地域におけるイヌを介した子どもと大人のコミュニケーションに関する研究
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(2) 目次. 問題と目的. ・・… @. 方法. ・・…. @. 1 8. 1)対象 2)期間 3)手続き 結果. ・・… @. 9. 1)子どもと大人のエピソードのコミュニケーション生起の分類 2)コミュニケーションの方向性の分類 3)子どもから発した「言動」の分類 4)子どもが発した「ことば」の内容の内訳. 5)子どもの「行動」の内訳 6)子どもと大人の会話の主題 7)子どものことばと「親近的接触行動」との関連 8)大人から発した「言動」の分類 9)大人の「ことば」の内訳 10)大人の「行動」の内訳 11)「一方向」コミュニケーションにおける子どもと大人の動向の分類 考察. ・・…. @ 24. 結論. ・・…. @ 34. 今後の課題. ・・…. @ 35. 引用文献. ・・…. @ 38. あとがき. 資料:コミュニケーションの生起分類別エピソード1∼84.
(3) 問題と目的. 子どもが安全を保障され、健やかに育まれ、人間関係を構築する環境には、3つの場が挙. げられる。第1に、家庭内における近親者の人間関係がある。第2に、子どもは、公的保 育施設である幼稚園・保育所などに入園し、専門家である幼稚園教諭や保育士などの保育. を受け・集鯵㌍によって燗関係を発達させる・そして第3に・公的画派関を禾1」用す る以前に、第3者に出会う地域社会における人間関係がある。 近隣の地域住民同士のつな がりの中で、身近な大人と挨拶を交わすなどのふれあいを通して、子どもは家庭外の地域 社会に安心感を得て、伸びやかに人間関係を発達させることができると考えられる。. かつて、学校がなかった「地域社会の教育力」で次世代を育てていた時代には、地域の いたるところで出会いと会話があり、そのような中で子どもたちが遊びまわりながら、大 人世界の仕事をも見聞きして育っていた(吉田,2007)。「地域社会の教育力とは、本来、地. 域社会においておとなが子どもとともに生活していることが、子どもを教育する力として も作用しているということである。子どもは父母や地域住民の生活をそば近くで眺め、家 庭や地域の人間関係、社会関係に順応したり、反発したりする中で、認識や行動能力を獲 得したり、モラルや生活感情を育てられる」ことであるという(城丸,1978)。昔は、子ど もたちにとっては、忠告されたり、叱られたりすると耳が痛い「意味ある他者」(significant others)と呼ばれる大人の存在があった(菊地,1993)。. しかしながら、昨今、地域社会における人間関係の希薄化が問題視されるようになって きた。子どもも大人も同一の住民地区に住んでいても、各々が個別に活動する時間が増加 した半面、時空間を共有することが難しくなってきた。地域の住民同士の一人一人のかか わりが少なくなり、相互の「コミュニケーション」が不足してきた。『誠信心理学辞典』 (2004)によると、「コミュニケーション」とは、k2!者間以上の間で社会的関係が保たれ、. 情報が相互に伝達されうることであり、しばしば一方向的な情報伝達のことをいう。情報 の伝達手段として主として言語が使われるが、非言語な手段も重要な役割を果たしている。. 特に対面的対人関係では重要である。人間のコミュニケーションと動物との差異は受信者 が発信者として受信した内容を発信しうるか否かによると考えられる。」と説明されている。. 昨今の地域における対面的対人関係で相互に生起するであろう「コミュニケーション」の あり様は、たとえ、偶然に戸外で子どもと大人が出会ったとしても、挨拶なしに通過して しまうことが多くなってきたのではないだろうか。誰もが子どもとの積極的な関わりを避 け、関わりを持とうとしても影響を及ぼすことは難しくなり、大人が「意味ある他者」に は成りえなくなった(菊池,2007)。. したがって、子どもが安心して育つ「居場所」となる地域社会の人間関係を再構築する ために、子どもと大人が互いのつながりを改善する必要性が求められる。. 地域のなかで子どもが安心して過ごすためには、大人側からの働きかけや見守りが必要 であるが、具体的にはどのような対策が図られているだろうか。. 1.
(4) 渡邊・藍澤・菅原(2007)は、「地域の教育力」を回復するための取り組みとして、教職. 員が率先して地域と学校の連携を積極的に行う交流活動を行った。文部科学省では、放課 後や週末に子どもたちが単身して安全に遊ぶことができる場所を、地域の大人たちが共に 作ることを目的に、2004年度から3ヵ年計画で『地域子ども教室推進事業』をはじめた。 しかし、渡邊他(2007)の活動は、強化していくための時間や費用がかかり、主導を執る 教職員の負担が増大するなどの課題が残ったと考えられる。『地域子ども教室推進事業』に. おいても、一朝一夕にはできない大掛かりな事業であるため、推進する職員や地域住民の :負担も大きいこと、子どもたちへの関心が低い大人にどのように行動を促していくかとい ったことが検討項目となっている。. このように、「地域の教育力」を回復するために、文部科学省や学校教育の専門家による 解決策も多方面から進められている。しかし、地域のすぐ傍に住んでいるにもかかわらず、. 希薄になった子どもと大人の関係に、コミュニケーションを増やす機会をどのように与え るかということには直結しないのではないだろうか。専門家や地域の活性化に尽力する住 民の積極的な働きかけは重要であるが、その一方で、諸活動に徒労することに躊躇しがち な生活責任世代にとってコミュニケーション自体が負担になっていることも考えられる。. したがって、子どもと大人の双方の問にコミュニケーションを生起させる契機となる具 体的な媒介が必要であり、そのための話題となる具体物は、子どもと大人が共に好奇心や 関心を促す対象であることが望ましい。そこで、子どもと大人の双方が関心を引き寄せる 対象として、身近な飼育動物が考えられるのではないだろうか。. 従来、子どもと飼育動物とのかかわりや教育的効果は、学校・保育現場において実践さ れてきた。家庭においては、ペットとして扱われ、人と共生する役割を果たしてきた。そ れでは、保育・教育現場や医療・福祉現場において飼育動物はこれまで具体的にどのよう な役割を果たしてきたか注目してみたい。. 小学校における動物飼育体験の目的や意義は、飼育動物担当教員の衛生、飼養管理に対 する意識調査では、情操教育を主目的としていた(西村,2000)。. 塗師(2000)は、小・中・高校生を対象に行った質問紙調査を行い、動物飼育経験があ り、動物が好きな子どもは、共感性の発達にプラスの影響を及ぼすことを明らかにした。. この他に、柿沼・桜井・井戸・高橋(2001)が報告した保育園、幼稚園、小学校、中学 校を対象にした飼育動物の実態調査によると、保育者が挙げた動物飼育の効果は、分離不 安軽減だけでなく、子どもと大人、保育者と保護者、保育者同士などの対話の増加などで あった。. 加茂(2006)は、保育所・幼稚園等の集団生活において子どもが飼育環境のなかで動物に. 親しみをもち、心を寄せ、感性を揺さぶるような飼育体験の積み重ねが、子どもの生き生 きとした姿やことばを促進し、子どもの育つ力につながっていくことを見出した。保育現 場においては、飼育動物に対する子どもの行動観察を通して心の育ちや、養護性、コミュ. ニケーション、社会性の発達に重要な役割を果たしていることが解明されてきた(井戸. 2.
(5) 他,2002,高橋他,2003,藤崎,2004)。. 井戸・桜井・柿沼・高橋(2002)は、「子どもにとって動物飼育は、動物の立場を理解し、. 自分とは異なる立場の存在(動物の立場の理解)や命の尊さを学び、相手への思いやりを 培うことにつながっている」と述べている。. 藤崎(2004)は、幼児がウサギという飼育動物に対する実際のやりとり場面の観察を行 い、併せて、幼児のウサギの「心」の理解の仕方について個別にインタビュー調査を行っ た。その結果、年長児ではウサギに対するコミュニケーション活動や言葉かけが多くなっ ていた。. 高橋・桜井・柿沼・井戸(2003)は、動物飼育を実施している53箇所の保育施設の保育 者はどのようなことを期待して動物飼育を導入したかを探る調査を行った。保育士は、動 物飼育が生命の尊さやさまざまな知識を教えるだけでなく、コミュニケーションの媒体と しての効用も含め、保育のさまざまな場面に影響をもたらしていることを認識していた。. 動物飼育によせる保育者の期待は、保育者自身が子どもに与える影響や、保育者が動物を 媒体とした子どもとの関係の向上を目指している。園長も、保育者自身が子どもと情緒的 かかわりを持つことの大切さを学んで欲しいと期待していた。. 近隣とのつながりの希薄化が、次第に子どものコミュニケーション能力に影響を及ぼす ことに問題意識を持ち、保育現場における飼育動物の意義について井戸他(2002)もまた、. 「子どもにとっての動物飼育は、共有の話題として対話のきっかけになっており、他児や 保育者とのコミュニケーションの増加、活性化にも影響を与えている」と述べている。. 以上の先行研究から、学校や保育現場において、飼育動物を用いた教育の効果がいくつ か示唆された。子どもに対する他者への思いやり・共感性・命の尊さの教育的意義だけで なく、動物を話題として、他者とのコミュニケーションが促進される効果も伺える。. 他方、介護i施設や病院においてお年寄りや患者が飼育動物とふれあう「動物介在活動」 (Animal Assisted Activities)が近年、注目されるようになってきた。「動物介在活動」. とは、医療従事者が患者の治療目的で計画的に行う「動物介在療法」と異なり、一般の飼 い主が自主的に医療・福祉現場の対象者を訪問し、飼育動物とのふれあいを目的とするボ ランティア活動のことである。. 横光(1996)は、欧米において医療・福祉現場を中心として研究報告されたデータをまと. め、動物が人に与える主要な3つの効果を挙げている。第1に、動物と触れ合うと血圧が 下がるなどの「生理的効果」がある。例えば、イヌの散歩に行くために健康が保持できる. だけでなく、散歩以外の掃除や餌の購入など行動する動機を与える。第2に、不安を減ら して気力を高める「心理的効果」がある。動物の存在自体が、ストレスを軽減し、安心感 やリラックスさを与える。そして、第3に人との触れ合いを拡げる「社会的効果」がある。 動物がいた方が、安心感を得られ、そのことによって話題が生まれ、会話が促進される。 このように、「動物介在活動」には、生理的効果、心理的効果だけでなく、人と人のコミ ュニケーションを促進する「社会的効果」があると指摘されている。. 3.
(6) それでは、最も身近で、私的空間である家庭内において、飼育動物はどのような役割を 果たしているだろうか。. 近年、家庭におけるペットは、核家族化や少子化、単身世帯の増加などの社会的背景を 受け、生活を共にする家族の一員として扱われるようになってきた。ペットを飼うことに より、人と人との関係では満たされない心の空白感を埋め、充足感を与えてくれるという 考え方が行き渡ってきた(佐久川,保住1999)。. 例えば、浅川・佐野・古川・東・森田(2000)が大学生を対象に行った調査では、ペット. 飼育群は非飼育群に比べペットに対してより親和的であり、癒しの体験をしたと報告した 割合が高く、ペットに対して身体的、言語的接触行動が多いことがわかった。. また、そうした心理的効果だけでなく、家庭においてもペットを飼うことで、家族間の コミュニケーションが促進されたという報告がされるようになってきた。 ペットフード工業会(2007)は、団塊世代をはじめとした50代ビジネスマンと主婦を対象. に第2回「退職後の犬猫飼育に関する意識調査」を実施した。その結果、飼育者の約8割 は「犬や猫を飼うことで家族間のコミュニケーションが増えた」、約4割が「夫婦喧嘩が減. った」と回答した。非飼育者の4割がペットを飼ってみたいと答え、その理由として腿 職後、家族や夫婦間のコミュニケーションに役立つから(37.8%)」と回答した。. 金児(2006)は、家庭で人間の伴侶として飼われるペットを介したネットワークが飼い 主にとってどのような意味を持つのかを詳細に捉えるためにペットを介したネットワーク から得られるサポートが主観的幸福感に及ぼす影響を、その他の対人サポートとの比較の 上で検証する目的で、35歳以上75歳以下の男女1500人に質問紙調査を行った。その結果、 過半数の飼い主がペットを介して何らかのネットワークを広げていることが明らかになり、 ペットの社会的効果が示された。. 以上の先行研究から、ペットを飼育することが飼い主にとって精神的な癒しだけでなく 家族や夫婦間のコミュニケーションを良好にしたり、ペットを介した社会的効果があると いう知見が得られている。. ペットを飼っている品々を訪問する家族や友人にとってペットが会話の中心になること を指摘したMugford and M’Comisky(1975)は、「社会的潤滑剤」(social lubricant)とい. う用語を用いた。「社会的潤滑剤」とは、人と人との間に動物が介して社会的なかかわりや コミュニケーションを促進する役割のことを意味する。すなわち、動物が「社会的潤滑剤」. として人と人とをつなぎ、社会的相互作用の質と量を増加させるというものである。ガン ター(2006)は、ペットが「社会的潤滑剤」となるには、いくつかの理由として「ペット は注目を集め、ペットを飼うことで飼い主の社会的認知度が高まる。ペットを飼う人は他. 人から『良い人』とみられることから、安全だと思われる。また、ペットを飼っている人 は近付きやすいと思われている。ペットは初対面のときに何を話せばいいのかわからない、. 気まずい時間を終わらせてくれる。ペットを問に置いておくと、無理やり『相手に何かを 伝えなければ』というプレッシャーを感じることもなく、ごく自然に自分の感情を伝える. 4.
(7) ことができる。ペットが特におかしなことをした時、お互いに話すことができるような話 題の提供をしてくれる。」と述べている。. 家庭内で飼育できるペットの条件は、個々人の家庭環境がさまざまであることから、保 育現場における飼育動物と比較して飼育環境の適性や、種類が制限されるであろう。また、. 通常家庭内に他者を招くに至るには、それ以前に親しい関係を既に築いていることが前提 となる。. しかし、ペットのなかでもイヌは、一般に家庭で飼育されやすく、最も「社会的潤滑剤」. としての効果を発揮する動物であると考えられる。ペットとしてのイヌは、飼い主とかか わることを心から喜び、従う特性を持つため、対等な奇問関係とは本質的に異なるが、そ れに代わる援助手段として有効だと考えられる(佐久川・保住,1999)。 Messent. P. A(1983)は、公園でイヌを散歩させる人と他者との間に、社会的相互作用を. 促進するイヌの役割を調査し、イヌが飼い主にとって「社会的潤滑剤」としての機能をも つことを実証した。従来の家庭内でのペット研究と違って、イヌと人間との相互作用の客. 観的な研究として1つの契機を提供し、2つの研究で構成された。研究1では、8人のイヌ の飼い主を募集し、公園内と郊外の街路の2ヶ所で1回目はイヌを同伴して、2回目はイヌ を同伴せずに散歩するように依頼した。その結果、接触する人の反応は、1人で歩いてい る人よりも、イヌを連れている人のほうが高いことがわかった。散歩している場所は、公. 園でイヌを散歩させたときに、接触する人が多かった。研究2では、総計88のイヌを散歩 させる飼い主を対象に、平常通りの散歩コースと時間帯で観察した。また、観察場所は田. 園村、中間型の町、都市郊外の3地区が追加された。その結果、全ての歩行者の69%が少 なくとも1回、相互作用のある会話を生起させていた。また、1回の散歩で平均2.8回の会 話のやりとりをしていた。更に相互作用の生起した会話は、単語の挨拶が60%で、残りの 40%が持続的な会話であり、その会話をした歩行者はイヌを散歩させていた。イヌを散歩 させることを通して友人の数が増え、特に高齢者など友人の少ない人々に恩恵があること が明らかとなった。. 横光(1996)は、欧米で報告されたペットの社会的効果について「1988年、エディらは、. ショッピングセンターにおいて、車椅子に乗った子どもが介助犬を連れている場合と、連 れていない場合に周りめ人がどう反応するか調査した。介助犬を連れていない場合は、周. 囲の人からの微笑みは殆どなかったが、連れている場合は3∼5人に1人が微笑みかけるな ど笑顔や会話が増すことがわかった。また、リネット・ハート博士たちの研究グループは、. 障害をもつ子どもたちが注目されたり話しかけられたりする機会は、サービスドッグがそ ばにいるだけで、一人で歩いているときの10倍も多い。」と記述している。このように、 イヌを同伴させることは、人を魅力的に見せる効果があり、イヌをきっかけにしてコミュ ニケーションが促進されると考えられている(ロックウッド,1983)。. 1994年に日本動物病院福祉協会で行ったアンケートでは、1705人の回答者のなかで、動 物と散歩をしていて話しかけられたことのある人が88%、動物を連れての散歩で友人や知. 5.
(8) 人の輪が拡がると思う人が84%、実際に増えた人が68%と高い数字を示している(横 光,1996)。. ここまで、保育・教育現場における子どもと飼育動物に関連する研究と、家庭における 人とペットとの関係についての研究をいくつか挙げてみた。先行研究の知見から、保育・ 教育現場において飼育動物が子どもに対してコミュニケーションを促進する役割と、家庭 において人と共生するペットがコミュニケーションを促進する役割は、地域においても同 様の効果を発揮するであろうと考えられる。また、地域において人と人との関係をつなぐ 「社会的潤滑剤」として作用する動物は、イヌが最も身近で有効であると示唆された。イ ヌは、飼い主が飼育活動の中で毎日、散歩をする習慣をもつため、地域において活用する 役割を果たすことができると考えられる。それでは、地域において人に対するイヌの社会 的効果は、どのように検討されてきたであろうか。. 宮村・野中(2004)は、イヌの散歩を決定する要因とイヌの散歩が飼い主にもたらす効 果を解明することを目的に、人とイヌの時空間行動についての調査を行った。散歩の有無、. 頻度、時雨帯、所要時間などを把握し、散歩コースの類型化を行った。また、散歩者が感 じている利点・問題点について調べ、さらに散歩を通した他者との交流について明らかに した。その結果、イヌの散歩は人に外出する機会と他者との交流を行う機会を生み出し、 促進する役割を果たしていることがわかった。イヌの存在は、地域においてコミュニケー ションをつくる媒介としても重要な役割を果たしていることが明らかとなった。特に新興 住宅地に移ってきた住民が、知人もなく慣れない環境で地域を認識し、行動圏を広げるの に役立てていることが示唆された。. このように、地域においても飼い主が「イヌを散歩させる」ことによって、近隣iへ行動 半径を拡げると共に、イヌを介して見知らぬ他者と交流することで人間関係を構築してい ることが示唆された。. それでは、地域において、飼い主はイヌを散歩させるときに、実際に子どもとかかわる 行動場面があるだろうか。地域における子どもと大人、イヌとのかかわりには具体的にど のような取り組みがあるだろうか。. イヌを活用した地域の取り組みとして全国的に急速に広まってきた「ワンワンパトロー ル」註)がある。2003年11月に発足した東京都八王子市片倉台地区八王子警察署内片倉謡 わんわんパトロール隊(2004年6,月28日HP更新)が行ったアンケート(配布数は107枚、 回答数54枚、回答率50.5%)では、「パトロール中6割の飼い主が子供達に声を掛けられ 註) 2003年3月、東京都世田谷区鳥山地区鳥山わんわんパトロール隊を皮切りに、2006年3月現在、 全国103箇所の自治体で発足している。昨今の地域における空き巣や小中学生を狙った不審者事件 の対策としての防犯活動である。児童の下校時間帯に飼い主が自宅周辺の散歩をすることで、地域 の大人が児童の見守り活動に協力している。ペットと共生する町づくりを望む愛犬家を募り、崩壊 しつつある地域コミュニティの再構築や愛犬家同士のコミュニケーションづくりにも役立っている。. 6.
(9) ている」という結果が得られた。さらに、 「パトロールで子供達とのコミュニケーション が広がった」、 「パトロール中に子供から『こんにちは!ご苦労さまです』と声を掛けら れ感激した」、 「犬の首に掛けているカードを見て『頑張ってネ』と声を掛けてくれる人. が増えた」、撒歩中『ご苦労さまです』と声を掛けられることが多くなった」など回答 者からコミュニケーションに関する意見等が得られた。. Messent(1983)は、飼い主やイヌの固有の特性がコミュニケーションを促すことに関与 しているかについても、性別やイヌの大きさ、血統書の有無などを比較しているが、明確 な有意差はなかった。しかし、飼い主と接触する他者はいずれも大人同士であり、子ども は含まれていなかった。また、宮村・野中(2004)も、地域社会の人間関係の希薄化に、イヌ. の散歩がその有用性を発揮する媒体の1つとして考えられ、地域社会生活との関連性にお いて重要な問題として認識する必要があるが、日本における実証研究は希少だと述べてい る。対象となる地域の人々はイヌを介して交流していたが、やはり大人同士であった。. このように、地域という第3の現場において、子どもと大人の問にイヌを介した場面を 取り上げた研究はこれまではされてこなかったし、具体的にどのようなコミュニケーショ ンが生じるかについても研究されていない。. 「ワンワンパトロール」の主目的は、各地域の犯罪の抑止効果や登下校の子どもたちの 安全確保である。アンケートからはコミュニケーションが活性化された報告がいくつかあ るものの、子どもが飼い主である大人と具体的にどのようなコミュニケーションを生起さ せているのかといった詳細については報告されていない。また、「ワンワンパトロール」の. 取り組みでは、子どもと大人が遭遇する時間帯と場所は、子どもの登下臨時の通学路と常 連化している。子どもと大人の関係はイヌを同伴しなくとも、経過と共に顔見知りになっ ていき、コミュニケーションが促進された可能性もある。. 子どもにとって親や保育・教育者でない第3者としての大人がかかわるとき、「イヌの散 歩」は、構えない何気ない子育て支援活動として、有効に活用できると考えられる。地域 のなかで身近な共生動物であるイヌを介し、子どもと大人の人間関係のきっかけ作りへと つなげたい。. 以上のことを踏まえ、本研究の目的は、地域における住民同士のつながりやコミュニケ ーションを促すために、身近な飼育動物であるイヌを介することによって小学生以下の子 どもと大人との問にどのようなコミュニケーションが生じるのか、検討する。. 7.
(10) 方法. 1)対象 放課後や休日に、地域住民地区(大阪府枚方市・交野市・兵庫県神戸市他)におい て公園や路地で遊んだり、通行する子どもたち(推定小学生以下)とイヌを散歩させ る大人の飼い主を対象とした。. 2)期間. 2006年7月∼2007年6月 3)手続き 地域の公園や交通機関の少ない閑静な場所で、イヌを散歩させている飼い主と、 子どもが遭遇する場面を取り上げ、自然観察を行った。. 子どもと大人が効率的に遭遇できるように以下の2通りの方法も交えて観察した。 ①イヌの飼い主に同行を依頼し、飼い主には、予め研究の目的を明示して同意を得た。. 散歩する際、特にコミュニケーションを促すような依頼は要請せずに、平常通りに 散歩してもらった。. ②観察者が、飼い主の同意を得て、イヌを借りて散歩を行った。その際、意図的に子 どもに接近することはせず、イヌの自発性に任せて実施した。. 8.
(11) 結果. 1)子どもと大人のエピソードのコミュニケーション生起の分類. 子ども、大人、イヌの3者以上が遭遇した行動観察場面記録から、コミュニケーション が生起した(しなかった)一連のまとまりを「エピソード」として抽出し、全84を番号化 した。. 本研究では、イヌを介することによって生起したと考えられる小学生以下の子どもと大 人の問のコミュニケーションを取り扱うこととした。ここで扱う「コミュニケーション」 とは、「子どもまたは大人が遭遇した他者との問に送受信したと考えられることばと行動. と定義した。また、子どもと大人の問に介するイヌは、双方のコミュニケーションを促進 する媒介「社会的潤滑剤」として扱い、子どもとイヌ、大人とイヌの問に生起したと考え られるコミュニケーションについては対象外とした。. 全84のエピソードを以下の4項目に分類した。 A.子どもと大人の間に双方向のコミュニケーションが生起した B.子どもと大人の間に一方向のコミュニケーションが生起した C.子どもと大人の問にコミュニケーションが生起しなかった (通過した・関心を示さなかった). D.その他(A・B・Cに該当しないコミュニケーションが生起した・分類不能). それぞれの項目に当てはまるエピソード番号を分類して集計し、表1に示した。 表1 コミュニケーションの生起分類 エピソード数(%). Aコミュニケーション双方向. 23(27.4). Bコミュニケーション一方向. 25(29.8). Cコミュニケーションなし. 29(34.5). Dその他のコミュニケーション. 7(8.3) 84(100.0). 合計. 表1によると、全84のエピソードのうち、最も頻度が高かったのは、コミュニケーショ ンが生起しなかったエピソードであった。しかし、コミュニケーションが双方向で生起し た頻度と一方向で生起した頻度を合計すると過半数を占めた(57.2%)。. 9.
(12) 2)コミュニケーションの方向性の分類 コミュニケーションが生起したA「双方向」、B「一方向」、 D「その他」のエピソードにつ. いて、開始されたコミュニケーションが誰から発せられ、対象としてどこに向かったかを、 「コミュニケーションの方向性」として以下の7項目に分類し(以下、「方向性」と省略)、. 表2に示した。. ①子どもから大人へ向かった ②子どもからイヌへ向かった ③子どもからその他の対象へ向かった(同伴の家族、友だちなど) ④子どもから特定の対象に向かわなかった(独り言など). ⑤大人から子どもへ向かった ⑥イヌから子どもへ向かった ⑦その他 (①∼⑥に該当しない子どもを除くやりとりなど). 表2 コミュニケーションの方向性の分類 A CM双方向(%). B CM一方向(%). D その他(%). 合計(%). ①子ども→大人. 5(9.1). 1(1.8). 0(0.0). 6(10.9). ②子ども→イヌ. 15(27.3). 20(36.3). 1(1.8). 36(65.5). ③子ども→その他. 0(0.0). 1(1.8). 1(1.8). 2(3.6). ④子ども→不特定. 0(0.0). 0(0.0). 1(1.8). 1(1.8). ⑤大人→子ども. 2(3.6). 2(3.6). 2(3.6). 6(10.9). ⑥イヌ→子ども. 0(0.0). 1(1.8). 0(0.0). 1(1.8). ⑦その他. 1(1.8). 0(0.0). 2(3.6). 3(5.5). 23(41.8). 25(45.5). 7(12.7). 55(100.0). 合計. 全55例のエピソードのうち、「方向性」のカテゴリーは、②「子どもからイヌへ向かっ た」が最も頻度が高く、過半数を上回った。コミュニケーションの生起分類別に子どもか らイヌへ向かった頻度を比較してみると、A「双方向」よりもB「一方向」の割合が高かっ た。次いで頻度の高かった方向性は、①「子どもから大人へ向かった」と⑤「大人から子 どもへ向かった」がそれぞれ同数であった。このうち、①「子どもから大人に向かった」. ときの内訳は、A「双方向」が5例であるのに対し、B「一方向」は1例のみであった。す なわち、子どもから大入へ向かったコミュニケーションは殆ど、大人から子どもへ返され、. 双方向のコミュニケーションが成立したと判断できる。①から④までの「方向性」は全て. 子どもから漉せられているが、合計すると全45例で、⑤から⑦までの子ども以外から発せ られた「方向性」の合計10例の4倍以上を占めた(81.8%)。. 10.
(13) 3)子どもから発した「言動」の分類 子どもから発せられた「言動を取り上げ、「ことば」と「行動」について以下の. 3つに分類した。 ア)子どもから「ことば」と「行動」が発せられた イ)子どもから「ことば」が発せられた ウ)子どもからド行動」が発せられた 分類対象となる「ことば」と「行動」は、1つのエピソードのなかに複数存在するため、 A「双方向」、B「一方向」、 D「その他」のなかから該当するエピソード番号を重複して. 集計し、表3に示した。. 表3子どもが発したコミュニケーション分類 頻度(%). ア)ことばと行動. 41(25.1). イ)ことば. 77(47.2). ウ)行動. 45(27.6). 合計. 163(100.0). 子どもから発せられたコミュニケーションは、イ)「ことば」の頻度が最も高かった。 「ことば」については、次項目の4)子どもが発した「ことば」の内訳、「行動」について. は、5)子どもの「行動」の内訳で具体的なパターンに細かく分類する。. 11.
(14) 4)子どもが発した「ことば」の内容の内訳 子どもから発せられたコミュニケーションのうち、「ことば」についてその内容の内訳. (言語機能の分析)を行った。ひとつのエピソードのなかに複数の「ことば」の連鎖がみ られるエピソード番号については、重複して集計した。「ことば」の言語機能別に頻度を集. 計し、表4「子どもが発したことばの機能分類」に示した。分類尺度は、任意に作成した。. 表4−1子どもが発したことばの機能分類 言語機能. 説明. 頻度(%). 叙述. 自分のことばで物事を述べる. 43(36.4). 質問・疑問. わからないことを相手に尋ねる. 25(21.2). 感想. 感情を表現することば. 11(9.3). 挨拶. 会ったり、別れたりする時のことば. 10(8.5). 呼称. 名前などを呼びかけること. 5(4.2). 三唱・前言語. ことばの意味が(明確で)ない. 4(3.4). 勧誘. 相手を誘うこと. 3(2.5). 応答. 質問や呼びかけなどに応えること. 3(2.5). 反復. 相手のことばをそのまま繰り返す. 3(2.5). 喚起. 注意をはらうように促すこと. 2(1.7). 確認. もう一度、確かめること. 2(1.7). 指示・命令. 相手を思い通りに従わせること. 2(1.7). 忠告・教示. 相手のまちがった点を直すこと. 2(1.7). 拒否. 相手を受けいれないこと. 2(1.7). 禁止. 相手の行動を禁じること. 1(0.8). 合計. 118(100.0). 子どもの「ことば」の言語機能は、15種類、総計118であった。このうち、頻度の 高かった言語機i能の上位4項目は、1.「叙述」、2。「質問」、3.「感想」、4.「挨拶」で. あった。最も頻度の高かった「叙述」は、全体の3割以上を占め、続いて頻度の高か った「質問」と合わせると全体の過半数以上を占めた(57.6%)。. 12.
(15) 次に、上位の4つの言語機能についてそれぞれ内容を列挙した。 A)「叙述」の内容. 表4−2子どもが発した叙述の内訳 内容. 頻度. (エピソード番号). イヌの形容(かわいい) (21.21.37.41.69.70.72.). ア. イヌの形態や身体構造. 5. イヌの行動. (37.78.79.81.82.). 4. (5.24.27.42.). イヌの形体(大きい). 3. (61.69.69.). 21. その他のイヌに関連する叙述 イヌに無関係の叙述. 3. (22.76.79.). 43. 合計. 子どもの叙述の内容を2つに大別すると、「イヌに関する叙述」は合計40(83.3%). であったのに対し、「イヌに無関係の叙述」は3例であった。イヌに関する叙述を内訳す ると、頻度の高い順から、「イヌの形容(かわいい)」に関する叙述が7、「イヌの身体構 造」が5、「イヌの行動」に関する叙述が4、「イヌの形体(大きい)」が3であった。 B)「質問・疑問」の内容. 表4−3子どもが発した質問・疑問の内訳 内容. (エピソード番号). 頻度. イヌの年齢(83.74.72.60.37.). 5. イヌの名前(69.70.72.83.〉. 4. イヌの性別(70.83.). 2. イヌの身体構造や機能(17.27.). 2. イヌの飼育、手入れ(77.78.). 2. 他のイヌに関連する質問(26.48. 59.70.77. イヌに直接的に関連しない質問(71.. 81.27.). 80.81.). ア. 3. 25. 合計. 子どもの「質問・疑問」の合計は25であった。その内訳は、頻度の高い項目から順に、 「イヌの年齢」が5、「イヌの名前」が4、「イヌの性別」、「イヌの身体構造や機能」、「イ. ヌの飼育、手入れ」がそれぞれ2であった。イヌに関連しない質問の頻度3と比較して イヌに関する質問の合計22で圧倒的に占められた。. 13.
(16) C) 「感想」の内容. 表4−4子どもが発した感想の内訳 内容. 頻度. (エピソード番号). 「うわ、こわ∼い」(8.). 1. 「(この雌イヌは)もう生理?はやいな∼」(27.). 1. 「(イヌを飼っていて)いいな∼」(28.). 1. 「怒んの(イヌ)は、こわい∼」(75.). 1. 「イヌの首、気持ちいい∼」(78.). 1. 「レオちゃん、好きや」(79.). 1. 「肉、ジューシー、おいしそう」(79.). 1. 「わ、口のなかすごい」(79.). 1. 「え∼、変なんちゃうん?」(80.). 1. 「うわ、ビビつた」 (82.). 1. 「きもいな∼」(82。). 1. 11. 合計. 「感想」は全部で11であった。感想の内容はそれぞれ異なっていたが、複数以上同 の内容は「イヌはこわい」の2例であった。 D)「挨拶」の内容. 表4−5子どもが発した挨拶の内訳 内容. (エピソード番号). 頻度. 別れの挨拶 瘁j「バイバーイ」など. (28. 28. 42. 42. 52. 76. 77. 79. 82.). 9. (37.). 1. 出会いの挨拶 瘁j「こんにちは」など. 10. 合計. 「挨拶」の内容は、殆どが「バイバイ」などの別れのことばで占められた。. 14.
(17) 5)子どもの「行動」の内訳 子どものコミュニケーションのうち「ことば」以外の行動について以下の通りに内訳 し、分類を行った。1つのエピソードのなかに複数の行動が含まれるエピソードは、重複 して集計した。. 但し、子どもの「イヌに対する行動」については、子ども自身がイヌの飼い主である 場合、または飼い主と親子関係であるとみなされる場合は除外した。. まず、子どもの行動を ①大人に対する行動、②イヌに対する行動の2つに分類して 表6に示した。. 表5−1「子どもの行動の頻度」 頻度(%). ①大人に対する行動. 4(4.7). ②イヌに対する行動. 82(95.3). 合計. 86(100.0). 子どもの行動の頻度は、②「イヌに対する行動」が圧倒的多数を占めた。 次に、②「イヌに対する行動」について、A)親近的行動, B)回避的行動, C)攻撃的行. 動の3種類に分類した。さらに、「親近的行動」をA)一1なでるなどの「接触」、A)一2. 近づくなどの「接近」、A)一3微笑むなどの「その他」の3つに分類し、それぞれ具体 的な行動の項目を設けて、その頻度を表5−2に示した。. 15.
(18) 表5−2子どものイヌに対する行動の内訳 具体的な行動. 行動の種類 A)一1. なでた・触った (つまんだ). e近的行動(接触). 手を延べた・差し出した. 頻度(%). 小計(%). 22(26.8). 7(8.5). i触ろうとした). 抱いた. 3(3.7). 軽く叩いた. 1(1.2). またがった. 1(1.2). シールを貼る振りをした. 1(1.2). A)一2. 近づいた. e近的行動(接近). 後追いをした. 35(42.6). 13(15.9). 4(4.9). (複数で)包囲した. 2(2.4). 一進一退した. 1(1.2). A)一3. 微笑んだ・笑った. 5(6.1). e近的行動(その他). 手を振った(挨拶). 3(3.6). 指差した. 2(2。4). 覗き込んだ. 2(2.4). 手招きした. 1(1.2). 小枝を振った(喚起). 2(2.4). 拍手した(喚起). 1(1.2). しゃがんだ. 1(1.2). 首輪に紐をつけた(養護). 1(1.2). 紐を引っ張った. 1(1.2). 20(24。3). 19(23.2) 74(90.2). A)親近的行動の合計 B)回避的行動. 後退・退去した. 4(4.9). 4(4.9). C)攻撃的行動. 石を投げようとした. 1(1.2). 1(1.2). D)その他の行動. 小走りで追い抜いた. 1(1.2). 追随して歩いた. 1(1.2). 小石を落とした(試行). 1(1。2). 3(3.7). 82(100.0). 82(100.0). 合計. 子どものイヌに対する行動82のうち、最も頻度が高かったのは、A)親近的行動で 圧倒的多数を占めた。親近的行動では、「接触」の頻度が最も多く、イヌに対する行動 の4割を占めた。具体的な行動で最も頻度が高かったのは、「なでた・触った」、次い で「近付いた」、「触ろうとした」、「微笑んだ」の順であった。. 16.
(19) 6)子どもと大人の会話の主題 エピソードのコミュニケーションの生起分類A「双方向」について、子どもと大人の双 方にどのような「会話」が成立したのか、その主題をつけて分類し、表6に示した。な お、取り上げるエピソードは、双方向のコミュニケーションが成立した23のうち、挨拶 などの単発のコミュ土ケーションでは、「話題性」を持たないため、予め選出する際に対 象外とした。. 表6子どもと大人の会話の主題 主題. (エピソード番号). 頻度. 「イヌとのかかわり方」(17.18.). 2. 「イヌはこわい」. (8.). 1. 「イヌはかわいい」. (21.41.). 2. イヌと無関係の話題. (22.). 1. 「雌イヌの生理」. (27.). 1. 「うちのネコと同い年」(37.). 1. 「このイヌ(の名前)はアムロ」(59.). 1. 「イヌは10年でおじいさん」(60.). 1. 10. 合計. 子どもと大人の問にA「双方向」のコミュニケーションが生起したエピソード23のう ち、「主題のある会話」が成立したものは、10例で、「双方向」に占める割合は約4割で あった。会話の主題の内容はイヌの年齢や名前、特性、容貌、生理機能など、子どもの ことばの言語機能の上位項目であった「叙述」、「質問・疑問」の内容と類似した傾向で あった。. 17.
(20) 7)子どものことばと「親近的接触行動との関連 子どものコミュニケーションを「ことば」と「行動」に2面し、「ことば」の言語機能 を分類して、それぞれの頻度を集計した。その結果、「叙述」、「質問」、「感想」、「挨拶」. の頻度が高く、「行動」では、「イヌをなでる」などの親近的接触行動が最も多かった。. ここでは、頻度の高かった子どものイヌに対する「親近的接触行動」とコミュニケーシ ョンの生起の関連を調べた。3)で分類した3項目のうち「ア)子どものことばと行動」 を取り上げ、ことばに伴った具体的な行動の内訳を行い、その頻度を表7−1に示した。. 表7−1子どものことばに伴った行動の内訳 子どもの具体的行動 なでた・触った. 頻度(%). 10(24.4). 手を差し出した・伸ばした. 3( 7.3). 抱いた. 2( 4.9) 1( 2.4). トントンと叩いた. つまんだ. 1( 2.4). またがった. 1( 2.4). 親近的接触行動の合計. 18(43.9). 接近した. 4( 9.8). 手を振った. 3( 7.3). 覗き込んだ. 3( 7.3). 後退した. 3( 7.3). 指差した. 2( 4.9). 小枝を振った. 2( 4.9). 紐をつけた. 1( 2.4). 一進一退した. 1( 2.4). 笑った. 1( 2.4). シールを貼るふりをした. 1( 2.4). 手招きした. 1( 2.4). 所持品を見せた(対大人). 1( 2.4). 親近的接触以外の行動の合計. 23(56.1). 合計. 41(100.0). 子どものことばを伴った行動のうち、最も頻度が高かったのは、「なでた・触った」で. 全体の2割を占めた。親近的接触行動の合計の割合は、全体の4割以上であった。. 18.
(21) 次に、子どもと大人の間に生起したコミュニケーションを対象に「イヌをなでる」な どの親近的接触行動が含まれているエピソード番号を列挙し、その頻度の合計を表7−2 に示した。. 表7−2 コミュニケーションの生起に伴った接触行動の内訳 エピソード数 iエピソード番号〉. 接触行動の. 1エヒ。ソー. p度の合計. h中の接触. s動の頻度 i平均). A一①双方向. 6. 2.0. 8(22.27.28.37.41.60.72.78.). 11. 1.4. 8(19.20.26.32.75.76.80.81.). 10. 1.3. 1(79.). 1. 1.0. 1(82.). 2. 2.0. 30. 1.4. 3(17.70.77.). qども→大人 A一②双方向 qども→イヌ. B一②一方向 qども→イヌ. B一③一方向 qども→その他. D一②その他 qども→イヌ 合計. 21. コミュニケーションが生起したエピソード総数55のうち、「なでる」などの親近的接触 行動を伴ったエピソードの合計は21で、全体の4割近くに達した(38.2%)。このうち、 コミュニケーションの生起分類と、方向性の分類で最も頻度が高かった類型は、「B一②子. どもからイヌに向かって回せられ、一方向に生起したコミュニケーション」の類型であっ た。1つのエピソード中に「親近的接触行動が起こった頻度が最:も高かったのは、「A一 ①子どもから大人に発せられ、大人からも返された双方向のコミュニケーション」であっ た。. 19.
(22) 8)大人から発した「言動」の分類. 大人から発せられた「言動を取り上げ、「ことば」と「行動」について以下の3つ に分類した。. ア)大人から「ことば」と「行動」が発せられた イ)大人から「ことば」が発せられた ウ)大人から「行動」が発せられた. 分類対象となる∫ことば」と「行動」は、子どもと同様に1つのエピソードのなか に複数存在するため、A「双方向」、 B「一方向」、 D「その他」のなかから該当するエピ. ソード番号を重複して集計し、表8に示した。. 表8大人が発した言動の分類 頻度(%). ア)ことばと行動. 8(13.6). イ)ことば. 37(62.7). ウ)行動. 14(23.7). 合計. 59(100.0). 大人から発せられた言動は、子どもと同じく、イ)「ことば」の頻度が最も高かった。. 子どもの「ことば」と「行動」の項目と同様に、大人の「ことば」については、次項 目の9)大人が発した「ことば」の内訳、「行動」については10)大人の「行動」の内 訳で具体的なパターンに細かく分類する。. 20.
(23) 9)大人の「ことば」の内訳 大人から発せられたコミュニケーションのうち、「ことば」についてその内容の内訳 (言語機能の分析)を行った。子どもの「ことば」の機能の分類と同様に頻度を集計し、 表9−1に示した。. 表9−1大人が発したことばの機能分類 頻度(%). 言語機能. 意味. 応答. 質問や呼びかけなどに応えること. 16(34.7). 挨拶. 会ったり、別れたりする時のことば. 9(19.6). 叙述. 自分のことばで物事を述べる. 6(13.0). 喚起. 注意をはらうように促すこと. 4(8.7). 謝罪. 迷惑や損害をかけた時のことば. 3(6.5). 代弁. イヌに代わって述べたことば. 3(6.5). 感想. 感情を表現することば. 3(6.5). 説明. 相手にわかるように順序よく話す. 1(2.2). 勧誘. 思うところへうまく導くこと. 1(2.2) 46(100.0). 合計. 大人の「ことば」の言語機能は、9種類、総計46であった。このうち、頻度の高か った言語機能の上位項目は、「応答」、「挨拶」であった。. 次に、大人が発した「ことば」を①「子どもに対することば」と②「他者に対する ことば」の2つに分類し、表9−2に示した。 表9−2「大人のことばの頻度」 頻度(%). 大人のことば. 40(87.5). ①子どもに対することば. 6(12.5). ②他者に対することば. 46(100.0). 合計. 大人が発した「ことば」は、子どもに対するものが圧倒的多数を占めた。. 21.
(24) 10)大人の「行動」の内訳 大人のコミュニケーションのうち、ことば以外の「行動」について子どもの行動の内 訳と同様に分類を行った。1つのエピソードのなかに複数の行動が含まれるエピソードは、 重複して番号を列挙した。 まず、大人の行動をA)親近的行動、B)回避的行動、 C)中立的行動、 D)その他の行動. の4種類に分類し、それぞれ行動の項目を設け、頻度を表10−1に示した。但し、A)親 近的行動については、A)一1「子どもに対する行動」とA)一2「大人に対する行動」に2 回して示した。. 表10−1大人の行動の内訳 小計(%). 具体的な行動. 頻度(%). A)一1. 笑顔を向けた・笑った. 6(31.5). e近的行動(対子ども). 頭をなでた. 1(5.3). イヌを抱いて受け取った. 1(5.3). 8(40.9). 笑った・微笑んだ. 5(26.3). 5(26.3). 13(68.4). 13(68.4). 行動の種類. A)一2. e近的行動(対大人) A)親近的行動の合計. イヌの紐を引き寄せた. 1(5.3). イヌを抱えて移動した. 1(5.3). 子どもを阻止した. 1(5.3). 子どもをイヌから遠ざけた. 1(5.3). 4(21.1). C)中立的行動. 子どもの携帯品を指差した. 1(5.3). 1(5.3). D)その他の行動. 立ち上がってイヌを見た. 1(5.3). 1(5.3). 19(100.0). 19(100.0). B)回避的行動. 合計. 註:大人の行動は、子どもの場合と同様に、「ことばと行動」と「行動」を合計した頻度22を分類した。. 但し、「ことばと行動」のうち、イヌに向かった行動「なでる」の頻度3を予め、除外した。. 大人の行動のうち、最も頻度が高かったのは、「親近的行動」で7割近くを占めた。親近 的行動のうち、子どもに対するもので最も頻度が高かった行動は「笑顔を向けた・笑った」 であった。同様に、大人に対する親近的行動についても、「笑った・微笑んだ」が他の行動 に比べていずれも高い割合を示した。. 22.
(25) 11)「一方向」コミュニケーションにおける子どもと大人の動向の分類. 子どもと大人とイヌの3者以上が遭遇した一連のまとまりを「エピソード」として番 号化し、子どもと大人の間にコミュニケーションが生起したと考えられる「エピソード」 をA「双方向」と、B「一方向」に分類した。その結果、「双方向」よりも、「一方向」が 多く、その「方向性」は殆ど子どもからイヌに向けられていた。ここでは、「一方向」に. 分類したエピソード番号を列挙し、子どもと大人の動向を分類して表11に示した。 表11 「一方向」コミュニケーションにおける子どもと大人の動向 子どもと大人の動向(エピソード番号). 頻度. ①子どもの言動がイヌに向かったが、大人には向かわなかった @ (20.. 26.. 69.. 75.. 80.. 6. 81.). ②子どもがイヌに言動したとき、飼い主が明確には反応しなくとも. @子どもを静観した (16.79.82.84.). 4. ③子どもの言動がイヌに向かったが、飼い主が子どもに関心を示さなかった. @ (3.25.54.). 3. ④大人が子どもの行動や存在に気づかず、目的的行動を持続させていた(5.40.). 2. ⑤子どもがイヌに回避i的行動をとった(66.73.). 2. ⑥大人が子どもに先んじてコミュニケーションを開始した(44.45.). 2. ⑦子どもも大人もイヌに関心を示したが、複数の子ども、大人、イヌが一度に遭遇し. 唱. @た(24.). 1. ⑧子どもの言動が大人に向かったが、大人が応答しなかった(76.). 1. ⑨子どもの他の目的的行動にイヌが反応したが、子どもはイヌに関心を示さなかった @(16.). 1. ⑩子どもはイヌに向かって行動したが、飼い主が回避した(32.). 1. ⑪子どもはイヌに向かって行動したが、飼い主もイヌも回避した(42.). 1. ⑫大人が子どものイヌに対する行動を阻止した(46.). 1. 25. 合計. 子どもと大人のいずれか一方が生起させた「一方向」コミュニケーションのエピソー ド数は合計25であった。その内訳で最も頻度が高かったのは、「①子どもの言動がイヌ には向かったが、大人には向かわなかった」であった。次に高かった頻度は、「②子ども がイヌに言動したとき、大人は子どもを静観した」であった。. 23.
(26) 考察. 本研究は、地域における人間関係の希薄化を改善する一助とするために、身近な飼育 動物であるイヌが介することによって、子どもと大人の問にどのようなコミュニケーシ ョンが生起するのか、その検討を行った。. 放課後や休日の公園、居住区域の沿道において、子ども(推定小学生以下)がイヌを 散歩させる大人と遭遇する行動場面を取り上げ、観察記録を収集した。. 本研究では、イヌを介することによって生起したと考えられる子どもと大人の間のコ ミュニケーションを取り扱うこととした。ここで扱う「コミュニケーション」とは、「子. どもまたは大人が遭遇した他者との問に送受信したと考えられることばと行動」と定義 した。子どもと大人の問に介するイヌは、双方のコミュニケーションを促進する「社会 的潤滑剤」として扱い、子どもとイヌ、大人とイヌの問に生起したと考えられるコミュ ニケーションについては対象外とした。. 収集した行動観察記録から子ども、大人、イヌの3者以上が遭遇して別れるまで等の 一連のまとまりを「エピソード」として抽出し、番号化したところ総計84であった。 コミュニケーションが生起した全55例のエピソードのうち、「方向性」の分類では、 「子どもからイヌへ向かった」が最も頻度が高く、過半数を上回った。コミュニケーシ ョンの生起分類別に子どもからイヌへ向かった方向性の頻度を比較してみると、「双方 向」よりも「一方向」の割合が高かった。次いで頻度の高かった方向性は、「子どもから. 大人へ向かった」と「大人から子どもへ向かった」がそれぞれ6例であった。生起した コミュニケーションの「方向性」の8割は子どもから指せられた。. 子どもから諭せられた「言動」を取り上げ、「ことば」と「行動」を3つに分類した結 果、「ことば」の頻度が最も高かった。子どもの「ことば」についてその言語機能の分類 を行った。子どもの頻度の高かった言語機能の上位4項目は、「叙述」、「質問・疑問」、「感. 想」、「挨拶」の順であった。子どもの「叙述」の内容では、「イヌに関する叙述」が8割 以上を占め、内訳すると、頻度の高い順から、「イヌの形容(かわいい)」、「イヌの身体 構造」、「イヌの行動、「イヌの形体(大きい)」であった。子どもの「質問・疑問」の内 訳は、頻度の高い項目から順に、「イヌの年齢」、「イヌの名前」、「イヌの性別」、「イヌの. 身体構造や機能」、「イヌの飼育、手入れ」であった。. 子どもの「行動についても、イヌに対する行動が圧倒的多数を占めた。子どものイ ヌに対する行動のうち、最も頻度が高かったのは、「なでた」などの「親近的接触行動」. で4割を占めた。子どもと大人の間に「主題のある会話」が成立したエピソードが「双 方向」に占める割合は約4割であった。会話の主題の内容は、「叙述」、「質問・疑問」の 内容と類似した傾向であった。. 子どもの「イヌをなでる」などの「親近的接触行動」は、「ことばと行動全体の4割 以上であった。コミュニケーションが生起したエピソード総数に占める割合も、同じく. 24.
(27) 全体の4割近くに達した。1っのエピソード中に「親近的接触行動」が起こった頻度が最 も高かったのは、「子どもから大人に浸せられ、大人からも返された双方向のコミュニケ ーション」であった。. 大人の言動についても、子どもと同じく、「ことば」の頻度が最も高く、その圧倒的多. 数が子どもに向けて出せられた。大人の「ことば」の言語機能で頻度の高かった上位項 目は、「応答」、「挨拶」であった。大人の「行動」では、最も頻度が高かったのは「親近. 的行動」で7割近くを占め、子どもに対するもので最も頻度が高かった行動は「笑顔を 向けた・笑った」であった。子どもの言動は、大人の言動を遥かに大きく上回った。. 子どもと大人のいずれか一方が生起させた「一方向」コミュニケーションのエピソー ドの内訳で最も頻度が高かったのは、「子どもの言動がイヌには向かったが、大人には向 かわなかった」であった。次に高かった頻度は、「子どもがイヌに言動したとき、大人は 子どもを静観した」であった。. 以上の結果から判断すると、子どもと大人の間に「双方向」と「一方向」コミュニケ ーションを合わせると、エピソードの過半数においては生起したといえるが、コミュニ ケーションが生起せずに通過してしまう頻度が最も高かったことや、全体のエピソード 数も少なく「双方向」の占める割合が高くなかったため、更に検討の必要性がある。し. かしながら、子どもと大人の2者以上の問に生起したコミュニケーション「双方向」ま たは「一方向」のエピソードには、生起しなかったエピソードと比較して生起する何ら かの要因があったと考えられる。まず、コミュニケーションの生起の契機となった要因 について考察する。. 子どものコミュニケーションの「方向性」はその殆どが大人ではなく、イヌに向かっ ていた。このことは、Messent(1983)や宮村・野中(2004)の研究においても、飼い主が. イヌを散歩させることによって、飼い主が他者とのコミュニケーションを広げていたこ とから、対象が子どもであっても、イヌがコミュニケーションのきっかけになったと考 えられる。. 次に、子どもはイヌに対してどのようなコミュニケーションを展開するのかについて は、ことばや行動でさまざまに示された。子どもの言動の頻度が大人の言動の頻度を大 きく上回ったことや、子どもと大人の言語機能の上位項目の頻度を対比すると、子ども はイヌのことを「叙述」し、イヌに関する「質問」を大人に向けて発する。これを受け. て大人が「応答」する。子どもと大人は別れの喉拶」を交わし、交差してコミュニケ ーションが終結するといった形態がうかがえる。. 子どもの行動の特徴としては、イヌをなでるなどの「親近的接触行動」が最も多かっ たことであった。子どもが大人に遭遇するとき、イヌを介した場合には、子どもがイヌ に直接、「なでる」行動を示すことによって、子どもからイヌ、次に子どもから大人へ「こ. とば」が発せられる。続いて、大人にコミュニケーションを誘発する契機を与える。こ のような順序でコミュニケーションは展開されると考えられる。このことは、コミュニ. 25.
(28) ケーションの「方向性」において、子どもからイヌに向かったコミュニケーションの頻 度が、子どもから大人へ向かったり、大人から子どもに向かったものよりも遥かに高か ったことからも明らかである。通常、親密な関係を築く家庭内の近親者同士に比べて、. 地域で人間関係が十分に築かれていない偶発的な子どもと大人のコミュニケーションで は、直接「なでる」という行動が、即座に起こるとは考えられない。寧ろ、社会的規範 から逸脱する行動とみなされる。しかし、ペットであるイヌの場合には初対面であって も子どもは往々にして「なでる」という行動を示し、イヌ自身にも大人にも許容された。. このように、子どもと大人が遭遇し、初発のコミュニケーションが子どもからイヌへ 向かう「なでる」などの親近的接触行動は、段階を踏んで子どもの「ことば」を誘発し、. 大人に向かうコミュニケーションを生起させるきっかけとして作用すると考えられる。 さらに、子どもの言動の特徴として、「なでる」行動の頻度と、ことばの頻度との関連. が考えられる。コミュニケーションや会話は、子どもと大人の間に緊張感があると、生 起しにくくなると考えられる。子どもと大人の間にコミュニケーションが生起するには、 相互の関係がリラックスした状態になることが前提になるのではないだろうか。そこで、. 子どもと大人のコミュニケーションにイヌを介することの意義は、他の媒体と異なり、 子どもがイヌを直接「なでる」ことによって生まれるリラックス感に起因していると考 えられる。すなわち、イヌをなでることが子どもにリラックス感や安心感を与える。こ のリラックス感や安心感が、子どもから大人へのコミュニケーションを促進する作用を 及ぼしたのではないかと考えられる。その理由として、子どものことばを伴った行動の うち、最も頻度が高かったのは、「なでた・触った」であり、親近的接触行動の合計の割. 合は、全体の4割以上であったこと、1っのエピソード中に「親近的接触行動」が起こっ た頻度が最も高かったのは、「子どもから大人に話せられ、大人からも返された双方向の コミュニケーション」であったことが挙げられる。. 横光(1996)は、動物を「なでる」ことが、安心感やリラックスさを与える心理的効 果をもたらし、その効果はコミュニケーションを促進する社会的効果へと波及すると述 べている。子どもがイヌを「なでる」ことで、リラックスすることができ、イヌだけで なく大人に対しても、コミュニケーションを生起しやすくなる契機となったとすれば、 先行研究における動物を介することによりコミュニケーションを促進する「社会的潤滑 剤」効果が示されたといえる。. 通常、人間関係が構築されていない子どもから直接大人にコミュニケーションをとる ことは容易ではなく、往々にして緊張感を伴う。イヌを介さず、面識のない子どもと大 人がコミュニケーションを始めるとき、大人は、挨拶にはじまり、子どもに年齢や性別、 名前を質問することが慣例である。反対に、子どもが大人にこれらの質問をすることは、. 往々にして社会的に不適切な言動と受け取られかねない。しかし、子どもと大人の問に イヌを介したとき、状況は反転する。つまり、子どもが大人にイヌの年齢や名前、性別 などの質問を発することは失礼には当たらない。飼い主である大人にとっても、子ども. 26.
(29) に自身のプライバシーを侵害されることなく、イヌに関する質問には、応答を拒まない であろう。子どもの言動がイヌに向かったとき、大人はイヌという共通の興味ある対象 について、子どもにイヌの性質や、飼育の仕方、かかわり方などを説明したり、「ことば を話せない」イヌの気持ちを代弁するなどの話題の展開ができるであろう。. ここで、イヌを介して子どもと大人の間にイヌが会話の主題となり、親近的接触行動 を伴って子どもと大人の双方向コミュニケーションが展開された典型的なエピソードを 3例紹介する。エピソードの会話の主題は、ア)「17.イヌとのかかわり方」、イ)「37.う. ちのネコと同い年」、ウ)「60.イヌは10年でおじいさん」、の3例を選出した。3つのエ. ピソードに共通することは、始めに子どもがイヌに関心を示し、イヌを「なでる」親近 的接触行動を示したことであった。子どもは、イヌに笑ったり、微笑むなどの親近的行 動も示した。次に、子どもから積極的に飼い主にイヌについて質問し、これを飼い主が 受けて応答するという一連のコミュニケーションの形態で成立していた。あるいは、子 どものイヌに対する言動を受けて、大人が子どもに挨拶したり、イヌについての紹介や 説明をしてコミュニケーションが成り立っていた。. このことから、イヌは、子どもと大人の間に介し、イヌ自体がコミュニケーションの 話題となって、「社会的潤滑剤」の役割を果たしていると考えられる。. 27.
(30) 会話の主題 ア)「イヌとのかかわり方」. 7’7.ベンチに座っていた飼い主B(女子Bの父親)とチワワのところへ女子3名(小3)が 集まった。A一① 女子A、Cは女子Bの友だちと推定された。 飼い主Bはチワワをなでながら、女子たちと会話した。(具体的な会話内容は収録不能). ベンチに女子A、C、 チワワ、飼い主、女子B(飼い主の娘)が一列に並んで座った。 女子Cはチワワの頭をなでた。. 飼い主Bはチワワをなでながら女子たちに笑顔で話した。 飼い主B「イヌがワンと吠えるときは、イヌもこわい。人間もこわい。 ・…. だいじょうぶやって。」〈説明〉. 女子B「何もしなかったらかまへん。 下手にしたら、人間ってイヌより強いからガブッてかまれるねん。 お母さんかまれた。」〈説明〉. 女子Cはチワワの頭をなで続けた。 飼い主はチワワの首をなでた。. 女子A「ねえ、イヌってさあ、歯ないの? 詮なかったら、何も食べられへん。」 〈質問:イヌの身体構造〉. 飼い主と飼い主の娘(B)とその友だち(AとC)が、ベンチに座って、小柄で愛らしい印象をもつ チワワを何度もなでながら、チワワについての会話を弾ませている。 飼い主は、子どもたちにイヌが怖がって吠える理由をわかりやすく説明している。飼い主の説明. を受け、娘のBは補足的にイヌが咬んだときのエピソードを友人のA・Cの2名に伝えている。話 題はイヌを飼っている親子から飼っていない子どもたちへ提供されている。会話内容は「イヌは、 イヌをこわがるヒトを恐いと感じている。恐がらずにかかわれば、かまないから大丈夫だ。」とイヌ. の心理を代弁し、子どもが安心してイヌとのかかわり方の情報提供がされている。 このエピソードでは、大人(飼い主B)と子ども(AとC)の関係は、大人である父親にとって、. 娘であり、2名の子どもにとっては友だちであるBを介していることも特徴的であった。4者は偶発 的な関係でなく娘Bを介して既に親しい関係にあったと推測されたが、親子でも師弟関係でもない 子どもA・Cと大人Bの間にはイヌが話題となってコミュニケーションが展開されている。. 28.
(31) 会話の主題 イ)「うちのネコと同い年」. 37.女子2名(姉妹と推定)は、向かいから近づいてきた飼い主とイヌを見た。 女子たちは「かわいい」「かわいい」と言った。〈叙述〉 飼い主 「こんにちは」〈挨拶〉. 女子たち「こんにちは」〈挨拶〉 女子たちはイヌをなでた。「ふさふさしてる」〈叙述・イヌの形態と親近的接触行動〉 女子「何歳?」〈質問〉. 飼い主「7歳」〈応答〉 女子「うちのネコと同い年」〈叙述〉. 女子はイヌをニコニコと微笑んで見つめた。A一② 〈親近的行動〉. 正面から向かい合って、子ども2名と大人、イヌが接近した。始めに子どもたちがイヌを見て 「かわいい」とイヌに向かってことばを発し、コミュニケーションが生起した。子どものことばを飼 い主が受けて「こんにちは」と挨拶すると、子どもたちも、飼い主と挨拶を交わし、コミュニケーシ. ョンは双方向で成立した。女子たちは、イヌをなでて、親近的接触行動を示した。女子はイヌの 年齢を飼い主に質問し、飼い主は「7歳」と応答した。女子は「うちのネ:コと同い年」とイヌに微笑. み、親近的な言動を表した。コミュニケーションの方向は子どもからイヌに向かって始まり、これ を受けた飼い主から子どもへ移行したことから、イヌは子どもと大人のコミュニケーションを介し たと考えられる。. 29.
(32) 会話の主題 ウ)「イヌは10年でおじいさん」. 60.女子(小3∼4年生?)は家族とバーベキューを食べ終えて、寛いでいた。 アムロはバーベキューを狙って近づいた。 飼い主「だめよ。」・. 女子は段の上から小石を落とした。 アムロは小石の匂いを嗅いだ。 女子「フフフフ」と笑った。 飼い主(女子に)「ごめんなさい。アムロ、行くよ。」. 女子は飼い主とアムロの後からついてきた。 女子はアムロの尻尾を触った。 飼い主「もう、おじいさんやねん。」 女子「おじいさん?」. 飼い主「10年くらい生きてるから。」. 女子「イヌは10年でおじいさん?」 飼い主「そうだよ。」. 女子は家族のもとへ戻った。A一②. イヌ(アムロ)は、公園内を巡回しながら、バーベキューの匂いを嗅ぎまわっていた。イヌは、. 関心を示して飼い主に発話したり、微笑んだりしている他者に接近すると注視して、食物をく れるのかどうか様子を伺っていた。女子は積極的な様子ではなかったが、自ら「試し」に小石 を落とした。イヌが小石を嗅いだ行動は、食物かどうか確認したためと考えられる。イヌが女. 子の投げた小石の匂いを嗅いだ行動に、女子のイヌに対する関心が強まり、接近、接触行 動へ移行したと考えられる。女子のイヌに対する接触行動を見て、飼い主は女子にイヌの年 齢を告げると、女子は「10歳のヒトはまだ児童期の子どもだが、イヌはわずか10年で老化す る」と知り、少し驚いた様子だった。. コミュニケーションの生起の経過は、明確には意図的でないが、女子が小石を落としたと いう行動から始まった。この行動に対して、イヌが小石の匂いを嗅いだ。イヌの反応を見て笑 った女子に対して、飼い主が「ごめんなさい」と謝って通過した。しかし、女子が後を追いかけ て「イヌの尻尾を触った」ことによって、女子と大人の間にコミュニケーションが成立した。. このエピソードでは、イヌに対する女子の「小石を転がす」という間接的な試し行動から、 「イヌに触る」という直接的な接触行動、ひいては飼い主の発話へとコミュ=.ケーションが連鎖. した。このように女子がイヌに関心を示し、複数の行動を表したことで、飼い主はイヌを介した 話題を提供したと考えられる。. 30.
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