Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
新 聞
デザ
イ
ン
か
ら
ニ
ュ
ー
ス
デザ
イ
ン
へ
From
Newspaper
Design
toNews
Design
宮 崎紀郎 千 葉大 学
MIYAZAKI ,
Michio
Chiba University1
.
は じ め に グラフ ィックデザインは、
印刷による複 製 を 前 提 とするデ ザイ ン分 野である。
新 聞もそ の中に 入 る は ず だ。
しかし、
広 辞苑で は、
ポスター、
新 聞雑 誌 広 告はグラフィ ックデ ザイ ンと してい ても、
新聞自体 につ いて は な ん ら触れ ら れ ていない。
今日、
あ ら ゆ る ものにデザイ ン は 及 ん でいる。
しか し我 が 国では、
新聞 はい まだ 本格 的 にデ ザイ ンの対象と み な さ れて いない、
き わ めてま れ な 存 在であ る。
その新聞デ ザイ ンに、
私は二 十数 年、
取 り組 んで き た。 こ こで は、 その一
応のまとめと して、
新聞デ ザ イン につ いて述べ たい と思う。
近年、
イ ン ター
ネッ トに代表さ れ るマ ルチ メディアが台 頭 し て き た。
新 聞は その地位を お び やか さ れようと し て い る。
こう した転 換 期に、
新 聞 デザ イン につ いて記してお くこ と は、
今後のメディ アデザ インを考える に際して も 意義ある こ と と考え る。
2 .
新聞 は なぜ デ ザイ ン さ れ な け ればな らな い か デ ザイ ン は、
有形無形の 「もの」 と 「人」 との 間 に よ り よ い関係を 生み 出す目的で、
設 計 した り、
仕 組み を考える こと である。
これは、
私のデ ザイ ンの 定 義である。
例え ば、
クルマは、
快 適な乗り心 地で 人の移 動を行 うようにデザ インさ れる。 新 聞は、 情 報を正確に、
早く、
読み やすい ように提示 し、
人々 の社 会へ の適 応をス ムー
ズにする。
大局的に は、
時 代が要求する情報と は何か を考え、
具体
的デ ザイン と して紙 面を提供 する。 その結 果、 よ り よいコ ミュ ニ ケー
ショ ン環境が造 成さ れ、
社 会の進 展 が 促 進さ れる。
新 聞に、
デザ インが 必 要 な所以 (ゆえ ん)だ。
敷 衍 (ふ え ん)すれ ば、
あらゆるもの にデザイ ン は 必要となる。
3
.
新聞 にデ ザイ ン が な かった わ け で は、
なぜ新聞にデ ザイ ナー
が不在だっ たの だ ろ うか。
その理 由 を、
私 なりに い くつ か推測してみ る。
その第一
は、
新聞 は情報 を もっ て一
義と す る 考 えで あ る。新
聞の情 報は、
伝 統 的に記 事 (文字 ) を主体
と して い る。 文 字は どうレイ アウ トしようと、
そ の 見 ばえ は 五十 歩百歩にみ える。
つ まり、
文字 情報 と して の記 事 (文 字 )が しっ か り入っ て いれ ば、体
裁 は二 の次なの である。
記 者の命ともいうべ き記事 を、
一
字一
句 余 すこと な く紙 面に収 める こ とが最 重 要 視 さ れ たの で ある。 新 聞 社に流 れる こ の伝 統は、
今 日 まで脈々 と続い て い る。
文 筆を業とする記者の こだ わ りで あ り、
こ の主 張 は一
面で は 理解でき る。
第二 は
、
デ ザインに対 す る偏 見であ る。
デザイン は、
単に外形を 整 え、
か た ちの美し さ を追 及 するも の にす ぎない との考 えで ある。
新 聞社に 限 らず、
こ うした 理解は一
般に 多い。
「化
粧
丿と して のデ ザイ ン で ある。
デ ザイ ン をこの よ う に と ら え れば、
情 報 が メイン の新 聞に 「化 粧」 (デ ザイ ン)は 不 要だと しても 不 思議で はない。
た し か に、
デザ イン は化 粧 も す る が、
そ れ以上 に、
新 聞で いえば、
情報 伝 達 要 素であ る 文 字 や写 真を、
その情 報 内容の理解のも と に、
読 者に分か り や すい よ う に バ ラン ス を決め、
し か るべ き位
置 に レ イ ア ウ トする ことが、
よ り重要な 役 割である。
見出 し、
文字、
写真を、
その記事 内容 に即して、
文字 中心だった り、
あ るいは 写真中心だっ たり して 「総 合 的に」よ り 理解し や す い よ う に 組 み 替え、
提 示するの がデザイ ン なの であ る。
デ ザイ ン は、本
来、
情報 を的確
に 読者に伝
え る 手 助け をする もので あ る。
デザイ ナー
が 参加 し な かっ た第三の理 由 は、
新聞 編 集の時間的 制約である,
紙 面の 割 り付け は、
極端 に短 時 間の うちに行わ れ る。
割り付
け してい る最 中 に も、
次々 とニ ュー
スが 入っ てく る。
状 況に応じて 的 確に 判断を 下 さ なけれ ばな ら ない。
そうなる と、
そ れ ができる のは経験 豊か な 「整 理部」記者を おい て ない。
訓 練さ れて いない デザイ ナー
な ど、
時 間とデザ イン学研 究 特 集 号 SPECtAL ISsuE oF JssD vot
.
6 No.
1 1998 55Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
の戦いの 中で は
、
邪 魔 者 以外のな に もの で も ない の で あ る。
新 聞デ ザイ ンは、
きわめて専 門 的な知 識が 要求 され る特殊な 分 野 である。
短期 間で はデ ザイ ナー
に は な れ ない、
長期 的展望に立っ て、
デザイ ナー
を 養 成しよ う とい う考え も、
余 裕 も、
新聞社
にはな かっ たの で ある。
デザイ ナ
ー
がいな かっ た か ら といっ て、
新聞にデ ザイ ンが なかった わ けで はない。 整 理 部記 者 特 別にデ ザイ ンの訓練
を 受 け て はいないが
、
先 輩 記 者か らの 「い い伝え 」 られ た レ イ ア ウ トパ ター
ン を踏 襲 するこ とで、
紙 面はつ く られてき た。
デ ザイ ナー
が 関 与 し な かっ た と はいう もの の、
紙 面 が 制 作 さ れ、
発 行さ れて き た こ と は、
結果 と してで は あ れ 新聞がデ ザ インされてき たこと を意 味 す る。
しか し、
私が各 社に取 材し た範 囲では、
現在でも、
整 理 部 記 者に はデ ザイン し てい る と い う意識は感じられ ない。
新聞デ ザイ ンが活発化 していない こ と につ いて
、
私 た ちグラフィ ッ クデザイ ナー
の怠 慢と責任も指 弾 され よ う。
新 聞のよ うに社
会的影 響力が大き い、
な かば 「公共的 存在」 に対 し て、
デザイ ナー
の発 言が 少 ない のは問題である。
もっ と勉 強し、
積 極 的に提 案 する ことが 必要であろう。4 .
遅々 とした 新 聞デ ザイン 我が 国の近代的 新 聞の発 祥 は、
明 治3
年12
月8
日 付 (旧暦。
西 暦で は1871
年1
月 ) で 発行さ れ た 「横 浜 毎 日新 聞」 で ある。
日刊で あ るこ と、
鉛活字 を使用 し た 西洋 紙 1 枚 刷りで ある ことから、
それ ま での 「瓦 版」 などと は一
線を 画 した もので あ り、
今 日の新 聞の祖といえ る。
明 治の後半 に は紙 面に 写真 掲 載が 可 能 と な り、
昭和の初 め に は、
現 在の新聞 に 近い レイアウ ト紙 面に なっ てき た。
こ こで は 詳 し く は述べ ないが、
大正一
昭 和の問 に、
新 聞 は 大 き く 質 的 転換を とげる。
いわ ゆ る 「客 観報 道」 で あ る。
政府の度重 な る弾圧 に 屈 して、
新 聞 は 自らの意 見を放 棄し、
紙 面の下に潜り込ま せてし まっ たの で ある、
順調に、
だが非 常にゆるや か に進 展してき た新 聞 デ ザイ ン は、
第二次 世 界 大 戦に突入する と、
物 資不 足か ら、
混 乱にお ちい る。 その状況は戦後ま で続く。1948
(昭和23
) 年に は、
2
ミリ ほ どの極 小 活字で2
ペー
ジ (1
枚 )の紙 面、
その大き さ も現在の半 分 のサイズ (タ ブロイ ド判 )も登 場したりした,
や がて、
新 聞発 行に足りる物 資 が不十 分 な が らも確保
されるよ うになっ た1951
(昭和26
) 年、
日本 新聞協 会は、
15段制、
1 段15 字 詰め を制定する。
紙 面 デ ザイ ン は、
各紙と も 酷似し、一
見して どの新 聞社の新 聞か、
題 字を見なければ、一
般に は判 別で き なくなる。
こ の紙 面 が、
その後30
年 間 続 く。
1981
年、
時代
は戦 前に揺 り戻 され る。
本文 文字 の大 型 化である。
日本
新 聞協 会は、15
段 制はそのま まに、 1
段 当 たりの字 詰めを 自 由化
した。
こ の年、
朝 日新聞 は、 1
段14
字 詰め を採用するので あ る。
こ の文 字 拡 大化の背景 に あ るの は、
紙 面 制作
へ の コ ン ピュー
タの導 入である。
そ れ は 活 字 を 追 放 し、
紙 面 デ ザインの 自 由度が、
格 段に飛躍した結 果である。
その後、 文 字 拡 大化は続 き、
1
段13
字か ら、
さ らに は12
字に な り現在に至っ てい る。
だ が
、
文字 拡大化に よ り、本
文の可 読性は増した もの の、
紙 面レイアウ トは依 然と して従 来の型 ど お り のま まで ある。
そ れ は、
相 変わ らずの15
段 制の枠 が はずせ ないた めであ る。
私た ちの調査では、
1
段 当 た りの字 詰め数は15 字が読み や すい。
現状の本文 文 字 サ イズの ま まで、
1段15 字 詰め にすれば、
必 然 的 に15
段制は くずれ、
お そ ら く12
段制と な ろ う。
15
段 制 が、
自 由 な 紙面 デ ザイ ンの さ ま たげに なっ て いるの は、
関係 者に も十 分認識さ れて い る と思 わ れる。
にも か かわ らず、
それ が維 持されて い る のは 広 告のた め で ある。
広 告 サイズは、
段によ り各新 聞 社共 通 に規格化さ れ ている。
そのおかげで、
企 業は一
つ のサ イズの広告をデ ザイ ンすれば、
そ れ を複 製 す るだ けで、
同時に何社
かに広 告 出稿 が 可能になっ てい る。
15段制を廃 止すること は、
広告 制 作の 手間 や、
広告 料金体
系 に混乱 を招く、
という。
しか し、
この広 告の問 題 は、
さ し た る 困難も な く ク リ アー
でき よ う。
なぜな ら、
新 聞紙 面制作にコ ン ピュー
タ が導入 され た以上に、
広告業界の制作現場 に もコ ンピュー
タが入っ てき た。 広 告制 作も、
かつ ての写植 文 字の切り貼 りのような手 間 暇か かる作 業 はディ スプレー
上で解 決できる。 新 聞 各 社に出稿す56 sPEclAL ISSuE oF JssD vDI
.
6 No.
1 t998 デ ザ イン学 研 究 特 集 号Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
る広告サ イズが異なっ て も
、
十 分対 応可 能だ。
広 告 料金は、
標 準はあるが、
実 際に は個 別に対応さ れて いる。
5 .
産 経 新聞 と毎
日新聞のデ ザ イン改 革1988
(昭 和63
) 年5
月29
日、
産 経 新 聞は紙 面を一
変さ せ たa この紙面は、
私は、
現在の日本
の新 聞 の中で、
もっ と も優れ たデ
ザインと評 価す る もので ある。
篆 書 (篆書 :中 国の古 代 文 字)を用いた題 字 と、
濃いブルー
を効果的に配した紙 面 デ ザ インは美 し く、
整然と して い る。
惜しむ ら くは、
中面のデ ザ イ ン が、
料 理ペー
ジ を除き、
従 来どお りの紙 面で あ るこ とである。 つ いで、1991
年11
月5
日、 毎日新 聞は、
CI
(Corporate
Identity
) 導入 の一
環 として、
紙面 改 革を行っ た。
毎日新 聞の デ ザインは、
題 字 をブルー
地に白 抜き と して大き く扱っ た ところ が 目新 しい。
「ハラキ リ」という、
新 聞では 禁 じ ら れて いた レ イ アウ ト (ある段で、
すべ ての記 事が終わっ て、
下の 段に続か ない状 態。
水 平 に 記事が 切 れて しまい、
切 腹 を思 わ せ ることか ら命名 さ れ た)を 大 胆に採用 し てもいる。
産経
、
毎 日新聞の英 断に も か かわ らず、
新 聞デ ザ イン は他 社に波 及して い ない。
ま た 両社のデ ザイ ン も、
その後の進 展が見ら れ ない。
私た ちの調 査では、
被 験 者は毎 日新 聞の紙 面 イメー
ジ を、
朝日 新 聞、
読 売新 聞と変わ らないと して いる。毎日新聞の
CI
を担 当 し た (株)パオス の 中西 元 男は、
「百二 十 年 もの学 習 と経 験 で
、
新聞社 員も読 者も、
新 聞はこういう ものだ、
と 思い込 ん でい る。
実はエデ
ィ ト リ ア ルデ ザイン に始 ま り販 売方法や経 営 方 法 な ど、
あ らゆる面で新聞社
は時 代 遅 れ だ」 と 述べ て いる。
新 聞社は、
旧 態 を脱 し、
明確
なデザイ ンコ ンセプトを 打 ち 立てな け ればな ら ない。
6 .
新 聞機 能 と新 聞特 性新聞の果たす役 割につ い て
、
日本
新 聞 協 会研 究 所 は、
(1
) 報 道、
(2
) 評 論、
(3
) 教 育、
(4
)嫉 楽とい う メディア機 能と、
さ らに(5
) 広 告 機 能をあげ
て い る。
こ の中で、
新 聞 をもっ と も特 徴づけて い るの は ニ ュー
ス報道と その評 論、
解 説である。
テレビ に速 報性、
同時 性は譲っ て はいるが、
ニ ュー
スが 新 聞の 中心であ ること に変わ り は な い。
新 聞の 媒体特性 とし て
、
同 研究所は、
(1
) 随 意性、
(2
)可搬性、
(3
)簡便
性、
(4 )一
覧 性、
(5
)保
存性、
(6
) 経済 性を あげて いる。
私はこ こに、
印刷媒体
と しての特 性を加えて考え たい。
文 字や写 真やイラス ト レー
ショ ンが共 同するコ ミュ ニ ケー
ション、 い い か え れば グラフ ィ ックデ ザイ ン と しての紙 面 デ ザイ ン である。
以 上の新聞機 能と、
新 聞特 性の把 握のうえで、
新 聞 は 何 を 発 信 し た ら よい のだろ う か。
それは端 的に いえば、
読者の 「環境 判 断資料
」 の提供である,
新 聞を読んで、
自 らの立場を 知 り、
環境 (状況)に適 応 するた めの資 料であ る。
現在の新 聞は、
安 価で、
手軽に持 ち 運 びでき、
い つ で も読める。
ま だ、
これ に変わ る媒体
は、
しば ら くは現れ ない の では ないか。
新 聞社
が持っている ジャー
ナリズム集 団と して の機 能 も、
当分は他に変えが たい と思わ れる。
資料 性の高い、
印刷 媒 体 と して の役 割を果た す た めに は、 文 字情 報を大 切に し な が ら も、
もっ とビ ジュ アル な、
読む気に さ せ る 紙面 デ ザイ ン が 求め ら れ よ う。
若者の新聞離れ は著し い。
魅 力 ある新 聞と な ら ない限り、
新聞 は 「消え 去る のみ」である。
7 .
新聞 のデ ザイ ンコ ン セプ ト (主 旨) 新 聞 は、
読者の環境 判 断 資 料である こと を前 提と する。
以下に、
その要 件を あげる。
(1
) 記事は一
見して重要 度が分か ること。
(2
) 資料 性の高さ、
整 然 性を備えて い ること。
(3
) 選 択 性が保 証されて い る こと。
(4
)ビ ジュ アル な読み やすい紙 面で あ る こ と。
(5
) 記 事、
写真な どの全署 名化。
くだい て いえ ば、
以上 に よ り、
紙 面か ら 「本日の 記事はこ のようにまとめて、
読 者の皆さ んの参
考 に 供します」 と いう メッセー
ジ が聞こえる新 聞、
が デ ザインコ ンセプ トである。
(1
)〜
(3
) ま で は、
読者にとって環 境 (状 況 ) 判 断が しや すい紙 面 はどう あった ら よいか である。 私 た ち は、
その具体 的レイアウ トと し て、
記 事を四角デ ザ イ ン学 研 究 特集 号 sPEcIAL IssUE OF JssD voL
、
6 No.
1 199857
Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
図 私 た ちの提 案 紙 面の
一
例 形に収 めるのがよい と し て提案し てい る (図参照)。
そ う す れ ば、
記 事の大き さ か ら一
目で重要 度 が 分か る。
現在の新 聞は、
記 事が 上 か ら下へ とだ らだ らと 続い て、
記 事の重要度が 不明だ。 また読みにくい。
ニ ュー
スは、
新 聞 社に よ っ て (正確に はある特 定の 記 者 ない し編集 者 に よっ て)価 値づけされ た結 果、
あ る大き さの記 事と な る。
その価 値づけさ れ たこと を 「記 事の大 き さ 」で明 確に 示 す こと が、
資 料 性を 高 め るの であ る。
(
5
)記事の署名化も資 料性 を 高 める。
署 名 化は、
産経新聞 が、
1977
(昭和52
)年10
月 か ら約5
年 間 行っ て中 止 さ れ た。1995
(平成7
) 年10
月か ら、
十勝 毎日新 聞が、
原則 的に 全部の記 事に署 名 を入 れ る方 針を取っ てい る。
1996
(平成8
) 年4
月 か ら、
毎 日新 聞 が 大 き な 記事に署 名を入れ始めた。
ニ ュー
スが新 聞 社に入っ てか ら紙 面になるまで の 報 道 過 程 をみ て み よう,
その最初の段階でニ ュー
ス は取 捨 選択さ れ る。
そこで は社
会的 重 要 性 に照ら し 合わせ て価値
判 断される の であ る が、
そ れ を行うの は幾 人かの限 られ た 「人」 である。
い う な れば主 観 的 判 断で あ る。
記事を書くこと も、
厳 密にいえ ぱ主 観 的行 為である, 記 事が価 値 判 断され たこ と (それ 自体
は 悪い ことでは ない)を、
署 名 化に より はっ き り示 すことは、
読 者の環 境判 断に とっ て有 効である。
ま た レイアウ トも、
ある判 断の結 果である。
レ イ ア ウ トした人の署 名もあっ てい い。
すで に、
東京 中 日 スポー
ツ と 日刊スポー
ツは、
レイア ウ ト者の名 前を 紙 面わ き に明 示して い る。8 .
おわ りに 我が国の新 聞 発行 部 数は、 こ こ数 年、
横 ばいで あ る。一
つ の パ イを取り合 うシェ ア争いが、
各社
間 で 続い て い る。
今が、
新聞の ピー
ク ではないだろ う か。
私た ち は、
これまでいくつ かの紙 面 デ ザインを 提案
して きた。
しかし、
その ご く一
部 が、
実 際の紙面 に 反 映さ れ た にすぎ ない。 私の力不足もある。
新聞社 に も、
意 識 変革を望みたい。 グラ フィックデ ザイ ナー
も、
公共的デ
ザ イン に目を向けて ほ し い。
こ のま ま、
インター
ネッ トに押さ れて、
新 聞は消 えて行く との説もある。 ある いはそ うか もしれ ない。
私 見では、
新 聞の媒体 特 性を越えるメディアは、
し ばら くは現れ ない と思 わ れる。
徐々 に 下 降 線 を た ど り、
やがて 消 え る と して、
そ れ は 十 年 単位の後で あ ろ う。
ただ、
私た ち が新聞デザイ ンで提 起 したこと情報 を 理
解
し や す くする 「デ ザイ ン」 の社 会的 重 要性は、
人 類が存続 する限 り「不 変」 に違いない
。
ニ ュー
ス をいか に提
示 する か、
そ のデ ザインコ ンセ プ トは、
新し いメディア になっ て も変 わらないはず だ。 私が所 属する国 際 的 な 団 体SND
(Society
for
Newspaper
Design ) は、
昨 年、
同じSND
な がら
、Society
for
News
Design
と改 称された。
新 聞は
、
大 き く、
ニ ュー
スの枠の中で その役
割を 考 え る 時 代になってき た。
テ レビは、
実は、
新聞社
と結
び つ い て い る。
イ ン ター
ネ ッ トとも 無縁で は ない。
そ うしたニ ュー
スネッ トワー
ク と して、
インタ ラ クティ ブな 関係でメディア を と ら え、
デザインして いくこ と が、
今 後の課 題である。 グラフ ィッ クデ ザイン には、 さらなる世 界 が 開 け て い る。
58 sPEclAL IssuE OF JSSD vol