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JoyceのArabyへの文体論的アプローチ

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全文

(1)

Joyceの

A筋

秒 へ の文体論 的 アプローチ

筏 津 成 一 (平成 4年 6月29日受理)

0.1文

学研究 の一 つの方法論 としての言語学 に基 づ いた文体論 的 アプローチが提 唱 されてか ら既 に久 しい。例 えば

,H.G.Widdowsonは

学 問領域 としての文体論 を次 の ように位置付 けてい る。 私 の言 う「文体論」 とは

,文

学的 デ ィス コース を言語学 の方向か ら研究す る ことであ り

,私

の考 え方 によれ ば

,文

体論が

,一

方 において は文学批評 と異 な り,また他 方で は言語学 とも 性格 を異 にす るの は

,そ

れが これ ら両者 を結 び付 ける手段 としての性格 を持 ってい るか らで あ るi。 爾来,こ うした文体論的 アプローチによる文学作 品の分析例 は枚挙 にい とまがないが,近年 はRonald Carterの分析 に代表 され るように2,文 学 テ クス トの文体分析 は,ただ単 に厳密 な言語学 的分析 方法 を客観 的 に適用す るので はな く

,言

語学 的観察 と文学的直感 の相互作用 に基づ くべ きで あ る とい っ た考 え方が主流 になって きている。Carterは文体論 の有効性 について次 のように述べ てい る。 文学作 品へのあ らゆる言語学的 アプローチの中で,「実用文体論」は言語 について

,そ

して文 学 にお ける言語 の働 きについて学ぶための

,あ

るい は文学 テ クス トの解釈 において系統立 っ た分析 を してい くために必要 な自信 を養 うための最 もふ さわ しい方法 として

,自

らを推薦 し てい る3。 本稿 で はJoyCeのス陶妙 を,従来 の文芸批評 の立場 か らの研究成果 を踏 まえつつ,こ の文体 論 的方 法 によってテ クス トの言語分析 を行 い

,そ

れ によって

,言

語事実 に基づ いた客観的 な解釈 の方向 を 提示 してみたい。

(2)

170 筏

0.2言

語革命家 としてのJoyceについてはもはや多言を要 しないが

,こ

こで今一度

,同

じ作家で

あ りJoyce文学 に特 に造詣の深いAnthony Burgessの言葉 を引用 してみよう。彼 は言語使用の態度

によって作家 を二つのクラスに大別する。 クラス

(1)に

属す る作家 とは

,そ

の作品において言語そのものは殆 ど重要性 を持たず

,透

明で魅力 に乏 し く

,そ

こには含畜 とか曖味性 といった表現 としての付帯的な意味合いは殆 ど 認 められない。 これに対 して

,ク

ラス

(2)の

作家 に とっては

,曖

昧性

,地

口あるい は表現 としての深い含蓄などは,排除するよりはむ しろ,よ り積極的に利用 されるべ き要素であ り, 登場人物や事件 と同様 に「言語」か ら成 り立 っている彼の作品が

,仮

,(映

画等 の

)視

覚的 なメディアに翻案 されたならば

,そ

の多 くの内容

,特

質 を失 うことになろう4。 換言すれば

,ク

ラス

(1)の

作家 は,「何 を」語 るか を問題 とする「内容」重視 のタイプであ り

,ク

ラス

(2)の

作家 は「 どのように」語 るかを問題 とす る

,い

わゆる「文体」(あるいは表現

)重

視 の 作家 とい うことになろう。この三分法 において,JOyceは「救い難いほどに後者の奥深い所 に身 を潜

めた」(he is irredeemably entrenched in he very heart of Class 2 writing)作 家であるとい う5。

事実

,こ

うしたJoyceの作家 としての傾向性 は

,既

に初期 の短編集

D"蕨

ι術 において認 めること

がで きる。A,Walton Litzは 短編集 としての う励〃%ι密 の統合原理 として,「ダブ リンの街 それ自

身の自己充足的な世界」(he self―contained world of Dublin itself)と 「特徴的な文体」

(he

characteristic style)と いう二つの要素を挙 げて

,そ

の文体 について次のように説明する。 もし,今仮 に D%bttι 州 の文体 を形容するにふ さわ しい一語 を選 ばなければならないとするな らば

,そ

れ は恐 らく「簡潔」(ecOnomy)であろう。 ここでは何一つ として浪費 されているも のはない。個々の作品において

,ま

た短編集全体 において

,全

ての語が

,そ

して全ての旬が 各々の役割 を担わされている6。 この指摘 は

,D"蕨

ι始 の文体が細心の注意 を払って入念に練 り上げられたものであるという意味に おいて

,先

のBurgessの見解 と軌 を― にするものである。

ところで

,Joyce自

身 は出版者の Grant Richardsに 宛てた手紙 の中で,Dab′ 力ι州 の創作意図に

ついて説明 している。それによると,この作品 は「周到な卑俗 さを持つ文体」(a style of scrupulous

meanness)で書かれているという7。 この言葉の内容 はさてお くとして

,」oyce自身の この告 白は,

彼が「文体」に腐心 した証拠であ り,「文体」が この作品の解釈上一つの重要な手がか りになること

(3)

Joyceの4η″への文体論的アプローチ 171

1.現

在,Dクbttι塔 が象徴主義の作品であるという解釈 に異論 を唱 える批評家 は恐 らくいないで あろう。そうした解釈 に従 って

4陶

秒 を読 めば

,確

かに

,そ

こに描かれたあらゆる事物

,事

象が象 徴的な意味合いを帯びてお り

,そ

の曖味性

,多

義牲 を根拠 にJoyceが意図的に複数の主題 を重層的 に配置 した と解釈す ることは可能である。例 えば

,そ

うした主題 の一つに「脱 出」(escape)がある。 アイルラン ドを去 ることによって自己実現 を果たしたJoyceは

,脱

出することをただ夢想す ることだけしか出来 ない人間 を繰 り返 し描いている。4物

θ%%形γと

4陶

妙 に登場する少 年達 にとって

,彼

らの夢 は大西部であ り異国風の名前の市の中に存在す る。 しか し冒険 を求 めての彼 らの旅 は葛藤 と失望のうちに終 るのである8。 (傍点 は筆者) この他 にも

,思

春期 の異性 に対する「恋」

,あ

るいは「宗教」等の主題 を読 み取 ることが可能なこと は

,既

に多 くの批評家達の指摘す るところである。 ところで

,こ

のように多様 な解釈 を許すテクス トはどのような言語構造 を持つのであろうか。 また

,そ

のような多様 な解釈 は

,ど

の程度の言語的 客観性 を持 って支持 され得 るのであろうか。以下の分析 においては, この作品のテクス トに見 られ る言語的特徴の意味 を

,ス

トー リーの展開に照 らしなが ら考察 してみる。

2.冒

頭の一節 に見 られ るblindの用法 は読者の関心 を引 きつける上で非常 に効果的な役割 を果た している。

North Richmond Street,beingう′ゲ%Σ waS a quiet street except at the hour when the

Christian Brothers'School set the boys free,An uninhabited house of two storeys stood

atthe b′ケη″end,detached from its neighbours in a square ground.The oher houses ofthe

street,conscious of decent hves within thenl,gazed at one another with bro、 vn imperturb―

able faces,9(以下

,引

用文中のイタ リック体 はすべて筆者)

これ は,JoyCeも かって住 んだ ことのある North Richmond Streetの 地理的概略である。 この描写

が事実 に基づいた ものであることはWillam Y.Tinda11の 撮影 による写真 によっても確認で きる10。

と同時 に

,こ

れ は作者

,あ

るいは語 り手 のフィルターを通 して再構成 された虚構 の情景であること

もまた事実である。今

,こ

の一節か ら受 ける表現上の印象 を述べ るとすれば

,次

の二点 を指摘する

(4)

172 筏

(1)こ こに含 まれる三つの文 (最初 の文 中の

when節

を含めれば四つ)は いずれ も主語が無

生物であ り

,全

体 として擬人化 された表現 となっている。

(2)blindと い う語が2度現れているが

,こ

の語の含畜 を考慮 に入れ ると

,何

か特別な役割

を担 っているように感 じられる。

これについて詳 しく見てみると,まず第一文 において,being blindが 主語 の直後 に挿入 され,blind

は強調 された位置 を占めている。更 に

,こ

の語が次の文 において反復 されてお り

,両

者の距離的近

接度の高 さによって, ここには強い連語的結束性 (co1locational cohesion)が 生れている11。 結果

として,blindは読者 に強 くその存在 を印象付 けている。

blindの語義 について言 えば,こ の文脈 においてはstreetを修飾 して「行 き止 まりの,出 日のない」

(=havilag only one opening or outlet)と い う意味を表 している。 しか し読者 は

,同

時に「盲 目

の,日の見 えない」(=unable to see)と いうこの話の最 も基本的な意味 をも連想 させ られる12。

Joyce

が この表現効果 を意識 して意図的にblindを選択 したであろうことは想像 に難 くない。これによって,

North Richmond Streetに

[+HUMAN]と

い う意義特性が付与 され

,読

者 はここに擬人法の存

在 を意識することになる。続 くChristian Brothers'Schoolと An uninhabited houseも それぞれset,

stoodと いう動詞 を伴 って この擬人法の トー ンを維持 してお り

,最

終的 に

,gazeに

よってこのプロ セスは完了することになる。 「通 りの他の家々 は

,内

にひそめるりっばな生活 を意識 しているように

,茶

色 の落 ち着いた 顔で持 って

,互

いにじっ と見つめ合っていた」(傍点 は筆者) なぜな らgazeは本来

,意

志 を持 って行われる([十

VOLIT10N]と

い う意義特性 を持つ)動作であ り

,無

生物 を主語 に とることは選択制限規則 に違反する。同様 に

,こ

の ことは,cOnscious,faceに ついて も当てはまる。 ここで更に注 目すべ き点 はgazeと blindの コロケーションが もたらすアイロニカルな表現効果で ある。今,blindを「盲 目の」とい う意味 に解釈す ると,「目の見 えない」(はずの

)通

りの家々が互 いに「 じっと見つめ合 っている」様子 はある意味で滑稽であ り

,同

時に悲惨で もある。 なぜなら, そのような実現不可能な試みは

,結

,失

望 あるいは絶望 とい う虚 しい結末 に終 らざるを得ないか らである。 この文脈 に照 らしてblind end(「出回のない袋小路」)と いう表現 を見直 してみると

,そ

の比喩的意味が改めてクローズア ップされて くる19。「精神的麻痺」の中心であるダブ リンの街 は14, 文字通 り「出回の無い閉塞 した世界」であ り

,こ

こか ら脱出しようとするあらゆる試みは挫折のう ちに終 らざるを得ない。Ben L.Collinsの 次の言葉 はこの推論 を裏付 ける根拠 となろう。

(5)

Joyceの4紹″への文体論的アプローチ 173 Ыindとい う語 は

,勿

,解

釈 に極 めて重要な意味 を持 っている。(中略)出日の無い通 りは, ダブ リンにおけるあらゆる探求 を行 き詰 まりへ と導 くのである15。 (傍点 は筆者) 働 ηじ

"筋

%じιカカ妨 力呼ι`D%b′力ι終 16によれ ば,D%b′力ι塔 にお けるblind及び その派生形 の 総 出現 回数 は全部 で10回である (その内3回は

4紹

妙 において使用 されてい る

)が

,「 出 国のない, 行 き止 ま りの」とい う意味 で用 い られ てい るの はこの箇所 のみで あ り17,こ れ によって もblindが表 現構造 において特別 な役割 を担 ってい ることがわか る。 また

,

この物語 りの最後 の1文,

Gazing up into the darkness l saw rnyself as a creature driven and derided by υαηケ炒.

におけるvanity(これ も主題 と関係す る重要な語の一つである

)も

,語

源的には “

empty"の

意味

で,futile(「不毛の」)そして blindへ と繋がってい く言葉であ り18,そ の意味で は

,こ

の冒頭の一節

においてblindという語 を通 して作品の主題が提示 されていると考 えることが可能である。

3.作

家 の創作 のプロセスにおいて

,意

識的であれ無意識的であれ

,あ

る特定の語(あるいは特定

の語旬

)か

ら次の語が連想 され

,そ

れが更 に新 たな連想 を生み

,結

果 としてイメージ的 に統一 され

た語群 (image ctuster)を 形成することがある19。 既 にみたように 」oyceのような「文体」重視 の

作家においては

,こ

のプロセスは極 めて意識的に

,そ

して緻密な計算の もとに行われていると考 え

ることがで きる。

今,blindを

4櫂

秒 の表現構造 における「統合素」(integrator)20と みなして

,

これ と連合関係

にある語 を指摘す るな らば

,ま

ず第一 にdarkを挙 げることがで きる。blind(「行 き止 まりの」→「盲

目の」

)か

らdark(「暗い」)を連想す ることは極 めて容易であろう。 また少年の「恋」とblindと い

う語か ら「恋 は盲 目」あるいは「恋 の間」(=Love is blindすなわち`Love is a voyage into he

unknown'の意)という諺が想起 され

,こ

こか らもdarkを連想することが可能 になる。 ここで敢 え

て大胆 を承知で言 えば

,Joyceは

少年 をして「盲人」の視点か ら周囲の外界 を眺めさせているので は

なか ろうか。盲人 としての少年の眺める世界 はdarknessの世界であ り,あ らゆるものが朦 げにしか

見 えて こない。その意味で

,次

に描かれている「冬 の日の薄暗い黄昏」 とい う状況設定 は象徴的で

ある。

W,「hen the short days of winter came′ 多盗乃fen befOre we had wem eaten Our dinners,When

(6)

174 ぞ電

colour of ever― changillg violet and the towards it theテ αttS Of the street lifted their feeble

肋%修夕ηs.

買ワ

`力

修η%″θ%α′7物ιsα %夕η容 によ津ιイぎ21duSkも sombreも 「暗 さ」(=darkness,dimness)と い う同一範疇 に属 し

,darkと

連合関係 にあ る。 同時 に,lamp,lanternと い う

,い

わ ゆ る「光源」

(=light source)を表 す語 も

,そ

の反義性 に よってdarkと連合関係 に入 ることにな る。 この よう

な対立 的 な語 (旬

)の

連合関係が生 み出す表現効果 について

,川

崎寿彦 は次 の ように指摘 す る。 私 は 〈イメジャ リーの論理〉 を語 るにあたって

,ニ

ュー ク リテ ィック達 が充分 に強調 しなか った, もうひ とつの重要 な事実が ある と思 う。 それ は

,普

通一般 の論理 に直線 的 また は連続 的論理性 と

,屈

折 的 また は断絶 的論理性 の別 が あ るように,〈イメジャ リーの論理〉に もその 別があるはずだ

,

ということである。つまり

,同

じ 〈イメジャリーの統一〉 を語 っても

,そ

こに同質的統一 と異質的統一の男Jがあって しか るべ きだ, とい うことになろう。 もっ とずば りいえば,イ メジャリーにも 〈パ ラ ドックス〉〈アイロニー〉があるのである22。 つまり「対比 させ られた二つのイメージの異質性 は互いに他 を強 く引 き立てる効果がある」 と述べ ている訳であるが

,次

の一節 においてはJoyceは明かにこの効果 を意識 して二つの対立的イメージ を併置 している。 ここには少年達が夕暮れの薄暗い裏通 りで遊び回る姿が描かれている。

The career of our play brought us through the冴 ♭ィカmuddy lanes behind the houses where we ran the gantiet of the rough tribes from the cottages,to he back doors of theう 協カ

dripping gardens where odours arose frorn the ashpits,to the】 2カ odorous stables where

a coachman smoOthed and combed the horse or shook music frorn the buckled harness.

When tte returned to the streetん 象 チfrOm he kitchen windows had ined the areas.

ここで まず特徴 的 な ことは,darkが集 中的 に3回使 用 されてい る点であ る。働%ε餌力%εゼに よれ ば, この作 品 にお ける

darkお

よびその派生形 の合計 出現 回数 は9回で ある。ちなみ に,D%b″

%6の

中 で 派生形 を含 めてdarkの出現頻度が最 も高 いの は 身 ι

D"″

の16回である。これ を表 にす る と次 の ようにな る。

(7)

Joyceの4″妙への文体論的アプローチ 175

総ページ数 dark dark―complexttoned darker darkness 合計 4胞秒 勁 ¢D9a, 8 57 7 12 9 16 ページ数の割合か らすると

A解

り におけるdarkの出現頻度 は極 めて高 く,この語 を ■紹砂 におけ る表現上の一つのキーワー ドとして想定するに充分な根拠になろう。 これ と合わせて注目してよい のは

darkを

含む名詞旬の構造である。 ここに見 られ る3個の名詞旬 は, ││:rilill十 the■DИttj【

+││││││li;│十

1:il二i!!・

)│十 where― ClauSe とい う同一構造 を共有 してお り

,極

めて前景化 (foregrOunded)23さ れた表現 となってい る。 こうし た表現 の背後 に は,G.N.Leechも 指摘 す るように

,作

家 の側 にそ う表現すべ き必然的動機が あ り, 読者 はそれ を読 み取 る ことを期待 されてい るのである24。

そ こで

,ま

ず最初 に指摘すべ きは

darkの

反復 によって強調 され た「暗 さ」が,street lightと の 対比 によって明暗 の コン トラス トが一層鮮明 にな り,「暗 さ」の概念 が強調 されてい る点で ある。次 に,muddy,dttpping,odorousとヤゝう修飾語, あるい はsmoothed,combed,shook(music)と ヤゝう 動詞か らも判 断で きるように

,少

年 は聴覚

,嗅

,触

覚 といったあ らゆる感覚 を動員 して周囲 の状 況 を提 えようとしてい る。 これ は視覚 に頼 れない盲人特有 の知覚様 式で もある。次 の引用 において も,「明」 と「暗」,「静寂」 と「雨音」が対比 され

,視

覚 の心許 な さ と過敏 な聴覚 を同時 に強調 した 描写 となってい る。

It was a α物力 rainy evening and here was%ο sθ%%″ in the house. Through one of the

broken panes I紘 ガ the rain impinge upon he eardl,he fine incessant needles of water

playing in he sodden beds.S9陶ι″ぬ筋%チ ルタηクογ′をカル′初ケ%あω ξルα%ι″below me.

彼女の住む家にもdarkと いう形容辞が使用されている。

Their cries reached me weakened and indistinct and, leanillg my forehead against the cool giass,1 looked over at the,α%乃 house where she lived,

(8)

176 筏 これ につヤゝて, Frank O'Connorは 「ガラス」 の形容辞 としての“cool",そ して「家」の形容辞 としての“dark"は

,当

時 の他 の 作家 に とって もご く普通 の表現 で あっただ ろう。 しか し, この例 の ように両者 が一 つのセ ン テ ンスの中で同時 に もちい られてい るの は, 」oyceが生 まれ なが らの文体家 で あることを示 してい る。 と述べているが25,こ こで はむ しろdarkが主題 との係 わ りにおいて選択 されてい る点 を指摘 すべ き であろう。 これ までの ところで は, darkはすべ て名詞 の修飾語 として限定 的 に もちい られていた。 またそ こには街灯であれ

,窓

の明 りで あれ

,遠

くの仄 かな明 りが合わせて描 かれていた。 しか し

,物

語 り の終盤 において このパ ター ンに変化が生 じてい る。少年がバザール についた時 には

,既

にほ とん ど の店 は閉 ま り

,ホ

ール の大部分 は暗闇 に包 まれてい る。

Nearly all the stalls were closed and the greater part of he hall was in所 2χ蕊%ιss.

ここにはdarknessと い う名詞形が始 めて現れてい る。更 に次の引用 において は,

I heard a voice can fronl one end of the gallery hat the light、 vas out.The upper part of the hall、vas now completely ttα 力.

の ように

,darkが

初 めて叙述 的 に もちい られ

,最

後 の例 において は再 び名詞形が現れている。

Gazing up into the'αz乃%9ss l saw myself as a creature driven and derided by vanity,

一体

,こ

darkの

文法 的 (すなわ ち統語的お よび形態的

)変

化 は何 を意味す るのであ ろうか。 こ こで は二 つの可能性が考 えられ る。まず文法的なレベルでいえば,限定 的用法 において はdarkは名 詞 の修飾語 とい う

,い

わ ば補助 的 な役割 を果 た してい る。 しか し

,叙

述的用法 において は述語 とし て焦点 の当たる位 置 を占めてい る。 つ ま り

,伝

達 され るべ き中心情報 になってい る。同様 に

,最

後 のdarknessの 引用 にお いて も,「暗 さ」それ 自体 がgazeと い う動作 の直接 の対 象 となってお り,「暗 さ」 その ものに焦点が 当て られてい る。 もう一点 は

,こ

の ような表現方法 を選択 した作者 の動機 に関係 す る。特定 の語が様々 なバ リエー

(9)

Joyceの4筋″への文体論的アプローチ 177 ションで使用されるのは

,作

者がその語 に特別 な意味合いを込めて

,極

めて意識的 に使用 している ことを示す ものである。今

,darkの

用法 における変化 の意義 を考 えるならば

,少

年 の内面の心理的 変化が言語表現 に反映 されている, と言 うことがで きよう。換言すれば

,内

容が文体へ投影 されて いるとい うことである。このように考 えることによって

,初

めてdarkとい うキーワー ドと「幻想」 (illusion)から「幻滅」(disillusionment)へ という主題26を有機的に関係付 けることが可能 になる のである。

4.1

この物語 りを少年の`initiation story'27と して捉 える時,Mangan's Ssterの果 たす役割 は極

めて大 きい。物語 りの冒頭 において

,少

年が彼女 によって代表 される「女性 (異性)」 に目覚 めてい

く様子が描かれている。一人称複数代名詞we(Our,us)の頻繁な使用 は

,少

年 と他 の子供連 との仲

間意識

,連

帯感 を表 していると解釈することがで きる。

….before″ゼhad eaten ο%γ dirlners/When ηι met in the street.../The space of sky

above ι俗.…/ The cOld air stung ιtt and ιυι played till θク/bodies giowed/ 0%γ shouts

echoed in he silent street/The career of θクγ play brought努.../...where″ι ran the

gantlet of.…/ IЪen″ι returned to the street.¨ / .¨初ι hid in he shadow until宅〃ι had seen him safely housed/.… 御ゼwatched her from θ%r shadow.../ フフ杉waited to see.../.中 ″ι left

ο%/shadow¨./Sne was waitillg for物6中●

しかし

,半

開きのドアから洩れる光によって輪郭を縁取られたMangan's sisterの 姿によって少年は

突如異性にめざめる。

Weか

ら単数代名詞Iへの移行がこれを物語っている。

She was waiting for us,her figure defined by the light fronl the half― opened door, Her

broher always teased her before he obeyed and r sヵ θ″妙 滅ゼ紹グ″ηξsみο々ゲタ2ξ αチカιtt Her

dress swung as she moved her body and the soft rope of her hair tossed fronl side to side.

異性 を意識 す ることによって少年 は

,己

と他 の子供達 との間 に一線 を画す るようにな る。

She could not go,she said,because there would be a retreat that week in her convent.Her

broher and two oher boys were fighting for the caps and r″雰 αん%ι αチ焼ι陶ゲ′ケηξs,

(10)

178 筏

reached%ηど、veakened and indistinct.…

少年 にとって女性 (あるいは恋愛

)は

,Love is blindの 諺 のごとく

,得

たいの知れぬ未知 の経験で

あ り

,彼

にとってそれ は「暗 くて朦 ろげにしか見 えない」存在 として知覚 されている。少年のそう

した心情 を通 して眺められる,あるいは想像 され るMangan's sisterは ,当然 なが ら,決して明確な

姿 として描かれ ることはない。それ故

,少

年が,いの中に思い描 く彼女の姿 は

,い

つ もbrown figure

であ りbrOwn clad figureで ある。

I kept herう知″%アを%陀 always in my eye.¨

あるいは,背後からの明かり23に よって照 らし出された輪郭 として,身 体の一部分,あ るいは衣服の

一部分が描かれるに過ぎない。

The light from l五e lamp opposite our dOOr caught ttι ηカゲル じク貿燿[ア カιγηιじ花lit up力ιγ

物ルhat rested there and,faning,lit up ttι 励笏 ″θ

%滋

ゼ%″′ゲηξ lt fen over θηι s',9

げ 力ιγ況犯ss and caughtチカιιυ力滋 めγ■9γ θ√α´ιttcοαちjust visible as she stood at ease.

E.S.」uan Jr.はこれ について

,彼

女 に「生命」 と (女性 としての)「価値」 を与 えているのは

,彼

の実体ではな く

,少

年の想像力 (imagination)であると述べて彼女の虚像性 を指摘す る29。

I Inay have stood there fbr an hour,seeing nothing but theう %θη %一 ど 洗Z′ノ 携 ⊆%紀 CaSt by物 リ ケ切9=ゼηα″θ%,touched discretely by the lamplght atサカゼθ2夕ηι%ιεtt atサカゼカα%″ upon the

railings andチカゼうθγttcγ うゼん″サん

?静

css.

ところで このimagine(お よびその派生語

)は

,darkと

共 にblindと連合関係 にあるもう一つの

重要なキーワー ドである。視覚によって捉 えられないものを想像力によって補 うの も又

,盲

人特有

の知覚のパター ンである。再び 働%εγttηじιによると,D%bttι体全体 におけるimagineおよびそ

の派生形の出現回数 は,全部で18回,その内の4回はこの■紹秒 において見 られる。このうちMangan's

sisterと の関係で は,上の例 を含 めて3回もちい られている。この imagineも darkと 同様 に主題 と

密接な関係 を持つキーワー ドであることは

,巧

妙なバ リエーションをとって使用 されていることか

(11)

Joyceの4紹 妙への文体論的アプローチ 179

Frgγ ttQgι accolnpanied me even in places the most hostile to romance.

At nightin my bedroonl and by day in the classroom力 ″ ″%θttη came between rne and the

page l strove to read.

彼女 のイメージ は時

,所

をか まわず少年 につ きま とう。 それ は決 して意識 的 な行為 で はな く

,彼

自 身その幻影 を持 て余 してい る。無生物 主語herimageを もちいた表現形式 が これ を如実 に物語 って いる30。 意義特性 を もちいて これ を図式化すれ ば

,

her image [―

HUA/1AN] + (:与

Fpanied illt】

:│:│lt:li:│

とな り

,彼

女 の幻影 が少年 の意志 とは無関係 に (すなわ ちautomaticに

)し

つ こ く付 きま とう様 子

が理解 され よう。 また

,次

の引用 において は,「彼女 の名 前」(her name)が無意識 の うちに少年 の 日か ら洩れ出 して くる。少年 の

,恋

に焦がれて抑制 しようのない心理状態 を描 くのに

,彼

の身体 の 各部 を主語 とした構文 は正 に適切 で ある。

rFgγ ηα夕%ι sprang to my lips at moments in strange prayers and praises which l myself

did not understand。 均 り奮Were often fun of tears(I COuld not tell why)and at times a

flood from物タカιαtt seemed to pour itself out into留 ノうοsθ%.“.But ηり うθみwaS like

a harp and力 ιγ ιυθrds αη″B鶴紡rtt Were like ingers running upon the wires,

しかしなが ら,片 時 も少年の脳裏か ら離れなかった このWlangan`sisterの幻影 は,バ ザールの当 日 においては一度 も現れて こない。 これによって

,既

にこの時点で少年の内面 に何等かの大 きな変化 が生 じていることが想像 され る31。 それ は恐 らく,後に彼 自身が告 白しているように,彼をバザール に駆 り立てた ものはMangan's sisterに 対す る愛情ではな く,単なる自分の虚栄心であったという認 識の芽生 えで はなかっただろうか。

5,以

上 ス紹妙 におけるテクス トの表現構造について文体論的アプローチを試みてきた。勿論,こ うした言語分析 の結果のみで

,こ

の作品の持つ文学性 (あるいは芸術性

)に

ついて充分な解釈 を与 えることはで きない。ただ

,

この言語的特徴の分析結果がある一つの解釈 の方向性 を示 して くれた ことは確かである。それは

,あ

るものに対 して「幻想」 を抱 きなが ら

,結

局最後 には「幻滅」そ し

(12)

180 筏 て「失望」 という結未 を迎 えざるを得ない,Vゝわば

,救

いようのない人間 (あるいは状況

)が

描か れている, とい うことである。 しか しなが ら

,こ

れ はあ くまで もテクス トの言語事実に基づいて, より客観的な解釈 を提示 しようとした結果であ り

,当

然の ことなが ら

,こ

れ とは別のより主観的な 解釈 も勿論可能である。

4紹

妙 はそうした多様 な解釈 を許す

,い

やむしろ

,そ

れ を読者 に要求す る 文学テクス トとしての曖昧性

,多

義性 を備 えている。例 えば

,Manganζ

sisterの描写 は

,ど

こまで も不透明で,あらゆるものの象徴 として解釈 され得 る曖昧性 を備 えている32。 夏 に ,も う一つ忘れて はならないのは

,一

見 しただけで はそれ とは気づかない周到 さでテクス トの随所 に散 りばめられた い くつかのイメージ群の存在である。それ らの中には

,例

えば「恋愛」,「宗教」,「アイルラン ド」, 「東方願望」

,更

には「性」といった様々なイメジャリー群があ り

,そ

れ らは複雑 に錯綜 し合 つてい る33。 本稿ではこれ らについて直接触れる余裕 はなかったけれ ど

,そ

れ らの存在が

4紹

秒 の文学テ クス トとしての重層性あるいは曖味性に大 きく寄与 している事実 は指摘 してお く必要があろう。そ して このように考 えると, Dtlblinersの持つ象徴主義 という側面が改めてクローズアップされて くる のである。 (注) 1.S炒あけたS αηプカθa夕,c・2ヵ 『 げLゲ修筋励粍London:Longman,1975,p.3.

2. “Style and lnterpretation in Hemingway'sC,チ カ 励♂R,ゲが(in R.Carter ed.,と,″♂ιttg♂α″グと力♂密力″,碗 London,

George Allen&Unwin,1982,pp 65 80)

3. 9ク θゲ沈, p.6.

4. 揉ッψttc■,Londoni Andre Deutsch,1973,pp.15-16.

5. 力拡

6.ヵ物盗 J幹∝,New York:Twayne Publishers,1972,p.50

7.Richard Ellman,ed,膨力θカプL冴″埒 げ ヵ終 JOycC,London:Faber&Faber,1975,p.83.W.Litzはこの意味に

ついて次のように説明する。

“Scrupulous meanness''is a perfect description of Joyce's techniques in ttb`tη ♂熔, Nothing is ornamentali

nothing can be classified as``good description." In his desire to create``epiphanies" of lrish life Joyce has renounced direct commentary in favOr of an allusive rnethod in which dialogue and setting exprtt the author's

opinions Of his characters.(A W Lit2,pp 50-51)

8,Peter K.Garrett,ed,,角 υ珍″″θtt G♂η″ヮI%力少%協 ″ο″Sげ D力′力?待 EnglewoOd Ctiffs Prentice― Hall,1968,p.4.

9。 本文の引用 は全て,乃′ケ″¢熔 (The cOrrected Text,with Explanatory Note by Robert Scholes,London:Jonathan Cape,1967)に よる。

10. 勁 ¢Jりε9GοクηナリちNew Yorki Schocken Books,1972,p.12

(13)

」oyceの4η力へ の文体論的 アプローチ 181

例 えば, Lοん騨 ,″ COησん♂晩 its力 助C″ο物 ヮ ヤこおいて1ま1)unable tO see, 7)having only one opening or

outletと定義 されている 。又,Lο府騨 αη Dん励 ηα

?ゲ

働 ηルタ″οη

9説

gぬ力において は blind(adi)の 項 には「行 き止 まりの」 とい う語義 は載せてお らず,blind alleyと い う別項 で説明 している。

Garrett及び後述 の Collinsの 言葉 と合わせ て,次のW.Y Tindallの 言葉 を参照。

That NOrth Richmond Street,where the boy lives and」 oyce Once lived,is a“ blind end"(dead end to us)is

not withOut significance.(Tindall,ed,4R2'9/`G″ ゲ,9カヵ物が よ鍔Ce,New York:The Noonday Press,1959,

p20)

14. Ellman,力′′

15. `4η うノ and the“ Extended Simile"',in Garrett, 9ク ,じケサ p95 16。 Wilhelm Fuger,ed,Hildesheina:Georg OIIns,1980

17。 残 りの一回 は,いわ ゆる「窓 の 日よけ」 の意味で用 い られているが,少年 はその背後 に隠れて Mangan's sisterを と っそ りと盗 み見てお り,そこには象徴 的な意味が感 じられ る。

18. EpifaniO San Juan,Jr.,ヵ 夕″¢S Ittθ9,η ″

Cガ

げ Fic″οη,Cranbury:Associated University Presses,1972,p.62

19.樋口昌幸&樋口かず え,「シェイ クス ピアの ソネ ッ トにお ける表現の統一 について」,松元寛先生退官記念 『英米語学

文学研究』東京:英宝社,1987,pp.427-28

20,M.Higuchi,“A Text Linguistic Study of the Miller's Talず ',『紀要』(大学英語教育学会

)No■

,pp 35 36. An integrator is,as already noted,the point upon部 ′hich the whole expression of the text depends Thislneans

that an integrator associates itself with other expression units,Mrhich in their turn associate themseives、 vith

others,and thus it integrates,directly or indirectly,a■ the interrelated expression units of the text

項 目番号 の336.LIGHT SOUR∝ お よび337.DARKNESS,DIMNESSの項 を参照。(4th ed,New Yorki Crowell,

1977)

『分析批評入門』(新版),東京:明治図書,1989,p.200。

rukarovsky, `Standard Language and Poetic Language' in P,L.Garvin, trans, 4 P狸 クρ Sθ力οο′ R9ク〃♂″ο″ 島 励¢″θtt Lデrゼηη sサ吻θ物″ αηブ δ炒協 Washington D.C,1958,p.23

GoN Leech,4′ゲ″酔 港″θ働 ケブ¢わ βηgぬ力′わ?ナリ与LOndOn:LOngman,1969,p58 “Work in Progress"From T/2¢ Lο″¢汐 予石οゲι¢∫As物ヴケ9F″¢S7Pο″

`ン

ο■ちNew York and Cleveland:The world Publislling Company,1963 (reprinted in Garret, 9ク . θゲ沈,p■9)

9ク.ιゲテ, p.19 Co■ ins,9ク.θゲちp.94.

この「明か り」の意味 についてTindallは次の ように述べている。

Though she keeps the light behind her,the boy's heart leaps up;for he fails as yet to see the meaning oflight

and dark and their relative positions....This Sibyl,commending Araby,starts the boy on his quest(9ク θケ∴,

(14)

182筏

津 成 一

29, 9´θケ沈, p64

30. G,N Leech&h4H Short,S妙 カ ケ″Fゲο″ο″,LondOn:Longman,pp 189-91

31. CO■ins, 9夕 σゲた, pp 97-8

32. カゲ拡

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