共創する犬と人
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 盲導犬への声符の例 【カム】来い. 手したからといって、即、目的地までの移動が可能になったり椅子やドアを 探すことができたりするわけではない。使用者の意図した命令を犬が目や耳. 【スィット】座れ. や身体で受け取り、それを実行できるようになってはじめて、歩行補助「道. 【ダウン】伏せ. 具」となりうるのである。この意味で、販売店で購入したその時から使える. 【グッド】よし 【ノー】よくない 【オーケー】了解した 【ゴー】進め 【ストレート】まっすぐ 【ライト】右へ曲がれ 【レフト】左へ曲がれ 【よって】左に寄れ 【ブリッジ】階段をさがせ. 「道具」と、盲導犬という「道具」は異なる。. 2.2. 道具としての盲導犬の必須条件. では、盲導犬が使用者の「道具」として機能するための特徴とはいかなる. ものか。第一に、声符及び手符により使用者の命令を認識し、それに対応す る行動を行うことである。これが基本となる。そのためには、使用者と盲導 犬が主従関係にあることを認識させる必要がある。盲導犬訓練施設の中に. 【コーナー】角で止まれ. は、これを固定するための基礎訓練というものを設けているところもある。. 【ドア】ドアノブをさがして鼻を向けよ. 次節の共同訓練記録で述べている基礎訓練とはこれを指す。. 【チェアー】椅子をさがしてアゴを乗せよ. 第二に、犬を異物としてではなく自分の身体の拡張として感じられるよう になることである。この「身体の拡張のように」というのは、例えば、紙に ペンで文字を書くときに、ペンを持っている手はペンそのものを感じている と同時に、ペン先が紙に触れているという感覚を持つ。ペン先が接する紙面 が滑らかなのか、あるいは肌理が粗いかを私たちは知覚することができる。 同様に、使用者の手はハーネスを持っているが、犬の頭や尾の動きが身体の 一部のように感じられるということである。そのためには、犬の動きに関す る使用者の知識が必要となる。人と同様に犬にも体格、性格などの個体差が ある。同じ命令でもそれに応答するまでの時間、身体の動きは個々の犬特有 であり多様であるからである。 第三に、犬が使用者の命令に逆らう行為を行うことである。これは「優秀 な不服従」とよばれ、使用者の命令に反して、あえて停止したり後戻りした りする行動を指す。これはかなり高度な認識を犬に求めることになる。不服 従には、使用者が誤って車道を横断しようとしたり、段差があるのに「ゴー (進め)」と命令したりしたときに、犬が命令に従わないという行動などが含 まれる。 第一の特徴は盲導犬が身につける機能であり、第二の特徴は使用者が身に つける機能であり、第三の特徴は盲導犬と使用者が獲得する機能である。こ れらはすべて候補犬の段階では獲得していない。前述のように、候補犬と候 補者が訓練士から歩行訓練を受けただけでは獲得できるものではなく、ある 程度長い時間をかけて獲得されていく。 加えて、これら三つの要素は、一度獲得すれば永続するというわけではな い。犬と人が関係を維持しようとし続けること、そのプロセスそれ自体が、 候補者を使用者とし、候補犬を盲導犬とする「こと」なのである。. 2.3. 道具としての盲導犬の必須条件. 視覚障害者が盲導犬を使いこなすことができるようになるための訓練方法. は盲導犬訓練施設により異なる。筆者が使用している盲導犬の訓練施設の場 合、次のような段階を経る。まず、生まれた犬は飼育奉仕者により一般家庭 で育てられた後、適当な時期に訓練施設に移送され、犬と訓練士との間に主 従関係、信頼関係を築き、盲導犬となるための基礎的な行動を学習して候補 犬となる。基礎的行動が学習された後、候補犬はその使用者となる視覚障害 者とともに移動訓練に入る(これを「歩行訓練」と呼ぶ)。そして、視覚障. 59.
(3) 60. 特集:共創・当事者デザイン. 害者が訓練施設に候補犬と宿泊して訓練を行う(これを「共同訓練」と呼 ぶ)。共同訓練は4週間行われ、その訓練を終了すると、使用者は盲導犬を 伴って日常生活に戻る。 視覚障害者が候補犬を盲導犬として使いこなせるようになるまでは単調に 進行していくことはない。使用者は犬を即、自由に制御することができるわ けではなく、むしろ、自分の自由を奪われることになる。なぜならば、使用 者が犬を歩行補助の「道具」にするためには、犬も人も身体知の水準で互い を知る必要があるからである。人の側からすると、犬を制御する技術の習得 が必須であり、犬側からすると、新たな「主人」の命令に従うことを受容し なければならない。訓練士によって行われる候補犬と候補者の訓練だけで は、盲導犬としての役割を担うことができるようになるような、いわば完成 した盲導犬となるわけではないことを強調しておきたい。訓練以後も繰り返 される候補犬と候補者との絶え間ない関わりによってはじめて、候補犬は盲 導犬に、候補者は使用者になることができるのである。この意味で、候補犬 と候補者が盲導犬と使用者に変容していく過程は共創する過程とも見なすこ とができる。そこで、盲導犬と使用者を題材として共創を記述する枠組みを 提案しうると考えられる。. 3.候補犬と候補者が出会うときに何が起きているか 3.1. 共同訓練の概要. 筆者は2014年9月から10月にかけて28日間にわたり、盲導犬訓練施設に宿. 泊して共同訓練を行った。その時の言語記録を引きながら犬と人の共同訓練 の状況について見てみよう。候補者は28日間盲導犬の訓練施設に宿泊し、寝 ても覚めても四六時中、犬と人のコミュニケーションを強いられる。候補犬 が割り当てられると、その時から、人は自力で犬を制御することを求められ る。敷地の屋内を移動するときも、必ず犬を同伴していないと移動すること は許されない。候補犬が割り当てられた当初は、犬は筆者の命令通りには動 かない。したがって、食堂に行くにも浴室に行くにもかなりの時間がかかる ため、人にとって高いストレスとなる。 屋外での移動訓練もすぐに始まる。候補者との訓練がはじまる前に、候補 犬は交差点を直進するのか右折するのかを学習していない。つまり、特定の 出発点から終点までの歩行コースは犬にとっても未知であるので、人と同じ ように犬もまた、経路、候補者の声、命令を学習しなければならない。 以下、共同訓練中の言語記録を元に候補犬と筆者との訓練過程を述べてい くが、引用した言語記録は紙面の都合上、訓練時に残された記録のごく一部 にすぎない。さらに、読みやすさを重視し、句読点や表記の統一など当時の 記録を一部改編したことを断っておく。 表1の言語記録を見ると、1日目、2日目とも、〈ゴー〉、〈レフト〉など、 歩くことや進む方向などの命令語によるコントロールができていないことが わかる。3日目になると候補犬が候補者の命令に対して応答しはじめている ことがうかがえるが、「訓練士を見ている」ということは、この時点で犬と 訓練士との主従関係が残っていることを示している。3日目あたりから筆者 の記録の中に体の使い方に関する内容が出てくる。このことは、犬との関係 を身体レベルで探ろうとしていることを物語っている。候補犬と候補者が出 会い、犬のハーネスを持てば、即、犬と人が自由に歩行できるわけではない ことを如実に表している。.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 表1 共同訓練中の言語記録[第1週目] ■1日目(9月7日) 〈ゴー〉と言っても前に行かず。〈レフト〉でも左に行かず。 訓練士ばかり見ている。 ぼくの言うことは通じず。 ■2日目(9月8日). A コースを歩く。直線は早い。. 左の手が上に上がり、上半身が前のめりになる。 正中軸が左に向いて傾く。 犬と自分の間が空いている。 命令語は時々通じるが、階段などでは1歩進むとずっと止まる。 ■3日目(9月9日) 犬にハーネスを引かせる感覚がわかってきた。 左の5本指の関節に意識を向け、他の身体部位からは力を抜く。そうすると、自 分の立ち位置が下がり、正中軸が正面方向と一致する。 周囲に少しだけ注意が拡大した。 前の日と同じチェアーに行く。 すでにふさがっていて、チェアーではない。 犬は停止。 〈チェアー〉とずっと言い続ける。 前に手を出し、後ろに手を向けるとそちらの方を犬が見て、U ターンし、空いて いる椅子を発見した。 ■4日目(9月10日) ・A コース 階段を下りると途中で止まってしまう。 〈レフト〉と言っても動かない。ずっと訓練士を見ている。 やっと歩き始める。 〈コーナー〉で停止、〈ストレート〉の命令で動かず。 しきりに訓練士を見ている。直ぐに座ってしまう。 コーナーで横道に入り込む。 (中略) 左折する車を避けて犬自身から停止した。 減速と加速を伊藤が制御できはじめた。 コーナーの手前で犬が迷うことがなくなってきた。 階段の途中で止まることが少なくなってきた。 歩行中、コーナーで停止した時、真っ直ぐ歩いている時に、頭を撫でて褒めると、 しっぽを振るようになった。 階段を探せという命令で階段を探せたときにしっぽを振るようになった。 下り階段の横に上り階段があるが、2F から1F へは、左側にある階段を下りる。 2F から3F に行く時には向かって右側にある階段を上る。 2F から〈ブリッジ〉という命令をすると、一日に何度も往復している左側の下 り階段につける。 2F から3F に行く際には上り階段を使わなければならないため、向かって右側 にある上り階段を犬は見つけなければならない。 下り階段と上り階段とは2m弱の壁で隔てられているので、下り階段の縁注3)か らは上り階段が見えない。そのために、犬は上り階段を探せない。 下り階段のはし注3)に着いた犬にいったん右に向くように指示し、右に歩き出し た所で左に注意を向けるように手で指示する。最初は左に首を向けない。何度も 左に向くように指示すると、やがて、そうすると、上り階段を見つけることがで きた。 3F に上る階段の縁に着くことができたので、そこから左に指示し、下り階段を 見つけさせると、今度は直ぐに下り階段を見つけることができた。 1F に降りてから再度2F に上がる。上がった後、左に指示し、上り階段を探さ せた。 通り過ぎそうであったため、ストップし、左に指示し、左側に注意を向けさせる。 すると、上り階段を見つけることができた。 上り階段と下り階段とを行き来することで、二つの階段の空間的な関係を見つけ 出したと思われる。 下りと上りを隔てる壁面によって、一方の階段が他方の階段を隠している。犬自 身の移動により隠れていた階段が壁面の向こう側に現れる。また現れていた階段 が壁面により隠されていくという両側の階段の見え隠れを学習しつつあると思わ れる。 注3)下り階段の縁、下り階段のはし … それぞれ、下り階段の1段目のことを表す。. ■5日目(9月11日) ・ドアの指示 命令後、ドアノブを探し、見つかったらドアノブ に鼻を向けて、あごをドア壁面に付ける。 〈オーケー〉と言われるまで鼻を向け続ける。 これがなかなかできない。 1.ドアノブが見つからない場合。ドアノブの形 状は様々なので、ドアノブを見つけ出すこと 自体がなかなか難しい。 2.ドアノブに鼻を向けて、あごをドア壁面に密 着したまま上を向き続けることが持続しない 場合。 〈オーケー〉と言われるまではその姿勢を維持しな ければならないが、鼻をドアノブに向けた後に直 ぐに首を下ろしてしまうことが多い。たいていは、 別のなにか物に注意を向けているか、訓練士の方 を見ている。 4日目夜から、候補犬はドアノブに鼻を向けて、 あごをドア壁面にくっつけたままで〈オーケー〉 と言われるまでその姿勢を維持できるようになっ てきた。〈オーケー〉までの維持する時間は20秒か ら30秒くらいである。 じっとさせる時間は私が決めている。 最初から長い時間は無理なので、30秒程度を目標 にしている。 (中略) ハーネスのハンドルの持ち方を変えると、ハーネ スを通じて感じられる犬に関する触覚情報が格段 に増えた。犬が少しでも頭を動かすこと、息づか いが荒くなり「はぁはぁ」と舌を出している際の 周期的な微少振動もハーネスのハンドルを通じて 左手で感じられるようになった。 修正後の持ち方により、犬の動きの振動が減衰せ ずにベルト、胴輪、ハンドルへと伝播するのでは ないか。 犬の動き、姿勢に関する刺激情報が増えると、犬 と私の姿勢を合わせることが容易にできるように なった。 さらに、これまでは犬の動きを予測することがで きなかったが、ハンドルの持ち方を修正すると、 犬の動きを予測することができるようになってき た。とくに、アップコーナーやダウンコーナーへ のアプローチが事前に感じられるようになった。 さらに、犬が階段や道の途中で止まることがかな り減った。 ■6日目(9月12日) 犬を信頼して体を動かすことができていない。 犬も私を信頼して動いていない。 犬は訓練士が見えると常に訓練士を見ようとする。 「椅子」という日本語に反応して犬が動いてしまう。 命令語彙で動いたらストップをする。 ■7日目(9月13日) ・歩行コース 犬が間違った方向を向いても伊藤さんも同じ方向 に向きなさいと指示。 間違ったコーナーにつけても、怖がらずに一緒に ついて行きなさいと指示。 (中略) 〈よって〉の命令語を言うときに犬を見ないように する。 上半身は起こしたままで〈よって〉の命令を言う。. 61.
(5) 62. 特集:共創・当事者デザイン. 表2 共同訓練中の言語記録[第2週目] ■8日目(9月14日) ■12日目(9月18日) 命令に従って動かない時に、犬の方向を見ないようにすることをアドバイス ・歩行 B コース される。 ぜんぜん命令に応答しない。 犬を安心させるために犬の方向を見ると、いっそう犬は動かなくなる。 訓練士からの指示 犬は私の声の命令ではなく、私の体の動きを見ようとしているので犬を見る 「伊藤さんは錘だと思って下さい。錘は自分から動き と、いっそう犬は私の声での命令を聞こうとしなくなる。結果、もっと犬は ません。犬が声符で動いてから体を動かして下さい。 命令通りに動かなくなる。 犬より先に動いてはいけません。左手はだらんとして 力を抜いて下さい。」 ■9日目(9月15日) 犬がよそ見をしているかどうかを左手だけで感じるように指摘される。 命令を聞かずによそ見、食べ物のにおいを嗅ごうとする、私の手をなめるな どが今日から出てきた。 〈ノー〉の命令で注意した。 9日目くらいから私の体の使い方が変化してきた。 体の動きの速度に加速と減速が加わった気がする。 感覚と動きの流動パターンに変化が起きたように思われる。 ■10日目(9月16日) 〈ゴー〉で犬が歩き出さない。 指示された点 ・とにかく常にハンドルにテンションをかけるように意識する。 ・動いたら褒める。 ・命令して動かなくても、とにかく〈ゴー〉を言い続ける。 ・自分から先を予想するのではなくて犬の動きに最後まで任せる。 ■11日目(9月17日) 命令を発話する直前にハンドルにテンションをかけるように心がけた。 大げさに音声で褒めるようにした。 命令と命令との合間は一定にならないように注意される。 一定になると先を予期して犬が行動してしまい、主人の音声命令語を聞かな くなるため。 犬をのぞき込まないように注意される。 階段の途中で止まることが減ってきた。 先読みして間違えるエラーが減ってきた。→私の音声命令を聞き始めている。. ■13日目(9月19日) (前略) 犬が自主的にドアやチェアーを探して特定するといっ た探索活動をすることが増えてきた。 基礎訓練では〈カム〉で犬が行う行為と姿勢が正しく なってきた。 犬が私の命令を聞こうとし始めた。(犬が首を右上に 向けて私の方を向く) ■14日目(9月20日) 〈ドア〉命令で犬があごを付けたら〈オーケー〉の命 令まではその姿勢を維持させるようにすることを指示 される。 (中略) 〈チェアー〉、〈オーケー〉など命令は自分の声だけに 従うようにさせる。 今は訓練士の声で行動している。 犬が指示を待つ際に、私の方向、右上方向を見るよう になってきた。 しかし、訓練士の声がするとそれに従ってしまう。 歩行中は犬の動きについて行くこと。. 一方で、「コーナー(筆者注:“曲がり角”の意)で停止」など候補犬が 命令語に少しずつ注意を向けるようになっていることも示唆される。4日 目の記述でもっとも興味深いのは、候補犬自らが上りと下りの階段の空間 的位置関係を探索し、認知していることである。階段を探しているうちに、 上りの階段と下りの階段がどのような位置関係にあるのかを犬自身が発見し ている。犬はこのような空間的関係をいったん学習すると、それを般化して いく。 人と犬の信頼関係についても確実に変化している。筆者が褒めると尾を振 るなどは人と犬との主従関係が着実に作られはじめていることを示してい る。しかし、階段の途中で停止すること、ドアノブに鼻を向けてもすぐにや めてしまうことなど、犬が筆者の命令通りに動いていない状況も多い。 13日目、訓練開始からほぼ2週間後、「犬が自主的にドアやチェアーを探 して特定するといった探索活動をすることが増えてきた」など、候補犬自身 が候補者の意図に従って周囲を探索しようとしていることがわかる。9日目 の「よそ見」と13日目の「探索」は、ハーネスを通じて区別できる。緩慢に 動き、直進しているのに頭が下を向いているなどは、明らかに「よそ見」で あると判断することができる。一方、例えば〈ブリッジ〉、〈チェアー〉など の命令の後、頭を頻繁に素早く動かしたり、身体を捻って周囲を見回したり するときは、犬が命令に従って「探索」していることがすべて、片手で持っ ているハーネスの動きから人に伝わる。 〈ゴー〉や〈レフト〉で犬が動かないような表3の記録から、候補者の思.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 表3 共同訓練中の言語記録[第3週目] ■15日目(9月21日) (前略) 「今は、犬と会話を覚えていく過程です。 動作を繋げずに細かくしてその都度褒めて下さい。 命令と命令の間の間が大事です。 その間も動作を維持させます。 勝手に犬が動作をやめたら叱ります。 再度同じ命令をして行ったらよく褒めます。 間は単調にならないこと。」 犬が12時方向に進もうとしている時に、私は11時方向に体 が向いているので進行方向が交差してしまい、犬が歩きに くくなる。 人は2時方向に進むようなイメージを持つこと。 そうすると、左手のハンドルから10時方向に力を感じるの で、結果、12時方向に進むことができる。 〈よって〉で左に寄せようとするときに、人が体で左に犬を 押してはいけない。 犬は左に押されると、反作用でいっそう右側に出ようとす るため、車道が右にあると道路の中央に出てきてしまう。 これは危険。. ■17日目(9月23日) 〈ゴー〉や〈レフト〉で犬が動かないことについて、私の声符で動かな いのは、私の声を聞いていないからであると訓練士から指摘。 聞いていない原因として犬が他の出来事や人に注意を向けていて、私に 注意がいかないためと説明された。 対策として、声符を何度言っても動かない時には〈ノー〉で叱る。 その後、再度声符を言う、あるいは基礎訓練のなにかをやってみる。 そして声符で動いたらよく褒めることを指示された。 ■21日目(9月27日) (前略) 3.犬が眼を使って探すようにさせる。そのためには、私は何も知らな い人になったように振る舞う。チェアーなど、何度も行っている物 の場合、方向指示などはせずに、 〈チェアー〉の声符のみで探させる。 〈グッド〉を言い続ける。 自分の速度を上げたり下げたりしながら自分の速度に犬が合わせるよう にさせる。 (中略) 10.犬に探させる時など、私の体が前に出すぎている。そのため、私の 体で犬の動きをブロックしてしまい犬が物を探せない状態になりや すい。意識的に犬の後ろ方向に下がるようにする。. い通りに犬が動かないこと、そのために、自分自身も思うように動けないと いう状況に直面していることがうかがえる。さらに人と犬との信頼関係を育 むことは容易ではないことも想像される。犬が命令を聞かずに誤った行動を したことは、たいてい人にはすぐわかる。なぜならば、候補者には聴覚も触 覚も嗅覚もあるので、それらを通じて自身が周囲の状況を知覚しており、そ れらの感覚的手がかりを元に犬の行動が誤っていることを認知できるからで ある。候補者は犬が車道に出て行こうとすると危険を探知し、無自覚的に身 体が抵抗する。ハーネスに力を入れて引っ張ったり、犬の進行方向とは異な る方向に身体を向けてしまう。これは候補者自身が抱く恐怖感からである。 しかし、それでは犬との信頼関係が育たない。人は誤っていると認識しつ つ、犬に全てを委ねなければならないが、これはたやすいことではない。人 が犬の動きに盲目的に従うようになるということは、命の危険に直結するこ とを意味するからだ。恐怖感を認識しつつも、すべてを犬に委ねてしまう。 これが候補者と候補犬との関係から、使用者と盲導犬の関係に変容するため に必要な段階である。後に詳述するが、候補者が候補犬に依存し、待ってこ そ、候補者として存在するという「相依相待 注4)」がまさにこれである。 候補犬には筆者に対する信頼の芽生えも徐々に見られている。「犬が私の 命令を聞こうとしはじめた。(犬が首を右上に向けて私の方を向く)」という のは犬が候補者との信頼関係を表す典型例だと思われる。犬が命令に従った 行為の実行後、候補者を見るというのは、命令されたことを実行したこと、 その後の指示を受けるために注意を使用者に向けて待っていることを意味す る。これは、犬の側からの「相依相待」の現れといってよいであろう。 24日目の記録:「犬の目を使って探させる。お願いだから真っ直ぐ進んで と犬に懇願すると、犬は自分で探さなくなる。曲がってしまってもいいやと いう開き直った気持ちを持つと、犬は自分から〈ストレート〉の意味を探す ようになる。つまり、真っ直ぐ進むようになる。」や、27日目の記録:「〈ス トレート〉で動かない。」など、人が意図したように犬が行動していないこ 注4)相依相待(そうえそうだい) それぞれが互いに他を待って,他に依って,自己の 存在を表すこと. [木岡,2014,〈あいだ〉を開く,p31より]. とと、その対処策に関する訓練士からの指示が訓練終盤に入ってもなお継続 していることがうかがえる。つまり、4週間の共同訓練では、候補犬は完全 な盲導犬としての役割を身につけていないことが推測される。. 63.
(7) 64. 特集:共創・当事者デザイン. 表4 共同訓練中の言語記録[第4週目] ■24日目(9月30日) ・指示された内容 (前略) 「犬の目を使って探させる。お願いだから真っ直ぐ進んでと犬に懇願すると、 犬は自分で探さなくなる。曲がってしまってもいいやという開き直った気持 ちを持つと、犬は自分から〈ストレート〉の意味を探すようになる。つまり、 真っ直ぐ進むようになる。」. ■27日目(10月3日) 〈ストレート〉で動かない。 真っ直ぐ行ってというお願いするような気持ちで命令 すると、いっそう命令に従わなくなる。 行きたい方向に体が向いてしまい、犬の「行きたくな い」という欲求を許してしまうことになる。 犬のしたいことを許さないためには、犬の進む方向に 体を合わせて、その後、間違った方向に犬が進んでい ■26日目(10月2日) くならばチョークして主人の行きたい方向に犬が進む (前略) ようにさせる。 声符と同時に体が動くために、結果的に犬が私の体よりも遅れて動き出す傾 行けば褒める。 向になっていた。 主人の行きたい方向に進むまで何度でも繰り返す。 こうなると、犬がいっそう動きにくくなり、声符で動作しなくなる原因となっ ているとの指摘を受ける。 (中略) だらだらと犬が動くときには注意が散漫になっている。 こういう時には伊藤さんの声は聞いていないということであった。 こういう時には、〈ダウン〉、〈カム〉などの基礎訓練動作と共にチョークし、 できたら褒めることで伊藤さんの声を聞くようになる。 (後略). 3.2. 犬と人のコミュニケーションフェイズ. 犬と人の共同訓練におけるコミュニケーションの過程を、下記のように4. 段階のフェイズに分類してみた。. ①「出会い」フェイズ … 犬と人が出会い、互いにコミュニケーションの方法を探るフェイズ 犬にとって後に使用者になる人は見知らぬ他人であると同時に、人にとっても新たに出会う犬である。まずは、互いを 知るために、人は声符、手符、ハーネスの持ち方、ハーネスから伝わる触感から情報を取り出す方法などについて学び、 犬は声符、手符そしてハーネスから伝わるテンションに慣れていく。 ②「. 藤」フェイズ … 犬と人の関係を作るフェイズ. 訓練士以外の人からの命令に突然従うというのは犬にとっては不安がつきまとう。人も犬も、身を委ねるという意味で、 「歩み寄り」とも言えるような状況が信頼関係の元であり、このフェイズの中心になる。 ③「すり合わせ」フェイズ … 犬と人が様々な側面でコミュニケーションを行うフェイズ ②の. 藤フェイズにおいて人や犬単独では問題を解決することが不可能であることに人も犬も気づき、人は犬の、犬は. 人の援助を受けつつ、必死になって目標達成を実現していく。犬にとっては訓練士はもう自分の使用者ではなく、候補 者を新たな「主人」であると認めていくために、訓練士との関係を絶たなければならない。つまり、訓練士との信頼関 係を捨てなければならない。人も犬も自分の思い通りにならない時間が続く中で、自己の意志を強引に通すことを諦め て、他に委ねることが求められる。犬も人も自己への執着を手放すことが重要であり、これが後にも述べる共創の論理 に繋がる。. 人. ④「身体化」フェイズ … 犬が人の身体の一部であるかのようにふるまい、人が 犬の精神的支柱であるかのようにふるまう 候補者が犬に声符で意志を伝える。意図した指示が行われたか否かは犬の動 きの中から探知する。例えば、犬が人の命令を実行した後に候補者を見る、 曲がり角にきたとき一時停止して候補者を見るなど、犬が人にとって身体の 一部となって動き、人が犬の主人となって動いていることになり、右のよう. 動き. 声. なサイクルが生まれる。しかし、犬にも人とは異なる自己が存在するため、 このサイクルはけっして安定的ではない。 人と犬のサイクルを維持するためには、時間と忍耐、そして、サイクルを生 み出すための「場」が必要となる。人の自己の拡張として犬の自己を置くた めの「場」だ。このような時空間、すなわち「場」をどのように構成するの か、「場」の作り方を学ぶことこそが盲導犬の訓練の本質であると思われる。. 犬 声符と手符による指示を介した 犬と人の協応サイクル.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 4.候補者が使用者になり、候補犬が盲導犬になるという共 創を記述する論理の私案:テトラレンマと即の論理を援用 して 4.1. 何が問題なのか. 盲導犬を歩行補助の「道具」とするまでのプロセスは道具の使い方を習得. するような単純な学習過程ではなく、かつ、短期間で使用者と盲導犬との関 係が成立するわけではないことを訓練の記録から読み取っていただけたであ ろう。では、いったい何がこの関係の成立を難しくしているのか、その要点 をまとめてみる。 第一に、人が犬とともに移動する、人が犬とともに生活するということ、 それ自体が未知であるということだ。犬の体格も性格も個体差が大きいた め、新たな犬との関係は新規なものとなる。候補者に盲導犬使用の経験があ る場合は、過去に盲導犬を使用していた際の身体の動き、命令の方法が染み ついており、かえって新しい犬との関係作りを阻む要因となりうる。 第二に、候補犬も候補者も意志あるいは自己を有しているということで ある。犬はロボットではなく、あくまで動物である。動物の本質は自立性 (automacy)と感覚能力(sentience)である。自立性、すなわち意志や自己. があり、その意志に従って周囲を探索し、感覚し、知覚情報を得る。犬も人 も異なる自己を有しているので、異なる意志に基づいて周囲を探索・知覚し 行動する。ゆえに、候補犬の知覚・行動が候補者の意図した探索・知覚・行 為と合致しているとは必ずしもならない。 候補犬と候補者が出会ったとき、お互いに、自己の意志に従い探索、知 覚、行動しようとする。しかし、犬と人との意図が異なると齟齬が生じる。 すると、犬も人も思い通りにならないという状況になる。互いに自己の思い 通りにならないという. 藤が生まれる。. 共同訓練期間中、人も犬も. 藤状況から逃げ出すことができず、それでも. なお、人と犬は互いに「向き合う」ことを強いられる。そのような拘束され た状況下で、すべてを「委ねようとする」という解決策を共に見出してい く。候補者は訓練士から候補犬に身を任せるように頻繁に指示される。そう しているうちに、両者の意図のすり合わせ、自己の身体の拡張の萌芽が現れ てくる。「相依相待」という状態がお互いの解決策であることに気づいてい く過程である。これこそが「共創」の現れであるといえる。 では、このような候補犬と候補者の出会いが盲導犬とその使用者になって いくプロセス、いわば共創について、どのような論理的説明が可能となるで あろうか。. 4.2. 共創を生み出す概念の哲学的基盤の提案 4.2.1. 因果論理の限界. 候補犬と候補者が盲導犬と使用者という心理社会的役割を担いつつも、あ. たかも一つのシステムとしてふるまうためには、両者が構成するシステムに は個々のシステムを超えた全一性(oneness)が求められる。犬と人のどち らかが原因でどちらかが結果というような因果論理では、盲導犬を語ること も盲導犬の使用者を語ることもできない。なぜならば、一方が「因」で他方 が「果」とする時間的構造ではないからである。他のなんらかの要因、たと えば訓練士が「因」で使用者と盲導犬が「果」となることはありうる。しか し、訓練記録から推察されるように、犬は訓練士から離れること、候補者は. 65.
(9) 66. 特集:共創・当事者デザイン. 訓練士と犬との関係を引き離し自分との関係を築かなければならないことな どを考えると、時間的な積み重ねを基本とする因果の論理、すなわちロゴス 的論理が働いているとは考えにくい。時間的な積み重ねとしてのロゴスでは なく、空間的な跳躍の論理が根本的に働いていると解釈することは、候補犬 が盲導犬となり、候補者が使用者となることを解釈するのに有用であろう。. 4.2.2. 空間的「即の論理」. この関係の飛躍を説明しうる論理はないのだろうか。そこで、山内得立が. 提唱する「テトラレンマの論理」 、 「即の論理」 、 「即非の論理」が示唆的であ 注5) り、熟考に値するのではないかと筆者は考えている。詳しくは山内(1974) 、 注6)注7) 木岡(2011,2014) を参照していただくとして、ここではその概略と. ここで扱っている事例に当てはめて考えるのみとしたい。 木岡(2014)によると、そもそも、ロゴスは物事を分けるとか区別すると いう思考であって、分けた物事を一つに繋ぐ働きの思考ではない。この思考 注5)山内得立,ロゴスとレンマ,岩波書店,1974.. と対照的なのがレンマ的論理である。レンマ的論理は分けられた物事の「あ. 注6)木岡伸夫,風土の論理 地理哲学への道,ミネルヴァ. いだ」を繋ぐ働きであり、レンマは「直観」的な把握であるとしている。ロ. 書房,2011. 注7)木岡伸夫,〈あいだ〉を開く ─ レンマの地平,世 界思想社,2014.. ゴスが理性的で弁別知であり、時間的な特性を持つのに対し、レンマは分か たれたものを繋ぐ「直観」知であり、結びつきは空間的な特徴を持つ。. 4.2.3. テトラレンマの論理. では、山内の提唱した「即の論理」に登場する「レンマの論理」、特にテ. トラレンマについて簡単に述べる。彼の提起した論理は次のようになる。 ⑴ 第一レンマ …「A」(A の肯定). ⑵ 第二レンマ …「 A」(A の否定). ⑶ 第三レンマ …「A」でもなく、「 A」でもない(「A」と「 A」の両方とも否定:両否). ⑷ 第四レンマ …「A」でもあり、「 A」でもある(「A」と「 A」の両方とも肯定:両是) ⑴と⑵はどちらか一方が成立するというのがロゴス的な論理である。「A」. の肯定はすなわち「 A」(「A」の否定)を意味するからである。書き換える. とこれらは、. 「A」 or 「 A」. となりうる。. ところが、⑶で「A」も「 A」も否定しておいて、⑷で「A」も「 A」も. 肯定へと移る。この飛躍こそ、「直観」あるいは「即」と呼ぶべきゆえんで ある。 犬と人の関係に当てはめる前に、単純な例で考えてみる。 「A」 (今日は)「暖かい」. 「 A」 (今日は)「暖かくない」. とすると、 ⑴ 第一レンマ …「暖かい」 ⑵ 第二レンマ …「暖かくない」. ⑶ 第三レンマ …「暖かい」のでもなく、「暖かくない」のでもない ⑷ 第四レンマ …「暖かい」のでもあり、「暖かくない」のでもある.
(10) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. 「今日は暖かい」と、「今日は暖かくない」という対立する二項を ⑶ では 共に否定する。つまり、暖かいとも言えないし、暖かくないとも言えない。 両極端を否定するということは、あるかなしかという二者択一を否定し、そ のどちらでもない「何か」の存在の可能性を残していることを意味する。そ れを踏まえて、暖かいと暖かくないとを共に肯定することの存在が押し出さ れる。 ⑶は「…ではないのではない」という二重否定ではないことに注意した い。肯定も否定も「否定する」ことによって、相矛盾する物事を同時に存在 させようとすることにつながり、⑷へと続く。つまり、二極対立する「A」. と「 A」の「あいだ」を両方の否定という方法で作りだし、その裏返しとし. て、「A」でもあり「 A」でもある(肯定でもあり否定でもある)という方 法で相反する二極を並立させる。対極点を両方とも否定することで無限の中 間を作りだす。これはすなわち「空」ということもできる。「空」を前提と するがゆえに対極的な点に位置する物事を両是とすることができる。 この⑶から⑷へのシフト、「空」から「両方とも肯定」への繋がりが「直 観」的な思考であり、「テトラレンマの論理」の最も特徴的な点であると筆 者は考えている。木岡の論理や山内の哲学に触発されたとはいえ、あくまで 筆者の解釈の範囲であるということでご容赦いただきたい。 では、「即の論理」、「テトラレンマの論理」をどのように候補犬と候補者 から盲導犬と使用者への関係の変容に当てはめればよいのか、テトラレンマ の「即の論理」を適用して試みる。 前述の四つのレンマは「A」の肯定と「A」の否定(「 A」)の繋がりであっ. たが、これを相異なる存在としての二者に拡大してみる。生物としての犬と 人は紛れもなく異なる存在である。そのことをまず当てはめると次のように なるだろう。 「A」 犬 「B」 人. とすると、次のように書くことができる。なお、以下、「&」は A と B の二 者共存、「or」は二者択一を意味する。. ⑴ 第一レンマ …「A」or「B」(「A」の肯定あるいは「B」の肯定). ⑵ 第二レンマ …「 A」or「 B」(「A」の否定あるいは「B」の否定). ⑶ 第三レンマ …「A」でもなく、「 A」でもない &「B」でもなく「 B」でもない. (「A」の肯定でもなく「A」の否定でもないし、「B」の肯定でもなく「B」の否定でもない:全面的否定) ⑷ 第四レンマ …「A」でもあり、「 A」でもある &「B」でもあり「 B」でもある. (「A」の肯定でもあり「 A」の肯定でもあるし、「B」の肯定でもあり「 B」の肯定でもある:全面的肯定) ⑴では犬と人は個々のものとして肯定されている。言い換えれば、個別に 存在しているといってもよいかもしれない。候補犬と出会う以前の候補者、 候補者と出会う前の候補犬、共に相対する他を知らずに存在している。 ⑵では犬も人も否定される。このあたりから、訓練過程のお互いの「 藤」フェイズ、「すり合わせ」フェイズが現れる(3.2. 犬と人のコミュニ. ケーションフェイズを参照)。. ⑶では犬の肯定が否定され、犬の否定も否定されると同時に、人の肯定も 否定も共に否定される。つまり全面的否定である。犬にとっても人にとって も「. 藤」フェイズ、「すり合わせ」フェイズは乗り切らなければならない. 67.
(11) 68. 特集:共創・当事者デザイン. 峠であり危機である。犬も人も自己意識、自尊心、意図は存在するが、思う 通りに物事が運ばないという状況はこれらの否定を意味する。自分であって 自分ではないという状況が犬にも人にも起きている。 そして⑷では、犬の肯定でもあり、犬の否定でもあり、掛け合わせられ て、人の肯定でもあり否定でもあるというところに至る。犬は人により制約 されつつも肯定され、人もまた犬の存在により肯定されるとともに、自分の 心身をも制約される。つまり、ある意味自分自身のすべてが肯定されるわけ ではない。有り体に言えば、盲導犬の使用者になるということは、常に犬が 同伴するとか犬の面倒を見るという制約や不自由、社会的不便さ(盲導犬が 宿泊施設や飲食店で入室を拒否されるなど)を被る一方で、移動の自由、安 全の確保という自己の肯定を享受する。 ⑷に先行する⑶の全面的否定において、犬も人もある意味、自己の崩壊段 階を経験する。犬は犬としての自由および訓練士との関係への執着を手放 し、新たな人との関係を気づくことで、犬でもあり人の一部ともなる。人に とっても、たとえ命令が誤って実行されたとしても犬の行動に心身を完全に 委ねる。時には過去の盲導犬との繋がりの痕跡である身体の使い方を手放 し、過去の犬への執着を手放す。犬にとっても人にとっても、過去との決別 は、互いに分かちがたい存在へとシフトするための必須な段階である。この プロセスの中から、犬は人の命令に従い、次の指示を待ち、そのことで褒め られ、自己の存在を肯定される。人も同様に、犬の行動に身を委ね、行動を 待って次の命令を行い、意図通りであれば褒めることで自己をも肯定する。 犬も人も互いに待ち、そして互いに依存する。これが「相依相待」といわれ る関係であり、不一不異ということでもある。ここに至ってはじめて、犬は 盲導犬となり、人は使用者となる。 このように、犬も人も過去のアイデンティティが相手により認められる一 方で、他の側面では過去を捨てなければならない。これは過去から続く自己 の部分否定である。犬は出会う前の自分の自分であると共に、そういう自分 でもなくなる。同様に、人も過去の自分であるというアイデンティティを持 続しながらも自己が意識する本当の自分ではなくなる。. 5.循環的関係の変容としての共創:「即の論理」の空間的配 置の提案 前記のプロセスを生物としての犬、人が潜在的に有する相反する側面、表 裏一体の側面を考慮すると共に、「即の論理」が持つ空間的配置をも含み入 れて、犬と人の関係性を循環的関係として次のように書き表してみる。 「A」 盲導犬 「B」 使用者. であり、加えて、「A」も「B」も相反する存在の状態を下記のように示して みる。. 「 A」犬が犬として存在する. 「 A」犬が犬として存在しない 「 B」人が人として存在する. 「 B」人が人として存在しない これを元に、図1のように表現してみた。.
(12) デザイン学研究特集号 Vol.26-2 No.100. ⑴ 「A」でもあり「 A」でもある &「B」でもあり「 B」でもある. (「犬として存在しているのでもあり、犬として存在していないのでもある」&. 場. 「人として存在しているのでもあり、人として存在していないのでもある」) ↓. (1). ⑵ 「A」でもあり「 A」でもある &「B」でもあり「 B」でもない ↓. (8). (2). ⑶ 「A」でもあり「 A」でもある&「B」でもなく「 B」でもない ↓. ⑷ 「A」でもあり「 A」でもない &「B」でもなく「 B」でもない. (7). (3). ↓. ⑸ 「A」でもなく「 A」でもない &「B」でもなく「 B」でもない ↓. (6). ⑹ 「A」でもなく「 A」でもない &「B」でもなく「 B」でもある. (5). ↓. ⑺ 「A」でもなく「 A」でもない &「B」でもあり「 B」でもある ↓. ⑻ 「A」でもなく「 A」でもある &「B」でもあり「 B」でもある ↓. (4). (1) ~ (8) の4本の線はそれぞれ 外側から順に、 A(犬が犬として存在する) A(犬が犬として存在しない) B(人が人として存在する). 肯定 (連続した白い線) 否定 (一カ所が断絶し ている黒い線). B(人が人として存在しない) を表す。. 再び ⑴ へ… 図1 人と犬の循環的共創を表す空間的配置 ※山内(1974)のテトラレンマの即の論理を元に,筆者が独自に作成した.. このように、上から右回りに否定と肯定が入れ替りながら、循環していく。 ⑶ 「A」の全面的肯定と「B」の全面的否定、すなわち犬 ⑺ 「A」の全面的否定と「B」の全面的肯定、すなわち人. これらが左右に配置された。これは、犬も人も互いに出会う前の犬は犬とし て、人は人として完全に閉じた状態であることを示す。これらは4.2.4で記述. した「A」or「B」に当たる。図1の空間的配置において、上記の「これら. 相異なる存在」が、図中の「場」において出会うことを示している。⑴は. 「A」の完全な肯定と「B」の完全な肯定であり、⑸はその対極となる完全な. 否定である。⑴が「A」と「B」を共に肯定するという点で協調関係あるい. は共創関係の一つの状態であると見なしうる。このような状態が現れるの. は、⑸の「A」も「B」もすべて否定されるという関係の状態が存在するが ゆえである。犬も人も自分であって自分ではないという. 藤が存在してはじ. めて、犬も人も肯定されることが可能となるような犬と人の「あいだ」が生 まれてくる。 山内のようなテトラレンマとして直線的に表現せずに、あえて連関的に表 現したのは、相矛盾する側面を持った相異なる存在が同時に肯定されるとい うのは定常的な状態ではなく、ダイナミックに変化する二者の関係の一つの 状態にすぎないと筆者が仮定したからである。1年目の犬と人の関係は2年 目のそれとは異なる。関係は絶えず変化し続けている。最も顕著な変化は加 齢である。犬も人も加齢する。特に犬の老化はその寿命の短さゆえに人とは 異なるので、犬にとっては1年前にできたことが今はできないというような 変化に犬も人も対応を迫られる。このように盲導犬として及び使用者として 肯定される段階に至ったとしても様々な要因でその状態は崩れる。崩れたな らばまた同じように犬も人もすり合わせをし、どちらかの完全否定、両方の 完全否定を経て、再度両者の完全肯定へと至る。このような絶え間のない循. 69.
(13) 70. 特集:共創・当事者デザイン. 環を図1は表している。 このような表現は古代中国の哲学の根本である易経注8)の基本原理を表現 した「八卦」に類似している。図1のような図式化が示唆するのは、第一に 「A」と「B」の肯定と否定からなる関係は連関的、周期的と見なしうること である。「「A」の肯定でもあり「 A」の肯定でもある &「B」の肯定でもあ. り「 B」の肯定でもある」は定常的な状態ではなく、巡りゆく周期の特定の. 場所における瞬間の状態であり、ほどなくして、状態は変化し、関係が巡る というように、循環するとも想定できる。 テトラレンマでは完全否定(「空」)から完全肯定へと即の論理を用いてい る。一方、このように空間的図式化をすると、「A」と「B」の二者のそれぞ. れの肯定と否定の側面を循環的に否定から肯定へと表現すれば、一瞬と一瞬. の「あいだ」において、「A」や「B」は部分的に否定されると共に、肯定も されていく。このような、相反する、あるいは相異なる物事が循環的に関係 を紡いでいくことが共創の本質なのではないだろうか。この循環を下支えし ているのが共創の「場」であり、図1でいえば、⑴∼⑻の背景全体が「場」 である。本稿で取り上げている候補犬と候補者の共同訓練でいえば、犬と人 が共同生活を行いながら訓練する施設、訓練プログラム、訓練士などが「共 創の場」と見なせるであろう。共創が生起する場の調整を訓練士や建物の構 造が行っていると仮定できる。. 6.終わりに 本稿では共創とは何かについて議論する端緒となることを意図して、候補 犬と視覚障害者とが共同生活を送る盲導犬の使用訓練を題材に、犬が盲導犬 となり、人が使用者となる過程を筆者の訓練記録を元に記述することを試み た。言語記録から、候補者にとって候補犬のコントロールを容易に習得でき ないこと、人も不自由になるが犬も拘束されることなどが考えられた。この ような二者の関係を山内のテトラレンマを元に、筆者独自に連関的図式に改 変してみた。犬と人という二者が全面的に肯定される状況、すなわち、「人 であって人ではない」及び「犬であって犬ではない」という関係がいったん 成立しても、人と犬のライフサイクルの中で新たな否定と肯定の組み合わせ が立ち現れ、それを人と犬が共に否定しながら、両方を肯定するという関係 の繰り返しを続けていくことが考えられる。このような「人であって人では ない」及び「犬であって犬ではない」、二重の存在同士が関係を続けようと 努力し続けるような循環的関係こそが、人と犬の共創であると本稿では仮に 結論づけてみた。 互いの束縛という観点からすると、「人は自由であって不自由である」及 び「犬は自由であって不自由である」と、「人は自由ではなく不自由でもな 注8)易経に関する詳細は下記を参照.. い」及び「犬は自由ではなく不自由でもない」を対極として、犬と人との関. 定方昭夫,「易」心理学入門 ─ 易・ユング・共時. 係が循環的に変化し続けている。繰り返すが、これは筆者の訓練の記録と記. 性 ─ ,たにぐち書店,2014.. 憶に基づいてテトラレンマという「直観」の論理を援用した共創の私論であ. 安岡正篤,易経講座 運命を開く知恵,致知出版社, 2011.. る。矛盾する対立項を持ち出す必要があるのかという反論もあると思うが、 創発と異なる概念として共創を位置づけるとき、ロゴス的な論理とは異なる. 【謝辞】 本論文を執筆するにあたり、図作成、文章 レイアウトなどを引き受けて下さった当研 究室の高橋美保さんに感謝の意を表します。. 論理をたたき台として新たなモデルを構築することに類似概念との差異化が あるのではないだろうか。西洋的な論理の象徴的存在であるロゴス的論理 と、それとは対照的な東洋的論理は、その手助けをしてくれると直感的に 「直観」している。.
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