「共生シンポジウム」斜め読み
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(2) とめ て しま うこ と 自体 に 問 題 が あ る」 と い うお 叱 りが 飛 ん で きそ うだ が)、 「われ わ れ は 身 体 性 ・ 物 質 性 を 通 して 既 に 他 の 生 命 体 と共 生 して い る(こ. と を思 い 出 せ)」 とい う こ とに な ろ うか。 ま. た 、 氏 は 報 告 の最 後 に 「 面 識 圏 を 超 え た 他 者 との 共 生 の た め に は 、 死 や 輪 廻 とい っ た発 想 が 必 要 だ 」 とい う考 え方 を 強 調 され た。 こ と 「 共 生 」 に 関 して い うな らば 、 今 福 氏 の 問 題 意 識 は 鮮 明 で 、 立 場 は 明 快 で あ る よ うに思 わ れ た。. 1.2.次. に 登 壇 され た シ ン ポ ジ ス トは 、 国 際 関係 論 ・国 際 文 化 学者 の 平 野 龍 一 郎 氏 で あ っ た。. 平 野 氏 の 報 告 は 、 国 際 社 会 で い くつ か の 文 化 ・社 会 が接 触 し並 立 を 余 儀 な く され る事 態 を あ らわ す 概 念 の 歴 史 を た ど り、 共 生 の像 を 探 ろ う とす る もの で あ っ た 。 氏 は 、 国 家 間 の 「 敵対 」 「 競 争 」 とい う、 い わ ば 共 生 の な い 状 態 か ら始 ま っ た 近 代 の 国 際 政 治 は 、 大 国 の 勢 力 圏 の 共 存 、 相 互 依 存 の 時 期 を経 て 、 国 家 間 の 人 の移 動 が激 化 し国 家 内 に も多 様 性 を抱 え る共 生 の 時 期 へ と移 っ て い き 、 現 在 に 至 る 、 とい う認 識 を示 され た(表1参. 照)。. た だ し、 こ の 経 緯 か ら、 最 終 的 な解 決 の 像 が 結 ば れ る に は 至 っ て い な い 。 た とえ ば 最 後 の 時 期 に 当 た る現 在 、 異 質 の 権 利 や 文 化 の 多 様 性 が課 題 に な りつ つ あ る と き 、 「 複数 の異質 な 同一種集 団 が 同 一 の 時 間 ・空 間 に 同 時 に 存 在 し、 そ の特 質 を 失 うこ とな く発 展 的 に 生 存 し続 け る」(平 野 氏の 「 共 生 」 の 定 義)に. は ど うす るか 、 とい うこ と に 明快 な 回答 は な い。 多 文 化 主 義 に 対 す る揺. れ 戻 しの 現 状 を 見 る な らば 、 「共 生 」 よ りも 「 共 棲 」 が よい の で は な い か とい う言 明 で 報 告 は 閉 じ られ た。. 1.3.休. 憩 をは さみ 、 そ の 次 に登 壇 され た シ ン ポ ジ ス トは 、社 会 学 者 の 宮 島 喬 氏 で あ っ た。 宮. 島 氏 は 、 教 育 を受 け る権 利 が 国 民 に 限 られ 、 異 文 化 間 を移 動 す る子 ど も に適 切 な 教 育 が 提 供 され.
(3) て い な い 日本 の 現 状 を批 判 した 。 す な わ ち 、 国 民 国 家 の 枠 か らは み だ して い る た め に 義 務 教 育 は 適 用 され な い 外 国 人 だ が 、 選 択 の 自 由 は 事 実 上 な く 、 公 教 育 に 行 く し か な い 。 だ が 、JSL (Japanese as Second Language)プ. ロ グ ラ ム す ら用 意 しな い 日本 の 学 校 教 育 のモ ノ リ ン ガ リズ ム. と否 定 的 な ス テ ィ グマ の た め 、 母 語 で つ ちか っ た 文 化 資 本 が 評 価 され ず 、 適 応 に非 常 に 苦 労 す る とい う。 フ ラ ン ス社 会 研 究 者 と して も高 名 な 宮 島 氏 は 、 こ の 点 以 外 に 、 イ ス ラム 教 徒 の ス カ ー フ 問 題 な ど、 フ ラ ン ス にお け る 同 化 主 義 的 傾 向 な ど に も言 及 し、 欧 州 で も多 文 化 主 義 が ゆ ら ぎ 、移 民 難 民 へ の 閉 鎖 的 態 度 が 出 て きて い る こ と、 だ が そ れ で も過 去 の 蓄 積 が あ る こ と も忘 れ て は な らな い こ と を指 摘 され た 。. 1.4.最. 後 に登 壇 され た シ ン ポ ジ ス トは 、 心 理 学 者 の 水 野 里 恵 氏 で あ っ た。 水 野 氏 の報 告 は 、. 4つ の うち 唯 一 、 パ ワー ポ イ ン トに よ る プ レゼ ンテ ー シ ョ ン の使 用 とそ の プ リン トア ウ トの 配 布 の あった 「 報 告 ら しい 」 報 告 で あ った 。 氏 の報 告 は 大 き く2つ の 部 分 に 分 か れ 、 前 半 で進 化 心 理 学的 手法 に よる 「 共 生 」 状 態 の シ ミュ レー シ ョ ン の検 討 、 後 半 で 「 公 正 」 等 の 概 念 とそ の た め の 教 育 の 必 要 性 につ い て の 議 論 が お こ な わ れ た。 こ の 報 告 で は 、 前 半 で の 「しっ ぺ 返 し戦 略 」 な ど利 他 行 動 発 達 の 進 化 心 理 学 的 な 論 理 と、 後 半 で 導 入 され る 「 公 正 」 等 の概 念 に は 断 絶 が あ る。 前 半 の議 論 は 「 霊 長 類 サ イ ズ の社 会 で は利 他 行 動 は確 認 され る が 、 面識 圏 外(匿 名 者)も 含 む サ イ ズ の 人 間 社 会 にお け る公 正 は説 明 で き な い 」 とい う理 由 で 却 下 され る1。 後 半 の議 論 は 、 公 正 の モ ラ ル を慣 習 以 前 ・慣 習 的 ・脱 慣 習 的 の3水 準 に 区 別 し、 と りわ け脱 慣 習 水 準 の 思 考 法 の 測 定 、 育 成(教 育)に つ い て の 議 論 へ と収 斂 す る。. 2. こ こで 思 い 起 こ され る の は 、 プ レ ・シ ン ポ ジ ウム の 議 論 で あ る。 プ レ ・シ ン ポ ジ ウム は 、第1 回 が村 井 教 授 に よ る 「 共 生 」 概 念 の 比 較 検 討(2004年11月2日)、 学 視 点 か らの 「 共 生 」 研 究 の 紹 介(2004年12月7日)で. 第2回. が 久 保 田講 師 に よ る 心 理. あ っ た が 、 こ こ で は 特 に 、 第2回 で 筆 者. が 久 保 田氏 や 当 日の コ メ ン テ イ タ ー の 成 助 教 授 とか わ した 議 論 を 引 い て 考 察 を進 めた い 。 た だ し 当 日は 、筆 者 も 自分 の い い た い こ とが 自分 で よ くつ か め て お らず 、 用 語 選 択 を誤 って 無 用 な 混 乱 を招 い た。 そ の こ と をお 詫 び しつ つ 、 議 論 を 展 開 して み た い。 プ レ ・シ ン ポ ジ ウ ム 第2回 辺)に. で の 久 保 田 氏 の お 話 に よ れ ば 、 心 理 学 の 立 場 か ら 「共 生 」(の 周. ア プ ロ ー チ す る研 究 は 、 第1に 愛 他 性 や 公 正 性 獲 得 の過 程 を検 討 す る道 徳 発 達 研 究 、 第2. に 「 共 生 」 政 策 へ の 人 々 の 評 価 を 検 討 す る社 会 的 公 正 研 究 、 第3に 外 集 団 へ の 態 度 形 成 や 変 容 の 1水野氏の立場に立つならば、全域的に成 り立つ戦略の発見をめざしてシミュレーションに精力を注 ぐ山岸(1999)な どの 努力はムダとい うことになるのかもしれない。だが、このことについての判断は筆者の能力を超えているので、ここでは 議論 しない。.
(4) 過 程 を検 討 す る集 団 間 関 係 研 究 が あ げ られ る とい う。 そ れ に 対 し、 教 育 学 者 と して の 成 氏 の コ メ ン トの ポ イ ン トの1つ は 、教 育 学 は 実 践 へ の 応 用 を 重 ん じ る こ と、 そ の 際 、 久保 田 氏 の 紹 介 す る 心 理 学 の 量 的 方 法 に 対 し、 教 育 学 で あ れ ば 実 際 に お こなわれ てい る 「 共 生 」 の 実 践 の 参 与 観 察 や イ ン タ ビ ュー を お こな い 、 そ れ を 質 的 デ ー タ と して 記 述 す る こ とか らは じめ るだ ろ う、 とい う もの で あ っ た 。 この 両 者 の 議 論 に 対 し筆 者 が発 言 した の は 、 量 的 ・質 的 とい うの は本 質 的 な 差 で は な く、 こ こ で紹 介 され た 限 りで は 、 心 理 学 も教 育 学 も現 に行 われ て い る こ と を記 述 す る こ とか ら始 ま る の は 同 じで 、 そ うで は な い 、 あ る種 の 理 念 か ら演 繹 され る 「 共 生 」 概 念 とい うの は な い の か 、 とい う こ とで あ っ た 。 だ が こ こ で筆 者 は 、 前 者 を 「実 践 」、 後 者 を 「 理 論 」 とい うこ とば で 表 現 した た め 、 筆 者 の 意 図 す る と こ ろ は うま く伝 わ らず 、 議 論 は 頓 挫 した。 今 考 え る に(と い っ て も遅 い か も しれ な い が)、 筆 者 は た と え ば 「emic」と 「etic」 とい う対 概 念 を使 用 す べ き で あ っ た と思 う。 す な わ ち 、 当 事 者 に と っ て の視 点 を含 ん だ と こ ろ か ら始 ま る 「 共 生 」 概 念 と、 当事 者 に と っ て の 視 点 とは 独 立 に理 念 と して 与 え られ(う)る. 「 共生」概 念 で. あ る。 これ は、 当 日の 議 論 で の 寺 田教 授 の 発 言 と も重 な る。 寺 田 氏 は 、 「 共 生 」 を人 権 の 一 元 化 批 判 の 系 譜 で と ら え、 社 会 発 展 は す べ か ら く近 代 的 市 民 社 会 に近 づ くべ し、 とい うの で は な い 、 よ り 高 次 の 共 同 関係 へ の努 力 で あ る 、 とい う よ うな 見 方 を示 され た 。 た だ し、 この 見 方 に添 うな らば 、 「 共 生 」 はeticな も の とい う よ りemicな もの とい うこ とに な る。. 3. さて 、 こ こで シ ンポ ジ ウ ム 当 日の 報 告 につ い て 、 多 少 の検 討 を試 み て み た い。 当 日の シ ン ポ ジ ス トの うち 、 ま ず 今 福 氏 と水 野 氏 の お2人 に つ い て 比 較 して み よ う。 こ の お2 人 は 、 共 生 に つ い て 個 別 的 問 題 を と りあ げ るの で は な く、 共 生 とい う問題 全 体 に つ い て 普 遍 的 な メ ッセ ー ジ を発 して い た と い う点 で は 共 通 して い る 、 と筆 者 に は 思 われ る。 だ が こ の お2人 は 、 あ る意 味 で 対 極 的 で あ る。 前 節 で 検 討 した 「 共 生 」 概 念 の 分 類 を あ て は め る な ら ば 、 当 日の 報 告 中 、 最 もeticな色 彩 が 強 い の は 水 野 氏 の 報 告 で あ る。 水 野 氏 の 射 程 は 、 「 共 生 」 よ りむ しろ 「 公 正 」 な ど普 遍 性 の 高 い 概 念 に 向 い て い る よ うに 筆 者 に は 思 わ れ る。 偶 然 か も しれ な い が 、 水 野 氏 は報 告 後 半 で は 「 共生」 とい うこ と ば を ほ とん ど使 わ れ な か っ た 。 そ して 、 「 共 生 」 あ るい は 「 公 正 」 へ の 経 路 と して 、 水 野 氏 の 議 論 は 、理 性 へ の信 頼 を 前 提 に して い る よ うに 思 わ れ る。 それ に対 し今 福 氏 の 報 告 は 、題 材 を奄 美 とい う具 体 的 な場 所 に即 した もの に とっ た こ と も あ り、 少 な く と も見 か け 上 はemicで あ る。 だ が そ の メ ッセ ー ジ は 、個 別 具 体 的 な 場 所 を超 え て 共 生 の あ り方 を指 し示 す もの と して 発 信 され て お り、 そ の意 味 で は 決 してemicに は と どま ら な い。 む しろ.
(5) 問題 は 、 今 福 氏 の 問題 意 識 や 立 場 が 、 どの よ うな 人 々 に 、 どの よ うな 形 で 共 有 可 能 な の か 、 と い うこ とだ と思 わ れ る 。 そ して この 今 福 氏 の 立 場 は 、 あ る種 の感 性 の 共 同 体 の 成 立 を要 請 す る。 ゆ え に 、 こ の議 論 に 共 感 す る人 も少 な く は な か ろ うが,い ず れ に して もそ れ は ロー カ ル な も の に と ど ま ら ざ る を 得 な い の で は な い か 、 と い う疑 問 は 当然 出 て く るで あ ろ う。 平 野 氏 の議 論 は ど うで あ ろ うか。 平 野 氏 の議 論 も 、 共 生 に つ い て の普 遍 的 ・全 域 的 な 言 明 に射 程 を あ て て お り、 そ の 点 で は 今 福 氏 、 水 野 氏 と共 通 す る。 た だ し、 今 後 に つ い て の ポ ジテ ィブ な 見 方 を示 さな い な ど、研 究 の 展 開 に つ い て の整 理 の域 に と ど ま ろ う とす る禁 欲 的 な 姿 勢 は 、 聴 衆 に は い さ さか 物 足 りな い 印 象 を 与 えた か も しれ な い。 とは い え 、70年 代 の 共 生 概 念 か らポ ス ト冷 戦 期 の 共 棲 概 念 へ の 展 開 を 追 いつ つ 、 共 生 へ の 安 易 な 夢 想 を戒 め 、 棲 み 分 け 的 な 共 棲 を 強 調 す る あ た りに 、 氏 の 国 際 政 治 学 者 ら しい 現 実 主 義 が 感 じ られ た。 最 後 に 宮 島氏 だ が 、 氏 は 、 日本 にお け る外 国 人 の 子 弟 の 教 育 問 題 を 中心 に 、 話 題 を い くつ か の トピ ック に しぼ り、 全 域 的 な 議 論 を展 開 しな い とい う点 で 、 上 記3氏. とは 対 照 的 な 報 告 を され た 。. この 問題 設 定 と氏 の議 論 の 「 批 判 」 とい うス タ ン ス に は 、 有 機 的 な連 関 が 感 じ られ る。 た だ 、 筆 者 と して は 、 「 批 判 」 の 重 要 性 は認 め つ つ も 、 氏 の 学 識 か らす れ ば 全 域 的 な 議 論 も 可 能 だ っ た ろ うに 、 な ど と思 っ て しま った こ とは告 白 して お か ね ば な らな い。. 4. さ て こ こ で 、 共 生 を 考 え実 践 す る の は た や す い こ とで は な い 、 と感 じ させ る事 例 が 最 近 身 近 で 生 じた の で 、 そ の こ とに つ い て 少 し寄 り道 的 に考 察 す る こ とを お 許 しい た だ き た い 。 2005年1月 頃 よ り、 名 古 屋 市 営 地 下 鉄 構 内 で 、 「エ ス カ レー タ ー で は 走 っ た り歩 い た り しな い で 」 とい うキ ャ ン ぺ ー ン が 始 ま り、 ポ ス タ ー の掲 示 な ど が お こ な わ れ て い る。 これ は 「 隣 を走 っ た り、 歩 か れ た りす る の は危 な い 」 「 左 手 が 不 自 由 な の で 右 側 に い た い 」な ど とい う、 主 に 高齢 者 の 声 に 配 慮 した キ ャ ン ぺ 一 ンの よ うで 、 エ レベ ー タ ー 協 会 や 他 市 な どか らの 歓 迎 や 注 目も集 め て い る よ うで あ る(朝. 日新 聞2005)。. エ ス カ レー タ ー の 使 用 方 法 に 関 す る議 論 に は か な り長 い歴 史 が あ る が 、 今 回 は 、 あ る生 活 リス ク を 公 共 的 に リス クヘ ッジ す る方 法 に 関 す る議 論 と して 問 題 が 設 定 され 、 「 急 ぐ者 」 に コ ス トが 課 せ られ た 。 だ が 、 この リス クヘ ッジ は 妥 当 か 、 コス トを 課 す 対 象 や そ の量 は 妥 当 か 、 とい う議 論 は 当然 あ り うる。 そ して そ の コス トは 今 ま で の 「 急 ぐ者 」 の 生 活 様 式 に大 き な影 響 を 与 え る の で 、 この問題 は多様 な生活様 式 の共存 、す なわ ち 「 共 生 」 の 問 題 と見 る こ と もで き る2。 さて 、 この 問題 に つ い て 筆 者 な りの 考 察 を 試 み た い 。 確 か に 、 老 人 や 障 害 者 な ど がエ ス カ レー ター に乗 っ て い て 恐 怖 を感 じる よ うな 歩 き 方 は厳 に 戒 め られ る べ き で あ る。 だ が 、 そ の た め に 急 2こ の問題を 「 共生」の問題 とする用法は一般的ではないかもしれないが 、筆者 としては 「 共生」をエスニシティ間の問題 に限定しない方がよい と考えている。.
(6) ぐ 者 の 便 宜 が 事 実 上 大 き く制 限 され る の は 、 筆 者 に は あ ま り歓 迎 で き な い 。 こ れ は. 「角 を 矯 め て. 牛 を 殺 す 」 こ と に は な ら な い だ ろ うか 、 と 危 惧 し て い る 。 こ の 情 報 に 接 して 筆 者 の 脳 裏 に ま ず 浮 か ん だ の は 、 残 念 な こ と だ が 、 「名 古 屋=田. 舎」説 で あ. っ た 。 こ の 椰 楡 的 な 俗 説 の 当 否 は と も か く と して 、 確 か に 今 回 の よ う な ル ー ル の 設 定 は 、(大)都 市 と して は 自 殺 行 為 で あ る よ う に 思 わ れ る か らで あ る 。 特 に 、 百 貨 店 内 な ど 買 物 の 場 で は な く 、 公 共 交 通 機 関 の 乗 降 の た め に 設 置 され た エ ス カ レー タ ー や 階 段 で は 、 そ れ ぞ れ の 乗 客 の 事 情 が ま ち ま ち で あ る こ と は 当 然 で あ る 。 「感 性 の 共 同 体 」 を 暗 黙 の 前 提 と し て 斉 一 的 な 行 動 様 式 を 押 し 付 け る の で は な く 、 多 様 な 行 動 様 式 が ど の よ うに お 互 い の 邪 魔 に な ら な い よ う な モ ラ ル や ル ー ル を 確 立 す る か が 求 め ら れ る3と い う の が「 都 市 的 生 活 様 式 」 だ か ら で あ る 。 容 易 に 想 像 で き る こ と だ が 、 こ の よ う な 議 論 で は 、 公 共 的 に ヘ ッ ジ さ れ る べ き リス ク の 特 定 、 そ の 量 や 程 度 の 見 積 も り 、 リス ク ヘ ッ ジ の た め に 課 せ ら れ る コ ス トの 選 択 、 そ の 量 や 程 度 の 見 積 も り な ど で 、 さ ま ざ ま な 立 場 か ら さ ま ざ ま な 見 解 が ぶ つ か り あ うで あ ろ う。 こ の 場 合 で は 、 高 齢 者 の リ ス ク を ど う見 積 も る か 、 コ ス ト と し て 課 せ られ た. 「急 ぐ者 」 の 不 便 を ど う見 積 も る か に よ. っ て 、 議 論 は ま っ た く ちが っ て くる。 そ して ま た そ れ に は 、 た と え ば. 「ス ロ ー ラ イ フ 」 や. 的 生 活 様 式 」 な ど 、 背 後 に あ る 「哲 学 」 も 大 き く影 響 し て く る だ ろ う。 た と え ば 筆 者 は. 「都 市. 「 都 市的. 生 活 様 式 」 を前 提 に こ の施 策 を批 判 した が 、 そ れ に は 当然 異 論 もあ ろ う し、筆 者 とて 、 自 らの加 齢 な どで 立 場 が 変 わ っ て くれ ば 、 前 提 も意 見 も変 わ っ て く る可 能 性 は な い わ け で は な い 。 あ る い は 、 代 替 的 な 施 策 の コ ス トや 効 力 に つ い て の 見 通 し も 影 響 し て く る か も しれ な い 。 た と え ば こ の ケ ー ス で は 、 「走 ら な い で 」 な ど 、 ま ず は 急 ぐ 者 に 対 し て 配 慮 を 呼 び か け る キ ャ ン ペ ー ン が 先 行 す べ き だ 、 と筆 者 な ど は 思 う。 し か し こ れ も 、 電 車 や バ ス の 優 先 席 と 同 様 に 啓 発 の 効 果 が 望 み 薄 だ と了 解 され れ ば 、 一 気 に. 「 過 激 な 」 施 策 に 走 る 方 向 に は ず み が つ き 、 現 在 の よ うな キ. ャ ン ぺ ー ン も や む な し と判 断 さ れ る か も しれ な い 。 逆 に い え ば 、 共 生 を 求 め た い な ら ば 日頃 か ら そ の 可 能 性 を う か が わ せ る よ う な 行 動 様 式 が 求 め られ る 、 と い う こ と に な る 。 「共 生 」 の 構 想 に は 、 こ の よ う に 、 さ ま ざ ま な 要 因 の 勘 案 や 葛 藤 の 調 整 が 必 要 だ と い う こ と が あ ら た め て 実 感 され る4。. 5. 平 等 、 公 正 な ど、 従 来 か らの 普 遍 的 理 念 と共 生 との 関係 も一 筋 縄 で は 行 か な い 。 そ れ に 関連 し て 筆 者 が ど う し て も 気 に な る 点 を 、 落 穂 拾 い 的 に な る が 、 い く つ か 記 し て お く。. 3こ の例 に限 らず 、多様 な文化や価値 観が混在 す る現代社 会 にお いて、 もっ とも現 実的な 「 共 生」の あ りよ うが 「 棲 み分 け」 である、 とい うことは しば しば見 られ る ことである。他の例 をあ げるな らば、た とえば喫煙者 と非喫煙者 の場合 、副 流煙 による間接喫煙 の害な どの問題 を考 えるな らば、喫煙 ・禁煙 区域の厳密 な区別 、公共の場で の原則禁煙 とい う方 策は 合理的 なものであ り、公の場(パ ーテ ィ会場 な ど懇親 の場を含む)で 、社会人 た るものが 当然守 らね ばな らぬモラル とし ての地位 を獲得 しつつある。 4「 共生 シンポジ ウム」当 日に この よ うな比較衡量の議論 があま り聞かれ なかったのは 、筆者 としては残念 であった。.
(7) 1つ は 、 共 生 とは 誰 に よ る誰 の た め の概 念 な の だ ろ うか 、 とい うこ とで あ る。 そ の 点 に 関 連 し て い つ も思 うの は 、 い わ ゆ る発 展 途 上 国 の 人 々 は 「 共 生 」 を欲 して い る の だ ろ うか 、彼 らが 欲 し てい るの は 「 発展 」 「 成長 」 「 繁 栄 」 で は な い の だ ろ うか 、 とい う こ とで あ る。 しか し実 際 に は 、 「 成 長 」 の 実 現 は 困 難 で あ る。 現 在 の技 術 水 準 で 、 現 在 の 生 活 水 準 へ の 「 成 長 」 を 地 球 規 模 で 実 現 し よ う と した と き 、 到 来 す る の は 、 資源 の 枯 渇 と、 現 在 よ り も一 層 大 規 模 で 深 刻 な 環 境 汚 染 で あ る。 橋 爪 は こ れ を 「環 境/貧 1997:243-244)5。. 困/人口. の ト リ レ ン マ 」 と表 現 した(橋 爪. も しそ の よ うな 事 態 を避 け よ う とす る の な らば 、 わ れ わ れ は 地 球 社 会 を い わ. ゆる 「 持 続 可 能 な成 長 」 へ と軟 着 陸 させ ね ば な らな い。 そ して そ れ は 発 展 途 上 国 の 「 成 長」 へ の 夢 を奪 うこ とか も しれ な い 。 毎 年 、 合 法 も非 合 法 も含 め 、発 展 途 上 国 か ら 「 先進 国」へ の移住 は絶 えない。 だ が、そ もそ も なぜ 移住 が生 ず るの か。 今住 んで い る とこ ろで 「 成長」 「 繁 栄 」 が 実 現 で き な い な らば 、 既 に 「 成 長 」 し現 在 「 繁 栄 」 して い る と こ ろ に移 住 して そ の 分 け前 を頂 戴 し よ う、 とい う人 々 の欲 望 は 当然 で あ る。 そ の欲 望 は 抑 え る こ と は で き な い だ ろ う し、 そ の 権 利 も な い と い わ ざ る を得 な い 。 こ の よ うに考 え た 場 合 、 「 共 生 」 は に わ か に 罪 作 りな概 念 に見 え て く る。 地 球 規 模 で の 平 等 を 前 提 とす る な らば 、 先 進 国 は 当然,発. 展 途 上 国 の成 長 や 移 住 労 働 者 に よ る 富 の 移 転 に協 力 的 で あ. る必 要 が あ る。 だ が 「 共 生」概念 は 、それ を きわめて 「 ケ チ 臭 く恩 着 せ が ま し く」 展 開 して い る もの に見 えな くもない。 に も か か わ らず 、 も う1つ の 共 生 、 す な わ ち環 境 との 共 生 の た め に 、 われ わ れ が 人 類 と して 生 き残 る た め に 、 わ れ わ れ は そ れ をや ら ざ る を え な い 。 そ の 痛 み を 、 共 生 を研 究 あ るい は 実 践 す る 者(つ. ま りわれ わ れ)は. も っ と感 じる べ き な の だ ろ う。. も う1つ 筆 者 が 気 に な る の は 、 「 多 文 化 共 生 」 以 外 の 文 脈 で 語 られ る 「 共 生 」 と 「平 等 」 「 公 正 」 との 関 係 で あ る。 内閣府 は 「 共 生 社 会 担 当 統 括 官 」 を 置 き 、 共 生 社 会 の構 築 を 政 策 課 題 と して 位 置 づ け て い る。 ま た 、 男 女 共 同 参 画 担 当 部 局 も 内 閣 府 に置 か れ て い る。 この 共 生 社 会 の 理 念 は、 人 間文 化 研 究 所 の研 究 目標 に も影 響 を与 え て い る と思 わ れ る。 だ が 、 政 策 課 題 は 、 青 少 年 健 全 育 成 、 少 子 ・高 齢 化 対 策 、 障 害 者 自立 と社 会 参 加 の促 進 、 交 通 安 全 の 確 保 な ど、 い さ さか 総 花 的 な 印 象 は免 れ な い (内閣 府2005)。. これ ら各 分 野 で の 「 共 生 」 の 相 互 関 係 も よ くわ か っ て い な い 。. 筆 者 に は 、 これ らの 分 野 の 「 共 生 」 は、 よ く語 られ る 多 文 化 共 生 の 「 共 生 」 と根 本 的 な と こ ろ で 差 異 が あ る よ うに 思 わ れ る。 た とえ ば 男 女 共 同参 画 の 分 野 で は 、 ま ず 実 現 され るべ き は 平 等 で あ る。 そ れ は表 に は 出 な い 場 合 で あ っ て も 、 関 係 者 に共 有 され た 熱 意 と して 脈 々 と伏 流 して い る。 つ ま り、 普 遍 的 な 目標 が あ り、 そ の 後 初 め て 共 生 が 論 じ られ うる の で あ る。 「男 女 共 同 参 画 基 本 5橋爪(1997)は 経済成長を貧困克服の手段とし 、貧困が克服できれば人口が抑制できるが、できなければ人口は増え続け、 貧困層はますます拡大する、と予想する。そ して人口増はもちろん、食糧 ・エネルギー(資 源)・環境問題をさらに悪化 させる。.
(8) 法 」 の英 訳 が. 「Gender Equality Law」. で あ る の は 、 伊 達 で は な い の だ と 思 う。. こ の こ と は 、 共 生 社 会 と い う も の を 論 ず る と き に 、 「共 生 」 だ け を 論 じ て い て よ い の か 、 と い う疑 問 を も た ら す 。 共 生 と は ど うい う状 態 で 、 そ れ は な ぜ 望 ま し い の か 、 とい う こ と を 、 公 正 な ど 他 のeticな 概 念 と の 対 比 に お い て 、 わ れ わ れ は も う少 し て い ね い に 論 じ て い く 必 要 が あ る だ ろ う。. 6. 12月18日. の 共 生 シ ン ポ ジ ウ ム で は 、 「本 日の 議 論 を ど の よ う に 発 展 さ せ て い く か が わ れ わ れ 人. 間 文 化 研 究 科 に とっ て の 課 題 だ 」 と 司会 が ま と め の こ と ば を 述 べ た。 こ の 小 文 で筆 者 は 、 不 十 分 な が ら もそ の発 展 を試 み た。 だ が 、 慧 眼 な 読 者 に は 既 に お 気 づ き の こ と と 思 う が 、 筆 者 の 議 論 も 一 貫 して い る か ど う か 怪 し い も の で あ る 。 た と え ば 、4.で. 展 開 した. 「多 様 性 へ の 寛 容 」 へ の 議 論 と 、5.で. 展 開 した. 「共. 生 」 と 「公 正 」 に 関 す る 議 論 の 接 続 は 必 ず し も 明 確 で は な い 。 何 を も っ て 共 生 と し、 何 を 課 題 と して 研 究 を す べ き か 、 わ れ わ れ に は ま だ ま だ 宿 題 が 多 い 。 「斜 め 読 み 」 と い う よ り 「殴 り書 き 」 の よ うな 本 稿 は 、 も と よ り そ の た め の 通 過 点 に 過 ぎ な い 。 各 方 面 か らの ご叱 正 と、 これ 以 外 の さま ざ ま な 発 展 の試 み を 待 ち た い 。. 文献 朝 日新 聞. 2005. 橋爪大三郎 内閣府 山岸俊男. 「エ ス カ レー タ ー. 1997. 2005 1999. 追 い越 さな い で 」、 朝 日新 聞名 古 屋 版2005年1月27日. 『橋 爪 大 三 郎 の 社 会 学 講 義2』 、 夏 目書 房.. 「内 閣府 ホー ム ぺ ー ジ」、http://www8.cao.go.jp/souki/、2005年1月10日. 『安 心 社 会 か ら信 頼 社 会 へ 』、 岩 波 書 店.. 夕 刊..
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ヨーロッパにおいても、似たような生者と死者との関係ぱみられる。中世農村社会における祭り
「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求で はなくて、差異への欲求(社会的な意味への 欲望)であることを認めるなら、完全な満足な どというものは存在しない
自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から
社会的に排除されがちな人であっても共に働くことのできる事業体である WISE