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肖像の「構図」 : 『ある婦人の肖像』試論

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(1)

肖 像 の 「 構 図 」

― 『ある婦 人 の 肖像 』試論 ―

長 柄 裕 美 (昭禾B63年6月29日受硼 作家ヘ ン リー・ ジェイムズ(Henry James)は

,1843年

4月 15日ニ ュー ヨークに生 まれ

,1916年

2月28日 ロン ドンで死亡 した。 この客観的事実は

,19世

紀か ら20世 紀への過渡期 に生 き

,

しか も 大西洋 を挟んでア メ リカとヨー ロッパの両大陸 を股 にか けた この作家の

,極

めて特殊 な運命 を象 徴 してい る。彼 を取 り巻 く環境 と経験 の この特殊性 こそ

,彼

の創 り上 げた独特 な文学世界 の源で あった と言 えよ う。 この打ヽ論 は

,ジ

ェイムズの特徴 を見事 なバ ランスの うちに結 晶化 した とも言 える彼の初期 の傑作 『ある帰人 の 肖像』

(1881)を

取 り上 げ

,

ジェイムズ文学の もつ あ る側面 に 到達 しよ うとす るもので あ るも ジ ェイ ム ズ の 構 図 生後 まもな くか ら20歳 前後 までの ジェイムズの成長過程 を振 り返 ってみるとき

,ス

ウェーデ ン ボル グの哲学 に陶酔 し

,

フー リエの空想的社会主義の共鳴者で もあった父親の思想が彼の人生 に 及ぼ して いた強 い影響力 を無視す るこ とはで きないだ ろ う。父の信念 に基づ き,「望 み得 る限 り よ り良 い場所」 ∫`posdble better pLces")を求 めて一家 はア メ リカ とヨー ロッパ両大 陸 を生 涯 慢 性的 に旅 し続 け

,子

供達 に可能 な限 り自由で偏 りの ない教育 を施すべ く

,あ

りとあ らゆる都市 で あ りとあ らゆる学校 や家庭教師が試 み られ たので あつた。一家の経済的豊か さに支 え られ たもの とはいえ

,可

能 な限 りの よ り良 い機会 を

,父

の望 むが ままに存分 に与 え られて来 た ジェイムズは, 通常の子供達 には考 え られ ない程の広 い世界 を

,異

常 なまで に能率的 に経験す ることがで きた と 言 える。 しか しそれ らの経験 は悉 く大地か らその根 を断 ち切 られ た ものであった と言わざるを得 ない。幼 い心 が

,大

人の 日で選 ばれ た断片的 な最高の経験 の連続 であった これ らの 日々を

,

どこ まで理想的 に消化す ることがで きたで あろ うか。ある一つの思想や ものの見方 に偏 ることな くで きる限 り多 くの よ り良い機会 を与 え

,そ

の評価 。選択 は各 自の純粋 な判断力に任せ よ うとす る父

(2)

の方針 は

,皮

肉 に も

,ジ

ェイムズに

,最

も偏 った「あ る一つ の ものの見方」 を強 い る結果 にな っ たのではなか ろ うか。すなわち

,一

つの「絶対」 としての「相対主義」

,選

択す るこ とを永久 に 拒み

,全

ての もののバ ランスの うちに生 きるこ とのみ を己の生 きる術 とす る人生観である。 前述 の よ うな特殊 な教育 は

,劣

等感 に悩 む内気で感受性 の強 い ジェイムズを

,新

しい罰‖染 みの 薄い環境 の中 に次 々と放 り込 む結果 となった。 どこへ行 って もいつ も「 よそ者」であってその環 境の中に 自己の居 場所 を見 出す ことので きない ジェイムズは

,た

だ外か ら傍観者的 に眺 めその内 部 を想像 力豊か に思 い描 くことに よって

,幼

いなが らにその環境 を「経験 した」 あるいは「知 っ た」 と考 えたので あろ う。彼 にはそれ以外 にこの広大 な環境 を消化す る方法は残 されていなか っ たはずで あ る。 断片的で非連続的 な無数 の環境 のみが あって

,た

とえ祖国 に居 て も一所 に落 ち着 いてい るこ と のない ジェイムズの生活 は

,彼

に「帰属すべ き場所」 を

,す

なわ ち依 って立つ 「伝統」 を与 えな い。 自分 は どこか ら来て どこへ帰 って行 くべ き者 なのか

,自

分 は何 に帰属す る何者 なのか ―一 こ の ような疑 間 と不安 は

,彼

の内部 に 自己 を常 に駆 り立 ててや まぬ オ ブセ ッシ ョンとして確実に存 在 した もの と思 われ る。彼 に唯― 「帰属すべ き場所」 が残 されてい るとすれ ば

,そ

れ は全 ての も ののバ ランスの うちに生 きるこの虚 ろな 自己

,何

もの に も属 さぬ孤絶 した 自我 その もので ある。 少 な くとも

,

ジェイムズの よ うに過敏で内気 な少年 に とって

,

自我 とい うこの脆弱 な基盤 の上 に 一方的 に積 み上 げ られ た一貫性のない断片的な経験の数 々は

,

自己の虚 ろさを圧倒す る「重荷」 以外の なに もので もなか ったはずで ある。 確 固た る「伝統」 に支 え られぬ ジェイムズは

,真

に経験 す る 一一 つ ま り「感 じる」 ―一 ことが で きない ままに表面 を「見」過 ぎて しまった無数の環境のただ中にあって

,そ

の断片的で相対的 な世界 の中 に

,

自己の存在 の場 を

,

自己の アイデ ンテ ィテ ィをなん とか して確立 して行 くことを 強い られ るこ とにな る。 そ こにあるのは

,絶

対的 な基準 を持 たぬ相対的世界 の中 に漂 う不安 げな 一本の根無 し草 の イ メー ジで あるが

,皮

肉にも

,

これ こそ父が思 い描 いていた理想の姿

,成

しう る限 りの最 高の教育 が意識的 。人工 的 に創 り上 げた

,偏

りの無 い完壁 な「自由」 の究極的 な姿で あったので ある。 さて

,極

めて特殊 な環境が生 みだ した ジェイム ズの運命 は

,

ジェイム ズ自身が見 たア メ リカそ の ものの運命 と酷似 していた。1867年 9月

,パ

リに住 む友人 に宛てた手紙 の中で

,彼

はア メ リカ 人作家 としての 自己の立場 につ いて次の ように述 べてい る。

We are Americans born― ケ′デαttι ゼη♪rゼη」γg sοηっαrど

'.1 10ok upon it as a great blessing i and l think that tO be an American is an exceHent preparation for culturet We have exquisite quali―

(3)

肖像の「構図」

more than either of them ve can deal freely with forms of civilizatiOn nOt our own, can pick and choose and assimilate and in short(aesthetically etc.)claim our property wherever we find it.TO have no national stamp has hithertO been a defect and a dravback,but l think it nOt unhkely that American writers may yet indicate that a vast intenectual fusion and synthesis of the variOus National tendencies of the world is the conditiOn of more important achievements

than any we have seen.(1)

つ ま り

,ア

メ リカ人が ヨー ロッパの どの種族 よ り優れている点 は,「 自分 のもので ない文 明の諸 形式」 を「自由に扱 い」

,そ

れ を「取捨選択」 し,「同化」 し

,要

す るに「己の財産 として主張」 で きる点 にあるとい う。そ して さらに,「世界の様 々な国民的傾 向の巨大 な知的融合 と統合」 と 化す ことこそ

,ア

メ リカ人の成すべ き最 も重要 な役割で あるとい うので ある。 しか し

,こ

の ように他 の全 ての文化 を容易 に吸収で きるはずの ア メ リカは

,ま

た同時 に『ホー ソー ン』(1879)の中で ジェイムズが述 べ るあの有名 な 「ない ないづ くし」 の ア メ リカで もあっ たのである。

No State, in the European sense of the word, and indeed barely a specific national name. No sovereign, no court, no personal loyalty, no aristocracy, nO church, no clergy, nO army, no diplomatic service,no country gentlemen.… nO literaturo,no novels,no museums,no pictures, no poltical society,nO sporting class― no Epsom nOr Ascoti(2)

国の名前か ら競馬場 に至 るあ りとあ らゆ るものが 「ない」 とい うこの “no"の ヒステ リックな羅 列 は

,依

って立つ文化 ・伝統 を持 たぬ空虚 なア メ リカに対す るジェイムズの苛立 ちを表 している。 ア メ リカが他 の全ての文化・伝統 を自分 の内に引 き入れ

,そ

の「知的融合

,統

合」 と化 す こ とが で きるのは

,こ

の ような本質的空虚 さ,「文化 的真空状態」 とも言 うべ きもののゆえで あること は言 うまで もないだろ う。そ して全ての文化の理想的「融合

,統

合」 と化 した時 のア メ リカは, 全てであるがゆえに

,

どの一つ にも真 に属 さない と言 う意味 において

,や

は りいま一つ の 「無」 へ と還元 され るものである。いわば

,真

に「 自分 の もの」 とで きない ままに他 の全て を吸収 しよ うとす る無限の ブラックホール的中心 として

,ア

メ リカは存在す る。そ して この ジェイムズの 目 に映 ったア メ リカの位置 は

,そ

の まま ジェイムズ自身の位置で もあ ったので あ る。「他 の全ての ものに取 り囲まれ た空虚 な中心」 ― この構 図 こそ

,ジ

ェィムズが負わ され た宿命的構 図で あっ た。 ア メ リカ人 としての宿命 と個人的 な特殊荻育 とが

,共

にその効果 を助長 しつつ ジェイムズをこ

(4)

の構 図へ と駆 り立 て た と言 え よ う。 しか し

,

ジェィムズの見 た ア メ リカ像 は

,実

は既 に あ った ジ ェイ ム ズ 自身 の視 点 を

,何

よ りも雄 弁 に物 語 る もので あ った に過 ぎな いので は ないか。 ジ ェイム ズの言 う「ない ないづ くし」 の ア メ リカで あ って も

,そ

こに確 か なア イデ ンテ ィテ ィを見 出せ る ア メ リカ人 は無 数 にいた はず で あ る。(の それ がで きない ところに

,コ

ズモ ポ リタ ン

=ジ

ェイ ム ズ の原点 が あ ったの だ と言 え よ う。 ジ ェイ ムズが この よ うな構 図の 中 に しか生 き られ ない こ とは

,故

国 ア メ リカ を捨 て 明確 に ヨー ロ ッパ を選択 した はずの彼 が

,

ヨー ロ ッパ 内で結 局 ロン ドン とい う一 都市 を選択 し

,そ

こに定着 す るに至 る際 の意識 に明瞭 に表 れ て い る。『創作 ノー ト』 の 中で

,当

時 を振 り返 って彼 は次 の よ うに述 べて い る。

….for One、 vho takes it as l take it,London is on the、 vhole the most possible form Of life.… ,It

is the biggest aggregatiOn of human life― ―the mOst cOmplete cOmpendium of the world. The human race is better represented there than any、 7here else, and if yOu learn to knOw your LondOn you learn a great=nany things.… .I took possession of London ;I felt it tO be the right

place.(4)

つ ま り, ジェイムズは ロン ドンの ロン ドンらしさを選んだのではない。 ち ょうどア メ リカがそ う

であった ように

,そ

れが 「人生 の最大の集合体」で あ り「最 も完壁 な世界 の要約」であったか ら こそ

,

ロン ドンは彼に とって住 むに最 も「ふ さわ しい場所」だ と感 じられたのである。後の知人 への手紙 にも見 られ るように, ロン ドンこそ「世界の最高 の視点」 (“I think it On the whole the

best pOint Of view in the wottd,")(S)で あったのであ る。

いわば ジェイムズは

,祖

国ア メ リカに見 た己の構 図を去 って ヨー ロッパ を選 びなが ら

,そ

の中 の一点

,

ロン ドンとい う一都市 に

,再

び己の宿命的 な構 図を見 出 して いたに過 ぎない。逃れ難 く 自己 を取 り囲む この構 図の特殊性 を逆手 に取 り

,そ

こに手法・テーマ共 に他 の誰 にも真似 ので き ない独 自の文学世界 を構築す るに至 る彼の生涯 には

,幼

い頃の弱 々しい ジェイムズか らは想像の つかない退 しい精神的底力が感 じられ ると言わねばならない。彼の文学 におけるこの特殊 な構 図 一―「他 の全ての ものに取 り囲 まれ た空虚 な中心」 ―一 こそ

,彼

の文学 の唯― の弱みで あ ると同 時 に

,そ

の最大の魅力であ った ことを忘れてはな らないだろ う。 イザベル の構 図

(5)

肖像の「構図」 も指摘 してい るように│の 初 期 の ジェイムズの作 品 に表れ た全てのテーマを一つの壮大 な「建築 物」 として見事 に集約 した傑作 である。 1907年

,こ

の作 品の執筆 当時 を振 り返 って書かれ た序文 の中で

,ジ

ェイム ズは作 品 の着 想 が 「プロッ ト」 にではな く登場人物の「性格」 にあった こと

,そ

して小説技法 につ いて多 くの示唆 に富 む ヒン トを与 えて くれ た ツルゲーネ フに習 って

,あ

る特定 の人物 か ら始 め

,そ

れ に「然 るべ き関係」 を与 えるこ とに よって物語 を構成 した と述べている。すなわち

,ま

ず一人の若 い女性 の イメー ジを「礎石」 として

,そ

の上 にこの長編 の 「巨大 な建築物」 を築 き上 げたのである。

The pOint is, hOwever, that this single smaH cOrnerstono, the conception of a certain yOung woman affronting her destiny,had begun with being an my outat fOr the large building Of T力 9

Pοrιrα,ど οデA Lα」).It came to be a square and spacious house.… but,suchそ追it is,it had to

be put up round my young wOman while she stood there in perfect isOlation.(7)

「 自己の運命 に立 ち向か う」一人の若 い女性 を中心 に置 いて,「彼女がただそ こに立 って い る間 に」

,つ

ま り他 の人物 との係 わ りに よって生 まれ る「 プロッ ト」 の中で行動す る前 に

,彼

の小説 の「家」 はすで に鮮 明に浮かび上が って来たのであった。 さらにジェイムズは

,こ

の女主人公 の 「意識」

,

とりわけ「彼女の彼女 自身 に対 す る関係」 に最重点 を置 いた と述べているが

,

この こ とは

,ジ

ェイムズの相対主義の当然 の帰結 としての「視点」の方法 を意味す ると同時 に

,こ

の作 品の構造 を明確 に表 してい ると言 えるので はないか。すなわちこの物語は

,そ

の中心 をなす「礎 石」 であるイザベル 自身か ら発 し

,広

い外界 へ 向か って伸 び広が ると同時 に

,そ

の全ての経験 が 再 び中心 である彼女 自身の意識へ と強力 に収束 して行 く構造 を持 っている。外界での イザベル と 他 の登場人物 との関係 は

,

と りもなお さず イザベル の 「自分 自身 との関係」の置 き直 しにす ぎず, 「 プロッ ト」全体 が結局座標

(0, 0)「

今 。ここ」 にあ る中心 イザベル に帰着 す るべ く組 み立 て られてい る。 まさに

,イ

ザベル もこの作品 も

,共

にあの ジェイムズの構 図の中 に生 きて い るの で ある。 イザベルのい る位置

,物

語の「礎石」で もあ る中心 の実体 は「無」 または「真空状態」である。 「無」 は「無」であ るか らこそ全ての ものを取 り込 めるが

,逆

に全ての もの を取 り込んだ とき, そのか りそめの 「有」 は再びもう一つの 「無 (混沌)」 へ と変質 して行か ざるを得 ない。 いわば ジェイ

^ズ

文学の魅 力 は

,ち

ょうど幼 い ジェイ ムズが完全 なる「相対主義」 を一つの「絶対」 と して捕 らえて行 こ うとした ように

,こ

の 「無」 か ら「無」へ帰 してい く構造 を

,一

つの確 固た る 「有」 に転換 しよ うとす る「力」 にあると言 えるのではなか ろうか。

(6)

さて

,内

か ら外へ と広が って行 こうとす るイザベルが まず出会 う経験 は

,極

めて図式的 に

,二

人の男性 の求婚 とその拒絶で ある。一人 目の求婚者 ウォーバ ー トン,日lは

,コ

ー ロッパ的 な もの を 代表 し

,自

由の精神 にも恵 まれ たイギ リスの典型 的貴族であ り

,い

ま一人の求婚者 キ ャスパ ー・ グッ ドウッ トは

,ア

メ リカ的 なものを代表す る素朴で男性的 なア メ リカ青年である。 この図式的 構造か ら既 に明 らかな ように

,先

の ジェイムズの構 図の空虚 な中心で あるイザベル は

,そ

の どち らの求婚 をも自己の「 自由」 を脅かす もの として拒絶す る。一見穏やかで理想的な統一 を保 って い るか に見 えるウォーバ ー トンの求婚 も

,イ

ザベルの 目には 自己 を脅 かす「侵略」(“aggression"), 彼の持 つ ヨー ロッパ的 「システム」 の中へ と彼女 を引 きず り込 もうとす る企 み と映 る。一方男性 その ものの性的 な象徴で もある強引なグ ッ ドウ ッ ドの求婚は

,彼

女 の 「自由」 の砦 を文字通 り暴 力的 に破壊 しようとす るもので あ り

,彼

の「視線」 に対 して さえイザベル は次の よ うな激 しい抵 抗 を示 して身構 えるので ある。

``Don't think me unkind if l say it's just that― being out of your sight―一that l like.If you were

in the same place l shOuld feel yOu vere watching me,and l don't like that一―I like my liberty

too much.If there's a thing in the world I'In fOnd of,it's my personal independence."(8)

言 うまで もな く

,こ

れ ら二人の求婚者 に対す るイザベルの拒絶 は

,彼

女の内部 での二つの 明確 なアイデ ンテ ィテ ィの拒絶 の置 き直 しであ る。すなわち

,グ

ッ ドウッ ドに代表 され る、彼女 が後 に残 して来た単純素朴 なアメ リカのアイデ ンテ ィテ ィヘの拒絶 と

,

ウォーバ ー トンに代表 され る, 彼女が憧れ続 けて きたはずの豊かで洗練 され た ヨー ロッパの アイデ ンテ ィテ ィヘの拒絶で ある。 ち ょうどはっき りとヨー ロッパ を選択 したはずの ジェイムズが実は最 もヨーロッパ的 とも言 える パ リでの生活 を自ら拒絶せざるを得 なか ったの と同様 に,(の祖 国 ア メ リカを捨 て ヨー ロッパ の豊 かな経験 を我 ものに しようとしたイザベルが真 に望んでいた ことは

,実

はその どち らをも選 ばな い こと

,二

極間にバ ランスを保 って立つ ことで あ った。その間の一点 だけが

,

ジェイムスの構 図 を生 きるイザベル に唯一許 された座標 なのである。 ジェイムズ=イ ザベル の構 図を外か ら密かに

,

しか し決定的 に支 えるいま一人 の人物がい る。 病気のために余命 い くば くもないイザベルの従兄 ラル フであ る。彼 は人生 に見捨 て られた運命 ゆ えに

,真

の人生 を求め るイザベル に己のか なわぬ夢 を託 し

,伸

び伸 び と欲す るが ままに生 きる彼 女の姿 を糧 として生 きようとす る。いわば ラル フは

,生

を断 ち切 られ ているがゆえに 「自由」 の 幻想 を共有す ることにな るイザベルの 「分身」 で ある。肉体的実体 をなん ら持たない ラル フが, 唯― (しか し決定的 な)「 力」 を持つ瞬 間が あ る。それ は父の遺産の半分 をイザベル に譲 る瞬間 である。 ち ょうどジェイムズの構 図が父の経済力によって支 えられていたの と同様 に

,ラ

ル フによ

(7)

肖像の「構図」

って与 え られた経済 力 に よって

,イ

ザベルの構 図は完成す るので ある。

さて突然

7万

ポ ン ドの財産 を手 に入れ た イザベル は

,望

み どお りの完全 な 「自由」 を見事 に 自 分の もの とし, “Now,of cOurse,you're completely your own mistress and are as free as the bird on the bOugll."と い うタチ ェッ ト夫人の言葉通 りに

,そ

の「 自由」 を存分 に満喫す るはずで あった。 ところがその ラル フの計算 に反 して

,憧

れ続 けた 「自由」が完璧 な形 で獲得 され た途端 に

,そ

れ はイザベルの内で一種 の 「重荷」へ と大 き く姿 を変 えることになる。いわば

,イ

ザベル に とって 財産 とは「自由」 が持つ「重荷」 の象徴で あった。 イザベル の 「 自由」 とは

,そ

れ 自体 が 目的 で あ って、何 か を なす た めの 「 自由」 で はない。 7 万 ポ ン ドの財 産 が完 全 な る「 自由」 を完成 した とき

,何

物 か を選 択 す るこ とを永遠 に拒 絶 す るイ ザベ ル に とって

,働

きか け るべ き「外 」 は もはや 存 在 しな くな る。 イザベ ル の意 識 は必 然 的 に 「内」 へ

,構

図 の 中心 に位 置 す る虚 ろな 自我 へ と収 敏 して い くこ とにな るので あ る。 ち ょうど ジ ェイ ム スが例 の構 図の 中心 にあ る己 の運 命 を「恐 ろ しい重 荷 」 だ と感 じた よ うに,(1の ジ ェィ ム ス の構 図 を生 きるイザベル に とって

,ヨ

ー ロ ッパ とア メ リカの 中間 の空虚 な一 点 で

,二

極 間 の完全 なバ ラ ン スを支 え切 る こ とが非常 な「重 荷」 に思 えた こ とは あ ま りに も当然 の こ とで あった と言 わね ば な らない。次 の よ うな イザ ベル とラル フ との会 話 は極 めて暗示 的 で あ る。

I try tO care mOre about the worid han about myself― ―but l always come back to myself.It's

because I'm afraid..¨Yes,I'm afraid,I can't tel you.A large fOrtune means freedom,and I'm

afraid Of that.It's such a fine thing,and one should make such a good use of it,If One shOuldポ t

one would be ashamed, And one must keep thinking i it's a constant effort, I'In not sure it's not a greater happiness tO be powerless,"

“FOr weak people I've no dOubt it's a greater happiness.For veak people the effOrt not to be cOntemptible must be great."

“And hOw do you kno、 vI'rn not、veak?"Isabel asked.

“Ah,"Ralph ansvered with a flush that the giri noticed,“if yOu are I'rn a、vfully sold!"(11)

イザベ ル が繰 り返 し訴 えて い る よ うに

,彼

女 は完全 す ぎ る「 自由」 が 「怖 い」 ので あ る。二極 間 のバ ラ ンスの中心 で あ る こ と以外 に なん ら実体 も持 た ない

,己

の空虚 な 自我 が 「不安」 なので あ る。「関係」 と「バ ラ ンス」 だ けで で きあが つた中心 の絶 え ざ る緊張 の 中で

,自

己 の ア イ デ ンテ ィテ ィが完全 に消滅 して しま うこ とを イザベル は恐 れ て い る。望 み通 りの「 自由」 を手 に入れ な が ら

,そ

れ を立 派 に使 い こなす 自信 も強 さも持 ち合 わせ ない イザベル は

,逆

に この 「 自由」 か ら, 己の宿命 的構 図か ら

,逃

避 した とい う衝 動 に駆 られ るの で あ る。 この彼 女 の 「不 安 」

,構

図 の 中

(8)

心 にある自我 の 「弱 さ」 こそ

,ラ

ル フが計算 に入れ損ね(“avfully SOld"),大 きな判断の過 ちを犯 す ことになる重大 なポイ ン トであった と言 えよう。 しか しイザベル は彼女 の宿命的構 図 を逃れ ることはで きない。 ウォーバー トンとグッ ドウッ ド の求婚 の拒絶 に象徴 され るヨー ロッパ とァ メ リカのアイデ ンテ ィテ ィの拒否が

,イ

ザベルの構 図 の横軸 を成 していた とすれ ば

,そ

の中心 の一点か ら一歩 も動 くことを許 され ないイザベルが次 に 働 きかけて行 った場 は

,そ

の一点 を通 る構 図の縦軸であった。横軸がイザベルを取 り巻 く「空間」 を表 していた とすれ ば

,縦

軸が表す ものは彼女が生 きるはずの「時間」で ある。す なわち

,イ

ザ ベルは ヨー ロッパ とア メ リカに代表 され る三極間の中心の一点 にあって

,過

去の 自己 を離れ未来 の 自己の理想像 へ向か って時間の縦軸 を駆 け昇 って行 くことになる。そ して ここで も再び極 めて 図式的 に

,イ

ザベル の周 囲 には二 つの対照的 なタイ プの ア メ リカ人の男女が配置 されている。 (アメ リカが まさし くジェイムズの構 図の中心 に位置 して いた こ とは先 に述べ た通 りである。) つ ま り

,イ

ザベルの過去 を代表す る典型的 ア メリカ人 グッ ドウッ ドとヘ ン リエ ッタ

,そ

して彼女 の未来 を代表 す る極端 に ヨー ロッパ化 したア メ リカ人 オズモ ン ドとマ ダム・ マール である。具体 的 には

,か

つての恋人 グ ッ ドウッ ドの求婚 を拒絶 し古い友人ヘ ンエ ッタの忠告 にも耳 を貸 さない イザベル は

,一

方 で

,三

人 目の求婚者 オ ズモ ン ドを理想的 な男性 として あっさ りと受 け入れ

,美

しい未亡人 マ ダム・ マール を自己の理想 とす る女性像 として憧れ続 けることになる。つ ま り

,現

在のイザベル と

,過

去 と未来 の 自我像 との間の縦 の関係が

,イ

ザベル と周囲の登場人物 との間の 横の関係 として プロッ トの中に置 き直 されているので あるも さて

,イ

ザベルが完全 なる「自由」 の中で選択 したオズモ ン ドとは ヨー ロッパの洗練 された趣 味 を身 につ けた イタ リアに住 むア メ リカ人で あるが

,物

語 に登場す る前 にマ ダム・マール に よっ てすでに “No career,no name,nO positiOn,nO fOrtune,no past,no future,no anything."(12)と い う奇 妙 な説 明が与 え られて い る。 そ して彼 と実際 に知 り合 った後 に

,イ

ザベル 自身 オ ズモ ン ドを説 明

して次の ように言 うので ある。

“,… a person 、vho htt nOne of his great advantages― ―nO property, no title, nO honours, no

houses, nor lands, nor position, nor reputation, nor brilhant belongings of any sort. It's the

total absence of al these things that please me.''(13)

言 うまで もな く

,こ

の “no)の羅列 は ジェイムズが『ホー ソー ン』 の中で ア メ リカにつ いて述べ

た例 の「ないないづ くし」 そのものである。つま り, ジェイムズに とってのア メ リカがそ うであ った ように

,オ

ズモ ン ドもまた ジェイムズの構図の中心の軸上 を生 きる人物であった ことは明白

(9)

肖像の「構 図」

である。 そ して そ うであるか らこそ

,空

虚 で無一物 で無力で あるか らこそ

,同

様 に構 図の中心 を 生 きるイザベル に とって

,オ

ズモ ン ドは彼女 を「傷つけることのない」(“then he can't hurt me."),

つ ま り彼女 のアイデ ンテ ィテ ィを脅す ことのない理想的 な結婚相手に思われたのである。 この こ とが

,同

じヨー ロッパ的 なもの を代表 しなが ら

,確

固た る一つの 「システム」 に身 を置 いてい る ウォーバ ー トンか らオ ズモ ン ドを隔て る決定的 な要素であった。 後 にイザベルが回想 して言 うように

,精

神的 には極 めて高貴 なものを持 ちなが ら

,物

質的 には 全 く恵 まれていない この男性 に対 して彼女 は「一種母性的 なもの」 を感 じ

,持

って行 き場 の ない 財産 を彼 に譲 るこ とに大 きな誇 りと喜 び を感 じるのである。 しか しこういった彼女の意識 は

,結

,構

図の中心 にある自己の位置 を安全 に守 りつつ その 「重荷」のみを他人 に転嫁 しようとす る ことに対す る自己の正当化 に過 ぎない。

At bottom her mOney had been a burden, had been On her ■lind, which 、vas filled with the desire to transfer the weight Of it to sOme Other cOnscience,tO sOme more prepared recep tacle.What wOuld lighten her Own cOnscience more erectually than tO make it over to the

man with the best taste in the wOrld?I」 nless she shOuld ttve given it tO a hOspital there would

have been nOthing better she cOuld dO ttrith it,and there was no charitable institutiOn in which

she had been as lnuch interested as in Gilbert OsmOnd.He would use her fOrtune in a way that would make her think better Of it and rub off a certain grossness attaching to the g00d luck of

an unexpected inheritance。 (14) イ ザ ベ ル が オ ズ モ ン ドを

,

自分 の 財 産 の 「重 荷 」 を肩 代 わ り して くれ る と願 って も な い 「 慈 善 施 設 」 と見 る と き

,そ

こに は オ ズ モ ン ドが イ ザ ベ ル を一 つ の 「芸 術 作 品」 と見 た の と変 わ りな い エ ゴイズムがある。彼女が他者への愛情 と信 じた ものは

,実

は ヒロイ ックな 自己満足や「 自由」 の 「重荷」か らの逃走 のための 自己中心的 なもの

,す

なわ ち自己愛 に他 な らないので あ った。 こうして,「自由」 を求めて無限 に広 が って行 った イザベルの欲望 は

,そ

の広 が りの「重荷」 を支 え切れ な くなった途端 に

,逆

に中心 の一点 へ と急速 に収縮 して行 くことになるのである。

The desire for unhn ted expansion had been succeeded in her sOul by the sense that life was

vacant without some private duty that might gather one's energies tO a point.(15)

イザベル は

,持

て余すほ どの「無限の広が り」の中で

,明

確 な意識 を持 って オズモ ン ドとい うあ る「一点」 を自ら選 び取 ったのだ と信 じた。その選択 には

,確

か な必然性 が あるのだ と信 じた。

(10)

しか し実際 には

,彼

女 は オ ズモ ン ドを選択 す る こ とに よって再 び 「 自由」 の圧 倒 か ら

,何

物 か を 立 派 に選択 す る「恐 ろ しい重 荷」 か ら逃 避 した に過 ぎない。 ジ ェイム ズが無数 の選 択 肢 の 中か ら 極 めて意識 的 に ロン ドン とい う「一 点」 を選択 した と言 い なが ら実 はそ こに彼 独 自の構 図 の 中心 を見 出 して いた に過 ぎないの と同様 に

,イ

ザベ ル は中心 の 「一 点」 オ ズモ ン ドを選 ぶ こ とに よっ て の み

,い

か な る選 択 を も免れ得 たので あ る。 さて イザベル に とって オ ズモ ン ドが構 図 の中心 の縦 軸上 を生 きる理 想 の男性 で あ った とすれ ば, マ ダム・ マ ール は彼 と同 じ座 標 に位 置 す る理想 の女性 で あ った。初 めて 出会 ったその瞬 間か ら, イザベル は彼 女 の不 思議 な魅 力 の虜 にな って しま う。

¨.her manner expressed the repOse and confidence which come from a large experience. Experience, however, had not quenched her youth i it had silnply made her sympathetic and supple. She 、vas in a word a 、voman of strOng impulses kept in adalirable order. This com_

mended itself to lsabel as an ideal combination。 (16)

イザベル はマ ダム・ マ ール の なか に豊 か な「経 験」 に よって得 られ た成 熟 と

,経

験 に よ って損 な われ る こ との ない「若 さ」 の 「理想 的調和 」 の イ メー ジを見 る。 つ ま り

,マ

ダ ム・ マ ール は

,自

己 の 内 な る若 くて純 粋 な「 ア メ リカ」 を失 うこ とな く

,自

己 を取 り巻 く古 い成 熟 した 「 ヨー ロッ パ」 を吸収 す る とい うイザベルの理想 とす る自我像 を見事 に具現す る女性 で あ る と思 われ たので あ る。 さて

,こ

の理想 的 女性 マ ダム・マ ール に一 歩 で も近 づ こ うと憧れ る一方 で

,イ

ザベ ル は そ の行 き過 ぎた完璧 さに戸 惑 い を覚 え始 め る。

If fOr lsabel she had a fault it was that she was not natiral i by which the gifl meant.… that

her nature had been too much Overlaid by custOm and her angles too much rubbed away. She had becOme too flexible,tOO useful,was too ripe and too final.She was in a word too perfectly the social aHlimal that rnan and woman are supposed to have been intended to be.… 。(17)

イザベル の この言葉 は

,後

に ラル フが マ ダム・ マ ール につ いて語 る次 の よ うな言葉 と呼応 して い る。

I Inean literaHy that she pushes the search for perfection too far― ―that her merits are in themselves Overstrained.She's too kind,tOO clever,t00 1earned,too accomplished,too every―

(11)

肖像の「構図」

thing.She's t00 complete,in a word.''(18)

一方 これ と対照的 に

,マ

ダム・マール 自身 は

,大

地 に根 を張 ることな くただ表面 を這 い回 ってい るに過 ぎない「寄生植物」 の ような “poor Europeans"の 一人で ある自分 自身について次の ように 述べてい る。

“.¨what have X got?Neither husband,nor child, nor fortune,nor position, nor the traces of a

beauty that l never had.''(19)

この “no"の羅列 は

,先

のオズモ ン ドに関す る引用 と同様 に

,上

の “too"の 羅列 の裏返 しで ある。 つ ま り

,イ

ザベルが理想 とす る人物 オズモ ン ドとマ ダム・ マ ール は

,

“tOO everything"で あ りな が ら同時 に “no anything"で もあ る とい う矛盾 を内 に争 んだ存在 で あ る。言 い換 えれ ば

,社

会 的 には「全」 であ って完壁 な球体 を成 していなが ら

,一

,球

体 の中心 は「無」である存在で ある。 言 うまで もな く

,

この図式 は再 びあの ジェイムズの構 図の確認である。 これ らの引用文 に見 られ る “too"と “no"の羅列 は

,イ

ザベル の求 め る理想像 に向か って構 図 の中心 の綻軸 をつ き詰 め ることの究極的 な危険性 を暗示 している。「大 きな丸 い世間 (世界

)そ

の もの」 t`the great round wottd itself"),あ らゆる美徳 を寄せ集 めた欠 けることのない完全 な球体 その もので あ るマ ダム・ マ ール は

,ラ

ル フに言 わせれ ば 「美徳 の砂漠」 (“a pathless desert of rtue")と化 して いる。その不 自然 で人工的 なまでの完全無 欠 さが

,逆

に彼女 の唯― のそ して最 大の欠点で もあるのである。皮 肉にも自己の理想像 その ものに よって手痛 く裏切 られ ることにな るイザベルの運命 は

,い

わば この久点 によってすで に暗示 されていた と言 えるだろ う。 ジェイム ズの構 図 をつ き詰 め ることが宿命的 に背負っているこの弱みを

,同

じ く構 図の中心 に位置す るイ ザベルがいかに免れ ることがで きるであろ うか。 これ こそ ジェイムズが イザベル に託 した最大の 賭であった。 イザベル は前述 の ようなマ ダム・マールの極端 なまでの社会性 について

,彼

女 に出会 った当初 か ら次 の ような漠大 とした疑間 を抱 いている。

Isabel found it difficult tO think Of her in any detachment Or privacy, she existed only in her

relatiOns,direct or indirect,with her fel10w mortals.One might wonder what commerce she

could possibly hold、vith her Own spirit.(20)

(12)

な場面 が あ る。 まず

,自

分 の相 手 の 男性 が持 って い る「家」 な ど何 で も構 わ ない と言 うイザベル に対 して

,そ

れ をた しなめて言 うマ ダム・マ ール の言葉 は次 の通 りで あ る。

``That's very crude of yOu.When you've lived as long as l youll see that every human being has his shen and that you must take the shell into account. By the shen l mean the whole envelope of circumstances.There's no such thing as an isolated man Or woman;ve're each of us made up of sOme cluster Of appurtenances. 丙凸恥at shan ve call our `self'? W,「here dOes it begin?where dOes it end?It overf10ws into everything that belongs to us一 and then it f10ws

back again, I know a large part of myself is in the c10thes l choose to wear. I've a great re―

spect for ι力,ηgs! One's self――for Other people――is one's expression of one's self;and One's

house, One's furniture, one's garmcnts, the books one reads, the company one keeps― ―these

things are al expressive,''(21)

これ に対 して イザベル は

,は

っ き りと正反対 の意見 を述 べ て い る。

``I dOn't agree with you・ I think just the other way, I don't kno、 v whether l succeed in ex― pressing myself,but l know that nothing else expresses me.Nothing that belongs to me is any measure of me;everything's on the contrary a lilnit,a barrier,and a perfectly arbitrary One. Certainly the clothes wllich,as you say,I choose to wear,don't express rne;and heaven forbid hey shOuld! .… I dOn't care to be judged by that.My c10thes lnay express the dressmaker,but they dOn't express me. TO begin with it's not my own choice that l vear thena , they're iln― posed upon me by society,'(22)

つ ま り

,マ

ダ ム・ マ ール が 「 もの」 を非常 に重 要 視 し

,衣

服 を は じめ とす る様 々な 「 もの」 に 自 我 を代弁 させ よ うとす るの に対 して

,イ

ザベル は 自分 以外 の何 物 も 自己 を表 現 す るもので は な く, 逆 に 「限界」 で あ り「障害」 で あ り全 く「任意 の もの」 で あ る とい う立場 を取 る。そ してマ ダム・ マ ール の 自我 が

,様

々な 「 もの」 を身 に ま とい 「殻 」 を形成 す るこ とに よって初 めて存在可能 な, 極 めて社 会 的 な もので あ るの に対 して

,イ

ザベ ル の 自我 は

,何

もの に も束 縛 され る こ とを許 さぬ 自由で不 定形 な景!き出 しの存 在 で あ り

,逆

に社会 と対 立 す る概 念 として捕 え られ てい る。 マ ダム・ マ ール の よ うに 自我 が社会 に埋没 す ることを許 さぬ イザベル に とって は

,自

我 と社 会 が見 事 なシミ

(13)

肖像の「構図」

161

ランスを無 つ瞬聞 こそ理想 の瞬間 なので あった。

….her deepest enjoyment was to feel the continuity bctween the movё ment of her own soul

and the agitations Of the wOrld。(23)

この時点でのイザベルが どの程度 「世界」 を真 に認識 していたかは別 として も

,

この 自己 に対す る誠実 さこそ

,物

語の最後 まで イザベル をマ ダム・マールか ら明確 に隔て る重要 なポイン トで あ った ように思われ る。 さて

,過

去の 自己 を離れ

,未

来 の理想の 自我像 に向か って構 図の縦軸 を どこまで も昇 り詰 め よ うとした イザベル は

,自

らの想 い描 いた理想像 その ものによって

,し

たたか に裏切 られ る運命 に あった。周囲の人 々の心配 をよそに幸福 の絶頂 の うちにオズモ ン ドと結婚 したイザベルは

,結

婚 後

4年

もたたぬ うちに失 望の どん底 に ころが り落 ちて行 くことになるので あ る。36章 以降の物語 の後半部分 は

,前

半 の「明」 に対 して

,

くっき りと対照的 な「暗」 の イメー ジで描 かれて い る。 35章 か ら36章 の間の約

3年

半 の時間的空 白の後 に

,イ

ザベル とオズモ ン ドは

,幸

せ な恋人 同志か ら結婚 の失敗がか な り明白になった一対の夫婦へ と

,改

めて配置 し直 され るので ある。 この後半 部分 で オズモ ン ドとマ ダム 。マ ールの正体 につ いて徐 々に認識 を深 めて行 くにつれて

,彼

女 は 自 己の理想主義の裏 に「花 園の中の蛇 の ように」潜んでいる人生の現実へ と次第 に 目を開かれて行 くことになる。すなわち

,オ

ズモ ン ドとマ ダム・マール とはすでに深 い関係 にあ り

,二

人 の間 に 生 まれ た娘 パ ンジーに恥ずか し くない結 婚 をさせ るために

,二

人で申 し合 わせて イザベル の財産 を利用 しようとしたので あった。 その意味 において

,イ

ザベル に とって オズモ ン ドとマ ダム・マ ールが も ともと構 図の同 じ座標 に位置 していたことは象徴的である。パ ンジーの結婚問題 に深 く 係わ って行 くにつれて

,イ

ザベル は「マ ダム・マール とオズモ ン ドとは禾J害関係が共通 している」

t`Madame Mene's hterest was ideniaed wtth Osmond's")と い う紛 れ もない事 実 に気 づか され る ので あった。 こうして

,ジ

ェイムズの構 図の横軸上で ヨー ロッパ とアメ リカとい う両極 の確 固た るアイデ ン テ ィテ ィを拒絶 しその中間の一点 にバ ランスを とろ うとした イザベル は

,そ

の一点 を通 る縦軸上 にあって

,再

,過

去 を拒 み未来 に裏切 られ ることに よってその中間の一点 に釘付 けにされ るこ とになる。 イザベル は

,座

(0, 0)「

今 。ここ」 にある自己の本来 の位置 を改 めて確認 させ られ ることになるのである。 イザベルの物語が座標

(0, 0)に

始 ま り

,再

び同 じ座標

(0, 0)

へ と帰 って くる構造 を持 ってい ることは先 にも述べた通 りである。 このことは

,

自己の取 り巻 い ていた全ての現実 を余す ところな く把握す るに至 ったイザベルが

,物

語の終 わ りに再 びかつての

(14)

「出発点」 ガーデ ンコー トヘ と帰 ってい くプロッ トに も図式的 に表れてい る。 構 図 か ら 「構 図 」ヘ さて

,物

語の後半部分 において私達が なによ りも強 く印象づ け られ る事実 は

,耐

え難 い苦 しみ を経験 したにもかかわ らず

,イ

ザベルが彼女本来 の純粋 さと一途 さを少 しも損 なわれぬ こ とで あ る。 マ ダム・ マールが

,

ヨー ロッパの害毒 に染 まって 自己の魂 を崩壊 させて しま う人生の敗北者 であるのに対 して

,イ

ザベル は,「経験 の毒」 をいや とい うほ ど味 わわ され なが ら

,な

お純粋 な 魂 を保 ち続 け

,そ

れ に立 ち向か って行 こうとす る無垢 なアメ リカの ヒロインで あ り続 けるので あ る。現実 に対 す る認識が深 まって行 くにつれて イザベルの意識が どの よ うに変化 してい くか簡単 に辿 ってみ よう。 まず

,オ

ズモ ン ドの俗悪 な正体 に気付 いた時点で

,彼

女 は 自分 が犯 した過去の誤 った判断 に対 して

,あ

くまで も自分一人でその責任 を背 負 って行 こ うとす る姿勢 を示 して い る。

It was impossible to pretent that she had nOt acted、 vith her eyes open ; if ever a girl was a free agent she had been.".the sole source of her alistake had been、 vithin herself.There had been no plot,no snare,she had looked and considered and chosen,Wllen a、 voman had made such a mistake,there was only one way to repair it― just immensely(oh,with the highest

grandeur l)to accept it.(24)

た とえその判 断 が誤 った もので あ った にせ よ

,イ

ザベ ル は

,自

己 の完全 に 自由 な意志 に よって,

十分 に考 慮 した上 で それ を選 び取 った はずで あ った。 その選択 の責任 か ら逃 れ る こ とは

,イ

ザ ベ ル の純 粋 な良心 ゆ えに

,許

され な い こ とで あ った。

さ らに

,オ

ズモ ン ドの も とに出て行 くこ とを勧 め る友人ヘ ン リエ ッタに対 して イザベル は次 の よ うに答 えて い る。

“One must accept one's deeds. I married hirn before an the world ; I was perfectly free ; it was impossible to do anything more deliberate,One can't change that、 vay''(25)

や が て

,あ

れ ほ ど信 じ頼 り切 って い た マ ダム・ マ ール が

,オ

ズモ ン ドと共 謀 して意 図的 に 自分 とオ ズモ ン ドとの結婚 を企 て たの だ とい う事 実 を知 った イザベル は

,古

都 ローマ の廃 墟 に親 しむ こ とに よって 自己の不幸 を乗 り越 え よ うと努 め る。彼 女 は

,自

分 の今 の苦 しみ を 「人 々が苦 しん

(15)

肖像の「構図」 で来 た場所 」 で あ る ローマの膨大 な歴 史 の流 れ の 中 に位 置 づ け る こ とに よって

,人

類 全 体 と人 生 の苦 しみ を分 か ち合 ったの だ と感 じ

,自

己 の苦 しみ を客 観視 し

,微

笑 を も って そ の卑 小 さ を眺 め よ うとす るので あ る。 こ う して イザベル が最 も ヨー ロ ッパ的 とも言 え る都市 ローマで

,し

か も人 類全 体 の苦 しみ の歴 史 に触れ るこ とがで きるの は

,彼

女 が ヨー ロ ッパ に象徴 され る豊 か な人生 の 経 験 を経 て きた こ とを物 語 って い る。 ところが一 方

,こ

れ ほ どの め ざ ま しい成長 を遂 げ るに もか か わ らず

,依

然 と して イザベ ル の心 は汚 れ を知 らぬ 「子供 」 の よ うに純 真 で あ る。 マ ダム・ マ ー ル の裏 切 りに もか か わ らず

,彼

女 の 良 心 は この か つ て の親 友 に “wicked"と い う形 容 詞 を 当 て は め る こ とに恐 れ を禁 じ得 ないので あ る。

She asked herself, with an almost childhke hOrror of the suppOsition, whether to this intimate

friend Of several years the great historial epithet of flj,c力 ¢」vere to be apphed,She knew the idea only by Bible and other titerary works;to the best of her behef she had had no personal acquaintance with wickedness. She had desired a large acquaintance with human hfe, and in spite of her having flattered herself that she cultivated it with sOme success this elementary

privilege had been denied her。 (26)

イザベル は

,い

わ ば成 熟 (「ヨー ロ ッパ」

)が

必 然 的 に内 に含 ん で い る 「邪悪 さ」 を

,自

己 の 良心 (「ア メ リカ」

)の

フ ィル ター を通 す こ とに よ って見 事 に濾過 し

,浄

化 した の だ と言 え よ う。 や が て

,

ジ ェ ミニ伯 爵 夫人 に よってパ ンジーの母 親 と して の マ ダム・ マ ール の全 正体 が暴 かれ た時 に も

,イ

ザ ベル は 同様 に極 めて純 真 な反応 を示 す。 真 実 を知 らせ て感情 を爆発 させ よ うとい う伯 爵 夫 人 の意 図 に もかか わ らず

,彼

女 は 自己の不 幸 の源 で もあ るマ ダム・ マ ール の境 遇 を思 いや り, “Poor womant"と い う言葉 を繰 り返 す ので あ る。 さて

,オ

ズモ ン ドの反対 を押 し切 って イギ リスの ラル フの も とへ 向か う前 に

,イ

ザ ベ ル は マ ダ ム・ マ ール と正面 か ら向か い合 う機会 を得 る。 しか し彼女 はマ ダム・ マ ール に強 い復讐心 な ど抱 いて はい ない。 ただ動 きの ない心理 的 なや りと りの うちに

,マ

ダ ム・ マ ール が罪 の意 識 にた じろ ぐ様 を見れ ば十分 で あ った。

That Madame Merle has lost her pluck and saw before her the phantom of exposure― ―this in

itself was a revenge,this in itself was almost the promise of a brighter day.

(16)

Isabel's only revenge 、vas to be silent still― tO leave Madarne Merle in this unprecedented

situation.中● ISabel would never accuse her, never reproach her i perhaps because she never

would give her the opportunity to defend herself。 (2の

こ うして イザベル はマ ダム・ マ ール に対 して何 ら復 讐 ら しい こ とは しない し

,非

難 が ま しい言 葉 をぶ つ け る こ とさえない。言葉 少 なな対話 の うちに

,互

いの全 て を見 抜 き合 うこの二 人 の女性 の 対立 シー ンは極 めて知 的 で成 熟 した もので あ る と言 え る。 そ して この場面 の最 後 の次 の よ うな会 話 部分 で は

,イ

ザベ ル が

,か

つ て その物 腰 さえ真似 るほ どに心酔 して いた マ ダム・ マ ール に対 し て

,心

の気高 さを持 って その哀 れ な境 遇 を見下 ろ して い るのが感 じられ る。

Madame Merle dropped her eyes i she stood there in a kind Of proud penance.“ You're very unhappy,I knOw.But I'In more so."

“Yes;I can beheve that.I think l should like never to see you again."

Madame Merle raised her eyes. “I shan go to Arnerica,"she quietly remarked while lsabel

passed out,(28) イザベ ル は

,こ

の動 きの ない対 立 の うちに

,か

つ て の理 想 の 自我像 の幻 を完全 に乗 り越 えた の だ と言 え よ う。 イザベル の理想 主 義的 幻 が消滅 す る時

,そ

れ はす なわ ち

,そ

の幻 の 中で生 き生 き と生 を満 喫 す る彼女 の姿 を糧 と して生 きる ラル フが

,そ

の命 を断 た ざ るを得 ない時 で もあ った。 自己 を取 り巻 いて いた全 ての現 実 を余 す ところな く把 握 す るに至 った イザベル は

,危

篤 の ラル フを見 舞 うべ く, オ ズモ ン ドの反 対 を押 し切 って

,夢

と希 望 の象徴 で あ ったか つて の 「 出発 点」 ガーデ ンコー トヘ と帰 って行 く。 こ こで イザベル は

,彼

女 と同 じ「 自由」 の幻想 を糧 と して生 きて来 た彼 女 の分 身 ラル フの死 を看 取 る。 ラル フの死 は

,す

なわ ち イザベル の幻 想 の死 で あ る。彼 の死 を看 取 る こ と は

,幻

想 に囚 われ ぬ確 か な現 実認識 に基 づ いた人生 へ の イザベル の旅 立 ち を意味 して い る と言 え よ う。 同 じ「出発 点」 に位 置 して いた として も

,イ

ザベ ル は もはや物 語 の 冒頭 で夢 と理 想 に満 ち 浴れ て ガ ーデ ンコ ー トを訪 れ た あの イザベル で は ない。 この こ とは

,イ

ザ ベル が ガーデ ンコー ト に到着 した当初 に は見 た くとも見 られ なか った 「幽霊」 ― ラル フに言わせれば

,苦

しみ を経 験 し

,不

幸 を知 った人 で なけれ ば見 られ ないの だ とい う「幽霊」 ― を彼女 が今 や は っき りと認 め た とい う事 実 に も象徴 的 に表 れ て い る。 さて

,こ

う して物 語 の後半 部分 にお け るイザベル の意識 を辿 って行 く時

,先

に も述 べ た通 り,

(17)

肖像の「構図」 私達 は前半部分 に見 られ た彼女 の 自己 に対す る誠実 さが

,苦

しい経験 を経 た にもかかわ らず

,な

ん ら損 なわれ ることな く最後 に至 るまで終始一貫 していることを痛感せざるを得 ない。 この一貫 した誠実 さこそ

,全

ての もののバ ランスの中心 と成 り果てそ こに己のアイデ ンテ ィテ ィを埋没 さ せて しまった女性 マ ダム・ マール を

,結

果的 にイザベルが乗 り越 えて行 くに至 る

,最

大 の 「力」 で あ った と言 えるだ ろ う。そ して

,ま

さ し くその同 じ「力」 に よって

,イ

ザベル は「無」か ら 「無」へ と帰 して行 くこの物語 の構造 を奇跡的 に「有」へ と変換す ることに成功 しているのであ る。 す なわち

,マ

ダム・マールが 自己のア イデ ンテ ィテ ィを喪失 したの と同 じ構 図の中心 にあ りな が ら

,イ

ザベルは

,そ

こに確かな

,紛

れ もないアイデ ンテ ィテ ィを打 ち立てて行 くのだ。マダム・ マール に とって 「全」 “too eVerything"で あるがゆえに「無」 “nO anything"で あ らざ るを得 なか った中心 を

,イ

ザベル は,「全」 で あるか らこそ「有」である中心へ

,全

ての もの を取 り込んだ, 豊かで実体 のある確 固た る「中心」 へ と転換 して行 くので ある。それ以外 に

,こ

の中心 を一歩 も 動 くことを許 され ないイザベルが

,真

に「生 きて」行 く術 は残 されていなか ったはずである。そ して これ こそ

,ジ

ェイムズに よって イザベル とい う「 肖像」 に託 され た真の 「構 図」 であったの である。 こうして

,根

源的 な空虚 さを争んだ己の宿命的構 図 を

,イ

ザベル は

,一

途 なまでの誠実 さによ って

,確

か な実体 に支 え られ た独 自の「構 図」 として大 き く肯定 し直 して行 く。そ して彼女 はこ の ことによって

,同

じ構 図 を持 った作品その ものにも

,確

かで積極的 な「意味」 を付与す ること に成功 してい るのだ。 さらに

,こ

の イザベルの物語の成功が

,

ロン ドンとい う同 じ構 図の中心に 位置す るジェイムズ自身の打ヽ説家 としてのアイデ ンテ ィテ ィを

,確

固た るものに して行 ったこと は改 めて言 うまで もないだ ろ う。「無」 を「有」 に転換すべ くイザベル に託 され た この「構 図」 は

,ヨ

ーロッパ を選 び さらにその中で も ロン ドンを永住 の地 と決意 したばか りの ジェイムズにと って

,い

わば 自らの存在意義 を賭 けた挑戦で もあったので ある。 「構 図 」 か らの旅 立 ち さて

,オ

ズモ ン ドの もとを離れ

,今

や どん な生 き方で も選択可能 な本物 の 自由を手 に入れたイ ザベルの心 に最後の一揺れ を与 えたのは

,グ

ッ ドウッ ドの再度 の

,

しか も魅 力浴れ る求婿であっ た。抱擁 と「白い稲妻」 の ようなキスによって

,過

去 を全て捨てて新 し くや り直 そ うと訴 えるグ ッ ドウッ ドの申 し入れ は,「大海」 の ように巨大 な現実 を認識 したばか りの イザベル に とって, 一瞬救 いの手の ように思われ たのである。F,0。Matthiessenが 細か く分 析 して い る よ うに,(29)こ の場面のほ とん どが

,後

年 ジェイムズに よって加筆 された ものであ ることを考 えれ ば

,こ

の場面

(18)

の強調が極めて意識的 なもので あった ことは明 らかである。実際

,こ

の最後 の一揺れ は大 きけれ ば大 きいほ ど効果的 なのだ。 ち ょうど時計 の振子が振れ るよ うに

,こ

の一瞬 の迷 いをきっかけ と して

,イ

ザベル は次 の ような啓示的瞬間へ と至 るのである。

She had not know where to turn i but she knew now.There was a very straight path。 (9° )

イザベル が真 の 自由の中で 明確 に選 び取 った この 「一 直線 の道」 とは

,い

まや 正体 を剰 き出 しに した裏切 り者 の夫 オ ズモ ン ドの住 む ローマヘ と通 じる「道」 で あ った。

この結 末 につ いて

,ジ

ェィ ム ズは 『創作 ノー ト』 に次 の よ うに記 して い る。

With strong handling it seems to me that it rnay al be very true,very powerful,very touching.

The obvious criticiも m of course、vill be that it is not finished一 that X have nOt seen the heroine to the end of her situation― ―that l have left her¢ηJ'αケγ.― This is bOth true and false. The

切力οJ9 of anything is never told ; you can only take what groups togethero What l have done has that unity―it groups together.It is complete in itself― and the rest may be taken up or

not,later.(31)

Matthessenも指 摘 して い る よ うに

,ジ

ェ イ ム ズの この言 葉 を十 分 に支 え る次 の よ うな説 明が 『 ロ リック・ハ ドソン』 の序文 の なか にみ られ る。

Rea‖y,universaHy,relations stop nowhere,and the exquisite problem of the artist is eter―

nally but to draw,by a geometry of his O、 vn,the circle、vithin、vhich they shaH happily αク,2'r

to do so.(32) す なわ ち,「 人生 にお け る関係 とは どこか で完結 す るもので は な く」

,「

何 事 で あれ 全 て を語 る こ とはで きない」 ので あ り,「 一 見 完結 して い るか に見 え る一 つ の 円 を描 く」 こ と しか で きないの だ とい うジェイム ズの あ ま りに も リア リステ ィ ックな現 実認 識 が この意識 的 な “open ending"を 生 み だ したの で あ る。 これ らの言葉 は

,

ジ ェイ ム ズの作 品 に特徴 的 な曖 味 で不 明確 な結 末 を説 明 す るた め に, しば しば引 き合 い に出 され る もので あ る。 しか し

,イ

ザベ ル は単 に閉 じそ うで 閉 じない 「円」 の裂 け 日で

,宙

吊 りに され て い るに過 ぎな いので あ ろ うか。 ジェイム ズ 自身 言 って い るよ うに

,こ

の作 品 には 「それ な りに一貫 した統一性」, 「完結 したか に見 え る円」 が あ る。私達 は

,こ

こに至 るまで の イザベル の意識 の歩 み か ら

,こ

(19)

肖像の「構図」 結末 をより積極的な意味を持 った説得力のあるもの として解釈することが可能なのではなかろう か 。 先 に見た 自己の判断 に対す る責任感

,そ

して これ ほ どの完壁 な失望 を味 わ ったにもかか わ らず 彼女が持 ち続 ける結婚 の神聖視

,さ

らには ローマを去 る前 に′ヽンジー と交わ した必ず帰 って来 る とい う約束への忠誠′―― こうい った様 々な具体的要素がイザベルの決意 を説 明す るだ ろ う。 しか し

,イ

ザベルが 自分 を裏切 った夫 オズモ ン ドの も とへ帰 らねばな らないよ り根本的 な必然性 を探 る鍵 は

,彼

女が ラル フに会 いに行 く前 の二人 の言 い争 いのなか に隠 されているように思 われ る。 行方昭夫氏が指摘 す るように,(33)結婚 とい う自分達 の行為 の結果 を逃れ ることな く曼 け入 れ て行 くべ きだ とい うォ ズモ ン ドの言葉 に対 して

,イ

ザベル は「十字架 の印 とか国旗 の ように超越的で 絶対的 な何か」 を感 じ

,最

初 の決意が「細 い糸の網」 に捕 らえ られて しま うのを感 じる。 そ して, 二人の間の結婚の現実が どうであれ体面 を県 ちたい とい う夫の願 いを彼女 は誠実なものだ と評価 して

,そ

れ を無視 して ラル フの もとへ 向かお うとす る自分の判断が正 しいのか どうか 自信 が持て な くなって しま うので あ る。結局

,こ

の言 い合 いの末 に

,オ

ズモ ン ドの部屋 を出てい く時 のイザ ベルの意識 は次の ようである。

Her faculties, her energy, her passiOn, vere all dispersed again ; she felt as if a cold, dark ■list had suddenly encOmpassed her.Osmond possessed in a supreme degree the art of ehciting

any veakness.(34) まさ し く「弱み」 をつかれたイザベル は

,夫

に逆 らうエネル ギーもな くして立 ち去 って しまう。 行方氏が言 うように彼女 が結果的 に ラル フの も とへ 向か うのは

,実

は この直後 に ジェ ミニ伯爵夫 人か らマ ダム・マ ール とオズモ ン ドの関係 の全て を聞か され るか らに過 ぎないのである。 構 図の中の同 じ座標 に位置 していたはずのマ ダム・ マール とオズモ ン ドの違 いは

,お

そ ら くこ こにあるのだ。つま り

,イ

ザベル には理想の 「自我像」であったマダム・マール を乗 り越 えるこ とはで きて も

,理

想 の 「結婚相手」で あったオ ズモ ン ドを乗 り越 えることはで きない。 この こと

,こ

の作 品が イザベルの 「自分 自身 との関係」 を中心 に展開す るものであった ことを私達 に改 めて確認 させ るものであ ると言 えよう。 自己の内部 に横たわる「 ヨーロッパ」 と「ァ メ リカ」 と い う二極間の弁証法 を

,構

図の横軸・縦軸上 でいわば二重 に統合 してい くことに成功 した イザベ ルは

,そ

の対称 図形 の中心 の一点 こそ

,紛

れ もない己の立つべ き基盤であることを痛切 に 自覚す るに至 る。 しか しこうして彼女が真の コスモポ リタンとしての確固たるアイデ ンテ ィテ ィを獲得 した とき

,そ

れ はす なわ ち他者 をも自己 とは男Uイ固の確 かな存在 として真 に認識で きる ときで もあ った。 自己の構 図の中である座標 を占めていたオズモ ン ドは

,い

まや新 たな未知 の「構 図」 とし

(20)

て イザベルの「構 図」 に対峙す る存在 となるので ある。 これ は

,自

己愛か ら真の他者 に対 す る愛 への

,彼

女の旅立 ちを意味 していた とも言 えるだ ろ う。 苦 しい経験 の末 にかつての 「出発点」

,座

(0, 0)の

ガーデ ンコー トヘ と帰 って行 った イ ザベル は

,そ

こで よ うや く完成 した 自己の真の 「構図」か ら

,今

初 めて本当の意味で 「外」 へ向 か って一歩踏 み出すのだ。彼女に とって オズモ ン ドとはまず向き合 って行 くべ き最初の「他者」 で あ り

,彼

との結婚生活 は他者 との間に彼女が今後見出 して行 くべ き最初の「調和」で ある。 そ の意味で

,先

に挙 げた二人 の言 い争 いの中で オ ズモ ン ドが引 き出 したイザベルの「弱み」 とは, まさ し く「体面・外観」 の重視 とい う点 にあった ことは暗示的である。言 ってみればイザベルが 結末 において選び取 った 「一直線の道」 とは

,

ジェイムズの後期 の傑作 『資金の杯』 において, イザベル の到達 した結婚 の失敗 その ものか ら始 まったマギーの物語が

,そ

の結末 において到達 す る完全 なる「統一」 の一点へ と

,ま

さに「一直線」 に結ばれ た「道」 だ ったのである。 この よう に考 えて来 る とき

,イ

ザベルの ローマ帰還 は単 な る「断念」ではない。それ は自己を取 り巻 く全 世界 との真の 「調和」 を 目指す

,静

かで はあるが この上 な く野心 に満 ちた人生への挑戦 なのであ る。 その意味 において

,ま

さしくイザベル の物語 は「閉 じて」 いない。今後のあ らゆる可能性 を内 に争 みつつ

,イ

ザベル はさ らに「 自己の運命 に立 ち向か って」行 くのだ。 イザベルが彼女 に託 さ れ た「構 図」 の完成 に終 わ るのではな く

,自

己の 「構 図」か らこの一歩 を踏み出 した こ とに よっ て

,こ

の作品の持つ可能性 は

,無

限 に広が って行 くので あ る。 そ して これ はまた,『 あ る婦 人 の 肖像』 を書 き上 げた ジェイムズが

,ロ

ン ドンを基盤 としてまさに踏み出そ うとしていた一歩で も あった。 注

(1)

打¢ηr)Jα翻?s:Lゼιど″s(Cambridge:Harvard University Press,1974-1975),Vol.I,p.77

(2)

汀αωι力ογηι(New YOrk i COrnell Un ersity Press,1956),p.34

(3)実

際 ジェイムズは『あ る婦人 の 肖像』 において も

,キ

ャスパ ー・ グ ッ ドウッ ドにその タイ プの ア メ リ カ人 を見事 に代表 させている。

(4) T力9 Ⅳοι¢bοο力s9/打9■r)Jα靱ゼs(Chicago:The University of Chicago Press,1947),pp.27-28

(5)

と9ι′9γs οデrrιれ″)デ,翻?s,ed,Percy Lubbock(New YOrk i Charles Scribner's Sons,1920),Vol.I,p.74 (6) Richard POirier,T力9 Cο用,cSゼηsっο√打ゼηr)デαttCs:A Sι 2,yοデιカゼβ,rb Nου

's(New YOrk:Oxford University Press,1960),p.183

(21)

肖像の「構図」

Ltd.,1978),pp.35-36

Ar■ old Kettle,“ Henry Jarnes:T力¢Pο″′″α,ォ o/α LαJ)",TカゼAr¢ rrttl sια」,9s,,T力θ Pοrι″,'ι οデ α

LαJ),ed Lyan H.Powers(COlumbus,OhiO:Charles E.Merrill Co.,1970),p.46

(7) TカゼPοrιrα,ιοデα Lα」)(New York:Charles Scribner's SOns,1908),Vol,1,pp.x五

(8) rbl」.,v。1,I,XVl,pp.227-228

(9)1975年

10月,ヨ ー ロ ッパ永住 の決 意 を してパ リヘ 向か い なが ら,1876年5月28日 Howellsに あて た手 紙 の 中 に

,す

で に次 の よ うなパ リで の生 活 に対 す る失 望 の言 葉 が見 られ る。

I have seen alrnost nothing of the literary fraternity, and there are fifty reasOns why l shOuld not becomo intimate with them.I don't liと e their wares,and they don't like any others i and beside,tttey are not,ccv?'】J,ηιs.(打¢ηr)Jαη9s:L¢ ヶヶ9rs,op.cit.,V01.H,p.52)

同年12月, ジ ェイ ム ズは ロン ドンに居 を移 し

,そ

こを 自己 の基 盤 とす る決 心 をす るに至 る。

(10) Nοι?bοο々s,op.citt,p.24

0ne can't dO both 一 〇ne must choose, No European writer is caned upOn to assume that ι¢rr,bJゼ

b″γ」?η,and it seems hard that l should be,

(11) T力?Pοrιrα,ォοチ,Ltr」y,op.cit,V01.I,XXI,p.320 (12) rbj」.,v。1.I,XIX,p.281 (13) rb,」,v。l H,XXXIV,p.74 (14) rbj」.,v。1.H,XLH,p.193 (15) fbl」.,Vol.Ⅱ

,XXXV,p82

(16) rbケ」.,v。1.I,XVHl,p.250 (17) rb,」,v。l I,XIX,pp.273-274 (18) Ib,」。,Vol.1,XXHI,p.361 (19) rbl」 ,,V01.I,XIX,pp.284-285 (20) rb,」,v。1.1,XIX,p.274 (21) rb,」.,v。1.I,XIX,pp 287-288 (22) rb,」.,v。l I,XIX,p.288 (23) rb,」.,v。1.I,IV,p.45 (24) rb,」.,v。1.H,XL,p工60 (25) rb,」.,v。1.H,XLVH,p.284 (26) rbl」.,v。1.コ,XLIX,p.329 (27) rbj」.,v。1,H,LH,p.379 (28) rb,」.,v。1,II,LII,p389

(29)F,0.Matthiessen,コ¢ηリ デα靱¢s,ι力¢Mqヵ/P力,s¢ (Oxford university Press,1963) (30) TP19 Pο γιrα力9/α Lα」),Op.cit,,V01,H,LV,p.436

(22)

(31)Ⅳ

οケゼbοttsi op.cit.,p.18

(32)Henty Jalnett Ttt Arι oFサ膨 Ⅳου

'iC″'′

,caI Pr?ヂ,G?s的 ,2,つ 力解s,ed,RIchard P.BИ ckHIur lNew YOrk:Charles ScribneF'S SOns,1934),lp.5

(33)ヘ

ンリー・ジェイムズ :『 ある婦人の肖像』

=藤

好美 訳,(国書刊行会,1988年)ュ「解説」 pp.744-754

参照

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