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五   詩集『野外調査』か ら

「それ はお前 たちが通 り過 ぎる とき、動 かず に立 って いる、

震 えなが ら立 って いる、あの見 えな い倒 されな いオムパ ロスは」

牡 蠣

私 た ちの牡蠣 の殻 は、皿 の上で カタカタ と鳴 つた。

私 の舌 は満 ちて くる河 口で あった。

私 の 口蓋 には、星 明か りが下 げ られて いた一 私 が塩辛 いプ レイ アデ ィズ星団 を味わった とき、

オ リオ ン座がそ の足 を海 中 に浸 した。

生 きた ま ま凌辱 され 、

氷 の床 の上 に横 た え られて いた、

二枚 貝。その引き裂 かれた球状部 と、

海 の愛撫 の吐息。

何 百万 とい う牡蠣 は、開け られ皮 をむかれ捨 て られて いた。

私 た ちは車 に乗 り、花 と花 開岩 の 町 を通 り、そ の海岸 に来 た。

そ こで私 たちは、友情 のため に乾杯 しなが ら、

ひ んや りした草葺 き屋根 と瀬戸物 の中に、

申 し分のない記憶 を蓄 えた。

アル プス を越 え、千 し草 と雪 の中に深 々と詰 め込 まれ た 牡 蠣 を、 ロー マ人 は南 の ロー マ に運 んだ。

私 は湿 った荷 籠が 、葉 のよ うな縁 を した、

塩 水 の香 りのす る、過剰 の特権 を、

吐 き出す のを見た、

そ して怒 った、海 の方か ら寄せて くる、

詩や 自由のよ うな、澄み切 った光 を、

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岡村俊明 イ引き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)

私 が信 頼 で きな い ことを。私 はその 日を、

慎重 に味 わ った 、そ の味が 、

動詞 、純 粋 な動詞 へ と、私 の全 て に生気 を与 え る と、期待 して。

この詩 は、各連五行か らな る五 つ の連か ら成 って いる。

第一連 。視覚 、聴覚 、味覚 が渾 然一体 となった表現 が多 い。第一行 は、視覚 と聴覚 、第二 行 は味 覚 と視覚が融 合 した表現 で ある。牡 蠣 はふ つ くらと して、そ の味は、塩 水 に、少 し淡水が混 じって いる (「私 の舌 は満 ちて くる河 口で あ つた」)。 そ の後 、

私 の 口蓋 には、星 明か りが下 げ られ て いた―

となる。 これ は シュール レア リズム を思わせ る表現 で ある。 しか し私 たちは、なぜ このよ うな表現 になって いるのか― 詩 人が飲 み込 む前 の、 日蓋 にある牡蠣 は、なぜ星 明か りに結びつ け られ るのか

― を考 え る必 要 が あるだ ろ う。

「牡蠣」 は、詩集『野外観察』 の最初 に置かれて いる詩 で あるが、そ の前 の詩集『北』 の最後 の 詩 は「燐光 」(̀Exposureつ で あ る。 この よ うに時 間的 に近 い関係 にあ る両 詩 集 の、最 初 と最 後 の詩 の 中に、詩 人 は 、あ る共通 のイ メー ジ を作 つた よ うで あ る。「燐光 」に「水 星 の脈打つバ ラ」tThe comet's pulsing rose')とい うシュール レア リズム的表現 が ある。それ は、詩 人の視 界か ら消えた水星 は、地 上 に咲 いて いるバ ラのなか に脈 打 って いる ことを意味す るが 、 このよ うに地 上 のバ ラと天 上 の星が 結びつ け られ て い る。そ れ と同 じよ うに、そ の共通す るイ メー ジと して、詩 人が食べよ う と して い る牡蠣 は、星 明か りに結びつ け られ て いる、 と言 いって よか ろ う。他 の理 由は、星 明 りが次 行 のプ レイアデ ィス星 団に結びつ け られて いるか らであろ う。

第 四行 と五 行 も難解 で あるが 、先 ず 、 プ レイ アデ ィズ星 団 とオ リオ ン座 につ いて の説 明が 必要 で あろ う。前者 は、ギ リシャ神話 の、 ア トラスの七人 の娘で 、ゼ ウス神 によ って、星 に変 え られ 、プ レイアデ ィズ星 団 とな った もので あ り、後者 は、同 じく、ギ リシャ神話 にお ける巨漢 で、美男 の猟 師オ リオ ンの ことで あるが 、そ れ が プ レイ アデ ィ ズを追 って 、アル テ ミス に殺 され 、天 に上 げ られ 、 南天 のオ リオ ン座 とな った もので あ る。 したが って 、「私 が塩 辛 いプ レイ アデ ィズ星 団 を味 わ った」

とは、女性 に喩 え られた多 くの牡蠣 を、 ヒーニーが味わ った とい う意 味で あろ う。そ の牡 蠣 は、地 上で は、女性 で あった とい う ことが 、第二連 にな る と意 味 を持 ち、「凌辱」のイ メー ジに繁が る。 ヒ ーニー は夕暮 れ時 、南天 の星座 を見 て 、神話 を思 い出 しなが ら牡蠣 を食べて い る。 ゆった りと した 時間が流れ て行 くが、そ の間 にオ リオ ン座 星雲 の足 に相 当す る部分 (リゲ ル)が海 中 に没 して くる。

この連では 、 ヒー ニー とそ の友 人が牡蠣 を食べ るが、 ヒー ニー の感覚 的な喜 びが、 このよ うに、独 特な表現 で描 かれ て いる。

第二 連 。明 る さ、友情 、光 、拡 が りを特色 とす る第一連 と違 って 、 この連 は、冷 た さ、罪悪感 を 特色 とす る。詩 人 は、牡蠣 を味わ ったが、それ は、女性 に対 す る、一種 の凌辱 にも等 しい行 為で は なか ろ うか とい う思 い、罪悪感 に襲 われ る。牡蠣 は、女性 の性 器 に形態 的 に似てお り(「引 き裂 か れ た球状部」)、 そ う考 える と、牡蠣 を凌辱 したのは、詩 人 ばか りでな く、海 とい う男性で もあ る こと になる。そ の時 に使 われ た 「(海 の

)愛

撫 の (吐息)」 (̀philanderingう とい う表 現 は独 自で あ る。詩 人がそ のよ うに眺めて いる と、

何百万 とい う牡蠣 は、開け られ皮 をむかれ捨 て られて いた。

とい う光景が 、詩 人の眼前 に展 開 して いた。

鳥取大学教育地域科学部紀要

 

教育 。人文科学

 

4巻  

2号 (2003)     541

第二 連。詩人 は、友 人 と ドライ ブを しなが ら、花 と花 蘭岩 の町 を通 り、海 岸 線 にや って きた。そ こで、涼 しい藁屋 根 の小屋 に入 り、皿 に牡蠣 を盛 り、 ワイ ンで祝杯 をあげなが ら、それ を食 べ た。

幸福な時間 と友情 と食事 に感謝 した い気持 ちが溢 れて いる。しか し、彼 は突 然 、牡蠣 は美食 ゆえ に、

どんな歴史 を辿 ったか を考 え始 め る (第四連)。 か って、ヨー ロッパ を席巻 した ロー マ人 は、植 民地 で賞味 して いた牡 蠣 を、 アル プス を越 えて 、故 国 ロー マ にも持 ち帰 った。牡 蠣 は、 ローマ帝 国主義 が独 占 した美味の シンボル と して の役割 を果 た して きた。ヒーニーは、「湿 つた荷籠」が「葉 のよ う な唇 を した 、

/塩

水 の香 りのす る、過 剰 の特権 を」を吐き出す のを見た。「葉 のよ うな唇 を した」と は、葉 のよ うなギザ ギザ の縁 を した牡lTHの ことで あ り、同時 にそれ は、 ロー マ人が 、ア フ リカか ら 連れて きた黒 人奴隷 を連想 させ る(Curtis,104)。 「過剰 の特権」 とは、帝 国主 義 の ロー マ人が 、権 力 を行使 して 、食車 に供 した牡蠣 の ことで あ る。 この連 は、 ローマ人の、牡蠣 の運搬現 場 に、 ヒーニ ーが立 ち会 って いる とい う印象 を与 える。「彼 は[ヒーニー は]ローマ につ いて思 い出 して いるが 、イ ングラン ドにつ いて も考 えて いる」(Hart,121)。 そ うすれ ば、ヒーニー は、加 害者 とい う立場 か ら、

被害者 とい う立場 にな る。

一つ のセ ンテ ンスが 、第 四連か ら最終連 に続 いて、「そ して怒 った」とな って 、牡蠣 につ いて の彼 の怒 りを、詩観へ と転 じなが ら、彼 の中で 自問 自答 して いる。怒 りの理 由は何 な のか 、 と彼 は間 う て いる。詩 人が書 くべ き もの は、「海 の方 か ら寄せて くる

詩 や 自由の よ うな 、澄み切 った光 」で はな いのか。 ロー マ人 とイ ギ リス人 による 「過 剰 の特権」 に対す る怒 りか ら、本来 の詩 を書 くこと がで きな い ことに対す る、彼 自身 に対す る怒 りで はな いのか。では詩人 は ど うすれ ばよいのだ ろ う か。そ こで彼 は、答 えを見つ ける。

私 はそ の 日を、

慎重 に味わ った、そ の味が 、

動詞 、純粋な動詞へ と、私 の全 て に生気 を与 える と、期待 して。

彼 は、 日常 生活 (「そ の 日」

)の

なか にあって、「慎重 に

J言

葉 を選び、詩 を書 き、そ のよ うに して初 めて 、彼 の全 身、全霊 を捧 げて 、名詞 に代表 され る、 ローマ帝国 とか 、イ ギ リス に代表 され る、所 有 とか 、領土 で はな くて 、そ こか ら解放す る 「動詞」へ の期待 を こめる ことにな る。

この詩 は、彼 の全身全霊 に生気 を与 え、苦 しいアイル ラン ドの状況か ら出発 して 、それ を越 えた 詩 を書 きた い彼 の祈念の詩 で あろ う。

ト ゥー ム 街 道

ある朝早 く私 は、強 力なタイヤで囀 るよ うな 音 をたてて いる、警護 の装 甲車 に出会 った。

どの車 も、折 ったハ ンノキ の枝 で擬装 し、

ヘ ッ ドホー ンをつ けた兵士 は、砲塔 に立 って いた。

彼 らは私 の道 を、 自分 の もののよ うに して、 どの くらい前か ら、

ここにや って来て いた のだ ろ うか。国全体 は眠 っていたよ うだ。

私 の権利 と して保持 して いた ものは、通行権 、畑 、牛 、

開けはなった納屋にある、錬付きトラクター、

岡村俊明 :円│き裂かれた文化」の詩人一ヒーニーを読む (1)

サイ ロ、冷た い門、濡れた屋根 瓦 、納屋 の屋根 の 緑 と赤 色。多 くの人た ちの裏 口には、

掛 けがね をか けて いるが 、私 は誰 に走 り寄 り、言 えばいいのだ ろ うか 、 来 る と思 いなが らも、遠 ざ けて お きた い、

悪 いニ ュース の伝達者 、あ の真 夜 中の訪 間客 がや って くれ ば。

種子 をま く人 よ、墓 石 を立 て る人 よ…

お前 たち眠 って いる大砲 の上 の、おお、磯り

軍 夏 ょ。

それ は、お前 たちが通 り過 ぎる とき、動 かず に立 って いる、

震 えなが ら立 って いる、あの見 えな い倒 され な いオムパ ロス は。

ヒー ニー の詩集『冬 を生 き抜 く』に、「 トゥー ム」とい う詩 が ある。そ の詩 で、「私 は 口を丸 めて、

/柔

らかな破 裂音 を出 し続 ける、

/ト

ゥー ム 、 トウー ム」と書 かれ て いる。 このよ うに 「 トゥー ム」

は、独特な音 の連想 にお いて書 かれ たが 、 この詩 にお いて も、最後 の行 の 「オムパ ロス」 が 、同 じ 特 色 を持 って いる。 この詩 の題 「 トゥー ム街道 」 とは、

 

トゥー ム に通 じる街 道で あるが、

 

トゥーム につ いて は、詩 「トウーム」 にお けるコメン トを参照 された い。

この詩 は、 ヒーニーの多 くの詩 と同様 に、多様 な含蓄 を持つ言葉で始 まって いる。

ある朝早 く私 は、強力なタイヤで囀 るよ うな音 をたてて いる、

警護 の装 甲車 に出会 った。

「ある朝早 く」 は、六行 日の 「国全体 は眠 って いた よ うだ」、「お前 た ち眠 って いる大砲」 を予測 さ せ 、最後 の行 の 「オムパ ロス」 と結 びつ くと、夜 がす っか り明 ける ことを期 待す る詩 人の言葉 とな るだろう。「警護 の装 甲車」 とは、誰 を警護 す るのか とい う問いか けを含 んで いる。

そ れ は、イギ リス人 (ある いは 、北 アイル ラ ン ドの プ ロテ スタ ン ト

)を

警 護 す るので あ って 、 カ トリック教 徒 に とっては、警護 で はな くて 、侵 略 を意 味す るのではな いだ ろ うか。「囀 るよ うな音 を たて て」(̀warbling')も 面 白い表 現 で あ る。普 通 な らば、「(強力な タイ ヤで

)大

地 を振 るわせ 」 とな るか ら、これ は、軽 い とい うか 、ど ことな く場違 いな表現 になって いる。そ の表 現が 、「ヘ ッ ドホー ンをつ けた兵士 は、砲塔 に立 って いた」 と結びつ くと、喜劇 と臨戦態 勢 とい う悲劇 が 、な い交ぜ に な って いる。「どの車 も、折 つたハ ン ノキ の枝 で擬 装 し」 とあ るが、イ ギ リス兵 は、アイル ラ ン ド人 を 「警護」す るとみせか け、擬装 して いるので 、「警護」 は擬装 のエ ンブ レム とな るだ ろ う。

そ のイギ リス兵 に対す るのは 「私 」 で ある。彼 らは、我が物顔 に ここにや って きたが、そ の道 を 元 々所有す るのは 「私 」で はな いのだ ろ うか。 このよ うに して、「私 」 とイ ギ リス兵 は敵対 す る。で は敵対 は どのよ うな態度 で示 され るのだ ろ うか。この「私」が権利 と して保持 して いるもの は、「通 行権 、畑 、牛 、

/開

けはな った納 屋 にあ る、鍬 付 き トラクター 、

/サ

イ ロ、冷 た い門 、濡 れ た屋 根 瓦 、納屋 の屋 根 の

/緑

と赤 色」で あ る。 しか しこの 「私

Jは

、厳密な意味 で の ヒー 二十で はな い。

む しろ、農 民で あつた彼 の父、 あるいは、広 い意 味 の、アイル ラン ドの農 民で ある。 ヒー ニー は、

この時北 アイル ラン ドにいなか ったが、先祖伝来 そ こに住 み着 いて いる土 着 の人 を想定 して こそ 、

「アイル ラン ドにおける政治 的現実 の挑戦 に対 決す る」(Curtis,105)こ とがで きるので あろ う。

で は、そ の 「私」が 、イ ギ リス兵 に対 して 、 どのよ うに反対 、抵抗 をす る のだ ろ うか。 それ は一

〇行 日か ら一 四行 まで に書 かれて い るが 、被害情報 が あつた ときは (「悪 いニ ュー ス の伝達 者 、あ の 真夜 中の訪 問客 がや って くれ ば」)、 誰 に言 えば い いのか 、 と 「私 」 は怯 えて い る に過 ぎな い。 なぜ

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