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東北で働くブータン人技能実習生

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Academic year: 2021

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全文

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東北で働くブータン人技能実習生

著者

栗田 陽子

雑誌名

東北文化研究室紀要

59

ページ

49-62

発行年

2018-03-30

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127841

(2)

東北で働くブータン人技能実習生

(東北大学大学院文学研究科文化人類学研究室博士後期課程) 

栗 田 陽 子

1 .はじめに 本稿の目的は、東北で働くブータン人技能実習生を対象に、日本の技能実習制度とブータンの 近代化の関係性について明らかにすることと、今まであまり着目されてこなかった技能実習生の 実態について描くことである。そして、それをもとに外国人非集住地域である東北における多文 化社会の課題と可能性についても考察したい1 筆者は、高校在学時に「国民総幸福」を掲げるブータンという国を知り、強く心惹かれた。ブー タンについて研究するために文化人類学という学問を志し、大学院進学を決めた。そして2015年 に出会ったのがブータンからの「技能実習生」たちであった。ブータンについて研究しているこ とを伝えると、ほとんどの人が「知っているよ。『世界一幸福な国』だよね」と答える。そして 続けて、「どうして幸せな国から技能実習に来たんだろうね」と首をかしげるのだ。本稿を通し てこの疑問に答えたいと思う。 筆者は2015年の10月から2016年の 7 月まで、ブータン人実習生に対してボランティアとして日 本語を教えながら参与観察を行った。彼らがそれぞれの実習先で働き始めた後は、聞き取り調査 およびソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じたメッセージのやりとりから情報を 得ている。そのほかに、技能実習に関わる関係者に対して聞き取り調査を行った。 2 .技能実習とは ⑴ 技能実習制度とは まず、技能実習制度とは何か、簡単に説明したい。技能実習制度が成立したのは1993年のこと である。この制度のもとでは、発展途上国とされる地域の若者が最長で 3 年間、日本企業で実習 を行うことができる。技能実習制度の理念は、日本の技術や知識を発展途上国に移転し、国際協 力・国際貢献をすることである(国際研修協力機構2013: 1)。現在、日本で働いている技能実習 生は約25万人であり、約247万人の定住外国人のうち10%以上を占める(法務省2017a)。これは、 「永住者」「特別永住者」「留学」の次に多い割合である(法務省2017a)。技能実習生のうち、9割 以上はアジアから来日している(法務省2017a)。最も多いのはベトナム人で以下、中国人、フィ リピン人、インドネシア人と続く(法務省2017a)。 実習生を受け入れる方法としては、企業自体が受け入れる「企業単独型」と、営利を目的としない 団体が監理団体として実習生を受け入れ、企業との仲介役となる「団体監理型」がある(国際研修協 力機構2015)。本稿で着目するブータン人技能実習生はすべて団体管理型で受け入れられている。

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技能実習制度に対しては批判も多い。雇用主が技能実習生からパスポートを取り上げたり、深 刻な労働災害などを隠したりするなどの問題が報告され(外国人研修生問題ネットワーク2006)、 日本弁護士会などはこの制度の廃止を求め続けている。一方で、「移民を受け入れない」という 立場をとる日本政府にとって、技能実習制度は実質的に外国人労働力を受け入れる主要な手段で あり、今後も技能実習生を積極的に受け入れる方針をとっている。 最近では、技能実習生を取り巻く状況に変化が表れている。2016年の国会において、技能実習 に関する 2 つの新たな法律が制定されたのである。 1 つ目は「外国人の技能実習の適正な実施及 び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)」の制定である(法務省2017c)。この法律の下 では、人権侵害行為への罰則が定められ、新たに設立される「外国人技能実習機構」が監理団体 や実習実施企業への指導を行うことになる(鈴木2016)。さらに、優秀と認められた企業や監理 団体は実習生の受け入れ期間を最長 5 年まで延長できるようになる(鈴木2016)。 2 つ目は、外国人技能実習生の対象職種に「介護」を加えた「出入国管理及び難民認定法の一 部を改正する法律」の制定である(読売新聞2017)。これまで介護の現場で働く外国人は、経済連 携協定(EPA)を結んだフィリピン、インドネシア、ベトナムの 3 か国出身者のみであった(鈴 木2016)。新たな法律は2017年9月1日から施行され、介護業界の人手不足解消へ期待が高まってい る(入国管理局2017; 板垣2017)。ただし、介護は技能実習における初めての対人サービスであり、 かつ、高い日本語能力が求められることから、現場では不安の声も上がっている(板垣2017)。 今後、日本における外国人技能実習生は確実に増加するだろう。日本社会における受け入れ体 制について再考することは喫緊の課題である。 ⑵ 東北地方における技能実習生 約25万人の技能実習生のうち、東北 6 県で働いているのは12000人程度である(法務省 2017b)。その内訳を下の表に示した。 表 1 :東北で働く技能実習生数および在留外国人に占める割合 出所:法務省(2017b)より筆者作成

人数(在留外国人に占める割合)

青森県

1,568 人(32%)

岩手県

2,471 人(38%)

宮城県

2,926 人(15%)

秋田県

843 人(22%)

山形県

1,511 人(23%)

福島県

2,937 人(23%)

−50−

(4)

それぞれの県で働く技能実習生は、日本の中で特に多いわけではない。しかし、それぞれの県 の在留外国人に占める割合は全国平均の10%に比べて 2 倍以上である県がほとんどである。つま り、東北地方に住んでいる外国人の 4 人に 1 人が技能実習生なのである。東北における外国人政 策や支援を考える際には、もはや彼らを抜きに語ることはできない。 東北地方の外国人技能実習生について考える上では、2011年に発生した東日本大震災後のこと もふまえる必要があるだろう。例えば、震災後の人手不足に悩まされている宮城県と岩手県の水 産加工業の計 5 社は、国から外国人技能実習生の受け入れ枠を拡大する特区に認定された(河北 新報2015a)。また、原子力発電所の事故の影響で人手不足に陥った福島県では、2010年には1072 人だった技能実習生が2016年には2690人に急増し、特に復旧の過程で需要の高い建設関連での受 け入れが多いという(読売新聞2017)。震災後の人口流出に歯止めがかからない東北の復興の一 翼を担っているのは、まぎれもなく外国人技能実習生たちなのである。 ⑶ 技能実習に関する先行研究 技能実習についての研究はいまだ少なく、その多くが制度に着目したものである。技能実習生自体 に着目した研究もあるものの、その研究方法の多くは統計資料を用いたものや、アンケート調査で行わ れたものであった(上林2015; 駒井2016)。その理由について上林は、技能実習生は社会との接点が少 ないという点と、送り出し国の企業、監理団体、受け入れ企業などと様々な雇用関係のなかにある実 習生に直接会うことは難しいという点を挙げている(上林2015: 161-162)。しかしながら、技能実習と いう問題について知るためには、実際にその制度のもとで働く実習生のことを知る必要がある。日本の インドシナ難民を調査した岩佐は、制度に焦点を当てているだけでは、実際に日本で暮らす人びとが 「彼らなりの暮らし」を営んでいることを無視し、一層排除することにつながると批判した(岩佐2014: 154)。筆者も岩佐のこの見解をふまえ、ブータン人技能実習生たちの日本における暮らしを描きたい。 3 .ブータンとは 次に、技能実習生たちの故郷であるブータンについて説明する。ブータンは国民総幸福(Gross National Happiness: GNH)という概念を打ち出し、近代化と伝統のバランスを保った開発を目 指していることで国際社会に広く知られている。日本でも、2011年に国王夫妻が来日したことを きっかけに名前が知られるようになった。 ⑴ ブータン概況 ブータンはヒマラヤ山脈にある小国である。南アジアに位置し、中国とインドの狭間にある。 ブータンの面積は3万8394平方キロメートルであり(National Statistics Bureau 2015: v)、台湾 とほぼ同じくらいの大きさである。

ブータンの人口は2015年時点で77万4830人である(The World Bank 2016)。統計を取り始め た1960年から右肩上がりに増加し続けていて、2019年には人口が80万人を超えるという試算もあ る(National Statistics Bureau 2015: 3)。

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図 1 :ブータンの人口

出所:The World Bank(2016)より筆者作成

アリスによれば、ブータンという名前はもともとインドによる呼び名であり、チベット全体を 表す言葉Bhotanaに由来するという(Aris 1980: xxiv)。ブータンに住む人々は自分の国のことを ドゥック・ユル(Druk yul)と呼んでいる(Rose 1977: 22; ブータン王国教育省教育部2008: 18-19)。それは、ブータンが13世紀から仏教のカーギュ派の中のドゥック派を国教としてきたからで ある(ブータン王国教育省教育部2008: 18-19)。2008年に制定された新憲法では政教分離が掲げ られているものの、仏教はブータンの精神的な遺産として尊重されており、国民の70%が仏教徒 である(月原・佐藤2012: 950, 953)。一方でネパールからの移民も多く、25%はヒンドゥー教徒 である(月原・佐藤2012: 950)。 ブータンは急峻な山岳地域であるため、国内でも気候が大きく異なっている。南部と北部山岳 地帯の標高差は7000メートルもある(平山 2005: 14)。標高の高い地域では牧畜が主な生業であ り、標高の低い場所では農耕が盛んに行われている(月原・佐藤2012: 950)。 また、多言語社会であるブータンでは、チベットに由来するゾンカ語が公用語である(宮本 2012: 454)。一方でブータンではいまだに20以上の言語が使われている(西田 2013: 77)。実習生 の中にも、学校に通い始めてから初めてゾンカ語に触れたという人もいるくらいである。公教育で はほとんどの教科が英語で教えられていることから、英語を流暢に話すブータン人の若者も多い。 このように、ブータンは国の規模は小さいものの、内部に多様性を抱えた国であると言うこと ができる。 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 ( (千千人人))

−52−

(6)

⑵ 近代化政策 1910年以降、ブータンはイギリスによって外交を厳しく制限されており(Rose 1977: 67)、ま さしく「秘境」であった。第二次世界大戦後、イギリスがインドから撤退したことをきっかけに、 ブータンは近代化の道を歩み始めた。ブータンの社会経済的開発は1961年から行われている 5 か 年計画によって進められてきた。現在は、第11次 5 か年計画が実施されている。 カルマは、これらの 5 か年計画を 5 段階に大別できるとした(Karma 2013)。それは、①道 路建設と外交関係の国際化(1961-73年)、②福祉、教育、農業のサービスの創設(1973-83年)、 ③水力発電と鉱山の開発(1983-87年)、④航空サービスとデジタルの遠距離通信ネットワーク (1988-98年)、そして1998年以降の⑤民主化とグローバル化である(Karma 2013: 2)。 これらの近代化政策によってブータンの経済は急速に拡大した。下のグラフは、1980年以降の GDPの推移を示したものである。1980年には 1 億3565万3295USドルだったが、2014年には19億 6200万USドルとなり、わずか30年ほどの間に10倍以上になったことが分かる。 図 2 :ブータンのGDP(1980-2014年) 出所:The World Bank(2016)より筆者作成

一方で、急速な社会経済的発展はいくつかの弊害をもたらした。その 1 つが若者の就職難であ り、2014年の統計によると全体の失業率が2.6%であるのに対し、15歳から29歳までの失業率が8.7% であった(National Statistics Bureau 2015: 1)。若者の失業率が高い理由の 1 つには、急激な人 口増加がある。前述したとおり、ブータンの人口は約78万人であるが、1960年代には約20万人だっ た。50年間のうちに人口が 3 倍以上に増加したのだ。さらに、全人口のうち24歳以下の若者の数

0

50

100

150

200

250

1980

1985

1990

1995

2000

2005

2010

2015

(千万USドル)

(7)

が49%を占めている(National Statistics Bureau 2015: 4)。つまり、現在のブータンは多くの余 剰労働人口を抱える国であり、そのことが雇用不足を生み出した一因だと言えよう。 しかし、若者の失業率の高さは人口増だけが原因ではない。若者の雇用不足について分析した プンツォは、雇用不足の原因の 1 つに親が子どもに「エリート」となることを望むことがあると 述べた(Phuntsho 2014:29)。ここでいうエリートとは、大学を卒業し国家公務員となって、最 終的には政府高官になることを指す(上田 2006: 74-75)。しかしながら、国家公務員の競争倍率 は非常に高く、2012年と2013年に行われたBhutan civil service examination (BCSE)1における合 格者は、受験者のうち約17%であった(Phuntsho 2014: 29)。つまり、ブータンにおいて理想と される「エリート」の道を歩むことができる人が限られており、他の職業の選択肢も少ないこと が若者の失業率を高めている原因なのである2

こうした若者の雇用不足が社会問題化するなか、ブータン政府は対策を迫られることになった。 2013年の選挙で政権を獲得した国民民主党(People’s Democratic Party: PDP)は、公約として 完全雇用の達成を掲げた。同年の10月には若者の雇用対策の一環として、求職中の若者のうち 3 万人を海外へ送り出すことが発表され、2016年までにインドやタイ、クウェートなどへ派遣され ている(Dawa 2016)。次章からは、ブータン人の若者が技能実習生として来日するに至った経 緯を説明する。 4 .来日まで 技能実習生が来日するまで日本に居住するブータン人はわずか70名であり、留学生か日本人の 配偶者が多かった(法務省2015)。では、どうしてブータン人が技能実習生として日本に来るこ とになったのだろうか。その背景には、日本で暮らす 1 人のブータン人の活躍があった。彼は、 仙台に住むドルジさん(仮名)という男性である。ドルジさんは、ブータンの専門学校を卒業後、 建築省で働いていたが、1997年にJICAの研修のために来日し、3 か月間の研修を受けた。その後、 ブータンに一度帰国し、当時JICAにおいて働いていた日本人の女性と結婚したことをきっかけ に1998年に再来日し、建築関係の職に就いていた。 ドルジさんは、2013年に政府が発表した若者の海外派遣政策を知り、「日本にも若者を連れて きたい」と考えるようになった。そこには、ブータンの発展を自国の若者に担ってほしいという 思いがあった。彼は、その考えを妻と義姉に相談した。義姉は日本語教師として働いていて、ま た彼女の同僚は技能実習事業に携わっていた。ドルジさんは、その同僚を通じて技能実習制度に 詳しい監理団体の職員と知り合い、事業の始め方などを教わった。一方で、ブータンの労働人材 省に相談し、ブータン政府の政策の一環として技能実習生を送り出す許可も得た。 そして、2014年の12月にブータンにおいて第 1 回目の技能実習生の公募が行われた。応募した ブータン人は約80人で、タクシードライバー、ツアーガイド、ホテルの従業員などの様々な背景 を持つ人々だった。選抜は書類選考と面接試験によるもので、ドルジさんと、監理団体の代表が −54−

(8)

中心になって行った。その後、実習生として選ばれた若者たちは、ブータンの日本語学校で約 3 か月の日本語講習を受けた。この学校はドルジさん夫妻の知人で、ブータンで暮らす日本人女性 が経営している。 講習を終えてから半年ほどたった2015年の10月、初めての技能実習生である 9 人が仙台に到着 した。ブータンからの技能実習生の受け入れは初めてだったこともあり、仙台駅構内で歓迎セレ モニーが開かれた。このセレモニーには、河北新報や読売新聞、それに地元のテレビ局などが 取材に訪れた。インタビューを受けた実習生たちは、「ブータンにはない先進的な技術を学びた い」、「身につけた技術を母国で教えたり、起業につなげたりしたい」と語った(河北新報2015b; 読売新聞2015)。彼らのうち 5 人を受け入れる予定の企業の専務もインタビューに応じ、「ブータ ンは道路事情が悪いと聞くので、技術を持ち帰って道路整備などに貢献してほしい」と話した(読 売新聞2015)。その後も2016年の 6 月に11人が、 7 月に 2 人が来日した。 ここで、ドルジさんの行ったことについて整理したい。ブータンの若者を日本に連れてくるこ とを思いついた彼は、まず義姉に相談した。彼女の同僚は技能実習にも携わっており、制度に詳 しい人とつながっていた。彼は日本におけるネットワークを使い、技能実習生を受け入れる準備 を整えた。一方では、ブータンの労働人材省に掛け合い、送り出し事業の許可を得た。さらに、 ブータンにおける知り合いに、事前の日本語講習を依頼した。今回のブータン人技能実習生事業 は、彼が日本とブータンそれぞれにネットワークを持っていたから実現したのである。つまり、 今回のブータン人技能実習生事業は、ドルジさんが日本とブータンそれぞれにネットワークを 持っていなければ実現していなかったと言えるだろう。 5 .ブータン人技能実習生の来日と日本での生活 ⑴ 講習 来日した技能実習生はすぐに働き始めるわけではない。彼らは最初の約 1 か月間、日本語および 日本での生活3、技能実習に関連する法令などの講習を受ける必要がある。仙台に来たブータン人の 実習生たちは、市内の日本語学校および管理団体において講習を受けた。その際に使った教材は技 能実習生のために作られた『技能実習生のための日本語みどり』という会話中心のものだった。テ キストはすべてひらがなとカタカナのみで書かれており、漢字を勉強する機会はほとんどなかった。 講習期間中の実習生の住居は監理団体が無償で用意することが義務づけられている(国際研修 協力機構2014: 1)。ブータン人実習生たちが暮らした寮は、監理団体の事務所からほど近いマン ションの1室であった。これはドルジさんの義姉の同僚が所有し、監理団体に貸与していた。部 屋の中には 3 段ベッドが 4 つ配置されており、実習生たちがくつろぐのはたいてい自分のベッ ドの上であった。彼らは暇な時間にはベッドに寝転がって故郷にいる家族や友人とSNSを通じて チャットをしたり、ビデオ電話をしたりしていた。洗濯機や冷蔵庫、炊飯器などの家電製品、食 器等は監理団体が用意した。

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⑵ 実習先へ 彼らは講習の期間を終えると、それぞれの実習先に向かった。2016年12月時点では、17名のブー タン人技能実習生がおり4、そのうち 9 名が東北で働いていた。彼らを受け入れる企業のほとん どは技能実習生の受け入れ自体が初めてで、日本人しか働いていない企業だった。その多くが従 業員50人以下の中小企業だった。 彼らの賃金は、月給14万円である。これは監理団体が決めたもので、職種や地域による差はな い。全国の技能実習生の平均賃金が12万3582円であるから(国際研修協力機構2013: 87)、比較的 高い方だと言えよう。しかし、日本の中で決して高い賃金ではないことも事実である。ブータン で技能実習生を募集した際に、上記の月収は公表されていた。ある実習生によればブータンの月 収は日本円で 4 万円程度であるから、彼らにとってこの金額は非常に大きかっただろう。しかし、 ブータン人実習生たちは、来日後に日本での生活は予想以上にお金がかかるということを知った ようである。ある実習生は「ブータンの中では高い。でも日本の中では低い」と残念そうに述べ た。この実習生の場合、家賃や生活費を引くと手元に残るお金は 9 万円ほどで、その中からブー タンの家族に送金をしているという。 表 2 :技能実習生( 1 号5)の賃金 出所:国際研修協力機構(2013:87) では、肝心の仕事内容はどのようなものなのだろうか。彼らの中には、会社でローラー車の運 転免許を取った人もおり、日本の技術を目に見える形で習得している。一方で、機械作業が中心 の工場では、「機械が作業するからあまり難しくない」と話す実習生もいた。 実習期間の間、技能実習生たちは、実習先の企業が用意した寮に住み、家賃を支払う必要があ る。 1 人部屋を与えられている人もいれば、同じ会社の日本人と一緒に暮らす実習生もいる。彼 らは皆、日本に来て畳というものに初めて触れた。そのため、新しい畳のにおいに不快感を覚え る人もいた。

(単位: 人)

支給額

合計

技能実習1号イ

技能実習1号ロ

構成比

構成比

構成比

9~10万円未満

29

0.1%

0

0.0%

29

0.1%

10~11万円未満

1,552

3.5%

87

2.8%

1,465

3.6%

11~12万円未満

15,492

35.2%

468

15.2%

15,024

36.7%

12~13万円未満

16,252

36.9%

689

22.4%

15,563

38.0%

13~14万円未満

7,903

17.9%

1,071

34.8%

6,832

16.7%

14~15万円未満

2,133

4.8%

240

7.8%

1,893

4.6%

15万円以上

682

1.5%

526

17.1%

156

0.4%

合計

44,043

100.0%

3,081

100.0%

40,962

100.0%

−56−

(10)

⑶ 日本での生活 食べ物 次に、彼らの日本での生活について見ていこう。まず、食べ物についてである。彼らの多くは 日本の食事になかなか慣れなかった。ある実習生に「日本食はどうですか?」と尋ねると、「甘 い」と答えた。ブータン料理は基本的に辛いからである。ブータンを代表する料理で、実習生も 大好きなエマ・ダツィ(Ema Datsi)という料理がある。それは、唐辛子をチーズで煮込んだも のである。彼らにとって唐辛子は「野菜」である。たいていの実習先では食事が提供される。あ る実習生は、食堂で食事をとる際には唐辛子を振りかけて、「ブータン風の味付け」にするのだ と話した。 嗜好品 また、多くの実習生は来日後にたばこを吸うようになった。ブータンには、ドマ(Doma)と 呼ばれる嗜好品がある。ドマとは、檳榔と呼ばれる植物の実を、胡椒などの葉に包んで、ペース ト状にした石灰をつけてガムのようにして食べるものである(Pommaret 2003: 13)。南アジア地 域を中心に消費されている嗜好品であり、体を温める効果があると言われ、風邪の予防のために 用いられることもある(Pommaret 2003: 13)。舌癌や咽頭癌などの原因となると言われているが (Pommaret 2003: 13)、ブータンでは子どもから大人まで愛用しているという。実習生たちが事 前講習を行ったブータンの日本語学校でも、注意書きに「No Doma」と書かれるほど、彼らの 生活に根付いた嗜好品なのである。しかし、日本でドマを手に入れることは難しい。ドルジさん がブータンへ帰国する際には、ドマを買って実習生に渡すこともある。また、家族からの仕送り の中にドマが入っていることもある。しかし、このような機会は多いわけではないため、たばこ で代用するようになったという。 日本語 次に、日本語についての事例を紹介しよう。実習生から話を聞くうちに、講習で学んだ表現 は、あまり仕事現場では使わないということが分かった。その理由の 1 つが方言である。あると き、自動車整備工場で働く実習生の 1 人からFacebookを通じて、筆者に「『ちょすな』の意味は 何ですか」という連絡が来た。「ちょすな」とは東北の方言で「触るな、いじるな」という意味 を持った言葉であるが、もちろん講習では習わない。しかし、上司や同僚は仕事の中でも方言を 使うことが多いようで、それに戸惑う実習生もいる。また、現場での作業が多いためか、実習先 では敬語などはあまり使わなくなったようである。岩手でトンネル工事に携わる実習生は、日本 語の「先生」である筆者に対して「行きましょう」と敬語で言うべきところを「行こう」と言っ たことがあった。彼は申し訳なさそうに笑いながら、「働き始めてから、私の日本語、汚くなり ました」と話した。さらに、実習先ではあまり文字を書く機会がないようで、ドルジさんは実習 生たちのなかに自分の名前も書けなくなった人がいると話した。 同僚との関係 次に、同僚との関係について述べたい。同僚との関係を良好に築けるかどうかは、その会社の

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雰囲気や実習生たちの性格によっても異なるが、日本語がコミュニケーションの重要な手段の 1 つであることは確かである。彼らはブータンで約 3 か月間、日本で約1か月間の期間しか日本語 の講習を受けていないため、日本語がうまく身につかなかった人も多い。実習生の 1 人は、ある 時、「日本語ができないから、友達ができない」と述べた。つまり、言葉を使えないことによっ て周囲とのコミュニケーションがうまく取れていないと感じているのである。一方で、言葉を 使って人間関係を深めている人もいる。実習生の 1 人は「同僚の山田さん(仮名)は私の日本語 の先生、私は山田さんの英語の先生」と話した。彼は同僚と言葉を教えあうことで人間関係を築 いたのである。 休日の過ごし方 ブータン人技能実習生たちは休日に何をしているのだろうか。彼らは、ドルジさんやブータン 人実習生同士で過ごすことが多い。ドルジさんは彼らを休日にいろいろな場所に連れていく。動 物園だったり、海だったり、野球観戦だったりと、実習生たちに少しでも楽しんでもらおうと努 力しているのである。また、ブータン人実習生同士でお互いの寮まで行って酒を飲んだりするこ ともあるという。中には、日本でできた友達と休日を過ごしている人もいた。彼はFacebookな どを通して、日本人や日本に住む人々と知り合い、松島や女川などに遊びに行ったという。その 一方で、休日は何もせずに一日中寮で過ごすという人もいる。彼らはその理由を、「仕事が忙し いから」、「日本に友人がいないから」だと説明する。 SNS 彼らはブータンにいる家族や友人とどのように連絡を取っているのだろうか。近年、技能実習 生などの海外で働く人々の連絡手段は増加し、格段に便利になった。その 1 つに、SNSがある。 それはブータン人技能実習生についても同様のことが言える。彼らは、FacebookやWeChat6 LINEなど複数のSNSを同時に使いこなす。 ブータンでは、1999年にインターネットが解禁された。その後、加入者はうなぎのぼりに上昇 し、現在は45万人がインターネットサービスを使っている(National Statistics Bureau 2015)。さ らに、ブータンでは携帯電話の契約者数も多い。2015年の統計では、約70万人が携帯電話を使っ ていることが明らかになった。2012年の統計では、Facebookを利用するブータン人は約 8 万人で、 15歳から34歳が全体の75%を占めていることが分かった(藤原2013: 277)。つまり、ブータン人 実習生にとってSNSはとても身近な存在なのである。 他にも、彼らがSNSでの連絡を選ぶ理由は、料金の違いにある。実習生の 1 人は「家族に電話 したら、月 4 万円かかった。だから、今はFacebookだけを使うんだ」と話した。国際電話を用 いるよりも、SNSを使って連絡を取る方が手軽で安いのである。SNSは彼らにとって必要不可欠 なものだと言えよう。 日本の印象 日本で働くブータン人は、日本についてどのように思っているのだろうか。ある実習生は、技 能実習の選抜の際の面接で日本についてどう思うか聞かれたところ、「日本はブータンと同じよ −58−

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うに資源がないけれども、先進国になった国だから、ブータンはヨーロッパよりも日本に学ぶべ きだ」と答えたという。筆者に対しても、「日本は知識が他の国よりも優れている」と話す実習 生もいた。他にも、「先進国の暮らしを味わってみたい」という理由で来日した人もいる。この ように、ブータンの人々は、日本に対して「先進国である」というイメージを持ち、あこがれを 抱いて来日した人が少なくないと言えよう。 東北の印象 では、東北について彼らはどのような印象を持ったのだろう。技能実習生たちは、日本に来る 前に実習先の企業の所在地を伝えられている。そのため彼らに「どこで働きますか」と尋ねると、 「仙台市若林区です」などと詳しい住所まで答えることができる。ただ、その場所がどのような ところかはあまり知らないようだった。岩手県の沿岸地域で働くことになった実習生は、その地 域について「静かなところですね7」と少し残念そうに話した。上述したように、日本に来るブー タン人は、日本に対して先進国だというイメージを持っているため、実習先が地方である場合に は落胆することもあるようだ。 6 .おわりに 冒頭で述べたように、技能実習という制度は多くの批判を受けているが、日本にとってもブー タンにとっても一定のメリットがあるというのも事実である。日本側にとっては、移民を受け入 れないという政策を維持しつつ、足りない労働力を補う存在として、実習生は非常に重要な存在 である。ブータンにとっては、急速な近代化の一つの弊害として現れた雇用不足を解消する手段 として、今後も技能実習生が増える可能性がある。実習の中で実習生が身に着けた日本の技術が ブータンに移転され、ブータンの発展に寄与する可能性もある。 本論では、彼らの日本での生活に着目することで以下の 2 点が分かった。 1 つ目は、ドルジ さんという同国人の存在の重要さである8。彼はブータン出身者として、実習生たちの生活のサ ポートを行っていた。特に、日本ではブータン出身者が非常に少ないため、実習生たちにとって のドルジさんの存在はより大きなものだと言える。このような人々の役割をより評価し、外国人 への支援につなげていくことが重要であろう。 2 つ目は、日本語の重要さである。実習実施企業において、講習で習った日本語があまり役に 立たないことや、実習の中で日本語を使う機会自体が減ることも多い。しかし、日本語は彼らが 人間関係を築くために大きな役割を果たしていることも確かである。彼らが働き始めた後も、日 本語を学ぶ場所と時間が必要である。 最後に、東北における多文化社会という視点から、本論全体を総括したい。東北は外国人非集 住地域であり、外国人同士のネットワークは大都市に比べて弱い。ブータン人に関して言えば、 そもそも日本に住むブータン人が少なく、ブータン人同士の強固なネットワークが形成されてい るわけでもない。そのため、ブータン人技能実習生と日本人はお互いに関わらなければならない

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機会が増えるという面が確かにある。それは実習先の同僚であり、SNSを通じて知り合う友人で ある。こうした機会が増えることは、ブータン人実習生たちの孤立を防ぐことにつながる。 彼らが日本で過ごすのは 3 年という限られた期間である。しかし、その間の生活において何か 得られるものがあれば、再び来日したり、日本とブータンをつなぐ存在になる可能性がある。そ れはブータン人だけではなく、他の国から来た技能実習生についても同様である。 はじめに述べたように、東北に定住している外国人のうち 4 人に 1 人は技能実習生である。彼 らは決して「『顔の見えない』存在」(小林2016: 106)ではなく、身近な隣人なのだ。そのことを 理解し、彼らが求める支援や交流に関する議論を活性化させていくことが重要なのである。 謝辞 本研究は、文部科学省博士課程教育リーディングプログラム「グローバル安全学トップリー ダー育成プログラム」による支援を受けた。 注

⑴ 本論で述べる内容は、拙論“An Anthropological Study of Bhutanese Technical Intern Training Program.”『東北人類学 論壇』16(印刷中)と重複する部分があることを明記しておく。 ⑵ ブータンの公務員試験に相当するものである。 ⑶ インドなど近隣諸国からの外国人労働者の多さも失業率を高めている原因だという指摘もある(Sonam 2005; Phuntsho 2014)。 ⑷ ごみの出し方や交通ルールなどを学ぶ。 ⑸ 本稿を書いている時点で働いているのは14名である。中途帰国した実習生たちについては別稿にて述べたい。 ⑹ 入国 1 年目の技能実習生は「技能実習 1 号」という在留資格を持つ。 ⑺ 2011年に中国の会社が作った無料の通信サービスのこと。 ⑻ 『技能実習生のための日本語 みどり』では、市街地を表す際に「にぎやか」、山村を表す際に「しずか」という単語を 用いた。 ⑼ 日本における同国人の重要さについては、工藤(2008; 2009)が指摘している。 引用文献 Aris, Michael

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図 1 :ブータンの人口

参照

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