「長年 にわたる略奪 の中で、
北紅光 を期 待 せ よ」
葬 儀
私 は、 ある種 の男達 を担 いで いた、
堂 に入 り、死 んだ祝族たちの、
棺桶 を持 ち上 げなが ら。
彼 らは、汚染 された部屋 に、
並べ られて いた。
彼らの積は輝き、
パ ン生 地 の よ うに 白い手 には 、
岡村俊明 i門│き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)
ロザリオの数鞣がかけられていた。
その膨らん
│だ指関節の敏は、
消│えてお り、爪は 黒ずんで、手首 は従順 に 傾斜 していた。
ダルスのように茶色の発二 かたびら、
キルティングをした結学の寝棺、
私 はそのすべて を賞賛 しなが ら、
うや うや しく脆 いた。
その時、蝋燭のろうはとけ、
蝋燭を伝わつて流れた。
その光は、私の背後で、
ため らって女達の方へ、
揺 らいでいた。
そ して常 に隅には、
棺桶の蓋があ り、
そのくぎの頭は、
小 さく光 る十字架で飾 られていた。
石鹸石の仮面 をした愛 しい人々、
そのイグルーのような額 に、
キスをすることで、十分であつたはずだ!
やがて釘が打 ち込まれ、
それぞれの葬儀 の、
黒 い氷河が、
押 し流されていった。
今隣人同士の、
殺害の知 らせが届 く度 に、
私たちは、葬儀 を、
従来通 りの リズムを、
ブライン ドを下 ろし│た一軒一軒の家を、
鳥取大学教育地域科学部紀要
教育・人文科学
第
4巻
第2号 (2003) 519
曲が りなが ら通 り過ぎていく、
行列の穏やかな足取 りを、切望する。
私 は
,ボ
イ ンの大 きな墓室を、復元 したいものだ、
またコップ型 に凹んだ石の下 に、
墓 を準備 したいものだ。
横丁や脇道か ら、
ゴロゴロというエ ンジン音の、家族用の大型車は、
どの鼻先 も埋葬塚 に向け、
国全体は、弱め られた太鼓の響きに似た、
一万のエンジン音に、
調子 を合わせて いる。
後 に残 された、
夢 遊病者 にも似 た女性達 は、
誰 もいな くな った台所で、歩 いて いる、
埋 葬塚 に向か う、
私たちのゆっくりした、勝禾Jの行進 を想像 しなが ら。
草の繁 った広 い道 を、
蛇のように静かに進みなが ら、
行列の尾が、北の渓谷を 離れたときに、
その頭は、巨石時代の遺構の戸 口に、
既に入っていた。
墓の入 り口が、
石で蓋がされると、
私たちは車で、ス トラングとカー リングの フイコル ドを通 り過 ぎ、再び北へ向か うだろう。
記憶の食い戻 しは、
一度だけ宥められ、楷
1慰の
仲裁は思いや りを持 ってなされ、
岡村俊明 イ引き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)
私 た ちは想像す る、丘 の下 の人々を一
非業 の死 を遂 げたが 、 復讐 されな いままで、
埋 葬塚 の中に、
美 しく横たわ って いる、
グ ンナル のよ うな人 々を。
人 々が言 うには、彼 は
そ の時 、名誉 につ いて の詩 を朗唱 していた 、 そ の墓室 の四隅 には、
四本 の蝋燭 の火が燃 えて いた。
そ の墓室が 開かれ る と、彼 は振 り返 り、
喜 ば しい顔 を して、
月 を見た。
この詩 は、三 つ のセ ク シ ョンか ら成 っている。第一セ ク シ ョンでは、葬儀 の長 い列が 、死者 の家 か ら出るまでが書 かれて いる。 ヒーニーが、亡 くな った親族 の棺 桶 を担 ぐ前 に、彼 らの瞼、手 、指 関節 、爪 、手首 、経 帷子 、寝棺 と、詳細 にわた って描 いて いるのは、親 族 と知 人が,いを こめて 、彼 らの死 を悼 んで いるためで ある。それ は親 しい人 を亡 くし、悲 しみ 、そ の悲 しむ心 を宥 め、再び彼 らの 日常生活 に帰 るため の儀式 で ある。彼 らがそ のよ うに悲 しむ ことによ って 、死者 も安 らか に眠 る ことがで きる (「手首 は従順 に
/傾
斜 して いた」)。 そ のよ うに して、このセ ク ションは次 のよ うに 終 わ って いる。そ のイ グルー のよ うな額 に、
キス をす る ことで、十 分で あったはずだ。
やがて釘が打 ち込 まれ 、 それぞれ の葬儀 の、
黒 い氷河 が 、
押 し流 されて いった。
彼 らが死 者 を埋 葬塚へ送 り出す前 にキスをす る ことは、死者 を悼 む人 々の あ る種 の満足感 を意味 して いるはずだ。 しか しヒー ニー は、 このよ うな葬儀 に十分満足 して いたわ けで はな い。絶 えず こ の種 の死が繰 り返 され る。 これ を無 くす には、 どうした らよいのか を彼 は考 えて いた。なぜな らこ れ は、 ロザ リオの数珠や 、十 宇架 で飾 られた釘 の頭が打 ち付 け られて い る、亡 くな ったカ トリック 教 徒は、プ ロテス タ ン トとの聞 いで殺 された犠牲者 で あ り、 しか もロザ リオ の数珠 は、「(手かせ の よ うに
)か
け られて いた」(̀shackled')と い うことにな ると、カ トリック教 徒 と して の葬儀 も、宗教 による人間 の隷属 状態 、 いわ ばセ ク ト間の聞 いの犠牲者 のための もので あって 、それ を越 えた葬儀 にはな って いな いか らで ある。 では どうい う葬儀 が可能か とい うと、それ は 「北」 のイ メー ジによ鳥取大学教育地域科学部紀要
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第2号
(2003)って示 され るもので あろ う。それ は、北 アイル ラ ン ドの新 旧キ リス ト教徒 の憎悪 によ る闘 いで はな く、キ リス ト教成立以前 の、両教徒 にとって共 通 の基 盤 を持 つ北欧等 の 「北」 の葬儀 で あ る。そ の ため に、「イ グルー」(氷や 雪 の固 ま りで作 った 、エスキモー人 の丸屋根
)や
「氷河 」(「北 」 の葬儀 の長 い列)と
い う、和解 を暗示す る 「北 」 のイ メー ジが使 われ て いる。 この 「北」 は、第ニ セ クシ ョンにお いて、はっき り示 され る。また 「私 は、 ある種 の男達 を担 いで いた」(̀I shouldered a kind of manhoodつ とは、「男達 」 とい う言葉 のな か に、人 間性 という含意 もあ り、そ れ も和解 を暗示 す るだ ろう。なお、 こ こで は第ニ セ ク シ ョン と同 じよ うに、男 と女 の仕事 と精神状態 が分 け られて いる ことが面 白い。男 達 は棺 桶 を担 ぎ、「そ の光 は、私 の背後 で、/ため らって い る女達 の方へ 、/揺らいで いた」 とあるよ うに、女性達 は死者 を悼 み、蝋燭 の光 のよ うに、ため らい、揺 れて いる。そ の心 も癒 されな けれ ば、真 の葬儀 と はな らな い。
第ニ セ ク シ ョンで は、葬儀 の列が死者 の家 か ら埋 葬塚 に着 くまで の間 にヒーニー に感 じ られ た、
現在 の アイ ル ラン ドの犠 牲者 に対す る悲 しみ と、彼 らを懇 ろに悼 むための葬儀 に対 す る願 望 が書 か れて い る。
「隣人 同士 の殺害」(̀neighbourly murdeゴ)とは、隣 同士 に住 んで いる、カ トリック教 徒 とプ ロテ ス タ ン ト同士 の殺 し合 いの ことであ り、そ れ を 「友好 的な殺 害」 と解 すれ ば、それ は、 ヒー ニー に 特色 的 な★オ キ シモ ロン (矛盾撞 着語
)と
な るで あろ う。そ の殺 害 は、心 的 に複雑 な もの を秘 めた も ので あ り、 同時 にそれ は、将来へ の和解 を暗示 す る言 葉 とな る。現在 のアイル ラン ドの犠 牲者 に対 して は、第 一セ クシ ョンで述べ られ た、 ヒーニー の子 ども時代 のよ うに、死者 を懇 ろ に弔 うことに はな って いな い。そ の儀式 のお ざな りな ことこそ 、時代 の変化 、事態 の切迫 さに対 す る人 々 の心 の 荒 み に対応 して いる。私 たちが適切 な儀 式 を行 う ことは、カ トリック教徒お よび プ ロテス タ ン ト両 方 の祈願 で あろう。なお 、ここに書 かれて いる「私 た ちは」につ いて コー コランは、「この詩 は、「私 た ち」、「私 たちの」 とい う語が 、北 アイル ラン ドのカ トリック教徒 の社会 よ りもっ と大 き い社会 を 定義 して い る、 ヒー エー の作 品にお ける主 な例 で ある」(COrcOran,110)と
述 べ て い る。 こ うい う 意 味の 「私 たち」が使 われているのは、興 味深 い といえよ う。で は、 どのよ うな葬儀 が可能な のだ ろ うか。それ は、「私 は、ボイ ンの大 きな墓室 を、/復元 した い ものだ」 に示 されて いる。ボイ ン渓谷 とは、一六九 〇年 、 アイル ラン ドにお けるスチ ュアー ト朝 勢 力が根絶 され 、 プ ロテ スタン トの優位が確立 され た場所 で あ り、同時 に、先史時代 のケル ト人 の 墓室 が ある場所 で ある。即 ち、そ こは、新 旧キ リス ト教徒 の対 立 の元 を作 った場所 で あ り、 また 、 対 立 が なか った場所 の比喩である。それ は、矛盾撞着 語 として の意 味 を持 っているが 、両 セ ク トの 和解 を祈願 す る ヒー ニー は、両者 の対立 のなか った時代 に、重 きを置 きた いと考 えて いるので あろ
う。
そ こか ら更 に和解 の トー ンは続 く。「ゴ ロンゴ ロン というエ ンジ ン音 の、家族用大型 車 は、
/ど
の 鼻先 も埋 葬 塚 に向 け」(̀purring family cars/nose into hne')に お ける 「ゴ ロンゴ ロン」 とは 、猫 が 満足 して喉 を鳴 らす ことで あ り、どの鼻先 も埋 葬塚 に「向 け (て)」 とは、対立 した意 見が 一 つ にな る ことで あ る。「弱 め られた太鼓 の響 きに似 た、/一
万 のエ ンジ ン音 」とは、消音器 で弱 め られ た車 のエ ンジ ン音 の ことで あるが、同時 に、それ は、戦場 を思わせ る太鼓 の響 きが弱め られて 、「国全体 が調子 を合 わせ る」和解 ということにな るで あろ う。私 たちが埋 葬塚へ 向か うことが 、「勝利 の行進」ttriumphつ で ある とは、そ の トー ンを更 に強 めた もので あろ う。 しか し葬儀 の列 は、「蛇」のよ うに
岡村俊明 イ31き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)
悪 意 にみ ちて、「北 の渓谷」(北アイル ラ ン ドラウス州 のカー リンフォー ド渓谷
)か
ら 「巨石 時代 の 遺 構」(アイル ラン ド共和 国 ミー ス州 ボイ ン渓谷近辺 のニ ュー グ レンジ)へ
と、延 々 と続 いて いる。アイル ラン ドの歴史 は、延 々 と続 く暴 力の歴史 で ある。 このサイ クル を打 ち破 る ものは、 キ リス ト 教 を越 えた ものでな けれ ばな らな い。
第 ニ セ ク シ ョンで は、墓 の入 り口を石 でふ さぎ、ヒーニ ー は車 で 北 へ 向か いな が ら、「ポ イ ンの墓 室」が意味す るものよ り理想 的な葬儀 、即 ち、殺 害 と復讐 とい う悪 の連鎖 を断ち切 って 、「復讐 され な い ま まで」埋葬 された、北欧 の神話 に描 かれた英雄 グ ンナル の死 に込 め られた和解 を意 味す る葬 儀 を考 えて いる。
私 た ちは、ス トラング とカー リングの
フィコル ドを通 り過 ぎ、再 び北へ 向か うだろ う。
こ こに出て くるス トラングとカー リングは、 ともに、ス トラングフ ォー ドとカー リングフ ォー ドと い う、 ヴ ァイキ ングによ って名付 け られ たアイル ラン ドの地 名で あるが、 ヒーニー は、英 語 の語尾 の「フ ォー ド」(生fOrd')を削 除 し、そ れ に変 えて 、直接 ヴ ァイ キ ング と関係 づ けるデ ンマー ク語 の「フ ィ ヨル ド」(̀芍Ordつ (高い断崖 の間 に、深 く入 り込 んだ狭 い湾
)を
つ けて、両セ ク トを含 めた 「私 た ち」 は、和解 を祈願す るため に、「北J(目
標点 は、そ れ によ って意 味 され る ヴ ァイ キ ング の 国)ヘ
向か う。 そ こは、英雄 グ ンナル が眠 って いる と ころで あ る。そ の墓 室 にお ける蝋 燭 は 、第 一 セ ク シ ョン とは違 い、揺 らくSことな く燃 えて いる。
そ の墓室が開かれ ると、彼 は振 り返 り、
喜 ば しい顔 を して 、 月 を見 た。
この 「月」 とは、 ヒーニー による 「西へ行 く」 に出て きたキ リス トの復活 を意味す る月で あ り、 こ こで は、 グンナルの復活が連想 されて いる。