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運動障害児に対するボイタ法治療と運動発達に関する一事例

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(1)Title. 運動障害児に対するボイタ法治療と運動発達に関する一事例. Author(s). 明神, もと子. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 33(1): 241-255. Issue Date. 1982-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4880. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 運動障害児‘ こ対する ボイ タ法治療と. 運動発達に関する一事例. 明. 1. 神. も と 子. は じめ に. 近年, 脳性まひに対する早期発見と早期治療への関心が高まり, 特に, ボイタ法がわが国に1975 6 ) ~ ) 年に導入されて以来, 乳児期からの治療が可能となって, その成果が報告されている. 1 ボイタ法は姿勢反応を利用した診断法と反射性移動運動を基にした訓練法から成っ ている。従来, 運動障害の機能訓練は子どもの意識的な努力を必要としていたため, 乳児期には不可能とされてい たが,ボイタ法は反射的応答を利用した他動的な訓練であるために,乳児期からの治療が可能になっ たのである, この乳児期からの治療は従来の早期治療に対して, 超早期治療と呼ばれている. l f l i f ex ボイタ法の訓練は「反射性腹這い」(Re exKr echen 以下 R‐K と略す)と「反射性寝返り」(Re 各々 R U h 子どもの運動発達の段階や治 Umd と略す )を誘発する2種類に分けられる 以下 ‐ r e en , . 療の目的によって, はじめにとらせる姿勢 (出発肢位) が異なっていて, R‐K は3種類のポジショ ンと ミ ニ プ ロ グラ ム と い わ れ て い る 頭 と 肩 を 中 心 に し た 簡 易 に し た も の が あ り, R‐U に は, 1 相,. )も使われている 2相と呼ばれている2種類がある. また, これらの基本型を応用した方法9 . R‐K は子どもを腹臥位に, R‐U は背臥位 (1相) または側臥位 (2相) にして一定の肢位をとら せて, 誘発帯といわれている所に圧迫を加える. 子どもはその圧迫に抗して, 頭や肩, 殿部等を持 ちあげ手足を伸 ばそうとする. それに対して, 更に圧迫を加えて子どもに抵抗させることを数回く り返しながら, 目的とする反応を引き起こさせる. それぞれの訓練方法に対応する目的とする反応 があり, それは反射的で一定のパターンを示す. その パターンが出現しない場合は方法が正しくな いか子どもの側に何らかの原因があると考えられる. いわば, でたらめな随意運動を押さえて 正し い 運動 パ タ ー ン を引 き 出 す と い う こ と, あ る い は 学 習 さ せ る と い う こ と に な る. こ の 反 応 の な か に,. その後に獲得する移動運動に 必要な身体各部の協調性があらわれるのである. ボイタ法は基本的には2種類だけで特別な設備 を要せず, 家庭で実施 できるということ, すなわ ち親が療育チームの一員としての役割を果たすことに利点が認められている. 一般には母親が医師 や理学療法士の指導を受けて方法を習得し, 家庭で1日4回実施することになっているが日本では 1 0 ) 1 } それ以外に 日常生活における訓練や留意 熟ま不要とさ 1 日 3回の実施が多いといわれている1 , . れている. 1回の所要時間は5分から15分位である. 子どもの意志と無関係に実施できるという利点は一方では, 子どもに苦痛を強いるということを 意味しており, 情緒に与える影響が問題になってくる. 家庭を訓練の場とすることは, 母親をはじめ家族の生活に制約を与え, 特に直接の実施にあたる 母親の心身の負担は相当なものである。 241.

(3) . 神. もと子. 本報告は生後3カ月時にボイタ法による治療を開始して, 9カ月後 ( 12カ月時) に独歩を獲得し た症例に ついて, 訓練や 療育の実際について述べ, 移動運動の発達経過を追跡す ることを目的とし て い る.. 方法としては筆者である母親による 療育記録, 保育園の保育記録および本例の治療にあたっ た肢 体不自由児施設の専門家による観察や診断を資料として用いた したがって 日常生活における自 . , 然の活動のなか で, 運動機能 がどのように発達していっ たかを訓練との関連においてとらえること を目的としている.. 2. 障害の発見と経過. 1) 症 例. K・ M. I980 年 11 月 25 日生まれ. 男. 診断名 運動発達遅滞 妊娠正常, 生下時体重3364g, 陣痛微弱による吸引分娩, 家族は父, 母健在で同胞なし 2) 経過 出生後まもなく, 父母によって顔の左右の不均衡が気づか れている 右側 のほおのふくらみが左 . 側より少なく, ほおの下の輪かく が凹んでいて, 目も鼻も右側 は左側 より小さかったのである こ . のような顔面の左右差は 医学的な治療の対象とはならずに, 自然に改善されていっ た . 生 後 15 日目にく びの右側にしこりを発 見して整形外科を受診して 筋性斜頭の診断を受ける 以 , . 来, 頭の向きを正しくするための枕の工夫などがされたが, 効果なく左側頭部は偏平になっ ている . く び以外の異常は 家族によって疑われることなく,生後1カ月の健診においても発見されなかっ た . 7週目に母親の職場復帰のために, 無認可保育施設に入園してまもなく, 保育者によって股関節 の開排制限が指摘さ れている. 生後2カ月 22 日, 肢体不自由児施設の専門医により運動発達遅滞の診断を受ける ボイタ法によ . る姿勢反応に全般的な遅れが認められ, ATNR (非対称性緊張性顎反射) が強いことや左右差の 存 在がボイタ法治療の指示に直接結びついたの であった. 当時, 背臥位で右下肢を伸ばして 左下肢 , を股関節や膝関節 で屈曲させた姿勢をよくとっ ていた . 満3カ月の直後からボイタ法による治療が始まり, 歩行獲得後も完全を期 して続けられ 1歳2 , カ月時に終了した. 治療期間は約1年 である. 本児の訓練の目的は筋緊張の改善 く びや背部をまっ , す ぐにすること, 姿勢や運動の左右差をなくすこと, 尖足の予防そして正常な運動機能の発達を促 進させることにあった. ボイタ法はこれらの問題をすべて解決するために効果があるといわれて い る.. 外面上観察される症状は姿勢の異常である. 頭部を右に傾け顔を左に向けている姿勢がとくに目 立つ. これは背臥位ではいっそう著しくなり, さらに身体全体が左側に 突出した弓状の姿勢になり やすい. このく びの問題は一貫して続いている. 医学的には当初の 筋性という診断が否定され癌性 によるものとされている. く びは常に曲がっ ているのではなく, 不意に他動的に背臥位にされたと きや睡眠中など意識性に乏しい状態のときに傾きが著しく なる 2カ月時から自分の意志で反対側 . の右の方へ顔を向けることは可能 であった. このく びのかたよりは坐位や立位などのバランスを獲 得するうえ で, 不利な条件になっていたと推定される . また, 背, 腰部の立ち直りも弱く, 這い這い移動が可能になった後も 坐位や 立位の姿勢に月齢 , に比しての未熟さが残っ た, 242.

(4) . ボイタ法と運動発達に関する-事例. 股関節に軽度の開排制限があり, 特に右側の程度が著しかった. 月齢の進行とともに軽減されて いったが, 歩行完成後もわずかに残っている. そのことが歩行パターンに どのような影響をおよぼ して い る か は, 15 カ月現在, 肉眼的観察では明らか でない。 斜面を四つ足這いで登るときに 足指だ けが使用されて足底全体がつかないのは, 股関節の開きの悪さと関連しているとみられている. 訓練開始の時点から問題になっていた尖足の傾向は歩行パターンにはもちこされなかっ たが, 立 ちあがるときや, ボイタ法の訓練の R‐K の反応など,特定の姿勢や運動において長期間にわたって 観察されている. 本児の克服すべき最大の障害は, 姿勢や運動の左右差 であった. それは4~5カ月 ごろの腹臥位 姿勢に著しくあらわれていた. 脊柱は右側にわん曲し, 右の肩甲骨が突出し, 背の右側が高く, 左 側は低くなっていた. 右上肢は腕支持で左上肢は肘支持になるので, 左側にひっくりかえるように して寝返りをしていた. 両上肢が対称になる腕立て位や肘立て位はみることができなかった. 肘這 い (腹部を床につけた這い方) が可能になった7カ月時も, 右上肢は肘を床から浮かして, 左上肢 だけが肘をついた姿勢 で移動していた. この姿勢は右半身の弱さを補うために生じたものと考えら れる. ま た, 4 ~ 5 カ月 ごろの支持坐位では, 脊柱がやや 右にわん曲し, 右側腹部の突出, 右肩が 左 肩 よ り 高 い こ と や 頭 が 右 に 傾 い て い る こ と が 目 立 っ て い る. 背 や 腰 の 立 ち 直 り の 弱 さ の た め に,. 真横からみた背の形は月齢より遅れていた. 背中に触れると, 右側の方がより硬く感じられた。 以上のような背中のねじれは, 四つ這い位やつかまり立ちが可能になった時期, すなわち8カ月 以後は徐々に目立たなくなり矯正されていっ た。 ボイタ法の治療効果とあいまって, 四つ這い位や つかまり立ちの姿勢が前段階の欠陥や未熟さを克服したとも考えられよう. ボイタ法訓練に対する本児の 応答運動についてみると, 右下肢の反応に問題があり, 股関節の屈 曲が悪く 伸展して尖足になりがちであった. この傾向は歩行完成後の訓練中において もみられてい る. 左下肢の反応はほぼ基準のものが得られたが, 時折反応がでないこともあっ てその原因は不明 であ っ た.. このよう な左右差の存在から運動発達の遅れが予想され,正常な発達を促すことが必要とされた. 表1に示すように, 移動能力の発達に対して, 坐位, 立位などの バランスをとる機能の発達が遅れ た こ と に つ い て は, 左 右 差 が あ っ た こ と が そ の 原 因 の ひ と つ と し て あ げら れよ う. 要 す る に, 右 半. 身に癌性の軽度の運動障害を有していたのである. 上肢についても同じく, 右上肢に軽度の障害が認められ, 手指機能の発達においては左の方が先 行していた. 一方 では, 腹臥位や椅子坐位では左上肢を身体を支えるのに用いたため, 事物操作に は右手を使わ ざるをえず, 右手の使用が習慣的になっ たこともあった. 一 時, 右利きかと判断さ れ りが完成した後は, 細かな動作は左手指 でおこない, 右手指を補助的に使 たのであっ た. ひとり坐. 用するようになった. 右手指をひんぱんに使用させることが必要とされている. 新しい運動機能の出現にともなって, 症状のあらわれ方も変化した. たとえば, 支えな し坐位を 獲得しつつあっ た7カ月ごろは坐らせると, 左に傾いて転倒し, 左手を横に出して支えようとする 力 が弱 い こ と がう か が わ れ た. こ の こ と は, 一 般 に 患側 に 倒 れや す い と い わ れ て い る こ と か ら み る. と, 本児の右半身に癌性があり収縮が悪いという 医学的診断と矛盾するようにみえた. しかし, そ う ではなくて, 強い方の左上肢を姿勢の保持に使おうとするために 左に倒れやすかっ たと説明でき よう。 また, 弱い方の右側に対する訓練が強化されているため, 一時, 左上肢の方が右より弱くなっ て, 左上肢の支持性を強めるために, ボイタ法訓練の際の左右の回数を逆にしたこともあった. 左 下肢の弱さが指摘さ れたこともあった. 上記のような左右差は随意運動の発達にともなって目立たなくなっていった. 243.

(5) . 明. 神. もと子. 医学的検査 では骨格のX線検査, 脳波や CT 検査には異常が認められず, 重大な脳神経系の損傷 は否定されている. 本児の運動障害の原 因は症状および生育歴から, 出産時に軽度の障害を受けた と推定される. 生後の身体発育は良好で, かぜによる発熱以外は病気もせず健康であった. 母乳栄養を主とし, 離乳も順調であった. 生歯は8カ月 である. 適度の活気と集中性を有し, 知能障害を疑わせるよう な行動は観察さ れていない. 生後1年間の経過 では, 随伴障害は発見されなかった. 運動障害の治 療はボイタ法を主とし, その他, 家庭と保育園の生活において, 運動機能の向上をはかる目的での 注意がはらわれた. 本児は週2回の訓練施設への通園のほか, 日中は保育施設で保育さ れた. ボイ タ法の訓練は朝夕2回, 家庭でおこなわれたが, 保育施設においても訓練施設の指導を生かした保 育がおこなわれた.. 3. ボイタ法の訓練と療育上の留意点. ボイタ法の訓練はつ ぎのように実施された. はじめの約1カ月間は地元の通園施設で毎日1回の 訓練を受けた. その後1カ月間(生後4~5カ月) , 肢体不自由児施設に母子入院をして, 本児に集 中的な訓練がなされる一方, 母親が訓練方法を習得した. その後は母親が自宅で1日4回を原則と して訓練を実施し, 週2回通園施設にて, 指導を受けた。 自 宅 に お け る 訓 練 状 況 に つ い て み る と, 1 日 3 ~4回実施できた日数は約6 0%であっ た. 母親が. 職業を有することや本児の発熱などの不健康, 家事の都合, 施設の諸行事への参加などにより完全 実施は困難 であった. 月に3~4日は1回も訓練がなされなかった. 乳児期前期 では食事や睡眠の 回数が多く, 子どもの最適の状態を選ん でおこなう訓練なので服薬のように規則的におこなうのは 困 難 であ っ た.. 本事例について実施されたボイタ法と運動発達の経過が表1に示されている. 移動運動は月齢か らみれば正常範囲 で順調に発達したといえよう. 本児の運動発達についてボイタ法がどれ程の割合 で効果があっ たかということを断定することは不可能であるし, また無意味であろう. 訓練をせず に放置しておいたらどうなったであろうということは確め るすべ がないからである. ただし, 本児 の治療にあたっ た専門家は経験的に良好な成果を得たことはボイタ法によるところが大きいと判断 して い る.. ボイタ法は開始時期が早いほど有効と いわれており, 本児の3カ月時の開始はよい条件 であった 2 )という回数の根拠は 脳神経系への最適な刺激を与えう と い え る. ボイ タ が主 張 し て い る 1 日 4回1 , る回数であるということであろう. 本例 では前述したように完全実施は不可能であった. 訓練の大部分は専門家でない母親がおこなっ ているという点で, また, 子どもが訓練を拒否して 暴れるの で, 特に 6 カ月以後は母親の力 で正しく誘発帯を刺激することができたかという点に疑問 が残る. ボイタ法の出発肢位は寝返りと腹這い (這い這い) という移動の姿勢なので, 出発肢位を とらせるだけ でも, 運動 パターンの一種の学習になっ ていると考えられる. 毎日4回同じ姿勢をと らせることは, 条件反射的な学習の効果があ るということも考えられる. 毎日規則的に訓練がおこ なわれているときには, 子どもはただちに出発肢位をとるが, 数日中断した後 では, でたらめ な運 動が多くなって基本的な出発肢位をとらせることが困難になってしまうのである. 本児の障害は主として右下肢にあるのだが, 訓練時の下肢の反応は必ずしも右だけが悪いという わけではなかっ た. 健側 である左下肢の反応がでなくなることもしばしばみられた. R‐K ①の実施 244.

(6) . ボイ タ法と運動発達‘ こ関する-事例. 中には右下肢の股関節の開きが一貫して悪く尖足になった. 一方, 日常生活では腹臥位姿勢で右下 肢がよく屈曲しているので, ボイタ法訓練時の印象と結びつかないのであった. R‐U ① では両下肢 の異常な伸展があらわれて, 訓練を中止することがあっ た。 方法上, R‐U ①が最も難しいと感じら れた.. ボイタ法の治療以外にも日常生活における留意 点として表1に示すような指示が母親に与えられ た. 訓練の重点が腹臥位, 寝返りそして這い這い移動という移動運動を積極的に促進させることに あるのに対して, 坐位や 立位の訓練は身体の成熟や子どもの要求を待って慎重におこなわれた。 背 中の立ち直りの発達の遅れや尖足予防がその 基本にあったのであるが, 移動運動を重視するのはボ 3 )の理論でもある 支えなし坐りが完成するま では食事以外は椅子に坐らせることがなかっ た イタ1 . . また, 坐位や立位の訓練はある程度意図的におこなわれたが, 歩行はまっ たく子どもの自然の発達 に ま かせ ら れた。 衷I. K児に対するポイタ 法の経過と運動発達. 月 齢 ボイタ法の種類. 日 常 の 留 意 点 頭を中央に保つ、 右側を向かせる. I. 運. 動. 発. 達. 背臥位で両下肢屈伸. 椅子に坐らせない 坐位訓練、 立たせない. 自分で右に頭をまわす 引きおこすとき、 頭が遅れない 背臥位から腹臥位へ寝返り (左) 背臥位から腹臥位へ寝返り (左右) 腹部を中心に回転 (左) 腹部を中心に回転 (左右) 、肘這い、 支え. R‐K②. ・位の訓練、 立たせない 四つ這L. なし坐位 側臥位片肘立て (左) 、坐位から腹臥位、. 10. R‐K ③. 右股関節を動かす、 尖 足に注意してつか まり立ち 立位バランスの訓練. 11. ミニ プロ グラ ム. 無理に歩かせない. 2 3 4. 訓練開始. R‐K ① 、. 腹臥位をとらせる、 姿勢を対称に. R‐U①②. 5 6 7 8 9. 右手をよく使わせる. 12 13 14. R‐K ③ 訓練終了. 4. 腹臥位から坐 位 つかまり立ちから坐位 伝い歩き、 ひとりで立ちあがる ひとり立ち、 ひとり歩き数歩 物を持って歩く くっをはいて、 自由に歩く. 15. (注). 四つ這い位 四つ這い移動、 つかまって立ちあがる、. 「 R‐Kは 「反射性腹這い」 , R‐Uは 反射性寝返り」 の略. 移動運動の発達について. ここでは, 日常生活において観察された移動運動の発達について月齢ごとにとりあげて述べ, 考 察することが目的である。 背臥位が中心であっ た乳児がやがては直立二足歩行を獲得していく過程は具体的な人間の 生活条 件のなかにあらわれるのであるから, どのように人や事物とかかわったか, すなわち生活条件にお ける具体的な相互作用を抜きにしての運動発達はありえない。 乳児は出生直後から大人との交流を とおして, 周囲に積極的に働きかけながら諸機能を相互連関させて発達させるのである. したがっ 245.

(7) . 明. 神. もと子. て生活の中での運動発達をとらえる視点が重要 であるが, ここ ではそれらを捨象して, 治療の経過 という視 点から, 運動機能の側面だけをとりあげてみた. 1) 障害が発見されるまで 〈1 カ 月〉. 背臥位 では頭は 右に傾き,顔は常時左向き であっ たが自発的に右に顔を向けることが多くなった. ATNR の姿勢がみられている. 四肢の動きが活発で両下肢を動か して身体をおおっている毛布を けっ て飛ばしていた. 背臥位で両下肢を同時に屈伸させたりした. 機嫌の良いときには四肢をせわ しく動かした. 1カ月の終りごろ, 顔の向きを他動的に右側に変えてやろうとしたときに, く びの 抵抗の強さが気づかれている. 尿漏れが左側に 多いので, 姿勢のおかしさが疑われた. 左手のこぶ しをなめるようになっ たことは顔の向きから容易であったことと, 左手の機能が右手よりも先に発 達していたと考えられる. モロー反射が強く姿勢には反射的なものが感じられた. 抱くと, 両足でけるようにして, あるいは両下肢を強くつっ ぱるように, かなり強い力 で身体を 伸 ば し て い た. 〈2 カ 月〉. 母親の記録に 「抱くと身体をつっ ぱらせたり, 手足を動かしてじっとしていないので, とても抱 きにくい」 とある. 本児は第1子であるために, 健康な2カ月 児の抱かれたときの姿勢や動きを母 親は知らなかっ たが, この感想の中に本児の運動障害がうかがわれるのでは なかろうか. 背臥位で両手をこぶしにして振り, 両下肢を各々 パラ パラに動かし, そのうち視野に入ったこぶ しをじっ と注視していた. く びの動きが自由になり, 動いているものを目だけ でなく頭を動かして 追うようになっ た.背臥位のまま足先で床をけって,頭の方に移動して位置を変えていることがあっ た. あやすと四肢を バタ バタさせ, 声をたてて笑うおはしゃ ぎ反応があった. 戸の開閉の音や裸にさ れたときには, 大きなモロー反射がみられた が2カ月 の終りには 少なく な っ て い る.. 立 てた 姿 勢に して 抱 いても, く びは安定していておんぶができそうな感じがした. この一見安 定しているようなく びは, 筋緊張の高まりによるものであり, 真の 「く びがすわった」 といえる状 態ではなかっ たと推定される. 2) ボイタ法治療開始から寝返りま で 〈3 カ 月〉. 情緒的な安定, 活気のある四肢の動きや人や物に対する集中性などから精神発達は順調と考えら れた.. 背臥位 では, 頭を極端に右に傾け, 左手指を吸っている姿勢がよくみられるようになり, この弓 なりの姿勢は家族の目にも異常なものに写っ た. ボイタ法訓練が開始されたが, 4日目には姿勢や 動きの左右の対称性がみられ改善が認められている. 背臥位で両手や両足を正中線であわせること ができるようになっ た. 両手指を顔の上でからめたり, 両足をこすりあわせて遊んだ. 股関節の開 きが改善されておむつ換えがやりやすくなっ た. 背臥位で膝関節を屈曲させて両下肢を床から持ちあげて右手で右膝をつかむのを楽しんでいた. こ の と き, 左 手 は 口 に 入 れ て い る か, 伸 ば し て い る か で, 他 動 的 に は 膝 に届 い た が自 ら は し な か っ. た. 頭の傾きのために, この姿勢 ではいつもは利 き手 では ない 右手の方が膝に届きやすかったの 246.

(8) . ボイタ法と運動発達に関する-事例. であ る. モロ ー 反射 は ほ と ん ど 観 察 さ れ なく な っ た。. 治療方針として腹臥位が重視され, 腹臥位をとらさ れることが多くなった. 腹臥位では, 頭と胸 を挙げて, 上肢は両肘で支えて前方に出し手指は握られていた. しかし, 支えてやらないと左側に 寝返る傾向があった. 顔は前方の玩具をまっ すぐに注視した. 両下肢は動かすが, 手は自由になら な か っ た.. 左手の方が右手よりもよく動き, 手ながめや指しゃ ぶりは右も可能ではあったが左手の方がひん ぱんにみられた. すでに手の使用の左右差があらわれていたのである。 抱いていると, 両足に力を入れて身体をまっす ぐに反らせて, 抱いている大人の膝に立ってしま うので, 何度も身体をまるめるようにして抱き直しをせねばならなかった. 尖足が明らかになって いた.. 立てて抱いてもく びは ぐらつかなくなった. 両手を支えての引き起しでは, く びは遅れることな く, 「すわっている」 と判断された. しかし, くびのおかしさはその後も問題として残っていた. 〈4 カ月〉. 背臥位では頭を意識的には正中に保つことができたが, 自然の体位では, 右に傾き, 両上肢は左 右対称に肩より下に伸 ばしているか, バンザイの姿勢をとる。 両下肢は伸ばしたときに足首のとこ ろで交叉していた. 足は尖足になっていた。 両膝関節を外側に屈曲させて, 足の底同土を向いあわ せる姿勢もよくみられた. まるで, 両手で合掌するときのように, 両足の底をあわせて遊んでいる こともしばしばみられた. 両下肢を屈曲させて上に持ちあげ, 両手で両膝をつかんだり, 左手に玩 具を持っ たまま, 右手で右膝をつかんだりした, 膝つかみは右手の方が多く, 左手はあまりみられ なか っ た.. 背臥位のまま足先で床をけっ て一回転して位置を変えていた。 足先を床につけて殿部や背中を浮 かせ て つ っ ぱ る こ と が あ っ た.. 3カ月時にみられた両手指をからめることや手ながめがなくなって, 側臥位が多くなってきた. そばにある事物は何に でも手を伸ばし, つかんでは口に持っていった. 届かないとがんばって手を 伸ばすの で身体を弓のように 反らせて側臥位になっ ていた. 側臥位になるのは左右とも可能であっ た. 両下肢を同時に持ちあげて横にまわすのではなく, 下側の下肢は伸ば し上側の下肢のみ曲げる 側臥位であった。 後期には側臥位で頭を持ちあげることがうまくなった. 側臥位をとりながら, たえず ゴロ ゴロと 位置を変えていた。 この様子は必死になって いるという印象を受けるほどで何かの能力を獲得する 時期には, それだけに努力が集中されているということがいえる, 4カ月の最後の日, かつての物を握ったときの指の硬さがなくなり, 両下肢をつっ ぱっ た姿勢も なく なっ て, 全身の柔軟さが感じられ, 集中的に実施されたボイタ法の治療効果が認められた. ボ イタ法の訓練に対する反応も良好であった。 この日, 背臥位から腹臥位に寝返りが可能になってい る. 何度も失敗しては, くり返し努力する結果, 可能となり, その瞬間母親の顔をみて笑っていた。 この時期の新しい運動の獲得はは げます大人とそれに応じて努力する子どもとの情動的な交流の中 にあるといえよう. ただし, 4カ月の寝返りは左側を下にしての-方向だけであっ た。 つ ぎに腹臥位について述べたい. 腹臥位 では頭をあげ, 事物や人の動きを追視して左右 上下に動 かす. 両手指は握られているが, 物に手を伸ばすときには手指が開く. 左肩が下って, 右肩は上が り, 身体は左肘で支えられて, 右上肢は前方へ伸ばしたままであった. そのために左側に寝返って 0以 背臥位になりやすかっ たのである。 本児は腹臥位を好み, この姿勢で玩具で遊んだ. 腹臥位で90 247.

(9) . 明. 神. もと子. 上位置を変えた. 腹臥位姿勢における左右差は, 両手に玩具を持っているときにはみられない. すなわち, 両上肢 とも対称的な肘支持になるのである. 事物への強い集中と操作が姿勢や運動の左右差を克服するう えで大きな役割をはたしているとみなされよう. 椅子に 坐らせると背中が極端にまるくなった. 支持坐位で後からみると, 右側腹部が大きくふく ら ん でみ え た.. 立位では, わきの下を支えて立たせると, 両下肢を伸ばして尖足となり足関節のところ で交叉さ せていた. 机の縁に足の甲をつけると交互に足をあげて机の上に登っ た. 4カ月のはじめは抱いていると身体をつ っぱるように 反りかえったが, 次第に反りかえりは少く なり, 抱きやすくなっ た. 手指の把握力は強く, タオルなどいったん握ると指が硬く屈曲し, とりあげるときには指を開い てやらなければならないほどであっ た. つかむことは随意性があったが, 握った後は反射的なもの が感じられた. 上述したように後期にはこのような手指の硬さはなく なった. 4カ月は対人意識と事物への興味が大きく発達したことと, 運動機能の発達が関連している. K 児はこのころ, 誰に対しても笑いかけ, あやされると大きな手足の運動を伴って全身で喜びの反応 をあらわした. このおはしゃ ぎ反応が盛んな時期に母子入院をして多くの人達とかかわりを持ちな がらも密接な母子関係を持ったことは運動の発達にとっ ても意義があったと考えられる. 背臥位 での位置の変化, 側臥位や腹臥位から背臥位への寝返りは周 囲の 人や物に対する強い集中 とそれに届こうとする意識的努力の結果としてあらわれていた. 遊 びは事物を引きよせてつかみ, な め る と い う こ と に′ホっ た. 〈5 カ月〉. 5カ月にみられた特徴は 全身の 筋緊張の改善, 背臥位から腹臥位への寝返 り が左右とも可能に なっ たこと, 腹臥位における左右差が一時顕著になっ たことなどである. 5カ月になってまもなく,腹臥位における背中の左右差がひどく目立ってきた.脊柱も右側に曲っ ていた. そ のために, 背中を治療する体操がボイタ法と別におこなわれ, 5カ月の終りごろには腹 臥位姿勢の非対称性はなく なっ た. 左側の上下肢で姿勢を保ち, 右上肢は前方に伸 ばし, 左は肘で支え, 右下肢は這い這いと同様の 形に股関節, 膝関節を屈曲させ, 左下肢は伸 ばしている腹臥位姿勢をとるようになり, このときは 背中はまっ す ぐにみえた. 腹臥位 では右手で物を操作するので, 左手で玩具をとらえるような働らきかけがなされた. 大き い玩具を顔の前におく と右手や右側胸部を大きく持ちあげるため, さ らに姿勢が崩れて非対称に 」 なってしまっ た. ′ ・さい玩具を両手に持っていると両上肢とも肘支持になって背中を対称に保つこ と が でき た の であ っ た,. 腹臥位における胸の挙上は月齢に比して遅れがみられ, く びも弱かっ た. 寝返りは左半身を軸にしてなされており, 右側への寝返りは左側より約1カ月の遅れがあった. 左右ともできるようになったのは満5カ月19日であった. 腰や両下肢は腹臥位のようになっても, 胸の下の右上肢を抜きだすことと, 右向きで頭を持ちあげることが困難であったためである. ティ シュ ペー パーの箱に手を伸 ばして届こうとして何度も試みた結果, 右への寝返りも可能になった. 事物を手に 入れたいという意欲が寝返り運動を促したのである. わきの下を支えて机上に立たせると, 下肢が交叉することはなくなっ たが, 尖足になって伸ばし た後で屈曲させており身体を支えることはできない. いつもそう ではなくて, 足底全体を床につけ 248.

(10) . ボイタ法と運動発達に関する-事例. て 立 つ こ と も あ っ た.. 大人の膝の上に立たせると両下肢をツンツンさせていた. i 3) 腹臥位方向転換 (Pi vot ng) 〈6 カ月〉. 背臥位で頭だけを持ちあげることが できず,他動的に頭を持ちあげると,肩や胸まで同時にあ がっ てしまうのであった. 背臥位で両下肢を屈曲させ, 裸のときは足指をつかんでいた. く びから下は 左右対称だが頭は傾いていることが多い. 両下肢をひきよせて上にあげ, 同時に床におろす遊びを 好んで反復した. 腹臥位では頭を直立にして, 腹部を床につけて位置を変えた.胸の挙上は乳のあたりま でである . 腹部を床に つけて四肢を伸 ばして床から浮かす, いわゆる飛行機の姿勢をとることはなかった 上 . 肢は玩具で遊ぶときは肘をついているが, たいがい前方に伸ばしている. 上肢を胸の方に引きよせ て上体をそらすような姿勢はなかった. 背中の左右差はほとん ど分らなくなった. 右下肢をよく屈 曲させ, 左下肢は伸 ばしていることが多い. i t 6カ月の大きな特徴は腹臥位での方向転換(Pi )が可能になったことである, これは腹部を vo ng P i t ) を描いて回ること である. ここにも左右差があらわれていた. 左方向にはク 中心にして円( vo ルクルとよく 回っ て方向転換したが, 右方向へは右上肢の力が弱いために, かなり意識的な努力を して回っており左方向のときのようにスムー ズにはできなかっ た. 事物に対する興味がますます高 まり, 手の運動が全身の運動を導いているようであった. 寝返りを利用したいわば目的意識の少な い ゴロ ゴロ移動や腹部を軸にして向きをかえた段階をすぎて, この方向転換では, 這い這い移動 の 手足の動きに近い運動がみられるようになった. 寝返りの方法は, 以前は全身を反らせて上側になる上下肢だけを屈曲させていたが, このころに は背臥位で両下肢をそろえて同時に屈曲させて横に回すようになり, 四つ這い位に近い形で寝返り するようになっ た. 支持坐位にみられる背中の左右差に ついては, 股関節の右側 の 入りが悪いこともその原 因のひと つと考えられた. 本児の運動や動作は瞬間的でスピー ドがあり, 大人からみると, めまぐるしく 活動的であっ た. すこしもじっ としていることがなく, 物に手を伸ばしてつかみ, 届かないときには激しく泣いて大 人に要求するなど感情の動きも活発 であった. 4) 肘這い 〈7 カ月〉. 7カ月になっ て, ますます運動が活発になった. 前後への這い這い移動が不可能な時期にも, 前 方の事物に手を伸ばし, 左右交互に手を伸ばしてもがいているうちに, 目標物を手に入れているこ と があ っ た.. 壁や ドアなどにぶつかっ て身体を真横にしたり, 身体をまるくして抱きつくような姿勢をしてい るうちに, 身体をもとの位置になおそうとしていろいろ工夫する. そうしたことが機能訓練にい つ のまにかなっ ていたの である. 日頃みることが少ない腹臥位 での胸の挙上や右手で身体を支えるこ とも, 何らかの活動のなか でやらざるをえない状態におかれたときに可能になっ ている. 好奇心をおこす事物の 存在, 手に 入れたいという子ども の欲求, 失敗してもくり返す努力, そし てやりたいことを阻む適度の妨害物があること が運動発達のために重要である。 そして成功は大き 249.

(11) . 明. 神. もと子. な喜びをもたらす. うまくいったときに, 子どもには笑い, 発声, 手足の運動などによっ て喜 びの 表現があらわれる. このように, 新しい運動機能の獲得は快的な情動あるいは不快を克服したとき の快的な情動に 支えられているといえよう. K児は壁にぶつかり, 身体が横になり苦しそう であっ たが, やがて両手で壁を押して離れて 腹臥 位になって, 母親の方をふりかえっ て笑顔をみせていた. 子どもの動きを見まもり, はげます大人 の役割は大きい. 子ども自身の能動的な活動が重要であるが, それをひきおこす環境の設定は大人 が して い る か ら で あ る.. 7カ月は移動能力を獲得した時期 であった. 第1に寝返り姿勢に大きな変化があった. 頭を挙上 させる力が強くなっ たことと, 肘に力を入れて上体を起こして寝返りするようになった. それは, ボイタ法の R‐U ②の反応とまったく同じパターンであった.左肘のときが容易で右肘の方はそれよ りいくらか困難であつた. 第2に肘這いが可能になっ たこと である. これは 腹部を床につけた這い 方 である. 肘這いがはじめて できたときは次のよう であっ た. 腹臥位のまま, 母親の膝に両足をのせていた ので, 両 足を持ちあ げてやっ たところ, 両肘を床についたまま力を 入れて前進した. また, 前方の おむつをめ ざして, 両肘に力を入れて全身をひきずるか, あるいは右手を前方に伸ばし, 左肘で支 えて, 右下肢を屈曲させてわずかな前 進の這い這いをしたのであった. 朝わずかにみられた這い這 い移動が夕方には 自由自在に行きたいところに行けるようになっ た.ちょっ とできるようになると, それだけに活動を集中して 反復するので, す ぐに上達するのである. 7カ月12日で肘這い移動が可 能 に な っ た.. 肘這い姿勢には左右差があらわれていた. 左上肢と右下肢 を推進力として使用する パ ターン で あっ た. 左肘でしっかり支え, 右は腕立て位になるか前方に伸 ばしており, 右手も身体をひきよせ るのに役に たっているが, 左肘が主役である. 右下肢は屈曲させて前 進のために役に立っているが, 左下肢は伸 ばしたままで移動には関与 していないのである, 這い這い移動のスピー ドが増すにつれて右足先で床をけるようになり左足も右よりは弱いながら も床をけるようになった. 左半身が床につき, 右半身が浮きあがった姿勢で這っていた. 腹臥位方向転換は左右とも可能だがやはり 左の方が自由自在であっ た. 右方向に回転するときは 右下肢の屈曲が弱いために右側の背が伸 びていた. この左右差は終りごろにはほとんどなくなって い る.. 腹臥位で手足の協調 運動を育てることに重点がおかれていたが, 肘這いが可能になってからは坐 位訓練が開始された. 後期にはしばらく 支えなしで 坐れるようになり両手に玩具を持っ て遊んでい る. しかし, 左に傾いて倒れることが多く, 左手で支える力が弱かっ たのである. 立位は下肢に緊 張が高まるため, この段階ではと らせない方針であった. 〈8 カ月〉. 8カ月時には四つ 這い移動の前段階 である側臥位片肘立てを獲得している, 肘這い移動はますますスピー ドを増し, バッタが飛ぶ様子を連 想させられたほどである. この時 期は, 親に対する愛着行動が増し, 親の行動に対する強い興味と後追いが移動の要求と結びついて い た と い え る.. 這い這い移動の 途中 で側 臥位の片肘立てになって静止していることがよく みられる ようになっ た, 左肘を床につけて, 右手に玩具を持って遊ん でいることが 多く, 反対に右側の側臥位片肘立て は遊んでいるときに 瞬間的に認められるだけ で静止状態には ならなかっ た. 右上肢の支持性の弱さ がこ こ に も あ ら わ れ て い る と い え よ う. 250.

(12) . ボイタ法と運動発達に関する-事例. 肘這い移動の姿勢はそれまでの腕の力 で全身をひきずっていた感じがなく なり,殿部を持ちあげ, 右足先で床をけって進む様子に四つ這い移動も間近かと思わせられた. 肘這いは相変らず左が肘支 持, 右が腕支持と非対称の姿勢であり, そのためと考えられるが四つ這い位 (腕を立て腹部を床か ら離して下肢は膝をついて支えた姿勢) は遅れていた. また, 肘這いによる後ずさりは観察されな か っ た.. 四つ這い位は完全なものは9カ月になってからみられるのだが, 瞬間的には8カ月にみられたこ とがある. それはボイタ法の訓練のため腹臥位をとらせようとしたら, 一瞬四つ這い位になったの である. ボイタの訓練はいつも拒否反応をおこして激しく抵抗した. その不快から逃れようとした ときに, 新しい能力があらわれたの である. 坐位では長坐位で玩具に手を伸ばしてつかみ持ちかえたり,口に持っていっ たりして遊んでいた. 上体をほとんど二つ折りにして前方の事物をとらえて, もとにひきおこすこともできた. ↑ 則方と前 方の パラシュート反応がみられた。 わきの下に手を入れて支えて左右に傾けると子どもは手を伸ば して身体を支えたが, このとき頭まで傾いてしまい頭部の立ち直りの弱さが目立った. 坐位から横 ずわりになって腹臥位になった. 坐位のまま後ずさりや方向転換もするようになったが, これを移 動の手段とすることはなかった. 坐位から大人によりかかって抱きつき, 膝で立つこともあった. 坐位から他の姿勢への転換が自由になったといえよう. 坐位のまま上体を前屈させて, 足指をつかまえてなめたりするなど身体の動きが柔軟になった. しかし, 背中の立ち直りは弱く, 坐位姿勢は背がまるくなって6カ月に相当する程度であった. 立位は, わきの下を支えて立たせると両下肢を屈伸させて喜んだが, 尖足で床についており, 足 底全体 で着地することはなかった. 抱 いて い る と 膝 の 上 に 立 と う と す る. 腰 を 支 え て や る と, バ ラ ン ス を と っ て 膝 の 上 に 立 っ て い る ,. また抱いている人の胸の上を登るように両足を動かしていた. 両手を打ちあわせるようになったが, その拍手の方法は右手を左手でたたくのであり, 右手の弱 さ がみ ら れた.. これま でのK児の運動発達について次のように考えることができよう. 本児のように障害のある子どもは自然に内在的に運動機能が発達するの ではなくて, 外からの刺 激によってひきだされることが多いのではないかということである. ある運動機能の感覚を楽しむ ために反復して上達するというよりは, ある事物をとりたい, 届きたいという欲求, 意志や努力が それまで不可能であっ た運動動作を可能にするのである. 運動すること自体が目的 で集中するとい うことは本児にはほとんどなかった. 例として, 坐位から腹臥 位になれたときの様子を次にあげた い, 坐位 で玩具の汽車で遊ん でいるうちに横に汽車が動いて身体のバランスを失ったとき, 右手を 伸 ばして坐位を保持するも不安定な状態になり, 母に助けを求めて声を発しながらも自力で身体を ずらして腹臥位になっ たのであった. 新しい運動機能はやはり子ども自身の自発的な活動のなかに 求 め る こ と が でき る.. このような事物を対象とした活動のほかに, 移動運動の獲得は大人の動作に対する関心と情動的 な愛着によって促されており, 同時に動作模倣が盛んになってきたこととも関連しあっ ていると考 えられよう. 意志的行為が未発達なこの年齢では, 訓練のための訓練は子どもに苦 痛を与えるが, 日常, 自発 的な活動の中に獲得目標となる運動があらわれること が多く, 生活それ自体が機能訓 練ともいえる 側面をもっている.. 251.

(13) . 明. 神. もと子. 5) 四つ這い移動 〈9 カ月〉. 9カ月は四つ這い位と四つ這い移動が可能になり, 立位への熱心な努力がみられたのが特徴であ る. また, 急ぐときには肘這いを使っていた時期 でもあった. 9カ月になってすぐに四つ這い位が可能になり, 前後に身体をゆすっ たりするようになった. そ の前には大型の箱によりかかっ たり, 箱の向う側の玩具をとろうとして箱を乗りこえるときに四つ 這いの姿勢になっていた. 四つ這い位になるには腹臥位か らすばやく膝をひきよせるようにしてなり, 重心を前後に2~3 回移動させたあと, 結局は肘這いで移動したりした. また, 腹臥位から四つ這い位になり, 左肘を 立てた側臥位になっ て, 膝で屈曲して立てている右下肢に力を 入れて右方向に旋回したりした. 腹 臥位から, 人や物につかまって膝立ちになり, そのまま坐位になっ た. その後, 腹臥位から四つ這 い位になり右側に 重心を移して横坐りとなっ てから長坐位になるようになっ た. この経過から, つ かまり立ちと四つ這い位は機能的な連関があることがうかがわれる. 四つ這い位や四つ這い移動が 可能になれば, それに伴なって, つかまり立ちや伝い歩きは容易になると考えられた. 本児の肘這いは2 カ 月 の 長 期 に わ た っ て い た が, 物 に つ か ま っ て 膝 で 立 ち あ が る こ と が で き る よ う に な っ た こ と, そ し て, 四 つ 這 い 位 が でき る よ う に な っ た こ と で腕 の 支 持 性 が 強く な り, 正 常 パ. ターンでの四つ這い移動の基礎がつく られたといえる. 正常パターンの四つ這い移動は将来の正常 な歩行を保障するものであり,機能訓練では四つ這い移動を獲得させることは重要な目標 であっ た. 4 / 四肢の 四つ這い移動は満9カ月の終りに可能となった.この開始時期は正常範囲と考えられる1 . 動かし方は交叉性 交互性で正常パターンであった, ただし, 右足先が内側に向いていて右下肢の弱 さがあらわれていた. 訓練用の階段を這い登るのを好んだが, これは四つ這い位のよい訓練になっ ていた。 また, 本児の肘這い姿勢はこれまで非対称的であったが, 両上肢とも対称的な肘立て位を とれるようになってきた. 四つ這い位が可能になっ たこと で前段階の発達のゆがみを矯正すること が でき た と い え よ う.. 四つ這い移動の習熟の時期には立位に熱中することが重なっていた. 何に でもつかまって立ちあ が っ た. そ の 後 に つ か ま り 立 ち か ら 坐 位 に な る こ と が で き る よ う に な っ た. つ か ま っ て 立 ち あ が る. ときは, まず左下肢を前に膝を曲げて出し, つぎに 右下肢をひきよせて立ちあがったが, その際, 右足は一時甲を床につけて, あたかも甲で立つ形になっ てから足底全体を床につけていた. 右下肢 の 障 害 が こ こ に も み ら れ て い る.. つかまり 立ちして手を伸 ばし, 高い所においてある事物を得ることを好んでいたが, また, 父母 にまつわりついて立つことも 多く,立位の バランスを習得することと親への愛着が結びついていた. 〈10 カ 月〉. 肘這いはなく なり, 四つ這い移動のみになった. 玩具の汽車を片手で動かしながら這うこともで きるようになった. スピー ドも でてきて姿勢は安定していた. 背臥位では両足先を口に持っていき なめ る こ と が 多く な っ た が, こ れ は 四 つ 這 い の 習 得 と 関 連 し て い た.. つかまり 立ちの姿勢は安定していたが, これは手の力が強いからであって, 殿部や膝を支えて立 た せ る と ふ ら つ い て バ ラ ン ス が と れ な か っ た. し ば し ば, 大 人 の 衣 服 に つ か ま っ て 立 ち あ が り, よ. りかかっ たまま手を放して転倒することがあった. 10カ月の終りには, 窓などにつかまり, 横に l mぐらい伝い歩きをした. このころは,すべり台の斜面を四つ 足這いで登り,腹臥位になっ て両上肢を伸ばして すべり降りる の を 好 ん でい た。 252.

(14) . ボイタ法と運動発達に関する一事例. 6) 歩行 〈11 カ 月〉. 主な到達点は伝い歩きが可能になったことである。 つかまっ て立ちあがり椅子などを押して歩く ようになった。 つかまり立ちは安定し, 少しの支え で立っていられるようになり, 瞬間的にはひと り で 立 っ て い る こ と が で き た。 片 手 で つ か ま っ た ま ま, し や が ん だ り 立 っ た り の 動 作 が 自 由 に でき. るようになっ た. 椅子や座卓に登ったり降りたりして遊んだ。 本児は外に物などの対象なしに手足の運動を楽しむということはこれまでほとんど観察されてい ないが, このころ, 四つ這い位から頭を床につけて, 膝を伸ばして殿部を持ちあげて横にころぶの をくり返して遊 ぶようになった。 裸のときは背臥位で, 両手で足首を持って打ちあわせたりした。 〈12 カ月〉 四 つ 這 い 移 動 は い っ そう ス ピー ドが つ い て き た。 ま た, こ の 月 に は じめ て 1 回 だけ で あ る が, 腹. 臥位での後ずさりが観察されている。 肘這いを獲得する時期にみられるこの後ずさりがこのように 遅れて出現したのである。 伝い歩きは足底全体を使って歩き, 手の届く範囲は壁や家具につかまって歩こうとし, 這わなく なっていった。 大 人が片手を支えてや っ ても前進せずに, 横歩きになっていた。 手押し車を押し な が ら前 進 す る こ と は でき た が 車 の 速 さ に つ い て い け ず に 坐 り こ ん でい た。12 カ月の中 ごろには四. つ這い移動はほとんどしなくなって, 家の中では伝い歩きが多くなり, リズミカルな動きと スピー ドがあ っ た。. 立位に関しては次のよう であっ た。 ひとりで立ちあがって前方へ倒れる遊びを喜んだ。 四つ這い 位から壁に背をつ けて立ちあがっ たり, 床から立ちあがるときは, 先に右手を離して身体をおこし, 次に左手を床から離して上体をまっ すぐにし, 両下肢をかなり広げて立っていた。 大人からはげま されるのを喜 び, 大人がそばにいるとき に何度も立位をくり返していた。 バランスを崩 しても手を つ いた り, 坐 り こむ の で 危 険 は な か っ た。 両 手 に 物 を 持 っ て, あ る い は 片 手 に 持 っ た ま ま 立 ち あ が る こ と も でき た.. 抱いていて, わきの下を支えて床におろすと立位になるが, たいてい尖足で着地してから足底全 体を床につけていた。 すべり台の斜面を手すりにつかまったり, 四つ足這いで登るのだが両足とも 尖足になっており, 足先だけが使われていた. こんなところに本児の障害がうかがわれた。 12 カ月 25 日のとき, ひとり歩きが最高1 2歩できている。 小さな歩幅 で両下肢を大きく 広げて確 実に前進した。 不安定です ぐ坐位となったり前方に右手を出して床につき, また立ちあがった。 片手支えの前進の歩行はこの2~3日前に可能になっている。 本児の場合, 立位の バ ランスが不 完全な状態で歩行が開始されたのであっ た。 歩くことの習熟の過程で立位のバランス機能も発達し て いく であ ろ う。. 未熟 であっ た坐位姿勢はひとり歩き が始まったころ, 背や腰はまっす ぐになっていた。 本児の運動発達の経過をみると, 移動への要求が非常に強く, 身体に未熟な部分を残しながらも 次の段階の移動運動を獲得し, その中でやり残した発達課題の埋め合せをするようなところがあっ た が, 歩 行 と 立 位 バ ラ ン ス に つ い て も 同 じこ と がい え よ う。 本 児の 歩 行 パ タ ー ン は こ の 段 階 では 尖. 足の影響もみられず, 正常と判断されたが, その後の追跡が必要であろう. 〈13~15 カ月〉 歩行においては上達がみられ, 15 カ 月 では ほ と ん ど転 ぶ こ と は なく な っ た。 しか し, ス ピー ドは あるがバランスはうまくとれない。 肉眼的な観察では正常な歩行バター ンとみなされ,また, 尖足は みられない。 外でくっをはいて自由に歩き, 階段は片手を支えられて一段 ごとに両足をそろえて登 253.

(15) . 神. もと子. る. 大人用の椅子によじ登って坐れるようになっている. 斜面を登るときは, 依然として尖足となり, また, 背臥位姿勢や立位姿勢において意識性の乏し い と き に, 頭 は や は り 傾 い て い る の が 明 ら か であ る.. 以上に述べてきたように, K児は正常な範囲 で遅れずに運動機能の発達をしたといえるが, 独自 性がみられた.. 5. 考. 察. 乳児の発達には大きな個 人差があるので, 遅れがみられる場合, それが個 人差によるものか, 何 らかの障害や疾病による症状なのかを判断することは困難なことである. 障害児の早期発見と早期 対応に先駆的な役割をはたしている大津市の乳幼児健診のスタッフらは, 障害の判別について, 次 5 )を し め し て い る の よ う な 見 解1 .. 乳児期における発達段階を 4 週 ごろ, 9 ~12 週 ご ろ, 17~20 週 ご ろ, 24 週 ご ろ, 36 週 ごろ, 40 週ごろ, 48週ごろの6段階としてとらえている. 子どもの生活年齢からみて, 1つの段階に対応す る遅れは個 人差としての遅れとし, 2つの段階にまたがる遅れは障害として, すなわち障害がもた らす真の遅れとして把握するのである. 本報告におけるK児の場合, 運動行動や動作の発達を能力の獲得という点から1年間の経過をみ ると生活年齢相当かそれをやや上まわるもの である. しかし,く び, 背や腰などの姿勢をコントロー ルする機能には, 明らかに月齢を下まわる弱さが観察されていた. 親の立場でも, 神経学的なレベ ルでの運動発達遅滞という診断は納得のいくものであっ た. 能力としての運動の獲得には, 単に神 経学的な生理的な成熟だけが条件になるの ではなく, 移動したいという子どもの欲求や努力また知 的発達が根底にあるということがいえる. したがって, 神経学的な異常があっても比較的軽度で, しかも発達の可能性に富む乳児期にあっては, 正常発達の運動機能を獲得することが可能であると いえよう. また, K児は発達段階からみて発達の遅れはないので障害はないという結論を導きだす としたら, 障害の発見は不可能であったであろう. 脳性まひの症状が固定していない乳児期には, 子どもの自発的な運動行動の観察に基く発達検査による診断だけでは不十分であり, 神経学的な検 査も含め総合的に診断しなければならないということが示唆されている. K児には, 生後1年経過した時 点でも神経学的な症状は軽度ではあるが依然として残っている. にもかかわらず, 遅れないで直立二足歩行を獲得できたという事実は生後3カ月からの早期からの 積極的な訓練の成果であったといえよう. ボイタ法は直接に特定の運動能力を獲得させることを目 的としたものでなく,移動運動の基礎となる反射的な応答運動を引きおこすことを目的としている. しかし, R‐K の出発肢位は這い這い運動の姿勢であり, 応答運動はその手足の動かし方である. R‐ U は側臥位や腹臥位への寝返りの姿勢とその身体の動きに対応している. この運動を生後3カ月か ら毎日, 規則的に学習させるので, 神経学的な未熟さを残しつつも正常な運動 パターンを学習させ る こ と が で き た と い え よ う.. 運動機能には手指動作も含まれるのだが,本稿では移動運動をとりあげるだけで終ってしまった. ボイタ法と運動発達との具体的な相互関係の検討や, 総合的に発達を追求することなど問題が残さ れている. さらに追跡的研究を続けていきたいと考えている.. 254.

(16) . ボイ タ法と運動発達に関する-事例. 付. 記. 本児の療育 では北海道立旭川整肢学院および釧路市わかば整肢園の諸先生にお世話になっ た. 本児の観察にはわかば整肢園の近間雅一先生の指導によるところが多い. ここに付して深謝する 次第である.. 文. 献. 1) 浅妻典子 「コミュニティ・ケアと医療 -- 大津市の乳・幼児健診 --」 発達障害研究 第2巻 第4号 1 9 8 1 年 2) 中島雅之輔 「脳性麻庫の早期治療 -- Vo t i a法の効果とその検討 --」 整形外科 27巻 6号 1 9 7 6年 3) 中島雅之輔 「発達からみた乳児脳性運動障害の治療 -- Vo t j 9 7 8年 新興医学出版社 a法の応用」 1 4) 富雅男, 山田貞雄 「脳性運動障害に対する Vo t i a法の紹介とその試み」 理学療法と作業療法 8巻 7・8号 1974 年. 5) 富雅男「脳性運動障害に対する Vo i t a法によるファシリテーションについて」理学療法と作業療法 1 3巻 6 号 19 9年 7 6) 山田貞雄, 平松サナ枝 「重度重複障害を伴った脳性運動障害児に対する Vo t i aの試行経過」理学療法と作業療 法 13 巻 6 号 1979 年 l 7) Vac i t av vo a(富雅男, 深瀬宏訳)「乳児の脳性運動障害」1 97 8年 医歯薬出版 l l brugg 8) TheodorHe e編 (福嶋正和訳)「ボイタの構想による神経運動学的診断法 -- 乳児脳性運動障害の早. 期診断のために -- 第2版」1 981年 医歯薬出版 9) 前掲書3) 1 0 ) 前掲書3) 1 1 ) 中島雅之輔 「Vo t j a法による脳性麻庫へのアプローチ」 総合リハビリテーション 3巻 2号 1 975年 1 2 ) 前掲書7) 1 3 ) 前掲書7) 1 4 ) 前掲書3) 1 ) 前掲書1) 5 (本学助教授・釧路分校). 255.

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参照

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