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知的障害のある人の青年・成人期における学習活動の意義

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知的障害のある人の青年・成人期における学習活動の意義

松 田 佳 代 子

† † 障害児教育専攻 障害児教育専修   指導教員:白石恵理子 Ⅰ.問題の所在 1.権利としての「学び」  成人の学びについて、1996 年ユネスコの「21 世紀教育国際委員会」がまとめた報告書『学習 ―秘められた宝』では、「グローバリゼーショ ンが進む現代国際社会の民主的な発展のために 成人教育は基本的な役割を果たすことを期待さ れており『なくてはならない』ユートピアであ る」と説いている。佐藤(1998)は「学ぶこと は生活の質や人間的な生きがいを追求する考え 方にも繋がり、生涯学習の機会への参加は『生 きる意欲を支える重要な方法』として注目され ている。さらに、心身に病や障害のある人々に とっても『小集団による自発的な学習や文化的 な表現活動は、自分らしさと自分の居場所を発 見し、自分の生きる意味や希望をさぐりあてる ための有効な方法』である」と述べている。学 校という制度的な教育の場を超えて自由な形態 で展開される生涯学習は、現代的・社会的な課 題への関心を高めることを通じて、人々が社会 に参加し、自らの力で社会を創り出していく可 能性をも含んでいると言える。このように、障 害のあるなしに関わらず、人が学ぶことの意義 は深い。人は単に生きているだけではなく、人 間らしく豊かに生きることを求めている。そし て、人間らしく生きるために憲法では多くの権 利を保障している。この人間らしく生きるため の権利が基本的人権であり、人間らしく生きる 権利の一つに「学ぶ」権利がある。どんなに障 害が重くとも学ぶ権利は保障されなければなら ない。学習権は人が自分の生活の質を高め、よ り豊かに生きていけるように主体的に社会に参 加し、社会を創造していく可能性を保障してい るのである。  人は周囲の人々からの支援を必要としながら も自ら考え、自らの力で問題を解決していこう と努力する。そして、学びを通して自分らしい 選択をし、人生をより豊かに生きていきたいと 願っている。自己実現のために、学校教育の充 実はもちろんであるが、学校にいるときだけで はなく、人生を通して学び、自分のことについ て、また、社会の有り様について気付くことの できる機会が必須である。そのような障害のあ る人たちの願いが基盤となり、2006 年 12 月に 国連総会で障害者権利条約が採択され、第 24 条の項に「障害者の生涯学習」が大切な権利と して明記された。特別支援学校高等部を卒業後、 知的障害のある人の約 95%が就職もしくは社 会福祉施設等に入所あるいは通所している(文 部科学省、2012)。それらの施設では日常生活 における自立のための支援や就労に向けての訓 練・能力の向上を目指す活動などを提供するこ とは明記されているが、それ以外での学習活動 や「学び」についての記載はなく、制度的に「学 び」が保障されているとは言えない。このよう に、現実問題として障害のある人たちが義務教 育及び高等学校あるいは特別支援学校高等部を 卒業して以後に学習のできる場所や機会はあま りにも少ないのが現状である。 2.知的障害者就労継続支援 B 型事業 PA にお ける「学習活動」について  2015 年 4 月に設立された事業 PA では、仕事 と生涯学習のプログラムを取り入れ、仕事だけ ではなく学習活動を含む多様な活動を通して、 利用者の可能性を伸ばし育てていくことを目標 としており、先進的な取組みを試みる事業所で

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あると言える。 ここでは現在、22 歳から 26 歳の成人 9 名(男 性 6 名、女性 3 名)が通所している。スムージー の店を営業し、接客・販売を主な仕事としてい る。また、下請け作業として製品の袋詰めや自 主製品の開発にも取組んでおり、これらの就労 を通して、接客業務や作業活動に関わる知識や 技能及び能力の向上や維持を目指している。そ して、同時に、社会人として生きていく上で必 要な「学び」の機会として幾つかの学習活動が 実施されている。事業 PA で実施されている学 習活動は以下の通りである。 (1)生活に根ざした基本的な力をつける:調 理実習、金銭管理、健康管理、買い物訓練、防 災訓練、スポーツ、旅行計画・実施など (2)基本的な理解力や知識、技能を深める: 自主学習(言葉・漢字など)、社会、理科、英 会話、絵画、造形、書道 (3)プロの指導により技術を深め、視野を広 げる:音楽、写真、陶芸など ここでの学習活動については学校で行われ ているような教科の取組みだけではなく、生活 をしていく上で必要な金銭管理や健康管理、調 理なども含まれている。また、書道や写真、陶 芸なども含まれ、知的好奇心を喚起すると共に、 生活を楽しみ豊かにするような活動としての大 きな枠組みで捉えている。「学ぶこと」が仕事 や生きていくことにどれだけの意義があるのか を利用者の意識や言動、職員の考えなどを通し て考察する。 Ⅱ.研究の目的  本研究では、京都市内にある事業 PA での学 習活動における利用者の様子を観察・分析し、 就労および日常生活全般に学習活動がどのよう な影響をもたらしているのかを考察し、障害の ある人にとっての「学び」の必要性とその意義 を明かにすることを目的とする。 Ⅲ.研究の方法 1.対象者 設立当初より就労している 5 名の利用者へ のアンケートを通して、利用者自身が学習活動 についてどのように考え、学習活動に何を期待 しているのかを探り、知的障害のある人の青年・ 成人期における生涯学習としての学習活動の意 義を考察する。対象とする 5 名の利用者の特徴 は次の通りである。 〈表1〉対象者 名前 年齢・性別 障害像・実態 A 26・男性 知的障害・選択性緘黙。対人コミュニケ―ションが苦手。 B 25・男性 知的障害・てんかん。話し言葉は理解できるが、言語表出は2~3語文が多い。 文字を書くことは苦手。 C 23・男性 知的障害・自閉症スペクトラム。PC を使ってニュース、天気予報、電車・ バスの時刻表などを見ることが好き。作業は丁寧。 D 23・男性 知的障害・右上下肢機能障害。身障者野球チームに所属。 E 23・女性 知的障害・右上下肢機能障害。通信制教育(土曜)を受講。

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2.方法 (1)アンケート実施 事業 PA での学習活動について 2 回の記述式 (斜体字:B さんのみ聞き取り)アンケートを 実施する。第 1 回アンケートは 2015 年 11 月 7 日、 第 2 回アンケートは 2016 年 10 月 27 日に実施し、 第 1 回アンケートと第 2 回アンケートでは約 1 年が経過している。2 回のアンケートを比較し、 それぞれの回答から、利用者一人ひとりの学習 活動に対する意識や日常生活や就労に対するそ の影響を探り、学習活動のもたらす効果を考察 する。 (2)事例検討 利用者(B さん)に焦点をあて、事業所での 学習活動および日々の生活の様子を次の 6 つの 観点で詳細に分析することにより、彼の心身の 変化や成長の様子を明らかにし、学習活動を通 して得られた知識や自信がどのように自己肯定 感や他者への信頼感と繋がり、日々の生活を送 る上でどのような効果をもたらしているのかを 探る。観察する 6 つの観点は次の通りである。 ①基本的生活力  仕事に関すること以外での体力や技術、 能力、理解力、物事に対する意欲など日 常生活を送る上で必要と考えられる基本 的な力がどの程度あるのかを見る。 ②人間関係形成力  安心して生活し、自分の居場所として感 じられているのか。職員との人間関係が どの程度、築かれているのか。仲間との 共同作業や仲間作りができているのかな ど、仲間や職員の存在意義を探る。 ③自己表現・意思伝達力  本人の思いや考え、感情などがどのよう な手段で表現されているのか。また、表 出されたものが本人の意思としてどのよ うに伝わっているのかを考察する。 ④社会性の自覚  事業所での仕事に対する本人の姿勢や活動 内容から社会人としての自覚を探る。 ⑤学習活動への取組み  学習活動に対する参加状況や活動の様子 から、学習活動に対する本人の捉え方や 本人にとっての意味を考える。 ⑥生活設計   日常生活における家族や生活に対する発 言や行動、将来への思いや願いなどから、 本人の生き方に対する意識を探る。 Ⅳ.結果と考察 1.利用者の帰宅後の過ごし方  事業 PA での日常生活を考えていく上で、利 用者の事業所を出た後の生活の状態を知る必要 があると考え、次のような調査をした。 〈表2〉利用者の帰宅後の生活状況(平日)         2015.11.30 調査 A B C D E 午後 4 時 帰宅 市バスの車両確認 祖母宅訪問    5 時 テレビ・夕食 帰宅・テレビ 帰宅・入浴 帰宅    6 時 入浴 テレビ 夕食 家事手伝い 帰宅    7 時  テレビ 夕食 (PC)ニュース スポーツ観戦 夕食    8 時 テレビ・ゲーム テレビ・CD (PC)市バス時刻表 確認 夕食 入浴・勉強    9 時 就寝 入浴 (PC)ニュース ゲーム・入浴 宿題   10 時 就寝 (PC) 駅 発 車 メ ロ ディー ゲーム・ニュース 勉強   11 時 (PC)天気予報 就寝 午前 0 時 (PC)ニュース 就寝    1 時 (PC) ス ポ ー ツ ニュース

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学習活動をするにあたり、利用者が帰宅後 に家でどのように過ごしているのかを知る必要 があると考え、記述式(斜体字:B さんのみ聞 き取り)のアンケートを実施した。A さん・B さんについては夕食、風呂以外はテレビを見る、 音楽を聴く、ゲームをする、のいずれかであっ た。C さんは午後 7 時以降、パソコンでニュース、 天気予報、時刻表などを深夜 2 時以降も見続け ており、朝方の 4 時頃になることもある。D さ んは家族と夕食をとり、一緒にスポーツ観戦を したり、一人でゲームをしている。家族とはい つでも会話のできる状態にある。E さんは常に 何かを書いていないと落ち着かないので、小さ な紙片にびっしりと細かい文字で文章を書いて いる。E さん以外は家庭で学習に触れる機会は 少ないと考える。5 人とも事業 PA での学習活 動を楽しみにしており、興味を持って熱心に取 り組んでいる。 2.アンケートの回答とその分析 事業 PA で行われている学習活動および「学 び」についての利用者の回答は以下の通りであ り、回答から学習活動や「学び」ついての意識 を考察する。 音楽講座は、「とても楽しい」が 4 名、「楽しい」 が 1 名と、全員が非常に楽しみにしている学習 活動である。「本物に触れさせたい」という職 員や保護者の願いにより、プロの声楽家、演奏 者、指揮者による歌や楽器演奏の指導があり、 利用者が一緒に歌ったり、ミュージックベルの ような楽器を演奏したり、自分たちの事業所の 歌の作詞をしたりしている。音楽というツール を通して人前で安心して心から自分を表現する ことができている活動の一つである。   〈表3〉音楽講座について 問(1):音楽講座はどうですか。     ・とても楽しい  楽しい  ふつう  あまり楽しくない  楽しくない     ・何が楽しいですか。 第 1 回 回答 第 2 回 回答 A と て も 楽 しい メサイアコンサートです。 と て も 楽 しい 音楽紹介。歌。楽器。 B と て も 楽 しい 聴いているとき。歌 「お母さんといっ しょ」 好き。 と て も 楽 しい (ミュージック)ベル。 C と て も 楽 しい 楽器を演奏することが好きです。聴く のも好きです。 と て も 楽 しい 音楽担当の時に出番が回ってく るのが楽しいです。 D 楽しい 自分たちの音楽発表(自分の好きな曲 の紹介)。歌を歌うこと。 楽しい 歌(自分の好きな曲)を発表す ること。 E と て も 楽 しい 事業 P の歌づくり。音楽鑑賞。 音楽知識の基礎学習。 と て も 楽 しい (記入なし)

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〈表4〉わくわく講座について 問(2):わくわく講座はどうですか。     ・とても楽しい  楽しい  ふつう  あまり楽しくない  楽しくない     ・どの講座が好きですか。(書道 絵画 造形 英会話 理科 社会)     ・どの講座が苦手ですか。(書道 絵画 造形 英会話 理科 社会) 第1 回 回答2 回 回答 A と て も 楽 しい 書道・絵画・造形・ 英会話・理科・社会 苦手なものはない と て も 楽 しい 英会話・理科・社 会 (記入なし) B 好き 絵画 苦手なものはない 好き 書道・絵画・英会 話・造形 理科・社会 C と て も 楽 しい 書道・絵画・造形・ 英会話・理科・社会 苦手なものはない と て も 楽 しい 書道・絵画・造形・ 英会話・理科・社 会 苦手なものは ない D と て も 楽 しい 書道・絵画・英会話・ 理科・社会 造形が苦手 と て も 楽 しい 書道・絵画・英会 話・理科・社会 造形が苦手 E と て も 楽 しい 絵画・英会話・理科・ 社会 英会話は難しい ( 記 入 な し) (記入なし) (記入なし) わくわく講座では、4 名が「とても楽しい」、 1 名が「好き」と回答し、回を重ねるごとに講 師や職員との人間関係が深まり、全員が前向き な気持ちで取組めるようになってきている。A さんは緘黙があるため、日頃は職員の問いかけ には頷くか、最低限の言葉数で返し、ほとんど 自分から発言することはないが、学習活動では、 英語を話し、挙手をして発表することがあり、 学習活動を楽しみにしている一人である。B さ んは学習活動について「好き」と答えている。 第 1 回では好きな講座は「絵画」だけであった が、第 2 回ではすべての教科を好きだと回答し ている。活動中には口数が少なくなり、目を閉 じて固まってしまう姿がしばしば見られ、活動 に参加しているようには思えない時もあるが、 学習活動以外の時間に講座で話した内容を話題 にしたり、覚えていることを職員に話したり、 突然、英語を話す姿が見られ、彼独自のペース で活動に参加していることが伺える。C さんは、 2 回の回答に大きな違いは見られない。学習活 動を非常に楽しみにしている利用者の一人で、 どの活動にも興味を示し、積極的に発言してい る。D さんは、右上下肢にマヒがあるため物作 りでは苦手意識があるようだが、丁寧に取組ん でいる。絵画や書道では、「自分の好きな言葉 や絵をかいてもいいのだ」という安心感は彼に やる気と自信を生み、何事にも積極的に取組む ようになってきている。E さんは学習活動に積 極的で、日頃から様々なことに関心を持ち、さ らに知識を深めたいと思っている。第 2 回のア ンケートは体調不良により途中で回答を止めて いる。 このように 5 名の利用者が学習活動を「と ても楽しい」「楽しい」と前向きに捉え、彼ら の日常生活の中での重要な期待の持てる時間と なっている。人によっては苦手な活動もあるよ うだが、学校で行われていたような評価の対象 としてではなく、自分の興味・関心や好奇心を 揺さぶり、生涯を通して取組める興味ある活動 を一人ひとりが見つけ、心の拠り所として「学

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び」を楽しみ、日常における仕事への意欲にも 繋がっていると考える。学習活動では失敗です ら次のステップに挑戦するための大切な機会と なり、ありのままの自分が受け入れられている ことを自覚し始めた頃から次第に自らの持つ力 を発揮するようになった。仕事では成果や結果 を問われやすいが、学習活動においてはその結 果を問われる必要はない。一人では、家庭では できないことを同世代の仲間と共に体験し、多 面的な視点から自らを捉え、新たな自分の能力 に気付き、自分の可能性を実感できる。仕事と いう一面だけでは捉えきれない可能性の発見で ある。楽しい「学び」があるということは、仕 事だけの効率や効果だけを追い求めていても達 成されない生きる意欲と強く結びついている。 彼らは仕事の重要性や必要性もしっかりと認識 し始めている。病気以外での欠席はほとんど見 られない。働くことの意味も考えながら、事業 PA での生活を受け入れている。学生であった 彼らが 1 年を経過し、事業所を休むことなく、 仕事にも前向きに一生懸命に取組めている要因 の一つに楽しい学習活動があると考える。 〈表5〉「学ぶ」ことの意味 問(3):「学ぶ」ことの意味について      ・あなたにとって学習する(学ぶ)ことは必要ですか。      ・なぜ、そう思うのですか。 第1 回 回答 第2 回 回答 A 必要です (記入なし) 必要です。 仕事のためです。 B うん 勉強 好き。 好き ・・・ C はい 字を書いたりするのに、役立ちます。はい スポーツも好きなので、経験 を生かして楽しみたいです。 D 必要と思う 今後仕事をするための練習として必 要。 必要 これからのため。 E はい 中学生のころは育成へ通学していた ことが、後で思うと、あまり役に立 たなかった。みんなはそれなりに学 んで先に進んでいるので、みんなに 追いつくためにがんばりたい。 (記入なし) (記入なし) 4 人が 2 回とも「必要」と回答している。そ のうちの 2 人は将来を考えて必要性を実感して いるようだ。誰かに要求されてするのではなく、 彼ら自身が「学習は必要であり、やりたい」と 思えることが大切であり、「楽しい」「好きだ」 と実感しながら体験していくことで生涯学習に も繋がる。職場において単に仕事の効率や成果 だけを評価するのではなく、多様な活動に対す る興味関心を持ち、自信を持ってやり遂げよう とする気持ちを育んでいくためにも、事業所に おける仕事と学習活動の両立を考えていく必要 がある。 3.事例検討  利用者(B さん)に焦点を当て、事業所日誌 より書き起こし、6 つの観点で彼の日常生活の 様子や言動がどのように変化したのか、また、 学習活動がどのような効果をもたらしたのかを 検証する。 (1)観察期間 第 1 期:新しい職場への挑戦    2015. 4. 1 〜 2015. 9.30(6 ヶ月) 第 2 期:成長と飛躍        2015.10. 1 〜 2016. 3.31(6 ヶ月) 第 3 期:新体制での混乱と再生  2016. 4. 1 〜 2016. 9.30(6 ヶ月) (2)各期間における観点別の観察内容とその 分析  

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〈表6〉第 1 期:新しい職場への挑戦 観点 生活の様子 ①基本的生活力 ・他のメンバーと同じように活動しようとする姿勢は見られたが、他のメンバーと比べて体力 が続かず、半日の活動で休む状態が続く。 ・言葉が出ない、文字を書いたり漢字を読むことが難しい、作業が理解できない、活動に参加 しないなど、できないことややろうとしないことが目立ち、他のメンバーと同じペースで活動 することが難しい。しかし、自分から挙手をして参加しようとする姿勢も見られた。 ②人間関係形成 力 ・特別支援学校高等部を卒業後、自立支援施設で 3 年間を共に過ごしてきた仲間の存在は、不 安も多いと思われる新しい事業に彼を向かわせる大きな原動力となっている。 ・新しい職員全員に馴染もうとしながらも特定の職員に常に自分の傍に居てもらいたいという 意識が強く、一人でできると思われるようなことでも、やろうとしない時が見られる。 ③ 自 己 表 現・ 意 思伝達力 ・文字を書く、読むことが苦手。話し言葉は 2 〜 3 語文で、緊張すると体が硬直し話さなくなる。 話し言葉は概ね理解できる。自分から話したい時には発言するが、人に促されたり、要求され ると声が出てこない。このような彼が活き活きと自分を表現する時がある。音楽や絵画の時に は自分の思いを踊ること、描くことで表現している。これは彼のコミュニケーションの一つの 手段であり、言葉や文字だけに頼らない、彼独自の表現の仕方である。 ④社会性の自覚 ・仕事での接客練習に参加できず、見学や何もせずに休憩していることが多い。マニュアル通 りに台詞が言えず、その場から逃げ出すこともある。 ・店で働くということは非常に困難なことのように思われたが、他のメンバーと一緒にやろう とする彼の気持ちは大切に育てなければならないと考え、彼のペースで練習する機会を増やす。 ⑤学習活動への 取組み ・音楽活動は非常に楽しみにしており、積極的に参加する。しかし、それ以外では「学習」と いう言葉に対する反応は非常に消極的で、活動を始めようとすると目を閉じて黙ってしまい、 その場から離れてしまう。 ・彼ができる、彼が参加したいと思えるような活動を考え、彼が仲間と一緒に学んでいること を実感できることが重要と考え、活動内容をメンバー全員と相談しながら考え工夫していくこ とにする。 ・職員との人間関係が築かれていくにつれ、笑顔で活動に参加する姿が見られるようになり、 自席から離れることはなくなった。 ⑥生活設計 ・「一人暮らし したい」と職員に話しかける。しかし、母の海外旅行(2 週間)期間中では、 3 日目にして緊急入院となり、4 日目以降は病院からの通所となった。「大人として一人で暮らす」 という彼自身の思いと現実とのギャップは大きい。 ・仕事や日常生活において職員に頼る姿がよく見られる。一見できなさそうに見えるので、つ い手助けしてしまう。彼が求めている支援がどうしても必要な場合と単に人に依存している場 合との判断が難しい。 事業 PA での新しい環境や人間関係は本人が 思っている以上に心身に負荷がかかり、開所当 初には腹痛、吐き気などの身体症状を訴え、他 のメンバーと同じ速度で、同じ活動をすること が難しかった。しかし、そのような中でも、彼 自身にはみんなと一緒に行動したい、働きたい と思う気持ちが強く、少しずつではあるが、参 加しようとする姿が見られるようになった。心 身が安定してくるに従って自分のことや自分の 思いを語るようになった。自分の意思表示がで きるようになるに従って、仕事や学習などの 様々な活動に自分から参加しようとする姿勢が 見られた。彼にとって言葉以上に彼の感情や思 いを表現するのに有効に機能したと思われるの が、音楽と絵画であった。音楽活動は自分を開 放し、仲間と時間や空間を共有できる楽しい手 段であり、絵画は自分の思いを伝えることので きるメッセージであった。開所当初はできない ことが目につき、事業所で他のメンバーと一緒 に過ごしていけるのかが一番危惧された一人で あったが、徐々にできることややりたいことを 彼自身が見つけられるようになり、仕事として

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やらなければならないことを受け入れられるよ うになった。基本となる体力、安心し信頼でき る人間関係の構築、自己表現の広がりが彼に自 信を与え、新しいことに挑戦しようとする意欲 を育てたと考える。 〈表7〉第 2 期:成長と飛躍 観点 生活の様子 ①基本的生活力 ・半年が経過し、彼にできることが増えた。何より彼自身が自分のできることを確信し始め、 生活の様々な場面で積極的な姿勢を見せた。器用に手先を操作し、大きく力強い文字を書くよ うになり、書くことをあまり拒否しなくなった。 ・自分から進んで係や当番をやろうとし、できることを喜んでいる姿が多く見られる。年度当 初の姿と比べて成長し、伸びていく可能性を伺わせた。 ②人間関係形成 力 ・お互いを理解し、一緒に行動してくれる仲間の存在は彼に安心と自信を与えている。 ・仲間と同じように大切な存在が家庭では母であり、日常生活では職員である。言葉の端々か ら母との良好な人間関係が伺える。職員も彼にとっては重要な存在であるが、頼り過ぎてしま う場合があり、どのタイミングで彼への関わり方を変えていくのかは大きな課題である。 ③自己表現・意 思伝達力 ・音楽や絵画といった芸術活動は彼にとっては大切な自己表現の手段であり、彼にやる気と活 力を与え続けている。人前で発表する機会は称賛されることで自信となり、生活を楽しみ充実 させるのに不可欠な要素となっている。 ・会話の回数、言葉数が増え、よく話し、よく笑い、よく冗談を言うようになった。 ・様々な学習活動を通して得た自信とやる気は仕事への意欲を大きく育て、社会人として働く 喜びや楽しさに繋がっている。 ④社会性の自覚 ・緊張すると思うように言葉が出ず、固まってしまう。緊張を解きほぐそうとリラックスでき る雰囲気を作るとふざけてしまうような態度が見られ、仕事に対して自分を律して行動するこ とはまだ難しい。しかし、徐々に変化が見られ、職員の見守りや声掛けは必要だが、食材の計 量、ミキサーによるスムージー作りなどを一人でやろうとする。お客に対しても最小限ではあ るが必要な台詞が場面に応じて言えるようになり、お客との会話を楽しむ場面が見られる。体 力・気力ともに大きく伸び、一日の売り上げ数が増えると喜び、お客の無い日にはがっかりす る姿が見られるようになった。 ・部屋での下請け作業も丁寧に根気強く取組めるようになり、点検では他のメンバーより早く ミスに気付き指摘できた。 ⑤学習活動への 取組み ・書くことに抵抗を示していたが、自分から文字を書くようになる。書道では書きたい言葉を 選んで書き、自分を表現できる活動の一つになった。社会では自分の身の回りの出来事やテレ ビで見たことを話し、英会話では、外国人のお客に英語で話しかけるようになった。絵画では 自分の絵画がお店のチラシに載り、自主製品として売られることで、意欲的に描くようになっ た。 ・自分の興味のあることや伝えたい思いがあるなど、テーマが身近に感じられる時には積極的 に参加するようになった。 ⑥生活設計 ・大人として振る舞おうとする姿と母に甘えようとする子供のような姿が見られる。母に対す る姿勢は職員に対しても見られ、常に職員が傍に居ることを 求め、わざと気を引こうとすることがある。注意されるとその時は拗ねるが、次の日には職員 の視線を気にしながらも一人で作業をする姿が見られた。

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6 ヶ月が経過し、彼のできることが増えてい き、体調不良を訴えて仕事や活動を中断するこ とがなくなり、新しいことにも興味を示し挑戦 する姿が見られるようになった。体力的にも精 神的にも逞しくなり、よく話し、よく食べ、よ く笑い、よく活動するようになった。仕事に対 する姿勢も自然と前向きになり、自分から進ん で店に入るようになった。学習活動においても その姿勢は大きく変化した。音楽や絵画などの 芸術分野だけではなく、苦手だった英会話でも 他のメンバーと一緒に英語を発音するようにな り、理科や社会においても先生の話を聞いてプ リントに職員が書いた文字をなぞり書きするよ うになった。書道では、筆を持ち大きく太い文 字を書くようになった。自分が書きたいと思う 文字には特に丁寧に取組んだ。体力や気力、意 思表示、仕事への意欲、集中力、学習への参加 状況など、どれをとっても著しい変化が見られ た。 〈表8〉第 3 期:新体制での混乱と再生 観点 生活の様子 ① 基 本 的 生 活 力 ・新年度になり、職員が代わり、新メンバーが加わり、環境や人間関係の変化は彼 の心身に大きな影響を与えた。店や部屋での活動に参加しなくなり、ソファーで休 むことが増えた。新メンバーに嬉しそうに仕事を教えようとする場面も見られるが、 心身が変化に付いて行けず、拒否反応を示すような状態が夏ごろまで続いた。よう やく笑顔が見られ仕事や様々な活動に参加できるようになったのは新しい職員やメ ンバーとの人間関係ができてからであった。 ② 人 間 関 係 形 成力 ・心の支えとなる仲間と職員の存在は重要であり、彼らの手を握り締めて緊張を和 らげようとする。職員が他のメンバーに関わったり、自分の希望する職員でないと 不安になり、心身に異変が起こりやすくなる。信頼と安心は彼の行動を安定させる。 ③ 自 己 表 現・ 意思伝達力 ・自分の話したいことやしたいことは積極的に楽しんで実行する。やりたくないこと、 自信がない時には不調をきたすことはあったが、言葉で自分の気持ちを表現できる ようになった。やらされることに対する反応がしっかりと出せるようになり、「自分 からする」という主体性が見られるようになった。 ④ 社 会 性 の 自 覚 ・職員との人間関係が築かれていくにつれ、チラシを知り合いに配り、接客の手順を 得意げに新メンバーに教え、部屋での仕事では細かいミスに気付くなど、自信を持っ て取組む姿が見られるようになった。働くことに対する意欲と自負を感じさせるこ とが増えた。 ⑤ 学 習 活 動 へ の取組み ・不安があるのか、先ず職員に「一緒に しょ」と声を掛けて職員の手をきつく握 りしめながら参加する。ただし、以前のように自席から逃げることは無く、笑顔で 参加するようになった。 ・書道では作品が母へのメッセージとなり、社会では壁新聞で自分の気持ちを表現す ることができた。音楽や絵画でも作品が展示会や商品として認められることで、様々 な活動を楽しんで取組めるようになった。 ⑥生活設計 ・公共施設をよく利用している。図書館で CD を借りたり、市バスや地下鉄を使って 一人で目的地に行くことができる。ヘルパーと休日に出かけ、母が仕事で遅くなっ ても一人で夕食を取り就寝することもある。以前よりも母がいなくても過ごせる時 間が長くなった。

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1 年が経過し、できることややろうとするこ とが飛躍的に増え、仲間と一緒に仕事にも学習 活動にも楽しんで取組む姿が見られるようにな り、これからの成長に大いに期待して 2 年目を 迎えた。しかし、1 年間を共に過ごした職員が 去り、新しい職員と新しいメンバーとの生活は 彼のそれまでの状態を激変させた。4 月からの 約 4 ヶ月間には、仕事や様々な活動に取組もう とする彼の思いとは裏腹に身体が拒否し、不調 をきたすという状況を生み出した。新メンバー を前に先輩としてのプライドを持って、手本を 示し教えようとする姿とできないことや強く求 められることへの不安と緊張のあまり、頑なに 自分の殻に閉じこもってしまう姿とが交互に現 れ、彼を混乱に陥れていった。  そのような中でも、徐々に彼が参加する姿が 見られるようになった。「怖い怖い」「緊張」と 言葉で自分の気持ちを表現するようになり、嫌 な時には「いや」と言えるようになった。時間 は掛かるが、自分から取組もうとする姿勢が見 られるようになった。彼を優しく見守る仲間の 存在、彼の思いや願いを理解しようとする職員 の努力、仕事だけではなく音楽や絵画のように 彼の能力を発揮し、認められる機会があること など、多様な活動の中から生まれる多様な価値 観で認められることを本人が実感できる機会が 日常生活の中で存在することの重要性を再確認 した。 Ⅵ.総合考察 1.「学び」の必要性  人が学ぶことは当然のことであり、全ての人 に学ぶ権利が保障されていなければならないに も関わらず、現実には、養護学校義務制の実現 が 1979 年までかかったこと、「学校に行きたい」 「行かせたい」という当事者や保護者の声があ りながら、就学猶予や免除の対象となり、義務 教育からも排除されていた歴史はあまりにも知 られていない。  日本国憲法は、第 26 条で「すべての国民は、 法律の定めるところにより、その能力に応じて、 ひとしく教育を受ける権利を有する」と述べ、 教育基本法第 3 条(生涯学習の理念)では「国 民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生 を送ることができるよう、その生涯にわたって、 あらゆる機会に、あらゆる場所において学習す ることができ、その効果を適切に生かすことの できる社会の実現が図られなければならない」 と述べている。これを踏まえ、田中(2016)は「今 日、『障碍者権利条約・障害者差別解消法』に 基づく時代を迎え、障がい者の生涯学習は、こ れまでの理念的で断続的かつ任意的な取り組み から、権利としての生涯にわたる学び・発達保 障の必要が明確に打ち出されたということがで きます」と記している。人が生きていく上で大 切な権利の一つである学習権は障害のあるなし に関わらず、保障されなければならない。 2.人が豊かに生きるということ  人が生きていく上で楽しみやゆとりは必要な ことであり、「学び」続けることは、社会を形 成していく主体者としての人を育てていく上で 重要なことだと考える。その意味で、青年・成 人期の障害のある人たちが学べる機会の重要性 を強く訴える必要がある。特別支援学校卒業後 に彼らが学べる機会はほとんどない。障害のな い人たちと同じような進路選択は提供されてい ない。障害のあるなしに関わらず、人が生涯学 習としての「学び」を続けられる機会は社会教 育の充実として国や自治体が真剣かつ早急に取 組まなければならない課題である。決して事業 所だけが負わなければならない使命ではない。 その上で、事業所ができる大きな役割の一つと して「学び」の重要性を再確認する必要がある。 学校教育の枠組みとは別の社会教育として、評 価の仕方や内容、価値観を利用者一人ひとりの 能力の維持・向上に置き、利用者一人ひとりの 可能性を発見し引き出すために、それぞれの事 業所において自由で独創的な取組みができる。 成人期の障害のある人たちが働きながら学べる 機会は利用者の仕事に対するモチベーションの 維持や向上に効果があると考える。「学び」に かける時間の問題ではない。例え時間が短くと も、仕事以外での自分の可能性を認められ伸ば せる機会が与えられることが重要であり、活動 内容についても職員が利用者と一緒にできるこ とからやればいいのではないだろうか。橋本

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参考文献 小林保太(1996)『学校へいきたい ともだちがほし い』全国障害者問題研究会近畿ブロック 佐藤一子(2006)『生涯学習と社会参加 おとなが学 ぶことの意味』東京大学出版部 田中良三・藤井克徳・藤本文朗編著(2016)『障がい 者が学び続けるということ 生涯学習を権 利として』新日本出版 橋本佳博・玉村公二彦(1997)『障害をもつ人たちの 憲法学習 施設での社会科教室の試み』か もがわ出版 増山均(2000)『アニマシオンが子どもを育てる』旬     報社 丸山啓史(2016)『私たちと発達保障 実践、生活、     学びのために』全障研出版部 ユネスコ「21 世紀教育国際委員会」報告(1997)     天城勲監訳『学習―秘められた宝』ぎょう     せい (1997)は、「寮生さんの『学ぶ心』『ニュース がいっぱい』という姿を多くの人に伝えたい。 そんな想いを大きく呼び起こしてくれたのは、 寮生さんの真摯な学ぶ姿でした。今なお、あざ み寮、もみじ寮の社会科教室に行くたびに寮生 さんに接し、『学ぶことは生きることなんだ』 という思いを実感しています」と述べている。 事業 PA のメンバーの一人が母と海外旅行に行 く前に、話してくれたことがある。「英語を話 す」という彼に、「何て言うの」と尋ねると、「ハ ロー」と答えた。「他に何か話すの」と尋ねると、 黙ってしまったが、しばらくして「英語 教え て」「勉強する」と言う。彼の口から「勉強する」 という言葉を聞いて驚くと同時に、心から彼自 身がやりたいと思っているのだという嬉しそう な得意げな表情を読み取ることができた。彼は 今、仕事にも学習活動にも積極的に参加してい るが、辛くなったり、自信がない時には仕事か ら離れ、好きな絵を描いたり、音楽を聴き踊る ことで、ゆっくりと時間を掛けて再び自信やや る気を取り戻そうとしている時がある。上手く 職員や仲間の力を借りながら、自分でも困難を 乗り越えようとしている。社会人として働くこ とは大切であるが、何よりも人がより豊かに生 きようとすることが重要なことであり、その大 きな原動力として、「学び」の必要性を重視す る視点を強く求めたい。障害のある人たちが成 人しても「学び」続けたいと思っていることを どれだけの人が気付いているのだろうか。だか らこそ、利用者の気持ちや願いをよく知る事業 所や利用者自身が当然の権利として、事業所で、 そして事業所以外でも充分に「学び」の機会が あることを求めていく必要がある。

参照

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