Cinthio
と
Shekespeare
一
〇thello
の場 合
一
今
井
早夫
イ タ リヤ人
Giraldi
Cinthio
がHecatommithi
をベ ニ ス で出版
し たの は1566年
の ことであった。
Hecatommithi
は,
そ の名の示 すと お り, 百 個の物
語を 集 め た 「物 語 集 」で あ る。 全体
が十
編に
分割
され,各
編には, それ ぞれ 十 個の物 語 が 納め られて いる。
Hecatommithi
の第三編はThe
Unfaithfulness
QfHushands
and Wives(
夫と妻
の不貞)
が テー
マ とな っ て い て , その第
七番目の 物 語 (Novella
VII
) が38
年 後に, 即 ち1604
年にShakespeare
に よっ てOthello
の名
で発表された悲 劇の 原話で ある。この原 話は, 原 語であるイタリヤ語に よ る と約
4
,700
語の, 比 較 的短かい, 内 容 的}こもご く簡
単な物 語である1)。Hecatommithi
の英訳本
は, 1566 年の直 後に 出版さ れ た が, 現在その 現物は見 当 らない。
仏 訳 本は, パ リで1584
年
に出版 された。はっ き りし た形の英 訳 本 は
1753
年に出版
されたの で ある。さて
Shakespeare
が ロ ン ドンで活 躍し て いたこ ろ,
ヨー
ロ ッパ の五大 国一
イ ギ リス・
フ ラ ンス・
ドイツ・
ス ペ イン ・ イ タ リヤー
の うちで , イ タ リ ヤ は第一
級の 先 進 国で あっ たか ら,
イ ギ リス で は,多
くの点でイ タ リ ヤ化 (ltalianith
)
が流 行と なっ ていた。 イタ リヤ風の紳
士 (An
Italianate
Englishman
)が肩で風切っ て街
を闊歩
してい たの で ある。
もっ と も, これ が度
を 越 す とRichard
U
に出て く る よ うに ,非
難の 声 もあがっ た よ うで あるが 2)。
し か し,
一
般 的IC
は , イギ リス の文人 たちが, 踵 を接 して次々 と イ タ リヤ を訪 れたこ とは 事 実 で,彼
ら はイタ リヤか ら良いもの も, 悪いものも合
わ せて吸 収 して イギ リス へ 持ち帰っ たので あ る3) 。ところ が
Shakespeare
は例外
で, 生 涯 を 通 じて,一
度 もイ タ リヤを 訪 問し て い ない の で あ る。 当時
, 彼は座 付 作 者であっ たか ら,一
年を 通 じて多
忙な生 活を 送っ てい た。 従っ て,
劇 場の仕事
を放置
して, 外 国へ 出 掛 けて い く時
間的余裕
もなけ れば, 心 理 的 余 裕も
なか っ たこ と で あろ う。 ま た,彼
が イ タ リ ヤ 語を も 含めて ,外
国語は余
り得
意でな か っ たこ と も, 彼が生 涯 を 通じて 英国
か ら出な かっ た 理由
の一
つ で あっ た かも知 れない。しかし,
Shakespeare
が, た とえイ タ リヤ に 出 向か な くて も,種
々 の イ タ リ ヤ関 係の 翻 訳本
は出 版さ れ ていた し,
ま たイ タ リヤ から渡来
し たり,定
住 して い る イ タ リ ヤの学者
や商
人は多数一 13 一
存 在 していた4) 。 イ タ リ ヤ帰 りの英 国人 も
Shakespeare
の身
辺に居
た の で あ る。従っ て
Shakespeare
がそ の気にな り さ えすれ ば, 自分の芝居の題材
や 背景にな りそ う な 話 を 仕 入 れたり, ヒ ン トを 得るこ とは, い と た やすい ことであろ
た。事 実, 彼の
37
篇の作 品の うち, いわゆ る 「イ タ リ ヤもの」 (ltalian
setting )は5
篇にのぼ る の で あるs) 。さて
Othello
であるが,Shakespeare
がHecatommithi
を, そ の英 訳本
で は な く, イ タ リヤ 語で 書か れ た original source の まま,17
世 紅の初頭に 読ん だで あ ろ うこ と がOthello
の一
節の検 討によっ て明 白になっ て い る 6) 。
とこ ろ が
Shakespeare
は前
述の よ うに, 元来外
国 語が得
意 で な かっ た し, そ のうえ, 学 校 教 育 すらvaMl
と
受けて いない, 市 井の座付
作家
であっ た 7) 。彼は感 受 性の 豊 か な詩人で は あっ ても, 決して
学者
で はなか っ たこ とは事 実であるQ’
従っ て, 彼がHeeatommithi
の原 話を イ タ リ ヤ語で読め た か ど う か は, 疑わ しい と思 えぱ, た し かに疑わ しい の で ある。他方
,彼
にはそれ ぐ らい のイタ リヤ語 読 解 力があっ たとする説 も あ り8),
原 作 者Cinthio
の提
の 供した 炭素
にし かすぎ ない素材
を, 永遠 め き ら め き を秘め た ダ イ ヤモ ン ドた るOthello
lc
仕 立て 直し たこ と は, ま ぎ れ も ない 事 実で あるか ら, こ の件につ い てはこれ 以上触 れないこ と にする。さて, 論 を す すめ る必 要 上,
Cinthio
の原 話を, ご く簡単
に述べ なけ れば な らない。Disdemona
は,
両 親の 反 対 を 押し切 っ てMoor
と結
婚し た9)。 当時Moor
はベ ニ ス の 国 防 を ま か され, 厚遇 を受 けて い た。さて
Moor
の ひきい る部 隊に一
入のEnsign
がい.
た。 こ の男は, 容 貌はすこぶ る美しく整って いたが, そ の性 格た る や, こ の世で もっ と も邪悪で あっ た。
ところ で
Disdemona
はCaptain
ofthe ・
troop
に 目 を かけてお り,MoQr
も彼
女 同 様に,彼 を と り立て て いた。
あ る 日, こ の
Captain
ofthe
troop
が, 守 備兵の一
人 を 剣で傷つ け る とい う事件
が もち あ がっ た。Disdemona
は これ を 深 く悲 しみ, 夫のMoor
に とりな そうと し た。ところが, 心の邪 悪な
Ensign
は, 自分の妻へ の(
結婚
の時
の)誓
い や ,MOQr
夫妻
へ の信 義 や友情
を忘れて , こ と も あ ろ うに, 実はDisdemona
に 横 恋 慕してい たの で あ る。 その程 度は 判 然 と し ないが, 彼 は か なり熱を あげて いたもの と思われる。ところ が, 当の
Disdemona
の方は,一
向にEnsign
の こと な ど 心 に 留め なかっ た た め に,
こ の世の常 と して, 彼 女に対 する愛は,
間 も な く激 しい憎
しみに変 化して しまっ た。 そ して,彼
女の 心 が自分の 方へ 靡か ない の は, 彼 女が
Captain
ofthe
trQop
の こ とを思 っ て い るた め に相 違ない と, こ の心 よ こ しまなEnsign
は勘ち がいを したの で ある。そ して, 自分 と 彼 女と が不 義の
快楽
を たの しむた めに, まず第
一
にMoor
と彼女
の 仲を破
壊する。 第二 に
CaPtain
(}f
the
troop
を殺害
して し まう 算 段 を.
はじ めた。 こ の悪 人はDisde
−
mona の腰の 帯か らハ ンカ チ を 盗 み とっ て, これ を 悪用 して
,
彼 女とCaptain
ofthe
trQop
−
14一
今井 :
Cinthio
とShakespeare
とが姦
通 して い るとMoor
に信じこま せ た。Moor
は 激 怒して, この不 義の 二人を 死に追い や る決
心 を した。Moor
の依頼
を うけたEnsign
はCaptain
ofthe
troop
を殺 害し よう と 計っ た が, 勇 敢であ り, 戦 場の経験
多
い彼の抵 抗にあっ て, 右 脚を 切 りお とすことがで きた だ けであっ た。その後,
Moor
とEnsign
は協 力してDisdemona
の 背中
と 頭 と を 砂の詰っ た袋
で殴っ て, つ い に
彼
女 を死に到 ら しめ るこ とに成功
した。始
めの うち は共 同作 業 を していた二人 は, 些細なこ とか ら仲た がいを し,Moor
はベ ニ ス共和国
当局に よっ て裁
判にかけ られ, 国 外 追 放 となっ たもの の, 最 後に はDisdemona
の親 戚の手に か か っ て殺さ れ る。一方
Ensign
は,
ほかの 罪で激 しく鞭 うたれ, とう と う無惨
な死を とげた。これが
Cinthio
の原 話の概 略で ある10) 。 こ の原 話は,plot
を た どっ て行 くか ぎ り,
当然の こ と な が らShakespeare
のOthello
と か なり 類 似 して い る。 しか し,
そ れ は, あ くまで筋書
き の うえのこ とで あっ て, 前 述の ように, 炭 素がダイ ヤモ ン ドに変 化 したもの であっ て みれ ば, 詳 細に比 較 して い く と,時
に は な か な か大 胆で大 幅な, また, ある時は大 変デ リケー
トな変 化・
改 造・
創作 ・
添 加 加 筆が な されて い るの であ る。本
論 文では, これ か ら原 話 とOthello
との相 違 点を 調べ て い くの である が, こ の劇 中でIago11
) な る悪 漢の占め る位 置がすこぶ る 重 要であるこ と か らみて ,Cinthio
とShakespeare
が , こ の 悪漢を どの よ うに扱っ た か は, 次の機 会に ま とめるこ とに し たい と 思 う。というのは, こ の
Iago
に か か わ る テー
マ は, か な り尨 大な論証 を要し, かつ 「悪」自身
にか ら ま るテー
マ だけに , 多 種 多 様な 立論 が 可 能で ある か らであ る。今 回は, こ の
Iago
を 除 外し
た うえで,Othello
の 主 要人物
, 重 要な 事 件につ い て,
原作者
とShakespeare
と が, い か な る扱
い の違いを とっ た か を 論 述 し, それ を通 じて,時
代の 違いや思 想の 流 れ を………
そして何より も まず二 人の作 者の相 異 をみ ていき たい12)。1
一
主 人 公 夫 妻の間の愛を め ぐっ て一
1,
男 女の愛の芽
生 え につ い て ,原 話で は, 貞 淑で美しい
Disdemona
がMoor
を愛す る ようになっ たのは, 彼 女が 彼の武 勇 に感 動し た か らであ り,Moor
の方
は彼 女の美し さ と気 高い性 格に 心打
た れて彼 女を愛 する よ う になっ た と, ただそれ だ け しか記 述 されていない。彼
女
の両 親はDisdemona
に, 他の しか るべ き 夫 を みつ けて 結 婚さ せ ようと骨 折っ た が,
無 駄であっ た こ とが, 添え て述べ てある 13) 。一
15一
こ の記述か ら推 察できる こ と は, 二 人の 闔に芽 生え た愛 情は
,
人 間の 心の 深い とこ ろに根 ざし たもの で あっ て, 世 間にあ りが ち な軽 薄な男 女 間の 愛では ない一
とい うこ と ぐ らい であ ろ う 。原 話はス タ イル も
平
板で, また簡 単に記 述 されているにす ぎないか ら, 二人の愛の発 生につ い ては さ だ かでない。一
方,Shakespeare
はこ の件
を どう 扱っ て い るであろうか。
彼は, 原話 に 出て く る主 人 公二 人の男 女 関係を, 基本 的には その ま まOthello
にとり入 れ た。 しか し, い くつ かの点で, 添 加や 強調 が な さ れてい る。添 加された 点 といえば,
Shakespeare
は二 人 が結ばれるまで に, 原話には な かっ た新しい要 素を もちこ んで い る。 即 ちDesdemona
の父Brabantio
の ロを通 じてムー
ア人の身辺に た だ よ う mysterious な雰 囲気につ い て言
及 して いる。
いく らす すめ ても,
その 候 補 者が立 派な貴 公 子であっ て も, 結 婚 を 拒みつ づけて来
た娘
が, こ と も あろうにムー
ア人の どす 黒い胸の内(
SQotybosom
)に とびこん だの は, ムー
ア奴が, か弱
い娘心 に魔 薬 をし か けた に相 異ないと, 娘 を奪
わ れた父 親は言い張るの で ある。 ムー
アは,何
か神 秘 的なカで, 娘を たぶ らか し た と, あ わ れな父 親は 信 じて い るの で ある。
これは, 娘 を 突 然 失っ た父
親
の ,単
な る 思い すごしであっ た ともと れ る が, しか しハ ンカ チにこ め られた magic
power
を 信 じこんで 疑 わ ないOthello
の態 度 を 思い合 わぜ
る と,Shake
−
speare は, こ のム
ー
ア人の将 軍に, 何か超人的なムー
ドを付 加し たもの と思われ る。従っ て, 二人の 愛の 芽 生えには
,
原話 に は な かっ た mysterious な何 物か が 添 加されたの で あ る。
2.
二人の男 女の年 令 差の設 定につ いてDesdemona
が若 く美しい ベ ニ ス 娘で あ るこ と は, 原 話 もOthello
も同様であ る が,Othello
の 年令
につ い ては,Shakespeare
原話と 違っ た 扱いを し た。Cinthio
の 原 話 に はMoor
の 年令
につ い て明 瞭な 記 述はな さ れて い な い。
し か し
物
語全体
か ら割
り出してみ る と,Disdemona
よりは幾 分 年 うえの 青 年のように考え られる。
とこ ろ が
Shakespeaire
のOthello
は,
か なりの 年 うえ,
それ も中 年 男 とい う設 定で あ る。
Othello
は, 自分は 「も う血気には や る年 令で も ない」 (1
.
ii
.
264.
) と も言い, また 「自分の年令
がも う 傾い て来た 」(III
.
iii
.
265−266,
) と も言っ て い る。 これ は あ き らか}こShakespeare
の創 作である。
Shakespeare
は な ぜ このように中 年の黒 人 とい う設 定 をし たの で あろうか。こ れ が, た と え ば童 話の世 界で あ れば, 野獣とお 姫 さ ま が結 ばれて
,
お姫さ まの 愛に よっ て,
野 獣は魔法
が と け, 若 く美しい 王子さまに, 生 まれ か わ るという幻 想 的 場 面 も期 待できよ うが,Othello
は,少
く ともムー
ア人のま まである。美し く若い ベ ニ ス
娘
とムー
ア とが結 婚 する こと をみた だ け で も, 芝居 小屋 の観 客は お ど ろ くで あ ろ うの に, その 黒人 が中 年 男というこ と に なれば, その観 客の受
け るシ ョ ッ ク は相 当の もの で一 16 一
今井 ;
Cinthio
とShakespeare
ある筈
で ある。観 客の心 に残るこ の何 と も割り切 れ ない思い
一
違 和感 を作 者Shakespeare
は一
体
どうし よ うとするの で あろうか。作者
は何の狙いが あっ て , こ の奇 妙 な組みあわせの新 夫婦
をつ く り出 したの で あろ うか 。い くっ かの解釈 が可 能で , たとえば, こ の ように外 見 上は 不釣 合い な
男女
間にも , 真 実の愛は 成 立する というこ と を 証明す る た めとする説 もある。しか し我々 は
,
や はりこ の不 釣 合い は, こ の新婚
の 男 女 が, いか に避 けよう と して も避 けるこ との 出 来ない愛の破
綻の前
兆 と して受 け とめ たい。秩 序
(
order)
の観
念 の い ま だに強い, エ リザベ ス 朝で あり, こ の観念 を 認め て い るShake
−
speare であっ てみ れ ば,
彼は多 分こ の考え が底辺 にあっ て こ の年 令の設 定 を したの である。3.
新 しい夫
婦が生れる経 過につ い てCinthio
の原 話では, ごく平 板に記 述さ れて い た事 情を,Shakespeare
は堀 りさ げ , また,時
間 的 経 過 を もあわせ て説 明し た。以 前には, 何かとい うとすぐ
顔
をあか らめ る, 内 気な 娘であっ たDesdemona
が14),
ベ ニ ス の 国の権
力者
で ある太 公や, 結 婚は断じて許 さないとわ めい て いる父 親 , それに結 ばれた ばか り の将 軍た る夫Moor
な ど, この 国のもっ とも有
力な男 性た ちの居 並ぶ前
で , 堂々 とこ うい うの である。That
I
did
love
the
Moor
to
王ive
withhim
,
My
downright
violence and storm offortunes
May
trumpet
to
the
world :myheart
’
s subduedEven
to
the
veryquality
of mylord
:Isaw
Othello’
s visagein
his
mind,
And
to hishonours
and his valiantparts
Did
I
my soul andfortunes
consecrate.
わ た く し が オセ ロ さ まを 慕っ て ご
一
緒に 住 み たい と願っ てお りますことは, 私のや り と げた無 謀にみ え る 所
業
のゆ え に・ 世 間に知 れわ たっ ておりま しょ う。 わ た くし は こ の方のお仕 事に も 心 を ひ か れ ま し た・ そして オセ ロ さ まの真のお姿は, お 心の 中にある と 思い,
高
いお 名前と 勇 ましい お働き とに ・ わ た く しの魂 も運 もお捧げ し たの です。 (
Liii
.249−255
)Desdemona
の こ の科 白に よれば,Othello
は姿こそ黒い ムー
ア人である が , 彼 女が ひか れた のはOthello
の姿では な くて , 彼の 「こ ころ」であるとい うの である。母の いない
彼
女は, 父 親の限り ない愛を満 身に う けて, いつ く しみ育て られ た。 男 性 とは没 交 渉で, 内気で, お と な しい性格
に養 育されてきたの で ある。そ の彼 女が, 急に, 全 く急に, 余 り
tc
も確 信のあ る もの の言い方を す る娘に変 身し たこ とに, 我々 は戸ま どい を感 じるの である。 しか し, とにか くこ の娘は, ムー
ア人の 「すが た か たち」 は一
17一
問題 に し ていない。 世 間の人 が ど う書お うと,
自
分は気 に し ない 。 自分は ムー
ア人の 「心根 」 に, つ まり 「外
観よ り は内容 」に こ ころ魅か れ たと公 言 した の で あ る。一
方Othello
は, 元来 定着
することな く, 定 住 することのない 傭 兵の司 令 官である。 彼は家庭
を 持っ て, その た めlc
行
動の自由
が損わ れ るこ とを 恐 れ,
結 婚 を好 ま なかっ た(
1
.
ii.26
) の で はある が, 自分
の苦 労 話 をひたす らに 聞き 入っ て く れ る, 若 く美しいDesdemona
に次第
に 愛 を 感じ る よ う に な り, 今 まで の考え方を捨て て,彼
女と結 婚 して, 家 庭を持 ちt
い と 心lcta
め るの で ある。そ して ,
彼女
と 同様に, 太 公やBrabantio
の 目の前で言うの で あ る。
She
loved
me forthe
dangers I hadpass
’
d
,
And
I
loved
her
that
shedid
pity
them
.
This
only isthe
witchcraftI
have
used :あ れは私の経て きた艱 難をいと お し く思 っ て私を愛して くれた。
わ た し はまた, あ れの そ の よ う な 心根を愛 した。
わた しが魔 法を使っ たと言 わ れる な らば, そ れ は た だこ れ だ け です。 (
1
.
iii
.
167
−
169
)こ こ であ げた
2
つ の科 白を きいた だけで も, 我々 は2
人の愛の成 立過程を, か な り明白
に理解 で き る。つ ま り,
Cinthio
が, その 原話の 中で, ご く簡 単に 「娘は, ムー
ア人の武 勇に感 動し, ムー
ア 人は, 娘の美し さ と気 高さに 心打
たれた」と述べ た2
人の 愛の始
ま りの 関係 は,Shakespeare
によっ て, 深み と幅
を増し たの で あ る。そ し て, こ こ に 「人 情 も, 年 令 も, 国の違 いも,
外
聞」も忘れて(
1
.
iii
.
96
−97
), そのうえ, 父 親の強い反 対を 押 し切った
両人の 「心の結
びつ き 」 を基 調に した, 「真の結 婚」(the
marriage oftrue
minds )15) が生 れたので ある 。こ の段 階で は, 前 述の よ うに 黒人 で あ り, 中
年
男で あるOthello
と, 美しく若 い 娘である,Desdemona
とい う奇妙
なと りあ わせ は, こ の2
人の愛の ス ター
トに あたっ て, 殆ん ど何の障 害 にもな らな かっ たかの よ うに見 受け られ るの で あ る。
皿一
ム r ア人の とりあつ かい一
〇
thello
が肌の黒い ムー
ア人 であっ た とい うこ とは,Cinthio
の場合
も,Shakespeare
の場合 も同
一
で ある。 そ して, こ の ムー
ア 人 が貞
淑な, 美しい若い ベ ニ ス 娘と, 親たちの 目か らみ れ ば 不 法に, 家 出 同 様の形式で結ば れる という経過 は, 原 話で は読 者に,
Othello
の場合
は観 客に,一
種の異 様 な心理 的 衝 撃 を 与 えた もの と 思 わ れ る 。それで はベ ニ ス 娘の愛し たム
ー
ア人 と は, ど ん な 性 格の男で あっ た か。 まず 原 話によ る と, こ一
18一
今井;
Cinthio
とShakespeare
のムー
ア入の性 格につ い て の記 述 は少ない。 し か し, 彼の行 動か ら考え る と, 彼は 「武人 と して す ぐれて いる うえに沈 着 」16)であ り,
勇 敢であ っ た。 彼は キプロ ス 島の 守 備 隊 長に任ぜ られ
るの であるが, そ の地位は 「気高
く, 忠実で , 強い」 IT)男でないと与え られなか っ た というか ら, ムー
ア人 もこ の線に沿っ た男であっ たもの と思われる。日常 生 活で は, もの
静
か な,幾分
地味
な, 力 量の あ る, 上品な男 性であっ た が, 反面い くつ か の欠 点 もあっ た。原 話
iC
よる と一
Disdemona
がムー
ア人全 体 を 評 した言
葉 を借
り る と一
「多 血 質で,
ほ んの一
寸
し たこ と にも心 を 動揺
さ せて, 怒 っ た り,復讐
を誓
っ た り」IB)す る とこち
が あっ た。それゆ えに, ひとた び
Ensign
に欺 されると, 前 後の 見 境 な く, 妻の 頭 蓋骨
を た た きつ ぶす とい う凄 惨 な行 為 もや りと げ るの で ある。こ のよ うに,
一
見した とこ ろ矛盾
する二面を有
するムー
ア人をShakespeare
は どのように処
理 したの で あろうか。まず, 社
会
的地位か らい う と,Othello
は武 将で あ る。 従っ て , カが あり, 軍人 と しての 能力 に卓 越 していな けれ ば な らない。また
,
中年
に 至 る まで戦
場を駆 け 巡っ ていたの で ある か ら, 世 間の しきた りや, 社 交 術な ど は, ほ とん ど知 らない男 性の筈である。 (1
,
iii
.
』
83
−
87
.
)
Othello
は,自
分が単純
な 性 格であっ た た め に,
これ ま た単
純で 清 純で一
途なDesdemQna
に ます ます心 を惹かれたの である一
Shakespeare
は, こ のような 構 図 を 描いたにちが い ない。考 えて み れ ば,
Othello
の悲劇は;元 来, 彼の性 格の単 純さ に由来
する といっ ても よい の である。
Iago
の説 明に従 うと,Othello
の 熱 愛 して い るDesdemona
が, 事 も あろうに 自分が信 用し てい る副 官 と通 じて い る。 これは,
Othello
に とっ てみれ ば, 妻のもっ と も美 しい点が,一
い いか え れ ば,
彼女
の清純
さ や, うぶ な単 純さ が一
ふ み に じ られた こ と になる。
Othello
は,こ の苦 痛に耐え ることが 出 来ようか。 こ こ に, 悲 劇の重 要な ポ イン トが あるので あ る。
少
し脇 道にそ れ た が,
Othello
の性 格に戻 ろ う。Othello
はShakespeare
の加 筆によっ て,性 格 上に沈 着な
一
面と, 威 厳を もっ て い る。聖
彼が家 出 同 様な 形で
Desdemona
と結 婚
した こ と を知っ て ,娘
の父
Brabantio
たちが, たいまつ や 武 器 を 携えて
Othello
に 追いつ いた とき, 振 りか ざ さ れ た 刀にもおじけ ず,Othello
は,
Keep
upyour
bright
swords ,for
the
dew
will rustthem .
Good
signior ,you
shall more command withyours
Than
withyour
weapons.
ぎ らつ く剣を鞘に納め ろ。 夜 露で錆び る ぞ。 議 官 閣 下, あ なた も御 年 功 をつ ま れた方 だ。 刀
を 用い られ ず と も, 御 命 令は 通 せ ま しょ う。 (
Lii
.59−61)
と, 彼
等
の前
に 堂々 と 立 ち は だ か るの である。 こ のOthellQ
の姿を み る と, 彼は 肌の 黒い ムー
ア人 の傭 兵で はあっ て も, そ こ に言い知れぬ威厳
が た だ よっ て い る。 そ して, 我々 はこ の威 厳に圧 倒 される思いがするので あ る。
こ の
威厳
は一
体 何に由来 するもの であ ろうか。 それ はShakespeare
がムー
ア人の科白
を通 じ て表 明 した よ う に,彼
の長 年にわた る軍 事 上の経 験と, その経験
に裏
打 ちさ れ た不 動の 自信に よ るの で ある。さて
,
Othello
は 武 将で ある か ら, うるおい ひ とつ な く, 心 の ゆ とりひ とつ ない 男かとい う とそうで も な く, 前 述の 「夜
露で錆び る ぞ」の科 白な ど から も察せ られる ように,
Shakespeare
は彼に詩情
を付 加 し, どこか 浪 漫 的 雰 囲 気まで た だよわせ た の で ある。ま た
Iago
はOthello
を 色好
み だ と非難
して い る が(
II
.
i
.304
) , これ は どうであろう。Iago
以 外の人物
はOthello
に向っ て こ の種の 非 難 をして いない し,
実 際の とこ ろIago
の人生観 ・
価 値 観はOthello
の それ とか なり異っ て い ることか ら判 断して , 「色 好み 」 だ とい うの は 当を 得 て い ないもの と思わ れ る。さて, このム
ー
ア人であるOthello
は, 伝 統 的なモ ラル に , かな りの 程度
ま で拘束
さ れて い る一
「かなり」とい う表現 を 用い たのは, 彼とDesdemona
との 結 婚の 形式 は,
人騒が せ な,世間
の秩
序(
order)
を無視
した や り方
で あ る から, 「かな り」 と述べ た わ け だ が一
。 そ の うえ 彼はidealistic
で ,善
な る性 格の持ち主であっ た。彼
に好 意 を 寄せず,
陰に ま わ れば非
難ば かり して いるIago
で さ え,Othello
は 「誠実
で ,情
が深 く, 立派な 人間 だ」と言わ ざるを 得 ない の であっ た。 (II
.
i
。
298
.
)
19)こ の ように, 総 体 的に み る と,
善
なる性格
の, す ぐれ た 力 量のある武 将Othello
にも, 内に潜在
する大 きな欠 点 が あっ た。Cinthio
は原 話でDisdemona
の科 自 を通 じて , ムー
ア入一
般 論と して こ うの べ た。 「一
寸 し たこ とに も心を動
揺させ, す ぐご たごた を ひき おこす 」 と。Shakespeare
のOthello
は, 明ら か にこの性
格 を 受 けつ い で い る。 た だ, 原話に比べ ると,
Othello
に は,幾
分 の 「忍 耐 強 さ」 が 性 格 として付加
さ れてはい るが, それ も 程度
の問題で,Iago
に言
わせれば,.
.
.
he
is
rash and very suddenin
cholar,
あいっ は気 が 短 か くて ,
』
怒 りっ ぽいんだ。 (ILi
.
278
.
)
とい うこ とに なる。
こ の点につ い ては
IagQ
の 批 評 だ けでな くて ,Othello
自身も, この弱 点 を 自覚 して い るふ し が み え る。 即 ちCassio
が酔っ た挙旬,Roderigo
と喧嘩
を して , 大 騒 ぎ}こなっ た とき, その顛
末 を 聞い てOthello
はい う。My
blood
begins
my safergUide
tQ
rule ;And
passion
,having
mybest
judgement
colliedAssays
tolend
the
way.
冷 静で い よ う と 思 うのだが, む らむ ら して来 る。 い く ら理
性
を働
か そ う と して も感 情が先に立っ て押 しつ けて しま う。
(
II
.
iii
,
205
−
207
)
今井:
Cinthio
とShakespeare
これ は, 明 らかに原 話のDisdernona
の科 白を 意 識 した くだ りで ある。 い つ もは 冷 静であ っ て も,刺戟
を受
ける と, 「カ ッ」と 血 が頭に の ぼっ て し まう。Othello
自身 はそれ を 知っ てい て, 自分で押えよ うと努 力 するの である が, それ も徒 労に終る。一
旦 「カ ッ」 と な る と,極
度に 惑乱 して, 坂道 をころ げ 落 ちる よ うに, 自分で も手のつ けようが な くな るOthello
の性 格 が,
こ こ に 余 すとこ ろ な く描か れて い るであ る。 さ て, 原 話 とOthello
との比 較のう ちで,Othello
の社 会 的 地 位・ 出生の設 定に は, か な り大 き な 相 違 が み られる。即 ち
OtheUo
はIago
との対 話でこ う述べ て い る。,
Tis
yet
tQ
know ,−
Which
,
whenI
know
that
bOasting
is
anhonour
,
Ishall
promulgate −
Ifetch
mylife
andbeing
From
men Qf royal siege ,_
ま だ 人には言っ たこ と も ないが,
一
名
誉のた めに あ えて言 わなけれ ば な らない時には言い も しようが一
俺は 王族の血統 だ し…
(1
.
ii
.
19−22.
)20)こ の場 合の siege は rank の意 味であ ろ うか ら, こ のム
ー
ア人 は 王 族の出 身であるとい うの で あ る。相
手がIago
である と はいえ,一一
こ の時点
で は ,Iago
は た しか にOthello
の腹心の部
下で は あっ た が一
〇thello
が自
分の出生につ い て 出鱈目 を い う わ けもない か ら, や は り, こ の科 白は額 面 通 り受
け と るべ きで あ ろう。もっ とも, 当 時におい て 「ム
ー
ア人の 王族 」な る もの が, ど ん な社会
的 評 価を,受
けてい たの か, それ は よく分 らない。 しかし, とにか くOthello
は, 「た だの, あ りき たりの ムー
ア人 で は ない」 とい うこ とにな る。ただ, 注 意しな けれ ばな らない のは, こ の 「王 族 」の件 は, こ の
一
幕二場
を除 けば, 前にも後 にも, 何の言 及 もない とい う事 実である。 この点は, た し か に奇妙
で あ る。Cinthio
の原話
lc
は 全 然 出て いない こ の件 を,Shakespeare
は, 何 故, まるで 思い つ きのように付加
し たので あ ろ うか。種々 の類 推が可 能で あろうが, 私の 考え で は,
Shakespeare
はIagQ
の策
略にお ちい る まで のOthello
に,一
種の重厚な 雰 囲気と か, 威 厳 とかを,付
加 する た め に, ま た, さ ら に,議官
(
senator )の娘Desdemona
と結 ば れて も, あ ま り身 分上の不 自然 さが目立た ないようにする た めに,Othello
を 王族 出 身と し たの では な か ろ う か。 まだBrabantio
はDesdemQna
がムー
ア人 と結ばれる こ と を, 口を極めて非 難 して い る が, 当 事 者で ある彼
女は, その ことを全 く気に して いない。 そ の 理由
は,彼女
のムー
ア人 に対
する深 い愛
ゆ えであるこ とは勿 論である が,
その うえに, 夫Othello
の真 価が 「そ の姿よ りは心に」,
「そ の黒 い肌よ りは 王 族の血に」 あ る と,
本 能 的に 知っ て い た一
Shakespeare
はそん な設 定 を考えて いたので は な か ろうか。一 21 一
皿
一
妻
を殺
すムー
ア人一
次にム
ー
ア人が ,自分
の手
で新i
妻
を 殺害
す るに至 る過 程 を 調べ て み る。ま ず 原 話では, 悪 人
Ensign
に欺 されて,
「妻
とCaptain
と は不 義 をはた らい て い る」
と信
じこ んで し まっ たムー
ア は,Ensign
との対
話で 「あんな 悪い女は, こ の 世か ら 亡 き もの に し な くて は, 俺の男が す た る」 21) と口走 り, さらに砂ぶ く ろで, 自分の妻が 殴 殺される のをみなが ら も, 「こ の極 悪の女め !お
前
は お前の不 貞の当然のむ くいを受
け る の だ」22 )と言い放つ 。こ の ように
Cinthio
の原 話に描
か れt
ムー
ア は, 怒 りのた め に前 後を忘れ, しっ とに狂っ て , ただ復 しゅ うの鬼
と化して しまっ た一
個の 男に し かす ぎない の である。 彼は ,自
分を裏
切 っ た妻 を早 く片 付 けて しまおうと あ せっ て い る。彼
は妻
を憎
悪して お り,一
そこ に は我々 の胸を打
つ もの は何 もな く,
ただ, 人 聞 の醜悪 さ, 人間の狂
っ た獣 性が存在 する だけであ る。これ と比 較して
Shakespeare
のOthello
の’O
・
理状 態は ど うで あっ たろ う か。第
5
幕 第2
場
,城
内の一
室で , 寝 台}こ眠っ てい るDesdemona
を み たOthello
は, その寝 台 に近づいた り離 れたり
,安
らか な寝 息 をたて て い る新
妻 を, 我が手
で殺害す
べ き か, すべ きでな いか,t一
どうせ, いつ か はこうい う事
態に立 ち至 ること は,Othello
自 身 予 想して い た かも知 れ ない 。しか し, こ の
残酷
な行 為 を, いよいよ決行
し なけれ ば ならない,一
こ の 決 断の時
点になっ て も,Othe110
の心は 迷い 抜 くの で あ る。や はり
自
分は決 断 しな け れ ば なら ないD
か。 それをこぱ みた い気 持が, 彼にこ う言わ せ る。1
’
11nQt
shed herbloOd
;Nor
scarthat
whiter skin ofhers
than
snow ,And
smooth as monumentai alabaster.
俺
はあいつ の血 を流
すの は や め よう。あの雪より も 白い, 大理石のよ う に な め ら か な肌を傷つ ける のはや め よう。 (
V
.
ii
.3−5.
)美 しく, 若く, うい ういしい, そ し て 何よ り も
自
分が愛
して い る新 妻 をOthello
は殺せない の である。 L けれども, 引 きつ づい て彼は こ う言 う。Yet
she mustdie
, else she’
11
betray more men.
しか し, 彼 女 を 殺さね ば な らん。 さ も ない と, きっ と ま た男を欺 す。 (
V
.
ii
.
6,
)
こ こ で は, 妻が 犯し た罪
一
単 純なOthe110
はIago
に た ぶ らか さ れ て, そ う・
信
じ切 っ て し まっ て い るの である一
を 考え る な らば, そ ん な女
を, た と えそれ が 自分の妻
で あっ て も, 生か一
22一
今 井 ;
Cinthio
とShakespeare
してお くわ けにはいか ない。Othello
は考 え を 続 け る。 夫 を欺 した女 な らば, 生か してお けば, 別の男 も手玉に とる だ ろうこ とは 目にみ え てい る。こ こ は, 心 を
鬼
にして,殺
して し ま わ ね ば ならない。ところ が, 目の
前
で, 何も 知らずに 眠っ て い る妻 D
美し さ,清
らか さ を み れば, 心 は 鈍り, 「こん な愛
らしい奴で, こ ん なにも悪い奴があっ た ろうか。 涙が お さ え切 れんj
(V
.
ii
.
20.
) と 弱気
にな っ て し まう。迷い に迷っ て,
Othello
が5
幕1
場の長い独 白の末に, 最後
に た どりつ い た結論
は,
It
st質kes
whenit
doth
love
.
愛
す ればこ そ , しもと を くだ さ ね ば ならん。(
V
.
ii
.
22,)
であつ た。 こ の ように して , 原 話では, 妻 を 憎み, 激 昂の 内に, 砂ぶ くろで殴 りつ けて死に至 ら しめ, そ の うえ,
それが世 間に知れ るこ と を 恐 れ るあ まり, 天井
の しつ くいをつ つ き崩
して, あ た か も事
故
死で あ る かのよ うによそおうという, いかにも血 な まぐさい , シ ョ ッキン グ な, うす ぎた ない 殺人行 為であっ たものが,Shakespeare
のOthello
で は, み ご と な変質
を とげたの であ る。即ち, こ のム
ー
ア人 は, た め らい, 迷い, 弱 気にな り, それでも思い直
して,自
らの手で, 若 く, 美しい自
分の新妻
を し め殺 す。彼の苦 悩 ・ 困 惑 ・ 当 惑が余す とこ ろ な く舞
台
上に描か れ たの であ る 。Othello
は, な ぜ愛す る妻 を 殺さ ねばな ら な か っ たのか, な ぜ考え直して妻 をし め殺し たので あろう。彼
は5 幕
1
場
の第
1
行
目でIt
is
the
cause ,it
is
the
cause , my sou1 ,_
これのた め な
D
だ, これのた め なの だ,実
に…
(V
,
ii
.
1
.
) と独 白 してい る。
「これ 」 と は 何か。 種々 の解 釈が 可能であ る が,一
応こ こ では 「女の多 淫と い うこと」 と考え られる。 夫 を 裏 切っ た多 淫 な女 を 許せ ば,
その結 果は み えて い る。Othello
はDesdemona
に対 する愛 と憎しみの 葛 藤に苦 しんで い るので ある。 妻 を 愛して い て,
し かも妻 を 殺害
し なけれ ば な ら ない 。 これ は 単 な る 「人 殺 し」ではない のだ。Desdemona
は sacrifice (V
.
ii
,65.
) なの で ある。 正 義のた め の止む を得 ざる殺人 なので あ る。Othe11Q
は自
分にそう言
い聞か せて, 妻の首に手を かけた。「
妻
ご ろ し」が露 見 して,Lodovico
に, 何故
こん な無惨
な ことをし たのかと問 わ れ た と き,Othello
答えてい る。An
honourable
murderer ,if
you
will ;For
noughtI
did
in
hate
,but
allin
honour
.
正
義
の殺
人者
とで も呼んで くだ さい 。 わ た し は露ほ ども私 怨で やっ たの では ない。すべ て正義のた めに し たのだ。 (
v
.
ii
.
294−295.
)これは
Shakespeare
の手
によっ て ,Cinth
め の うすぎ た ない素材
が, みご とに浄
化され, 精神 的に高め られた好 例で ある。
IV
一
ムー
ア人の最 期一
ム
ー
ア人の最 期
は どうであっ たか。Cinthio
の原 話 をみ ると, ムー
ア人はEnsign
と仲た が いを し,Ensign
の告 発によっ てキ プロ ス島
か らベ ニ ス へ 召 喚され, 妻ごろし を白
状 する ように と拷 問にかけられ た。し か しム
ー
ア人 は一
切口を割らな か っ た。 この た め, 彼は死 罪 を 免 れ,
牢 屋 住 まいを命ぜ られ る。 し かし最 後にはDisdemona
の親 類の者
の手
}こか かっ て殺 される。こ の原 話に よ ると,
妻
を殺してか ら,暗
殺されるまでの時 間の経過 は 正確に は判 らない。 しか し, か なりの時が流れて い る よ うで あ り,
こ の部 分で話のテ ン ポ が落ち, 話の最
後の ま と めもご た ご た して い て, 決 して上手な結 末のつ け方と は言え ない。特
に,拷
問 まで され なが ら,妻
殺し につ い て全 く口を割 らないムー
ア人の態 度に, 我々 は何か すっ きりし ない もt), や り切 れ な さ を感じ る。
こ こ には, ムー
ア人 の所 業に対 する同情の念は お き ない の である。これに比 較 する と,
Shakespeare
は, 劇の ま とめ方に, やは りあ らそ えぬ 天 分 を 発 揮 して い る。ま ず,
Othello
の最期
であ る が, これは妻 殺しのその 日 のうち一
しか もその直 後で ある。彼
は, 自分が殺し た新妻
の な きが らの上に,自
ら刺 した 自分のな き が ら を 重 ね た。 ま さ に 「眼もっ ぶれる光 景」(the
objectpoisQns
sight.
V
.
ii
,364.
)で ある。何 故
Othello
は自
らを 刺 し たの で あ ろ う。 彼は 「自分の妻
ご ろしは正義のた め だ」と信じて ,泣
く泣
く殺人 を決 行 し たの で あるが, それ が欺されたうえで の行為
で あ っ たこと が, はしな く も 悪 人の妻
Emilia
の告 白か ら明 白になっ た。最 愛の
妻
を殺し たこ と が, 全 くの誤 り, 全 くの無
益, 全 くの惑 乱で あっ たこ と が, 突 然 明 らか になっ たので あ る。
Iago
の 策 略か ら解き放た れ,常
態に戻っ たOthello
に とっ て は, そ れ はと うて い耐え切 れない悲し みで あり,
恥で あり, 自己嫌 悪で あ り,苦
痛で あっ た と思 わ れる。Othello
はキプロ ス の総 督で あ り, 武 人 である。Lodovico
がほ の めか しt
ように, 牢 屋に押 しこめ られる屈 辱を 忍 ぶ より, 妻のな き が らに接 吻し な が ら, い さ ぎ よ く死ん で, 自分の愚かさ へ のつ ぐないをすべ き だと思っ たの で ある。こ の よ う に
Shakespeare
は劇の終幕
を, 文字
ど お りdramatic
に, し かも第5
幕 まで に至 る 感 情の盛 り あが りの テン ポをそ こなうこと な く, む し ろ早め る感じで 処理 し た。妻 と と もに息 をひ きとっ た
Othello
を みて, 我々 は 深い 溜息 と と もに, 何か救いを得た 思 い で カー
テ ンが降
りるの を見 守ることが 出来 るの である。一
24一
今井 :
Cinthio
とShakespeare
ま た
LodoviCQ
の前
で,妻殺
しの 経過 を申し立て る彼の姿に, 我々 は同情
の念を も禁
じ得
ない の である。
V
一
ハ ンカチの魔 力(
Magic
power
ofthe
handkerchief
)一
こ の悲 劇の中で, ハ ン カチの果た す役 割り は 重 要 で あ る。
たとえば, ハ ンカ チ を
落
と し たこ と を,Desdemona
が その直
後に 気付
き,−
Othello
に 叱 られ は し まいか な どと取 越 苦 労 をせずに一
ハ ンカチが 見 当 らないと, 夫に卒 直に告 げていた と した ら,
劇はど う発 展し たであ ろ う か。また主 人 公
Othello
が, ハ ン カチの 魔 力 をそう まで 信じこ ん で いなか っ たとす れ ば, こ の新
婚 夫 妻の運 命は変わっ て い たであ ろ う。そ うする と, か な り異
質
のOthello
劇が上演され る こ とになっ た筈である。従っ て ,
.
’
Othello
は考え よ う に よ れば , 「ハ ンカチ の悲 劇 」と呼ぶ こ と も で き る か も知 れない。 ところ で, 重要な 「ハ ンカチ」は, 原 話で はこう なっ て い る。 「Disdemona
は,
夫か ら も らっ たMoorish
fashion
の美しい刺 しゅ うをし たハ ンカ チ」 を 持っ て い て , それは 「彼 女にとっ て も, また同 様に ムー
ア人にとっ て も,
大切 なもの」で あっ たと述べ ら れて い る23)。即 ちハ ンカ チ
自体
が愛
情の象徴
であっ た。 こ の こと は, 原話においてもOthello
に おい ても 同一
である 。 ところ が, 原 話にはOtheello
にみ られ る ような魔力 につ い ては, 何の記述 もない。Othello
の言葉
に よる と,That
handkerchief
Did
anEgyptian
to
my mothergive
;_
shetold
her
,
while shekept
it
,’
Twould
make her amiable and subdue my fatherEntirely
to
her
love
,
but
if
shelost
it
Or
made agift
it
,
myfather
’
s eyeShould
hold
her
loathed
andhis
spirits shouldhunt
After
newfancies
,
あのハ ンカ チは
ジ プシ イの
女
が俺の母親
にく れ たもので……
ジ ブシ イの女は母 親に こ う言っ た。こ のハ ン カ チ を
持
っ て い る 聞 は, 人 か ら も 可 愛が られ, 夫の愛 も意のま ま だが,− 25 一
し か し,
一
度それを失っ たり, 入にや っ たりす れば夫か ら嫌が られ, 夫は新しい楽 しみを求め る よ うになるだ ろう。 (III
.
iv
.
55−63.
) こ の ように, ハ ン カ チ は,一
それは苺の ぬい とりが して あるの だ が一
女の守 り札なの であ る。 そして, こ の迷 信 を, お ろ かに もOthello
は信じ切っ て い る。 上述の 科白
の あとで彼
は言
う,’
Tis
true
:there
’
s magicin
the
web of it.
本 当だ ぞ。 あの織 り もの には魔 力がある。 (
v
.
iv
.
69
.
)
「魔 力 」がある とい うことを
Desdemona
が夫か ら 聞 くのは, こ の時が 初 めてである。 夫は こ の ハ ンカチ を 贈りもの とし て 彼 女に与え た と き24) , 「大切 にする よ うに」 と は確かに言っ た。 けれども 「魔 力が あ る」と はつ い ぞ言わ な か っ たの で ある。Desdemona
は 夫の話を きい て, ま た夫
が 「魔力」を本気
で信
じ, 力 を こめて, し かも
神 秘 的 な 雰 囲 気で言っ て い るのを みて , い ぶかりと, お そ れ と, お ど ろ きの入 りま じっ た気
持で,夫
の 前に立 ちつ く し たの である。何 故
Cinthio
のMoorish
fashion
の刺しゅ う入 りの ハ ン カ チ が, ジ プシ イ渡来
の, 苺の刺しゅ うの
,
「魔 力 」のあるハ ン カチに 変わ っ たのか。 とりわ け 何 故Othello
は magic inthe
web と言 らたのか。
こ こでは
一
応三 つ の 理由 が 考 え られると思 う。一
つ は, 第1
幕で, 娘を突 然 失っ たBrabahtio
が, 「
Othello
は娘に 魔 薬を しか けて うばっ たの だ」と, あ た りか ま わずま く し 立 てたの と同様
に,Shakespeare
は, こ の ムー
ア人に 何か magical な, あるい は mysterious な mood を付加
し よ う と し たので あ ろ う。 ヨー
U ッパ 人か らみて, ア フ リ カ出 身のムー
ア入 は, や は り自
分 たち と は どこか違 う mood を 持っ て い る と考
え られて いた た め である。一
般に, 原 始 的 な 人 種 や,未
開の民族
は, 魔 術や神
が か りを 信じて い る。OtheUo
は,今
でこ そ キ プ ロス の 将であ る が, その体 内に は ア フ リカ の原 始の血 が 濃く流 れて い る とShakespeare
は 強 調 したの であ ろ う。 二 つ 目 は, ハ ンカ チを 印 象 的なもの にする た めの 工夫であっ た。 原 話の ハ ンカ チ と,Othello
のハ ンカ チ で は, 観 客に与え る印象
が全 くち が う。 こ のハ ン カ チ は,
Othello
の 心 を 苛 立た せ る た め に は, 欠くべ か らざる小 道 具である。いや
,
これによっ て, 幾人 かの運命
が狂 うので あ れば, ハ ン カチ は一
種の 「狂 言ま わ し」なの である。それ ゆ えに, こ のハ ンカ チ に は
特
別なdecoration
が必 要であっ たの である。三つ 目 は
,
Desdemona
の運 命を, ジ プシ イの予 言に よ っ て 予告す る とい う趣 向であ る。劇が終っ て み る と, 結 果 的に みて , こ の ジプシ イ の 予 言は, み ご とに的
中
し たの であ る。 観 客 は, こ の薄 気 味 わるい科白
を きい た時
, 劇に対
す る, とりわ け薄倖
な女 主人公に対す る関心を,一
層か きた て られた に違いない の である 。− 26 一
今井:
Cinthio
とShakespeare
こ の ように
,
Shakespeare
は, ハ ン カ チ の 取 り扱
い につ いても卓
越し た手
腕 をふ るっ たの で ある。一
女 主人公一
前
述の よ うに,‘
Disdemona ’
は, 原 話の 中で , 個人名
で 語 られる唯一
の 人 物である。 ‘Disde
−
mona’
は, ギ リシ ャ語 由 来の人 名で, ‘ unfortunate’
とか ‘ill
−
starredness’
の意 味 を もっ 女性
の名前
で あ る25) 。Cinthio
が , 何 故 彼 女だ けを個人名に し た の か , そ の 理 由はわ か らな い。 そ して,
こ の 悲劇 的 な ひ び き を もつ こ の 女 主人 公 は,Cinthio
の原 話で も,Shakespeare
のOthello
で も, 根 本 的 な性 格上の相
異は ないように 思 わ れ る が, まず, 原 話で 紹 介さ れ る 彼 女は, ‘ virtuous ’26) とか ‘ chastity ’27 ) とかの語で修 飾される若いベ ニ ス 女 性であっ た。 結 婚したばかりであるとい う条 件 を割 り引いた と しても, 夫の キ プロ ス 行 きIC
同行を頼
む彼 女や, 砂 袋で 殴打される時の彼 女の態 度 を考え ると, やは り一
貫 して夫に従 順 な 女 性 と して描 か れて い る。そ れ で は,
従順
一
途で , 全 く無 性 格の女 性かとい う と, そ う で もな くて, ムー
ア人 を愛
する態 度は, む し ろ能
動的
で , 積極
的です らある 28) 。 しか し,失
っ たハ ンカ チ の所在
を夫
に問 わ れた時 の彼 女の態 度か ら察 する と, 世 間 ずれ を して いない, 嘘を 吐 くこ との で き ない, 少 女の面 影を残 し た新
妻 ということになる。一
方,Shakespeare
は, 彼女
をどの よ う に 解 釈して いたの で あ ろ う か。Othello
のDesde
−
mona の性 格に は ,
種
々 の 特 色がみ ら れるが, そ の 基本
的 な ものは, 「単純
な 」・
「無邪気な」・ 「女ら しい」・「親切 な 」 な どの形 容詞 に よ っ て示される性 格である。原 話で描かれた,
彼
女の 「能動
的な姿
」はOthello
の1
幕
3
場で余す とこ ろ な く再現 さ れて い る。内
気で,物
静かで,
何かというとす ぐに 顔の 赤 らむ 娘であっ たDesdemona
が,
ベ ニ ス の 元 老た ちの前
で, 堂々 と自
分の愛情
を表
明 する。 父に対 するこ とば(
1.iii
.180−189.
)
は, 大変
丁寧で は あ る が, それで も 「父に対す る よりは, 夫へ , 自分の心が 傾 斜して い る」こ とを, は っ きり断
言 するの で ある。 こ の時点
の彼
女は,Othello
との結婚
が無理をして も, とに か く承 認し て も らえ る か 否 かの瀬戸
際に た っ てお り, また,彼
女の恋 愛 感 情 もひ ときわ高 まっ てい た か ら,彼
女が このような 「破 格」の 言 葉 を口ic
す ることができたのかも知れ ない とい う考え方
も成 り立 つ eしか し,
Othello
と彼
女の愛情
は, も と も と彼女
の方
か ら積極
的に作 りあげ
たもの で あるし, そ の後
の推
移 をみて い て も,
や はり彼 女には 能 動 的な性 格 が 内に秘め られて い たと考 えるべ きで あ ろう。さて ,
Desdemona
の 性 格に は,
人 を 疑っ た り,
入を口さきで欺す よ う な とこ ろ は 全 く見 当 ら一 27 一
ない。 とこ ろが, その
彼
女が劇の中
で嘘を 吐 く個所が 二つ ある。一
つ は, ハ ンカ チの ゆ くえをOthello
か ら問い詰められ る時
であ る。 何 故 彼 女は 「な くして な ん かいま せ ん わ 」(lt
is
notlost
.
III
.
iv
.
83,85。
)と2
回も言い張 り, 「お 見 せ します けど,今
はい や」(
_
工can , sir,but
I
will not now.
III
.
iv
.
86
.
) と まで 嘘 を 吐 か ね ば な らな かったの であ ろ うか。