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置塩信雄氏の相対的過剰人口論について(補論): 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Title

置塩信雄氏の相対的過剰人口論について(補論)

Author(s)

谷口, 正厚

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 5(1): 1-14

Issue Date

1981-02-28

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6701

(2)

置塩信雄氏 の相対自

勺過剰 人 口論 について

(補論 )

(1)置塩氏の論証の方法の 経済学的論理の側面 について (2) 置塩氏の数学的論証 について (3)資本関係再生産の論理 と 資本関係否定の論理 付 記 私 は、さきに、 『科学論研究会誌 』第2号 (日本科学者会議沖縄県支部科学論研 研 究会 発行, 1979年三2月 )収録の論文 「置塩信雄氏の相対的過剰人口論について」 において、置塩氏の相対的過剰人口論の批判 を試 みた。そこで私 がと りあげた氏の 見解 とは、 「相対的過剰入日の累進的生産」の法則あるいは同 じことだが 「資本主 義的蓄積の一般的法則」の内容 を 「失業率の増大」の法則 ととらえる立場、および それを前提 とした うえでの この法 則の論証の2点に関す るものであった。 しか しそ の際に、氏の論証における数学的推論その ものについては具体的な言及 を省略 した ので、ここでその点 をとりあげ、前掲拙論の補足 としたい。 (1) 置塩 氏 の論 証 の方 法 の経 済 学 的 論 理 の側 面 に つ いて まずは じめに、前掲拙論の要旨を簡単に述べておこう。

(3)

私のと りあげた置塩氏の見解 は大要次のよ うな ものであった。 氏 は、 「相対的過剰人 口の累進的生産」の論証についての これまでの多 くの請 2) 論はいずれ も 「じゅうぶんではない」 とみる立場か ら、そしてまた、 「相対的過 剰人口の累進的生産 を結論す るためには、なに も労働需要の絶対的減少をいう必 要はな く、む しろ、可変資本の絶対的増大傾向を中心 において相対的過剰人Llの 5) 創 出を論証で きるし、またそ うすべ きである」 とい う通説的見解に反対す る立場 か ら、次のよ うに間超 を提 出 された。 「要するに間誼はつ ぎの2つ にな る。(1)有機的構成の高度化か ら、労働需要 の絶対的減少 を導 き出す ことがで きるか。 (2)相対的過剰人LJの累進的創出を 4) 論証す るの に労働需要の絶体的減少 をい う必要があるか」 と。 これに対する氏の答 はこうであった。 「わた しは、 この2つの問題について、 こう考 えてい るO(1)の問題について、そ れは可能である

(2)の問題につ いては、必ず しも必要でない と。だが、(1)の問題 について肯 定 的 論 証 がお こなえるな らば、相対的過剰人 目の累進的生産につい て、 もっとも強力な論証にな ると考 える。小論では、 もっぱら(1)の問題、すなわ ち有機的構成の高度化 は、長期 ・傾向的には労働需要の絶対的減少 をもた らす こ 5) とを 『資本論 』の論理に もとづいて明 らかにすることを目的 とする0」 置塩氏 はこのよ うな立場か ら、資本の有機的構成が高度す ることを前提 して-6) しか もこのことの意味は、資本の有機的構成が 「じゅうぶんに」あるいは 「い くら で も了態 度化す るとすれば.・・・・・とい う修飾語がつけ られていることか らも推察 され るよ うに、一般 に考 え られているの とは異なった特殊な内容の ものとして考えられ ているのだが、そのこ とはあ とで示す この前提か ら数学的論坪を援用して結 論 を導 きだそ うとされたのであった。 これに対す る私の批判は、数学的論理の当否 を問 うまえに、経折学的によ り本質 的 な問題点が あるとい うことであった。すなわ ち、氏の 見解では、 「資本主義的蓄 積の一般的法則」

-

「相対的過剰人 口の法

」 を資本主義の絶対的行 き詰 ま りの法 則 -自動崩壊の法則 として把握す ることにな るのである。なぜな ら、氏のいわれ る -

(4)

2-意味での 「失業率の増大」の法則 とは、生 きた労働の絶対的減少の命題か ら派生す るものなのだか ら、けっ きょくは、剰余価値量その もの も絶対的に減少せ ざるをえ ないことになるか らである。私 は、 マルクスの 「資本主義的蓄積の一般的法則」 と は、資本がますます大 きな剰余価値 を生産 ・獲得 しよ うとして運動 してい,くことの 結果で もあ り前提条件で もあるとい う位置づけの もとで展開 された ものであると考 えてお り、またこれが一般的な 『資本論 』の理解 であると考 えている。私 は、この 立場か ら、資本の有機的構成の高度化 に関す る氏の特殊な前提 こそが見直 され、放 棄されるべ きであるとい うことを主張 したのである8)

(

2)

置 塩 氏 の 数 学 的 論 証 に つ い て そこでつ ぎに置塩氏の数学的論証の内容を検討してみよう。論文 「相対的過剰人口の 累進的生産について」 (注1の文献③ )における氏の論理 は以下の とお りである。 (ここでは、私 も、氏 に したが って、資本の有機的構成を C//V としてではな く,、

C/N

一 生 きた労働の総量 に対す る生産手段 に対象化 された労働 の比 - として とり扱 ってお く。 ) ① 氏はまず、

N-N/C X C

とい う等式 を論証の出発点 として&LLji:され る。 この等式は、 N - N とい う等式のイ(辺に C/C (- 1 )を掛 けて作 られた ものであるo ② ここで、右辺の2つの項が とる変化 によって左辺のNが どう規定 され るか を みると、賢木の有機的構成は 「いくらでも」 上昇す ることが前提条件 とされている ので、右辺の

r

j

?

J

A

l

墳 (有機的構成の逆数)は時間の経過 とともに無限に小 さくな る。 ③ 右辺の第2項については、蓄積過程の進行の もとでは不変資本 は大 きくなっ ていくものと考 えられるから、これは時間の経過 とともに大 となる0 ㊨ もし、 これだけであれば、Nの変化の方向は一義的に決 ま らない。 しか し、

(5)

ここで置塩氏は、次のよ うな新たな条件式 を導入 され る。すなわ ち、価値法則 にしたが えば、蓄積の源泉は剰余価値であ り、剰余価値の源泉は生 きた労働で ある。だか ら、追加不変資本 △Cと剰余価値M と生 きた労働Nとのあいだには △C < M < N (- Ⅴ + M ) したが って △C/C < N/C (C

>

0 ) とい う関係が常 に成 りたつ ことにな る。氏は この不等式について、 「不変資本 の増加率がN/Cとい う上限界 を もつP ことを示す もの といわれ、またここか ら、 「有機的構成の上昇つ ま りN/Cの減少が じゅうぶんにおこなわれ ると、 不変資本の増加率 は傾向的に低 下せ ざるをえな くな り、 どん どん小 とな らねば な らなしllJO)といわれ る。 ⑤ 置塩氏は上記④によって、 「総資本や不変資本の増加の速度が有機的構成の 上昇速度よ り小であることを示す1)とい う目的が達成 された と考 え られ る。引 用 によってそれ を示そ う。 「有機的構成の上昇 を前提す るか ぎ りN/Cは低 下してゆ く、そこで、 こ れを相殺す る以上 の増加率で不変 資本 Cが増加 してゆけるかが、 Nの運動を 決 める。 ところが、すでに しめ したよ うに、不変資本Cの増加率 は、 (生 き た労働 )/ (生産手段 に対象化 された労働 )をこえることがで きない。 しか も、その上限界が、有機的構成の高度化の結果、傾向的に減少 してゆ くので あ る。だか ら、不変資本Cは高い増加率 を維持 してゆ くことはで きない。そ

1

2

)

のため、おそかれはやかれ、労働需要Nは減少 をよ ぎな くされ る

以上の置塩氏の推論のなかで、①∼④については数学的論輝 としては誤 りでない と思われ る。間超なの は⑤である。なぜな ら、④の不等式の意味は、不変資本Cの 変化率 と資本の有機的構成N/Cの値 その もの (その変化率でな く )を比較 して、 前者は後者 よ り小であるとい うことを示 した ものである。だか ら、ここか らただち に⑤のよ うな結論 を導 きだす ことはで きない。 この結論 を導 きだす ことは可能か も しれないけれ ど、少 くともまだそれは自明 の ことではないというべ きである。置塩 1

(6)

4-氏は、 この点に関す る論証 をおこな っての ち、氏の主張 を展開 され る必要が あった。 しか し、氏はその手続 を省略 されて しまっている。 しか し、 この論証 は数学的 にみて も成立 しない。以下 その ことを示 そ う。 置塩氏の諸条件 、すなわ ち

C/N

は 「い くらで も」上昇す ること

、C

の絶対的大 きさは増大 してい くが その増大率 は

△C/C

<

C/N

とい う不等式 に規定 されて無 限小になってい くこと、この2条件 を満 た しなが らなおかつNその ものが大 きくな ってい くよ うな数学的モデル を作 ることがで きれば、資本の有機的構成の 「じゅう ぶんな」上昇は必 然的 に生 きた労働の絶対的減少 を結果す るとい う氏 の数学的論証 は成 立しない とい うことにな る。 そこで、 ① あ る時点での社会的総 資本 をとりその不変 資本部分の総額 を1(単位は何 で もよい )とし、これが蓄積の進行過程で次期に 1/2 ,第3期に 1/3,第4 掛こ1/4,第n期に 1/nずつ その絶対的な大 きさが増大す るもの と仮定 しよ う。 この場合、不変資本の増大傾 向は、増大率 にお いて小 さくな ってい く(第 111期-第2期 は1- 2/3- 15倍 に、 第2期 - 第3期 は 3/ 2- 3/ 2 十 1/ 3すなわ ち9/6- ll/6へ 約1.22倍 に、 第3期- 第4期 は11/6 -11/6+ 1/4すなわ ち22/6- 25/6へ約1.14倍 に等々 )のみでな く増大 分の絶対量 において も小 さくな って い く。 しか しそれで も不変 資本の大 きさそ の ものは時間の経過 とと もに無限に大 とな ってい く。なぜな らn- -の と き 1+ 1/2+ 1/3十 ・・.・・・+ 1/n一一 くカ となるか らであ る。 ② 一方、/tきた労働 Nについては、同 じ出発点 を とって第 1期に 1としその後 毎期1/2, 1/4, 1/8- ・・・1/2nずつ増大 してい くと仮定す る. するとn- 03の とき 1/2+ 1/4 + 1/8 +=--1/2n→ 1 15) であるか らNその ものの値は2を上限 として無限に増大 してい くことにな る。 ③ この場合資本の有機的構成C///N は無限に甲/2に近づ く、すなわ ち無限大 となるか ら置塩氏の第1の前提条件 は満 た されてい る。 ④ 価値法則か ら派生す るもうひとつの条件△C/C

<

N/C

につ いては どうか。

-

(7)

5-いま、任意の時期の

C

の増大量 を

△Ck

とす ると、

△Ck - 1

/k

であった。 ここでkは任意 の正の整数 であるか ら

1

/k ≦ 1

ところでNは生 きた労働 の増大分 でな くて元の大 きさ+増大分なのだか ら、任 意 の時期 の

N

の大 きさ

Nk

Nk

≧ 1 で ある。 すなわ ち第 1期 を除 けば必ず

△Ck

<

Nk

とな り、したが って

△C/C

<N/C

の条件 も満 た されている。 以上 の ことか ら、置塩氏の論証は数学的な論理か らあて も成 立 しないといえよ う 氏 の誤 りは、氏の立場か らして も不変資本の変化 率 と比較すべ きは資本の有機的構 成 の変化率でなけれ ばな らなか ったの に、後者のかわ りに資本の有機的構成の値そ の もの (但 し逆数 の形 で )と前者 とを比較 す ることで論証が成 g.した と判断 されて 考察 を中断 された ことで ある。 ところで、氏は この 「論証」 の後で

「(上の論証は )次のよ うな簡単な計算で 14) 確 かめ ることもで きる」 といわれて、 これ とは らが った もうひとつの論証 もおこな われて いるの でその点 もみてお こう。

「C/N

- α とか くと、

N - C/α

N,C

,αの変化率 をそれ ぞれ札 e

,

昔 とか くと、

分 = e 一 合

であ る。 ところが前述 の議論 か らe は傾向的に低 下 してい く

。C/N

が じゅうぶ ん大 になれば

C- 0

1

5

となるか ら、介 -

-

合 とな るが

昔>

oで あるか ら、けっきょ ) く命

<

oとな る

.

ここではすべての要因が変化率の次元で考察 されている点 で前の論証 とは異 って い る。 したが って、 その点 では さきの論証 におけ る欠陥 を免が れてい る。 しか しこ -

(8)

6-/

/

\ 乙では別の問題が現 われている。今、C-0とな ることを認めたとして、 α-0と /\ なる可能性はないのか

-0とな る場合で も、資本の有機的構成が無限 に上昇す るとい う条件 と矛盾す る ものではな く、 ただ その上昇率 が低下す るだけの ことであ る。 したが って、 このケースの検討 も必要 であるとすれば、その場合は

・oだか ら

命=-

含 となるといってすますわけにはいかな くな る.なぜな ら、氏 と全 く同 じ論 理 で もって

含→

O

とな るか ら

育-

倉 とな るが

、合>

oであるか ら、 けっきょく

>

oとな る」 とい う結論 を導 き出す こともで きるか らである。 したが って、結局 は 何 らかの結論 を得 るためには、C-αが正負 いずれの値 をとるか を検討 しなければ な らない。 しか し、置塩氏は この点 を検討す る必要性 を認めてお られない。 この理 由について、2つの場 合が考 えられる. 1つは、 ききの論証 にお けると同 じよ うに、ここで も、氏が結論 を導 きだす ことに性急 なあま りに必要 な媒介項 を見 落 された とい うことであ り、 もうひ とつは、 このα-0とな る場合の検討 をす る必 要性 を認めない とい う氏の推論 に何 らかの根拠が あ る場合で ある。そ こで このあ と の可能性について考 えてみよ う。 まず、

△C/

/

/

く N/C

とい う 不 等 式にそのよ うな意味が含 まれてい るといえるだろ うか。この不等式 は

N/C

その ものの値 については語 っていて もその変化率 につ いて は直接 には何 も語 っていない。 したが って、 この不等式か ら

N/C

の変化率が無限 に

0

に近づ くこ と はない とい う結論 をひきだす ことは無理 であろ う。 そ うす ると、考 えられる可能性 は、資本の有機 的構成が 「い くらで も」 あ るいは 「じゅうぶんに」上昇すれば・-・-とい う前提 条件 その ものにα-0とい う場合が除 外 されている。すなわ ち資本の有機的構成 は一定の比率 で上昇す るか もしくはます ●●●●●●●●● ます大 きくな る比率で上昇す るかのいずれかであるとい うことが合意 されてい る場 合である。 この場合 には、氏の論証 は、数学 的論証 としては成 立す るとい ってよい だろ う。 置塩氏は 『蓄積論 』第2版 の第 4章 において同 じ論証方法 を提示 されてい るが、 その少 し前の ところで、グ ロスマンの 「資本主義崩壊の理論」 を置 塩氏の見地か ら -

(9)

7-一般化 した数式 を使 って、数学的 には以上みて きた 2つの方法 とは異 なった論証方 16) ・・・・・・・・・・・ 法 を示 してお られる。 そこでは、グロスマンに したが って資本の有機的溝成 は毎期 ●■●●●●●●●●●●●●● 一定率で上昇す ることが前提 されて結論 (労働需要増加率が負 とな るとい う結論 ) が導 きだ されている。 そこでは搾取率は一定 と前提 されているが、 これにつ いて置 塩氏 はこの仮定 をはず して も論証 は成立す ると注釈 を加 え られている。 たしかに、 上述の第 2の論証方法 において も資本の有機的構成 は一定率で上昇す るとい う仮定 が あれば論証は搾取率の いかんにかかわ らず数学的 には成立す るといえよう。 しか し、前提条件 をこのよ うに考えるとすれば、氏は 「じゅうぶんに」 とか 「い くらで も」 とい うあいまいな表現 ではな く、 グロスマンの数式例の説明におけるよ うに明確 な量的規定で もって表現 され るべ きであった。 とい うのは、次のよ うな疑問が あるか らである。すなわ ち、論文 「相対的過剰人 口の累進的生産の論証」 においては、氏は問題を次のよ うに提起 されていた。 「マルクスは有機的構成の高度化 に ともなって、可変資本、労働需 要の絶 対的 減少が、おそかれはやかれ起 こると考 えていたことは明 らかであるとわた しは考 える。 そこで問題は、 これをいかに論証す るかで ある。その要点は、 うえにみた ところか らわかるよ うに、総資本や不変資本の増加の速度が、有機的構成の上昇

1

7

)

速度よ り小であることをしめす点にある

。」

ここで明確に述べ られていることは、不変資本の増加の速度が有機的構成の上昇 速度よ り小であること、第2の論証方法 に即 していえ

ばe<

分が成立す ることは前 提条件 に含まれていることでな く、これか ら論証 され るべ きだ とい うことである。 もし、価値法則 に根拠 を もった

△C <N

あるいは

△C/C<N/C

とい う関係式を 導入 して資本の有機的構成 と不変資本の量的な相互関係の関係 を考察すれば、 「総 資本や不変資本の増加の速度が、有機的構成の上昇速度 よ り小 とな る」 ことが論証 され るというので あれば、そ して これが第 1の論証の意図す るところであったと思 うのだが、この場合 は間超提起 と論証 とはかみあっているといえる。 しか し、第 3 の論証において前提 されたよ うに、第 2の論証で も、たとえば資本の有機的構成の 上昇率 は一定か もしくはます ます大 きくなることが暗黙の うちに前提 されていると す ると事情 は少 しちが って くる。 この場合には、 「資本の有機的構成が じゅうぶん 一

(10)

8-●●●●●●●●●● に上昇す るとすれば」 とい う前提条件の意味が、事実上、 「労働需要が絶対的 に減 ■●●●●●●●●●● 少す るのにじゅうぶんに上昇す るとすれば」 とい う意味に理解 されていることにな り、 こうして、論証すべ き事が前提条件その ものに含 まれていることになる。 上のよ うに考 えるな らば、置塩氏は、 「資本の有機的構成の高度化 か ら労働需要 の絶対的減少 を導 きだすのがマル クスの (ひとつの )方法であるが、それが成立す るためには資本の有機的構成の上昇速度 はどの程度の ものでなければな らないのか」 とい うよ うに問題 を犀起 された万がよ り合理的であったであろ うO (たた'し、この よ うな明確な形で提起 きれ ると、経済学の論争史上での氏の主張の意味 もまたちが って くることにな るだ ろ うが。 ) 最後に、グロスマンの数式に依拠 した第 3の論証については、数学的論証 として は成立していると私 も考 えてい る。 これに対 しては、数学的論理 と軽済学的論理 を 区別することが 重要 であると私 は思う。氏の論証の もっとも大 きな特徴 は、一見す ると互いに別個の独立 した要因であるようにみえる資本の有機的構成の変化 と不変 資本の変化 とを価値法則の見地に立脚 して相 互に関連づ けて考察す るとい う点にあ った. これは現実の連関の一面を示す もの として正 しい指摘である.氏において軽 視 されていたのは、この連関の範囲内での諸要因の変化は、剰余価値 を最大限に獲 得 しようとす る資本の傾向によってお し進め られ るとい う見地であ った。 この剰余 価値法則の見地の軽視のために、資本の有機的構成の高度化が 「じゅうぶんに」進 めば、剰余価値が絶対的に減少す ることを合意す る 「失業率増大の法則」が貫徹す 18) るというのが 「マル クスの産業予備軍増大の法則」だとい う見解がでて くるのであ る。 ここで重要な ことは数学的論理ではな くて岸済的論理 である。 (5)貸 本関 係再 生 産 の論 理 と資 本 関 係 否 定 の論 理 以 上、経済学的な論理か らみるともちろんの ことだが、数学的な論理か らみて も 置塩氏の主張は支持 Lがたい とい うこと(第 3の場合を除 けば )をみて きた。ここ で私は 、あ えて 氏 が その よ うな主 張 を展 開 されて きたことの意味について少し

-

(11)

9-考 えてみたい と思 う。 氏が 「相対的過剰人口の累進的生産」 の法則 -失業率の増大 の法則 とい う見解 を 積極的に主 張 され ることになったのは1972年以降 であ る。 ところが、 氏 は 同 じ 「法則」 をこれ とは違 った内容で理解 され、そ してまた違 った論証方法 をこの法則 の論証 として対応 させ るとい う立場 を とってお られ るが、 この もう1つの法則理解 は氏 にあ ってず っと以前 に確立 された ものである。 ここで とりあげた 『経済 』誌 1973年 9月号の論文の中で この点を氏 は次 のよ うに述べて お られる。 「資本 主義が循環運動 をえが きなが らしか運動 をしえないとい うことは、資本 主義において、中位の蓄積 ,価値増殖 欲に とって、相対的 に過剰 な労働人口が存 在す るとい うことを意味す る。 この意味で、資本主義が循環運動 をお こなわ ざる をえない ことを論証すれば、相対的過剰 人口の存在 を論証 したことにな る。 これ につ いては拙著 『資本制経済 の基礎理論 』第4章第 3節 (創文社 ,1965年 )参 照。小論では、循環の問題はまった く捨象 して、有機的構成の高度化 による長期 19) 傾向的な相対的過剰人 口の累進的生産 のみを問鎚 とす る。」 この 「循環の問題」 の見地か らの 「相対 的過剰人口の存在」 の論証 とは区別 された もの としての 「長期 ・傾向的な相対的過剰 人口の累進的生産」の問題 は、以前か ら の氏に とっての ひとつの未解決の重要問題であ った。氏 は 『蓄積論 』第1版 (1967 年 )で は、後者の問題 を第4章 「資本制的蓄積の傾向法則」の

C ・失業の傾向的 運動」 で とりあげ られてい るが、そこで問題 とされてい るのは、長期的傾向 として は失業率 は増大 してい くのか ど うか とい うことであ り、 そこで結論 は、必桑あた失 業率が増大 してい くとはいい きれない とい うことであった。 さらにさかの ぼると、 さきほ ど参照の指示 のあった 『資本制経済の寒礎確論 』で は、 「循環の間超の見地か らの法則の論証 を要約 した部分に拝 を付 して、や は り同 様の氏の関心 を次のよ うに示 されて いる。 「資本の中位的増殖欲 に対 して相対 的な過剰人 仁は;、長期的に累増 してい くか どうかの問題 を理論的 に追求 してゆ くことは本節 の課題ではない.この間超 に明 確な見通 しを与 えるためには、少な くと も次の諸要 因が 考え られねばな らないだ ろ う。(1)技術変化の特性、Cu)独占、¢ういわゆる 「第3次産業」

(⇒労働力給源地 -10

(12)

-としての農業部門、㈹国家の介

^

2

J

O)

(

傍点置塩氏 )0 このよ うな、相対的過剰人口あるいは失業の量 に対す る氏の関心、 よ り限定 され た形でい うと失業率の傾向的変化に関す る氏の関心 は何 に もとづいているのだろ う か。 これに関連 して、 『蓄積論 』第2版で新たに追加 された次のよ うな氏の見解が 注 目され る。 『蓄積論 』第2版の第4章 「資本制的蓄積の傾向法則」 は第1版 と比べて大 きく 改訂 されているが その力点 は置塩氏によると 「生産力 と生産関係の樫梢謁係 とい う 観点か ら、資本制社会のLL場 について、よ り詳 しく論 じた」 とい うところにあ る. この節 4章の昌頑に新 たにつけ加 え られた概説的 内容 を もった一節 「1, 傾向法則 に関する諸説」のところで、 「資本制があたか も繰返 されるもの として取 り扱 うこ とによってえられるもの」が法則であるとい う立場か ら傾向法則 を認めない見解を 批判 して氏 は、次のよ うに述べ られている。 「しか しなが ら、法則的に把握 で きるのはこの側面 (資本制が繰返 されてゆ く メカニズムの側面--筆者 )に限 られると考 えることは正 しいだろ うか。本書の 第 1章第 1節で述べ たよ うに、資本制的生産関係 は、生産力がある特定の性格 ・ 水準をもつ ときだけけ、存続 し機能で きるのだ とすれば、資本制的生産関係の も とで行なわれる経折諸活動が、生産力の水準 ・性格 を変 えてゆ き、ついに資本制 的生葎関係が機能で きない臨界点 をこえるに至 るのではないだろ うか。 また、資 本制的桂庵関係の もとで展開 され る諸階級の行動のなかか ら、生産力 と不適合 に なった/仁羅朋係 を新 し′い生確関係 とお きか える仕事を担 当す る主体が生れて くる のではないだろ うか

2Jl) そして、節塩氏はこの との意味での傾向法則の ひとつ として 「資本主義的蓄積の一 般的法則」をあげてお られる。 「繰返 され る過れ・!.のなかで、不可逆的(irreversible)な、 さしあた り、量 的変化が法則(仙こ進才げ ろ。この量的変化がある臨界点(critical point) をこす と、質的形態的変化が生 じる。 この ことを資本制 について、原理的 ・法則 的に把握す ることが必要であ り、 また可能である。 マルクスは 『資本論 』におい て、 これを行ない、資本制的蓄積の一般的法則や利潤率傾向的低 下法則な どを提

(13)

示 して いる。守) ところが、置塩氏 は、 さきに 「資本制が繰返 されてい くメカニズ ム」を明 らかに し た法則 について注 を付 して 「K.Marx『資本論 』第1巻第7編第22-23章参照、L2) 押・754-931

.

」 と記 してお られ る。つ ま り 「第23章 資本主義的蓄積の一般的法 則 は

2

義的に解釈 されて いるので ある。それは、繰返 しの法則-再生産の法則 であ ると同時 に死滅の法則 -再生産 の否定 の法則で もある。 私 には 「相対的過剰人 口の累進的生産」 -失業率の増大 とい う置塩氏の見解 は上 述 のような 『資本論 』についての置塩氏D理解の確立という意味をもっているように思われそ そして、より重要な関税包ま、置塩氏イ臥 の意 図あるい雌 堅論体係 という問題をこえて、『資 本 論 』第1部第 7編 第23章 「資本主義的蓄積 の一 般的法則」は、一万で は 「資本 に よ る剰余価値の生産」の論理 に対 して 「資本関係 その ものの再生産」 の論坤 として の 「蓄積論」 とい う見地か ら問題 に され る とともに、他方ではいわゆる 「貧困化論_ 等 の見地 か ら資本主義的生産様式 その ものの否定 に関わ らせて問題 に されて きた と い う点で、置塩氏 の2重の法則理解 は、 あ る程度、 マル クス経済学 における一般的 状況 を反映 してい るよ うに思われ るとい うことで あ る。本稿では、問題 を示唆す る に とどめて、 その展 開につ いては後 日を期 したい。 注 1) 置塩氏がこうした主張を展開されている文献をあげておけば以下のとおりである。

①A Formal proof of Marx's two theorems, Kobe Universty EcorK)mic Review, 1972 ② 「相対的過剰人口の累進的生産の論証

『経済 』,新日本出版社,1973年9月号 ③ 「相対的過剰人口の論証

,『現代資本主義 とインフレ-ション 経済理論学会 年

報Ⅹ

,青木書店,1974年 ④ 「生産価格 ・平均利潤」 ,都留重人 ・杉原四郎編 『経済学の現代的課題 』,ミネ ルヴァ書房,1974年 ⑤ 『蓄積論 』第2版 ,筑摩書房,1976年 ⑥ 『現代経済学 』,筑摩書房,1977年。 ⑦ 『マルクス経済学 』,筑摩書房,1977年o 置塩氏は以上の文献で、経済学的には同一内容の主張を数学的論jTEの方法という点で は臭った方法をとって展開されている。本稿では主に②の文献をとりあげ、ここからの - 12

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-引用についてはただ頁数のみを記すことにした。 注2),3) 86頁。 4),5) 87東。 6) 88頁。 7) 『蓄積論』267頁 。 8) 資本の有機的構成の高度化に関する氏の前提条件は現実には生 じない もの とみるのは 置塩氏 も私と同様である。 しかし、そのよ うな現実には生 じない特殊な前提条件の もと に導 きだされ る結論 を氏は F資本論 』第1部第7編第23章の 「資本主義的蓄積の一般的 法則」の内容 と考えられてい る。前提拙稿で私が問題 としたのはこの点であった。 9),10)92百。 ll) 88日。 12) 92- 93日。 13) 吐 きT=労働Nの増大にこのような絶対的な上限 を設定することは経済学的にはおかし なことであるが、ここでは数学的論理 を問題にしていろので これ も許 されよ う。 14),15) 93頁 。 16) 「グロスマンの自動崩壊論は誤 りである。だが彼の結論およびそこか ら引出 した政治 的判断が全 く誤 りであるとい うことと、彼の議論のなかに合理的部分が含 まれてい るこ とを混同 してはな らない。合理的部分 とい うのは、有棟的構成の高度化が十分に行なわ れろとい うことを前提 した場合には、労働需要の絶対的減少、失業率の増大 とい う結論 が必ず従 うとい う点である」(『蓄原論 』第2版 ,筑摩書房 ,1976年 ,264頁 )。 17) 88頁。 18) 『マルクス経済学 』 第4章 ,第 3節の 5を参軌 19) 87fie 20) 『資本制拝所の席礎確論』 211亘。 21) 『畜抗論』 255日。 22) 『-H,I:B.i論』 256

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本稿 を脱稿 したのは昨年 (1980年 )9月末である。その後置 塩 信 雄氏 の新着 『現代資本主義分析の課題 』(岩波書店 )が発行 された。本稿 に関す る限 りでその 特徴 を述べ ると、 『資本論 』第1部第 7編第23章の 「相対的過剰人口の累進的生産_ の法則の内容 と、剰余価値の絶対的減少を必然的に含蓄 した内零 としての 「失業率 の増大」の法則 と理解す る立場 を維持 された うえで、その 「法則」の論証方法につ いて修正 を加 えられているとい うことである。その修正の内容 は、私のい う数学的 論理の次元の ものであ り、第1に、資本の有機的構成が 「いくらで も」大 となるだ けでは労働需要が絶対的に減少す るとは限 らないことを認め られた うえで、第2に、 労働需要の絶対的減少 を必然的 に帰結す るためには資本の有機的構成の上昇におけ る変化率が正の値 をとればよい とい うよ うに、論証の前提条件 としての資本の有機 的構成の上昇 についてよ り具体的な規定 を与えられたことである。第1章,3の本 文 および注 44を参照 )0 これによって、氏の論証 を数学的論理の問題の側面か ら論 じた本稿の社会的意味 も減少 することになった。経済学的論理の間超については 「置塩信雄氏の相対的過 剰人口論 につ いて (『科学論研究会誌 』,第2号, 1979年2月 )を参照 されたい。 最後 に、本稿のテーマに関 しては、琉球大学教育学部数学科助手小関切忠人氏に 貴重な御教示 を頂いた ことを記 して謝 したい。

参照

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