﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶I
−︱﹁感動﹂の形成過程に関する考察1
本稿は、新美南古作﹁ごん狐﹂を小学校六年生を対象に実施した授業
に基づき、児童にとって﹁感動﹂が学習過程の中でどのようにして形成
されるのか、その形成過程を認識の深化・共感の形成・意欲の向上の視
点から考察しようとするものである。本研究に先立ち、﹁授業の概要﹂
に関しては別稿﹁﹃ごんぎつね﹄の文学の授業︵六年︶︰[]︱授業の概
要−﹂︵以下、別稿Oと略記︶において詳述している。
一 認識の深化・共感形成に関する全体的考察
︼﹂ ごんぎつねの人物像︵﹁ひとりぽっち﹂の境遇・﹁いたずら﹂の行為・ ﹁やさしさ﹂︶ 1 第一次感想文←第二次感想文における認識の深化・共感形成 感想内容について比較考察を行う前に、自由に記述した第一次と第二 次の感想文中における人物像にかかわる感想量︵数︶の比較を一瞥して おきたい。︵下表︶ 木表において明白なように、ごんぎつねの人物像の各側面において感 想数が増加している︵約二・七倍増加︶。このことは言うまでもなく、 読みの深化を量的に物語るものである。︵読みが細部表現まで行きわた り、その反応としての感想量の増大︶△表①▽ 感想量︵数︶比較
北
吉 郎 教育学部国語教室 廊別稿﹁﹃ごんぎつね﹄ の文学の授業︵六年︶ ︰︷︰−授業の概要 ︱︸△備考▽の﹁感 想内容一覧﹂より、 感想数を抜粋。一〇四 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
剛﹁ひとりぽっち﹂の境遇に対する認識深化・共感形成
第一次と第二次感想文において﹁ひとりぼっち﹂の境遇について記述
しているそれぞれの感想内容を整理し比較して示すと次表のようにな
る。
△表②▽ 境遇﹁ひとりぽっち﹂に関する感想内容の変容
︵傍線引用者︶
第一次感想文 中山というとこ Iろに、どうしてひ とりで住んでいる 川司引劉。︵丙涌︶ 遇 一 問ち 」の 境
疑
つ ー な ひ と り ぼ 朴 「 一 素 ・親近感・孤独に対する関心や孤独を共有しようとする心理の芽生え 第 二 次 感 想 文 つちだから、い たずらをするのかなあ。ごんは、初 めからいたずらばかりしていたのだ ろうか。お父さんやお母さんはどこ うだ。ごんは、お母さんから生まれ てくるのに、お母さんはそのごんを 同情 -見すてて行ってしまったのだろうか。 ︵村上㈲︶ ごんは、さびしがり屋だから、い たずらをすると思った。ごんは、か お母さんもいないし、それにい よに遊ぶ仲間だって、あまりいない。 大きないたずらをするが、ほんとう はやさしいんだなあ。︵大山︶ ごんは親兄弟がいなくて、さびし いだろう。かわいそうだ。︵藤條︶ 私が印しょうに残っているのは、 ごんがひとりぼっちであなの中に住 ら 」 と の 関 連 推 ●測 ず 一 問 た い ー 疑 「 ・ お父さんやお母 さん、兄姉・弟妹 はいないのかなあ。 どうしてごんは、 いたずらをするの か。それはたぶん 友だちがいなくて さびしいからだと 思う。︵藤田︶りぼっち」との関連を理解・「いたずら」の行為に対する弁護
と 「ひ んでいることです。﹁ひとり ち で、さびしくないのかなあ﹂とか、 ﹁いつからひとりで住んでいるのか なあ﹂ということを、知りたいです。 ︵鴨谷︶ ごんが、いたずらや悪いことをす るのは、ひとりぼっちでだれも相手 にしてくれないからだと思う。村が 近いので、ついいたずらをしたくな るのだろう。’︵倉木︶ いたずらをするのは、ひとりぼっ ちで、さびしいからだ。だから、兵 十を見つけたとき、ついいたずら心 が起きて、あんないたずらをしてし まった。︵石戸︶ いつもひとりぼっちだから、いた ずらをして気持ちをまぎらしている と思う。︵佐伯︶ ごんは、ひとりぼっちだから、さ びしいので、人間を相手にいたずら をして、遊んでいるつもりだと思い ます。︵増田︶ いつも、いたずらばかりしている けど、ほんとうは家族も友達もいな いから、さびしくて、いたずらをし ていると思う・家族や友達がいたら いたずらなんかしなかったと思う。 ︵木谷︶第一次感想文 ・ ごんぎつねって、 悪いなあ、と思った。 ごんは、いたずらばかりしている けど、ほんとうはさびしいと思う。 友だちもいないから、いたずらをし ジ, -メ イ の 」 ネ ツ キ ー い 悪 「 いい所もあるけど、 悪い方が多い。︵西 浦︶
見 極 め
ぉもしろい,印象に残った
ほ り 初 散め らの し方 たの り ご `ん火は を・` Iっ畑 けへ た入 り っ `て と い ん も が を ͡ったを ぶ 桐て申つご悪第 山いスけんい一 −るやたのき章 所うり悪つか よな `いね ら りぎ兵とだ第 下を十こ o三 手 `がろ͡章 のは一は北 ま 方り生 `垣で へきけなごの 逃りんた ご があ め ね ん しみい が は なのにら ` ゛か と に だ Åかっ火 い い と る っ ぼて く は に め と い っわ て く は な お こ も と し だ ろ け い ど o ゝ /乙 小読 松ん こで な あ ○ 悪 知 恵 の 働 く や つ だ な あ 兵 十 に らのの れ方方ご な へへ ん い逃ほが かすっ ` ら と た う だ `,のな ゜ も がぎ ご う お を ん そ も ぬ ものしす ` う ろみ う な か と ま ぎ っ っ くはたて 考 と ○ ゝ えら下下 たえ手手 ら。こが十 ぎな っつ がずとはが一をかたけ するでりせ番とでりた きがすきっ `っも `り だ し ゜り か印た `兵 ` なこそあく しい一十と あいのみと よた番のん “や部よっうずひ魚ガ とつ分りたにらどをら 思だの下キ残 ゜い逃し っc一文手スっ͡いしを たと章のやて赤たたむ ゜かを方ふい沢ずり し ͡ `読へなる−らすり 徳.ん投をの はる取 山いだげ `は `な っ ごたとこご ` うどて ずきむん兵 な ・一行 ごんは、いたずら ぽかりしすぎるなあ。 ︵山下︶ 初めの方のごんは i 悪いと思う。うなぎ をとったりするから。 ︵頭山︶ ていると思う。村の人からみたら悪 いことのようだけれど、ごんにした ら遊んでいるつもりだ。︵大沢︶ いたずらばかりして、悪いきつね に見えるけど、ほんとうは心・のやさ しいきつねで、ひとりぼっちでさび しいから相手にしてもらいたくて、 そうしていると思う。︵加藤︶︵考察︶
①﹁ひとりぼっち﹂の境遇については、第二次感想文では同情や親近感、
ごんぎつねの孤独に対する関心やその孤独を共有しようとする心理が
芽生えてきている。
②﹁いたずら﹂どの関連では、第二次感想文になると﹁ひとりぼっち﹂
との関連性についての認識が深まり、それ故に≒いたずら﹂の行為を
弁護しようとする心理が形成されてきている。
②﹁いたずら﹂の行為に対する認識深化・共感形成
﹁いたずら﹂の行為に関する第一次と第二次の感想内容を整理し、比
較して示すと次表のとおりである。
△表③▽﹁いたずら﹂の行為に関する感想内容の変容
︵傍線引用者︶
第 二 次 感 想 文 いろいろないたずらが、印しょうに残 I た ○ なたねがらのほしてあるのに火を 一〇五 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶I −﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶ ・ ごんは、なんて悪 いんだろうと思った けど、あとの方でク リやまつたけなどを 毎日のように持って 行ったので、考えが 変わった。︵倉木︶ よいきっねか、悪 いきつねか、いった いどっちだ。︵清原︶一〇六 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI 護 の・イメージ 「悪いキツネ 弁 いい・やっ - I ● る ぎ す 悪 らしをむしり取って行ったり、いろいろ ないたずらをしているが、ほんとうのご んはやさしい気持ちを持っている。︵頭 山︶ − とヽごんのお母さんや兄さんが殺された り、つかまえられたりしたからだと思う。 ︵牧野︶ ごんは、亜tいやつなのか、いいやつな のか、どっちだ。ぼくは、いいやつだと 思っている。︵阿河︶ ごんぎつねは、ちょっと悪すぎる。兵 十がはりきりあみで取ってビクの中に入 れている魚を、はりきりあみの外側に投 げすてた。兵十がおっかあに食べさせよ うと思っていた魚は、全部逃されてしま った。そして、兵十のおっかあは死んで しまった。こんなごんは、きっと悪いこ とで有名なきつねなのだろう。︵西浦︶
︵考察︶
① 第一次感想文では、
・ ﹁悪いキッネ﹂というイメージが強い。
・ ﹁いいキツネ﹂I﹁悪いキツネ﹂という図式的な把握になってい
る。
・ どのように﹁悪いキツネ﹂なのか、具体的には記述されていない。
② 第二次感想文では、
・﹁いたずら﹂に対する﹁悪い﹂というイメージが希薄化している。
つ 具体例を正確に挙げて、印象に残っている﹁いたずら﹂の行為を
記述している。
要するに、第二次感想文では、﹁いたずら﹂の行為に対する評価に変
容が生じてきている︵評価の観点の多様化︶。これは、﹁ひとりぼっち﹂
の境遇に対する認識の深化により、同情や共感が形成されてきているこ
とと密接に関連している。
③﹁やさしさ﹂止対する認識深化・共感形成
﹁やさしさ﹂に関する第一次と第二次の感想内容を整理し比較して示
すと、次表のとおりである。
△表④▽﹁やさしさ﹂に関する感想内容の変容
第一次感想文の内実
一
述
「やさしさ」
無 記
ごんぎつねはや さしいと思う。︵桐 山︶ いたずらをする けど、やさしいと ころもある。︵赤 沢︶ 最初はいたずら ばかりしていたけ ど、やっぱり人思 い。︵阿河︶ ごんは、くりや ︵傍線引用者︶ 第 二 次 感 想 文 ごんは、いたずらばかりするけどやさし い心を持っている。︵藤條︶ ごんが、くりをどっさり拾ってきたこと行為について記述
動機について記述 記述 を 1 1 一 一 いと て 機 -Fと 動 行為と まつたけを持って ですが、﹁小ぎつね﹂だから手は小さいと 思うから、どっさりと言っても五こハコぐ らいじゃないかなあ。︵鴨谷︶ ・ ごんは、いつまで、何回つぐなったら気 がすむのだろう・︵阿河︶ ・ 最後に、ちゃんとつぐないができたのは いいことだ。︵北垣︶ 初めに読んだときは、ごんが兵十のうな ぎをとったからおっかあが死んだと思って いたけど、勉強しているうちに、ごんが気 にしてかってに思いこんでいるような気が してきた。︵村上㈲︶ ごんは、うなぎを逃したことを悪いこと だと考えて、そのつぐないにいわしやくり を持って行っている。ほんとうは、心の中 はやさしいきつね。︵木谷︶ ごんは、うなぎをとって、悪かったと思 1 つて兵十の家におわびの気持ちでくりをど っさりと、まつたけも二・三本持って行っ た。なかなか、責任感を強く感じる、いい きつねじゃないか、と思う。︵小松︶ 兵十のお母さんは、うなぎが食べられな くて死んだんじゃあない、と私は思う。だ から、自分の責任でお母さんが死んだと思 いこんでいるごんは、本当はすごく素直で の 内 実 「 や さ し さ 」 自分のせいで、兵十のおっかあが死んだと思い 自覚して、おわび にくりやまつたけ を毎日兵十の家へ とどけたこと。︵小 松︶ ごんぎつねは、 わりといいきつね やさしいきっねだと私は思う。それに、毎 日毎日、兵十にくりやまつたけをとどけて いるということは、ごんは本当に兵十に対 してすまないと思っているからだと思う。 ︵石戸︶ 自分のせいで兵十のおっ母が死んだと思 − つて、くりやまつたけを持って行き、その ほかにいわしをぬすんでまでも兵十にあげ ようとしたところは、ごんのいいところだ。 ︵桐山︶ 兵 のお かあが死んだのは自分のため だと思いこんでいるから、ごんはつぐない をしているし、そうしたところが心のやさ しいところ。︵福山︶ ごんは、ほんとうはとてもやさしい。い たずらをして反省したり、自分のいたずら のために兵十のおっかあが死んだというこ とを反省して、くりやまつたけを持って行 ったりしているのが、いいところ。︵倉木︶ ごんは、すごく責任感の強いきつねだ。 多くのきつねの場合、自分がうなぎをとっ たせいで兵十のおっかあが死んだからとい I つて、毎日毎日くりやまつたけを持って行 くだろうか。ごんは、自分の行動について 深く考えすぎているところもある。︵笠尿︶ ごんは、ほんとうはやさしいと思う。第 一章のところでは、いたずらばかりしてい たけど、第二章のことがあって兵十のおっ かあが死んでからは、自分が悪かったと思 行った。やさしい きつねだなあ、と 思った。︵佐伯︶ クリやまつたけ を持って行ったの は、いいことをし た・︵北垣︶ いたずらばかり Iしているけど、自 分もひとりぼっち だから、やさしい。 ︵樺山︶ いたずらをして いるけど、ぽんと Iうはやさしい。Tつ なぎをとって来て 悪いと思って、毎 日くりやまつたけ を持って行ってあ げるから。︶︵木 谷︶ ・ この話でよいと ころは、自分のせ いだと思いこみ、 自分が悪いことを 一〇七 ﹁ごんぎっね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶ だと思う。兵十の お母さんが死んだ ことを自分のせい I にして、くりやま つたけをとどけた ところが、私はす きです。︵大沢︶一〇八 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
「 や さ し さ 」の 内 実
行 為 と 動 機 を 記 述
bしのことで、兵十にめいわくをかけた 兵十のおつかあが死んで いたずらを、悪いと思い -た こ と を 知 る と 今 度 は 気 の 毒 に 思 っ て く っ分 っどい ての兵て `わ 行せ十みやし き い の た さ の `だおいしこ 兵と っ ゜い と 十思か͡ ゜で がっあ樺ご兵 いてが山ん十 わい死こにに しわん 会め 屋じだ・ えい にをの るわ ぶ兵を なく ん十知 らを なの る `か ぐ家と 一け らに ` 回た れ持白 会け べや るま私 と つは `た ` と け ご て をん も 持が ごっ小 ん て さ が来い すた手 き と で に こ ` な ろ ど る を っ ゜思さ ご・い り ん う く はか り ご ん兵 の十 つの ぐお な っ いか は あ 始が ま死 っん たで ゜し ͡ま 藤 っ 田て 之か ら ͡か 日 佐ら │ ご毎兵 伯 `ん日十 こ急ぎっの につぐお いねな母 いはいさ こ ` をん と 兵 しが を十た死 すの ゜ん るお͡だ よっ赤の うか沢を にあ−知 な が っ っ死 て たん ` ゜で 毎 はかそ や る の さ と い し `た いつず き ぐ ら つ な が ねい と oをて ͡すも 増る悪 田 と い こいこ う と `だ ほ っ ん た と と う わ て な ごああ兵 んげと十 はて思に `い っい い る て │ た た ゜`ず ず͡すら ら牧ぐを, ば野にし かご松て り た ` し け 自 て を分 い 持が る っ悪 け て か ど 行 っ ` った本 っ
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作
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ぐ
りやまつたけを毎日持って行っている。ほ んとうに心のやさしいきつねだ。︵加藤︶︵考察︶
① 第一次感想文では、
︱ ﹁やさしさ﹂の内実として、﹁くりやまつたけを持って行った﹂行
為のみを記述している。
つ ごんぎつねの人物像を﹁やさしい﹂︵﹁人思い﹂﹁よいところ﹂等
を含む︶として評価すぶに際し、﹁いたずら﹂の行為を対立的に取
り上げて記述している。︵﹁いたずらはするけど、やさしい﹂等−
赤沢・阿河・木谷・樺山︶
これに対して
② 第二次感想文では
・ ﹁やさしさ﹂の内容として、行為と動機とを具体的に記述している。
つ ごんぎつねの人物像を﹁やさしい﹂として評価するに際し、﹁い
たずら﹂の行為は負の要素ではなくなり、むしろその﹁いたずら﹂
に対して自責の念を有している点に﹁やさしさ﹂の側面を見いだし
ている。
・ごんぎつねの﹁やさしさ﹂に対し、共感や感動形成の芽生えが見
られる。−小松・石戸・樺山、等︶
2 第一次感想文←第二次感想文←第五次感想文における認識の深
化・共感形成
﹁ひとりぼっち﹂の境遇・﹁いたずら﹂の行為・﹁やさしさ﹂、について
記述している第一次、第二次、第五次の感想文の変容を、それぞれの記
述過程において整理して示すと次表のとおりである。
△表⑤▽ 第一次・第二次・第五次感想文における﹁ひとりぼっち﹂
の境遇、﹁いたずら﹂の行為、﹁やさしさ﹂に関する感想内容
一〇九 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶ 「 i _ _ 1 リード111−1L 一一 第 二 次 感 想 文 o同情・親近感の芽生え い ーし も ん つね のイ 11名 一次 4゛’゛ ̄こlj`、ふ二こフニニj;l.・ここぶ-12名 o境遇に対する素朴な疑問 ・どうして、「ひ七りぼっち」 ’`− なのだろう。 o「いたずら」との関連を推測 。・ひとりぼっちでさびしいから I‘` ̄ いたずらをするのだ乙うか。 4一一一一−−一一−−一一一一一一、 5名 メー て しろい。 ぎつねの悪い部分は、この点だ。 ・ほんとうのごんは やさしさ」 自分のせい うなぎ,をと て やさしい いと V o「悪いきっね」のイ」−ジ −一一 ・いたずらぽかりしすぎる。 そー、−−−−−−−−−−−−−−−−L旦E! o「やさしさ」の内実として、単 一行為を指摘 ___ ・「くりやまつたけを持って行 った」 o「いたずら」と対立させて評価 ゛ヽ、・いたずらをするけれども、や 。/ さしい。 o ﹁ひとりぼっち﹂の境遇に対する認識の深化と共感形成、﹁やさしい﹂ 行為に対する﹁共感・感動の芽生え﹂が観察される一方、﹁いたずら﹂ の行為に対しては反感や悪いイメージが希薄化してくる。 考 ○ 察 の変容過程 ﹁ひとりぼっち﹂の培邁 ﹁ や さ し さ し ○ ﹁いたずら﹂と﹁やさしさ﹂の関係認識︵﹁い たずら﹂の行為に対する自責が﹁やさしい﹂行動 の動機になっている︶が深化することにより、﹁い たずら﹂は﹁やさしさ﹂と対立する負の要素では なくなる。 ﹁やさしさ﹂に対する共感や感動の芽生えが生 じてくる。 ﹁ひとりぼっち﹂の境遇に対す る認識が深化し、同情・共感が芽 生えてくることにより、﹁いたず ら﹂に対して一定の理解を示すよ うになる。 ・お父さん お ん、 だちがいなくてかわ r゛ いそう。 t : ・ひとりぼっちで、さびしくないのかなあ。 一一lorいたずら」の行為を弁護しようとする心理 ・ ・家族や友だちがいたら、Iいたずらなんかしな 1.j い。さびしいから、相手にしてもらいたくて ゛“− いたずらをしている。 8 4-−i←・--〃−皿㎜皿I㎜㎜㎜−〃㎜㎜−皿皿‥____-。.L芒 o「やさしさ」の内実として、動機と行為を具体 的に詳述 (行為) ゜くりばかりでなく、まつたけも二・三本持って。 4_ ト ・いわしをぬすんでまでも。 等 f 亀 ・ ’ − 一 一 e 一 ごん を持 もご なら じるきつねじゃないか。 ,さりくりやまつたけ が小さな手で、どっさりくりやまつたけ って来たところを思いうかべると、とて んがすきになる。(中略)ごんに会える 、一回会ってみたい。 等 第 五 次 感 想 文 o共感の形成一事件回避への思いー 13名 ・父母はどこへ行ったのかなあ。父母がいたら こんなことにはならなかった。 \ ・ごんに・なかまがいて、なかまといっしょにく りやまつたけをとどけたら、この事件はさけ られたのに。 ダ ・友人がいたら、いたずらなんかしないし、死 ぬよ なことはなか o感動・崇敬の念の形成 だと た 9 ・ぼ・くは、ごんみたいなやさしいきつねは、こ れから先、二度と現れない、と思う。 ・ごんぎっねは神様だったと思う。(中略)ぼ くも加助と同じで、神様だと思った。くりや まつたけを毎日毎日持って行ってあげるなん て、まるで神様みたいだ。ふつうのキッネに はできないことで、人間でもむずかしいこと
− − ○ 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
︵考察︶
①﹁ひとりぼっち﹂の境遇に関しては、
・ 感想量の増加
読みにおける認識の深化に伴い、作品の基底にある﹁ひとりぽっ
ち﹂の心情に突き当たっていくようである。︵児童の読みにおいても、
孤独感は本作品を貫くキーワードになっている。︶
゜ 共感形成がなされる。
基調にあるのは、事件回避への熱烈な思いである。︵なかまさえ
いたら、こんな事件にはならないのに。︶
②﹁いたずら﹂の行為に関しては、
・ 感想量の減少
認識の深化に伴い、﹁いたずら﹂の行為に対し﹁悪い﹂イメージ
が払拭されていく。︵﹁いたずら﹂はほとんど問題にならなくなって
くる。−結末が死で終わることとも関係しよう。︶
③﹁やさしさ﹂に関しては、
゜ 深い感動が形成される。
結末が悲劇であることによりソ王人公の﹁ひとりぼっち﹂の境遇
に対して同情や共感が増幅されると同時に、その死を賭した﹁やさ
しい﹂行為に対して深い感動形成がもたらされる。
□ ごんぎつねの生き方
−’︲﹁ぐったりと目をつぶったまま、うなず﹂いたときの心情︵第
三次感想文︶−
ごんぎつねの生き方に対する児童の読みの内容については、最期の心
情に焦点化して感想文を記述させてい’る。その心情に関する感想内容に
ついては、小学四年生の場合と比較して別稿︰[]で論及しており、本稿で
は省略する。
目[ 兵十の生き方
−草稿﹁前文﹂を教材として読み深めた後に、﹁その後の兵十﹂
の題で記述︵第四次感想文︶−
兵十の生き方に対しては、多くの児童が豊かな感想を溢れんばかりに
記述している[別稿]﹂の△備考▽㈲を参照︶。該当する記述内容を抜粋
して示すと次のとおりである。
△表⑥▽ 兵十の生き方に対する認識の深化・共感形成
ア、事件以後、兵十はどのように生きたか
兵十がたぶん茂助じいだと思う。兵十は、ごんをうった後、すぐにりょ う師をやめたと思う。﹁ごんのような、心のやさしい動物がいるとは知ら なかった。おれは、これまでにもそんな動物を殺していたかもしれない。 これからは、そんなことはぜったいしたくない﹂と思い、りょう師をやめ たにちがいない。’︵大山︶ 兵+は、もうりょうしをやめたと思う。子供に話を聞かせたり、みかん の皮をむいてやったりしたと思う。︵大石︶ 兵十は、およめさんをもらわず、さびしいひとりぐらしをして、ごんの おはかを守ってあげたと思う。生きているものを殺す悲しみを、ごんを殺 してしまった時に思い、りょう師をやめて苦しい生活を送ったと思う。︵桐 山︶ 兵十が茂助じいだと思います。理由は、兵十という人から聞いた話だと、 何十年も前の話をこれほどくわしく話せるわけがない、と思ったからです。 だから、本当に体験した茂助じいだから話せたと思います。茂助じいが、 もし本当に兵十だっ‘たら、その後りょう師をやめて、年老いたら前書きに もあるように、仕事ができないから子守をしていたと思います。︵徳山︶ 兵十は、りょう師をやめて、年をとってしまったのだと思う。茂助じい が、きっと兵十だと思う。茂助じいは、ごんぎつねというきつねの物語を 大事にしたいから、子供たちに話してやったと思う。︵佐伯︶ 茂助じいがりIよう師をやめたのは、若いころだと思う。茂助じいはごんをうった後で、後かいして、ほかの動物をうたなくなったのかもしれない。 ︵山下︶ ・ 茂助じいが兵十だと思う。そして、ぜったいに墓を作って、おっかあの 墓とごんの墓をおがんだ。︵石原︶ ・ 兵十はごんをうってから、たぶんりょう師をやめたと思う。こんなこと は二度としたくない、と思ってやめたと思う。︵北垣︶ ・ すごく後かいし、ごんのおはかも作って、花をあげて、毎日おがみに行 っ光。そして、ごんの気持ちがわかって、今までいたずらばかりしてきた わけがよくわかったと思う。それからも、ごんのことをいつも考えながら、 さびしくなるとごんの墓のところ人行って、ごんのことを思い出していた と思う。︵木谷︶ ・ 兵十はごんをうってからは、きっとりょうしをやめたと思う。ごんみた いなやさしい心のある動物がまだ山の中にいるかもしれないし、そんな動 物たちをうったらとてもかわいそうに思い、りょうしをやめたにちがいな い。そして、仕事がなくなり、子守りをしていたんだと思う。︵増田︶ ・ たぶん兵十は、茂助だと私は思う。兵十はごんを殺してから、二・三か 月たってからりょう師をやめ、子守ばかりやっていると思う。そして、名 前も何か月かたったころに変えたと思う。︵笠原︶ ・ 私は、ごんに仲間がいたら死ぬことはなかったと思う。それに兵十も、 ごんをうたずにいられたと思う。でも、動物でもごんのように﹁人間の心﹂ をもった動物がいることを兵十は知ったと思う。それから、ごんが死んだ 後、すぐにお墓を建て、りIワ師もすぐにやめたと思う。︵鴨谷︶ ・ 兵十は茂助じいで、茂助じいは兵十だと思う。兵十はごんをうった後、 深く後悔して、﹁りょう師﹂という自分の職業をやめたのだと思う。茂助 じいは、南吉たちには自分の名を言わず、変えて話したと思う。︵倉木︶ ・ 兵十はごんをうった後、ごんのお墓を建てて、毎日おがんだと思う。そ れから、だんだん年老いてきて、りょう師もやめ、村の子供たちに若い頃 の話をしたと思う。こうして考えていくと、なんだか兵十が年老いていく うちに、だんだん茂助に似てくる。やっぱり兵十は、茂助なのかなあ。︵宮 - 本︶ ・ 茂助じいは兵十だと思います。兵十は、ごんを火なわじゆうでうった後 すぐりょう師をやめたと思います。あんなにいいキッネを殺した自分には りょう師をやる資格はないと思っていたと思います。︵村上㈲︶ ・ ごんをうってしまって、兵十はごんの墓を建ててあげて、りょう師をや めたと思う。ごんみたいに、悲しい事件を起こしてはいけないと思って、 やめたと思う。︵加藤︶ ・ 私は、兵十はぜったいに茂助だと思う。兵十はごんをうってしまった後、 ごんの気持ちを分かってやれなかったことで深く後悔し、ショックを受け たと思う。だから、もちろんりょう師はやめただろうし、しばらくは何も やる気はなかったんじゃあないかと思う。それから、何十年もたって、兵 十︵茂助︶が子ども達に何回もこの話をしたのは、子ども達に動物の気持 ちを分かってあげて、動物と仲よくしろということを、伝えたかったのだ と思う。だから、兵十はごんをうってしまった後、心を入れかえて、動物 と子供を愛するやさしい人に変わったんだと思う。もしごんが、兵十が子 ども達に自分の話をしているのを天国から見ていたとしたら、きっと満足 したにちがいない。︵石戸︶
イ、兵+︵茂助爺︶は、どんな思いを込めてこの物語を子どもたち
に語つたか。
茂助じいは、この話を何度も子ども達に話したにちがいない。そして、 ごんのようなやさしい動物がいるということを知ってほしかった、と墨フ。 ︵増田︶ 茂助じいが、南吉たちにこの物語を話したのは、いろいろな理由がある と思う。 一つめは、動物の中にも心のやさしい動物がいるということ。 二つめは、自分が思ったことをすぐやるということはいいことだけど、悪 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶一 一二 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI い場合もある、ということ。 三つめは、むやみに動物をうってはいけない、ということ。 その他にも、もっとあったと思う。 茂助じいは、南吉たちにごんの話をするとき、心の中ではしずかに泣い ていたと思う。︵倉本︶ もし、茂助じいが兵十だったら、どんなに悪いぬすっとぎっねでもやさ しい気持ちを持っていることは、人間と同じなのだということを、子供達 に伝えたかったのだと思う。茂助じいが兵十ならば、ごんをうって、ごん の気持ちが分かって、りょうしをやめていると思う。︵大沢︶ 茂助じいは、自分の体験があったからこそ、子ども達に話せた。ぼくは 茂助じいくらいにやさしい人でないと話せなかった、と思う。子ども達に この話をしている時の兵十は、たぶん﹁おれと同じ、こんな体験をさせた くない﹂と思ったにちがいない。子ども達も、この話を聞いて印象に残っ たと思うけど、それだけ茂助じいは真剣になって話した。茂助じいの心の 中には、ごんをうってしまってとてもはずかしい、と思う気持ちが強い。 ︵牧野︶ 子ども達に、ごんのような﹁人間の心﹂を待った動物もいるということ を分かってほしかったんだ、と思う。︵赤沢︶ 茂助じいは、二度と過ちを犯すことのないように、近所の子ども達に語 ったのだと思う。茂助じいは、死ぬまでごんのことを思い続けていたと思 う。︵藤田︶ 茂助じいも、動物の気持ちを分かってやろうと思いながら﹁ごんぎっね﹂ の話をしてやったんだと思う。一つしかない命を大切にしてやることがで きなかったと思いながら、毎日話していたと思う。︵西浦︶ ﹁ごんぎつね﹂の話は、茂助じいが若いときに体験したことだと思う。 ごんをうって、ひどく後かいして、りょう師をやめたのだと思う。茂助じ いは、自分が情けなかったと思う。何十年もたってから、自分と同じよう なことは子どもたちにしてほしくない、と思いながら話したと思う。私も 兵十の立場だったら、ごんを殺してしまっているかもしれない。﹁何もわ からないで、悪いと決めつけることは、とてもよくない﹂と思った。︵樺 山︶ ・ ﹁ごん、ごめんよ。﹂と心の中で言いながら、このお話を子ども達に語 っていた。︵福山︶ ・ この子どもたちには、このような過ちを犯してほしくない、人の気持ち を深く考える子どもになってほしい、と思って話したと思う。︵加藤︶ ・ 悪い人でも、必ずいい心を持っていて、動物だってむやみに殺してはい けないことを、子どもたちに言い聞かせたいと思って話してやった。︵石原︶ ・ どんなに悪いキッネや、悪い人がいても、よい心だけはだれにもあるこ と、たとえ動物といえ、命だけはいっしょなんだ、ということを伝えたく て何回も何回も子ども達に語ったんだと思います。︵阿河︶
いずれの表においても兵十の深刻・痛恨・願望の心情が、児童により
記述されている。ア表では、ごんぎつねというあたかも天使のようにや
さしくかわいい人物を自らの手で殺してしまったことに対する悲嘆を、
イ表では同じ過誤を再び繰り返すことのないように人︵動物︶の心の美
しさ・命の重さを記述している。それぞれの表から、文例を二こ二摘出
し次に掲げてみる。
︵ア表より︶
・兵十はごんをうってからは、きっとりょうしをやめたと思う。ご
んみたいなやさしい心のある動物がまだ山の中にいるかもしれない
し、そんな動物たちをうったらとてもかわいそうに思い、りょうし
をやめたにちがいない。そして、仕事がなくなり、子守りをしてい
たんだと思う。︵増田︶
・ 私は、兵十はぜったいに茂助だと思う。兵十はごんをうってしま
った後、ごんの気持ちを分かってやれなかったことで深く後悔し、
ショックを受けたと思う。だから、もちろんりょう師はやめただろ
うし、しばらくは何もやる気はなかったんじゃあないかと思う。そ
れから、何十年もたって、兵十︵茂助︶が子ども達に何回もこの話
をしたのは、子ども達に動物の気持ちを分かってあげて、動物と伸 よくしろということを、伝えたかったのだと思う。だから、兵十は ごんをうってしまった後、心を入れかえて動物と子どもを愛するや さしい人に変わったんだと思う。もしごんが、兵十が子ども達に自 分の話をしているのを天国から見ていたとしたら、きっと満足した にちがいない。︵石戸︶ ︵イ表より︶ ご 茂助じいが、南吉たちにこの物語を話したのは、いろいろな理由 があると思う。 一つめは、動物の中にも心のやさしい動物がいるということ。 二つめは、自分か思ったことをすぐやるということはいいことだ けど、悪い場合もある、ということ。 三つめは、むやみに動物をうってはいけない、ということ。 その他にも、もっとあったと思う。 茂助じいは、南吉たちにごんの話をするとき、心の中ではしずか に泣いていたと思う。︵倉杢 こ どんなに悪いキツネや、悪い人がいても、よい心だけはだれにも あること、たとえ動物といえ、命だけはいっしょなんだ、ということ を伝えたくて何回も何回も子ども達に語ったんだと思います。︵阿河︶ ・ 茂助じいは、自分の体験があったからこそ、子ども達に話せた。 ぽくは、茂助じいくらいにやさしい人でないと話せなかった、と思う。 子ども達にこめ話をしている時の兵十は、たぶん﹁おれと可じ、こ んな体験をさせたくない﹂と思ったにちがいない。子ども達も、こ の話を聞いて印象に残ったと思うけど、それだけ茂助じいは真剣に なって話した。茂助じいの心の中には、ごんをうってしまってとて もはずかしい、と思う気持ちが強い。︵牧野︶
二 意欲の形成過程に関する全体的考察
第一次・第二次・第五次感想文および﹁一口感想﹂の文章記述中より、
意欲に関する記述を取り出し、整理したのが次表である。︵各次の感想文、
毎時間授業終了時に記述している﹁一口感想﹂の実施日は、別稿Oに掲
げる﹁指導過程一覧﹂のとおりである。︶
△表⑦▽ 意欲の形成過程の分析
︵傍線引用者︶
過形 程成 児 童 の 意 欲 1時(「一口感想」) 第一次感想文記述段階(第1時∼2時) 第2時(第一次感想文)→ (二回勉強しても、おもしろくない。)
一 一三 ﹁ごんぎっね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶ ・どうして、二度も 勉強しないといけ ないのか。 ・二回勉強しても、おもし ろくない。 ・意味の分からない・こ とばがある。 ・うそっぽい。 記 述 内 容 なんで、﹁ごんぎつね﹂の勉強を二度もや らなあかんのや。︵藤條︶ ・ 二回勉強しても、おもしろくない。︵小松︶ ・ 四年生のとき習ったから、あまりおもしろ くない。︵西浦︶ ・ 一度読んでいるので、聞いてもあまりおも しろくなかった。︵笠原︶ ・ 一度勉強したので、おもしろくなかった。 ︵村上例︶ 意味の分からないことばがたくさんあった。 ︵大山︶ ﹁ごんぎつね﹂を聞いて、なんとなくうそ I つぽい感じがする。どんなところがうそっぽ いかと言うと、ごんがいわしをぬすんできた り、くりやまつたけを持ってきては兵十の家一 一四 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
第二次感想文記述段階(第3時∼7時)
第4時(「一口感想」)第3時(「一口感想」)
。。、 疑問・次が楽しみ・よく分かる・発表できてよ←う圧ミ亘回目(。 った。グループでの学習は分かりやすい。 )゛・疑問
・前書きのところがよく分 かった。 ・どんな勉強をするか楽し み。 ・おもしろくない。 ・疑問 ・かわいそ うだから 読むのは いや。 っれせか っ かるずりなた兵 しとにナんら十 働私 `るで `は く はいん `な足 ん思いだごんが だうころんでお ろ ゜とうはあそ う なば ゜いかい ゜ん っいたんと いでかやずね思 い `しがらんう こ ご し らや ○ ○ とんたせい͡魚 ははらやや清を 考悪村いが原と えい人たら心・っ ら知にずせ て れ恵好らば し なばかをっ ま でい ͡る て すま今樺んき今 ゜ し 日 山だた 日 ͡たはヽ-・な oは 大 ・ヽ あ_ ヽ 山今ご `行前 ``゛度ん との書 はの 思 こ き どい っ と の ん ろ たば と な い oに こ 勉ろ 大 `ろ 強な 変いで を気 よろ ` す持 くいす る ち 分ろ ご かを か意く 楽話 っ味分 七 し たがか み合 ゜あっ の だか かろ ら な ぜ な う な んん あ oいでぜ oお ○ ・ ん ͡父なご ` 藤 さ んんお 條んではも こや `いし お ごた ろ 母んずく さ は ら な んひばか や と か っ 兄 り り た 弟ぼす ・ は っる͡ い ちの清 ななか原 いん分ヽノ の は こ い の や話 だは .っか たわ oVヽ ͡そ 樺 う 山だ 、こか ら 読 ん だ り す る 野んに −な置 こ い とて す行 る っ のた か り なす あ る ` と と こ 思 ろ つが た ` り き ずつ る ね ぺが 牧そ第二次感想文記述段階(第3時∼7時)
第5時(「一口感想」)第4時(「一口感想」)
∼ ふ ー ゝ興味・意欲の喚起
歿五回・冴こ刀`呆しみ・よく、男`刀゛心・今右丿EC(ゲ応−ずやの堕禰け尋ね者い B (. JiTJ^つに。 )← χ / J 6 4 / f / / / ・だんだん、おもし ろくなってきた。 ・みんなで考える方が いい。 ・グループの方が分か りやすい。 ・自分の意見を聞い てほしかった。 ・ひさしぶりに、手 をあげてよかった。 ・「はりきりあみ」のことがよ くわかった。 ・ごんの性格が‘よく分かった。 ・次が、楽しみ。 ていが き く 出 こ だ た と て の ん ○ ゝ き よ だ −さてうん 鴨らいこク 谷にお勉お ごご も 強 も ん し し し がろ て ろ やいみく さ と る な し,思 と っ い、う `て こ oい き と読 ろ た がみい ゜ 分深ろこ ヵ目白iHt って問こ ● ● ͡しか る樺 `っ最方一 山よた後力仁人 こい oにい で と班言い考 思の い ゜ぇ う方た͡る oがい牧よ グすこ野り ノレ ぐ と こ ` |分が や プかあ っ でっっ ぱ 相てた り 談 `の み でやに ん き り ` な るや言 で やすぇ 考 兄いな ぇ がえい ひうてて最 されきほ後 ししたしに ぶいしかも り ○ ・ っ線 に͡手たを 手鴨も ゜引 を谷上わい あ乙げりた げ る と と て よ線こ よ う を ろ か に 引が っ な く あ た っ と る o て こ の ͡ き ろに 白白 たが ` − の増聞 田次 度 Vへ っ `ヽ゛はごはごんた-1 どん `ん だ oは ん は兵は な そ り な `十 `あ う き こなのな ゜す り とか性か͡るあ をな格な阿とみ すかをか河 `゜ る領知おこごっ かが り く ん て `いたび は ` 楽いい ょ そど しな ゜う うん みあ͡者 とな で `大だ う形 すと山な 悪か ゜思−あ がが 、ら っ ○ し分 増べ 今 こか か 'あ 八 藤 條 W- 第二次感想文記述段階(第3時∼7時)
二次感想文) 第6時(「一口感想」)
7時(ぐ亘蚕豆i]に詣計じ)
・くわしく調べていくと、おもしろくなってきた。 ・手を上げたら、2回も当たった。 ・発表しようと思っていたことは…… ・ 最初はい ﹁ごんぎつね﹂だと思っておもし ろくなかったけど、くわしく調べていくと、 おもしろくなってきた。︵宮本︶ ・ 今日は、久しぶりに発表した。みんなで考 えたことを言った。班で、みんなで手を上げ なあかんと互いに決めていたので、上げたら 二回も当たってしまった。︵徳山︶ ・ 発表しようと思っていたけど、言えなかっ たことは、﹁ごんが山でくりをどっさり拾っ て﹂とあるけど、何個ぐらいだろうかとか、 兵十のほっ。ぺたの傷がどうしていわし屋にぶ んなぐられた、ということが分かるのか、と いうところです。︵小松︶ ・ うなぎをとって持ってきたらええねん。く りでも食べられるからええ。まつたけもうま いからええ。︵清原︶ ・4年で気にしていなかったことや、擬問が たくさん分かってきた。 ・だんだん、おもしろくなってきた。もっと 勉強したい。 ・資料が多いから、いろいろ分かっておもしろい。 これから、まだ分からないことや、意味な どが分かってくると思う。︵阿河︶ 四年では気にしていなかった﹁キス﹂や﹁赤 い井戸﹂のことや、疑問に思っていたことが 今度の勉強でたくさん分かってきた。︵石原︶ これから楽しみです。︵大山︶ ごんは、一体どういうことになるのか、楽 しみです。︵佐伯︶ だんだんおもしろくなってきたので、もっ と勉強したいと思う。︵笠原︶ 四年生でやったときは、わりにくわしくや ったけど資料とかは使わなかった。だから、 一 一五 ﹁ごんぎっね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察第五次感想文記述段階(第14時)
第14時(第五次感想文・「一口感想」) ・いい感恋文が書けた。 ・この勉強では集中できた。 .「ごんぎつね」を勉強できて、本当に良かった。 ・グループで学習すると、いろいろな意見が出てきたり、いろいろなことが分かる。 ・それにしても、おもしろい物語だった。 て き て ゝ み ん な で 話 し 合 っ た り し た の が と て ち が よ く 分 か っ て き た し 疑 問 も た く さ ん 出 近 か と は以っが 注前た分 意になか 深はある く く `か 読わと・ら むし思 ` よ く う -1 う読 oご にん͡ん なで宮ぎ っな本つ だ| ね ○ っ L_ ゛た  ̄1を −−一 んけロや のど感っ 気 `想て 持最ヒよぃ
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第五次感想文記述段階(第14時)
・ごんぎつねと兵十は、この物語 の中で生きている。 ・とても、美しい話でした。 ・勉強しているときは、本当にあ ったような感じがした。 それにしても、おもしろい物語やったと思 う。最後に兵十に言いたいことがある。﹁い い心をぶやそう!﹂︵清原︶ ﹁ごんぎつね﹂を勉強して、ごんの心の中 ︱や作者のことがいろいろ分かった。二度目だ けど、思ったよりおもしろかった。︵北垣︶ 今まで勉強してきて、私はおもしろかった。 ﹁ごんぎつね﹂の話を、いいと思った。︵佐 伯︶ この﹁ごんぎっね﹂は単なる話にすぎない のに、勉強しているときは、本当にあったよ ・いろいろなことが、この物語の中にあった。 “くわしく勉強したら、この話はかわいそうではなくなった。 ・動物も、人間と同じように、悪いところもいいところもある。 やっと終わったと思う。いろいろなことが この物語の中にあった。︵頭山︶ ただ単に、ぱっと読んだだけだったらこの 話はかわいそうだけど、ちゃんとやったら、 そんなにかわいそうだと思わなかった。︵樺 山’−−﹁一口感想﹂︶ ﹁ごんぎつね﹂を勉強するようになったと き、﹁なんでおれらの組だけ一回やった勉強 を二回もやらなあかんのや﹂と思っていた。 でも、何回か勉強しているうちに、﹁動物も 生き物、人間と同じように悪いところもあれ ば、いいところもある﹂という気持ちが強く なってきた。でも、心の中でそう思っていて も、動物の長所・短所、その中でも短所はよ く分かっても長所はあまり分からない。犬や 猫などを飼っている家の人でも、自分の家で 飼っている動物の長所はあまり分かっていな いと思う。だから、兵十の場合も、ごんの責 任感の強さという長所を見ぬいていたら、ご んをうたなかったかもしれない。︵小松︶ ときは単純だった。話の内容はいっしょだけ ど、今のようにくわしくやっていない。新美 南吉が二十九歳で病死したとか、ごんが権現 山にひとりぼっちで暮らしていたとか、まだ 他にもたくさんある。︵西浦︶ ごんというきつねは、四年生で習ったとき うな感じがした。︵木谷︶ ごんぎつねと兵十は、たぶん実際に存在し たと思います。確証はないけれども、少なく ともこの物語の中で生きていると思います。 ︵藤條︶ ︷ この物語は、とても美しい話でした。︵笠 原︶ `’ とが分かった。たとえば兵十の家の井戸はど んな井戸かと言うことです。四年生で習った ときは、こんなことは分からなかった。また ごんはどんなキッネか。とても、やさしいキ ッネだと分かった。ほんとうは、みんなとて もやさしいんだと思った。勉強してほんとう に良かったと思う。︵大沢III﹁一口感想﹂︶-一口感想文」) 五次
丿一
たいば きてん できが 第14時 -この勉り国藤コ麺穏回
・4年生のときと、やり方 がちがう。 ・くわしく勉強したら、い ろんなことがでてきた。 ずいぶん、よくわかった。 ・今日は最後の「ごんぎつね」の勉強だった。でも、まだ やりたい。I ・今日は、最後の授業なので、せいいっぱいがんばりました。 ・また、「ごんぎつね」のような学習をしたい。 ・もっと、長い話だったら良かった。 は、いたずらして兵十のおっ母を死なせて、 最後に殺されたとだけ思ったけど、くわしく やったらいろんなことが出てきた。︵西浦I −ごロ感想﹂︶ 四年生で習ったとき、あまりよく分からな かったけど、六年生で深く勉強して、この話 で言いたいことがよく分かりました。︵赤沢 −−﹁一口感想﹂︶ ﹁ごんぎつね﹂を勉強して、四年生のとき に学習したよりもずいぶんよく分かった。︵倉 木︶ 一 今日は、最後の﹁ごんぎつね﹂の勉強だっ た。でも、まだやりたい。︵村上㈹II﹁一 口感想﹂︶ もう、こんな﹁ごんぎつね﹂のような勉強 はしないのではないか。今日は、最後の授業 なので、せいいっぱいがんばりました。︵村 尾II﹁一口感想﹂︶ この話を勉強しておもしろかったことは、 グループで話し合いができたり、他のクルー −プの人の考えが聞けたりしたことです。また ﹁ごんぎつね﹂のような話の学習をしたいと 思います。︵山下︶ 平野︵この小学校の所在地’︲−引用者注︶ にこんな事件が起こったら、どうなるのかな あ、と思った。もっと長い話だったら良かっ I た、と思う。︵大山︶ ・あまり、おもしろく なかった。 ・ ﹁ごんぎつね﹂つて、あまりおもしろくな かった。ごんが初めにあんなことするから、 こういうことになった。この話の中で、ごん の仲間が出てこないところがあまりおもしろ くなかった。仲間が出てこなかったら、おも しろくない。︵大石︶︵考察︶
木表を簡略化すれば、各次の感想文記述段階における意欲形成は、次
図のようになろう。
︵第一次感想文記述段階︶−盲皿庶
興味の喚起
⑤
ぐ
︵第二次感想文記述段階︶−[圓ずI㈲㈲]
感動形成
⑤
ぐ
︵第三次感想文記述段階︶︱圭
三 認識の深化・共感の形成・意欲の形成過程に関する個
別的考察︵十二例︶
H ごんぎつねの人物像等と兵十に対して、顕著な変容が認められる児
童
①牧野健次
一七 ﹁ごんぎっね﹂の文学の授業︵六年︶I II﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶一 一八 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI ︵傍線引用者︶
第二次感想文
「 一 口 感 想 」
りがさごかずう `殺んんとらしご つさやのいをてん かれ兄おうすいが また弟母ぺるたど ͡ し 11い /ん 8 だ ごな あ と 分 か っ た ろ を をし今 勉て日 強 `は し反 ` た省ご oしん ごて が んい い は る た や と ず さ こ ら /なし 9 あ す に ゜る ͡の 11か で も ゝ お 返 のれかしごとうな任 人となをんき oあ感ご のもあすはだ兵 `がん 場 ` ゜る j おけ十と強は 合他その返 `の思い責−が考みやる人き合っで
11いえんっよでた早て詰み
/いるなぱり考 ゜く `しん
ヱ ・方でりもえ一│で割合な
第三次感想文
「一口感想」
第二次感想文I たん ゛で のい と ま こ し ぼに つ¬ ち ひ でと 住り い う 山 の 中 ¬ 中 山 に と ● ご ん は ゝ ͡に相なこう行十 11い手いろこかの /たがでがとなこ 14ず兵 `いもい と −ら十くいあとを をだりのる分好 しかやかだかき た ら j ま な ろ っ 場かつあ | 合なた ゜け ゜ら であけごど同 ` も ゜をん `じみ 同そ持が兵一ん じれっう十人な かとてなのぼの な も 行ぎ ど っ と あ ` く の ん ち こ o加のつな とろ 助はぐといへ の か ご な ん あは `な とぜ 思 `っみ たん ゜な での も と `こ 後ろ でへ ご行 んか はな 兵い お き ら川 な 母 `をでる さ兵 しい の ん十たたは のがとず ` 十 を 好 き に ご ん が 兵 げたなたきけ たけあずつどご り を と らね `ん し毎思をだ僕は て日っしとはい い持てて思とた る っ ` ` う て ず かてく自 ゜もら ら行り分兵やぎ ゜っやで十さつ てま悪にしね あっいいいだ し え た ら かれ らた ゜り っ と て持つ く てがいったりご `分るてけやん 兵かこきをまが どかりね `っだ だたくを ん け なや ご ん ぎ ・つ は じ め ¬ぼ
く
は
第 三 次 感 想 文
最 後 に こ の コ ら ん ぎ つ ね L_ で は 新 美 南 吉 が ご ん で っなこはかとた たいろ仲ら思のo `へ間 `うか と行のごぺ)な 思かとんだ灸 に のかは と ろ な こ ら そ う で っと `のは ` てが兵とごほ い気十きんん らきり心とぜ分な でて変は `かかい すいわすごとるこoる っっんい oと かてかのうなが たんこ しに ら -1 た│の ずはろた出ぶご第 ゜心 らもで1-からん四 を をう `のけ遊は章 変 しい川とまびぶの え のさ十 がとの `いや ご う さ ん も し と為やいぎた 思のさたをめ う た し ` と に ゜めいそ っう 兵│だ行のてなう し十
゜たは
と 後
思悔
一 一九 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶ロ ー﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶ だんおも I しろくな つてきて、、 やる気が I 出てきた。一二〇 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
第 四 次 感 想 文
しM さ 子 を さ `ん こ が の兵 作十 品に にな 書 っ いて た ` の自 だ分 なの あ く `や と し 思 さっ ・ た肩 ゜気 の く や っご‘ らた│はのそたいがとかう1いてにどいはん’れ人やい’ てん兵 ゜の変気 `かで母 `と ゜`やもも しでなばでさく茂 しを十 だ化持ごらあ親兵いなとれ話た `き体 `なしら助 まうは かしちんこ っ思十 │ うぜ思なしち子な験こけいいじ第 四 次犬 感 想 文
つてから りょう師 をやめた と思う。 そのショ ーご I 生残った のだと思 ︱ う。兵十 はたぶん ごんをう I つてから 心の持ち I 方を変え たのだと I 思う。ど I のように I 変わった I かという I と、それ 1 まで以上 − にやさし I い人にな I つたので はないか。 母親や人 1 間に対し Iてだけで なく、動第 五 次 感 想 文
第四次感想文
引いをのんなしれいろ仲いかんぼしご 用る意求のいかはのへ間 ゜分でってんぼ 者?味愛心 ゜分ごか行のなかいちひがく 注 し感の͡かん ゜かとぜらるでとどは −l て情奥ごらにそなこ `なの住り う `牡
い
皇
一 一 度 と 出 て こ き な れつや かね さ らはし 先 `い ご ん み た い ぼ く は ゝ ご理のいのは ん解こる宿 ` にでとも っ生 会きを 1 のて命 しごと人やげか持人親親前出 てん思ださてっち間友とは会ご かをう つしいてをのとか `うん ら殺 ゜たいたあ分気か `母以と と は っ 思な た ういの oか で さ対のる物 ししもすや くてのべ命 なやに て あ てぼ勉 も く 強 よ は し か と て ぎこと起にののか思たに つのにき実世話らう j の変 ねごなた際のは ` oだわ をん 兄 こ に 中 こ こ だ と っ今
万
ま験南 まが吉 -1その ごの体 はミ 新 美 ● こ の 話 一二I 第 五 次 感 想 文 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶I −﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵ 北 心 う前より もやさし くなった のだと思 なぜ、 − こんな悲 I しいこと I が起きた I のかは、 二人とも つたと思 − う。ぼく I は、でき 1 ることだ 1 けしか集 ︱ 中できな I いけど、 i この勉強 では集中 i できた。 やさしす i ぎたため だと思ワ。 ごんは兵 十のため に、くり やまつた けを持っ て行って やりす'M 兵十は母 親のうら みを持ち すぎてこ んなこと になった のだと思 う。そし一二二 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
︵考察︶
木表を基に考察を加える。認識深化・共感形成・意欲形成の変容は
次図のように簡略化できよう。
「一口感想」
第二次感想文
「一口感想」
求愛感情の芽生え
へ(認識の深化)
兵
十
に
対
す
͡くけく兵い一ろみが 11のをり十る人へん好ご /だ持やだ ゜ぼ行なきん 14やっまか相つかのだは −ヮてつら手ちずとか兵 力;行だ ヽがでにこら十 ねやけず だ さ ど ら ご ゜ し `ぎん い と つ は きてねい つもだた /同他をなだ ͡分 9 じのすいか相11か ら・か入るのら手/っ ゜でのお `が8た ͡もか返つ兵−゜ 11 ゝ ○ しぐ十 / ● ご ん が く り ノ興味の喚起
へ ● は じ め は ¬ 方ん人 がなよ い で り い考もoえ ` る み第四次感想文
第 三 次 感 想 文
/ --│ごんの生まれ変わり・作品執筆のモチーフ かつな ら ねや ご 先は さ ん は ` しみ ` こ い た 二れ きい にやさ自さご てりないごのる 書し `分んん新い変いたん心求 い さ病のがで美るわ ゜ずはを愛 たを気く兵 `南 ゜っすら `変が ゜作のや十M吉 てっはもえご 品く し ゜子が きかしうべん / 特に変哲のない感想内容← 兵十の生まれ変わり へ のす十 事ぎもご 件た `ん はかやも 起 ら さ ` きこ し兵 しにすなし親 く対べくてや兵 なして `だ人十 っての命け間は たやもあでに ` ゜さのるは対母 悔てる持や し `こ っま た兵とてつ ゜十を来た は知てけ 後っいを二
Lyビツ?ヅ`”1゛(゛゛1`玉ム
言ド
がきしだかをご 出てろんっやん て `くだたりぎ きやなんけたつ たる っおどくね ゜気ても `な゛第五次感想文
匯ヱ匹←一
度と出てこな い。② 阿河政博
第一次感想文 「一口感想」 悲しい事件だが、起きてよかった た。避けるこ とはできない。 しかし、この 事件が起きた ことはよかっ た。 認識’の深化・共感形成過程 ご んぎ つ ね 人物像 いたずらばか りしているけど やっぱり人思い。 最後の場面 ・ 分からずに うったのだか ら、兵十をゆ i るすと思う。 兵 十 ごんの住んで いる場所や、性 − 格がよく分かっ た。[11]/6︶ ﹁はりきりあ み﹂つて、どん 一二三 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶I j﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶匡三コ←十
この﹁ごんぎ つね﹂を勉強 して、とても よかった。ぼ くは、自分に できることし か集中できな いけど、この 勉強では集中 できた。 ︵傍線引用者︶ 意欲の形成 過程一二四 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI
第 二 次 感 想 文
「一口感想」
に円たろろたむな ゜くらう安けのっ ら `かかはか た い一 ゜っ `な ら す本今たそあ気 る五だのの ゜が の千っだこ松すま
ミ
何
回
つ
ぐ
思く っい ごうはちい悪 ん ゜いかやい は いなつや ` やあかつ い つ ○ ゝ か っ と ぼ ど `す も
詐
言
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ffl
ド日
悦:且
かいな っる構 たか造 ○ ゝ に ごよ な ん く っ は分て い十 と を ご 思 う ん う ら は ゜ま ` な な兵 と き ゝ ど ん な っ て し まっ た兵
十
は
う
る味 と な 思 ど うがo分 か い こ と や ゝ 意 ま た 分 か ら な ● こ れ か ら ゝ 第 三 次 感 想 文第四次感想文
ぜかというと ︵中略−引 用者注︶のい たずらもある し、ごんは兵 十と姿はちが うけど、好き だから。 うなずいた とき、ごんは ﹁元気で暮ら してくれ﹂’と 思ったかなあ。 −それとも、一 気持ちだった かなあ。﹁し まった﹂と思 ったかなあ。 そうか、又は ﹁お前だった のか﹂と言う とき、泣きそ うだったと思 I 兵十はごん 1 をうったとき 1 どんな気持ち だったかなあ。 今までのこと とか、ごんの こととか、も う気が混乱し I ていたと思う。 何か心につき 言だけ﹁あり I がとう﹂と言 つてあげたか I なあ。第四次感想文 文 想 感 次 五 第 ぼくは、ごん ぎつねは神様だ ささったよう これでやっ と、ごんぎつ ねの感想文が すべて終わっ
︵考察︶
本表を基に考察を加える。認識深化・共感形成・意欲形成の変容は
次図のようになる。
な感じがする と思います。 兵十が茂助じ いだとしたら 心の中にはこ のことが一生 残っていたと 1 思う。 兵十は、ご んをうったと きのことを後 悔してぃると 思う。︵中略 111引用者 I 注‘︶茂助じい ︵兵十︶は、 もうこれから こんなことが ないように、 1 ぜったいに火 なわじゆうを 手にすること がなかったと I思う。 つたと思う。加 助が﹁そりゃ、 神様のしわざだ﹂ と言ったことか ら考えてみると ぼくも加助と同 じで、神様だと 思った。くりや まつたけを毎日 毎日持って行っ てあげるなんて まるで神様みた いだ。ふつうの きつねではでき ないことで、人 間でもむずかし いことだと思う。 に。感想文は 短かったけど いい作品が書 − けたと思いま す。 一二五 ﹁ごんぎつね﹂の文学の授業︵六年︶I ︱﹁感動﹂の形成過程に関する考察− ︵北︶一二六 高知大学学術研究報告 第三十八巻 二九八九年︶ 人文科学 そのI