岡山大学
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2019 Spring中世∼近世の漆製品
日本列島では、古くは縄文時代から漆を利用した製品が認められてい
ます。漆製品は、古代以降は神社・仏閣等の建築物の装飾や、貴族の身
の回りの用具、宝飾品等に多用されるなど、専門職人によって製作され
た特別な物として広まります。
一方、庶民が日用品や食器に漆製品を使い始めたのは中世からで、さ
らに広く普及したのは近世になってからと言われています。発掘調査で
も中世∼近世の漆製品が数多く出土しています。
岡山大学構内遺跡では、縄文時代の櫛、古墳時代の短甲等注目される
ものもありますが、出土量が増えるのは中世∼近世です。特に鹿田遺跡
では漆塗り椀が多くみられます。この漆塗り椀を例に、同時期の漆塗り
技法に注目してみましょう。
(岩 志保)
中世の漆塗り椀 (鹿田9次調査) 近世の漆塗り椀 (鹿田14次調査)鹿田遺跡ではこれまでに12点の漆塗り椀が出土しています。その時期別内訳は中世前半が2点、中世後半が 4点、近世が6点です(表1)。 漆塗り椀の製作過程は、A.木地加工→B.下地塗り→C.上塗り→D.加飾に大きく分けられます。そのうち漆 に関わる工程にあたるB∼Dについ て表1に記しています。B.下地塗り にはいくつかの種類があり、主なも のを表2にまとめています。もとも と本堅地(漆に地の粉を混ぜたもの) が 主 体 で す が、中 世 後 半 か ら 炭 粉 渋下地(柿渋に炭粉を混ぜたもの)が 増加します。炭粉下渋地は本堅地に 比べると価格が安く、手間もかかり ません。またC・Dの工程で、漆に混 和する顔料にはベンガラ・水銀朱・藍・ 煤等が知られています。このうちCに用 いる赤色漆の顔料としては、朱が主体 ですが、近世に入るとベンガラが多用 されるようになります。Dの文様を施す 工程の赤漆には、時代を通じ朱が用い られています。中世後半∼近世にみら れる下地や顔料の変化は、安価な品 の製作を可能とし、漆製品の普及に一 役買っていたのでしょう。
中世前半
(写真1) 写真1は13世紀後半の墓から出土 した椀です(表紙右・表1-①)。木胎 は朽ちており、下地は不明です。椀は 内面の塗膜のみが残っており、黒色の 上に赤色の文様を施しています。文様 は内面の見込みと立ち上がり部に、植 物文様が赤色漆で描かれています。 塗膜の構造をみると、黒色部分(塗 膜構造写真①)には褐色漆(生漆)層1 層がみられます。赤色の文様部分(塗 膜構造写真②)には褐色漆層の上に、 朱漆層1層が認められます。いずれ も緊密に塗布されています。 表1 鹿田遺跡の漆塗り椀 番号 時期 下地(B) 色(C) 文様(D) 調査次 内面(顔料) 外面(顔料) 内面 外面 ① 中世 前半 13C後半 不明 黒 黒 朱 朱 9 ② 不明 黒 黒 朱 朱 9 ③ 中世 後半 14C後半 炭粉渋下地 赤(朱) 黒 ー 朱 7 ④ 15−16C 炭粉渋下地 赤(朱) 赤(朱) ー ー 25 ⑤ 炭粉渋下地 赤(朱) 黒 ー ー 26 ⑥ 炭粉渋下地 赤(朱?) ー ー ー 20B ⑦ 近世 17C 炭粉渋下地 赤(ベンガラ) 黒 ー 朱 14 ⑧ 18−19C 本堅地(?) 赤茶(ベンガラ) 赤茶(ベンガラ) ー ー 14 ⑨ 本堅地 赤(朱) 赤(朱) ー ー 17 ⑩ 炭粉渋下地 赤(ベンガラ) 黒 ー ー 18 ⑪ 炭粉渋下地 赤(ベンガラ) 黒 ー ー 18 ⑫ 炭粉渋下地 黒 黒 ー 18 * 塗膜分析は元興寺文化財研究所(①・②)、 田生物研究所(③∼⑫)に よる。下地・色・文様の表記はそれぞれの報告書に従っている。 表2 主な下地の種類 種類 膠着剤 混和材 説明 本堅地 (ほんかたじ) 漆 地の粉 (じのこ) 生漆に「地の粉」という土の粉を混ぜたものを下地として木 地に塗り、乾いたら研ぎ、また塗るという作業を繰り返すもの 錆地 (さびじ) 漆 砥の粉 (とのこ) 生漆に水で練った「砥の粉」という土の粉を混ぜたもの(錆漆) を、木地固めの上から数回塗るもの 渋下地 (しぶしたじ) 柿渋 炭粉 生漆のかわりに柿渋汁、地の粉の代わりに炭粉を使う下地 写真1 中世前半の漆塗り椀 写真上は椀を上から 撮影したもの。塗膜の みしか残っておらず土 と一 緒に切り取り保 存処理をした。 内面植物文 塗膜の色、文様をトーンで示したものである。褐色漆・ 黒漆は生漆で、塗膜の残り具合の差で色が異なる。 ■ 黒漆 ■ 朱漆 ■ 褐色漆 ①黒色部分:a褐色漆1層 厚さ50μm ②赤色部分:b朱漆層 厚さ60μm a褐色漆層 厚さ50μm 内面の塗膜構造 *写真提供:元興寺文化財研究所 実測図 ① ② a b a中世後半
(写真2) 写真2は14世紀後半の溝から出土した椀です(表1-③)。内面 は赤色、外面は黒色で、赤色の文様を施しています。下地は炭 粉渋下地です。内・外面ともその上に透明漆(生漆)を薄く塗って います。内面はさらに朱漆を厚くしっかりと施しています。近世
(写真3・4) 写真3は17世紀のため池から出土した椀です(表1-⑦)。トチ ノキを材とし、内面は赤色、外面は黒色で赤色の植物文様を施 しています。塗膜構造をみると、下地は炭粉渋下地です。その 上に内面はベンガラ漆を1層厚めに塗布しています。外面は下 地の上に透明漆(生漆)を塗布し、文様は朱漆で描いたものです。 写真4は 18∼19世紀の溝から出土した椀です(表1-⑧)。ク リを曳いて形をつくり、内面・外面ともに赤茶色を呈しています。 下地は、漆(?)に炭化物を混和したもので、本堅地の可能性があ ります。両面ともその下地の上にベンガラ漆を重ねていますが、 断面をみると薄く均一性に欠けています。内面にはさらに透明 漆を重ねていますが、それを合わせても、塗膜の厚みは薄いも のです。 中世∼近世の漆塗り椀を塗りの技法に注目し てみてきました。下地は、中世前半の資料の下 地が不明であるため確実なことは言えませんが、 中世後半からは安価な炭粉渋下地が使われるよ うになっています。顔料では、ベンガラが近世 になると多用されています。下地や顔料の組み合 わせはものによってさまざまな選択がなされ、質 の善し悪しは一概には言えませんが、中世から 近世にかけて安価な製品が増えていく流れを、 鹿田遺跡の資料にもみることができるでしょう。 塗膜構造断面(上:内面、下:外面)(提供: 田生物研究所) 写真3 近世の漆塗り椀 写真2 中世後半の漆塗り椀 内面 a朱漆層 厚さ45μm b透明漆層 厚さ 7μm c炭粉渋下地 外面 a朱漆層 厚さ10μm b透明漆層 厚さ10μm c炭粉渋下地 内面 外面 塗膜構造断面(上:内面、下:外面)(提供: 田生物研究所) 内面 aベンガラ漆層 厚さ113μm b透明漆層 厚さ 12μm c炭粉渋下地 外面 a朱漆層 厚さ10μm b透明漆層 厚さ43μm c炭粉渋下地 内面 外面 内面の塗膜構造断面(提供: 田生物研究所) 写真4 近世の漆塗り椀 内面 a透明漆層 厚さ14μm bベンガラ漆層 厚さ 7μm c下地(漆?+炭化物) b c a b b c c a a b b c c a a2019年3月29日 発行 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター 〒700-8530 岡山市北区津島中3丁目1番1号 TEL・FAX (086)251-7290 [ホームページ] http://www.okayama-u.ac.jp/user/arc/archome.html