法、AEDの使用法、防犯訓練(不審者 侵入)、食物アレルギー対応(エピペン使用 法)、救急法等、教職員の危機管理研修や訓 練機会は多い。どの訓練においてもロールプ レイングを取り入れるなどしてリアル度を高 め、常に緊張感をもって臨みたい。研修にお いても、視聴覚教材など優れた研修資料が官 民問わず数多く提供されているので大いに活 用したい。 ⑤事例から学ぶ 日々報道される様々な事件、事故の報道に関 心を寄せ、提供された情報からその場の状況 を想起し、「自分ならどうするか」を考える 習慣を身につけたい。管理職や、危機管理担 当者等は、日頃から教職員への事例提供を心 掛け、危機意識の喚起に努めたい。 ⑥電話対応の基本を身に付ける 保護者や地域住民からのクレーム、マスコミ からの問い合わせによるトラブルが多い。ど んなに理不尽と思われる案件であっても、ま ずは相手の言い分を受け止めることから始ま る。感情的なもつれは、解決につながらない ことを心得るべきである。 また、教職員はマスコミ対応に不慣れであり、 苦手意識が強い。窓口を一本化するなど、基 本的な対応マニュアルを作成し、周知したい。 ⑦誠実な対応 大きな事件・事故が発生する度に、学校や教 育委員会の隠蔽体質を批判する報道がされる が、どんな状況にあろうとも誠実に勝る危機 対応はない。不幸にも事が起きてしまった後 でも、日頃からの学級担任や学校の児童生徒 に対する誠実な関わりが相手の感情を和らげ その後の解決に好影響を及ぼすケースは少な くない。 ⑧アンガーマネジメント 静岡県教育委員会発行の広報誌Eジャーナル しずおか 203 号(2018)では、パワハラ、体 罰、威圧的な指導を防ぐために「アンガーマ ネジメント」を以下のように紹介している。
多くのストレスを抱えながら日々の教育活動に 携わっている教職員にとって、こうした感情のコ ントロールは今後ますます大切になってくるので はないだろうか。 4 クライシスマネジメントの留意点 (1)基本的な知識技能による応急処置 学級担任等が教育活動中に児童生徒の傷病を発 見した場合には、その症状に応じた適切な応急処 置が必要となるが、その判断は発見者の傷病に関 する基本的な知識技能の有無に左右される。多く の場合は、養護教諭の応援を要請するが、学級担 任等による発見時の判断と対応の是非が以後の状 況に大きな影響を及ぼす場合がある。 必要とされる基本的な知識技能の例を上げれ ば、体育授業での怪我の場合、まずは痛み、出血、 腫れ等の受傷部位の確認をした後、状況に応じて 保健室への搬送かその場での応急処置かを判断す る。しかし、跳び箱やマット運動、柔道等で頭部、 頸部を損傷している可能性のある場合には、「動 かさない」が鉄則である。また、児童生徒がめま いや吐き気を訴え、熱中症の疑いがある場合の初 期段階では、意識、呼吸、脈拍等のバイタルサイ ンを確認した上で軽度であれば涼しい場所に移動 させ、衣服を緩めて水分補給や体を冷やす処置を する。給食後にじんましんや唇とかまぶたの腫れ が出るなど、食物アレルギーによるアナフィラキ シーショックと見られる症状の場合は、本人の「学 校生活管理指導表」に基づきエピペンの所持を確 認しなければならない。その他、感染症の消毒や 嘔吐物の処理方法も、インフルエンザとノロウィ ルスでは違うことや、歯の欠損事故では歯を探す ことと保存液の存在を認識していることなど、学 級担任としての必要最低限の基本的な知識技能は いかなる場合にも必要になる。各学校では、毎年、 水泳指導が始まる前に救急救命士等による心肺蘇 生法やAEDの使い方講習を実施するが、これは 児童生徒の命を守るための基本的な知識技能であ り、繰り返しの訓練により確実に身に付けなけれ ばならないからである。学校保健安全法 29 条第 2 項でも「校長は、危険等発生時対処要領の職員 に対する周知、訓練の実施その他の危険等発生時 において職員が適切に対処するために必要な措置 を講ずるものとする。」と、職員研修を規定して いる。渡邉 (2013) は、職員研修を行う意義を次 のように指摘している。 ①教職員の危機管理意識を向上させる。 ②危機管理マニュアルを実効性あるものにす る。 ③いち早く危機を発見し、危機発生を未然に防 ぐ。 ④危機発生時に適切かつ迅速に意志決定し、実 行に移すための能力を高める。 ⑤教職員間の意思の疎通を図る。 危機に関する基本的な知識技能と実行力を身に 表3 6秒待って ~アンガーマネジメントのすすめ~ 【STEP 1 6秒間待つ】 感情のピークは最初の6秒です。大きく深呼吸したり、頭の中で6まで数えたり、まず6秒間待つ ことで、怒りのピークをやり過ごすことができます。 【STEP 2 自分を怒らせた正体を知る】 ある人が又はある出来事が、自分を怒らせたと考えがちですが、その正体は“べき”という言葉で す。仕事はこうやるべき、部下はこうあるべきなど、自分が信じている“べき”が裏切られたとき に人は怒りを感じます。自分の“べき”を知ることで、怒る前に自分の怒りを察知できるようにな ります。 【STEP 3 “べき”の境界線を広げる】 どういう“べき”を信じるかは人それぞれですが、その境界線により怒る 回数は増減します。自 分と同じ“べき”(OKゾーン)と自分と違う“べき”(NGゾーン)の他に、少し違うが許しても いい中間(許容ゾーン)を作り、“べき”の境界線を広げることで、怒らなければいけないことが 減ります。 <参考:パワー・ハラスメント防止ハンドブック(人事院)>
付けるためには、計画的な職員研修を実施し、危 機管理意識の維持・向上に努めていかなければな らない。 (2)迅速 「誠意とはスピードである」、H26 年度静岡市危 機管理研修会での講師の言葉である。正にその通 りで、文部科学省のクライシスマネジメントの定 義でも、各危機管理マニュアルにも、「迅速」は 数多く記載される重要キーワードである。事件、 事故が発生した場合に被害の大小に直接関わるの がこの「迅速」な対応であろう。 では、何を「迅速」に対応するのか。それは、 ①被害者の救済、②応援要請、③一報、であろう。 これらに順序性はなく、実際の現場では同時進行 される。授業中の児童生徒のけがであれば、学級 担任はまず該当児童生徒の救護に当たりながら、 他の児童生徒を通して養護教諭をはじめ他の職員 の応援要請と職員室への連絡を行う。学校内の場 合には、短時間で組織的な対応が可能となるが、 校外学習の場合には連絡手段や対応が難しい。い かなる場合も携帯電話所持は必須であろう。 比較的問題が大きくなりやすいのが、保護者や 地域からの相談やクレームへの対応である。相手 の訴えに応じ、校内で事実を確認し、対応方針を 検討の上、相手に連絡するまでにかなりの時間を 要してしまい、その間に感情のもつれが生じる ケースも多い。金曜日の夜に保護者から学級担任 へのいじめ相談があったが、週末であったため学 級担任は改めて月曜日にその対応をしようとした ところ、休日にいじめがエスカレートし保護者の 信頼が損なわれてしまった事例などは、「迅速」 の鉄則を軽視した典型的な例であろう。そこには、 連絡を受けた学級担任の事の重大さを認識する 「判断力」が欠如していたと言わざるを得ない。 もし、この学級担任に、「報告・連絡・相談」の 基本事項がしっかりと身についていたならば、学 年主任や生徒指導主任等への報告によって迅速な 対応ができたのかもしれない。「迅速」と「適切 な判断・対応」とは切り離せないものである。教 職員不祥事根絶のための研修会で、ある教育長が 「24 時間教師であることを忘れてはならない」と 指導したが、児童生徒の命を預かる立場である以 上、いつ、いかなる時であっても「迅速」な対応 が求められる場面は必ずある。要は、教職員自身 がそうした緊急性、切迫度に気づけるかどうかで ある。 (3)優先順位 ①児童生徒の命 ②保護者への対応 ③関係諸機関への連絡 様々な事件、事故に遭遇した時に、常にこの優 先順位を念頭に置かなければならない。至極当た り前のことであるが、何よりも優先されなければ ならないことは、「児童生徒の命」であり、解釈 を広げれば、「児童生徒にとってどうか」をまず 考えて判断することだ。教師による体罰問題が起 きた時に、まず守られるべき児童生徒の保護と救 護、さらには、本人への誠意をもった謝罪が優先 されるべきところ、救護の後に保護者への報告と 謝罪が優先されてしまったため、被害者本人が納 得しておらず、保護者の心証を害した例もある。 また、いじめ自殺問題で第三者委員会による調 査報告から学校が保護者より教育委員会への報告 を優先したことが明らかになり世間から大きな批 判を浴びた例も記憶に新しい。 緊急を要する児童生徒のけがや病気で救急車を 要請する場合にも、この保護者連絡は欠かせない 要件である。自宅の場所にもよるが、救急車に教 職員とともに同乗していただけるくらいのスピー ド感が必要であろう。 冷静に考えれば、当たり前のこの優先順位が、 時と場合によっては見失われがちであることを筆 者も数多く経験してきた。「もっと早く連絡して くださればよかったのに」の一言は保護者の切実 な思いであろう。 (4)報告の原則 ①拙速の一報 ②詳細の二報 ③完璧の三報 この原則の出所は明らかではない。学校現場で も、行政機関でも、筆者の教職経験の中で語り継 がれてきた報告の大原則である。特に重要なのが 「拙速の一報」である。児童生徒の事故や事件など、 学校の管理下とは言え、その原因が学校側や教職 員に起因しない場合には比較的早く情報が伝わる が、教職員に瑕疵がある場合には、得てして情報 が遅れがちになる。個人情報の漏えい問題などは、
最も典型的な事例かもしれない。USB等の記憶 媒体が不明な時に、「まあ、大丈夫だろう」「何と かなるのでは」「そのうちに見つかるはず」の甘 い判断が事件を深刻化させる。拙速の一報があれ ば、早期に、組織として対処できたものを、時間 の経過とともに記憶媒体の発見の可能性が低く なってしまう例は多い。 「言いにくいことを隠さない」は人の心理とし て最も難しいことであるが、風通しのよい職場づ くり、教職員間の良好な人間関係づくりを心がけ、 何でも相談ができ、率直に「困った」が言える職 員室文化を大事にしたい。 また、詳細の二報、完璧の三報のためには、事 件、事故の発生時から、教職員が役割分担をし、 指揮系統を明確にした上で、それに従い、自身の 役割を果たすことである。記録担当は、時系列で、 事実について主観を交えず丹念に記録していきた い。管理職が在校時には、その指示に従がって行 動するが、管理職不在時には、そこに居合わせた 教職員の適切な判断が求められる。学級担任が普 段から児童生徒理解のための記録の蓄積を習慣化 できていれば、何か事件、事故が起きた場合にそ の情報が役立つケースは多い。いじめ、不登校、 生徒指導上の問題、家庭環境、特別な配慮を要す る児童生徒の情報、健康上の課題等の記録は、各 学校で整理され引き継がれているものと思われる が、その基本は学級担任による記録の習慣であろ う。それが危機に際した場合にも生かされるので ある。 5 おわりに 「事件・事故は会議室で起きているわけではな い。」、教職大学院生を対象としたある研修会で、 教育委員会の担当者がそう問題提起した。様々な 事件・事故は、教育の現場で発生しているのであ り、まずはそこにいる教師自身が当事者として責 任をもって自ら判断、対応しなければならないこ とを示唆されたのだと思う。「報告・連絡・相談」 や「組織対応」は、危機管理の原則ではあるが、「上 司に相談してから」では済まされない場合もある。 教師は目の前の児童生徒のために、どう対応すべ きかを、瞬時に、適切に判断し、そして実行しな ければならないのである。児童生徒たちと常に接 している学級担任が、そうした危機に際しての第 一判断者になる可能性が最も高いことは当然であ るが、それは経験や立場とは関係なく、教師であ る以上、誰でもが皆、同じように担っている責務 である。 学校危機管理論では、毎回事例分析を中心とし た授業を行ってきた。学部卒院生からは、果たし て自分が危機に直面した時に適切な判断ができる かどうか不安だという感想が多く聞かれたが、そ れは経験のない学部卒院生にとっては率直な思い だろう。しかし、そうした不安感があるからこそ、 リスクマネジメントへの危機意識も持続できるの であり、危機の発生時にもマニュアルを踏まえた 丁寧な対応に努めることができるのかもしれな い。そう考えれば不安は決してマイナス要因では ない。 最後に、院生が現場に立った時に役立つかもし れない学校危機に関わることばを紹介したい。こ れらは、「注意一秒けが一生」「喉元過ぎれば熱さ 忘れる」「災害は忘れた頃にやってくる」などの 誰でもが知っているような有名なことわざ・格言 があるが、それに類するような学校危機管理に纏 わることばである。出典不明のものが多く、現場 で先輩から後輩に語り継がれたことばであった り、研修会等で講師に紹介されたことばであった り、あるいは筆者の経験から滲み出たことばで あったりと出所は様々だが、いずれも長い間、学 校危機に対する警笛や戒めとして生かされてきた ことばである。事件や事故を未然に防ぐために、 あるいは、危機に直面した時に、児童生徒や教職 員を守るために、もしこれらのことばがその時々 で思い浮かび、「適切な判断・対応」の一助とな れば幸いである。 ・子どもの命と人権を守る ・判断基準は「子どもにとってどうか」 ・迷ったら丁寧な方を選択 ・信頼を築くのは一生、壊れるのは一瞬 ・100 -1=ゼロ ・誠意とはスピード ・「困った」が言える学校はいい学校、働きやす い学校 ・言いにくいことほど隠さない ・事実を隠さない、歪めない ・人は起こしたことで非難されるのではなく、起 こしたことにどう対応したかで非難される ・一人で抱えても解決しない ・家庭への対応は誠意をもって
・「心配していること」は行為で伝える ・教職員にとって何よりも大切な資質は心身の健 康 ・体をこわしてまでする仕事はない ・現地に立って物を言う ・後始末より前始末 ・「何か変だ」「ちょっとおかしい」と感じたこと は口に出す ・「多分大丈夫」「誰かがやっているだろう」「前 からそうだった」は禁物 ・常に最悪のケースを考えて対応する ・思えば思いが返る ・窮地を救うのは正直 【引用・参考文献】 ・文部科学省「学校における防犯教室等実践事例 集」(2006) ・文部科学省「学校への不審者侵入時の危機管理 マニュアル」(2002) ・文部科学省「学校の危機管理マニュアル~子ど もを犯罪から守るために~」(2007) ・文部科学省「学校防災マニュアル(地震・津波 被害)作成の手引き」(2012) ・文部科学省「学校の危機管理マニュアル作成の 手引」(2018) ・文部科学省「学校の安全管理に関する取組事例 集―学校への不審者侵入時の危機管理を中心 にー」(2003) ・高階玲治編著「見てわかる学校の危機管理マ ニュアル」(2001) ・静岡県いじめ対策マニュアル(2013) ・埼玉県教育委員会「学校がうまく機能しない状 況」への対応について(2001) ・中央教育審議会答申「チームとしての学校の在 り方と今後の改善方策」(2015) ・静岡県教育委員会発行「Eジャーナルしずおか 203 号」(2018) ・渡邉正樹「学校安全と危機管理(改訂版)」(2013)