Kobe Shoin Women’s University Repository
Title
家政学よりみた江戸時代(一)
Edo period judging from Home Economics
Author(s)
高尾 こいし(Koishi Takao)
Citation
生活科学論叢(Review of Living Science)
,
No.1:1-20
Issue Date
1968
Resource Type
Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
URL
Right
家
政
学
よ
り
み
た
江
戸
時
代
一 く高
尾
こ
い
し
江 戸 時 代 の 社 会 秩 序 は 身 分 制 度 を 根 幹 と し て い る 。 俗 に 士 農 工 商 と い う が 、 実 際 は 武 士 と 百 姓 と 町 人 で あ る 。 豊 臣 秀 吉 が 全 国 的 に 実 施 し た 太 閣 検 地 に よ っ て 、 検 地 帳 に 登 録 さ れ た 者 は 百 姓 の 身 分 と さ れ た 。 中 世 戦 国 時 代 に は 各 地 に 土 豪 が い て 農 業 を 営 む か た わ ら 、 武 器 を た く わ え 兵 力 と な る 下 人 を か か え て い た 。 中 央 集 権 が 成 立 す る に し た が っ て 、 土 地 を 離 れ て 大 名 の 下 臣 団 に 加 わ っ て 城 下 町 に 生 活 す る 武 士 と 、 農 村 に 残 っ て 検 地 帳 に 登 録 さ れ 、 百 姓 の 身 分 と な る も の に 分 れ た 。 織 田 信 長 や 豊 臣 秀 吉 の 頃 城 下 町 を 建 設 す る た め に 、 楽 市 ・ 楽 座 の 令 と い う も の を 発 し た 。 こ の 町 に く る 商 人 は 自 由 に 商 売 が で き 、 年 貢 や 諸 役 も な い の で 、 近 隣 の 農 村 に い る 商 人 が 集 ま っ た 。 こ の 一 定 の 都 市 区 域 内 に 住 ん で い る 者 は 町 人 の 身 分 と さ れ た 。 か れ ら は 農 村 と 完 全 に 遮 断 さ れ 、 武 士 の た め に 物 質 の 調 達 と 物 資 製 造 の 技 術 と を 提 供 さ せ ら れ た 。 武 士 百 姓 町 人 の 身 分 は こ の よ う に し て 成 立 し た が 、 江 戸 時 代 と な り そ の 階 級 的 存 在 は 厳 重 と な っ た 。 武 士 は 封 禄 に よ り 生 活 す る も の で 、 純 然 た る 俸 給 生 活 者 で あ っ た 。 社 会 の 進 化 に つ れ て 生 活 費 が 増 加 す る う え 、 半 知 の 法 と い っ て 藩 の 財 政 救 済 の た め 、 武 士 の 封 禄 を 借 り 上 げ る 減 俸 が 行 わ れ る こ と も 度 々 で あ っ た 。 そ の た め 武 士 の 生 活 は い よ く 苦 し く な り 、 商 人 で あ る 町 人 の 助 け を 求 め る よ う に な り 、 社 会 的 支 配 の 実 権 は 町 人 の 手 に 次 第 に う つ っ て い っ た 。 ﹁ 農 は 国 の 本 な り ﹂ と い わ れ 、 コ 百 姓 二 侍 三 乞 食 四 町 人 ﹂ と 武 士 の 上 に ま で た と え ら れ た 農 民 は 、 日 常 生 活 の あ ら ゆ る 面 に 干 渉 を う け 、 営 々 と し て 重 課 に あ え ぐ あ わ れ な も の で あ っ た 。 慶 安 二 年 ( 一 六 四 九 ) 御 燭 書 朝 お き を 致 し 、 朝 草 を 刈 、 昼 は 田 畑 耕 作 に か か り 、 晩 は な わ を な い た わ ら を あ み 、 何 に て も そ れ ぐ の 仕 事 無 油 断 可 仕 事 農 民 は 租 税 の 道 具 と し て ﹁ 死 な ぬ 様 に 、 生 ぬ 様 に と 合 点 致 し 収 納 申 付 ﹂ ら れ た も の で 、 一 度 凶 作 と な れ ば 餓 死 す る も の 数 を 知 ら な い 有 様 で あ っ た 。 間 引 、 か え す 、 戻 す な ど と い わ れ た こ と が 全 国 い た る 所 の 農 村 で 行 わ れ た 。 ﹁ 水 牢 と き い て 娘 行 く 気 な り ﹂ と い う よ う な 農 村 哀 話 が う ま れ 、 百 姓 一 揆 も こ の よ う な 窮 状 に お こ っ た 農 民 の 反 抗 運 動 で あ る 。 諸 国 農 政 衰 頽 し て ⋮ ⋮ ⋮ 其 の 出 る 所 の 物 産 乏 し く 、 以 て 境 内 の 人 民 を 衣 食 せ し む る に 足 ら ず 、 故 に 往 々 其 児 を 養 ふ こ と 能 は ず し て 、 密 々 此 を 殺 害 す る 者 有 り 、 奥 羽 及 び 関 東 諸 国 に は 殊 に 多 し 。 中 国 、 四 国 、 九 州 等 も 子 を 殺 す 者 極 て 多 し と 錐 ど も 、 産 せ ざ る 前 に 胎 内 に て 密 か に 此 れ を 殺 が 故 に 、 外 見 は 殺 さ ざ る が 如 し 、 唯 越 後 一 国 は 赤 子 を 殺 す こ と 一 1 皿ゴ 甚 だ 少 し 、 其 代 り に 女 子 を ば 、 七 八 才 以 上 に 至 れ ば 、 移 し く 他 邦 に 売 り 出 す を 風 習 と す 。 故 に 北 越 の 買 婦 は 一 箇 の 物 産 な り ⋮ ⋮ ⋮ 今 の 世 に 当 て 陸 奥 、 出 羽 の 両 国 ば か り に て も 、 赤 子 を 陰 殺 す る こ と 年 々 六 七 万 人 に 下 ら ず ⋮ (佐 藤 信 淵 経 済 要 録 ) 明 和 四 年 ( 七 六 七 ) 御 燭 書 百 姓 と も 大 勢 子 供 有 之 候 得 ば 、 出 生 之 子 を 産 所 に て 直 に 殺 候 国 柄 も 有 之 段 相 聞 不 仁 之 至 に 候 、 以 来 右 体 之 儀 無 之 様 、 村 役 人 は 勿 論 百 姓 共 も 相 互 に 心 を 附 可 申 候 、 常 陸 下 総 辺 に て は 別 而 右 之 取 沙 汰 有 之 由 。 若 外 よ り 相 顕 に お い て は 、 可 為 曲 事 者 也 町 人 は 士 農 工 商 と い わ れ 、 町 人 は 坐 し て 不 当 の 利 を む さ ぼ る も の で あ る か ら 、 ﹁ 農 民 は 一 人 に て も 増 す こ と を は か る べ し 、 商 人 は 一 人 に て も 減 ん こ と を 欲 す べ し ﹂ (夢 の 代 ) な ど い わ れ た 。 し か し そ の 生 活 は 農 民 と は 比 較 に な ら ぬ ほ ど 自 由 で 、 そ の 規 制 は 奢 修 を 禁 ず る 程 度 で あ っ た 。 町 人 は 金 融 な ど に よ り 巨 富 を た く わ え 豪 奢 な 生 活 を す る 者 が あ ら わ れ た 。 紀 の 国 屋 文 左 衛 門 、 奈 良 屋 茂 左 衛 門 、 淀 屋 辰 五 郎 な ど の 生 活 は 天 下 の 耳 目 を お ど ろ か せ た 。 又 神 田 辺 の 豪 福 の 妻 女 は 、 是 も 伊 勢 参 宮 よ り 京 、 大 阪 、 大 和 廻 り に 参 り し に 、 往 返 の 旅 用 、 都 て 金 千 両 費 す べ き と 定 め て 参 り け る が 、 宰 領 に 附 従 せ し 手 代 な る も の 甚 商 き 男 に て 、 伊 勢 よ り 京 都 迄 参 る 内 に 、 金 弐 百 両 な ら で は 遣 ひ 得 ず 、 よ っ て 京 都 よ り 早 飛 脚 を 以 て 、 右 の 趣 夫 の 元 へ 告 来 る に は 、 宰 領 な る 者 不 所 存 に て 、 宿 々 へ の 宛 行 悪 し く 何 等 の 保 養 も 出 来 兼 る と て 、 悔 み 申 越 し け る 故 、 夫 な る も の 大 に 立 腹 し て 、 千 両 は 定 め 遣 し た る を 、 二 千 両 を 費 し た ら ば 器 量 と も 云 ふ べ き に 、 元 の 千 両 を 遣 ひ 得 ざ る は 択 も 不 甲 斐 な き 奴 也 。 我 等 は 年 中 他 所 に 出 て 栄 花 を い た す 也 。 女 は 逓 遁 の 事 也 、 一 生 一 度 の 旅 行 な り 。 然 る に 右 の 如 く 、 見 物 保 養 も 全 盛 に 出 来 間 敷 、 又 先 々 の 見 苦 し き 事 を 致 て は 外 聞 に も 拘 り 、 名 前 の 汚 れ と 成 べ し 、 右 等 の 事 を 含 み て 取 扱 も の を 遣 す べ き な り 辻 、 急 ぎ 替 り の も の を 追 登 せ し む 。 云 。 金 千 両 は 、 三 千 石 余 の 武 士 の 一 ケ 年 の 所 務 に 当 る 也 。 三 千 石 の 武 士 は 、 主 従 大 勢 の 配 当 也 。 是 を 懸 含 の 給 分 と し て 役 儀 を 勤 る 也 。 然 る を 其 分 限 を 、 婦 女 の 身 分 に て 心 安 く 遣 ひ 果 す な ど 、 何 と も 言 語 に 余 り し 事 実 共 也 。 大 名 の 妻 女 様 は か 様 の 全 盛 成 事 は 及 も な き 事 也 。 (世 事 見 分 録 ) 一 く 江 戸 時 代 に 身 分 を 象 徴 す る も の は 刀 で あ る 。 両 刀 を 帯 る こ と が で き る の は 武 士 で あ っ た 。 刀 と と も に 身 分 を 表 わ す の が 衣 服 で あ る 。 江 戸 時 代 の 儒 者 は 衣 服 の 制 度 が な い と 論 じ て い る が 、 彼 等 の 理 想 と す る 中 国 古 代 社 会 の よ う で な い と い う だ け で 、 江 戸 時 代 に は そ れ な り の 衣 服 の 制 限 が あ っ た の で あ る 。 衣 服 の 規 定 の も っ と も 厳 密 な の は 、 公 家 社 会 で 、 禁 中 並 公 家 諸 法 度 に 天 皇 以 下 こ ま か い 定 め が あ る 。 禁 中 並 公 家 諸 法 度 慶 長 二 十 年 七 月 ( = ハ 一 五 ) 天 子 礼 服 大 袖 、 小 袖 、 裳 、 御 紋 十 二 象 、 御 炮 、 麹 塵 、 青 色 、 吊 、 生 気 御 抱 、 或 御 引 直 衣 等 之 事 、 仙 洞 御 砲 、 赤 色 橡 、 或 甘 御 衣 、 大 臣 抱 、 橡 異 文 、 小 直 衣 、 親 王 抱 、 橡 小 直 衣 、 公 卿 着 禁 色 雑 炮 、 錐 殿 上 人 、 大 臣 ﹁ 2 一
息 、 或 孫 聴 着 禁 色 雑 抱 、 貫 主 、 五 位 蔵 人 、 六 位 蔵 人 、 着 禁 色 、 至 極 繭 着 麹 塵 抱 、 是 申 下 御 服 之 儀 也 、 晴 之 時 錐 下 鴨 着 之 、 抱 色 、 四 位 以 上 橡 、 五 位 緋 、 地 下 赤 、 六 位 深 緑 、 七 位 浅 緑 、 八 位 深 練 、 初 位 浅 標 、 炮 之 紋 、 轡 唐 草 輪 無 、 家 々 以 旧 例 着 用 之 、 仕 梶 以 後 異 文 也 、 直 衣 、 公 卿 禁 色 直 衣 、 始 或 拝 領 家 々 任 先 規 着 用 之 、 殿 上 人 直 衣 、 羽 林 家 之 外 不 着 之 、 誰 殿 上 人 、 大 臣 息 亦 孫 聴 着 禁 色 、 直 衣 、 布 衣 、 直 垂 、 随 所 着 用 也 、 小 袖 、 公 卿 衣 冠 時 者 紅 梅 、 十 六 才 三 月 迄 諸 家 着 之 、 此 外 者 平 絹 也 、 冠 謝 六 瀟 帷 モ 公 卿 従 端 歪 殿 上 人 従 四 月 西 賀 茂 祭 着 用 並・ 通 事 、 上 級 武 士 に も 公 卿 に 准 じ た 衣 服 制 度 が き め ら れ た 。 武 家 諸 法 度 に 衣 装 は 君 臣 上 下 の 別 が あ る べ き で あ り 、 と く に 白 綾 、 白 小 袖 、 紫 裏 練 、 無 紋 小 袖 は 許 可 な き 者 は み だ り に 着 用 し て は な ら な い と あ る . 慶 長 二 十 年 七 月 ( = ハ 一 五 ) 一 衣 装 之 品 不 可 混 雑 事 君 臣 上 下 可 為 各 別 、 白 綾 、 白 小 袖 、 紫 裏 練 、 無 紋 小 袖 、 無 御 免 衆 狼 不 可 有 着 用 、 近 代 郎 従 諸 卒 、 綾 羅 綿 繍 等 之 飾 服 、 非 古 法 甚 制 焉 。 寛 永 十 二 年 の 法 度 で は 規 定 が 具 体 的 に な り 、 白 綾 は 公 卿 以 上 、 白 小 袖 は 諸 大 夫 以 上 に か ぎ り 着 用 を 許 し 、 紫 袷 、 紫 裏 、 練 、 無 紋 の 小 袖 は み だ り に 着 用 す る を 禁 じ て い る 。 諸 大 夫 以 上 と は 諸 大 名 、 主 要 な 奉 行 、 番 頭 級 の 役 人 で あ り 、 公 卿 以 上 と は 将 軍 を 除 く と 三 家 や 前 田 な ど ご く 少 数 の 大 名 だ け で あ る 。 寛 永 十 二 年 六 月 二 十 一 日 ( 一 六 三 五 ) 衣 裳 之 料 不 可 混 乱 、 白 綾 公 卿 以 上 、 白 小 袖 諸 大 夫 以 上 聴 之 、 紫 袷 、 紫 裏 、 練 、 無 紋 小 袖 狼 不 可 着 之 、 至 諸 家 中 郎 従 諸 ・卒 者 、 綾 羅 綿 繍 之 飾 服 、 非 古 法 、 令 制 禁 事 中 級 以 下 の 武 士 の 衣 服 に つ い て は 、 徒 士 、 若 党 ・ 足 軽 と 、 小 者 ・ 草 履 取 級 の 者 と に 区 別 さ れ る 。 徒 士 ・ 若 党 に は さ や ち り め ん 、 平 嶋 羽 二 重 、 絹 紬 、 布 ( 麻 ) 、 木 綿 、 足 軽 格 に は 絹 紬 、 布 、 木 綿 、 小 者 ・ 中 間 は 布 、 木 綿 こ の 他 の 着 用 は 許 さ な い 。 具 体 的 に ゑ り 、 袖 へ り 、 帯 、 下 帯 、 頭 巾 に も 使 用 し て は な ら な い と さ れ た 。 諸 士 法 度 寛 永 十 二 年 十 二 月 ( 一 六 一二 五 ) 一 、 歩 、 若 党 衣 類 、 紗 綾 ち り め ん 平 嶋 は ぶ た へ 絹 紬 布 木 綿 之 外 停 止 事 附 、 弓 鉄 砲 之 者 、 絹 紬 布 木 綿 之 外 不 可 着 之 、 小 者 、 中 間 衣 類 万 に 布 木 綿 可 用 事 天 和 三 年 七 月 廿 五 日 ( = ハ 八 三 ) 衣 裳 之 品 不 可 混 乱 、 白 綾 公 卿 以 上 、 白 小 袖 諸 大 夫 以 上 免 許 事 附 徒 ・ 若 党 之 衣 類 は 羽 二 重 紬 布 木 綿 、 弓 鉄 砲 之 者 は 紬 布 木 綿 、 其 下 に 至 は 万 に 布 木 綿 可 用 事 寛 永 十 一 年 三 月 廿 六 日 ( = ハ 一二 四 ) 絹 布 着 用 御 法 度 ゑ り 、 袖 へ り 、 下 帯 、 木 綿 之 着 類 に 縫 の 紋 所 右 之 通 、 小 者 、 中 間 、 草 履 取 、 六 尺 天 和 三 年 閏 五 月 ( 一 六 八 三 ) 小 者 、 中 間 布 木 綿 之 外 、 け ん ふ た く ゐ 着 用 仕 間 敷 候 、 頭 巾 、 帯 ゑ り 、 袖 へ り 等 に も 用 申 間 敷 候 元 和 元 年 小 者 、 草 履 取 が 絹 布 を 着 る こ と を 禁 じ 、 も し 着 て い る と こ ろ を 発 見 す れ ば 衣 服 を は ぎ 取 り 、 主 人 か ら 罰 金 と し て 銀 二 枚 出 さ せ る こ と 一 3 }
と し た 。 寛 永 十 七 年 正 月 七 日 将 軍 家 光 が 牛 込 付 近 で 狩 を す る た め 、 酒 井 忠 勝 の 下 屋 敷 へ 行 く 途 中 、 持 弓 頭 所 属 の 足 軽 二 人 が 、 は な は だ 身 分 に す ぎ た 服 装 を し て い る の を 発 見 し た 。 そ こ で 二 人 を 捕 え 斬 罪 に す べ き で あ る が 、 新 年 は じ め て 忠 勝 の 邸 へ 行 く 途 中 で あ る か ら と て 、 罪 一 等 を 減 じ て 追 放 の 刑 と し た 。 翌 日 弓 、 鉄 砲 頭 す べ て を 集 め て こ の こ と を 老 中 よ り 伝 え た う え 、 今 後 足 軽 に は 絹 紬 よ り 上 の 衣 服 を 厳 禁 せ よ と 申 し 渡 し た 。 衣 服 を は ぎ と る だ け で な く 、 重 刑 に 処 す と い う の で あ る か ら 、 衣 服 の 制 度 が い か に き び し か っ た か が う か が え る 。 大 猷 院 殿 御 実 紀 寛 永 十 七 年 正 月 七 日 ( = ハ 四 〇 ) こ の 日 未 後 牛 込 の 辺 か り せ さ せ 給 ふ と て 、 酒 井 讃 岐 守 忠 勝 が 別 壁 に わ た ら せ た ま ひ し 御 道 に て 、 持 弓 頭 松 平 新 五 左 ヱ 門 直 次 所 属 の 同 心 ( 立 原 久 大 夫 、 白 崎 八 左 ヱ 門 ) 二 人 、 は か ら す 出 て 御 眼 路 に ふ れ た り 。 し か る に こ の 両 人 足 軽 の 身 に 応 ぜ ざ る 美 麗 の 上 下 衣 服 を 着 し た り 。 し ば し ば 倹 約 の 令 を 下 さ る 所 、 卑 賎 の 身 に て 華 奢 の ふ る ま ひ な す こ と 言 語 同 断 た り 。 立 所 に 斬 に 処 せ ら る べ し と 難 も 、 歳 首 初 て 忠 勝 が も と へ な ら せ 給 ふ こ と な れ ば 、 し ば し 冤 宥 の 御 沙 汰 も て 、 新 五 左 ヱ 門 直 次 を 召 さ れ 、 厳 し く 戒 め 給 ひ 、 か の 同 心 二 人 と も 新 五 左 ヱ 門 に 預 け ら る 。 ﹁ 八 日 ﹂ 先 手 頭 を 召 て 、 こ た び 松 平 新 五 左 ヱ 門 直 次 所 属 の 同 心 、 分 外 の 奢 修 の 挙 動 尤 ひ が 事 な れ ど 、 こ た び は 死 罪 一 等 を 減 じ て 追 放 た ら し む 。 今 よ り 後 歩 行 同 心 は 、 絹 紬 、 木 綿 の 外 一 切 着 用 せ し む べ か ら ざ る 旨 、 老 臣 一 同 仰 せ 給 ふ 。 (徳 川 実 紀 ) こ の 家 光 は 、 剛 直 の き こ え 高 か っ た 守 役 の 青 山 忠 俊 に 、 当 時 流 行 し て い た 流 れ 衣 紋 と い う の を 着 て い る の を 見 つ か っ て 、 将 軍 た る 者 が 、 こ の よ う な も の を 着 る べ き で は な い と 強 く 説 教 さ れ た と あ る 。 大 猷 院 殿 御 実 紀 (附 録 ) 御 若 年 の 頃 、 世 の 中 に 流 れ 衣 も ん と て 、 小 袖 の 領 袖 に 綿 を 厚 く い れ 、 そ の 余 は 薄 く し て 、 専 ら 衣 装 を 刷 ふ こ と 流 行 し 、 公 に も さ る 様 し た ま ひ し 折 か ら 、 青 山 伯 書 守 忠 俊 夙 と 御 前 に 出 し が 、 御 衣 を 引 あ げ て 、 正 し く 将 軍 た る 御 方 の 御 身 に て 、 か く 衣 も ん な ど に 御 心 を 用 ひ た ま ふ は 何 事 に ま し ま す そ そ と い た く 諌 め 奉 り ⋮ ⋮ (徳 川 実 紀 ) 諸 行 事 の 際 の 礼 服 に つ い て は 次 の よ う な 規 定 が あ る 。 宝 永 三 年 十 一 月 ( 一 七 〇 六 ) 覚 与 力 、 御 徒 、 御 徒 以 下 坊 主 衆 右 之 輩 、 向 後 畏 斗 目 並 七 夕 八 朔 白 帷 子 着 用 仕 間 敷 候 以 上 御 徒 組 頭 、 御 徒 目 付 右 、 璽 斗 目 並 白 帷 子 可 着 候 宝 永 六 年 二 月 ( 一 七 〇 九 ) 覚 一 、 袷 之 時 分 、 御 礼 日 等 に は 、 以 前 之 通 異 斗 目 袷 向 後 着 用 可 申 事 一 、 与 力 、 御 徒 其 外 前 々 よ り 慰 斗 目 着 仕 り 候 分 は 、 自 今 可 致 着 用 候 、 但 坊 主 奥 表 共 に 組 頭 は 着 用 之 、 平 之 坊 主 は 可 為 無 用 候 、 勿 論 同 心 、 手 代 之 類 軽 者 一 切 可 為 無 用 候 、 支 配 々 々 よ り 遂 吟 味 狼 無 之 様 に 可 仕 事 宝 永 六 年 七 月 ( 一 七 〇 九 ) 一 4 一
重 陽 出 仕 衣 服 之 儀 、 向 後 万 石 以 上 は 花 色 之 小 袖 可 有 着 用 候 、 万 石 以 下 之 面 々 は 只 今 迄 之 通 花 色 之 小 袖 に 不 限 、 何 色 に て も 勝 手 次 第 着 用 可 仕 候 以 上 正 徳 六 年 六 月 ( 一 七 = ハ ) 近 年 諸 大 夫 之 面 々 も 狩 衣 着 用 候 得 共 、 向 後 は 御 代 々 之 通 四 品 は 狩 衣 、 諸 大 夫 は 大 紋 可 有 着 用 候 享 保 三 年 七 月 ( 一 七 一 八 ) 手 代 、 諸 同 心 只 今 迄 着 来 候 分 右 之 輩 、 向 後 婁 斗 目 並 七 夕 八 朔 白 帷 子 切 堅 着 用 仕 間 敷 候 寛 轟 小 ⊥ハ 年 十 二 日 月 ( 一 山ハ ニ ・九 ) 四 品 以 上 之 面 々 、 来 年 始 よ り 、 向 後 装 束 下 に 白 小 袖 可 有 着 用 候 、 婁 斗 目 は 無 用 に 候 正 徳 元 年 十 二 月 ( 一 七 二 ) 一 、 正 月 朔 日 二 日 之 御 礼 、 六 日 寺 社 御 礼 之 節 、 諸 大 夫 之 面 々 向 後 狩 衣 着 用 可 被 仕 事 、 狩 衣 、 布 衣 着 用 之 面 、 足 袋 用 候 節 は 、 足 袋 御 免 之 事 正 徳 元 年 十 二 月 ( 一 七 一 一 ) 二 月 朔 日 御 鏡 、 御 頂 戴 、 勅 使 、 御 対 顔 、 勅 答 右 之 節 、 向 後 諸 大 夫 之 面 々 狩 衣 着 用 可 被 仕 事 御 宮 、 御 仏 殿 、 御 参 詣 之 節 装 束 之 覚 正 月 十 日 稼 参 並 御 役 勤 候 面 々 は 狩 衣 、 供 奉 之 面 々 、 侍 従 は 直 垂 、 四 品 は 狩 衣 、 諸 大 夫 は 大 紋 着 用 、 大 刀 可 帯 之 同 十 七 日 同 断 同 二 十 四 日 同 断 四 月 十 七 日 豫 参 並 御 役 勤 候 面 々 は 衣 冠 籏 難 供 奉 之 面 々 、 侍 従 は 直 垂 、 四 品 は 狩 衣 、 諸 大 夫 は 大 紋 着 用 、 太 刀 可 帯 之 同 二 十 日 豫 参 並 御 役 勤 候 面 々 は 狩 衣 、 侍 従 は 直 垂 、 四 品 は 狩 衣 、 諸 大 夫 は 大 紋 着 用 、 太 刀 可 帯 之 五 月 八 日 同 断 九 月 十 四 日 同 断 一 、 御 宮 、 御 仏 殿 、 御 参 詣 之 節 、 供 奉 之 面 々 は 足 袋 用 申 間 敷 候 、 但 豫 参 之 面 々 は 足 袋 用 申 候 時 節 、 足 袋 用 可 被 申 事 右 之 趣 、 可 被 相 心 得 候 以 上 正 徳 二 年 十 二 月 ( 一 七 一 二 ) 御 代 替 御 礼 之 節 、 狩 衣 布 衣 之 面 々 足 袋 ば き 可 申 事 百 姓 の 衣 服 に つ い て は 、 寛 永 五 年 二 月 に 令 し て 、 布 、 木 綿 に 限 る こ と と し 、 例 外 と し て 庄 屋 と 百 姓 の 女 房 は 紬 の 着 用 を 許 す こ と と き め た 。 寛 一 5 一
永 十 九 年 五 月 に は 庄 屋 は 絹 紬 、 布 、 木 綿 と し 、 翌 二 十 年 に は 庄 屋 百 姓 と も 衣 類 を 紅 梅 に 染 め る こ と を 禁 じ た 。 寛 永 二 十 年 三 月 ( 一 六 四 三 ) 百 姓 衣 類 、 以 前 よ り 如 御 沙 汰 、 庄 屋 は 妻 子 共 絹 紬 、 布 、 木 綿 、 脇 百 姓 は 布 、 木 綿 許 可 着 之 、 此 外 は ゑ り 、 帯 等 に も い た し 申 問 敷 事 庄 屋 惣 百 姓 共 に 衣 類 紫 、 紅 侮 に 染 間 敷 也 、 此 外 は 何 色 に 成 共 か た な し に 染 可 着 事 慶 安 二 年 ( 一 大 四 九 ) 諸 国 郷 村 え 仰 せ 出 さ る 書 百 姓 は 衣 類 の 儀 は 、 布 、 木 綿 よ り 外 は 帯 、 衣 裏 に も 仕 間 敷 事 百 姓 は 税 収 の 根 源 で あ り 、 幕 府 ・ 藩 主 の 経 済 的 基 盤 で あ る か ら 、 衣 食 住 そ の 他 に つ い て 倹 約 す る よ う 度 々 命 じ て い る 。 寛 永 二 十 年 に は 衣 服 に つ い て の 項 の つ づ き に 次 の よ う な こ と が あ げ ら れ て い る 。 一 、 百 姓 の 食 物 常 々 雑 穀 を 用 べ し 、 八 木 は 狼 に 不 食 様 に 可 申 聞 事 一 、 在 々 所 々 に て う ど ん 、 切 素 麺 、 切 そ ば 、 ま ん じ ゅ う 、 と ふ 以 下 五 穀 之 費 に 成 候 間 商 売 無 用 之 事 一 、 在 所 に て 酒 一 切 作 べ か ら ず 、 並 に 他 所 よ り 買 入 、 商 売 仕 間 敷 事 一 、 市 町 え 出 、 む ざ と 酒 の む べ か ら さ る 事 一 、 名 主 惣 百 姓 男 女 共 に 乗 物 停 止 之 事 寛 文 八 年 三 月 ( = ハ 六 八 ) に は 同 じ よ う な 禁 止 の 項 目 を か か げ 、 次 の よ う な 厳 重 な 取 締 り を 申 し わ た し て い る 。 右 之 条 々 堅 相 守 之 旨 、 庄 屋 常 々 改 之 、 可 申 付 之 、 人 々 違 背 之 族 有 之 に は 、 庄 屋 、 五 人 組 よ り 其 所 之 奉 行 代 官 え 急 渡 可 申 達 之 、 若 隠 置 之 、 脇 よ り 令 露 顕 は 、 庄 屋 、 五 人 組 迄 被 行 曲 事 も の 也 百 姓 が 米 を 食 わ ぬ よ う に と の 令 は こ と に 度 々 出 し て い る 。 慶 安 二 年 ( = ハ 四 九 ) 百 姓 は 分 別 も な く 末 の 考 も な き も の に 候 故 、 秋 に 成 り 候 得 ば 、 米 、 雑 穀 を む ざ と 妻 子 に も く は せ 候 、 い つ も 正 月 二 月 三 月 の 時 分 の 心 を も ち 、 食 物 を 大 切 に 仕 る べ く 候 に 付 、 雑 穀 専 一 に 候 間 、 麦 、 粟 、 稗 、 菜 、 大 根 其 の 外 何 に て も 雑 穀 を つ く り 、 米 を 多 く 食 い つ ぶ し 候 は ぬ 様 に 仕 る べ く 候 、 し か し 後 に な る と 、 こ の 禁 も 少 し ゆ る く な っ て 、 町 人 と 同 じ よ う な 取 扱 と な っ た 。 天 和 三 年 二 月 ( = ハ 八 二 ) 百 姓 町 人 之 衣 服 、 絹 紬 、 木 綿 、 麻 布 以 此 内 応 分 限 、 妻 子 共 に 可 着 用 之 事 享 保 十 九 年 四 月 ( 一 七 三 四 ) 当 時 村 乃 五 人 組 帳 差 上 申 一 札 之 事 一 、 百 姓 町 人 之 服 絹 紬 、 木 綿 、 麻 布 此 内 を 以 て 分 限 に 応 じ 、 妻 共 に 可 着 用 、 此 外 無 用 に 可 仕 旨 被 渡 、 奉 畏 候 事 附 、 惣 じ て 下 女 木 綿 着 し 、 帯 同 前 之 事 町 人 の 衣 服 に つ い て は 正 保 五 年 ( = ハ 四 八 ) 二 月 に 、 町 人 の 召 使 い は 絹 紬 に 限 る と 令 し 、 こ れ は 以 前 か ら 仰 せ ら れ て い る こ と で あ る と 述 べ て あ る 。 絹 紬 は 武 家 で は 足 軽 、 百 姓 で は 名 主 (庄 屋 ) に 許 さ れ る も の で あ る か ら 、 町 人 の 召 使 い が こ れ を 許 さ れ て い る と こ ろ を み る と 、 町 人 に 対 す る 衣 服 の 規 制 は 武 士 、 百 姓 に 対 す る よ り も 、 か な り ゆ る や か な も の で あ 一 6 一
帖 っ た と 考 え ら れ る 。 な お 毛 織 物 は 貴 重 な も の で あ っ た 。 正 保 五 年 二 月 ( = ハ 四 八 ) ︼ 、 町 人 召 仕 絹 布 着 用 申 事 、 此 以 前 よ り 被 仰 付 候 、 髄 承 申 候 間 、 絹 紬 計 着 し 可 申 候 、 町 中 之 も の は 不 及 申 、 棚 か ら 借 家 之 者 共 に も 此 旨 急 度 可 申 仕 候 、 附 、 刀 脇 指 之 持 結 構 に 仕 間 敷 事 一 、 ら し ゃ の か っ ぱ 着 し 申 間 敷 事 町 人 が だ ん く 裕 福 に な る に つ れ て 、 立 派 な 衣 服 を つ く る よ う に な っ た の で 、 こ ま こ ま と 例 示 し て 禁 止 し て い る 。 お 定 め の 外 の 結 構 な 衣 服 を 着 て い る と 男 女 に か か わ ら ず 召 捕 る と も し て い る 。 明 暦 二 年 二 月 ( = ハ 五 六 ) 跡 々 申 燭 候 、 ほ う か ふ り 、 頬 覆 面 、 弥 法 度 に 候 間 、 あ み 笠 之 下 又 は 編 笠 な し に も 堅 仕 間 敷 候 、 並 結 構 な 風 俗 い た し 、 お ご り た る な り 仕 間 敷 候 元 禄 元 年 十 二 月 ( 一 六 八 八 ) 覚 頃 日 町 中 に て 女 之 衣 類 結 構 成 物 着 し 候 由 相 聞 え 候 、 先 年 被 出 候 御 定 之 外 、 結 構 成 衣 類 一 切 着 し 申 間 敷 候 、 女 に 不 限 、 町 人 共 も 御 法 度 之 衣 類 着 し 申 間 敷 候 、 自 然 相 背 御 定 之 外 、 結 構 成 衣 類 着 し 候 は ば 、 男 女 共 に 召 捕 之 、 急 度 可 申 付 候 間 、 此 旨 可 相 守 候 以 上 元 禄 二 年 閏 正 月 ( = ハ 八 九 ) 享 保 三 年 五 月 ( 一 七 一 八 ) 町 人 の 住 居 な ど に つ い て も 立 派 な も の を つ く ら ぬ よ う に と 禁 止 の 令 を だ し て い る 。 寛 文 八 年 三 月 ( 一 六 八 八 ) 一 、 町 人 屋 作 致 軽 少 、 な け し 、 杉 戸 、 附 書 院 、 く し か た ほ り も の 、 く み 物 無 用 床 、 ふ ち さ ん か ま ち 塗 候 事 、 並 、 か ら 紙 張 付 停 止 事 附 、 遊 山 船 、 金 銀 之 紋 、 座 敷 之 内 絵 書 申 す ま し き 事 一 、 町 人 衣 類 上 下 随 分 限 、 倹 約 を 相 守 可 着 之 、 毛 織 之 羽 織 、 か つ ば 弥 無 用 事 中 間 、 下 女 に つ い て は 、 半 ゑ り 、 袖 へ り 、 上 下 帯 、 頭 巾 、 三 尺 手 拭 、 鼻 紙 、 袋 、 巾 着 に い た る ま で す べ て 木 綿 、 麻 布 を 使 う よ う に 、 女 衣 裳 に つ い て は 縫 之 紋 、 金 紗 の 衣 服 は た と え 持 っ て い て も 着 用 す な と い っ て い る 。 天 和 三 年 十 二 月 ( 一 六 八 三 ) 先 達 て 被 仰 出 候 御 条 目 之 通 、 中 間 、 下 女 、 は し た の 分 、 半 ゑ り 袖 へ り 上 下 帯 頭 巾 三 尺 手 拭 鼻 紙 袋 巾 着 等 に 至 迄 、 惣 て 木 綿 麻 布 之 外 、 一 切 可 為 停 止 旨 今 日 被 仰 出 候 間 、 弥 堅 相 守 、 面 々 下 人 に 可 申 付 候 、 若 違 背 之 者 於 有 之 は 、 召 捕 可 申 、 御 歩 行 目 付 被 仰 渡 、 方 々 廻 り 申 候 間 、 左 様 可 相 心 得 旨 被 仰 出 候 天 和 三 年 閏 五 月 ( = ハ 八 三 ) 一 、 剛 屋 に 住 居 致 し 候 奉 公 人 、 扶 持 人 、 合 力 取 、 医 師 、 座 頭 並 浪 人 之 妻 子 召 仕 、 附 女 之 奉 公 人 た り と い え 共 、 惣 て 女 衣 裳 縫 金 紗 之 衣 服 持 参 候 者 も 着 し 候 儀 無 用 た る べ し 縫 の 紋 所 同 前 た る べ し 、 若 相 背 者 有 之 に お ゐ て は 急 度 曲 事 可 申 付 者 也 一 7 一
大 阪 町 中 諸 法 度 並 追 加 追 加 町 人 召 仕 之 者 、 ひ ら う と 又 は 何 に て も 絹 布 の ゑ り 並 絹 布 の 帯 同 下 帯 仕 問 敷 候 、 度 々 相 触 候 て も 違 背 之 者 有 之 は 、 見 合 に 捕 籠 含 申 付 、 其 上 主 人 に 過 料 可 申 付 事 延 享 二 年 一 、 月 ( 一 七 四 五 ) 先 達 て 相 触 候 町 人 男 女 衣 類 之 儀 、 璽 斗 目 着 用 候 者 之 外 は 、 御 用 達 之 町 人 た り と も 、 御 法 度 之 衣 類 着 用 に お ゐ て は 召 捕 、 急 度 可 申 付 候 慶 安 元 年 二 月 ( 一 六 四 八 ) 相 撲 取 下 帯 絹 布 に て 仕 間 敷 候 、 屋 敷 方 へ 被 呼 候 と も 布 、 木 綿 の 下 帯 可 仕 事 寛 文 三 年 ( ↓ 大 六 三 ) に 女 院 御 所 姫 宮 方 の 御 服 の 一 お も て 白 銀 五 百 目 以 下 、 御 台 所 は 四 百 目 以 下 、 御 本 丸 女 中 は 三 百 以 下 と し 、 か た く 守 る よ う に と あ る 。 こ の 価 値 を 当 時 の 賃 金 と 比 べ て み る と 、 明 暦 三 年 ( 一 六 五 七 ) に 上 大 工 、 ⊥ 屋 根 ふ き 、 上 左 官 、 畳 さ し な ど の 賃 金 一 人 に つ き 銀 三 匁 と す べ き よ し の 達 し が あ る か ら 、 そ れ ぞ れ 一 お も て の 価 格 は 、 一 〇 〇 人 か ら 一 ヒ ○ 人 ぐ ら い の 賃 金 と 同 じ で あ る こ と が わ か る 。 ま た 明 暦 四 年 ( = ハ 五 八 ) に 日 雇 稼 の 賃 金 は 金 壱 両 に つ き 、 道 具 あ り の 者 は 六 十 五 人 、 翌 万 治 二 年 ( 一 六 五 九 ) に は 同 じ く 七 十 人 と 定 め ら れ て い る の に よ る と 、 日 雇 人 夫 三 〇 〇 人 か ら 五 〇 〇 人 余 の 賃 金 に あ た る 。 す こ し 後 に な る が 、 天 和 三 年 ( = ハ 八 三 ) に は 小 袖 表 壱 端 に 付 て 弐 百 目 よ り 高 直 に て 売 買 仕 ま じ き 也 と あ る 。 寛 文 三 年 十 月 ( 一 六 六 三 ) 女 中 衣 類 之 直 段 被 付 之 、 此 趣 禁 中 方 其 外 御 女 中 方 え も 以 書 付 被 相 達 之 覚 一 、 女 院 御 所 姫 宮 方 之 御 服 、 一 お も て に つ き 白 銀 五 百 目 よ り 高 直 に 仕 問 敷 候 、 そ れ よ り 下 之 呉 服 は 品 々 に よ り 、 猶 以 下 直 に 可 仕 上 之 事 一 、 御 台 様 之 御 服 、 一 お も て に 付 て 白 銀 四 百 目 よ り 高 直 に 仕 へ か ら す 、 そ れ よ り 下 之 服 は 其 品 に よ り 、 猶 以 下 直 に 可 仕 上 事 一 、 御 本 丸 女 巾 上 之 小 袖 、 一 お も て に つ き 三 百 目 よ り 高 直 に い た す ま し く 候 、 そ れ よ り 下 之 衣 類 は 品 に よ り 、 弥 下 直 に 付 へ き 事 右 之 通 、 京 都 ・ 江 戸 呉 服 師 之 輩 共 に か た く 申 付 候 明 暦 三 年 八 月 ( 一 六 五 七 ) 一 、 上 大 工 一 人 に 付 、 銀 三 匁 、 飯 米 共 に 一 、 上 屋 根 ふ き 一 人 に 付 、 同 三 匁 、 同 断 ↓ 、 畳 さ し 、 右 同 断 一 、 木 引 一 人 に 付 二 匁 、 同 断 一 、 上 さ く わ ん 一 人 に 付 三 匁 、 同 断 一 、 上 石 切 右 同 断 右 上 職 人 は 直 段 可 為 定 之 直 候 、 其 よ り 下 之 職 人 は 可 為 相 対 事 明 暦 四 年 二 月 ( エ ハ 五 八 ) 一 、 金 壱 両 に 四 拾 五 人 と び 口 之 者 一 、 同 壱 両 に 六 拾 五 人 普 請 道 具 持 候 日 用 一 、 同 壱 而 に 七 拾 人 道 具 な し の 日 用 一 、 と ひ 口 之 者 も 日 用 頭 札 出 し 可 申 事 ﹁ 8 一
一 、 中 人 も 日 用 取 は 常 之 日 用 に 可 仕 事 万 治 二 年 正 月 ( 一 大 五 九 ) 一 、 金 壱 両 に 七 拾 五 人 並 日 用 一 、 同 壱 両 に 七 拾 人 道 具 有 一 、 同 壱 両 に 五 拾 人 と ひ 口 之 者 如 是 当 年 よ り 日 用 ち ん 相 究 候 間 、 少 も 相 背 輩 於 有 之 、 急 度 曲 事 に 可 申 付 者 也 天 和 三 年 ( 一 六 八 三 ) 金 紗 、 縫 、 惣 鹿 子 な ど の 珍 ら し い 織 物 染 物 を つ く る こ と 無 用 と し 、 茶 屋 女 、 下 女 は 布 、 木 綿 の 他 は 着 用 さ せ 間 敷 こ と と 令 し て い る 。 天 和 三 年 正 月 ( 一 六 八 三 ) 一 、 金 紗 、 一 、 縫 、 一 、 惣 鹿 子 右 之 品 、 向 後 女 之 衣 類 に 製 禁 之 、 惣 て 珍 敷 織 物 染 物 新 規 に 仕 出 候 事 無 用 た る へ し 、 小 袖 之 表 壱 端 に 付 て 、 弐 百 目 よ り 高 直 に 売 買 仕 ま し き 也 天 和 三 年 閏 五 月 ( = ハ 八 三 ) 女 衣 裳 、 縫 金 紗 衣 服 持 参 候 と も 着 候 儀 可 為 無 用 並 縫 之 紋 無 用 之 事 延 宝 六 年 八 月 ( 一 六 七 八 ) 茶 屋 女 衣 裳 之 儀 、 布 、 木 綿 之 外 着 せ 申 間 敷 事 天 和 三 年 三 月 ( 一 六 八 三 ) 惣 て 下 女 は し た ば 布 、 も め ん 可 着 之 、 帯 同 前 事 寛 文 四 年 ( = 全 ハ 四 ) 壱 端 に つ い て 次 の よ う な こ と が 通 達 さ れ て い る 。 寛 文 四 年 七 月 ( = ハ 六 四 ) 定 一 、 絹 紬 之 儀 、 壱 端 に 付 て 大 工 の か ね に て た け 三 丈 四 尺 、 は は 壱 尺 四 寸 た る へ き 事 一 、 布 、 木 綿 之 儀 、 壱 端 に 付 て 大 工 の か ね に て た け 三 丈 四 尺 、 は は 壱 尺 三 寸 た る へ き 事 右 之 通 、 此 以 前 よ り 被 相 定 之 処 、 近 年 み た り に 有 之 間 、 向 後 書 面 之 寸 尺 よ り 不 足 に 織 出 す と も か ら 於 有 之 は 可 為 曲 事 来 巳 歳 秋 中 よ り 改 之 、 不 足 之 分 見 出 次 第 可 取 之 間 、 諸 国 在 々 所 々 に お ゐ て 可 存 其 趣 者 也 女 の 衣 服 が 次 第 に 結 構 に な る に つ い て は 度 々 禁 令 を 出 し て い る 。 女 の 羽 織 着 用 も 禁 じ て い る 。 享 保 六 年 四 月 ( 一 七 二 一 ) 女 中 衣 ふ く 次 第 に 結 構 に 成 候 、 か や う に は こ れ あ る ま し き 儀 に 候 間 、 か ろ き 品 を 用 ひ 候 や う に と の 思 召 候 に へ は 、 向 後 は そ の 心 得 こ れ あ る へ き 事 に 候 延 享 五 年 三 月 ( 一 七 四 八 ) 町 中 女 近 来 羽 織 を 着 候 儀 有 之 由 、 下 々 寒 気 を 防 候 為 め 夫 之 羽 織 着 候 杯 申 事 は 、 物 す き と 申 に て 無 之 候 、 自 分 之 物 す き に て 染 さ せ 、 又 は 商 売 物 に も 女 之 羽 織 地 と 申 も 有 之 候 由 、 右 は 異 様 に て 、 増 長 も 致 候 て は 如 何 敷 候 間 、 名 主 共 よ り 右 体 之 事 差 留 候 様 申 渡 ⇒ く 婚 姻 は 縁 組 と い い 、 大 名 等 の 相 互 間 、 大 名 等 と 公 家 の 問 な ど に つ い て 武 家 諸 法 度 で 私 か に 結 婚 す る こ と を 禁 止 さ れ て い る 。 又 貴 賎 相 当 ら ざ る 一 9 ﹁
, も の と 婚 す る こ と も 禁 じ 、 武 士 は 幕 府 ま た は 藩 主 の 許 可 が 必 要 で あ っ た 。 天 和 三 年 七 月 ( = ハ 一 七 ) 国 主 、 城 主 、 壱 万 石 以 上 、 近 習 並 諸 奉 行 、 諸 物 頭 、 私 不 可 結 婚 姻 、 惣 て 公 家 と 於 結 縁 辺 は 、 達 奉 行 、 可 受 差 図 事 寛 永 七 年 四 月 ( = ハ 三 〇 ) 婚 姻 は 凡 万 石 以 ⊥ の 役 人 並 近 習 の 輩 等 、 私 に 相 約 す る 事 を ゆ る さ す 、 も し く は 公 家 の 人 々 と 相 議 す る に お ひ て は 、 そ の 上 裁 を 蒙 り て 後 、 其 の 約 を 定 む へ し 、 嫁 嬰 の 儀 式 す へ て 旧 制 を 守 り て 、 各 其 分 限 に 相 随 ふ へ き 事 附 、 近 世 の 俗 、 婚 を 議 す る に 、 或 は 聴 財 の 多 少 を 論 し 、 或 は 資 装 の 厚 薄 を 論 し 、 甚 し く し て は 貴 賎 相 当 ら さ る 者 、 婚 を な す に 至 る 。 此 等 の 弊 俗 一 切 に 禁 絶 す へ き 事 享 保 十 八 年 四 月 ( 一 七 三 四 ) 縁 組 之 願 申 上 之 、 婚 儀 相 調 候 外 は 妻 に 仕 儀 向 後 可 為 無 用 旨 被 仰 出 候 事 寛 延 二 年 四 月 ( 一 七 四 九 ) 縁 組 願 不 差 出 、 内 々 に て 引 取 置 、 婚 姻 相 調 候 上 、 追 て 縁 組 願 も 有 之 由 に 候 、 左 様 に は 有 之 問 敷 事 候 間 、 向 後 狼 に 無 之 様 可 相 心 得 候 平 民 階 級 で は 結 婚 は 父 母 の 同 意 が 必 要 の 外 は 、 か な り 自 由 で あ っ た が 、 重 婚 は 禁 じ ら れ た 。 女 房 を 弐 人 持 者 之 類 延 享 三 年 正 月 廿 三 日 ( 一 七 四 六 ) 南 小 田 原 町 弐 丁 目 八 右 衛 門 店 之 者 の 六 郎 兵 衛 が な か と い う 女 房 を も ち な が ら 、 貧 乏 の た め 女 房 が 、 乳 持 奉 公 に 出 て い る う ち 、 当 座 の 暇 を と っ て 帰 宅 す る と 女 房 を も っ て い た 。 訴 訟 と な り 、 双 方 を よ び 出 し て 調 べ る と 、 去 状 を 請 取 て い な い し 、 請 人 に も 断 り が な い こ と が 明 ら か に な っ た の で 、 穿 繋 之 内 籠 舎 と あ る 。 右 之 者 、 当 五 月 御 法 事 に 付 、 従 上 野 御 帳 上 り 、 依 御 赦 免 、 命 御 助 、 六 月 廿 八 日 江 戸 追 放 貞 享 四 年 八 月 六 日 ( 一 大 八 七 ) 武 州 秩 父 領 下 谷 田 村 九 郎 左 衛 門 は 東 湊 町 で し な と い ふ 女 房 を も ち な が ら 、 江 戸 に で て 女 房 を も っ て い る こ と が わ か り 、 不 届 に つ き 籠 舎 、 八 月 廿 五 日 赦 免 と あ る 。 元 禄 二 年 八 月 四 日 ( 一 六 八 九 ) 市 谷 本 村 長 右 衛 門 店 之 者 又 左 衛 門 も 女 房 二 人 も っ て い る こ と 判 明 し 籠 舎 、 九 月 五 日 赦 免 な ど の こ と が 近 世 法 制 資 料 叢 書 に の っ て い る 。 男 女 は 祝 言 (婚 礼 . 祝 儀 ・ 盃 事 ) を あ げ る こ と に よ っ て 夫 婦 と な る の で あ る が 、 祝 儀 (結 納 ) す な わ ち 縁 談 取 き め の 約 束 に よ っ て 男 女 は 夫 婦 に 准 じ る 関 係 が 生 じ 、 次 の よ う な 制 約 を う け る 。 服 忌 令 元 禄 六 年 十 二 月 二 十 一 日 ( 一 六 九 三 ) 婚 儀 未 相 調 内 に て も 、 祝 儀 取 か わ し 候 え は 、 夫 婦 相 互 に 定 式 之 忌 の 日 数 遠 慮 す へ し 、 但 服 無 之 御 定 書 百 ケ 条 縁 談 極 候 娘 と 致 不 義 候 男 、 軽 追 放 、 但 女 は 髪 を 剃 、 親 元 え 相 渡 (第 四 十 九 条 ) 寛 政 三 年 三 月 二 十 二 日 ( ] 七 九 一 ) の 町 奉 行 の こ の こ と に 対 し て の 伺 書 に は 次 の よ う な 附 札 が あ る 。 一 10 ﹁
幅 妻 同 様 之 事 に 可 有 之 候 へ 共 、 婚 姻 後 密 通 と は 仕 置 差 別 可 有 之 之 事 に 候 結 納 取 消 を 離 婚 と い っ て い る 例 も あ る 。 元 文 二 年 八 月 ( 一 七 三 七 ) 縁 組 相 願 候 娘 病 気 に て 婚 姻 難 調 、 離 縁 之 儀 相 届 候 以 後 、 右 娘 病 気 快 、 再 縁 相 願 候 節 は 、 何 年 以 前 離 縁 之 届 仕 候 と 申 儀 、 書 付 相 添 可 差 出 候 江 戸 時 代 に は 妾 が 認 め ら れ て い た 。 こ れ は 家 を 断 絶 さ せ な い と い う 名 分 に よ る も の で 、 子 の あ る 妾 に ば 服 忌 令 に も 規 定 が あ っ た 。 服 忌 令 ( 追 加 ) 貞 享 三 年 四 月 廿 三 日 ( = ハ 八 六 ) 父 之 妾 服 忌 無 之 、 但 父 母 に 准 す る 時 は 、 継 母 之 服 忌 受 之 ( 己 心 ⊥1 口 H、 胴服 一二 ⊥1 日 ) 妾 は 服 忌 無 之 、 但 子 出 生 に お い て は 遠 慮 三 日 享 保 九 年 七 月 ( 一 七 二 四 ) 妾 を 妻 に 仕 候 儀 狼 に は 有 之 間 敷 事 に 候 へ 共 、 若 品 も 有 之 、 及 其 儀 候 は は 、 向 後 万 石 以 上 は 月 番 之 老 中 、 其 外 其 向 々 番 頭 支 配 え 可 被 達 置 候 、 無 左 候 て は 、 妻 之 忌 服 又 は 養 母 等 の 忌 服 ま き ら は し く 候 に 付 、 申 置 候 律 令 要 略 妻 に 不 極 妾 他 之 も の と 致 密 通 に 付 男 女 と も 妾 の 主 人 致 切 害 候 は 追 放 離 婚 は 離 縁 ま た は 離 別 と よ ば れ た 。 男 が 女 に 離 縁 状 (離 別 状 . 去 り 状 . 暇 の 状 と も い う ) を わ た す こ と に よ っ て 離 縁 が な り た ち 、 女 は 再 婚 す る こ と が で き た 。 離 縁 状 を と っ て い な い と 女 は 次 の よ う な こ と が 生 じ る し 、 男 も わ た し て い な い で 結 婚 す る と 重 婚 の 罪 に と わ れ る 。 律 令 要 略 去 状 を 不 取 他 え 嫁 候 女 髪 を 剃 、 親 元 え 帰 す 但 取 持 い た し 候 も の 過 料 去 状 無 之 女 を 他 え 縁 付 候 親 元 過 料 但 呼 取 候 男 同 断 蟻 政 談 離 別 状 不 遣 後 家 を 呼 候 も の 所 払 離 別 之 証 無 之 女 房 親 元 え 参 り 居 、 相 果 と い へ 共 、 諸 道 具 田 畑 返 す に 不 及 夫 の 心 次 第 離 縁 状 は 普 通 三 下 り 半 と い わ れ た 。 こ れ は 三 行 半 に か い た か ら で あ り 、 男 が 女 に 与 え た 。 次 に 一 例 を あ げ る 。 其 方 儀 不 熟 に 付 離 縁 い た し 候 然 る 上 は 向 後 何 方 え 嫁 し 候 と も 此 方 に お ゐ て は 差 構 無 御 座 為 其 候 如 斯 候 以 上 名 次 の よ う な 場 合 は 、 妻 の 実 家 が 離 婚 の 請 求 が で き た 。 律 令 要 略 女 房 に 得 心 も 不 致 、 衣 類 等 質 物 に 於 遣 之 は 、 不 縁 候 事 舅 心 次 第 妻 が 離 婚 し よ う と す る と き は 、 鎌 倉 の 東 慶 寺 、 上 野 徳 川 村 の 満 徳 寺 な ど の 所 謂 縁 切 寺 に の が れ て 、 寺 法 に よ り 保 護 を う け る こ と で あ る 。 か け 込 ま れ た 寺 で は 、 夫 と そ の 結 婚 媒 酌 人 の 出 頭 を 求 め て 離 縁 を す す め る 。 夫 が こ れ を き き 入 れ な い 場 合 は 、 女 を 尼 と し て 三 年 の 間 山 内 に お き 、 山 ︻ 11 一
を 出 る と 女 は 自 由 の 身 と な る 。 鎌 倉 に 鰹 も く は ず 三 と せ 居 る く や し く ば た つ ね 来 て み よ 松 ケ 岡 や つ あ た り 鎌 倉 さ し て 女 房 行 き 三 年 過 ぎ て 尼 た な へ 縁 に つ き こ こ に け つ か る と 見 て 行 く 松 ケ 岡 妻 が 実 家 に 逃 げ て 帰 っ て 三 年 経 っ て か ら 、 夫 が 妻 取 戻 の 請 求 を し た 場 合 に は 、 一 旦 妻 を 夫 の 許 へ よ び 戻 し た 上 で 、 夫 は 妻 に 離 縁 状 を 書 い て 渡 す こ と に な っ て い る 。 つ ま り 夫 の 妻 呼 び 戻 し の 権 利 は 三 年 と な っ て い る 。 ま た 夫 が 妻 へ の 交 通 を 絶 っ た 場 合 は 三 年 、 夫 が 出 奔 の 場 合 は 一 年 を 経 過 す る と き は 妻 は 再 婚 す る こ と が で き た 。 こ の 再 婚 に よ っ て 離 縁 し た こ と に な る 。 廃 政 談 ( 元 文 弐 年 十 一 月 一 七 三 八 ) 一 、 妻 之 儀 、 親 元 え 三 年 帰 居 候 義 、 三 四 年 過 、 夫 於 訴 出 に は 、 願 後 れ 難 立 、 乍 然 去 状 不 取 置 事 不 堵 に 付 、 一 応 夫 之 方 へ 呼 戻 さ せ 、 其 上 離 別 状 相 渡 す へ し 一 、 離 別 状 不 遣 、 夫 之 方 よ り 三 年 巳 来 於 不 致 通 路 は 、 外 へ 嫁 候 共 、 元 夫 之 申 分 難 立 一 、 養 子 合 之 女 房 、 夫 を 嫌 ひ 致 家 出 、 比 丘 尼 寺 え 欠 入 、 比 丘 尼 三 年 勤 之 、 暇 出 候 旨 訴 出 は 、 実 方 え 為 引 取 古 例 也 一 、 夫 を 嫌 ひ 髪 を 切 候 て 成 共 暇 取 度 由 、 女 房 申 立 、 又 は 夫 へ 申 懸 致 類 は 、 比 丘 尼 に 成 、 縁 を 切 せ る 古 例 也 寛 政 十 二 年 閏 九 月 ( 一 八 〇 〇 ) 夫 妻 捨 置 出 奔 仕 候 、 古 妻 年 若 に 付 再 縁 仕 候 儀 は 何 年 を 限 可 申 儀 に 候 哉 仰 付 札 書 面 、 夫 出 奔 致 捨 置 妻 、 夫 出 奔 よ り 十 ニ ケ 月 程 相 立 、 再 縁 之 儀 親 類 並 当 人 よ り 相 願 候 儀 に 候 は ば 、 不 苦 と 存 候 江 戸 町 中 式 目 に よ る と 、 夫 の 家 財 を 得 た も の は 夫 の 親 類 の 子 を 養 子 と す る か 、 又 は 夫 の 後 世 を ま つ り 再 婚 し な い 方 が よ い 。 た だ し 若 い 者 は 再 婚 し て も よ い と し て い る 。 江 戸 町 中 式 目 一 、 妻 女 得 夫 之 家 財 、 以 夫 之 親 類 養 子 か 、 又 は 可 訪 夫 之 後 世 之 処 、 無 程 求 後 夫 候 之 体 甚 非 義 也 、 難 然 後 家 於 若 年 者 は 諸 親 類 並 其 町 中 以 相 談 可 計 之 事 離 婚 に あ た っ て 子 の 帰 属 は 男 の 子 は 夫 、 女 の 子 は 妻 へ と い っ た の が 原 則 で あ る が 、 一 般 庶 民 の 間 で は 必 ず し も こ の よ う に は 行 わ れ て い な か っ た よ う で あ る 。 懐 妊 中 に 離 婚 し た 場 合 は 、 出 生 し た 子 が 男 で あ れ ば 夫 、 女 で あ れ ば 妻 へ と な っ て い た が 、 出 生 の 子 が 男 子 で も 女 子 で も 夫 方 へ 引 取 る こ と に 改 め ら れ た 。 ( 親 縁 諸 格 ) た だ し 密 夫 の 理 由 で 離 婚 さ れ た 場 合 は 男 女 に か か わ ら ず 妻 が 引 と る こ と に な っ て い る 。 題 政 談 (元 交 二 年 十 一 月 一 七 三 七 ) 懐 胎 に 候 共 、 離 縁 之 事 は 夫 之 心 次 第 也 、 出 生 之 上 、 男 子 な れ ば 夫 之 方 え 可 引 取 、 女 な れ ば 妻 の 方 え 差 遣 へ し 公 裁 録 (吟 味 物 取 捌 方 之 事 第 十 条 ) 女 房 離 縁 い た し 候 節 、 男 子 は 男 え 付 女 子 は 妻 え 付 旨 申 儀 、 世 上 に て 何 と な く 申 習 候 得 共 、 奉 行 所 に 右 之 定 等 は 無 之 、 出 入 お よ ひ 候 節 は 男 子 に て も 女 子 に て も 夫 之 方 え 引 取 可 申 趣 を 以 取 計 候 、 然 共 相 対 之 上 男 は 一 12 ︻
夫 女 は 妻 之 方 え 引 請 候 旨 、 熟 談 い た し 候 上 は 任 其 意 候 、 右 は 先 年 三 浦 伊 勢 守 与 町 奉 行 に 問 合 挨 拶 有 之 候 寛 政 元 年 二 月 ( 一 七 八 九 ) 懐 妊 之 婦 人 離 縁 之 上 、 一 通 之 事 に て 離 縁 候 得 ば 、 出 生 之 男 子 に て も 女 子 に て も 、 夫 之 方 へ 引 取 候 事 御 規 定 な り 但 、 密 夫 之 訳 に て 離 縁 候 得 ば 、 出 生 之 子 男 子 に て も 女 子 に て も 、 婦 人 之 方 へ 引 請 候 事 御 規 定 な り 臨 政 談 聲 養 子 離 縁 之 上 、 出 生 之 男 子 は 夫 之 方 え 可 取 、 引 出 物 は 相 互 返 さ せ る 也 離 婚 に 際 し て の 持 参 金 に つ い て は 次 の よ う な こ と が 示 さ れ て い る 。 律 令 要 略 養 子 を 養 父 母 方 よ り 帰 候 え は 、 持 参 金 為 返 之 、 養 子 之 方 よ り 帰 候 え は 、 持 参 金 取 戻 之 類 は 願 無 取 ⊥ 妻 之 持 参 金 も 右 に 准 但 、 妻 之 方 よ り 親 元 え 帰 り 候 て も 、 離 縁 之 議 は 夫 之 心 次 第 故 、 不 及 裁 断 、 離 縁 以 後 は 持 参 金 為 返 之 妻 之 諸 道 具 持 参 金 相 返 上 は 、 離 別 之 儀 夫 之 心 次 第 な り 元 禄 十 五 年 八 月 二 十 三 日 町 触 ( 一 七 〇 二 ) 養 子 並 妻 持 参 金 出 入 、 父 方 よ り 養 子 相 返 候 か 夫 之 方 よ り 妻 に 暇 と ら せ 候 は は 、 持 参 金 相 返 可 申 候 養 子 又 は 妻 女 房 よ り 暇 取 候 は は 、 持 参 金 は 相 対 次 第 可 任 由 可 申 候 事 江 戸 町 中 式 目 一 、 夫 婦 之 出 入 、 離 別 之 女 先 年 如 書 出 、 敷 銀 衣 類 等 早 速 可 戻 之 、 令 難 渋 は 、 可 為 曲 事 、 女 相 果 跡 敷 銀 等 之 出 入 、 前 廉 如 書 出 、 可 致 沙 汰 事 女 大 学 な ど に よ っ て あ き ら か な よ う に 、 当 時 の 社 会 思 想 、 社 会 制 度 は 妻 に 対 し て 厳 し く 貞 潔 を 求 め た 。 姦 通 に つ い て も 律 令 要 略 に は 姦 通 罪 と し て 十 七 ケ 条 の 例 を 示 し て い る が 、 離 別 状 を と ら ず に 去 っ た 妻 の 再 婚 や 、 離 別 状 を と ら な か っ た 未 亡 人 の 再 婚 を 罰 し た り 、 ま た 階 級 に よ り 刑 に 非 常 に 軽 重 が あ っ た り し て 、 現 代 人 よ り す れ ば 甚 だ 奇 異 に 思 わ れ る も の が あ る 。 そ の 一 ・ 二 を 次 に あ げ る 。 律 令 要 略 惣 て 密 通 之 儀 、 密 会 之 所 を 押 候 か 、 或 は 艶 書 等 其 外 憧 成 証 拠 等 有 之 、 密 通 之 議 定 致 す 追 例 也 一 、 夫 有 之 女 奉 公 に 出 、 傍 輩 と 致 密 通 候 男 女 死 罪 一 、 主 人 之 妻 え 艶 書 を 付 、 ま た は 閏 え 忍 入 候 も の 死 罪 一 、 主 人 之 後 家 と 致 密 通 候 も の 鷺 追 放 一 、 妻 下 人 と 於 密 通 は 引 廻 之 上 下 人 獄 門 、 妻 死 罪 一 、 夫 有 之 処 、 外 之 夫 を 持 候 女 は 、 夫 有 之 儀 男 は 不 存 候 と も 女 は 死 罪 、 男 は 追 放 一 、 主 人 之 娘 を 申 合 之 上 誘 出 し 候 も の 所 払 一 、 致 密 通 候 妻 並 密 夫 死 罪 一 、 致 密 通 、 実 之 夫 を 殺 候 妻 引 廻 之 上 礫 一 、 密 夫 と 申 合 、 本 夫 を 殺 候 女 は 引 廻 し 之 上 獄 門 本 夫 を 可 殺 と 申 合 候 密 夫 同 前 一 13 一
ゴ 、 下 女 下 男 之 密 通 主 人 え 渡 遣 す 町 奉 行 役 人 手 前 之 拍 (明 暦 九 年 十 月 十 三 日 一 六 五 七 ) 、 下 女 懐 抱 之 事 、 夫 有 之 下 女 等 主 人 不 図 懐 抱 之 上 、 懐 妊 な と 仕 、 訴 出 儀 有 之 、 主 人 に 御 構 無 之 事 曽 根 崎 心 巾 な ど に よ り 美 化 さ れ て い る 心 中 は 、 相 対 死 と い い 、 次 の よ う な 処 置 を う け た 。 律 令 要 略 (相 対 死 ) 男 女 申 合 相 果 候 も の 死 腫 弔 候 事 停 止 、 取 捨 一 方 於 存 命 は 下 手 人 、 夫 有 之 者 は 死 罪 双 方 於 存 命 は 日 本 橋 に て 三 日 さ ら し 非 人 之 手 下 屯 人 と 下 人 申 合 、 F 人 相 果 主 人 於 存 命 ば 不 及 下 手 人 に 、 非 人 之 手 下 に 後 に 存 命 の 女 は 、 新 吉 原 へ 被 渡 、 相 果 候 男 女 死 骸 取 捨 は と り や め に な っ た 。 男 女 申 合 相 果 罷 在 候 は 検 吏 之 上 、 双 方 共 死 骸 取 捨 候 処 、 御 停 止 被 仰 出 、 且 此 類 絵 草 紙 又 は 、 か ふ き 狂 言 な と に も 不 為 致 、 尤 衆 道 に て も 同 様 に 可 有 之 哉 之 事 大 名 は じ め 武 士 は 封 禄 の 世 襲 に よ る 生 活 で あ っ た 。 も し 男 の 子 が な く て 死 亡 し た 時 は 、 家 は 断 絶 す る こ と に な る 。 こ こ で 養 子 が 必 要 で あ る 。 大 名 、 武 士 の 養 子 に つ い て は い ろ い ろ の 制 約 が あ り 、 上 司 の 許 可 が 必 要 で あ り 、 も し 養 子 決 定 後 に 実 子 が 生 れ る と 紛 争 の 種 に も な り か ね な い 。 こ の よ う な こ と で 江 戸 時 代 の 初 期 に 養 子 を 決 定 し て い な い う ち に 当 主 が 死 亡 す る よ う な こ と が 起 っ て も 、 寛 永 九 年 の 諸 士 法 度 に よ り 危 篤 と な っ て か ら 、 急 に 迎 え る 末 期 養 子 を 禁 止 し た 。 こ の 禁 止 令 に よ り 諸 大 名 の 領 地 と り あ げ の 改 易 が た び た び 行 わ れ 、 多 く の 浪 人 が で き て 、 社 会 不 安 の 一 因 と な っ た 。 幕 府 は こ れ に よ り 慶 安 四 年 五 十 才 未 満 、 十 七 才 以 上 の 大 名 が 実 子 な く し て 死 ん だ 場 合 に は 、 末 期 養 子 を 認 め る こ と に 改 め た 。 年 令 を 制 限 し た の は 、 こ の 当 時 と し て は 五 十 才 は 老 年 で あ る 。 そ の 頃 ま で に 実 子 が な い の に 養 子 を 決 め て お か な い の ば 家 を 存 続 さ せ る 意 志 が な い も の と い わ ね ば な ら な い 。 ま た 十 七 才 以 下 の も の は 将 軍 へ の 奉 公 の 年 数 が 少 な い か ら 仕 方 が な い と し た の で あ る 。 こ れ は 後 に ば 五 十 才 以 上 で も 特 別 に 許 さ れ る よ う に な り 、 更 に 十 七 才 以 下 も 養 子 を 認 め ら れ る よ う に ゅ る め ら れ た 。 武 士 も こ れ に 准 じ て 養 子 を す る こ と が で き る 。 養 子 は 同 姓 の 中 か ら 適 当 な も の を え ら ぶ べ き で そ の 範 囲 な ど も 示 し て い る 。 寛 永 九 年 九 月 ( 一 六 三 二 ) 跡 目 之 儀 、 養 子 は 存 生 之 内 可 得 御 意 、 及 末 期 忘 却 之 刻 雌 中 之 、 御 用 ひ 有 へ か ら す 、 勿 論 筋 目 な き も の 御 許 容 有 ま し き 也 、 縦 錐 為 実 子 、 筋 目 違 ひ た る 旨 遣 言 御 立 被 成 ま し き 事 寛 文 三 年 八 月 ( 一 六 六 三 ) 跡 目 之 儀 、 養 子 は 存 生 之 内 可 致 言 上 、 及 末 期 錐 申 之 、 不 可 用 之 、 錐 然 、 其 父 五 拾 以 下 之 輩 は 、 錐 為 末 期 、 依 其 品 立 之 、 拾 七 才 以 下 之 も の 於 致 養 子 は 吟 味 之 上 許 容 す へ し 、 向 後 は 同 姓 之 弟 同 甥 同 従 弟 同 又 甥 並 又 従 弟 此 内 を 以 、 相 応 之 も の を 可 撰 、 若 同 姓 於 無 之 は 、 入 睾 娘 方 之 孫 姉 妹 之 子 種 替 り 之 弟 、 此 等 の 者 其 父 之 人 柄 に よ り 可 立 之 、 自 然 右 之 内 一 14 一
に て も 、 可 致 養 子 者 無 之 は 、 達 奉 行 所 、 可 受 差 図 也 、 縦 難 為 実 子 、 筋 目 違 た る 遺 言 立 へ か ら さ る 事 宝 永 七 年 四 月 ( 一 七 一 〇 ) 継 嗣 は 其 子 孫 相 承 す へ き 事 論 す る に 及 は す 、 子 な か ら ん も の は 、 同 姓 の 中 そ の 後 た る へ き 者 を 撰 む へ し 、 凡 十 七 才 よ り 以 上 は 其 後 た る へ き 者 を 撰 み 、 現 存 の 日 に 及 ひ て 望 請 ふ 事 を ゆ る す 。 或 ば 実 子 た り と 言 ふ と も 、 立 へ き 者 の 外 を 撰 み 、 或 は 子 な く し て そ の 後 た る へ き 者 を 撰 む の こ と き は 親 類 家 人 等 議 定 の 上 を 以 て 上 裁 を 仰 く へ し 、 若 其 望 請 ふ 所 理 に お ゐ て 合 は す 並 其 病 危 急 の 時 に 臨 み て も 望 請 ふ 所 の こ と き は 、 其 濫 望 を ゆ る す へ か ら す 、 し か り と い へ と も 、 或 は 父 祖 の 功 績 或 は 其 身 の 勤 労 、 他 に 異 な る 輩 に お ゐ て は 、 望 請 ふ 所 な し と い へ と も 、 別 儀 を 以 て 恩 裁 の 次 第 有 へ き 事 正 徳 六 年 二 月 ( 一 七 一 六 ) 五 十 以 後 の 面 々 急 養 子 之 事 御 許 容 無 之 は 、 御 代 々 の 御 制 条 に 候 、 然 れ 共 五 十 才 之 後 其 子 た る も の 死 去 し 、 い ま た 養 子 あ ら さ る 間 に 、 重 病 に の ぞ み 、 病 を 扶 け て 其 支 配 、 其 頭 之 宅 え 罷 越 、 対 面 之 上 願 書 を 相 渡 す に お ゐ て は 、 五 十 以 後 急 養 子 の 例 に 准 せ す 、 願 申 す 所 を 御 許 容 有 へ し 、 若 其 病 危 急 に し て 、 支 配 宅 え 罷 越 す に 及 は す し て 、 願 申 旨 あ る に お ゐ て は 御 代 々 之 御 制 条 に 任 せ ら れ 、 御 許 有 へ か ら す 候 、 然 る 上 は 五 十 才 之 後 遺 跡 を 続 く へ き も の 無 之 面 々 は 、 早 速 其 人 を 撰 ひ 、 養 子 之 事 願 申 す へ き 者 也 享 保 四 年 八 月 ( 一 七 一 九 ) 五 十 以 上 十 七 以 下 之 者 急 養 子 願 、 判 元 見 候 儀 可 為 無 用 候 、 但 五 十 以 上 に て も 、 せ か れ 相 果 候 て 間 も 無 之 、 養 子 願 申 事 候 は は 可 為 各 別 候 江 戸 時 代 の 武 家 で は 家 の 存 続 が 第 一 で あ り 、 養 子 の 選 定 は 重 大 な こ と で あ っ た 。 同 姓 の 弟 、 同 甥 、 同 従 弟 、 同 又 甥 、 又 従 弟 の 中 か ら 適 当 な 者 を え ら び 、 も し 同 姓 の 中 に な い 時 は 入 聾 娘 方 の 孫 、 姉 妹 の 子 、 種 替 り の 弟 の 中 で 、 其 父 の 人 柄 に よ っ て え ら ぶ 、 も し も こ れ も な い 時 は 奉 行 所 の 差 図 を う け る こ と と あ り 、 そ の 他 に つ い て も 追 々 と 達 し が あ り 、 直 参 に つ い て は 、 陪 臣 浪 人 を 養 子 に す る に つ い て 制 限 が あ っ た 。 寛 永 十 九 年 十 二 月 ( 一 六 四 二 ) 養 子 跡 目 之 儀 、 当 年 迄 無 相 違 被 仰 付 之 、 自 今 以 後 は 養 父 累 年 無 悲 所 奉 公 相 勤 、 其 上 実 子 之 先 祖 等 有 御 吟 昧 可 被 仰 付 之 、 無 筋 目 養 子 等 於 有 之 は 、 向 後 養 子 跡 職 相 続 被 仰 付 間 敷 儀 也 、 若 又 養 父 日 来 於 不 抽 御 奉 公 は 、 養 子 跡 職 一 円 に は 被 下 間 敷 由 仰 出 之 右 之 旨 、 番 頭 中 え 老 中 伝 、 上 意 之 山 享 保 四 年 三 月 ( 一 七 一 九 ) 一 、 養 子 願 之 儀 、 続 無 之 候 共 、 元 来 一 家 に て 当 時 取 か は し も い た し 候 程 之 内 に て 、 相 応 之 者 を 可 相 願 筈 に 候 間 、 向 後 は 養 子 願 之 時 、 親 類 書 差 出 候 節 、 右 一 家 之 内 存 寄 之 者 無 之 に お ゐ て は 其 品 書 加 可 申 事 、 一 、 他 人 を 聾 養 子 と い た し 候 は 同 姓 之 内 養 子 に い た す へ き 相 応 之 者 無 之 儀 に 候 問 、 同 姓 を 差 置 、 他 人 を 聾 養 子 に 願 申 間 敷 候 然 共 同 姓 之 内 養 子 に 可 仕 筈 之 者 病 身 か 、 又 は 何 と そ 存 寄 有 之 に お ゐ て は 、 其 わ け を 立 、 他 人 を 響 養 子 に 願 候 は 格 別 之 事 一 、 惣 て 養 子 之 儀 、 同 姓 相 応 之 者 を 撰 ひ 、 若 無 之 に お ゐ て は 由 緒 を 正 し 、 願 候 様 に と の 事 、 御 條 目 に も 有 之 候 間 、 右 二 ヶ 条 之 趣 存 相 心 得 一 15 一
可 申 事 享 保 十 八 年 四 月 ( 一 七 三 三 ) 仙 人 養 子 に 仕 候 儀 、 陪 臣 浪 人 之 子 御 直 参 に 親 類 有 之 候 共 御 直 参 筋 之 者 に て 無 之 候 は は 無 叶 候 一兀 文 一兀 年 九 月 ( 一 七 三 六 ) 陪 臣 浪 人 に て も 、 妻 之 従 弟 違 父 従 弟 等 は 養 子 願 取 上 候 段 先 達 て 相 達 候 得 共 、 向 後 は 妻 の 親 類 に て も 、 陪 臣 浪 人 は 難 成 候 、 畢 尭 御 直 参 之 次 男 三 男 等 片 付 之 た め に 候 間 、 可 被 存 其 趣 候 享 保 十 八 年 十 二 月 ( 一 七 三 三 ) 幼 少 実 子 御 奉 公 難 成 病 気 に て 相 続 不 成 子 細 有 之 、 前 以 支 配 え 相 達 候 ば は 各 別 、 無 左 候 て 、 実 子 病 身 之 由 に て 養 子 願 候 儀 は 難 成 候 年 長 者 を 養 子 に す る こ と は 特 別 の 場 合 の 他 は 認 め ら れ な い 。 享 保 五 年 四 月 ( 一 七 二 〇 ) 前 前 は 急 養 子 仮 養 子 等 は 、 年 増 之 者 を も 相 願 候 得 共 、 向 後 年 増 之 養 子 願 は 成 か た き 事 候 間 、 頭 頭 支 配 々 々 え 此 段 寄 々 可 被 申 候 事 宝 暦 三 年 十 月 ( 一 七 五 三 ) 妾 腹 に 男 子 致 出 生 候 以 後 、 妻 に 男 子 致 出 生 、 右 妾 腹 之 男 子 次 男 に 致 し 置 候 者 、 右 次 男 年 増 に 候 得 共 、 弟 に 相 立 候 儀 に 候 間 、 兄 之 養 子 に 相 願 候 に て も 不 苦 候 、 右 之 外 年 増 之 者 並 年 増 に 無 之 候 て も 伯 父 之 続 候 は 唯 今 迄 之 通 可 相 願 候 金 銀 を も っ て 養 子 契 約 を し た の で 仕 置 を う け た 例 が の こ っ て い る 。 享 保 十 二 年 三 月 ( 一 七 二 七 ) 畔 柳 助 九 郎 御 仲 間 高 橋 吉 大 夫 事 、 実 子 有 之 候 処 、 金 銭 を 以 養 子 之 契 約 い た し 、 不 堵 成 仕 方 に 付 、 御 仕 置 に 被 仰 付 候 、 御 抱 入 之 者 は 格 別 軽 き 者 に て も 御 譜 代 筋 之 者 は 養 子 い た し 候 節 、 金 銀 を 以 契 約 仕 候 儀 有 之 間 敷 事 に 候 処 、 末 々 に 至 て は 折 節 に 不 堵 成 養 子 取 組 候 者 有 之 事 に 候 間 、 自 今 金 銀 を 以 養 子 取 組 不 仕 候 様 、 頭 々 兼 て 相 心 得 、 無 油 断 遂 吟 味 、 可 被 申 付 候 、 尤 養 子 取 組 候 義 は 、 親 類 之 内 相 応 之 者 無 之 候 は は 、 御 直 参 之 二 三 男 又 は 弟 な と 之 内 、 取 組 候 様 に 可 被 申 聞 候 養 子 を と っ て か ら 後 に 実 子 が で き て も そ れ に 家 督 を 譲 る こ と が で き な い 。 養 子 を 返 し て も 実 子 に は 譲 れ ず 、 又 養 子 を し な け れ ば な ら な い の が 原 則 で あ っ た 。 律 令 要 略 父 致 養 子 跡 式 極 置 は 、 錐 実 子 と 跡 式 不 為 続 之 享 保 七 年 五 月 ( 一 七 二 二 ) 養 子 い た し 候 以 後 実 子 出 生 候 共 、 其 実 子 家 督 に は 被 仰 付 間 敷 候 間 、 又 養 子 を 可 奉 願 候 、 然 共 右 返 し 候 養 子 何 と そ 行 跡 悪 敷 候 品 有 之 候 か 、 病 気 に て 決 て 御 奉 公 難 く 成 儀 に 相 極 り 養 子 返 し 候 ば は 、 頭 支 配 と く と 承 届 、 実 方 え も 相 尋 、 無 相 違 候 は は 、 可 相 願 候 、 軽 き 病 気 又 は 養 父 之 心 に 叶 不 申 候 通 り 之 儀 迄 に て 養 子 返 し 候 跡 は 、 実 子 に 家 督 は 被 仰 付 間 敷 候 、 但 実 子 御 奉 公 被 仰 付 間 敷 と の 儀 に て 無 之 候 、 分 知 奉 願 候 か 、 外 え 養 子 な と に 遣 し 候 儀 は 可 為 勝 手 次 第 候 惣 領 の 子 は 養 子 に 出 す こ と が で き な い 、 ま た 母 が 出 奔 し た 子 も 養 子 に や れ な か っ た 。 こ れ ば 後 に ゆ る さ れ た 。 享 保 十 二 年 十 一 月 ( 一 七 二 七 ) 惣 領 を 養 子 に 遣 候 儀 、 本 家 な ど へ 遣 候 は 格 別 、 其 外 は 一 切 有 之 間 敷 候 ﹁ 16 ﹁
事 に 候 、 願 申 出 候 共 、 取 上 申 間 敷 事 延 享 四 年 五 月 ( 一 七 四 七 ) 母 出 奔 い た し 行 衛 不 相 知 、 其 子 部 屋 住 に て 罷 在 、 縦 幼 少 に て 右 之 訳 不 存 候 共 、 家 督 相 続 之 儀 難 成 候 、 尤 他 家 え 養 子 に 遣 候 儀 も 難 成 候 事 但 母 家 女 に て 候 は 其 沙 汰 不 及 候 宝 暦 九 年 十 一 月 ( 一 七 五 九 ) 向 後 母 出 奔 候 共 、 其 子 家 督 相 続 並 養 子 に 遣 候 儀 、 不 苦 候 平 民 の 養 子 に つ い て は 養 父 と 養 子 方 の 戸 主 と の 間 の 契 約 に よ っ て 定 ま り 、 町 村 へ の 弘 め を す る の が な ら わ し で あ っ た 。 跡 職 に つ い て 次 の よ う な ふ れ 、 ﹁ 京 都 町 中 可 令 触 知 条 々 二 日 触 之 事 ﹂ が あ る 。 明 暦 元 年 十 一 月 廿 六 日 ( 一 六 五 五 ) 跡 職 並 親 疎 に 不 限 、 遺 物 配 分 之 事 右 其 身 堅 固 成 内 、 町 中 年 寄 並 五 人 組 に 相 断 、 証 文 に 載 置 へ し 、 但 其 子 不 義 之 族 於 有 之 は 重 て 可 申 断 之 、 末 期 為 背 道 理 遺 言 相 立 間 敷 者 也 養 子 並 入 聾 等 事 右 遺 物 配 分 等 之 事 、 准 先 條 て 父 母 堅 固 成 間 に 諸 事 相 定 、 証 文 取 か は し 、 町 中 へ も 同 証 交 取 置 へ し 、 及 末 期 令 忘 却 之 刻 申 と い ふ と も 、 不 可 用 、 勿 論 道 理 に 違 は 不 可 許 容 、 た と へ 養 子 之 外 実 子 出 来 と 云 と も 、 道 理 に 背 き た る 遺 言 立 間 敷 者 也 江 戸 時 代 に は 久 離 、 義 絶 、 勘 当 な ど の 制 が あ っ た 。 久 離 は 目 上 の 親 族 か ら 目 下 の 親 族 に 対 し て 行 う も の で 、 親 、 兄 、 叔 父 等 目 上 の 者 が 出 奔 し た 子 、 弟 、 甥 等 目 下 の 親 族 と の 関 係 を 継 絶 す る も の で 、 不 行 跡 な 親 族 の 行 為 に よ り う け る か も 知 れ な い 法 律 的 後 難 を さ け る た め に 行 う も の で あ る 。 同 等 の 親 族 に 対 し て 行 っ た と き は 特 に 義 絶 と い う 。 目 下 の 者 が 目 上 の 親 族 に 対 し て は 行 う こ と が で き な い 。 勘 当 と は 親 が 同 居 す る 子 を 放 逐 し て 親 子 の 関 係 を 断 絶 す る こ と で 、 懲 戒 が 主 で あ る 。 勘 当 は 口 頭 又 は 文 書 で 行 っ た の は 内 証 ( 勘 当 ) で 、 法 律 上 の 効 果 は な い 。 勘 当 の 届 出 は 、 武 士 の 場 合 は 御 家 人 な ら ば 頭 支 配 、 陪 臣 な ら ば 主 人 が 願 出 に よ り 申 し 付 け る 。 頭 支 配 ま た は 主 人 は 奉 行 所 へ 届 出 て 勘 当 帳 に 登 録 を う け 、 そ の 謄 本 を う け と り 願 人 に 渡 す 。 庶 民 の 場 合 は 五 人 組 を 通 し て 支 配 の 奉 行 所 へ 届 け 出 て 謄 本 を う け と る 。 久 離 も 久 離 帳 に 登 録 さ れ た 。 勘 当 さ れ た 子 は 相 続 権 を 失 っ た 。 後 日 改 俊 し て 素 行 が 修 っ た と き は 赦 免 願 を 出 し て 帳 消 を し て も ら う こ と が で き た 。 江 戸 時 代 の 社 会 制 度 の 根 本 思 想 は 朱 子 学 派 の 道 徳 が 根 幹 と な っ て い る 。 寛 永 十 二 年 の 武 家 諸 法 度 第 十 二 条 に ﹁ 本 主 の 障 り こ れ あ る 者 、 相 抱 う べ か ら ず ﹂ と あ る よ う に 、 中 世 の 武 士 は 主 君 の 意 に そ む い て 主 従 の 関 係 を 断 た れ て も 帰 る べ き 土 地 が あ り 、 ま た 他 国 へ 仕 官 す る こ と も 自 由 で あ っ た が 、 江 戸 時 代 で は 主 君 の 意 に そ む い て 浪 人 す れ ば 、 旧 主 の 許 可 の な い 限 り 再 仕 官 で き な く 、 ま た 帰 る べ き 土 地 も な い の で 、 こ こ で 君 君 た ら ず と も 臣 臣 た ら ざ る ぺ か ら ず の 武 士 道 の 確 立 と な っ た 。 幕 府 は 諸 大 名 に 対 し 、 藩 主 は 藩 士 に 対 し て 絶 対 的 臣 従 を も と め 、 夫 と 妻 、 長 と 幼 と 、 士 農 工 商 の 階 級 的 隔 絶 と い う よ う な 身 分 制 度 が 全 般 の 基 盤 と な っ て い 一 17 一
る 。 家 政 学 に 関 係 す る 身 分 上 の 特 長 は 第 一 に 衣 で あ る 。 衣 服 の 規 定 の も っ と も 厳 格 な も の は 公 家 で あ っ て 禁 中 並 公 家 諸 法 度 に 天 皇 以 下 こ ま か な 規 則 が あ る 。 上 級 武 士 に つ い て も 武 家 諸 法 度 に 、 衣 装 の 品 混 雑 す べ か ら ざ る こ と と し て 、 衣 装 に 君 臣 上 下 の 別 あ る べ き も の で あ り と し て 具 体 的 に 着 用 す べ き も の を 示 し た 。 中 級 以 下 の 武 士 に つ い て は 諸 士 法 度 で 、 小 者 や 草 履 取 の 絹 布 を 着 る こ と を 禁 じ た が 、 後 に 下 級 武 士 を こ ま か く 分 け 、 徒 士 と 若 党 は さ や ち り め ん 、 平 嶋 羽 二 重 、 絹 紬 、 麻 布 、 木 綿 を 、 足 軽 は 絹 紬 、 麻 布 、 木 綿 を 、 小 者 と 中 間 は 麻 布 と 木 綿 を 着 用 す る こ と と し 、 こ の 外 は 着 用 を 厳 禁 し た 。 百 姓 の 衣 服 は 名 主 は 絹 紬 、 麻 布 、 木 綿 を 、 百 姓 は 麻 布 、 木 綿 に 限 る と し た 。 町 人 に つ い て は 召 使 は 絹 紬 に 限 る と し て い る が 、 町 人 の 衣 服 が 華 美 に な る に つ れ 度 々 倹 約 の 令 を 出 し て い る 。 衣 服 の 区 別 は 法 令 か ら は 布 地 を 主 に 問 題 に し て い る が 、 公 家 や 上 級 武 士 に つ い て は 身 分 に よ る 規 定 が あ る よ う に 、 下 級 武 士 に つ い て も 身 分 に 応 じ た 衣 服 の 規 定 が あ っ た 。 百 姓 町 人 に つ い て も 、 例 え ば 借 家 人 は 羽 織 ば 許 さ れ る が 、 袴 は つ け ら れ な い 、 地 借 人 は 羽 織 袴 に 脇 差 が 許 さ れ る 。 家 主 は 麻 排 に 脇 差 と い う よ う な 区 別 が あ っ た 。 こ の よ う な 区 別 が 定 ま っ た の は 徳 川 幕 府 の 中 央 集 権 の 確 立 し 社 会 秩 序 が 全 般 に 固 ま っ た 寛 永 か ら 寛 文 ご ろ で あ ろ う と 思 わ れ る 。 第 二 の 特 長 は 家 族 関 係 に あ ら わ れ て い る 。 家 名 の 存 続 と 夫 権 や 父 権 な ど の 強 大 な こ と で あ る 。 武 士 階 級 は 男 子 に よ る 封 禄 の 世 襲 で あ る た め 、 妾 を 認 め 、 実 子 の な い と き は 養 子 が 必 要 で あ っ て 、 養 子 に つ い て は 厳 格 な 規 定 が 詳 細 に と と の っ て い る 。 結 婚 生 活 で は 貞 操 の 義 務 を 妻 に の み 求 め 、 離 婚 の 権 を 夫 だ け に 認 め る な ど 夫 が 絶 対 的 で あ る 。 親 が 子 を 勘 当 し た り 、 子 女 や 養 女 を 苦 界 に 売 る な ど 親 族 間 で は 長 上 が 絶 対 的 の 権 を も っ て い た 。 結 婚 に つ い て は 大 名 武 士 は 武 家 諸 法 度 な ど に よ り 万 石 以 上 、 布 衣 以 上 の 役 人 並 に 近 習 の 輩 が 私 に 婚 約 を な す こ と を 禁 じ て い る の を は じ め 、 貴 賎 相 当 ら ざ る も の と 婚 を な す こ と を 禁 ず る な ど 厳 格 に 定 め ら れ て い て 、 諸 大 名 は 幕 府 、 ま た 武 士 は 藩 主 の 許 可 が 必 要 で あ っ た 。 庶 民 は 身 分 財 産 に お い て 相 応 の 家 が 縁 組 を す る の が 普 通 で あ っ て 、 儀 式 は 武 士 庶 民 と も に 質 素 に す べ き も の と き め ら れ て い る 。 町 人 の 結 婚 は か な り 自 由 で あ っ た が 重 婚 は 禁 じ ら れ た 。 武 士 は 妾 を 妻 に す る こ と が 禁 じ ら れ て い た 。 後 に は 許 可 さ れ る こ と も あ っ た 。 結 婚 は 縁 組 と 婚 礼 (祝 言 ) の 二 つ の 形 式 に よ っ て 成 立 し た 。 縁 組 は 結 納 を と り か わ し て 婚 姻 を 約 束 す る こ と で あ り こ れ に よ っ て 夫 婦 に 准 じ た 貞 操 上 と 忌 服 上 の 関 係 が 生 じ た 。 祝 言 す る と 武 士 は 幕 府 ま た は 藩 主 に 届 け 出 、 庶 民 は 仲 人 を た て 、 町 村 役 人 に 届 け 出 た 。 離 婚 の 権 は 夫 の み に あ っ た 。 し か し 夫 婦 双 方 が よ く 話 し あ っ て 仲 人 を 経 て 行 う の が 普 通 で あ っ た 。 武 士 は 主 人 に 届 け 出 る こ と が 必 要 で あ り 、 庶 民 は 離 縁 状 を 書 き 妻 に 渡 す こ と が 必 要 で あ っ た 。 三 下 り 半 に 書 く の が 普 通 で あ っ た 。 こ れ を 渡 さ ず し て 後 妻 を と る 男 は 所 払 と さ れ 、 ま た こ れ を 受 取 ら ず し て 他 へ 嫁 し た 女 は 髪 を 削 り 親 元 へ 返 さ れ た 。 こ の 女 を 縁 付 け た 親 元 と 引 取 っ た 男 と は 過 料 に 処 せ ら れ た 。 離 婚 は 夫 の 自 由 で あ る が 、 外 の 女 を 後 妻 に す る た め 離 婚 す る こ と は で 一 18 一