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「引き裂かれた文化」の詩人 ヒーニーを読む(1) : 詩集『ある自然児の死』、『暗闇への戸口』、『冬を生き抜く』、『北』、『野外調査』

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(1)

「引 き裂 かれ た文化」 の詩人一 ヒーニー を読む

(1)

― 詩集 『 あ る 自然児 の死 』、『暗 闇へ の戸 口』、『冬 を生 き抜 く』、『北』、

『野外 調査 』―

岡村 俊 明・

Reading Heaney―

`A MetaphOユ Ofthe Split Cutture Of UIster'(1)

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Toshiaki Okamura

まえがき

「日常 のなかの奇跡 と生 き続 ける過去 を賛美 して いる、 叙 情 的な美 しさと倫理的な深みの作 品 に」(ノー ベル賞受賞理 由) 一 九九五年 にノー ベル文学賞 を受賞 した シェイマス・ ヒーニー は、現在英語 圏で最 もよ く読 まれ て いる現代詩人 の一人 で ある。わが国 にお いて も、 ヒーニー の全訳詩集 が出 されて いる。 しか し翻 訳 だ けで ヒーニーの詩 を十 分 に鑑賞す る ことは困難 である。私 が本稿 を書 くのは このためである。 そ れ ばか りでな く、ヒー ニーが生 まれた アイル ラン ドは、私 たちには、地理 的 にも、心理的 にも、 遠 い国である。 アイル ラン ドにつ いて、私 たちが愛唱 してきた詩 が ある。 汽 車 にの って 汽車 に乗って

あいるらんどのような鉗答へ行こう

ひ とび とが祭 の 日傘 を くる くるまは し 日が照 りなが ら雨 のふ る あ いる らん どのよ うな 田舎へ行 こう 窓 に映 った 自分 の顔 を道づれ に して

湖水をわたり

魃笹をくく

珍しい顔の歩妾や牛の歩いてゐる

あいる らん どのよ うな 田舎 へ行 こう 丸 山薫 (―八九九一 一九七 四

)の

詩 で あ る。 しか し牧歌的な 「あ いる らん どのよ うな 田舎」 の叙 情的美 しさは、ヒー ニ の初期 の詩 に顔 をのぞかせて はいるが、それ を描 く彼 の手 法 は近代英詩 の「上 ` 国際言語文化講座 、英米文 学

(2)

岡村俊明 イ31き裂かれた文化」の詩人一 ヒーニーを読む (1) 品な伝統 」 とは異 な って いる。それ ばか りでな く、 アイル ラン ドの政治的状況 とともに ヒーニー も 変化 す る。 アイル ラン ドは、ヴ ァィ キ ング、イ ング ラン ド人、ス コ ッ トラン ド人等 によ って、次 々 と 「侵 略」 された暗 ぃ歴史 を持 ち、現在 も、連 合王国 を構成す る北 アイル ラン ドと、独立 したアィ ル ラン ド共和 国 に分裂 して いる。北 アイル ラン ドで は、一九七一年 の 「騒乱」状態 か ら、一九九七 年 の 「停戦」合意 を経て 、そ の後 の遅 々と して進 まぬ和平交渉が続 いて いる。 ヒー ニー は、一九二 九年 北 アイル ラン ド、デ リー州 にカ トリック教 徒の農家 の長男 と して生まれ た。北 アイル ラン ドのカ トリック教 徒は、宗教 的 にも、職業的 にも、地理 的にも、民族 的 にも差別 を強 く意識 す る ことが あ った。 これが何百年 と続 いた これ までの大小 さまざまな 「騒 乱」 の原因で あ ろ う。彼 は六〇年代 か ら詩 を書 き始 め、「政治運動 には直接参加 しな いという立場 は終始変わ らな い」 化猛 16)が 、時代 を見 つめ、 自 らも時代 とともに変化 しつつ、現在 も詩 を書 き続 けている詩人 で ある。彼 自身 と同質 な要 素― 「沼地」、「北」なる特質、スウィーニー (鳥人 間 とな った アル スタ ー の王

)や

ダ ンテー に、現 代的意味 を与 え る ことによ って、彼 自身 の個性 を強めなが らも、彼 自身 とは異 質 な詩人― ジェム ズ 。ジ ョイ ス、w・ B・ イ ェー ッ、 フィ リップ・ ラーキ ンー との 、想像上 の対 話 を重 ね る ことによ って、それ まで とは違 った詩人 に変化 、成長 してきた。彼 の生 まれなが ら の詩 人 と しての資質 と、それ を高め、補 う想像 力を交 えた読書― 「私 のルー ッが読書 と交配 を遂 げ た ときか ら、私 は詩 人 と して出発 した」(■ 37)は 、注 目すべ きで あ ろ う。彼 は成長 の過程 で異質な 要素― 社 会 的責任 と自己探 求 、外 的現実 と内的存在 、物質的な もの と精神 的な もの、暴力 と平和― の間で、揺 らぎな が らも、バ ランス を保 ってきた詩人で もある。両者 の間の敷居 、二重性 の感覚、 複 眼 の視点 こそ 、 ヒーニー の特色 と言 って もいいだ ろ う。 こ うい うヒーニー の詩 を私 たちは どのよ うに読 めばいいのだろ うか。先ず 、彼 によって書かれた 言葉 を、正 確 に理解す る ことが必要だ ろ う。 しか しこれ は簡単なよ うで いて難 しい。 ヒーニーの詩 に出て くる地 名一つ を取 つて も、それ は様 々な歴史がつ まって いる。例 えば、彼 の出生地 「モスボ ー ン」(`MOssbawnつは 、ス コ ッ トラン ド語 とゲール語か ら構成 され てお り、彼 は 「私 の生地 の音節 の 中に、 アルスター の引き裂 かれた文化の比喩 を見 る」(■ 35)と 語 って いるか らで ある。 私 た ち は詩 の文 脈 にそ いなが ら、それ を推測す る ことにな る。次 に、書かれた言葉、表面上の意 味 ばか りで な く、そ こに込 め られて いるイ メー ジや象徴 を、私た ちは見 つ け出す必要が あるだ ろう。 とい うの は、 ヒー ニー は、一九 六七年以 降 「詩 の諸 問題 は、単 に満足 のい く言葉 のイ コンを表現す る とい う問題 か ら、私 た ちの窮状 に似 つかわ しいイ メー ジや象徴 を探 す ことへ移 って いった」(■ 56) か らで ある。イ メー ジや 象徴 は、二重 、二 重 の意味が あるか ら、それ らを見つ ける ことは困難では あるが 、それ は謎解 き に似 て楽 しい作業で もある。この重層性 こそ 、ヒーニー の詩 の魅 力で あろう。 最 後 に (形式 的 に は、必ず しも最 後 の段 階ではな い)、 書 かれ た言葉 と、象徴や比 喩 を結 びつ ける ことにな る。詩 の言葉 は、 どれ も詩 とい う有機体 の一部であるか ら、私 たちは、ば らば らにな され た読 み を、詩全体 のなか にお いて読 み直 し、私 たちに訴えて くる音 に耳 を傾 けるのである。 ヒーニ ー 自身が 、木 に降 る雨 の音 や 、 ラジオか ら流れ る残酷な爆破事件 のニ ュースー ベル ファス トにおけ る

IRAの

そ れ ばか りで な く、ダブ リンにお ける王党派 のそれ― を聞きなが ら、同時 に彼 自身の内な る声 、よ り説得的な 「真実 の安定性」(6■ 15)の 声 に耳 を傾 けて いるよ うに。勿論 、 ここに提示 さ れ る私 の読 みが唯― の読 み で はな いため、読者 は これ を手がか りに 自分の読みを深 めて欲 しい、 と 思 う。 ヒー ニー は、ダ ンテ と同 じよ うに、詩 人 の個人的探求 を世人一般 のそれ に変容 させた偉大な詩人

(3)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第

4巻

2号

(2003) で あるか ら、 ヒー ニー の問題 は、即現代 を生 きる私 た ちの問題 とも重 なるだ ろ う。彼 の詩 が手掛か りにな って 、遠 い国 アイル ラン ドと 日本 が 、世 界が結びつ け られ る。 ヒーニ ー は、 政 治 、宗教 、文 学等 の問題 か ら、抽 象的な 問題や 日常生活 にお ける身近 な問題 につ いて、具体 的 、 あ る いは、想像 的な言 葉で 、私 た ち と一緒 に考 えて くれ るで あ ろ う。多 くの問題 の 中で 、 ヒー ニー が 特 に希 望 して いるのは、 アイル ラン ドにお ける平和 で あ る。彼 は ノーベル賞受賞講演 のなか で次 の よ うに語 つて いる。 確実 に、そ の国 の住 民すべて は、そ の統治 に関係 して いる両 政府 が、そ の分割 が テ エ ス コー ト 上 のネ ッ トに もっ と似 た もの にな るよ うにす る制度 を作 り出す ことを、希望 して い る にちが い あ りませ ん。(6■ 30) なぜ な らば、 ヒーニーは、世界の紛争 と和解 を見なが ら、 壊 滅 的 な 、繰 り返 され る殺魏 や 、暗殺 、絶滅 の行 為 にかか わ らず 、パ レスチ ナ 人や イ ス ラエ ル 人 、 アフ リカ人 とアフ リカー ナ の間 の新 しい関係 を印 した巨大 な信 仰 の行 為 、壁 が ヨー ロ ッパ で崩れ 、鉄 のカーテ ンが 開かれ る ことになった仕方― この ことす べて は 、新 しい可能性 が アイル ラン ドにお いて もまだ生 まれ る とい う希望 をお こさせ ます。化■ 38) と、信 じて いるか らで ある。 ヒーニーが 「殺 裂 」を描 くばか りでな く、「希望」 を も捨 て な い とい う ことは、彼 の次 の言葉 か ら一層明 らか にな るだ ろう。 詩 は、極端 な危機 に際 して 、意識 が経験す る矛盾 した必要性 を満足 させ る もので あ る一 即 ち、 一方で過酷 で報復 的で あるか も しれ な い真 実 を告 げる とい う必要性 と、他 方 で は、甘 美 さ と信 頼 のための憧れ を、詩 が否定 しない点 まで心 を堅 くしな い必要性 ということです 。化■ 47) 彼 の詩 には、「流 血 を伴 うこと」(`the murderous')と 「奇跡 的な こと」(`the narvellous')、 世 界 の 現 実 の過酷 さと、党 派 、民族 を超 えて失 われ な い人 間 の優 しさが 同居 して いるのは このた めで ある。 これが北 アイル ラン ドばか りでな く、世界 中の人々に読 まれて いる理 由で あろ う。 で は、 ヒーニーが このよ うな強 い思 い を込 めて書 いた詩 が平和 を もた らしたのだ ろ うか 。 あ るい は、 美 は どのよ うに して この猛威 と争 うことができるのか、 美 の訴訟権 は一輪 の花 ほ ども強 くな いのに。(シェイ クス ピアの『 ソネ ッ ト集 』65) と、過酷な政治状況 にたい して詩 の効能 は あるのだ ろうか。彼 は次 のよ うに答 えて いる。 ある意 味で は、詩 の効能 はゼ ロで あ る一 いか な る抒情詩 も一台 の戦車 を止 め た こ とはな い。 他 の意 味で は、詩 は無 限で ある。そ れ は砂 に書 かれ た文字 のよ うに、そ の前 で は咎 め る者 も、 咎 め られ る者 も、言葉 を失 い、再 生す るので ある。 私 が考 えて いるのは、 ヨハ ネ の福 音 書 の第 八章 に記 され て いるイ エス の書 いた文 字 で ある。 (θq 107) 人 間 の歴史 が繰 り返 して きた悲劇 とそれ を乗 り越 えるための示 唆が 、彼 の深 い詩 の 中 に含 まれて いる、 と思 われ る。本稿 によって、 ヒー ニー を愛読 す る人が一 人で も多 く生 まれ る こ とを、私 は願 って い る。 こ こに取 り上 げた詩 は、ヒーニー の詩集 か ら、彼 の特異性 を表 して いる と私 が思 った もので ある。 視点 の違 いによ って は、違 った詩 が多 く取 り上 げ られ る ことにな るで あろ う。訳 は私 訳 で ある。

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岡村俊明 イ31き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)

一 詩集『ある自然児の死』か ら

「今私 は詩 を作 る 自分 自身 を見 るた め に、暗 闇 を こだ ま させ るため に」 掘 る 私 の人差 し指 と親 指 の 間 に、 ず ん く`りした ペ ンが あ る、銃 の よ うに心地 よ く。 私 の窓 の下 で は、澄 んだカ リカ リとい う音 がす る。 鍬が 、砂 利混 じ りの畑 に食 い込 む音 だ。 私 の父が掘 つて い る。私 は窓か ら見 下 ろ して いる一 花壇 の 中に見 える、彼 の張 り切 つた尻 は、 下 が った り、上が った りして い る一 屈み込 み 、 リズム に合 わせ て 、 ジ ャガイモ畑 を掘 つて いた、二十年前 の父の姿 だ。 粗 末 な長 靴 は 、鍬 の耳 にお かれ て いた。 ひ ざの内側 にあてた 鍬 の柄 は、固 いて こ代 わ りとな った。 彼 はのび た ジ ャガイ モ の葉 を抜 き、光 った鍬 の刃 を 深 く土 に埋 め込 み 、新 ジ ャガ を あた りに掘 り上 げた。 固 い冷た さを手 に心地 よ く感 じなが ら、私 たちはそれ を拾 った。 ま ことに、そ の老 人は、鍬 をうま く使 つた。 まさに、老 いた彼 の父 と同 じよ うだ。 私 の祖 父 は、トー ナの沼地 の誰 よ りも、 一 日に、多 くの泥炭 を切 り取 つた。 一度私 は瓶 に ミル クを入れ 、紙 で いいか げんな栓 を して、 彼 に持 って いった。彼 は背 筋 を仲 ば し、 それ を飲 み、それか らす ぐに、 きちん と刻み 目をつ けて泥炭 を切 り取 り、 肩越 しにそれ を投 げ、 良質 の泥炭 を求 めて 、 どん どん深 く掘 って いった。掘 つて いる。

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4巻

2号

(2003) ジ ャガイモ畑 の表土 の冷た い匂 い、水 に濡れ た泥炭 の ビシャ ビシャ、 ピチ ャ ピチ ャ、生 きている根 を、鉄 の刃でぞん ざいに 切 り取 る しく`さ― これ らが私 の記憶 に甦 って くる。 だが私 は、 こうした人 々をつ ぐには、鍬 を持 って いな い。 私 の人差 し指 と親指 の間 には、 ず ん ぐ りしたペ ンが ある。 私 は 、それ を使 って掘 ろ う。 この詩 は、 ヒーニー の最 初 の詩集 『 あ る 自然児 の死 』 の中の最初 の詩 で あ る。 これ につ いての ヒ ーニー のコメン トを最初 に紹介 しよ う。 「掘 る」 は、実 際 の ところ、私 の感 情が言葉 に込 め られた、 と私 には思われた、あるいは、 も っ と正確 に言 え ば、私 の 「感触」 が言葉 に込 め られた、 と私 には思 われ た 、私 が書 いた最 初 の 詩 の名前 で あった。 一 これ は、私 が言葉 の並 び変 え以上 の ことを して い る と私 が感 じた最初 の 詩 で あ った。私 は、現実生活 に心棒 を打 ち込 んで いる と感 じて いた(■ 41)。 詩 人 が 「現実生活 に心棒 を打 ち込 んで いる」 とい う この詩 にお いて 、 この詩 の題 ともな って いる 「掘 る」 は、 どういう意味が あるのだろ うか。それ は、先ず詩 人の父や祖父が 、鋤 を使 つて ジャガ イモや 泥炭 を掘 る ことを意 味す るが 、詩 人 がベ ンを使 って比喩的 に 「掘 る」 ことを も意味す る。 こ のよ うに、鋤やペ ンとい う物 が 、掘 る ことの、比喩的な もの も含 めた多層 な意 味 と結 びつ いて くる が、そ の ことが全体 を通 じて語 られ る。 この詩 は、「私 の人差 し指 と親 指 の間 に、/ずん ぐ りしたペ ンが ある、銃 の よ うに心地 よ く」 で始 まって いる。なぜ 「ず ん ぐ りした」 ベ ンな のか 、なぜ 「銃」 のよ うな のか 、 とい う疑 間が浮 かぶ。 先ず ペ ンだ が 、鋤 の比喩で ある ことがや が て分か るた め、そ の形 との類似 性 か ら、ず ん く`り した と な るだ ろ う。それ以外 の意 味 もあるが、後 で考 えてみ よ う。次 に、銃 で あるが 、なぜ銃 な のだ ろ う か。 この言 葉 は、 ここだ けで後 は使 われ な い。奇妙 といえば奇妙 で ある。 これ に対 して、 ヴェ ン ド ラー は次 のよ うに言 って いる。 「掘 る」 につ いて不穏 な ことは、アイル ラン ドのカ トリック教徒 の子 どもたちは、二 つの道具 一 鋤 と銃― の 申 し出の間で育 った とい うことで あ る。彼 の文化 か ら、二 つ の対 立す る声が 「選

べ」と言った一 「農場を受け継げ」と農業的伝統が言った、「武器を取れ」と共和的武闘主義は

言った。そ して本当に、詩人の最初の思いは、いわば、剣とペンを量 りにかけることであった

(ヽ石endle4 28‐29)。 納 得 い くコ メン トで あ ろ う。で は、どう して ペ ンの比喩 と して の銃 が 、これ以外 に書 かれな くて、 これが遊離 して いるよ うに思 われ るのだ ろ う。「銃 を持 って いる人 の芝 居 がか った さま」(■ 41)と の詩 人 の言 葉 を、私 た ちはそ の通 り取 って いいのだ ろ うか。や がて見 られ る、 アイル ラン ドにお け る政治的暴 力の中にあって ヒーニー は、詩 人 として生 きて い こ うとす るが 、それが 象徴 的 に この一 行 に表 され て いる ので はな いだ ろ うか。 ヒーニー は、軍事 的攻 撃 の道 具 を選 ぶ ことが念頭 にな いわ けで はな いが 、彼 が最 終 的 に選ぶ のは、 アイル ラン ドの大地 を耕す鋤 で ある。そ の行 為 こそ 、アイ ル ラン ドの大地 に根 ざ した詩 を書 くことの比喩で あろ う。そ のため、「銃」とい う言 葉 が一行 日だ け

(6)

岡村俊明 イ 引 き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) に置かれて、後 は、ペ ン と鋤 につ いて書かれ る ことにな る。 次 に、「私 の父が掘 つて いる。私 は窓か ら見下 ろ して いる」は、面 白い表現 で あろ う。大 人 にな っ て 、詩 人 にな ろ うと して いる現在 の ヒー ニーは、家の 中にお り、戸外 の畑 で は、農夫 の父が 肉体労 働 を して い る。家 の 中 の詩 人 、外 に い る肉林 労働者 の父 、ぬ くぬ くと した 内 な る世 界 と厳 しい 自然 の 中の外 な る世界 、二 人 を隔てて いるの は窓 ガ ラス。 こうい う ことが対 照的 に書 かれ て いる。二人 (あるい は二 つ

)の

関係 は 、「見 下 ろす 」、「見下 ろされ る」関係 で あ る。 こ こで はそ れ 以 上 の意 味 は な いが 、第 六連 まで くる と、 これ以上 の意味 を持 って くる。それ は ともか く、父 の労働 を見て いる 現在 の世 界が 、父 の尻 の 「下 が った り、上 が った りす る」動 き を示 す 一つ のセ ンテ ンスの 中で 、一 挙 に二 〇年 の過去 へ と飛 んで ゆ く。見事 な まで に劇 的で あ る。 第 四連 は 、現 在 と変 わ らぬ 父 の労働 が描 か れて いるが 、「固 い冷 た い手 に心 地 よ く感 じなが ら、私 た ちはそれ を拾 った」 と、父 の手伝 いを して いるのは、過去 の子 どもの ヒー ニーで あ る。第六連で は、泥炭 を切 り取 つて い る祖 父 も描 かれ るが、「瓶 に ミル クを入れ 、紙 で いいか げんな詮 を して、/ 彼 に持 って いつた」 の は 、子 ど もの ヒー ニーで あ る。子 とも時代 の ヒー ニー は、 ジ ャガイ モ を掘 つ て い る父や 、泥炭 を切 り取 つて いた祖 父 の手伝 いを して戸外 にいた、彼 も彼 ら同様 自然の一部 にな って いた ので ある。そ れ と対 照 的 に、現在 の ヒー 二十 は、「窓か ら見下 ろ して いる」が 、この対照が ここにな る と際立 って くる。「窓か ら見下 ろ して いる」意味 を考 えて見 よ う。 アイル ラン ドの諺 に 「ペ ンは鍬 よ り軽 い」 とい うのが あるが、 これ は、 肉体 労働者 の労働 は、知 的労働者 のそれ よ り、苛 酷 で あ る、 こ とを意味す る。そ うだ とす れ ば 、窓 か ら見下 ろす とい う こと は、詩 人 ヒーニー 自身 の、 肉体 労働者 に対 す る優越感 、侮蔑感 と同時 に、彼 は、父祖 の世 界か ら隔 離 されて い る とい う疎 外 感 、罪 悪感 が込 め られて いるだ ろ う。そ の罪 悪 感 の裏 返 しが 、ペ ンを鋤 に 似せ た 比喩 で 、 ことさ ら 「ず ん ぐ りした」 重 た い とい う印象 を与 え る こ とにな った ので は なか ろ う か。 第七連 になると、過去 の父 と祖父の労働が、「生きている根 を、鋤の刃でぞ んざいに /切り取 るし ぐさ」(父と祖父の仕事 は、ヒーニー との連携の根 を切 り取 ることで もある

)が

、彼の記憶 に蘇つて くる。再び現在 に帰った ヒーニーは、「だが私は、こうした人々をつ ぐには、鋤 を持 つていない」と 認識せざるをえない。 最終連 の二行は、銃 の比喩 を除いた、最初の行 の繰 り返 しである。そ の後で 「私 は、それを使つ て掴ろう」tI'1l dig with it')と 、ヒーニーの決意が未来形 を使つて述べ られ る。これは、アイル ラン ドの地方 の経験 を詩 として書 くという彼 の決意であろう。 この言葉 は、詩人が噺絶 と意識 した後の 言葉であるか ら面 白いと言 える。なぜな ら、ヒーニーは、父祖が持 っているアイル ラン ドの伝統 を 継承 しなが らも、ある断絶感 、ある罪悪感 を持 って、それを批評的に見 よ うとして いるのであって、 まさにそ こにこそ、ヒーニー 自身の出発点があつたのだ。 ク ロイ チ ゴ摘 み フイ リップ・ホブスバウムのために 八月の終わ り、丸一週間続 いた大雨 と 強い日照 りのため、クロイチゴは熟 して くる。

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

4巻

2号

(2003) 最初 は赤 くて緑色で、瘤 のよ うに固 い多 くの中の、 た った一つ の、艶 のある深紅色 のつぶ。 最初 の一粒 を食べれ ば、そ の果 肉は、 芳醇 な ワイ ンのよ うに甘 か った。夏 の血 がそ こにあ り、 それ は、舌 にイチ ゴの色 と摘み取 りた い欲望 を残 した。 それ か ら赤 いつぶが熟 して くる と、取 りた い熱望 のため、 私 た ちは出か けた、空 の ミル ク缶 、豆缶 、 ジャム の壺 を持 って。 そ こで は茨 に引っ掻かれ、濡れた草 で、私 たちの長靴 は 白っぽ くなった。 私 た ちは、干 し草畑 、麦畑や ジャガイモ畑 をまわ り、 缶 一杯 にな るまで摘み取 った。 カ ラカ ラ鳴 っていた缶 の底 は、やがて緑色 の粒で覆われ 、 上 には、大 き くて黒 い粒が、 目を盛 った皿 のよ うに、 燃 えて いた。私たちの両手 は、 さん ざ しの とげにさされ 、手 のひ らは青髭 のそれ のよ うにね ばね ば として いた。 私 た ちは、牛 小屋 に摘 みたてのイチ ゴを蓄 えた。 だが桶が一杯 になると、私 たちは毛 に似 た ものを、 イチ ゴをむ さば り食 って いる、ネ ズ ミ色 の菌 を見 つ けた。 そ の汁 もまた悪臭 を放 つて きた。一旦茂みか ら摘み取 られ ると、 そ の果実 は発酵 し、甘 い果 肉は酸 っぱ くなった。 私 た ちは いつ も泣 きた い気持 ちだ。缶 一杯 に取 った 愛 ら しいイ チ ゴが どれ も悪臭 を放つ のは、あんま りだ。 毎年腐 らな いで くれれ ば と思 いなが らも、そ うでな くなる ことを、私 は知 って いた。 この詩 を捧 げて いるフイ リップ・ホブスバ ウムは、ケ ンブ リッジ大学で 、

FRリ

ー ブズの指 導 の 下 に、英文 学 を学 び、その後一九五 〇年代 にお いて ロン ドンで 、詩 人が 自作 を読み上 げ、批評 しあ うセ ミナー で ある 「グルー プ

Jの

主 宰者 と して知 られて いる。彼 は、ベル フ ァス トで も、一九 六〇 年代 に 「グル ー プ」 を組織 したが、一九七 〇年 にグラス ゴー に移 った。 ヒーニー は この グル ー プに 参加 し、詩 人 と しての 自覚 も与 え られ 、一 九六六年 に彼 の第 一詩集 を発表 した。従 って 、 ホ ブスバ ウム は、 ヒー ニー に詩人 として 自党 を与 え る ことに寄与 した詩 人の一人で あ り、 この詩 の 内容 も、 それ に相応 しい となっているはず である。 この詩 は、自然 の恵み を扱 った一六行 と変 わ りや す い 自然 を扱 った八行 の二連か ら成 立 して いる。 各連 にお け る どの行 にも、`sun'と`ripen'、 `sveet'と ぐit)と い うふ うな、ハ ー フ ライム の押 韻 で ある。 こうい う押 韻 は、ヒーニー の詩で は珍 しくな いが 、最後 の二行 は一 「残酷 な押韻 ぐnOザと'■ot')で終 わ って いる」

(Parker,68)―

は注 目す べ きで あろ う。 ヒーニー は、最後 の押韻 によ って 、 この詩 に暗 示 され て いる、 自然の掟 の残酷 さを強調 して いる ことにな る。 「八月の終 わ り、丸一週 間続 いた大雨 と/強い 日照 りのため 、ク ロイチ ゴは熟 して くる

Jで

この詩 は 始 まる。 ク ロイチ ゴが熟す過程 が、特定 の時 (「八 月の終 わ り

J)と

時 間の推移 の 中で提示 されて い る。それか ら「赤 いつぶが熟 して くる

J(よ

り多 くのイチ ゴが熟 して くる

)が

、そ こに は さ らな る時

(8)

486 岡村俊明:「JIき裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) 間 の経過 が 暗示 されて いる。 この時 間 の経 過 は、何 に結びつ くのか に注 目 しなが ら、 この詩 を読 む ことにな る。 少年時代 の ヒー ニーの、 ク ロイチ ゴを 「取 りた い熱望」 は、異常 な ほ どで ある。彼 は、見 つ け ら れ る限 りの容器 を持 って (「空 の ミル ク缶 、豆缶 、ジャム の壷」)、 障壁 を乗 り越 え (「そ こで は茨 に 引 つ掻 かれ 、濡 れ た草 で 、私 た ちの長靴 は 白っ ぽ くな った」)、 隈 な く捜 し求 めて (「私 た ち は 、千 し 草畑 、麦畑 や ジ ャガイモ畑 をまわ り」)、 取 れ る ク ロイチ ゴをす べて取 つた ことにな る。 ク ロイ チ ゴ に対 す る、少年 の欲望 の大 き さは、 目を見張 るほ どで ある。 このよ うな欲望 は、若 い男 性 の性衝動 と似 て いな いだ ろ うか、 とふ と思 う。 このよ うに して両者 の類似 性 に意識 しなが ら、 この詩 を読 み 返 す と、それ は確 か にある。 こ の 詩 の題 「 ク ロイ チ ゴ摘 み 」 は 、 普 通 の 英 語 で は`blackberrying'と な る が 、 ヒー ニ ー

は'Blackberry‐Picking'と いう新語 を作 成 した。そ の理 由は、彼 は(blackberry'と ともに、`picking'

を重 視 したか らだ 、 と考 え られ る。`pickingでは 、「摘み取 りた い欲望」tlust for picking')、 「摘 み取

った」(`piCked')として繰 り返 され るばか りでな く、「(サンザ シの

)棘

」(`pricksつと、音 が似 て いる

ことに注 目しよ う。 この 「棘」 に注 目しなが ら、青髭 (フラ ンス の伝説 で、六人 の妻 を殺 した残 忍 な男

)を

読 む と、そ れ はペニ ス とい う性 的 な意 味 を持 つ。そ の観点 か ら見 る と、「夏 の血 」、「そ の果 肉」tits nesh')、 「目を盛 った皿」 とい う言葉 も、人間の身体 に関す る言葉 と重 な り、特 に、`nesh'

は人 間の肉体 、`lustは 性 的欲望 そ の もの を指す 。従 って、「摘 み取 りた い欲望」 は 「性 的衝 動へ の 欲望 」と連想 され る言葉 で ある。このよ うに考 え る と、「クロイ チ ゴ摘み」とは、子 どもが性 的 に 目 覚 め る時 を うた った詩 で あ る、 と言 え る。 この よ うに して暗示 され た性 的衝 動 は 、何 か に結 び付 け られ るはず で ある。そ の ことにも注意 しなが ら読 んで い こう。 ク ロイチ ゴは、視覚(「艶 の ある深紅 色 」、「赤 い粒が 熟 して くる」、「濡 れ た草 で 、私 た ち の長 靴 は 白っ ぽ くな った」)、 聴 覚 (「カ ラカ ラ鳴 つて いた缶 の底」)、 味覚 (「そ の果 肉は、芳醇 な ワイ ンのよ うにす か った」)、 触 覚 (「茨 に引 っ掻 か れJ、 「私 たちの両手 は、サ ンザ シの刺 にさ され」

)と

い う、 少年 の四つ の感 覚 で捉 え られ て いる。第 二 連 にな る と、嗅覚 (「悪臭 を放 って」

)が

力日わ り、 クロイ チ ゴが腐 って くる さまが描かれて いる。五 つ の感 覚で捉 え られ た ク ロイチ ゴは、最後 に 「毎 年腐 ら な いで くれ れ ば と思 いなが らも、そ うで な くな る ことを、私 は知 って いたJとい う、「私 」によ る「泣 きた い気持 ち」で得 られた 自覚― 自然が変化 す る こと、万物 は不変ではな いこと― に至 って いる。 こ こにな って 、時 間の経過 と性的な 目覚 め は、子 どもか ら大 人へ の成長 、 また、冷酷 な 自然 の掟 を 自覚 した詩人へ と成長す る ことと結びつ け られ てい ることが理解 され よ う。 この観 点 か ら言 って も、 この詩 が、ホプスバ ウム に捧 げ られて いる ことは、意味が ある。 あ と に 従 う者 私 の父 は、馬鍬で耕 した。 彼 の肩 は、鍬 の柄 と畝 の間 に張 られ た 、 風 を字 んだ帆 のよ うに、致 形 とな って いた。 彼が舌 を鳴 らす と、馬 は引き綱 をぴん と張 った。

(9)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第

4巻

2号

(2003) 名人芸 だ。彼 は鍬 に刃 じ りをつ け、 ピカ ピカの、尖 った鉄 の鍬先 をはめ込 んだ。 鋤 かれた土 は、砕 ける ことな く、巻 き込 まれて いた。 畝 の先端 では、手綱 の一 引きで、 汗 を流 して いた二 頭 の馬 が 、方 向 を変え、 元 の畑 に帰 って きた。彼 の 目は、 細 め られ 、畑 を斜 めに見なが ら、 す き道 を正確 に描 いて いた。 私 は、彼 の どた靴 が歩 いた ところで 蹟 いた り、 時 には鍬で磨 き上 げ られた畑 で、倒れた りした。 時 には彼 は、背 中に私 を乗せて くれたが、 彼が歩 く度 に、私 は沈 んだ り、浮 き上がった りした。 私 が望 んだ ことは、大 人 にな って畑 を耕 し、 片 目を閉 じて 、腕 の筋 肉を引き締 める ことだ。 だが私 が した ことと言 えば、農 場の中を 彼 の広 い影 の後 に従 うことだった。 私 は いつ も蹟 いた り、倒 れ た り、 泣 き ごとを言 った りす る厄介 ものだった。 しか し今で は、 蹟 きなが ら私 のあ とを追 っか け、 離れ よ うと しな いのは、私 の父である。 この詩 は具象的 に書 かれてお り分か りやす いよ うである。書 かれ て いる ことは分 か る と して も、 何 の比喩 も託 されて いな いのか、 という疑 間がある。そ うい うことに注意 して読 んで いこう。 最 初 の行 は 「私 の父 は、馬鋤 で耕 した

Jと

な って い る。現代 の農 夫 は、馬鋤 を使 い畑 を耕 す こと はな いで あ ろ う。今 で は失われ て しまった道具 を再現 して いるか の よ うで ある。「彼 の肩 は、鋤 の柄 と畝 の間 に張 られ た 、/風を摯 ん だ帆 のよ うに、球 形 とな って いた」 で は、「球 形 とな って いたJ (`gloved')は、「地球 のよ うに まる い

Jと

い う意味 で、地球 を肩 に担 いで いる巨人神 ア トラス の姿 を 連想 させ 、「風 を摯 んだ帆

Jは

、大航 海時代 の船乗 りを連想 させ る。 これ らの言 葉 によって 、詩 人の 父は、大地 、 いや 自然 と一体化 して いる。 父 の名人芸ぶ りが、鋤 に刃 じ りをつ けた り、尖 った鉄 の鋤先 をはめ こんだ り、鋤 かれた土 が砕 け るこ とな く巻 き込 まれ て いった り、汗 を流 して いた二頭 の馬 が方 向 を変 えた りす る さまが 、事細か に描かれて いる。 ヒーニー は、 どう して このよ うに細 か く農 夫 と して の父 の仕 事ぶ りを描 く必要が あるのだ ろ うか。一つ の理 由は、そ のよ うに描 くことで、優 しさ、暖か さ、親 密 の情 を こめて父 を 見つめ直す ためであろ う。 それ まで は、父 を見て いた詩 人 の視線 で描かれ て いたが 、四連 にな って 、「私 」が登場 し、私 と父

(10)

岡村俊明 イ 引 き裂かれた文化

Jの

詩人一ヒーニーを読む (1) との 関係で、子 ども時代 の詩 人が描 かれて いる。「私 は、彼 の どた靴 が歩 いた と ころで蹟 いた り、/ 時 に は鋤 きで磨 き上 げ られ た畑 で 、倒 れた りした」 にお いて 、「倒れ た」 ことが意味 を持 って いる。 そ の私 を背 中 にのせて くれ 「彼が歩 く度 に、私 は沈 んだ り、浮 き上が った りした」。「沈んだ り、浮 き上が った り」は、「風 を卒 んだ帆 のよ うに

Jと

連 想 され る と、畑 ばか りでな く、私 を海 に も連れ 出 し、遠 い世界へ連れ 出 して くれ る比喩 ともなる。 最 後 の連で は、父 と子 の立 場が逆転 して くる。「しか し今 で は、/蹟きなが ら私 の あ とを追 っか け、 /離れ よ うと しな いの は、私 の父で あるJ。 この詩 の題 の 「あ とに従 う者」 は、父 の後 を追 う子 ども 時代 の詩人で あ り、最終連 で は、そ の逆 の子 に従 う父で ある ことにな る。 この詩 は、最初 の五連が 過去 の父 と子 で あ り、最終連 は、現在 のそれで ある。 で は、 ヒー ニ ー は、 この詩 にお いて何 を言お うと して いるのだ ろ うか。父 とは、生物学上 の父で ある と同時 に、 ヒー ニーが接 した父な るもので代表 され る世 界 、教 え、慈 しみ 、権威 のある巨大な 存在 、それ で いて 、彼 を家 に、家庭 に、狭 いカ トリックの世 界 に閉 じ込 め る存在 で あ ろう。 こうい う世 界 とは、密接 に繋が って いる とい う感 じと、不連続 とい う感 じが 同居 して いる。 それが最終 連 にお ける ヒーニー の い らだ ちで あ り、不安 である。彼 は、父 のあ とを継 ぐことはで きなか ったが、 そ こにある種 の罪悪感 が あ り、父 の世界 こそ は、彼 の永遠 の基盤 とな って いる とい う意識 も認 め ざ るをえなか った。 ヒー ニー は次 のよ うに語 つて いる。 「詩」(`verse')は 、 ラテ ン語 の 昭ぉコsからきて い る。それ は一行 の詩 を意味す るが 、農夫 が一つ の畝 を終 えて、別 な畝 に向か うとき、畑 の端で向 きを変 える ことを意味す る(■ 65)。 これ をこの詩 に当て はめて考 えてみ よ う。「向 きを変 える」は、この詩 の三連 にある「方向 を変え」 と同 じ意味 を持 つ。詩 ぐverse')は 、詩 の一行 であるばか りで な く、耕 された畝 とい う ことに もな る。 そ うで あれ ば、鋤 きで耕 す人

(ploughman―

農夫)とは、根源 的な意味 にお いて 、詩 人 の比喩 とい う ことにな るだ ろ う。 ヒーニー は最 初 の詩 「掘 る

Jに

お いて も、父 と子 の関係 を描 き、「私 はそれ を使 つて掘 ろ う」とい う決 意 を述 べ るが 、 ここで も父 のあ とに従 って、鋤 で はな く、ペ ンで詩 を書 こうとの 自らの意志 を 表明 して いるので ある。

ジ ャガイ モ掘 りに行 って

ジ ャガイ モ堀 り機 は、畝 を粉砕 し、 黒 い雨 の よ うな ジ ャガイモ と土 を跳ね上 げる。 人夫達 はその背後 に群 が り、 うず くま りなが ら、 柳細 工 の しょい籠 を一杯 にす る。彼 らの指 は、寒 さのため に死 んだよ うにな る。 カ ラスのよ うに黒 い畑 を、攻撃す るカ ラスのよ うに、彼 らは 生 け垣か ら枕地 まで、 ごちゃごちゃと散 らばって いる。 何組 か の者 は、不揃 いの列 を更 に壊 し、

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・大文科学 第

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-杯

にな った籠 を持 って、イモ盛 り場へ行 き、背 を仲 ば し、 少 しの問頭 を高 く上 げるが、す ぐに砕 けた大波か ら、 新 しい荷 を釣 り上 げるため に、 よ ろめ きなが ら帰 って い く。 頭 は垂れ 、背 中は曲が り、手 は黒 い母 な る大地 をまさ ぐる。 泥炭 地 を、列 を作 って前屈 み に歩 くさまは、 秋 のよ うに無心 に繰 り返 され る。 何世紀 も続 いた飢餓 の神 に対す る恐れ と畏敬 は、 敬虔 に折 り曲げ られた膝 の筋肉 を 強 く し、芝土 を季節 ごとの祭壇 とす る。 火打 ち石 のよ うに白くて紫 色。 これ らのイモは、 膨 れ あが った小石 のよ うに散 らばって いる。 半分 に切 られた種芋 は芽 を出 し、塊 とな って いた場所 、 黒 い粘上 の小屋一 そ こか ら生 まれた、 これ らの節 々のある、切れ長 の 目を した根 茎 は、 畑 の石化 した心臓 のよ うだ。 鍬 で裂 かれ たイモは、 ク リーム のよ うに白 く見える。 細 か く砕 かれ た大地か ら、香気が発散す る。 樹皮 のよ うにざ らざ ら した腐葉土 は、 数珠つなが りのイモ を次 々 と吐き出す (汚れ のな い誕生)。 そ の固 い感触 、そ の濡れた内側 は、 大地 とイモの味を約束す る。 それ らはイモ盛 り場 に積 まれ る、盲 目の生 きた頭蓋骨 とな って。 盲 目の生 きた頭蓋骨、 とてつ もな くごち ゃ ごちゃ した、 骸 骨 にの って いたが、 四五 年 の大地 を駆 けめ ぐり、 腐 ったイモ をガッガ ッ食 い、死 んで いった。 新 ジ ャガ は、石 のよ うに丈夫 で あったが、 長方形 の土 のイモ盛 り場 に、 三 日間置かれ ると、悪臭 を出 した。 それ と ともに何百万 も腐 って いった。

(12)

岡村俊明 イ引き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) 堅 く結 ばれ た 日、頑張 り抜 いた 目、 羽根 をむ し り取 られた鳥 のよ うに、冷 え冷 え した飢餓の顔 。 百万 もの小枝 で作 つた小屋 の 中で 、 飢餓 の嘴 は、 内蔵 を啄 んで いた。 生 まれ た ときか ら飢 えて、 植物 のよ うに地 面 を掘 つて いた人 々は 、 大 きな悲 しみ に接 ざ木 され た。 希望 は、骨髄 のよ うに腐 つて いた。 悪臭 を放 つイ モ は、大地 を汚 し、 イ モ盛 り場 か ら出た ウ ミは、汚 れ た盛 り土へ と流れた。 イモ掘 り人夫 の いる ところで は 、 今 もウ ミの 出て いるただれ か ら、悪 臭 が している。 四 陽気 なカモ メの小艦隊 の下 で は、 規則 的な動 きは死 に、人夫 た ち は仕 事 を休 む。 黒 パ ンと、輝 くカ ップになみなみ と注がれ た茶が 、 昼食 に出 され る。死 ぬ ほ ど疲 れ た 人た ちは、 溝 に ドカ リとす わ り、た らふ く食べ る、 感謝 して 、果 て しな く続 いた断食 を破 りなが ら。 それか ら、信 義 のな い大地 に大 の字 に倒 れ 、 冷 た い茶 を注 ぎ、パ ン屑 をま く。 この詩 は四つ のセ クシヨンか ら成立 して いるが 、中心 はアイル ラン ドの一 八四五 年 の大飢 餓 で あ る。「殺 し屋菌 は一 八四五年 九 月に発 生 し、翌年 の二 月には、ジ ヤガイ モ の四分 の三 は壊 滅 的 打撃 を 受 け、発疹 チ フス は、三二 州 の 内二 五州 にお いて 猛威を振 るった。そ の危機 に対す るイ ギ リス政府 の不十 分 に して、不適切 な対応 は、一九 六二年発行 の、セシル・ ウ ッ ドハ ム・ ス ミス の著 書 『大飢 餓 』 に十 分 に記録 されて い る。そ の飢 餓 は、 アイル ラン ド人 の精神 を永遠 に傷 つ けた 。 ほ ぼ百万 人 がそ の猛威 の直接 の犠 牲者 と して死 に、一五 〇万 人 は海外へ移住 した。そ の飢餓 の後 、 ケル ト語 と 民族 の習慣 は、使 われな くな り、衰 えて い つた」(Parker)69)。 パ ー カー に書かれて いるよ うに、百万 人 の犠牲者 と百五十万 人の海外移住 者 を出 し、 ケル ト語 と アイル ラン ド民族 の習慣 に壊滅的な打撃 を与 えた大飢餓 は、 アイル ラ ン ドの歴史 に とつて ばか りで な く、現代 に とつて も大 き い意 味 を持 つて いる と ヒー ニー が考 えるの も当然の ことで ある。 しか し ヒー ニー は 、そ の大飢餓 を、何 千年 と続 いた飢 餓 の神 に対 す る、アイル ラ ン ド農 民 の祈 りの 中にお いて いる。 そ のため にこの詩 は、大飢餓 とい う トピカルな側面 ばか りでな く、宗 教 的 な詩 の レベル にまで昇華 して いる。では、各セ クシヨンにつ いて具体 的 に読 んで い こう。

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第

4巻

2号

(2003)

第一 セ ク シ ョンは、「ジ ャガイモ堀 り機 は、畝 を粉 砕 し」とい う、一見奇異 な言葉 で始 まって いる。 普通 な ら、「畝 を粉 砕 し」(`wrecks the drill')で はな く、「畝 を耕 し」で十 分で あろ う。 これ は明 らか に政治 的な言葉 と言 え よ うが 、私 た ち はそ れ との 関連 で 注意 して読 む と、軍列 を意 味す る 「列」 (`ranks')、 敵軍 を攻 撃 す る 「攻撃 す る」tattackingつ が他 に使 われ て い る ことに気づ く。それ ら一 連 の言葉 は、大飢餓 に対す る、アイル ラン ド人の、イギ リス に対す る反感 と取 って よか ろ う。 しか し 政治 的、攻 撃 的言 葉 か ら、「頭 は垂 れ 、背 中は曲が り」、「飢 餓 の神 に対 す る恐れ と畏 敬 」 とい う言 葉 に示 されて いるよ うに、「何世紀 と続 く」、「母 な る大 地」に対 す る信仰 の言葉 へ と移行 して いる。過 去 にお け る多 くの飢 餓 は、アイル ラ ン ド農 民 の 「敬 虔 に折 り曲 げ られ た膝 の筋 肉 を/強く し、芝土 を 季節 ごとの祭壇 に して いる」。彼 らは、飢餓 のため に、 ます ます強 く、宗教 的 にな って きて い る。 第ニ セ ク シ ョンは、「火 打 ち石 の よ うに 自 くて紫 色 」とい う言 葉 で始 ま って い る。これ は健 全 な ジ ャガイモ の 比喩 で あ るが 、「火 打石 」は、第一 セ ク シ ョンの 「何世紀 と続 いた」 と結 び つ けて読 まれ る と、古代 のイモ を連想 させ る。 このよ うに して一つ の言葉 で、一挙 に一〇 〇〇年 、二

OOO年

前 へ と時間が飛翔 して いる。何 千年 もの間イモ は、「ノJヽ石 のよ うに」、「畑 の石化 した心臓 の よ うに」大 地 の恵み を受 けて 、次 々 と生み 出 されて いた。 こ こまで は分か るが、私 た ちが 「そ の固 い感 触 、そ の濡れた内側」 とい う言葉 に出会 うと、 しば し考 える ことにな るだ ろ う。大地 は、第 一セ ク ション では古代 ゲルマ ン族 の豊穣 の女神(Nerthus)で あ り、母 (「黒 い母 」

)で

あ つた が、こ こで は 同時 に恋 人 に もな って いるか ら、 この よ うな 性的な言葉 で書 か れて いるので あろ う。農夫 と恋 人 との性的交 渉 の結果 、「味」の よ いイ モが誕 生 し、それ らのイ モ は、「盲 目の生 きた骸 骨 とな ってJ、 イ モ盛 り場 に積 まれ る。「盲 目の」は、「切れ長 の 目を した」の延長線上 に考 え られ 、「骸 骨」は、健全 なイモ の 比喩で ある。 と ころが第ニ セ クションになって 、同 じ言葉が繰 り返 され る と、それ は痩せ さ らばえた飢 餓時 の 人間 とな る。 この手 法は、「映画 にお ける巧みなデ ィブル ブ の手 法」

(Corcoran,70)(フ

エイ ド・ イ ンとフェイ ド・アウ トの ショッ トを重ねて 、場面 の転 換 を示 す手 法

)と

同 じで ある。「四五 年 」 とは 勿論 、一八 四五 年 の アイ ル ラン ドの大飢餓 の年 で あ る。「それ とともに何百 万 も腐 つて いつた」とは、 イ モ ば か りで な く、 何 百 万 とい うアイ ル ラ ン ドの 人 々 が 死 ん だ こ と も意 味 して い る 。 原 文 で は `Millione rotted with it'と して 、「何百万」 は必ず しもイモ ばか りでな い ことを暗示 して い る。「羽 根 をむ し り取 られ た鳥 の よ うに」とは、飢 餓時 の農 民 の比喩 で あるが 、それ は、第一 セ ク シ ョンの 、 繰 り返 され た 「カ ラス」 と連想 され よ う。 そ の カ ラス は、労 働 に励 んで いる アイル ラン ドの農 民 の 比喩で あったが 、ここで は、そ の黒 い羽根 がむ し り取 られ 、「冷 え冷 え と した飢餓 の顔 」へ と変容 し て いる。 このセ ク ションにお いて最 も重 要な行 は、「イモ掘 り人夫 のいる ところで は、/今もウ ミの 出て い るただれか ら、悪 臭が して いる」で あろ う。 このセ ク ションは、すべ て一 八四五年 とい う過去 の出 来事 につ いて書 か れ て い るが 、 こ こだけ現在 形 が使 わ れて いる。 なぜ な らば、 アイル ラ ン ドの人 々 に とって、大飢餓 は今 も現在 の問題 で あるか らで ある。 第 四セ ク シ ョンは、比較 的安 らぎ を与 え る もの とな って い る。第 一 セ ク シ ョンの 「カ ラス」 に始 まる鳥 のイ メー ジは、第ニ セ クシ ョンの 「羽根 をむ し り取 られ た鳥」 を通過 して 、 このセ ク ション の 「陽気な カモ メ」へ と変容 して いる。 しか し、「陽気なカモ メ」 に もかかわ らず 、「規則 的な動 き は死 に」

(`The rhythm deadens'「

死 ぬ ほ ど疲 れ た」 ぐDead‐beat')の 「死」 のイ メー ジ も提示 され

(14)

岡村俊明 イBIき裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)

1

的な表現 で ある。しか し これ らの「死 」を暗示す る言葉 は、第一セ クシ ョンの「死 んだ よ うにな る」、 十

第ニ セ ク シ ョンの 「死 ん で い った」 と呼応 してお り、「溝 に ドカ リとすわ り」の溝 は、第ニ セ クシ ョ ンの 、イモが腐 つたイ モ盛 り場 と「何百万」とい う人 々の墓 場 をも暗示 して いるため、「死」はそ の まま訳 した ほ うがよか ろ う。 そ れ に もか かわ らず 、農 民た ちは仕事 を休 み、黒パ ンとお茶 とい う粗末 な昼食 を楽 しむ ことがで きる。飢餓 を もた らした大地 は、豊穣 の女神ではな く、「信義 のない大地」で はあるが、農 民たちは 「冷 た い茶 を注ぎ、パ ン屑」 をまいて 、大地 に祈 りを捧 げて いる。 ヒーニー は、そ うい うアイル ラ ン ドの農 民たちの姿 のなか に、「仕事 と信仰 の永遠 の儀 式 を行 っている人々 に対す る魅惑 と尊敬 の念 を持 ち続 けて いる」(Foster,16)と 言 えよ う。 私 の ヘ リ コ ー ン マイケル・ロングリーのために 私 は子供 の時 、釣瓶 と巻 き上 げ機 の ある 井戸 や古 いポ ンプか ら、離れ なか った。 私 は暗 闇の 中を落 ち る水 、水 に捕 らえ られ た空 、水 草 と カ ビと湿った コケの臭 いを愛 した。 煉 瓦 工場 にある、腐 った木 のふ た のある井戸 。 私 は、 ロー プの は しにつ いた釣瓶 が 、 水 に落 ち こんだ時 の、豊かな響 きを楽 しんだ。 だが井戸が深す ぎたためか、水 に映 った影 が見 えなか った。 乾 いた石 の水路 の下 にあ る浅 い井戸 は、 水槽 のよ うに、水草 の実 をつ けて いた。 柔 らか な水草か ら長 い根 を抜 くと、 水底 に 白い顔 が映 った。 こだ まを返す い くらかの井戸 もあった。それ らは澄み切 った 新 しい音楽 とな って 、 あなた 自身の呼び声 を返 して いた。 そ の一 つ は怖 い井戸 で あった。そ こに生えて いるシダや 背の高 いジキ タ リスの中か ら、 ネ ズ ミが水 に映 った私 の顔 を、音 をたてて横切 ったか らだ。 今 水車 の根 を覗 き見 る こと、泥 を指 でつ まむ こと、 大 きな 目を したナルキ ッソスのよ うに、泉 を覗 き見 る ことは、 どれ も威厳 のある大 人のす る ことではない。今私 は詩 を作 る、 自分 自身 を見 るため に、暗 闇を こだ まさせ るため に。 492

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 ,大文科学 第

4巻

2号

(2003) 詩集 『 ある 自然児 の死』 の最後 に置 かれた この詩 は、先ず題 が面 白い。ヘ リコー ンとは、ギ リシ ャ神話 のアポ ロと詩 の女神(ミュー ズ)が 住 んで いた といわれて いる、ギ リシャのポエ チ ア山で あ り、 特 に、そ こには、霊感 の泉 とされ る ヒポ ヅ リー ン とアガ リッペ の二泉 が ある と ころで ある。 しか し 「わた しのヘ リコー ン」 は、 ヒーニー 自身のボエチア山 というよ り、彼 自身の詩 の泉で あ り、彼の 詩 の霊感 の源 を指 している。それ ばか りで な く、最終 連 に見 られ る、同 じくギ リシャ神話 のナルキ ッソス と同 じよ うに、 ヒーニー は、彼 自身 の詩的霊感 の神話 を作 って いる。 したが って この詩 は、 詩 を生 み 出す創造 的過程 につ いて の詩 、 いわ ば詩 につ いて の詩 であ り、そ の意 味で、 ヒー ニー と同 じ年 に生 まれ た アイル ラン ドの詩 人 マイ ケル ・ ロング リー に献呈 されて いる ことも、 ヒー ニー の思 いを示 して いて興味深 い。 この詩 にお いて ヒーェー は、子 ども時代 の さまざまな経験 を、詩 を書 こうとす る大人 の経験 と結 び付 けて い る。 どれ も、文字通 りの意 味 と比喩的意味が あ り、私 たちはそ の両方 を読 まな ければ、 この詩 を十 分 に読 んだ ということにはな らな いだ ろ う。 どの連 にも共通 して いる ものは、井戸 に映 つた (ある いは、映 らなか った

)彼

の姿 で ある。彼 の姿 とは、文字通 りの意味 と比喩 的な意 味 (彼 の個性 、 自我 、実体等

)を

含 んで い る。 このよ うに して 、彼 の姿 が多様性 を持 ち、発展 、成長 して ゆ くさ まが描 かれて いる。 第一連 は、 ヒーニーが子 ども時代 に、彼 の家 の近 くにあった さまざまな丼戸 につ いて 、大づかみ に書 いて い る。 この連 に書かれ た言 葉 は、 どれ も後 の連 に繁が って いる もので ある。そ の後 ヒーニ ーが提示す るのは、具体 的な三種類 の井戸 で ある。 第二 連 は、第 一 の井戸 につ いて書 いて いる。「釣瓶 」 は、第一連 の 「釣瓶」 と同 じで あ り、「水 に 落 ち こんだ 時 の、豊 かな響 きを楽 しんだ」は、第一連 の「暗 闇の 中を落 ちる水」を連 想 させて いる。 この深す ぎ る井戸 は、「水 に映 った影 が見 えなか った」 もので ある。少年 の ヒーニー は、個性 、自我 といえ るものを持 って いないとい う比喩で あろ う。 第二連 には、第二 の井戸 につ いて書 いて いる。この 「水草 」は、第一連 のそれ と同 じで あ り、「柔 らかな水草 か ら長 い根 を抜 くと」 とは、時 と して井戸 を豊 か に し、時 と して井戸 を井戸 らしか らぬ もの に して いる爽雑物である水草 を除去 す る こと、換言すれ ば、彼 の個性 を発見す るあ らゆる努力 をす る とい う比喩であろ う。そ こに映 ったのは、彼 自身の 「白い顔」であ る。「白い」とは、少年 の 日焼 け した 顔 とは ことな る、 ヒーニー に とって見知 らぬ もので 、彼 自身 に とって も奇 異 に思われた もので あろ う。それは彼 自身の真 の個 性 、 自我 ではな い。 第 四連 は、第三 の井戸 につ いて書 いて いる。「澄み切 った/新しい音 楽」、即 ち井戸 の こだ まは、ヒ ーニー によ って 、新 しい詩 に変 え られて いるので あろ う。 この連 にある 「シダ」「ジキタ リス」 は、 第一連 にあ る「カ ビ」「コケ」と同類 に考 え られ る もので ある。ヒーニー は、自己発 見 の努 力 をす る 過程 で、井戸 の底 に映った彼 の顔 を見 るが 、ネ ズ ミが音 をたてて横切 ったため に、そ れ は恐怖 をも た らす もの とな る。自我 を探求す る ことは、彼 自身が予期 しな い ものを発見す る こと ことに もな り、 時 として恐怖 に繁がるものであろ う。 最終連 は、大 人 となった現在 の ヒーニー につ いて書 いて いる。それ まで の、文字 通 りの 自分 自身 の顔 を見 る ことが 、比喩的な意 味で最初 か ら書 かれて いるが 、私たちは、 さらにそ の比喩 を読 み取 る必要が あるだ ろ う。 「今私 は詩 を作 る、

/身

分 自身 を見 るた め に、暗 闇を こだ まさせ るために」 は、大 きな意 味 を持 っ ている。「自分 自身 を見 る」とは、これ まで に書 かれ た、水 に映 った 自分 の姿 を見 る ことを更 に押 し

(16)

494 岡村俊明 イ31き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) 進 めて 、 自分の本 当の姿 、真 の 自分 自身 を知 ろ うとす る ことで ある。 アポ ロの神 殿 に記 された とい われ て い る 「汝 自身を知れ」 とは、古 くて 、現代 にお いて も通用す る新 しい言葉 で あ り、 ヒーニー も自分 自身 を知 る ことを、子 ども時代 か ら一貫 して押 し進 めて 、彼 自身の新 しい神話 を形成 して い る。 「暗 闇をこだまさせるために

Jの

「暗 闇」 とは、無意識 、潜在意識な ど彼 自身 に とって 自分の分か らな い部分 で ある と同時 に、彼 と接す る他 の人 、外 の世界、 あるいはアイル ラン ドの歴史 の暗 闇で あろ う。そ の分か らな い部 分 を、井戸 の 中で こだ まさせ る ことによって、 ヒーニ ー が知 ろ うと努 め る ことで あ ろ う。詩 人が詩 を作 る とは、主 に視覚 と聴覚 をたよ りに、見え る彼 と見 えな い彼 、彼 の 全存在 と自分 を取 り巻 く他 の世界 を知 ろ うとす る ことで ある。 ここにお いて 、彼 の見 え る 自我 と見 えな い 自我 、彼 の内なる世界 と外 なる世界が結 びつ け られて いる。

詩集『暗闇への戸 口』か ら

「私 が知 って いる ことといえば、暗 闇への戸 口である」 鍛 冶屋 私が知っていることといえば、暗闇への戸 口である。 外では、古びた車軸 と錆びた鉄のたが。

内では、ハンマーで打たれる鍍廉の短いピッチの響き、

火花 の、予測で きない扇形 の尾 、 あ るいは新 しい蹄鉄 に、水で焼 きを入れ る時 のジュー とい う音。 鉄 床 は、 どこか部屋 の 中心 にあって しか るべ きもの。 それ は一 角獣 のよ うな角 を持 ち、片方 の端 は四角 とな り、 動 かず にそ こに置かれ る もので あ り、鍛 冶屋が 形 と音楽 のために、身 をす り減 らす祭壇で ある。 彼 は時 々革前掛 けを して、鼻毛 を見せ、 脇 柱 にもたれて顔 を外 にだ し、車が何台 も列 を作 り、 通 り過 ぎて い くところで、蹄 の音 を思 い出す。 それ か らぶつ くさ言 って、バ タ ンと窓 を しめて仕事場 に戻 り、 ふ い ごを動か して 、本物 の鉄 を打 ち延 ばす。 この詩 は、abba/cddc/efB色 クとい う押 韻形式 を持 つ、イ タ リア型変形 ソネ ッ ト(十四行詩)であ る。 第 一 の四行 連 と第二 の四行連 の終 わ り (四行 日と八行 日

)は

、カ ンマ、 ピ リオ ドな どの休止 がな い ため 、文章 の構造お よび意味の点 か らい って、ソネ ッ ト形式 を援用 した短詩 とい う ことがで きよ う。 この詩 の題 で ある鍛 冶屋 は、「滅 び ゆ く職業 の代表者」(Murph沸 21)で あ るが 、ヒー ニ ー はそ の仕 事ぶ りを描 きなが ら、芸術家 、狭 く言 えば、詩 人の比喩 と してそれ を描 いて いる。鍛 冶屋 は 「彼」 と して書 かれ、詩 人 ヒーニー は、「私」 と して書 かれて いるため、鍛 冶屋 は詩 人 自身 で はな くて 、詩

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

4巻

2号

(2003) 人 はそ の外側 に立 ち 、鍛 冶場で 、鍛 冶屋 の仕事ぶ りを見て、想像 を して いる、 とい うことにな って いる。 一行 日の 「私 が知 って いる ことといえば、暗 闇へ の戸 口で ある」 の 「暗 闇」 とは、前詩集 の最後 の詩 「私 のヘ リコー ン」 の 「暗 闇 を こだ まさせ る」 と重 な る ところが あ り、 同時 に この詩 を収録 し て いる詩集『暗 闇へ の戸 口』と同 じ言葉 で ある。 したが って 、「暗 闇」は、ヒー ニー の前詩集 とこの 詩集 を繁 ぐ重 要 な言葉 で あって 、そ の意味か ら言 つて も、 この詩 の第一行 日は大 きい意味 を持 って いる。 で は 「暗 闇」 と 「戸 口」 は、何 を意 味す るのだ ろ うか。詩集 『暗 闇へ の戸 口』 につ いて言 及 して いる、 ヒーニー 自身 の言葉 を引用 してみよ う。 私 が私 の詩 集 を『暗 闇へ の戸 口』 と名づ けた のは、詩 が種 々の感情 に隠 された生命 の入 口も し くは出 口で あ る とい う考 え に意思表示 を したか ったか らです 。言葉 はそれ 自体戸 口で ある。ヤ ヌス神 は、 ある程度 は、言葉 の神 で あ り、語 根や連想 の分枝 を後方 に見や り、意義 と意 味 の説 明 を前方 に見 ます。(■ 52) この言葉 を この詩 に当て はめ る とすれ ば、「種 々の感情 に隠 され た生命」で ある「暗 闇」は、ここ で は、鍛 冶場 の暗 い内側 で あ り、同時 に、芸術 家 の予期 で きな い創造性 、芸術作 品の神秘性 を意味 す るだ ろ う。換 言 す れ ば、「語根や連想 の分枝」を 自由には りめ ぐらせて いる混 沌 とした言葉 の苗床 、 あるいは予期で きな い芸術 の創造性 、神秘性 を育 む場所 と言 って もよいだ ろ う。 詩 人 は、暗 い鍛 冶場 の中で行 われて いる ことを、聞 こえる音 と覗 き見 る ことによって推測 す る し かな い。それ は、「ハ ンマーで打 たれ る鉄床 の短 い ピッチ の響 き、/火花 の、予 測 で きな い扇形 の尾 、 /あるいは新 しい貯鉄 に、水で焼 きを入れ る時 のジ ュー とい う音 」で ある。それ らは独 自な言 葉 によ つて表 現 されて い るのが特色で ある。低音部 (`low‐pitChedつ や 調子 の高 い(`high‐pitched')は 普 通 に使われ る言葉 だが 、「短 い ピッチ の響 き」ぐshort‐pitched ing')は 、 ヒーニ ー独 自の言葉 で ある。 また制作 され る、神 秘 的 な芸術作 品 を、「予測 で きな い扇形 の尾 」(`The unpredictable fantail of

sparksつ と表現 して いる。飛び散 る火紅 を 「クジ ャクな どの扇 形 の尾

Jと

喩 えて い る表 現 は独 自で あ り、面 白い。 彼 が作 って い るの は、馬 のため の蹄鉄 で あ る。現 代 の世 界 は 、「車 が何 台 も列 をつ くる」車 社 会 で あるの に、鍛 冶屋 は、何 千年 も続 いた仕事 に専念 して いる。そ のため、彼が使 つて いる鉄床 は、伝 説上 の動物 ユ ニ コー ン (額に一 本 のね じれ角・カモ シカの尻 ・ ライ オ ンの尾 をもつ馬 に似 た動 物) の角 をもって いる (角の形 を して いる)。 したが って彼が作 って いる腑鉄 は、馬 に似 たユニ コー ンの 蹄鉄 を も連 想 させ るだ ろ う。それ だ と、芸術作 品 の、永 遠 性 と神 秘 性 が 、よ り明 らか にな るだ ろ う。 それ ばか りで な く、彼 は、キ リス ト教成立以前 の時代 にあって 、古代 の祭 司 さなが ら、「形 と音楽 の ため に、身 をす り減 らす

J祭

壇 と して 、それ を用 いて いる。この現代 の祭 司は、「革 の前掛 けを して 、 鼻毛 を見せ 」 とい う、一見平 凡 な男 のよ うで もあ る。 このよ うに、鍛 冶屋 の 日常性 と非 日常性 の同 居 は面 白い。また 、彼 は、鍛 冶場 の外 にある、「古 び た車 軸 と錆 び た鉄 の たが 」 を、修繕 す る役 割 も 担 って いる。彼 は、 このよ うに、芸術作 品 の制作 と、古 い作 品 の改訂 を して いる。 「滅び行 く職 業 の代表者」として の鍛 冶屋 につ いて のマー フィの言及 を更 に引用 して みよ う。「し か し、彼 は、 この詩 にお いて は、普 通 の、周辺 的な、時代遅 れ の人 と して提示 され て いるが 、彼 の 鉄床が鍛 冶場 の 中心 に置かれて いる と同 じよ うに、鍛 冶屋 もまた 中心 に置 か れている

J(Murph滉

21)。 この言葉 を念頭 にお きなが ら最後 の二行 に注 目 してみ よ う。「それか らぶつ くさ言 って、バ タ ンと

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岡村俊明 イ引き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) 窓 を しめ 、仕事 場 に もど り、

/ふ

い ごを動 か して 、本物 の鉄 を打 ち延 ばす 」。彼 は、一過性 の (「通 り過 ぎて い く

J)現

代 の効率 的 、通俗 的社会 に不満 をもち、結局 は、一人で仕 事 場 に閉 じこも り、永 遠 に生 き残 る (「動 かず に」

)ユ

ニ コー ンの貯鉄 にも比すべ き作 品 を作 る ことにな るだ ろう。そ の と きは、芸術家 は、マー フィが言 って いるよ うに、世界の中心 に置かれ るもの とな るだろ う。 夜 の ドラ イ ブ 日常性 の臭 いは、 フ ランスを通 る夜 の ドライ ブで は、新鮮 になった。 大 気 中の雨 と、干 し草 と森 の匂 いは、 オー プ ンカー に温か い空気 の流れ を作 った。 交 通標識 は、容赦な く白 くな った。 モ ン トルーユ、 アブヴィル 、ポ ヴェは、 約束 され 、 また約束 され 、や って来て 、過 ぎて いつた。 それぞ れ の場所 は、そ の名前 の成就 を認 めて いた。 夜遅 く、呻 きなが ら進 んで いるコ ンバイ ンは、 そ の作業灯 を横切 る種子 を、血 のよ うに流 した。 森 の火 は煙 った まま燃 え尽 きた。 一 つひ とつ 、小 さなカ フェは閉 じられた。 私 は、絶 えず あなた の ことを考 えて いた一 暗 くな った天球 で、イタ リアが フランス に、 そ の腰 を寄せて いた、千 マイル離れた南 にあって。 あなた の 日常性 は、そ こでは新鮮な もの となった。 この詩 は、車 を運転 して いる ヒーニーの視点か ら書 かれ た もので ある。「私 は、絶 えず あなた の こ とを考 えて いた」 の 「あなた」 とは、ベル フ ァス トにいた彼 の妻 マ リー と考 えて よか ろ う。 したが って この詩 は、詩 人 の妻 に寄せ た愛 の詩 とい うことにな る。しか し普通 の意味で の愛 の詩で はな い。 夜 の 中を疾 走す る車 とい う狭 い空 間 に一人身 をお くことは、孤 独 を体験す る ことで あ り、そ の極 限 は死 の連想 で ある。 同時 に、そ のよ うな時 間 に移動す る ことは、愛す る人 に近 づ くことで あ り、そ の極 限は性 の連想 で ある。 これ らの連想 の 「性」 が特 に第二 連 に、「死」 が第二 連 に書かれ て いる。 この詩 は、イ タ リア に滞在 して いた ヒーニーが 、 フ ランス を通 り、カ レー か ら ドー ヴ ァを経 由 し て 、約一〇 〇〇マイル離れ た北 アイル ラン ドの妻 の もとへ帰 ろ うと して いた とき に作 られ た ので あ ろ う。カ レーヘ の道 筋 は、パ リの東 に位置す るモ ン トルーユか らボ ヴェ、 ア ブヴィルであるはず だ が、 この詩 で は 「モ ン トルーユ 、アブヴ ィル 、ボ ヴェ」(`MOntreuil,Abbё ville,Bcauvais')と 書 かれ て い る。人 口約 一 〇万人 のパ リの郊外都市 モ ン トルーユが まず提示 され、そ の あ とは、人 口半分以

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鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第

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2号

(2003) 下 の、 あま り知 られて いな い町 は、 アル フ ァベ ッ ト順 に並べ られて いる。 夜 、車 を運転 して いる と、ドライバー の 目にはいる ものの一つ は、車 の ライ トに照 らされた交通 標識 である (「白 くな った」)。 そ の際 、それぞれ の場所 は、その標識 によ って 、到着 す る ことが約束 され 、そ こに着 き、そ こか ら去 る とい う三 段階 の ドライ ブを意味 し、約束通 りの ドライ ブであるこ とを、「成就」とい う。 しか し、ここに示 され た二 つ の交通標識 と実際の場所 は、それぞれ の交通標 識 と場所 で ある と同時 に、性的含 意 も持 って いる。そ の観点か ら見 る と、モ ン トル ーユ、 ア ブヴィ ル、ボ ヴェは、地 名で ある と同時 に、三 人 のフランス女性 を意味す るのではなかろ うか。そ のため に、性 的オル ガズム に達す る意 を持 つ 「や って来 て」('co meつ が使われてお り、オル ガ ズム の前後 は 「約束 され た」(ゎ

rOmise')と

「過 ぎて い く」 (`go')と いう言葉で ある。 また三段階 の性的欲望 を十 分 に満足す る ことは 「成就 」 ぐflllalmentっ ともな る。車 を運転 して いる詩 人 は、三 つの場所 を 経 由 し、二 人 の女性 と交渉 を持 ちなが ら、ドライ ブ と性的感情 の三 つ の段階 を経験 しつつ、究極 の 目標で ある妻 の いるベル ファス トヘ と近づ いて い く。 最 終連 の「暗 くな った天球で 、イ タ リアが フランス に、

/そ

の腰 を寄せ て いた」は、地形 まで も、 性 的 に読み込 まれた例で あろ う。これ につ いて、「大地 自身が、ヒー三― の性的欲望 を共有 している」

(Andrews,45)と

の コメン トが参考 にな るだ ろ う。 夜 の ドライ ブは性 ばか りでな く、死 も連想 させ るが 、それ らは、 夜遅 く、呻 きなが ら進 んで いるコ ンバイ ンは、 そ の作業灯 を横切 る種子 を、血 のよ うに流 した。 森 の火 は煙 った まま燃 え尽 きた。 一 つ一つ、小 さなカ フェは閉 じられ た。 と、書 かれて いる。死 を意味す る言葉 は、「口申きな が らJ tgrOanう 、「血 のよ うに流 した」(`bled')、 「煙 った まま燃え尽 きたJ(`smO11ldered Outり 、「(カフェは)閉じ られ た」(`shllt')と 表 現 され て いる。 特 に面 白い表現 は、「種子 を血 のよ うに流 した」(`bled seeds')で あ ろ う。「種子 」 とは精 液 を も意 味 す るか ら、それ は性 と死 の結 合例 で ある。その観点 で、前 の連の第一行 、「交 通標識 は、容赦な く白 くな った

Jを

見れ ば、「白 くな ったJ twhitened')は 、死 の恐怖 のため、蒼 白にな る、 とい う含意 も ある ことになる。 ここで も性 と死 の結 合がある。 このよ うに性 と死 で満 ちた夜 の ドライ ブで は、 日常性が変容 して くる。「日常性」 という言葉 は、 第一連 と最終連 に使 われて いるが 、そ の使 われ方が面 白い。雨や干 し草や森 は、一定 の場所 では注 意 を引 くものではなか ったが、場所 の移 動 によって 、 日常性 を失 い新鮮な もの とな って蘇 る。それ と同 じよ うに、 日常的 に詩 人の傍 らにいた彼 の妻 は、別離の後 の再会 を予期 した、詩人 による移動 によって、 日常的な存在 、新鮮 さを失 いか けた存在か ら、魅 力的な女性へ と変化 して くる。 このよ うに、「夜 の ドライ ブ」 は、 自然 と人間 にお ける 日常性 の変容 によって生 まれ た愛 の詩である。

海岸線

循を曲がり、ダウンサ

Nの 丘 を越 えると、生 け垣 の裏手へ 、 斜 め にに じり寄 り、迫 って くる

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1 498 │ │ │ │ 岡村俊明:「引き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1) 海が見 え る。そ うでな けれ ば、 水 た ま りのあ る、死 んだ魚 のよ うな 目を した 、 灰色 のなぎさが見 える。 思 いが けな い形状 の、潮流 で作 られ た ク レー ター は、 麦畑 と牧草地 に押 し寄せて きて いる。 ア ン トリムの まわ りは どこも、 またそ こか ら、 西 の方三 百マイル の彼方 、モハ のあた りも、 玄武岩 は敵襲 に備 えて待機 して いる。 大洋 も海峡 もともに、 アイル ラン ドの黒 い巻 き毛 に向か って 泡立 って いる。だが ウイ ックロウや メイ コーか ら離れた岸辺 の波 は、 シー ンと静か に 服従 して いる。 いつ で も見よ。潮 は、 どの野原 のふ もとにも、 どの崖 、砂利浜 にまで も、 打 ち寄 せ て きて いる。 聞き耳 を立 て よ。それ は、 帆 に黒鷹 の旗 を結びつ けたデー ン人 、 あ るいは、甲冑を身にまとった ノル マ ン人、 ある いは波 を高 く飛び越 えて、

砂浜へやつて来た紺鶴 だろうか。

ス トラングフォー ド、アー クロウ、キ ャ リックファーガス、 ベル マ レッ トとベ ン トリー は、 衛兵 のよ うに、忘れ られ 、留 まって いる。 この詩 の題 の 「海岸線」 とは、海 と陸 の接点で あ り、波が絶 えず押 し寄せ て くる ところで あ り、 太古か ら現在 まで、そ の動 きは続 いて いる ことを意味 して いる。 しか しアイル ラ ン ドにあって は、 それ以上 の意 味 を持 って いる。それ は、敵が アイル ラ ン ドの内陸部 に侵 入す る際 の上陸点 で あ り、 アイル ラ ン ドを支配 す る要塞 ともな る と ころで あ る。過去 にあ って 、ヴ ァイキ ン グ(デー ン人)、 ノ ル マ ン人、イ ング ラン ド人、ス コ ッ トラ ン ド人が攻 め寄せ て きたが 、ある意 味で は、外 の世界 の侵 略 は現在 で も続 いて いる。 アイル ラン ドの歴史 とは、海岸線 に上陸 し、侵 入 して きた敵 に敗 れた歴 史で もあ る。 この詩 の題 の 「海岸 線 」 は、`ShOreline'と して示 されて いるが 、 この詩 には、海岸線

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